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平成23年4月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10210号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年4月12日
判決
原告ジェムアルトエスアー
訴訟代理人弁理士萩原誠
被告特許庁長官
指定代理人吉岡浩
石井茂和
田村正明
田部元史
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2007−21763号事件について平成22年2月22日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がし
た請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,実施可能要件充足性の有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告(合併により出願人「ジェムプリュス」の権利義務を承継し,審決後の平成
22年7月8日に特許庁長官に対して出願人名義変更届(一般承継)を提出した。)
は,平成12年(2000年)4月6日(フランス)の優先権を主張して,平成1
3年3月16日,名称を「パイプライン・アーキテクチャ準拠マイクロコントロー
ラのための機密保護対策方法」とする発明について国際特許出願(PCT/FR2
001/000794,日本国における出願番号は特願2001−574580号)
をし,平成14年10月3日に特許庁に翻訳文を提出したが(国内公表公報は特表
2004−510213号),拒絶査定を受けたので,不服の審判請求をした。
上記審判請求は,不服2007−21763号事件として審理され,原告は,平
成19年9月3日付け及び平成20年2月4日付けで手続補正をしたが,特許庁は,
平成22年2月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
そして,審決謄本は平成22年3月9日,原告に送達された。
2本願発明(平成20年2月4日付けの手続補正書(甲7の2)により補正さ
れた特許請求の範囲の請求項1に係る発明)
複数の一連の命令(INSn)をパイプライン方式で実行することができるマイ
クロコントローラの機密保護対策方法であって,
前記マイクロコントローラは,少なくとも1つの命令(INSn)内に,少なく
とも1つの待ち時間(B)がランダムに挿入された前記一連の命令(INSn)を
実行し,
前記待ち時間(B)の挿入は,前記マイクロコントローラの命令を解読するため
の電子モジュール(ハードウェア)により非ソフトウェア的な実行により直接行な
われることを特徴とする機密保護対策方法。
3審決の理由の要点
請求項1には,「少なくとも1つの命令(INSn)内に,少なくとも1つの待
ち時間(B)がランダムに挿入……前記待ち時間(B)の挿入は,前記マイクロコ
ントローラの命令を解読するための電子モジュール(ハードウェア)により非ソフ
トウェア的な実行により直接行なわれる」と記載されている。
この記載と本願明細書及び図面の記載によれば,本願発明は,マイクロコントロ
ーラがパイプライン方式であることを前提として,パイプライン方式の処理におけ
るフェッチステージ,解読ステージ,実行ステージ,書込みステージの各ステージ
の間に,ランダムな待ち時間の挿入を「マイクロコントローラの命令を解読するた
めの電子モジュール(ハードウェア)により直接実行される非ソフトウェア的な実
行」により実現するというものである。しかし,本願発明の動作状態を示す【図5】
をみると,待ち時間の挿入は解読ステージの前後だけではなく,実行ステージや書
込みステージの前後にも行うものであり,さらに,命令を解読する前のフェッチス
テージの前に挿入するようにするものもある。してみると,このような解読ステー
ジ以外のステージにおける待ち時間のランダムな挿入を「マイクロコントローラの
命令を解読するための電子モジュール(ハードウェア)により」どのように実現す
るかについては本願明細書に何ら記載されていないし,本願明細書の記載から自明
のものでもない。
また,パイプライン方式では,本件出願の【図4】に示されるように,複数の命
令の各ステージが重なり合わない(つまり,各ステージは同時に実行しない)よう
にされているが,命令の各ステージにランダムに待ち時間を挿入すると,パイプラ
インの制御に乱れが生じることになる。本願発明の動作状態を示す【図5】をみる
と,命令2と命令3のフェッチ同士及び解読同士が重なっており,また,命令4と
命令5のフェッチ同士及び書込み同士は重なっており,このような場合のパイプラ
イン制御をどのように実行し,また,その実行手段をどのように実現するかについ
ても本願明細書には記載されていない。
したがって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは,請求項1に記載され
る「少なくとも1つの命令(INSn)内に,少なくとも1つの待ち時間(B)が
ランダムに挿入……前記待ち時間(B)の挿入は,前記マイクロコントローラの命
令を解読するための電子モジュール(ハードウェア)により非ソフトウェア的な実
行により直接行なわれる」という事項について,当業者が実施することができる程
度に明確かつ十分に記載されておらず,平成14年法律第24号による改正前の特
許法36条4項の要件を満たしていない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(実施可能要件に関する判断の誤り1)
審決は,「このような解読ステージ以外のステージにおける待ち時間のランダム
な挿入を「マイクロコントローラの命令を解読するための電子モジュール(ハード
ウェア)により」どのように実現するかについては本願明細書に何ら記載されてい
ないし,本願明細書の記載から自明のものでもない。」と判断するが(7頁21行
∼25行),この判断は,請求項1に記載の「マイクロコントローラの命令を解読
するための電子モジュール(ハードウェア)」が,解読ステージを処理する電子モ
ジュールであることを前提としている。
従来技術のパイプライン処理では,個々の電子モジュールは,フェッチ,解読等
の各ステージのうち,一つのステージのみを専門に処理していた。しかし,本願発
明においては,各電子モジュールがランダムに休止するので,その休止した分の処
理は次の電子モジュールが行わなくてはならず,したがって,本願発明の電子モジ
ュールは,特定のステージのみを専門に処理するものではなく,全てのステージの
処理が可能なもの,すなわちマルチタスク処理可能な電子モジュールである。
よって,本願発明の「マイクロコントローラの命令を解読するための電子モジュ
ール(ハードウェア)」が,解読ステージを処理する電子モジュールであることを
前提とする審決の上記判断は誤りである。
2取消事由2(実施可能要件に関する判断の誤り2)
審決は,「命令の各ステージにランダムに待ち時間を挿入すると,パイプライン
の制御に乱れが生じることになる。本願発明の動作状態を示す【図5】をみると,
命令2と命令3のフェッチ同士及び解読同士が重なっており,また,命令4と命令
5のフェッチ同士及び書込み同士は重なっており,このような場合のパイプライン
制御をどのように実行し,また,その実行手段をどのように実現するかについても
本願明細書には記載されていない。」と判断する(7頁28行∼33行)。
しかし,本願発明の電子モジュールは,マルチタスク処理可能であるから,同一
のクロック・サイクルにおいて,同種のステージの処理が重なったとしても,電子
モジュールの処理が重なることはなく,パイプラインの制御に乱れが生じることも
ない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
審決は,本願明細書の「命令解読電子回路」(段落【0015】),「命令を解
読するための電子モジュール(ハードウェア)」(段落【0026】)の記載に基
づいて,「マイクロコントローラの命令を解読するための電子モジュール(ハード
ウェア)により」,「解読ステージ以外のステージにおける待ち時間のランダムな
挿入を」,「どのように実現するかについては何ら記載されていないし,明細書の
記載から自明のものでもない」と認定したもので,審決の認定に誤りはない。
コンピュータプログラムの命令には相互に依存関係が存在するため,コンピュー
タプログラムは,基本的に命令が書かれている順番に実行されなければならない。
そのため,先行する命令の実行が終了する前に次の命令のステージが開始されるパ
イプライン制御方式では,現行の命令が先行する命令の実行結果を使用するものか
どうかを判断して現行命令のステージを制御したり,現行の命令の種類に応じて後
続の命令の実行制御を行わなければならないことは,当該技術分野においては技術
常識ともいえる周知の技術事項である。このように,パイプライン制御の命令実行
においては,命令相互間の依存関係を考慮して命令のステージの調整を行わなけれ
ばならないから,各命令を実行するモジュールが各自勝手に動作することは許され
ない。つまり,フェッチ,解読,実行,書込みの各ステージをいずれも実行できる
ハードウェアを複数用意して並行動作させるだけでは,コンピュータプログラムを
プログラム作成者の意図どおりに実行して処理結果を得ることは不可能である。し
たがって,コンピュータプログラムの命令実行に関する技術分野の当業者が,パイ
プライン制御において「マルチタスク処理可能な電子モジュール」を想定すること
はできない。原告の主張は,本願明細書の記載から自明に導き出せるものではない
「マルチタスク処理可能な電子モジュール」を基礎とするもので,失当である。
2取消事由2に対し
例えば,フェッチや書込みのステージは,1つのキャッシュメモリや主記憶にア
クセスするものであるから,同一のクロック・サイクルにおいて,同種のステージ
の処理が重なると,競合が起こり,構造ハザードと呼ばれる障害が発生することに
なる。したがって,本願発明において,所要の命令をパイプライン制御により実行
することは困難である。
第5当裁判所の判断
1本願発明について
本願明細書及び図面(甲1,7の2)によれば,本願発明について次のとおり認
められる。
本願発明は,複数の一連のプログラム命令をパイプライン方式で実行するマイク
ロコントローラの機密保護対策方法に関するもので(段落【0001】,【001
3】),パイプライン方式とは,下記参考図Aのように,複数の命令をそれぞれ,
例えばフェッチ(F),解読(D),処理(E),書込み(W)の4つのステージ
に分割し,複数の電子モジュールがこれを順送りに分担して処理することで処理時
間の短縮を図るものであるが(段落【0021】∼【0024】,【図4】),処
理中のデータとマイクロコントローラの消費電流とが相互に関連するため,同じ一
連の命令を数回反復すると,消費電流を読み取ることでデータが解読される被害を
受けるおそれがあることから(段落【0006】,【0008】),従来技術では,
異なるサブプログラムをランダムに呼び出して実行することで消費電流の反復を防
止するなどしていたが,開発に時間がかかるなどの問題があった(段落【0010】,
【0011】)。そこで,本願発明では,サブプログラム(ソフトウェア)を用い
る方法ではなく,マイクロコントローラの命令を解読するための電子モジュール(ハ
ードウェア)が,下記参考図Bのように,少なくとも1つの命令内に,少なくとも
1つの待ち時間(B)をランダムに挿入することで,消費電流の反復を防止すると
いうものである(【請求項1】,段落【0025】,【0026】,【図5】)。
【参考図A】(本件出願の【図4】を基礎として,各電子モジュールが処理するステージを
囲んだもの。)
【参考図B】(本件出願の【図5】を基礎として,各電子モジュールが処理するステージを
囲んだもの。)
2取消事由1(実施可能要件に関する判断の当否1)について
このように,本願発明は,複数の一連の命令をパイプライン方式で実行するもの
であるところ,特許請求の範囲には,待ち時間(B)は,それが「マイクロコント
ローラの命令を解読するための電子モジュール(ハードウェア)」によって挿入さ
れると記載されているから,解読ステージの処理を専門とする電子モジュールによ
って挿入されるか,原告の主張するマルチタスク処理を行う電子モジュールの場合
であっても,解読ステージを処理する際に,待ち時間の挿入を行うものと解される。
また,特許請求の範囲の「少なくとも1つの命令(INSn)内に,少なくとも1
つの待ち時間(B)がランダムに挿入され」との構成からすると,待ち時間(B)
は,解読ステージの前後に限らず,フェッチステージの前に挿入される場合も含ま
れるものと解される。
ところで,本願発明が前提とするパイプライン方式では,クロック・サイクルを
ずらした複数の命令を同時に実行しており,個々の電子モジュールは,その電子モ
ジュールに割り当てられたステージの処理をするものであって,そのステージがど
の命令におけるものなのかは当該電子モジュールでは判別できないから,各電子モ
ジュールは,ステージの流れを特定の命令におけるものとして把握することができ
ないことは自明である。そして,請求項1の「前記待ち時間(B)の挿入は,前記
マイクロコントローラの命令を解読するための電子モジュール(ハードウェア)に
より非ソフトウェア的な実行により直接行なわれる」との構成は,平成19年9月
3日付けの補正(甲5の3)及び平成20年2月4日付けの補正(甲7の2)によ
って付加されたものであるが,上記認定の自明の事項にかんがみると,ここでいう
「命令を解読するための電子モジュール」は,前段階のフェッチステージを処理す
べき電子モジュールにその命令が流れてくることを事前に把握していないことにな
り,そのような解読ステージを処理すべき電子モジュールがフェッチステージの前
と特定してそのステージに待ち時間を挿入するとの作用はそのままでは実施不能と
なる。
この実施不能な事項を実施可能とするような技術的手段については本願発明が構
成とするところではないし,解読ステージ以外のステージにおける待ち時間のラン
ダムな挿入を「マイクロコントローラの命令を解読するための電子モジュール(ハ
ードウェア)により」どのように実現するかについての本願明細書の記載もない。
したがって,本願発明の電子モジュールがマルチタスク処理可能かどうかにかかわ
らず,本願発明について実施可能要件を充足しないものとした審決の判断に誤りは
なく,取消事由1は理由がない。
第6結論
取消事由1で説示した理由から本願発明が実施可能要件違反とされる以上,実施
可能要件の別の理由に係る取消事由2について判断するまでもなく,本願発明が平
成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項の要件を満たさないとした
審決の結論に誤りはない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
清水節
裁判官
古谷健二郎

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