弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決中上告人に対し四七一、〇〇〇円に対する昭和三六年一月一二日
から同年三月一〇日までの年六分の割合による金員の支払を命じた部分を破棄し、
右部分に関する被上告人の請求を棄却する。
     本件その余の部分に対する上告を棄却する。
     訴訟の総費用は五〇分し、その一を被上告人、その余を上告人の各負担
とする。
         理    由
 上告代理人辻武夫の上告理由一について。
 原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件為替手形について、被上
告人が、自己のした裏書以下の各裏書を抹消して右手形の返還交付を受けたことに
より、本件手形上の権利を再取得したものであるとする原審の判断は、正当である。
所論は、本件のような場合には、遡求義務の履行による受戻以外の方法では被上告
人は本件手形上の権利を再取得できないもののごとく主張するが、独自の見解であ
つて、採用することができない。
 同二について。
 手形は支払地における主たる債務者(引受のない為替手形にあつては支払人)の
現時の営業所、もし営業所がないときはその住所において支払われるのが本則であ
るが、為替手形の振出人もしくは支払人または約束手形の振出人は、支払地内にお
ける第三者の住所すなわちいわゆる支払場所(手形法四条が第三者の住所、同法二
七条一項が第三者方、同条二項が支払の場所というのは、いずれも同じ意味である。)
においてその支払をなすべき旨を定めることができる。この場合には、その手形は
当該第三者の住所において当該第三者によつて支払われるのが原則であつて、かか
る手形の支払の呈示もその場所でその者に対してすることを要する(昭和一三年一
二月一九日大審院判決、民集一七巻二六七〇頁参照)。しかしながら、右の支払場
所の記載はその手形の支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有するので
あつて、支払呈示期間経過後は支払場所の記載のある手形も、本則に立ちかえり、
支払地内における手形の主たる債務者の営業所または住所において支払わるべきで
あり、したがつて支払の呈示もその場所で手形の主たる債務者に対してなすことを
要し、支払場所に呈示しても適法な支払の呈示とは認められず、手形債務者を遅滞
に附する効力を有しないものと解しなければならない。本来、手形は支払呈示期間
内における手形金額の支払をたてまえとし、それを予定して振り出されるものであ
つて、支払場所の記載もまたかかる手形の正常な経過における支払を前提としてな
されるものと解するのが、これを記載する当事者の意思に合致するのみならず、手
形取引の在り方から見ても合理的であると考えられる。けだし、手形に支払場所の
記載がある場合には、手形の主たる債務者は、支払呈示期間中、支払場所に支払に
必要な資金を準備しておかなければならないのが当然であるが、もし支払呈示期間
経過後もその手形の支払が支払場所でなさるべきであるとするならば、手形債務者
としては、手形上の権利が時効にかかるまでは、何時現われるかわからない手形所
持人の支払の呈示にそなえて、常に支払場所に右の資金を保持していることを要す
ることとなつて、不当にその資金の活用を阻害される結果となるし、さりとて右の
資金を保持しなければ、自己の知らない間に履行遅滞に陥るという甚だ酷な結果と
なるのを免れないからである。この場合、手形債務者は手形金額を供託してその債
務を免れる途がないではないが、しかし手形金額の供託は、手形債務者の資金の活
用を阻害して取引の実情にそわない点では、支払呈示期間経過後も支払場所に支払
に必要な資金を保持させるのと異なるところはない。もつとも、叙上の見解によれ
ば、手形所持人が支払呈示期間経過後に支払の呈示をする場合に多少の不便を生ず
ることは否定できないが、それは支払呈示期間を徒過した手形所持人として当然忍
ぶべき不利益といわざるをえない。また、手形はいわゆる文言証券で、手形債務者
は証券記載どおりの責任を負うべきものと解せられるが、手形がこのような文言証
券と解せられるのは、ひつきよう、健全な手形取引の確保をはかる必要に基づくの
であつて、その必要を超えてまでも手形の文言証券性を云為することはその本来の
趣旨を逸脱するものというほかなく、支払地のごとき手形要件は別として、支払場
所のように主として手形債務者の支払の便宜を顧慮して認められた記載事項につい
ては、これを上述のように制限的に解しても、それが手形取引から見て合理的と認
められるかぎり、手形が文言証券であることと格別背馳するものとはいえない。な
お、手形の主たる債務者と支払場所として指定された第三者との間の関係は、当事
者間の手形外の契約によつて定まるところであるから、その契約をもつて支払呈示
期間経過後も支払場所において支払をなしうる旨を定めることは差支えなく、この
場合には、支払呈示期間経過後の支払場所における支払も有効な手形の支払となり、
これにより手形債務者の手形上の義務は消滅するが、それが手形上における支払場
所の記載が支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有するということとか
かわりのないことは、いうまでもない。
 以上説示のとおり、手形の支払呈示期間経過後においては、支払の呈示は支払地
における主たる債務者の営業所または住所においてなされなければならないもので
あるところ、本件為替手形がその支払呈示期間経過後である昭和三六年一月一一日
に支払のため呈示された場所が手形に記載された支払場所であることは当事者間に
争いがなく、他に上告人の営業所または住所に呈示されたことにつき被上告人の主
張・立証のない本件においては、本訴に移行する前の支払命令正本の送達によつて
はじめて上告人が遅滞に陥つたものと解しなければならない。したがつて、原判決
のうち、前記昭和三六年一月一一日の翌日である同月一二日から右正本送達の日で
あること記録上明らかな同年三月一〇日までの間年六分の割合による遅延損害金の
支払を上告人に命じた部分は失当であつて、この点に関する論旨は理由がある。さ
れば、原判決中、右部分を破棄して、その部分に関する被上告人の請求を棄却し、
その余の部分に対する上告はこれを棄却すべきである。
 よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九二条に従い、裁判官
奥野健一、同田中二郎、同松田二郎、同岩田誠の反対意見があるほか、裁判官全員
の一致で、主文のとおり判決する。
 裁判官奥野健一の上告理由二についての反対意見は、次のとおりである。
 「支払場所の記載は、その手形の支払呈示期間内における支払についてのみ効力
を有する」との多数意見に賛成することができない。
 手形の振出人または支払人が、手形法の規定に従い、手形に支払場所を記載する
ことは、手形債務者の便宜のためもあるとしても、他面所持人に対して手形債務の
一の履行条件を約束するものであるから、所持人の利益のためでもある。従つて、
一旦定められた支払場所が、当事者の意思にかかわりなく、当然に変更するいわれ
はなく、手形債務の存続する限り、手形債務者はこれに拘束されるべきことは、手
形が文言証券である以上当然である。そして、支払場所の記載が、支払呈示期間経
過後は、その効力を失うという法律上の明文は全然ないのである。手形所持人は、
手形の主たる債務者に対して呈示期間内に支払のための呈示をしなければならない
法律上の義務はないのであつて、呈示期間を徒過しても、単に遡求権を喪失するに
止り、主たる債務者に対しては呈示期間後でも、手形文言に従い支払の請求をなし
得ることはいうをまたないところである。
 多数意見は「もし支払呈示期間経過後も、その手形の支払が支払場所でなさるべ
きであるとするならば、手形債務者としては、手形上の権利が時効にかかるまでは、
何時現われるかわからない手形所持人の支払の呈示にそなえて、常に支払場所に右
の資金を保持していることを要することとなつて、不当にその資金の活用を阻害さ
れる結果となる」というが、債務者は手形法四二条により手形金額を供託して債務
を免れ得るのであり、また多数意見に従えば、呈示期間経過後は債務者の営業所、
住所が履行場所になるというのであるから、債務者が右供託をしない限り、同じく
手形上の権利が時効にかかるまでは、常に右の資金を自己の営業所、住所に保持し
なければならないのであるから、資金の活用を阻害される結果となることは同様で
ある。
 多数意見の如く支払呈示期間経過後は手形債務者の営業所、住所が履行場所とな
るものとすれば、所持人は手形面上に全然表われていない債務者の営業所、住所を
捜索しなければならない不利益を蒙ることになり、支払呈示期間徒過によつて、単
に遡求権を喪失するという不利益以上の不利益を蒙ることになる。
 もし、支払呈示期間経過後は支払場所の記載が失効するものとすれば、当然支払
場所の基礎をなす支払地の記載も失効し、支払地の内外を問わず、主たる債務者の
営業所、住所において手形の支払請求をなすべきものと解するのが、理論上当然で
あると思われるのにかかわらず、多数意見は、支払呈示期間経過後は支払場所の記
載は効力を失うが、支払地の記載は依然有効であると解するが如くである。従つて
所持人は債務者の営業所、住所が支払地外に存することを熟知していても、あえて、
その営業所、住所において請求することができず、空しく支払地内でこれを捜索し、
支払地内において債務者を発見し得ないとして、その旨の拒絶証書を作成すること
となり、商法五一六条二項の趣旨に反し、実情にも副わない結果となり、また債務
者の知らない間に履行遅滞に陥るという甚だ酷な結果となるのを免れない。
 本件手形が、支払呈示期間経過後である昭和三六年一月一一日支払場所に支払の
ため呈示されたのは適法であつて、上告人がその翌日より遅滞の責に任ずべきもの
であるとした原判決は正当である。
 裁判官田中二郎は、裁判官奥野健一の右反対意見に同調する。
 裁判官松田二郎の上告理由二についての反対意見は、次のとおりである。
 奥野裁判官は、この点に関する多数意見に反対する理由を詳細に述べられている。
私は、私の立場から多数意見に賛成することのできない所以を述べておきたい。
 (一)手形は有価証券のうちでもつとも多数人の間を輾転流通すべき性質のもの
であるから、強度の要式証券性を必要とし、その法律関係はもつぱら証券上の記載
を基準として決されることとなる。手形が、有価証券のうちで文言証券性のもつと
も強いものとして現われるのは、このためである。しかるに、多数意見が、手形の
支払場所の記載が支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有するというの
は、すなわち、その経過により支払場所の記載が忽ち効力を失うとするものであつ
て、手形の文言証券性にはなはだしく背反するのである。もつとも多数意見は、こ
の点に関して、いろいろ主張するので、今そのうち重な点について、批判すること
とする。
 (1)多数意見はいう、「本来、手形は支払呈示期間内における手形金額の支払
をたてまえとし、それを予定して振り出されるものであつて、支払場所の記載も、
またかかる手形の正常な経過における支払を前提としてなされるものである」と。
これが多数意見の基本的立場と解される。しかし、もしこの見解に立ちこれを貫く
ならば、手形は支払呈示期間経過後、裏書性と呈示証券性を喪失し、手形債務者は
手形金額を手形所持人のもとへ持参するものとなるべきであろう。しかし、いうま
でもなく、手形は右期間経過後においても裏書が認められ、また、その呈示証券性
を失うものではないのである(この場合、持参債務になるとの学説は、わが国には
存在しない)。しかるに、何故に、支払場所の記載のみが支払呈示期間の経過とと
もに、その効力を失うのであろうか。これは解し難いところである。
 (2)さらに、多数意見は、支払場所の記載をもつて、「主として手形債務者の
支払の便宜を顧慮して認められたものである」と主張し、これをその主張の論拠の
一とする。しかし、手形は輾転流通するものである以上、その取得者が手形上に記
載された支払場所にてその支払を受けうるものと期待するのは当然であり、従つて、
その記載は、単に手形債務者のための便宜のものでなく、手形所持人にとつて、き
わめて重要な意味をもつ。多数意見は、この点を看過するものであろう。
 (3)多数意見は、また「手形資金の活用」という経済的理由をあげて、その論
拠の一とする。曰く、「もし支払呈示期間経過後もその手形の支払が支払場所でな
さるべきであるとするならば、手形債務者としては、手形上の権利が時効にかかる
までは、何時現われるかわからない手形所持人の支払の呈示にそなえて、常に支払
場所に右の資金を保持していることを要することとなつて、不当にその資金の活用
を阻害される結果となる」と。しかしながら、手形の主たる債務者は、手形金額の
支払をなすべき以上、そのための資金を準備しておくべきことは当然であり、この
ことは支払呈示期間内に呈示がなかつたときでも、同様である。従つて、支払呈示
期間経過後も、なお支払場所の記載が効力を有するとの見解を目して、「不当に」
資金の活用を阻害するものと非難するのは当らないと思われる。却つて、多数意見
によるときは、呈示期間内に手形の呈示のないのをこれ幸として、支払に充てるべ
き資金をば、他に流用することを、「資金の活用」として奨励することとなるであ
ろう。
 この点に関連して多数意見の妨げとなるのは、支払呈示期間内に呈示のない場合、
手形債務者が手形金額を供託しうるとの手形法の規定(四二条、七七条一項三号)
である。そこで、多数意見は、再びここで「資金の活用」ということを主張するの
である。曰く、「手形金額の供託は、手形債務者の資金の活用を阻害して取引の実
情にそわない」と。要するに、多数意見は単なる「資金の活用」の名の下に、手形
法の供託の規定――それは統一手形法に基づくものであつてわが国だけのものでは
ない――を軽視するものであろう。私は、このような態度に疑問を懐くものである。
 (二)叙上のように、多数意見の根拠は、きわめて薄弱であると思われる。しか
も、多数意見はさらに、次のような理論的矛盾を含み、そのため著しく不当な結果
をも生ぜしめるのである。
 (1)今もし多数意見に従つて、呈示期間経過後においては、手形上の支払場所
の記載がその効力を失うとの見解を採るならば、その期間経過後、手形上の「支払
地の記載」もまたその効力を失うものとするのでなければ、理論は一貫しないので
ある。しかるに、多数意見は、その期間経過後も手形上の「支払地の記載」は、依
然その効力を有すると主張するものと解される。従つて、多数意見は、支払呈示期
間経過後のすべての場合について、商法五一六条二項、五一七条の適用を認めるの
でなく、手形の主たる債務者の営業所または住所が支払地内にある場合にかぎり、
その適用を認めるのである。
 このことは、支払呈示期間経過後の呈示について、きわめて不都合な結果を生じ
ることとなる。何となれば、手形の主たる債務者の営業所または住所が支払地内に
あれば、手形をそこへ呈示することによつて債務者を遅滞に附する効果を生ぜしめ
うるが、もしその営業所または住所が支払地以外の地にあるならば、たとえそれが
事実上、支払場所にいかに近接していようとも(たとえば、手形の支払場所が東京
都の中央区内にあり、主たる債務者の営業所が隣接の区内にあつて、手形上記載の
支払場所である銀行からきわめて近いときでも)、手形をそこに呈示しても、法律
上呈示の効力は何等生じないこととなるからである。
 (2)多数意見によれば、支払場所の記載は「手形の支払呈示期間内における支
払」についてのみ効力を有するに過ぎない。従つて、多数意見によれば、支払場所
の記載は支払呈示期間経過後その効力がないのみならず、支払呈示期間前において
も、その効力がないのである。しかるに、手形法は、支払呈示期間前における支払
のための呈示を認める場合がある。為替手形の支払人または約束手形の振出人が支
払を停止した場合、またはその財産に対する強制執行が効を奏しなかつた場合、手
形所持人は遡求権行使の要件として手形を呈示し、且つ拒絶証書を作成することを
要するとしているのは(手形法四四条五項、七七条一項四号)、この場合に該当す
る。けだし、この呈示は、満期を待たないで行われうるからである。しからば、こ
れらの場合、支払呈示期間前に呈示するとき、その呈示はどこになすべきであろう
か。多数意見によれば、この呈示が、手形上記載の支払場所にて行われても、呈示
としての効力は認められないわけである。そこでこれらの場合、手形所持人はその
手形を主たる債務者の営業所または住所に呈示するであろうが、もしそれが支払地
以外にあるときは、呈示としての効力を生じない(多数意見によれば、このような
結果となることは、既に(二)(1)で述べたところで明らかである)。しかし、
このような結果を生ずる多数意見は、果して正当といえるであろうか。疑なきをえ
ないのである。
 (三) 叙上によつて明らかであるように、多数意見の採る見解はいかにも無理
であると思われる。しかるに、多数意見はこのような理論を構成することによつて、
何を目指しているのであろうか。
 (1)思うに、多数意見によれば、支払呈示期間経過後、支払場所の記載はその
効力を失うから、その経過後そこへの呈示は、呈示としての効力がなく、従つて、
手形債務者としてはたとえ支払場所たる銀行における預金が不足していたとしても、
履行遅滞に陥ることはない。その結果、手形債務者は銀行取引停止処分の憂目に会
わないですむこととなる。しかして、銀行取引停止処分が企業に対しその死命を制
する影響をすら持つことを考えれば、該処分を免れしめるところの多数意見が与え
る恩恵は、まことに莫大である。何となれば、手形が幸にも支払呈示期間内に呈示
されないときは、手形債務者は、たとえその後呈示を受け、その支払をなさなくて
も、そのため銀行取引停止処分を受ける虞がなく、その手形の支払に充てていた資
金をば安んじて他に流用できるからである。思えば、多数意見のいう「資金の活用」
の主張は、「資金の流用」の主張に帰するといえよう。
 しかし、いかなる場合に銀行取引停止処分に附するかは、手形交換所の交換規則
の定めるところであるから、手形不払のとき、必ず右処分を行わなければならない
という必然的関係があるのではない。手形債務者が手形金額の支払について遅滞に
陥つても、交換規則によつて、銀行取引停止処分を行わない場合を定めることも可
能なわけである。従つて、支払場所の記載は支払呈示期間経過後においても依然効
力があるものとし、すなわち、その支払場所における期間経過後の呈示に効力を認
めながら、しかも、手形が支払われなくとも手形の主たる債務者に対し銀行取引停
止処分を行わないことも可能であろう。このように考えてくると、銀行取引停止処
分を免れしめるために、強いて多数意見のような理論を構成する必要は、毫もない
のである。
 (2)さらに、多数意見は、手形所持人と支払場所として指定された銀行との関
係をば、小切手所持人と支払人たる銀行との関係に近似せしめる結果を生ぜしめる
ものである。何となれば、多数意見によれば、(1)支払場所の記載は支払呈示期
間内にかぎつて効力があるのであるから、手形所持人の地位を小切手所持人の地位
に近似せしめる(小切手法二九条一項参照)。さらに、(2)多数意見によれば、
手形の主たる債務者と銀行との間の契約をもつて、支払呈示期間経過後も支払場所
において支払をなしうる旨約することによつて(多数意見がこのような契約の存在
を予定していることは、多数意見の述べるところによつて明らかである)、支払呈
示期間経過後における手形の支払を、期間経過後における小切手の支払に近似せし
めるからである(小切手法三二条二項参照)。これは、「手形の小切手化」といえ
よう。しかし、手形の小切手化は、銀行として取扱上便宜であるにせよ、両者の法
律上の本質的差異を思うとき、手形の本質に背反するものというべきである。
 (四)思うに、わが国では、新説が主張されると、その学説が忽ち学界を風靡す
るに至ることがあるが、本件の問題についても、その感なきをえない。すなわち、
終戦後に至り、「支払場所の記載は支払呈示期間内における支払についてのみその
効力がある」との見解が、一躍して学界の通説となり、本件における多数意見もま
た、これに応ずるものといえよう。そして、全国の手形交換所の取扱上、多くのも
のは、支払呈示期間経過後の呈示の場合、原則として銀行取引停止処分を行わない
としているようである。
 しかし、いうまでもなく、わが国の手形法は、手形法統一条約において定められ
た統一手形法を国内法として制定したものであるから、手形法については、他の法
域より遥に比較法的研究が重視されるべきであり、この条約に加盟した諸外国の統
一手形法に関する学説。判例は、わが国に対して好個の参考となるのである。従つ
て、統一手形法を採用した各国の間では、留保した条項を除いて、その解釈は「統
一手形法」の名にふさわしく統一的であるべきであり、十分の理由付けのない独自
の見解は控えるべきであろう。しかるに、支払場所に関して多数意見の採るような
見解が、果して他国に存在するのであろうか。寡聞な私は、これを知らないのであ
る(たとえば、ドイツでは多数意見のような見解は見出しえないと思われる)。私
は、多数意見がわが国にのみ存在する特殊な見解ではないかと虞れるのである。
 今、叙上の見解に立脚して本件を見るに、本件手形は支払呈示期間経過後である
昭和三六年一月一一日手形上記載の支払場所に支払を求めるため呈示されたのであ
るから、その呈示は適法というべく、従つて、上告人がその翌日より遅滞の責に任
ずべきものとした原判決の判断は正当であるといわなければならない。
 裁判官岩田誠の上告理由二についての反対意見は、次のとおりである。
 私は、手形に記載された「支払場所の記載は、その手形の支払呈示期間内におけ
る支払についてのみ効力を有する。」との多数意見にはくみし得ず、奥野裁判官、
松田裁判官の反対意見に賛同するものである。
 手形は、多数人の間を輾転流通するものであり、一の手形の振出人、引受人、裏
書人、所持人等その手形に関係を持つ人は、すべて、その手形に記載された文言を
前提としこれに期待して、それぞれ、義務を負い権利を取得するのであるから、文
言証券である手形に記載することを認められている記載事項は、その手形上の権利
義務が存続する限り、その効力を失うことはないと思う。手形の所持人は、その支
払呈示期間内に手形の呈示を怠ると、遡求権を失うけれども、為替手形の引受人、
約束手形の振出人の如き手形の主たる債務者に対しては、右呈示期間経過後であつ
ても、その手形上の権利が時効により消滅するまでは、その手形金の請求ができる
のであつて、支払呈示期間の経過により、手形上の権利義務がすべて消滅するもの
ではない。手形の主たる債務者である引受人または振出人は、引受または振出とい
う手形行為をした以上は、手形の満期日以降は何時でも手形を呈示しその支払を請
求する手形所持人に対し、手形金を支払う義務を負つているものである。支払場所
の記載が、多数意見のいうように、手形債務者の便宜のためであるとしても、支払
場所の記載は、支払呈示期間経過後は、支払場所としての効力を失い、手形所持人
は、手形の主たる債務者の営業所または住所において手形を呈示しなければならな
いとすれば、手形所持人は、手形面上にあらわれていない右主たる債務者の営業所
または住所を探さなければならず、非常な不利益をこうむることになる。これをも
つて、支払呈示期間を徒過したことによる当然の忍ぶべき不利益であるとすること
は、手形面上に存する支払場所の記載を信頼して手形上の権利関係に入つた手形所
持人に対し甚だ酷なことというべきである。この手形の主たる債務者と手形所持人
との利害を調整するために手形法は、手形の主たる債務者に対し、手形の支払呈示
期間内に手形の支払のための呈示がないときは、所持人の費用および危険において、
手形金額を供託することを認めているのであると信ずる(手形法四二条、七七条)。
すなわち、手形の主たる債務者は支払呈示期間内に手形の呈示がないときは、手形
金額を供託することにより、その手形債務を免れ、したがつて、その後自己の知ら
ない間に、手形が呈示され履行遅滞に陥るということもないし、何時現われるとも
わからない手形所持人を待つ必要もない。また、手形所持人としても、支払呈示期
間が経過しても、手形の主たる債務者の営業所または住所を探す必要はなく、支払
場所に呈示し、もし、手形金の支払が受けられればこれを受領し、もし、既に供託
されているときは、その供託金の還付を受ければよいわけである。手形の主たる債
務者も、手形所持人も、支払呈示期間経過後においても、その手形に記載された支
払場所を基準として手形上の権利を行使し、義務を履行することが合理的であり、
手形取引の実際上にも便宜である。手形法四二条の供託の規定は、支払場所の記載
が、支払呈示期間後もなお有効と解すべき一つの根拠を与えるものというべきであ
る。手形の主たる債務者は、自らその手形行為をした以上は、手形の満期日以降は、
おそかれ早かれ、その手形金を支払うべき義務を負担したものであるから、前記の
ように、手形金額の供託をしない以上、手形上の権利が時効にかかるまでは、手形
金支払のため、その資金をいずこかに保持していなければならないことは当然のこ
とであつて、支払場所に右資金を保持することを要することは、手形の主たる債務
者の資金の活用を阻害するとの理由で、支払場所の記載は、支払呈示期間内に限り
効力を有すると論ずることは、本末を顛倒するもののように思われる。
 したがつて、本件手形の支払場所における支払のための呈示を適法とした原判決
の判断は、正当であると思料する。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎
 裁判官柏原語六は、退官のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    横   田   正   俊

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