弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件訴訟を大阪地方裁判所へ移送する。
       理   由
一 原告は、本件訴訟において、「1 被告が昭和五四年三月二八日原告に対して
なした解雇の無効であることを確認する。2 被告は原告に対し、昭和五四年三月
二八日以降毎月三〇万円宛及び昭和五四年から毎年八〇万円宛の金員を支払え。3
 訴訟費用は被告の負担とする。4 この判決は仮に執行することができる。」と
の判決を求め、その請求原因の要旨は、被告は、一般貨物の海上輸送等を業とする
会社であり、原告は昭和四四年一〇月頃から被告会社の甲板長として採用・雇傭さ
れていたところ、被告は、昭和五四年初め頃の海難事故の責任が原告にあるとして
昭和五四年三月二八日付で原告を解雇したが、原告には何ら責任がなく解雇は無効
なので、原告に対し、昭和五四年三月二八日以降毎月三〇万円宛の給料及び昭和五
四年以降毎年八〇万円宛の期末手当を支払うよう求めるというにある。
二 そこで本件が当裁判所の管轄に属するか否かにつき検討するに、本件は、船員
としての被告従業員である原告が被告に対し、解雇無効の確認と給料等の支払を求
める訴であるところ、本件記録によれば、被告の営業所は愛媛県内に所在せず、そ
の本店が大阪市に所在するのみで、被告船舶の船籍港が大阪市であることが認めら
れるから、その管轄は、民訴法四条、一〇条により大阪地方裁判所に属する。
 ところで、労働者の賃金支払義務の履行場所は、一次的に、労働協約・就業規則
等に定めがあればそれに従い、それがないときには、当事者間における右履行場所
についての黙示の合意・事実たる慣習の成否につき検討し、それらもないときに、
はじめて民法四八四条の持参債務の原則の適用が考慮されるべきと解される。
 本件について、これらの点を検討するに、本件記録によれば、被告会社における
就業規則・労働協約中には給料支払義務の履行場所についての定めはないこと、原
告を含む被告会社船員は乗船期間が数箇月に及ぶ事が多く就業規則所定の支払方法
すなわち船上で船長から給与を渡されるのが常態となつているものの、通常は、船
員自身各自家族に送金する必要があるので、船長は給与の支払に先立ち各乗組員に
対し各家族への送金の依頼を募り、その依頼書を被告本社に提出し、被告本社船員
部は右依頼書にしたがい依頼額を各家族に振込送金したうえ、その残額を船長が船
上で本人に手渡し、その時点で家族への送金額を含む給与の受領印を押捺させてい
ることが認められる。
 右で認定したところ及び船員という労務提供の態様に鑑みると、原告を含む被告
会社の船員の給与は、船員からの請求があり次第当該船員の住所地に送付し又はそ
の預金口座に振込むなどの方法により送金して支払う旨の黙示の合意又は事実たる
慣習が存在するというのが相当である。
 そこでこのような船員の給与についての送金債務の履行場所についてみると、船
会社としては、船員の住所地又はその預金口座への送金手続を発送地の金融機関に
おいて完了することによつて送金債務の履行行為は終了し、それ以上に到達地であ
る船員の住所地或いは取引金融機関所在地に赴いて給与を提供する義務まで負担す
るものではないと考えられる。
 民訴法五条により義務履行地の裁判籍が認められた理由が債権関係の当事者は義
務の履行地で履行の提供・受領をするのであるからその地で出訴・応訴すること
は、いずれの当事者にも便宜で不当に不利益とならないことにあることよりすれ
ば、債務者である被告が到達地に出向く義務まで負わない本件の送金債務において
は、その到達地をもつて民訴法五条の義務履行地となすことは同条の立法趣旨に反
し妥当でない。のみならず、送金の発送地をどこにするかにつき両当事者は格別の
利害を有せず、それに関する合意も認められない本件において債務者たる被告は発
送地につき拘束を受けず任意の土地から送金するをもって足りると解せられる。
 これらの点を考慮すると、被告の右送金債務にあつては民訴法五条の義務履行地
は存在しないというのが相当である。
三 右のとおり、本件訴訟の管轄は大阪地方裁判所に属し、当裁判所に属しないか
ら、民訴法三〇条一項に基づき主文のとおり決定する。
(裁判官 鎌田義勝)

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