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平成13年(行ケ)第63号 審決取消請求事件
平成15年2月13日口頭弁論終結
            判       決
        原        告    ノードソン株式会社
       訴訟代理人弁護士    馬場孝之
      訴訟代理人弁理士    森下靖侑
      同     杉谷嘉昭
        被        告    株式会社サンツール
        訴訟代理人弁理士    三好秀和
        同     奥村文雄
        同     岩崎幸邦
        同     原 裕子
          主       文
   1 特許庁が無効2000-35221号事件について平成12年12月2
0日にした審決を取り消す。
   2 訴訟費用は被告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
  主文と同旨
2 被告
 原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  被告は,発明の名称を「ホットメルト接着剤塗布装置」とする特許第282
1832号の特許(平成4年5月11日出願,平成10年9月4日設定登録。以下
「本件特許」という。)の特許権者である。
  原告は,平成12年4月27日,本件特許を請求項1ないし3に関し無効に
することについて審判を請求した。特許庁は,この請求を無効2000-3522
1号事件として審理し,その結果,平成12年12月20日,「本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を平成13年1月17日に原告に送
達した。
2 特許請求の範囲(以下,【請求項1】の発明を「本件特許発明1」,【請求
項2】の発明を「本件特許発明2」,【請求項】3の発明を「本件特許発明3」と
いう。別紙図面(1)参照)
「【請求項1】接着剤塗布ノズル装置の塗布ノズル孔より吐出するホットメル
ト接着剤ビートに,空気ノズル孔よりの加圧空気を接触させて引延すことで細長い
ファイバー状態として,ホットメルト接着剤を接着剤塗布ラインの上面の基材に塗
布するホットメルト接着剤塗布装置において,
多数の塗布ノズル孔を塗布ラインの基材の搬送方向と交差方向に配置して塗布
ノズル孔群を形成し,該塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬送後方側に多
数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群を,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズ
ル孔群と平行に形成し,
塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔を接着剤供給制御弁を介して接着剤供給
源に接続し,
細長いファイバー状態のホットメルト接着剤をスクリーン状で塗布ラインの上
面の基材に間欠的に塗布することを特徴とするホットメルト接着剤塗布装置。
【請求項2】接着剤塗布ノズル装置の塗布ノズル孔より吐出するホットメルト
接着剤ビートに,空気ノズル孔よりの加圧空気を接触させて引延すことで細長いフ
ァイバー状態として,ホットメルト接着剤を接着剤塗布ラインの上面の基材に塗布
する,ホットメルト接着剤塗布装置において,
多数の塗布ノズル孔を塗布ラインの基材の搬送方向と交差方向に配置して塗布
ノズル孔群を形成し,該塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬送後方側に多
数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群を,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズ
ル孔群と平行に形成し,
塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔のうち一部をマスク板により連通遮断す
ることで塗布範囲を選択自在とし,
細長いファイバー状態のホットメルト接着剤をスクリーン状で塗布ラインの上
面の基材に基材巾方向の塗布パターンを選択自在に塗布することを特徴とするホッ
トメルト接着剤塗布装置。
【請求項3】接着剤塗布ノズル装置の塗布ノズル孔より吐出するホットメルト
接着剤ビートに,空気ノズル孔よりの加圧空気を接触させて引延すことで細長いフ
ァイバー状態として,ホットメルト接着剤を接着剤塗布ラインの上面の基材に塗布
する,ホットメルト接着剤塗布装置において,
多数の塗布ノズル孔を塗布ラインの基材の搬送方向と交差方向に配置して塗布
ノズル孔群を形成し,該塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬送後方側に多
数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群を,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズ
ル孔群と平行に形成し,
塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔を接着剤供給制御弁を介して接着剤供給
源に接続し,
塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔のうち一部をマスク板により連通遮断す
ることで塗布範囲を選択自在とし,
細長いファイバー状態のホットメルト接着剤をスクリーン状で塗布ラインの上
面の基材に基材巾方向の塗布パターンおよび基材搬送方向の塗布パターンを選択自
在に塗布することを特徴とするホットメルト接着剤塗布装置。」
3 審決の理由
 審決は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件特許発明1は,国
際公開公報WO92/07121号(甲第2号証(審判甲第1号証)。以下「刊行
物1」という。特表平6-502453号公報は,これに対応する我が国の特許公
報である。これを同刊行物の翻訳文として扱う。)に記載された発明(以下「引用
発明1」という。別紙図面(2)参照),特開昭53-61772号公報(甲第4号証
(審判甲第2号証)。以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用
発明2」という。)及び特開昭50-46972号公報(甲第6号証(審判甲第4
号証))に記載された発明(以下「引用発明4」という。)に基づいて当業者が容
易に想到し得るものではなく,本件特許発明2及び本件特許発明3は,いずれも引
用発明1,引用発明2,特開平2-245313号公報(甲第5号証(審判甲第3
号証)。以下「刊行物3」という。)に記載された発明(以下「引用発明3」とい
う。)及び引用発明4に基づいて,当業者が容易に想到し得るものではない,と判
断して,請求人(原告)主張の無効事由をすべて排斥するものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決は,特許法139条に反する手続違背があり(本件特許発明1ないし3
に共通する取消事由1),本件特許発明1ないし3それぞれと引用発明1との一致
点の認定の誤りに起因する相違点の認定の誤り,及び,相違点についての判断の誤
りがあり(本件特許発明1ないし3についての各取消事由2),これらの誤りは,
それぞれ,各請求項についての審決の結論に影響を及ぼすものであるから,いずれ
の請求項についても違法として取り消されるべきである。
1 本件特許発明1ないし3に共通の取消事由1(前審関与の手続違背)
 本件の審決の合議体の構成員である審判官藤田豊比古は,本件特許に対する
特許異議の申立てについて,「特許を維持する」との異議決定をした合議体の構成
員である。
 特許異議の申立てについて,特許を維持すべき旨の決定があった場合には,
不服を申し立てることができない(特許法114条5項)。不服申立てができない
理由としては,「維持決定を受けた場合であっても,特許異議の申立ての理由と同
じ理由で無効審判を請求することができること」が挙げられている(甲第9号証:
特許庁編「工業所有権法逐条解説」第13版第267頁)。これによれば,特許無
効の審判は,特許異議の申立ての続審とみなされている,ということができる。
 しかし,審判官の除斥事由を規定する特許法第139条は,前審関与とし
て,その第6号に,「審判官が事件について不服を申し立てられた査定に審査官と
して関与したとき。」とのみ規定し,異議申立て事件に関与した審判官を除斥の対
象とはしていない。そのため,本件の審判事件のように,異議申立て事件に関与し
た審判官が特許無効の審判の審理を行うという事態が生じている。特許異議申立て
事件と特許無効審判事件とを同じ審判官が扱うことになれば,同様な理由での異議
申立てと無効審判とが同様な結果となることは明らかである。本件においても,本
件特許を無効とすることについての審判における請求の理由と特許異議の申立ての
理由とは,ほぼ同趣旨のものである。このように,現行の特許法139条には法の
不備がある。したがって,衡平の原則からして,現行の特許法139条6号は,
「審判官が事件について不服を申し立てられた査定又は決定に審査官として関与し
たとき。」と読み替えられるべきであり,本件の審判に関しては,審判官藤田豊比
古について,除斥事由があるというべきである。以上のように,本件の審決は,本
来除斥されるべき審判官を含む合議体によってなされたものであるから,不適法な
ものとして取り消されるべきである。
2 本件特許発明1についての取消事由2(相違点の認定の誤り及び相違点につ
いての判断の誤り)
 審決は,本件特許発明1と引用発明1とを比較し,「両者は,「接着剤塗布
ノズル装置の塗布ノズル孔より吐出するホットメルト接着剤ビートに,加圧空気を
接触させて引延すことで細長いファイバー状態として,ホットメルト接着剤を接着
剤塗布ラインの上面の基材に塗布するホットメルト接着剤塗布装置において,多数
の塗布ノズル孔を塗布ラインの基材の搬送方向と交差方向に配置して塗布ノズル孔
群を形成し,塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔を接着剤供給制御弁を介して接
着剤供給源に接続し,細長いファイバー状態のホットメルト接着剤を塗布ラインの
上面の基材に間欠的に塗布するホットメルト接着剤塗布装置。」で一致し,
a.本件特許発明1では,「塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬送後
方側に多数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群を,塗布ノズル孔群に接近して
塗布ノズル孔群と平行に形成」することによって,細長いファイバー状態のホット
メルト接着剤を「スクリーン状」で塗布しているのに対し,甲第1号証記載の発明
では,空気によってファイバー状態にするものの,スクリーン状で塗布しているか
どうかに関して明示されていない点。
b.本件特許発明1では,加圧空気を噴出する部分を,「塗布ノズル孔群の基
材の搬送前方側および搬送後方側に多数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群と
し,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズル孔群と平行に形成」しているのに対し,
甲第1号証記載の発明では,「塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬送後方
側に,ノズル孔ではなく,収束する層の形で空気を誘導するエアギャップを,塗布
ノズル孔群に接近して塗布ノズル孔群と平行に形成」している点。
で相違する。」(審決書10頁第2,第3段落)と認定した上(以下,上記相
違点a,bをそれぞれ「相違点a」,「相違点b」という。),これらの相違点に
係る本件特許発明1の構成は,いずれも,当業者が容易に推考できるものではな
い,と判断した。
 しかし,審決が認定した二つの相違点のうちの一つ,相違点aは,そもそ
も,実質的な意味における相違点ということのできないものであり,相違点bにつ
いての審決の判断は誤りである。
(1)相違点aについて
  刊行物1には,審決が認定するとおり,
 「ダイ組立体10のオリフィス61より吐出する高温溶融接着剤フィラメン
トに,エアギャップよりの加圧空気を接触させて引延すことで細長いファイバー状
態として,高温溶融接着剤を接着剤塗布ラインの上面の基盤19に塗布する高温溶
融接着剤塗布装置において,
 多数のオリフィス61を塗布ラインの基盤の搬送方向と交差方向に配置し
て塗布ノズル孔群を形成し,
 該塗布ノズル孔群の基盤の搬送前方側および搬送後方側に,収束する層の
形で空気を誘導するエアギャップを,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズル孔群と
平行に形成し,
 塗布ノズル孔群の多数のオリフィス61を弁組立体12を介して重合体
(高温溶融接着剤)供給ライン17に接続し,
 細長いファイバー状態の高温溶融接着剤を塗布ラインの上面の基盤19に
塗布する際に,塗布ノズル孔群の多数のオリフィス61を弁組立体により連通遮断
することで,基材(判決注・「基材」は「基盤19」の誤記と認められる。)巾方
向の塗布パターン,および,基盤19搬送方向の塗布パターンを選択自在に塗布す
る高温溶融接着剤塗布装置。」(審決書6頁第5段落~7頁第1段落)との内容が記
載されている。
 刊行物1の図2及び図3(甲第2号証)には,多数のオリフィス61から
吐出したファイバー状態の高温溶融接着剤が,一つの平面上に並列した状態で基盤
19の上面に塗布されている様子が示されている。
 確かに,刊行物1には,高温溶融接着剤を「スクリーン状で塗布する」と
の文言の記載はない。しかし,同刊行物には,上記のとおり,塗布ノズル孔群の基
盤の搬送前方側及び搬送後方側に,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズル孔群と平
行にエアギャップが形成され,そのエアギャップから空気が収束する層の形で吹き
出されるので,上述したファイバー状態の高温溶融接着剤列の前後に空気流のスク
リーンが形成され,その結果,高温溶融接着剤列は,空気流のスクリーンによって
搬送前方及び搬送後方から挟み込まれ,搬送前方及び搬送後方への広がりが阻止さ
れ左右方向にのみ広がる状態になることが記載されているのであり,この状態は,
本件特許発明1でいう「スクリーン状」であるというべきである。このことは,本
件明細書の【発明の詳細な説明】の【0008】,【0009】の記載(甲第7号
証3頁6欄44行~4頁7欄20行)から明らかである。
 このように,審決の認定した相違点aは,実質的なものではなく,これを
実質的な相違点としたこと自体,審決の誤りというべきである。仮に,相違点aを
実質的な意味でも相違点であるとした審決の認定を誤りということはできないとし
ても,少なくとも,同相違点に係る本件特許発明1の構成について,当業者が容易
に想到し得るものではないとした審決の判断は,明らかに誤りである。
(2)相違点bについて
  審決は,「甲第2号証(判決注・本訴甲第4号証)に,熱融着性高分子重
合体の溶融物を,直線上に並んだ多数の紡糸孔3を通して押し出し,その溶融物
に,各紡糸孔3の両側に設けられている気体流噴出孔4から気体流を吹き当てるこ
とにより,紡糸孔3から押し出される溶融物を引き伸ばして細い短繊維とするよう
にしたものにおいて,その気体流噴出孔4を,多数の独立孔あるいは一定幅のスリ
ット(甲第1号証(判決注・本訴甲第3号証)記載のもののギャップに相当する)
のいずれにもし得ることが記載されている。しかしながら,甲第2号証記載のもの
は,熱融着性繊維シート材料の製造に関するものであって,接着剤をスクリーン状
にする技術ではない。してみれば,ホットメルト接着剤の塗布に関する甲第1号証
記載の発明に,技術分野を異にする甲第2号証記載の技術を組み合わせて,上記相
違点bのように構成することは,当業者といえども容易に想到し得るものではな
い。」(審決書11頁第2,第3段落)と判断した。しかし,この判断は誤りであ
る。
  本件特許発明1と引用発明1との間に存在する相違は,つまるところ,本
件特許発明1においては,そのホットメルト接着剤ビート(これは引用発明1の高
温溶融接着剤(フィラメント)に相当する。)を引き延ばす加圧空気の噴出部分
が,多数の空気ノズル孔より成る空気ノズル孔群であるのに対し,引用発明1では
「エアギャップ」である点のみである。
 刊行物2(甲第4号証,審判甲第2号証)には,審決が認定するように,
「紡糸孔から押し出される熱融着性高分子重合体の溶融物を,各紡糸孔の両側に設
けられている気体流噴出孔から吹き出す気体流によって引き伸ばして細くするとと
もに,それを短く切断して吹き飛ばす」技術,そして,その技術において「気体流
噴出孔として,独立孔又は一定巾のスリット」が採用されること,が記載され」
(審決書7頁第3段落)ている。この技術は,「不織布便覧」(1996年5月3
0日,株式会社不織布情報発行,69~70頁。甲第10号証)の「メルトブロ
ー」の項に,「メルトブロー工程では,熱可塑性の繊維形成ポリマーをダイの幅方
向に1インチ当たり20~40の小孔を有する直線配列形の口金から押し出す。熱
風の流れを集中させて押し出されたポリマー流を急激に細め,超極細の繊維を形成
する。細められた繊維は高速の気流によって回収スクリーン上に飛ばされ,メルト
ブロー・ウェブが形成される。」と記載されているところからも明らかなように,一
般に「メルトブロー法」と称される技術である。そして,刊行物1には,「本発明
は,広義には,メルトブロー法に関し,殊に改良されたメルトブロー・ダイに関す
る。一局面において,本発明は,個々のモジュールを断続的に運用して,メルトブ
ロー材料を所定の模様に施すことができるようにする,モジュール型ダイ構造に関
する。他の局面において,本発明は,改良されたヒーター/メルトブロー・ダイ組
立体に関する。特定の局面において,本発明は,接着剤または繊布をおむつフィル
ムに張り付ける方法に関する。」(甲第2号証1頁1~9行,翻訳文4頁左下欄4~
11行)と記載されているから,引用発明1も,メルトブロー法に関する技術であ
ることが明らかである。
 そうだとすると,引用発明1と刊行物2に記載された技術とは,いずれも
メルトブロー法を利用する点で技術分野は同じであるということができるから,引
用発明1における,高温溶融接着剤フィラメントを引延す加圧空気の噴出部分であ
るエアギャップに代えて,刊行物2において,スリット(エアギャップ)と選択的
に採用できるものとして記載されている多数の独立孔とすること,すなわち,「多
数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群」とすることは,当業者であれば容易に
想到し得ることである。相違点bについての審決の上記判断は誤りである。
3 本件特許発明2についての取消事由2(相違点認定の誤り及び相違点につい
ての判断の誤り)
(1)審決は,本件特許発明2と引用発明1とを比較し,「前記相違点a,
b・・・で相違する。」(審決書12頁第1段落)と認定し,「前記相違点a,b
については,上記[本件特許発明1に対して]において検討したとおりである。」
(審決書12頁第3段落。)と判断した。
 しかし,上記2で述べたとおり,相違点aは,実質的なものではなく,こ
れを実質的な意味でも相違点であるとした審決の認定は誤りであり,仮に,これを
相違点とすることが許されるとしても,この相違点に係る本件特許発明2の構成に
ついて,当業者が容易に想到し得るものではないとした審決の判断は,誤りであ
る。また,相違点bについての審決の判断も,上記2のとおり,誤りである。
(2)審決は,本件特許発明2と引用発明1とを比較し,「前記相違点a,bの
ほかに,次の点cで相違する。c.本件特許発明2は,「塗布ノズル孔群の多数の
塗布ノズル孔のうち一部をマスク板により連通遮断することで塗布範囲を選択自在
とし,細長いファイバー状態のホットメルト接着剤を塗布ラインの上面の基材に基
材巾方向の塗布パターンを選択自在に塗布する」ものであるのに対し,甲第1号証
に記載された発明は,「塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔のうち一部を接着剤
供給制御弁により連通遮断することで塗布範囲を選択自在とし,細長いファイバー
状態のホットメルト接着剤を塗布ラインの上面の基材に基材巾方向の塗布パターン
を選択自在に塗布する」ものである点。」(審決書12頁第2段落)と認定し(以
下,このcの相違点を「相違点c」という。),同相違点について,「甲第3号証
(判決注・刊行物3,本訴甲第5号証)には,成形プレート44(マスクに相当す
る)によって,材料を吐出する排出スロット16に連なる多数の供給孔18のうち
の一部を連通遮断することにより材料の吐出範囲を選択自在にする技術が記載され
ているが,この技術は,ハニカム構造物の厚い外皮を形成するためのものであっ
て,細長いファイバー状態のホットメルト接着剤を基材に塗布する,甲第1号証
(判決注・刊行物1)に記載されたホットメルト接着剤塗布装置とは技術分野が相
違し,甲第1号証に記載された発明に甲第3号証に記載された技術を適用すること
によって,本件特許発明2の前記相違点cのように構成することは,当業者が容易
に想到しうるものとはいえない。」(審決書12頁第3段落)と判断した。しか
し,審決のこの判断は,誤りである。
 審決が認定する相違点cというのは,要するに,本件特許発明2では,多
数の塗布ノズル孔のうち一部を「マスク板」により連通遮断するのに対し,引用発
明1では,それを「弁組立体である接着剤供給制御弁」によって行っている,とい
うことである。
 刊行物3には,審決が認定するように,「成形プレート44(マスクに相
当する)によって,材料を吐出する排出スロット16に連なる多数の供給孔18の
うちの一部を連通遮断することにより材料の吐出範囲を選択自在にする技術」が記
載されており(審決書12頁第3段落参照(争いがない。)),この成形プレート
44は,本件特許発明2のマスクに相当するものであり,引用発明1及び刊行物3
に記載された技術は,いずれも,ダイを通して溶融物を吐出する際にその吐出範囲
を選択自在とする,という基本技術において一致するものである。
 したがって,刊行物3に記載されたマスク板に係る技術を引用発明1にお
ける接着剤供給制御弁に代えて適用し,これにより多数の塗布ノズル孔のうち一部
を連通遮断することは,当業者であれば容易に想到し得ることである。審決の相違
点cについての判断は誤りである。
4 本件特許発明3についての取消事由2(相違点認定の誤り及び相違点につい
ての判断の誤り)
(1)審決は,本件特許発明3と引用発明1とを比較し,「前記相違点a,
b・・・で相違する。」(審決書13頁第1段落)と認定し,「前記相違点a,b
については,上記[本件特許発明1に対して]において検討したとおりである。」
(審決書13頁第3段落。)と判断した。
 しかし,上記2で述べたとおり,相違点aは,実質的なものではなく,こ
れを実質的な意味でも相違点であるとした審決の認定は誤りであり,仮に,これを
相違点とすることが許されるとしても,この相違点に係る本件特許発明3の構成に
ついて,当業者が容易に想到し得るものではないとした審決の判断は,誤りであ
る。また,相違点bについての審決の判断も,上記2のとおり,誤りである。
(2)審決は,本件特許発明2と引用発明1とを比較し,「前記相違点a,bの
ほかに,次の点dで相違する。d.本件特許発明3は,「塗布ノズル孔群の多数の
塗布ノズル孔を接着剤供給制御弁を介して接着剤供給源に接続し,塗布ノズル孔群
の多数の塗布ノズル孔のうち一部をマスク板により連通遮断することで塗布範囲を
選択自在とし,細長いファイバー状態のホットメルト接着剤をスクリーン状で塗布
ラインの上面の基材に基材巾方向の塗布パターンおよび基材搬送方向の塗布パター
ンを選択自在に塗布するホットメルト接着剤塗布装置」であるのに対し,甲第1号
証記載の発明(判決注・引用発明1)は,「細長いファイバー状態のホットメルト
接着剤を塗布ラインの上面の基材に塗布する際に,塗布ノズル孔群の多数の塗布ノ
ズル孔と接着剤供給源とを弁組立体により連通遮断することで,基材巾方向の塗布
パターン,および基材搬送方向の塗布パターンを選択自在に塗布するホットメルト
接着剤塗布装置」である点で相違する。」(審決書13頁第1段落)と認定し(以
下,このdの相違点を「相違点d」という。),この相違点について,「すでに,
前記[本件特許発明2に対して]で検討したように,甲第3号証(判決注・刊行物
3,本訴甲第5号証)には,成形プレート44(マスクに相当する)によって,材
料の吐出範囲を選択自在にする技術が記載されているが,この技術は,甲第1号証
に記載されたホットメルト接着剤塗布装置とは技術分野が相違し,甲第1号証に記
載されたものに甲第3号証に記載された技術を適用することによって,本件特許発
明3の前記相違点dのように構成することは,当業者が容易に想到しうるものとは
いえない。」(審決書13頁第2段落)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤
りである。
  審決が認定する相違点dというのは,要するに,本件特許発明3では,多
数の塗布ノズル孔のうち一部を「マスク板」により連通遮断するのに対し,引用発
明1では,それを「弁組立体である接着剤供給制御弁」によって行っているという
ことであり,相違点dは,相違点cと同じである。そして,相違点dについての審
決の判断は,相違点cについての審決の判断と同じである。
  したがって,上記3のとおり,相違点cについての審決の判断が誤りであ
るのと同じ理由により,相違点dについての審決の判断も誤りである。
第4 被告の反論の要点
 原告の主張にはいずれも理由はなく,審決の認定判断に誤りはない。
1 取消事由1(前審関与の手続違背)について
 原告の主張は,立法論であり,現行特許法の解釈としては採用することがで
きない。
2 本件特許発明1についての取消事由2(相違点認定の誤り及び相違点につい
ての判断の誤り)について
(1)相違点aについて
  原告は,審決が認定した相違点aは実質的には相違点でない,と主張す
る。
 しかし,本件特許発明1の「細長いファイバー状態のホットメルト接着剤
をスクリーン状で・・・基材に間欠的に塗布する」(甲第7号証1頁【特許請求の
範囲】【請求項1】)とは,「塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬送後方
側に多数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群を,塗布ノズル孔群に接近して塗
布ノズル孔群と平行に形成し,」(甲第7号証1頁【請求項1】)との構成によ
り,搬送前方側及び搬送後方側に加圧空気流のスクリーンが形成され,多数のファ
イバー状態のホットメルト接着剤は,その間に挟み込まれ,搬送前方及び後方への
広がりを阻止され,その結果,ホットメルト接着剤は,左右方向にのみ広がり,互
に接触して一体化してスクリーン状のファイバー状接着剤となることをいうもので
あり,このようにして,基材にほぼ均一な厚さで,極めて薄い接着剤の塗布面が形
成される,というものである。
 これに対し,引用発明1は,刊行物1のFIG.2から明らかなように,
ファイバー状態の高温溶融接着剤が,糸状に並列した状態で,基盤の上面に塗布さ
れるものであり,本件特許発明1のように,互いに接触して一体化して「スクリー
ン状で」塗布されるものではない。また,刊行物1のFIG5及びFIG.6から
明らかなように,引用発明1では,本件特許発明1のように,その出口において,
塗布ノズルと空気ノズルとがそれぞれ独立して間隔を置いて配置されているもので
はなく,両者が合体しており,本件特許発明1のような「塗布ノズル孔群の基材の
搬送前方側および搬送後方側に多数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群を,塗
布ノズル孔群に接近して塗布ノズル孔群と平行に形成し,」(甲第7号証1頁【請
求項1】)との構成を有するものではないから,本件特許発明1のように「スクリ
ーン状に」塗布するとの構成を備えるものではない。
 したがって,審決が認定した相違点aは実質的な相違点ではない,との原
告の主張は失当であり,審決の相違点aの認定には,何ら誤りはない。
(2)相違点bについて
  原告は,引用発明1と引用発明2とは,いずれもメルトブロー法を利用す
る点で技術分野は同じである,として,これを前提に,相違点bに係る本件特許発
明1の構成は,当業者であれば容易に想到し得るものである,と主張する。
 しかし,原告の主張は,対象とする製品の加工の相違及びその相違に基づ
くメルトブロー技術の利用態様の技術的差異を無視するものであって不当である。
すなわち,本件特許発明1は,基材に接着剤を塗布するための発明であって,全面
的に均一な塗布厚さの塗布面を形成することをその技術的内容とするものである。
これに対し,刊行物2に記載されたものは,積層された短繊維によるシート材,不
織布を製造する技術に関するものであって,メルトブロー技術の利用態様は本件特
許発明1におけるのと相違するのみならず,基材上に全面的に均一な層を形成する
という本件特許発明1が目的とする技術的課題を持つものでもない。
 したがって,相違点bについての審決の判断に誤りはない。
3 本件特許発明2についての取消事由2(相違点認定の誤り及び相違点につい
ての判断の誤り)について
(1)原告は,相違点aは実質的な相違点ではない,相違点aについての審決の
判断も誤りである,相違点bに係る本件特許発明2の構成は当業者であれば容易に
想到し得るものである,と主張する。しかし,原告のこの主張に理由がないこと
は,上記2のとおりである。
(2)原告は,刊行物3に記載されたマスク板に係る技術を引用発明1における
接着剤供給制御弁に代えて適用し,これにより多数の塗布ノズル孔のうち一部を連
通遮断することは,当業者であれば容易に想到し得ることであるから,相違点cに
ついての審決の判断は誤りである,と主張する。しかし,刊行物3に記載された技
術が,ハニカム構造物の厚い外皮を形成する技術であるのに対し,引用発明1は,
細長いファイバー状態のホットメルト接着剤を基材に塗布する技術に係るものであ
って,これらが製造技術として異なる分野に属するものであることは明白である。
したがって,刊行物3に記載された技術を引用発明1に適用することを当業者が容
易に想到し得ないものとした審決の判断に,誤りはない。
4 本件特許発明3についての取消事由2(相違点認定の誤り及び相違点につい
ての判断の誤り)について
(1)原告は,相違点aは実質的な相違点ではない,相違点aについての審決の
判断も誤りである,相違点bは当業者であれば容易に想到し得るものである,と主
張する。しかし,原告のこの主張が理由がないことは,上記2のとおりである。
(2)原告は,相違点cについての審決の判断が誤りであるのと同じ理由によ
り,相違点dについての審決の判断も誤りである,と主張する。
しかし,相違点cについての原告の主張が理由がないことは,上記3のと
おりであるから,相違点dについての原告の主張も理由がない。
第5 当
判断
1 本件特許発明1についての取消事由2(相違点認定の誤り及び相違点につい
ての判断の誤り)について
(1)相違点aについて
 審決は,本件特許発明1と引用発明1とを比較し,「a.本件特許発明1
では,「塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬送後方側に多数の空気ノズル
孔よりなる空気ノズル孔群を,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズル孔群と平行に
形成」することによって,細長いファイバー状態のホットメルト接着剤を「スクリ
ーン状」で塗布しているのに対し,甲第1号証記載の発明では,空気によってファ
イバー状態にするものの,スクリーン状で塗布しているかどうかに関して明示され
ていない点。」(審決書10頁第2段落)を相違点の一つ(相違点a)として認定
した。
 本件特許発明1における「細長いファイバー状態のホットメルト接着剤を
スクリーン状で塗布ラインの上面の基材に間欠的に塗布する」(甲第7号証【請求
項1】)との構成に用いられている「スクリーン」の語は,一般的には,「屏風・
ついたて・映写幕」(広辞苑第5版)等を意味しており,平面状のものを意味する
用語である。また,本件明細書の【発明の詳細な説明】の欄の「【0009】空気
ノズル孔12aよりの加圧空気を接触させることで,ホットメルト接着剤ビートは
引延されて細長いファイバー状接着剤となるが,その際に搬送前方および搬送後方
への広がりが阻止される結果,左右方向にのみ広がり互いに接触して一体化してス
クリーン状のファイバー状接着剤となる。かくして,スクリーン状のファイバー状
接着剤として垂直に降下して接着剤塗布ラインの上面の基材に塗布されて,基材W
の塗布面はほぼ均一な塗布厚さで,且つ,極めて薄い接着剤の塗布面が形成され
る。」(甲第7号証。下線付加)との記載も参酌すれば,本件特許発明1における
「細長いファイバー状態のホットメルト接着剤をスクリーン状で・・・塗布する」
(甲第7号証【請求項1】)との構成は,塗布ノズル孔群11から吐出されたホッ
トメルト接着剤ビートが,空気ノズル孔群12F及び12Rより吐出される加圧空
気流により,搬送前方及び搬送後方への広がりが阻止される結果,左右方向にのみ
広がり,互いに接触して一体化したものと認められる。
 これに対し,刊行物1には,審決が認定するとおり,「ダイ組立体10の
オリフィス61より吐出する高温溶融接着剤フィラメントに,エアギャップよりの
加圧空気を接触させて引延すことで細長いファイバー状態として,高温溶融接着剤
を接着剤塗布ラインの上面の基盤19に塗布する高温溶融接着剤塗布装置におい
て,
 多数のオリフィス61を塗布ラインの基盤の搬送方向と交差方向に配置し
て塗布ノズル孔群を形成し,
 該塗布ノズル孔群の基盤の搬送前方側および搬送後方側に,収束する層の
形で空気を誘導するエアギャップを,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズル孔群と
平行に形成し,」(審決書6頁第5段落)との記載があることに争いはなく,これ
によれば,引用発明1は,多数のオリフィス61からなる塗布ノズル孔群の基盤の
搬送前方側及び搬送後方側に,収束する層の形で空気を誘導するエアギャップを,
塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズル孔群と平行に形成し,細長いファイバー状態
の高温溶融接着剤を基盤19に塗布する,との構成を有するものである。
 刊行物1の図2及び図3には,多数のオリフィス61から吐出したファイ
バー状態の高温溶融接着剤が,一平面上に並列した状態で基盤19の上面に塗布さ
れている様子が示されている。
 刊行物1の上記記載によれば,引用発明1においては,塗布ノズル孔群の
基盤の搬送前方側及び搬送後方側に,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズル孔群と
平行にエアギャップが形成され,そのエアギャップから空気が収束する層の形で吹
き出されるので,上述したファイバー状態の高温溶融接着剤列の前後に空気流のス
クリーンが形成され,その結果,高温溶融接着剤列は,空気流のスクリーンによっ
て搬送前方及び搬送後方から挟み込まれ,搬送前方及び搬送後方への広がりが阻止
され左右方向にのみ広がる状態になるものと認められる。
 刊行物1には,ダイ組立体の重要な寸法が表1(甲第2号証16頁,訳文
10頁。ただし,訳文には数値の誤りが多いので,数値はすべて甲第2号証16頁
記載の数値に基づく。)に記載されており,これによれば,オリフィス61の直径
は,「望ましい範囲」が「0.010~0.040inches」(1inchは2.54㎝
であるから,0.0254~0.1016㎝である。),ユニット1inch当たりの
オリフィスの個数は,接着剤の場合で,「望ましい範囲」が「10~30」個であ
ると記載されている。この記載からすれば,例えば,オリフィスの直径を0.03
inches(0.0762㎝),ユニット1inch当たりのオリフィスの個数を20個と
すれば,各オリフィスの間隔は,(1-0.03×20)÷20=0.0
2(inches)(0.0508㎝)となる。また,オリフィスを同じ直径とし,ユニ
ット1inch当たりのオリフィスの個数を30個とすれば,各オリフィスの間隔は,
(1-0.03×30)÷30=0.0033(inches)(0.0084㎝)とな
る。これによれば,刊行物1には,高温溶融接着剤列を「スクリーン状で塗布す
る」との明示的な記載はない(甲第2号証)ものの,上記表1におけるオリフィス
の直径とユニット1inch当たりのオリフィスの個数をその設計において適宜選択す
ることにより,各オリフィスの直径と比べて,各オリフィスの間隔を著しく狭くす
ることができるのであるから,そこに開示された発明(引用発明1)の中には,こ
のように,各オリフィスの直径と比べて,各オリフィスの間隔を著しく狭くしたも
のも含まれていることは明らかである(ちなみに,オリフィスの直径とオリフィス
間の間隔との比は,上記計算例の前者では3対2であるが,後者では約9対1であ
る。)。そうだとすれば,引用発明1においては,高温溶融接着剤列がエアギャッ
プからの空気流のスクリーンによって,搬送前方及び搬送後方への広がりが阻止さ
れ,左右方向にのみ広がる状態になることにより,互いに容易に接触する場合もあ
り得ること,すなわち,表1に記載された望ましい設計数値の範囲内で,本件特許
発明1でいう「スクリーン状」となるものが含まれていることは,当業者が十分に
読みとることができる事柄であるというべきである。
 そうすると,刊行物1には高温溶融接着剤列を「スクリーン状」に塗布す
るとの文言の記載がないことから,これを相違点aと認定し,かつ,「前記相違点
aは,甲第4号証記載の発明を踏まえても,甲第1号証(判決注・刊行物1),甲
第2号証記載のものから当業者が容易に想到しうるものではない。」(審決書10
頁末行~11頁2行)と判断した審決の認定判断は明らかに誤りである。刊行物1
には,「スクリーン状」との明示的な記載はないものの,多数のオリフィス61か
ら吐出したファイバー状態の高温溶融接着剤が,一平面上に並列した状態で基盤1
9の上面に塗布されるものであり,かつ,その望ましい範囲の実施例の中には,高
温溶融接着剤列が互いに接触することも十分に可能なものが含まれていることは明
らかであるから,当業者であれば,刊行物1にそのようなものが記載されているこ
とを容易に認識することができるものというべきである。
 被告は,刊行物1のFIG.5及びFIG.6から明らかなように,引用
発明1では,本件特許発明1のように,その出口において,塗布ノズルと空気ノズ
ルとがそれぞれ独立して間隔を置いて配置されているものではなく,両者が合体し
ており,本件特許発明1のような「塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬送
後方側に多数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群を,塗布ノズル孔群に接近し
て塗布ノズル孔群と平行に形成し,」(甲第7号証1頁【請求項1】)との構成を
有するものではないから,本件特許発明1のように「スクリーン状に」塗布すると
の構成を備えるものではない,と主張する。しかし,引用発明1においては,高温
溶融接着剤列がエアギャップからの空気流のスクリーンによって,搬送前方及び搬
送後方への広がりが阻止され,左右方向にのみ広がる状態になることにより,互い
に容易に接触する場合もあり得ることは,上記のとおりである。被告の主張は採用
することができない。
(2)相違点bについて
 審決は,本件特許発明1と引用発明1とを比較し,「b.本件特許発明1
では,加圧空気を噴出する部分を,「塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬
送後方側に多数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群とし,塗布ノズル孔群に接
近して塗布ノズル孔群と平行に形成」しているのに対し,甲第1号証記載の発明で
は,「塗布ノズル孔群の基材の搬送前方側および搬送後方側に,ノズル孔ではな
く,収束する層の形で空気を誘導するエアギャップを,塗布ノズル孔群に接近して
塗布ノズル孔群と平行に形成」している点。で相違する。」(審決書10頁第2段
落)という点を相違点の一つ(相違点b)として認定し,その上で,「甲第2号証
(判決注・刊行物2,本訴甲第4号証)に,熱融着性高分子重合体の溶融物を,直
線上に並んだ多数の紡糸孔3を通して押し出し,その溶融物に,各紡糸孔3の両側
に設けられている気体流噴出孔4から気体流を吹き当てることにより,紡糸孔3か
ら押し出される溶融物を引き伸ばして細い短繊維とするようにしたものにおいて,
その気体流噴出孔4を,多数の独立孔あるいは一定幅のスリット(甲第1号証記載
のもののギャップに相当する)のいずれにもし得ることが記載されている。しかし
ながら,甲第2号証記載のものは,熱融着性繊維シート材料の製造に関するもので
あって,接着剤をスクリーン状にする技術ではない。してみれば,ホットメルト接
着剤の塗布に関する甲第1号証記載の発明に,技術分野を異にする甲第2号証記載
の技術を組み合わせて,上記相違点bのように構成することは,当業者といえども
容易に想到し得るものではない。」(審決書11頁第2,第3段落)と判断した。
 しかし,刊行物2には,「本発明は・・・縫製加工時に出来るだけ低い温
度と僅かな圧力で溶解接着させアイロン掛け繊維シート全体が無駄なく接着に寄与
する細繊度の熱融着可能な繊維シート材料を提供する」(甲第4号証2頁右上欄第
2段落),「本発明は熱融着性の高分子重合体の溶融物を多数の隣接して直線上に
ならんだ紡糸孔を通して押出し,各紡糸孔の両側に設けた気体流噴出孔より高速の
気体流を吹きあて熱融着性細繊度短繊維群を紡出するに当り,・・・紡糸口金によ
り紡出し,下方に飛散せしめた短繊維群が粘着性を有する間に剥離紙又は剥離性コ
ンベアー上に均一な層状に集積せしめることによる熱融着性繊維シート材料の製造
方法を提供するものである。次に本発明を図面に従って説明する。第1図及び第2
図に於て,1は紡糸口金を示し,押出機により溶融された熱融着性高分子重合体は
導管2を通って紡糸口金にはいり,紡糸孔3より一定圧で押出されるが各紡糸孔3
は隣接して一定間隔で多数一列に配置されており,その両側には左右対称の位置に
独立孔又は一定巾のスリットが気体流噴出孔4として設けられ,」(同2頁左下欄
第2,第3段落,右下欄第1段落)との記載がある。
 これらの記載によれば,刊行物2の上記技術は,熱融着性の高分子重合体
である繊維シート材料を提供するためのものであり,多数の紡糸孔を剥離紙又は剥
離性コンベアーの搬送方向と交差方向に配置した紡糸孔群と,紡糸孔群の剥離紙又
は剥離性コンベアーの搬送前方側及び搬送後方側に,紡糸孔群に接近してこれと平
行に配置した多数の独立孔又は一定幅のスリットである気体流噴出孔よりなる気体
流噴出孔群とを設け,これら気体流噴出孔群から吹き出す気体流によって,紡糸孔
から押出された熱融着性高分子重合体の溶融物を,引き伸ばして細くする機能を有
するものであることが認められる。
 刊行物2に記載されたこの技術が,一般に「メルトブロー法」と称される
技術であることは,「不織布便覧」(1996年5月30日,株式会社不織布情報
発行,69~70頁。甲第10号証)の「メルトブロー」の項に,「メルトブロー
工程では,熱可塑性の繊維形成ポリマーをダイの幅方向に1インチ当たり20~4
0の小孔を有する直線配列形の口金から押し出す。熱風の流れを集中させて押し出
されたポリマー流を急激に細め,超極細の繊維を形成する。細められた繊維は高速
の気流によって回収スクリーン上に飛ばされ,メルトブロー・ウェブが形成され
る。」と記載されているところから明らかである。
 他方,引用発明1もメルトブロー法に関する技術であり,このことは,刊
行物1中に,「技術分野 本発明は,広義には,メルトブロー法に関し,殊に改良
されたメルトブロー・ダイに関する。・・・本発明は,接着剤または繊布をおむつ
フィルムに貼り付ける方法に関する。」(甲第2号証訳文4頁左下欄第1段落),
「背景技術 メルトブロー法は,高速,高温の空気・・・を用いて,ダイから押出
された溶融繊維をコレクタ上に吹き流して繊布を形成させるか,または基盤上に吹
き流して被膜,または複合材を形成させる,方法である。」(同4頁左下段第2段
落)との記載があることから明らかである。そうだとすると,引用発明1と刊行物
2に記載された技術とは,いずれもメルトブロー法を利用する点で技術分野は同じ
であるということができる。また,引用発明1は,上記認定のとおり,塗布ノズル
孔群の基盤の搬送前方側及び搬送後方側に,塗布ノズル孔群に接近して塗布ノズル
孔群と平行にエアギャップが形成され,そのエアギャップから空気が収束する層の
形で吹き出されるので,ファイバー状態の高温溶融接着剤列の前後に空気流のスク
リーンが形成され,その結果,高温溶融接着剤列は,空気流のスクリーンによって
搬送前方及び搬送後方から挟み込まれ,搬送前方及び搬送後方への広がりが阻止さ
れ左右方向にのみ広がる状態になるものである。そして,このエアギャップは,
「エアプレート43については対面する表面71aと57aの間の空間」(審決書
5頁最終段落)であり,「オリフィス61の列の各側に,概して収束する層の形で
空気を誘導する。」(審決書6頁第1段落)ものであるから,刊行物2に記載され
た「多数の独立孔又は一定幅のスリットである気体流噴出孔よりなる気体流噴出孔
群」のうちの,後者のスリットに相当するものである。
 そうすると,引用発明1における,高温溶融接着剤フィラメントを引延す
る加圧空気の噴出部分であるエアギャップに代えて,刊行物2において,スリット
(エアギャップ)と選択的に採用できるものとして記載されている多数の独立孔と
すること,すなわち,「多数の空気ノズル孔よりなる空気ノズル孔群」とすること
は,当業者であれば容易に想到し得るものであることが明らかである。審決の相違
点bについての上記判断は誤りである。
(3)以上からすれば,相違点a及びbについての審決の認定判断は誤りであ
り,これらの誤りが請求項1についての審決の結論に影響を与えることは明らかで
あるから,請求項1について,審決は取り消されるべきである。
2 本件特許発明2についての取消事由2(相違点認定の誤り及び相違点につい
ての判断の誤り)について
(1)審決は,本件特許発明2と引用発明1とを比較し,「前記相違点a,
b・・・で相違する。」(審決書12頁第1段落)と認定し,「前記相違点a,b
については,上記[本件特許発明1に対して]において検討したとおりである。」
(審決書12頁第3段落。)と判断した。
 しかし,上記1で認定したとおり,刊行物1には,「スクリーン状」との
明示的な記載はないものの,多数のオリフィス61から吐出したファイバー状態の
高温溶融接着剤が,一平面上に並列した状態で基盤19の上面に塗布されるもので
あり,かつ,その望ましい範囲の実施例の中には,高温溶融接着剤列が互いに接触
することも十分に可能なものが含まれていることが明らかであるから,当業者であ
れば,刊行物1にそのようなものが記載されていることを容易に認識できるものと
いうべきであり,審決の相違点aについての上記認定判断は誤りである。また,相
違点bに係る本件特許発明2の構成に当業者が容易に想到し得るものではないとし
た審決の判断も,上記1のとおり,誤りである。
(2)審決は,本件特許発明2と引用発明1とを比較し,「次の点cで相違す
る。c.本件特許発明2は,「塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔のうち一部を
マスク板により連通遮断することで塗布範囲を選択自在とし,細長いファイバー状
態のホットメルト接着剤を塗布ラインの上面の基材に基材巾方向の塗布パターンを
選択自在に塗布する」ものであるのに対し,甲第1号証に記載された発明は,「塗
布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔のうち一部を接着剤供給制御弁により連通遮断
することで塗布範囲を選択自在とし,細長いファイバー状態のホットメルト接着剤
を塗布ラインの上面の基材に基材巾方向の塗布パターンを選択自在に塗布する」も
のである点。」(審決書12頁第1段落)を相違点の一つとして認定し(以下,こ
のcの相違点を「相違点c」という。),同相違点について,「甲第3号証(判決
注・刊行物3・本訴甲第5号証)には,成形プレート44(マスクに相当する)に
よって,材料を吐出する排出スロット16に連なる多数の供給孔18のうちの一部
を連通遮断することにより材料の吐出範囲を選択自在にする技術が記載されている
が,この技術は,ハニカム構造物の厚い外皮を形成するためのものであって,細長
いファイバー状態のホットメルト接着剤を基材に塗布する,甲第1号証(判決注・
刊行物1)に記載されたホットメルト接着剤塗布装置とは技術分野が相違し,甲第
1号証に記載された発明に甲第3号証に記載された技術を適用することによって,
本件特許発明2の前記相違点cのように構成することは,当業者が容易に想到しう
るものとはいえない。」(審決書12頁第2段落)と判断した。
 刊行物3に,「成形プレート44(マスクに相当する)によって,材料を
吐出する排出スロット16に連なる多数の供給孔18のうちの一部を連通遮断する
ことにより材料の吐出範囲を選択自在にする技術」が記載されていること(審決書
12頁第2段落)に争いはなく,この成形プレート44は,本件特許発明2のマス
ク板に相当するものである。そこで,刊行物3の技術分野と引用発明1との技術分
野との関係について検討する。
 刊行物3に記載されている発明は,「(産業上の利用分野) 本発明は,
ガラス,ガラスセラミック,セラミック,プラスチック,金属,サーメットおよび
他の材料などの押出可能な材料からハニカム構造を成形するための押出ダイアセン
ブリに関する。」(甲第5号証2頁右下欄第1段落)というものである。引用発明
1は,メルトブロー・ダイ組立体に関するものであり,ダイから溶融繊維を押し出
し,これを吹き流して繊布又は被膜を形成するものである。したがって,両者は,
ダイを通じて押し出すことの可能な材料を吐出する点において技術分野を共通にす
るものである。
 刊行物3に記載された,成形プレート44は,上記のとおり,材料を吐出
する排出スロット16に連なる多数の供給孔18のうちの一部を連通遮断すること
により材料の吐出範囲を選択自在にするものであり,引用発明1の弁組立体も,オ
リフィス61への重合体(高温溶融接着剤)の供給を連通遮断して,オリフィス6
1からの重合体の吐出を制御することにより,塗布範囲を選択自在とするものであ
る(審決書6頁末行~7頁3行の引用発明1の認定参照(争いがない。))。した
がって,刊行物3に記載された成形プレート44も,引用発明1の上記弁組立体と
同様の機能を有するものであるから,成形プレート(マスク板)に係る技術を引用
発明1の弁組立体に係る構成に代えることは,当業者にとって容易に想到し得るも
のということができる。したがって,引用発明1と刊行物3に記載された技術は,
技術的にみて共通性を有するのであるから,刊行物3に記載された技術がハニカム
構造物に関するものであり,引用発明1がホットメルト接着剤塗布装置に関するも
のであることのみを理由として,両者が技術分野を相違し,刊行物3に記載された
技術を引用発明1に適用することを当業者が容易に想到することができない,とし
た審決の判断は誤りである。
(3)以上からすれば,相違点aないしcについての審決の認定判断は誤りであ
り,これらの誤りが請求項2についての審決の結論に影響を与えることは明らかで
あるから,請求項2についても,審決は取り消されるべきである。
3 本件特許発明3についての取消事由2(相違点認定の誤り及び相違点につい
ての判断の誤り)について
(1)審決は,本件特許発明3と引用発明1とを比較し,「前記相違点a,
b・・・で相違する。」(審決書13頁第1段落)と認定し,「前記相違点a,b
については,上記[本件特許発明1に対して]において検討したとおりである。」
(審決書13頁第3段落。)と判断した。
 しかし,上記1で認定したとおり,相違点aは,実質的なものではなく,
相違点aに係る本件特許発明3に係る構成に当業者が容易に想到し得るものではな
いとした審決の認定判断は誤りである。また,相違点bに係る本件特許発明3の構
成に当業者が容易に想到し得るものではないとした審決の判断も,上記1のとお
り,誤りである。
(2)審決は,本件特許発明3と引用発明1とを比較し,「次の点dで相違す
る。
d.本件特許発明3は,「塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔を接着剤供
給制御弁を介して接着剤供給源に接続し,塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔の
うち一部をマスク板により連通遮断することで塗布範囲を選択自在とし,細長いフ
ァイバー状態のホットメルト接着剤をスクリーン状で塗布ラインの上面の基材に基
材巾方向の塗布パターンおよび基材搬送方向の塗布パターンを選択自在に塗布する
ホットメルト接着剤塗布装置」であるのに対し,甲第1号証記載の発明は,「細長
いファイバー状態のホットメルト接着剤を塗布ラインの上面の基材に塗布する際
に,塗布ノズル孔群の多数の塗布ノズル孔と接着剤供給源とを弁組立体により連通
遮断することで,基材巾方向の塗布パターン,および基材搬送方向の塗布パターン
を選択自在に塗布するホットメルト接着剤塗布装置」である点で相違する。」(審
決書12頁第1段落)と認定し,この相違点(相違点d)について,「すでに,前
記[本件特許発明2に対して]で検討したように,甲第3号証(判決注・刊行物
3・本訴甲第5号証)には,成形プレート44(マスクに相当する)によって,材
料の吐出範囲を選択自在にする技術が記載されているが,この技術は,甲第1号証
に記載されたホットメルト接着剤塗布装置とは技術分野が相違し,甲第1号証に記
載されたものに甲第3号証に記載された技術を適用することによって,本件特許発
明3の前記相違点dのように構成することは,当業者が容易に想到しうるものとは
いえない。」(審決書13頁第2段落)と判断した。
 しかし,刊行物3記載の技術と引用発明1とは,上記2に説示したとお
り,ダイを通じて押し出すことの可能な材料を吐出する点において技術分野を共通
にするものである。
 また,刊行物3に記載された,成形プレート44は,上記2のとおり,材
料を吐出する排出スロット16に連なる多数の供給孔18のうちの一部を連通遮断
することにより材料の吐出範囲を選択自在にするものであり,引用発明1の弁組立
体も,オリフィス61への重合体(高温溶融接着剤)の供給を連通遮断して,オリ
フィス61からの重合体の吐出を制御することにより,塗布範囲を選択自在とする
ものである(審決書6頁末行~7頁3行の引用発明1の認定参照(争いがな
い。))。したがって,刊行物3に記載された成形プレート44も,引用発明1の
上記弁組立体と同様の機能を有するものであるから,刊行物3に記載された成形プ
レート(マスク板)に係る技術を引用発明1の弁組立体に係る構成に加えること
は,当業者にとって容易に想到し得るものということができる。
 したがって,引用発明1において,「塗布ノズル孔群の多数のオリフィス
61を供給制御弁を介して重合体(高温溶融接着剤)の供給源に接続し,塗布ノズ
ル孔群の多数のオリフィス61をマスク板により連通遮断することで塗布範囲を選
択自在とし,細長いファイバー状態の高温溶融接着剤を基盤19の上面に,基盤1
9の幅方向の塗布パターン及び搬送方向の塗布パターンを選択自在に塗布する高温
溶融接着剤塗布装置」という構成のものにすることは,当業者にとって容易に想到
することができるものというべきであり,審決の相違点dについての判断は誤りで
ある。
(3)以上からすれば,相違点a,b及びdについての審決の認定判断は誤りで
あり,これらの誤りが請求項3についての審決の結論に影響を与えることは明らか
であるから,請求項3についても,審決は取り消されるべきである。
第6 結論
 以上によれば,原告の請求は,いずれも理由がある。そこで,原告の本訴請
求を認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法
61条を適用して,主文のとおり判決する。
       東京高等裁判所第6民事部
             裁判長裁判官    山  下  和  明  
      
                裁判官     設  樂  隆  一
 
                裁判官    高  瀬  順  久
(別紙)
別紙図面1別紙図面2

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