弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人徳岡壽夫の上告受理申立て理由について
1本件は,品川区の住民である被上告人が,政務調査費の使途を問題とする住
民監査請求に係る監査に際し品川区監査委員が品川区議会における会派から任意に
提出を受けた第1審判決別紙文書目録記載の文書(以下「本件文書」という。)に
ついて,品川区情報公開・個人情報保護条例(平成9年品川区条例第25号。平成
19年品川区条例第34号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)に基
づき,本件文書に係る情報公開の実施機関である同委員に対してその公開を請求し
たところ,公開の可否決定に関する権限を委任された品川区監査委員事務局長か
ら,本件文書に記録された情報が本件条例8条6号所定の非公開情報に該当すると
して,平成19年6月7日付けで非公開決定(以下「本件決定」という。)を受け
たため,その取消し及び本件文書の公開決定の義務付けを求める事案である。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)本件条例8条は,「実施機関は,公開請求があったときは,公開請求に係
る行政情報に次の各号に掲げる情報(以下「非公開情報」という。)のいずれかが
含まれている場合を除き,公開請求をした者(中略)に対し,当該公開請求に係る
行政情報を公開しなければならない。」と定め,その6号アにおいて,次のとおり
規定している。
「6号実施機関等が行う事務または事業に関する情報であって,公にすること
により,次に掲げるおそれその他当該事務または事業の性質上,当該事務または事
業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
ア監査(中略)に係る事務に関し,正確な事実の把握を困難にするおそれまた
は違法もしくは不当な行為を容易にし,もしくはその発見を困難にするおそれ」
(2)品川区(以下「区」という。)は,地方自治法(平成20年法律第69号
による改正前のもの)100条13項及び14項の規定を受けて,品川区議会にお
ける政務調査費の交付に関する条例(平成13年品川区条例第5号。平成18年品
川区条例第49号による改正前のもの。以下「政務調査費条例」という。)を制定
して,品川区議会(以下「区議会」という。)における会派に対し,議員の調査研
究活動(以下「政務調査活動」という。)に資する必要な経費の一部に充てるた
め,当該会派の所属議員数に応じた金額の政務調査費を四半期ごとに交付するもの
としている。
政務調査費条例は,議長において政務調査費の使用に係る使途基準を定め(6条
1項),会派は,その使途基準を遵守し,政務調査費を区政に関する政務調査活動
に資する必要な経費以外の経費に充ててはならないものとしている(同条2項)。
これを受けて,品川区議会における政務調査費の交付に関する規程(平成13年品
川区議会議長訓令第1号。平成18年品川区議会議長訓令第1号による改正前のも
の。以下「政務調査費規程」という。)は,政務調査費の使途基準を具体的に定め
ている(3条,別表)。
他方,政務調査費条例は,会派の経理責任者は,政務調査費の収支について会計
帳簿を調製し,その内訳を明確にするとともに,領収書等を整理しなければならず
(7条2項),また,会派の代表者は,当該政務調査費に係る収入及び支出の報告
書(以下「収支報告書」という。)を毎四半期が終了する都度,議長に提出しなけ
ればならないものとしている(8条1項)。そして,これを受けて,政務調査費規
程は,収支報告書の様式を定めるとともに,収支報告書を提出する際に添付しなけ
ればならない明細書の様式を定めている(5条,第4号様式,第5号様式)。もっ
とも,その様式を見ると,支出の金額や内容を科目ごとに概括的に記載すべきもの
とされているにとどまり,個々の支出に係る政務調査活動の目的や内容等を具体的
に記載すべきものとはされていない。
(3)区は,平成13年度ないし同17年度において,区議会の会派である品川
区議会公明党(以下「本件会派」という。)に対し,政務調査費条例に基づき政務
調査費を交付した。
(4)被上告人ほか4名は,平成19年3月,品川区監査委員(以下「区監査委
員」という。)に対し,本件会派が交付を受けて視察旅行等の経費に充てた政務調
査費に政務調査費条例及び政務調査費規程の定める使途制限の違反があるとして,
これを返還させることなどを求める住民監査請求をした。
区監査委員は,上記請求に係る監査を行うに当たり,請求人等から証拠の提出及
び陳述を受けたほか,区議会事務局から説明及び関係書類の提出を受け,本件会派
からも説明を受けた。また,区監査委員は,本件会派に対し,平成17年度に交付
を受けた政務調査費のうち視察調査に充てられたものについて,必要項目(①支出
年月日,②支出の相手方,③相手方の業態,④支出金額,⑤領収書宛名,⑥政務調
査活動の目的及び性格,⑦行き先,⑧宿泊地,⑨調査日,⑩政務調査活動の詳細な
内容並びに⑪区議会議員参加者及び同行参加者の人数。以下,単に「①の事項」な
どということがある。)について記載欄を設けた書式を用い,個別の支出ごとにそ
の記載を求めたところ,本件会派は,その該当欄に記入をして,これを区監査委員
に提出した(これが本件文書である。)。上記のうち,⑥⑩⑪以外の事項は,情報
公開されている本件会派の収支報告書等から判明するものであったが(なお,被上
告人は,上記の政務調査費に係る収支報告明細書,領収書等を本件の証拠として提
出している。),⑥⑩⑪の各事項は,本件会派から任意の協力が得られない限り,
区監査委員が情報を入手すること自体困難なものであった。
(5)区監査委員は,監査請求人に対し,平成19年5月24日,監査請求期間
を徒過している平成16年度以前の政務調査費に係る監査請求については不受理と
した上で,同17年度の政務調査費に係る監査請求については理由がないので棄却
する旨の監査結果を通知した。同監査結果には,同年度の個々の政務調査活動(視
察)についてその目的,内容等を精査したところ,それぞれ政務調査活動として位
置付けられるものであった旨の理由が記載されているが,その目的,内容等の具体
的内容は記載されていない。
3原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,本件決定の取
消請求及び本件文書の公開決定の義務付け請求をいずれも認容した。
本件文書中の⑥⑩⑪以外の事項は,情報公開されている本件会派の収支報告書等
から判明するものであるから,これが公開されることにより監査事務の適正な遂行
に支障を及ぼすおそれがあるとは認められない。これに対し,⑥⑩⑪の各事項は,
関係人の協力がない限り,監査委員が情報を入手すること自体困難なものである。
しかし,これらの事項は,政務調査費の使途が視察調査である場合,誰がいかなる
目的で視察調査を行ったかという,当該視察調査の適否を基礎付ける中核的な事実
であるから,関係人がこれらの事項を具体的に回答しないことは考え難く,仮に関
係人が正当な理由なく回答しないときは,当該視察調査が政務調査活動として適正
に行われたものとは認め難いこととなり,監査委員としてはその旨の監査結果を公
表すれば足りる。したがって,これが公開されることにより監査事務の適正な遂行
に支障を及ぼすおそれがあると認めることはできない。よって,本件文書に記録さ
れた情報が本件条例8条6号所定の非公開情報に当たるとはいえない。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
前記事実関係等によれば,政務調査費条例及びこれを受けて定められた政務調査
費規程は,会派の代表者は毎四半期が終了する都度,議長に対し明細書を添付して
収支報告書を提出しなければならない旨定めているものの,これらの書類の様式
は,概括的な記載がされることを予定しており,個々の支出に係る政務調査活動の
目的や内容等が具体的に記載されるべきものとはしていない。また,上記条例等
に,会派が上記の目的や内容等を監査委員を含め執行機関に具体的に報告しなけれ
ばならないことを定めた条項は見当たらない。この趣旨は,政務調査費は議会の執
行機関に対する監視の機能を果たすための政務調査活動に充てられることも多いと
考えられるところ,執行機関と議会ないしこれを構成する議員又は会派(以下,併
せて「議員等」という。)との抑制と均衡の理念にかんがみ,議会において独立性
を有する団体として自主的に活動すべき会派の性質及び役割を前提として,政務調
査費の適正な使用についての各会派の自律を促すとともに,政務調査活動に対する
執行機関や他の会派からの干渉を防止しようとするところにあるものと解される。
このような政務調査費条例及び政務調査費規程の定め並びにそれらの趣旨に照ら
すと,政務調査費条例は,政務調査費の支出に使途制限違反があることが収支報告
書等の記載から明らかにうかがわれるような場合を除き,監査委員を含め区の執行
機関が,実際に行われた政務調査活動の具体的な目的や内容等に立ち入ってその使
途制限適合性を審査することを予定していないと解される。もっとも,監査委員
は,中立的な監査機関であって,職務上知り得た秘密につき守秘義務を負ってお
り,また適正な監査の実施のためには議員等がこれに協力することが期待されるこ
とはいうまでもないが,上記の点からすると,区議会の議員等が監査委員から説明
等を求められた場合,上記の具体的な目的や内容等について逐一回答すべき義務を
負っているとまでは解し難く,また,区議会の議員等がその回答をしない場合,そ
の一事をもって,当該政務調査活動が適正に行われたものではないとの推定を及ぼ
すこともできないというべきである。
そして,政務調査活動が本来前記のように執行機関に対する監視機能を果たすた
めの活動としての性格を帯びていることに照らすと,区議会の議員等がその具体的
な目的や内容等を監査委員に任意に回答する場合,監査委員限りで当該情報が活用
されるものと信頼し,監査委員においてもそのような保障の下にこれを入手するも
のと考えられる。仮に,そのような保障がなく,政務調査活動に関し具体的に回答
したところが情報公開の対象となり得るとすれば,区議会の議員等において,監査
委員にその回答をすることに慎重になり,あるいは協力を一律に控えるなどの対応
をすることも想定されるところである。そのような事態になれば,同種の住民監査
請求がされた場合,正確な事実の把握が困難になるとともに,違法又は不当な行為
の発見も困難になり,議員等の任意の協力の下に上記情報を入手して監査を実施し
た場合と比較して,監査事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあることは明ら
かである。
したがって,本件文書に記録された情報は,本件条例8条6号ア所定の非公開情
報に当たると解するのが相当である。
5以上と異なる見解の下に,本件文書に記録された情報が上記の非公開情報に
当たるとはいえないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法
令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示
したところによれば,本件決定の取消請求には理由がなく,本件文書の公開決定の
義務付けを求める訴えは不適法であるから,上記取消請求を棄却し,上記義務付け
の訴えを却下した第1審判決は正当であり,被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官涌井紀夫裁判官甲斐中辰夫裁判官宮川光治裁判官
櫻井龍子裁判官金築誠志)

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