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平成30年(ク)第269号性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗
告棄却決定に対する特別抗告事件
平成31年1月23日第二小法廷決定
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人大山知康の抗告理由について
性同一性障害者につき性別の取扱いの変更の審判が認められるための要件として
「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を求める性
同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号の規定(以下「本件
規定」という。)の下では,性同一性障害者が当該審判を受けることを望む場合に
は一般的には生殖腺除去手術を受けていなければならないこととなる。本件規定
は,性同一性障害者一般に対して上記手術を受けること自体を強制するものではな
いが,性同一性障害者によっては,上記手術まで望まないのに当該審判を受けるた
めやむなく上記手術を受けることもあり得るところであって,その意思に反して身
体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない。もっとも,本
件規定は,当該審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれ
ることがあれば,親子関係等に関わる問題が生じ,社会に混乱を生じさせかねない
ことや,長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激
な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される。これらの配慮の必要性,
方法の相当性等は,性自認に従った性別の取扱いや家族制度の理解に関する社会的
状況の変化等に応じて変わり得るものであり,このような規定の憲法適合性につい
ては不断の検討を要するものというべきであるが,本件規定の目的,上記の制約の
態様,現在の社会的状況等を総合的に較量すると,本件規定は,現時点では,憲法
13条,14条1項に違反するものとはいえない。
このように解すべきことは,当裁判所の判例(最高裁昭和28年(オ)第389
号同30年7月20日大法廷判決・民集9巻9号1122頁,最高裁昭和37年
(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最
高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻
12号1625頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。論旨は採用すること
ができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官鬼丸か
おる,同三浦守の補足意見がある。
裁判官鬼丸かおる,同三浦守の補足意見は,次のとおりである。
1性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」とい
う。)は,生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず,心理的にはそれとは
別の性別であるとの持続的な確信を持ち,かつ,自己を身体的及び社会的に他の性
別に適合させようとする意思を有する者であって,そのことについて2人以上の医
師の診断が一致しているものを対象として,その法令上の性別の取扱いの特例につ
いて定めるものである。これは,性同一性障害者が,性別の違和に関する苦痛を感
じるとともに,社会生活上様々な問題を抱えている状況にあることから,その治療
の効果を高め,社会的な不利益を解消するために制定されたものと解される。そし
て,特例法により性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,変更後の性別で婚姻を
することができるほか,戸籍上も,所要の変更等がされ,法令に基づく行政文書に
おける性別の記載も,変更後の性別が記載されるようになるなど,社会生活上の不
利益が解消されることになる。
また,性別は,社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われ
ているため,個人の人格的存在と密接不可分のものということができ,性同一性障
害者にとって,特例法により性別の取扱いの変更の審判を受けられることは,切実
ともいうべき重要な法的利益である。
本件規定は,本人の請求により性別の取扱いの変更の審判が認められるための要
件の一つを定めるものであるから,自らの意思と関わりなく性別適合手術による生
殖腺の除去が強制されるというものではないが,本件規定により,一般的には当該
手術を受けていなければ,上記のような重要な法的利益を受けることができず,社
会的な不利益の解消も図られないことになる。
さらに,性別適合手術については,特例法の制定当時は,原則として,第1段階
(精神科領域の治療)及び第2段階(ホルモン療法等)の治療を経てなおその身体
的性別に関する強い苦痛等が持続する者に対する最終段階の治療として行うものと
されていたが,その後の臨床経験を踏まえた専門的な検討を経て,現在は,日本精
神神経学会のガイドラインによれば,性同一性障害者の示す症状の多様性を前提と
して,この手術も,治療の最終段階ではなく,基本的に本人の意思に委ねられる治
療の選択肢の一つとされている。
したがって,生殖腺を除去する性別適合手術を受けていない性同一性障害者とし
ては,当該手術を望まない場合であっても,本件規定により,性別の取扱いの変更
を希望してその審判を受けるためには当該手術を受けるほかに選択の余地がないこ
とになる。
2性別適合手術による卵巣又は精巣の摘出は,それ自体身体への強度の侵襲で
ある上,外科手術一般に共通することとして生命ないし身体に対する危険を伴うと
ともに,生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらす。このような手
術を受けるか否かは,本来,その者の自由な意思に委ねられるものであり,この自
由は,その意思に反して身体への侵襲を受けない自由として,憲法13条により保
障されるものと解される。上記1でみたところに照らすと,本件規定は,この自由
を制約する面があるというべきである。
そこで,このような自由の制約が,本件規定の目的,当該自由の内容・性質,そ
の制約の態様・程度等を総合的に較量して,必要かつ合理的なものとして是認され
るか否かについて検討する。
本件規定の目的については,法廷意見が述べるとおり,性別の取扱いの変更の審
判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば,
親子関係等に関わる問題が生じ,社会に混乱を生じさせかねないことや,長きにわ
たって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避
ける等の配慮に基づくものと解される。
しかし,性同一性障害者は,前記のとおり,生物学的には性別が明らかであるに
もかかわらず,心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち,自己
を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であるから,
性別の取扱いが変更された後に変更前の性別の生殖機能により懐妊・出産という事
態が生ずることは,それ自体極めてまれなことと考えられ,それにより生ずる混乱
といっても相当程度限られたものということができる。
また,上記のような配慮の必要性等は,社会的状況の変化等に応じて変わり得る
ものであり,特例法も,平成15年の制定時の附則2項において,「性別の取扱い
の変更の審判の請求をすることができる性同一性障害者の範囲その他性別の取扱い
の変更の審判の制度については,この法律の施行後3年を目途として,この法律の
施行の状況,性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加
えられ,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置が講ぜられる
ものとする。」と定めていた。これを踏まえて,平成20年,特例法3条1項3号
の「現に子がいないこと」という要件に関し,これを緩和して,成人の子を有する
者の性別の取扱いの変更を認める法改正が行われ,成人の子については,母である
男,父である女の存在があり得ることが法的に肯定された。そして,その改正法の
附則3項においても,「性同一性障害者の性別の取扱いの変更の審判の制度につい
ては,この法律による改正後の特例法の施行の状況を踏まえ,性同一性障害者及び
その関係者の状況その他の事情を勘案し,必要に応じ,検討が加えられるものとす
る。」旨が定められ,その後既に10年を経過している。
特例法の施行から14年余を経て,これまで7000人を超える者が性別の取扱
いの変更を認められ,さらに,近年は,学校や企業を始め社会の様々な分野におい
て,性同一性障害者がその性自認に従った取扱いを受けることができるようにする
取組が進められており,国民の意識や社会の受け止め方にも,相応の変化が生じて
いるものと推察される。
以上の社会的状況等を踏まえ,前記のような本件規定の目的,当該自由の内容・
性質,その制約の態様・程度等の諸事情を総合的に較量すると,本件規定は,現時
点では,憲法13条に違反するとまではいえないものの,その疑いが生じているこ
とは否定できない。
3世界的に見ても,性同一性障害者の法的な性別の取扱いの変更については,
特例法の制定当時は,いわゆる生殖能力喪失を要件とする国が数多く見られたが,
2014年(平成26年),世界保健機関等がこれを要件とすることに反対する旨
の声明を発し,2017年(平成29年),欧州人権裁判所がこれを要件とするこ
とが欧州人権条約に違反する旨の判決をするなどし,現在は,その要件を不要とす
る国も増えている。
性同一性障害者の性別に関する苦痛は,性自認の多様性を包容すべき社会の側の
問題でもある。その意味で,本件規定に関する問題を含め,性同一性障害者を取り
巻く様々な問題について,更に広く理解が深まるとともに,一人ひとりの人格と個
性の尊重という観点から各所において適切な対応がされることを望むものである。
(裁判長裁判官三浦守裁判官鬼丸かおる裁判官山本庸幸裁判官
菅野博之)

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