弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役1年6月に処する。
未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,大阪地方検察庁検事として,検察官の職務に従事していたも
のであるが,平成21年7月13日,大阪市(以下略)所在の大阪地方検
察庁において,大阪地方裁判所に公判係属中であったKらに対する虚偽有
印公文書作成等被告事件の証拠であるフロッピーディスクについて,パー
ソナルコンピューターと高機能ファイル管理ソフトウェア等を使用して,
同フロッピーディスク内に記録されていた「コピー~通知案」と題する文
書ファイルの更新日時「2004年6月1日、1:20:06」を「20
04年6月8日、21:10:56」に改変するなどし,もって他人の刑
事被告事件に関する証拠を変造した。
(証拠の標目)【省略】
(法令の適用)【省略】
(量刑の理由)
1.事案の概要
本件は,大阪地方検察庁特別捜査部の検事であった被告人が,主任検
事として担当していた厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課長
Mや同課社会参加推進係長K(肩書きは,両名に対する被告事件が発生
した当時のもの。)らに対する虚偽有印公文書作成等被告事件の証拠物
であるフロッピーディスク(以下,「本件フロッピーディスク」という。)
内の文書ファイル(以下,「本件文書ファイル」という。)の最終更新日
時等の情報を改変したという証拠隠滅の事案である。
2.被告人に不利な事情
(1)被告人は,本件文書ファイルの最終更新日時(以下,「プロパテ
ィ情報」という。)や同ファイル内の文書データの並び順が,検察庁
内における上記被告事件についての見立てとは整合しない内容であ
ることを承知しつつ,そのことを上司らに告げないままM課長らを逮
捕し,公訴提起をしている。しかも,被告人は,それにとどまらず,
起訴後,証拠品の還付手続を進めようとしたところ,本件フロッピー
ディスクが検察官の立証を弾劾する証拠として公判に持ち出されて
審理が紛糾することや,報告を怠っていたことについて上司から叱責
を受けて信頼を失うことをおそれ,証拠開示の対象となる手持ち証拠
から本件フロッピーディスクを排除すべく,本件犯行に及んだ上,改
変した本件フロッピーディスクをK係長に還付したというものであ
る。
そもそも,公益の代表者である検察官には,公訴提起した事件につ
いて,その有罪立証の妨げになる消極証拠とも誠実に向き合い,これ
を隠蔽したりしない公正な態度が厳に求められている。それにもかか
わらず,被告人は,上記のような動機に基づき,被告人によれば「い
やらしい証拠」である本件フロッピーディスクについて,自らの行為
が証拠隠滅に当たることを十分に認識しながら改変行為に及んだも
のであって,主任検事の肩に掛かる重圧等があったにせよ,極めて短
絡的な判断によるものといわざるを得ず,検察官の行為として常軌を
逸しており,本件の経緯に酌むべき余地はない。
(2)被告人は,高機能ファイル管理ソフトウェアを用いてプロパティ
情報を書き換え,さらに,文書ファイルの順序を並び替えてもいる。
その改変の態様は,特別の解析プログラムを用いることなしには改変
の有無を判別することができないほど巧妙なものであって,非常に悪
質というほかない。
(3)弁護人は,M課長らの事件における公的証明書について,これが
本件文書ファイルを直接印字して作成したものとは特定できないか
ら,本件フロッピーディスクは,同課長の有罪無罪を決定づける証拠
とはいえず,同課長らの公判に具体的な影響は与えていないなどと主
張する。しかしながら,たとえ文書が印字された元データであるとは
特定できないにしても,文面は同一であり,本件文書ファイルにより
印字された可能性があるというだけで検察官の立証を十分弾劾しう
る消極証拠となるのであって,現に,M課長に対する確定した無罪判
決においては,同課長の関与を否定するK係長の公判供述が信用でき
る1つの根拠として,改変前のプロパティ情報との符合が挙げられて
いる。そうだとすると,本件フロッピーディスクはM課長の主張を裏
付ける重要な客観証拠と評価できるものである。同事件では,改変前
のプロパティ情報を記載した捜査報告書が別途作成され,その存在が
明らかになっていたが,仮に捜査報告書が作成されていなかったとす
れば,K係長の公判供述を裏付ける重要な客観証拠が顕出されなかっ
た可能性が高く,M課長に対して重大な不利益が生じるおそれがあっ
たことは否定できない。
このような重要証拠の改変が罷り通るようなことになれば,事案の
真相の解明と適正な刑罰権の行使という刑事訴訟の目的を遂げるこ
とはおよそ適わなくなるのであって,本件犯行は,刑事司法の根幹を
も破壊しかねない所業として極めて強い非難に値する。本件が,検察
庁のみならず,刑事司法全体の公正さに対する国民の不信を招いたこ
とも顕著な事実といえる。
(4)さらに,被告人は,あらかじめ改変の経緯について内容虚偽の報
告書を作成した上,検察庁の内部調査においてこれを示して虚偽の説
明をするなどもしており,犯行後の被告人の行動にも芳しからぬもの
がある。
3.被告人に有利な事情
他方において,被告人は,逮捕直後から事実を認めており,本件が刑
事司法に対する不信を招いたことを自覚し,自らを「万死に値する。」
と評した上,「1人の人間としてやってはならないことをした。」など
と述べ,M課長らの事件関係者に対しても,「皆様に申し訳ない。」と
謝罪するなど,深い反省の態度を示している。そして,公判には出廷で
きなかったものの,被告人の妻や姉らが,被告人の社会復帰を待ち望ん
でいる旨述べた陳述書等を提出しているほか,大学時代の恩師ら多数の
知己が,被告人に対する寛大な処分を求めて嘆願書を書いており,被告
人の司法修習当時からの友人1名も,公判において,周囲と協同して社
会復帰後の被告人を支援していくと述べている。もとより,被告人に前
科前歴はなく,既に本件により懲戒免職処分を受けており,今後も引き
続き相応の社会的制裁を受けるであろうことが予想される。また,被告
人には扶養を必要とする2人の子がいることも指摘できる。
4.総合判断
以上の諸事情を総合して判断すると,本件は,主任検事として事件を
統括していた現職の検察官が,担当事件の客観証拠の内容を検察官に有
利な方向に改変したという,我が国の刑事裁判史上例を見ない犯罪であ
り,刑事司法の公正さを揺るがした本件犯行の悪質性はもちろんのこと,
本件が社会に与えた衝撃の大きさも重く考慮せざるを得ないところで
あって,被告人の刑事責任は誠に重大といわざるを得ない。そうすると,
上記のような被告人にとって有利な事情を十分斟酌しても,なお本件が
刑の執行を猶予すべき事案とは認めがたく,被告人に対しては主文の刑
に処するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑懲役2年)
平成23年4月12日
大阪地方裁判所第5刑事部
裁判長裁判官中川博之
裁判官植村一仁
裁判官仁藤佳海は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官中川博之

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