判決言渡平成19年10月18日
平成18年(行ケ)第10477号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年10月11日
判決
原告アグリジェネティクスインコーポ
レイテッド
(Agrigenetics,Inc.)
訴訟代理人弁護士城山康文
同岩瀬吉和
同山本健策
訴訟代理人弁理士山本秀策
同馰谷剛志
同長谷部真久
被告特許庁長官
肥塚雅博
指定代理人阪野誠司
同鵜飼健
同唐木以知良
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2003−3408号事件について平成18年6月13日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,後記訴外会社が「デサチュラーゼを使用しての植物油の改変」とす
る発明について特許出願をしたところ,その権利の譲受人である原告に特許庁
が拒絶査定をしたので,原告においてこれを不服とする審判請求をしたが,同
庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
争点は,本願発明の進歩性の有無と審判手続の違法性の有無である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
ア米国法人であるザルブリゾルコーポレイション(TheLubrizol
Corporation。以下「訴外会社」という。)は,平成5年3月12日,名
称を「デサチュラーゼを使用しての植物油の改変」とする発明について,
パリ条約に基づく優先権(優先日1992年[平成4年]3月13日
米国)を主張して,特許出願をした(以下「本願」という。請求項1∼3
7。特願平5−52559号。甲2の1。公開特許公報は,特開平6−1
4667号[甲1])が,その後本願に係る特許を受ける権利を原告に譲
渡し,平成9年5月22日付けで特許庁長官にその旨の届出がなされた
(甲15,16)。
イところが,上記出願に対し特許庁から平成14年2月7日付けで拒絶理
由通知(甲2の2)が発せられたので,原告は,平成14年8月9日付け
で明細書の記載を補正(旧請求項2,4,9∼13,18∼23,25∼
29,31,34を削除し,項番号を順次繰り上げ。「本件補正」とい
う。甲2の3)をしたが,平成14年11月28日拒絶査定を受けた(甲
2の5)。
そこで原告は,平成15年3月3日付けで不服の審判請求を行い,特許
庁は,同請求を不服2003−3408号事件として審理した上,平成1
8年6月13日,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決を行い,
その謄本は平成18年6月23日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1∼17から成
るが,その請求項1は次のとおりである(以下「本願発明1」とい
う。)。
「【請求項1】酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子および植物種子中で該
酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させるための手段を含む,双子
葉植物の植物種子であって,該発現させるための手段が,該植物種子中で該
酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させるために有効な種子特異的
プロモーターを含み,該酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子の発現は,該
植物種子中の種子油におけるパルミトオレイン酸の含有パーセントの増加を
生じる,植物種子。」
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別紙審決写しのとおりである。その理由の要点は,
本願発明1は,下記引用例1,2,4に記載された発明に基づいて容易
に発明することができたから,特許法29条2項により特許を受けるこ
とができない,というものである。
記
・米国特許第5057419号公報(登録日1991年[平成3年]1
0月15日。以下「引用例1」といい,そこに記載された発明を「引
用発明1」という。甲3)
・国際公開第923564号公報(公開日1992年[平成4年]3月
5日。以下「引用例2」という。甲4の1。なお,公表特許公報は特
表平6−500234号[甲4の2])
・JamesPolashockほか3名「EXPRESSIONOFTHEYEASTDELTANINEFATTY
ACIDDESATURASEINT0BACCO(Nicotianatabacum)」と題する論文
FATIYACIDMETABOISM(4570)(1991年[平成3年]発表。以下
「引用例4」といい,そこに記載された発明を「引用発明4」とい
う。甲5)
イなお,審決は,本願発明1と引用発明1の一致点及び相違点を次のとお
り認定している。
〈一致点〉
「酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子および生物中で該酵母デルタ−
9デサチュラーゼ遺伝子を発現させるための手段を含む,生物であって,
該発現させるための手段が,該生物中で該酵母デルタ−9デサチュラーゼ
遺伝子を発現させるために有効なプロモーターを含む,生物。」である点
〈相違点〉
本願発明1では,上記酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させ
る生物が,「双子葉植物の植物種子」であって,その発現のための手段
が,「種子特異的プロモーター」であり,結果として,「植物種子中の種
子油におけるパルミトオレイン酸の含有パーセントの増加」が生じている
のに対し,引用発明1では,上記酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を
発現させる生物が,「酵母」であって,その発現のための手段が,「酵母
で機能するプロモーター」であり,「それに含まれる油中のパルミトオレ
イン酸の含有パーセントの増加」については特定がされていないこと。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決の認定判断には,次のとおり誤りがあるから,違法
として取り消されるべきである。
ア取消事由1(本件優先日前における当業者の認識についての認定の誤
り)
審決は,「…引用例4をみた当業者であれば,種子における脂肪酸の組
成が,葉と同じような現象が起こり得ないとする確たる事実,例えば,種
子においては,酵母デルタ−9デサチュラーゼの基質となる物質,例え
ば,パルミトイルCoAがまったく存在しない等の事実がない限り,葉にお
ける挙動が,種子においても同様にみられるだろうと期待することはごく
自然であると考えられる」と認定している(7頁1行∼6行)。
しかし,以下に述べるとおり,本件優先日(1992年[平成4年]3
月13日)前,当業者は,「葉における挙動が,種子においても同様にみ
られるだろう」との期待を持ち得なかったものであり,この認定は誤りで
ある。
(ア)引用例4に記載されているパルミトオレイン酸が本願発明1の種子
で生成されるパルミトオレイン酸と同様の挙動を示すとは考えられない
こと
a本願発明1の「該植物種子中の種子油におけるパルミトオレイン
酸」は,そのほとんど(約95%)がトリグリセリドに取り込まれた
形で存在する脂肪酸である(本願の公開特許公報[甲1]【0003
】)。本願の公開特許公報[甲1]13頁の「表1」及び13頁∼1
4頁の「表2」に記載されている脂肪酸の増加は,トリグリセリドに
取り込まれた形での脂肪酸の増加を示している。
bこれに対し,葉における脂肪酸は,そのほとんどがリン脂質及び糖
脂質に取り込まれた形で存在しており,トリグリセリドに取り込まれ
た脂肪酸は存在したとしてもごくわずかであるというのが本件優先日
前の当業者の認識であった。
例えば,甲8(PaulBoltonほか2名「TheLipidCompositionofa
BarleyMutantLackingChlorophyllb」Biochem.J.[1978]Vol.174)の
69頁「Table3(表3)」には,オオムギの葉における脂肪酸の組
成が記載されているが,それによると,
①糖脂質の一種であるジアシルガラクトシルグリセロールとして4
0.0±3.1%
②糖脂質の一種であるとしてジアシルガラビオシルグリセロールと
して23.7±0.7%
③酸性脂質の一種であるジアシルスルホキノボシルグリセロールと
して3.7±0.7%
④リン脂質の一種であるホスファチジルコリンとして12.5±
1.1%
⑤リン脂質の一種であるホスファチジルエタノールアミンとして
3.7±0.1%
⑥リン脂質の一種であるホスファチジルグリセロールとして8.1
±0.6%
⑦ホルファチジン酸及びカルジオリピンとして3.6±0.1%
⑧その他1.1±0.2%
であるのに対し,トリグリセリド(及びエステル化していない脂肪
酸)として存在する脂肪酸は3.6±0.9%であることが示されて
いる。
また,甲9(RaymondP.Poincelot「LipidandFattyAcid
CompositionofChloroplastEnvelopeMembranesfromSpecieswith
DifferingNetPhotosynthesis」PlantPhysiol.[1976]Vol.58)の5
96頁「Table1(表1)」には,ホウレンソウ,ヒマワリ並びにト
ウモロコシ(未分化のもの及び葉肉)の葉緑体の包膜における脂肪酸
の組成が記載されているが,それによると,
①糖脂質の一種であるモノガラクトシルジグリセリドとして,それ
ぞれ27.1%,31.0%,34.0%及び46.3%
②糖脂質の一種であるジガラクトシルジグリセリドとして,それぞ
れ33.1%,25.5%,24.0%及び18.2%
③糖脂質の一種であるトリガラクトシルジグリセリドとして,それ
ぞれ1.4%,0.3%,0.3%及び0.2%
④スルホリピドとして,それぞれ0.1%,0.7%,0.4%及
び2.9%
⑤セレブロシドとして,それぞれ0.4%,0.1%,痕跡量及び
1.9%
⑥ステリルグリコシドとして,それぞれ0.9%,1.6%,0.
3%及び3.8%
⑦アシル化ステリルグリコシドとして,それぞれ1.8%,1.0
%,0.3%及び4.6%
⑧ステロールとして,それぞれ1.9%,0.9%,痕跡量及び
0.8%
⑨ステリルエステルとして,それぞれ1.8%,1.8%,0.9
%及び1.5%
⑩リン脂質の一種であるホスファチジルコリンとして,それぞれ2
5.1%,28.9%,29.9%及び6.7%
⑪リン脂質の一種であるホスファチジルグリセロールとして,それ
ぞれ6.2%,5.3%,4.0%及び2.2%
⑫リン脂質の一種であるホスファチジルエタノールアミンとして,
それぞれ1.4%,1.8%,1.4%及び1.1%
⑬リン脂質の一種であるホスファチジルイノシトールとして,それ
ぞれ0.6%,0.6%,0.7%及び1.4%
⑭リン脂質の一種であるジホスファチジルグリセロールとして,そ
れぞれ痕跡量,0%,0%及び0.8%
⑮クロロフィル(葉緑素)として,それぞれ痕跡量,痕跡量,1.
0%及び0.7%
であり,トリグリセリドに取り込まれた形で存在する脂肪酸は0%又
は未確認量(おそらく,痕跡量)で存在するとなっている。葉緑体の
包膜は,葉の中で最も脂肪の産生が盛んな場所であり,種子のような
油の貯蔵機能がない葉においては,最も脂肪が蓄積している場所であ
ると考えられる。
したがって,引用例4を見た本件優先日前の当業者は,引用例4に
記載された葉におけるパルミトオレイン酸の増加は,リン脂質及び糖
脂質,すなわちトリグリセリド以外の物質に取り込まれた脂肪酸とし
て存在しているパルミトオレイン酸の増加を意味するものと理解した
ものである。
cそして,本件優先日前において,トリグリセリドの生合成経路は種
子にのみ存在し,葉にはトリグリセリドは存在せず,その生合成経路
も存在しないのに対し,葉において多量に存在するリン脂質は,種子
ではごくわずかしか存在せず,同じく葉において多量に存在する糖脂
質は種子では存在しないものと認識されていた。すなわち,甲10
(今堀和友,山川民夫監修「生化学辞典(第2版)」株式会社東京化
学同人[1990年11月22日発行])の931頁には,トリグリ
セリドは「植物は種子,果肉あるいは根幹など,それぞれ独特の部分
に蓄積する」との記載があるが,葉は挙げられていない。また,甲1
1(StenStymne,AllanKeithStobart「Triacylglycerol
Biosynthesis」TheBiochemistryofplants[1987],Vol.9)の210
頁には,「発育中の種子の小胞体内に存在し,グリセロールリン酸エ
ステルからのトリグリセリドの合成を触媒して最終の油のアシルの品
質を調整するこれらのタンパク質」と記載されており,トリグリセリ
ドが種子中にのみ存在することが前提とされている。したがって,本
件優先日前において,葉ではトリグリセリドは合成されないと認識さ
れていたのであり,引用例4に接した本件優先日前の当業者は,酵母
デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子(以下「本件遺伝子」ともいう。)
の発現により生ずる葉における挙動(リン脂質及び糖脂質に取り込ま
れたパルミトオレイン酸の増加)を理解したとしても,種子における
パルミトオレイン酸はトリグリセリドに取り込まれた形で存在する以
上,種子においても脂肪酸が増加するという挙動が同様にみられると
の期待を持ち得なかったものである。
dさらに,甲12(JohnBrowseほか4名「AMutantofArabidopsis
DeficientintheChloroplast16:1/18:1Desaturase」Plant
Physiol.[1989]Vol.90)は,「葉緑体における16:1/18:1デサチュラ
ーゼが欠損したシロイヌナズナの変異体」という論文のタイトル,及
び「fadCで示される遺伝子座に単一の核での変異を入れることで,シ
ロイヌナズナ…の葉組織は,18炭素(18C)の多価不飽和脂肪酸およ
び16炭素(16C)の多価不飽和脂肪酸の両方ともが減少し,かつ,18
:1前駆体およびcis-16:1前駆体が増大する。…この変異体が,葉緑
体のグリセロ脂質ω−6デサチュラーゼの活性を欠いていることが示
された。」との記載(522頁「要約」欄1行∼8行)から明らかな
ように,植物(シロイヌナズナ)の遺伝子を操作することでデサチュ
ラーゼの活性を変化させる実験及びその実験結果について述べられた
ものである。同論文の524頁「TableⅡ(表Ⅱ)」には,葉におい
ては,MGD(モノガラクトシルジグリセリド)が,16:3のWT(野生
型。遺伝子操作されていないもの)では33.7%であったのに対し,
LK3(変異型)では0.1%に減少し,18:1では,0.7%(野生型)から
29.7%(変異型)に増加するなどの効果があったことなどが示されて
いる。これに対し,同論文の528頁「TableⅣ(表Ⅳ)」には,種
子における野生型と変異型の脂肪酸組成が示されているところ,16:
0は9.2±0.8%(野生型)と9.8±1.0%(変異型),18:1は12.4±
0.8%(野生型)と11.2±0.6%(変異型)など,野生型と変異型とで
は脂肪酸組成にほとんど変化は見られない。したがって,同論文は,
遺伝子操作によって葉における脂肪酸組成の変動に成功したからとい
って,種子においても同様に脂肪酸組成が変動するとは限らず,むし
ろ変動しないことが期待されることを示している。これは,本件優先
日前においては,脂肪酸組成に関して,葉における挙動と種子におけ
る挙動とは異なるものと認識されていたことを意味する。
本件優先日前において,大量の脂質が小胞体と色素体(葉緑体)と
の間を移動することが知られていた(甲7[MartineMiquelandJohn
Browse「ArabidopsisMutantsDeficientinPolyunsaturatedFatty
AcidSynthesis」(多価不飽和脂肪酸合成におけるアラビドプシス変
異欠失体)TheJournalofBiologicalChemistry(1992)Vol.267
(3)]1502頁左欄27行∼33行)。また,乙1(JohnBrowse,
ChrisSomerville「GLYCEROLIPIDSYNTHESIS:Biochemistryand
Regulation」(グリセロ脂質の合成:生化学と制御)Annu.Rev.
PlantPhysiol.PlantMol.Biol.[1991]Vol.42)の「Figure1(図
1)」に記載されているように,fadCはPG(ホスファジチルグリセロ
ール)の合成に関与しており,PGは小胞体にも存在するものであるこ
とも本件優先日前に周知であった(乙1[471頁]の「Figure1[
図1]」には「ENDOPLASMICRETICULUM(小胞体)」にPGが存在するこ
とが示されている。)。そうすると,このような小胞体と葉緑体との
間の脂質の移動を考慮すれば,変異した「fadC」が関与するのは葉緑
体内の不飽和化経路であり,酵母デルタ−9デサチュラーゼが関与す
るのは細胞質内の反応経路であるとしても,本件優先日前の当業者
が,異なる脂質の合成経路が,全く他の合成経路に影響を与えないと
理解することはあり得ない。
e「葉中にはトリグリセリドは存在しないか,仮に存在するとしても
非常にわずかである」という当業者の認識を前提にすると,本件遺伝
子が導入された種子中における,酵母デルタ−9デサチュラーゼ(以
下「本件酵素」ということがある。)の働きによるパルミトオレイン
酸(16:1)の含有量の増加という結果が,当業者にとって予測可能と
いえるためには,少なくとも,
①種子中に原料であるパルミトイルCoA(16:0-CoA)が存在するこ
と,
②本件酵素が種子中で機能し,16:0-CoAが本件酵素で不飽和化され
ること,
③16:0-CoAから合成されたパルミトオレイルCoA(16:1-CoA)が安
定にCoAプールに存在し得ること,及び
④16:1-CoAがアシルトランスフェラーゼの基質となってトリグリセ
リドに取り込まれること
が予見できることが必要である。本願発明1は,「植物種子中の種子
油におけるパルミトオレイン酸の含有パーセントの増加を生じる」も
のであるところ,種子油は,そのほとんどがトリグリセリドで構成さ
れているから,上記③,④がなければ,本願発明1に至らない。
しかるに,本件優先日前の時点においては,以下に述べるとおり,
上記①ないし④に関して障害となり得る事情が当業者に認識されてい
た。
(a)まず,生物は,組織・器官ごとに厳密にその機能を使い分けて
おり,葉中で本件酵素が働いたとしても,葉中とは全く異なる環境
である種子中においては,同じ酵素であるからといって,必ずしも
同じ機能を発揮すると予測することはできない(上記②の点)。
種子中には不飽和脂肪酸が存在するところ,不飽和脂肪酸が存在
する環境では,本件酵素は機能しないと予測されていた(甲17[
MarkA.BossieandCharlesE.Martin「NutritionalRegulationof
Yeast-9FattyAcidDesaturaseActivity」JournalofΔ
Bacteriology(1989),Vol.171,No.12]の6411頁右欄第2パラグ
ラフ参照)。そうすると,本件優先日前においては,種子中では本
件酵素は機能しない,すなわち,種子中ではパルミチン酸を不飽和
化できないと予測されていたと考えられる。
また,甲17の6411頁のFIG.3(図3)では,例えば18:0が
存在している場合には本件酵素の活性が大きく亢進されるのに対
し,16:1が存在する場合には逆に本件酵素の活性が全く見られなく
なることが示されている。このように,本件優先日前において,本
件酵素がおかれた環境に存在する脂肪酸の種類によっては,本件酵
素の機能が亢進したり,逆に全く見られないことも知られていた。
そして,同図には,18:2が存在すると本件酵素が機能しないことが
示されているが,18:2は種子中に多く存在する脂肪酸である。そう
すると,本件優先日前の当業者は,種子中のような18:2が多く存在
する環境下では,本件酵素は機能しないと予想したというべきであ
る。
さらに,甲18(VirginiaM.McDonoughほか2名「Specificity
ofUnsaturatedFattyAcid-regulatedExpressionofthe
SaccharomycescerevisiaeOLE1Gene」TheJournalofBiological
Chemistry[1992]Vol.267,No.9)の5931頁左欄のアブストラク
ト(要約)では,甲17を引用して,不飽和脂肪酸が存在する環
境,すなわち種子中に近い環境では,本件酵素は機能しないと予測
されていたことが記載されている。
植物種子中にパルミトオレイン酸が内在するのは,あくまでも植
物の内在酵素の複雑なシステムが作用した結果であり,外部から酵
母の酵素を導入したときに同様の反応が起きるとは通常考えない。
(b)上記③の「16:0-CoAから合成されたパルミトオレイルCoA
(16:1-CoA)が安定にCoAプールに存在し得ること」については,
甲19(F「トランスジェニック植物を用いた油脂改良に関する遺
伝生化学的研究」[2001年ころ])に,「…アシルCoAプール
の実態は不明で,オルガネラのアシルCoA組成や代謝制御について
推定の部分が多い。特に人の必須脂肪酸であるリノール酸やリノレ
ン酸(不飽和脂肪酸のCoA誘導体)の植物油脂(トリアシルグリセ
ロール)への代謝制御などは重要な課題で,小胞体で行われると推
定されているが詳細は不明である。このアシルCoAプールの概念は
古くからあるが,含量や組成など報告されているデータはごくわず
かで信頼性も低い。このような中間代謝産物を捕まえるのはかなり
難しく,重要であるにもかかわらず,手ごわい相手として手付かず
で残されてきた。」と記載されていることからも明らかなように,
本件優先日後においてすら,アシルCoAプールの実態は不明であっ
て,その組成は推定の部分が多いとされている。
したがって,たとえパルミトイルCoAからパルミトオレイルCoA
(16:1-CoA)が合成されたとしても,生成物たる16:1-CoAが安定に
アシルCoAプールに存在し得るか,あるいは生成後速やかに消滅し
てしまうのかは,本件優先日前においては不明であったものであ
る。
(c)上記④の「16:1-CoAがアシルトランスフェラーゼの基質となっ
てトリグリセリドに取り込まれること」については,仮に生成物た
る16:1-CoAが安定にアシルCoAプールに存在し得たとしても,本件
優先日前の技術水準では,その後の反応が進行するかどうかを予測
することはできなかったものである。すなわち,酵素アシルトラン
フェラーゼはアシルCoAをトリグリセリドに取り込ませる機能を有
するところ,甲20(ChaoSunほか2名「AcylCoenzymeA
PreferenceoftheGlycerolPhosphatePathwayintheMicrosomes
fromtheMaturingSeedsofPalm,Maize,andRapeseed」Plant
Physiol[1988]88)では,トリグリセリドを含む種々の脂肪の合成
において,脂肪酸ごとにアシルトランスフェラーゼの酵素特異性が
全く異なることが示されている。具体的には,58頁のFig.2(
図2)の右端の図は,各脂肪酸がアシルトランスフェラーゼの作用
によってTG(トリグリセリド)へ取り込まれる量を示しているが,
これによると,18:1を基質として使用したときには,これがトリグ
リセリドに取り込まれ,トリグリセリドの一部を構成するようにな
るものの,12:0を基質とした場合には取り込まれる量が少なくな
り,22:1を基質とした場合には,トリグリセリドにはほとんど取り
込まれていないことが分かる。これは,トリグリセリド(をはじめ
種々の脂肪)を合成する酵素アシルトランスフェラーゼは,脂肪酸
の長さ及び不飽和度に応じて酵素活性が全く異なること,すなわち
基質特異性を有していることを示すものである。脂肪合成における
アシルトランフェラーゼの基質特異性については,乙1(甲21)
においても,「基質特異性の種の相違が原因で,アシルトランスフ
ェラーゼは顕著にアシル組成に影響を与えることができるという証
拠が蓄積している」(484頁下9行∼下7行)と明確に記載され
ている。したがって,16:0の反応が媒介されたからといって,16:1
の反応は媒介されるとは限らないのであり,16:1-CoAがアシルトラ
ンスフェラーゼによってトリグリセリドに取り込まれるかどうか
は,本件優先日前の技術水準では予測することができなかったもの
である。
f以上のとおり,本件優先日前,当業者は,引用例4に記載されてい
るパルミトオレイン酸は,葉において生成され,リン脂質及び糖脂質
に取り込まれた形で存在しているものであり,他方,本願発明1の種
子で生成されるパルミトオレイン酸は,トリグリセリドに取り込まれ
た形で存在しているものであって,これらが同様の挙動を示すとは考
えられないと認識していたから,「葉における挙動が,種子において
も同様にみられるだろう」との期待を持ち得なかったものであり,審
決のこの認定は誤りである。
(イ)本件優先日前,高等植物の種子中に,パルミトイルCoAは単独で存
在するとは考えられていなかったこと
本願発明1は,パルミトイルCoAを基質としてこれを不飽和化するこ
とでパルミトオレイン酸を合成するものであるから,種子において,パ
ルミトイルCoAがまったく存在しないとの事実があれば,本件優先日前
の当業者は「葉における挙動が,種子においても同様にみられるだろ
う」との期待を持ち得なかったところ,本件優先日前においては,以下
に述べるように,高等植物の種子には,パルミトイルCoAが単独で存在
するとは考えられていなかった。
a甲13(山田晃弘編著「生物化学実験法24植物脂質代謝実験
法」株式会社学会出版センター[1989年10月10日発行])に
は,「藻類,植物における不飽和化の研究では,生細胞を用いるかま
たはミクロソーム膜のリン脂質にアシル-CoAから脂肪酸をとり込ま
せ,それをOとNAD(P)H存在下で反応させる方法が用いられる。」2
(94頁23行∼26行)と記載されている。仮に植物にアシルCoA
が存在していることが分かっていたのであれば,外部からこれを取り
込ませる必要はないのであり,この記載に鑑みれば,本件優先日前の
技術水準では,高等植物の種子に,パルミトイルCoAが単独で存在す
るとは考えられていなかったことが明らかである。
また,高等植物における脂肪酸の不飽和化については,本件優先日
前にある程度研究が進んでおり,上記の甲13の95頁「図Ⅱ−2」
に見られるように,18:1-CoA(オレイルCoA)がサイトゾル(細胞質
ゾル)に取り込まれる経路は認識されていたものの,パルミトイル
CoA(16:0-CoA)がサイトゾルに取り込まれる経路は認識されておら
ず,細胞体内にパルミトイルCoAが存在するとは認識されていなかっ
たのである。
前記甲20においては,化学薬品会社であるSigmaから購入したラ
ウロイルCoA,オレオイルCoA及びエルコイルCoAが0.1mM使用されてい
る(57頁左欄13行∼15行)が,これが反応前に存在したアシル
CoAの全体量と反応に用いられたアシルCoAの量を正確に把握するため
のものであるならば,反応前に存在したアシルCoAの全体量が測定さ
れていなければならない。しかし,甲20では反応前に存在したアシ
ルCoAの全体量は測定されていない。これは,0.1mMというそれほど
過剰量とはいえない量を外部から加えることで正確な酵素活性が測定
できると考えられていたことを示す。すなわち,本件優先日前の当業
者は,反応前にはアシルCoAは存在していないか,たとえ存在してい
たとしても,それは無視し得る程度の量であると認識していたことを
示している。
したがって,本件優先日前においては,パルミトイルCoAは種子に
存在しないものと認識されており,本件優先日前の当業者は「葉にお
ける挙動が,種子においても同様にみられるだろう」との期待を持ち
得なかった。
なお,被告は,乙1,2及び甲11の記載に基づき,本件優先日前
において,色素体で合成されたパルミトイルACPが色素体の外へ輸送
され,パルミトイルCoAを含むアシルCoAプールとして存在することが
知られていた旨主張する。しかし,前記(ア)e(b)のとおり,甲19
(F)には,本件優先日後においてすら,アシルCoAプールの実態は
不明であって,その組成は推定の部分が多い旨の記載がある。そうす
ると,被告が指摘する乙1,2及び甲11の当該箇所はいずれも推定
にすぎず(特に乙2のFigure2[図2]には,「どんな特殊な植物に
おいても,これらのいくつかの変換はおこるだろう」と記載されてお
り,必ずしもアシルCoAプールにパルミトイルCoAが含まれると推定さ
れるわけではないことが明らかにされている。),いずれも本件優先
日前において,高等植物の種子中に,パルミトイルCoAが存在してい
ると認識されていたことを示すものではない。
b審決は,「…本件優先日前に頒布されたYi-zhiCao,etal.,Plant
Physiol.,1986,Vol.82,p.813-20には,ダイズ等の種子において,
ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼが,その基質であ
るパルミトイルCoAを触媒することが記載されており(特にABSTRACT
及び第816頁右欄第2段落を参照。),双子葉植物の種子におい
て,パルミトイルCoAがまったく存在しないとは考え難い。」(7頁
6行∼12行)と認定する。
しかし,審決の引用する甲6(Yi-ZhiCaoandAnthonyH.C.Huang
「DiacylgricerolAcyltransferaseinMaturingOilSeedsofMaize
andOtherSpiecies」[トウモロコシおよび他の種における油種子の
成熟におけるジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ]
PlantPhysiol.[1986]Vol.82)には,「この酵素(原告注:ジアシル
グリセロールアシルトランスフェラーゼ)は…パルミトイルCoA…
に対して活性であった」(813頁「要約」欄11行∼12行),
「トウモロコシの酵素(原告注:トウモロコシのジアシルグリセロー
ルアシルトランスフェラーゼ)は…パルミトイルCoA…に対して活
性であった」(816頁右欄7行∼8行,訳文3頁下段)と記載され
ているにすぎない。
審決は,上記のとおり,甲6について「ダイズ等の種子において,
ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼが,その基質であ
るパルミトイルCoAを触媒する」と述べ,あたかも種子内で当該酵素
反応が起きたかのように,パルミトイルCoAがダイズ種子内に元々存
在していたかのように述べる。しかし,甲6では,ジアシルグリセロ
ールアシルトランスフェラーゼの酵素特異性につき,試験管内(in
vitro)での実験が行われているにすぎず,実際の生体内(invivo)
での酵素特異性が確認されているわけではない。また,種子由来のパ
ルミトイルCoAを用いて実験を行っているわけでもない。甲6の実験
において,ダイズの種子で反応したパルミトイルCoAは,外部から取
り込まれたものである。すなわち,①甲6の814頁左欄23行∼2
7行には,「その反応混合物は,…[1-C]オレオイルCoA…を含む」14
と記載されており,放射性の炭素原子であるCで標識されたオレオイ14
ルCoAが実験に用いられていること,②同欄40行∼44行には,
「(酵素反応終了後の)残渣をヘプタンに溶解して,…Cについて計14
数した」と記載されており,トリグリセリドに取り込まれたオレオイ
ルCoA由来のオレイン酸部分のCを計数することでオレオイルCoAの酵14
素特異性が測定されていること,③甲6の実験の目的は,オレオイル
CoAの全体量のうち,どれくらいの量が実験対象の酵素の働きによっ
てトリグリセリドに取り込まれるのかを知る点にあるから,反応前に
存在したオレオイルCoAの全体量をあらかじめ把握できていなけれ
ば,トリグリセリドに取り込まれたオレオイルCoAの割合を知ること
ができないところ,生体内に存在するオレオイルCoAの量を正確に制
御することは事実上不可能であるから,上記実験で用いられたオレオ
イルCoAは,あらかじめ外部で調整され,その後反応系に添加された
ものでしかあり得ないこと,④甲6の814頁以下の「結果」欄に
は,オレオイルCoAとパルミトイルCoAの実験結果が並列的に記載され
ていることから,パルミトイルCoAについてもオレオイルCoAと同様の
方法で実験されたものと推測することができることからすると,甲6
の実験で酵素特異性が測定されたパルミトイルCoAは,種子内に存在
する酵素である「ジアシルグリセロールアシルトランスフェラー
ゼ」を含む液に外部から添加されたにすぎず,最初からミクロソーム
中に存在していたわけではない。
したがって,審決が,甲6の記載から「双子葉植物の種子におい
て,パルミトイルCoAがまったく存在しないとは考え難い。」との認
定を行ったことは,誤りである。
(ウ)以上のように,引用例4に接した当業者が,「葉における挙動が,
種子においても同様にみられるだろうと期待することはごく自然である
と考えられる」との審決の認定は誤っている。
イ取消事由2(進歩性の判断の誤り−その1)
(ア)審決が認定するとおり(4頁25行∼32行),本願発明1と引用
発明1とは,以下の3点で異なる。
①本件遺伝子を発現させる場所
本願発明1では「植物種子」であるのに対し,引用発明1では「酵
母菌」である。すなわち,引用発明1では酵母菌由来の本件遺伝子を
酵母菌で発現させているが,本願発明1では酵母菌由来の本件遺伝子
を酵母菌以外の生物で発現させている。
②本件遺伝子を発現させる方法
本願発明1では「種子特異的プロモーター」が用いられているのに
対し,引用発明1では「酵母菌で機能するプロモーター」が用いられ
ている。なお,「プロモーター」とは,本件遺伝子の発現を開始さ
せ,タンパク質を作らせるスイッチとなる働きを持つ,特定のDNA領
域をいう。
③本件遺伝子を発現した結果
本願発明1では種子内のパルミトオレイン酸(16:1),リノール酸
(18:2)及びリノレン酸(18:3)がそれぞれ約1.5倍に増加してい
るのに対し,引用発明1では増加した脂肪酸及び脂肪酸の増加量につ
いて具体的な記載はない。むしろ,発明の効果として,「多価不飽和
脂肪酸を除去」,すなわち不飽和脂肪酸の減少が示唆されている(甲
3,5欄訳文12行)。
(イ)相違点①(本件遺伝子を発現させる場所)の判断につき
相違点①(本件遺伝子を発現させる場所)に関し,審決は,引用例1
には,「…酵母以外の生物への該DNAフラグメントの導入について,上
記ア.∼エのごとく,ナタネ,ヒマワリ,ダイズ等の双子葉植物の植物
種子への導入ができることが記載されて」いるため,「引用例1をみた
当業者が,酵母デルタ−9デサチュラーゼをコードするDNAフラグメン
トを導入する生物を,酵母の替わりに,双子葉植物の植物種子」とする
ことを「想い至ることは,ごく自然のことと認められる。」(5頁1行
∼9行)と判断する。
しかし,この審決の判断は,以下のとおり誤っている。
a審決が「ア.∼エ.」として指摘する引用例1の該当箇所には「ナ
タネ,ヒマワリ,ダイズ等の双子葉植物の植物種子への導入ができる
こと」は記載されていない。すなわち,「ア.」(審決2頁24行∼
30行)及び「イ.」(審決2頁31行∼3頁4行)の各該当箇所に
は,それぞれ本件遺伝子を酵母菌以外の生物で発現させると特殊な脂
肪酸組成を有する油を高いレベルで生産する植物を産生することがで
きることが当業者に理解されること,及びこれによってより経済的に
油を産生することが可能になるであろうことが述べられているにとど
まり,「ナタネ,ヒマワリ,ダイズ等の双子葉植物の植物種子への導
入ができること」は記載されていない。上記「ア.」の「トウモロコ
シ,ダイズ,ナタネ等の農作物から単離された同様のデサチュラーゼ
遺伝子」という記載のうち,「同様の(similar)」とは,同一のも
のではないことを意味するから,引用例1で単離された酵母遺伝子自
体を導入することは意図されていないことが分かる。また,「ウ.」
(審決3頁5行∼8行)について,審決は「…用いられる。」(審決
3頁8行)と訳しているが,正確には,「標準的な分子遺伝学的手法
が,デサチュラーゼ酵素の単離,プラスミドベクターの産生,並び
に,酵母や農作物等の宿主細胞へ導入されるベクターを形成するため
の,所望の遺伝子を含むプラスミドと適切な調整要素との融合のため
に用いられることができる。」と訳すべきである(下線は原告によ
る)。ここにも,「ナタネ,ヒマワリ,ダイズ等の双子葉植物の植物
種子への導入ができること」は記載されていない。上記「ウ.」の
「標準的な分子遺伝学的手法」の例示は「デサチュラーゼ遺伝子の単
離」に向けられているから,引用例1の著者が自分で単離した酵素を
そのまま使用することは全く念頭に置かれていない。さらに,
「エ.」(審決3頁9行∼13行)についても,審決は「…制御下に
ある。」(審決3頁10行),「…活性化され,」(審決3頁12
行),「…阻害しない。」(審決3頁12行)などと訳しているが,
正確には,「植物細胞に導入された遺伝子は,種子において適切に発
現されるために,高発現プロモーターを有する植物生育の遺伝的調節
要素の制御下にあるだろう。あるいは,油生産のための遺伝子の発現
は,ほかの植物組織において同時に活性化されることもあり得,最適
な植物の生長と生育を阻害しないだろう。」と訳すべきである(下線
は原告による)。ここにも,「ナタネ,ヒマワリ,ダイズ等の双子葉
植物の植物種子への導入ができること」は記載されていない。そもそ
も,上記「ア.∼エ.」は,それぞれ独立した事象に関する記載であ
って,組み合わせて読むべきではない。
b引用例1には,酵母デルタ−9デサチュラーゼを用いた実施例とし
て,実施例が二つ記載されているが,これらはいわゆる「仮想実施
例」である。「仮想実施例」とは,米国特許実務上,現実に実験等が
行われたわけではないが,発明者が,当業者にとって当時の技術水準
に照らし実施可能であると判断して記載する実施例をいう。米国特許
実務上,このような記載を実施例に記載することは許されているが,
その際には,現実に実験等が行われた実施例と区別するべく,現在形
の時制で記載しなければならないものとされている。仮想実施例は,
特段の事情なき限り,優先日前の当業者の認識が到達しうる最大限の
範囲を示すものである。
引用例1の実施例2では,この酵母デルタ−9デサチュラーゼを用
いて植物の油の組成を改変するための仮想実施例が記載されている
(甲3,9欄∼11欄)。この実施例は,酵母ではなく植物の油の組
成を改変することを目的としている点で,一応,審決が引用する引用
例1の明細書の記載(甲3,4欄訳文26行∼32行の「増強は,同
様の手段によって,上記遺伝子を他の生物に導入することによって,
および酵母もしくは他の生物(例えば,トウモロコシ,ダイズ,ナタ
ネなどの,農作物植物)から単離された同様のデサチュラーゼ遺伝子
を使用して特定の脂肪酸組成を有する油を高レベルで生じる植物を作
製することによって,もたらされ得ることが,当業者によって理解さ
れる」)に対応するものである。
しかるに,引用例1の実施例2では,酵母の酵素を直接植物等の酵
母以外の生物に導入するのではなく,目的とする生物(例えば,植
物)からその生物(例えば,植物)由来の同等のデサチュラーゼ遺伝
子を単離し,その生物(例えば,植物)由来のデサチュラーゼ遺伝子
をその生物(例えば,植物)に再導入すること及びその遺伝子情報を
基にした「アンチセンス調節方法」を用いて遺伝子を不活化すること
が記載されている。上記のとおり,仮想実施例は,特段の事情なき限
り,優先日前の当業者の認識が到達しうる最大限の範囲を示すもので
あるが,引用例1の発明者は,具体的な情報が判明している酵母デル
タ−9デサチュラーゼを植物に直接導入することを仮想実施例として
記載することを避けたものである。これは,上記の明細書の記載は,
種子油中の組成を改変することを目的とする場合,酵母デルタ−9デ
サチュラーゼを植物に直接導入するというアイディアすら本件優先日
前の当業者にはなかったことを示すものではあっても,酵母デルタ−
9デサチュラーゼを植物に直接導入することができるという結果を示
すものではありえない。そして,引用例1の発明者は,このようなア
イディアは,仮想実施例として記載することもできないレベルのもの
であると認識していたものであり,引用例1の記載自体まさに本願発
明1にとって阻害事由に当たるというべきである。
そして,引用例1では,審決が引用する4欄ないし6欄の記載も,
上記実施例2のように目的とする生物自体に存在するデサチュラーゼ
遺伝子の単離をすることを前提としていることが読み取れる。例え
ば,引用例1(甲3)の5欄訳文下4行∼下1行では,「これは,ト
リグリセリドの過剰産生を示す。従って,トリグリセリドの過剰産生
は,上記変異体細胞の他の特性ではなく,上記の複数コピーのプラス
ミドに関連する特性に関連する。」と,目的とする生物自体に存在す
るデサチュラーゼを単離して,これを同じ生物に導入したものにおい
てトリグリセリドが過剰産生されたことを示している。また,引用例
1(甲3)の6欄訳文下11行∼下2行には,「上記のクローン化さ
れたΔ−9デサチュラーゼ遺伝子が,植物および他の生物から他のデ
サチュラーゼ遺伝子(例えば,Δ−12デサチュラーゼ遺伝子および
Δ−15デサチュラーゼ遺伝子)を単離するために使用されることも
また,企図される。これらの遺伝子の改変型が,構築され得る。植物
または他の適切な生物中への再導入は,非常に特殊な組成の油の産生
(例えば,リノール酸の過剰産生およびリノレン酸の産生不足である
が,これらに限定されない)を引き起こし,これは,優れた産生物を
生じる。」と,油組成を改変するためには,目的とする生物からデサ
チュラーゼ遺伝子等を単離することが必要であることを前提とする記
載がされている。
加えて,被告が提示した,種子特異的転写調節造成物に関する乙5
(特開昭63−112987号公報)は昭和63年(1988年)5
月18日に開示されているが,引用例1の出願日は1988年(昭和
63年)9月であり,引用例1の著者は乙5の存在を十分認識してい
たにもかかわらず,脂肪組成改変のために酵母デサチュラーゼを直接
植物に使用することを避けているのである。このことは,まさに,当
業者以上の当業者である引用例1の発明者自身が,酵母デルタ−9デ
サチュラーゼを直接植物に導入しても,目的とする油組成変化は起こ
らないと認識していたことを如実に示すものである。引用例1の発明
者の技術常識に関する認識は,被告が提出した乙2(甲24)の31
頁第3パラグラフ及び第4パラグラフにおいても記載されている。こ
の記載からすると,引用例1の発明者は,ある生物を遺伝子改変する
場合は,その生物由来の遺伝子を用いるか,又は外来の遺伝子を用い
た場合は,うまくいくような仕組みを整える必要があったとの認識を
有していたため,直接導入を躊躇したものと考えられる。
c以上のように,引用例1では,著者の願望あるいは推測が述べられ
ているにすぎず,「ナタネ,ヒマワリ,ダイズ等の双子葉植物の植物
種子への導入ができること」が記載されているとはいえない。また,
本件遺伝子を種子へ導入した場合,いかなる結果が生じ得るかについ
ても何ら具体的な記載がない。むしろ,上記のとおり,発明の効果と
して,不飽和脂肪酸の減少が示唆されているものである。
なお,被告は,引用例1に不飽和脂肪酸の減少が示唆されている点
につき,「本願発明1において増加するパルミトオレイン酸は,『1
価』の不飽和脂肪酸であるから,減少させる対象の脂肪酸ではなく,
原告の上記主張は失当である。」と主張する。しかし,本願発明1
は,一価不飽和脂肪酸のみならず,リノール酸及びリノレン酸という
多価不飽和脂肪酸の増加をも目的としていることを看過するものであ
って,妥当ではない。
また,被告は,「種子中に,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子
が導入され,該遺伝子が発現されれば,種子の細胞質中に存在するス
テアロイルCoA(18:0)を基質として,オレイン酸(18:1)が産生さ
れ,その後,リノール酸(18:2)及びリノレン酸(18:3)を形成する
ことは,自明である。」と主張するが,この被告の主張によると,リ
ノール酸やリノレン酸のような多価不飽和脂肪酸が除去されるとオレ
イン酸のような一価不飽和脂肪酸も除去されることになる。しかし,
本願発明1では,一価不飽和脂肪酸であるパルミトオレイン酸の含有
量が増加しているのである。
dそうすると,本願発明1のように,植物油の組成を改変し,不飽和
脂肪酸の含有量を上げることで,より「健康にいい」植物油を生産す
ることを企図している者は,引用例1に接しても本件遺伝子を植物の
種子に導入することには想到しないというべきである。
eしたがって,「引用例1をみた当業者が,酵母デルタ−9デサチュ
ラーゼをコードするDNAフラグメントを導入する生物を,酵母の替わ
りに,双子葉植物の植物種子」とすることを「想い至ることは,ごく
自然のことと認められる。」との審決の判断は誤っている。
(ウ)相違点②(本件遺伝子を発現させる方法)の判断につき
相違点②(本件遺伝子を発現させる方法)に関し,審決は,「その手
法については,標準的な遺伝子手法を用いることが記載されており(上
記ウ.参照),本件優先日前時点での該標準的な遺伝子手法として,例
えば,引用例2に記載された手法…が知られているのであるから,引用
発明1において,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を『双子葉植物
の植物種子』中で発現させ,そのための手段として,『種子特異的プロ
モーター』を含むものとするところは,当業者が容易に成し得たことと
認められる。」(5頁9行∼20行)と判断している。
しかし,引用例2(甲4の1)には「デサチュラーゼは長鎖の脂肪酸
のアシル−ACP…に作用する」(desaturaseactsuponthelongerchain
fattyacyl-ACPs,…)(14頁22行)と記載されていることからも明
らかなように,引用例2で発現されているデサチュラーゼはACPデサチ
ュラーゼであるから,ACPと結合した脂肪酸(アシルACP)を基質として
これを不飽和化するものである。
これに対し,「…酵母デルタ−9デサチュラーゼ酵素は,…基質とし
てCo-Aでエステル化された脂肪酸を使用して,飽和脂肪酸であるパルミ
チン酸およびステアリン酸の両方を不飽和化する」(本願の公開特許公
報[甲1]【0013】)と記載されているように,本願発明1で発現
されているデサチュラーゼはCoAデサチュラーゼであるから,CoAと結合
した脂肪酸(アシルCoA)を基質としてこれを不飽和化する。
したがって,引用例2のデサチュラーゼと本願発明1のデサチュラー
ゼとではその基質が異なり,本願発明1における基質であるアシルCoA
(具体的にはパルミトイルCoA)は引用例2のデサチュラーゼの基質と
はならないのであるから,引用例2の方法でデサチュラーゼを発現させ
ても,本願発明1に至ることはない。
以上のとおり,引用例1と引用例2とを組み合わせても本願発明1に
は至らないため,引用例2に記載された方法で,「引用発明1におい
て,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を『双子葉植物の植物種子』
中で発現させ,そのための手段として,『種子特異的プロモーター』を
含むものとするところは,当業者が容易に成し得たことと認められ
る。」(5頁17行∼20行)との審決の判断は誤っている。
なお,被告は,周知技術の例として乙6(甲25。国際公開第91/
13993号パンフレット)を挙げるが,これは,本件優先日のわずか
6か月前に発行された文献である。植物における形質転換・再生の技術
は,再現するためには少なくとも1年程度はかかること(イネ,ダイズ
など)を考慮すると,本件優先日のわずか6か月前に発行された乙6
(甲25)をもって「周知技術」と称し,本願発明1の容易想到性を論
じるのは不適切というべきである。しかも,そこには,「植物以外の遺
伝子を植物で発現させることも成功したこともあるが,それはより限定
されたレベルである。mRNAが機能的であるためにはイントロンの除去が
必要であることから,転写されたmRNA前駆体に存在するイントロン(介
在配列とも呼ばれる)を認識する植物のスプライシング機構がうまくい
かないために…,植物以外のタンパク質の発現を実現することは困難で
あることが示唆されてきた。」と記載されており(2頁33行∼3頁3
行,訳文参照),本件優先日の6か月前の時点では,植物以外の生物に
由来する遺伝子を植物で発現させることが困難であると考えられていた
ことが示されている。被告の主張するように,非植物遺伝子を植物で発
現させることが本件優先日前において既に「標準的な遺伝子手法」だっ
たのであれば,このことが記載された実験手引書等が存在するはずであ
る。それにもかかわらず,特許公報(乙5,乙6[甲25])しか挙げ
ることができないこと自体が,非植物遺伝子の植物での発現が「標準的
な遺伝子手法」ではなかったことを示唆するものである。
(エ)相違点③(本件遺伝子を発現した結果)の判断につき
審決は,引用例4には,本件遺伝子を「…タバコの葉片に導入したと
ころ,パルミトオレイン酸が平均10倍に増加し,パルミチン酸とステ
アリン酸が減少したことが記載されているから,双子葉植物の葉で観察
された現象が,同じ植物体の種子においても起こり得るだろうと期待し
て,実際に,該種子中で酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現さ
せて,パルミトオレイン酸量の増加を確認することは当業者によって容
易に成し得ることであると認められる。」(5頁下8行∼下2行)と判
断する。
しかし,本願発明1は酵母菌由来の遺伝子を種子で発現させるもので
あるのに対し,引用例4では葉で発現させている。
そして,前記アのとおり,葉では脂肪酸はリン脂質及び糖脂質に取り
込まれて存在しているのに対し,種子ではトリグリセリドに取り込まれ
て存在していることは本件優先日前の当業者にも知られていた。
また,前記アのとおり,本件優先日前の技術水準では,そもそも本件
遺伝子の基質となるパルミトイルCoAは種子内には存在しないものと認
識されていた。
さらに,審決の引用する前記甲7には,「これらのリン脂質は,種々
の葉緑体外膜に特徴的である…。しかし,さらにホスファチジルコリン
のジアシルグリセロール部分は,葉緑体包膜に戻され,この葉緑体包膜
において,このホスファチジルコリンのジアシルグリセロール部分は,
チラコイド脂質の生成に寄与する…。油蓄積組織(例えば,脂肪種子植
物の子葉)において,上記真核生物経路は,トリアシルグリセロール合
成の脂質前駆体を提供する…。」との記載があり(1502頁右欄27
行∼35行,訳文2頁12行∼19行),葉における脂質生合成の経路
と,種子における脂質生合成の経路が顕著に異なることが示されてい
る。
加えて,前記甲12の「要約」欄には「上述の変異体の葉で真核経路
に由来する全てのリン脂質における18:1のレベルが増大したことによっ
て示唆されることは,上述の変異は葉緑体外膜の組成に対して影響を与
えるということである。」(訳文下8行∼下6行)と記載されており,
デサチュラーゼの変異において葉での脂質組成に真核経路が関与してい
ると認識したにもかかわらず,デサチュラーゼの変異は種子における脂
質組成には影響がなかったと記載されている。
本件遺伝子が導入された種子中で,本件酵素の働きによりパルミトオ
レイン酸(16:1)の含有量の増加という結果が予測可能といえるために
は,前記ア(ア)eの①∼④が予見できることが必要であるが,予見でき
ないことは,すでに述べたとおりである。
したがって,引用例4に接した当業者が,「双子葉植物の葉で観察さ
れた現象が,同じ植物体の種子においても起こり得るだろうと期待」す
ることはなかったのであり,審決の上記認定は誤っている。
(オ)以上により,本件優先日前の当業者にとって,引用例1,2及び4
から本願発明1を想到することが困難であったことは明らかであり,そ
れを容易であるとする審決の判断は誤っている。
植物における遺伝子発現や脂肪酸生合成などのメカニズムは今日でも
判明していない部分も多く,また,植物は1サイクルが1年以上のもの
も多いため,再現実験が困難である。このように,植物の形質転換は結
果の予測が困難であり,このことは,現在でも,遺伝子組換えではな
く,いわば「伝統的」ともいえる交配による品種改良・育種が主流であ
る事実からも裏付けられる。
ウ取消事由3(進歩性の判断の誤り−その2)
(ア)本願の公開特許公報(甲1)13頁に記載された「表1」が形質転
換していない「親」植物に含まれる脂肪酸の割合を示す比較例であり,
13頁∼14頁に記載された「表2」が本願発明1に係る形質転換をし
た植物に含まれる脂肪酸の割合を示す実施例であることは,以下の各事
実から明らかである。
a本願の公開特許公報(甲1)の【0109】には,「〔実施例7〕
形質転換植物ナタネB.napusの栽培変種であるProfitは,種子油中
のオレイン酸含有量が高い,春Canola型ナタネである。50個の種子
を分析した結果は,下記に示される表1および表2の脂肪酸プロフィ
ールであった。」と記載されている。そして,「表1」には,「B.
napusの栽培変種であるProfitの脂肪酸プロフィール」という題が付
され,「表2」には「再生体B.napusの栽培変種であるProfitの脂肪
酸プロフィール」という題が付されている。ここで「再生体」とは,
本願発明1に係るベクターによって形質転換した後,再生し,実施例
5及び6(本願の公開特許公報(甲1)の【0079】以下)に記載
の手順により実際にトランスジェニックであること(すなわち,酵母
デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子が実際に導入されたものであるこ
と)が確認されたナタネを指す。本願の公開特許公報(甲1)の【0
029】には「遺伝子のコーティング配列は…植物の形質転換ベクタ
ー中へ移される。…得られたカルスは植物に再生され…」と記載さ
れ,【0040】には「形質転換された植物は再生され…」と記載さ
れ,【0115】には「第三のベクターであるpH.PデルタBOPによっ
て形質転換し,次に再生し…」と記載されており,再生は形質転換後
に行われているから,「再生体」とは形質転換体を意味すると解する
べきである。また,本願の公開特許公報(甲1)の実施例5には,
「選択培地上に生残する各再生植物を,実際にトランスジェニックで
あるかどうかを決定するために,少なくとも1つの,以下の生物学的
アッセイおよび分子アッセイにより検定を行った。」(【0079
】)と記載されているのであるから,少なくとも実施例5以降では,
「再生体」とは形質転換されていることが確認された形質転換体を意
味する。
b本願の公開特許公報(甲1)の【0115】には,「第三のベクタ
ーであるpH.PデルタBOPによって形質転換し,次に再生し,そして自
家受粉したナタネ組織から得られた種子の脂肪酸含有量は,形質転換
していない『親』植物に見られる割合と比較して,飽和脂肪酸である
パルミチン酸およびステアリン酸の割合の有意な減少,それに伴い,
パルミトレイン酸およびオレイン酸レベルの増大がある(表1参
照)。」と記載されている。
上記記載の「(表1参照)」とは,より正確には,形質転換してい
ない「親」植物の種子に見られる割合を示す「表1」と形質転換をし
た(再生体植物の)種子について見られる割合を示す「表2」の双方
を参照せよ,という趣旨である。
これは,本願の優先権主張の根拠となる米国特許出願の対応箇所に
は「Table1a」と「Table1b」と記載されていたものを(甲14の3
2頁∼34頁),それぞれ「表1」と「表2」と訳出したことから混
乱が生じたものである。実際,上記米国特許出願の対応箇所には,
「(seeTable1).」と記載されており(甲14の35頁13行),
「Table1a」と「Table1b」(すなわち,「表1」と「表2」)の双
方を参照せよとの趣旨であることが明らかである。
cまた,本願の公開特許公報(甲1)の【0116】には,「他の3
つのベクターのいずれかで形質転換し,再生し,自家受粉した植物か
ら得られた種子の脂肪酸は,飽和脂肪酸であるパルミチン酸およびス
テアリン酸が種々の割合で含まれるが,それらは形質転換されていな
い『親』植物に見られる割合と等しいかあるいはより少ないものであ
る(表2を参照のこと)。種子の発育中に遺伝子発現を起こす調節エ
レメントを有するこれらのベクターは,脂質の蓄積の間に,種々のレ
ベルで遺伝子を発現させる。」と記載されている。
上記記載の「(表2を参照のこと)」も同様に,より正確には,形
質転換していない「親」植物に見られる割合を示す表1と形質転換を
した種子について見られる割合を示す表2の双方を参照せよ,という
趣旨である。
この「(表2を参照のこと)」という記載についても,本願の優先
権の基礎となった米国特許出願の明細書において,「(seeTable1)」
と記載されており(甲14の35頁25行),上記の「親」植物に見
られる割合を示す表1と形質転換をした種子について見られる割合を
示す表2の双方を含む記載になっている。パリ条約4条B項において
は,「すなわち,A(1)に規定する期間の満了前に他の同盟国にお
いてされた後の出願は,その間に行われた行為,例えば,他の出願,
当該発明の公表又は実施,当該意匠に係る物品の販売,当該商標の使
用等によつて不利な取扱いを受けないものとし,また,これらの行為
は,第三者のいかなる権利又は使用の権能をも生じさせない。優先権
の基礎となる最初の出願の日前に第三者が取得した権利に関しては,
各同盟国の国内法令の定めるところによる。」と規定されているか
ら,優先権主張の基礎となる出願の明細書は,特許法29条2項の判
断においては必ず参酌されなければならない。
(イ)審決は,「本願発明1の効果は,引用例4での双子葉植物の葉にお
けるパルミトオレイン酸の含有パーセントの増加から期待されるものと
比べて,当業者の予測の範囲を超えるものとはいえない」(6頁25行
∼28行),「植物種子中の種子油におけるパルミトオレイン酸の含有
パーセントが増加することについては,当業者の予測を超えるものとは
認められない。」(7頁下2行∼下1行)と判断し,本願発明1におけ
る実施例の効果を否定する。
しかし,本願の公開特許公報(甲1)13頁及び14頁に記載された
「表1」及び「表2」を比較すると,パルミトオレイン酸(C16:1)の
含有パーセントは平均で0.18から0.26に,最小で0.00から0.10に増加し
ている。
そして,前記甲12の528頁「表Ⅳ」には,16:1(パルミトオレ
イン酸)の種子の欄が空白になっており,シロイヌナズナの種子中に
は,16:1は存在しないことを示している。そうすると,そもそも本件
優先日前においては,種子中に16:1は存在しないものと認識されてい
たのであるから,16:1が増加したこと自体が顕著な効果というべきで
ある。
また,前記ア,イのとおり,そもそも,本件優先日前の技術水準で
は,本件遺伝子を種子に導入した場合の効果は予測不可能だったのであ
るから,どの程度パルミトオレイン酸が増加したかにかかわらず,この
ような増加が予想外の顕著な効果であることは明らかである。
さらに,仮に,本件遺伝子を種子に導入した場合同様の効果をある程
度得られると予測できたとしても,上記のとおり,パルミトオレイン酸
(C16:1)の含有パーセントは,平均で0.18から0.26に,最小で0.00か
ら0.10と,平均値が約50%増加しているのであり,このような増加が
予想外の顕著な効果であることは明らかである。
なお,審決は,「本願発明1は,パルミトオレイン酸の含有パーセン
トの増加の程度について特定されておらず,増加の程度が顕著でないも
のも含んでいるから,そのようなものについては,顕著な効果を奏して
いるとは認められない。」と判断する(5頁下2行∼6頁2行)。しか
し,本願発明1は,少なくとも本願の公開特許公報の「表1」及び「表
2」に示した程度の増加を示すものであり,本願発明1のクレーム全体
について顕著な効果を奏するものである。
(ウ)審決は,種子におけるリノール酸及びリノレン酸の顕著な増加には
一切言及していない。
しかし,本願の公開特許公報(甲1)13頁及び14頁の「表1」及
び「表2」を比較すると,リノール酸(C18:2)の含有パーセントは平
均16.76から25.35に,リノレン酸(C18:3)は平均6.82から9.68に増加
しており,リノール酸及びリノレン酸の種子における含有量が増加した
ことは明らかである。
そして,前記甲12の528頁「TableⅣ(表Ⅳ)」の18:2(リノー
ル酸)及び18:3(リノレン酸)の欄を見ると,シロイヌナズナに遺伝
子変異が生じても,シロイヌナズナの種子中の18:2も18:3も野生型と
比べて全く量が変動しなかったことが示されている。そうすると,そも
そも本件優先日前においては,デサチュラーゼ遺伝子の変異が生じて
も,種子中の18:2及び18:3の量は変動しないものと認識されていたの
であるから,18:2及び18:3の量が増加したこともまた顕著な効果とい
うべきである。どの程度リノール酸及びリノレン酸が増加したかにかか
わらず,このような増加が予想外の顕著な効果であることは明らかであ
る。
したがって,審決は,種子におけるリノール酸及びリノレン酸の顕著
な増加を看過している。
なお,被告は,「種子中に,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子が
導入され,該遺伝子が発現されれば,種子の細胞質中に存在するステア
ロイルCoA(18:0)を基質として,オレイン酸(18:1)が産生され,そ
の後,リノール酸(18:2)及びリノレン酸(18:3)を形成することは,
自明である。」と主張するが,本願の公開特許公報(甲1)13頁及び
14頁の「表1」及び「表2」を比較すると,上記のとおり,リノール
酸及びリノレン酸の種子における含有量が増加しているのに対し,オレ
イン酸(c18:1D9)の含有量は,平均で63.78から51.51,最小で51.90か
ら40.70,最大で72.10から63.70といずれも減少しているが,このこと
は上記の被告の主張では説明がつかない。
(エ)以上のように,本願発明1の顕著な効果を看過している点で審決は
誤っている。
エ取消事由4(手続違背)
(ア)特許法159条2項が準用する同法50条本文によれば,拒絶査定
不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,
審判官は特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定し
て,意見書を提出する機会を与えなければならない。そして,特許出願
人に対して新たな拒絶の理由を通知することなく,審判請求は成り立た
ないとの審決をした場合は,当該審決は違法な手続によりなされたもの
として,取消しを免れない。
(イ)原告は,本件補正後の請求項1に係る発明(本願発明1)との関係
で,引用例4を引用する拒絶理由通知書を受けていない
本件補正に先立つ平成14年2月7日付け拒絶理由通知書(甲2の
2,以下「本件拒絶理由通知」という。)においては,特許願(甲2の
1)記載の旧請求項1∼4,6,7,9∼16及び37について,引用
例1(甲3)及び引用例2(甲4の1)のみが引用され,引用例4(甲
5)は引用されなかった。他方,特許願記載の旧請求項17∼36との
関係では,引用例1及び2とともに,引用例4が引用された。
原告は,本件補正によって,特許願(甲2の1)記載の旧請求項1に
旧請求項2及び4の要素を付加して,(新)請求項1としたから,出願
人は,本件補正後の(新)請求項1に係る発明(本願発明1)との関係
で,引用例4を引用する拒絶理由通知書を受けていないのであり,この
点において,特許法159条2項が準用する同法50条本文違反があっ
たものである。
また,本件拒絶理由通知(甲2の2)には,「引用例3(原告注:
「4」の誤記である。)には酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子をタ
バコ組織中で発現させ,不飽和脂肪酸含有量が増加することが記載され
ているので,引用例1に記載された発明において,種子中で酵母デルタ
−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させた際に,不飽和脂肪酸含有量が増
加することは,当業者にとって予想し得る範囲のものである。」(2頁
4行∼8行)としか記載されていないから,本願発明1の「植物種子中
の種子油におけるパルミトオレイン酸含有パーセントの増加」について
は,なんら指摘されていないのであり,そのまま審決に至ったから,こ
の点からしても,特許法159条2項が準用する同法50条本文違反が
あったものである。
(ウ)被告が周知技術であると主張する技術事項及びこれに関する文献
は,拒絶理由通知書又は拒絶査定において示されなかった
a原告は,本件補正とともに,意見書(甲2の4)を提出し,そこで
は,「引用文献4では,酵母遺伝子を,植物宿主の葉において発現さ
せたことが記載されています。しかし,ここで使用されるタバコの葉
では,通常飽和脂肪酸の濃度は高く,不飽和脂肪酸の濃度はほとんど
ないことから,本願発明のように種子における脂肪酸組成を変更しよ
うということを示唆しません。」(3頁下5行∼下2行)と述べ,本
願発明1と引用例4との間には差異(すなわち,本願発明1では種子
で酵母遺伝子を発現させているのに対し,引用例4では葉で酵母遺伝
子を発現させていること)が存するため,引用例4から本願発明1の
作用効果を予測できるわけではないことを主張した。
bこれに対し,拒絶査定(甲2の5。以下「本件拒絶査定」とい
う。)では,「備考」として,「酵母のデサチュラーゼ遺伝子を植物
細胞中で発現させると,パルミトレイン酸の含有量が増加すること
は,引用例4に記載されているように,公知の効果である。」と記載
されている。しかし,「葉における挙動が,種子においても同様にみ
られる」という被告が周知技術と主張する技術事項については触れら
れず,示唆すらされなかった。
c原告は,拒絶査定不服審判においても,平成15年4月2日付け手
続補正書(甲2の7)において,「特に,葉においては,脂肪酸生合
成は,『原核生物』の様式をとるクロロプラスト内でおきるのに対し
て,種子での脂肪酸合成は,『真核生物』の様式をとる細胞質ゾルに
おいて行われます。このような代謝様式の差があることが一般に知ら
れていたことにもかんがみると,種子における発現を記載も示唆もし
ていない引用文献から本願発明に想到するとはいえないことは明らか
かと存じます。」(4頁下8行∼下4行)と述べ,本願発明1と引用
例4との差異について主張した。
dこれに対し,審決は,「双子葉植物の葉で観察された現象が,同じ
植物体の種子においても起こり得るだろうと期待して」(5頁34行
∼35行)と述べ,また,「しかしながら,引用例4をみた当業者で
あれば,…葉における挙動が,種子においても同様にみられるだろう
と期待することはごく自然であると考えられるから,上記主張は受け
入れられない」(7頁1行∼6行)と述べて,初めて「葉における挙
動が,種子においても同様にみられる」という,被告が周知技術と主
張する技術事項の存在を示し,これを前提とする判断をしたものであ
る(なお,審決は,この技術事項を「周知技術」と明言していな
い。)。
これにとどまらず,審決は,上記の被告が周知技術と主張する技術
事項に「種子における脂肪酸の組成が,葉と同じような現象が起こり
得ないとする確たる事実,例えば,種子においては,酵母デルタ−9
デサチュラーゼの基質となる物質,例えば,パルミトイルCoAがまっ
たく存在しない等の事実がない限り」(7頁1行∼4行)という例外
的場合の存在を設けつつ,本件がそのような例外的場合ではないこと
を示すために,前記甲6を引用した。
しかし,このような周知技術の存在はそれまで示唆すらされていな
かったため,出願人としては,本願発明1と引用例4との間の差異
(すなわち,本件発明では種子で酵母遺伝子を発現させているのに対
し,引用例4では葉で酵母遺伝子を発現させているという差異)を主
張したものであり,「葉における挙動が,種子においても同様にみら
れる」という技術事項について積極的な主張をすることはせず,いわ
んや,「種子においては,酵母デルタ−9デサチュラーゼの基質とな
る物質,例えば,パルミトイルCoAがまったく存在しない」といった
技術事項については思いも至らず,当然ながら,これらの点に対して
意見を述べ,あるいは,補正をする機会を全く与えられなかったもの
である。
eさらに,審決は,葉と種子との代謝様式にたとえ差があったとして
も,葉における挙動が,種子においても同様にみられることの根拠と
して,「植物体における不飽和化は,可溶性のクロロプラスト酵素で
ある植物のデルタ−9デサチュラーゼによりアシルAPC基質が不飽和
化され,その後,植物の小胞体内の酵素によっても起こること」を本
件優先日時点での周知技術として述べる(7頁22行∼25行)。そ
して,その根拠として,前記甲7を引用している。
しかし,「植物体における不飽和化は,可溶性のクロロプラスト酵
素である植物のデルタ−9デサチュラーゼによりアシルAPC基質が不
飽和化され,その後,植物の小胞体内の酵素によっても起こる」とい
う周知技術の存在はそれまで示唆すらされていなかったため,出願人
としては,本願発明1と引用例4との間の差異を主張していたのみだ
ったのであり,このような周知技術及び甲7について意見を述べ,あ
るいは,補正をする機会を全く与えられなかったものである。
f以上のとおり,被告が周知技術と主張する「葉における挙動が,種
子においても同様にみられる」という技術事項及び「植物体における
不飽和化は,可溶性のクロロプラスト酵素である植物のデルタ−9デ
サチュラーゼによりアシルAPC基質が不飽和化され,その後,植物の
小胞体内の酵素によっても起こる」という技術事項及び甲6,7は,
本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定において,全く示されていなかっ
たものであり,審決において初めて示されたものである。
被告は「種子」における「種子油」に関連する合成代謝様式につい
ては,審決に至るまで,なんら示すことなく,審決において,本願発
明1と引用例4との間に,本願発明1では種子で酵母遺伝子を発現さ
せているのに対し,引用例4では葉で酵母遺伝子を発現させていると
いう相違点が存在するにもかかわらず,引用例4から本願発明1の作
用効果は予測できると認定し,その際,上記の「葉における挙動が,
種子においても同様にみられる」及び「植物体における不飽和化は,
可溶性のクロロプラスト酵素である植物のデルタ−9デサチュラーゼ
によりアシルAPC基質が不飽和化され,その後,植物の小胞体内の酵
素によっても起こる」という特定の技術事項を用いたのであるから,
仮に当該技術事項が周知技術であっても,いかなる周知技術である
か,及び,これらを示す文献については,拒絶理由として通知されて
いなければならない。また,上記の被告が周知技術と主張する各技術
事項は,普遍的な原理や当業者にとって極めて常識的・基礎的な事項
のように周知性の高いものであるとは到底認められないのであり,こ
れらの技術事項は周知技術として,根拠となる文献とともに,拒絶理
由として通知されていなければならない。
したがって,審決には特許法159条2項が準用する同法50条本
文に違背する違法がある。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア引用例4に記載されているパルミトオレイン酸が本願発明1の種子で生
成されるパルミトオレイン酸と同様の挙動を示すとは考えられないとの原
告の主張につき
(ア)原告は,「本件優先日前においては,葉中にはトリグリセリドは存
在しないか,仮に存在するとしても非常にわずかであるもの」と認識さ
れていたことを立証するために,甲8及び甲9を提出している。
しかし,甲8は,油料植物ではないオオムギ(Barley)の葉における
脂肪酸組成を挙げた1例にすぎない。原告が指摘する甲8の69頁
「Table3(表3)」を見ても,「トリアシルグリセロール及びエステ
ル化していない脂肪酸」の欄に,正常体では,3.6±0.9g/100gという数
値が記載されていて,葉においても少量のトリグリセリドが形成される
ことが分かり,葉中にはトリグリセリドが存在しないとはいえない。ま
た,甲9は,葉から単離した葉緑体の包膜の脂質組成についてのもので
あり(596頁「Table1(表1)」),葉の細胞全体についてのもの
ではなく,葉中にトリグリセリドが存在しないとはいえない。したがっ
て,どちらの証拠をみても,上記のような認識があったことを示すもの
ということはできない。
(イ)原告は,本件優先日前において,「トリグリセリドが種子中にのみ
存在する」と認識されていたことを立証するために,甲10及び甲11
を提出している。
しかし,甲10の931頁の記載は,「植物は種子,果肉あるいは根
幹など,それぞれ独特の部分に蓄積する」とあり,トリグリセリドが種
子以外にも存在することを示すものであって,葉中にトリグリセリドが
存在しないことを示すものではない。また,甲11の210頁には,種
子でトリグリセリドが合成されることは示されているが,甲11自体
は,植物油脂(トリグリセリド)についての文献であるから,特に油脂
含量の多い種子について記載しているものにすぎず,種子以外の器官に
トリグリセリドが存在しないことを示すものではない。むしろ,甲11
には,「トリアシルグリセロールは,植物のほとんどすべての器官に存
在するが,それらは通常,種子及び果実に相当量が蓄積されるだけであ
る(図4)。」(179頁9行∼10行,乙3)と,トリグリセリドが
種子以外の器官にも存在することが明記されている。
(ウ)そうしてみると,葉にトリグリセリドが存在しないと考えられてい
たことを示す証拠はなく,逆に,少量であっても存在していることが認
識されていたことは明らかであるから,引用例4をみた本件優先日前の
当業者は,原告の主張するように,「引用例4に記載された葉における
パルミトオレイン酸の増加」を,「リン脂質及び糖脂質,すなわちトリ
グリセリド以外の物質に取り込まれた脂肪酸として存在しているパルミ
トオレイン酸の増加を意味するものと理解」するということはできな
い。
(エ)原告は,甲12の記載は,遺伝子操作によって葉における脂肪酸
組成の変動に成功したからといって,種子においても同様に脂肪酸組成
が変動するとは限らず,むしろ変動しないことが期待されることを示し
ており,これは,本件優先日前においては,脂肪酸組成に関して,葉に
おける挙動と種子における挙動とは異なるものと認識されていたことを
意味する,と主張する。
しかし,甲12に基づく原告の主張は,脂質合成に重要な貢献をしな
い合成経路に関与する遺伝子の変異のただ一つの例,しかも,遺伝子が
導入されるのではなく,欠失した例を挙げて,主張するものであり,た
だ一つの例をもって,葉と種子の遺伝子変異の結果すべてについて一般
化するといった,根拠を欠く主張である。
甲12において変異した「fadC」が関与するのは,色素体内の不飽和
化経路であることは周知であり(例えば,乙1の471頁「Figure1
(図1)」の葉における脂質合成経路を参照),その一方で,本願発明
1や引用例1及び引用例4に記載された発明に係る酵母デルタ−9デサ
チュラーゼが関与するのは,細胞質内の反応経路である。例えば,葉と
種子における脂質合成経路を示した乙1の「Figure1(図1)」(葉)
と「Figure3(図3)」(種子)を見ると,酵母デルタ−9デサチュラ
ーゼの基質となるパルミトイルCoA(16:0-CoA)は,葉及び種子のどち
らにおいても,色素体で合成されたアシルACPが,細胞質ゾルに輸送さ
れる際に変換されて,細胞質内に存在しており,酵母デルタ−9デサチ
ュラーゼ遺伝子の発現産物であるデルタ−9デサチュラーゼは,細胞質
内の小胞体酵素であるから,細胞質内のこのような葉と種子におけるパ
ルミトイルCoA(16:0-CoA)をパルミトオレイン酸に変換するのであ
る。このような脂質合成経路を知る本件優先日当時の当業者は,たと
え,甲12を見たとしても,色素体内の不飽和化に関与する「fadC」の
変異は,異なる脂質合成経路に関するものであると理解するから,原告
の主張のように考えるということはできない。原告が主張するように,
小胞体と葉緑体との間を脂質が移動するとしても,葉において,色素体
の合成経路における「fadC」の変異の影響(PGの脂肪酸組成の変更)
が,色素体だけでなくほかの合成経路にも影響を及ぼし得るだろうとい
うことにすぎず,甲12の例を一般化できるものでも,本件遺伝子を種
子に導入する場合にも当てはめることができるものでもない。
また,甲12には,以下の記載があり,種子においては,脂質合成に
色素体(葉緑体)内の原核生物経路は重要な貢献をしないことが示され
ている。
「特別な色素体以外の膜が優位に含まれている植物の根や,トリグリ
セリドが大量に含まれている種子においては,原核生物経路は脂質合
成に重要な貢献をしない。変異体と野性型の根と成熟種子における全
脂肪酸組成の比較は,これら器官のいずれも脂質中の18:1の量の違い
を検出できなかった(表IV)。これらの観察は,fadC遺伝子座が原核
生物経路のデサチュラーゼを制御することを示す上述のそのほかの結
果と一致する。真核生物型の脂質における効果の欠如は,葉の真核生
物型脂質の不飽和化における変化は,真核生物経路に関与するデサチ
ュラーゼにおけるfadC遺伝子産物の影響によるものでないことを示唆
する。」(526頁左欄下2行∼右欄12行,乙4)
この記載を踏まえれば,当業者は,なおさら,甲12における色素体
内の原核生物経路で働く「fadC」の変異は,酵母デルタ−9デサチュラ
ーゼ遺伝子を発現させた場合に起こる種子における脂肪酸組成の変化と
は関係のないものと理解するのであるから,甲12における「fadC」の
変異が,種子の脂肪酸組成に大きな影響を及ぼさなかったからといっ
て,引用例1に示唆された双子葉植物の種子中に酵母デルタ−9デサチ
ュラーゼ遺伝子を導入することの強い動機付けに基づき,該遺伝子を発
現させた場合に,種子中の脂肪酸組成が変化しない(細胞質内のパルミ
トイルCoAがパルミトオレイン酸に変換されない)とは考えないのであ
る。
(オ)種子においては,脂肪酸はトリグリセリドに取り込まれた形で存在
するのに対し,葉においては,脂肪酸はリン脂質又は糖脂質に取り込ま
れた形で存在するものがほとんどであるとの原告の主張は,パルミトオ
レイン酸等の脂肪酸が形成された後の代謝の違いについて述べているに
すぎない。
リン脂質及び糖脂質も,トリグリセリドも脂肪酸から生合成されるも
のであるから(乙1の「Figure1(図1)」及び「Figure2(図2)」
参照),たとえ,原告の主張するように,引用例4を見た本件優先日前
の当業者が,「引用例4に記載された葉におけるパルミトオレイン酸の
増加は,リン脂質及び糖脂質,すなわちトリグリセリド以外の物質に取
り込まれた脂肪酸として存在しているパルミトオレイン酸の増加を意味
するものと理解した」としても,そのことから,種子においてパルミト
オレイン酸がトリグリセリドに取り込まれた形態で存在しないというこ
とにはならない。
葉において,パルミトオレイン酸がリン脂質又は糖脂質に取り込まれ
た形で存在しているとしても,パルミトオレイン酸自身の生合成量が増
加したことは明らかであり,種子において,同様にパルミトオレイン酸
が増加すれば,種子における代謝形態に従って,それがトリグリセリド
の原料として利用されてパルミトオレイン酸を取り込んだ形のトリグリ
セリドの量が増加するであろうことは,当業者であれば容易に予測し得
るのである。
脂質合成経路を示した乙1の「Figure1(図1)」(葉)及び
「Figure2(図2)」(種子)を見ても,葉及び種子のどちらにおいて
も,色素体で合成された脂肪酸は,細胞質ゾルに輸送される際にアシル
ACPからアシルCoAに変換されており,それに続く生合成の反応(葉では
リン脂質及び糖脂質が主に生合成され,種子ではトリグリセリドが主に
生合成される。)は,当該アシルCoAを基質としており,このような合
成経路の共通性を知る本件優先日前の当業者は,パルミトオレイン酸等
の脂肪酸が形成された後の脂肪酸の取り込まれた形態によらず,引用例
4により,酵母由来の酵素であるデルタ−9デサチュラーゼが,別の生
物である植物細胞内でも作用することが実証されたことをみて,同じ植
物の別の器官の細胞である種子においても,当然にその酵素が作用し,
種子中に存在するパルミトイルCoAがパルミトオレイン酸に変換され
て,パルミトオレイン酸が増加するであろうと考えるのである。
したがって,原告が主張する脂肪酸の存在する形の違いについての本
件優先日前における当業者の認識は,本願発明1に至る阻害事由とはな
らない。
(カ)以上のとおり,審決において,本件優先日前に,当業者が,「葉に
おける挙動が,種子においても同様にみられるだろう」と認定した点に
誤りはない。
イ本件優先日前高等植物の種子中にパルミトイルCoAは単独で存在すると
は考えられていなかったとの原告の主張につき
(ア)原告は,前記甲13に基づき,「本件優先日前,高等植物の種子中
に,パルミトイルCoAは単独で存在するとは考えられていなかった」と
主張する。
しかし,この主張は,以下のとおり失当である。
a甲13は,「植物脂質代謝実験法」という標題であり,原告の指摘
する記載は,「脂肪酸の不飽和化」についての実験手法の記載であ
る。ここで,原告の指摘する,「藻類,植物における不飽和化の研究
では,生細胞を用いるかまたはミクロソーム膜のリン脂質にアシル
-CoAから脂肪酸をとり込ませ,それをOとNAD(P)H存在下で反応させ2
る方法が用いられる。」との記載は,アシルCoAに関するものであ
り,パルミトイルCoAのみに関するものではない。当該実験手法の対
象となるアシルCoAには,パルミトイルCoAのほかに,植物中に存在す
ることが知られているもの,例えば,オレイルCoA(18:1-CoA)も含
まれており,外部からアシルCoAを加えていることが,植物中に,パ
ルミトイルCoA等のアシルCoAが存在しないことを意味するなどとはい
えない。むしろ,甲13の実験手法は,アシルCoAの酵素特異性を測
定するために,反応前に存在したアシルCoAの全体量と反応に用いら
れたアシルCoAの量を正確に把握するためのものと考えられる。
また,甲13の原告の指摘する上記記載は,「グリセロ脂質を基質
とする不飽和化酵素は一般に,膜結合性であり,藻類,植物では可溶
化に成功した例はない。また,グリセロ脂質を基質として外から与え
ること自体が困難であり,不飽和化反応を行うinvitro系が確立され
ていない。」との記載に続くものであり,「グリセロ脂質を基質とし
て外から与えること自体が困難であり,不飽和化反応を行うinvitro
系が確立されていない」から,「リン脂質にアシル-CoAから脂肪酸を
取り込ませ」たものを用いることが記述されているにとどまるのであ
り,種子においてパルミトイルCoA等のアシルCoAが存在しないことは
何ら述べていない。
したがって,甲13により,「本件優先日前,高等植物の種子中
に,パルミトイルCoAは単独で存在するとは考えられていなかった」
ということはできない。
b甲13の発行より後で,本件優先日より前に発行され,本件優先日
時点における技術水準をより適切に示すと考えられる,周知技術の例
としての,乙1(JohnBrowse,ChrisSomerville「GLYCEROLIPID
SYNTHESIS:BiochemistryandRegulation」[グリセロ脂質の合成:生
化学と制御]Annu.Rev.PlantPhysiol.PlantMol.
Biol.[1991]Vol.42)及び乙2(MatthewJ.Hills,DenisJ.Murphy
「BiotechnologyofOilseeds」[油料種子のバイオテクノロジー]
BiotechnologyandGeneticEngineeringReviews[1991]Vol.9),並
びに,原告が提出した甲11(乙3の訳文参照)には,種子の細胞質
中にパルミトイルCoAが存在することが示されている。
乙1は,「グリセロ脂質の合成:生化学と制御」という標題のレビ
ューであり,油料種子におけるトリアシルグリセロール(トリグリセ
リド)の合成反応の流れが示されており(491頁「Figure3[図3
]」),色素体で合成されたパルミトイル-ACP(16:0)が,色素体の
外へ輸送され,パルミトイルCoA(16:0)を含むアシルCoAプールとし
て存在し,植物油であるトリアシルグリセロールに組み込まれること
が記載されている。また,乙2は,「油料種子のバイオテクノロジ
ー」という標題のレビューであり,脂肪酸及び油の合成経路として,
種子の色素体で合成されたパルミトイル-ACP(16:0)が,色素体の外
へ輸送され,パルミトイルCoA(16:0)を含むアシルCoAプールとして
存在し,植物油であるトリアシルグリセロール(トリグリセリド)に
組み込まれることが記載されている(9頁「Figure1[図1]」及び
「Figure2[図2]」)。さらに,原告が提出した甲11(乙3の訳
文参照)にも,同様に,脂肪酸及び油の合成経路として,種子の色素
体で合成されたパルミトイル-ACP(16:0)が,色素体の外へ輸送さ
れ,パルミトイルCoA(16:0)を含むアシルCoAプールとして存在し,
植物油であるトリアシルグリセロール(グリセリド)に組み込まれる
ことが記載されている(189頁「Fig.7[図7]」)。
cしたがって,甲13に基づき,「本件優先日前においては,パルミ
トイルCoAは種子に存在しないものと認識され」ていたということは
できない。
(イ)原告は,甲6に基づき,「本件優先日前,高等植物の種子中に,パ
ルミトイルCoAは単独で存在するとは考えられていなかった」と主張す
る。
しかし,甲6は,ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ
の活性を検出するために,invitro試験で放射性同位元素で標識した
[1-C]オレオイルCoAを用いたものであるから,このような特殊な14
[1-C]オレオイルCoAは外部から添加せざるを得なかったものである。14
また,[1-C]オレオイルCoAは確かに外部から添加したものであるが,14
研究の目的は油料植物の種子におけるトリアシルグリセロール(トリグ
リセリド)のinvivo合成に関するものであって,その生合成の最終段階
に係る酵素の活性についてのものであり,実験には,パルミトイルCoA
(16:0)を含む3種類(パルミトイルCoA(16:0),リノレオイルCoA
(18:2)及びオレオイルCoA(18:1))の基質が用いられている。仮
に,原告の主張するとおり,パルミトイルCoAが種子中に存在しないの
であれば,あえて,基質として元来存在しないはずのパルミトイルCoA
を用いて,無意味な実験をするとは考えられない。
そして,外部から添加した[1-C]オレオイルCoAがトリグリセリドに14
取り込まれたということは,先に周知技術の例として示した乙1及び乙
2に記載されているとおり,甲6においてジアシルグリセロールトラン
スフェラーゼの基質として確認されているリノレオイルCoA(18:2),
パルミトイルCoA(16:0),オレオイルCoA(18:1)は細胞質ゾルに存在
するアシルCoAプールに含まれることを勘案すると,甲6では,植物種
子において,パルミトイルCoAが存在し,代謝されることをさらに強く
示している。
(ウ)そうしてみると,審決において,「双子葉植物の種子において,パ
ルミトイルCoAがまったく存在しないとは考え難い。」とした認定に誤
りはない。
ウ原告が前記1(4)ア(ア)e①から④において主張する作用機序は,以下
のとおり,十分に予測できたものである。
(ア)作用機序①(種子中に原料であるパルミトイルCoA(16:0-CoA)が
存在すること)
酵母デルタ−9デサチュラーゼの基質であるパルミトイルCoA
(16:0-CoA)が,乙1,2及び甲11で示されているように,植物種子
の細胞質中に存在していたことは,本件優先日時点においてよく知られ
ていたことである。
(イ)作用機序②(本件酵素が種子中で機能し,16:0-CoAが本件酵素で不
飽和化されること)
引用例4では,酵母デルタ−9デサチュラーゼが,葉において実際に
機能し,パルミトオレイン酸(16:1)が産生されることが確認されてい
る。パルミトオレイン酸(16:1)が産生されたことは,乙1の471頁
「Figure1」(図1)に示されているように,細胞質中に存在する,パ
ルミトイルCoA(16:0-CoA)が,植物の種子中に導入された酵母デルタ
−9デサチュラーゼにより不飽和化されることによるものといえるか
ら,別生物である酵母由来の酵素であるデルタ−9デサチュラーゼが,
植物細胞(葉)の細胞質中に存在するパルミトイルCoA(16:0-CoA)を
不飽和化できることが実証されたといえる。そうしてみると,酵母と植
物(葉)における細胞内環境の違いがあったとしても,本件酵素は機能
するのであるから,同じ植物の別の器官である植物種子においても機能
することは,当業者が十分に予見できたといえる。
(ウ)作用機序③(16:0-CoAから合成されたパルミトオレイルCoA[
16:1-CoA]が安定にCoAプールに存在し得ること)及び作用機序④
(16:1-CoAがアシルトランスフェラーゼの基質となってトリグリセリド
に取り込まれること)
植物種子の種子油にはパルミトオレイン酸(16:1)が含まれているこ
とが知られている(本願の公開特許公報(甲1)の【0010】参
照)。このことは,本来,植物種子には,パルミトオレイン酸(16:1)
をトリグリセリドに取り込む系が存在することを意味するのであり,ト
リグリセリドの脂質合成経路の作用機序③及び④が機能していることが
推測できる。
エ原告の甲17∼18,乙1(甲21)に基づく主張は,以下のとおり理
由がない。
(ア)甲17,18
甲17は,培地中に不飽和脂肪酸がある場合,酵母が,酵母デルタ−
9デサチュラーゼのmRNAの転写を減少させることが記載されており(乙
10の訳文参照),培地の環境に依存して,酵母がmRNAの転写を制御し
ていることを示すものであり,酵素の置かれた環境によって,酵素の活
性が変化することを示すものとはいえない。原告の主張は,生物の環境
に対する応答と,酵素の活性を混同した主張であり,参酌に値しない。
また,甲17を参考論文とする甲18についても同様である。
(イ)甲19
甲19に記載されている内容は,「米国ミシガン州立大学で感じたこ
と」,「米国ミシガン州イーストランシングでの生活」などといった,
大学での生活を色々と書き綴った便りの中に混じって,筆者が自身の研
究紹介を簡単に書き綴っただけの私的な報告文にすぎず,このような報
告文は専ら学外の研究者である第三者に対して研究成果を報告するため
に作成されたものではなく,しかも発表内容について発表者に一定レベ
ル以上の内容が要求され専門家による校閲を経た後に発表される専門的
な学術雑誌の水準にあるものでもないから,このような私的な報告文に
基づいて「本件優先日後においてすら,アシルCoAプールの実態は不明
であって,その組成は推定の部分が多いとされている。」などと結論付
けることはできないし,しかも,このような私的な報告文を証拠として
提出せざるを得なかったこと自体,原告の主張に無理があることの証左
でもある。そして,乙1,2及び甲11を示して指摘したように,アシ
ルCoAプールの存在については,既に当技術分野において確立した疑い
のない事実である。
(ウ)甲20,乙1(甲21)
甲20,乙1(甲21)は,16:0-CoAがアシルトランスフェラーゼに
よってトリグリセリドに取り込まれないことを示すものではない。そも
そも,酵素の基質特異性は,ある程度の柔軟性を持つものである。例え
ば,本願発明1の酵母デルタ−9デサチュラーゼについても,パルミト
イルCoA(16:0-CoA)だけを基質とするのではなく,ステアロイルCoA
(18:0-CoA)を基質とするものである(引用例4を参照)。また,甲6
には,アシルトランスフェラーゼについて,その活性の程度の差はある
ものの,リノレオイルCoA,パルミトイルCoA及びオレオイルCoAを基質
とすることが示されている。そして,植物種子の種子油にはパルミトオ
レイン酸(16:1)が含まれており,このことは,本来,植物種子には,
パルミトオレイン酸(16:1)をトリグリセリドに取り込む系が存在する
ことを意味するものであり,パルミトオレイルCoA(16:1-CoA)を基質
とするアシルトランスフェラーゼが機能していると推測できるのである
から,甲20,21の記載をもって,作用機序④に障害があるとはいえ
ず,当業者がパルミトオレイン酸(16:1)の含有量の増加することを期
待することの妨げになるとはいえない。
オその優先日が本件優先日前の別出願人の特許出願(出願人パイオニア
ハイブリッドインターナショナルインコーポレイテッド,優先日:
1991年[平成3年]12月31日)に係る特開平6−98777号公
報(乙11)には,動物又は酵母由来のデルタ−9デサチュラーゼ(脂肪
酸CoAを不飽和化するデサチュラーゼ)遺伝子を,植物に導入し,その種
子及び葉においてパルミトオレイン酸(16:1)が増加したことを確認した
ことが記載されている(特に,実施例5,6及び図8を参照。実施例で
は,哺乳類由来のデルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を植物に導入し,その
種子及び葉においてパルミトオレイン酸(16:1)が増加したことを確認し
ている。なお,種子特異的プロモーターを用いることも記載されている[
実施例6])。
また,本件優先日(1992年[平成4年]3月13日)時点におい
て,植物の種子中に,酵母デルタ9−デサチュラーゼ遺伝子,又は,その
ラット由来の類似体であるラットデルタ9−デサチュラーゼ遺伝子を導入
することについて,別の二つのグループが,本件優先日と同時期に研究を
進めていた。すなわち,乙12(JamesJ.Polashockほか2名
「ExpressionoftheYeast-9FattyAcidDesaturaseinNicotianaΔ
tabacum」PlantPhysiol.[October1992]Vol.100,p.894-901)は,論文の
到着日が本件優先日の直後の1992年4月1日,受入日が同年6月16
日の論文であるが,この論文には,タバコの葉や種子等の細胞に,酵母デ
ルタ9−デサチュラーゼ遺伝子を発現させたこと,いずれの異なる器官の
細胞においても,パルミトオレイン酸(16:1)の含有量が増加したことが
記載されている(897頁の「Table1.[表1]」参照)。また,乙13
(W.S.Grayburnほか2名「FATTYACIDALTERATIONBYA9DESATURASEINΔ
TRANSGENICTABACCOTISSUE」BIO/TECHNOLOGY[June1992]Vol.10,
p.675-678)は,論文の到着日が本件優先日前の1992年1月28日,
受入日が本件優先日前の同年3月8日であるが,この論文には,ステアリ
ルCoA(18:0-CoA)及びパルミトイルCoA(16:0-CoA)を基質とするラット
のデサチュラーゼ遺伝子を,タバコの葉等で発現させ,パルミトオレイン
酸(16:1)の増加を確認したことが記載されており,種子においても同様
の手法をとり得ることがを示唆されている。
以上の事実からしても,当業者は,酵母由来の遺伝子を,別の生物であ
る植物種子に導入することについて,作用機序①∼④に障害があると認識
されていたとは考えられない。
カ以上のとおり,引用例4に接した当業者が,「葉における挙動が,種子
においても同様にみられるだろうと期待することはごく自然であると考え
られる」との審決の認定に誤りはない。
(2)取消事由2に対し
ア引用例1に接した当業者が酵母の替わりに本件遺伝子を植物で発現させ
ることを想到することはなかったとの原告の主張につき
(ア)審決が引用例1には本件遺伝子を植物に導入できることが記載され
ていると認定したことに誤りはない
a審決においては,引用例1(甲3)の記載事項を以下のとおり認定
している(2頁24行∼3頁13行)。
「ア.『本願発明は,酵母における油の生産を増加させるという点
についてここに記載されているが,特殊な脂肪酸組成を有する油を高
いレベルで生産する植物の産生のための,同様の手段,その遺伝子を
ほかの生物へ導入することや,酵母やほかの生物,すなわち,トウモ
ロコシ,ダイズ,ナタネ等の農作物から単離された同様のデサチュラ
ーゼ遺伝子を使うことによっても,増加がもたらされることは,当業
者にとって理解されるであろう。』(第4欄第21∼29行)」
「イ.『このことは,機能的なデサチュラーゼやそのほかの脂肪酸
変性酵素を,農作物(ダイズ,ヒマワリ,トウモロコシ,ナタネ等)
のような生物へ過剰なレベルで導入することが,特殊化された脂肪酸
の組成を有する油の同様な過剰生産を導くことを示唆する。高度に特
殊化された脂肪酸組成を有する油を生産する植物株を構築することに
より,(1)油を精製したり,容易に酸化され質が低下するポリ不飽
和脂肪酸を除去するために油を変換したりするための費用が下がった
り,(2)食物や融点及び沸点に特徴を有する料理用油を製造するた
めの的確な組成物を混合するための費用が下がったりすることによ
り,現在よりもより経済的に油を生産することが可能になるであろ
う。』(第5欄第2∼第17行)」
「ウ.『標準的な分子遺伝学的手法が,デサチュラーゼ遺伝子の単
離,プラスミドベクターの産生,並びに,酵母や農作物等の宿主細胞
へ導入されるベクターを形成するための,所望の遺伝子を含むプラス
ミドと適切な調節要素との融合に用いられる。』(第6欄第13∼2
4行)」
「エ.『植物細胞に導入された遺伝子は,種子において適切に発現
されるために,高発現プロモーターを有する植物生育の遺伝的調節要
素の制御下にある。あるいは,油生産のための遺伝子の発現は,ほか
の植物組織において同時に活性化され,最適な植物の成長と生育を阻
害しない。』(第6欄第50∼57行)」
b上記aの「ア.」には,引用発明1は,酵母の油の生産の増加だけ
でなく,「特殊な脂肪酸組成を有する油を高いレベルで生産する植物
の産生」にまで視野に入れており,そのための手段として,「同様の
手段,その遺伝子をほかの生物へ導入すること」を挙げている。ここ
で,「その遺伝子」とは,引用例1において,主に論じられている
「酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子」に他ならず,「酵母デルタ
−9デサチュラーゼ遺伝子」を,「ほかの生物」,すなわち,「植
物」に導入することが記載されているということができる。
また,上記aの「イ.」の記載は,上記aの「ア.」の,脂肪酸デ
サチュラーゼ遺伝子の導入された酵母細胞におけるトリグリセリドの
過剰産生についての仮説を論じた記載に続くものであり,「機能的な
デサチュラーゼやそのほかの脂肪酸変性酵素を,農作物(ダイズ,ヒ
マワリ,トウモロコシ,ナタネ等)のような生物へ過剰なレベルで導
入することが,特殊化された脂肪酸の組成を有する油の同様な過剰生
産を導くことを示唆する。」と述べている。このことは,上記aの
「ア.」の記載における「酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子」の
導入される「植物」が,特に,農作物(ダイズ,ヒマワリ,トウモロ
コシ,ナタネ等)であることを示した記載であるということができる
(ダイズ,ヒマワリ,ナタネは,双子葉植物である。)。
さらに,上記aの「イ.」には,その記載中の「(1)」及び
「(2)」のごとく,形質転換された植物による特殊化された脂肪酸
組成を有する油の生産が望まれていることが記載されている。
そして,上記aの「ウ.」には,「標準的な分子遺伝学的手法が,
デサチュラーゼ遺伝子の単離,プラスミドベクターの産生,並びに,
酵母や農作物等の宿主細胞へ導入されるベクターを形成するための,
所望の遺伝子を含むプラスミドと適切な調節要素との融合に用いられ
る(原告訳;用いられることができる)」ことが記載され,上記aの
「エ.」の記載からは,「酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子」を
導入する農作物等の宿主細胞が「種子」及び「ほかの植物組織」であ
ることが読み取れる。
そうしてみると,引用例1には,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺
伝子を,双子葉植物の植物種子に導入しようとする強い動機が示され
ていたといえ,また,この強い動機に基づいて,当該遺伝子を双子葉
植物の植物種子に導入し,発現させることは,本件優先日時点の技術
水準からすれば,当業者にとって「標準的な遺伝子手法」によって適
宜なし得ることである。
cしたがって,審決において,引用例1には本件遺伝子を植物に導入
できることが記載されていると認定したことに誤りがあったというこ
とはできない。
(イ)引用例1の訳に誤りがなく,仮に引用例1の訳が原告が主張すると
おりであるとしても,結論に影響がない
a原告が訳に誤りがあるとする引用例1の記載は,「Standard
moleculargeneticmethodscanbeused…」(上記(ア)aの
「ウ.」),及び,「Genesintroducedintoplantcellswouldbe
underthecontrolofplantdevelopmentalgeneticregulatory
elementswithhighexpressionpromoters…,expressionofthe
genesforoilsproductioncouldbeactivatedinotherplant
tissuesatatimewhichwouldnotinterferewithoptimalplant
growthanddevelopment.」(上記(ア)aの「エ.」)であり(下線は
被告による),審決において,「canbeused」(上記(ア)aの
「ウ.」)を,使用可能であることを表現するために,「用いられ
る」と訳したことには誤りはない。また,上記(ア)aの「エ.」の記
載は,「上記の油産生を引き起こす遺伝子が,多コピープラスミド上
又は強力な誘導性プロモーター(例えば,酵母GALプロモーターであ
るが,これに限定されない。)の制御下のいずれかで導入されてこの
遺伝子の過剰発現を可能にすることが,大量の油の産生のために重要
である。」との記載(引用例1[甲3]の6欄40行∼45行)に続
くものであり,これを受けて,植物細胞に当該遺伝子を導入すること
を設計する際に,当業者にとって当然に想定される事項(高発現プロ
モーターを有する植物生育の遺伝的調節要素の制御下に当該遺伝子を
置くように設計すること)や,植物細胞に当該遺伝子を導入した場合
に予測される事象(ほかの植物組織における当該遺伝子発現の活性化
と,その発現によって植物の成長及び生育が阻害されないこと)につ
いて記述したものであって,原告が主張するように,「…だろう」又
は「…こともあり得」との訳を用いる必然性はない。したがって,審
決における上記aの「ウ.」及び「エ.」の訳に誤りはない。
b仮に原告の訳が正しいとしても,上記aで述べたように,引用例1
には,根拠のない願望や推測ではなく,本技術分野の技術常識を踏ま
えた当業者としての予測が示されているのであり,審決の結論に影響
を及ぼすものではない。
また,引用例1には,特殊な脂肪酸組成を有する油の生産という目
的のために,油料植物に酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を導入
する今後の研究開発の方向が明確に示されており,極めて強い動機付
けが存在する。
このような極めて強い動機付けの存在にもかかわらず,当業者がそ
のような試みをしないということは極めて不自然であり,仮にそのよ
うな場合でも進歩性が認められる場合があるとすれば,それは,実際
に試みてもまず不可能であろうというような強い阻害要因が存在する
ような例外的な場合に限られるというべきである。しかし,本願発明
1には,そのような強い阻害要因もなく,逆に,引用例4は,さらに
強い動機付けが存在することを示すものである。
(ウ)引用例1の記載は阻害事由にならない
原告は,引用例1の「容易に酸化され質が低下するポリ不飽和脂肪酸
を除去するため」との記載(上記(ア)aの「イ.」)をとらえて,「発
明の効果として,不飽和脂肪酸の減少が示唆されている」と主張する。
しかし,本願発明1において増加するパルミトオレイン酸は,「1
価」の不飽和脂肪酸であるから,減少させる対象の脂肪酸ではなく,原
告の上記主張は失当である。そもそも,上記記載は,上記(ア)aの
「イ.」の冒頭の記載からも明らかなように,酵母デルタ−9デサチュ
ラーゼだけでなく,「他の脂肪酸改変酵素」についても述べており,好
ましい脂肪酸組成を有する油を得るために,「多価」の不飽和脂肪酸が
除去されることが望まれる場合もあることを述べているにすぎないの
で,酵母デルタ−9デサチュラーゼに係る本願発明1の進歩性とは関係
のない事項である。
(エ)原告が前記1(4)イ(イ)bで指摘する引用例1(甲3)の5欄及び
6欄の記載は,目的とする生物の改変には,目的とする生物自体の遺伝
子を単離することを前提としたものではない。引用例1(甲3)の5欄
65行∼68行の記載における「複数コピー」とは,ある遺伝子が複数
にコピーされることであって,目的とする生物自体に存在する遺伝子で
あるか否かとは関係がない。また,引用例1(甲3)の6欄58行∼6
6行の記載については,当該記載箇所に,「クローン化されたΔ−9デ
サチュラーゼ遺伝子(被告注:酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子)
が植物および他の生物から他のデサチュラーゼ遺伝子(…)を単離する
ために使用され」,単離された遺伝子が,「植物または他の適切な生物
中への再導入」されることが記載されているのであり,例えば,他の生
物由来の遺伝子を,植物へ導入することも含意しているのであるから,
原告の主張するように,目的とする生物自体の遺伝子を単離することだ
けを前提としているとはいえない。
原告が前記1(4)イ(イ)bで指摘する乙2(甲24)の31頁第3パ
ラグラフ及び第4パラグラフの記載は,望ましい脂肪酸組成を有する種
子油を得るために,脂質合成に関与する目的の遺伝子を付加したり,欠
失させたりする遺伝子工学的な手法が有用であるという文脈の中で述べ
られており,「必ずしも得られるとは期待できない」という記載から明
らかなように,そのような手法を用いれば,所望の最終産物のレベルが
上昇することは期待することができるが,場合によっては,期待どおり
のものが得られないことがあるかもしれず,その場合には,ほかの関与
する遺伝子も併せて導入する必要があるかもしれないことを述べるもの
である。いわば,例外的な場合が予想されることを述べているにすぎ
ず,本件優先日時点の当業者が,「ある生物を遺伝子改変する場合は,
その生物由来の遺伝子を用いるか,または外来の遺伝子を用いた場合
は,うまくいくような仕組みを整える必要があったとの認識を有してい
たため,直接導入を躊躇した」とは,原告の単なる憶測にすぎない。
(オ)以上のことから,審決における「引用例1をみた当業者が,酵母デ
ルタ−9デサチュラーゼをコードするDNAフラグメントを導入する生物
を,酵母の替わりに,双子葉植物の植物種子とし,該植物種子中の脂肪
酸の組成を変えようと想い至ることは,ごく自然のことと認められる」
(5頁6行∼9行)との判断に誤りはない。
イ引用例2記載の方法では本願発明1には至らないとの原告の主張につき
審決において,引用例2は,引用例1における酵母デルタ−9デサチュ
ラーゼ遺伝子を双子葉植物の植物種子へ導入する「標準的な遺伝子手法」
について,引用例2に記載の「種子中で発現させようとする外部から導入
した遺伝子を『種子特異的プロモーター』の制御下におく」手法が,本件
優先日時点での標準的な遺伝子手法であることを例示するために引用した
ものであり,引用例2に係る酵素が引用例1に係る酵素と異なることは,
阻害要因にならない。
植物で外来遺伝子を発現させる際に用いるプロモーターとして「種子特
異的プロモーター」等の器官特異的なものが望ましいことは,引用例2以
外に,乙5(特開昭63−112987号公報),乙6(国際公開第91
/13993号パンフレット)にも記載されているように周知であり,種
子中で遺伝子を発現させようとする本願発明1において,種子中で「種子
特異的プロモーター」を用いたことに格別の困難性があったということは
できない。
原告が前記1(4)イ(ウ)で指摘する乙6(甲25)の記載は,イントロ
ン除去についての困難性を述べるものであり,「種子特異的プロモータ
ー」を用いることについての困難性を述べるものではない。植物のモデル
生物であるシロイヌナズナ(双子葉植物)は,一世代が2か月程度であ
り,「植物における形質転換・再生の技術は,再現するためには少なくと
も1年はかかる」との原告の主張は,誤りである。さらに,植物の再現実
験にある程度の期間が必要としても,「種子特異的プロモーター」を用い
るという技術自体が本件優先日時点における周知技術でないということに
はならない。
ウ引用例4は本願発明1に係る技術の動機付けにならないとの原告の主張
につき
(ア)前記(1)のとおり,葉にトリグリセリドが存在しないと考えられて
いたことが明確に示される証拠の提示はなく,逆に,存在していること
が認識されていたことは明らかである。
また,前記(1)のとおり,仮に,引用例4を見た本件優先日前の当業
者が,「引用例4に記載された葉におけるパルミトオレイン酸の増加
は,リン脂質及び糖脂質,すなわちトリグリセリド以外の物質に取り込
まれた脂肪酸として存在しているパルミトオレイン酸の増加を意味する
ものと理解した」としても,引用例1に示唆されているように植物種子
に酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させた場合に,パルミト
オレイン酸の含有量が増加しないという認識があるわけでもない。
(イ)前記(1)のとおり,本件優先日前,高等植物の種子中に,パルミト
イルCoAが存在していると認識されていたことは明らかである。
(ウ)前記(1)のとおり,甲12においては,色素体(葉緑体)で作用す
る酵素が変異しており,本願発明1で導入したデサチュラーゼは細胞質
で作用するものであり,甲12における「fadC」の変異が,種子の脂肪
酸組成に大きな影響を及ぼさなかったからといって,引用例1に示唆さ
れた双子葉植物の種子中に酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を導入
することの強い動機付けに基づき,該遺伝子を発現させた場合に,種子
中の脂肪酸組成が変化しない(細胞質内のパルミトイルCoAがパルミト
オレイン酸に変換されない)とは考えない。
(エ)以上のとおり,引用例4は本願発明1に係る技術の動機付けにはな
らなかったとの原告の主張は,失当である。
(3)取消事由3に対し
ア本願の公開特許公報(甲1)13頁及び14頁の「表1」及び「表2」
から,本願発明1の効果が明らかであるとの原告の主張につき
(ア)本願の公開特許公報(甲1)13頁及び14頁の「表1」及び「表
2」について,同公開特許公報には,以下の記載がある。
「【0075】〔実施例4〕ナタネの形質転換
ナタネは,世界で最も重要な油種子作物の1つである。選択育種法によ
る耕種学的性質の改良のために多くの努力がなされた。Brassicanapus
およびBrassicarapaは,北アメリカにおにけるナタネ生産の主要産物で
ある。」
「【0077】ナタネ形質転換のこの実施例に使用された植物は,
Brassicanapusの栽培変種植物であるProfitであった。種子は,通常の
植物および以前に再生された植物系の両方から得た。Profitの再生体ラ
インは,形質転換の頻度が増大した組織の植物を生み出し,その場合そ
の頻度は,特定数の組織外植片から得られたトランスジェニック植物の
数として換算される。種子を…表面滅菌し,滅菌蒸留水で…すすいだ。
これらの種子を,…ペトリ皿中で基本培地(BM)上で無菌的に,…発芽
させた。…。この芽ばえを,…成長させた。4−6日たった芽ばえから
胚軸の切片(2−3mm)を切り出し,…を含むBM培地またはGamborgs'
B5(Gamborgら,1968)培地(カルス化培地)で,24時間前処理をし
た。処理の前に滅菌濾紙を培地上に置いた。」
「【0078】胚軸切片をアグロバクテリウム溶液(…)で30分間処
置し,共培養するために2−3日間,カルス化培地上に置いた。胚軸組
織を,…を含む,カルス化培地に移した。培養を…で維持した。7日
後,胚軸切片を,…を含む,BMあるいはB5の芽条(shoot)再生培地に移
した。カルス化培地あるいは再生培地を,…で凝固させた。組織を3週
間ごとに新鮮な選択培地に移した。培養の1−3週間後にカルスが形成
され,その3−6週間後に芽条が形成された。これらの芽条を伸長させ
るために,…を含むBM上で根付かせた。」
「【0109】〔実施例7〕形質転換植物
ナタネB.napusの栽培変種であるProfitは,種子油中のオレイン酸含有
量が高い,春Canola型ナタネである。50個の種子を分析した結果は,
下記に示される表1および表2の脂肪酸プロフィールであった。」
「【0112】Profitから得た組織を,上述の4つの各ベクターによっ
て形質転換した。根付いた形質転換植物を,芽条が2cm以上に長くなっ
たときに土に移した。植物を,Conviron生育チャンバー内に,明16時
間20℃,暗8時間15℃で,3ー4週間維持した。次に,温室に移
し,そこで成体になるまで生育させた。花成時に,植物を自家受粉さ
せ,成熟種子を採集した。」
「【0113】成熟種子中に得られる油の脂肪酸含有量を,全種子分
析,あるいは子葉の一部を分析し残りの種子は保存して植えられ得る半
分の種子分析,のいずれかで分析した。」
「【0114】あるいは,種子中の酵母デルター9デサチュラーゼ遺伝
子の発現を検出するために,発育種子を採集し,mRNAをPCRアッセイで
分析するか,あるいはウエスタンアッセイでタンパク質を検定する。」
「【0115】第三のベクターであるpH.PデルタBOPによって形質転換
し,次に再生し,そして自家受粉したナタネ組織から得られた種子の脂
肪酸含有量は,形質転換していない「親」植物に見られる割合と比較し
て,飽和脂肪酸であるパルミチン酸およびステアリン酸の割合の有意な
減少,それに伴い,パルミトレイン酸およびオレイン酸レベルの増大が
ある(表1参照)。このベクターでは,酵母デサチュラーゼ遺伝子を改
変ファゼオリンプロモーターの制御下においた。プロモーターの最初の
2/3の欠失からなるこの改変の結果,種子の発育中に,調節された遺
伝子の発現がより早期になされる。遺伝子発現は,脂質の蓄積の間に生
じ,この不飽和脂肪酸は,トリグリセロール生成の間に不飽和化がなさ
れたと考えられる。得られた植物油は,非常に低レベルの飽和脂肪酸を
有し,現在市場に出回っている植物油に代わる望ましいものである。」
「【0116】他の3つのベクターのいずれかで形質転換し,再生し,
自家受粉した植物から得られた種子の脂肪酸は,飽和脂肪酸であるパル
ミチン酸およびステアリン酸が種々の割合で含まれるが,それらは形質
転換されていない「親」植物に見られる割合と等しいかあるいはより少
ないものである(表2を参照のこと)。種子の発育中に遺伝子発現を起
こす調節エレメントを有するこれらのベクターは,脂質の蓄積の間に,
種々のレベルで遺伝子を発現させる。」
(イ)上記(ア)の【0109】以降の記載は,「〔実施例7〕形質転換植
物」に関する記載であり,「Profitから得た組織を,上述の4つの各ベ
クターによって形質転換した」もの(【0112】)に関する記載であ
る。そして,上記(ア)の【0115】及び【0116】の記載からすれ
ば,
表1:pH.PΔBOPによって形質転換されたProfit種子
表2:他の3つのベクター(pH.PO,pH.POP及びpH.SOA)のいずれかに
よって形質転換されたProfit種子
であるということができ,「表1」と「表2」は,別の発現ベクターで
形質転換した種子の脂肪酸組成を示しているとも解される。
(ウ)あるいは,上記(ア)の【0109】には,「50個の種子を分析し
た結果は,下記に示される表1および表2の脂肪酸プロフィールであっ
た。」とあり,それに続く「Profitから得た組織を,上述の4つの各ベ
クターによって形質転換した。」(【0112】)の記載からすれば,
「表1」及び「表2」は,どちらも形質転換「前」の種子に関する脂肪
酸組成であるとも解される。
そして,上記(ア)の【0077】の記載によれば,形質転換に使用さ
れた植物がB.napusの栽培変種植物であるProfitであり,種子は,「通
常の植物」及び「以前に再生された植物系」の両方から得たことが読み
取れるのであるから,「表1」及び「表2」に示された脂肪酸プロフィ
ールは,
表1:形質転換されていないProfit種子(通常の植物由来)
表2:形質転換されていないProfit種子(以前に再生された植物系由
来)
であるとも解される。
(エ)以上のとおり,上記(イ),(ウ)のどちらも,「表1」及び「表2」
は,本件遺伝子によって形質転換されていない種子と,形質転換された
種子の脂肪酸組成を比較したものではなく,原告が主張するようなパル
ミトオレイン酸の含有パーセントが増加するという効果は全く不明であ
る。そして,原告の取消事由3の主張は,そのような誤った根拠に基づ
くものであるから,失当である。
(オ)なお,原告は,本願の優先権主張の基礎となる米国特許出願の明細
書の記載に基づいて,本願の公開特許公報(甲1)13頁に記載された
「表1」が形質転換していない「親」植物に含まれる脂肪酸の割合を示
す比較例であり,14頁に記載された「表2」が本願発明1に係る形質
転換をした植物に含まれる脂肪酸の割合を示す実施例であると主張する
が,同米国特許出願の明細書は,それ自体がわが国特許出願における明
細書としての性質又は効果を持つものではないから,本願の公開特許公
報の記載事項の解釈において参酌すべきものではない。
イ本願の公開特許公報(甲1)13頁及び14頁の「表1」及び「表2」
から,原告主張の効果が読み取れたとしても,その効果は顕著なものとは
いえないことにつき
仮に,原告が主張するように,本願の公開特許公報(甲1)13頁に記
載された「表1」が形質転換していない「親」植物に含まれる脂肪酸の割
合を示す比較例であり,14頁に記載された「表2」が本願発明1に係る
形質転換をした植物に含まれる脂肪酸の割合を示す実施例であるとして
も,その効果は,次のとおり顕著なものということはできない。
(ア)本願の公開特許公報(甲1)13頁及び14頁の「表1」及び「表
2」を比較したパルミトオレイン酸(C16:1)の含有パーセントの増加
量を見ると,原告の述べるとおり,「平均0.18から0.26に,最小で0.00
から0.10に増加」している。
しかし,「最大」量については,「0.50」から増加するものではな
く,従来の「最大」量を超えるものではない。
また,「平均」値についても,「…実際に,パルミチン酸は,色素体
性デルタ−9デサチュラーゼにより不飽和化されて,パルミトレイン酸
(16:1)になり得るが,この脂肪酸はほとんどの植物油中では極めて少
量(0−0.2%)であるようだ。」(本願の公開特許公報[甲1]【00
10】)と記載されているように,従来から存在していた量程度であ
る。
さらに,「最小」値については,甲12を見ても,甲12で用いてい
る種子は「シロイヌナズナ」であるのに対し,本願発明1のそれは「ナ
タネB.napusの栽培変種であるProfit」であるから,種類の異なる両者
を比較しても意味がない。しかも,甲12の528頁「TableⅣ(表
Ⅳ)」のパルミトオレイン酸(16:1)の種子の欄は,空白になっている
だけであり,その他の表中での,検出されなかったことを示すとの注が
付された「−」(甲12の524頁「TableⅡ(表Ⅱ)」)や「0」の
ように明らかに「存在しない」ことを意味する記載とは異なる表記であ
ることからすれば,甲12において,パルミトオレイン酸(16:1)が種
子中に「存在しない」ことが記載されているということはできない。ま
して,パルミトオレイン酸(16:1)が種子中に「存在しない」との主張
は,本願の明細書の記載とも矛盾するものである。
(イ)種子油中の脂肪酸組成は,栽培条件,栽培時期,栽培温度等により
変化することが周知であり(柳田晃良ほか2名「大豆における脂質含量
およびリノレン酸含量の品種間差異」日本農芸化学会誌[1984]Vol.58
(7)703頁∼705頁[乙7]),「表1」及び「表2」に係る植物
種子は同一条件で栽培されたものであるかどうか不明であるのであるか
ら,例えば,「平均0.18から0.26に,最小で0.00から0.10に増加」程度
の微量の差をもって,パルミトオレイン酸の増加が顕著なものであると
いうことはできない。
ウ本願発明1の「増加」は顕著な増加に限られないことにつき
本願発明1のパルミトオレイン酸の含有パーセントの増加については,
審決で「本願発明1は,パルミトオレイン酸の含有パーセントの増加の程
度について特定されておらず,増加の程度が顕著でないものも含んでいる
から,そのようなものについては,顕著な効果を奏しているとは認められ
ない。」(5頁下2行∼6頁2行)と認定したように,増加の程度につい
て何ら限定されておらず,パルミトオレイン酸がごく微量に増加した態様
を含む。そのような態様の植物種子が従来から存在する植物種子と比べ
て,進歩性を有するということはできない。
また,本願の公開特許公報(甲1)13頁及び14頁の「表1」及び
「表2」から本願発明1の効果が読み取れるとしても,その効果は,上記
イのとおり,顕著なものではないから,本願発明1のクレーム全体の効果
が顕著なものということはできない。
エリノール酸及びリノレン酸の含有量の増加をもって,本願発明1が顕著
な効果を奏するということができないことにつき
酵母デルタ−9デサチュラーゼは,本願の公開特許公報(甲1)に「…
酵母デルタ−9デサチュラーゼ酵素は,小胞体膜に存在し,基質として
Co-Aでエステル化された脂肪酸を使用して,飽和脂肪酸であるパルミチン
酸およびステアリン酸の両方を不飽和化する。」(【0013】)と記載
され,また,引用例4(甲5)に「酵母Δ−9デサチュラーゼ遺伝子は,
パルミトイルCoA及びステアロイルCoAにおいてΔ−9二重結合を形成する
内因性小胞体(ER)酵素をコードする。」(6行∼9行,訳文8行∼10
行)と記載されているように,パルミトイルCoAとともに,ステアロイル
CoA(18:0)をも基質とし,デルタ−9の二重結合を形成する酵素であ
り,ステアロイルCoA(18:0)を基質とし,デルタ−9の二重結合を形成
したものは,オレイン酸(18:1)である。そして,乙2の9頁「Figure2
(図2)」のごとく,種子の細胞質内において,オレイン酸(18:1)は,
不飽和化されて,リノール酸(18:2)及びリノレン酸(18:3)を形成する
ことが知られているのであるから(このことは,本願の公開特許公報(甲
1)【0012】にも記載されている。),種子中に,酵母デルタ−9デ
サチュラーゼ遺伝子が導入され,該遺伝子が発現されれば,種子の細胞質
中に存在するステアロイルCoA(18:0)を基質として,オレイン酸
(18:1)が産生され,その後,リノール酸(18:2)及びリノレン酸
(18:3)を形成することは,自明である。
そうであるから,リノール酸及びリノレン酸の含有量の増加をもって,
本願発明1が顕著な効果を奏するということはできない。
オ本願発明1の構成自体の推考が容易であり,本願発明1の進歩性を認め
るためには,その効果がよほど顕著でなければならないところ,そのよう
な効果はないことにつき
引用例1に,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を,双子葉植物の種
子中に導入することの強い動機付けが記載され,該遺伝子の発現手段であ
る「種子特異的プロモーター」は,引用例2のごとく標準的な遺伝子手段
であり,結果として,「植物種子中の種子油におけるパルミトオレイン酸
の含有パーセントの増加」が生じることが,引用例4からも当業者にとっ
て十分に期待し得たことであることを考えれば,本願発明1の構成自体の
推考は容易であるということができる。構成自体の推考が容易である発明
に対し,その作用効果を根拠に特許性を認める場合,その根拠となる作用
効果は,当該構成のものとして予測あるいは発見することの困難なもので
あり,かつ,当該構成のものと発見される効果と比較して,よほど顕著な
ものでなければならないというべきである。このような観点に立ってみた
場合,上記のように本願発明1の作用効果は顕著なものとはいえないか
ら,本願発明1に進歩性を認める根拠となり得ないものというべきであ
る。
(4)取消事由4に対し
ア原告は本件補正後の請求項1に係る発明(本願発明1)との関係で引用
例4を引用する拒絶理由通知書を受けていないとの主張につき
本件補正後の請求項1に係る発明(本願発明1)は,本件補正前の請求
項1に係る発明の構成に,旧請求項2,4及び旧請求項22に係る発明の
構成の一部が追加されたものであり,特に,本願発明1の構成のうち,
「植物種子中の種子油におけるパルミトオレイン酸の含有パーセントの増
加」については,本件補正前の旧請求項22に記載されていたものであ
る。そして,本件補正前の旧請求項22に係る発明については,本件拒絶
理由通知(甲2の2)において,引用例1,2及び4を引用して,進歩性
がないことが指摘されており,本件拒絶理由通知では,引用例4について
は,「酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子をタバコ組織中で発現させ,
不飽和脂肪酸含有量が増加することが記載されているので,引用例1に記
載された発明において,種子中で酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を
発現させた際に,不飽和脂肪酸含有量が増加することは,当業者にとって
予想し得る範囲のものである。」(2頁4行∼8行)と述べている。この
ことから,本件補正により「植物種子中の種子油におけるパルミトオレイ
ン酸の含有パーセントの増加」という構成が追加された本件補正後の請求
項1に係る発明(本願発明1)についても,引用例1,2及び4を引用例
とする拒絶理由を有することは明らかである。
また,本件補正後の請求項1に係る発明(本願発明1)は,本件補正前
の旧請求項22に係る発明と比較して,発明のカテゴリーこそ物と方法と
で相違するが,技術思想としては,植物種子を形質転換して酵母デルタ−
9デサチュラーゼ遺伝子を発現させ,その結果,植物種子の種子油のパル
ミトオレイン酸の含有パーセントを増加させるという点で一致しており,
実質的に同一である。したがって,本件補正前の旧請求項22に係る発明
に対する拒絶理由が,本件補正後の請求項1に係る発明(本願発明1)に
対しても存在することは明らかである。
以上のことから,発明の構成に「植物種子中の種子油におけるパルミト
オレイン酸の含有パーセントの増加」が追加された本願発明1について
は,本件拒絶理由通知において,引用例4を引用した拒絶理由が示されて
いたといえる。
イ被告が周知技術であると主張する技術事項及びこれに関する文献は,拒
絶理由通知書又は拒絶査定において示されなかったとの主張につき
(ア)本件拒絶査定(甲2の5)の「備考」では,引用例1の記載(「酵
母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を種子で発現するプロモーターとと
もに,植物細胞へ導入することによって,種子の油の組成を変化させる
こと」)及び引用例2の記載(「種子特異的プロモーターの制御下にあ
るデサチュラーゼ遺伝子を用いて,形質転換植物を作出する具体的な手
法」)を摘記した後,「よって,引用例2に具体的に記載された手法を
用いて,引用例1に記載された酵母のデサチュラーゼ遺伝子を導入した
植物を得ることは,当業者にとって容易である。そして,酵母のデサチ
ュラーゼ遺伝子を植物細胞中で発現させると,パルミトレイン酸の含有
量が増加することは,引用例4に記載されているように,公知の効果で
ある。したがって,引用例1及び2の記載に基づき,実際に作出した形
質転換植物の種子において,パルミトレイン酸の含有量が増加するとい
う効果についても,引用例1,2及び4から予測し得たものに過ぎな
い。よって,本願発明の進歩性は認められない。」と述べており,これ
は,引用例1,2及び4に基づいて本願発明1の進歩性が認められない
という点で,審決の理由と変わるものではない。
そうしてみれば,審決において本件拒絶査定とは異なる拒絶理由を指
摘したわけではない。
(イ)そして,本件拒絶査定の「備考」において,「酵母のデサチュラー
ゼ遺伝子を植物細胞中で発現させると」とは,葉と種子を同じ植物体の
細胞として共通のものとして捉えており,このことは,すなわち,「葉
における挙動が,種子においても同様にみられる」ことを述べているに
相違ない。審決においては,「葉における挙動が,種子においても同様
にみられる」ことを具体的に説明するために,「種子においては,酵母
デルタ−9デサチュラーゼの基質となる物質,例えば,パルミトイル
CoAがまったく存在しない等の事実がない限り…」,「植物体における
不飽和化は,可溶性のクロロプラスト酵素である植物のデルタ−9デサ
チュラーゼによりアシルAPC基質が不飽和化され,その後,植物の小胞
体内の酵素によっても起こる」といった周知技術について説示し,「当
業者の一般的知見を示す資料」として甲6,7を示している。
甲6,7は,本願が拒絶されるべき根拠となる直接的な証拠ではな
く,引用例1,2及び4の記載の発明に基づいて本願発明1が容易に発
明することができたことを補強又は裏付けるためのものにすぎない。
したがって,被告が周知技術であると主張する「葉における挙動が,
種子においても同様にみられる」という技術事項,「植物体における不
飽和化は,可溶性のクロロプラスト酵素である植物のデルタ−9デサチ
ュラーゼによりアシルAPC基質が不飽和化され,その後,植物の小胞体
内の酵素によっても起こる」という技術事項及び甲6,7については,
それらを審決において指摘したことが,新たな拒絶理由に当たるという
ものではない。
(ウ)また,そもそも,周知技術は,本来,当業者が熟知しているべき事
項であるため,審決においても周知技術であることの根拠を示す必要は
ないとされているものであって,当業者の常識ともいうべきものであ
る。まして,審決において用いた甲6,7は,それらの言及がなくて
も,本願発明1が進歩性を有さない理由は審決の本論部分に十分示され
ている。甲6,7は,原告が平成15年4月2日付けの手続補正書(甲
2の7)において葉と種子との違いを主張したことに対して反論する際
に,原査定の指摘した事項について,出願人が必要な場合に参考として
利用してもらえるよう,出願人に便宜を図る目的で,念のために引用し
たにすぎない。
(エ)それゆえ,原告の指摘する上記技術事項や甲6,7については,拒
絶理由を通知する必要がないものである。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2取消事由1(本件優先日前における当業者の認識についての認定の誤り)に
ついて
(1)葉におけるトリグリセリドの存在につき
ア甲8(PaulBoltonほか2名「TheLipidCompositionofaBarleyMutant
LackingChlorophyllb」Biochem.J.[1978]Vol.174)の69頁「Table3
(表3)」には,オオムギの葉(正常体)における脂肪酸の組成が記載さ
れているが,それは,次のとおりである。なお,弁論の全趣旨によると,
以下の②,③は糖脂質,④は酸性脂質,⑤∼⑦はリン脂質の一種であると
認められる。
①トリグリセリド及びエステル化していない脂肪酸3.6±0.9%
②ジアシルガラクトシルグリセロール40.0±3.1%
③ジアシルガラビオシルグリセロール23.7±0.7%
④ジアシルスルホキノボシルグリセロール3.7±0.7%
⑤ホスファチジルコリン12.5±1.1%
⑥ホスファチジルエタノールアミン3.7±0.1%
⑦ホスファチジルグリセロール8.1±0.6%
⑧ホルファチジン酸及びカルジオリピン3.6±0.1%
⑨その他1.1±0.2%
これらの記載によると,オオムギの葉(正常体)には,糖脂質やリン脂
質が多く存在することが認められる。また,オオムギの葉には,トリグリ
セリド及びエステル化していない脂肪酸が3.6±0.9%存するから,
トリグリセリドがその量は多くないものの存在するものと認められる。
イ甲9(RaymondP.Poincelot「LipidandFattyAcidCompositionof
ChloroplastEnvelopeMembranesfromSpecieswithDifferingNet
Photosynthesis」PlantPhysiol.[1976]Vol.58)の596頁「Table1(表
1)」には,ホウレンソウ,ヒマワリ並びにトウモロコシ(未分化のもの
及び葉肉)の単離した葉緑体の包膜における脂肪酸の組成(脂質組成)が
記載されているが,それは,次のとおりである(以下の%は,ホウレンソ
ウ,ヒマワリ,トウモロコシ[未分化のもの],トウモロコシ[葉肉]の
順で記載されている。)。なお,弁論の全趣旨によると,以下の①∼③は
糖脂質,⑩∼⑭はリン脂質の一種であると認められる。
①モノガラクトシルジグリセリド27.1%,31.0%,34.0
%及び46.3%
②ジガラクトシルジグリセリド33.1%,25.5%,24.0%
及び18.2%
③トリガラクトシルジグリセリド1.4%,0.3%,0.3%及び
0.2%
④スルホリピド0.1%,0.7%,0.4%及び2.9%
⑤セレブロシド0.4%,0.1%,痕跡量及び1.9%
⑥ステリルグリコシド0.9%,1.6%,0.3%及び3.8%
⑦アシル化ステリルグリコシド1.8%,1.0%,0.3%及び
4.6%
⑧ステロール1.9%,0.9%,痕跡量及び0.8%
⑨ステリルエステル1.8%,1.8%,0.9%及び1.5%
⑩ホスファチジルコリン25.1%,28.9%,29.9%及び
6.7%
⑪ホスファチジルグリセロール6.2%,5.3%,4.0%及び
2.2%
⑫ホスファチジルエタノールアミン1.4%,1.8%,1.4%及
び1.1%
⑬ホスファチジルイノシトール0.6%,0.6%,0.7%及び
1.4%
⑭ジホスファチジルグリセロール痕跡量,0%,0%及び0.8%
⑮クロロフィル(葉緑素)痕跡量,痕跡量,1.0%及び0.7%
⑯トリグリセリド未確認量(おそらく,痕跡量),0%,0%及び未
確認量(おそらく,痕跡量)
これらの記載によると,ホウレンソウ,ヒマワリ並びにトウモロコシ
(未分化のもの及び葉肉)の葉緑体の包膜には,糖脂質やリン脂質が多く
存在することが認められる。これに対し,トリグリセリドは,存在しない
か,存在してもわずかな量であると認められる。もっとも,甲9には,葉
のうち葉緑体の包膜以外の部分については,記載されていない。
ウ甲10(今堀和友,山川民夫監修「生化学辞典(第2版)」株式会社東
京化学同人[1990年11月22日発行])の931頁には,トリグリ
セリドについて,「植物は種子,果肉あるいは根幹など,それぞれ独特の
部分に蓄積する」との記載がある。また,甲11(StenStymne,Allan
KeithStobart「TriacylglycerolBiosynthesis」TheBiochemistryof
plants[1987]Vol.9)の210頁(訳文)には,「…発育中の種子の小胞
体内に存在し,グリセロールリン酸エステルからのトリグリセリドの合成
を触媒して最終の油のアシルの品質を調整するこれらのタンパク質」と記
載されている。これらの記載から,トリグリセリドが種子中に存在するも
のと認められる。しかし,そうであるからといって,トリグリセリドが葉
に存在しないことまでが記載されているということはできない。かえっ
て,甲11の179頁には,「トリアシルグリセロールは,植物のほとん
どすべての器官に存在するが,それらは通常,種子及び果実に相当量が蓄
積されるだけである。」と記載されている(訳文は乙3)。
エ以上のア∼ウで述べたところに,本願の公開特許公報(甲1)の「従来
の技術」を記載した【0003】には「トリグリセリドは,植物油のほと
んどを構成するが(約95%)」と記載されていることを総合すると,植
物の葉には,糖脂質やリン脂質が多く存在し,種子には,トリグリセリド
が多く存在するという違いがあることが認められる。そうすると,植物の
葉においては,パルミトオレイン酸は,その多くが糖脂質やリン脂質に取
り込まれた形で存在するが,「該植物種子中の種子油におけるパルミトオ
レイン酸」は,その多くがトリグリセリドに取り込まれた形で存在すると
いう違いがあると認められる。もっとも,以上のア∼ウで述べたところに
よると,葉においても,トリグリセリドが,少量ではあるが存在するとい
うのが,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有す
る者)の認識であったと認められるから,葉においても,パルミトオレイ
ン酸が少量であってもトリグリセリドに取り込まれた形で存在することが
あり得ると認識されていたものと認められる。
(2)甲12につき
甲12(JohnBrowseほか4名「AMutantofArabidopsisDeficientinthe
Chloroplast16:1/18:1Desaturase」PlantPhysiol.[1989]Vol.90)は,
「葉緑体における16:1/18:1デサチュラーゼが欠損したシロイヌナズナの変
異体」というタイトルの論文であって,それには,「fadCで示される遺伝子
座に単一の核での変異をいれることで,シロイヌナズナ(Arabidopsis
thaliana)の葉組織は,18炭素(18C)の多価不飽和脂肪酸および16炭
素(16C)の多価不飽和脂肪酸の両方ともが減少し,かつ,18:1前駆体およ
びcis-16:1前駆体が増大する。個々の脂質における脂肪酸の組成の分析なら
びにインビボにおける[C]酢酸を用いた脂質標識の速度論的分析によっ14
て,この変異体が,葉緑体のグリセロ脂質ω−6デサチュラーゼの活性を欠
いていることが示された。結果としては,原核経路によって合成された脂質
は,18:1および16:1よりもさらに不飽和化されない。真核経路に由来する脂
質は,おそらく,小胞体の18:1ホスファチジルコリンデサチュラーゼによっ
て不飽和化される。しかし,上述の変異体の葉で真核経路に由来する全ての
リン脂質における18:1のレベルが増大したことによって示唆されることは,
上述の変異は葉緑体外膜の組成に対して影響を与えるということである。」
(522頁「要約」欄1行∼15行,訳文1行∼13行)と記載されてい
る。そして,同論文の524頁「TableⅡ(表Ⅱ)」には,葉においては,
MGD(モノガラクトシルジグリセリド)が,16:3のWT(野生型。遺伝子操作
されていないもの)では33.7%であったのに対し,LK3(変異型)では0.1%
に減少し,18:1では,0.7%(野生型)から29.7%(変異型)に増加したこ
とが示されている。また,同論文の528頁「TableⅣ(表Ⅳ)」には,種
子における野生型と変異型の脂肪酸組成が示されているところ,16:0は9.2
±0.8%(野生型)と9.8±1.0%(変異型),18:1は12.4±0.8%(野生
型)と11.2±0.6%(変異型)など,野生型と変異型とでは脂肪酸組成にほ
とんど変化は見られないことが示されている。また,同論文には,「特別な
色素体以外の膜が優位に含まれている植物の根や,トリグリセリドが大量に
含まれている種子においては,原核生物経路は脂質合成に重要な貢献をしな
い。変異体と野性型の根と成熟種子における全脂肪酸組成の比較は,これら
器官のいずれも脂質中の18:1の量の違いを検出できなかった(表IV)。これ
らの観察は,fadC遺伝子座が原核生物経路のデサチュラーゼを制御すること
を示す上述のそのほかの結果と一致する。真核生物型の脂質における効果の
欠如は,葉の真核生物型脂質の不飽和化における変化は,真核生物経路に関
与するデサチュラーゼにおけるfadC遺伝子産物の影響によるものでないこと
を示唆する。」(526頁左欄下2行∼右欄12行。訳文は乙4)と記載さ
れている。
また,乙1(JohnBrowse,ChrisSomerville「GLYCEROLIPID
SYNTHESIS:BiochemistryandRegulation」Annu.Rev.PlantPhysiol.
PlantMol.Biol.[1991]Vol.42)は,「グリセロ脂質の合成:生化学と制
御」という題名の論文であるところ,同論文の470頁10行∼下2行の記
載,471頁の「Figure1(図1)」,491頁9行∼492頁3行の記載
及び491頁「Figure3(図3)」並びに上記の甲12の記載によると,高
等植物の葉には,葉緑体内において脂質を産出する原核生物経路と,小胞体
内で脂質を産出する真核生物経路が存するのに対し,種子においては,真核
生物経路によって脂質を産出するが,原核生物経路は脂質の産出に重要な貢
献をしないことが認められる。
以上によると,甲12には,fadCを変異させたときには,原核生物経路に
おいて働くデサチュラーゼの活性を失わせ,葉における脂肪酸組成を変化さ
せるが,原核生物経路が脂質の産出に重要な貢献をしていない種子において
は,デサチュラーゼの活性が失われることによる影響がほとんど現れず,そ
のため,種子においては脂肪酸組成はほとんど変化しなかったことが記載さ
れているものと理解することができる。
甲12に記載されているのは,上記のとおり,酵素の活性を失わせた実験
であり,酵素を外部から導入した本願発明1や引用発明4とは,この点にお
いて異なるということができる。また,後記(5)のとおり,引用例4におい
て,葉で酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子が働いてパルミトオレイン酸
が合成されるのは,小胞体であるから,真核生物経路であり,種子において
は,真核生物経路は脂質の産出に十分貢献しているから,甲12とは事情を
異にする。したがって,当業者は,パルミトオレイン酸の合成について,甲
12に記載されているとの同様の機序により,葉において起こることが種子
においては起こらないとは考えないものと解される。
なお,原告は,小胞体と葉緑体との間の脂質の移動を考慮すれば,変異し
た「fadC」が関与するのは葉緑体内の不飽和化経路であり,酵母デルタ−9
デサチュラーゼが関与するのは細胞質内の反応経路であるとしても,本件優
先日前の当業者が,異なる脂質の合成経路が,全く他の合成経路に影響を与
えないと理解することはあり得ないと主張する。また,上記のとおり甲12
の「要約」欄には,「上述の変異体の葉で真核経路に由来する全てのリン脂
質における18:1のレベルが増大したことによって示唆されることは,上述の
変異は葉緑体外膜の組成に対して影響を与えるということである。」と記載
されている。しかし,これらは,原核生物経路と真核生物経路が互いに影響
し合うことがあり得るということにとどまり,「甲12に記載されていると
の同様の機序により,葉において起こることが種子においては起こらないと
は考えない」との上記認定を左右するものではない。
(3)本件優先日前,高等植物の種子中に,パルミトイルCoAは単独で存在する
とは考えられていなかったかどうかにつき
ア乙1の471頁の「Figure1(図1)」には,葉におけるグリセロ脂質
の合成反応の流れが示されているところ,色素体の「16:0ACP」から小胞
体の「16:0-CoA」へ矢印が引かれている。また,同論文の491頁
「Figure3(図3)」には,油料種子におけるトリアシルグリセロールの
合成反応の流れが示されているところ,色素体の「16:0-ACP」から細胞質
の「アシル-CoA-プール」へ矢印が引かれ,さらに,「アシル-CoA-プー
ル」から「TAG」へ矢印が引かれている。これらの記載からすると,種
子においては,パルミトイル-ACP(16:0)が色素体から細胞膜へ輸送さ
れ,パルミトイルCoA(16:0)として,アシルCoAプールに存在し,それが
トリアシルグリセロール(トリグリセリド)に組み込まれることが記載さ
れているものと認められる。
乙2(MatthewJ.Hills,DenisJ.Murphy「BiotechnologyofOilseeds」
BiotechnologyandGeneticEngineeringReviews[1991]Vol.9)は,「油
料種子のバイオテクノロジー」という題名の論文である。同論文の9頁の
「Figure1(図1)」には,色素体中の「パルミトイル-ACP」から,色素
体の外の「パルミトイル-CoA」へ矢印が引かれており,9頁の「Figure2
(図2)」には,色素体中の「16:0-ACP」から,色素体の外の「16:0」へ
矢印が引かれ,さらに,その矢印が「アシル-CoA-プール」へ引かれ,
「アシル-CoA-プール」から,その右側の「DAG」と「TAG」の間に矢印が
引かれている。これらの記載からすると,種子においては,パルミトイル
-ACP(16:0)が色素体外へ輸送され,パルミトイルCoA(16:0)としてア
シルCoAプールに存在し,それがトリアシルグリセロール(トリグリセリ
ド)に組み込まれることが記載されているものと認められる。
甲11の189頁の「Fig.7(図7)」にも,上記乙1及び乙2と同様
に,種子の色素体中のパルミトイル-ACP(16:0)が,色素体の外へ輸送さ
れ,アシルCoAプールにパルミトイルCoA(16:0)として存在し,トリアシ
ルグリセロール(トリグリセリド)に組み込まれる旨が記載されている
(訳文は乙3)。
したがって,本件優先日(平成4年[1992年]3月13日)前にお
いて,パルミトイルCoAは種子に存在するものと認識されていたと認めら
れる。
原告は,甲19(F「トランスジェニック植物を用いた油脂改良に関す
る遺伝生化学的研究」[2001年ころ])には,本件優先日後において
すら,アシルCoAプールの実態は不明であって,その組成は推定の部分が
多い旨の記載があるから,乙1,2及び甲11の当該箇所はいずれも推定
にすぎない(特に乙2のFigure2[図2]には,「どんな特殊な植物にお
いても,これらのいくつかの変換はおこるだろう」と記載されており,必
ずしもアシルCoAプールにパルミトイルCoAが含まれると推定されるわけで
はないことが明らかにされている。)と主張する。しかし,甲19は,ミ
シガン州立大学における在外研究の内容を所属の帯広畜産大学にレポート
するものであって,正式に発表された学術論文ではない上,アシルCoAプ
ールについて,一般的に上記のように述べたものにすぎないし,また,乙
2の「Figure2(図2)」には「どんな特殊な植物においても,これらの
いくつかの変換はおこるだろう。」と記載されているが,これは,どんな
植物においても「Figure2(図2)」の変換が起こることを記載したもの
にすぎず,乙1,2及び甲11から,本件優先日前においてパルミトイル
CoAは種子に存在するものと認識されていたと認められるとの上記認定を
左右するものではない。
イ甲13(山田晃弘編著「生物化学実験法24植物脂質代謝実験法」株
式会社学会出版センター[1989年10月10日発行])には,「藻
類,植物における不飽和化の研究では,生細胞を用いるかまたはミクロソ
ーム膜のリン脂質にアシル-CoAから脂肪酸をとり込ませ,それをOと2
NAD(P)H存在下で反応させる方法が用いられる。」(94頁23行∼26
行)と記載されている。アシルCoAは,パルミトイルCoAを包含する上位概
念であるから,上記記載は,パルミトイルCoAのみについて記載したもの
ではないし,また,外部からアシルCoAを取り込ませているからといっ
て,必ずしもそれが高等植物の種子中に存在しなかったと認識されていた
ということはできない。また,甲13の95頁「図Ⅱ−2」には,
18:1-CoA(オレイルCoA)がサイトゾル(細胞質ゾル)に取り込まれる経
路が記載されているのに対し,パルミトイルCoA(16:0)がサイトゾルに
取り込まれる経路は記載されていないが,そうであるからといって,直ち
に,本件優先日前に細胞体内にパルミトイルCoAが存在するとは認識され
ていなかったということはできない。
甲20(ChaoSunほか2名「AcylCoenzymeAPreferenceofthe
GlycerolPhosphatePathwayintheMicrosomesfromtheMaturingSeeds
ofPalm,Maize,andRapeseed」PlantPhysiol[1988]88)においては,
Sigma社製のラウロイルCoA,オレオイルCoA及びエルコイルCoAが0.1mM使
用されている(57頁左欄13行∼15行)。これについて原告は,甲2
0では反応前に存在したアシルCoAの全体量は測定されていないが,これ
は,0.1mMというそれほど過剰量とはいえない量を外部から加えることで
正確な酵素活性が測定できると考えられていたことを示すと主張する。し
かし,反応前に存在したアシルCoAの全体量は測定されていないことや0.1
mMを外部から加えることで正確な酵素活性が測定できると考えられてい
たことは,いずれも原告の推測の域を出ないものであって,細胞体内にパ
ルミトイルCoAが存在するとは認識されていなかったことの根拠とするこ
とはできない。
甲6(Yi-ZhiCaoandAnthonyH.C.Huang「Diacylgricerol
AcyltransferaseinMaturingOilSeedsofMaizeandOtherSpiecies」
PlantPhysiol.[1986]Vol.82)には,「この酵素(判決注:ジアシルグリ
セロールアシルトランスフェラーゼ)は…パルミトイルCoAおよびオレ
オイルCoAに対して活性であった」(813頁「要約」欄訳文11行∼1
2行),「トウモロコシの酵素(判決注:トウモロコシのジアシルグリセ
ロールアシルトランスフェラーゼ)は…パルミトイルCoAおよびオレオ
イルCoAに対して活性であった」(816頁右欄訳文1行∼2行)と記載
されている。甲6の814頁左欄訳文4行∼9行の「その反応混合物は,
…[1-C]オレオイルCoA…を含む」との記載や同欄訳文下7行∼下3行の14
「(酵素反応終了後の)残渣をヘプタンに溶解して,…Cについて計数し14
た」との記載からすると,この実験において用いられたオレオイルCoA
は,放射性同位元素で標識して外部から添加されたものであるから,パル
ミトイルCoAについても,放射性同位元素で標識して外部から添加された
ものである可能性が高い。したがって,甲6の記載から直ちに高等植物の
種子中にパルミトイルCoAが存在すると認識されていたと認めることはで
きないが,反対に放射性同位元素で標識したパルミトイルCoAを外部から
添加しているからといって,本件優先日前にパルミトイルCoAが存在しな
いと認識されていたと認めることもできない。
(4)種子油中には,もともとパルミトオレイン酸がトリグリセリドに組み込
まれて存在することが知られていたこと
本願の公開特許公報(甲1)の「従来の技術」について記載した【001
0】には,「…実際に,パルミチン酸は,色素体性デルタ−9デサチュラー
ゼにより不飽和化されて,パルミトオレイン酸(16:1)になり得るが,この
脂肪酸はほとんどの植物油中では極めて少量(0-0.2%)であるようだ。」と
記載されている。また,乙8(A.K.BASUほか2名「Fattyacidcomposition
ofmustard(Brassicanigra)seedoilbygas-liquidchromatography」
JournalofChromatography[1973]Vol.86)の232頁∼233頁には,マス
タードの種子油において,パルミトオレイン酸が0.23%含まれているこ
とが記載されており,乙9(MichaelI.Gurrほか2名「StudiesonSeed-Oil
TriglyceridesTheCompositionofCrambabyssinicaTriglyceridesduringé
SeedMaturation」Eur.J.Biochem[1972]Vol.29)の362頁∼368頁には,
アブラナ科の1種であるCrambéabyssinicaの種子には,パルミトオレイン
酸が,100mol中,0.5mol含まれていたことが記載されている。これら
のことからすると,植物の種子の種子油中には,もともとパルミトオレイン
酸が少量であるが存在することが知られており,上記(1)で述べたところか
らすると,その多くはトリグリセリドに組み込まれた形で存在しているもの
と認められるから,本件優先日前に,植物の種子中には,もともとパルミト
オレイン酸がトリグリセリドに組み込まれた形で存在することが知られてい
たと認められ,そうすると,植物の種子中には,もともとパルミトオレイン
酸をトリグリセリドに組み込む機構が存在する可能性が高いと認識されると
認められる。種子中にパルミトオレイン酸が内在するに至る機構として,上
記(3)アに記載されているもの以外の機構が認識されていたことを示す証拠
はないから,それ以外の機構で種子中にパルミトオレイン酸が内在するに至
ると認識されるとは考えられない。
(5)引用例4につき
引用例4(甲5)は,審決が認定している(4頁4行∼13行)とおり,
「タバコにおける酵母デルタ−9デサチュラーゼの発現」という表題であ
り,①酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子のコーディング配列を,カリフ
ラワーモザイクウイルス35Sプロモーターと終結領域に融合し,タバコの
葉片に導入したところ,パルミトオレイン酸が平均10倍に増加し,パルミ
チン酸とステアリン酸が減少したこと,②酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺
伝子は,パルミトイルとステアロイルCoAのデルタ−9の二重結合を形成す
る小胞体酵素をコードすること,及び③植物のデルタ−9デサチュラーゼ遺
伝子は,アシルACP(審決の「アシルAPC」との記載[4頁11行∼12行]
は,「アシルACP」の誤記である。)基質を用いる可溶性のクロロプラスト
酵素に相当し,その後の不飽和化は植物の小胞体にある酵素によって起こる
ことが記載されている。これらの記載によると,引用例4には,タバコの葉
に酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を導入したところ,それが小胞体で
働いて,パルミトオレイン酸が増加したことが記載されている。
(6)「葉における挙動が,種子においても同様にみられるだろうと期待する
こと」ができるかどうかにつき
上記(1)のとおり,植物の葉においても,パルミトオレイン酸が少量であ
ってもトリグリセリドに取り込まれた形で存在することがあり得ると認識さ
れていたものの,植物の葉においては,パルミトオレイン酸は,その多くが
糖脂質やリン脂質に取り込まれた形で存在するが,「該植物種子中の種子油
におけるパルミトオレイン酸」は,その多くがトリグリセリドに取り込まれ
た形で存在するという違いがあると認められる。
しかし,①上記(3)のとおり,植物の種子において,パルミトイルCoA
(16:0)がアシルCoAプールに存在し,それがトリグリセリドに組み込まれ
ることが知られていたこと,②上記(4)のとおり,植物の種子中には,もと
もとパルミトオレイン酸も少量ではあるがトリグリセリドに組み込まれた形
で存在しており,植物の種子中には,もともとパルミトオレイン酸をトリグ
リセリドに組み込む機構が存在する可能性が高いと認識されると認められる
ことからすると,植物の葉において,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子
を導入して,パルミトオレイン酸が増加したのであれば,植物の種子に酵母
デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を導入すれば,パルミトオレイン酸が増加
して,トリグリセリドに組み込まれ,植物の種子の種子油中において,パル
ミトオレイン酸が増加すると考えるのは,自然なことであると認められる。
(7)甲17∼18,乙1(甲21)につき
甲17(MarkA.BossieandCharlesE.Martin「NutritionalRegulation
ofYeast-9FattyAcidDesaturaseActivity」JournalofΔ
Bacteriology[1989],Vol.171,No.12)には,冒頭に,「出芽酵母
(Saccharomycescervisiae)の培地へ不飽和脂肪酸を追加すると,小胞体脂
質の組成が著しく変化した。天然に生じるパルミトオレイン酸(16:1)又は
オレイン酸(18:1)のどちらかを補充すると,膜リン脂質における(補充し
た酸の)レベルは増加し,補完的に(もう一方の)酸のレベルの減少を引き
起こす。しかしながら,16:1及び18:1の酸の等モル量の存在下での成長は,
非補充の細胞膜において見出されるのと同様の脂肪酸組成が産生される。通
常の条件下で成長したS.cerevisiaeにおいては,リノール酸(18:2)は見出
されなかった。しかしながら,(リノール酸(18:2)を補充すると,18:2
は)全部の脂肪酸種の50%を超えるレベルで,選択的に小胞体へ取り込ま
れ,組み込まれた。これは,16:1のほとんどすべての損失と,18:1の通常レ
ベルの25%までの減少という結果となった。Δ−9脂肪酸デサチュラーゼ
は,飽和アシル補酵素A前駆体から,16:1及び18:1を形成する小胞体酵素で
あるが,外因性の脂肪酸の存在によって影響された。基質である16:0-CoAに
対する酵素活性は,飽和脂肪酸を補充した培地由来の小胞体においては上昇
し,また,18:2を含む不飽和脂肪酸の追加により急激に抑制された。Δ−9
デサチュラーゼの構造遺伝子と思いわれるOLE1遺伝子によってコードされる
mRNAについてのノーザン(RNAブロット)及びスロットブロットによる分析
は,不飽和脂肪酸を与えた細胞では当該mRNAが急激に減少することを示し
た。これらのデータは,(栄養)調整の重要な部分は,利用可能な転写の変
更を含むことを示唆する。」との記載があり(6409頁の要約欄。訳文は
乙10),「Δ-9デサチュラーゼに対する脂肪酸の効果」として,「飽和
脂肪酸を供給した培養系では,酵素活性は,コントロールレベルよりも46
%∼75%の範囲で高かった(図3)。しかし,不飽和脂肪酸を単独でまた
は組み合わせで供給した培養系では,活性は劇的に減少した。不飽和脂肪酸
のリン脂質への最大の取り込みがある条件下で,抑制は完了し,酵素活性は
検出不可能なレベルとなった。しかし,細胞に存在する計算上の不飽和脂肪
酸のレベルが増殖培地に加えられるレベルを超えた実験では,より低いが検
出可能な活性が見出されえる(これは,補充成分培地から枯渇され,そして
内因性の不飽和脂肪酸合成が再開したことを示す。)。活性は,過剰な
16:1,16:1および18:1の等量,ならびに18:2を供給した培養系から単離され
たマイクロソームでは強度に抑制された。18:1を供給した細胞では少量の活
性が検出された。」との記載がある(6411頁右欄第2パラグラフ。甲1
7の訳文)。これらの記載によると,甲17には,不飽和脂肪酸の存在下で
は,酵母デルタ−9デサチュラーゼのmRNA遺伝子の転写が抑制されるため,
不飽和脂肪酸の合成量が減ることが記載されている。また,甲18
(VirginiaM.McDonoughほか2名「SpecificityofUnsaturatedFatty
Acid-regulatedExpressionoftheSaccharomycescerevisiaeOLE1Gene」
TheJournalofBiologicalChemistry[1992]Vol.267,No.9)にも,甲17を
引用して,同旨の記載がある(甲18の抄訳)。しかし,甲17及び18に
記載されている事項が,実際の細胞内環境下における種子と葉との反応の違
いにどのように影響するかについて具体的に示す証拠はないから,甲17及
び18は,上記(6)の認定を左右するものではない。
なお,甲19は,前記のとおり,正式に発表された学術論文ではない上,
一般的に,アシルCoAプールの実態は不明であって,その組成は推定の部分
が多い旨を述べたものにすぎないから,上記(6)の認定を左右するものでは
ない。
また,甲20には,トリグリセリドを含む種々の脂肪の合成において,脂
肪酸ごとにアシルトランスフェラーゼの酵素特異性が異なることが記載され
ており,58頁のFig.2(図2)の右端には,18:1,12:0,22:1をそれぞれ
基質として使用したときに,アシルトランスフェラーゼの作用によってトリ
グリセリドへ取り込まれる量を示しているが,これによると,トリグリセリ
ドへ取り込まれる量は,基質によって異なることが示されている。また,乙
1(甲21)には,「基質特異性の種の相違が原因で,アシルトランスフェ
ラーゼは顕著にアシル組成に影響を与えることができるという証拠が蓄積し
ている」(甲21の訳文6行∼7行)と記載されている。しかし,上記(4)
のとおり,植物の種子には,もともとパルミトオレイン酸がトリグリセリド
に組み込まれる機構が存在する可能性が高いと認識されるのであるから,ト
リグリセリドへの組込みが基質によって差異があるとしても,植物の葉にお
いて,パルミトオレイン酸が増加したのであれば,植物の種子の種子油中に
おいても,パルミトオレイン酸が増加すると考えるのは,自然なことであっ
て,上記(6)の認定を左右するものではない。
(8)原告が主張する作用機序につき
原告は,「本件遺伝子が導入された種子中における,酵母デルタ−9デサ
チュラーゼ(本件酵素)の働きによるパルミトオレイン酸(16:1)の含有量
の増加という結果が,当業者にとって予測可能といえるためには,少なくと
も,①種子中に原料であるパルミトイルCoA(16:0-CoA)が存在すること,
②本件酵素が種子中で機能し,16:0-CoAが本件酵素で不飽和化されること,
③16:0-CoAから合成されたパルミトオレイルCoA(16:1-CoA)が安定にCoAプ
ールに存在し得ること,及び④16:1-CoAがアシルトランスフェラーゼの基質
となってトリグリセリドに取り込まれることが予見できることが必要であ
る。」と主張する。
作用機序①について予見できたことは,上記(3)のとおりである。作用機
序②については,上記(4)の本願の公開特許公報(甲1)の「従来の技術」
について記載した前記【0010】の記載から明らかなように,パルミチン
酸が,デルタ−9デサチュラーゼにより不飽和化されて,パルミトオレイン
酸になることは,本件優先日前から知られていたこと,上記(5)のとおり,
引用例4には,タバコの葉に酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を導入し
たところ,パルミトオレイン酸が増加したことが記載されていること,原告
が指摘する甲17,18の記載については,上記(7)のとおりであることか
らすると,予見することができたというべきである。作用機序③及び④につ
いては,上記(3)認定の乙1,2及び甲11の記載,上記(4)のとおり,植物
の種子には,もともとパルミトオレイン酸がトリグリセリドに組み込まれる
機構が存在している可能性が高いと認識されること,原告が指摘する甲1
9,20及び乙1(甲21)の記載については,上記(7)のとおりであるこ
とからすると,予見することができたというべきである。
なお,甲26(今堀和友,山川民夫監修「生化学辞典第2版」株式会社東
京化学同人[1990年11月22日発行])472頁左欄22行∼24行
には,「酵素は基質の種類をかなり厳密に識別し(基質特異性),同一基質
に対しても酵素により異なる反応を媒介する(反応特異性)」との記載があ
るが,引用発明4と本願発明1とでは,基質(パルミトイルCoA)も酵素
(酵母デルタ−9デサチュラーゼ)も同一であるから,上記作用機序を予測
することができたとの上記認定を左右するものではない。
(9)以上のとおり,審決が「引用例4をみた当業者であれば,…葉における
挙動が,種子においても同様にみられるだろうと期待することはごく自然で
あると考えられる」と認定したこと(7頁1行∼6行)に誤りはない。
3取消事由2(進歩性の判断の誤り−その1)について
(1)相違点①(本件遺伝子を発現させる場所)の判断につき
ア審決は,引用例1(米国特許第5057419号公報。甲3)につい
て,次のとおり認定している(2頁11行∼3頁13行)。
「引用例1は『遺伝子操作されたプラスミド及び特殊化された油の生産のた…
めの生物』という表題であり,該引用例1には,脂肪酸デサチュラーゼ酵素を
コードする遺伝子を含むDNAフラグメントを単離し,該DNAフラグメントから,
油産物を過剰発現させる発現ベクターであるプラスミドを構築し,プラスミド
を生物に導入した結果,大量の油が生産されたことが記載されており(第2欄
第20∼31行),実施例1には,実際に,酵母デルタ−9デサチュラーゼを
コードする遺伝子を含むDNAフラグメントを単離し,該DNAを含む発現ベクター
YEp352(ole)を構築し,該ベクターを酵母に導入して,油の生産を増加させた
ことが示されている。そして,発現ベクターYEp352(ole)については,酵母で
機能するプロモーターを含むことが記載されている(第7欄第25∼27
行)。
また,酵母以外の生物への該DNAフラグメントの導入については,以下の記載
がある。
ア.『本願発明は,酵母における油の生産を増加させるという点についてここ
に記載されているが,特殊な脂肪酸組成を有する油を高いレベルで生産する植
物の産生のための,同様の手段,その遺伝子をほかの生物へ導入することや,
酵母やほかの生物,すなわち,トウモロコシ,ダイズ,ナタネ等の農作物から
単離された同様のデサチュラーゼ遺伝子を使うことによっても,増加がもたら
されることは,当業者にとって理解されるであろう。』(第4欄第21∼29
行)
イ.『このことは,機能的なデサチュラーゼやそのほかの脂肪酸変性酵素を,
農作物(ダイズ,ヒマワリ,トウモロコシ,ナタネ等)のような生物へ過剰な
レベルで導入することが,特殊化された脂肪酸の組成を有する油の同様な過剰
生産を導くことを示唆する。高度に特殊化された脂肪酸組成を有する油を生産
する植物株を構築することにより,(1)油を精製したり,容易に酸化され質
が低下するポリ不飽和脂肪酸を除去するために油を変換したりするための費用
が下がったり,(2)食物や融点及び沸点に特徴を有する料理用油を製造する
ための的確な組成物を混合するための費用が下がったりすることにより,現在
よりもより経済的に油を生産することが可能になるであろう。』(第5欄第2
∼第17行)
ウ.『標準的な分子遺伝学的手法が,デサチュラーゼ遺伝子の単離,プラスミ
ドベクターの産生,並びに,酵母や農作物等の宿主細胞へ導入されるベクター
を形成するための,所望の遺伝子を含むプラスミドと適切な調節要素との融合
に用いられる。』(第6欄第13∼24行)
エ.『植物細胞に導入された遺伝子は,種子において適切に発現されるため
に,高発現プロモーターを有する植物生育の遺伝的調節要素の制御下にある。
あるいは,油生産のための遺伝子の発現は,ほかの植物組織において同時に活
性化され,最適な植物の成長と生育を阻害しない。』(第6欄第50∼57
行)」
イ原告は,審決がなした引用例1についての上記訳文のうち,「ウ.」に
ついて,「標準的な分子遺伝学的手法が,デサチュラーゼ酵素の単離,プ
ラスミドベクターの産生,並びに,酵母や農作物等の宿主細胞へ導入され
るベクターを形成するための,所望の遺伝子を含むプラスミドと適切な調
整要素との融合のために用いられることができる。」と訳すべきである
(下線は原告による主張部分)と主張する。この部分の引用例1の記載
は,「Standardmoleculargeneticmethodscanbeused…」(下線は争い
がある語)というものであるから,原告の主張するする訳文の方がより正
確であるということができる。
また,原告は,審決の上記訳文のうち,「エ.」について,「植物細胞
に導入された遺伝子は,種子において適切に発現されるために,高発現プ
ロモーターを有する植物生育の遺伝的調節要素の制御下にあるだろう。あ
るいは,油生産のための遺伝子の発現は,ほかの植物組織において同時に
活性化されることもあり得,最適な植物の生長と生育を阻害しないだろ
う。」と訳すべきである(下線は原告による主張部分)と主張する。この
争いがある部分の引用例1の記載は,「Genesintroducedintoplant
cellswouldbeunderthecontrolofplantdevelopmentalgenetic
regulatoryelementswithhighexpressionpromoters…,expressionof
thegenesforoilsproductioncouldbeactivatedinotherplant
tissuesatatimewhichwouldnotinterferewithoptimalplantgrowth
anddevelopment.」(下線は争いがある語)というものであるから,原告
の主張するする訳文の方がより正確であるということができる。
ウ審決の認定する上記「ア.」の部分には,特殊な脂肪酸組成を有する油
を高いレベルで生産する植物の産生のために,「その遺伝子」を,酵母に
導入するとの同様に,酵母以外の生物へ導入することが記載されている。
この場合の「その遺伝子」は,上記「ア.」の前の部分で,酵母デルタ−
9デサチュラーゼ遺伝子について記載されていることからすると,酵母デ
ルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を指すものと解される。なお,この点につ
いて,原告は,「同様の(similar)」とは,同一のものではないことを
意味するから,引用例1で単離された酵母遺伝子自体を導入することは意
図されていないことがわかると主張するが,上記「ア.」の記載は,上記
のとおり,酵母遺伝子を酵母に導入するとの同様に酵母以外の生物へ導入
する旨を記載しているものと理解することができるから,原告の主張は採
用することはできない。また,上記「イ.」の部分には,デサチュラーゼ
やそのほかの脂肪酸変性酵素を,農作物(ダイズ,ヒマワリ,トウモロコ
シ,ナタネ等)のような生物へ過剰なレベルで導入することが,特殊化さ
れた脂肪酸の組成を有する油の同様な過剰生産を導くことを示唆するとの
記載がある。上記「ア.」及び「イ.」の部分の記載を,それらの間にあ
る引用例1(甲3)の記載をも併せてみると,酵母デルタ−9デサチュラ
ーゼ遺伝子を酵母以外の植物に導入することによって,特殊な脂肪酸組成
を有する油を高いレベルで生産する植物を産生することができ,その植物
としては,ダイズ,ヒマワリ,トウモロコシ,ナタネ等が考えられること
が記載されているということができる。そして,上記「ウ.」の部分に
は,標準的な分子遺伝学的手法が使用可能であることが記載されている。
さらに,上記「エ.」の部分では,遺伝子を植物の種子に導入することが
記載されている。これらの記載の間には,途中に他の記載が存するから,
その意味ではこれらは別々の記載であるが,上記のように理解することが
できるのであり,これらの記載を総合すると,酵母デルタ−9デサチュラ
ーゼ遺伝子を,ダイズ,ヒマワリ,トウモロコシ,ナタネ等の種子に導入
して,特殊な脂肪酸組成を有する油を高いレベルで生産する植物を産生す
ることが記載されているということができる。
エ原告は,①引用例1には,酵母デルタ−9デサチュラーゼを用いた実施
例として,実施例が二つ記載されているが,これらはいわゆる「仮想実施
例」である,②引用例1の実施例2では,酵母の酵素を直接植物等の酵母
以外の生物に導入するのではなく,目的とする生物(例えば,植物)から
その生物(例えば,植物)由来の同等のデサチュラーゼ遺伝子を単離し,
その生物(例えば,植物)由来のデサチュラーゼ遺伝子をその生物(例え
ば,植物)に再導入すること及びその遺伝子情報を基にした「アンチセン
ス調節方法」を用いて遺伝子を不活化することが記載されているだけであ
る,③引用例1では,審決が引用する4欄ないし6欄の記載も,実施例2
のように目的とする生物自体に存在するデサチュラーゼ遺伝子の単離をす
ることを前提としていることが読み取れるなどと主張する。
引用例1(甲3)の実施例2には,「a.酵母及び他の生物からの関連
したデサチュラーゼ遺伝子の単離」という記載がある(9欄31行∼32
行)ところ,実施例2の「a.」は,実施例1における,酵母のΔ-9デ
サチュラーゼ遺伝子に着目した実験に続くものであって,実施例1aに記
載されているクローニングされた酵母DNA配列のうちの,他の脂肪酸デサ
チュラーゼ遺伝子と高い類似性を有する領域を用いて,Δ-12脂肪酸デ
サチュラーゼ等の酵素をコードするデサチュラーゼ遺伝子を単離すること
が記載されている。そうすると,ここでいう「関連した」とは,上記の手
法で単離し得ること,すなわち,実施例1aでクローニングされた酵母
DNA配列と,配列的に高い類似性を有することを表現しているものと認め
られる。したがって,「a.酵母及び他の生物からの関連したデサチュラ
ーゼ遺伝子の単離」という記載から,酵母の酵素を直接植物等の酵母以外
の生物に導入するものではないということはできない。また,実施例2に
は,原告が主張するとおり,目的とする生物(例えば,植物)からその生
物(例えば,植物)由来の同等のデサチュラーゼ遺伝子を単離し,その生
物(例えば,植物)由来のデサチュラーゼ遺伝子をその生物(例えば,植
物)に導入すること及びその遺伝子情報を基にした「アンチセンス調節方
法」を用いて遺伝子を不活化することが記載されているが,それに加え
て,「次いで,これらの細胞を,例えば,デサチュラーゼ遺伝子を単離す
ることによってクローニングし得る。またはこの細胞を他の方法で用い
て,この遺伝子を含む発現ベクターを形成し,そしてそれを別の生物(例
えば,植物細胞)に導入して,それによって産生される油の量または組成
を変え得る。」(訳文10欄54行∼60行)と記載されているから,デ
サチュラーゼ遺伝子を単離し,それを別の生物(植物細胞)に導入するこ
とが記載されている。したがって,引用例1の実施例2は,原告が上記②
で主張するようなものとは認められないし,それが原告が主張する「仮想
実施例」であるとしても,発明者が,酵母由来のデサチュラーゼ遺伝子を
単離し,それを別の生物(植物組織)に導入することを避けたということ
はできないし,ましてや,引用例1の記載が本願発明1の阻害事由になる
ということはできない。
原告が指摘する引用例1(甲3)の訳文5欄下4行∼下1行の「これ
は,トリグリセリドの過剰産生を示す。従って,トリグリセリドの過剰産
生は,上記変異体細胞の他の特性ではなく,上記の複数コピーのプラスミ
ドに関連する特性に関連する。」との記載の「複数コピー」は,遺伝子が
複数コピーされることを意味し,目的とする生物自体に存在する遺伝子に
限定されないと解される。また,引用例1(甲3)の訳文6欄44行∼下
2行の「上記のクローン化されたΔ−9デサチュラーゼ遺伝子が,植物お
よび他の生物から他のデサチュラーゼ遺伝子(例えば,Δ−12デサチュ
ラーゼ遺伝子およびΔ−15デサチュラーゼ遺伝子)を単離するために使
用されることもまた,企図される。これらの遺伝子の改変型が,構築され
得る。植物または他の適切な生物中への再導入は,非常に特殊な組成の油
の産生(例えば,リノール酸の過剰産生およびリノレン酸の産生不足であ
るが,これらに限定されない)を引き起こし,これは,優れた産生物を生
じる。」との記載は,上記のとおり,「植物または他の適切な生物中への
再導入」と記載されていることからすると,デサチュラーゼ遺伝子を,単
離した当該植物又は他の生物に限らず,当該植物又は他の生物以外の「他
の適切な生物」へ再導入することについても記載されているということが
できる。したがって,引用例1の4欄ないし6欄の記載について,目的と
する生物自体に存在するデサチュラーゼ遺伝子の単離をすることを前提と
していることが読み取れる,ということはできない。
原告が指摘する乙2(甲24)31頁第3及び第4パラグラフの「問題
を提示する油種子バイオテクノロジーの他の局面は,すでに示唆されてい
る。例えば,単純に新規の活性の別の遺伝子を加えるだけでは,上昇した
レベルの所望の最終産物は,必ずしも得られるとは期待できないであろ
う。なぜなら,その種子において同じ基質を用いる他の酵素が,おそら
く,同時に下方制御されねばならないからである。アシルトランスフェラ
ーゼの選択性もまた,新規の脂肪酸を受け入れるのに十分でないかもしれ
ないから,導入された脂肪酸を利用することができるアシルトランスフェ
ラーゼに対する遺伝子もまた,トランスジェニック油種子に挿入されねば
ならない。脱飽和または水酸化のようないくつかの機能もまた,還元され
る等価物を,酵素基質複合体へと移動させる電子輸送系が必要であり,こ
れらもまた,トランスジェニック油種子に移動される必要があるかもしれ
ない。結論として,現時点においては,分子生物学の進歩が,生化学の進
歩を追い越しつつあるというべきである。将来は,多くのバイオテクノロ
ジーの可能性が,種子における油の品質の操作のために存在するが,知識
ベースのアプローチに関して,われわれが,広汎に種々の遺伝子操作され
た『デザイナー』油種子作物を生産することを目的とした現在の希望を実
現させようとするのであれば,まず,より多くの資源が脂質代謝の基本的
な生化学における研究に投資されねばならない。」(甲24訳文)との記
載は,望ましい脂肪酸組成を有する種子油を得るためには,単純に新規の
活性の別の遺伝子を加えるだけではなく,ほかの関与する遺伝子を併せて
導入するなどする必要があることを述べるものであって,引用例1の発明
者が,酵母デサチュラーゼを直接植物に使用することを避けていることの
根拠となるものではない。
オしたがって,審決が,引用例1(甲3)について,「…酵母以外の生物
への該DNAフラグメントの導入について,上記ア.∼エ.のごとく,ナタ
ネ,ヒマワリ,ダイズ等の双子葉植物の植物種子への導入ができることが
記載されており,」(5頁1行∼4行)と認定したことに誤りはない。も
っとも,その記載内容は,上記のとおりのものであって,その具体的な結
果が記載されているわけではない。
カなお,審決の認定に係る上記「イ.」の(1)には,「ポリ不飽和脂肪
酸を除去する」と記載されている。しかし,引用例1(甲3)に記載され
ている「特殊な脂肪酸組成を有する油を高いレベルで生産する植物の産
生」の一つの場合として記載されたものであって,引用発明1が「ポリ不
飽和脂肪酸の除去」に限られると解することはできないから,引用発明1
に基づいて本願発明1をすることができたと認定することの妨げとなるも
のではない。
(2)相違点②(本件遺伝子を発現させる方法)の判断につき
ア本願発明1では,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させる手
段が,「種子特異的プロモーター」であるのに対し,引用発明1では,酵
母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させる手段が,「酵母で機能す
るプロモーター」であるという相違点(相違点②)に関し,審決は,「そ
の手法については,標準的な遺伝子手法を用いることが記載されており
(上記ウ.参照),本願優先日時点での該標準的な遺伝子手法として,例
えば,引用例2に記載された手法…が知られているのであるから,引用発
明1において,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を『双子葉植物の植
物種子』中で発現させ,そのための手段として,『種子特異的プロモータ
ー』を含むものとするところは,当業者が容易に成し得たことと認められ
る。」(5頁9行∼20行)と判断している。
イ引用例1(甲3)には,上記(1)アの審決の認定した「ウ.」の部分に
おいて,標準的な分子遺伝学的手法が使用可能であることが記載されてい
る。
また,引用例2(甲4の1)には,審決が認定している(3頁下4行∼
4頁2行)とおり,「…天然の脂肪酸の組成を有する種子に比較して修飾
された脂肪酸の組成を有する植物の種子を得る方法において,種子特異的
プロモーター等の種子の中で機能的な調節要素の転写のコントロール下
に,植物の脂肪酸合成に関係するシンターゼやデルタ−9デサチュラーゼ
等をエンコードする配列を含むDNA配列を含むベクターを用いて,植物を
形質転換する方法」が記載されている。
ウ原告は,引用例2(甲4の1)の方法では,ACPと結合した脂肪酸(ア
シルACP)を基質としてこれを不飽和化するのに対し,本願発明1で発現
されているデサチュラーゼはCoAデサチュラーゼであって,CoAと結合した
脂肪酸(アシルCoA)を基質としてこれを不飽和化することが異なると主
張する。
しかし,審決の上記アの記載からすると,引用例2(甲4の1)は,酵
母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させる,標準的な分子遺伝学的
手法の例として言及されているものであって,基質が異なるからといっ
て,標準的な分子遺伝学的手法を使用することができないとはいえないか
ら,審決の上記判断に誤りがあるということはできない。
なお,原告は,乙6(甲25。国際公開第91/13993号パンフレ
ット。国際公開1991年[平成3年]9月19日)には,「植物以外の
遺伝子を植物で発現させることも成功したこともあるが,それはより限定
されたレベルである。mRNAが機能的であるためにはイントロンの除去が必
要であることから,転写されたmRNA前駆体に存在するイントロン(介在配
列とも呼ばれる)を認識する植物のスプライシング機構がうまくいかない
ために…,植物以外のタンパク質の発現を実現することは困難であること
が示唆されてきた。」(2頁33行∼3頁3行,甲25抄訳)と記載され
ており,本件優先日(1992年[平成4年]3月13日)の6か月前の
時点では,植物以外の生物に由来する遺伝子を植物で発現させることが困
難であると考えられていたことが示されている,と主張する。
しかし,前記(1)のとおり,引用例1には,酵母デルタ−9デサチュラ
ーゼ遺伝子を,ダイズ,ヒマワリ,トウモロコシ,ナタネ等の種子に導入
して,特殊な脂肪酸組成を有する油を高いレベルで生産する植物を産生す
ることが記載されている。また,乙5(特開昭63−112987号公
報)の5頁左下欄5行∼右下欄16行には,「造成物は種々の方式で用い
ることができる。特に,その造成物は種子中の脂肪酸を変更するのに,即
ち,長さ,不飽和等に関して,種々の脂肪酸の比及び/又は量を変化させ
るのに用いることができる。…脂肪酸合成に関連する発現生成物としては
アシルキャリアー蛋白質,チオエステラーゼ,アセチルトランスアシラー
ゼ,アセチル−CoAカルボキシラーゼ,ケトアシルシンサーゼ,マロニル
トランスアシラーゼ,ステアロイル−ACPデサチュラーゼ,及びその他の
デサチュラーゼ酵素がある。あるいはまた,哺乳動物を含むその他の由来
からの生成物,例えば血液因子,リンフォカイン,コロニー刺激因子,イ
ンターフェロン,プラスミノーゲン活性化因子,酵素(例えばスーパーオ
キシドジスムターゼ,キモシン等),ホルモン,ラット乳チオエステラー
ゼ2,エイコサペンタエン酸の合成に関与するリン脂質アシルデサチュラ
ーゼ,ヒト血清アルブミンから種々の生成物を得ることを望むかもしれな
い。」と記載されているから,植物に遺伝子を導入して発現させる生成物
が,植物由来の蛋白質に限られないこと,すなわち,導入される遺伝子
が,植物以外の生物由来の遺伝子でもよいことが示されている。さらに,
引用例2(甲4の1)は,シンターゼを植物種子中で発現させる技術が記
載されており,シンターゼに関しては,植物の中の脂肪酸の合成に関係す
るシンターゼについて記載されているが,9頁1行∼3行には,「他の
源,例えば,バクテリアまたは下等植物からのシンターゼは,また,植物
において有用であり,そして本発明においてシンターゼと考えることがで
きる。」(訳文は,甲4の2[引用例2に係る出願の日本における公表公
報である特表平6−500234号公報]6頁右上欄10∼12行])と
いう記載があり,高等植物以外の生物由来の遺伝子も導入し得ることが示
されている。乙6の上記記載から直ちに植物以外の生物に由来する遺伝子
を植物に導入することが困難であるとの認識を当業者が持っていたと認め
ることはできない。
(3)相違点③(本件遺伝子を発現した結果)の判断につき
前記(1)のとおり,審決が「引用例4をみた当業者であれば,…葉におけ
る挙動が,種子においても同様にみられるだろうと期待することはごく自然
であると考えられる」と認定したこと(7頁1行∼6行)に誤りはないか
ら,審決が,引用例4には,本件遺伝子を「タバコの葉片に導入したとこ
ろ,パルミトオレイン酸が平均10倍に増加し,パルミチン酸とステアリン
酸が減少したことが記載されているから,双子葉植物の葉で観察された現象
が,同じ植物体の種子においても起こり得るだろうと期待して,実際に,該
種子中で酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させて,パルミトオレ
イン酸量の増加を確認することは当業者によって容易に成し得ることである
と認められる。」(5頁下8行∼下2行)と判断したことにも誤りはない。
原告は,甲7(MartineMiquelandJohnBrowse「ArabidopsisMutants
DeficientinPolyunsaturatedFattyAcidSynthesis」TheJournalof
BiologicalChemistry[1992]Vol.267(3))の1502頁右欄27行∼35行
の記載を引用して,葉における脂質生合成の経路と,種子における脂質生合
成の経路が顕著に異なると主張する。しかし,葉における脂質生合成の経路
と,種子における脂質生合成の経路が異なるとしても,審決が「引用例4を
みた当業者であれば,…葉における挙動が,種子においても同様にみられる
だろうと期待することはごく自然であると考えられる」と認定したこと(7
頁1行∼6行)に誤りはないことは,前記(1)で判示したとおりである。
なお,審決の上記判断に係る「パルミトオレイン酸量の増加を確認する」
の部分は,「(植物種子中の種子油における)パルミトオレイン酸量の増加
を確認する」の趣旨であることは明らかであるし,それに先立つ「引用例1
をみた当業者が,酵母デルタ−9デサチュラーゼをコードするDNAフラグメ
ントを導入する生物を,酵母の替わりに,双子葉植物の植物種子とし,該植
物種子中の脂肪酸の組成を変えようと想い至ることは,ごく自然のことと認
められる。」の部分は,種子油における脂肪酸の組成の変更の前段階である
種子中における脂肪酸の組成の変更を想到するかどうかについて判断したも
のであると解され,審決が,本願発明1について請求項1のとおり認定し
(1頁の「第1出願の経緯及び本願発明」),前記第3の1(3)イのとお
り「それに含まれる油中のパルミトオレイン酸の含有パーセントの増加」に
ついて特定されていない点を本願発明1と引用発明1との相違点として判断
していることなどに照らしても,審決が本願発明1について誤った認定をし
ているとは認められない。
(4)まとめ
以上により,本件優先日前の当業者は,引用例1,2及び4から本願発明
1を容易に想到することができたものと認められる。
前記(1)のとおり,引用例1の記載内容には,具体性に欠ける面がある
が,引用例4には,葉においてではあるが,酵母デルタ−9デサチュラーゼ
遺伝子を導入したところ,それが働いて,パルミトオレイン酸が増加したこ
とが記載されているから,それらに,引用例2を併せて考慮することによ
り,本願発明1を容易に想到することができたものと認められる。
したがって,審決の本願発明1について進歩性がないとした判断に誤りは
ない。
4取消事由3(進歩性の判断の誤り−その2)について
(1)本願の公開特許公報(甲1)には,次の各記載がある。
ア「【0075】〔実施例4〕ナタネの形質転換
ナタネは,世界で最も重要な油種子作物の1つである。選択育種法による
耕種学的性質の改良のために多くの努力がなされた。Brassicanapusおよ
びBrassicarapaは,北アメリカにおにけるナタネ生産の主要産物であ
る。」
「【0077】ナタネ形質転換のこの実施例に使用された植物は,
Brassicanapusの栽培変種植物であるProfitであった。種子は,通常の植
物および以前に再生された植物系の両方から得た。Profitの再生体ライン
は,形質転換の頻度が増大した組織の植物を生み出し,その場合その頻度
は,特定数の組織外植片から得られたトランスジェニック植物の数として
換算される。種子を…表面滅菌し,滅菌蒸留水で…すすいだ。これらの種
子を,…ペトリ皿中で基本培地(BM)上で無菌的に,…発芽させた。…。
この芽ばえを,…成長させた。4−6日たった芽ばえから胚軸の切片(2
−3mm)を切り出し,…を含むBM培地またはGamborgs'B5(Gamborgら,
1968)培地(カルス化培地)で,24時間前処理をした。処理の前に滅菌
濾紙を培地上に置いた。」
「【0078】胚軸切片をアグロバクテリウム溶液(…)で30分間処置
し,共培養するために2−3日間,カルス化培地上に置いた。胚軸組織
を,…を含む,カルス化培地に移した。培養を…で維持した。7日後,胚
軸切片を,…を含む,BMあるいはB5の芽条(shoot)再生培地に移した。カ
ルス化培地あるいは再生培地を,…で凝固させた。組織を3週間ごとに新
鮮な選択培地に移した。培養の1−3週間後にカルスが形成され,その3
−6週間後に芽条が形成された。これらの芽条を伸長させるために,…を
含むBM上で根付かせた。」
イ「【0109】〔実施例7〕形質転換植物
ナタネB.napusの栽培変種であるProfitは,種子油中のオレイン酸含有量
が高い,春Canola型ナタネである。50個の種子を分析した結果は,下記
に示される表1および表2の脂肪酸プロフィールであった。」
ウ【0110】には,「B.napusの栽培変種であるProfitの脂肪酸プロフ
ィール」という表題の「表1」が記載されており,各脂肪酸(C16:0,
C16:1,C18:0,C18:1D9,C18:1D11,C18:2,C18:3,C20:0,C20:1,
C22:0,C24:0,C24:1)の平均,最小,最大の各数値が記載されている。
また,【0111】には,「再生体B.napusの栽培変種であるProfitの脂
肪酸プロフィール」という表題の「表2」が記載されており,「表1」と
同様に,各脂肪酸の平均,最小,最大の各数値が記載されている。
エ「【0112】Profitから得た組織を,上述の4つの各ベクターによっ
て形質転換した。根付いた形質転換植物を,芽条が2cm以上に長くなった
ときに土に移した。植物を,Conviron生育チャンバー内に,明16時間2
0℃,暗8時間15℃で,3ー4週間維持した。次に,温室に移し,そこ
で成体になるまで生育させた。花成時に,植物を自家受粉させ,成熟種子
を採集した。」
「【0113】成熟種子中に得られる油の脂肪酸含有量を,全種子分析,
あるいは子葉の一部を分析し残りの種子は保存して植えられ得る半分の種
子分析,のいずれかで分析した。」
「【0114】あるいは,種子中の酵母デルター9デサチュラーゼ遺伝子
の発現を検出するために,発育種子を採集し,mRNAをPCRアッセイで分析
するか,あるいはウエスタンアッセイでタンパク質を検定する。」
「【0115】第三のベクターであるpH.PデルタBOPによって形質転換
し,次に再生し,そして自家受粉したナタネ組織から得られた種子の脂肪
酸含有量は,形質転換していない「親」植物に見られる割合と比較して,
飽和脂肪酸であるパルミチン酸およびステアリン酸の割合の有意な減少,
それに伴い,パルミトレイン酸およびオレイン酸レベルの増大がある(表
1参照)。このベクターでは,酵母デサチュラーゼ遺伝子を改変ファゼオ
リンプロモーターの制御下においた。プロモーターの最初の2/3の欠失
からなるこの改変の結果,種子の発育中に,調節された遺伝子の発現がよ
り早期になされる。遺伝子発現は,脂質の蓄積の間に生じ,この不飽和脂
肪酸は,トリグリセロール生成の間に不飽和化がなされたと考えられる。
得られた植物油は,非常に低レベルの飽和脂肪酸を有し,現在市場に出回
っている植物油に代わる望ましいものである。」
「【0116】他の3つのベクターのいずれかで形質転換し,再生し,自
家受粉した植物から得られた種子の脂肪酸は,飽和脂肪酸であるパルミチ
ン酸およびステアリン酸が種々の割合で含まれるが,それらは形質転換さ
れていない「親」植物に見られる割合と等しいかあるいはより少ないもの
である(表2を参照のこと)。種子の発育中に遺伝子発現を起こす調節エ
レメントを有するこれらのベクターは,脂質の蓄積の間に,種々のレベル
で遺伝子を発現させる。」
(2)原告は,上記(1)の「表1」は,酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子に
よって形質転換される前の脂肪酸プロフィールであり,「表2」は,形質転
換後の脂肪酸プロフィールであると主張する。
しかし,上記(1)の記載によると,【0115】の実施例と【0116】
の実施例では,【0115】の実施例が第三のベクターであるpH.Pデルタ
BOPによって形質転換したものであり,【0116】の実施例が他の3つの
ベクターのいずれかで形質転換したものであって,異なる実施例であるにも
かかわらず,原告の主張によると,形質転換後のデータが「表2」しかない
ということになって不自然である。また,「表1」と「表2」を比較する
と,C16:0(パルミチン酸)が平均で4.05(表1)から5.28(表
2)に増加しているが,この結果は,【0115】の「パルミチン酸の割…
合の有意な減少」,【0116】の「飽和脂肪酸であるパルミチン酸が種…
々の割合で含まれるが,それらは形質転換されていない「親」植物に見られ
る割合と等しいかあるいはより少ないものである」という記載と矛盾するも
のである。さらに,「表1」と「表2」を比較すると,C18:1(オレイン
酸)が,D9の平均で,63.78(表1)から51.51(表2)に減少
しており,D11の平均で,2.72(表1)から2.39(表2)に減少
している。この結果は,【0115】の「オレイン酸レベルの増大がある」
との記載と矛盾するものである。
そして,①上記(1)の【0109】には,「ナタネB.napusの栽培変種であ
るProfitは,種子油中のオレイン酸含有量が高い,春Canola型ナタネであ
る。50個の種子を分析した結果は,下記に示される表1および表2の脂肪
酸プロフィールであった。」との記載があり,それに続いて,【0110】
と【0111】に「表1」及び「表2」が記載されていることからすると,
「表1」「表2」ともに形質転換前の脂肪酸プロフィールを示すものと解す
ることができること,②【0077】には,「種子は,通常の植物および以
前に再生された植物系の両方から得た」との記載があるから,「表2」の
「再生体」は,「以前に再生された植物系から得たもの」と解することがで
きること,③本願の優先権主張の根拠となる米国特許出願(出願番号
07/850714)の明細書においては,「表1」は「Table1a」,「表2」は
「Table1b」と記載されている(甲14の32頁∼34頁)ところ,同明細
書においては,「thetransformed"parent"plant」の後ろに「(seeTable
1).」と記載されている(甲14の35頁13行及び下2行)ことからする
と,「表1」「表2」は,ともに形質転換前の脂肪酸プロフィールを示すも
のと解するのが相当である。
(3)そうすると,上記(1)の「表1」と「表2」の比較により,本願発明1に
顕著な効果があるとする原告の主張は,その前提において失当であり,採用
することができない。
審決の「本願発明1は,パルミトオレイン酸の含有パーセントの増加の程
度について特定されておらず,増加の程度が顕著でないものも含んでいるか
ら,そのようなものについては,顕著な効果を奏しているとは認められな
い。」とした判断(5頁下2行∼6頁2行)に誤りはない。
5取消事由4(手続違背)について
(1)「原告は,本件補正後の請求項1に係る発明(本願発明1)との関係
で,引用例4を引用する拒絶理由通知書を受けていない」旨の主張につき
ア特許願(甲2の1)の請求項は,1∼37から成るものであるが,その
うち,(旧)請求項1,2,4,17∼20及び22は,次のとおりであ
った。
【請求項1】酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子および植物種子中で該
酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させるための手段を含む,植
物種子。
【請求項2】前記発現させるための手段が,前記植物種子中で前記酵母デ
ルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させるために有効なプロモーターを
含む,請求項1に記載の植物種子。
【請求項4】前記プロモーターが,種子特異的プロモーターである,請求
項2に記載の植物種子。
【請求項17】植物種子の種子油の脂肪酸含有量を改変する方法であっ
て,該植物種子を形質転換して酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発
現させる工程を包含する,方法。
【請求項18】前記改変が,前記植物種子の種子油中のモノ不飽和脂肪酸
含有パーセントを増大させることを包含する,請求項17に記載の方法。
【請求項19】前記モノ不飽和脂肪酸が,16から24炭素原子の長さの
炭素鎖を有する,請求項18に記載の方法
【請求項20】前記モノ不飽和脂肪酸が,cis−9−ヘキサデセン酸(パ
ルミトオレイン酸),cis−9−オクタデセン酸(オレイン酸),cis−1
1−オクタデセン酸(cis−バクセン酸),cis−11−エイコセン
酸,cis−13−エイコセン酸,cis−13−ドコセン酸,cis−15−ド
コセン酸,cis−15−テトラコセン酸,cis−17−テトラコセン酸およ
びその組み合わせからなる群より選択される,請求項19に記載の方法。
【請求項22】前記モノ不飽和脂肪酸が,パルミトオレイン酸である,請
求項20に記載の方法。
イ本件補正後の(新)請求項1に係る発明(本願発明1)は,前記のとお
り「酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子および植物種子中で該酵母デル
タ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させるための手段を含む,双子葉植物
の植物種子であって,該発現させるための手段が,該植物種子中で該酵母
デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させるために有効な種子特異的プ
ロモーターを含み,該酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子の発現は,該
植物種子中の種子油におけるパルミトオレイン酸の含有パーセントの増加
を生じる,植物種子。」というものであるところ,これを上記アの特許願
記載の(旧)請求項と対比すると,本願発明1は,上記アの特許願記載の
旧請求項1,2,4及び22の発明に基づき,一つの請求項に補正したも
のであり,植物種子の種子油中のパルミトオレイン酸の含有パーセントの
増加については,旧請求項22に基づくものであると認められる。
ウ特許庁は,平成14年2月7日付けの拒絶理由通知書(本件拒絶理由通
知。甲2の2)において,①特許願記載の旧請求項1∼4,6,7,9∼
16及び37については引用例1(甲3)及び引用例2(甲4の1)を引
用し,②特許願記載の旧請求項17∼36については引用例1,2及び4
を引用して,それぞれ拒絶理由を通知し,その理由によって,平成14年
11月28日付けで拒絶査定(甲2の5)をしたものと認められるから,
植物種子の種子油中のパルミトオレイン酸の含有パーセントの増加につい
て,引用例4を引用して拒絶理由を通知し,その理由で拒絶査定をしてお
り,審決においてこの点について引用例4に基づき進歩性がないと判断す
ることは,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由によ
って判断したことにならないことは明らかであって,特許法159条2項
が準用する同法50条本文に違反するものではない。
エまた,原告は,本件拒絶理由通知(甲2の2)には,「引用例3(原告
注:「4」の誤記である。)には酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を
タバコ組織中で発現させ,不飽和脂肪酸含有量が増加することが記載され
ているので,引用例1に記載された発明において,種子中で酵母デルタ−
9デサチュラーゼ遺伝子を発現させた際に,不飽和脂肪酸含有量が増加す
ることは,当業者にとって予想し得る範囲のものである。」(2頁4行∼
8行)としか記載されていないから,本願発明1の「植物種子中の種子油
におけるパルミトオレイン酸含有パーセントの増加」についてはなんら指
摘されていないとも主張するが,上記の「種子中で酵母デルタ−9デサチ
ュラーゼ遺伝子を発現させた際に,不飽和脂肪酸含有量が増加すること
は,当業者にとって予想し得る範囲のものである。」という記載は,「種
子中で酵母デルタ−9デサチュラーゼ遺伝子を発現させた際に,(植物種
子中の種子油における)不飽和脂肪酸含有量が増加することは,当業者に
とって予想し得る範囲のものである。」という趣旨に解することができる
から,本願発明1の「植物種子中の種子油におけるパルミトオレイン酸含
有パーセントの増加」について指摘されているものであって,原告の主張
を採用することはできない。
(2)「被告が周知技術であると主張する技術事項及びこれに関する文献は,
拒絶理由通知書又は拒絶査定において示されなかった」旨の主張につき
ア審決は,原告の平成15年4月2日付け手続補正書(甲2の7。審判請
求書の請求の理由の変更)における「植物における組織ごとの脂肪酸の組
成は,同じというより,異なることが当該分野における技術水準を構成し
ていたものと思料いたします。特に,葉と種子とでは,その主な働き(光
合成など,現在におけるエネルギー代謝(葉),および将来に向けてのエ
ネルギー蓄積(種子))を考慮すると,貯蔵用エネルギー源である脂肪ま
たは脂肪酸の含量または組成が大きく異なることおよび遺伝子改変による
組成変化は相互には予測不可能であることは周知の事実であると思料され
ます。」旨の主張(5頁1行∼7行)に対し,「しかしながら,引用例4
をみた当業者であれば,種子における脂肪酸の組成が,葉と同じような現
象が起こり得ないとする確たる事実,例えば,種子においては,酵母デル
タ−9デサチュラーゼの基質となる物質,例えば,パルミトイルCoAがま
ったく存在しない等の事実がない限り,葉における挙動が,種子において
も同様にみられるだろうと期待することはごく自然であると考えられるか
ら,上記主張は受け入れられない。」(7頁1行∼6行)と判断し,甲6
を「双子葉植物の種子において,パルミトイルCoAがまったく存在しない
とは考え難い」ことの証拠として引用している(7頁6行∼12行)。
上記の審決の判断のうち「葉における挙動が,種子においても同様にみ
られる」の部分は,引用例4から本願発明1を想到することができるとの
判断においてその根拠の説明として述べられているもので,拒絶査定にお
いて示されていない新たな理由によって判断したということはできない。
また,甲6は,その判断において,「双子葉植物の種子において,パルミ
トイルCoAがまったく存在しないとは考え難い」ことを示す技術常識に関
する証拠として引用されたものであって,甲6を引用したことも,拒絶査
定において示されていない新たな理由によって判断したということはでき
ない。
そして前記(1)のとおり,本件拒絶理由通知で引用例4が示されていた
のであるから,原告は,「葉における挙動が,種子においても同様にみら
れる」ことがないことについての主張立証をすることができたというべき
であり,現に,原告は,上記及び後記イのとおり,平成15年4月2日付
け手続補正書において,その旨の主張をしている。
イまた,審決は,平成15年4月2日付け手続補正書(甲2の7)におけ
る原告葉においては,脂肪酸生合成は,『原核生物』の様式をの「特に,
とるクロロプラスト内でおきるのに対して,種子での脂肪酸合成は,『真
核生物』の様式をとる細胞質ゾルにおいて行われます。このような代謝様
式の差があることが一般に知られていたことにもかんがみると,種子にお
ける発現を記載も示唆もしていない引用文献から本願発明に想到するとは
いえない」との主張(4頁17行∼21行)に対し,「しかしながら,引
用例4にも記載されているように,導入した酵母デルタ−9デサチュラー
ゼが,パルミトイルCoA等のデルタ−9の二重結合を形成する小胞体酵素
であること,並びに,植物体における不飽和化は,可溶性のクロロプラス
ト酵素である植物のデルタ−9デサチュラーゼによりアシルAPC(判決注
:「アシルACP」の誤記と認める。以下同じ。)基質が不飽和化され,そ
の後,植物の小胞体内の酵素によっても起こることは,本願優先日時点で
よく知られた事実であり,」(7頁20行∼25行)と判断し,「植物体
における不飽和化は,可溶性のクロロプラスト酵素である植物のデルタ−
9デサチュラーゼによりアシルAPC基質が不飽和化され,その後,植物の
小胞体内の酵素によっても起こること」(7頁22行∼25行)が本願優
先日時点でよく知られた事実であることの証拠として,甲7を引用し,さ
らに,「このことを踏まえれば,引用例4において植物体に導入された酵
母デルタ−9デサチュラーゼが,植物細胞の中で,局所的な存在である色
素体でアシルAPCを基質とした反応を触媒した(上記主張における『原核
生物』の様式)と考えるより,細胞質中で,パルミトイルCoA等を基質と
した反応を触媒した(上記主張における『真核生物』の様式)と考えるの
が自然である。そうしてみると,上記主張のように,葉と種子との代謝様
式にたとえ差があったとしても,脂肪酸生合成が,そのクロロプラスト内
で『原核生物』の様式によって起こる葉においても,小胞体酵素である酵
母デルタ−9デサチュラーゼが作用することが観察されたのであるから,
脂肪酸合成が細胞質ゾルで「真核生物」の様式によって起こる種子におい
ても当然に起こるだろうと,当業者であれば予測し得たものと認められ,
植物種子中の種子油におけるパルミトオレイン酸の含有パーセントが増加
することについては,当業者の予測を超えるものとは認められない。」
(7頁27行∼下1行)と判断している。
以上のとおり,甲7は,「植物体における不飽和化は,可溶性のクロロ
プラスト酵素である植物のデルタ−9デサチュラーゼによりアシルACP基
質が不飽和化され,その後,植物の小胞体内の酵素によっても起こるこ
と」が本願優先日時点でよく知られていたこと,すなわち,周知であった
ことを示す1例として引用されたものであって,このような技術常識を認
定し,それに関する証拠を引用したことをもって,拒絶査定において示さ
れていない新たな理由によって判断したということはできない。
ウしたがって,審決の上記各判断が,拒絶査定不服審判において査定の理
由と異なる拒絶の理由によって判断したことにならないことは明らかであ
って,特許法159条2項が準用する同法50条本文に違反するものでは
ない。
6よって,原告主張の取消事由は,いずれも理由がないから,請求を棄却する
こととして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海
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