弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人角田好男の上告理由第一点について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是
認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができな
い。
 同第二点について
 訴訟上の和解については、特別の事情のない限り、和解調書に記載された文言と
異なる意味にその趣旨を解釈すべきものではないが、賃貸借契約については、それ
が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることにともなう別個の配
慮を要するものがあると考えられる。すなわち、家屋の賃借人が賃料の支払を一か
月分でも怠つたときは、賃貸借契約は当然解除となり、賃借人は賃貸人に対し直ち
に右家屋を明け渡す旨を定めた訴訟上の和解条項は、和解成立に至るまでの経緯を
考慮にいれても、いまだ右信頼関係が賃借人の賃料の支払遅滞を理由に解除の意思
表示を要することなく契約が当然に解除されたものとみなすのを相当とする程度に
まで破壊されたとはいえず、したがつて、契約の当然解除の効力を認めることが合
理的とはいえないような特別の事情がある場合についてまで、右賃料の支払遅滞に
よる契約の当然解除の効力を認めた趣旨の合意ではないと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、(1)被上告
人は、昭和四三年二月ころから上告人の所有する鉄筋コンクリート造六階建共同住
宅のうちの一戸(以下「本件建物部分」という。)を賃借し、これに居住してきた
が、上告人は、被上告人に賃料の支払遅滞があつたとして契約解除の意思表示をし
たうえ、被上告人に対し本件建物部分の明渡訴訟(広島地方裁判所昭和四三年(ワ)
第一三四七号建物明渡請求事件)を提起したところ、右訴訟係属中の同四四年九月
四日、当事者間に訴訟上の和解が成立し、右和解において、被上告人は、上告人か
らあらためて本件建物部分を期間の定めなく、賃料月額一万三〇〇〇円、毎月二六
日限り当月分を持参又は送金して支払うとの約定のもとに賃借したが、右和解条項
には、賃料の支払を一回でも怠つたときには、賃貸借契約は当然解除となり、被上
告人は上告人に対し本件建物部分を直ちに明け渡す旨の特約が付されていたこと、
(2)被上告人は、右和解成立後上告人から賃料の受領を拒絶された昭和四六年一一
月に至るまで、同年五月分の賃料を除いては毎月の賃料を約定の期日までに銀行振
込の方法によつて誠実に支払つていたこと、(3)右五月分の賃料はなんらかの手違
いで期日までに支払われなかつたが、被上告人はそのことに気づいていなかつたこ
と、以上の事実が認められるというのであつて、右事実関係のもとにおいては、本
件和解成立に至るまでの経緯を考慮にいれても、被上告人の右賃料の支払遅滞によ
り、当事者間の信頼関係が、解除の意思表示を要せず賃貸借契約が当然に解除され
たものとみなすのを相当とする程度にまで破壊されたとはいえず、したがつて本件
和解条項に基づく契約の当然解除の効力を認めることが合理的とはいえない特別の
事情のある場合にあたると解するのが相当である。それゆえ、本件和解条項に基づ
き被上告人の昭和四六年五月分賃料の支払遅滞によつて本件建物部分賃貸借契約が
当然に解除されたものとは認められず、これと結論を同じくする原審の判断は正当
として是認することができ、また、その判断の過程に所論の違法はない。論旨は、
採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    大   塚   喜 一 郎
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    吉   田       豊
            裁判官    本   林       讓
            裁判官    栗   本   一   夫

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