弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成17年(行ケ)第10368号 審決取消請求事件
平成17年11月17日判決言渡,平成17年10月6日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 東洋紡績株式会社
 訴訟代理人弁理士 高島一,谷口操,土井京子,鎌田光宜,栗原弘幸,鈴木智久
 被 告 特許庁長官 中嶋誠
 指定代理人 大熊幸治,宮坂初男,柳和子,青木博文
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
 本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の表記法に従った箇所
がある。また,「フィルム」と「フイルム」については,前者の表記に統一した。
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が訂正2004-39133号事件について平成16年12月14日に
した審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,原告を特許権者とする「脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルム」の特許
につき,原告が特許庁に訂正審判を請求したところ,同請求書に添付された訂正明
細書の記載不備(特許法36条4項),発明の進歩性の欠如(同法29条2項)に
より独立特許要件(同法126条5項)を充足しないことを理由に,特許庁が請求
不成立の審決をしたため,原告が,審決の判断の誤りを主張して,その取消しを求
めた事案である。
 訂正明細書(甲2の2)の記載によれば,訂正後の発明は,「包装用途などに好
適なハンドリング性(巻き性)及び透明性に優れた脂肪族ポリエステル二軸延伸フ
ィルムに関する」(段落【0001】)ものである。すなわち,「食品をはじめ各
種商品を包装するフィルム」(段落【0002】)につき,環境公害防止等の観点
から,「ポリマー自身が生分解性を有する各種生分解性高分子素材」(段落【00
05】)が検討されており,「その中でも,脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルム
は,一般包装材をはじめ幅広い用途に,応用が期待されている」(段落【000
6】)。ところで,フィルムの「滑り性が不十分な場合,ハンドリング性が不良と
なり,フィルム表面に擦り傷が発生して走行性が悪くなる」(段落【0007】)
が,この滑り性を改良するために,「有機系潤滑剤をポリ乳酸フィルムに添加する
と,接着強度が低下」(段落【0008】)するという問題が生じるため,この
「課題を解決し,ハンドリング性(巻き性)及び透明性に優れた脂肪族ポリエステ
ル二軸延伸フィルムを提供することを目的とする」(段落【0009】)ものであ
るとされている。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本件特許(甲2の1)
 特許権者:原告
 発明の名称:「脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルム」
 特許出願日:平成11年7月27日(特願平11-212321号)
 優先日:平成10年7月27日(特願平10-211089号)
 設定登録日:平成13年6月8日
 特許番号:第3196895号
 (2) 本件特許に係る異議手続
 特許異議事件番号:異議2002-70306号
 訂正請求日:平成15年1月27日
 決定日:平成16年2月10日
 決定の結論:「訂正を認める。特許第3196895号の請求項1ないし3に係
る特許を取り消す。」
 決定取消訴訟提起日:平成16年3月29日(当庁平成17年(行ケ)第102
95号)
 (3) 本件訂正審判手続(甲2の2)
 訂正審判事件番号:訂正2004-39133号
 審判請求日:平成16年6月8日
 審決日:平成16年12月14日
 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
 審決謄本送達日:平成16年12月27日
 2 訂正発明の要旨(本件訂正審判請求書に添付された訂正明細書(甲2の2)
の特許請求の範囲に記載されたものであり,訂正部分は下線のとおりである。以
下,同訂正明細書を「本件明細書」といい,それぞれの発明を,請求項番号に対応
して「訂正発明1」などといい,訂正発明1ないし3を総称する場合には「訂正発
明」という。)
【請求項1】
 主たる繰り返し単位が一般式-O-CHR-CO-(Rは水素または,炭素数1
~3のアルキル基)であり,脂肪族ポリエステルに対し不活性な平均粒子径1~4
μmの滑剤粒子を0.01~0.5重量%含有し,連鎖状粒子を含有しない脂肪族
ポリエステルを主成分としたフィルムであって,少なくとも片面の三次元平均表面
粗さ(SRa)が0.018~0.069μmであり,かつ粗さの中心面から0.
00625μm以上の高さを有する突起の1mm
当たりの突起数(PCC値)が下
記式(1)を満足することを特徴とする,シーラント層を積層して使用するための脂肪
族ポリエステル二軸延伸フィルム。
 PCC値≦7000-45000×SRa...(1)
(なお,SRaとは表面粗さ曲線をサインカーブで近似した際の中心面(基準面)
における平均粗さを意味し,触針式三次元表面粗さ計を用いて得た各点の高さを測
定し,これらの測定値を三次元表面粗さ解析装置に取り込んで解析することにより
得られる値である。)
【請求項2】
 前記突起数(PCC値)が1000個/mm
以上であることを特徴とする請求項
1記載の脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルム。
【請求項3】
 前記脂肪族ポリエステルがポリ乳酸であることを特徴とする請求項1又は2記載
の脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルム。
 3 審決の理由の要点
 審決の理由の要点は,以下のとおりであるが,要するに,本件訂正請求は,特許
請求の範囲の減縮を目的とするものであるところ,訂正発明は,①特許法36条4
項に規定する要件を満足せず,②同法29条2項の規定に違反しているから,特許
出願の際独立して特許を受けることができないものであり,同法126条5項に定
める訂正の要件を充足しない,というものである。
 (1) 特許法36条4項違反についての審決の判断
 「滑剤粒子及びフィルムの製膜条件に関する本件明細書の記載は,単に当該技術
的事項に関する列挙で一般的記載にとどまるものであり,各条件を具体的にどのよ
うに制御するかを示していないことはもちろん,どのような滑剤粒子を用いた場合
にどのような製膜条件とするのかという『フィルムの製膜条件と滑剤粒子の種類と
の関係』については,何ら具体的に記載されていない。したがって,この記載から
本件発明のような特定のパラメーターを有するフィルムを製造し得るとはいえな
い。
 請求人は,・・・訂正発明1~3の実施可能性について縷々述べているが,段
落【0029】の記載からみて,訂正発明1~3に係る延伸方法には種々の手法が採用
できるものと認められるところ,本件明細書中には,各手法について請求項1に規
定されるPCC値とSRaの関係を満たすための条件を具体的に開示した例は『例
えば,縦方向に1段以上延伸した後横方向に延伸する方法の場合,縦方向の延伸が
終了した後の縦方向の屈折率(Nx)が1.555以下であることが好ましい。』
(段落【0041】)との記載のみであり,その屈折率とするための条件が何ら具体的
に記載されていないのであるから,屈折率の指標が示されているとしても,当該脂
肪族ポリエステル二軸延伸フィルムを容易に製造することはできない。その余の延
伸手法については具体性を欠いており,やはり,当該脂肪族ポリエステル二軸延伸
フィルムを容易に製造することはできない。」
 「このことから,訂正発明1~3における特定範囲にあるSRaや,PCC値と
SRaの関係(本件請求項1の式(1))を満たしたフィルムを得ることができる
か否か不明瞭である。」
 「そして,訂正発明1~3の『SRa値』については,請求項1には,『なお,
SRaとは表面粗さ曲線をサインカーブで近似した際の中心面(基準面)における
平均粗さを意味し,触針式三次元表面粗さ計を用いて得た各点の高さを測定し,こ
れらの測定値を三次元表面粗さ解析装置に取り込んで解析することにより得られる
値である。』と記載され,SRa値が,製造されたフィルムを測定して得られた測
定数値を解析して得るものであることが記載されているのである。つまり,これは
フィルムを製造し,その製造されたフィルムを計測器を用いて測定して初めて得ら
れる値であることを意味するものであり,請求項1に記載の,『主たる繰り返し単
位が一般式-O-CHR-CO-(Rは水素または,炭素数1~3のアルキル基)
であり,脂肪族ポリエステルに対し不活性な平均粒子径1~4μmの滑剤粒子を
0.01~0.5重量%含有し,連鎖状粒子を含有しない脂肪族ポリエステルを主
成分としたフィルム』であれば,必然的に決まる値であることを意味するものでは
ない。
 このことから,どのような条件で製造すれば前記SRa値を有するフィルムが得
られるのかについて,具体的なフィルムの製造方法の記載がないのであるから,当
業者は製造したフィルムについて,逐一計測をして,請求項1に記載の数値に該当
するものであるか否かを確認する必要があるのである。そして,このような確認作
業が,当業者に過度の試行錯誤を強いることは明白である。・・・
 さらに,本件明細書には,『PCC値≦7000-45000×SRa』を満た
すものは実施例の他になく,この条件を普遍的に満たす手法や法則性は記載されて
おらず,また示唆もない。請求人が主張する各段落の記載は,滑剤粒子の種類,脂
肪族ポリエステルへの添加方法,滑剤粒子の平均粒子径及び含有量,フィルム製膜
方法として当業界で一般的に知られている事項を示すにすぎず,この記載をもっ
て,本件各請求項の規定を満たすフィルムを製造することは当業者に過度の試行錯
誤を強いるものといわざるを得ない。」
 「よって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明1~3に係る二
軸延伸フィルムを容易に得ることができる程度に記載されているとは認められな
い。」
 (2) 特許法29条2項違反についての審決の判断
  ア 刊行物
 刊行物1:特開平6-57013号公報(本訴甲4)
 刊行物2:特開平5-124100号公報(本訴甲5)
 刊行物3:特開平6-256480号公報(本訴甲6)
 刊行物4:特開平8-245771号公報(本訴甲7)
 刊行物5:特開平7-32470号公報(本訴甲8)
 イ 訂正発明1についての容易想到性の判断
 「刊行物3には訂正発明1にて使用されるものと同一の脂肪族ポリエステル(ポ
リ乳酸)を包装用フィルムに使用することが記載されている。
 刊行物1において,段落【0012】には,SRaはハンドリング性と走行性に関与
するものとして記載されており,また,実施例においても透明性(ヘーズ値)の良
好なものが得られている。」
 「刊行物2にはSRa及びPCC値に関する記載はないが,段落【0030】
~【0036】において,SRaに関連する『表面の平均突起高さ』,PCC値に関連
する『突起個数』が走行性と透明性の改善に影響を及ぼすことを指摘している。
 刊行物4に記載された発明において,SRaに関連する『中心線平均粗さ(R
a)』・・・は,フィルム製造時の巻き特性や作業性,及び,フィルムの透明性に
影響を及ぼすことが段落【0014】に記載されており,この巻き特性は訂正発明の効
果とされる『ハンドリング性(巻き性)』に相当するものと認められ,この巻き特
性や透明性の改善のためにフィルム表面の粗さを制御する技術概念を刊行物3に記
載の脂肪族ポリエステル製包装用フィルムに転用することを排除する理由はない。
 「刊行物5にはSRaとPCC値によりフィルムの走行性や透明性の改善に影響
を及ぼすことが記載されている。」
 「脂肪族ヒドロキシカルボン酸からなるポリエステルを用いた包装材において,
該ポリエステルにシーラント層を積層して使用することは,本出願前周知であ
る・・・刊行物1~2及び4~5には,包装用フィルムの原料となる熱可塑性樹脂
に粒状物を0.01~0.5重量%加えることでフィルムに表面加工を施し,ハン
ドリング性や透明性の改善を図ることが記載されており,刊行物3に記載の包装用
に用いられる脂肪族ポリエステルフィルムのハンドリング性や透明性の改善のため
に,刊行物1~2及び4~5に記載された技術を転用し,シーラント層を積層して
みることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。」
 「そして,その効果においてもハンドリング性,透明性は刊行物1,5に記載さ
れたものと同程度のものであるから,訂正発明1の効果が格別顕著なものというこ
とはできない。」
 「したがって,訂正発明1は刊行物1~5に記載された発明に基づいて当業者が
容易に想到し得るものと認められる。」
  ウ 訂正発明2についての容易想到性の判断
 「刊行物2に記載された発明において,突起個数はフィルム表面の突起の密度の
指標を示しており,測定方法を比較しても測定対象箇所が格別異なるものとはいえ
ない。また,刊行物2には,突起個数とハンドリング特性の関係が明示されていな
いが,SRaに関連する『表面の平均突起高さ』,PCC値に関連する『突起個
数』が走行性と透明性の改善に影響を及ぼすことが記載されている。訂正発明2に
よるとされる効果は刊行物1~5の記載からみて格別のものを見出せないのは前述
のとおりである。したがって,訂正発明2は刊行物1~5に記載された発明に基づ
いて当業者が容易に想到し得るものと認められる。」
  エ 訂正発明3についての容易想到性の判断
 「刊行物3にはポリ乳酸からなる脂肪族ポリエステルフィルムが記載されてい
る。したがって,訂正発明3は刊行物1~5に記載された発明に基づいて当業者が
容易に想到し得るものと認められる。」
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
 審決は,特許法36条4項に規定する要件についての判断を誤り(取消事由
1),また,進歩性の判断を誤った(取消事由2)ことにより,訂正発明は特許出
願の際独立して特許を受けることができないものと誤って判断したものであるか
ら,取り消されるべきである。
 1 取消事由1(特許法36条4項に規定する要件についての判断の誤り)
 審決は,本件明細書の記載からは,訂正発明のような特定のパラメータを有する
フィルムを製造すること(①SRaを0.018~0.069μmの範囲内とする
こと,②PCC値とSRaとの関係につき,請求項1の不等式〔PCC値≦700
0-45000×SRa〕を満足させること。)は容易に実施できないものである
と判断するが,同判断は誤りである。
 (1) SRaを0.018~0.069μmの範囲内とすることの実施可能性につ
いて
 一般に,明細書の発明の詳細な説明には,発明の実施に関するすべての技術要素
を網羅的に記載することが求められているものではなく,出願時の技術水準を前提
として,特許請求の範囲に記載された発明を,当業者が容易に実施できる程度に記
載されていればよい。
 これを本件明細書についてみると,段落【0038】の「三次元平均表面粗さ(SR
a)は,滑剤粒子及びフィルムの製膜条件によって制御することができる。」と記
載されているところ,同記載が,SRaにつき,滑剤粒子及びフィルムの製膜条件
によって制御されることを意味することは明らかである。
 脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムの製造に関する各種の条件は,当該技術分
野において既によく知られ,本件明細書にも十分に記載されている。滑剤粒子も,
それ自体既知の素材であり,かつ,訂正発明において使用に適した粒子についても
十分な説明がされている。SRaの測定方法も,既に当業者のよく知るところであ
る。これらの前提技術に立脚して,SRaが0.018~0.069μmの脂肪族
ポリエステル二軸延伸フィルムを得ることは,当業者に過度の試行錯誤を強いるも
のとはいえない。
 すなわち,本件明細書には,フィルムの製膜条件に関して,押出成形法や延伸方
法など,製造方法の詳細が記載され(段落【0029】~【0033】,【0041】),滑剤
粒子に関して,種類,添加方法,平均粒子径及び含有量が詳細に記載されている
(段落【0023】~【0028】,【0038】,【0039】)。また,SRaの測定法に関し
ては段落【0052】に,フィルムの製膜条件と滑剤粒子の種類との関係については段
落【0041】に,具体的に記載されている。
 特に,段落【0041】の記載からは,添加する滑剤(粒子)の種類を変えた場合に
も,例えば,縦方向に1段以上延伸した後,横方向に延伸する方法の場合,縦方向
の延伸が終了した後の縦方向の屈折率(Nx)が1.555以下となるような条件
を選択すれば,PCC値及びSRaが所定の範囲内となることが理解される。これ
は,要するに,最初の延伸方向における延伸では,延伸後の分子の配向があまり大
きくならないように延伸倍率を調整することが重要であることを示すものである。
縦あるいは横方向の屈折率は,延伸フィルムの表面特性や機械的特性の評価手法の
一つとして当業者のよく知るところであり(Nxはフィルムの延伸による縦方向の
分子鎖の配向度を示すものであり,その値が大であることは分子の縦の配向が大き
いことを意味する。),訂正発明の実施に際し,Nxを指標とすることに困難はな
いから,滑剤粒子の種類によって延伸条件を変更する必要があったとしても,延伸
条件の選定に当たり当業者に過度の負担を課するものではない。
 なお,審決は,比較例1ないし3においてもNxが1.555以下となっている
ことから,Nx値を調整することにより訂正発明のフィルムが得られるのか不明瞭
であるとしているが,SRaは,まず,滑剤粒子の平均粒子径や含有量によって制
御されるものであり,比較例1ないし3は,前記平均粒子径又は含有量が規定範囲
を逸脱しているために訂正発明の実施となっていないにすぎないから,審決の前記
認定は誤りである。
 したがって,SRaが0.018~0.069μmである脂肪族ポリエステル二
軸延伸フィルムを得ることは,当業者に過度の試行錯誤を強いるものとはいえな
い。
 (2) PCC値とSRaとの関係につき,請求項1の不等式〔PCC値≦7000
-45000×SRa〕を満足させることの実施可能性について
 PCC値の計算法自体は,本件明細書の段落【0057】に記載され,当業者に周知
であり,また,段落【0038】には,PCC値が「滑剤粒子の種類及びフィルムの製
膜条件によって制御」される旨記載されているところ,滑剤粒子及びフィルムの製
膜条件に関して,本件明細書中に詳細が記載されていることは,前記(1)のとおりで
ある。さらに,実施例1ないし4,比較例1ないし5に記載された実施条件を参照
すれば,当業者であれば,所期のSRaとPCC値を得るための滑剤粒子の選択と
製膜条件との関係を容易に知り得るものであり,しかも,SRa及びPCC値の測
定方法は当業者が既によく知るところであるから,その数値を確認することにも格
別の困難性はない。
 したがって,PCC値とSRaとの関係につき不等式〔PCC値≦7000-4
5000×SRa〕を満足させることは,当業者に過度の試行錯誤を強いるものと
はいえない。
 被告は,本件明細書の実施例からは普遍的な法則性を見いだせないと主張する
が,訂正発明は,いわゆるパラメータ発明の範疇に属するものであって,実施例と
比較例とをあわせて9例の実験を行った結果から,所期の優れた特性(接着性を維
持しつつ,透明性とハンドリング性を改善すること。)を有する脂肪族ポリエステ
ル二軸延伸フィルムを得るためのPCC値とSRaとの関係を導き出したものであ
る。その関係を図示すると,次のとおりである(以下「参考図」という。)。
 参考図に記載の「(1)式」は,〔PCC値=7000-45000×SRa〕を表
すものであるが,前記式は,訂正発明における技術的課題の一つであるフィルムの
優れた透明性が得られる境界を示し,前記式の直線が右下がりであることは,SR
aが同じ値である場合,微少な突起が多数存在するフィルム(PCC値が大き
い。)よりも,大きな突起が少数存在するフィルム(PCC値が小さい。)の方が
透明性に優れるという技術常識と整合するとともに,SRaが大きいほどハンドリ
ング性は良くなるが,他方で透明性は低下する傾向にあることを示している。ま
た,前記式の傾きは,ヘーズ値11程度を望ましい透明性の限度として,比較例2
及び3の数値と,各実験例,さらには,出願当時の基礎実験などを踏まえて算出さ
れたものである。
 かかる発明は,特定のパラメータ以外の要素,例えば製造方法やその他の特性等
によっては特定しきれない種類の発明であるから,特定のパラメータと具体的な製
膜条件ないし滑剤粒子の種類との関係などを厳密に規定することにはもともと無理
があり,当該パラメータが当業者に明瞭である以上,結果物としてのパラメータの
意義及び充足性を説明するにとどまることもやむを得ないものである。
 2 取消事由2(進歩性判断の誤り)
 (1) 訂正発明1の進歩性について
 審決が,刊行物3の脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムに対し,ハンドリング
性や透明性などの改善を目的として,刊行物1,2,4及び5に示されている技術
を適用して訂正発明1に至ることは当業者において容易であると判断したのは,誤
りである。刊行物3に記載のフィルムに刊行物1,2,4及び5に示されている技
術を適用して訂正発明1に至ることは,次のとおり阻害されているものである。
  ア 阻害要因1(フィルム原料樹脂の種類上の相違)
 訂正発明1及び刊行物3のフィルム原料樹脂が脂肪族ポリエステルであるのに対
し,刊行物1及び5のフィルム原料樹脂は,シンジオタクチックポリスチレンであ
り,刊行物2及び4のフィルム原料樹脂は,芳香族ポリエステル(ただし,刊行物
4は,芳香族共重合ポリエステル)である。
 フィルム原料樹脂の種類が異なれば,樹脂を構成するモノマーの構造や物性が大
きく異なることとなるため,フィルム成形に伴う技術的課題も,各種添加剤の配合
による性能への影響も異なってくる。シンジオタクチックポリスチレンフィルム
や,芳香族ポリエステルフィルムの改質に有効とされた構成が,脂肪族ポリエステ
ルフィルムの改質に有効であるとの技術的予見は必ずしも成立するものではない。
 シンジオタクチックポリスチレンは,主として成形品材料としての用途を有し,
包装用フィルムとして汎用されるには至っておらず,刊行物1における用途の記載
も「磁気テープ用,写真・製版用,コンデンサー用,包装用等」というものであっ
て,「包装用」は付加的な記載にすぎない。現に,刊行物5の実施例におけるPC
C値は,訂正発明1における不等式を満たさず,逆に,比較例2及び3のPCC値
が訂正発明1の不等式を満たすものとなっており,このような相違は,主としてフ
ィルム原料樹脂を構成するモノマーの構造や物性の相違に基づくものである。
 また,芳香族ポリエステルも,脂肪族ポリエステルとは,その性状を大きく異に
するものである。
 被告は,シンジオタクチックポリスチレン及び芳香族ポリエステルがいずれも熱
可塑性樹脂であることを理由に転用の容易をいうが,熱可塑性は,熱硬化性に対峙
する熱的性質を表す概念であるにすぎない。熱的性質によって熱可塑性樹脂に類別
される樹脂は極めて多岐にわたるところ,各樹脂の理化学的性質は,樹脂を構成す
るモノマーの化学構造,配合組成,重合方法等の相違によって様々であり,これら
の理化学的性質の相違に応じてフィルム成形に伴う技術的課題も異なることは,当
業者の技術常識である。したがって,熱可塑性である点が共通しているだけでは,
転用の容易性は認められない。
  イ 阻害要因2(発明の構成上の相違)
 訂正発明1の構成は,①滑剤粒子の平均粒子径を1~4μmとすること,②連鎖
状粒子を含有しないこと,③SRaが0.018~0.069μmであること,④
PCC値が不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕を満足することを
特徴としている。
 これに対し,刊行物1,2,4及び5に各記載の技術は,いずれも,次に述べる
とおり,訂正発明1とは異なる構成を有するものであるから,刊行物1,2,4及
び5に記載の技術を刊行物3に記載のフィルムに適用して訂正発明1に至ること
は,当業者にとって容易とはいえないものである。
  (ア) 刊行物1記載の技術について
 刊行物1記載の技術は,SRa及びPCC値のほか,表面ヘーズと内部ヘーズの
和,200℃における熱収縮率,及び空気抜け速さに関する要件を総合して,所期
の性能を達成するものである。このように,刊行物1記載の技術において相互に密
接に関連づけられた各特性値のうちから,一部の特性値を選択すること,また,そ
の選択によって訂正発明1における所期の効果を達成できることの予測性はない。
  (イ) 刊行物2記載の技術について
 刊行物2記載の技術は,特定の構造を持った連鎖状粒子を特定量含有させる点に
技術的特徴を有するものであり,連鎖状粒子を含有しない訂正発明1とは,主要な
技術的特徴において異なる。かかる技術的特徴の相違を度外視して,刊行物2記載
の技術と訂正発明1とを関連付けることは誤りである。
 また,刊行物2に記載されている「表面の平均突起高さ,突起個数」は,訂正発
明1におけるSRa及びPCC値とは異なるものであり,刊行物2には,SRa及
びPCC値が記載されていない。
 さらに,刊行物2記載の技術は,表面の平均突起高さ及び突起個数のほか,突起
先端曲率半径を特定値とすることによって,フィルムを改質するものである点で
も,訂正発明1とは異なる。
  (ウ) 刊行物4記載の技術について
 刊行物4には,PCC値についての記載はない。また,刊行物4に記載されてい
る,フィルム表面の中心線平均粗さ(Ra)は,二次元平均表面粗さを意味するも
のであって,訂正発明1における,三次元平均表面粗さ(SRa)とは異なる。
  (エ) 刊行物5記載の技術について
 刊行物5は,SRaを特定範囲の数値とし,また,PCC値とSRaとの関係に
つき,特定の式を満足するものとする点においては,訂正発明1と共通している
が,訂正発明1における不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕に関
する記載はない。
  ウ 阻害要因3(技術的課題上の相違)
 訂正発明1は,脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムにおいて,ヒートシール部
との接着性を維持しながら,ハンドリング性(巻き性)と透明性という相反する特
性を両立させる,という技術的課題を解決するために,前記のような構成を採用し
たものである。
 これに対して,刊行物1ないし5においては,前記の技術的課題が全く示唆され
ていないばかりか,「ハンドリング性の改善」や「透明性の改善」を個別の課題と
してとらえるとしても,課題の示唆を欠くか,あるいは,訂正発明1とは異なる解
決手段により課題を解決しようとするものであるから,刊行物3の脂肪族ポリエス
テル二軸延伸フィルムに刊行物1,2,4及び5の技術を適用して訂正発明1に至
る動機付けは存在しないというべきである。
 例えば,刊行物1には,SRaがハンドリング性及び透明性に関与すると記載さ
れているのに対して,PCC値はもっぱら走行性に関与するものとして記載されて
いる。走行性とは,フィルムの走行時のガイドロール等との接触における走行性を
いい,ハンドリング性(フィルムを高速でロール状に巻き取る場合の巻き性)とは
異なるものである。
 また,刊行物5には,ハンドリング性は,空気抜け速さの規定値を満たすことに
よって維持されると記載されており,SRa及びPCC値がハンドリング性に関与
するとの記載はない。
 (2) 訂正発明2の進歩性について
 審決が,訂正発明2の進歩性を否定する判断をしたのは,誤りである。
 刊行物2には,「突起個数が1000個/mm
以上」との記載があるけれども,
ここにいう突起個数とは,走査型電子顕微鏡と断面測定装置においてフィルム表面
平坦部の高さを0として走査したときの突起の高さ測定値を画像解析し,測定され
た高さが0.3μm以上のものを突起とみなして求めた数値であるから,訂正発明
2のPCC値とは相違する。
 また,訂正発明2は,訂正発明1の脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムにおい
て,PCC値が1000個/mm
以上であることを特徴とするものであるから,訂
正発明1について進歩性が肯定される以上,訂正発明2についても進歩性が肯定さ
れるべきである。
 (3) 訂正発明3の進歩性について
 審決が,訂正発明3の進歩性を否定する判断をしたのは,誤りである。
 訂正発明3は,訂正発明1又は2の脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムにおい
て,脂肪族ポリエステルがポリ乳酸であることを特徴とするものであるから,訂正
発明1及び2について進歩性が肯定される以上,訂正発明3についても進歩性が肯
定されるべきである。
 (4)進歩性についての審理不尽等の違法について
 審判では,訂正発明1の構成要件である,「平均粒子径1~4μm」について,
一切審理されておらず,訂正発明の進歩性の判断につき審理を尽くしていないこと
が明らかであるから,審決は違法なものとして取り消されるべきである。
第4 被告の反論の要点
 審決には,特許法36条4項に規定する要件についての判断に誤りはなく,ま
た,進歩性の判断にも誤りはない。
 1 取消事由1(特許法36条4項に規定する要件についての判断の誤り)に対
して
 審決が,本件明細書の記載からは,訂正発明のような特定のパラメータを有する
フィルムを製造すること(①SRaを0.018~0.069μmの範囲内とする
こと,②PCC値とSRaとの関係につき,請求項1の不等式〔PCC値≦700
0-45000×SRa〕を満足させること。)は容易に実施できないものである
と判断したことに,誤りはない。
 特許法36条4項に規定する,当業者が「その実施をすることができる程度に明
確かつ十分に記載したものである」といえるためには,明細書に記載された発明の
実施の形態自体に記載不備がないことはもとより,当該実施の形態以外の部分につ
いても実施可能であることが必要である。しかし,本件明細書のいずれの記載をも
ってしても,実施例の近傍はともかくとして,訂正発明における数値範囲の全体に
ついて実施することは,容易でないものである。
 (1) SRaを0.018~0.069μmの範囲内とすることの実施可能性につ
いて
 原告が主張する,滑剤粒子及びフィルムの製膜条件に関する本件明細書の記載
は,単に当該技術的事項に関する一般的記載を列挙したにとどまるものであり,ど
のような滑剤粒子を用いた場合にどのような製膜条件とするのかという,滑剤粒子
の種類とフィルムの製膜条件との関係については,何ら具体的に記載されていな
い。訂正発明のSRaを得るためには,一つの製造条件を設定するのみでは足り
ず,種々の条件を相互に制御する必要があるとされており,たとえ各々の条件が知
られているとしても,その相互の関係が明らかでなければ,特定の数値範囲のSR
aを有するフィルムを製造することは困難である。
 また,訂正発明におけるSRaは,請求項1の記載によれば,製造されたフィル
ムを測定して得られた測定数値を解析して得られるものである。どのような条件で
製造すれば訂正発明のSRaを有するフィルムが得られるのかについて,具体的な
フィルムの製造方法の記載がない以上,当業者は,製造したフィルムについて逐一
計測をして,SRaが訂正発明の数値に該当するものであるか否かを確認する必要
があり,このような確認作業が,当業者に過度の試行錯誤を強いることは明白であ
る。
 原告は,段落【0041】の記載からは,添加する滑剤(粒子)の種類を変えた場合
にも,例えば,縦方向に1段以上延伸した後,横方向に延伸する方法の場合,縦方
向の延伸が終了した後の縦方向の屈折率(Nx)が1.555以下となるような条
件を選択すれば,PCC値及びSRaが所定の範囲内となることが理解される,と
主張する。しかし,その屈折率を得るための条件は,何ら具体的に記載されていな
いばかりか,比較例の中には,Nxが1.555以下であるにもかかわらず,SR
aが訂正発明に規定された範囲を逸脱しているものがあり,Nxの値をよりどころ
として訂正発明のSRaを得ることができるのか否かも不明瞭である。したがっ
て,結局,どのようにすれば目的とする数値範囲のSRaが得られるのか,何ら具
体的に記載されていないものである。
 (2) PCC値とSRaとの関係につき,請求項1の不等式〔PCC値≦7000
-45000×SRa〕を満足させることの実施可能性について
 本件明細書によれば,PCC値は「滑剤粒子の種類及びフィルムの製膜条件によ
って制御」されるところ,滑剤粒子の種類とフィルムの製膜条件との関係について
本件明細書中に何ら具体的な記載がないことは,前記(1)のとおりである。また,P
CC値を一定範囲内の値とするための具体的な手法も明確ではない。
 本件明細書には,不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕を満たす
ものは実施例のほかにはないところ,実施例の数値からは,前記不等式を普遍的に
満たすための何らかの法則性や規則性は見いだすことができず,また,前記不等式
を満たすような具体的な製造手法も見いだすことができない。すなわち,参考図に
おける実施例及び比較例のプロットからみると,(1)式直線の傾きがなぜ右下がりと
なるのか不明であり,仮に原告の主張どおり右下がりであるとしても,実施例及び
比較例の数値と(1)式直線の傾きとの間には何らの相関性も見いだすことができない
ものである。
 したがって,実施例の近傍は実施できるとしても,訂正発明における数値範囲の
全体,特に,SRaが訂正発明の数値範囲の下限値に近く,PCC値がその上限値
に近い値を有するフィルム(参考図の台形部分,すなわち,(1)式直線,SRaが
0.018及び0.069の鉛直線,並びにグラフの横軸線で囲まれた部分のう
ち,左上部分にプロットされるはずのもの。)を製造することができるように記載
されているとはいえないものである。
 以上から,本件明細書の記載に基づいて,前記不等式を満たすフィルムを製造す
ることは,当業者に過度の試行錯誤を強いるものといわざるを得ない。
 2 取消事由2(進歩性判断の誤り)に対して
 (1) 訂正発明1の進歩性について
 審決が,刊行物3の脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムに対し,ハンドリング
性や透明性などの改善を目的として,刊行物1,2,4及び5に示されている技術
を適用して訂正発明1に至ることは当業者にとって容易であると判断したことに,
誤りはない。
 刊行物1,2,4及び5には,包装用フィルムの原料となる熱可塑性樹脂に粒状
物を加えることでフィルムに表面加工を施し,ハンドリング性や透明性の改善を図
ることが記載されているのであり,刊行物3に記載された脂肪族ポリエステル二軸
延伸フィルムのハンドリング性や透明性を改善するために,刊行物1,2,4及び
5に記載の技術を適用することは,当業者であれば容易に想到し得ることである。
 そして,訂正発明1のSRaの値が,刊行物1及び5に記載された数値範囲か
ら,特にかけ離れたものであって格別予測できない数値を規定しているとはいえ
ず,また,訂正発明1の不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕につ
いてみても,刊行物1及び5において開示された技術を参照し,好ましい範囲を数
式にした程度のものにすぎない。
 さらに,訂正発明1のうち「不活性な平均粒子径1~4μmの滑剤粒子を0.0
1~0.5重量%含有し,」とする点については,刊行物1,4及び5において,
滑剤粒子を0.01~0.5重量%の範囲内で使用したものが開示されており,ま
た,二軸延伸フィルムに添加される滑剤粒子の平均粒子径として1~4μmという
程度のものは,本出願前,当業者において普通に採用されている値であり,この限
定により特段の技術的特徴があるとはいえない。「シーラント層を積層して使用す
る」点についても,脂肪族ヒドロキシカルボン酸からなるポリエステルを用いた包
装材において,該ポリエステルにシーラント層を積層して使用することは,本出願
前周知であり,刊行物3の脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムにおいてシーラン
ト層を積層して使用することは,当業者が適宜なし得る程度のことである。
 原告は,フィルム原料樹脂,発明の構成,技術的課題における相違から,刊行物
1,2,4及び5に記載の技術を刊行物3に記載のフィルムに適用して訂正発明1
に至ることは阻害されていると主張するが,かかる主張は次のとおり誤りである。
  ア 阻害要因1(フィルム原料樹脂の種類上の相違)に対して
 原告は,訂正発明1及び刊行物3のフィルム原料樹脂は脂肪族ポリエステルであ
るのに対し,刊行物1及び5のフィルム原料樹脂は,シンジオタクチックポリスチ
レンであり,刊行物2及び4のフィルム原料樹脂は,芳香族ポリエステルであるか
ら,刊行物1,2,4及び5に記載された技術を刊行物3に記載のフィルムに適用
することは阻害されている,と主張する。
 しかし,訂正発明1,刊行物1ないし5に記載の技術は,いずれも包装用フィル
ムに関する技術であるところ,シンジオタクチックポリスチレンは,包装用フィル
ムの原料となる熱可塑性樹脂としては,脂肪族ポリエステルと並んで,極めて一般
的なものであり,芳香族ポリエステルも,包装用フィルムの原料となるポリエステ
ルとして,極めて一般的なものである。
 また,刊行物2は,そもそも,芳香族ポリエステルのみを対象としているもので
はなく,発明を構成するポリエステルとして特に好ましいものの例としてエチレン
テレフタレート等の芳香族ポリエステルを示しているにすぎない。
 したがって,刊行物1,2,4及び5に記載の技術を刊行物3に記載のフィルム
に適用することが阻害されているとはいえない。
  イ 阻害要因2(発明の構成上の相違)に対して
 原告は,刊行物1,2,4及び5に各記載の技術の構成が訂正発明1とは異なる
ため,刊行物3に記載のフィルムに刊行物1,2,4及び5に記載の技術を適用し
ても,訂正発明1に至ることは,当業者にとって容易ではない,と主張する。
 しかし,刊行物3に記載のフィルムに適用される技術は,特定のパラメータない
し具体的数値ではなく,包装用フィルムの原料となる熱可塑性樹脂に粒状物を加え
ることでフィルムに表面加工を施し,表面粗さや突起個数といったフィルムの表面
構造における指標を制御するというものである。
 刊行物1,2,4及び5には,包装用フィルムの原料となる熱可塑性樹脂に粒状
物を加えることでフィルムに表面加工を施すことが記載されており,フィルムの表
面構造における指標も,訂正発明1におけるSRa及びPCC値と同一であるか,
あるいはこれらと関連するものである。
 すなわち,刊行物1及び5には,SRa及びPCC値が記載されており,刊行物
2には,SRaに関連する「表面の平均突起高さ」,PCC値に関連する「突起個
数」が記載されており,刊行物4には,SRaに関連する「中心線平均粗さ(R
a)」が記載されている。
 したがって,刊行物3に記載のフィルムに刊行物1,2,4及び5に記載の技術
を適用して,訂正発明1の構成に至ることは,当業者にとって容易である。
  ウ 阻害要因3(技術的課題上の相違)に対して
 訂正発明1の技術的課題は,脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムにおいて,ヒ
ートシール部との接着性を維持しながら,ハンドリング性及び透明性を両立させ
る,というものであるところ,ヒートシール部との接着性は,有機系潤滑剤を添加
しないことにより自ずと得られる効果にすぎないものであるから,SRa及びPC
C値並びにこれらに関連する指標が,フィルムのハンドリング性及び透明性の改善
に関与することが,刊行物1,2,4及び5に示されていれば,刊行物3に記載の
フィルムに刊行物1,2,4及び5に記載の技術を適用して訂正発明1に至ること
を動機付けるに十分である。
 しかるに,刊行物1には,SRaはハンドリング性の改善に関与するものとして
記載されているほか,その実施例においても透明性の良好なものが得られたことが
記載されている。刊行物2には,SRaに関連する「表面の平均突起高さ」及びP
CC値に関連する「突起個数」が透明性の改善に関与することが記載されている。
刊行物4には,SRaに関連する「中心線平均粗さ(Ra)」がフィルム製造時の
巻き特性(訂正発明1の効果とされるハンドリング性に相当する。)及び透明性の
改善に関与することが記載されている。刊行物5には,SRa及びPCC値が透明
性の改善に関与することが記載されている。
 したがって,刊行物3に記載のフィルムにおけるハンドリング性及び透明性を改
善するために,同フィルムに刊行物1,2,4及び5に記載の技術を適用して訂正
発明1に至ることは,当業者にとって容易である。
 (2) 訂正発明2の進歩性について
 審決が,訂正発明2の進歩性を否定する判断をしたことに,誤りはない。
 刊行物2には,「突起個数が1000個/mm

以上」との記載があるところ,こ
こにいう突起個数は,フィルム表面の突起の密度の指標を示しており,その測定方
法を比較しても,訂正発明2におけるPCC値の測定と比べて,測定対象箇所が格
別異なるものではない。また,刊行物5には,より下限値の小さいものであるが,
PCC値を500個/mm

以上とすること,及び,この数値未満では走行性及び耐
削れ性が不良となることが記載されている。したがって,訂正発明1をなすことが
前記(1)のとおり容易である以上,更に刊行物2及び5に記載の技術を適用して訂正
発明2に至ることも,容易であるというべきである。
 (3) 訂正発明3の進歩性について
 審決が,訂正発明3の進歩性を否定する判断をしたことに,誤りはない。
 刊行物3には,ポリ乳酸からなる脂肪族ポリエステルフィルムが記載されてお
り,訂正発明1及び2をなすことが前記(1)及び(2)のとおり容易である以上,更に
刊行物3に記載の技術を適用して訂正発明3に至ることも,容易であるというべき
である。
 (4) 進歩性についての審理不尽等の違法に対して
 原告は,審判では訂正発明の「平均粒子径1~4μm」について一切審理されて
いないと主張するが,この平均粒子径が訂正発明の技術的特徴といえないことは,
前記(1)記載のとおりであり,審決には,原告のいう審理不尽等の違法はない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(特許法36条4項に規定する要件についての判断の誤り)につ
いて
 (1) 本件明細書の記載
 本件明細書(甲2の2)の発明の詳細な説明には,SRa及びPCC値並びに両
者の関係に関して,次の内容が記載されている。
「【課題を解決するための手段】
    【0011】
 ・・・(なお,SRaとは表面粗さ曲線をサインカーブで近似した際の中心面
(基準面)における平均粗さを意味し,触針式三次元表面粗さ計を用いて得た各点
の高さを測定し,これらの測定値を三次元表面粗さ解析装置に取り込んで解析する
ことにより得られる値である。)」
「【発明の実施の形態】
   【0035】
 本発明において,脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムの少なくとも片面の三次
元平均表面粗さ(SRa)は,0.01~0.1μmの範囲であることが必要であ
る。SRaが0.01μm未満では,ハンドリング性が不良となる。一方,SRa
が0.1μmを超えると,透明性や耐削れ性が不良となる。
   【0036】
 更に,脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルムにおいて,粗さの中心面における1
mm

当たりの突起数(PCC値)は,下記式(1)を満足することが必要である。P
CC値が下記式(1)の範囲を満足しないと,透明性が不良となる。
 PCC値≦7000-45000×SRa...(1)
 また,PCC値は1000個/mm

以上であることが好ましい。PCC値が10
00個/mm

未満では,ハンドリング性や走行性が不良となりやすい。
   【0037】
 本発明でいう粗さの中心面とは,表面粗さ曲線をサインカーブで近似した際に,
その平面よりも高い位置に存在する凸状部の体積の合計と,その面よりも低い位置
に形成される凹状部の体積の合計が同じになる平面のことである。
   【0038】
 前記の粗さの中心面における単位面積当たりの突起数(PCC値)及び三次元平
均表面粗さ(SRa)は,滑剤粒子及びフィルムの製膜条件によって制御すること
ができる。滑剤粒子の種類及び含有量は,PCC値及びSRaが前記範囲内を満足
するならば特に限定されない。滑剤粒子の平均粒子径は,0.01~5μmが好ま
しく,1~4μmが特に好ましい。滑剤粒子の含有量は,0.01~0.5重量%
が好ましく,特に好ましくは0.03~0.3重量%である。
   【0039】
 滑剤粒子の平均粒子径または含有量のいずれか一方が上記範囲を満足しない場合
には,SRaを0.01~0.1μmとし,PCC値とSRaとの不等式を同時に
満足させることが困難となる。また,PCC値とSRaとの不等式を満足させるた
めには,前記の滑剤粒子の平均粒径及び含有量の好適な範囲内で,比較的大きな平
均粒子径の滑剤粒子を少量含有させることがさらに好適である。
   【0040】・・・
   【0041】
 本発明のフィルムにおいて,フィルムの延伸条件は,添加する滑剤に依存して変
化する。PCC値及びSRaが所定の範囲内に入るような延伸条件が選択される。
例えば,縦方向に1段以上延伸した後横方向に延伸する方法の場合,縦方向の延伸
が終了した後の縦方向の屈折率(Nx)が1.555以下であることが好ましい。
Nxが大きすぎると製造工程中で表面突起の形成が不十分となりやすく,ハンドリ
ング性または走行性が不良となりやすい。」
「【実施例】
   【0062】
実施例1,2,3,及び比較例1,2
 ・・・ポリ乳酸を得た。・・・滑剤粒子として,平均粒子径1.8μmの凝集体
シリカ粒子(富士シリシア化学株式会社製SYLYSIA350)を用いた。滑剤
粒子は,L-ラクチド中に分散されたスラリーの形態で,L-ラクチド重合反応開
始前に,様々な添加量で添加された。得られたポリ乳酸に対する滑剤粒子の含有量
を表1中に示した。また,平均粒子径は電子顕微鏡を用いて求めた。
   【0063】
 上記ポリ乳酸を110℃で4時間真空乾燥させた後,200℃でTダイから押し
出し,表面温度16℃のキャスティングドラム上に静電荷により密着させ急冷固化
し,キャストフィルムを得た。該キャストフィルムを72℃に加熱したロールで加
温した後,長手方向に3.3倍延伸した。その後,テンター内で60℃に余熱し7
5℃に昇温しながら幅方向に4.0倍延伸し,150℃で熱固定した。さらに,1
50℃で横弛緩処理を行い,幅方向に3%リラックスさせた後,厚みが12μmの
ポリ乳酸二軸延伸フィルムを得た。これらの延伸フィルムの特性値を表1に示す。
ここで縦延伸終了後の縦方向の屈折率Nxは1.469であった。また,実施例1
~3および比較例1で得られたフィルムは透明性良好であったが,比較例2で得ら
れたフィルムの透明性は不良であった。
   【0064】
実施例4
 滑剤粒子を,平均粒子径1.65μmの球状シリカ粒子(水澤化学工業株式会社
製AMT-シリカ#100B,AMT-シリカ#100B)0.10重量部に変更
した以外は実施例1と同様にフィルムを作成した。得られた結果を表1に示す。縦
延伸終了後の縦方向の屈折率Nxは1.467であった。得られたフィルムの透明
性は良好であった。
   【0065】
比較例3
 滑剤粒子を,平均粒子径5.8μmの球状シリカ粒子(水澤化学工業株式会社製
AMT-シリカ#500B)0.12重量部に変更した以外は実施例1と同様にフ
ィルムを作成した。得られた結果を表1に示す。縦延伸終了後の縦方向の屈折率N
xは1.467であった。得られたフィルムの透明性は不良であった。
   【0066】
比較例4
 滑剤粒子として,平均粒子径7nmシリカ粒子(日本アエロジル株式会社製,商
品名アエロジル300)を用い,有機系潤滑剤としてニュートロンS(日本精化株
式会社製)を用いた以外は,実施例1と同様にしてフィルムを作成した。得られた
結果を表1に示す。
   【0067】
比較例5
 有機系潤滑剤を添加しなかった以外は,比較例4と同様にしてフィルムを作成し
た。得られた結果を表1に示す。」
 (2) 以上の本件明細書の記載をふまえ,SRaを0.018~0.069μmの
範囲内とすることが,当業者に過度の試行錯誤を強いるものであるか否かについ
て,まず判断する。
  ア SRaの定義等
 前提として,SRaの定義については,請求項1及び段落【0011】におい
て,「SRaとは表面粗さ曲線をサインカーブで近似した際の中心面(基準面)に
おける平均粗さを意味し,触針式三次元表面粗さ計を用いて得た各点の高さを測定
し,これらの測定値を三次元表面粗さ解析装置に取り込んで解析することにより得
られる値である。」と記載されている。
 また,請求項1においてSRaの値を0.018~0.069μmに限定した意
味については,本件明細書中には特段の記載がなく,段落【0035】において,
「三次元平均表面粗さ(SRa)は,0.01~0.1μmの範囲であることが必
要である。SRaが0.01μm未満では,ハンドリング性が不良となる。一方,
SRaが0.1μmを超えると,透明性や耐削れ性が不良となる。」と記載されて
いるのみである。
  イ 「発明の実施の形態」の記載について
 SRaを制御する方法については,本件明細書の段落【0038】において,
「滑剤粒子及びフィルムの製膜条件によって制御することができる。」と記載され
ている。
 そこで,まず,滑剤粒子について,本件明細書の「発明の実施の形態」の記載を
みると,段落【0038】において,「滑剤粒子の種類及び含有量は,PCC値及
びSRaが前記範囲内を満足するならば特に限定されない。滑剤粒子の平均粒子径
は,0.01~5μmが好ましく,1~4μmが特に好ましい。滑剤粒子の含有量
は,0.01~0.5重量%が好ましく,特に好ましくは0.03~0.3重量%
である。」とされている。
 ところで,滑剤粒子の平均粒子径については,請求項1において1~4μmとす
ることが定められているので,滑剤粒子の平均粒子径に関する前記記載は,請求項
1に記載された平均粒子径の数値範囲をそのまま記載したものにすぎず,また,滑
剤粒子の含有量については,請求項1において0.01~0.5重量%とすること
が定められているので,「特に好ましくは0.03~0.3重量%である。」とす
る点において,SRaの値を請求項1の数値範囲に制御するための有意な記載がさ
れているものということができる。
 そして,ここに記載された含有量の意味については,段落【0039】におい
て,「滑剤粒子の平均粒子径または含有量のいずれか一方が上記範囲を満足しない
場合には,SRaを0.01~0.1μmとし,PCC値とSRaとの不等式を同
時に満足させることが困難となる。」と記載されているところ,0.01~0.1
μmよりも更に限定された数値範囲である請求項1の「0.018~0.069μ
m」を得るための滑剤粒子の含有量については,記載がない。
 次に,フィルムの製膜条件について,本件明細書の「発明の実施の形態」の記載
をみると,段落【0041】において,「フィルムの延伸条件は,添加する滑剤に
依存して変化する。PCC値及びSRaが所定の範囲内に入るような延伸条件が選
択される。例えば,縦方向に1段以上延伸した後横方向に延伸する方法の場合,縦
方向の延伸が終了した後の縦方向の屈折率(Nx)が1.555以下であることが
好ましい。」と記載されている。
 しかし,「フィルムの延伸条件は,添加する滑剤に依存して変化する。」とされ
ているにもかかわらず,フィルムの延伸条件と添加する滑剤との依存関係がいかな
るものであるのかについては記載がなく,Nxが1.555以下であることが望ま
しいとされる場合についても,いかなる条件下で滑剤を添加した場合を想定してい
るのか,全く記載がない。
 以上によると,本件明細書の「発明の実施の形態」の記載を参照するだけでは,
SRaを制御する要素である,滑剤粒子の平均粒子径及び含有量並びにフィルムの
製膜条件(延伸条件)につき,それぞれどのような数値ないし条件をもって組み合
わせた場合に,SRaを所定の数値範囲内に制御することができるのか,不明であ
る。
  ウ 実施例の記載について
 そこで,さらに,本件明細書の実施例の記載を手がかりとして,SRaを0.0
18~0.069μmの範囲内に制御することが,当業者が実施可能であるか否か
について検討する。
 本件明細書の段落【0062】ないし【0067】及び【表1】には,滑剤粒子
の平均粒子径及び含有量については,様々に異なる条件により,フィルムの延伸条
件については,ほぼ同一の方法により実施した,実施例1ないし4及び比較例1な
いし5の実施方法及び結果が記載されている。実施例1ないし3及び比較例1及び
2におけるNxは1.469であり,実施例4及び比較例3におけるNxは1.4
67である(ただし,実施例1ないし3及び比較例1及び2においては凝集体シリ
カ粒子を用いているのに対して,比較例3及び4は,球状シリカ粒子を用いてい
る。また,比較例4は,有機系潤滑剤を用いている点で,他の実施例及び比較例と
異なっている。なお,比較例4及び5については,Nxに関する記載はない。)。
 このうち,実施例1ないし3,比較例1及び2は,いずれも平均粒子径1.8μ
mの滑剤粒子を用いて,含有量を様々に変えて,行ったものである。【表1】から
関係する部分を抜粋すると,次のとおりである。
││平均粒子径(μm)│含有量(重量%)│ SRa(μm)│
│実施例1│ 1.8 │0.10 │ 0.045│
│実施例2│ 1.8 │0.20 │0.066│
│実施例3│ 1.8 │0.01 │0.018│
│比較例1│ 1.8 │0.005 │0.008│
│比較例2│ 1.8 │0.60 │0.095│
 以上によれば,滑剤粒子の平均粒子径を1.8μmとした場合には,滑剤粒子の
含有量が大きいほどSRaの値も大きくなるという傾向にあること,含有量を0.
01重量%とした場合のSRaは0.018μmであり(実施例3),含有量を
0.20重量%とした場合のSRaは0.066μmである(実施例2)ことが認
められる。
 そこで,実施例1ないし3におけるフィルムの延伸条件下で,滑剤粒子の平均粒
子径を1.8μmとし,かつ,その含有量を0.01~0.20重量%の範囲内と
した場合には,SRaの値が0.018~0.066の範囲内となるものと推測す
ることができる。この数値範囲は,請求項1に記載された0.018~0.069
μmの数値範囲よりも若干狭いものであるが,滑剤粒子の含有量とSRaとの前記
関係にかんがみれば,含有量を微調整することによって,0.018~0.069
μmの数値範囲のSRaを得ることは,当業者であれば,容易に実施し得るものと
いうべきである。
  エ 小括
 以上のとおり,SRaを0.018~0.069μmの範囲内とすることは,本
件明細書の実施例の記載を参照することにより,当業者において容易に実施するこ
とができるものと認められるから,この点についての審決の判断は,誤りである。
 (3) 次に,PCC値とSRaとの関係につき,請求項1の不等式〔PCC値≦7
000-45000×SRa〕を満足させることが,当業者に過度の試行錯誤を強
いるものであるか否かについて判断する。
  ア SRa及びPCC値の定義等
 前提として,SRaの定義等については,前記(2)記載のとおりである。PCC値
については,請求項1及び段落【0036】において,「粗さの中心面における1
mm
当たりの突起数」と定義され,「PCC値は1000個/mm
以上であること
が好ましい。PCC値が1000個/mm
未満では,ハンドリング性や走行性が不
良となりやすい。」と記載されている。
 不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕の意味については,前記段
落中に,「PCC値が下記式(1)の範囲を満足しないと,透明性が不良となる。」と
記載されているほか,特段の記載はない。
  イ 「発明の実施の形態」の記載について
 PCC値を制御する方法については,SRaと同様に,本件明細書の段落【00
38】において,「滑剤粒子及びフィルムの製膜条件によって制御することができ
る。」と記載されている。
 滑剤粒子及びフィルムの製膜条件についての「発明の実施の形態」の記載は,S
Raに関する前記(2)の記載と同じであり,付け加えられるのは,段落【0039】
に「PCC値とSRaとの不等式を満足させるためには,前記の滑剤粒子の平均粒
径及び含有量の好適な範囲内で,比較的大きな平均粒子径の滑剤粒子を少量含有さ
せることがさらに好適である。」と記載されている点のみである。
 しかし,「比較的大きな平均粒子径の滑剤粒子を少量含有させる」という記載だ
けでは,滑剤粒子の平均粒子径及び含有量並びにフィルムの製膜条件(延伸条件)
につき,それぞれどのような数値ないし条件をもって組み合わせればよいのか,不
明である。
 したがって,本件明細書の「発明の実施の形態」の記載を参照するだけでは,P
CC値とSRaとの関係につき不等式〔PCC値≦7000-45000×SR
a〕を満足させるための具体的な制御条件は,不明であるといわざるを得ない。
  ウ 実施例の記載について
 そこで,さらに,本件明細書の実施例の記載を手がかりとして,PCC値とSR
aとの関係につき不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕を満足させ
ることが,当業者に過度の試行錯誤を強いるものであるか否かについて検討する。
 実施例1ないし4及び比較例1ないし5につき,不等式〔PCC値≦7000-
45000×SRa〕を満足するか否かに関して,【表1】のうち関係する部分を
抜粋すると,次のとおりである。
││平均粒子径│含有量│SRa│PCC値│7000-45000

││(μm)│(重量%)│(μm)│(個/mm
)│×SR
a│
│実施例1│1.8│0.10│0.045│ 1350│4975

│実施例2│1.8│0.20│0.066│ 1980│4030

│実施例3│1.8│0.01│0.018│ 330│ 6190

│実施例4│1.65│0.10│0.069│ 1750│ 3895

│比較例1│1.8│0.005│0.008│  155│ 6640

│比較例2│1.8│0.60│0.095│ 3730│ 2725

│比較例3│5.8│0.12│0.108│ 1880│ 2140

│比較例4│0.007│0.50│0.008│600│ 6640

│比較例5│0.007│0.50│0.008│600│ 6640

 上記9例のうち,PCC値とSRaとの関係が不等式〔PCC値≦7000-4
5000×SRa〕を満足しないのは,比較例2のみであって,実施例はもちろ
ん,比較例1及び3ないし5においても,前記不等式を満足している。しかるに,
比較例2の数値と他の実施例及び比較例の数値とを単純に比較しただけでは,比較
例2のみが前記不等式を満足していない理由や,前記不等式を満足するための滑剤
粒子の平均粒子径及び含有量は明らかとはならない。
 そこで,さらに,上記9例の数値から,SRaとPCC値の変化の動向を分析す
ると,①平均粒子径が1.8μmであれば,含有量の増大に伴って,SRa及びP
CC値は共に増大する傾向にあること(実施例1ないし3,比較例1及び2),②
含有量を0.10重量%としたまま,平均粒子径を1.65μmから1.8μmへ
と増大すると,SRa及びPCC値は共に減少すること(実施例1及び4),③平
均粒子径を5.8μm,含有量を0.12重量%とした場合,SRaは0.108
μmという比較的大きな値を示すのに,PCC値は1880個/mm
にとどまり,
実施例2におけるPCC値よりも小さな値となること(実施例2,比較例3)が認
められる。
 以上に照らせば,滑剤粒子の平均粒子径が1.8μmの前後であれば,SRa及
びPCC値の変化につき一定の傾向が把握できるものの,請求項1に定める平均粒
子径の数値範囲が1~4μmという相当の幅をもった範囲であることにかんがみる
と,平均粒子径を下限近く,あるいは上限近くに設定した場合に,SRa及びPC
C値がどのような変化を示すのか,実施例及び比較例の数値からだけでは,予測す
ることが困難である。
 また,滑剤粒子の平均粒子径が1.8μmの前後である場合にも,SRa及びP
CC値の変化につき把握される一定の傾向とは,①平均粒子径が同一であれば,含
有量の増大に伴って,SRa及びPCC値は共に増大すること,②含有量が同一で
あれば,平均粒子径が増大するに伴って,SRa及びPCC値は共に減少するこ
と,にとどまるものである。したがって,例えば,平均粒子径を1.65μm,あ
るいは,1.95μmとした場合に,含有量をどのように設定すれば,不等式〔P
CC値≦7000-45000×SRa〕を満足することができるのかは,やはり
不明であり,フィルムを製造した上でSRa及びPCC値を逐一計測することが必
要となる。
 なお,滑剤粒子の平均粒子径が1.8μmである場合に限っては,実施例及び比
較例の数値を参照することによって,不等式〔PCC値≦7000-45000×
SRa〕を満足するフィルムを得ることは容易に実施することが可能であると考え
られる。しかし,前記不等式によって表される範囲は,原告作成の参考図でいえ
ば,「(1)式」と記載された右下がりの直線で区切られた下の部分全体を指すのに対
し,平均粒子径が1.8μmである場合の実施範囲とは,比較例1,実施例3,実
施例1,実施例2(参考図では「実施例4」と記載されているが,「実施例2」の
誤りである。),比較例2の各プロットを順次結んだ線に近似する,右上がりの線
であるのにすぎないのであって,このような限られた範囲の実施をもって,前記不
等式によって表される数値範囲の実施をしたとは,到底評価できないものである。
 したがって,本件明細書の実施例を手がかりとしても,PCC値とSRaとの関
係が不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕を満足するフィルムを得
るためには,製造されたフィルムにつきSRaとPCC値を逐一計測して,前記不
等式を満たしているか否かを確認するほかないから,当業者に過度の試行錯誤を強
いるものといわざるを得ない。
  エ 小括
 以上のとおり,PCC値とSRaとの関係が不等式〔PCC値≦7000-45
000×SRa〕を満足するものとすることは,当業者にとって実施可能であると
は認められないから,この点についての審決の判断に,誤りはない。
 2 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由1(特許法36条4項に規定する要件に
ついての判断の誤り)は理由がないから,その余について判断するまでもなく,原
告の請求は棄却されるべきである。
  知的財産高等裁判所第4部
        裁判長裁判官
                   塚   原   朋   一
           裁判官
                   田   中   昌   利
           裁判官
                   清   水   知 恵 子

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛