弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
1 被告が原告に対し平成13年7月10日付けをもってなした,原告が岐阜県武
儀郡α557番1において温泉を掘さくすることを不許可とした処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は,原告が,平成13年法律第72号による改正前の温泉法3条1項に基づ
き温泉掘さくの許可申請をしたのに対して被告が行った不許可処分の取り消しを求
めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 原告は,被告に対し,平成13年2月27日,原告が所有する岐阜県武儀
郡α557-1の土地について,温泉法(平成13年法律第72号による改正前の
もの,以下,単に「法」ということがある。)3条1項に基づく温泉の掘さくの許
可申請をした(本件申請)。
(2) 被告は,原告に対し,平成13年7月10日,本件申請は以下の①ないし
③の点において法4条の「その他公益を害する虞がある」ものと認められるとし
て,本件申請を不許可とする旨の行政処分(本件不許可処分)を行い,同月14日
ころ,これを原告に通知した。
①村民の代表者である洞戸村長の反対を始め,洞戸村議会の不同意決議,村内全区
長の反対があること。
②温泉開発に伴い,優れた自然環境と住環境への影響が懸念されること。
③温泉開発に伴う交通の混雑が予想され,アクセス道路である農道及び林道を拡幅
する必要があるが,道路管理者である洞戸村と道路敷地の所有者の同意が得られる
見込みがないこと。
2 争点…本件不許可処分は違法か否か
(原告の主張)
 本件不許可処分は以下の理由により違法であり,取消しを免れない。
(1) 温泉の利用権は,所有権など土地利用権(以下,「土地所有権等」とい
う。)の効果であり,法令に特別の規定又は慣習のない限り温泉を利用することは
所有権者など土地の利用権を有する者(以下,「土地所有者等」という。)の自由
とされるべきものであり,法3条1項が定める,温泉をゆう出させる目的で自己が
利用権を有する土地を掘さくするのに都道府県知事の許可を受けなければならない
との規制は,土地所有権等に対する重大な制約となる。同項がこのような規制を定
めた趣旨は,温泉は重要な資源であり,かつ,温泉の掘さくが周囲の温泉等に重大
な影響を及ぼすおそれがあるからである。
 したがって,同項の許可申請に対しては,この制約の趣旨に反しない限り許可を
しなければならないとするのが法の考え方というべきである。法4条前段が「都道
府県知事は,温泉のゆう出量,温度若しくは成分に影響を及ぼし,その他公益を害
する虞があると認めるときの外は,前条第1項の許可を与えなければならない。」
としているのも,その考え方の現れである。
 以上のような立法趣旨からすると,法4条前段の「その他公益を害する虞があ
る」場合とは,「温泉のゆう出量,温度若しくは成分に影響を及ぼす」に例示され
るような,温泉の掘さくそのものによって直接生ずる結果,影響でなければならな
い。また,前記のとおり,本来自由に行使することができる温泉利用権を例外的に
制限しようとするのであるから,「公益を害する虞」の内容は,有毒ガスが発生す
るとか,崖崩れが生じるなど,具体的で,明白かつ重大なものでなければならな
い。そして,このような事情がない限りは,温泉の掘さくを許可しなければならな
いのであり,それは,講学上のいわゆる覊束裁量である。
 被告が本件不許可処分の理由として挙げる上記の理由は,地域住民などの意向
(上記①)や,温泉掘さくの結果,温泉がゆう出した後に,原告が何らかの営業活
動をした場合に生ずるであろう影響(上記②③)であり,いずれも,温泉の掘さく
により直接生ずる事柄ではないから,これらは,いずれも不許可の理由となり得る
ものではない。温泉施設の建築,営業に伴って生ずる問題点は,温泉掘さくの許可
とは別の次元の問題であり,建築,営業などの許可申請が実際になされた時点で,
個別具体的に検討すべき事柄である。
(2) 仮に,掘さく許可の判断に被告が主張する上記のような事情を考慮するこ
とができるとしても,①の理由は,原告が洞戸村民からとったアンケートでは過半
数の住民が原告の温泉掘さくに賛成しているから,事実誤認があり,②の理由は,
抽象的であって具体的にいかなる懸念があるのか指摘がなく,③の理由は,未だ温
泉掘さく後の見通しは明らかではなく,掘さくにより温泉がゆう出するか,それが
入浴等に適するものかさえ不明な現段階で議論することはできないから,これらは
いずれも不許可の理由にはならない。
(被告の主張)
 本件不許可処分は以下の理由により適法である。
(1) 法4条所定の不許可事由である「その他公益を害する虞」についての解釈
については,立法当初想定していたように,温泉掘さくが一部の温泉地に限定され
ていた時期であれば,他の財産権等との利益調整に絞った規制に限られるとの解釈
にも妥当性があるが,掘さく技術の発達に伴い全国的に広範な地域で温泉掘さくが
可能となり,自然ブームや温泉ブームを背景に観光化の目玉として濫開発の中核に
なり,温泉掘さくが温泉開発を必然的に伴うのが通常になってきた現状において
は,その規制目的の正当性,規制の必要性及び規制方法手段の相当性を裏付ける立
法事実に明らかな変遷がみられるのであるから,それに伴って上記不許可事由の解
釈にも変更が生じるべきものであり,その規制目的は単なる消極的規制を超えて,
福祉国家的観点から積極規制に至っているものと解すべきである。このような解釈
は,法1条が「温泉を保護しその利用の適正を図り,公共の福祉の増進に寄与する
こと」を目的として掲げており,上記積極的規制を排斥するものではないことな
ど,温泉法の全体構造を見ても何ら無理なものではない。
 したがって,温泉の掘さく許可にあたって考慮すべき事情として,温泉掘さくそ
のものによって直接生ずる結果だけではなく,温泉開発により生ずるであろう利
益,不利益の調整も加味すべきであり,それは規制の手段方法としても裁量内の相
当なものである。
 原告は,掘さく後の温泉開発に伴って生じる問題点については,建築,営業など
の許可申請が実際になされた時点において,個別具体的に検討すべきであると主張
するが,現実に温泉掘さくがなされた段階においては,それに伴う開発行為は,建
築確認申請や営業許可申請に伴って,建築確認基準に適合しているか,営業許可基
準に適合しているかという極めて狭い視点で検討されるだけであり,これらによっ
ては温泉開発により生じるであろう利益,不利益が総合的に判断されないので,法
1条の「公共の福祉の増進」という目的にとって不十分である。また,深掘に伴う
温泉掘さく費用の増加という現状を考えると,最終の営業許可段階で温泉開発が不
許可になった場合のように,行政判断が後手に回ってしまうと,掘さく者自身の経
済的不利益にも直結するので,早い段階で温泉開発に伴う影響を視野に入れた判断
を行うことは,申請者にとっても不利益ではない。
(2) 被告が本件不許可処分の理由として挙げた3つの理由は,抽象的な理念に
よるものではなく,以下のとおりいずれも具体性を有し,正当なものである。
ア 掘さく許可にあたっては周囲の環境との調和が考慮されるべきであり,環境の
享受主体である地元住民がほとんど反対しているのは,申請が周囲の環境と調和し
ておらず,ひいては,優れた自然環境と住環境への影響が懸念されることの現れで
ある。洞戸村は,村民憲章に「美しい自然と香り高い文化の里洞戸村民であること
に誇りと責任を持ち住みよい村づくりを目指して努力する。」と掲げている土地柄
であり,自然と共生した地域づくりを実践しているところであるが,原告は,相当
大規模な施設の建設を想定しており,そのような施設への来訪者の増加に伴って当
然に予想されるゴミやし尿処理など自然環境や地域の住環境に与える具体的懸念に
対し,地元説明会などで地元住民を納得させるに足りる対応策を提示できなかった
ため,地元住民のほとんどが反対に回り,洞戸村議会の反対決議を始め,全自治
会,利害関係を有する団体全てが反対の要望書を提出している。
イ また,原告が温泉掘さく後に建設を想定している大規模な温泉利用施設へのア
クセス道路は,未整備かつ法面崩落の危険がある道路であり,利用者増加に伴う道
路の維持管理上の問題が発生することは明らかな状況であるところ,これら道路の
拡幅,整備のために必要な地権者の同意や村の財政問題について原告は何らの対応
策も示していない。
ウ 原告は,温泉掘さくそのものと,その後の利用形態やそれに伴う問題は分けて
考えるべきである旨主張するが,温泉の掘さくは,その利用を企図して行われるも
のであって,一連の行為であるという実態があり,温泉掘さくの許可処分も,それ
を前提として行うのを通例としている。原告の上記主張は,縦割り行政の弊害を是
としかねないものであり,被告はそれをよしとしない。
第3 争点に対する判断
1 温泉を掘さくして利用することは,本来,土地所有権等の内容の一部であっ
て,土地所有者等の自由に任される性質のものと解されるところ,法は,「温泉を
保護しその利用の適正を図り,公共の福祉の増進に寄与する」(1条)との目的を
掲げて温泉の掘さく及び利用を都道府県知事の許可に係らしめており,以下(1)
及び(2)に記載するとおり,温泉の保護(第2章・法3条から11条),温泉の
利用(第3章・法12条から18条の3)の2つに分けてその規制内容を定めてい
る。
(1) 温泉掘さくについて,法3条1項は,「温泉をゆう出させる目的で土地を
掘さくしようとする者は,環境省令の定めるところにより,都道府県知事に申請し
てその許可を受けなければならない。」とし,法4条前段は,「都道府県知事は,
温泉のゆう出量,温度若しくは成分に影響を及ぼし,その他公益を害する虞がある
と認めるときの外は,前条第1項の許可を与えなければならない。」と規定して,
温泉掘さくにあたっては都道府県知事の許可を受けることを要求し,都道府県知事
は,法4条前段所定の事由がある場合を除いては,温泉掘さくの許可を与えなけれ
ばならないとしている。既に温泉を掘さくする許可を受けている者が,温泉のゆう
出路を増掘したり,温泉のゆう出量を増加させるために動力を装置しようとすると
きのように,新規の掘さくと同視できる場合にも,同様の規制がなされている(法
8条)。
 そして,法3条1項に基づく申請の際には,①申請者の住所,氏名及び生年月日
(法人の場合は,その名称,所在地,代表者の住所,氏名及び定款又は寄附行為の
写),②温泉利用の目的,③掘さく地の地目及び地番並びに附近の状況,④口径,
深さその他工事の施行方法,⑤著手及び完了の期日,⑥工事費の予算,⑦申請者が
土地所有権等を有することの証明を記載した申請書を都道府県知事に提出するもの
とされている(平成14年環境省令第6号による改正前の温泉法施行規則1条)。
 また,法3条1項,法8条1項の規定による処分をする場合において,都道府県
知事は,隣接都道府県における温泉のゆう出量,温度又は成分に影響を及ぼすおそ
れがあるときは,あらかじめ環境大臣と協議したり,関係都道府県の利害関係者の
意見を聴くことを要求している(法10条)。
(2) 掘さく後の温泉の利用について,法は,温泉を公共の浴用又は飲用に供し
ようとする者は,都道府県知事の許可を受けなければならず(法12条1項),温
泉の成分が衛生上有害であると認めるときは,この許可をしないことができると定
めている(同条2項)。
 そして,都道府県知事は,温泉利用施設の管理者に対して,温泉のゆう出量,温
度,成分,利用状況その他必要な事項について報告をさせ(法16条1項),これ
らの事項を検査するため,当該吏員に立入検査をさせることができ(法17条1
項),公衆衛生上必要があると認めるときは,法12条1項の許可を取消したり,
温泉の利用の制限や危害予防の措置を命ずることができるとしている(法18
条)。
2 そこで,上記1記載の法の構成及び各条項等について検討してみると,以下の
(1)ないし(5)の諸点を指摘することができ,これらを総合して勘案してみれ
ば,上記のとおり法が温泉の掘さくを都道府県知事の許可にかからしめている趣旨
は,既存の温泉源の保護と土地所有者等の新規又はこれに準じる温泉の掘さく及び
利用に関する権利との調和を図ることによって,温泉を適正に利用できるようにす
る点にあると解されるのであり,法4条1項の「温泉ゆう出量,温度若しくは成分
に影響を及ぼし」との文言は,それに続く「その他公益を害する虞がある」場合の
具体的例示であって,これらの例示に係る事項とは性質を異にする温泉掘さく後の
開発行為による環境への影響や,周辺住民の意向のような事情は,同項の「その他
公益を害する虞がある」場合には当たらないと解するのが相当である。
(1) 法1条は,その目的を上記のとおり「この法律は,温泉を保護しその利用
の適正を図り,公共の福祉の増進に寄与することをもって目的とする。」と定めて
いるが,その文言からは,法それ自体の趣旨目的としては,温泉の保護のための具
体的規制を定めるものであって,それ以外の環境全般や民意などに関する問題との
調整を目的に含むものと解することは,いささか困難である。
(2) 温泉の掘さくについての規制内容は,いずれも「第2章 温泉の保護」の
章中に規定されているが,同章の各規定内容を検討しても,掘さく予定地周辺の自
然環境や住環境の問題に関する規定は見あたらず,法3条1項の掘さく許可申請に
関する環境省令によって定められた申請書にも,温泉掘さく後の開発行為について
の記載は求められていない。
(3) 温泉掘さく後の規制内容は,温泉のゆう出量,温度,成分や,温泉源保
護,利用状況について規定されており(法12条,法13条,法16条ないし18
条),温泉掘さくに伴う開発行為についての規定は見あたらず,上記の温泉掘さく
前についての規制内容と共通している。
(4) 前記のとおり,法10条は,都道府県知事は,法3条1項の規定などによ
る処分をする場合において一定の場合には環境大臣と協議をすることと定めている
が,同条は協議を要する場合について「隣接都道府県における温泉のゆう出量,温
度又は成分に影響を及ぼす虞があるとき」と定めており,そこにも温泉掘さくに伴
う開発行為が隣接都道府県に影響を及ぼすような場合の記載がない。
(5) 法4条の「その他公益を害する虞がある」という文言は,「温泉ゆう出
量,温度若しくは成分に影響を及ぼし」という文言に続いて記載されており,その
法文構成からすると,「温泉ゆう出量,温度若しくは成分に影響を及ぼし」とある
のは,それに続く「その他公益を害する虞がある」ときについての具体的例示と解
するのが自然であり,掘さくによって既存の温泉源に与える影響の問題とは関係が
ない温泉掘さくに伴う開発行為に関する事情を「その他公益を害する虞がある」場
合に含めることは困難である。
3 被告は,前記のとおり,温泉の掘さく,利用に関する情勢の変化により,法の
規制の相当性を裏付ける立法事実に変遷があるから,上記不許可事由の解釈もこれ
に合わせて変更すべきである旨主張するが,上記のとおりの法自体の構成及び各条
項の規定内容に照らすと,法自体の解釈として被告の主張を採用することは困難で
ある。
4 そうすると,被告が本件不許可処分において理由として挙げた前記①ないし③
の事情は,温泉掘さく後の開発行為による環境への影響や周辺住民の意向を内容と
するものであって,いずれも法4条の「その他公益を害する虞」として考慮するこ
とはできないものであり,その他,本件全証拠によっても,原告が予定する温泉の
掘さくによって,ゆう出量の減少,温度の低下,成分の変化など,既存の温泉源に
影響を及ぼすような事情を見出すことはできないから,原告による温泉掘さくの許
可申請を不許可とした本件不許可処分は違法である。
第4 結論
 以上のとおり,原告の請求は理由があるから認容し,訴訟費用の負担について行
政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
岐阜地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 中村直文
裁判官 末永雅之
裁判官 加藤靖

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛