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平成二年(ワ)第五六七八号、同第一四二〇三号各特許権侵害差止請求事件、平成九
年(ワ)第一一六五三号、同第二〇七五五号各損害賠償請求事件
(口頭弁論終結日 平成一一年九月二二日)
判        決
   原       告     キッセイ薬品工業株式会社
右代表者代表取締役      【A】
右訴訟代理人弁護士      松 本 重 敏
同              青 柳 昤 子
同              美 勢 克 彦
右訴訟復代理人弁護士     秋 山 佳 胤
右補佐人弁理士        【B】
   被       告      白鳥製薬株式会社(以下「被告
白鳥」という。)
右代表者代表取締役      【C】
右訴訟代理人弁護士     久保田   穰
同              増 井 和 夫
同              橋 口 尚 幸
   被       告      三恵薬品株式会社(以下「被告
三恵」という。)
右代表者代表取締役      【D】
   被       告      進化製薬株式会社(以下「被告
進化」という。)
右代表者清算人        【E】
右二名訴訟代理人弁護士   床 井   茂
右二名訴訟復代理人弁護士  古 川 健 三
右二名補佐人弁理士      【F】
同              【G】
   被       告      菱山製薬株式会社(以下「被告
菱山製薬」という。)
右代表者代表取締役      【H】
   被       告      株式会社ニッショー(以下「被
告ニッショー」という。)
右代表者代表取締役      【I】
   被       告      菱山製薬販売株式会社(以下
「被告菱山製薬販売」という。)
右代表者代表取締役      【H】
右三名訴訟代理人弁護士   小 松 陽一郎
同              池 下 利 男
同              村 田 秀 人
同              小 野 昌 延
被告菱山製薬、同菱山製薬販売訴訟代理人弁護士  近 藤 惠
 嗣
   被       告      ソルベイ製薬株式会社(以下
「被告ソルベイ」という。)
右代表者代表取締役      【J】
   被       告      科研製薬株式会社(以下「被告
科研」という。)
右代表者代表取締役      【K】
   被       告      扶桑薬品工業株式会社(以下
「被告扶桑」という。)
右代表者代表取締役      【L】
右三名訴訟代理人弁護士   大 下   信
主  文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告と被告白鳥、同三恵、同進化、同菱山製薬、同ソ
ルベイ、同科研、同扶桑との間においては、原告に生じた費用の五分の四を右被告
らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告ニッショー、同菱山製薬販売
との間においては、全部原告の負担とする。
            事実及び理由
第一 請求
一 被告三恵及び同白鳥は、原告に対し、連帯して金七億二〇〇〇万円及びこれ
に対する平成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告三恵及び同進化は、原告に対し、連帯して金一億〇三五四万七二六四円
及びこれに対する平成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を
支払え。
三 被告ソルベイ及び同科研は、原告に対し、連帯して金一億八二五三万〇五三
〇円及び内金一億五七九一万二二八五円に対する平成四年四月一日から、内金二四
六一万八二四五円に対する平成五年一月一九日から、それぞれ支払済みまで年五分
の割合による金員を支払え。
四 被告ソルベイは、原告に対し、金六九五三万八七二二円及びこれに対する平
成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告扶桑は、原告に対し、金二億三五七二万七八三九円及びこれに対する平
成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 被告菱山製薬、同ニッショー、同菱山製薬販売は、原告に対し、連帯して金
二億二二九四万九九四六円及びこれに対する平成五年一月一九日から支払済みまで
年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 原告は、新規物質トラニラストの生産方法の発明について特許権を有してい
たところ、トラニラストを製造、販売した被告らの行為が右特許権の侵害に当たる
と主張して、被告らに対し、特許法一〇四条の推定規定の適用を前提として損害賠
償を求めた。これに対し、被告らは、その製造、販売したトラニラストは、右特許
発明に属さない方法により生産されたと主張して争っている。
一 前提となる事実(証拠を示したもの以外は争いがない。)
1 原告の特許権
 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発
明」、その発明に係る方法を「本件発明方法」という。)を有していた。本件特許
権は、平成五年一月一八日満了した。
(一) 発明の名称    新規芳香族カルボン酸アミド誘導体の製造方法
(二) 出願日 昭和四八年一月一八日
(三) 出願公告日    昭和五六年九月二二日
(四) 登録日      昭和五七年五月一四日
(五) 登録番号     第一〇九六七二四号
(六) 特許請求の範囲  別紙「特許出願公告公報」写しの該当欄記載のと
おり
(なお、右公報には、目的物質の一般式のR2とC
が二本線(二重結合)で示されているが、これは、公報掲載時の印刷上の誤りであ
り、一本線で示されるのが正しい。)
2 トラニラスト
(一) 右特許請求の範囲における目的物質である芳香族カルボン酸アミド誘
導体のうちに、一般名を「トラニラスト」、化学名を「Nー(3、4ージメトキシ
シンナモイル)アントラニル酸」と称される別紙目録記載のとおりの化合物(以下
「トラニラスト」という。)がある。
(二) トラニラストは、本件特許権出願前に国内において公然知られた物で
はない原告の開発に係る新規な医薬品であり、経口投与によるアレルギー性疾患の
治療に優れた効果を有する(甲二、四)。
 原告は、トラニラストを含有する薬剤を、「リザベン」の商品名で、昭
和五七年八月から製造、販売している。
3 被告らの行為
 被告らは、いずれも業として、以下の行為を行った。
 被告白鳥は、被告三恵の委託により、遅くとも昭和六三年一〇月から本件
特許権の満了日である平成五年一月一八日まで、トラニラスト原末を製造し、被告
三恵に販売し、被告三恵は、これを販売した。
 被告進化は、トラニラスト原末を被告三恵から仕入れ、遅くとも平成二年
四月から右満了日まで、トラニラスト製剤であるシンベリナカプセルを七一九万カ
プセル製造し、遅くとも平成二年六月から右満了日まで、このうち五五二万〇五〇
〇カプセルを販売した(そのうち五一〇万カプセルは被告三恵に販売した。)。被
告三恵は、遅くとも平成二年六月から右満了日まで、これを販売した。
 被告ソルベイは、遅くとも平成二年四月から右満了日まで、トラニラスト
製剤であるベセラールカプセル、ベセラールドライシロップを製造し、これを被告
科研に販売したほか、消費者に直接販売した。さらに、被告科研は、遅くとも平成
二年四月から右満了日まで、これを販売した。
 被告扶桑は、平成二年四月から右満了日まで、トラニラスト製剤であるバ
リアックカプセル、バリアック細粒、バリアックドライシロップを製造し、販売な
いし無償譲渡した。
 被告菱山製薬は、平成二年六月から右満了日まで、トラニラスト製剤たる
チタルミン錠を製造し、平成二年七月から右満了日まで、これを被告ニッショーに
販売した。被告ニッショーは、平成二年七月から右満了日まで、これを被告菱山製
薬販売に販売した。被告菱山製薬販売は、平成二年七月から右満了日まで、これを
販売した。
 なお、被告進化、被告ソルベイ(旧商号・幸和薬品工業株式会社。以下、
旧商号により表示する場合には、単に「幸和」という。)、被告扶桑、被告菱山製
薬などのトラニラスト製剤を製造する者を「製剤メーカー」という場合がある。被
告らの製造したトラニラスト製剤を「被告製剤」という場合がある。
二 争点
1 各製剤メーカーが製造、販売したトラニラスト製剤は、被告白鳥の製造に
係るトラニラスト原末を使用したものであるか。
(被告らの主張)
 被告白鳥は、被告三恵に対し、トラニラスト原末を六五二六・八キログラ
ム販売した。次いで、被告三恵は、被告菱山製薬、被告進化、被告ソルベイ、被告
扶桑その他の製剤メーカーらに対し、右原末を販売した。なお、右原末は、被告三
恵の指示に従い、被告白鳥から各製剤メーカーに直接納入された。
 被告進化は前記シンベリナカプセルを、被告ソルベイは前記ベセラールカ
プセル、ベセラールドライシロップを、被告扶桑は前記バリアックカプセル、バリ
アック細粒、バリアックドライシロップを、被告菱山製薬は前記チタルミン錠を、
それぞれ製造したが、これらは、いずれも被告白鳥の製造に係るトラニラスト原末
を使用したものである。
(原告の反論)
 被告らは、本件損害賠償請求の対象とされた全期間について、被告ら製剤
メーカーが使用したトラニラスト原末のすべてにつき、被告白鳥から購入したもの
であることを、立証する必要がある。特に、本件においては、従前共同被告である
竹島製薬株式会社が、被告白鳥から原末を購入した旨主張していたにもかかわら
ず、被告白鳥から購入していなかったことが明らかになっている。そのような経緯
に照らすならば、少なくとも、被告白鳥におけるトラニラスト原末の製造量、販売
量、被告三恵の販売量、被告ら製剤メーカーの使用量、販売量、在庫量のすべてが
一致するのでなければ、立証としては十分とはいえないが、そのような立証はされ
ていない。
2 被告白鳥は被告主張方法を用いてトラニラスト原末を製造したか。
(被告らの主張)
 被告白鳥は、別紙被告主張方法目録記載の方法(以下「被告主張方法」と
いう。)を用いて、トラニラストを製造した。
(一) 製造記録等によれば、被告主張方法によったことは明らかである。
(1) 被告主張方法は、原料として、3、4―ジメトキシ桂皮酸(以下単に
「桂皮酸」という場合がある。)と無水イサト酸を用いる。購入書類から裏付けら
れる二つの原料の購入量は、収率六十数パーセントとして(検分記録、甲二五、丁
一)、得られた原末の量に対して必要十分である。合成工程で粗結晶ができ、精製
工程で精製結晶ができる。記録におけるその量は相互に対応し、化学的合理性の範
囲内である。精製工程で得られた一次精製晶に、母液から回収された結晶を加えた
量は、次の乾燥工程での処理量に合致する。乾燥工程で得られた最終原末量は、被
告白鳥が自ら保有したであろう量を勘案すると、被告白鳥から製剤メーカーに送付
した量と一致する。具体的には、以下のとおりである。
(2) 被告白鳥は、製剤メーカーらに対し、トラニラスト原末を六五二六・
八キログラム提供している。
 被告白鳥がトラニラスト製造のために購入した桂皮酸の全量は六六二
〇キログラムである。このうち、実際に製造のために使われたのは、六四八九キロ
グラムであった。すなわち、製造記録によれば、被告白鳥でトラニラスト原末の製
造は五七回(五七バッチ)行われた。一バッチに使われる桂皮酸の量は一一四キロ
グラムであるが、一回だけ一〇五キログラムであった(乙五四九)。したがって、
合計は六四八九キロである。そうすると、桂皮酸を基準とした収率は、六十数パー
セントである(検分記録、甲二五、丁一)から、得られた原末の量に対して桂皮酸
の購入量は、必要十分である。
 なお、収率の算定方法は、以下のとおりである。被告主張方法では、
桂皮酸と無水イサト酸は理論的には等量(一モル対一モル)を用いる。しかし、実
際には、桂皮酸の方が高価なので、それが完全に反応し消費されるように、桂皮酸
一モルに対し、無水イサト酸を一モル以上用いる。したがって、収率は、桂皮酸を
基準に計算する。桂皮酸よりトラニラストの方が分子量が大きいので、一〇〇パー
セントの収率とは、原料一〇〇(重量)に対し、トラニラスト一五七・二である。
収率六四・五パーセントとは、桂皮酸一〇〇からトラニラストが一〇一・四できる
ことである。
(3) 被告白鳥が購入した無水イサト酸の全量は八二〇〇キログラムであ
る。同被告は購入後精製したので、トラニラスト製造のために使用した無水イサト
酸の量は約八〇八五キログラムである。それは、各一三四キログラムの使用量の五
七回分(工場検分を含む。五五回目の使用量はやや少ない一二一・三キログラムで
ある。)の七六二五・三キログラムを優にまかなっている。必要量をやや上回る程
度購入したことは、製造記録の信憑性を裏付けるものである。
(4) 被告白鳥が製造した精製結晶は、合計五四七六・四キログラムであ
る。母結工程において、母液から得られる結晶は、一次精製晶の約四分の一である
が、実際には、一三九三・二キログラムである。両者を合わせた結晶を乾燥工程で
取り扱うが、乾燥工程で重量は少し減るから、乾燥工程で得られた最終原末量の六
五三七キログラムは、これに対応している。この最終原末量は、製剤メーカーらに
対する前記供給量六五二六・八キログラムと付合している。
(二) 被告白鳥の製造記録に記載された被告主張方法が実施可能であること
は、丁一号証、八四号証によって立証されている。原告の実験(甲二五)ですら、
それを裏付けている。
(三) 被告主張方法は、被告三恵が有する特許(登録番号第一四五三二〇一
号。以下「三恵特許」といい、その発明を「三恵特許発明」という。)に基づくも
のである。
 また、被告らの販売するトラニラストは、医薬品製造承認書(乙三の
二)の別紙(1)に記載されているように、被告主張方法により製造することを前提と
して、平成二年三月五日付で厚生大臣の製造承認(乙三の一)を受けている。
(四) HPLC不純物分析の結果(丁一、八四)によれば、本件発明方法に
よる生成物に含有される不純物が市販製剤にはなく、本件発明方法による生成物に
は見られない多くの不純物が市販製剤にある。さらに、本件発明方法による生成物
に存在せず、被告主張方法による生成物に存在する不純物が、市販製剤にも存在す
る。
 すなわち、株式会社東レリサーチセンターのHPLCによる不純物解析
(丁八四)によれば、本件発明における明細書記載の実施例(以下「実施例」とい
う場合がある。)1による生成物中に見られる四二・四七五分、五四・〇八四分の
ピークは、市販製剤には見られなかった。逆に、実施例1の生成物には見られない
六〇・三分、八四・三分、一〇八・一分、一二二・〇分、二五五・九分のピーク
が、市販製剤には見られる。この五つのピークは被告主張方法の生成物にはすべて
見られる。実施例3についても同様である。したがって、市販製剤中の原末は被告
主張方法により作られたものと当然推認される。(なお、実施例1、3を選んだの
は、共にトラニラストを作る実施例であって、1の酸クロリド法、3の混合酸無水
物法は、この種の反応に用いる原料の酸誘導体として通常のものだからである。そ
の他の実施例は、収率が低く、使用の可能性は問題とならない。)
 また、HPLCチャートにおいて、製剤メーカーらの製品を被告主張方
法による生成物及び実施例1の生成物と対比すると、実施例1のHPLCチャート
は八七・五〇五分のピーク以下ほとんどフラットであるのに対し、被告主張方法の
チャートはそのあたりにいくつもの小山があり、二五五・九二九分に大きなピーク
があるものであって、製剤メーカーらの製品のHPLCチャートは被告主張方法に
よる生成物のHPLCチャートに酷似している。実施例3のHPLCチャートも同
様である。
(五) 被告白鳥は、被告三恵と共に、製剤メーカーらに対し、提供する原末
は三恵特許方法によって作ることを約束し、将来侵害訴訟が提起された場合には責
任を持つことを保証している。したがって、被告白鳥が異なる方法で原末を製造す
れば、製剤メーカーらへの原料提供を主たる業務とする被告白鳥の営業は大打撃を
受ける。また、製剤メーカーらはいつでも被告白鳥の原末製造の状況を見ることが
できる。仮に、被告白鳥が本件発明方法を使用して原末を製造して、製剤メーカー
らが侵害訴訟で敗訴した場合には、被告白鳥は、敗訴した製剤メーカーから多額の
求償を受けることになる。このような事情に鑑みると、被告白鳥が本件発明方法を
使用することは考えられない。
(六) 本件発明方法は、経済的な方法ではない。営利企業である被告白鳥が
これを実施すべき合理的な理由はない。原告ですら、自らの他の特許明細書におい
ては、本件発明方法では純品がとれず、環境にも害があると強調しているほどであ
る。原告も、本件発明方法によりトラニラストを製造していない。
 本件発明の収率を前提とすると、被告白鳥が購入した量の桂皮酸から、
製剤メーカーらに提供した量のトラニラストを得ることはできない。原告の実験
(甲四四)における一次結晶の収率は、五五・六パーセントである。同号証に純度
の記載のないこと及び被告白鳥による追試の結果に照らすならば、この数値は信用
できない。仮に、本件発明における達し得る最大限の収率と考えたとしても、本件
発明方法では、被告白鳥が製剤メーカーらに提供した量のトラニラストを得ること
はできない。被告が本件発明方法を厳密に追試した結果は、収率二七パーセントで
あるので、右収率では、到底不可能である。
 実施例によっては、純度のよい医薬品たり得るトラニラストが得られな
い(丁八四の三)。また、実施例は、被告主張方法と異なり、再結晶溶媒がクロロ
ホルムであり、クロロホルムの量が規格より多すぎるから、精製を繰り返しても医
薬品としてのトラニラストを得ることはできない。
(七) 確かに、被告白鳥が工場検分において実施した方法による生成物は、
TLC分析により単一のスポットを示さなかった。しかし、そのことは、工場検分
の結果、被告主張方法によりトラニラストができなかったことを意味するものでは
ない。むしろ、工場検分の結果は、被告主張方法により医薬品たるトラニラストを
得られることを示している。工場検分のように、通常とは異なる規模及び装置の精
製においては、不具合が生じ得るのであるから、通常の工業生産における精製にお
いて、常に単一スポットを示さないということはできない。精製が不十分であるな
らば、更に精製すればよいだけのことであるから、実施不能ということを意味しな
い。
 丁一号証によれば、被告主張方法により得たトラニラスト原末は単一の
スポットを示すことが、明らかである。これに対し、本件発明方法による生成物
は、単一のスポットを示さないばかりか、クロロホルム含有量の点でも医薬品たり
得ないのであり、医薬品たるトラニラストは到底得ることはできない(丁八四)。
(原告の反論)
 被告白鳥が被告主張方法を用いてトラニラストを製造したとの点は否認す
る。特許法一〇四条の推定は覆滅されていない。
(一) 被告らは、特許法一〇四条の推定を覆滅するために、以下のような立
証をすべきであるが、そのような立証はされていない。
 まず、被告らは、被告白鳥がトラニラスト原末の製造を開始した昭和六
三年一〇月から特許期間が満了した平成五年一月一八日までの全期間にわたり、製
造に係るトラニラスト全量につき、全工程の具体的製造方法を立証する必要があ
る。
 また、被告白鳥の製造に係るような後発医薬品については、先発医薬品
との間に医薬品としての「同一性」がなければならないため、その品質について
は、先発医薬品と同様のTLC分析における「単一のスポット」を示すことが必要
となっている。医薬品製造承認書(乙三号証)の別紙(2)「トラニラスト規格及び試
験方法」「純度試験(6)類縁物質のi)及びii)」の項に「単一スポット」と明記され
ているとおりである。したがって、被告らは、TLC分析における「単一のスポッ
ト」を示すトラニラストを製造していることを立証する必要がある。
 さらに、被告らは、原薬GMPで義務付けられた規制に従った記録に基
づいて立証を行うことが必要である。
(二) 被告主張方法は、以下のとおりの理由から、被告白鳥が行った実際の
トラニラスト製造方法とは異なる。
 被告らは、トラニラストの粗結晶までの工程の主張、立証で足りると主
張し、裁判所、原告からの度重なる指摘に対しても、精製工程の開示も立証も拒み
続けた。このような不自然な訴訟経緯に照らすと、被告らは現実に実施していたト
ラニラスト製造方法を開示していなかったものと考えざるを得ない。
 被告らは、被告白鳥の工場検分を提案し、平成四年一一月に実施され
た。当初の提案では精製工程を欠き、原告の指摘で漸く実施することになったが、
その精製工程も、およそ不自然なものであった。すなわち、被告らが検分直前に主
張した精製工程は、ソルミックス再結晶により一次晶を得、複数ロットの母液を合
わせて濃縮して母結を得、その母結に特別の処理をして二次晶を得た後、全く別の
ロットの一次晶と混合する、というものである。被告らの主張によれば、二次晶の
母液の母結から更に精製したという「回収母結精製品」なるものまで存在し、全く
異なるロットの一次晶と二次晶を混合するだけではなく、全く異なるロットの製品
の一部を連続的に混合するという複雑な精製工程、ロット構成となる。これでは、
万一、いずれかの製品で事故が発生した場合に、原因となった元々の製品の特定
も、一次晶・二次晶の特定も、原因となった工程の特定もできないことになり、医
薬品の製造工程としては、著しく不合理なものといえる。
 被告らは、医薬品トラニラストの製造方法として、二つの異なる方法を
主張したが、このような主張経緯は不自然である。すなわち、被告白鳥は、平成二
年一一月二一日に主張した製造方法と、平成四年の工場検分の直前に主張した製造
方法とは、トラニラスト原末の製造方法として異なる。前者においては、生成した
粗トラニラストをエタノールで精製する方法であるのに対し、後者は、被告らが製
造承認を受けた製造方法では使用できないソルミックスで精製する方法であり、製
造方法として異なる。
(三) 被告らが提出した製造記録は、提出の経緯等から見て信憑性がない。
(1) 被告らが平成七年五月一八日以降に提出した製造記録は、その提出時
期から見て、証拠としての価値がない。
 被告らは、被告白鳥の製造記録であるとして、工場検分の時期まで
に、乙五号証ないし四〇号証を提出したが、これはわずか三ロット分のみである。
この時点で被告白鳥のトラニラストの製造は、ロット数にして、五五ロットに及ん
でいる。被告らは、原告及び裁判所の訴訟指揮によって、再三にわたり製造記録の
提出を求められながらも、それを拒み続けていた。
 その後も被告らは、一斉に製造記録を提出することをせず、平成一〇
年九月二九日に至り、新しく丁四ないし三五号証として、特許期間満了後の再結晶
工程、乾燥、包装工程についての製造記録を提出した。長く時が経過した後に、社
内文書に当たる工場記録の類を以前に提出した分と平仄を合わせて作成することは
容易なことである。このような証拠の提出方法は、民訴法一五六条の定める適時提
出主義にも明らかに違反する。
(2) さらに、被告白鳥は、以下のとおり、すべての製造記録を提出してい
ないことからみても、被告主張方法を工場で実施していないと考えられる。すなわ
ち、被告白鳥は、①平成二年三月以前のSPー85と呼ばれたトラニラストに関す
る製造記録、②使用原料の無水イサト酸の精製に関する記録類、③一次晶及び二次
晶の試験・検査に関する記録類を提出していない。
 仮に、被告主張方法が実際に工場で実施されたとするならば、当然提
出されてしかるべき証拠が提出がされていない。すなわち、現在まで、文書提出命
令の対象となっているのに提出されていない文書や、医薬品トラニラスト原末の製
造販売業者として、当然作成保管しているべき文書であるのに提出のない文書(G
MP基準で義務づけられている文書)があり、また、被告主張方法の開発時の試作
実験記録、実験室における実験室データは一切提出がない。
(四) 被告白鳥の製造指図書・製造記録書は、その内容に、以下のとおり、
不自然な点があるから信用できない。
(1) 被告らは、酸処理工程(塩として合成されたトラニラストを遊離の酸
とする工程)がトラニラスト生成の為に必須不可欠の工程であると主張するが、右
酸処理工程は、多量の結晶が析出して反応液が固化し撹拌も困難であり、pHを約
3とする調整は極めて困難である(甲六)。
(2) 粗結晶収量が一定しない。
 すなわち、被告白鳥の製造記録は、原料仕込み量や反応条件等が一定
の内容となっているが、水洗・ろ過粗結晶の収量は最大一三四㎏もの差があり、ク
ロロホルム洗浄後の乾燥粗結晶量は最大八〇㎏もの差が生じている。その上、水
洗・ろ過粗結晶からクロロホルム洗浄後、乾燥粗結晶の収量もバラつきがあり、一
三四㎏減量しているものから、逆に一一㎏も増量しているものまで存在している
(甲四四)。
 一般に、工場規模で薬品を製造する場合、同一収量が得られるはずで
あるから、被告白鳥の製造記録の各工程は、確立した工場製法と考えるのは不自然
である。
(3) 製造記録におけるロット構成に不自然な点がある。
 すなわち、被告白鳥の製造記録によれば、例えば、ロット四〇〇三〇
三は、九〇年三月二六日に製造されたこととなっている(乙三七)。他方、乙五一
九号証(製造指図書)によれば、「先行のものと一緒のロットにする」として四月
二六日に新しい四〇〇三〇三が製造されたことになる。この四月二六日の新しい四
〇〇三〇三は、三月二六日の旧四〇〇三〇三の製品の一部五〇㎏(最終包装品二ド
ラム)及び製品端数九㎏の一部七・五㎏、四〇〇三〇一の製品端数一一㎏、四〇〇
三〇四の製品の一部二五㎏(最終包装品一ドラム)及び四〇〇三〇六の製品端数一
四㎏の一部六・五㎏を混合したとしている。
 しかし、①この混合・包装作業に関する製造記録及び製品試験記録は
存在しない(乙五一九)。②旧四〇〇三〇三の最終包装形態となっている製品五〇
㎏(二ドラム)及び四〇〇三〇四の最終包装形態となっている製品二五㎏(一ドラ
ム)を使用するには、それぞれ折角ファイバードラムに詰めたものを、わざわざ崩
して混合・包装しなければならず、合理性がない。③四〇〇三〇三については、四
月九日に被告ソルベイに一五〇㎏販売し(乙一二四)、さらに三月三〇日及び五月
二一日に竹島製薬に一・五㎏及び一〇〇㎏販売したことになっている(乙三八
一)。この間被告白鳥では、四〇〇三〇六まで一三ロット(約二五〇〇㎏)の製造
が完了していたのだから供給量に問題はないはずである。4同様の不合理なこと
が、四〇〇三〇五、四〇〇五〇二、四〇〇八〇一でも行われている。
 以上の事実は、既に出荷した製品の出荷量につじつまを合わせるため
に製造記録が作出されたことを示す。
(4) 製造指図書が欠落している。
 すなわち、製造指図書は、原薬を一定の品質で製造することの確実性
を担保するため、現場の作業員の誰もがそれを見て、同一の作業ができるよう記載
されていなければならない(原薬GMP七条)。しかし、被告白鳥の製造指図書
は、各工程の終了段階でHPLC試験やTLC試験の実施が指示されているが、次
工程に進めて良いか否かの合否の判定基準が示されていない。また、精製工程の指
図書では、「手順13)」の作業(冷却・撹拌と思われる)として撹拌の実施及びそ
の作業条件の指図が欠けているので当該操作はできない。
 このようなものでは、原薬GMP上要求される指図書とはいえず、工
場でトラニラストを製造することはできない。
(5) 中間品及び製品を混合しているのは不自然である。
 すなわち、原薬GMP上、ロットの異なる中間品又は製品同士の混合
が認められるのは、混合される対象ロットとの同一性や均質性が確認される場合に
限られる(原薬GMP二条七号)。
 しかし、被告白鳥の製造記録書の「乾燥・混合・粉砕」工程に送られ
る精製品については、精製工程後のwet状態でTLC試験がされている。このよ
うに、精製後のwet状態のままでTLC測定をしても混合される対象ロットとの
同一性や均質性の確認はできない。しかも乾燥され、品質試験が完了した製品を、
未完成で品質試験も行われていない中間品の精製品と混合しているものまである。
全く異なるロットの、しかも製造工程のステージも異なる中間品と製品を混ぜ合わ
せることは、製品の均質性を確保できないばかりか、万一事故があったときにはそ
の原因究明すら難しくするものであり、当業者として考えられない方法である。こ
のような操作は、原薬GMPに違反したものであり、到底、現実のものとは考えら
れない。
(五) 工場検分の結果は、被告白鳥が被告主張方法と異なる方法によりトラ
ニラスト原末を製造していることを示している。
 工場検分は、平成四年一〇月二二日から同年一一月四日までの一四日間
にわたり、原告及び被告白鳥の代理人・補佐人及び被告白鳥の選任に係る千葉大学
薬学部教授【M】教授の立会の下に実施された。原告は、一回限りの予め準備され
た工場検分は、工場においてトラニラストを継続的に製造していたことを明らかに
する適当な立証方法ではないという留保の下に立ち会った。ところが、工場検分に
おいて製造されたトラニラストは、被告白鳥が製造、販売していたトラニラスト原
末と同一性が否定されるものであった。
 工場検分において実施された方法は、以下のとおり、製造記録記載方法
と異なる方法であるから、工場検分は、被告白鳥が製造記録記載の方法でトラニラ
ストを製造したことを立証するものではない。①工場検分では、製造指図・記録書
に全く記載されていない工程を実施したり、製造指図・記録書に明確に記載されて
いる工程を無視して実施している。「トラニラスト精製工程」の「ろ過」工程につ
いて、指図されていない操作が実施され、同じ「ろ過」工程について、明確に指図
されている「操作9)」から「操作12)」については全く実施されなかった。
「トラニラスト精製母結」の「トラニラスト精製工程」の「ろ過」工程について
も、指図されている操作が実施されなかった。②「トラニラスト反応工程」の「P
H調整・晶析」工程における「操作7)」の「指示値または工程管理値」の欄に
「3N塩酸 PH≒3」と記載されているのに、工場検分における実施方法では、
「3N塩酸」は使用されず、「PH≒3」に調整することもできなかった。③収量
について、原薬GMPには、製造指図書に「各製造工程における中間体又は製品の
理論収量」を記載することが義務付けられており(原薬GMP第七条)、製造管理
者は、製造指図書どおりに製造されているかを管理しなければならないとされ、製
造に当たっては標準収量を厳格に管理しなければならない(なお、理論収量は標準
収量を含めた意味である)。しかるに、工場検分における実施方法では、製造指
図・記録書記載の収量とは全く異なる収量のトラニラストが得られた。しかも、製
造指図・記録書には、「工程収率」の「標準」の欄はあるもののほとんど設定され
ておらず、たまに「100」と記載されているに過ぎない。このように製造指図・
記録書と全く異なる結果を示した検分における方法は被告主張方法ではないのみな
らず、そもそも、原薬GMPで義務付けられている管理を全く行っていない製造指
図・記録書が真実の記録書であるはずがない。
 工場検分の実施が決められてから実施するまでに六か月もの準備期間が
あったにもかかわらず、工場検分時においては、被告白鳥工場製法の重要な工程で
ある加熱工程、pH調整・晶析工程、クロロホルム洗浄工程というトラニラスト粗
結晶に至るまでの工程、さらには工場検分時に初めて開示されたクロロホルム洗浄
後の精製工程までもが再現できなかった。
 この点につき、被告白鳥は、当初は、工場検分において精製工程まで行
う予定がなく、通常と違う半分のスケールで操作をしたために、製造記録との相違
が増大したと主張するが、製造記録によれば、検分猶予期間中に被告白鳥が精製工
程を実施していたことが明らかである(乙四五七の二ないし四六二の二)から、右
の主張は理由にならない。仮に、精製工程が被告白鳥における確立した工業的方法
であったとしたならば、当然工業化の段階で徐々にスケールアップして現在の方法
を確立させたはずであるから、工場検分時と同様の半分程度のスケールで実施され
たこともあったはずであり、弁解は成り立たない。
(六) 被告白鳥が無水イサト酸を購入した事実があったとしても、そのこと
は、被告白鳥がトラニラストを被告主張方法で製造したことを推認させるものとは
いえない。無水イサト酸は汎用性の高い化学物質であり、さまざまな使い道があ
る。また、無水イサト酸は比較的不安定な物質で、容易にアントラニル酸に変換す
ることができる。したがって、被告らは、無水イサト酸がそのままの形でトラニラ
スト製造に使用されたことまで立証する必要があるが、そのような立証はない。
 また、被告白鳥は、購入した無水イサト酸を精製した上で、被告主張方
法によりトラニラストを製造した旨主張している。ところで、被告白鳥は、当初、
購入した無水イサト酸の純度は約九〇%であると主張した。これに対し、原告が、
購入量が使用量に満たない旨反論したところ、被告は従前の主張を翻して、その純
度は九九%であると主張を変更した。被告白鳥の無水イサト酸の受け入れ規格は九
六%以上と記載され(乙四)、純度九九%はその受け入れ規格を満足しているにも
かかわらず、被告白鳥は精製したとしている。普通、九九%以上もの純度を持って
いる原料を精製して使用することは考えられない。被告白鳥は、桂皮酸の精製を行
っていない。無水イサト酸だけなぜ精製する必要があるのか理解できない。被告白
鳥は無水イサト酸の精製は、色抜きのためである旨主張しているが、その後の反応
工程でトラニラストは様々な不純物により着色されるから、当初の段階で色抜きな
どする必要はない。しかも被告白鳥は、無水イサト酸の精製に関して、一切の記録
類を提出しない。このように、無水イサト酸を精製した旨の被告白鳥の主張は不自
然なものであることに照らすと、被告白鳥が、無水イサト酸を他の目的に使用した
り、無水イサト酸のまま使用しなかったことを疑わざるを得ない。
 被告らは、被告製剤メーカーらの製品「バリアック」についてのHPL
C不純物分析チャートにより、無水イサト酸に相当するピークが見られるとしてい
る(乙二二、二三)。しかし、被告らが主張するHPLC不純物分析チャートにお
けるピークが無水イサト酸に相当するものであるとする根拠はないし、「シンベリ
ナ」及び「ルミオス」には、HPLCチャートにおいて、相当するピークは見られ
ない(甲一九)から、「バリアック」製剤の一ロットのHPLC不純物分析チャー
トにおいて、無水イサト酸に相当するピークが見られたとしても、被告白鳥が全ト
ラニラストを被告主張方法で製造したことを立証したことにはならない。
(七) 被告らが提出するHPLC不純物分析は、被告白鳥が被告主張方法に
よりトラニラストを製造していた事実を立証するものではない。HPLC不純物分
析は、被告主張方法の立証がされた上で、その真実性を補強するものでなければな
らない。ところが、被告白鳥は、そもそも具体的製造方法を立証をしていないにも
かかわらず、自らの支配下にあるトラニラスト原末を用いてHPLC不純物分析を
行っているので、立証として意味を持たない。製造記録書記載の製造方法を現実に
実施して得られたトラニラストのHPLC不純物分析チャートのパターン及び市販
品のトラニラストのHPLC不純物分析チャートのパターンがすべて同一であるこ
とを明らかにしない以上、HPLC不純物分析の結果がどのようなものであって
も、被告白鳥がトラニラストを被告主張方法によって製造したことを立証したこと
にならない。
 そもそも、HPLC不純物分析は、検査対象物質の組成分析に基づく紫
外線の吸収ピークを示すだけのものであって、製造方法を特定するものではない。
HPLC不純物分析の結果により、被告白鳥がトラニラストを被告主張方法により
製造していたことを立証するためには、①市販品のトラニラストがすべて同一のH
PLC不純物分析チャートのパターンを示すこと、②製造記録書記載の製造方法を
現実に実施して得られたトラニラストであることが事実実験公正証書等により完全
に立証されたトラニラストのHPLC不純物分析チャートのパターンを示すこと、
③右①及び②の不純物が、その存在及び含有量比を含めたHPLC不純物分析チャ
ートのパターンとして同一のパターンを示すこと、又は、④当該製造方法によって
製造する場合にのみ生成することが確認されている特有の副生物、すなわち当該製
造方法のいかなる工程で生成されるかが判明している特有の副生物があり、これが
検査対象物質に検出されることを示すことが必要である。
 しかるに、本件においては、右①も②も示していない。①については、
例えば従前被告であった竹島製薬株式会社の製造、販売に係る製剤(ルミオス)に
含有されているトラニラストは、検体四七(バリアックカプセル)とは異なるHP
LC不純物パターンを示す(甲一八)。②については、工場検分による検体三八の
製造方法は、前記のとおり、製造記録方法と異なるから、検体三八のHPLC不純
物分析チャートのパターンは、製造記録方法のHPLC不純物分析チャートのパタ
ーンの立証にはならない。本件では、製造記録書記載方法により製造されたことが
証明されている医薬品たるトラニラスト原末のHPLC不純物分析の結果といい得
るものは一切証拠として提出されていない。したがって、本件において、HPLC
不純物チャートのパターンにより、被告白鳥の実施したトラニラストの製造方法
が、製造記録書記載方法により製造されたものであることを立証することはできな
い。
 さらに、被告らは、本件発明の実施例による生成物と被告白鳥の製造に
係る市販製剤の各HPLC不純物分析チャートの異同を根拠に、被告主張方法によ
ってトラニラストを製造したことが推認される旨主張する。しかし、具体的製造方
法を離れた「本件特許請求の範囲に属する製造方法」と「被告トラニラストの製造
方法」の異同を論じてみても、意味がない。本件発明方法に属する製造方法は無数
にあるから、その中の一実施例のHPLC不純物分析との異同によって、本件発明
の技術範囲の属否を論じることはできない。
 丁一、八四号証は、たまたま同一の保持時間を有する不純物が四つある
いは五つ(しかも両者で一致していない。)あったことを確認したに止まるのみで
あり、例えば、保持時間の一致しない不純物の検索は行われてもいない。化学反応
では、ある反応で生成する不純物とそれと異なる反応で生成する不純物が同一であ
ることもあり得るから、特定の不純物をもって製法の異同を述べる場合には、前記
④の要件の存在が必須であるが、本件ではかかる立証はない。
(八) 被告白鳥の製造に係るトラニラスト原末を用いた製剤は、TLC分析
において単一スポットとなるべきものである。これは、被告白鳥の製造承認書にお
いて、被告白鳥自らがトラニラストを特定するために設定した規格に規定されたと
おりである。被告らも、市販のトラニラスト(バリアック製剤)を規格の五倍もの
濃度でTLC測定しても単一スポットとなることを確認している(乙五八号証別紙
写真1参照)。
 しかし、これまで原告及び被告らが行った被告主張方法の追試実験(甲
六、甲二五、乙五八その他)及び工場検分(甲一二、乙四一)のいずれにおいて
も、得られたトラニラストは、TLC分析で単一スポットとならなかった。
 また、被告主張方法の追試と市販のトラニラストのHPLCの比較にお
いても、被告主張方法によって得られたトラニラストは市販のトラニラストの一〇
倍以上のNー6を含有することが確認されている(乙五七、五八、丁一)。すなわ
ち、市販製剤のトラニラストは、被告主張方法によって得られたトラニラストの一
〇分の一以下のNー6しか含有しないため、乙五八号証が示すとおり五倍程度濃度
を濃くしてもTLC分析ではNー6は検出されず、単一スポットとなる。
 以上の事実からすると、被告主張方法によっては、TLC分析で単一ス
ポットとなるトラニラストを製造することができないことが明らかである。
 なお、その原因は、被告主張方法は反応液中に生成する3、4ージメト
キシ桂皮酸無水物(以下「桂皮酸無水物」という。)と無水イサト酸とが副反応と
して多量のNー6を必然的に生成するためであり、また、被告白鳥が主張するソル
ミックスを使用した精製方法では、反応液中に生成したNー6を除去できないため
である(甲二六)。
3 被告主張方法は本件発明の技術的範囲に属するか。
(原告の主張)
 被告主張方法が本件発明の技術的範囲に属さないとの主張は否認する。
(一) 被告主張方法は、以下のとおりの反応機構によるものであるから、本
件発明の技術的範囲に属する。
 すなわち、被告主張方法の反応機構は、無水イサト酸と桂皮酸により、
桂皮酸無水物とアントラニル酸を形成し、この両者が反応してトラニラストを生成
させるというものである(甲二二)。したがって、被告主張方法は、その反応機構
において、桂皮酸無水物とアントラニル酸の反応により、トラニラストを生成する
という本件発明実施例9の反応と同一であるから、本件発明の技術的範囲に属す
る。
 これに対し、被告白鳥は、桂皮酸無水物とアントラニル酸の生成は中間
体4を経由するものと推定した上で、中間体4から直接トラニラストに至る反応が
優先すると推定されるから、桂皮酸無水物とアントラニル酸との反応は起こらない
ので、本件発明とは、反応機構が異なる旨主張する。
 しかし、被告白鳥が甲二二号証の結論を否定する根拠は、検出された桂
皮酸無水物とアントラニル酸が微量であったという点にある。【N】教授鑑定書
(甲四一)のとおり、「ある一時点で桂皮酸無水物とアントラニル酸とが微量でも
確認され単離されたことは、それより遙かに多い量の桂皮酸無水物とアントラニル
酸とが生成し、これがトリエチルアミンの存在下に反応して、本反応の目的物質で
あるトラニラストを製造しているもの」と判断することができる。したがって、単
に検出物質が微量であるという指摘だけで原告主張の反応機構を否定することは誤
りである。
(二) 被告主張方法は、出発物質を異にするため、いわゆる文言侵害に当た
らないとしても、以下の理由により、本件発明方法と均等であるから、本件発明の
技術的範囲に属する。
(1) 相違が非本質的部分にあり、置換可能性があること
 本件発明の中心的な要素は、次の二点である。①出願時の新規物質で
ある目的物質としてトラニラストの構造を確定し、その医薬品としての有用性を広
く第三者に開示した。②右トラニラストの製造方法として、出発物質に芳香族カル
ボン酸の反応性官能的誘導体とアミノ安息香酸の組合せを特定し、この実施例とし
て、前者について桂皮酸無水物あるいは混合酸無水物、後者についてアントラニル
酸をそれぞれ特定し、前者の芳香族カルボニル基に対する後者の芳香族アミノ基の
求核反応によってトラニラストを生成する方法を完成した。
 被告主張方法は、以下のとおり、これらを利用している。
 本件発明はいわゆる化学的類似方法の発明である。これは、当時の特
許法においては化合物自体の特許を受けることができなかったため、目的化合物が
新規で有用な物であることを前提として、製造する手段自体は公知である方法につ
いて、目的化合物の化学構造上の新規性及び有用性が技術的評価上加味されて特許
されたものである。化学的類似方法の発明は、化合物についての新しい化学構造及
びその有用性の提供をもって世に貢献している技術的思想であると判断されて特許
される。したがって、本件発明は、その目的物質である芳香族カルボン酸アミド誘
導体又はその塩と、その物のアレルギーに起因する疾患の経口治療薬としての有用
性を提供したことが、その技術的思想の本質的部分である。
 被告主張方法の目的化合物であるトラニラストは、右目的物質に該当
し、本件発明に係る実施例により実際に製造され、参考例においてその抗アレルギ
ー性が確認されている化合物である。したがって、本件発明によるトラニラストの
化学構造及びアレルギーに起因する疾患の経口治療薬としての有用性の開示なくし
ては、三恵特許に係る発明の完成はなかったから、被告主張方法は本件発明の技術
的思想を利用したものというべきである。このことは、三恵特許の明細書(乙二)
の記載に照らしても明らかである。
 仮に、被告ニッショーらが主張する反応機構(丙一二)のとおりであ
ったとしても、被告主張方法は、その反応過程において中間生成物として、桂皮酸
の反応性官能的誘導体を用い、それをアミノ基と反応させて目的化合物を形成させ
ている点において、本件発明の技術的思想を利用している。すなわち、本件発明に
おいて、桂皮酸を用いずに、その反応性官能的誘導体を用いているのは、アントラ
ニル酸のアミノ基に対する反応性を付与するためであり、この反応性官能的誘導体
の中には混合酸無水物が含まれることが示されている(本件特許公報四欄三五~三
六行)。他方、被告主張方法において、反応の過程で生成する第二中間体4は、桂
皮酸とアントラニル酸との混合酸無水物である。したがって、第二中間体4は、本
件発明方法と同様にこの共存するアントラニル酸と反応してトラニラスト5を生成
すると同時に、桂皮酸と混合酸無水物を形成していた有機カルボン酸(R―COO
H)すなわちアントラニル酸を再生する。したがって、被告主張方法においては、
桂皮酸の混合酸無水物と反応させたアントラニル酸は、反応後に再生されているの
で、結果的には、分子内反応でアミド結合を形成した形になっている
。このように、被告主張方法においては、第二中間体4のアミノ基をアミド化する
段階において、本件発明と同様アミノ基に対する反応性を付与するために、桂皮酸
の反応性官能的誘導体を用いており、この点において本件発明の技術的思想を利用
している。
(2) 置換が容易に想到できるものであること
 容易想到性の有無は、被告白鳥が現実にトラニラストの製造、販売を
開始した侵害時である昭和六三年一〇月時点を基準に判断される。無水イサト酸の
採用に当たっては、右時点において次の技術的事項が一般的知見として知られてい
た。①アルカリ・酸処理でアントラニル酸に変化すること、②アミン等塩基の存在
下でイオン化し、イソシアナート体を形成すること、③右形成したイソシアナート
体はカルボン酸と反応してカルボン酸無水物を経由して酸アミドを形成すること
(換言すれば、酸アミド化反応に用いられる出発物質であること)。これらによれ
ば、本件発明の存在を前提として、これを被告主張方法に置換することは、侵害時
において容易想到であった。
 本件特許と三恵特許は、以下のとおり、並立的な関係にはないから、
三恵特許が有効に存在するからといって、右容易想到性が否定されるわけではな
い。本件特許出願時において、目的物トラニラストは新規物質であるから、本件発
明は、パイオニア的な発明といえる。これに対して、三恵特許は、本件特許出願日
である昭和四八年一月一八日より、ほぼ一〇年後の昭和五八年八月一五日に出願さ
れた。この間、原告は、昭和五七年八月にトラニラスト製剤の製造、販売を開始
し、被告三恵及び同白鳥は、これを市場から入手し分析し、リバースエンジニアリ
ングにより製造方法を研究し、昭和六三年一〇月以降、市場に参入した。さらに、
被告三恵は、本件発明のアミド化反応の利用という反応上の特徴についても模倣し
ている。すなわち、三恵特許の目的物の持つ薬効はもちろん同一であり、反応自体
も何ら発明性を持つものではなく、その発明性はただトラニラストの収率の改善と
いう点にのみ存している。したがって、両特許について、同質の価値を有する特許
間の並立した関係と見る余地はない。
(3) 本件において、被告主張方法が本件発明出願時の公知技術から容易想
到であったり、出願経過において意識的に除外された等の事情は一切ない。
(被告らの反論)
 被告主張方法は、以下のとおり、本件発明の技術的範囲に属さない。
(一) 本件発明方法は、原料として、桂皮酸の反応性官能的誘導体とアント
ラニル酸を用いるものであり、これに対し、被告主張方法は、原料として、桂皮酸
と無水イサト酸を用いるものである。二原料とも異なるから、一見して、被告主張
方法が本件発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。
(二) 原告は、本件発明方法と被告主張方法は、反応機構において同一であ
る旨主張するが、以下のとおり失当である。
 原告は、本件発明方法及び被告主張方法の各反応機構及びその同一性を
具体的に示していない。原告は、被告主張方法について、桂皮酸二分子と無水イサ
ト酸一分子から、桂皮酸無水物とアントラニル酸がそれぞれ一分子できるというこ
とを、化合物の構造式で示したのみで、桂皮酸のどの部分がどのように反応し、ど
の部分から二酸化炭素が脱離するのか等について、具体的な主張、立証をしていな
い。
 原告は、被告主張方法において、桂皮酸無水物とアントラニル酸が微量
検出されるという点を根拠とするが、そのような事実だけでは、主張被告主張方法
を工業的に実施した際、原告主張の反応が起こることを立証したことにはならな
い。
 したがって、本件発明方法と被告主張方法は、反応機構において、同一
といえない。
(三) 被告主張方法は、本件発明方法と均等ということはできない。
 本件特許は方法の特許であり、本件発明方法と被告主張方法とは、各原
料及び反応上の意味がすべて異なっている。したがって、両方法は、およそ均等を
もって論じられない。
 原告は、本件発明において、トラニラストの構造と有用性を開示したか
ら、被告主張方法は、本件発明を利用したものと主張する。しかし、このような見
解は、物質特許が許されない制度の下で、新規物質に係る製法の発明が特許されれ
ば、同一物質を製造するすべての方法が、発明の技術的範囲に属するという不当な
結果になる。
 また、原告は、仮に、被告主張方法における反応機構が、被告ニッショ
ーらの主張に係る鑑定意見書(丙一二)のとおりであるとしてもなお、被告主張方
法は、その反応過程において中間生成物として、桂皮酸の反応性官能的誘導体(第
二中間体4)が生じ、それをアミノ基と反応させて目的化合物を形成させている点
において、本件発明の技術的思想を利用している旨主張する。しかし、被告主張方
法における反応機構に関する鑑定意見書(丙一二)は、右混合酸無水物4が桂皮酸
と反応して次の桂皮酸無水物5を作り、さらにこの桂皮酸無水物5とアントラニル
酸が反応してトラニラストを作ることはあるかも知れない、としているだけで、こ
の混合酸無水物4自体がアントラニル酸と反応してトラニラストを作ることは、考
えてもいない。したがって、右混合酸無水物4は、本件発明にいう桂皮酸の反応性
官能的誘導体ではない。
4 損害額
(原告の主張)
 被告らは、本件特許権存続期間内に、以下のとおり、トラニラストの製
造、販売を行い、その結果、原告は、以下のとおりの損害を被った。
 被告白鳥は、被告三恵の委託により、トラニラスト原末を製造し、被告三
恵に販売し、被告三恵は、これを販売した。これによる損害額は一二億円となる
(共同不法行為)。原告は、被告三恵及び被告白鳥に対し連帯して、一部請求とし
て、七億二〇〇〇万円を請求する。
 被告進化は、トラニラスト原末を被告三恵から仕入れ、トラニラスト製剤
であるシンベリナカプセルを製造し、その一部を販売した。被告三恵は、これを販
売した。被告進化の行為による損害額は八二二七万九〇八二円であり、被告三恵の
行為による損害額は二一二六万八一八二円であり、その合計は一億〇三五四万七二
六四円となる(共同不法行為)。原告は、被告三恵及び被告進化に対し連帯して、
一億〇三五四万七二六四円を請求する。
 被告ソルベイは、トラニラスト製剤であるベセラールカプセル、ベセラー
ルドライシロップを製造し、これを被告科研及びその他(消費者)に販売した。さ
らに、被告科研は、これを販売した。被告ソルベイの被告科研への販売分に係る損
害額は一億八二五三万〇五三〇円である(共同不法行為)。被告ソルベイの消費者
への販売分に係る損害額は六九五三万八七二二円となる(単独不法行為)。原告
は、被告ソルベイ及び被告科研に対し連帯して一億八二五三万〇五三〇円を、被告
ソルベイに対し六九五三万八七二二円を、それぞれ請求する。
 被告扶桑は、トラニラスト製剤であるバリアックカプセル、バリアック細
粒、バリアックドライシロップを製造、販売ないし無償譲渡した。これによる損害
額は、二億三五七二万七八三九円である。原告は、被告扶桑に対し、二億三五七二
万七八三九円を請求する。
 被告菱山製薬は、トラニラスト製剤たるチタルミン錠を製造し、これを被
告ニッショーに販売した。被告ニッショーは、これを被告菱山製薬販売に販売し
た。被告菱山製薬販売は、これを販売した。これによる損害額は、二億二二九四万
九九四六円である(共同不法行為)。原告は、被告菱山製薬、被告ニッショー及び
被告菱山製薬販売に対し連帯して、二億二二九四万九九四六円を請求する。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 争いのない事実、証拠(乙七七、八〇、八三、八六、九〇、九三、一〇二
ないし一〇七、一一三ないし一一七、一二四ないし一二九、一三三ないし一三五、
一四四ないし一五一、一五七ないし一六一、二八六、三八一、枝番号の表記は省略
する場合がある。以下同じ)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、
これを覆す証拠はない。
(一) 被告白鳥は、製造したトラニラスト原末六五三七キログラムのうち、
六五二六・八キログラムを、被告三恵に対し販売した。被告三恵は、右原末のう
ち、被告菱山製薬に対し一〇〇一キログラムを、被告進化に対し七五〇キログラム
を、被告ソルベイ(旧幸和)に対し一六九〇キログラムを、被告扶桑に対し一八二
五キログラムを、それぞれ販売した。
(なお、被告三恵は、さらに、興和株式会社に対し四五〇キログラムを、昭
和薬品化工株式会社に対し五九三・八キログラムを、竹島製薬株式会社に対し一八
一キログラムを、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社に対し二五キログラム
を、三亜製薬株式会社に対し一〇キログラムを、それぞれ販売した。以上の被告三
恵の販売量は、合計六五二五・八キログラムとなる。)
(二) 被告進化は、右原末を使用して、遅くとも平成二年四月から本件特許
権の満了日である平成五年一月一八日まで、トラニラスト製剤であるシンベリナカ
プセルを七一九万カプセル製造し、遅くとも平成二年六月から右満了日まで、この
うち五五二万〇五〇〇カプセルを販売した(そのうち五一〇万カプセルは被告三恵
に販売した。)。被告三恵は、遅くとも平成二年六月から右満了日まで、これを販
売した。
 被告ソルベイは、右原末を使用して、トラニラスト製剤であるベセラー
ルカプセル、ベセラールドライシロップを製造し、これを被告科研等(一部は消費
者)に販売した。被告科研は、これを販売した。
 被告扶桑は、右原末を使用して、平成二年四月から右満了日まで、トラ
ニラスト製剤であるバリアックカプセル、バリアック細粒、バリアックドライシロ
ップを製造、販売ないし無償譲渡した。
 被告菱山製薬は、右原末を使用して、平成二年六月から右満了日まで、
トラニラスト製剤たるチタルミン錠を製造し、平成二年七月から右満了日まで、こ
れを被告ニッショーに販売した。被告ニッショーは、平成二年七月から右満了日ま
で、これを被告菱山製薬販売に販売した。被告菱山製薬販売は、平成二年七月から
右満了日まで、これを販売した。
2 右認定した事実によれば、トラニラスト原末についての被告白鳥の販売
量、その他の被告らの各購入量が概ね整合していることが裏付けられ、そうする
と、被告製剤メーカーらが、製造、販売したトラニラスト製剤は、被告白鳥の製造
したトラニラスト原末を使用したものであると認定することができる。
二 争点2について
1 証拠(各箇所で摘示する。)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの
事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
 認定事実、すなわち、①製造過程、原料の購入量、製品の製造量及び販売
量を裏付ける証拠資料に矛盾がなく、整合していると解されること、②HPLC不
純物分析の結果によれば、被告主張方法の生成物と市販製剤のHPLC不純物分析
チャートのパターンが一致する一方、本件発明方法の生成物と市販製剤とは、HP
LC不純物チャートのパターンが異なると認められること、③三恵特許方法や被告
白鳥の医薬品製造承認書における製造方法と被告主張方法とを対比すると、それぞ
れがほぼ一致していると解されること、④本件発明方法と三恵特許方法や被告主張
方法との経済性を比較すると、本件発明方法は、収率等の点において利点が少な
く、本件発明方法を選択する合理的な理由が存在しないこと、⑤工場検分の結果に
よれば、被告主張方法によって、医薬品としてのトラニラストを工場的規模で製造
することは可能であると認められること等諸般の事実を総合的に考慮すると、被告
白鳥は、被告主張方法を用いて、トラニラスト原末を製造したことを認定すること
ができる。
 以下、詳細に述べる。
(一) 製造記録等の各資料から認められる製造過程
 以下のとおり、製造記録の内容は、原料の購入量、原末の製造量、製剤
の販売量とも符合し、相互に整合しており、その他の証拠資料と対比しても矛盾が
ないので、その内容は複雑ではあるが、現実の製造工程を正確に記載したものであ
ると認められる。
(1) 被告白鳥は、トラニラスト製造のため、桂皮酸を、当初英国のニッ
パ・ラボラトリーから、後に高砂香料株式会社から、合計六六二〇キログラム購入
した(乙二六ないし三二、二一二ないし二一七)。また、無水イサト酸を、バスフ
ジャパンから、八二〇〇キログラム購入した(乙三三、二一八、二八七、二八八の
二、)。無水イサト酸の純度は、約九九パーセントであった(乙二八九、二九〇、
三一七、丁八四の四)。
 無水イサト酸については、脱色のために精製を行った結果、多少減量
した。すなわち、被告白鳥の原料受入れ試験検査標準書(乙四)によれば、原料で
ある無水イサト酸については、「白色~微黄白色」であることが必要とされてい
る。バスフジャパンから購入した無水イサト酸は、多少茶色ないし灰色を帯びてい
る(甲四五、乙三一七)ので、被告白鳥では、受入れ基準上色抜きが必要であると
判断し、精製を行った。精製は、無水イサト酸にアセトンを加えた上、加熱還流、
濾過、常圧濃縮、晶析、結晶分離、乾燥という工程を経て実施した。回収されたア
セトンは、次の精製工程に用いるため、精製無水イサト酸の回収率は九七パーセン
ト程度であった(弁論の全趣旨)。
(2) 被告白鳥は、別紙別表Aの「反応工程」欄記載のとおり、合計五七回
にわたり、トラニラストの反応工程を実施した。その内容は、別紙被告主張方法目
録の「反応工程」欄記載のとおりである(乙六、八、一〇、二一九、二二二、二二
三、二三〇、二三一、二三九、二四五ないし二八二、五四二ないし五五一)。
 反応工程一回に使用される桂皮酸の量は、一一四キログラムであった
(ただし、五五回目のみは、一〇五キログラムであった)。したがって、桂皮酸の
使用量は、合計六四八九キログラムである。また、反応工程一回に使用される無水
イサト酸の量は、一三四キログラムであった(ただし、五五回目のみは、一二一・
三キログラムであった。)。したがって、無水イサト酸の使用量は、合計七六二
五・三キログラムである。
(3) 得られた粗結晶について、別紙別表Aの「再結晶工程」欄記載のとお
り、合計一一六回にわたり、再結晶工程を実施した。その内容は、別紙被告主張方
法目録の「再結晶工程」欄記載のとおりである。ただし、五六及び五七回目の粗結
晶の量は、一〇〇キログラムより大幅に少ない。
 得られた精製結晶の量は、合計五五〇四・四キログラムであったが、
うち二六キロは販売しなかったので、販売用の量は五四七八・四キログラムであっ
た(乙三五、三六、二二〇、二二一、二二四ないし二二七、二三二ないし二三五、
二四〇、二四一、三八七ないし四六六、五五一、弁論の全趣旨)。
(4) さらに、精製工程で結晶を濾過した残りの液からソルミックスを回収
し濃縮した母結について、「母結処理工程」を実施した。その内容は、別紙被告主
張方法目録の「母結処理工程」欄記載のとおりである。その結果、約一四〇〇キロ
グラムの精製結晶を回収した(乙三八、二二八、二三六、二四二、四六七ないし四
八九、弁論の全趣旨)。
 これらにより得られた精製結晶約六八八〇キログラムを、別紙別表B
のとおり、乾燥して包装した。その乾燥結晶の合計は、六五三七キログラムであっ
た(乙三七、四〇、二三八、二四四、五一三ないし五四〇、弁論の全趣旨)。
 前記一のとおり、被告白鳥は、製造したトラニラスト原末六五三七キ
ログラムのうち、六五二六・八キログラムを、被告三恵に対し販売し、被告三恵
は、右原末のうち六五二五・八キログラムを第三者らに販売した。
(二) HPLC不純物分析等
 以下のとおり、被告主張方法の生成物と市販製剤のHPLC不純物分析
チャートのパターンが一致する一方、本件発明方法の生成物と市販製剤とは、HP
LC不純物チャートのパターンが異なる。
(1) 丁八四号証によれば、HPLC不純物分析チャートにおいて、実施例
1及び実施例3(本件発明のうち効率的と考えられる方法)の生成物には、六〇
分、八四分、一〇八分、一二二分、二五六分付近に不純物のピークが見られない
が、被告主張方法の生成物及び被告製剤(シンベリナ、ベセラール、バリアック)
には、それらの不純物のピークが見られる。他方、同分析チャートにおいて、実施
例1による生成物中には四二分、五四分付近に不純物のピークが見られるが、被告
主張方法の生成物及び被告製剤に見られない。同分析チャートにおいて、実施例3
による生成物中には七一分付近に不純物のピークが見られるが、被告主張方法の生
成物及び被告製剤に見られない。
 また、同分析チャートにおいて、実施例1の生成物については八七・
五〇五分のピーク以下ほとんどフラットであり、実施例3についは八七・五三六分
又は九七・一四一分のピーク以下ほとんどフラットであるのに対し、被告主張方法
の生成物については、その付近以下にも大きなピークが複数あり、とりわけ二五
五・九二九分に大きなピークがあり、また、被告製剤については、被告主張方法の
生成物と同様の特徴を備えている。丁一号証によっても、右と同様の特徴が見られ
る。
(2) 原告の追試実験結果(甲六)によっても、HPLC不純物分析チャー
トにおいて、被告製剤バリアックカプセルと被告主張方法を追試して得られたトラ
ニラストは全体として類似している。ただし、後者には、一二ないし一三分付近に
平たいピークが見られるが、これは、粗結晶段階では見られないピークであり、し
かもその形が平たいものであることからすると、前のチャートの測定の際の残存物
によるものと推認される。
(3) 乙四一、五四、五五、五七、五八号証及び甲一二号証によれば、HP
LC不純物分析チャートにおいて、工場検分で得られたトラニラスト原末と被告製
剤バリアックカプセルとは、全体として良く一致していることが認められる。
 甲一九号証によれば、HPLC不純物分析チャートにおいて、被告製
剤バリアックと被告製剤シンベリナとは、良く一致しているが、他方、被告白鳥以
外の者の製造したトラニラストを使用したことに争いがないルミオスカプセルとは
異なることが認められる。
(4) 丙二、八、一一号証によれば、被告製剤チタルミンには無水イサト酸
が含有されている一方、最も収率がよい実施例と考えられる実施例1及び3による
生成物には無水イサト酸が含有されていないことが認められる。本件発明方法によ
り生成されたトラニラストに無水イサト酸を含有するような方法があることを示す
証拠はない。
(三) 被告主張方法と三恵特許発明方法及び医薬品製造承認方法との対比
(1) 被告三恵は、三恵特許(登録番号第一四五三二〇一号)を有してい
る。その出願日は昭和五八年八月一五日であり、被告白鳥が製造を開始した昭和六
三年一〇月より前である。三恵特許発明は、桂皮酸と無水イサト酸を第三級アミン
の存在下で反応させた後、酸処理することを特徴とするトラニラストの製造方法で
ある。これに対し、被告主張方法は、桂皮酸及び無水イサト酸をトリエチルアミン
及びジメチルアセトアミドに溶解し、加熱後冷却し、塩酸を加えるという方法であ
るから、三恵特許発明に基づくものであるということができる(乙一、二)。
(2) 被告白鳥は、平成二年三月五日、トラニラストについて厚生大臣の医
薬品製造承認を得ている。製造承認に係る製造方法は、医薬品製造承認書(乙三の
二)の別紙(1)に記載されているとおり、桂皮酸と無水イサト酸をトリエチルアミン
を触媒とし、ジメチルアセタミド中で反応せしめ、トラニラストを製造し、エタノ
ールより再結晶を行い、減圧下八〇~一〇〇℃で乾燥する、というものである(乙
三)。これに対し、前記のとおり、被告主張方法は、桂皮酸及び無水イサト酸をト
リエチルアミン及びジメチルアセトアミドに溶解して反応させて粗結晶を得て、そ
れをソルミックスに加えて加熱し溶解後濾過して再結晶を行い、減圧下で九五℃以
上で(乙三七等)乾燥をさせる方法である。両者を対比すると、右製造承認方法と
被告主張方法とは、おおむね一致している。
 なお、被告主張方法においては、エタノールではなくソルミックスを
使用している点が、右製造承認方法と異なる。しかし、ソルミックスは、八五パー
セントのエタノールと他のアルコールとの混合物であり、精製用にはエタノールと
大差ないものであるから(純粋エタノールにはアルコール税が課される等の理由か
らソルミックスが代用されたと推測される。)、技術範囲の確定の観点に照らし
て、さほど意味のある相違ではない(弁論の全趣旨)。
(四) 被告主張方法と本件発明方法との経済性の比較
 収率について、被告白鳥による実験報告書(丁一)によれば、桂皮酸か
ら計算した被告主張方法の収率は、六三パーセントであり、他方、本件発明方法に
よる収率は、最も収率がよい実施例と考えられる実施例1及び3においても、実施
例1については三〇パーセント、実施例3については二五パーセントであった。ま
た、株式会社東レリサーチセンターによる実験報告書(丁八四の一)によれば、桂
皮酸から計算した被告主張方法の収率は、五四・〇パーセントであり、他方、本件
発明方法による収率は、実施例1については一八・一ないし二三・九パーセント、
実施例3については三〇・四ないし三二・八パーセントであった。これらによれ
ば、被告主張方法は、本件発明方法の実施例と比較して、その収率は、はるかに高
い。
 また、本件発明については、副生物の発生、有毒ガスの発生等の問題点
が存在する。原告も、本件発明方法は実施していない(弁論の全趣旨)。
 以上の事実に照らすと、被告白鳥は、三恵特許を実施することができた
のであるから、それにもかかわらず、あえて、著しく収率が低く、経済的でない本
件発明方法を選択する理由は少ないといえる。のみならず、被告白鳥によるトラニ
ラストの生産量は、本件発明方法の実施例の収率を基礎にしては説明できず、被告
主張方法の収率を基礎にしてはじめて説明することができる。
(五) 工場検分の結果
 工場検分は、平成四年一〇月二二日から平成四年一一月四日までの一四
日間にわたり、原告及び被告白鳥の訴訟代理人・補佐人及び被告白鳥の選任に係る
千葉大学薬学部教授【M】教授の立会の下に実施された。
 工場検分の方法は、後記のとおり、被告主張方法と厳密に一致していな
い点はあるものの、全体として見ると被告主張方法とよく一致するものであり、そ
の結果も符合すると考えられるので、被告主張方法が実施可能であることを十分裏
付けるに足りるものであった。
2 これに対して、原告は、以下の点を指摘する。しかし、右指摘は、いずれ
も前記認定及び結論を左右するものではない。
(一) 製造記録の信憑性について
(1) 原告は、製造記録は、①酸処理工程で、多量の結晶が析出して反応液
が固化し撹拌も困難であるから、pHを約3とする調整は極めて困難であること、
②粗結晶収量が一定しないこと、③ロット構成が不自然であること、④製造指図書
が欠落していること、⑤中間品及び製品混合が不自然であること等の理由から、右
記録は信憑性がない旨主張する。
 しかし、①については、反応液が固化することは争いがないが、その
工程に適応した攪拌力を有する攪拌機を使用すれば足りるので、必ずしも困難とは
いえない。現に、丁八四号証の実験でも、第三者が被告主張方法のとおり、攪拌を
行い、pHの調整を行っている。②については、収量のばらつきは、不自然という
ほどのものではない。③ないし⑤については、原告が指摘するように、一度包装し
たものを開封したこと、ロット構成が複雑であることは、確かに合理的であるとは
いえないが、そうだとしても、直ちに製造記録の信用性を疑わせる事実であるとま
ではいえない。
(2) また、原告は、被告白鳥が、①平成二年三月以前のSPー85と呼ば
れたトラニラストに関する記録、②原料である無水イサト酸の精製に関する記録、
③一次晶及び二次晶の試験・検査に関する記録、④文書提出命令の対象文書、GM
P基準で義務付けられている文書、試作実験記録、実験室データ等を提出していな
いから、製造記録は信用できない旨主張する。
 しかし、原告の指摘に係る文書が提出されていないとしても、既に提
出された証拠から総合的に判断して、製造記録には信憑性があるものと考えられる
ので、右主張は採用できない。なお、①については、弁論の全趣旨によれば、SP
ー85と呼ばれたトラニラストは製剤メーカーらによる製造承認のための試験用と
して提供された微量の生産物であり、これも被告主張方法により製造されたことが
認められる。また、②については、被告白鳥はこの点に関する記録を付けていなか
ったことが認められる(弁論の全趣旨)。
(二) 工場検分の証拠価値について
 原告は、工場検分における実施方法は、以下のとおり、製造記録記載方
法と異なる方法であったから、工場検分の結果は、製造記録記載方法が実施可能で
あることについての証明にはならない旨主張する。①工場検分では製造指図・記録
書に記載されていない工程を実施し、他方、製造指図・記録書に明確に記載されて
いる工程を無視して実施している、②「トラニラスト反応工程」の「PH調整・晶
析」工程の「指示値または工程管理値」の欄には「3N塩酸 PH≒3」と記載さ
れているのに、工場検分では「3N塩酸」は使用されず、「PH≒3」に調整する
こともできなかった。③工場検分の方法では、製造指図・記録書記載の収量とは異
なる収量でトラニラストが得られた。
 しかし、原告の右主張は、以下のとおり理由がない。①については、工
場検分の際には、次回の工程のための準備過程が十分に行われなかったことによる
ものと推認される。②については、三N塩酸の点は、単に塩酸一〇〇キログラムを
測り入れるべきところを誤って一一〇キログラム入れたことによるものであり、塩
酸の使用目的がトリエチルアミンを中和することからすると、重要な相違とはいえ
ない。工場検分の際、PHが三より下がって二・六五になったのは、塩酸水の滴下
量が多少多かったことによるものである。現に製造記録中にもその程度のPHのも
のが見られる。③についても、被告主張方法の実施可能性を疑わせるような重要な
相違ではない。その他、原告は、工場検分と製造記録記載方法の相違について主張
するが、被告主張方法の実施可能性を疑わせるものではない。
 前記のとおり、工場検分における実施方法は、被告主張方法と完全には
一致していないが、被告主張方法とほぼ一致するものであり、むしろ、被告主張方
法の実施可能性を十分裏付けるに足りるものと評価できる。
(三) TLC分析について
 原告は、被告主張方法により得たトラニラストは、製造承認で定められ
たTLC分析における単一スポットを示していないから、被告らの主張は信用でき
ない旨主張するので、この点を検討する。
 まず、工場検分の際に得られた精製トラニラストのTLC分析によれ
ば、主スポットの他にRf〇・六六ないし〇・六七付近にごく微量のスポットが一
つ認められる(乙四九、五一、甲一二)。原告による被告主張方法の追試によって
得たトラニラストについても、Rf〇・七〇付近にごく微量のスポットが一つ認め
られる(甲二五)。
 他方、右工場検分の精製トラニラストに認められたTLC分析のスポッ
トは、被告製剤バリアックにおいても、試料の量を三倍ないし五倍に増加すると、
同様に認められる(乙五八)。
 また、被告白鳥による被告主張方法の追試によって得られたトラニラス
ト及び被告製剤シンベリナ、ベセラール、バリアックについてのTLC分析の結果
では、いずれも一つのスポットであり同等品であるが、スポットの上部にはいずれ
もかすかな影があることが認められる(丁一)。
 以上の事実によれば、①工場検分及び原告の追試によって得られたトラ
ニラストのTLC分析において、主スポットの他にスポットが一つ認められるもの
の、いずれも極めて微量である、②被告白鳥の追試によって得られたトラニラスト
では主スポット以外のスポットは認められない、③被告製剤シンベリナ、ベセラー
ル、バリアックにおいても、前記①の微量スポットと同じ付近に、スポットには至
らない程度ではあるが薄い影があるということに照らすならば、工場検分及び原告
の追試によって得られたトラニラストが単一スポットを示さなかった事実があって
も、前記結論を左右するには至らない。
(四) 被告主張方法の変更について
 原告は、被告白鳥がトラニラストを製造した方法について、審理当初に
主張した方法とその後主張した方法は相違するから、その主張は信用できない旨指
摘する。確かに、被告らが審理当初に主張していた方法とその後主張した方法にお
いては、①再結晶処理でエタノールを使用するとしていたのがソルミックスを使用
するとした点、②母結処理工程を加えた点において相違している。
 しかし、①については、前記のとおり、ソルミックスは、八五パーセン
トのエタノールと他のアルコールとの混合物であり、精製用としてはエタノールと
大差ないものであるから、右相違は、結論を左右するようなものとはいえない。ま
た、②については、母結処理工程を審理当初に主張していなかったことが、直ちに
被告主張方法どおり実施されていたことを疑わしめるものとはいえない。また、確
かに、被告主張方法は、ロット構成の複雑さ等において、医薬品として合理的な製
造工程とはいい難いところがあるが、しかし、そのことから直ちに現実の工程と考
えられないとすることはできない。
三 争点3について
1 本件発明方法は、出発物質として、芳香族カルボン酸(桂皮酸を含む。)
の反応的官能的誘導体とアミノ安息香酸(アントラニル酸を含む。)を用いるもの
である。他方、被告主張方法は、出発物質として、桂皮酸と無水イサト酸を用いる
ものである。したがって、両者を比較すると、二つの出発物質のいずれも異なるか
ら、被告主張方法は本件発明の技術的範囲に属さないことが明らかである。
2 これに対して、原告は、①被告主張方法の反応機構を子細にみると、被告
主張方法は本件発明の技術的範囲に属する反応経路が用いられている、②被告主張
方法は本件発明方法と均等である旨主張するので、これらの点について以下検討す
る。
(一) 反応機構について
 原告は、以下のとおり、被告主張方法は、その反応機構を考慮すれば本
件発明を侵害する旨主張する。すなわち、①甲二〇号証によれば、被告主張方法に
おいて、その反応液中に桂皮酸無水物とアントラニル酸とが微量ではあるが生成し
ていることが示されること、②甲二一号証によれば、アントラニル酸と桂皮酸無水
物との反応はトリエチルアミンの存在下では極めて速く進行し、また得られるトラ
ニラストは極めて高収率であることが示されること、③甲二二号証によれば、アン
トラニル酸と桂皮酸無水物を反応させてトラニラストを生成する反応において、ト
リエチルアミンは反応速度を著しく促進させる触媒であることが示されること等の
事実を総合すると、被告主張方法は、無水イサト酸と桂皮酸により、桂皮酸無水物
とアントラニル酸を形成し、この両者が反応してトラニラストに至る、という反応
経路を用いていることが明らかである旨主張する。
 しかし、原告主張は、以下のとおり失当である。
 すなわち、①甲二〇号証の実験においては、反応液中に桂皮酸無水物と
アントラニル酸とがごく微量生成していることが示されたにすぎないから、原告の
主張する反応経路が被告主張方法における主たる反応経路であることが示されたと
はいうことができない。②また、甲二一号証の実験は、いずれも反応容器中に高濃
度のアントラニル酸と桂皮酸無水物を初めから存在させ、これらを出発物質として
反応を行っており、これらが存在せず、また、無水イサト酸と桂皮酸が多量に存在
する状態で反応が開始される被告主張方法とは、反応条件が異なるから、アントラ
ニル酸と桂皮酸無水物という中間体が低濃度でしか存在しない被告主張方法におい
ても、かかる高反応速度、高収率が得られることが示されたと評価することはでき
ない。③さらに、甲二二号証の実験は、被告主張方法においてトリエチルアミンが
ない状態では、トラニラスト生成量が少なくなり、また、桂皮酸無水物の量が若干
増加していたことを示すにすぎない。
 その他、本件全証拠によっても、被告主張方法において、無水イサト酸
と桂皮酸から中間体であるアントラニル酸と桂皮酸無水物への反応が高収率、高速
度で行われるということを認めることはできないし、結局、原告の主張する反応経
路が被告主張方法における主たる反応経路であることは認めるに足りない。
(二) 均等論について
 原告は、被告主張方法は本件発明方法と均等である旨主張する。
 しかし、前記のとおり、本件発明方法と被告主張方法は、それぞれの二
つの出発物質が両方とも異なるものであり、しかも、原告の主張する反応経路(本
件発明方法を含む。)が被告主張方法における主たる反応経路であることは認める
に足りないというのであるから、このような場合に、被告主張方法と本件発明方法
との相違が非本質的部分であるとはいうことはできない。
 原告は、本件発明は、目的物質とその有用性の提供のみが本質的部分で
ある旨主張するが、本件発明は、方法の発明であることに照らせば、右主張は採用
できない。
 したがって、原告の均等論の主張も認められない。
四 被告らの主張、立証活動について
1 本件は、被告らの主張、立証が極めて長くかかった事件である。近時、数
多くの事件において、迅速審理を実践し、早期に審理を終了しているが、それらの
事件と比べると、本件は例外に属する。
 前記のとおり、本件は、新規物質トラニラストの製造方法の発明について
特許権を有していた原告が被告らに対し、トラニラストを製造、販売した被告らの
行為が右特許権の侵害に当たると主張して、被告らに対し、特許法一〇四条の推定
規定の適用を前提として差止め(後に損害賠償に変更)を求め、被告らは、その製
造、販売したトラニラストは、右特許発明の技術的範囲に属さない方法により生産
されたと主張して争った事案である。
 被告らは、右推定を覆すために、被告白鳥がトラニラスト原末を製造した
方法を具体的に主張し、主張に係る事実を立証するための証拠資料を提出しようと
した。
 被告らの主張、立証活動の概要は、以下のとおりである。
(一) 審理当初、被告らは、被告白鳥が現実に実施したトラニラストの製造
方法のうち、粗結晶の反応工程のみを開示し、精製工程については一切開示するこ
とはなかった。そして、反応工程の証拠資料として、「医薬品製造承認関係書
類」、僅かに三ロット分の「製造指図(記録書)」、「製造工程検査記録書」等を
提出した。
 原告は、①精製工程が開示されないので、医薬品としての製造の立証と
して不十分である、②右記録書等は、追試実験の結果等と一致しないので信憑性が
ない等と反論した。
(二) 被告らは、原告からの反論に対し、被告白鳥が現実に実施した方法は
原告の追試実験における再結晶精製工程とも異なること、現実に実施した方法は、
再結晶母液からもトラニラストを回収すること等を述べて、その主張を変更した。
その後も、被告らは、被告白鳥が現実に実施した方法について、主張を変更してい
る。
(三) その後、被告らは、「製造工程検査記録書」記載の工程が現実に再現
可能であるか等を確認(追試)するため、被告白鳥の工場内での工場検分を提案
し、平成四年一〇月から一一月にかけて実施した。しかし、被告白鳥が工場検分に
おいて実施した方法は、結果的には、PH調整・晶析工程における方法などの点に
おいて、被告らが事前に確認した工場検分案のとおりではなかった。
 なお、被告らは、平成四年一〇月一五日に、ようやく、工場検分方法と
の対比の必要上、粗結晶までの製造記録(ただし、三ロットのみ)を提出した。
(四) 被告らは、当初、無水イサト酸の純度は九〇パーセントのものを使用
したと主張していたが、原告から、製造量との矛盾を指摘されると、純度に関する
主張を撤回して、九九パーセントであると変更した。
(五) ところが、被告らは、訴訟開始から五年以上経過した後の平成七年七
月一七日に、トラニラストの製造工程の全製造記録であるとして、大量の書証を提
出し、それ以外の立証の必要はないとした。
 しかし、その後も、当裁判所が損害額の審理を開始し、損害額に関する
文書提出命令を発してからも、被告らは、平成九年七月二二日に、既に提出した書
証は製造記録のすべてではない、新たに提出した書証が全工程に関する全製造記録
であるとして、大量の書証を提出した。
(六) なお、前記の被告らの訴訟活動は、辞任する(ただし被告三恵、被告
進化を除く。)前の訴訟代理人によって行われた。その後、新たに受任した被告ら
訴訟代理人から、証拠評価も含めた丁寧な補足説明がされている。
2 以上の訴訟経緯を前提として、当裁判所の見解を述べる。
 挙証者は、相手方のための反証の機会を保証し、迅速な審理を実現する観
点から、証拠価値が高く、重要な証拠を、先に提出すべきであることはいうまでも
なく、逆に、証拠価値の低い証拠を提出しておいて、審理状況を見た上で、後日重
要な証拠を提出するような訴訟活動は許されるべきではない。ところで、本件で
は、「工場内において現実に実施した医薬品たるトラニラストの製造方法がいかな
る方法であったか」が主要な立証対象であることに照らすならば、製造記録こそが
重要な証拠の一つであることは疑いの余地はない。製造記録は、自社内で作成され
るものであるから、その信憑性の吟味が不可欠となる。例えば、①製造記録相互間
で矛盾がないか、前後の流れが合理的であるか、②製造量、販売量に関する資料等
との調和が採れているか、③第三者との取引資料等と整合しているかなど様々な観
点から証拠価値を検討するために、他の証拠資料が必要であるのみならず、製造記
録自体についても、精製工程をも含む連続した一連の記録全体が必要であるのは当
然である。また、挙証者は、自己が提出した証拠の作成経緯、記載内容等につい
て、明らかでない点があれば補足説明をすべきであるし、相手方からの釈明に対し
ては誠実に応答し、さらに、場合によって、他の客観的な証拠を補充した上で、合
理的な説明をして、相手方が、証拠の信憑力に関して、速やかに検討できるよう協
力することが必要である。
 ところで、被告らの訴訟活動は、以下のとおり、証拠提出の順序、時期及
び方法のいずれの点においても、公正さを欠き、信義誠実に著しく反する。
 まず、提出の順序についてみると、被告らは、当初、どの程度の信憑性が
あるか検討することすらできないような、証明力の著しく劣る僅かな証拠を提出
し、その立証が失敗すると、主張を変更した上で、より証明力の高いと考えられる
証拠を、逐次、小出しに提出するという訴訟活動を繰り返した。特に、被告らは、
精製工程を含む製造記録の提出を頑なに拒否していたにもかかわらず(被告白鳥の
工場実施が終了して、数年が経過した後であり、格別、秘密を確保しなければなら
ないような理由はない。)、後に態度を翻して、全記録を提出するに至った。この
ような提出方法は、相手方が証拠を検討し、反証活動を行うことを困難にさせ、迅
速かつ充実した審理の実現を阻害する、不当な訴訟活動であるといえる。
 次に、提出の時期についてみると、被告らが、トラニラスト製造に係る全
工程の製造記録を提出したのは、訴訟提起から七年以上経過した後である。前記の
とおり、製造記録は、自社内で作成されるために、その性質上、常に改竄が疑われ
る資料である。作成から時が経過すればするほど、信憑性の有無を吟味することが
困難となる。そのような疑義を避けるためにも、速やかに提出すべきであるといえ
るが、本件において、被告らは、提出時期が遷延したことについて、何ら合理的な
説明をしていない。この点も、迅速審理及び審理充実に対する配慮が欠けていると
いわざるを得ない。
 最後に、証拠の提出方法についてみると、被告らは、更なる証拠提出の予
定はないと述べながら、前言を撤回して、突然大量の証拠を提出したり、相手方か
ら、疑問点を指摘されたり、釈明を求められたりすると、容易に説明が可能である
にもかかわらず、何ら適切な応答をしないという訴訟活動を行った。このような訴
訟態度も、公正さを欠くものといわざるを得ない。
3 そこで、進んで、当初わずかな証拠しか提出せず、長期間が経過した後に
なって大量の証拠を提出した等の被告らの訴訟態度に照らし、遅れて提出された証
拠を、判断の基礎から排除することが相当であるか否かを検討する。
 確かに、被告らの訴訟活動が著しく公正さを欠くものと解されることは上
記のとおりであり、そのことを理由に、審理当初の段階に提出された証拠のみを基
礎として判断すべきであるという考えも成り立ち得ないではない。しかし、被告ら
の訴訟活動は、随時提出主義を採用した改正前の民事訴訟法(旧民事訴訟法)の下
で行われたこと、裁判所が被告らからの証拠提出に対して、時機に遅れた防御方法
であることを理由に却下する措置を講じなかったこと等に照らすと、本件において
は、訴訟手続における公正の要請を、実体的な真実解明の要請に優先させて、遅れ
て提出された訴訟資料を一律的に排除して、被告らの立証は尽くされていないと判
断することは、相当でないと考えられる。
 なお、迅速審理を主眼とし、適時提出主義を採用した現行民事訴訟法の下
で、本件において被告らが行ったのと同様の訴訟活動がされた場合には、時機に遅
れた攻撃又は防御の方法に当たることを理由に、直ちに証拠提出を却下した上で、
手続的な公正さ及び迅速審理の要請を優先させる審理がされることになるので、今
後は、本件のような訴訟活動は生じないであろう(当裁判所は、前記1の訴訟経緯
に照らして、平成一〇年七月二七日以降に提出された証拠方法の一部については、
時機に遅れた防御の方法に当たるとして、却下した。)。
4 前記のとおり、被告らは、当初はトラニラストの粗結晶までの工程の主
張、立証で足りるとして、精製工程の開示、立証を拒み続けていたこと、被告ら
が、口頭弁論終結時に主張している精製工程の内容、ソルミックスの使用や母結処
理工程の存在は、訴訟の早期の段階において主張しなかったこと、被告らは、製造
記録の大半について、合理的な理由もないのに、極めて遅れた段階まで提出しなか
ったことは、不適当な訴訟活動であり、そのため本件訴訟の円滑な審理が妨げられ
たものといわざるを得ず、そのような経緯に鑑み、民事訴訟法六三条に基づき、訴
訟費用については、原告に生じた費用の五分の四を被告ら(後に提訴された被告ニ
ッショー、同菱山製薬販売を除く。)に負担させることとした。
五 結論
 以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費
用の負担については、前記のとおり、被告ら(後に提訴された被告ニッショー、同
菱山製薬販売を除く。)との間においては、原告に生じた費用の五分の四を右被告
らの負担とし、その余は各自の負担とすることとして、主文のとおり判決する。
  東京地方裁判所民事第二九部
    裁 判 長 裁 判 官 飯   村   敏   明
          裁 判 官 沖   中   康   人
          裁 判 官 石   村       智

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