弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人上田國廣の上告趣意は、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告
理由に当たらない。
 なお、所論は、被告人が損壊した本件建物は刑法二六〇条の「他人ノ」建造物に
は当たらない旨主張するものであり、この点について、一、二審判決が判断を異に
しているので、検討する。まず、被告人が昭和五〇年五月一〇日A県漁業協同組合
連合会(以下「県漁連」という。)の職員二名と自ら交渉した結果、県漁連に対す
るあわびの売買代金債務の担保のため、被告人所有の本件建物に根抵当権を設定す
ることを承諾し、同月一三日本件建物に県漁連を根抵当権者とする根抵当権設定登
記が経由されたこと、その後、県漁連が長崎地方裁判所壱岐支部に対し、本件建物
の任意競売(民事執行法附則二条による廃止前の競売法に基づく。)の申立をし、
同競売手続において、県漁連が最高価の競買申出をしたため競落許可決定を受け、
その代価を同支部に支払い、昭和五五年一月四日本件建物につき、右競落を登記原
因とし、所有者を県漁連とする所有権移転登記が経由されたこと、同年三月一二日
同支部執行官が先に発せられた本件建物等についての不動産引渡命令の執行のため
本件建物に臨んだ際、被告人が本件建物を損壊する所為に及び、更に、執行官が立
ち去つた後も同様の所為を続けたこと、以上の事実は、一、二審判決がともに認定
するところであり、所論も争つていない。また、本件当日被告人が執行官に対し「
今すぐ出てくれと言われても困る。今年の一〇月まで待つてくれ」と申し入れたこ
とは、原判決が認定するところであり、記録に照らし、右認定は是認することがで
きる。ところで、被告人は、本件建物に対する根抵当権設定の意思表示は、県漁連
職員が根抵当権の設定は形式だけにすぎず、その実行はありえないかのような言辞
を用いたため、その旨誤信してなしたものであり、本件損壊以前にその取消の意思
表示をしたから、本件建物の所有権は本件損壊当時も依然として被告人にあつた旨
主張しているところ、第一審判決は、被告人の主張するような詐欺が成立する可能
性を否定し去ることはできず、その主張にかかる取消の意思表示をした事実も認め
られるから、本件損壊当時本件建物が刑法二六〇条の「他人ノ」建造物であつたこ
とについて合理的な疑いを容れない程度に証明があつたとはいえない旨判断し、被
告人を無罪とした。これに対し、原判決は、被告人の本件建物に対する根抵当権設
定の意思表示は県漁連側の詐欺によるものではなく、本件損壊当時本件建物は県漁
連の所有であつたと認められる旨詳細に説示して第一審判決を破棄したうえ、建造
物損壊罪の成立を認め、被告人を懲役六月、執行猶予二年に処した。所論は、要す
るに詐欺の成立を否定した原判決は事実を誤認したものであり、第一審判決が正当
であるというのである。しかしながら、刑法二六〇条の「他人ノ」建造物というた
めには、他人の所有権が将来民事訴訟等において否定される可能性がないというこ
とまでは要しないものと解するのが相当であり、前記のような本件の事実関係にか
んがみると、たとえ第一審判決が指摘するように詐欺が成立する可能性を否定し去
ることができないとしても、本件建物は刑法二六〇条の「他人ノ」建造物に当たる
というべきである。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。
 この決定は、裁判官長島敦の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見による
ものである。
 裁判官長島敦の補足意見は、次のとおりである。
 私は、本件上告を棄却すべきものとする法廷意見に賛成であり、その職権で判断
を示している刑法二六〇条の解釈についても全く異論はないが、本件は犯罪の特別
構成要件要素として含まれている民事法上の権利の存否につき、どこまで刑事裁判
において立ち入つて認定判断を行なうべきかという困難な論点を含んでいるので、
私の考えるところを補足しておきたいと思う。
 一 刑法二六〇条は「他人ノ建造物」を損壊する行為を処罰する。他方、刑法二
六二条は「自己ノ物」であつても、差押を受け、物権を負担し又は賃貸したものを
損壊したときは、同法二五九条から二六一条までの例によるものとしている。この
両者を対比すると、二六二条が「自己ノ」というのは、自己の所有に属することを
意味し、二六〇条が「他人ノ」というのは他人の所有に属することを意味すると解
するのは素直な解釈というべきである。
 そこで、本件では、損壊行為の対象となつた本件建物が被告人以外の他人の所有
に属するか、それとも被告人の所有つまり自己の所有に属するかにより、本件行為
が刑法二六〇条の構成要件に該当するか否か、すなわち建造物損壊罪の成否が決ま
るのである。
 二 被告人は、本件建物が自己の所有に属するものと信じていたという主張(客
観的には他人の所有に属する建造物であるが自己の所有に属するものと信じていた、
つまり、そこに錯誤があつたという主張)をしているのではなくて、それが客観的
に自己の所有に属することを主張している。すなわち、被告人は、客観的な所有権
の帰属そのものを争つているのであるが、その主張によれば、本件建物は、もとも
と、被告人が新築した住宅であつて、同人が先に県漁連に対して設定した根抵当権
は、詐欺によるものとして取消の意思表示をしたので無効に帰しており、本件損壊
行為時においては、被告人の所有に属し、かつ、物権を負担していないものとして、
刑法二六〇条の対象となる建造物には当たらないというのである。
 他方、原審が確定した本件事実関係によれば、県漁連は、右根抵当権に基づき、
本件建物につき任意競売の申立をし、みずから最高価競買申出をして競落許可決定
を受け、競落代金を支払つて所有権移転登記を経由し、次いで不動産引渡命令の執
行のため執行官が本件建物に臨んだ際本件建物の損壊行為がなされた経緯が認めら
れる。その間、被告人からは、これらの手続に対して異議その他の不服の申立のな
された形跡は記録上全く認めることができない。なお、被告人のいう根抵当権設定
取消の意思表示とは、本件根抵当権設定と同時になされた船舶等についての譲渡担
保契約に基づき県漁連から被告人に対してその船舶等の引渡を求めて提起された別
件民事訴訟の控訴審において被告人の訴訟代理人が陳述した準備書面中の記載、な
いしは、本件損壊行為につき訴追されている本件刑事訴訟の控訴審の段階で被告人
によつてなされた右根抵当権設定の取消の意思表示をいうものであるところ(原審
において、弁護人は、他にも「取消と認めることができる行為」があつた旨の主張
をしている。)、別件民事訴訟においてそのいわゆる意思表示がなされた事実が、
本件建物に対する右の任意競売手続の開始から不動産引渡命令の執行に至る手続の
過程において全く主張されていないことについては、争いがないところである。
 三 物に対する所有権の帰属は、いうまでもなく民事実体法によつて決せられる。
建造物損壊罪の構成要件のように、「他人ノ」建造物が行為の客体となつていると
きは、原則として、その物が民事実体法上、他人の所有に属するものと解されなけ
ればならない。本件に即していえば、本件建物が民事法上、県漁連の所有に属し、
被告人本人の所有に属さないと解されることが一般的にいつて必要となる。
 しかしながら、このことは、民事法上他人の所有に属するとする解釈・判断が常
に、そのまま刑法の構成要件に含まれる「他人ノ」物の解釈に妥当すること、及び、
民事法上他人の所有に属さないと判断されるときは、刑法上も、その物は常に他人
の所有に属さないものと解されなければならないということを意味するものではな
い。けだし、民事法は、その物の所有権が誰に属するかを終局的に決することによ
つて財産関係の法秩序の安定を図ることを目的とするのに反し、刑法は、この場合、
その物に対する現実の所有関係を保護することによつて既に存在している財産関係
の法秩序の破壊を防止することを目的とすると考えられるからである。いいかえれ
ば、民事法にあつては、窮極的な所有権の帰属を確定することがその使命とされる
が、刑事法にあつては、社会生活上、特定の人の所有に属すると信じて疑われない
客観的な状況のもとで或る物に対する現実の所有関係が存在し、かつ、その民事法
上の所有権を否定すべき明白な事由がないときは、その現実の所有関係を実力によ
る侵害から保護し、法秩序の破壊を防止することをその使命とするということがで
きる。このことは、同時に、民事裁判と刑事裁判のあり方にも反映することとなる。
つまり、民事裁判では、所有権の窮極的な帰属を判断決定することが求められるか
ら、これに関連をもつあらゆる主張、抗弁、立証を許容し審理すべきこととなるが、
刑事裁判では、犯罪の構成要件要素とされている物に対する所有権の帰属について
は、当該犯罪の構成要件の予定する法益の侵害があるかどうかという観点からその
現実の所有関係について審理判断すれば足り、窮極的な所有権の帰属を確定する必
要はないということができるであろう。
 四 刑法二六〇条の建造物損壊罪の保護法益は、当該建造物に対する所有権にあ
ると解されるが、現に社会一般の観念においてその所有関係の存在について疑いが
抱かれず、かつ、民事法上も所有権の存在を否定すべき明白な事由が認められない
ときは、そのような客観的な所有関係のもとに安定している社会生活上の経済的法
秩序を維持することが、民事法上の所有権の保護にも通ずるというべきであり、こ
のような場合、民事裁判において将来、窮極的にその所有権が否定されるかどうか
にかかわらず、建造物損壊罪の成立を認めるべきことは、同罪の保護法益の面から
も十分に説明できるのである。
 本件についてみると、前記のとおりの経緯で本件建物につき不動産引渡命令の執
行がなされるに至つており、それまでの手続の過程において、被告人からの異議等
の申立もなく、更に本件損壊行為に先立ち、被告人の妻及び被告人が本件建物が被
告人の所有に属することにつきなんらの主張をもしないで、もつぱらその執行の延
期を求めている状況からみても、社会一般の観念においてこれが県漁連の所有に属
することについて全く疑義のない状況にあつたのであるから、被告人の本件建物を
損壊する行為が「他人ノ建造物」の損壊に当たることは明白であるというべきであ
る。したがつて、別件民事訴訟において、本件競売の原因となつた根抵当権の設定
行為を詐欺を原因として取り消す旨の意思表示をしたかどうかにかかわらず(その
ような主張は、それ自体、本件所有権の存在を否定すべき明白な事由とはいえない。)、
右犯罪の成立することはいうまでもない。第一審裁判所がこの点につき立ち入つた
審理を行ない、原審も、民事法上の論点につき深く立ち入つて事実審理を行なつた
ことは、その点が被告人の犯罪の成否を決すべき唯一の論点として被告人によつて
強く主張されたことからみて理解できなくはないし、また、原審の行き届いた審理
の結果として、民事法上も被告人の主張の理由のないことが明確とされた点におい
て一概にこれを失当ということはできないが、刑事裁判と民事裁判との差異を重視
する私の見解からは不必要な程度にまで民事関係の事実認定及び民事法上の解釈に
立ち入つたものというべきこととなる。
  昭和六一年七月一八日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    長   島       敦
            裁判官    坂   上   壽   夫

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