弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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【目次】(第1分冊)※頁数は判決原本のものである
(Ⅰ)
主文1
事実及び理由2
第1章当事者の求めた裁判2
第2章事案の概要4
第3章前提事実6
第1当事者6
第2本件患者らの治療等の経過6
第3がんと肺がん9
第4抗がん剤及びイレッサの概要15
第5肺炎及び間質性肺炎等の概要20
第6承認手続の概要24
第7承認審査資料を作成するための各種試験の概要34
第8副作用報告制度等39
【目次】(第2分冊)
(Ⅱ)
第4章争点及び争点に対する当事者の主張1
第1イレッサの有用性について1
1イレッサの有効性について1
(1)医薬品の有効性の確認方法について1
(2)イレッサの非小細胞肺がんに対する有効性について18
2イレッサの危険性(間質性肺炎の予後の重篤性と発症の危険性(発症
頻度等))について70
3イレッサの有用性について118
第2被告会社の責任について134
1被告会社の製造物責任について134
(1)製造物責任の判断枠組みについて134
(2)設計上の欠陥(有用性の欠如)について136
(3)適応拡大による欠陥について141
(4)指示・警告上の欠陥について144
(5)広告宣伝上の欠陥について161
(6)販売上の指示に関する欠陥について166
2被告会社の不法行為責任について171
(1)イレッサを販売したことによる過失責任について171
(2)安全性確保措置を怠ったことによる過失責任について175
(3)イレッサ販売開始後の過失責任について176
第3被告国の責任について184
1承認時の義務違反について184
(1)承認の違法について184
(2)安全確保義務懈怠による承認の違法と規制権限の不行使の違法につ
いて197
2承認後の安全性確保義務違反(規制権限の不行使)について
第4個別原告らとの関係における因果関係,損害について224
1因果関係について224
2損害について233
【目次】(第3分冊)
(Ⅲ)
第5章当裁判所の判断1
第1イレッサ承認等に関する基本的事実関係の概観1
1イレッサの開発と分子標的治療薬1
(1)イレッサの開発の経緯及び過程1
(2)分子標的治療薬2
2承認申請時までの経過2
(1)承認前に実施されたの臨床試験2
(2)被告会社らのイレッサの承認申請3
3承認手続の状況・経過4
(1)審査センターによる審査4
(2)薬事・食品衛生審議会における審査9
(3)輸入承認11
4他国の承認状況11
第2イレッサの有効性15
1医薬品の有効性15
2医薬品の有効性の確認方法15
(1)認定事実15
アヘルシンキ宣言以降の医薬品の安全性等の確保に関する動き
イ承認審査資料16
ウ医薬品一般の臨床試験に関する指針(ガイドライン)
エ抗がん剤の臨床試験に関する指針(ガイドライン)22
オ第Ⅲ相試験の実施をめぐる状況28
カ治験に関する原則29
キ抗がん剤の有効性の指標(評価項目)31
(2)抗がん剤の有効性の確認方法36
(3)臨床試験の評価方法(判断基準)について37
(4)有効性の指標(評価項目)について41
ア抗がん剤の有効性の評価における真の評価項目と代替評価項目
イ第Ⅱ相試験における有効性の評価(生存期間と腫瘍縮小効果)
ウ第Ⅲ相試験における有効性の評価(生存期間,無増悪生存期間,
QOL等)52
3非小細胞肺がんに関する知見とその治療法の進展55
(1)肺がんと非小細胞肺がんの病態と特色55
(2)非小細胞肺がんの治療方法と化学療法の効果59
4各臨床試験結果の評価75
(1)各臨床試験並びに主張及び証拠の概要75
(2)治験成績の評価について76
アイレッサの有効性を肯定的に評価する見解の要旨76
イ治験成績からイレッサの有効性を否定的に評価する見解の要旨
ウ治験成績の評価78
(3)承認後の第Ⅲ相試験成績の評価について86
ア承認後の第Ⅲ相試験成績からイレッサの有効性を肯定的に評価す
る見解の要旨86
イ承認後の第Ⅲ相試験成績からイレッサの有効性を否定的に評価す
る見解の要旨89
ウ主要な臨床試験(第Ⅲ相試験)に関する所見(研究報告)
エ承認後の被告国の対応111
オ承認後の第Ⅲ相試験成績の評価115
5イレッサの効果予測因子(EGFR遺伝子変異)131
(1)EGFR遺伝子増幅(コピー数)と遺伝子変異131
(2)イレッサの奏効とEGFR遺伝子変異の関係132
(3)イレッサの作用機序とEGFR遺伝子変異との関係139
(4)EGFR遺伝子変異・増幅の解析140
6個別症例についての評価141
(1)有効性判断における個別症例の位置付け141
(2)個別症例142
7イレッサの有効性について160
(1)平成14年7月当時の有効性160
(2)現在における有効性164
ア承認後の医薬品の有効性の確認と標準的治療法164
イ平成16年3月ころまでに実施された臨床試験等164
ウ平成16年4月ころから平成19年6月ころまでに実施された臨
床試験等165
エ平成19年7月ころから現在までに実施された臨床試験等
オ現在時点での有効性の判断167
(3)小括169
【目次】(第4分冊)
(Ⅳ)
第3イレッサの安全性(危険性)1
1医薬品の安全性1
2従来の化学療法による副作用1
(1)化学療法の副作用の特徴1
(2)非小細胞肺がん抗がん剤による副作用の発症頻度5
(3)殺細胞性抗がん剤の副作用に対する治療及び予防方法7
(4)原告らの主張等について9
3イレッサ承認当時における間質性肺炎自体の予後の重篤性
(1)イレッサ承認当時における間質性肺炎に関する知見11
(2)イレッサ承認当時における特発性間質性肺炎の病型分類と予後に関す
る知見13
(3)イレッサ承認当時における薬剤性間質性肺炎に関する知見24
(4)間質性肺炎の重篤性(概括)41
4イレッサによる間質性肺炎発症可能性及び重篤性42
(1)原被告の主張の概略42
(2)イレッサの作用機序と薬剤性間質性肺炎発症可能性44
ア各専門家の意見の前提となる研究報告及び文献44
イイレッサの作用機序から間質性肺炎発症可能性が示唆されるとする
専門家の意見の要旨59
ウイレッサの作用機序からは間質性肺炎発症可能性が示唆されないと
する専門家の意見の要旨60
エイレッサの作用機序からみる薬剤性間質性肺炎発症の可能性と間質
性肺炎発症機序62
(3)非臨床試験結果についての評価66
(4)治験の有害事象及び副作用に関する結果等の評価78
ア認定事実78
イ治験における有害事象死亡例について90
ウIDEAL1試験において肺炎による急性呼吸不全が死因とされた
症例について93
エIDEAL2試験において直接又は間接的な死因となる重篤な有害
事象が認められた症例について95
オ治験における病勢進行死とされた症例について99
カ間質性肺炎等以外の副作用等の治験結果に関する評価102
(5)承認時までの副作用報告の評価103
ア各副作用報告の位置付け103
イ国内臨床試験の副作用症例について105
ウEAPの副作用報告について124
エ海外の臨床試験(INTACT各試験)の副作用報告について
オその他の原告らが主張する副作用報告について135
カ海外の副作用報告についての総括141
キ国内外の副作用報告の概要143
(6)承認後の各調査等の評価146
ア承認後の副作用報告146
イゲフィチニブ安全性問題検討会(安全性検討会)153
ウ専門家会議156
エWJTOG研究報告159
オプロスペクティブ調査160
カコホート内ケース・コントール・スタディ(CCS)161
キその他の研究報告の概要161
ク小括163
5イレッサの危険性(間質性肺炎発症の危険性と予後の重篤性)のまとめ
(1)イレッサ承認(平成14年7月)当時の間質性肺炎自体の予後の重篤
性168
(2)イレッサ承認(平成14年7月)当時のイレッサによる間質性肺炎発
症可能性と重篤性169
(3)イレッサ承認後のイレッサによる間質性肺炎の発症可能性及び重篤性
【目次】(第5分冊)
(Ⅴ)
第4イレッサの有用性1
1医薬品の有用性の位置付け1
(1)薬事法上の概念1
(2)製造物責任法上の欠陥,不法行為上の違法との関係における位置付
け1
(3)国家賠償法上の違法との関係における位置付け2
2有用性の判断方法3
3イレッサの有用性3
(1)平成14年7月当時3
(2)現在7
(3)まとめ12
第5イレッサの添付文書と被告会社及び被告国が実施した市販後安全対策
等13
1添付文書における使用上の注意,警告13
(1)薬事法の定め等13
(2)医療用医薬品の添付文書に関する指針等の改訂経緯13
(3)医療用医薬品の添付文書に関する指針及び自主基準16
(4)イレッサの添付文書の改訂の経緯20
(5)添付文書以外による情報提供制度28
(6)他の抗がん剤の添付文書の記載内容等31
2医薬品についての広告の規制と被告会社が関与した情報提供等35
(1)広告の規制に関する薬事法令上の定め等35
(2)被告会社が関与したイレッサに関する情報提供36
(3)新聞報道43
3承認時の薬剤性間質性肺炎に関する知見44
(1)薬剤性間質性肺炎に関する知見44
(2)分子標的治療薬と間質性肺炎に関する知見45
4イレッサの承認審査の経緯等46
(1)承認審査資料と添付文書案46
(2)審査センターにおける審査46
(3)薬事・食品衛生審議会における審査53
5承認後の再審査制度及びその基礎となる情報収集制度55
(1)再審査制度55
(2)市販後調査制度55
(3)安全性定期報告制度61
6承認後の副作用に関する情報収集及び情報提供62
(1)副作用に関する情報収集62
(2)被告会社における承認後の副作用症例に関する検討72
(3)副作用情報等の提供73
7イレッサの販売開始後の投与数及び副作用報告数等79
(1)平成14年7月16日以降のイレッサの推定投与数79
(2)平成14年7月16日から平成15年4月までの副作用報告数79
8緊急安全性情報以降のイレッサによる間質性肺炎等についての知見及
び情報提供81
(1)安全性検討会(ゲフィチニブ安全性問題検討会)と添付文書改訂
(2)専門家会議と添付文書改訂83
(3)プロスペクティブ調査結果報告書の公表と添付文書改訂84
(4)ゲフィチニブ検討会85
(5)日本肺癌学会における検討85
第6被告会社の製造物責任について89
1製造物責任の判断枠組みについて89
(1)医薬品の欠陥の主張立証責任89
(2)欠陥該当性の判断の基準及びその基準時90
2設計上の欠陥(有用性の欠如)について92
(1)判断枠組み92
(2)イレッサの有用性94
(3)当事者の主張について97
3適応拡大による欠陥について97
(1)放射線療法との併用療法への適応拡大98
(2)ファーストライン治療への適応拡大98
4指示・警告上の欠陥について101
(1)判断枠組み101
(2)平成14年7月当時の分子標的治療薬の安全性に関する医師等の認
識106
(3)平成14年7月当時に医師等に提供されていたイレッサに関する情
報109
(4)第1版添付文書における指示・警告上の欠陥について112
(5)第3版添付文書における指示・警告上の欠陥について122
5広告宣伝上の欠陥について124
(1)薬事法所定の広告の規制との関係について124
(2)製造物責任法上の指示・警告上の欠陥との関係について127
6販売上の指示に関する欠陥について128
(1)全例調査を条件としなかったことについて128
(2)添付文書に使用限定を付けなかったことについて134
第7被告会社の不法行為責任について137
1イレッサを販売したことによる過失責任について137
(1)有用性の主張立証責任について137
(2)有用性を欠く医薬品を販売したことによる過失責任について
2安全性確保措置を怠ったことによる過失責任について139
3イレッサ販売開始後の過失責任について141
第8被告国の責任について143
1承認時の義務違反について143
(1)承認の違法について143
(2)安全確保義務懈怠による承認と規制権限不行使の違法について
2承認後の安全性確保義務違反(規制権限の不行使)について166
(1)判断枠組みについて166
(2)承認後の安全性確保義務違反について168
第9本件患者らとの関係における因果関係及び損害173
1はじめに173
2因果関係の判断枠組み173
3個別の因果関係を判断する上での医学的,薬学的知見179
4本件患者らに関する判断181
第10結語207
【別紙】(第6分冊)(省略)
別紙略語表
別紙1病期分類等一覧表
別紙2図(肺胞の構造)
別紙3図(肺胞及び毛細管の微細構造)
別紙4単回投与試験概要・結果
別紙5ラット1か月試験概要・結果
別紙6イヌ1か月試験概要・結果
別紙7ラット6か月試験概要・結果
別紙8イヌ6か月試験概要・結果
別紙9第Ⅰ・Ⅰ/Ⅱ相臨床試験概要・結果一覧
別紙10IDEAL1試験概要・結果
別紙11IDEAL2試験概要・結果
別紙12INTACT1試験概要・結果
別紙13INTACT2試験概要・結果
別紙14ISEL試験概要・結果
別紙15V1532試験概要・結果
別紙16INTEREST試験概要・結果
別紙17IPASS試験概要・結果
別紙18SWOG0023試験概要・結果
別紙19WJTOG0203試験概要・結果
別紙20NEJ002試験概要・結果
別紙21NEJ第Ⅱ相試験概要・結果
別紙22審査センターからの照会と回答
別紙23非小細胞肺がん治療一覧表
別紙24ドセタキセル試験概要・結果
別紙25抗がん剤の効果一覧表
別紙26タルセバ試験概要・結果(BR.21試験)
別紙27症例経過表
別紙28治験安全性情報一覧表
別紙29承認時までの副作用報告症例経過表(国内3症例)
別紙30承認時までの副作用報告症例経過表(海外7症例)
別紙31急性肺障害・間質性肺炎を発症したと考えられる副作用症例
別紙32海外からの副作用報告196例のうち転帰死亡の症例一覧
別紙33承認後の副作用報告情報入手日一覧表
別紙34WJTOG研究報告概要
別紙35プロスペクティブ調査概要
別紙36コホート内ケース・コントロール・スタディ研究報告概要
別紙37承認後の副作用報告症例経過表(平成14年8月29日の時点で被
告会社に報告されていた内容)
別紙38承認後の副作用報告症例経過表(平成14年9月2日の時点で被告
国に報告されていた内容)
別紙39各毒性発症率等一覧表
別紙40症例対照表
主文
1被告A株式会社は,原告Bに対し,1485万円,原告C,原告D及び原告E
に対し,各495万円並びに各金員に対する平成14年10月2日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
2被告A株式会社は,原告Fに対し,1485万円,原告G,原告H及び原告I
に対し,各495万円並びに各金員に対する平成14年12月20日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
3被告A株式会社は,原告Lに対し,110万円及びこれに対する平成14年1
1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5(1)原告B,原告C,原告D及び原告Eに生じた訴訟費用は,これを20分
し,その9を被告A株式会社の,その余を同原告らの各負担とする。
(2)原告F,原告G,原告H及び原告Iに生じた訴訟費用は,これを20分
し,その9を被告A株式会社の,その余を同原告らの各負担とする。
(3)原告J及び原告Kに生じた訴訟費用は,すべて同原告らの負担とする。
(4)原告Lに生じた訴訟費用は,これを10分し,その1を被告A株式会社の,
その余を同原告の負担とする。
(5)被告A株式会社に生じた訴訟費用は,これを40分し,その24を同被告の
負担,その13を原告J及び原告Kの負担,その1を原告B,原告C,原告D
及び原告Eの負担,その1を原告F,原告G,原告H及び原告Iの負担,その
余を原告Lの負担とする。
(6)被告国に生じた訴訟費用は,原告らの負担とする。
6この判決は,第1項ないし第3項及び第5項に限り,仮に執行することができ
る。
事実及び理由
注;以下では,各分冊を通じ,原則として,別紙略語表のとおりの略称を用いる。
第1章当事者の求めた裁判
第1請求の趣旨
1被告らは,連帯して,原告Bに対し,1650万円,原告Cに対し,550
万円,原告Dに対し,550万円,原告Eに対し,550万円及びこれらに対
する平成14年10月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
2被告らは,連帯して,原告Fに対し,1650万円,原告Gに対し,550
万円,原告Hに対し,550万円,原告Iに対し,550万円及びこれらに対
する平成14年12月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
3被告らは,連帯して,原告Jに対し,1650万円,原告Kに対し,165
0万円及びこれらに対する平成14年11月9日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
4被告らは,原告Lに対し,連帯して,550万円及びこれに対する平成14
年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5訴訟費用は被告らの負担とする。
6仮執行宣言
第2請求の趣旨に対する答弁
1被告国
(1)原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。
(2)訴訟費用のうち,原告らと被告国との間に生じたものは,原告らの負担と
する。
(3)仮に仮執行宣言を付する場合には,
ア担保を条件とする仮執行免脱宣言
イその執行開始時期を,判決が被告に送達された後14日が経過した時と
すること
2被告会社
(1)原告らの被告会社に対する請求をいずれも棄却する。
(2)訴訟費用のうち,原告らと被告会社との間に生じたものは,原告らの負担
とする。
(以下余白)
第2章事案の概要
本件は,被告会社が輸入販売した非小細胞肺がん治療薬(抗がん剤)であるイ
レッサ(一般名はゲフィチニブである。)によって,本件患者らがその副作用で
ある間質性肺炎等を発症し,激しい苦痛を被り,さらには,本件患者らのうち亡
M,亡N及び亡Oが間質性肺炎等により死亡した原因は,被告らが(1)及び(2)記
載のとおり,安全性を確保すべき措置を執らなかったことなどにあると主張し
て,本件患者及び死亡した本件患者の遺族である原告らが,被告会社に対し,製
造物責任法3条又は不法行為に基づき,被告国に対し,国賠法1条1項に基づ
き,慰謝料等の損害賠償及びこれらに対する各損害発生時以降の日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(1)被告会社は,イレッサによって致死的な急性肺障害や間質性肺炎を発症する
危険性が高いことを予見できたにもかかわらず,
アイレッサ承認時において,
(ア)副作用として,医薬品としての有効性がないのに,致死的な急性肺障害
や間質性肺炎を発症する危険性が高く,したがって医薬品としての有用性
が欠如しているのに,イレッサを販売した。
(イ)イレッサの適応は,イレッサの治験により有用性が確認された範囲に限
定されるべきであったにもかかわらず,そのような限定をしなかった。
(ウ)イレッサの承認当時,イレッサが副作用の少ない画期的な新薬であると
の認識が医療関係者らに広まっていたから,イレッサの販売にあたって
は,副作用による被害を回避するために十分な注意喚起が求められていた
にもかかわらず,イレッサの第1版添付文書には十分な指示・警告をしな
かった。
イイレッサ販売後においては,イレッサ承認後の副作用報告により,副作用
による死亡の被害の拡大を予見し得たから,平成14年7月30日ないし同
年8月29日までには,緊急安全性情報の配布,添付文書の改訂などの安全
性確保措置を講じる義務があったのに,これを怠った。
(2)厚生労働大臣は,イレッサによる致死的な急性肺障害や間質性肺炎を発症す
る危険性が高いことを予見できたにもかかわらず,
アイレッサ承認時において,
(ア)イレッサには有用性が欠如している(適応拡大も含む。)のに承認し
た。
(イ)添付文書の指示・警告に関する記載内容を指導しないまま承認した。
(ウ)市販後全例調査を義務付けないまま承認した。
(エ)使用限定(入院ないしそれに準じる管理下での使用,肺がん化学療法に
十分な経験を持つ医師による使用,投与に際して緊急時に十分に措置でき
る医療機関での使用等の使用限定)を付さないまま承認した。
イイレッサ承認後においては,イレッサ承認後の副作用報告により,副作用
による死亡の被害の拡大を予見し得たから,平成14年8月6日ないし同年
9月2日までには,緊急安全性情報の配布,添付文書の改訂などの安全性確
保措置を講じる義務を怠った。
(以下余白)
第3章前提事実
当事者間に争いのない事実及び【】括弧内記載の証拠により認定できる事
実は,次のとおりである。なお,()括弧の記載は参考記載である。
第1当事者
1原告ら
原告Bは,本件患者らのうちM(昭和8年4月27日生。平成14年10月
2日死亡。死亡当時69歳)の妻であり,原告C,原告D及び原告Eは,Mと
原告Bの子らである。
原告Fは,本件患者らのうちN(大正14年11月15日生。平成14年1
2月20日死亡。死亡当時77歳)の妻であり,原告G,原告H及び原告I
は,Nと原告Fの子らである。
原告Jは,本件患者のうちO(昭和29年3月19日生,平成14年11月
9日死亡。死亡当時48歳)の妻であり,原告Kは,Oと原告Jの子である。
原告L(昭和30年10月14日生)は,本件患者の一人である。
2被告会社
被告会社は,医薬品の製造,輸入,販売等を目的とする株式会社であり,イ
レッサを開発,製造した英国A社の子会社であるとともに,イレッサの輸入承
認を取得し,我が国でイレッサを販売している者である。
3被告国
被告国は,公衆衛生の向上及び増進を図るため,厚生労働大臣をして薬事行
政を担当せしめている者である。
第2本件患者らの治療等の経過
1M
Mの治療経過等は次のとおりである。
【甲Mイ1,2[いずれも各枝番号],甲Pイ1,2[各枝番号],丙Mイ1∼
4】
(1)平成13年11月,老人健診での胸部レントゲンで右下肺野に異常陰影が
あった。同年12月京都府所在のa共済病院に検査入院し,がんがあるとし
て,手術を勧められたが,これに応じなかった。
(2)平成14年2月26日,京都府舞鶴市所在の医療法人社団b医院で診察を
受けたところ,肺がんの疑いとの診断を受けた。
(3)同年3月12日,京都府綾部市所在のc市立病院で,右肺の大細胞がんと
診断された。
(4)同年4月9日から同年7月29日までの間,京都市所在のd大学付属病院
に入院して,抗がん剤の投与及び放射線療法などの治療を受けた。
(5)同年9月2日から,上記(4)の退院後通院していた前記b医院で処方され
たイレッサを服用し始め,同年9月9日にその服用を中止した。
(6)同日から京都府舞鶴市所在の国立e病院に入院し,間質性肺炎との診断を
受け,治療を受けた。
(7)同年10月2日,死亡した。死亡診断書には,直接死因として,間質性肺
炎と記載されている。
2N
Nの治療経過等は次のとおりである。
【甲Mロ1∼3,甲Pロ1,2[各枝番号],丙Mロ1,2】
(1)平成14年4月5日,三重県松阪市所在の三重県厚生農業協同組合連合会
f中央総合病院に当日のみ検査のために入院した。この検査により,肺がん
(扁平上皮がん)に罹患していることが判明した。
(2)同年5月27日から同年7月3日までの間,同病院に入院して,抗がん剤
の投与を受ける治療を受けた。
(3)同月9日に同病院に入院し,同月11日から,抗がん剤の投与を受ける治
療を受けた。
(4)入院中である同年9月18日から,イレッサを服用し始め,同月28日に
その服用を中止した。
(5)同月7日から三重県久居市所在の国立g病院に入院して治療を受けた。
(6)同年12月20日,死亡した。死亡診断書には,直接死因として,扁平上
皮がん,間質性肺炎と記載されている。
3O
Oの治療経過等は次のとおりである。
【甲Mハ1∼4,甲Pハ1,2,丙Mハ1】
(1)平成13年12月13日,神戸市須磨区所在の国立h病院で診察を受けた
ところ,直ちに入院することになり,検査を受けた。
(2)同日から平成14年3月24日まで国立h病院に入院し,抗がん剤の投与
を受ける治療を受けた。同年1月23日までに,肺腺がんの心膜転移,骨転
移,脳転移と診断されたが,主治医は,化学療法は奏効しているとしてい
た。
(3)同年5月20日から同年8月9日までの間,再度入院した。肺がん,骨転
移,脳転移等の診断を受け,同年5月23日から,抗がん剤の投与及び放射
線療法などの治療を受けた。
(4)在宅療養中である同年10月15日,イレッサを服用することが決まり,
同月23日からイレッサを服用し始め,同年11月4日にその服用を中止し
た。
(5)同月5日から国立h病院に入院して治療を受けた。
(6)同月9日,死亡した。死亡診断書には,直接死因として,急性間質性肺炎
と記載されている。
4原告L
原告Lの治療経過等は次のとおりである。【甲Pニ1,丙Mニ1∼4】
(1)平成13年9月,三重県四日市市所在のi内科循環器科クリニックで胸部
レントゲン上,右上肺野に異常陰影が認められ,同市所在のj総合医療セン
ターで精密検査を受けたところ,肺がんの疑いと診断され,同年11月5
日,右肺上葉摘出手術を受けた。手術後の検査によって,大細胞がんと診断
された。
(2)平成14年2月にCT検査等を受け,異常なしとされた。
(3)同年7月ころ,前記j総合医療センターで縦隔リンパ節腫大が発見され,
同センターから紹介を受けてセカンド・オピニオンを求めた名古屋市所在の
愛知県がんセンターで,縦隔リンパ節への転移が判明した。
(4)同年8月5日から9月10日まで,三重県所在のj総合医療センターに入
院し,放射線療法の治療を受け,同月11日に退院した。入院中である同年
9月2日にイレッサの説明を受け,同月4日にその服用を希望する旨を医師
に伝えた。
(5)前記i内科循環器科クリニックに通院しながらの在宅療養中である同月2
6日から,前記j総合医療センターで処方されたイレッサを服用し始め,同
年10月23日にその服用を中止した。
(6)同月27日から前記j総合医療センターに入院し,イレッサ内服にともな
う間質性肺炎等の診断を受け,同月27日から同年11月5日まで酸素吸入
が続き,10月28日から同年11月10日までステロイド剤が投与された
結果,同月15日に退院した。
(7)平成15年6月,右鎖骨上窩リンパ節にがんが再発し,同月30日から同
年8月8日まで,前記j総合医療センターで放射線治療を受け,同年8月下
旬頃以降,横浜市所在の日本免疫治療学研究会lクリニックで免疫療法によ
る治療を受けた。
第3がんと肺がん
1がんについて
【乙E11,乙H3,丙E33,丙H1,2[枝番号1,5],6,50】
(1)がん(悪性腫瘍)は,人間の体の正常細胞の遺伝子に突然変異が生じるこ
とにより生じる遺伝子の病気である。
人体の細胞には,細胞の増殖を促進する遺伝子や,細胞増殖を抑制した
り,アポトーシス(細胞死)を誘導する方向に働く遺伝子があり,細胞の機
能維持にとって重要な役割を担っている。この遺伝子が発がん性物質等によ
って変異を起こし,無制限かつ無秩序な細胞増殖が生じる状態になったもの
をがん細胞という。がんの原因となっている細胞増殖を促進する遺伝子をが
ん遺伝子,抑制する遺伝子をがん抑制遺伝子という。
がんは,人体に存在する約100兆個の細胞のいずれかの細胞に遺伝子変
異が生じ,これが,さらに30∼40回細胞分裂し,増殖した結果発生する
ものである。増殖したがん細胞は,周囲の細胞や器官を破壊する。そして,
周囲の組織に入り込んだり(浸潤),血液やリンパ液によって全身に転移し
たりする。多くの場合,腫瘤を形成し,浸潤・転移先の器官や臓器に機能障
害をもたらし,最終的には患者を死に至らせる。
(2)我が国において,がんは,昭和56年から死因の第1位となっている。が
んによる死亡者は,平成13年は総数30万0658人であり,総死亡者数
の31.5%を占めた。
肺がんは,その患者が世界的に増加傾向にあり,我が国でも,平成5年以
降は男性のがん死亡率の第1位,女性のがん死亡率の第2位となっており,
平成11年の肺がんによる年間死亡者数は約5万2000人(同年のがんに
よる年間死亡者総数は29万人),平成13年の肺がんによる年間死亡者数
は約6万3000人,平成19年においては,がんによる年間死亡者総数は
約33万6500人であり,そのうち肺がんは,男女ともにがん死亡率の第
1位であった。平成14年当時の肺がん患の5年生存率は,10∼30%と
されていた。
(3)がんは,前記(1)のとおり,浸潤性増殖又は移転するために,致命的原因
となる。浸潤性増殖をすると,侵入される組織が出血,管腔の閉塞や狭窄,
機能不全を起こす。
中でも,非小細胞肺がん(後記2(2)イ(イ)参照)は,他のがんと比較し
て,転移を起こしやすく,転移先の臓器によって多彩な症状を引き起こす。
脳転移では,頭痛,精神症状,麻痺,けいれんなど,骨移転では疼痛や骨
折,肝臓転移では黄疸,食道周囲の縦隔リンパ節転移では食道圧迫による嚥
下障害,肺臓内転移では呼吸困難などである。その結果,肺がんの末期に
は,患者は,種々の苦痛を感じることが多い。特に,非小細胞肺がんの末期
は,他のがん種に比べても患者の苦痛は大きいとされる。
がんの病状の進行に伴い,患者の身体的・精神的苦痛の程度,種類,頻度
は大幅に増加し,人間としての尊厳を損ない,周囲の人々との交流も困難に
する。【乙E11,乙H3,50,丙E33】
2肺がんについて
(1)肺の構造と機能【乙E11,乙H18,丙H1,2[枝番号5]】
肺は,呼吸器系の臓器であり,胸の中に左右に1つずつ存在する。それぞ
れ左肺,右肺といわれ,右肺は葉と呼ばれる3つの部分からなり(上葉,中
葉,下葉),左肺は右肺よりわずかに小さく,上葉と下葉に分かれる。
口や鼻から吸い込まれた空気は,咽頭や喉頭を経て気管を通り,気管支と
呼ばれる左右の管に分かれて左右の肺に入る。気管支は,細気管支と呼ばれ
るさらに細い管に分岐し,木の枝のように肺内に広がり,その末端には酸素
と二酸化炭素を交換する(ガス交換)肺胞が存在する。
(2)肺がんの分類
【甲H1,乙H3,7∼9,丙H1,2[枝番号5],3,5∼7】
アがんが生じた部位による分類
肺がんの臨床症状が,原発性肺腫瘍の発生部位に大きく影響され,これ
により,肺の入口である肺門近くにできたがんは肺門型(中心型)と,肺
門から遠いところにできたがんは肺野型(末梢型)とに分けられる。
また,肺自体の中には大きながんはないが,胸にたまった水(胸水)の
中にがん細胞が見つかるものを胸水型肺がんという。
イ病理組織型分類
肺がんは,病理組織(がん細胞の性質や形態など)により,次のとお
り,大きくは小細胞肺がんと非小細胞肺がんに分類される。肺がんの頻度
は,時期によって異なり,平成15年に出版された文献(乙H3)におい
ては,前者が10%未満,後者が90%以上の割合であり,かつ,後者の
うちの腺がん(後記(イ))の比率が年々増加しているとされる。
(ア)小細胞肺がん
小細胞肺がんは,他の組織のがん細胞に比べて小さな細胞が密集して
広がり,細胞同士がしっかりしたかたまりを作りにくいがんのことをい
う。小細胞肺がんは,肺門部に発生することが多く,増殖が速く,血行
性移転を起こしやすいため,脳,リンパ節,肝臓,副腎及び骨などに転
移しやすいがんであるが,非小細胞肺がんに比べて化学療法や放射線療
法の感受性が高いとされている。
(イ)非小細胞肺がん
非小細胞肺がんは,さらに腺がん,扁平上皮がん,大細胞がん,カル
チノイド,その他複数の組織型に分類され,多様な組織型が存在するた
めに,肺がんの発生しやすい部位,進行形式,進行速度や症状などは多
様である。非小細胞肺がんは,小細胞肺がんに比べると,増殖が遅いと
いえるが,化学療法や放射線療法の感受性は低いとされる。
a腺がんは,その組織像,細胞像が多彩であり,増殖スピードも様々
である。肺末梢に発生することが多い。
b扁平上皮がんは,角化(角質が形成されていく状態)ないし角化傾
向を有する細胞及び細胞間橋を示す細胞からなるがんのことをいい,
肺門部(中枢気管支)に発生することが多い。他の類型のがん細胞よ
りも,EGFRが過剰発現していることが多い(EGFRの説明は後
記第4の2(2)のとおり)。
c大細胞がんは,亜区域気管支と呼ばれる肺門部から離れた気管支よ
り末梢に発生する。大型の多角形の細胞からなり,明瞭な核小体を有
するがんであって,腺がんや扁平上皮がん,小細胞肺がんなどの特徴
を有しないがんのことをいう。
(3)病期と患者の全身状態の分類
【乙H3,丙H1,2[枝番号5],3,7,8,43】
ア病期
肺がんは,原発腫瘍の進展度やリンパ節等への移転の程度を指標とする
TNM分類により,病期が示される。TNM分類は,放射線診断や内視鏡
診断等の結果等によって治療方針を決定する場合や,外科手術後の予後の
予測をする場合の補助として用いられる。
TNM分類の「T」は原発腫瘍の進展度を,「N」はリンパ節転移の有
無,「M」は遠隔転移をそれぞれ表し,各項の組み合わせにより病期が決
まる(TNM各項の定義等については別紙1【病期分類等一覧表】の「T
NM分類におけるT,N,M各項の定義」表を,病期の定義やTNM分類
と病期との関係については同別紙の「非小細胞肺がんの病期分類」表参
照)。
イ患者の全身状態
悪性腫瘍における患者の全身状態を表す指標には,パフォーマンス・ス
テータス(PS:perfomancestatus)のグレード(grade)が用いられ
る。PSは,肺がんの予後因子として重要なものであり,5段階に分かれ
る。その各段階の状態は別紙1【病期分類等一覧表】の「PSのグレー
ド」一覧表のとおりである。
3肺がんの治療方法
【乙H3,6,8,12∼17,丙H1,2[枝番号5],3,7,9】
肺がんの主な治療方法には,①外科療法,②放射線療法,③化学療法などが
ある。その他に,痛みの緩和を目的とする緩和療法がある。
上記各治療方法は,がんの組織型,病期,既往歴,臓器(心臓,肺,腎臓,
肝臓など)の機能及び全身状態に応じて選択される。
(1)外科療法(手術療法)
外科療法は外科手術によりがん細胞を摘出する方法であり,一般的には外
科療法が肺がんに対する唯一の根治療法であると考えられている。
手術の方法には,標準手術,縮小手術及び拡大手術があり,対象となるが
んの大きさ,時期,範囲によって選択される。
標準手術には,肺葉切除又は肺全摘術があり,併せて,リンパ節における
がんの有無を確認するためのリンパ節切除(系統的リンパ節郭清術)も行わ
れる。肺葉切除は肺葉を葉単位で摘出する手術であり,肺全摘術は左右の肺
の一方をすべて摘出する手術である。
(2)放射線療法
放射線療法はX線や他の高エネルギーの放射線を使ってがん細胞を死滅さ
せる治療方法であり,通常は身体の外から患部である肺やリンパ節に放射線
を照射する。放射線治療にあたっては,病巣の位置や大きさ,病期,年齢及
び肺機能に応じて,放射線量,放射線を当てる範囲及び照射方法が決定され
る。
(3)化学療法(抗がん剤治療)
肺がんに対する化学療法は,抗がん剤を注射又は経口投与などの方法によ
り,がん細胞を死滅させる治療方法である。
化学療法のうち,診断後初めて行われる化学療法のことをファーストライ
ン治療(ファーストライン,初回治療)といい,ファーストライン治療にお
ける薬剤が効果を発揮せず又は発揮しなくなったことなどから,別の薬剤で
再度行われる化学療法のことをセカンドライン治療(セカンドライン,二次
治療)という。ファーストライン治療及びセカンドライン治療が効果を発揮
せず又は発揮しなくなったことなどから,さらに別の薬剤で再度行われる化
学療法のことをサードライン治療(サードライン,三次治療)という。各ラ
インにおける抗がん剤の投与の回数はクール(コース,サイクル)という語
で示される。1クールは,投与期間と副作用の回復期間を入れて,3週間か
ら4週間を1単位とすることが多い。1ラインの間に,複数回の抗がん剤の
投与が行われる。定期的に腫瘍の大きさを比較して効果を評価し,継続や変
更の要否が判断される。仮に当該ラインで効果があった場合でも,一定回数
以上抗がん剤の投与を重ねても長期予後には影響しないと一般的に考えられ
ており,1つのラインでの治療期間は3∼6クールまでとされることが多
い。
同じ疾患であっても,ファーストライン治療,セカンドライン治療,サー
ドライン治療と進むに従い,抗がん剤の効果が得られる可能性は次第に低く
なるといわれている(詳細は後記第5章第2の3(2)ウ(イ))。
なお,外科療法の後に,検査では指摘できないが全身に広がっている可能
性のあるがん細胞を死滅させ,がんの再発率を下げ,延命させる目的で抗が
ん剤を投与する治療方法が行われることがあり,これを術後補助(化学)療法
という。また,外科療法の前に,がんをなるべく小さくし,手術後のがんの
再発の危険性を軽減する目的で手術前に化学療法を用いることもある(術前
化学療法)。
第4抗がん剤及びイレッサの概要
1抗がん剤について
抗がん剤は,大きく「殺細胞性抗がん剤(細胞傷害性抗がん剤)」と「分子
標的治療薬」とに分類される。前者は,正常細胞とがん細胞に対して同時に非
選択的に作用する性質を有する。これと作用機序が異なる後者は,対象とする
疾患の病態において中心的役割を演ずる分子を標的にし,その機能を阻害する
ことで疾患の進行を阻止する薬剤である。【乙H12】
(1)殺細胞性抗がん剤並びにその基本的な作用機序及び副作用発生機序【乙H
12∼15,丙H5】
細胞は,①G1期(DNA合成準備期,DNA複製前期,細胞間期),②
S期(DNA合成期,DNA複製期)③G2期(細胞分裂準備期,DNA複
製と分裂の期間,有糸分裂前期),④M期(細胞分裂期,有糸分裂期)の各
時期からなる周期(細胞周期)を繰り返して増殖する。この過程で,DN
A,RNA及びタンパク質の合成が行われる。
殺細胞性抗がん剤は,上記細胞周期における上記DNA,RNA及びタン
パク質の合成の過程のいずれかを抑制,阻止又は障害して,がん細胞の増殖
を抑制する効果を有する。がん細胞は,活発に増殖するために,他の正常細
胞と比較して,このような抗がん剤の有する増殖抑制効果をより強く受け,
その結果,抗がん剤による治療効果が得られる。このような作用機序を有す
る抗がん剤が,殺細胞性抗がん剤と呼ばれる。
しかし,上記細胞周期はがん細胞と正常細胞とに共通であるため,正常細
胞とがん細胞に対して同時に非選択的に作用し,その効果は正常細胞にも及
ぶ。ことに,正常細胞の中でも一般的に細胞の分裂・増殖の回転が速い細胞
(白血球(好中球),血小板,消化器粘膜,毛根,性腺など)は,抗がん剤
により,がん細胞と同様に細胞の分裂や増殖が強く抑制されることになるた
め,副作用が生じる。
(2)非小細胞肺がん治療のための抗がん剤【甲H10,乙E18,乙H3,
8,12∼15,丙E33,34[枝番号1],丙H3,6,8∼10,2
2,丙I15[枝番号1,2],19[枝番号1,2]】
非小細胞肺がんに対して用いられる抗がん剤は,1960年代にはマイト
マイシンくらいしかなく,1970年代後半にシスプラチンが開発され,1
980年代にカルボプラチン,マイトマイシンC,ビンデシン,イフォスフ
ァミド,エトポシド(ただし,エトポシドの現在の我が国における適応は,
小細胞肺がんである。)が,1990年代にネダプラチン,パクリタキセ
ル,ドセタキセル,ビノレルビン,ゲムシタビンやイリノテカンが開発され
た。1980年代に開発されたものは旧抗がん剤,1990年代に開発され
た抗がん剤は新規抗がん剤と総称されることがある。
これらの抗がん剤は,その作用機序等から,アルキル化剤,代謝拮抗剤,
抗腫瘍性(抗がん)抗生物質,植物由来物質(植物アルカロイド,抗腫瘍性
植物成分製剤),プラチナ製剤(白金化合物)に分類される。
アルキル化剤は,DNAに共有結合を形成させることで損傷を引き起こす
タイプの抗がん剤であり,上記のうちでは,イフォスファミドがこれにあた
る。
代謝拮抗剤は,核酸合成過程で生成される代謝物と類似した構造をもつ化
合物で,本来の代謝物に代わって核酸に組み込まれるなどして,DNA合成
を阻害するタイプの抗がん剤であり,上記のうちでは,ゲムシタビンがこれ
にあたる。
抗腫瘍性抗生物質は,そのほとんどは,DNAと結合し,DNAやRNA
の合成を抑制し,DNA鎖を切断する作用を有し,上記のうちでは,マイト
マイシンCがこれにあたる。
植物由来物質は,様々な作用を有する。旧抗がん剤のうちのビンデシンや
新規抗がん剤のうちのビノレルビンは,微小管の構成たんぱく質であるチュ
ーブリンと結合して微小管の機能を障害して細胞分裂を停止させる。旧抗が
ん剤のうちのエトポシドは,DNAを合成する酵素(トポイソメラーゼⅡ)
を安定化して脱重合を抑制することにより,がん細胞の分裂を阻害する。新
抗がん剤のうちのはいずれドセタキセルとパクリタキセルは,上記チューブ
リンの重合を促進,安定化し,脱重合を抑制することで,イリノテカンは,
DNAを合成する酵素(トポイソメラーゼⅠ)抑制してDNA合成を阻害し
て,がん細胞の分裂を阻害する。
プラチナを含むプラチナ製剤のうちのシスプラチンとカルボプラチンは,
DNAと結合することにより,細胞分裂に不可欠なDNAの複製を阻害し
て,がん細胞の細胞分裂を阻害する。
(3)分子標的治療薬【乙H3】
対象とする疾患の病態において中心的役割を演ずる分子を標的にし,その
機能を阻害することで疾患の進行を阻止する薬剤のことを分子標的治療薬と
いう。
がんの発生,増殖,進展,転移とそれを維持する微少環境,がんに対する
免疫反応などについての分子レベルの機序の解明と創薬技術の発達とによ
り,がん細胞や微少環境の分子を標的と定め(標的分子),これを制御する
薬剤が開発されるようになったものである。
標的分子は,正常細胞と比較して,質的,量的な違いを有し,治療による
正常細胞への影響が少ないか,又は速やかな正常細胞の回復が可能と予想さ
れるものが選択される。その結果,殺細胞効果に由来する毒性を大幅に軽減
し得るとされる。
2イレッサについて
(1)イレッサ【丙C1】
イレッサは,英国A社が合成,開発した非小細胞肺がんに対する抗がん剤
であり,その作用機序(後記(2))から,上皮成長因子受容体(EGFR)
チロシンキナーゼ阻害剤とも呼ばれる。
イレッサは錠剤であるため,経口投与される。従来の抗がん剤のほとんど
が静脈注射や点滴静脈注射によって投与しなければならないのとは大きく異
なる。
(2)イレッサの作用機序
【乙E1,丙C1,丙E33,39,40,丙H3,8】
イレッサは,EGFRを標的分子とする分子標的治療薬である。
EGFR(EGFレセプター,EGF受容体)は,細胞膜を貫通して存在
し,増殖刺激を細胞内シグナル伝達系に伝えるたんぱく質(受容体型チロシ
ンキナーゼ)であり,細胞外のリガンド結合ドメイン(リガンド接合部
位),細胞膜部分に細胞外と細胞内を貫通する形で存在する膜貫通ドメイン
(膜貫通部位)及び細胞内のチロシンキナーゼドメイン(チロシンキナーゼ
部位)の3つから構成される。
EGFRは,リガンド結合ドメインが上皮成長因子(上皮細胞増殖因子;
EGF)などの増殖因子(リガンド)と結合すると,これに伴う立体構造の
変化により,チロシンキナーゼドメイン内におけるATPとの結合が促進さ
れリン酸化して,活性化する。その結果,細胞増殖のシグナルが様々な経路
から伝達されるようになり,細胞増殖の活性化が引き起こされる。また,こ
れとは別に,EGFRの過剰発現又は自己リン酸化の亢進により,その機能
が活性化が促進されることもある。
がん細胞において,EGFRの過剰発現が報告されており,EGFRから
の過剰なシグナルが伝達される結果,がん細胞の増殖,血管の新生,浸潤及
び転移の誘導,並びにアポトーシスの抑制などが引き起こされていると考え
られている。
イレッサは,EGFRのチロシンキナーゼドメインでのATP結合部位に
おけるATPとの競合作用を有し,EGFRの自己リン酸化を抑制すること
により,細胞増殖のシグナル伝達経路を遮断することにより各種の細胞増殖
シグナルが抑制され,抗腫瘍効果を発揮すると考えられている。
このような作用機序によれば,腫瘍増殖を阻害するものと考えられていた
が,腫瘍縮小をもたらすことが判明した。しかしその作用機序は,現在でも
明らかになっていない。
(3)イレッサの効能,効果【甲A1∼9,16,18,19,21,丙A1
[各枝番号],2,丙I32】
イレッサの輸入承認に係る効能,効果は,発売当初から「手術不能又は再
発非小細胞肺がん」であり,効能,効果に関連する使用上の注意は「1.本
剤の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していない。2.本
剤の術後補助療法における有効性及び安全性は確立していない。」とされて
おり,現在に至るまで変更されていない。
第5肺炎及び間質性肺炎等の概要
1肺炎について
(1)肺胞の構造と機能
【甲H32,33,41,44,乙E1737,丙H14】
(肺胞の構造と肺胞壁の構造は,別紙2【図[肺胞の構造]】及び別紙3
【図[肺胞及び毛細管の微細構造]】を参照)
肺への空気の取り込みと放出の役割を担っている気道は,気管から気管
支,気管支から細気管支に多数分岐し,それぞれ肺胞道に至る。1つの肺胞
道には,肺胞のうを介して肺胞が3∼6個付着している。
肺胞は,毛細血管が付着する風船状の組織であり,成人では約3億個の肺
胞によりO2とCO2との交換が行われる。肺胞は,非常に薄い膜で形成さ
れており,この薄い膜を肺胞壁(又は肺胞中隔)という。肺胞壁の大部分
は,単層で膜状の細胞質を有するⅠ型肺胞上皮細胞(Ⅰ型細胞,扁平肺胞細
胞)で覆われている。Ⅰ型肺胞上皮細胞の主要な役割は,ガスが容易に浸透
できるような最小の厚さで障壁をつくることである。細胞上皮には,Ⅰ型肺
胞上皮細胞のほかに,Ⅱ型肺胞上皮細胞(Ⅱ型細胞)が散在する。Ⅱ型肺胞
上皮細胞は,肺胞表面を覆って肺胞の表面張力を低下させて肺胞をふくらま
せるために必要な肺胞表面活性物質(サーファクタント)を分泌する。ま
た,型肺胞上皮細胞が傷害を受けたときにはⅠ型肺胞上皮細胞に分化して修
復する機能を有すると推測されている。この他,Ⅱ型肺胞上皮細胞は,肺胞
腔内に浸潤してきた浸潤液等を吸収又は除去する機能も有する。また,比較
的最近,肺胞刷子細胞(Ⅲ型細胞)が発見されたが,その機能は不明であ
る。
隣り合う肺胞の双方の肺胞上皮細胞の基底膜に挟まれた領域を間質(これ
を狭義の間質ということがある。これに対し,気管支血管周囲,小葉間隔壁
及び胸膜下などの間質を広義の間質という。)という。間質は,正常な状態
においては,毛細血管,弾性線維網,膠原線維及び線維芽細胞から構成され
る。肺の組織の一部ではあるが,呼吸には直接関与しない組織である。
(2)肺炎【甲H2,41,乙E17,H19,21,丙H12】
肺炎は,肺に起こる炎症の総称であるが,肺胞性肺炎と間質性肺炎の2つ
の異なる病態がある。もっとも,一般的に肺炎という場合には,前者を指
す。
ア肺胞性肺炎
肺胞性肺炎は,肺胞腔内に炎症性細胞が浸潤することにより生じるもの
である。すなわち,種々の微生物の感染を原因として,肺胞内部に炎症性
細胞と体液(血液の一部成分が濾出作用により細胞間隙又は体腔内に出た
ものであって,たんぱく質を多く含み,細胞成分や線維素が少なく粘性の
低い液体)が滲出し,肺胞が液体で満たされる結果,ガス交換ができなく
なる。
イ間質性肺炎
間質性肺炎(肺臓炎,胞隔炎)は,間質に病変の主座がある疾患群であ
る。間質に炎症が生じて,その後両方の肺全体に一面にわたって(びまん
性に)炎症が広がるものである(なお,びまん(瀰漫)の語義は,ひろく
はびこることをいい,肺疾患においては,患部が広く肺全体にひろがるこ
とをいう。)。
2間質性肺炎について
【甲H3,31,32,41,乙E17,乙H19,20,22,32,35,
36[枝番号1∼3],丙E47,丙H12,17,18,23∼38,4
6】
(1)概念
ア間質性肺疾患は,肺の間質に病変の主座がある疾患であり,140種類以
上ある疾患の総称である。その症状,経過,治療反応性は多様である。①原
因の明らかなびまん性肺疾患(感染症,じん肺,薬剤性肺障害など)と,②
特発性間質性肺炎,肉芽腫性肺疾患,その他の原因が不明なびまん性肺疾患
とに分類される。
間質性肺炎は,間質性肺疾患(びまん性肺疾患)の一種である炎症性肺疾
患の一つである。
間質性肺炎は,肺の間質での過剰なコラーゲン産生による線維化が起こ
り,線維化に伴う拘束性換気障害や肺拡散能の低下などの機能障害を呈する
疾患である。
イ間質性肺炎に関連する概念として,急性呼吸窮迫(迫促)症候群(ARD
S)とびまん性肺胞障害(DAD)がある。
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)とは,各種の原因疾患や原因病態に続発
して発症する呼吸不全を呈する臨床症候群である。原因疾患が存在し,高度
の低酸素血症が発生しており,レントゲンで両側性陰影がある臨床所見があ
るものをいう。その病態は,肺炎症の過程で毛細血管内皮細胞と肺胞上皮細
胞が損傷し,その結果,血管内皮の透過性が亢進し,高分子量のタンパク質
が血漿内水分とともに肺間質に漏出し,この水分が肺胞内に漏出する。①間
質中や肺胞腔内に貯留した水分によって,ガス交換ができなくなり,また,
②肺胞腔内に貯留した水分によって肺サーファクタントが薄まることや,又
は肺胞腔内に起こった炎症変化によりサーファクタントを産生・分泌するⅡ
型肺胞上皮細胞が破壊され,肺サーファクタントが減少することが原因とな
って,呼気時に肺胞が虚脱,閉鎖するために,酸素を取り込めなくなり,呼
吸困難を生じる。
びまん性肺胞障害(DAD)とは,病理組織学的な疾患概念である。すな
わち,広範な上皮傷害から生じる肺胞中隔の線維芽細胞の異常な増殖が特徴
的なものであって,必ずしも肺胞中隔の細胞湿潤の程度は高くなくてもよい
とされる。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の代表的な病理所見であるが,
その全てがびまん性肺胞障害(DAD)を示すわけではない。もっとも,
種々治療しても救命できない症例の病理学的所見はびまん性肺胞障害(DA
D)であるとされている。
(2)間質の線維化の機序等
間質の線維化といわれるが,間質性肺炎における線維化の主座は,肺胞腔
内の線維化であるとされる。
線維化が進行する機序は,修復の不全と考えられている。すなわち,正常
細胞では,Ⅰ型肺胞上皮細胞が損傷した場合には,肺胞ではⅡ型肺胞上皮細
胞がⅠ型肺胞上皮細胞に分化して修復される(前記1(1))。
これに対し,間質性肺炎では,Ⅰ型肺胞上皮細胞が損傷すると,間質にお
いては,好中球やマクロファージなどの炎症細胞が出現し,組織傷害をもた
らす物質,線維芽細胞の増殖や筋線維芽細胞への形質転換を促進する物質な
どが生成され,炎症及び線維化が促進される。また,肺胞腔内においては,
Ⅱ型肺胞上皮細が増殖するが,Ⅰ型肺胞上皮細胞の損傷が強い時には,線維
芽細胞が肺胞内に進入して増殖し,筋線維芽細胞に変化するとともに膠原線
維(コラーゲン)等が過剰に産出され,線維化が生じるとされる。
このような間質の炎症と間質及び肺胞腔内の線維化によって,ガス交換の
効率,特に酸素を取り込む能力(酸素化能力)が下がって低酸素血症を発症
するだけでなく,肺胞は弾力性を失い,肺胞のふくらみが得られなくなって
肺活量が低下する。
(3)分類
ア発症原因による分類
間質性肺炎は,発症の原因によって,原因が判明しているものとそうで
ないものとに分類される。
原因が判明している肺炎は,薬剤性間質性肺炎,放射線性間質性肺炎,
膠原病性間質性肺炎などであり,発症の原因は多様である。しかし,原因
が判明しているものは,間質性肺炎発症例の全体の約3分の1にすぎない
とされる。
このうち,薬剤性間質性肺炎とは,薬剤によって発症した間質性肺炎で
ある。肺胞及び間質領域の病変における組織パターンでみると,間質性肺
炎とその他(肺水腫,肺胞たんぱく症,肺胞出血)のものがある。
原因が明らかではないものは,総称して特発性間質性肺炎(IIPs)
と呼ばれる。特発性間質性肺炎は大きく,特発性肺線維症(IPF)とそ
れ以外の原因不明の間質性肺炎とに分類され,全部で7種類(①特発性肺
線維症(IPF),②非特異性間質性肺炎(NSIP),③急性間質性肺
炎(AIP),④特発性器質化肺炎(COP),⑤剥離性間質性肺炎(D
IP),⑥呼吸細気管支炎関連性間質性肺疾患(RB−ILD),⑦リン
パ球性間質性肺炎(LIP))に分類される。この種類ごとに検査方法,
治療効果や予後などが異なり,治療にあたっては,どれに該当するかを診
断することが重要であると考えられている。
イ臨床経過による分類
間質性肺炎には,症状を発現してから急激に呼吸困難などの症状が悪化
していく急性のもの(数日から数週間で悪化するもの),亜急性のもの
(月単位で悪化するもの),症状が徐々に進行していく慢性のもの(年単
位で悪化するもの)がある。
第6承認手続の概要
本件において,被告会社が厚生労働大臣に申請したのは,医薬品であるイレ
ッサの輸入の承認であるところ,医薬品の輸入販売業については,薬事法23
条で,同法13条から19条,20条1項及び2項並びに21条の規定が,必
要な読替をした上で,準用されるので,以下,この判決書においては,特に必
要のない限り,同法23条の記載を省略し,また,法令・手続等に関する説明
においては,医薬品の製造又は輸入の承認を,単に「医薬品の承認」と記載す
る。
1薬事法令上の定め
(1)医薬品の承認
薬事法は,医薬品の品質,有効性及び安全性を確保するために必要な規制
を行うこと等を目的とし(同法1条),医薬品を輸入しようとする者は,厚
生労働大臣の承認を受けなければならず,厚生労働大臣は,医薬品を輸入し
ようとする者から申請があったときは,品目ごとにその輸入について承認を
与えると定める(同法14条1項)。なお,この申請は,厚生労働大臣が,
当該医薬品の品質,有効性及び安全性に関する調査並びに適合性調査(後記
2(4))を医薬品機構に行わせることとしたときは,この申請は,医薬品機
構にしなければならないと定められている(同法14条の2第3項)。
この承認は,申請に係る医薬品の名称,成分,分量,用法,用量,効能,
効果,副作用等を審査して行うものとし,同法14条2項各号のいずれかに
該当するときは,承認を与えないとされる(同法14条2項)。
(2)承認拒否事由
同法14条2項各号は,承認拒否事由として,申請に係る医薬品が,①そ
の申請に係る効能,効果又は性能を有すると認められないとき(同項1
号),②その効能,効果又は性能に比して著しく有害な作用を有することに
より,医薬品として使用価値がないと認められるとき(同項2号),③その
性状,品質が保健衛生上著しく不適当なとき(同項3号,同法施行規則18
条の2)を定めている。
このほか,医薬品等の承認,すなわち医薬品として適当か否かの判断は依
然として高度の専門的裁量にゆだねられるべきものであるため,上記承認拒
否事由以外の場合であっても,承認を与えない場合があるとされ,その例と
して,以下の場合が挙げられている。(「薬事法の一部を改正する法律の施
行について」昭和55年4月10日薬発第483号厚生省薬務局長通知・乙
D24〔第1の1〕)
ア医薬品等の名称,形状等が他の医薬品や食品等との誤用,混同を招くお
それがあるとき。
イ有効成分を2以上含有する医薬品(配合剤)であって,その使用目的に
照らし,配合の合理的理由が認められないとき。
ウ添付資料に不備があり,相当の期間内にその不備が補正されないとき又
は添付資料に虚偽の記載があるとき。
2承認審査資料及び審査手続
医薬品の承認は厚生労働大臣の権限であるが,その手続を行う機関として,
厚生労働省に施設等機関として設置された国立医薬品食品衛生研究所の中に,
特にその審査を行うことを固有の職務とする専門機関である審査センターが設
置されている。承認審査資料の審査は,第三者機関として設立された特別認可
法人である医薬品機構に,平成9年から委託されていた(なお,この審査業務
は,現在は,平成16年に設立された独立行政法人医薬品医療機器総合機構に
統合された。)。
医薬品の承認審査は,承認申請書が都道府県を経由して審査センターに提出
されてから始まる。
これを受けて,厚生労働大臣が承認審査資料の審査を委託する医薬品機構
が,承認審査資料収集作成基準(GLP,GCP及び信頼性の基準)への適合
性に関して調査を行い,これと並行して,審査センターが審査を行い,審査報
告書を作成する。
この審査報告書と申請者が作成した承認審査資料をもとに,薬事・食品衛生
審議会の医薬品第一部会又は同第二部会で審議がされ,薬事・食品衛生審議会
の承認・不承認の意見が決定される。なお,新規性の高い品目や社会的な議論
を要する品目については,さらに薬事分科会での審議が行われる。【以上につ
き,乙F1∼3】
この手続等の概要は,以下のとおりである(なお,詳細は,後記第5章第1
の3及び第2の2(1))。
(1)承認審査資料【甲P15,甲D5,乙D3,4,7,26,27】
ア承認申請書及び添付資料
医薬品の承認の申請は厚生労働省令で定めるところにより,申請書に臨
床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付してしなければならな
い(薬事法14条3項前段)。
平成14年当時,この規定により医薬品の承認申請書に添付すべき資料
(これを「承認審査資料」という)。は,①起源又は発見の経緯及び外国
における使用状況等に関する資料,②物理的化学的性質並びに規格及び試
験方法等に関する資料,③安定性に関する資料,④急性毒性,亜急性毒
性,慢性毒性,催奇形性その他の毒性に関する資料,⑤薬理作用に関する
資料,⑥吸収,分布,代謝及び排泄に関する資料,⑦臨床試験の試験成績
に関する資料とされていた(同法施行規則18条の3第1項1号)。
さらに,当該申請に係る医薬品が,日本薬局方に納められている医薬品
及び既に製造又は輸入の承認を与えられている医薬品と有効成分又は投与
経路が異なる医薬品等であるときは,承認審査資料は,厚生労働大臣の定
める基準に従って収集され,かつ,作成されたものでなければならず(同
条項後段),その基準は,GLP省令及びGCP省令並びに同法施行規則
18条の4の3第1号ないし3号に定められている。
イ承認審査資料の信頼性の基準等
承認審査資料を作成するための試験については,厚生省医薬安全局長通
知により,GLP,GCP及び承認審査資料の信頼性の基準を遵守すると
ともに,十分な設備のある施設において,経験のある研究者により,その
時点における医学薬学等の学問水準に基づき,適正に実施されたものでな
ければならないとされ,また,その試験の指針は,必要に応じて別途定め
るものとされた(「医薬品の承認申請について」平成11年4月8日医薬
発第481号厚生省医薬安全局長通知,第2の1,第2の3・乙D3)。
そして,物理的科学的性質並びに企画及び試験方法等に関する試験,安
定性試験,毒性試験,一般薬理に関する試験,吸収,分布,代謝,排泄に
関する試験,生物学的同等性に関する試験臨床試験の試験群ごとに指針が
定められた(「医薬品の承認申請に際し留意すべき事項について」(平成
11年4月8日医薬審第666号厚生省医薬安全局審査管理課長通知,第
3項,別紙「試験の指針」・乙D4)。平成14年7月当時の指針のう
ち,毒性試験の指針は「医薬品毒性試験法ガイドライン」平成元年9月1
1日薬審1第24号厚生省薬務局審査第一・第二・生物製剤課長連名通
知・乙D26)等合計10の指針が定められていた(乙D4〔別紙「試験
の指針」3項〕)。臨床試験の指針は,一般的な医薬品の臨床試験及び臨
床開発方法の手順に関するの一般的な指針としての一般指針(乙D2
7),臨床試験における統計的原則に関する統計的原則(甲P15)等合
計18の指針が定められていた。そのうち,抗がん剤の臨床試験の指針と
しては,平成3年2月に厚生省薬務局新医薬品課長名で発出された旧ガイ
ドライン(乙D7)が定められていた(乙D4〔別紙「試験の指針」7
項〕)。なお,抗がん剤の臨床試験の指針としては,昭和60年に日本が
ん治療学会が作成した学会指針(甲D14)が存在していたが,学会指針
を踏まえて厚生省における検討が進められ,平成3年2月に厚生省薬務局
新医薬品課長名で旧ガイドラインが通知され,旧ガイドラインは,平成1
7年11月に改訂され,厚生労働省医薬局審査管理課長名で新ガイドライ
ン(甲D5)が通知された。
(2)優先審査【乙B1,2,乙D1,2,8,9,21の5,22[10頁],
30,31,33の3,乙F1,丙D10】
厚生労働大臣は,承認申請に係る医薬品等が,希少疾病用医薬品,希少疾
病用医療用具その他の医療上特にその必要性が高いと認められるものである
ときは,当該医薬品等についての審査を,他の医薬品等の審査に優先して行
うことができる(薬事法14条5項)(優先審査)。
優先審査の対象品目は,希少疾病用医薬品その他重篤な疾病等を対象とす
る新医薬品等であって医療の質の向上に明らかに寄与するものと認められる
ものとされていた。具体的には,適応疾病が重篤であると認められること,
既存の医薬品等又は治療方法と比較して,有効性又は安全性が医療上明らか
に優れていると認められることのいずれの要件に該当する医薬品等とされて
いた(「薬事法及び医薬品副作用被害救済・研究振興基金法の一部を改正す
る法律の施行について」平成5年8月25日薬発第725号厚生省薬務局長
通知・乙D8,「薬事法及び医薬品副作用被害救済・研究振興基金法の一部
を改正する法律の施行について」平成5年10月1日薬新薬第92号厚生省
薬務局新医薬品課長,医療機器開発課長,安全課長通知・乙D9)。
(3)有効性審査及び安全性審査【乙B1,2,乙D1,2,8,9,21の
5,22[10頁],30,31,33の3,乙F1,丙D10】
医薬品の承認審査は,当該品目に係る申請内容及び臨床試験の試験成績に
関する資料その他の資料に基づいて,当該品目の品質,有効性及び安全性に
関する調査(有効性審査,安全性審査)が行われる(薬事法14条4項前
段)。この有効性審査及び安全性審査は,審査センターにおいて行われる
(厚生労働省組令(平成14年厚生労働省令第131号による改正前のも
の)135条(乙D31),厚生省組織例の一部を改正する政令(平成9年
政令209号)(乙D34))。
審査センターは,専門的知見を有する審査担当官が承認申請について基礎
的な評価・判断を行い,その内容を記載した審査報告書を作成し,この報告
書が薬事・食品衛生審議会における審議に利用される。また,審査センター
の審査においては,品目ごとに,同審議会の委員として選任された専門的な
学識経験を有する専門委員から意見を得る(専門協議)(乙D21[枝番号
5]〔194頁〕,32,33[各枝番号],34,E22)。
審査センターでは,まず,審査官が承認申請書及び承認審査資料を検討
し,申請者との面談及び書面による照会を行った上で審査報告(1)を作成
し,これを踏まえて専門協議を行い,その後の審査を経た上で審査報告(2)
を作成し,両者を併せた審査報告書を作成して,厚生労働省医薬局長に対し
て報告される(「新医薬品における承認審査のプロセス及び処理期間(タイ
ムロック)の取扱いについて」平成12年11月30日厚生省医薬安全局審
査管理課事務連絡・乙D1。なお,乙B4[各枝番号],D2,E22)。
(4)適合性調査【乙B1,2,乙D1,2,8,9,21[枝番号5],22
[10頁],30,31,33の3,乙F1,丙D10】
医薬品の承認審査においては,前記有効性及び安全性に関する調査が行
われるが,当該品目が日本薬局方に納められている医薬品及び既に製造又は
輸入の承認を与えられている医薬品と有効成分又は投与経路が異なる医薬品
等(薬事法施行規則18条の4の2)であるときは,あらかじめ,その承認
審査資料が厚生労働大臣の定める基準(GLP,GCP及び信頼性基準)に
従って収集され,かつ,作成されたものであるかどうか(同法14条3項後
段の規定に適合するかどうか)についての書面による調査又は実地の調査
(適合性調査)が行われる(同条4項後段)。厚生労働大臣は,適合性調査
の全部又は一部を医薬品機構に行わせることができるとされ(同法14条の
2第1項,同法施行令1条の5。その実施要領が「新医薬品の承認審査資料
適合性調査に係る実施要領について」平成10年3月31日医薬審第357
号厚生省医薬安全局審査管理課長通知[丙D9]である。),医薬品機構が
審査を行った上,調査の結果を厚生労働大臣に通知し,厚生労働大臣は,当
該適合性審査の結果を考慮して,承認審査を行うこととされていた(同法1
4条の2第2項ないし4項)。
適合性調査は,厚生労働省,審査センター又は医薬品機構の各職員が実施
する(適当性調査のうち,GLPが適用される試験を実施した試験施設に対
して行う実地の調査は,実施要領が「GLP実地調査実施要領」平成9年3
月27日薬審第254号,薬安第30号厚生省薬務局審査課長通知[乙D3
0]であり,GCP実地調査の実施要領が「GCP実地調査の実施要領につ
いて」平成13年5月16日医薬審第629号厚生労働省医薬局審査管理課
長通知[丙D10]である。)。
(5)薬事・食品衛生審議会への諮問と答申【乙B1,2,乙D1,2,8,
9,21[枝番号5],22[10頁],30,31,33[枝番号3],乙
F1,丙D10】
厚生労働大臣は,申請に係る医薬品が既に承認を与えられている医薬品と
有効成分,分量,用法,用量,効能,効果等が明らかに異なるときは,承認
について,あらかじめ,薬事・食品衛生審議会の意見を聴かなければならず
(薬事法14条6項1号),審査センターが審査報告書を提出すると,厚生
労働大臣は,必要に応じ,同審議会に対して医薬品の承認について諮問し,
その答申を得た後,承認の可否を決定する。
同審議会は,厚生労働省に設置された学識経験者によって構成される機関
である(厚生労働省設置法11条,薬事・食品衛生審議会令3条)。新医薬
品のうち,新有効成分含有医薬品は,原則として,同審議会薬事分科会医薬
品第一部会がその審査を担当し,遺伝子治療用医薬品当全く新規の技術に基
づく医薬品,抗悪性腫瘍剤のうち重篤な副作用の多いもの等慎重に審議する
必要があるとの部会の意見に基づき,文化会長が決定したものの審査は,医
薬品第二部会が担当する。なお,新有効成分含有医薬品のうち,既承認のも
のと類似のものでない医薬品については,医薬品第一部会又は医薬品第二部
会から薬事分科会に上程され,審議することとされていた。
3イレッサの審査手続の経過
(1)被告会社は,平成14年1月25日,イレッサについて,承認申請と同時
に優先審査を希望した。厚生労働省は,審査センターにおける検討を経た
上,同年2月7日,被告会社に対し,イレッサを優先審査対象とすると通知
をした。【乙B1,2】
(2)審査センターでは,臨床医学,薬学,毒性,生物統計学の専門家である審
査官9人を審査センター第一部長Sが統括するチームが,イレッサの審査を
行った。
審査官らは,被告会社に対し,事前に文書で照会を行い,同年2月25日
に被告会社からのヒアリングを経て,さらに事前照会を行い,被告会社から
書面による回答を得るなどの照会回答を行うなどして,審査を行った。
【乙B3[枝番号1∼5],乙E22】
(3)医薬品機構は,イレッサの承認申請を受けて,同年3月にGCP適合性に
関する書面による調査を実施し,同年4月にGCP適合性に関する実地調査
を実施した。【丙B6,7】
(4)厚生労働大臣は,同年5月7日,同審議会に対し,イレッサの輸入承認
等について,諮問した。【乙B5】
(5)審査センターは,同年4月18日に審査報告(1)(乙B4[枝番号1]
〔4∼45頁〕)を,同年5月9日に専門協議の内容等を踏まえて審査報告
(2)(乙B4[枝番号1]〔46∼49頁〕)をそれぞれ作成し,同日,こ
れらをまとめた審査報告書(乙B4)を,厚生労働省医薬局長に提出して報
告した。【乙B4[枝番号1]】
(6)医薬品機構は,厚生労働大臣に対し,同月7日付けでGCP実地調査結果
通知書(乙B9)及び同月8日付けで適合性書面調査結果(乙B10)を通
知した。これらの通知においては,いくつかのGCP違反事項,信頼性基準
違反等が指摘された。【乙B9,10】
(7)厚生労働省は,同月21日,GCP実地調査の結果が「適合」であること
を被告会社に通知した。【丙B8】
(8)同審議会医薬品第二部会は,同月24日,イレッサの輸入承認について審
議し,一定の条件を付加した上で承認を可とし,薬事分科会においても審議
することとして,同日,厚生労働省医薬局審査管理課は,審査報告書(2)
(乙B4[枝番号2])にその結果を記載した。【乙B4[枝番号2],
6】
(9)審査センターは,医薬品機構により実施された適合性書面調査結果に対し
て,一部に不適合があったが,承認審査資料に基づき審査を行うことについ
て支障がなく,GCP実地調査の結果についても,承認審査資料に基づき審
査を行うことについて支障がないと判断し,その旨を記載した同月28日付
けの審査報告書(3)(乙B4[枝番号3])を作成して,厚生労働省医薬局
長に提出して報告した。【乙B4[枝番号3],乙E22】
(10)同年6月12日,同審議会薬事分科会において審議が行われ,効果・効能
に関連する使用上の注意の記載について,「(手術不能又は再発の非小細胞
肺癌)」と括弧内に記載する方法を,括弧を付けず,限定する趣旨が明確に
なる書きぶりに変更した上で承認して差し支えないとされた。【乙B7】
(11)同審議会は,同日,厚生労働大臣に対し,承認を可とし,再審査期間を6
年とし,原体,製剤ともに劇薬に指定するとの答申を行った。同月28日,
厚生労働省医薬局審査管理課は,審査報告書(4)(乙B4[枝番号4])に
前記審議の結果を記載した。【乙B4[枝番号2,4],8】
(12)厚生労働大臣は,同年7月5日,後記①及び②の条件を附して,イレッサ
の輸入を承認し,再審査期間を6年と定めた。前記承認条件は,①手術不能
又は再発非小細胞肺がんに対する本薬の有効性及び安全性の更なる明確化を
目的とした十分なサンプルサイズを持つ無作為化比較試験を国内で実施する
こと,②本薬の作用機序の更なる明確化を目的とした検討を行うとともに,
本薬の薬理作用と臨床での有効性及び安全性との関連性について検討するこ
と,また,これらの検討結果について再審査申請時に報告すること,③GP
MSP省令2条2項に規定する市販直後調査を実施すること,というもので
あった。【乙B11】
(13)イレッサは,同日,①薬事法44条所定の「劇薬」の指定がされ(厚生労
働省令第93号による改正後の薬事法施行規則別表第3・乙D44),②薬
事法49条1項所定の「要指示医薬品」の指定を受けるとともに(平成14
年7月5日付厚生労働省告示第230号・乙D49),③医療用医薬品とし
て取り扱われることとされた(「医薬品の承認申請について」平成11年4
月8日医薬発第481号厚生省医薬安全局長通知,第1の2(2)・乙D
3)。【乙D3,44,49】
第7承認審査資料を作成するための各種試験の概要
承認審査資料において結果等を示すべき試験及びその他の試験は,以下のと
おりである。
1非臨床試験【甲G2,丙D4】
(1)医薬品の開発は,動物及びヒトから得られた安全性情報の評価を行いなが
ら,段階的に進められる。非臨床試験における安全性評価の目的は,標的臓
器(毒性の発現する可能性の高い臓器),用量依存性(用量の高低と毒性の
発現との相関関係),暴露との関係,回復性などの毒性の特徴を知ることに
ある。これによりは,初めてヒトを対象とした試験を行う際の安全な初回投
与量を推計し,また臨床で有害作用を検討するための要素を明らかにする上
で重要である。
非臨床試験としては,①安全性薬理試験,②トキシコキネティクス及び薬
物動態試験,③単回投与毒性試験,④反復投与毒性試験,⑤局所刺激性試
験,⑥遺伝毒性試験,⑦がん原性試験及び⑧生殖発生毒性試験がある。これ
らのうち,初めてヒトを対象とした試験を行う前に実施すべき試験は,①,
③,④並びに⑤のうちinvitroの変異原性及び染色体異常試験である。
これらのうち,臨床試験に入る前段階で,安全性の観点からヒトへの投与
の可否を判断した上で,臨床試験において発生する可能性のある副作用等を
予測し,臨床試験計画の立案に際しての用量設定や実施する検査の設定を行
うことを目的として行われるものを毒性試験という。毒性試験には,上記の
うち③単回投与毒性試験(被験物質をほ乳動物に単回投与したときの毒性を
質的量的に明らかにすることを目的とする試験)と④反復投与毒性試験(被
験物質をほ乳動物に繰り返し投与した場合に,明らかな毒性変化が生じる用
量と当該変化の内容,毒性変化の認められない用量を求めることを目的とす
る試験)を併せて一般毒性試験ということがある。
毒性試験はGLP省令所定の基準に従って行われることが要求されている
(薬事法施行規則18条の4の3)。
(2)臨床試験を実施するのは,医薬品の有効性及び安全性を明らかにするため
である。最初は比較的低用量で少数の被験者を対象に臨床試験が行われ,用
量,投与期間又は対象患者数を増加させた臨床試験が引き続き行われる。臨
床試験の拡大は,先行する非臨床試験及び臨床試験から得られた安全性情報
により,安全性が確認されてから,段階的に行われる。
2イレッサについて実施された非臨床試験の概要
【甲G2,6,丙C1,丙D1,4】
イレッサについて,日本における承認審査資料の基礎となった毒性試験は,
マウス及びラットを用いた単回投与毒性試験(単回投与試験)並びにラット及
びイヌを用いた反復投与毒性試験(1か月及び6か月のもの)などである。こ
れらの試験の概要及び結果は,それぞれ別紙4(単回投与試験概要・結果),
別紙5(ラット1か月試験概要・結果),別紙6(イヌ1か月試験概要・結
果),別紙7(ラット6か月試験概要・結果),別紙8(イヌ6か月試験概
要・結果)のとおりである。
薬理試験は,ヒト腫瘍ヌードマウスや担がんマウスへの投与,腫瘍細胞に作
用させるなどの方法によるものが行われた。
また,薬物動態試験は,ラット,イヌ及びヒト血漿を用いた血漿中動態試
験,定量的組織分布試験,蛋白結合試験,胎盤移行試験,排泄試験等が海外で
行われた。
3臨床試験の概要
(1)臨床試験の各段階【甲D5,乙D7】
新医薬品の開発は,その開発の段階ごとに臨床試験を実施し,各段階の臨
床試験において,それぞれ客観的で科学的な評価を加えながら開発を進める
段階的試験の方法が採られている。抗がん剤の臨床試験の指針としての旧ガ
イドライン及び新ガイドラインによれば,抗がん剤の臨床試験は,試験の目
的と対象に従って,次の第Ⅰ相試験から第Ⅲ相試験までの3段階の試験方法
が採用されている。
ア第Ⅰ相(フェーズⅠ)試験(臨床薬理試験)
第Ⅰ相試験は,非臨床試験の成績をもとに治験薬を初めてヒトに投与す
る段階であり,非臨床試験で観察された事象に基づいて,特に安全性につ
いて慎重な検討を行うものである。
イ第Ⅱ相(フェーズⅡ)試験(探索的試験)
第Ⅱ相試験は,第Ⅰ相試験により決定された用法及び用量に従って治験
薬を投与し,特定のがん腫に対する治験薬の臨床的意義のある治療効果,
すなわち抗腫瘍効果(腫瘍縮小効果)を中心とした有効性及び安全性を客
観的に評価することを目的とするものである。
ウ第Ⅲ相(フェーズⅢ)試験(検証的試験)
第Ⅲ相試験は,より優れた標準的治療法を確立するために行われる。治
験薬の臨床的有用性を評価するものである。同試験では,生存率,生存期
間等を主要評価項目とし,QOL等に関する評価も行われる。
(2)治験の実施過程【乙D3,14,乙F1,2,丙D2,6,7】
治験とは,医薬品等の承認等の申請時に提出すべき承認審査資料ののう
ち,臨床試験の試験成績に関する資料の収集を目的とする試験の実施をいう
(薬事法2条7項)。
前記第6の2(1)アのとおり,治験の成績に関する資料はGCPに準拠す
ることとされ,治験は,GCPに従って実施される必要がある(薬事法14
条3項後段,同法施行規則18条の4の3)。
そして,GCP省令及びこれを受けた各種通知により,被験者の人権,安
全及び福祉の保護のもとに,治験の科学的な質と成績の信頼性を確保するこ
とを目的として,治験に関する原則的事項が定められていた(「医薬品の臨
床試験の実施の基準に関する省令の施行について」平成9年3月27日薬発
第430号薬務局長通知・丙D6,「医薬品の臨床試験の実施の基準の運用
について」平成9年5月29日薬安第68号薬務局審査課長・安全課長通
知・丙D7)。すなわち,GCPには,業務手順書の作成等を義務づける治
験の依頼に関する基準,治験薬の管理等を義務づける治験の管理に関する基
準,治験審査委員会の設置等を義務づける治験を行う基準が定められてい
た。
(3)イレッサに関する各臨床試験の概要及び試験結果
アイレッサ承認申請のための臨床試験(第Ⅰ相試験及び第Ⅱ相試験)
【甲B12∼17[枝番号のあるものは各枝番号],乙B4[枝番号3],丙
C1,丙E34[枝番号7]】
イレッサについて,日本における承認申請のための評価資料として提出
された臨床試験は,①1839IL/0005試験(第Ⅰ相・英米),②V1511
試験(第Ⅰ相・日本),③1839IL/0011試験(第Ⅰ/Ⅱ相・米国),④
1839IL/0012(第Ⅰ/Ⅱ相・欧州),⑤1839IL/0016試験(第Ⅱ相・IDE
AL1試験・日本,欧州等),⑥1839IL/0039試験(第Ⅱ相・IDEAL
2試験・米国)の6つである。上記試験の概要及び結果は,別紙9(第
Ⅰ・Ⅰ/Ⅱ相臨床試験概要・結果一覧表),別紙10(IDEAL1試験
概要・結果),別紙11(IDEAL2試験概要・結果)のとおりであ
る。
また,上記に加えて13の臨床試験の成績が,試験継続中のものを含
め,承認申請に際して参考資料として提出された。
イイレッサ承認後に被告会社が実施した臨床試験(第Ⅲ相試験)
【甲A14,甲B1,2,甲C1,5,9,甲E62,丙E30,34
[枝番号8の1,2],57[枝番号1,2],58[枝番号1,2],59
[枝番号4],60[枝番号1],72[枝番号のあるものは各枝番号を含
む],丙K3[枝番号3],4[枝番号5]】
イレッサ承認後に被告会社が実施した主な第Ⅲ相試験は,①INTAC
T1,2試験,②ISEL試験,③V1532試験,④INTEREST
試験,⑤IPASS試験の5つである。
上記試験の概要及び結果は,別紙12(INTACT1試験概要・結
果),別紙13(INTACT2試験概要・結果),別紙14(ISEL
試験概要・結果),別紙15(V1532試験概要・結果),別紙16
(INTEREST試験概要・結果),別紙17(IPASS試験概要・
結果)のとおりである。
ウ被告会社以外の研究班が実施した臨床試験(第Ⅲ相試験)
【甲E20,49[枝番号1,2],77,丙E53[枝番号1,2],7
3,75,78[枝番号1,2]】
イレッサ承認後に,被告会社以外の国内外の研究グループによって実施
された主な第Ⅲ相試験には,①SWOG0023試験(米国のSWO
G),②WJTOG0203試験(西日本胸部腫瘍研究機構),③NEJ
002試験(北東日本研究グループ)がある。
上記試験の概要及び結果は,別紙18(SWOG0023試験概要・結
果),別紙19(WJTOG0203試験概要・結果),別紙20(NE
J002試験概要・結果)のとおりである。
第8副作用報告制度等
1副作用報告制度
医薬品の副作用を厚生労働大臣に報告する制度は,その時期を基準とする
と,次の2つに分けられる。
(1)治験薬副作用報告制度
【乙D6,21[枝番号14],29,乙F1,2,丙D25,26】
治験依頼者は,当該治験の対象とされる薬物について,当該薬物の副作用
によるものと疑われる疾病,障害又は死亡の発生,当該薬物の使用によるも
のと疑われる感染症の発生その他の治験の対象とされている薬物の有効性及
び安全性に関する事項で厚生労働省令で定めるものを知ったときは,その旨
を厚生労働省令で定めるところにより厚生労働大臣に報告しなければならな
い(薬事法80条の2第6項)。その報告は,副作用の態様(死亡,障害,
その他の症例等)やその予測可能性等に応じて,治験依頼者が知ったときか
ら7日又は15日以内にしなければならない(同法施行規則66条の7)。
副作用報告書の報告対象,報告様式,報告期限,提出先(審査センタ
ー),提出方法等は,同規則及び各種通知(乙D6,29,丙D25,2
6)により定められている。
なお,外国で使用されているものであっても,当該被験薬と成分が同一性を
有すると認められるものによる副作用と疑われるもの等についても,薬事法
施行規則に定める要件に合致するものについては,前記と同様に報告しなけ
ればならない(同法施行規則66条の7第2号ハ)。
(2)市販後副作用報告制度【乙D21[枝番号13],丙D8】
製薬企業等は,その製造し,若しくは輸入し,又は承認を受けた医薬品に
ついて,当該品目の副作用によるものと疑われる疾病,障害又は死亡の発生
その他医薬品の有効性及び安全性に関する事項で厚生労働省令で定めるもの
を知ったときは,これを厚生労働大臣に報告しなければならず(薬事法77
条の4の2)。その報告は,その副作用が,当該医薬品の添付文書又は使用
上の注意の記載から予測可能か否かに応じて,製薬企業等が知ったときから
15日又は30日以内とされている(同法施行規則64条の5の2)。
副作用報告書の報告対象,報告期限,報告様式,提出先等は,同規則及び
各種通知(乙D21[枝番号13],丙D8)に定められている。
2再審査制度と市販直後調査制度
(1)再審査制度【乙D21[枝番号8]】
新医薬品等の承認については,承認時までの臨床試験症例数等に制約があ
るため,承認後にも引き続き当該医薬品等の使用成績等の調査を行わせ,一
定期間後にその安全性等を再確認する制度が設けられている。すなわち,既
に製造又は輸入の承認を与えられている医薬品と有効成分,分量,用法,用
量,効能,効果等が明らかに異なる医薬品として,厚生労働大臣がその製造
の承認の際指示した新医薬品(再審査対象医薬品)について承認を受けた者
は,承認のあった日の後一定の調査期間内に申請して,厚生労働大臣の再審
査を受けなければならない(薬事法14条の4第1項)。再審査は,再審査
を行う際に得られている知見に基づき,承認拒否事由(同法14条2項各号
所定)のいずれにも該当しないことを確認することにより行う(同法14条
の4第2項後段)。再審査申請の添付資料は,承認後に行われる調査に基づ
く副作用その他の使用成績に関する資料のほか,安全性定期報告(同法施行
規則21条の4の2)に際して提出した資料の概要その他当該医薬品等の効
能,効果,安全性に関し承認後の調査により得られた研究報告に関する資料
も添付しなければならない(同規則21条の3)。これらの資料は,厚生労
働大臣の定める基準に従って収集され,かつ,作成されたものであることが
要求され(同法14条の4第4項),上記厚生労働大臣の定める基準は,同
法施行規則18条の4の3第1号ないし3号所定の基準(GLP,GCP,
信頼性の基準)及びGPMSPである(同法施行規則21条の3の3)。
厚生労働大臣から再審査指定を受けた医薬品等の承認を受けた者は,再審
査対象医薬品について,一定期間,使用成績等に関する調査を行わなければ
ならない(同法14条の4第6項,同法施行規則21条の4第1項1号,同
条の4の2第1項)。
(2)市販後調査制度【甲D36,乙D15∼17,55,58,乙E22】
ア市販後調査とは,医薬品の製造業者等が,その製造等をする医薬品の品
質,有効性及び安全性に関する事項その他の医薬品の適正な使用のために
必要な情報(適正使用情報)の収集及び検討を行い,その結果に基づき医
薬品による保健衛生上の危害の発生若しくは拡大の防止,又は医薬品の適
正な使用の確保のために必要な措置(適正使用等確保措置)を講じること
をいう(GPMSP省令2条1項)。
イ市販後調査には,市販直後調査,使用成績調査,特別調査,市販後臨床
試験があり(GPMSP省令2条),その調査の方法及び内容に関する実
務上の指針として市販後調査ガイドライン(乙D17)が定められてい
る。
(ア)市販直後調査は,製造業者等が販売を開始した後の6か月間,診療に
おいて,医薬品の適正な使用を促し,重篤な副作用等の情報を迅速に収
集し,必要な安全対策を実施し,副作用等の被害を最小限にするために
行うものである(GPMSP省令2条2項,市販後調査ガイドライン2
項)。
市販直後調査を実施する場合,製造業者等は,医薬情報担当者によ
り,当該医薬品を使用する医療機関に対し,原則として,納入前に,
①当該新医薬品が市販直後調査の対象であり,その期間中であるこ
と,
②当該新医薬品を慎重に使用するとともに,関係が疑われる重篤な副
作用等が発現した場合には速やかに当該企業に報告されたいことを説明
し依頼しなければならず,さらに,製造業者等は,各医療機関に対し,
上記①及び②について,納入後2か月間は,概ね2週間以内に1回の頻
度で,その後も概ね1か月に1回の頻度で,協力依頼を行い,注意喚起
を行わなければならない。
(イ)使用成績調査は,製造業者等が,診療において,医薬品を使用する患
者の条件を定めることなく,未知の副作用,医薬品の使用実態下におけ
る副作用の発生状況,安全性又は有効性等に影響を与えると考えられる
要因の把握のために行うものである(GPMSP省令2条3項,市販後
調査ガイドライン3項)。
使用成績調査の方法の例としては,「中央登録方式」,「連続調査方
式」,「全例調査方式」等が定められている(市販後調査ガイドライン
3項)。
(ウ)特別調査とは,製造業者等が,診療において,小児,高齢者,妊産
婦,腎機能障害又は肝機能障害を有する患者,医薬品を長期に使用する
患者その他医薬品を使用する条件が定められた患者における品質,有効
性及び安全性に関する情報その他の適正使用情報の検出又は確認を行う
調査である(GPMSP省令2条4項,市販後調査ガイドライン4
項)。
(エ)市販後臨床試験は,製造業者等が,治験,使用成績調査若しくは特別
調査の成績その他の適正使用情報に関する検討を行った結果得られた推
定等を検証し,又は診療においては得られない適正使用情報を収集する
ため,当該医薬品について薬事法14条の承認に係る用法,用量,効能
及び効果に従い行う試験である(GPMSP省令2条5項,市販後調査
ガイドライン5項)。
ウ薬事法に規定する承認には,条件を附することができる(同法79条1
項)。もっとも,この条件は,保健衛生上の危害の発生を防止するため必
要な最小限度のものであり,かつ,当該企業に対し不当な義務を課するこ
とにならないものでなければならない(薬事法79条2項)。
(3)イレッサについて行われた市販後調査
【乙B11,乙E22,丙C2,5,丙E39[枝番号9]】
ア承認条件とされた市販直後調査
イレッサについては,①手術不能又は再発非小細胞肺がんに対する本薬
の有効性及び安全性の更なる明確化を目的とした十分なサンプルサイズを
持つ無作為化比較試験を国内で実施すること,②本薬の作用機序の更なる
明確化を目的とした検討を行うとともに,本薬の薬理作用と臨床での有効
性及び安全性との関連性について検討すること,また,これらの検討結果
について再審査申請時に報告すること,③市販直後調査を実施すること
が,承認条件とされた。
市販直後調査の結果は,平成15年3月に報告された(丙C5)。
イ行政指導による市販後調査(特別調査,市販後臨床試験)
前記のほか,被告会社は,平成14年5月21日,(ア)腎機能障害・肝
機能障害患者及び特発性肺線維症を合併する患者を含む安全性を検討する
目的で行う使用実態における特別調査を行うこと,(イ)市販後臨床試験,
特別調査,自発報告等で間質性肺炎悪化症例が認められた場合は,詳細デ
ータを収集することに努め,データを蓄積し検討することなどの計画を記
載した新医療用医薬品の市販後調査基本計画書の変更届を厚生労働省に提
出した。
また,イレッサ市販後に,間質性肺炎についての多数の副作用が報告さ
れたことから,厚生労働大臣は,平成14年12月26日に被告会社に対
する行政指導を行った。これを受けて,被告会社は,平成14年12月
に,イレッサ使用における安全確保並びに急性肺障害・間質性肺炎の早期
発見及び診察・治療に有用な情報を得ることを目的として,同月,臨床腫
瘍学,呼吸器内科,放射線診断,病理診断の各専門家会議を組織し,イレ
ッサによる急性肺傷害・間質性肺炎の152例を調査,検討し,その結果
として,平成15年1月31日に中間報告書,同年3月2日に最終報告書
を作成した。
また,被告会社は,平成15年4月9日,(ア)同年6月より10か月間
で目標症例を3000例とし,中央登録方式で,イレッサの副作用発現頻度
及び危険因子(発症危険因子,予後因子)について検討するプロスペクテ
ィブ調査(特別調査)を行うこと,(イ)間質性肺炎・急性肺障害の発症頻
度及び危険因子を検討するための多施設共同,症例対照,市販後臨床試験
を実施するとの変更届を厚生労働大臣に提出した。このうち,(ア)のプロ
スペクティブ調査(特別調査)の結果は,平成16年8月に報告された
(丙C2)。
また,被告会社は,平成15年11月から平成16年2月にかけて,非
小細胞肺がん患者におけるイレッサ投与及び非投与での急性肺障害・間質
性肺炎の相対リスク及び危険因子を検討するための試験(市販後臨床試
験)をCCS(コホート内ケース・コントロール・スタディ)の方法で実
施し,その結果は,平成18年9月4日に,結果報告書(丙E39[枝番
号9])にまとめられた。
3副作用の重篤度
前記薬事法77条の4の2所定の副作用等報告を行う場合などにおいて,副
作用の重篤度の判断は重要であるため,これについて,次のような重篤度に関
する基準が定められている(乙D21[枝番号13])。
(1)医薬品等の副作用の重篤度分類基準(同基準について・重篤度分類通知・
平成4年6月29日薬安80号・丙D16)
この重篤度分類基準は,薬事法令所定の副作用報告のより一層の適正化,
迅速化を図るため,報告を行う症例の範囲についての判断の具体的な目安と
して作成されたものである。
ア重篤度分類通知では,副作用の重篤度を概ね次のとおり1∼3の3つの
グレードに分類するとされている。
グレード1:軽微な副作用と考えられるもの
グレード2:重篤な副作用ではないが,軽微な副作用でもないもの
グレード3:重篤な副作用と考えられるもの。すなわち,患者の体質や発
現時の状態等によっては,死亡又は日常生活に支障をきたす
程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの。
イ前記グレード3はに該当する程度の副作用症例は,薬事法77条の4の
2に基づいて副作用報告すべき症例のうち,同法施行規則62条の2第1
項1号にいう「死亡又は障害につながるおそれのある症例」に概ね該当す
ると考えられるとされていうる。
また,副作用の重篤度分類基準は,呼吸器系障害の重篤度について,A
RDS,間質性肺炎,肺線維症等が,グレード3とされている。
(2)NCI−CTCグレード等(甲D7,17,38)
アNCI−CTCグレード(Version2.0)は,平成11年(1999年)4
月に米国のNCIが公表し,平成13年(2001年)9月に第1回の改訂
が行われた有害事象についての重篤度のスケール(Grade)である。これ
によれば,有害事象の重篤度は,以下のとおり分類されている。(甲D
7)
グレード0:正常,正常/基準値範囲内(WNL),なし
グレード1:軽症/軽度の有害事象
グレード2:中等症/中等度の有害事象
グレード3:重症/高度の有害事象
グレード4:生命を脅かす又は活動不能にいたる有害事象
グレード5:有害事象による死亡(因果関係あり)
イNCI−CTCグレード(Version3.0)は,平成15年(2003年)3
月に米国のNCIが公表し,同年12月に改訂された有害事象についての
重篤度のスケール(Grade)である。これによれば,有害事象の重篤度
は,以下のとおり分類されている。(甲D38)
グレード1:軽度の有害事象
グレード2:中等度の有害事象
グレード3:高度の有害事象
グレード4:生命を脅かす又は活動不能とする有害事象
グレード5:有害事象による死亡
ウ平成15年8月には,厚生労働省は,日米EU医薬品規制調和国際会議
(ICH)における合意等に基づいて,「副作用等報告に関するQ&A」
をとりまとめ,その中で,薬事法施行規則64条の5の2及び66条の7
に定める副作用の重篤度を示す概念と,ICHによる重篤度の定義との関
連性を示した。
(以下余白)
第4章争点及び争点に対する当事者の主張
第1イレッサの有用性について
1イレッサの有効性について
(1)医薬品の有効性の確認方法について
(原告らの主張)
ア有効性判断の基本原則
医薬品は,本来人体にとって異物であり,有害作用を及ぼす危険性を常
に有する。医薬品の有効性は,特定の疾患に対して有効であることが科学
的に証明された場合に初めて肯定されるものであり,科学的な証明のない
段階においては有効性はないと評価されなければならない。
医薬品の有効性が科学的に証明されるためには,最終的には適正にデザ
インされた比較臨床試験において,真の評価項目(患者の最終的な治療上
の利益に直接関係する指標を評価する項目)の存在が統計学的に証明され
なければならない。
イ臨床試験の評価方法に関する原則
(ア)実施計画書において設定された解析方法
一般指針(乙D27)や統計的原則(甲P15)は実施計画書(プロ
トコール)に試験結果の解析方法を明記するよう定めている。その趣旨
は,試験で予定していたような結果が出なかった場合に,臨床試験の報
告者が後付けで医学的・薬学的に理由をつけて有効性を過大に報告する
ことを防止することにある。
したがって,臨床試験では,実施計画書において明記された解析方法
が第一義的な評価基準として重視されるべきであり,事後的な統計解析
や解釈などは信用性が低いものとして評価されなければならない。これ
は抗がん剤の臨床試験においても当然妥当する。
被告らは,IDEAL1,2試験(IDEAL各試験)などで,主た
る解析で否定的な結果が出たから,実施計画書にはなかった基準や比較
対象を再設定することによりイレッサの有効性を肯定的に捉え,その他
の試験でもサブグループ解析の結果を強調するなどしており,被告らの
各試験の解析方法には問題がある。
(イ)有効性判断の指標
a医薬品一般における有効性判断の指標
我が国では,第Ⅲ相試験により有効性が確認されて,はじめて医薬
品承認が与えられる制度となっており,この有効性確認の対象には真
の評価項目が用いられる(一般指針(乙D27)及び統計的原則(甲
P15))。これに対して,代替評価項目とは,計測が困難な特定の
治療上の利益を予測するために,真の評価項目の代替として用いられ
る測定値や兆候などをいう。
もっとも,代替評価項目は,治療上の利益の予測の精度に問題があ
ることが多く,一般には,第Ⅲ相試験の主要評価項目として用いるべ
きでない。代替評価項目は,合理的に臨床上の結果を予測しうる場合
に限って臨床試験に用いることができるのであり,真の評価項目と代
替評価項目との間に相関関係があるというのみでは合理的に臨床上の
結果を予測しうるとはいえないのである。
b抗がん剤における有効性判断の指標
抗がん剤の臨床試験における真の評価項目は,延命効果すなわち全
生存期間の延長を重視すべきである。
これに対し,腫瘍縮小効果ないし奏効率は,治験薬が一定の生物学
的な抗腫瘍活性を有することを意味するものであって,必ずしも治療
による利益を意味するものではないから,代替評価項目にすぎないも
のであり,真の評価項目である全生存期間の延長を合理的に予測しう
るものではない。つまり,非小細胞肺がんでは,腫瘍増殖の速度に多
様性があるため,一部の腫瘍が一時的に縮小したとしても,最終的な
転帰の改善には必ずしもつながらないのである。また,腫瘍縮小効果
は,評価可変病変の事前特定,評価のタイミング,画像による評価な
ど観察方法に難しさがある。
無増悪生存期間は,増悪が観察された時点か,あらゆる原因による
死亡の早いほうまでの時間をいうが,腫瘍縮小の増悪をも評価するた
め,腫瘍縮小効果とその継続期間を見ているに過ぎない結果となり得
ることから,腫瘍縮小効果と同様に観察方法の難しさなどを有するこ
とになる。
また,QOLや症状改善などは,患者に対するアンケートを主体と
して調査したものであり,病状以外に関する質問項目が多数含まれて
おり,抗がん剤の治療効果以外の要素に大きな影響を受けることが避
けられず,主観的なバイアスを排除することは著しく困難であるた
め,副次的評価項目にすぎない。
したがって,抗がん剤の有効性は,医薬品一般における原則のとお
り,臨床試験において主要評価項目とされている真の評価項目たる延
命効果(全生存期間)を重視するべきであり,代替評価項目にすぎな
い腫瘍縮小効果,臨床試験で副次的評価項目とされているにすぎない
QOLや症状改善などを重視することはできない。
被告らは,①延命効果,腫瘍縮小効果,QOLなど様々な指標を総
合判断して有用性が肯定される,②腫瘍縮小効果やQOLなどの代替
評価項目に依拠して,イレッサの有効性が肯定されると主張するが,
その内容や根拠は科学的とはいえないものであり,有効性が証明され
たということにはならない。
ウ奏功率・腫瘍縮小効果により延命効果を予測することはできないこと
(ア)奏功率・腫瘍縮小効果が延命効果とは関連しない実例がイレッサ承認
前に報告されていたこと
イレッサ承認前の合計12の比較臨床試験(シスプラチンやシスプラ
チンを含む併用療法に関する試験)のうち,5つの試験では,より高い
奏効率が見られた群において,生存期間中央値が短くなるという現象
(ねじれ現象)が生じている。
したがって,既に報告されていた実例から,奏効率が抗がん剤の有効
性である延命効果を予測させる代替評価項目として必ずしも妥当ではな
いということは,イレッサ承認以前において既に明らかになっていた。
(イ)腫瘍縮小効果・奏功率は,高い精度による延命効果の予測を予定して
いないこと
IDEAL各試験で採用された腫瘍縮小効果判定基準は,部分奏功
(PR)に該当するには,計測腫瘍の50%以上縮小が4週間以上継続
することとされていた(WHO基準)が,延命効果を予測するための代
替評価項目としては緩やかすぎるというべきであり,上記基準は腫瘍縮
小効果・奏効率が延命効果を予測することを予定していないというべき
である。
また,通常の承認過程では,第Ⅱ相試験後,承認される前の段階で,
第Ⅲ相試験による延命効果の確認が行われることが前提となるため,第
Ⅱ相試験段階では,第Ⅲ相試験に進むか否かのスクリーニングができれ
ば足りる。第Ⅱ相試験の評価項目はスクリーニング目的で設定されたも
のであるから,抗がん剤の第Ⅱ相試験の主要評価項目である奏功率は,
延命効果の予測の精度を一定程度犠牲にすることを予定して設定された
評価項目であるといわざるをえない。
腫瘍縮小効果・奏功率の判定には,評価可能病変の事前特定,評価の
タイミング,画像による評価という方法論的な難しさがあるため,いく
つかの症例数の少ない試験で一定の奏効率を示したからとしても,延命
効果が期待できると安易に判断することは許されない。
(ウ)腫瘍縮小効果・奏功率と延命効果との間に相関関係があるのみでは,
全生存期間の延長の効果を合理的に予測することは困難であること
腫瘍縮小効果・奏効率と生存期間中央値の間の相関関係は,全生存期
間の延長の効果を合理的に予測することの必要条件であるが十分条件で
はなく,上記相関関係のみでは全生存期間の延長の効果を合理的に予測
することが困難であるということは,イレッサ承認以前に確立されてい
る知見であった。
その実質的な理由には,予後因子バイアス(一般に,各患者の有する
予後因子(PS,喫煙率,治療組入期間等)を予め均等に各被験群に振
り分けないで試験を実施し,各群を単純比較すると,各群の予後因子の
差異の影響により見かけ上の違いがもたらされてしまうこと),タイム
バイアス(奏功者は奏功が観察されるまで生存していることが必要なの
で,奏功者は,治療による延命効果の有無とは関係なく,非奏功者より
生存期間が長くなる)の影響が挙げられる。
また,腫瘍縮小効果と延命効果の相関のみに依拠して,腫瘍縮小効果
から延命効果を予測するという分析方法は,予後因子の問題のほかに,
群としてデータを用いた解析をした場合,当該群を構成する個別患者に
おける個体差が捨象されてしまうという問題があるなど,重大な統計学
的な問題がある(BUYSE論文(甲H61))。
(エ)Ⅱ相承認の制度設計と腫瘍縮小効果・奏効率の位置付け
Ⅱ相承認制度下の抗がん剤の臨床試験においても,第Ⅱ相試験はスク
リーニング目的と位置づけられており,極めて高い腫瘍縮小効果・奏効
率が得られたとしても,延命効果を真の評価項目とする第Ⅲ相試験を省
略することはできない制度設計となっている。
また,Ⅱ相承認制度では,延命効果の予測精度に問題があるため,Ⅱ
相承認をするための有効性判断には極めて高い腫瘍縮小効果・奏功率が
あることが必要とされてきたのである。
したがって,Ⅱ相承認制度は,腫瘍縮小効果から延命効果を合理的に
予測できるということを前提とした制度設計ではなかったといえる。
(被告会社の主張)
ア有効性判断の指標
(ア)抗がん剤の有効性に関する主な指標
a非小細胞肺がんの化学療法の目的は延命とQOLの改善にあるから,
その有効性の指標としては,延命効果を直接測定する指標である全生存
期間や無増悪生存期間,QOL改善効果を直接測定するFACT−L基
準によるQOL測定結果などの指標は重要な指標である。
しかし,上記指標には,臨床試験の実施の困難性,測定の方法や解
析・評価の難しさなどに多くの問題がある。
したがって,上記指標を評価項目とされた臨床試験の結果の解釈は,
当該抗がん剤に関する他の情報との整合性等を考慮して,合理的かつ慎
重に行われる必要がある。
b全生存期間と無増悪生存期間はいずれも延命効果を直接測定する指
標であるが,全生存期間には,試験において被験薬又は対照薬が割り付
けられた時から死亡までに治療薬が変更された場合に,全生存期間が変
更後の治療薬(後治療)の影響を受けるという短所が指摘されている。
これに対して,無増悪生存期間は,後治療の影響を受けないため,
被験薬の効果をより適切に確認できることがある。もっとも,無増悪
生存期間は,がんの増悪の評価方法や評価間隔などの観察方法が結果
に影響する可能性があるため,観察方法を実施計画書で明確かつ統一
的に定める必要がある。
(イ)有効性判断における代替評価項目
代替評価項目は,真の評価項目を直接測定するものではないが,真の
評価項目に代わる他の事柄から真の評価項目を間接的に判断するもので
あり,代表的なものとして腫瘍縮小効果が挙げられる。
腫瘍縮小効果は,化学療法の目的たる延命やQOL改善を直接に測る指
標ではないが,延命効果やQOL改善効果の代替評価項目である。非小細
胞肺がんの病態が,がんが増殖することによって数々の重篤な症状を引き
起こし,やがては患者を死に至らしめるというものであることからすれ
ば,医学的に,腫瘍縮小は延命やQOL改善の前提であり,基本的に延命
効果やQOL改善効果に結びつくと考えられる。
したがって,有効性は,真の評価項目のみならず,代替評価項目も,
それぞれの内容や特質を考慮し,当該抗がん剤の他の情報を踏まえて評
価しなければならない。
イ有効性の判断方法
(ア)有効性の判断方法
抗がん剤の有効性の各指標は相互に関連性を有するため,非小細胞肺が
ん抗がん剤の有効性は,各指標を総合的に考慮して,延命効果及びQOL
改善効果を評価することによって判断されるべきである。
また,有効性の各指標を適正に解釈し評価することは容易ではなく,臨
床試験によって得られた結果を正しく評価するためには,当該結果の統計
的検討に加えて,当該臨床試験で得られた他の解析結果(サブグループ解
析を含む。),他の臨床試験の結果,資料や知見等をも十分に検討するこ
とが不可欠である。第Ⅲ相試験で延命効果が統計学的に証明されていない
との一事をもって,直ちに当該抗がん剤には延命効果がないというべきで
はない。
全生存期間は,後治療や症例数不足が影響した可能性を検討する必要が
あり,また統計学的に有意差はなかったとしても,生存期間中央値,1年
生存率などの値自体を検討する必要がある。また,延命効果の有無は,全
生存期間だけでなく,延命効果を直接測定する指標である無増悪生存期間
や,延命効果との相関性が認められる腫瘍縮小効果などの結果を総合して
評価しなければならないのである。
(イ)有効性判断の資料
有効性の判断の資料としては,臨床試験結果,各種調査,研究結果や症
例報告など,規模や方法を含めて様々なものがある。
各資料は,データとしての信頼性や内容には差異があるが,いずれも非
小細胞肺がん抗がん剤の有効性を判断する資料になり得るものであるか
ら,有効性は,特定の資料にのみ基づいて判断するという偏った検討方法
により行われるべきではない。
各資料の内容及び信頼性に留意しつつ,全ての資料を総合的に考慮する
ことによって,非小細胞肺がん抗がん剤の有効性を適切かつ妥当に判断し
得るのである。
(ウ)原告らの解析方法について
原告らは,非小細胞肺がんの抗がん剤においても真の評価項目が全生存
期間にあり,全生存期間の延長が統計学的に証明されなければならないな
ど主張する。
しかし,全生存期間は,後治療の影響を受けるという短所がある。ま
た,非小細胞肺がんの抗がん剤の全生存期間は,延命に寄与する程度と有
意差の証明に必要とされる症例数が多数必要となるが,それは現実的では
ないなどの要因から統計学的に証明することが容易ではなく,試験デザイ
ンの不適切性に原因があるために統計学的に証明できないということもあ
り得る。
したがって,延命効果が統計学的に証明できたか否かのみならず,副次
的評価項目を含めて第Ⅲ相試験の結果,他の試験結果などを総合的に検討
し,当該抗がん剤が延命効果を有するか否かを検討することが必要であ
る。
ウ奏功率・腫瘍縮小効果と延命効果の相関関係
(ア)奏功率・腫瘍縮小効果が延命効果とは関連しない実例について
原告らが主張する比較臨床試験(前記原告らの主張ウ(ア))で奏功が得られ
た患者につき有意な生存期間の延長(生存期間中央値や1年生存率)が検
出されなかった原因は,上記臨床試験の症例数が200例程度しかなかっ
たことから,症例数不足にあると考えられる。
したがって,上記臨床試験で奏功が得られた患者につき有意な生存期間
の延長(生存期間中央値や1年生存率)が検出されなかったことをもっ
て,腫瘍縮小効果と延命効果との間に相関性がないということはできな
い。
(イ)腫瘍縮小効果と延命効果の関連性について
a腫瘍の縮小が基本的に延命と結びつくことは,非小細胞肺がんの病
態,すなわちがんが増殖・増大することによって数々の重篤な症状を引
き起こし患者を死に至らしめる疾患であることに鑑みれば,医学的に合
理的である。
b腫瘍の縮小が延命効果と密接な関連性を有することを肯定する調査や
研究報告が多数存在する。特に信頼性の高い調査研究は以下のとおりで
ある。
(a)西條長宏らの調査研究
当該研究は,1976年(昭和51年)から1995年(平成7
年)までに行われた非小細胞肺がんに対する単剤による第Ⅱ相試験の
結果を176件集め,統計学的な手法を用いて奏効率と生存期間中央
値との相関性を確認したものである。当該研究の結果は,奏効率と生
存期間中央値との間に有意な(P値=0.00003)相関性が認め
られた。
(b)福岡正博らの調査研究
当該研究は,第一義的には病勢安定(不変・SD)が延命効果と結
びつくか否かを検討することを目的としたものであるが,奏効と延命
効果との関連性も検討された。
当該研究は,1996年(平成8年)から2004年(平成16
年)までに結果が報告された合計54の非小細胞肺がんのセカンドラ
イン治療における臨床試験結果を集め,統計学的な解析を行い,不変
又は奏効と延命効果との関連性を証明したものであり,2006年
(平成18年)9月に公表された。
当該研究の結果は,不変(SD)及び奏効(CR及びPR)とも
に,延命効果と統計学的に有意な関連性が認められた(不変につきP
値=0.039,奏効につきP値<0.001)。すなわち,不変率
及び奏効率が上昇すればするほど全生存期間が大きく延長されたので
ある。もっとも,全生存期間の延長との関連性は不変よりも奏効の方
がより強く,延命効果を得るためには奏効を得ることがより重要であ
ることが示された。
(c)プリモ・ララらの調査研究
当該研究は,プラチナ製剤を含む化学療法についての3件の臨床試
験に登録された非小細胞肺がん患者984例のデータに基づいて,奏
効率,登録後8週,14週,20週時の生存率を検討することによ
り,腫瘍縮小効果と延命効果との相関性を証明したものである。
当該研究の結果は,8週時に奏効が得られていた患者には有意な生
存期間の延長が認められた(P値<0.001)。また,14週及び
20週の結果も上記8週時の知見と異なるものではなかった。
当該研究は,症例数が約1000例と多い点や1例ずつの症例報告
に立ち返って検討が行われている点においてデータの質が高いもので
ある。
(d)ブラッジらの調査研究
当該研究は,非小細胞肺がんについて腫瘍縮小効果を延命効果の代
替評価項目とすることの妥当性を確認するために行われたものであ
る。9件の試験から,奏効率及び延命効果のデータが揃っていた25
25例について統計学的解析を行ったものである。
結果は,奏効率は延命効果の予測因子として高い有意性が示された
(P値<0.001)。また,奏効が得られた患者の生存期間中央値
は,完全奏効(CR)の患者で19.5か月,部分奏効(PR)の患
者で14か月であったのに対し,奏効が得られなかった患者では7.
8か月と半分ないしそれ以下の長さであった。
エ腫瘍縮小効果による症状改善やQOL改善と延命効果の関係
非小細胞肺がんの症状(例えば疼痛や呼吸困難)は,がんが増殖・増大し
て周囲の器官や臓器に浸潤し,神経や気管を圧迫することによって生じるも
のであるから,がんが縮小すれば,がん細胞の増殖,浸潤等によってもたら
された症状は改善する。そして,上記症状が改善すれば,患者のQOLが改
善する。
非小細胞肺がんでは,疼痛や呼吸困難を始め重篤な症状が現れるだけでな
く,患者の全身状態や免疫力の低下を招く。全身状態が不良な患者の方が良
好な患者よりも予後が悪く,免疫力が低下することにより感染症や合併症に
罹患しやすくなり,死亡の危険性も高くなる。そうすると,非小細胞肺がん
の症状が改善すれば,全身状態が改善し,免疫力も高まることが期待でき,
死亡の危険性も低くなるのである。
以上より,腫瘍縮小効果による症状改善及びQOL改善は延命効果につな
がるものと考えられる。
(被告国の主張)
ア平成14年7月承認当時の各種指針(ガイドライン)の下における抗が
ん剤の有効性,有用性評価の方法
平成14年7月当時,各種指針(抗がん剤の臨床評価に関する指針(甲
D14),旧ガイドライン(乙D7))の下で採用されていた抗がん剤の
有効性評価の方法論,すなわち,Ⅱ相承認の考え方は,①第Ⅱ相試験によ
って治療の直接目的である腫瘍縮小効果を確認するとともに,これを代替
評価項目として,治療上の利益を確認し,②第Ⅱ相試験の腫瘍縮小効果に
関して得られた知見を,他の評価項目について得られた知見及びその他の
あらゆる知見と総合して有効性ないし有用性を評価することにより臨床使
用の可否を決し,③有効性ないし有用性が肯定されて臨床使用に用いられ
た場合には,臨床使用の中で第Ⅲ相試験により延命効果を確認し,④第Ⅲ
相試験により延命効果が確認されれば標準的治療法に組み入れられる,と
いうものであったのである。
平成14年7月当時,抗がん剤の有効性は,延命効果によらなければ肯
定することができないという方法論は採用されておらず,腫瘍縮小効果を
中心とする各種知見の総合評価によっても肯定することができるという方
法論が原則的に採用されていたものである。
イ平成14年7月承認当時の抗がん剤の有効性,有用性の評価方法に関す
る知見
(ア)Ⅱ相承認の方法論は,臨床試験に関する知見に通暁した研究者の長期
間にわたる慎重な検討により確立された医学的,薬学的知見であること
Ⅱ相承認の方法論に関連する各種指針や判定基準等は,いずれも,各
時点の当該分野の専門家が,慎重な検討を経て開発し,確立されてきた
ものであり,それぞれ,各時点における,対象とする事柄についての医
学的,薬学的知見を集約したものであって,それ自体が知見の1つと位
置づけられるものである。
中でも旧ガイドライン(乙D7)は,「医薬品の承認申請の目的で実
施される抗悪性腫瘍薬の臨床試験の評価方法として,その標準的方法
を」取りまとめたものである。旧ガイドラインを取りまとめた研究班
は,当時のがんの専門医の中でも,臨床試験をよく理解し,指導的な役
割を担っている研究者で構成されており,旧ガイドラインの案文の作成
のため,当時のがん化学療法に関する国内外の論文を多数集めて検討
し,2年間にわたる議論を経て,我が国のがん治療の状況に即して,医
学的な合理性があるものとして旧ガイドラインの案文を作成したが,Ⅱ
相承認についての異論はなかった。旧ガイドラインにおけるⅡ相承認の
方法論は,当時,抗がん剤の臨床試験をどのように実施し,試験結果を
どのように評価し,どのような評価の下で臨床上の有用性が認められて
臨床使用,すなわち,承認に値するか,という「方法論」に関する医学
的,薬学的知見を集約したものといえる。
以上のとおり,旧ガイドラインにおけるⅡ相承認の考え方は,新しい
抗がん剤が臨床使用に値する有効性,有用性を有するか否かを判断する
上で,抗がん剤の臨床試験をどのように実施し,その結果をどのように
評価することが医学的,薬学的に合理的か,という「方法論」に関する
医学的,薬学的知見なのである。
(イ)旧ガイドラインの下でのⅡ相承認の方法論の合理性が客観的にみて
種々の医学的,薬学的知見に裏付けられていたこと
旧ガイドラインにおいてⅡ相承認の考え方が採用された理由は,①腫
瘍縮小効果と延命効果には相関性があるとの考えが一般的であり,②当
時の臨床試験の状況から延命効果の確認には相当時間を要するのが実情
であり,患者が早期に抗がん剤の投与を受けられ,治療上の利益が高い
という当時の専門家の間のコンセンサスがあったからである。
a腫瘍縮小効果から延命効果を合理的に予測しうること
(a)がんの病態からみて腫瘍の縮小が延命につながるとみることには
生物学的合理性があること
がんとは,遺伝子変異を起こしたがん細胞が,自律的に増殖し,
周辺組織に浸潤し,全身に転移することで内臓機能を障害し,患者
に苦痛を与える諸症状を生じさせ,ついには死に至らしめる進行性
の疾患である。生物学的にみれば,がん細胞の増殖,浸潤,転移を
逆行させるように,がん細胞の縮小又は消滅があれば,がんの進行
を滞らせ,患者を死に至らしめることを遅らせることになるとみる
のが合理的であり,がんの病態から腫瘍の縮小が当然に延命につな
がるとみることには生物学的な合理性がある。
(b)がんの治療は直接的には生物学的な腫瘍の縮小を目的に行われる
こと
臨床現場で当該患者に当該治療で延命効果が得られたか否かを直
接確認することは現在でも不可能である。そのため,がんの治療
は,生物学的な腫瘍の縮小又は消滅を目的として行われる。
(c)腫瘍の縮小と延命との間には相関性が認められること
腫瘍縮小効果に関する効果判定基準は,1960年に全腫瘍塊の
サイズが減少し,いずれの病変にもサイズの増大がなく,新規病変
の出現が見られない場合は全身療法の予後が良好であることを示唆
する研究報告がされ,1970年代の中期から後期にかけて,WH
O基準によって広く普及した。
その後,次第に高い奏効率の得られる抗がん剤が登場し,非小細
胞肺がんの分野でも,1980年代から1990年代にかけて,多
くの比較臨床試験が行われたが,当時の比較臨床試験は症例数が少
ないこともあって,個別の試験においては,奏効率で対照群との間
に有意な差が検出された場合に,生存期間では,有意な差が検出さ
れることもあったが,必ずしも常に検出されるわけではなかった。
真の評価項目である全生存期間では,抗がん剤の治療成績が次第
に向上し,セカンドライン治療に一定の延命効果が認められるにつ
れ,後治療による影響の介在が指摘されるようになり,後治療の影
響を排除するため,無増悪生存期間などの新しい評価項目が提案さ
れる状況が生じた。
近時は,症例数の少ない臨床試験の報告で同様の試験デザインで
行われたものを多数集積して統計的に解析し,相関性を検討するな
どの手法により,評価項目を,統計的な評価手法により検討する研
究が行われている。上記研究では,血液がんや乳がんに限られず,
非小細胞肺がんでも,腫瘍縮小効果と延命効果との間には相関関係
があるとの結果が得られている。
(d)平成14年7月当時,非小細胞肺がんの抗がん剤の臨床試験で
は,代替評価項目として腫瘍縮小効果を用いることができたこと
平成14年7月当時の新薬一般を視野に置いた臨床試験の原則的
な方法論では,代替評価項目を臨床試験の主要評価項目として用い
ることができる場合として,代替評価項目を用いることにより十分
合理的に臨床上の結果を予測しうる場合や臨床上の結果を予測しう
ることがよく知られている場合等が挙げられる。前記(a)ないし(c)
の知見に鑑みれば,平成14年7月当時,非小細胞肺がんに対する
抗がん剤の臨床試験において,代替評価項目として腫瘍縮小効果
(奏効率)を用いることができる客観的状況にあったことは明らか
である。
b比較臨床試験による延命効果の確認が現実的ではなかったこと
(a)延命効果を主要評価項目とする臨床試験は多数の症例が必要であ
ること
まず,抗がん剤の延命効果を第Ⅲ相試験により確認する場合に
は,対象疾患,試験の目的及び評価項目に応じて統計的に定められ
る被験者数の,同時対照群を置いた比較臨床試験により,各々の被
験者群の全生存期間を,統計的処理によって比較しなければならな
い。統計的処理において信頼性のある結果を得るためには,相当数
の患者の登録が必要となる。
統計学的に,大きな差を有意に示すために求められる症例数は少
ないが,小さな差を有意に示すために求められる症例数は多数にな
る。非小細胞肺がんの場合は,生存期間の延長が難しい状況にあっ
たため,多数の症例が必要となるのである。
(b)短期間での被験者の集積は容易でなく,集積しても我が国では倫
理上無治療との比較はできなかったこと
非小細胞肺がんの場合,70歳以上の高齢者で,進行してからの
発症が多く,多彩な症状により全身状態が悪化していることも多い
ことが知られ,全身状態不良(PS3,4)の場合や高齢者の場合
は化学療法を行うべきではないと考えられていた上,臨床試験では
厳格な適格条件,除外条件が定められるため,臨床試験に参加でき
ない患者が多いことが周知であった。
また,我が国の文化,社会的背景として,比較臨床試験自体が倫
理に反すると考えられており,無治療と新薬との比較臨床試験は特
に倫理上問題があるといわれていた。
平成14年7月当時,統計的検定に必要な数の対象患者を短期間
に集積することは容易ではなく,集積しても無治療との比較はでき
なかったのである。
(c)試験の実施,解析にも長い期間が必要であること
全生存期間を主要評価項目として評価を行うには,ある程度の数
の対象患者の死亡を待つ必要があるため,臨床試験の完遂には長い
期間が必要である。
(d)非小細胞肺がんの予後は極めて悪く第Ⅲ相試験の実施が実際的で
なかったこと
平成14年7月当時,化学療法の適応となる手術不能又は再発非
小細胞肺がん患者の予後は,1年生存率でみると,Ⅳ期で無治療の
場合20%,治療後で30∼40%(生存期間中央値は8∼10か
月),Ⅲ期と併せても50%程度であり,5年生存率に至ってはわ
ずか1%という状況であり,もはや既存の治療法による治療を受け
られず,延命の可能性さえない者も多く存在し,治療の選択肢を増
やす必要に迫られていた。
上記の状況において,第Ⅱ相試験において現に腫瘍縮小効果を示
し,一定の生存期間中央値が得られた新しい抗がん剤につき,無治
療との比較ができるわけでもないのに,さらに5年をかけて,新し
い抗がん剤が既存の治療法に比べて有意に生存期間を延長させるか
否かを同時対照比較臨床試験によって統計的に確認しない限り臨床
使用を許さないとすることは現実的ではない。
(e)平成17年当時でも第Ⅲ相試験の実施は必ずしも現実的でなかっ
たこと
新ガイドラインにおいては,第Ⅲ相試験の結果を迅速に得られる
素地ができ,外国データの活用も可能となったことから,特定のが
ん腫で原則として第Ⅲ相試験の結果を求めることとしたのである
が,実際に国際共同治験が盛んに行われるようになったのは平成1
8年又は19年ころである。
また,臨床試験を実施するための体制としては,研究者,実施施
設(医療施設)のほか,治験の円滑な実施を調整する人(CRC,
クリニカル・リサーチ・コーディネーター),得られたデータが正
しいかどうかを監視する人を確保するとともに,データの正確性を
内部監査する体制,治験の場合は厚生労働省の査察を受ける体制等
が必要であるが,我が国では,上記体制が平成17年当時も十分で
はなかった。
したがって,新ガイドライン策定のための平成17年当時の議論
においても,承認前に第Ⅲ相試験の結果を提出させることには賛否
両論があり,患者数が多いがん腫以外のがん腫では,第Ⅲ相試験の
結果を提出させることが現実的ではないとして,Ⅱ相承認が維持さ
れているのである。
(2)イレッサの非小細胞肺がんに対する有効性について
(原告らの主張)
ア平成14年7月承認時のイレッサの有効性評価
(ア)IDEAL各試験の奏功率から有効性を推測することができないこと
a抗がん剤の奏効率の確認に用いられる一般的基準による評価
一般に,抗がん剤に求められる有効率(期待有効率)としては,約
20%の奏効率が必要と考えられており(旧ガイドラインなど),こ
れを下回る有効率しかなければ有用な抗悪性腫瘍薬とは認められな
い。上記水準は,第Ⅲ相試験に進むために最低限必要とされるものに
過ぎず,承認に要求されるような延命効果予測の水準には達しないも
のとして理解すべきものである。
IDEAL1試験の奏効率(審査センター判定による判定結果)
は,承認用量の250mg/日群全体では15.5%にとどまってお
り,上記基準の20%に達しないのであるから,イレッサの奏功率が
高いということはできない。250mg/日群全体の奏功率15.5%
という数値は日本人群の奏効率によって大幅に引き上げられていたも
のであるが,日本人群の高い奏効率は,患者の背景因子の偏りを調整
すれば,日本人以外の患者群(外国人群)の低い数値並みとなってい
た可能性があるから,やはりイレッサの奏効率を高いとは評価できな
いというべきである。
IDEAL2試験の奏効率は,250mg/日群で11.8%,50
0mg/日群で8.8%であり,いずれも上記基準の20%に達しない
結果となっていたから,イレッサの奏効率が高いとは評価できない。
b実施計画書の解析方法に照らした評価
イレッサの承認根拠となったIDEAL各試験の評価では,第一義
的な評価基準として検討されるべきは,事前に実施計画書で設定され
た有効性の解析方法である。
IDEAL各試験の実施計画書には,有効性の解析方法として,I
DEAL1試験では,申請資料概要(丙C1〔462頁〕)では,
「奏効率の95%信頼区間の下限が5%を上回っていた場合,真の奏
効率は5%以上であると結論づける。」,IDEAL2試験でも,申
請資料概要(丙C1〔498頁〕)において,奏効率「5%は他に有
効な治療がない場合の実薬の許容される最小率として選択される。」
ことを前提として,試験結果から得られた奏効率の信頼区間下限がそ
の5%を下回るようであれば,有効性はないものと評価すべきと記載
されていた。IDEAL各試験が,期待有効率20%の基準とは別に
5%奏効率の基準を設定した趣旨は,5%奏功率の基準を一般的な閾
値有効率の水準として,無効な薬剤の判定を行うことにあり,旧ガイ
ドラインの運用に合致する。
IDEAL1試験結果を見ると,250mg/日と500mg/日の各外
国人群における奏効率の信頼区間の下限は,それぞれ1.2%と3.
1%であり,閾値有効率5%を下回っている。IDEAL2試験結果
を見ると,500mg/日群の奏効率の信頼区間下限(4.3%)が閾
値有効率5%を下回っており,250mg/日群の奏功率の信頼区間下
限(6.2%)は閾値有効率5%にかろうじて達したにすぎない。
また,IDEAL1試験では,日本人の群と外国人群の間で患者の
背景因子に差があった。特に,試験結果に大きく影響する患者の全身
状態(PS)が,日本人の群では全身状態が不良の患者(PS2)の
割合が著しく少なかったのである。患者群の背景因子の偏りを調整す
れば,日本人の群の結果は,外国人群の数値に近づく可能性があった
のである。
したがって,IDEAL各試験では,複数の群において,開発中止
の結論を導くべきとされる閾値有効率に達しなかったのであり,閾値
有効率に達した日本人群においても,背景因子の問題があった以上,
全体としてイレッサの奏効率が高いなどと評価することはできず,延
命効果が予測できるともいえない。
cイレッサの治験成績とドセタキセルに関する臨床試験の成績を比較
することの問題点
被告会社は,約10%のIDEAL1試験の外国人群の奏効率も含
め「いずれの民族群においても単独両方で臨床的に意味のある奏効率
が得られ」るとし(丙C1〔509頁〕),審査報告書(乙B4[枝
番号1])でも約11.8%のIDEAL2試験の奏効率について同
様の評価をしている。上記評価の前提として,セカンドライン非小細
胞肺がん患者に対する延命効果を確認したShepherdによるドセタキ
セル試験(Shepherd試験)があり,IDEAL各試験の各群の奏効
率がShepherd試験の奏効率7.1%を上回ったことを主要な根拠と
する。
しかし,IDEAL各試験の症例数設定の際には,当然,セカンド
ライン以降の患者を対象とした試験であることを考慮した上で,延命
効果の予測のために,通常の抗がん剤と同様の期待有効率(IDEA
L1試験で20%,IDEAL2試験で15%)と閾値有効率(ID
EAL各試験いずれも5%)が必要とされたのである。
Shepherd試験との比較によりイレッサの有効性を基礎づける論法
は,過去の試験結果との単純比較をするものであり,また第Ⅲ相試験
であるShepherd試験と第Ⅱ相試験であるIDEAL各試験を単純す
るものであるから,誤った結論を導く可能性がある。
Shepherd試験では,全身状態不良の患者(PS2)の割合が多
く,奏功率は通常期待しうる数値よりも低くなった可能性があり,一
般的な奏功率の比較対照として適切であったのか疑問が残るものであ
る。
したがって,Shepherd試験の結果と単純比較を前提とする被告ら
の主張は,上記のような問題を含むものであるから失当である。
d既存の承認薬剤のセカンドライン患者に対する効果
他剤による非小細胞肺がんのセカンドライン患者を対象とした試験
における奏効率は,イレッサ承認当時で,ゲムシタビンとドセタキセ
ルの2剤併用化学療法で33%,シスプラチンとパクリタキセルの2
剤併用化学療法で40%,単剤でも,ゲムシタビンで19%,ドセタ
キセルで21%,パクリタキセルで34%などであった(別紙25
【他の抗がん剤の効果一覧表】の各薬剤の第Ⅱ相試験結果の表)。
したがって,日本人群の背景因子の偏りにより引き上げられた奏功
率15.5%の数値を前提としても,IDEAL1試験の奏効率は,
既存の承認薬剤以上の効果を示すものとはいえない。
(イ)IDEAL各試験の生存期間中央値から有効性を推測できないこと
a対照群のない試験における生存期間中央値の評価
延命効果は,適切な患者割り付けによって患者の背景因子を均等化
した上で,対照群との比較により初めて確認しうるものであり,対照
群との比較は延命効果の確認に不可欠の要素である。
これに対し,適切な比較対照のない試験の被験者群における生存期
間中央値は,当該被験者群の患者の背景因子によって大きく変動しう
るものである。仮に当該試験で良好な数値が得られたとしても,その
数値が,治験薬の効果によって得られたものか,単に患者群の背景因
子の偏りによってもたらされたものなのかを判別することはできな
い。
したがって,ある試験における生存期間中央値を,別個の試験や一
般的な臨床成績などと比較しても,有効性の根拠にはなり得ないか
ら,IDEAL各試験の生存期間中央値をもって,イレッサの有効性
を根拠づけることはできない。
bIDEAL各試験の副次的評価項目である生存期間中央値を過大評
価してはならないこと
申請資料概要の試験計画(丙C1)によれば,IDEAL各試験に
おける主要評価項目は奏効率であり,生存期間は副次的評価項目の1
つでしかない。
したがって,承認当時,イレッサの有効性の主たる評価対象となる
ものはあくまで奏効率であり,生存期間中央値の数値は副次的なもの
として捉えるべきものである。
c既存薬剤における生存期間中央値の報告との関係
既存薬剤による非小細胞肺がんのセカンドライン患者を対象とした
試験における生存期間中央値は,イレッサ承認当時で,2剤併用療法
ではイリノテカンとゲムシタビンで9か月,ゲムシタビンとドセタキ
セルで8.5か月,単剤でも,ドセタキセルで42週間,パクリタキ
セルで40週間であった。
いずれもIDEAL各試験の結果を上回るものであり,IDEAL
各試験の生存期間中央値が既存薬剤の生存期間中央値と比べて高かっ
たとはいえない。
d審査報告書の生存期間中央値分析における比較対象の問題性
(a)IDEAL1試験
審査報告書(乙B4[枝番号3]54頁)のIDEAL1試験の
生存期間中央値の評価では,比較対象として「JClinOncol
18:2095-2103,2000」という研究が用いられているが,当該研究は
奏効率の比較対照となったドセタキセル試験である(前記(ア)
c)。
前記(ア)cのとおり,歴史対照の問題,患者の背景因子の問題な
ど単純比較をすることができない。特に,生存期間中央値は,患者
の背景因子によって大きく変動するから,異なる試験の間での比較
はほとんど意味を有しない。
また,腺がん患者が,一般に長期生存期間中央値を示すが(甲H
51),ドセタキセル試験の腺がん患者の割合などの重要な患者背
景は論文中には明記されておらず(丙H22[枝番号2]),生存
期間中央値比較をするための前提情報を欠くというべきである。
以上より,IDEAL1試験の生存期間中央値から,イレッサの
延命効果の存在を推認すべきではない。
(b)IDEAL2試験
IDEAL2試験の生存期間中央値評価は,「プラチナ系抗がん
剤及びタキサン系抗がん剤治療後」のサードライン患者群におい
て,「平均的な予後は4か月程度と推測される」という前提事実に
依拠しているが(乙B4[枝番号3]54頁),審査報告書には上
記前提事実の根拠が示されていおらず,背景因子や治療水準の推移
等の影響など,生存期間中央値比較をするための前提情報を欠く。
したがって,IDEAL2試験の生存期間中央値評価が「臨床的
に有意義である」というのは科学的根拠がない。
(ウ)QOLなどの指標を根拠として有効性を肯定することはできないこと
旧ガイドラインでは,「第Ⅲ相試験で目標としたプライマリーエンド
ポイント(主要評価項目)で同等性が証明された場合は,他の特性,例
えばQOLの改善(患者の肉体的苦痛の軽減,精神的満足度等)などの
有用性が示される必要がある。」(乙D7〔15頁〕)と記載されてい
る。この趣旨は,延命効果で同等性が示された場合において,さらに他
の有効性が示される必要があるという趣旨であり,延命効果が統計学的
に証明されなくても,他のQOL等の指標によって有効性を判断しても
よいということではない。
したがって,臨床試験により延命効果を証明できていないのに,QO
Lなどの指標を根拠として有効性を肯定することはできないのである。
なお,延命効果で同等性が示される場合とは,標準的治療薬に対する
同等性又は非劣性の証明をいうのであり,プラセボや緩和療法などとの
同等性などではない。
(エ)平成14年7月承認時におけるイレッサの有効性評価のまとめ
以上によれば,IDEAL各試験結果の奏功率を積極的に評価するこ
とが難しいのみならず,抗がん剤の第Ⅱ相試験であるIDEAL各試験
結果の奏功率から延命効果を予測することはできない。また,対照群を
置かないIDEAL各試験における生存期間中央値などをイレッサの有
効性の根拠とすることもできない。
したがって,IDEAL1試験の日本人群の試験結果を考慮したとし
ても,イレッサが日本人の非小細胞肺がん患者の治療において有効性,
すなわち延命効果を有しない薬剤である可能性を念頭に置くべき状況に
あったというべきである。
イイレッサ承認後のイレッサの有効性評価
(ア)V1532試験
抗がん剤の第Ⅲ相試験では延命効果の確認が最も重要であり,本来,
独立した2つの第Ⅲ相試験で延命効果が確認されなければ有効性が証明
されなかったものとしなければならない。V1532試験はイレッサの
承認条件とされた唯一の試験であり,その試験で延命効果を示すことが
できなかったのである。イレッサについては,本来2つの第Ⅲ相試験が
要求されるにもかかわらず,V1532試験1つしか行っていない点を
おくとしても,承認条件となった唯一の試験においてすら延命効果を示
すことができなかったのであるから,有効性が証明されなかったものと
しなければならない。
V1532試験では,イレッサのドセタキセルに対する非劣性が証明
されなかったが,これはイレッサとドセタキセルの延命効果に差がない
ということを示すものではない。「臨床試験の統計解析に関するガイド
ライン」(甲D19)などでは,有意差がないことをもって直ちに同等
であるとするのは誤りであって,有意差がないことは統計的に同等であ
ることを示すものではないことが指摘されているところである。
また,V1532試験において後治療の影響がイレッサに不利に働い
たともいえない。後日発表された追加解析結果(甲C9)によれば,①
ドセタキセル群で後治療としてイレッサが用いられたグループと,イレ
ッサ群で後治療としてドセタキセルが用いられたグループを比較した結
果,両群ほぼ同様の傾向で推移しているが,後半(22か月以降)で
は,イレッサからドセタキセルに切り替えられた群の方が優れる傾向に
あること,②後治療が行われなかった患者の全生存期間のサブグループ
解析において,生存期間中央値ではイレッサ群が4.1か月,ドセタキ
セル群が8.7か月,1年生存率ではイレッサ群が12.2%,ドセタ
キセル群が27.0%であり,いずれもドセタキセル群が上回ってお
り,一貫してドセタキセルの方が優れる傾向が認められること,③後治
療として他の化学療法(ドセタキセル及びイレッサ以外)が行われたサ
ブグループの解析結果においても,生存期間中央値ではイレッサ群が1
1.5か月,ドセタキセル群が17か月,1年生存率ではイレッサ群が
47.5%,ドセタキセル群が61%であり,いずれもドセタキセル群
が上回っており,一貫してドセタキセルの方が優れる傾向が認められ,
後治療の影響によってドセタキセルに有利な結果が出たとはいえないの
である。
(イ)INTACT各試験
INTACT各試験では,イレッサ群は,生存期間中央値,1年生存
率や無増悪生存期間中央値において,プラセボ群に対して非劣性である
ことを証明できず,イレッサは延命効果を証明することができなかっ
た。それどころか,イレッサ群は,プラセボ群と比較して寿命短縮の傾
向さえ見られた。
被告らは,INTACT各試験がイレッサの上乗せ効果を見るための
試験であるから,INTACT各試験で有効性が否定されたからとして
も,イレッサ単剤での有効性が否定されるものではないなど主張する。
しかし,上乗せ効果が示されなかった原因がイレッサ自体に延命効果
がないことにある可能性は否定できない。
また,既存の抗がん剤との相互作用によってイレッサ群の延命効果に
影響が生じたという根拠が明らかとなっていないことやイレッサ群に寿
命短縮傾向があったことを考慮すると,INTACT各試験がたとえ上
乗せ試験であるとしても,イレッサ自体の延命効果に重大な疑問を生じ
させるものであったというべきである。その後に行われたイレッサ単剤
での第Ⅲ相試験がイレッサの延命効果を証明できていない状況を考慮す
れば,INTACT各試験はイレッサ自体の延命効果を否定する重要な
資料の1つとなるというべきである。
(ウ)ISEL試験
a試験結果について
ISEL試験は,プラセボ群との対照試験であったため有意差が生
じやすく,また症例数が相当数あったことから,イレッサの有効性に
ついて信頼性の高い臨床試験であったが,ISEL試験はイレッサの
延命効果を示すことができなかったのである。
bサブグループ解析について
(a)『臨床試験のための統計的原則』など(甲P14,15,33)
で指摘されるように,サブグループ解析は,仮説としての意義しか
なく,厳密な有効性を要求する薬剤の有効性の証拠にはならず,サ
ブグループ解析は層別した効果の測定や交互作用解析に重点を置
き,サブグループごとの検定結果は参考程度に考えるべきなのであ
る。
(b)ISEL試験を受けた「東洋人」の中には,日本人は1人も入っ
ていない。日本人がその対象に入っておらず,ブリッジング試験が
行なわれていないイレッサにおいては,日本人の含まれない『東洋
人』のサブグループ解析で統計学的に有意な生存期間の延長が見ら
れたとしても,イレッサの有効性評価について積極的意味を有する
ものではない。
(c)ISEL試験のサブグループ解析では,各群の背景因子に重要な
差異があることが指摘される。
まず,一般に,非喫煙者は喫煙者に比較して生存期間が長くなる
のが通常であるところ,ISEL試験のサブグループにおいて,東
洋人非喫煙者と喫煙者とのプラセボ群同士で生存期間中央値を比較
すると,プラセボ群の東洋人非喫煙者の生存期間中央値は4.5か
月であるのに対し,東洋人喫煙者の生存期間中央値は6.3か月で
あり,非喫煙者の方が喫煙者よりも著しく短くなっている。
また,「診断から無作為割付けまでの期間」という予後に強く関
係する背景因子が,プラセボ群よりもイレッサ群の方が長かったの
である。診断からランダム化までの期間が長いということは,自然
の経過が長いということを意味している可能性があり,長期に生存
する傾向がある。したがって,イレッサ群に生存期間延長に有利と
なる偏りが存在したといえる。
以上のように,重要な背景因子の偏りを調整しないデータでは,
東洋人に対する効力の可能性を示す根拠とはならない。
(d)被告会社は,東洋人というグループを含む人種によるサブグルー
プ解析が,試験実施計画の当初から予定されていたと主張する。
しかし,以下のとおり,東洋人というサブグループ解析は当初か
ら計画されたものではなく後付けの解析であった。
当初のISEL試験の試験計画では,「比較治療群について,以
下のファクターを考慮に入れた長期的統計解析を行った。すなわ
ち,性別(男vs女),喫煙(喫煙歴なしvs喫煙者または喫煙歴あ
り),前化学療法の失敗理由(化学療法に抵抗性を示したかそうで
ないか),化学療法の回数(1回vs2回),PeformanceStatus
(0,1vs2,3)である」と記載されていたが,「人種」は記載されて
いなかった。その後,被告会社は実施計画書を改訂し,平成16年
12月9日には統計解析計画書の補遺を作成した(「サブグループ
解析の計画日に関する資料(統計解析計画書)」甲C1)。上記統
計解析計画書には,最終改訂された統計解析用ソフト「SAS」の
内容が記載されている。「SAS」の内容によれば,解析対象のサ
ブグループ8には,「Oriental」,すなわち「東洋人」が記載され
ている。
また,ISEL試験において,最初の患者が登録されたのは平成
15年7月15日,最後の患者登録は平成16年8月2日,最終デ
ータ入力は平成16年10月29日であって,いずれも平成16年
12月以前であり,ISEL試験の初回解析結果(延命効果が示せ
なかった)が公表されたのは平成16年12月17日である。
したがって,延命効果の証明ができなかったことを知った被告会
社が,様々なサブグループによる解析を行った結果,「Oriental」
(東洋人)でたまたま有意差が検出されたことを知ったことから,
試験結果の発表前に東洋人をサブグループとして追加したものとい
うべきである。
(エ)SWOG0023試験
a試験結果について
SWOG0023試験では,イレッサ群(118人)の生存期間中
央値が23か月であったが,プラセボ群(125人)の生存期間中央
値が35か月であり,イレッサ群はプラセボ群よりも12か月も生存
期間中央値が短くなった。
すなわち,イレッサは,プラセボ群と比較して,統計学的に有意に
生存期間中央値が12か月間も短くなったということであり,イレッ
サには,延命効果があるどころか,寿命短縮効果があることが統計学
上証明されたのである。
b被告らは,SWOG0023試験でのイレッサ投与方法が我が国の
医療現場で広く行われている標準的なイレッサ投与方法ではないなど
主張する。
非放射線化学療法併用例においてSWOG0023試験で示された
害作用が現れるおそれがないという科学的根拠は示されていないか
ら,非併用例でも害作用が現れる危険性があることを考慮して安全性
が評価されるべきである。
米国は,SWOG0023試験で行ったイレッサの投与方法だけを
禁止したのではなく,新規患者への投与自体を禁止したのであり,イ
レッサの有用性を否定したからに他ならない。
また,放射線化学療法後にイレッサを投与するような症例は少なく
ない。現にMも,放射線化学療法後に,必ずしもがんが増殖したわけ
でもないのにイレッサを投与されている。
(オ)INTEREST試験
イレッサの承認条件では,「国内で」臨床試験が要求されているが
(甲A1),INTEREST試験は欧米で実施され,被験者に日本人
は含まれていない。日本国内で日本人を対象に行なわれ,承認条件とさ
れたV1532試験では延命効果を証明できなかった以上,INTER
EST試験がイレッサの有効性を根拠づける根拠となるものではない。
なお,INTEREST試験で対照群に用いられたドセタキセルは7
5mg/㎡であり,これはV1532試験で用いられたドセタキセルよ
りも25%多い量であったため,毒性もが強いと予想される。
割付療法使用期間の中央値は,イレッサ群が2.4か月,ドセタキセ
ル群が2.8か月であったから,主要評価項目である全生存期間に対す
る各薬剤の直接的な影響は約3か月までのデータに現れる。投与開始か
ら3か月までの間の1か月ごとの累積死亡率を検討すると,最初の1か
月間の死亡率は,ドセタキセル群が約1.8%,イレッサ群が約3.
7%であり,イレッサ群はドセタキセル群の約2倍であり有意に高かっ
た。3か月目の累積死亡率は,ドセタキセル群が16.8%,イレッサ
群が21.2%であり,イレッサ群はドセタキセル群に比べて有意に高
かった。イレッサ群はドセタキセル群よりも死亡者数が34人多かっ
た。
「INTEREST試験において,ドセタキセルに対する非劣性が証
明された」というのは,後療法の影響による見かけの効果である。後療
法の影響の比較的少ない初期の3か月で比較すると,イレッサは全生存
期間及び無増悪生存期間で有意に劣っていると推定されるのである。
したがって,INTEREST試験は,イレッサの有効性を示す根拠
とはならない。
(カ)IPASS試験
a試験結果について
IPASS試験の主要評価項目である無増悪生存期間は,前記(1)
イ(イ)のとおり,全生存期間の代替評価項目にすぎず,有効性の指標
としての位置付けは相当に低い。IPASS試験は,対象患者が12
00例を越え,全生存期間についての統計学的な解析も十分可能で,
全生存期間を主要評価項目とすることが可能であったと考えられるに
もかかわらず,全生存期間を副次的な評価項目とするデザインが採ら
れている。IPASS試験が全生存期間ではなく無増悪生存期間を主
要評価項目とした理由は,全生存期間ではイレッサの優位性を証明で
きないと考えたからではないかと推測されるところである。
また,中間解析の結果では,無増悪生存期間では非劣性を示した
が,真の評価項目である全生存期間では,解析途中であるとはいえ,
両群で「同様の傾向」,つまり,ほとんど差が見られないとされたの
である。
したがって,代替評価項目にすぎない無増悪生存期間の結果をもっ
て,イレッサに有効性が認められたということはできない。
bIPASS試験の全生存期間について
各群の割付療法使用期間の中央値は,イレッサ群が5.6か月
(0.1∼22.8か月,平均6.4か月),カルボプラチンとパク
リタキセルの併用群が4.1か月(0.7∼5.8か月,平均3.4
か月)であった。すなわち,4か月目以降は,カルボプラチンとパク
リタキセルの併用群の約半数がカルボプラチンとパクリタキセルの併
用療法を終了し,他の療法に切り替えた可能性がある(死亡例は後療
法なしである)。また,イレッサ群でも開始後6か月経過時には,半
数以上がイレッサの使用を終了した。したがって,各薬剤の直接的な
影響はせいぜい4か月までのデータに現われていることになる。
また,総死亡の累積オッズ比は,4か月まではほぼ2前後であり,
5か月目までは有意であるが,5か月を超えると1に近くなり有意で
なくなる。4か月目における累積死亡者数は,カルボプラチンとパク
リタキセルの併用群が49人,イレッサ群が82人と推定された。こ
れは,カルボプラチンとパクリタキセルの併用群に比してイレッサ群
で死亡が33人多いことを示すものであり,この33人は少なくとも
イレッサによる死亡といえる。カルボプラチンとパクリタキセルの併
用群でも副作用死が生じているはずであるから,イレッサによる死亡
は33人よりも多いはずである。
1か月毎に見てみると,イレッサ群の死亡オッズ比は,1か月まで
が約2.0(有意),2か月目が約1.6,3か月目が約3.1(有
意)である。4か月目,5か月目では,総死亡はカルボプラチン・パ
クリタキセルの併用群とイレッサ群との間で有意差がなく,5か月を
超えると,イレッサ群の死亡が,カルボプラチンとパクリタキセルの
併用群に比べて有意に少なくなった(オッズ比0.29)。
この結果,4か月目まで(0∼4か月未満)のオッズ比と6か月目
(5か月∼6か月未満)のオッズ比を計算し,それぞれを比較する
と,6か月目のオッズ比に対して4か月目までのオッズ比は,総死亡
では6.2倍であった。すなわち,4か月目までと6か月目ではハザ
ード比が6倍も異なる。全生存では,全期間のハザード比が一定であ
ることを条件として成り立っているCoxの比例ハザードモデルによ
るハザード比の計算は成立しないということを示している。これは全
生存期間だけではなく,無増悪生存期間についても同様である。
以上より,IPASS試験の全生存期間は,イレッサの有効性の根
拠とはなり得ない。
c承認条件(「国内で実施」)との関係
IPASS試験の対象患者は,日本人が233例(約20%)しか
なく,V1532試験の半分以下である。日本人以外のアジア人が8
0%を占める試験では,承認条件(「国内で実施」)を満たすことに
ならない。
IPASS試験での患者適格基準は,化学療法未治療であることに
加え,非喫煙者の腺がん患者に限られているから,イレッサの適応で
ある「手術不能又は再発の非小細胞肺がん」からすれば,相当に患者
範囲が狭い。
したがって,IPASS試験は,日本におけるイレッサの有効性の
根拠とはならないというべきである。
(キ)個別症例
個別症例は,出版・発表バイアス(結果がうまくいった症例は出版・
発表し,結果がうまくいかなかった症例は出版・発表しない傾向にある
ことをいう。),選択バイアス(ある症例や患者群を選択するにあたっ
て,選択する集団や症例が母集団を正しく代表していないときに,そこ
で用いられる薬剤や治療法の評価を誤ってしまうことをいう。),及び
観察バイアス(ある症例の観察者が,薬剤や治療法とその結果の関係に
ついて予断を有している場合に生じるバイアスのことをという。)など
により,予断が避けられず,証拠価値がない又は著しく低いというべき
である。
したがって,医薬品の有効性は,個別症例を考慮するべきではなく,
臨床試験の結果によって評価されるべきである。
(ク)まとめ
以上のとおり,承認条件となっていたV1532試験だけでなく,そ
の他の第Ⅲ相試験においてもイレッサの延命効果を示すことができず,
イレッサに有効性がないことがさらに明らかとなった。
(被告会社の主張)
ア平成14年7月承認時の有効性評価
(ア)IDEAL1試験
a全患者について
IDEAL1試験の主要評価項目である奏功率(治験医師判定)
は,全患者群(イレッサ250mg/日群)で18.4%であったが,
セカンドラインの標準的治療薬であるドセタキセルの奏功率が約1
0%であったことと比較しても,高いものであったといえる。
病勢コントロール率は50%を超えた。がんは積極的な治療をしな
ければ増悪するから,イレッサを投与された患者の50%以上でがんの
増悪が見られなかったという結果は,イレッサが高い抗腫瘍効果を有す
ると評価できる。そして,抗腫瘍効果が高いことは,イレッサが非小細
胞肺がん患者に対して延命効果及びQOL改善効果を有することを強く
推認させる。
無増悪生存期間中央値は83日であり,イレッサの投与を受けた半数
の患者が約3か月間以上もがんを進行させずに生存できたことを示して
いる。がんは治療をしなければ増悪するので,上記結果はイレッサによ
ってがんの進行が抑えられたものと考えられ,イレッサの延命効果を示
唆する結果であると評価できる。
また,割付日から4か月が経過した時点の患者の生存期間中央値も検
討されたが,この時点では半数の患者が死亡に至っておらず,生存期間
中央値の算出はできなかった。イレッサの投与をうけた患者の生存曲線
(丙C1〔475頁ト−13〕)を見ると,生存曲線は時間の経過とと
もに下降していくが,下降の程度が緩やかである。この結果も,イレッ
サが延命効果を有することを示唆するものということができる。
加えて,QOL改善率は約20%ないし24%,症状改善率は40%
を超えた。IDEAL1試験の対象患者は末期の非小細胞肺がん患者で
あり,がんの末期には患者に多大な苦痛を与える様々な症状が発症し患
者のQOLが著しく害されることに鑑みれば,症状改善及びQOL改善
は患者にとって特に重要である。
b日本人について
イレッサ250mg/日群の奏効率(治験医師判定)は27.5%であ
り,セカンドラインの非小細胞肺がんに対するドセタキセルの奏効率
(前記a)の約3倍であって,最も効果が高いとされるファーストライ
ンの2剤併用療法の奏効率(約30%∼40%)と比較しても,これに
近い値であった。
病勢コントロール率は約70%で,イレッサが日本人の非小細胞肺が
ん患者に対して高い抗腫瘍効果を示すものであり,上記結果は,イレッ
サの延命効果とQOL改善効果を強く推認させるものである。
生存期間中央値は414日(13.8か月),1年生存率は57%で
あったが,平成14年7月当時のドセタキセルの生存期間中央値が5.
9か月∼7.5か月,1年生存率が29%∼37%であったことと比較
して,イレッサがドセタキセルの試験成績を上回る結果であった。ファ
ーストラインの2剤併用療法でさえ,生存期間中央値が1年前後,1年
生存率が50%とされていることと比較しても,IDEAL1試験の日
本人群の結果は2剤併用療法の実績と近い値を示している。
無増悪期間中央値が114日(3.8か月)で,半数の日本人患者
は,約4か月以上もの間,がんが進行しない状態で生存できたことを示
している。
上記各結果は,イレッサが日本人の非小細胞肺がん患者に対して高い
延命効果を有するとの評価が可能である。
加えて,症状改善率は48.5%であり,イレッサを服用した約半数
の患者で症状改善が得られたのである。症状改善はQOLの重要な要素
であることから,QOL改善効果も推認される。症状改善が得られた患
者(31例)の生存期間中央値は453日(15.1か月)であり,症
状改善が得られなかった患者の生存期間中央値(309日・10.3か
月)を大きく上回っており,症状改善ないしQOL改善と延命効果とが
相関することを示す結果ということができる。
なお,原告らは,IDEAL1試験の日本人群の奏効率が,患者の背
景因子の偏りを調整すれば,外国人群の低い数値並みとなっていた可能
性があるなど主張する。
しかし,日本人のセカンドラインの非小細胞肺がん患者を対象に承認
後に実施された第Ⅲ相試験であるV1532試験では,イレッサ群の奏
効率が22.5%であり,IDEAL1試験の日本人患者を対象とした
解析結果(奏功率27.5%)と一貫しており,IDEAL1試験の結
果は日本人のセカンドラインの非小細胞肺がん患者に対する奏効率とし
て信頼性のある結果であったことが事後的にも明らかとなった。また,
現在では,イレッサはEGFR遺伝子変異のある患者に効果が高く,E
GFR遺伝子変異は外国人よりも日本人に高頻度で発現していることが
判明しているため,イレッサが外国人よりも日本人に高い効果を有する
ことは,肺がん治療医の間では周知の事実である。したがって,日本人
群で外国人群よりも奏効率が高かったのは,背景因子の偏りなどではな
く,イレッサは外国人よりも日本人に対してより高い効果を有すること
によるものであるから,原告らの主張には理由がない。
c外国人群について
IDEAL1試験の外国人群の結果では,奏功率の信頼区間の下限値
が5%を下回ってはいるが,IDEAL1試験よりも,約2倍の外国人
症例数が含まれ,かつ化学療法の効きにくい患者が多く含まれるIDE
AL2試験のイレッサ250mg/日群における奏効率の信頼区間は6.2%
から19.7%であり,5%を超えた。
したがって,IDEAL1試験の全患者及び日本人患者の結果並びに
IDEAL2試験の結果を一切考慮せず,IDEAL1試験の外国人患
者の結果のみからIDEAL1試験全体について閾値有効率における有
効性を証明できなかったということは相当ではない。
(イ)IDEAL2試験
aIDEAL2試験の対象患者は,イレッサの前にプラチナ製剤,ドセ
タキセルのいずれについてもすでに投与されたことがあり,プラチナ製
剤及びドセタキセルを含めて2種類以上の化学療法を受けたが,病勢進
行等の理由により前治療を終了した患者である。
プラチナ製剤を含む2剤併用療法はファーストラインの標準的治療法
であり,ドセタキセルはセカンドラインの標準的治療法であるところ,
IDEAL2試験は,上記標準的化学療法によっては治療ができず,も
はや既存の抗がん剤による治療の選択肢がほとんどない患者を対象にし
た試験なのである。
よって,IDEAL2試験の対象患者は,IDEAL1試験の対象患
者よりも化学療法が効きにくくなった状態の患者である。
bIDEAL2試験のイレッサ250mg/日群の奏効率は11.8%であ
り,セカンドラインにおけるドセタキセルの奏効率約10%(前記(ア)
a)と同等以上であった。IDEAL2試験の対象患者がサードライン
以降の化学療法の治療の選択肢がほとんどない患者であることに鑑みれ
ば,11.8%という奏効率は低いものではない。
病勢コントロール率は42.2%であり,対象患者はがんの増悪等に
より前治療を続けられなくなった患者であることからすると,イレッサ
によってがんの進行が抑えられたものと評価できる。
がんの増悪等により前治療を終了した患者を対象に無増悪期間中央値
が59日であったということは,半数の患者がイレッサにより約2か月
以上もがんの増悪が抑えられ生存し得たことを示すものである。生存期
間中央値は185日(6.1か月)であり,対象患者が他に治療の選択
肢のないサードラインの患者であり,平均的な予後が4か月程度と推測
されることからすれば,イレッサによって一定の延命が得られた結果と
評価し得る。
加えて,症状改善率は43.1%,QOL改善率は33.3%∼3
4.3%であった。症状改善を認めた患者(84例)の生存期間中央値
は247日,無増悪期間中央値は118日であったのに対し,症状改善
を認めなかった患者(132例)の生存期間中央値は113日,無増悪
期間中央値は31日であった。症状改善を認めた患者は改善を認めなか
った患者と比較して病勢進行までの期間及び生存期間が長いと考えら
れ,IDEAL1試験と同様,症状改善ないしQOL改善と延命効果と
の相関性を示した結果といえる。
(ウ)第Ⅰ相試験(V1511試験)における著効例
抗がん剤の第Ⅰ相試験には,既存の治療法ではもはや治療ができないが
ん患者が参加する(V1511の対象患者の選択基準,別紙9【第Ⅰ・Ⅰ
/Ⅱ相臨床試験概要・結果一覧】のうち国内第Ⅰ相試験(V1511試
験)の対象患者欄)。
しかし,V1511試験では,非小細胞肺がん患者が23例含まれてい
たが,このうち5例の患者に腫瘍縮小効果が認められたのである。腫瘍縮
小効果の得られた5例中3例では,1年半を超える長期にわたり腫瘍縮小
効果が得られた。
イレッサは,他に有効な治療法のない第Ⅰ相試験の非小細胞肺がん患者
に対し,高い腫瘍縮小効果及び長期にわたる生存期間の延長を示したので
ある。
(エ)平成14年7月承認時における有効性評価のまとめ
以上より,イレッサは,治験において,奏効率,症状改善率,QOLを
始めとする各指標において有効性を示した。また,我が国における承認と
の関係では,対象患者の半数が日本人であるIDEAL1試験の結果は特
に重要であるが,IDEAL1試験において,イレッサは日本人に対して
高い有効性を示した。
したがって,イレッサには承認時から非小細胞肺がんに対して有効性が
あったといえる。
(オ)原告らの主張に対する主な反論
a抗がん剤の奏功率の確認に用いられる基準について
旧ガイドライン(乙D7)では,期待有効率以上の効果がなければ
有用な抗悪性腫瘍薬としては認められないことになるとされ,期待有効
率は一般的に部分奏功(PR)以上が20%以上を目標とされるが,腫
瘍の種類,対象となる患者によっては異なることもあり得るので,その
場合はその設定根拠を明らかにすることが定められている。
旧ガイドラインは,がん種や対象患者を問わず抗がん剤が承認される
ためには試験で20%以上の奏効率が認められなければならないと定め
ているのではなく,承認に必要な奏効率は腫瘍の種類や対象患者によっ
て異なることを明らかにしているのである。
イレッサ承認後に我が国で承認された非小細胞肺がん抗がん剤の奏効
率(アリムタ:18.5%,タルセバ:28.3%)と比較しても,非
小細胞肺がんの抗がん剤として承認されるためには20%の奏功率が必
要であるというのは非現実的で理由がない。
bドセタキセル試験(Shepherd試験等)との比較
(a)過去の臨床試験結果と比較する場合には,単純比較により誤った結
論を導く可能性があるとはいえ,過去の臨床試験結果と比較検討は一
切行うべきでないとはいえない。
治験薬に関する第Ⅱ相試験の結果を過去の臨床試験結果と比較する
ことは,第Ⅲ相試験のような厳密な比較ではないため,注意して評価
する必要があるが,第Ⅱ相試験では比較対照群がないため,過去の臨
床試験結果と比較して検討する必要がある。
(b)ドセタキセル試験におけるドセタキセルの奏効率が他の臨床試験に
おけるドセタキセルの奏効率と比較して低いものだったとしても,
Shepherdの論文(丙H22[枝番号2])によれば,「プラチナ製剤
で治療した非小細胞肺がん患者を対象にドセタキセル単剤療法を検討
した7つの第Ⅱ相試験」「では,全体の奏効率は14∼24%であっ
た」とされており,IDEAL1試験の日本人患者を対象にした奏効
率27.5%はドセタキセルの7つの第Ⅱ相試験をいずれも上回って
いる。
(c)第Ⅲ相試験であるV1532試験では,イレッサの奏効率は,ID
EAL1試験の日本人の奏効率と同じく20%を超え,ドセタキセル
の奏功率を上回るものであり,V1532試験の結果はIDEAL1
試験の結果の信頼性を一層裏付けるものといえる。
c既存の承認薬剤との比較
原告らが挙げる試験における奏効率(前記原告らの主張ア(ア)d)
は,症例数が少なく信頼性がない上,患者背景など詳しい情報が全くな
いため適切な比較検討の前提を欠く。
また,併用試験の結果を,イレッサ単剤の試験であるIDEAL1試
験の結果と比較するのは不当である。IDEAL1試験におけるイレッ
サの日本人患者に対する奏効率は,既存の承認薬剤の単剤の試験結果を
上回っていた。
よって,イレッサの奏効率が既存の承認薬剤の奏効率と比べて高いと
はいえないという原告らの主張には理由がない。
dIDEAL各試験の生存期間中央値の評価
第Ⅱ相試験には比較対照群がないことから,他の試験の結果と比較し
て当該第Ⅱ相試験の結果を検討・評価することが必要であり,他の試験
との比較検討には一定の価値があることから,対照群がないことを理由
に生存期間について評価できないとまではいえない。
また,被告会社は,IDEAL各試験の評価するにあたり,副次的評
価項目である生存期間中央値の結果だけをもってイレッサに延命効果が
あると主張しているものではない。非小細胞肺がんの有効性の評価にあ
たっては,主要評価項目が最も重要であるが,その他の副次的評価項目
を併せ考慮することによって,有効性について適正に評価することが可
能となる。IDEAL各試験においてイレッサは,抗がん剤の効果が得
られにくいセカンドライン以降の非小細胞肺がん患者に対し,信頼性の
ある延命効果の代替評価項目としての奏効率について高い結果を示し,
特に日本人の患者に対しては,単剤で27.5%という高い奏効率を示
したことや,高い症状改善率やQOL改善率が得られたことなども考慮
して,イレッサには延命効果があると考えられるのである。
イイレッサ承認後のイレッサの有効性評価
(ア)第Ⅲ相試験の評価方法
第Ⅲ相試験の結果は,投与方法,比較対象及び対象患者などの試験デザ
インに即して検討し評価する必要がある。
非小細胞肺がんは化学療法が効きにくいがんであり,延命効果が統計学
的に証明された抗がん剤はほとんどなく,非小細胞肺がん抗がん剤の延命
効果(全生存期間や無増悪生存期間)を統計学的に証明することは容易で
はないから,ある臨床試験で延命効果の証明に至らなかったとしても,直
ちに当該抗がん剤には延命効果がないと判断すべきではない。複数の臨床
試験結果を総合的に検討し,延命効果だけでなく,奏効率やQOLなどの
他の評価項目も併せて検討する必要がある。
(イ)第Ⅲ相試験の評価
a被告会社が実施した第Ⅲ相試験
(a)V1532試験及びINTEREST試験
ⅰ両試験の結果に関する評価
INTEREST試験では,主要評価項目の全生存期間について
は,イレッサのドセタキセルに対する非劣性が統計学的に証明され
た。また,副次的評価項目である無増悪生存期間,奏効率,QOL
改善率及び症状改善率についても,イレッサはドセタキセルと同等
ないし同等以上の結果を示した。したがって,INTEREST試
験によって,主要評価項目を含めて,イレッサのドセタキセルに対
する非劣性が証明されたのである。
これに対して,V1532試験では,主要評価項目の全生存期間
については,イレッサのドセタキセルに対する非劣性が統計学的に
は証明されなかった。副次的評価項目については,奏効率,QOL
改善率及び治療成功期間ではイレッサがドセタキセルを有意に上回
っており,無増悪生存期間,病勢コントロール率及び症状改善率に
ついても,イレッサとドセタキセルとの間に差がないという結果で
あった。すなわち,副次的評価項目では全ての評価項目についてイ
レッサはドセタキセルと同等以上であったが,主要評価項目の全生
存期間についてはイレッサのドセタキセルに対する非劣性が統計学
的には証明されなかったのである。
ⅱ両試験の全生存期間の結果が異なった原因
(ⅰ)後治療の不均衡
全生存期間は,割付時から患者が死亡するまでの期間を測定す
るため,全生存期間は割付後に行われた全ての治療の影響を受け
ることになる。被験薬群に割り付けられた患者に対し後治療とし
て対照薬を用いたり,反対に,対照薬群に割り付けられた患者に
対し後治療として被験薬を用いることもあり(クロスオーバ
ー),クロスオーバーが多いと,例えば被験薬群についていえ
ば,被験薬群の結果は被験薬の効果なのか対照薬の効果なのか判
別できず,評価が難しくなる。
V1532試験では,イレッサ群の患者のうち後治療としてド
セタキセルを投与された患者の割合は約36%であったのに対し
て,ドセタキセル群の患者のうち後治療としてイレッサを投与さ
れた患者の割合は約53%であり,後治療に明らかな不均衡が生
じていたのである。これに対し,INTEREST試験では,イ
レッサ群の患者のうち後治療としてドセタキセルを投与された患
者の割合は約31%であったのに対して,ドセタキセル群の患者
のうち後治療としてイレッサ(EGFRチロシンキナーゼ阻害剤
のタルセバを含む。)を投与された患者の割合は約36%であ
り,両群で後治療の均衡がとれていた。
以上のように,V1532試験では両群の後治療の不均衡のた
めに,各群の結果が対照薬の効果を正しく反映しているとはいい
がたく,全生存期間の評価は難しいものとなっている。これに対
して,INTEREST試験では,両群の後治療の均衡が取れて
おり,各群の結果は対照薬の効果を正しく反映していると考えら
れ,その結果,全生存期間についてイレッサのドセタキセルに対
する非劣性が証明されたのである。したがって,全生存期間につ
いて,V1532試験とINTEREST試験で結果が異なった
主な原因には,V1532試験における両群の後治療の不均衡が
考えられる。
(ⅱ)症例数の差異
臨床試験における統計学的な検出力は,臨床試験の症例数が多い
ほど高まり,統計学的な証明が達成されやすくなる。
V1532試験の症例数は490例(各群245例)であったの
に対し,INTEREST試験の症例数は約3倍の1466例(各
群733例)であった。
上記のとおり,両試験では症例数が大きく異なりることから,統
計学的な検出力の差があったのであるから,これが両試験の結果に
影響したと考えられる。
ⅲV1532試験とINTEREST試験の結果を併せて評価す
るべきであること
V1532試験とINTEREST試験はいずれもイレッサのドセ
タキセルに対する非劣性の証明を目的とする点で同じデザインの試験
である。
V1532試験は日本人を,INTEREST試験は外国人を対象
にした試験であるが,症例数はINTEREST試験がV1532試
験の約3倍あり,INTEREST試験の方が統計学上の検出力が優
れており,かつ,全生存期間の結果に影響を与える後治療について,
INTEREST試験では均衡がとれていたのに対し,V1532試
験では不均衡が生じていたのである。
以上によれば,我が国におけるイレッサの有効性を判断する上でV
1532試験の結果のみを検討しINTEREST試験を考慮しなく
てよいということにはならず,V1532試験とINTEREST試
験の結果を併せて検討すべきであるといえる。
なお,原告らの指摘するV1532試験とINTEREST試験で
使用したドセタキセルの用量の差異は,推奨投与量が,欧米では75
mg/㎡とされているのに対し,日本では60mg/㎡とされていることに
よるものであるから,INTEREST試験の結果の信頼性に影響す
るものではない。
(b)ISEL試験
ⅰISEL試験の結果に関する評価
(ⅰ)全患者を対象とした試験結果
全患者(セカンドライン又はサードラインの非小細胞肺がん
患者)を対象にした試験結果では,実施計画書で定められた主
要解析法(ログランク(LogRank)検定)によれば,イレッサ
が,プラセボに対し,全生存期間の延長を統計学的な有意差を
もって証明することができなかった。
しかし,全患者を対象にした試験結果では,全生存期間は,
イレッサ群の生存曲線がプラセボ群よりも上にあること,生存
期間中央値及び1年生存率ともにイレッサ群の方が上回ってい
ること,P値は0.087であり有意差を示す0.05に近い
こと,ハザード比は0.89でありイレッサ群の方がプラセボ
群よりも死亡の危険性が11%少ないこと,実施計画書で補助
的解析法とされたコックス(Cox)回帰分析によって解析した
結果ではP値が0.02となり有意差を示した(有意水準0.
05)ことに鑑みれば,イレッサの全生存期間の延長の傾向を
示すものと評価される。
また,副次的評価項目は,奏効率,治療変更までの期間,症
状改善率では,いずれもイレッサ群が統計学的有意差をもって
プラセボ群を上回り,QOL改善率は,わずかに統計学的有意
差には及ばなかったが(P値=0.068),イレッサ群の方
が優れているという結果であった。
なお,前記(1)被告会社の主張イのとおり,第Ⅲ相試験で全
生存期間の延長が統計学的に証明されなければ当該抗がん剤に
は延命効果がないということにはならず,全生存期間ではイレ
ッサの延命効果の傾向を示し,副次的評価項目ではイレッサの
方が優れた結果を出しており,サブグループ解析(後記(ⅱ))
やタルセバ(タルセバは,イレッサと同様にEGFRチロシン
キナーゼ阻害剤である。一般名はエルロチニブという。)の第
Ⅲ相試験(BR.21試験(別紙26【タルセバ試験概要・結
果】参照))の結果なども併せ考慮すれば,イレッサには延命
効果がないとはいえない。
(ⅱ)東洋人群を対象とした試験結果
全患者のうち東洋人患者342例を対象に行われたサブグル
ープ解析(以下「東洋人サブグループ解析」という。)の結
果,ログランク検定及びコックス回帰分析のいずれの解析方法
によっても,主要評価項目の全生存期間では,イレッサ群はプ
ラセボ群を統計学的に有意に上回った(層調整ログランク検
定:P値=0.046,ログランク検定:P値=0.012,
コックス回帰分析:P値=0.010)。東洋人サブグループ
解析の結果は,東洋人に対して,イレッサが有意な生存期間の
延長を示すことを強く示唆する結果といえる。
また,副次的評価項目である奏効率,治療変更までの期間,
症状改善率では,いずれもイレッサ群がプラセボ群を有意に上
回っており,QOL改善率は,有意差ではなかったものの,イ
レッサ群が上回っていた。
ⅱ東洋人サブグループ解析
(ⅰ)サブグループ解析の結果は有効性の判断資料となり得ること
サブグループ解析とは,ある臨床試験の対象患者の一部の集
団について取り出して解析することをいう。サブグループ解析
で肯定的なデータが得られた場合は,通常,当該集団を対象に
比較臨床試験を行うと肯定的なデータが得られることが示唆さ
れるというものである。
そのため,サブグループ解析の結果は,主要な解析方法に基
づく結果とともに,医薬品の有効性及び安全性の検討において
重要な情報であるというべきである。ただし,サブグループ解
析の結果は,これを全患者を対象に行った場合の解析結果と同
等には評価できないため,サブグループ解析の結果の評価は慎
重に行わなければならない。
なお,ISEL試験では,人種別のサブグループ解析の実施
は試験開始当初から試験計画に含まれていたものである(丙K
3[枝番号3]〔5頁2番目の「☆スライド」4行目ないし6
行目〕)から,後付けの解析方法ではない。
(ⅱ)東洋人サブグループ解析の結果の証拠価値
イレッサが東洋人に対して効果が高い理由は現在では明らか
になっており,東洋人サブグループ解析の結果でたまたま有意
差が検出されたものではない。現在,イレッサはEGFR遺伝
子変異のある非小細胞肺がん患者に対して特に効果が高いこと
が明らかとされているが,EGFR遺伝子変異の発現する割合
は,西洋人よりも日本人を中心とする東洋人(アジア人)の方
が高いことが明らかとなっているのである(ただし,上記知見
は,ISEL試験の計画より後の平成16年4月に世界で初め
て明らかとなった。)。
また,東洋人サブグループ解析の結果によって示された東洋
人に対するイレッサの有効性は,平成20年9月に結果が公表
されたIPASS試験によって証明された。すなわち,IPA
SS試験は東洋人の非小細胞肺がん患者を対象にした第Ⅲ相試
験であるが,IPASS試験の結果,イレッサは東洋人に対し
てファーストラインの標準的化学療法に優る有効性が統計学的
に証明されたのである。
以上のように,東洋人サブグループ解析の結果は,イレッサ
の効果予測因子であるEGFR遺伝子変異が東洋人に対して高
頻度で発現しているという知見と整合し,後にIPASS試験
により結果の正当性が証明されたのであるから,東洋人サブグ
ループ解析は信頼性のあるデータであるというべきである。
(ⅲ)ISEL試験の東洋人には日本人が含まれておらず,日本人
に対するイレッサの有効性を示すものではないとの原告らの主
張に対する反論
イレッサは,EGFR遺伝子変異のある患者に対して特に効
果が高いとされており,EGFR遺伝子変異は西洋人よりも東
洋人において高頻度で発現していることが現在では明らかとな
っている。上記知見によれば,東洋人サブグループ解析の結果
は,EGFR遺伝子変異の発現頻度が東洋人では高いためにイ
レッサが高い有効性を示したものと評価することができる。
そうすると,東洋人サブグループ解析の結果に基づいて,E
GFR遺伝子変異の発現頻度が高いとされる日本人に対しても
イレッサは高い有効性を示すと推認することは,科学的に合理
的である。また,IPASS試験では日本人に対する有効性が
証明されており,上記結論を裏付けるものである。
(ⅳ)東洋人サブグループ解析には患者の重要な背景因子の不均衡
があり,結果の信用性が低いとの原告らの主張に対する反論
原告らが指摘する「東洋人非喫煙者と喫煙者とのプラセボ群
同士で生存期間中央値」が違う点については,原告らは患者の
背景因子に差があったことを指摘するのみで,上記違いが結果
にいかなる影響を与え,これにより東洋人サブグループ解析の
結果が信頼性を欠くことになるのか,全く説明がない。
加えて,原告らが主張する「診断からランダム化までの期
間」の偏りとは,東洋人全体ではなく東洋人の非喫煙者に関す
るものである。そして,東洋人全体で見た場合には,「診断か
らランダム化までの期間」は両群で均衡がとれている(イレッ
サ群35%,プラセボ群30%)。
したがって,原告らが主張する東洋人サブグループの患者の
背景因子の不均衡はく,仮に原告らの主張するように東洋人サ
ブグループの背景因子について一部差があったとしても,これ
らは東洋人サブグループ解析結果全体に影響を与えるものでは
ない。
(c)IPASS試験
ⅰIPASS試験の結果に関する評価
IPASS試験の主要評価項目である無増悪生存期間では,無
増悪生存期間中央値は,カルボプラチンとパクリタキセルの併用
療法群(併用療法群)が5.8か月,イレッサ群が5.7か月で
ありほとんど差がなかった。これに対し,12か月無増悪生存率
は,化学療法群が6.7%,イレッサ群は24.9%であった
が,これは,割付日から12か月経過後もがんが増悪せず生存で
きた患者の割合がイレッサ群において約4倍も多かったことを示
している。上記結果は,イレッサの高い抗腫瘍効果と延命効果を
示すものといえる。IPASS試験はイレッサの上記併用療法に
対する非劣性を証明することを目的としていたが,同時に優位性
をも確認できるデザインになっていたところ,イレッサは非劣性
のみならず,優位性をも統計学的に証明したのである。
また,すべて副次的評価項目では,イレッサは,上記併用療法
と同等以上の結果を示した。すなわち,全生存期間(早期解析
(中間解析))及び症状改善率では両群に差はなく,奏効率及び
QOL改善率ではイレッサが有意に優れているという結果であっ
た。
以上より,IPASS試験は,ファーストライン治療における
非小細胞肺がんの化学療法の中で最も効果が高い治療法とされて
いるカルボプラチンとパクリタキセルの併用療法に対して,イレ
ッサが単剤でこれを上回ったというものであるから,イレッサの
有効性を証明するものに他ならない。さらに,イレッサは,各試
験結果や承認後の臨床現場における投与経験などから,腺がん患
者や非喫煙者に対して特に効果が高いと考えられており,IPA
SS試験によって統計学的に証明された。
ⅱEGFR遺伝子変異のある患者を対象とした結果に関する評価
全患者を対象にした場合の無増悪生存期間のハザード比は0.
74であり,EGFR遺伝子変異のある患者を対象にした場合の
ハザード比は0.48であった。上記結果は,全患者を対象にし
た場合には,イレッサ群の方が化学療法群よりも肺がんによる死
亡ないし肺がん増悪の危険が26%減少するのに対し,EGFR
遺伝子変異のある患者を対象にした場合には,上記危険が52%
(全患者を対象とした場合の2倍)減少することを意味してい
る。
IPASS試験におけるEGFR遺伝子変異のある患者に対す
るイレッサ群の奏効率は71.2%であった。上記奏功率は,最
も効果が高いとされるファーストラインの2剤併用療法の奏効率
(約30%ないし40%)の約2倍であり,EGFR遺伝子変異
のある患者に対するイレッサの高い有効性を強く推認させるもの
である。
ⅲIPASS試験の全生存期間について
IPASS試験は標準的化学療法を比較対照群とする非劣性試
験であり,有効性の確立したファーストラインの標準的化学療法
であるカルボプラチンとパクリタキセルの併用療法に対して非劣
性が証明されれば,イレッサの有効性が証明されたと解すること
ができるのである。
したがって,全生存期間では,イレッサ群と併用療法群とは
「同様の傾向」が見られたことからすると(厳密には生存期間中
央値はイレッサ群が1.3か月上回っていた),イレッサは上記
併用療法に対して非劣性であるというべきである。
ⅳ承認条件や対象患者との関係について
(ⅰ)IPASS試験が「承認条件」の試験であるか否かは,イレ
ッサの有効性の有無の判断とは関係がない。したがって,仮に
原告らが,IPASS試験はイレッサの「承認条件」の試験で
はないから,IPASS試験の結果をもってイレッサの有効性
を判断してはならないと主張するのであれば,主張自体失当で
ある。
(ⅱ)IPASS試験は日本人のみを対象とした試験ではない。
しかし,イレッサはEGFR遺伝子変異のある患者に対して
高い効果を示すところ,EGFR遺伝子変異は日本人を中心と
した東洋人に多く発現することが明らかとなっている。よっ
て,効果予測因子であるEGFR遺伝子変異を有する東洋人を
対象にした臨床試験でイレッサの高い有効性が示されたとする
と,その結果は同じ効果予測因子を有する日本人に対しても妥
当すると考えるのが合理的である。
(ⅲ)IPASS試験の対象患者の範囲は,以下のとおり,相当に
狭いとはいえない。
腺がんは我が国で最も発症頻度が高く,男性の肺がんの4
0%,女性の肺がんの70%以上を占め,非小細胞肺がんの中
では最も多いがん種である。また,非小細胞肺がん患者の中に
は一定割合で非喫煙者及び軽喫煙者が含まれている。
また,非小細胞肺がんの第Ⅲ相試験では,ファーストライン
の患者やセカンドライン又はサードラインの患者といったよう
に,ラインごとに患者を選択するのが通常であり,ファースト
ラインの患者を対象にしたことをもって「患者範囲が狭くなっ
ている」という主張は失当である(なお,セカンドライン以降
のイレッサの有効性は,V1532試験とINTEREST試
験によって統計学的に証明されている。)。
(d)INTACT各試験
INTACT各試験の結果は,イレッサを3剤併用療法で用いた場
合に,2剤併用療法に対する上乗せ効果が証明されなかったというも
のであり,イレッサ単剤の有効性が否定されたものではない。
上記結論は,非小細胞肺がん抗がん剤において,3剤併用療法によ
る上乗せ効果を証明した抗がん剤がほとんどないこと,イレッサの類
薬であるタルセバ単剤の有効性が認められているが,タルセバで行わ
れたINTACT各試験と同じデザインの試験でもINTACT各試
験と同様の結果が得られたことなどからも裏付けられる。
b被告会社以外の研究グループなどが実施した第Ⅲ相試験
(a)NEJ002試験
NEJ002試験の主要評価項目である無増悪生存期間で,イレ
ッサはカルボプラチンとパクリタキセルの併用療法を統計学的に有
意に上回り,両群の差はイレッサ群の方が2倍も長かった(無増悪
生存期間中央値の最終解析結果:イレッサ群10.8か月,併用療
法群5.4か月)。
また,副次的評価項目では,全生存期間はイレッサ群(生存期間
中央値の最終解析結果:30.5か月,2年生存率61.4%)の
方が併用療法群(生存期間中央値の最終解析結果:23.6か月,
2年生存率46.7%)を上回っていたが,統計学的な有意差には
至らなかった。しかし,有意差に至らなかったとはいえ,イレッサ
が標準的化学療法である上記併用療法を上回っていたということ
は,EGFR遺伝子変異のある患者に対して,イレッサは延命効果
を有するものと示すものである。
奏効率(最終解析結果)は,併用療法群が30.7%,イレッサ
群が73.7%であり,イレッサ群の奏効率の方が2.5倍以上高
かった。
以上より,イレッサはEGFR遺伝子変異のある患者に対して延
命効果があることが証明され,IPASS試験等で示されたEGF
R遺伝子変異のある患者を対象にしたイレッサの有効性が改めて確
認されたというべきである。
(b)WJTOG0203試験
WJTOG0203試験の主要評価項目の全生存期間では,統計
学的な有意差には至らなかったが,イレッサ逐次投与群(生存期間
中央値:13.68か月)は2剤併用療法群(生存期間中央値:1
2.89か月)を上回った。
また,副次的評価項目では,無増悪生存期間はイレッサ逐次投与
群(無増悪生存期間中央値:4.6か月)が2剤併用療法群(無増
悪生存期間中央値:4.27か月)を有意に上回った。奏効率は有
意差ではなかったがイレッサ逐次投与群(34.2%)が2剤併用
療法群(29.3%)を上回った。
実地臨床の経験などから特にイレッサの効果が高いと考えられて
きた腺がんの患者467例を対象にしたサブグループ解析では,主
要評価項目である全生存期間は,イレッサ逐次投与群(生存期間中
央値:15.42か月)が2剤併用療法(生存期間中央値14.3
3か月)を有意差をもって上回った(P値=0.03)。
以上より,イレッサによる逐次療法は,患者全体を対象にした場
合に有効性が示唆され,腺がん患者を対象にした場合には有効性が
明確に示された。
(c)SWOG0023試験
SWOG0023試験におけるイレッサの投与方法は,2剤併用
療法と放射線療法を同時に行い(放射線併用化学療法),これに引
き続いてドセタキセルを強化療法として投与し,その後にイレッサ
を維持療法として投与するものである。しかし,強化療法や維持療
法という投与方法自体,非小細胞肺がんの化学療法の分野では一般
的に行われている投与方法ではなく,イレッサについても同様であ
る。特殊な方法で投与した場合に有効性が認められなかったとして
も,他の方法では有効性が認められることはあり得る。
また,SWOG0023試験は,放射線併用化学療法を行い,そ
の後これに引き続いてドセタキセルを強化療法として投与した患者
をランダム化するという点で,非常に限定された特殊な患者を対象
にイレッサを投与した試験であったといえる。
したがって,SWOG0023試験の結果からは,SWOG00
23試験による投与方法でイレッサを投与することは差し控えるべ
きであるとはいえるが,当該結果をもってイレッサの一般的な有効
性を評価することはできない。
(d)まとめ
イレッサは,承認後,複数の研究グループによって第Ⅲ相試験が
実施されてきた。承認後の臨床試験は,より有効かつ安全にイレッ
サを投与できるようにするために実施されたものである。承認後に
臨床試験を通じて検討が行われていること自体,非小細胞肺がんの
治療分野の医師や研究者らの間で,イレッサは非小細胞肺がんに対
して有効な抗がん剤であると認められているからに他ならない。
NEJ002試験及びWJTOG0203試験の結果,イレッサ
はEGFR遺伝子変異のある患者に対して特に高い効果を有するこ
とが統計学的に証明され,ファーストラインの患者に対して,2剤
併用療法に続いてイレッサを逐次投与することにより,2剤併用療
法で治療し続けるよりも高い効果が得られることが示されたのであ
る。
(ウ)EGFR遺伝子変異とイレッサの有効性
イレッサがEGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺がんに対して特に効
果が高いという知見は,現在ではすでに確立したものとなっている。
現に,実際の肺がん治療の現場では,イレッサの投与を検討する患者に対
してEGFR遺伝子変異の検査が広く行われており,検査は保険適用がされ
ており,イレッサの投与を検討するほぼ全ての患者に対してEGFR遺伝子
変異の検査を行っている医療機関もある。
もっとも,EGFR遺伝子変異のない患者に対しても,イレッサは約1
0%の奏効率を有するため,EGFR遺伝子変異のある患者のみならず,
EGFR遺伝子変異のない患者に対してもイレッサの有効性はあるという
べきである。
(エ)個別症例
個別症例は,単独では医薬品の有効性及び安全性判断における証拠価
値が低いものではあるが,新たな知見の発見の契機や,新たな臨床試験
を計画するときの手がかりとなるなど有益な場合がある。
臨床試験と個別症例との証拠価値の違いを踏まえた上で,イレッサの
臨床試験結果や各種研究報告について評価するべきである。
(オ)イレッサ承認後におけるイレッサの有効性評価のまとめ
以上のとおり,イレッサは,第Ⅱ相試験や第Ⅲ相試験等において,全
生存期間,無増悪生存期間,腫瘍縮小効果,症状改善率,QOLなどの
各種有効性の指標で,延長や改善などの積極的評価が得られており,現
在における非小細胞肺がんの化学療法に不可欠の有効性の高い抗がん剤
であるというべきである。
(被告国の主張)
ア平成14年7月承認時の有効性評価
(ア)平成14年7月当時における手術不能又は再発非小細胞肺がんに対す
る化学療法に関する知見
a平成14年7月までの非小細胞肺がんに対する化学療法の研究
1980年代から,シスプラチンやカルボプラチン(プラチナ製
剤),ビンデシンやエトポシドなどの抗がん剤(旧抗がん剤)が登場
し,1990年代には,イリノテカン,ドセタキセル,パクリタキセ
ル,ビノレルビンやゲムシタビンなどの抗がん剤(新規抗がん剤)が
登場した。1990年代後半からは,ファーストライン治療無効又は
再発した非小細胞肺がん患者に対するセカンドライン治療としての化
学療法についても,多くの検討が行われるようになった。
上記の発展を経て,平成14年7月当時,手術不能又は再発非小細
胞肺がんのファーストライン治療における標準的治療法をプラチナ製
剤と新規抗がん剤の2剤併用療法とするということには国際的なコン
センサスが得られていた。もっとも,標準的治療法による治療成績
は,試験によって異なるものの,奏効率が概ね30%ないし40%程
度であって,その他の症例には無効であり,また,標準的治療法が奏
効しても,多くの場合には再発し,生存期間中央値は8ないし10か
月,1年生存率は30ないし40%にとどまっていた。
また,再発例やセカンドラインではドセタキセルが標準的治療薬と
位置づけられていたが,ドセタキセルの奏効率は概ね10%に満たな
い程度で,生存期間中央値は7.5か月,1年生存率は37%程度に
とどまっていた。
b治療成績に限界をもたらす種々の要因に関する知見
新規抗がん剤の登場を受けた1990年代の多くの臨床研究は,次
の(a)及び(b)の諸要因を踏まえ,可能な限り治療成績を向上させるこ
とを目的とした努力と位置づけられるが,平成14年7月当時は,客
観的にみて,治療成績向上の努力がもはや限界に到達してなお十分治
療ができない状況にあった。
(a)効果面からみた要因
ⅰ治療域が狭いこと(作用機序の問題)
平成14年7月当時,非小細胞肺がんの標準的治療法に用いら
れていた抗がん剤は,殺細胞性抗がん剤であった。
しかし,殺細胞性抗がん剤は,正常細胞とがん細胞に対して同
時に非選択的に作用するという性質を有するため,治療域が極め
て狭く,場合によっては逆転することがあって副作用の許容範囲
内で十分な抗腫瘍効果を示す投与量を設定することは困難であ
る。
ⅱ効果が不確実であること(病態の個体差の問題)
がんにおける遺伝子変異は症例ごとに非常に多様なものであっ
て,治療への反応も症例ごとに異なる。特に,非小細胞肺がんの
場合は,がん細胞が不均一であることが大きな特徴であり,抗が
ん剤に対する感受性が低い。
したがって,抗がん剤が当該患者に効くか否かは,投与してみ
ないと明らかにならない。
ⅲ効果が持続しないこと(薬剤耐性の問題)
抗がん剤の効果は薬剤耐性があり,化学療法は,ファーストラ
インからセカンドライン,サードラインと治療を重ねるにつれ,
効果を得られにくくなる。
特に,セカンドライン治療の唯一の標準的治療薬であったドセ
タキセルは,ファーストライン治療の標準的治療薬の1つでもあ
ったため,ファーストラインでドセタキセルに耐性が生じた患者
については,セカンドラインでの標準的治療法による治療を受け
られないという状況にあった。
(b)副作用からみた要因
ⅰ重篤かつ多彩で予測困難な副作用を避けられないこと
殺細胞性抗がん剤は,治療域が狭く,一般に,治療域の中で最
大の効果を得るべく副作用の許容限界近くに投与量が設定される
ため,副作用を避けられない。特に,殺細胞性抗がん剤は,がん
細胞の細胞周期が速いことを利用して効果を発揮するところ,正
常細胞の中でも,非常に細胞周期が速いもの,例えば,白血球
(好中球),血小板や赤血球のような血液細胞,口や消化器など
の粘膜,毛髪には,副作用が強く出ることが多い。
殺細胞性抗がん剤の毒性による副作用は多種多様で,副作用の
出現や頻度は個人差が大きく,予測することが困難な場合がある
上,患者によっては極めて重篤で,致死的となりうる。
ⅱ致死的となりうる副作用があったこと
血液毒性は,ほぼすべての抗がん剤に共通して発生し,かつ発
生頻度が高い上に重篤化しやすいため,注意を要する副作用とし
て挙げられる。
血液毒性により,白血球(中でも好中球)が減少すると,感染
症を合併する危険性が高まり,また感染した場合に重症になりや
すい。特に,菌が血管に入って全身に広がる敗血症は,致命的に
なりやすいとされている。
また,間質性肺炎も,多くの抗がん剤にみられ,致死的となる
ことのある抗がん剤の副作用と考えられている。
ⅲ全身状態の悪い場合など投与できない患者が多いこと
患者の全身状態が不良(PS3,4)又は患者が高齢者である
場合は,殺細胞性抗がん剤による化学療法を行うべきではないと
考えられていた。
非小細胞肺がんは,70歳以上の高齢者での発症が多く,多彩
な症状により全身状態が不良な患者が多いなどの事情により,抗
がん剤の投与ができない患者も多かった。
ⅳ投与開始後にも投与量の減量や治療の中断を要する場合がある
こと
抗がん剤の投与を開始した場合,副作用が生じれば,抗がん剤
の投与量を減量する必要が生じ,重篤になれば,治療を中断せざ
るを得ない場合がある。特に,血液毒性や間質性肺炎などの肺毒
性は治療の中断等が必要である。
しかし,治療の中断等をすると,がんの進行をもたらすことが
多く,抗がん剤の効果が期待できなくなる。
(イ)EGFR阻害作用というイレッサの作用機序に対する評価
殺細胞性抗がん剤は,正常細胞とがん細胞に対して同時に非選択的に
作用するという性質を有するのに対して,EGFR阻害作用などを示す
分子標的治療薬は,がん細胞で特に目立った働きをする分子を標的とす
るため,殺細胞性抗がん剤に比べて,がん細胞への選択性,特異性が高
く,正常細胞への作用が少ないと考えられた。
したがって,非小細胞肺がんに対する化学療法の効果が頭打ちの状況
の下で,イレッサは,平成14年7月当時の非小細胞肺がんの化学療法
の臨床現場に期待されていたものといえる。殺細胞性抗がん剤とは別の
作用機序の化学療法に対する期待感が高まっており,分子標的治療薬
は,上記期待に応える可能性の高い治療方法であった。
(ウ)臨床試験(治験)によって得られた知見
a国内第Ⅰ相試験(V1511試験)
一般に抗がん剤には薬剤耐性があり,化学療法は,ファーストライ
ンからセカンドライン,サードラインと治療を重ねるにつれ,効果が
得られにくくなる。抗がん剤の第Ⅰ相試験は,がん患者を対象に行わ
れるが,被験薬を初めてヒトに投与する試験であり,治療効果や副作
用の危険性がヒトでは確認されていない段階であることから,参加す
る患者は,既存の治療法では治療できないがん患者であるのが通常で
ある。V1511試験の対象患者は,当該がん腫の標準的治療法で効
果がない患者又は他に適切な治療方法がない患者と定められていた。
V1511試験は,上記患者を対象とした臨床試験であったにもか
かわらず,非小細胞肺がん患者23例中5例で部分奏功(PR)を示
し,うち3例では1年半近く抗腫瘍効果が持続した。ただし,EGF
Rは腺がんよりも扁平上皮がんでの発現量が多いのに,腫瘍縮小効果
を示した上記5例はいずれも腺がんであったことから,イレッサの抗
腫瘍効果の作用機序はEGFRの発現量のみでは説明がつかないよう
に思われ,今後の研究に興味が持たれる状況にあった。
なお,世界で行われた他の4つの第Ⅰ相試験全体でも,既治療の非
小細胞肺がん100症例中10例において明らかな腫瘍縮小効果が認
められた。
b第Ⅱ相試験(1839IL/0016試験[IDEAL1試験])
平成14年(2002年)7月当時,セカンドラインで唯一延命効
果を示してセカンドライン治療の標準的治療薬とされていたドセタキ
セルの奏効率(セカンドラインでの奏功率)は10%程度であったこ
とに鑑みると,IDEAL1試験において,日本人症例で27.
5%,全症例で18.7%というイレッサの奏効率は非常に高いもの
であり,当時の知見において,十分合理的に延命効果を予測させるも
のであった。
米国でイレッサが承認された際の根拠となった奏効率は10%程度
であったこと(IDEAL1試験における外国人群の奏効率等)から
も,上記奏効率が承認に十分な数字であったといえる。
また,平成14年(2002年)7月当時,セカンドライン治療に
おけるドセタキセルの生存期間中央値が7.5か月,1年生存率が3
7%程度であったことからすれば,非小細胞肺がんについてイレッサ
の13.8か月という生存期間中央値や,57%という1年生存率も
高い値を示しており,上記奏功率と総合し,生存期間を延長する可能
性が十分にあることを示す結果であったといえる。
なお,QOLや症状の改善も,客観的評価は難しいという問題はあ
るものの,イレッサの承認前の効果を示す一例ということはできる。
症状の改善が,延命につながる可能性があるということも指摘でき
る。
(エ)非小細胞肺がんのセカンドライン治療の奏功率に関する原告らの主張
に対する反論
原告らは,イレッサの承認当時報告されていた,非小細胞肺がんのセ
カンドラインの奏効率を調べた複数の臨床試験(甲H48∼52)を挙
げて,イレッサの国内の奏効率がずば抜けていたとまではいえないなど
主張する。
1990年代後半から非小細胞肺がん患者に対するセカンドライン治
療としての化学療法について多くの検討が行われたが,イレッサが承認
された平成14年7月当時では,セカンドライン治療の標準的治療法と
してコンセンサスがあったのはドセタキセル単独療法のみであった。ド
セタキセル単独療法が,非小細胞肺がん患者に対するセカンドラインの
標準的治療法として位置付けられたのは,2つの第Ⅲ相試験(Shepherd
らの試験とFossellaらの試験)の結果によるものであったが,これら
の第Ⅲ相試験の結果では,奏効率が,5.5%(Shepherd試験)と1
0.8%(Fossella試験)にとどまっていた。これに対して,IDE
AL1試験におけるイレッサの奏効率は,日本人症例で27.5%,全
症例で18.7%であったから,非常に高いものであったということが
できる。
(オ)平成14年7月承認時の有効性評価のまとめ
以上のとおり,イレッサの適応症である手術不能又は再発非小細胞肺
がんは,予後不良で重篤な疾患であるところ,イレッサは,IDEAL
1試験等により顕著な抗腫瘍効果を示して,延命効果を推定させ,他方
で,代替治療法である既存の抗がん剤は限界の状態に達していたのであ
るから,イレッサには効能,効果が認められたというべきである。
イイレッサ承認後の事情からみる平成14年7月当時のイレッサの有効性
評価
(ア)イレッサ承認後の第Ⅲ相試験
a承認後の第Ⅲ相試験の有効性判断における位置付け
平成14年7月当時の知見の下での抗がん剤の有効性,有用性の評
価方法は,新しい抗がん剤が臨床使用に値するかを腫瘍縮小効果を中
心とする各種知見の総合評価によって判断し,その後の臨床使用の中
で第Ⅲ相試験により延命効果を確認し,その延命効果が確認されれば
標準的治療薬に組み入れるというものであった。上記方法に関する知
見は,腫瘍縮小効果から延命効果を十分合理的に予測し得るという医
学的,薬学的知見に基づいていた。したがって,承認後の第Ⅲ相試験
による延命効果の確認は,腫瘍縮小効果から推定された延命効果を裏
付けることになる。
臨床試験は,それぞれその目的が明確に記述され,その目的とする
情報を得るために,適切な試験デザインを選択して行われるため,第
Ⅲ相試験によって得られた結果は,当該試験の目的やデザインによっ
て射程に限界があり,かつ,常に明確な結論が得られるというわけで
もない。したがって,イレッサの市販後第Ⅲ相試験の結果を検討する
にあたっても,各試験ごとに,各試験のデザインや得られた結果の統
計学的解釈を前提に,慎重な解釈を必要とする。
bINTACT各試験
INTACT各試験は,イレッサの標準的化学療法に対する上乗せ
効果を検討する目的の試験であるから,INTACT各試験によっ
て,イレッサに全生存期間で統計学的な有意差が認められなかったと
しても,イレッサが単剤でも延命効果がないということにはならな
い。
殺細胞性抗がん剤でも,2剤併用の場合には生存期間を延長すると
いう結果が得られたものの,3剤併用の場合には生存期間を延長する
という結果が得られなかったものもある。作用機序を異にするイレッ
サも,3剤併用療法で統計学的有意差をもって生存期間を延長すると
いう結果が得られなかったとしても,イレッサ単剤の延命効果が直ち
にないとはいえないのである。
cISEL試験
ISEL試験は,全症例及び腺がん症例では,イレッサ群が全生存
期間につき統計学的有意差には至っていないものの,生存曲線等では
イレッサ群がプラセボ群を上回っていること,解析方法によっては有
意差があり得ることが示されていること,類薬の同デザインの試験の
結果などを総合的に考慮すれば,延命効果の傾向がある。
また,東洋人のサブグループ解析は,イレッサが東洋人の生存期間
を延長させることを示唆するものであり,実地臨床やEGFR遺伝子
変異の知見(後記(ウ))と合致するものである。
dSWOG0023試験
SWOG0023試験では,イレッサを強化療法や維持療法として
投与しているが,日本や海外の臨床現場での化学療法の投与方法とし
て一般的なものでなく,試験デザインとして疑問がある。したがっ
て,イレッサは,上記投与方法では生存に否定的な影響を与える可能
性があるものの,抗がん剤としての有効性,有用性を否定するもので
はない。INTACT各試験と同様,SWOG0023試験の結果か
ら,手術不能又は再発非小細胞肺がんに対するイレッサの延命効果が
否定されるものではない。
eV1532試験
V1532試験では,イレッサは,ドセタキセルに対して統計学的
に非劣性を証明できなかったが,症例数,生存曲線の形や後治療の影
響などにより,V1532試験の解釈は難しい。
V1532試験は,無治療群との比較臨床試験ではなく,非劣性試
験で有意差が示されなかったという結果は,イレッサがドセタキセル
に劣っているとも劣っていないともいえないということを意味するも
のである。
INTEREST試験では,V1532試験と同じ試験デザインで
あったが,イレッサの延命効果が統計学的に有意差をもって証明され
ていること等にも照らせば,V1532試験の結果のみから,イレッ
サの延命効果についての結論を出すことはできない。
fINTEREST試験
INTEREST試験では,全生存期間について,イレッサのドセ
タキセルに対する非劣性が統計学的に証明された。
また,INTEREST試験がV1532試験と同じ試験デザイン
であったにもかかわらず異なる結果となった理由は,症例数の違いや
後治療の違いなどによる可能性があり,INTEREST試験の結果
は日本人にも妥当するものである。
gIPASS試験
IPASS試験では,主要評価項目である無増悪生存期間におい
て,イレッサの併用療法に対する,非劣性のみならず,優位性が証明
された。無増悪生存期間では,治療初期の6か月間では併用療法群
が,その後の16か月間ではイレッサ群が良好であった。
なお,副次的評価項目の1つである全生存期間では,追跡調査中で
最終結論が得られていない状況にあるものの,両治療群間で同様であ
った(なお,全生存期間は後治療の影響を受けると考えられてい
る。)
hまとめ
種々の試験デザインによりイレッサの第Ⅲ相試験が行われたが,い
ずれもイレッサの単剤での延命効果を否定するものではなく,延命効
果を確認したもの(INTEREST試験)や日本人における臨床使
用における有効性を肯定することを示唆したもの(ISEL試験)が
ある。また,イレッサは標準的治療法に対して無増悪生存期間におい
て優位性を示した試験結果(IPASS試験)も報告されている。イ
レッサでは,平成14年7月当時に腫瘍縮小効果により延命効果を推
定したことが,現在なお合理性のあるものとして維持されている。
また,イレッサでは,前記bないしgの第Ⅲ相試験に加え,症例を
限定した臨床試験も行われており,現在,第Ⅱ相試験による延命効果
の推定を維持しつつ,実際に統計学的に有意差を示す延命効果につな
げる標準的治療法としての使い方を模索している状況にあるといえ
る。
以上のとおり,承認後の第Ⅲ相試験の結果をみても,イレッサで
は,平成14年7月当時,腫瘍縮小効果を中心とした各種知見の総合
評価によって有効性が認められた判断が適正かつ合理的であったとい
える。
(イ)個別症例
一般に,医師は,患者に医薬品を投与した際,当該患者にとって当該
医薬品が有効であったかを臨床的に評価する。個々の医師の臨床的評価
が集積されて医療現場にコンセンサスが形成されると,臨床的評価に関
する一つの知見が確立することになる。
医療においては,比較臨床試験だけが医薬品の有効性の科学的根拠と
なるわけではなく,種々の臨床研究の手法が証拠価値に応じて分類され
ており,症例報告も証拠価値が高いわけではないとしても,科学的根拠
の1つと認められている。
比較臨床試験はあくまで特定の条件下におけるものであるため,個別
の患者の治療の実際の経緯を示す臨床研究は症例報告等によるしかな
い。一般に,新規の治療法が,専門的研究者の間で有効性と安全性を是
認された後,知見が普及し浸透する過程は,医学雑誌への論文の掲載,
学会,研究会での発表によるところが大きいが,症例報告が果たす役割
も大きい。
イレッサは,承認後,実際の臨床現場で多くの症例に投与され,多く
の症例報告等によりその有効性,有用性が報告され,医師の臨床的評価
が固まってきたことにより,知見として確立したものである。これは,
承認当時の段階での少数の専門的研究者の間のコンセンサスが,広く臨
床現場のコンセンサスを得られる適正かつ合理的なものであったことを
裏付けるものである。
(ウ)イレッサの作用機序に関する知見の進展
aイレッサの作用機序に関する知見の位置付け
イレッサの作用機序は,現在まで多くの研究を通じて知見が進展
し,徐々に解明が進められている。平成14年7月の承認後における
イレッサの作用機序に関する知見の進展状況は,承認時以前における
知見の限界を裏付ける。
また,平成14年7月当時,イレッサの抗腫瘍効果とEGFR発現
量との不整合の原因は解明されていなかったが,今後の研究にゆだね
られこととして,上記の点をイレッサの有効性を認める妨げとしなか
った専門家のコンセンサスは,現在から振り返った場合にも適正かつ
合理的なものであったことを裏付ける。
bイレッサの作用機序に関する種々の研究と知見の進展
平成16年(2004年)春,肺がんの一部の症例にEGFR遺伝
子変異が発見された。
上記症例では,がん細胞の増殖を促進するシグナルが伝わりやす
く,イレッサの感受性が高いことから,EGFRチロシンキナーゼ阻
害剤の奏効が期待されると考えられた。
その後,多くの研究を通じて,EGFR遺伝子変異が,日本人,女
性,腺がん,非喫煙者に多いことが明らかになり,非小細胞肺がんの
報告例の検討では,EGFR遺伝子変異の有無とイレッサの奏効との
関連性は,約85%が一致していることが報告されるとともに,EG
FR遺伝子変異のない患者でも約10%の奏効率が得られることやE
GFR遺伝子変異があっても奏効しない患者があることも明らかにさ
れた。
以上の研究を踏まえて,現時点では,EGFR遺伝子変異のみに依
存してイレッサの投与の適応範囲を決めるべきではないと考えられて
いる。イレッサの効果予測因子は,非小細胞肺がんにおける遺伝子変
異の解明とともに,今なお分子生物学的な解明の途上にある。
c平成14年7月当時,抗腫瘍効果(腫瘍縮小効果)とEGFR発現
量との不整合が有効性を認める妨げにならないとしたコンセンサスが
適正かつ合理的であったこと
平成14年7月当時に観察された,イレッサの腫瘍縮小効果とEG
FR発現量との不整合の原因は,イレッサの作用機序にあったわけで
はなく,不整合の原因解明は当時の医学的,薬学的知見からみて限界
をはるかに超えるものであり,上記原因がEGFR遺伝子変異による
ことが判明した今日でも,なおイレッサの有効性を認める妨げにはな
っていないのである。
平成14年7月当時,抗腫瘍効果とEGFR発現量との不整合の問
題を承認後の研究にゆだねた当時のコンセンサスは,適正かつ合理的
であったといえる。
(エ)承認後の事情からみる平成14年7月当時のイレッサの有効性評価の
まとめ
以上のとおり,イレッサ承認後の医学的,薬学的知見の進展を踏まえ
たイレッサの有効性の実証からは,前記アのイレッサ承認時に得られて
いた知見が裏付けられる。
2イレッサの危険性(間質性肺炎の予後の重篤性と発症の危険性(発症頻度等))
について
(原告らの主張)
(1)安全性判断の基本原則
医薬品は,本来人体にとって異物である以上,有害作用を及ぼす危険性を
常に有する。したがって,医薬品に危険性の疑いがある場合には十全な対処
がなされなければならない。
医薬品の安全性が科学的に証明されるためには,医薬品の使用過程で生じ
た有害事象が医薬品の使用に基づくものであることの証明がなされる必要が
あるが,それでは医薬品と有害事象との因果関係が科学的に証明されるまで
の間,被害が拡大してしまう。
そこで,医薬品の安全性確保のためには,医薬品と有害事象の間の因果関
係が科学的に証明されるまでの間であっても,危険性に疑いが生じた段階で
十全な対処をする必要がある。
(2)平成14年7月承認時におけるイレッサによる間質性肺炎の予後の重篤性
と発症の危険性
ア間質性肺炎・急性肺障害の予後の重篤性
(ア)特発性間質性肺炎における急性間質性肺炎等の予後の重篤性
ATS(米国胸部学会)/ERS(欧州呼吸器学会)は平成10年
(1998年)ころから平成14年(2002年)までの間に知見を集
積し,平成11年(1999年)にサルコイドーシスのガイドライン
を,平成12年(2000年)2月にIPF特発性肺線維症のガイドラ
インを,平成14年(2002年)6月にIIP特発性間質性肺炎のガ
イドラインを整理し,上記ガイドラインの骨格は1990年代半ばには
既に確立されており,基礎となる文献は日本国内に紹介されていた。
そうすると,イレッサ承認当時には,特発性間質性肺炎に関する病型
分類は既に確立されており,病型分類からその予後などが判断される状
況にあったといえ,間質性肺炎発症例には予後不良例があり,特発性間
質性肺炎の中では特に急性間質性肺炎(AIP)又は特発性間質性肺炎
(IIP)の急性増悪症例,すなわち病理像としてびまん性肺胞障害
(DAD)をとるものは予後不良となるという医学的知見が存在してい
たというべきである。
(イ)薬剤性間質性肺炎における急性間質性肺炎等の予後の重篤性
薬剤を原因とする薬剤性間質性肺炎は,特発性間質性肺炎と同様の病
型分類によってその予後などが判断されていた。多くの研究者は,薬剤
性間質性肺炎のうち抗がん剤による薬剤性間質性肺炎には特に着目して
おり,抗がん剤による薬剤性間質性肺炎が,臨床経過として急性間質性
肺炎(AIP),病理学的にはびまん性肺胞障害(DAD)となりやす
く,その予後が特に不良であるため,注意を払わなければならないと考
えていた。
加えて,各種研究により,抗がん剤による薬剤性肺障害に死亡例ない
し重篤例が多数あることを示されていた。
したがって,イレッサの承認時には,薬剤性間質性肺炎は予後が不良
となりうる疾患であり,かつ,その中でも急性間質性肺炎(AIP/D
AD)となるものは特に予後が不良であるということ,及び抗がん剤に
よる薬剤性間質性肺炎については致命的になりやすいため特に注意をは
らわなければならないということが,既に医学的知見として存在してい
た。
被告らは,ブレオマイシン,メトトレキサート,小柴胡湯等の少数の
薬剤については薬剤性肺障害の予後などに関するある程度の傾向が判明
していたものの,それを抗がん剤一般にあてはめることができず,抗が
ん剤ごとに多数の症例の集積をみなければ,その特徴を把握することが
できないなど主張する。しかし,ブレオマイシン,メトトレキサートの
みならず,ブスルファン,ゲムシタビンやイリノテカンなどの他の抗が
ん剤でも間質性肺炎による死亡例・重篤例があり,重篤な間質性肺炎が
発症するのは一部の抗がん剤のみであるなどの事情もなかったのである
から,被告らの主張には理由がないというべきである。
イドラッグデザインにみるイレッサの毒性
(ア)イレッサの作用機序と間質性肺炎発症
イレッサのドラッグデザインはEGFRの阻害にあるが,EGFR
は,がんに特異的に発現しているものではなく正常細胞にも存在し,か
つ,上皮細胞の再生や増殖に極めて重要な役割を果たしている。
また,EGFRは,肺胞上皮の正常な修復のために欠くことのできな
いⅡ型肺胞上皮細胞の再生,増殖に強く関連しており,EGFRを阻害
することによって線維芽細胞の増殖を促し肺胞腔内の線維化,間質性肺
炎へと進展してしまう可能性があった。EGFRは,Ⅱ型肺胞上皮細胞
のポンプ機能やサーファクタント産生に強く関連しており,EGFRを
阻害することによって,急性間質性肺炎(AIP/DAD)と同様の病
態を招いてしまう可能性があった。
以上によれば,急性間質性肺炎は,イレッサのドラッグデザイン自体
に内在し,それに由来する副作用だったのであり,医薬品としての主作
用に必然的に付随するものであり,予測不可能な副作用ではなかった。
少なくとも,非臨床試験や臨床試験においては,イレッサのEGFR阻
害による副作用,特に致死的な副作用には慎重な配慮をもって検討され
なければならなかったというべきである。
(イ)永井教授らの実験
永井教授らの実験は,ブレオマイシンにより肺線維症を発症させたマ
ウスにイレッサを投与し,溶媒単体投与群と比較してその経過を観察し
たものである。実験結果は,イレッサ投与群が,溶媒単体投与群に比較
して,より激しい線維化を示したというものであった(甲E8)。
肺の異常な修復は,Ⅱ型肺胞上皮細胞と線維芽細胞との陣取りにⅡ型
肺胞上皮細胞が敗れて線維芽細胞が勝った場合に生じるところ,Ⅱ型肺
胞上皮細胞の再生,増殖にはEGFRが関与していることから,イレッ
サがⅡ型肺胞上皮細胞の再生,増殖を抑制する結果,線維化がより進展
するという上記実験結果は,論理的に一貫する結論であった。
したがって,上記実験結果は,イレッサのEGFR阻害作用によっ
て,傷ついた肺の修復過程で間質性肺炎へと進展してしまう可能性のあ
ることを実証する結果となった極めて重要な実験であった。
被告会社は,上記実験結果を平成13年(2001年)10月には入
手していながら,永井教授らの学会における発表を阻止し,イレッサの
承認まで,上記実験結果を明らかにさせなかったのである。
ウ非臨床試験等にみるイレッサの毒性
(ア)非臨床試験の安全性評価における位置付け
非臨床試験は,ヒトへの使用前に動物によって医薬品の毒性等を確認
するための試験であり,期待する効果発現量と毒性量・無毒性量を確認
して,臨床試験段階への移行の可否を判定し,最初にヒトに使用する場
合の安全量を決定し,臨床試験段階で特に注意すべき毒性を把握するな
どを目的とする。
非臨床試験は,単にヒトへの投与段階となる臨床試験段階に進むこと
の可否や臨床試験における用量を定めるだけでなく,当該医薬品の安全
性評価にあたっては,臨床試験結果とも併せて総合的に考慮されなけれ
ばならない。
(イ)非臨床試験で見られた多くの屠殺例の解釈
イレッサの非臨床試験においては,次のとおり屠殺例が生じた。
①単回投与試験ラット雌5匹中4匹
②イヌ1か月試験イヌ1頭
③ラット6か月試験ラット4匹
④イヌ6か月試験イヌ2頭
非臨床試験において被験動物が屠殺処分されるのは,被験動物が死に
かかった場合,死を待つより屠殺処分を行う方が多くの知見が得られる
ためであり,屠殺処分された被験動物は,いずれも「死にかかった」と
判断されたものである。そうすると,上記のように多数の被験動物を屠
殺処分しなければならなかったということはイレッサの毒性の強さを示
すものである。
また,非臨床試験の目的は被験薬剤の毒性の把握にある以上,屠殺処
分した被験動物からは,被験薬剤の毒性が明らかとなるような所見が得
られないと意味がないが,死因につながる所見が得られないまま放置さ
れているといわざるをえず,非臨床試験の不十分さを示すものである。
(ウ)肺胞マクロファージ等の肺毒性所見
イレッサの非臨床試験では,イレッサ群の被験動物に肺胞マクロファ
ージ浸潤が観察されている。イレッサはEGFRを阻害することでⅡ型
肺胞上皮細胞の機能を阻害し,肺胞虚脱を招く可能性があったのである
から,これによりマクロファージが増加することは十分に考えられるこ
とであり,少なくとも,マクロファージは肺に炎症が起きたことを示唆
するものである。
ラット6か月試験では,イレッサ高用量群の40匹中10匹に認めら
れたが,対照群では1匹も観察されず,肺胞マクロファージ浸潤の出現
率は統計的に有意差を示した。イヌ6か月試験では,イレッサ高用量群
の8頭中3頭に認められたが,対照群では1頭も観察されなかった。
(エ)イヌ6か月試験の肺炎症例等
イヌ6か月試験では,高用量群の雌1頭が体重減少,摂餌減少により
10日目に切迫屠殺され,その後は高用量群の用量が25mgから15
mgに減少されており(丙C1),実験者は,上記屠殺例の一般状態の
悪化等がイレッサの毒性であり,かつ,試験継続のためには減量しなけ
ればならないと考えたことが示されている。
上記屠殺例は,ケースカードによれば,肉眼所見では左肺上葉が小さ
く蒼白化しており,剖検所見では「慢性肺炎」が見られたとされており
(甲E17),上記屠殺例の死因に繋がりうる病変は,「慢性肺炎」と
された肺病変である。また,本来健康であるはずの被験動物が僅か10
日で「慢性」の肺炎となるとは考え難く,イレッサのEGFR阻害作用
によって,肺サーファクタント産生が阻害されて肺虚脱に至る可能性が
あることなどを前提にすれば,「慢性肺炎」とされた病変は,急性の肺
障害,肺虚脱だった可能性を否定しきれないというべきである。
したがって,イヌ6か月試験での屠殺例は,人における急性肺障害の
毒性を示していたものであり,臨床試験段階において,人の肺毒性につ
いて慎重な吟味が必要だったというべきである。
なお,イヌ6か月試験では,他にも高用量群の雄1頭に,限局性の肺
胞中隔化生が認められている。化生とは,正常の組織から,正常には存在
しない組織に置き換わることであり,肺胞中隔(間質)の肺胞上皮細胞が減少
ないしは消失し,間質優位ないしは,間質のみに置き換わったことを意味する
「interstitialproliferation:肺間質増殖」に相当し,間質性肺炎に近い
所見である。
(オ)ラット6か月試験の肺浮腫等
ラット6か月試験では,高用量群雄1匹が24週目に切迫屠殺されて
おり,肺組織所見として,中等度の肺胞浮腫と肺胞内細胞浸潤の多発
が,気管支には異物性肉芽腫(症)及び膿瘍形成の所見が見られており
(甲B9),ケースカードでは,肺組織所見の肺胞浮腫と気管支の所見
は死因に繋がるものとしてアスタリスク(*)が付されている。
上記所見はイレッサの毒性による呼吸器症状として把握される必要が
あったというべきである
エ臨床試験にみるイレッサの安全性の欠如
(ア)臨床試験における有害事象
a有害事象の意味
臨床試験における有害事象とは,「医薬品が投与された患者または
被験者に生じたあらゆる好ましくない医療上のできごと」とされ,こ
のうち当該医薬品との因果関係が否定できないものを副作用という。
したがって,副作用と区別される場合の有害事象は,本来,医薬品と
の因果関係が否定できるものをいう。
しかし,臨床試験等で報告された有害事象が全て医薬品との因果関
係が否定できるものではない。なぜなら,治験担当医師が有害事象と
して報告したものであっても,その中には本来副作用とされるべきも
のが含まれている可能性があるからである。
b治験担当医師の判断の限界
個々の治験担当医師が扱う症例数は少なく,各医師が数少ない症例
だけを見て因果関係の有無を判断するのは困難である。
特に頻度の低い有害事象の場合,個々の治験担当医師が当該有害事
象に遭遇する確率は極めて低く,ほとんどの治験担当医師が当該有害
事象には全く遭遇しないか又は遭遇したとしても1例程度に過ぎない
ことになる。
そうすると,治験担当医師がいくら経験豊富であったとしても,特
に未承認の新薬のように未知の副作用が起こり得る場合に,頻度の低
い未知の有害事象について治験薬との因果関係を判断することは不可
能に近い。
c有害事象と副作用との判断
治験担当医師の判断に限界がある以上,治験担当医師が治験薬との
因果関係が否定できる有害事象として報告されたものであっても,治
験担当医師の判断のみから治験薬と当該有害事象との因果関係を否定
してはならず,最終的に臨床試験の全ての結果やその他に得られた副
作用情報等を総合して因果関係の有無が判断されなければならない。
(イ)臨床試験における有害事象死亡例等
a有害事象死亡例の大半がイレッサとの関連性を否定できない副作用
死亡例と考えられること
臨床試験において有害事象死亡例とされた多くの症例では,次のよ
うな有害事象死の発症パターンが認められる。すなわち,皮膚,消化
器,口・目などの粘膜,呼吸器,肝臓,代謝臓器,尿路生殖器粘膜,
心臓,血管内皮の障害など,種々の臓器の傷害に伴う症状が多彩に出
現し,重篤例は多くの場合,急性呼吸傷害が重篤化して死亡すること
が多い。
また,イレッサの作用機序,とくに6か月の反復毒性試験の結果,
相前後して皮膚,粘膜,血管,臓器の多彩な症状が出現していること
から考えて,死亡につながる有害事象としての急性肺傷害や出血など
呼吸器系の有害事象死とイレッサとの関連は濃厚な例が多いと見る必
要がある。
有害事象死として考えられる他の原因(併用薬剤の影響による死
亡,がん以外の合併症として本人がもともと有していた心臓病や腎臓
病,脳卒中などの合併症による死亡,本人がもともともっていなかっ
た新たな病気,例えばインフルエンザからの肺炎等に罹患しての死
亡)が,数%∼十数%の死亡例をもたらす原因となることは想定し難
いことから,各臨床試験に現れた呼吸器系の有害事象死亡例を含む,
多くの有害事象死亡例については,イレッサとの因果関係が否定でき
ない(むしろ相当な関係がありうる)有害反応(副作用)と評価すべ
きである。
bイレッサの臨床試験において急性肺障害・間質性肺炎による副作用
死亡例が存在したこと
有害事象死亡例のうち,IDEAL1試験で「肺炎」による副作用
死とされた症例は,イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎による副
作用死亡例である(丙B3[枝番号10])。
上記症例は,死因とされた急性呼吸不全に対してステロイドパルス
療法が行われており,治験担当医師も急性呼吸不全とイレッサとの因
果関係を認めていること等から,イレッサによる急性肺障害・間質性
肺炎による副作用死亡例であり,その中でも間質性肺炎の最重症型の
びまん性肺胞障害(DAD)であった可能性が高い。
したがって,上記症例はイレッサによる急性肺障害・間質性肺炎の
副作用死亡例であるというべきであるが,上記症例は,治験担当医師
もイレッサとの関連を認めているという意味で他の有害事象死亡例に
も増して重要な意味を持つ。
cIDEAL2試験における直接又は間接的な死因となる重篤な有害
事象を認めた死亡例4例は副作用死亡例であること
IDEAL2試験において,「死亡に至る有害事象として報告され
なかったが,直接又は間接的な死因となる重篤な有害事象を認めた」
4つの症例(丙C1)は,濱氏の検討結果(甲E76)によれば,い
ずれもイレッサとの関連が否定できない副作用死亡例である。
d病勢進行死とされた症例の中にもイレッサの副作用死とすべき症例
が存在したこと
イレッサの承認審査の資料となった6つの臨床試験における死亡例
の割合と,死亡例のうち有害事象死と病勢進行死との割合は以下のと
おりである。
    死亡例
(有害事象死/病勢進行死)
【総症例数】
死亡率(全体における有害
事象死の割合/全体におけ
る病勢進行死の割合)
第Ⅰ相(1839IL/0005)12(2/10)【64例】18.8(3.1/15.6)%
第Ⅰ相(V1511)0(0/0)【31例】0.0(0.0/0.0)%
第Ⅰ/Ⅱ相(1839IL/0011)11(9/2)【69例】15.9(13.0/2.9)%
第Ⅰ/Ⅱ相(1839IL/0012)16(3/13)【88例】18.1(3.4/14.8)%
第Ⅱ相(IDEAL1)35(5/30)【209例】16.7(2.4/14.4)%
第Ⅱ相(IDEAL2)49(15/34)【216例】22.7(5.1/15.7)%
全体 123(34/89)【677例】18.2(5.0/13.1)%
イレッサの臨床試験では,死亡例の割合が18.2%,うち有害事
象死が5%,病勢進行死が13.1%である。臨床試験では,各臨床
試験毎に,評価に必要な観察期間中の生存が見込まれる患者を選定し
た(第Ⅰ相又は第Ⅰ/Ⅱ相試験では12週間(84日)の生存が見込
める患者が選定基準とされた。)はずであるにもかかわらず,イレッ
サ使用中及び中止30日以内の死亡例が20%近くもあり,病勢進行
死とされている症例には,イレッサが関与した副作用死亡例が含まれ
ていないかを検討する必要がある。
濱氏の検討結果(甲E76)によれば,病勢進行死とされた症例の
多くはイレッサとの関連が濃厚な副作用死亡例であり,イレッサが関
連した急性肺障害が死因の中心的病態であったのである。
(ウ)イレッサの国内臨床試験における間質性肺炎発症例の評価
aイレッサの臨床試験において,国内臨床試験(1839IL/0016試験
[IDEAL1],1839IL/0026試験)で3例の間質性肺炎の副作用
発症例(乙B12[枝番号3∼5]。国内3症例)が現れた。
抗がん剤における間質性肺炎の副作用は,いったん発症するとステ
ロイド剤投与による治療が効を奏さなければ,多くの場合死に至る極
めて重大な副作用である。
国内臨床試験における間質性肺炎副作用の発症率は,少なくとも
2.3%(133例中3例)と明確かつ高頻度であった。
b国内3症例は,いずれも間質性肺炎に対するステロイドパルス療法
が行われており,重篤な症例であったことがうかがわれる。
臨床経過や剖検結果を踏まえれば,少なくとも,国内3症例のうち
1例目(乙B12[枝番号3],国内臨床試験1例目)は,イレッサ
投与が死亡に与えた影響を完全に否定することができない症例といえ
る。
オ海外の副作用症例報告にみるイレッサの安全性の欠如
(ア)薬剤の安全性に関する観察研究(症例報告)の重要性
イレッサの副作用である間質性肺炎等についての症例報告等の研究
は,次に挙げる理由から,イレッサの有効性に関する個別症例とは異な
り,薬剤の危険性に関する証拠価値は高い。
①薬剤の有効性では,起こった事象と薬剤との因果関係が完全には確
定できないため,一般に症例報告などの観察研究の証拠価値は低く,
医薬品の有効性を確認するためには,比較臨床試験などが行わなけれ
ばならない。これに対し,薬剤の安全性は「鋭敏に」評価されなけれ
ばならず,薬剤の副作用は,有害事象のうち当該医薬品との因果関係
が否定できないものをいうのであり,因果関係が確立されない事象で
あっても,副作用として十分に注意されなければならないのである。
②薬剤の危険性は,その性質上,倫理的に介入研究を行うことは困難
とされており,研究としては症例報告等しか行うことができない。
(イ)国内3症例以外に被告国が間質性肺炎発症例として認めた7症例
イレッサの承認前に,被告国は,被告会社から,国内3症例(前記エ
(ウ))以外に,第Ⅲ相試験(INTACT各試験)やEAPにおける間
質性肺炎の副作用発症例の報告を多数受けている。
被告国が間質性肺炎発症例として認めたものは7例(乙B13[枝番
号1∼4],14[枝番号1∼3]。海外7症例)であり,うち5例
(乙B13[枝番号1,3],14[枝番号1∼3])はEAPにおけ
る症例であり,残り2例は第Ⅲ相試験(INTACT試験)における症
例であった。
海外7症例の中には,被告会社による追加報告によって副作用報告が
取り下げられた症例(乙B13[枝番号3,4])が含まれているが,
いずれもイレッサとの関連が否定できない副作用症例である。
(ウ)その他の間質性肺炎発症例(被告国が把握していなかった発症例)
イレッサの承認前に被告会社から被告国に報告された副作用報告の中
には,上記10症例(前記エ(ウ)の国内3症例及び前記(イ)の海外7症
例)以外にも明らかに間質性肺炎の副作用発症例であると認められる症
例が多数存在していた(別紙31【急性肺障害・間質性肺炎を発症した
と考えられる副作用症例一覧表】のとおり。ただし,同一覧表の39例
には被告国が把握した間質性肺炎の発症例の9例が含まれているため,
被告国が把握しなかった症例は30例ということになる。)。なお,同
一覧表の39例には,後に被告会社の追加報告により取り下げられたも
のが含まれているが,取下げの経緯が不明である,又は取下げの理由が
不可解であり,取下げには理由がないなど,いずれも副作用症例として
取り扱うべきである。
また,上記30例のうち10症例は,典型的にイレッサによる急性肺
障害・間質性肺炎発症例であると考えられる(丙B3[枝番号54,6
3,67,79,115,132,140,152,164,17
2])。上記10症例の中には,副作用名自体は「間質性肺炎」と記載
されていないものの,臨床経過等の中に「間質性肺炎」又はこれと同義
の疾患名(「間質性肺浸潤」「肺臓炎」等)が記載されており,疾患名
の記載だけから容易に間質性肺炎発症例であると判別できるものが複数
存在している(丙B3[枝番号67,115,152,172等])。
カ平成14年7月承認時におけるイレッサによる間質性肺炎の予後の重篤
性と発症の危険性のまとめ
平成14年7月承認前から,抗がん剤による薬剤性間質性肺炎には死亡
例や重篤例が多く見られており,イレッサの承認時には,既に,薬剤性間
質性肺炎について,予後が不良となりうる疾患であり,かつ,その中でも
病型が急性間質性肺炎で,病理組織像がびまん性肺胞障害(AIP/DA
D)型をとるものは予後が不良であるということ,及び抗がん剤による薬
剤性間質性肺炎については致命的になりやすいため特に注意を払われなけ
ればならなかった。
イレッサの臨床試験を検討する上で,イレッサのEGFR阻害というド
ラッグデザインから予測される毒性,イレッサの非臨床試験で得られた毒
性所見を前提に慎重かつ厳密に吟味する必要がある。
臨床試験における有害事象と治験薬との因果関係は,治験担当医師の判
断のみならず,治験全体の結果や他の副作用情報を総合して判断する必要
があり,副作用については,臨床試験における副作用報告のみならずEA
Pなど他の副作用情報も重視して安全性評価を行わなければならない。
イレッサの臨床試験において現れた有害事象死亡例は,大半が副作用に
分類されるべきものであり,少なくともこれら有害事象死亡例のデータは
イレッサによる致死的な急性肺障害・間質性肺炎の副作用の発生を予測さ
せるに十分なものであった。イレッサの国内臨床試験やEAPを含む副作
用報告で認められた間質性肺炎の副作用発症例は,いずれも極めて重篤か
つ致死的なものであり,発症率及び死亡率も高頻度であった。
以上より,イレッサが極めて重篤かつ致死的な間質性肺炎の副作用を高
頻度で発症させるものであることはイレッサ承認前の時点で既に明らかに
なっていたというべきである。
(3)承認後におけるイレッサによる間質性肺炎の予後の重篤性と発症の危険性
アイレッサによる副作用死亡者数
イレッサは,承認後わずか8年足らずの2010(平成22)年3月末
までに810人の副作用死亡者数を出しており,特に承認から2年半の2
004(平成16)年末までに557人もの副作用死亡者数を出してい
る。
イ他剤との比較
非小細胞肺がんの標準的治療法に用いられる他剤の副作用死亡報告数を
基に推定年間死亡率を算出すると,いずれの薬剤も1%を大幅に下回る。
これに対し,イレッサの副作用死亡率については,被告会社によるプロ
スペクティブ調査(調査期間は平成15年6月から12月)(後記ウ)に
よれば,イレッサ服用による安全性評価対象症例中の死亡例の割合は2.
5%(83例/3322例)であった。上記死亡者の推移では,他の抗が
ん剤の死亡率は最低限を画して推計してきたものであるのに対し,イレッ
サは,平成14年は約半年間(承認後の7月16日から12月31日ま
で)で180人,平成15年は202人が死亡しており,平成16年は1
75人と減少傾向にあったことから,プロスペクティブ調査期間(平成1
5年6月から12月)以前の承認直後では,この差はもっと大きかった。
イレッサにより発生した副作用死亡例が他の抗がん剤と比しても圧倒的
に多いことに加え,副作用死亡率との関係でも圧倒的に死亡の危険性が高
いといえるのであるから,承認当時からイレッサが極めて高度の副作用死
の危険性を有していたというべきである。
ウプロスペクティブ調査
プロスペクティブ調査とは,イレッサの副作用発現頻度及び危険因子
(発生危険因子,予後因子)をできる限り速やかに明らかにする目的で,
平成15年6月から平成15年12月の間に登録された3322例につい
て副作用発現頻度及び危険因子の検討が行なわれた調査である。
プロスペクティブ調査の結果によれば,イレッサによる急性肺障害・間
質性肺炎の発症率は5.81%(193例/3,322例),うち死亡率
は2.5%(83例/3,322例),急性肺障害・間質性肺炎からの死
亡転帰は38.6%(85例/220例)であった。プロスペクティブ調
査の結果(丙C2)は,イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎の副作用
について,大規模かつ詳細な個別症例の検討が行われたものであるから信
頼性は高い。
以上によれば,イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎の発症率は極め
て高いものであり,また致死率も極めて高いという特徴を有する。特定の
副作用について,上記のように高い発症率・致死率を示す薬剤は,他に例
を見ない。
エコホート内ケース・コントロール・スタディ
コホート内ケース・コントロール・スタディは,①非小細胞肺がん患者
のイレッサ投与例における急性肺障害及び間質性肺炎の発症を,他の化学
療法例と比較することによって,相対リスクを推定すること,②治療中の
非小細胞肺がん患者における急性肺障害及び間質性肺炎の発症率を推定す
ることを目的に行なわれた試験であり,1レジメン以上の化学療法歴を有
し,イレッサ若しくは化学療法を受ける予定の進行又は再発の非小細胞肺
がん患者を対象とした。そして,事前に規定された進行又は再発の非小細
胞肺がん患者の集団(コホート)における急性肺障害・間質性肺炎発症
例,及びコホートより無作為抽出した急性肺障害・間質性肺炎非発症例
(コントロール)を対象としたコホート内ケース・コントロール・スタデ
ィの方法で行われた。本試験は,2003年11月から2006年2月に
実施され,4473件を登録して終了した(6000件のコホート群を集
積する予定であったところ,本試験の主要目的である急性肺障害・間質性
肺炎発症の相対リスク推定に必要な急性肺障害・間質性肺炎発症件数が1
20件を超えたため終了した。)。
調査結果によれば,非小細胞肺がん患者のイレッサ投与例における急性
肺障害・間質性肺炎発症の相対リスクは,化学療法例に対し,3.23倍
という結果であった。投薬開始後28日以内で比較した場合,非小細胞肺
がん患者のイレッサ投与例における急性肺障害・間質性肺炎発症の相対リ
スクは,化学療法投与例に対し,3.80倍と極めて高くなることが判明
した(95%信頼区間1.90∼7.60)。
以上のとおり,イレッサ投与による急性肺障害・間質性肺炎の発症は,
他の化学療法に比べ,統計的有意差が存在することが明らかとなり,イレ
ッサは,他の化学療法に比較して,急性肺障害の危険性が高い薬剤である
ことが科学的に確認されたのである。
オイレッサ承認後におけるイレッサによる間質性肺炎の予後の重篤性と発
症の危険性のまとめ
イレッサによる間質性肺炎の副作用が極めて重篤かつ致死的で,イレッ
サの安全性が欠如していたことは,イレッサ承認前の段階で既に明らかに
なっており,その安全性の欠如が,承認後,わずか6年足らず間に,73
4人というこれまでに類を見ないほど多数の副作用死亡者数を出したとい
う結果として表れたのである。
イレッサの安全性の欠如は,市販後において,他剤との比較やプロスペ
クティブ調査,コホート内ケース・コントロール・スタディの結果によっ
て,より明確に実証されたのである。
(被告会社の主張)
(1)平成14年7月承認時におけるイレッサによる間質性肺炎に関する知見及
び間質性肺炎発症の危険性
ア薬剤性間質性肺炎について
(ア)間質性肺炎に関する病型分類
間質性肺炎の病型分類に関する研究は,特発性間質性肺炎に関しては実
施されていたものの,薬剤性間質性肺炎は,そもそも発生頻度が低いこと
や,呼吸器疾患以外の症例における発症例が多く,呼吸器専門家へ症例報
告されることが少ないこと,病理組織を採取する例が少ないこと等から,
病型分類に関する独自の研究はほとんど行われていなかった。
そのため,薬剤性間質性肺炎の病型分類については,特発性間質性肺炎
の病理組織学的分類を援用する形で,びまん性肺胞障害(DAD)型,器
質化肺炎(OP)型,通常型間質性肺炎(UIP)型,非特異性間質性肺
炎(NSIP)型,好酸球性間質性肺炎(EP)型,過敏性肺炎(HP)
型などに分類することとされていた程度であり,薬剤性間質性肺炎の各組
織型と予後との関係については,未だ研究途上で専門家の間でも見解の分
かれるところであった。
この点について,原告らは,びまん性肺胞障害(DAD)型の特発性間
質性肺炎に関する知見やびまん性肺胞障害(DAD)型の薬剤性間質性肺
炎の予後は不良であるとの証人工藤の問題提起(甲H6)を取り上げ,イ
レッサ承認当時既に,びまん性肺胞障害(DAD)型の薬剤性間質性肺炎
は予後不良であることが知られていた旨主張する。また,証人福島も,証
人工藤が抗がん剤の場合にはびまん性肺胞障害(DAD)型の間質性肺炎
が多く,死亡率が高いと考えているはずである旨証言している。
しかしながら,特発性間質性肺炎と薬剤性間質性肺炎とは異なる疾患で
あり,前者に関する知見を直ちに後者に当てはめることはできない。特発
性間質性肺炎に関する研究は世界的にも我が国においても多数行われてい
たのに対し,薬剤性間質性肺炎に関する本格的研究はなされていなかった
ことから,例えば病型分類については,特発性間質性肺炎における分類を
薬剤性間質性肺炎の分類として便宜上用いていただけであって,特発性間
質性肺炎における病型分類ごとの特徴と薬剤性間質性肺炎における病型分
類ごとの特徴とが同じであるということを意味するわけではない。薬剤性
間質性肺炎における病型分類ごとの特徴を把握するためには,あくまで
も,薬剤性間質性肺炎においてこれを実証することが必要である。
薬剤性間質性肺炎に関する病型分類ごとの特徴を確認のための研究をま
とめたものが,証人工藤らによる学会抄録(甲H6)であった。この学会
抄録は,3種類の抗がん剤の合計14例の分析結果をまとめたものである
が,症例数が少なかったことから,証拠価値が低く,証人工藤ら自身が原
著論文化(当該領域の専門家による査読を経て最終的に論文として発表す
ること)を控えたというものであり,イレッサ承認当時は,未だ上記実証
が行われていない状況であった。
(イ)薬剤性間質性肺炎の予後
薬剤性間質性肺炎の予後が良好から不良まで様々である。
薬剤性間質性肺炎の大部分は,原因薬剤の投与を中止し,ステロイド剤
を投与することによって回復する。また,原因薬剤の投与を中止するだけ
で回復するものもある。これに対し,薬剤性間質性肺炎には,ステロイド
剤に反応せず,死亡に至るものも存在する。薬剤性間質性肺炎の死亡率は
薬剤によって異なる。
薬剤性間質性肺炎は,場合によっては死亡に至ることのある疾病である
が,とりわけ抗がん剤や免疫抑制剤等による間質性肺炎は,個々の薬剤に
よって程度の差はあるものの,一般用医薬品によるそれと比べて予後不良
となる場合が多いものと認識されていた。
(ウ)原因薬剤と間質性肺炎発症頻度
薬剤性間質性肺炎の原因薬剤には様々なものがあるが,代表的なものに
は,抗がん剤,免疫抑制剤,リウマチ薬,漢方薬,インターフェロンなど
がある。
平成14年7月当時から,非小細胞肺がんを適応とする抗がん剤であれ
ば,プラチナ製剤であるシスプラチン及びカルボプラチン,1990年代
以降に承認された新規抗がん剤であるドセタキセル,パクリタキセル,ゲ
ムシタビン,イリノテカン,ビノレルビン,アムルビシンは,いずれも間
質性肺炎の原因薬剤となりうることが知られていた。新規抗がん剤に関す
る,承認のための国内第Ⅱ相試験における間質性肺炎発生頻度は1.0%
から4.9%であった。
(エ)発症危険因子と予後不良因子
我が国では,イレッサ販売以前から,特発性肺線維症のある患者の場
合,感冒罹患をはじめ,放射線療法,化学療法,外科療法,気管支肺胞洗
浄(BAL)等によって肺に何らかの侵襲があったときに急性増悪を来た
し致死的になりうることが,呼吸器内科等に携わる医師の間で知られてい
たが,化学療法による特発性肺線維症の急性増悪は,イレッサ承認当時に
おいては,証拠価値の高いデータをもって示されたものではなく,未だ研
究途上の内容であった。
個々の抗がん剤において,特発性肺線維症を含む既存の間質性病変又は
肺線維症のある患者に投与した場合に,当該間質性病変又は肺線維症が急
性増悪を来たすか否かについては,イレッサ承認当時も現在においても一
般論で論じることはできず,当該個々の抗がん剤のデータに基づいて判断
する必要がある。イレッサ承認当時の標準的な非小細胞肺がん抗がん剤の
中にも,既存の間質性肺炎又は肺線維症が危険因子とされていない(添付
文書において「慎重投与」欄等の注意喚起がされていない)抗がん剤は複
数存在した。
以上のような事情などから,特発性肺線維症を含む既存の間質性病変又
は肺線維症のある患者に抗がん剤を投与した場合の急性増悪を来たす可能
性を推測させるものではあったものの,なお研究と知見の積み重ねを要す
る段階の研究結果であり,薬剤性間質性肺炎の発症危険因子及び予後不良
因子についても,病理組織学的分類と同様,イレッサ承認以前には研究途
上の領域であったというべきである。
イイレッサによる間質性肺炎の発生機序
(ア)イレッサによる間質性肺炎の発生機序
平成14年7月当時から,薬剤性間質性肺炎には,①薬剤若しくはそ
の中間代謝物による直接的細胞傷害作用又は炎症反応により発生するも
のと,②免疫学的機序を介した間接的細胞傷害作用により発症するとい
うものがあると考えられてきた。もっとも,それぞれの詳細なメカニズ
ムは,現在もなお十分には解明されていない。
また,同月当時から,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤による薬剤性
間質性肺炎の発生機序の詳細は明らかではなく,現在においてもなお明
らかではない。
したがって,イレッサ承認時から,イレッサのEGFRチロシンキナ
ーゼ阻害作用(ドラッグデザイン)から間質性肺炎の発症が予測できた
とする原告らの主張は失当である。
(イ)永井教授らの実験に関する評価
永井教授らの動物実験は,種々の問題点(同実験では,①イレッサの
投与量がヒト換算した場合に承認用量の約50倍となるほど多い,②マ
ウスへの投与量が単一用量であった,③ヒトに外挿するにあたっては,
ヒトで発生するような慢性の肺線維症ではなく,ブレオマイシン誘発肺
障害という急性のものに対するイレッサの影響を見ていることを考慮す
る必要がある,④ブレオマイシンを投与しない対照群を置いていない,
⑤イレッサがブレオマイシン投与の1時間前に投与されており,ブレオ
マイシン誘発肺障害に対するイレッサの影響を確認することができない
実験となっていた,⑥マウスが5例ずつという少数であり,データの信
頼性を担保される裏付けるデータがなかった,⑦同一のマウスの種類,
投与方法や評価方法を用いて実験したが,再現できなかったなど)が存
在することから,同実験をもって,イレッサによる間質性肺炎の発症機
序が明らかになっていたとはいえない。
ウ非臨床試験に関する評価
(ア)非臨床試験の屠殺例
非臨床試験の毒性試験では,試験観察中に屠殺例が出ることは不自然
ではなく,どの程度の被験薬を投与すれば動物が死亡するか,どの程度
の被験薬を投与すればいかなる毒性が出現するかを実験し,観察する必
要があるのであり,その過程で動物が死亡し,また死に瀕することは試
験の目的上やむを得ない。
屠殺例がすべてイレッサの毒性に起因するものではない。動物は実験
用の檻に入れられ多大なストレスを課せられるのみならず,投与上の不
手際より死に瀕することもある。
(イ)泡沫肺胞マクロファージ等の所見
イレッサの非臨床試験で泡沫肺胞マクロファージの所見が出されたも
のがあったが,いずれもイレッサの毒性所見ではなく,イレッサに起因
しないものと判断された。
ラット6か月試験では,①40例中10例に所見が示されたが,うち
1例が軽度,9例が軽微であったこと,②泡沫肺胞マクロファージは当
該試験で用いられたウィースターラットで加齢に伴って一般的に見られ
る所見で,溶媒対照群での発現頻度が0∼30%であるから,25%の
発現頻度は溶媒対照群での発現頻度の範囲内であること,③高用量群の
約2倍の用量で実施されたラット1か月試験での発現頻度が0%であっ
たこと,マクロファージが存在する肺胞において,他の肺胞と比較して
特段の影響が認められなかったことから,イレッサに起因しないものと
判断された。
イヌ6か月試験では,いずれも軽微であり,実験に使用したビーグル
犬で自然発生的に観察されるものであるから,イレッサに起因しないも
のと判断された。
(ウ)イヌ6か月試験の肺炎症例等
イヌ6か月試験の「慢性肺炎」の所見では,肺炎が左肺前葉のみに存
在し,実験に使用されたビーグル犬の背景データにみられる典型的な偶
然所見であった。肺炎は,しばしば溶媒対照群のビーグル犬でも観察さ
れる所見であり,実際にイヌ1か月試験では対照群で雄3例中1例に観
察されている。
したがって,上記肺炎は,イレッサの毒性所見ではなく,イレッサに
起因しないものと考えられた。
(エ)ラット6か月試験の肺浮腫等
ラット6か月試験において,「多巣性肺胞浮腫」の所見が出された当
該動物は切迫屠殺されているが,複数の胸部器官に病変が見られ,その
所見から当該動物に対し被験物質を誤って肺に投与したものと考えられ
た。
したがって,上記多巣性肺胞浮腫の所見は,イレッサの毒性所見では
なく,イレッサに起因しないものと考えられた。
エ治験,参考試験,EAPに関するデータの評価
(ア)治験,参考試験,EAPのデータの位置付け
イレッサ承認当時,イレッサの安全性に関する臨床データには,治験
からのデータのみならず,参考資料とされた治験以外の臨床試験(参考
試験)からのデータやEAPからのデータがある。上記データは,いず
れもイレッサの安全性の評価の対象となるが,以下のとおりデータの質
が異なるから,一様に評価するべきではない。
a治験データの位置付け
治験は,GCP省令によりデータ収集,検討,評価体制が構築され
ており,被験薬の有用性を適切に評価するために対象患者が厳格に選
定されているから,治験により得られたデータは被験薬の有効性及び
安全性を適切に評価するのに適したものといえる。
また,治験は,監査等が実施されており,GCP省令に違反した場
合には,違反した治験責任医師は以後の治験に参加できなくなるなど
の事実上の制裁が存在するため,データの信頼性が担保されている。
したがって,安全性は,治験から得られたデータを中心に評価され
なければならない。
b参考試験データの位置付け
参考試験のデータは,臨床試験から得られるデータであるから,治
験データと同様に信頼性の高いデータである。
しかし,参考試験には,治験と異なり,被験薬の投与方法(併用療
法等)や対象が特殊(健常者対象試験等)であったり,承認時点では
いまだ試験実施中で監査が実施されておらず,データの信頼性が十分
に担保されていないこともあるという特徴がある。
したがって,参考試験のデータは重要であるが,治験データとの相
違点に留意した評価が必要となる。
cEAPの位置付け
EAPにはデータの信頼性を担保する制度が構築されていないか
ら,EAPによるデータは,安全性評価にあたっては参考資料として
評価されるべきであり,治験や参考試験からのデータと同等に扱うべ
きではない。
(イ)臨床試験における被験薬の安全性評価(被験薬と有害事象との因果関
係に関する判断,病勢進行死の扱いなど)
a臨床試験の結果に関する安全性評価においては,被験薬により生じ
た副作用を的確に把握することが重要である。
副作用とは,被験薬との因果関係が積極的に肯定されるものばかり
ではなく,被験薬との因果関係が否定できないものが含まれるが,臨
床試験中に生じた副作用には該当しない有害事象とは異なるものであ
るから,両者を的確に区別して把握することも重要である。
臨床試験における有害事象の把握は,現代の科学水準に照らして行
われることになる。医薬品の安全性確保という観点からは,因果関係
が否定できるかは慎重に判断されるべきであるが,現代の医学的知見
に基づかない判断は科学的とはいえないのである。
そして,臨床試験における有害事象例の因果関係の有無等の判断
は,当該疾患に関する医学的知見を基礎とし,当該症例についての臨
床経過,画像検査や血液検査等の各種臨床データ等の具体的根拠に基
づいて行われるべきである。
b抗がん剤の臨床試験においては,特に末期がん患者を対象にした場
合には,被験薬とは関係なく,様々な症状や合併症が発現し,また予
期せぬ病態の変化による死亡等が生じうる。種々の有害事象が生じる
ことから,これらの有害事象への対症療法として,様々な医薬品が併
用投与されることになる。
そのため,抗がん剤の臨床試験では,被験薬投与後に有害事象が発
現したとしても,直ちに被験薬との因果関係が否定できない有害事象
であると判断することは合理的ではない。もちろん有害事象が発現し
た場合には,がんの病勢進行によるものであると安易に評価してもよ
いというものではなく,当時の医学的水準に照らして,当該有害事象
ががんの病勢進行に伴う症状や合併症によるものではないか,併用薬
によるものではないか等を慎重に評価することが必要である。
c臨床試験において被験薬の副作用を適切に評価するためには,当該
有害事象が被験薬に起因するものか,病勢進行によるものか,あるい
はそれ以外の原因によるものかを的確に鑑別することが不可欠であ
る。中でも呼吸器系の有害事象の場合には,肺がんの臨床試験では腫
瘍の発現する場と有害事象の発現する場が同じ臓器であるから,厳密
な鑑別を要し,専門知識及び経験を要する。
そのため,肺がんの臨床試験では,肺がんの専門知識と治療経験豊
富な医師が,治験担当医師として患者の臨床経過を観察し,有害事象
が生じた場合には当該有害事象を記録した上,当該有害事象の重症度
や被験薬との因果関係などを,各種画像所見や臨床検査値などのデー
タを確認しながら判断しているのである。さらに,上記判断は,効果
安全性評価委員会,知見依頼者や審査センターにより検証される。
したがって,具体的,現実的な説明可能性を詳細に示すことなく,
治験担当医師の判断を否定することは合理的ではないというべきであ
る。原告らの主張するものは,いずれも具体的,現実的な説明可能性
を詳細に示すことなく,批判しているにすぎない。
d原告らは,様々な有害事象を一連のものと捉えて,そのすべてをイ
レッサの副作用と評価して主張するものである。
しかし,被験薬と有害事象との因果関係は,本来有害事象ごとに個
別に判断されるものであり,少なくとも一連という理由のみで判断さ
れるものではなく,検討手法に問題がある。
(ウ)間質性肺炎等の副作用に関する治験,参考試験及びEAPの評価
a最も信頼性が高く,評価の中心となる治験結果では,イレッサの単
剤・承認用量(250mg/日)における間質性肺炎副作用報告例がな
かった。もっとも,治験では,承認用量の倍量投与群(500mg/
日)で2例の間質性肺炎副作用報告例が存在した(国内3症例のうち
国内臨床試験3例目は,後日被告会社が取り下げた。)ことから,用
量の違いがあるものの,単剤・承認用量での間質性肺炎発症の可能性
は完全には否定できないものと考えられた。
また,参考試験の結果においても,治験と同じく,単剤・承認用量
での間質性肺炎の副作用報告例はなかったが,倍量投与群や3剤併用
投与試験の症例において間質性肺炎副作用報告例が複数あり,これら
の症例によってイレッサの間質性肺炎発症の有無を評価することは困
難ではあるものの,完全には否定できないものと考えられた。
上記各試験結果の評価は,EAPのデータ(EAP1∼5例目)と
矛盾しないものと考えられた。
b国内3症例のうち国内臨床試験3例目は,被告会社が後日取り下げ
たものであり,国内臨床試験1例目及び2例目は,いずれもイレッサ
と間質性肺炎の発症との因果関係は否定できないものの,ステロイド
療法により間質性肺炎が一時的に改善しており,病勢進行により死亡
するに至ったものであるから,副作用死亡例ではない。
国内臨床試験1例目は,急性間質性肺炎の疑いのあるものである
が,イレッサの投与後に発症した間質性肺炎に対してはステロイド薬
が効いおり,死亡する1週間前にDIC合併の疑いがあったことか
ら,DIC合併により発症した間質性肺炎である疑いが強いのであ
る。したがって,国内臨床試験1例目から,イレッサによって急性間
質性肺炎が発症する可能性があることが判明したとはいえない。
c原告らは,上記の他にも間質性肺炎等に関する副作用報告があった
(別紙31【急性肺障害・間質性肺炎を発症したと考えられる副作用
症例一覧表】など))と主張する。
しかし,医薬品の投与中に何らかの有害事象が生じた場合には,主
治医は,当該患者の臨床経過,各種検査値等を踏まえ,有害事象名を
特定するが,当該有害事象の特定には患者の最も身近で臨床経過を確
認し,最も多くの情報を有している主治医の意見が基本的に信頼でき
るものであり,具体的な根拠を示すことなく批判することは不適当で
ある。
また,医薬品の安全性の評価は,投与方法や投与量によっても異な
るところ,これらを区別せずに一括りにして評価することにも問題が
ある。
加えて,原告らの指摘する副作用報告は,治験の症例ではなく,大
部分がEAPであり,EAPのデータは参考データとしての位置付け
にとどまるものである。
したがって,原告らの上記主張は失当である。仮に原告らの指摘す
る30症例がイレッサの間質性肺炎に関する副作用報告であるとして
も,承認時点におけるEAPを含むイレッサ投与患者は少なくとも1
万例を超えるものであるから,被告国が副作用報告と認めた10例に
上記30例を加えたとしても,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度
は0.4%以下であり,死亡率はさらに低くなるのであるから,国内
臨床試験における発症頻度よりも低いものとなってしまい,かえって
適切に評価できないおそれがある。
オ殺細胞性抗がん剤とイレッサの副作用について
(ア)殺細胞性抗がん剤の副作用
a副作用の回避困難性
殺細胞性抗がん剤は,基本的にはDNAの合成阻害により細胞分裂
を抑止するものであり,その作用はがん細胞のみならず正常細胞にも
及ぶから,性質上,正常細胞に有害な影響を及ぼす可能性が十分にあ
る。
また,殺細胞性抗がん剤は一般的に治療域が狭く,副作用の許容限
度内で治療効果を得ることが難しく,副作用はほぼ必発である。
したがって,殺細胞性抗がん剤は,作用機序及び治療係数の2点か
ら,副作用を回避することは困難である。
b副作用の多様性
殺細胞性抗がん剤は,抗がん剤の種類に応じて,多様な副作用を生
じる。
殺細胞性抗がん剤は,基本的にはDNAの合成を阻害して細胞分裂
を抑制するものであるから,DNA合成ないし細胞分裂が活発な正常
細胞に副作用が生じやすい。
殺細胞性抗がん剤では,血液毒性(白血球減少,好中球減少,血小
板減少,赤血球減少など)の副作用がほぼ必発であり,特に白血球減
少や好中球減少は死亡するおそれのある副作用である。
また,殺細胞性抗がん剤では,程度の差があるものの,嘔気,嘔吐
を誘発するものが大半である。イリノテカンやドセタキセルでは下痢
を発現することがあり,重篤な状態となる場合もある。
肺毒性も,ほとんどの殺細胞性抗がん剤で発現する可能性がある
が,発生機序には不明な点が多く,診断が困難な場合が少なくない。
その他,腎臓の機能障害をもたらす腎毒性,神経毒性,心毒性,脱
毛などの副作用は多岐にわたる。
c副作用の重篤性
殺細胞性抗がん剤の副作用には重篤なものが多く,現状では副作用
死亡率は1∼2%程度あり,一定の副作用死亡の発生は避けられな
い。
(イ)イレッサの副作用
aイレッサの副作用の全体像
最も多く見られるイレッサの副作用は発疹(皮疹,湿疹)である。
発疹以外で比較的発生頻度が高い副作用としては,肝障害(肝機能障
害),下痢である。
嘔気・嘔吐はシスプラチンなどと比較して軽微であり,下痢もイリノ
テカンのように致命的になることはないなど,これらの副作用によって
死亡することは基本的にはない。
したがって,イレッサの副作用のうち,重篤で致死的になり得る副作
用としては,ほぼ間質性肺炎のみであった。もっとも,承認当時は,治
験等によれば,イレッサと間質性肺炎の発症との因果関係が完全には否
定できないと考えられていたにとどまる。
bイレッサには血液毒性がほとんどないこと
殺細胞性抗がん剤の中心的な副作用は血液毒性の副作用であり,そ
の副作用は致死的かつ重篤なものであった。これに対して,イレッサ
では血液毒性の副作用はほとんど発生しない。
cイレッサは患者の全身状態やQOLを害する副作用が少ないこと
殺細胞性抗がん剤では,患者の全身状態やQOLを害する副作用が
現れる。その代表的な副作用は,嘔気,嘔吐などの消化器症状であ
る。
これに対して,イレッサは,殺細胞性抗がん剤と比較して,患者の
全身状態やQOLを害する副作用は少ない。そのため,イレッサは,
全身状態不良又は高齢者の患者に対しても投与できる場合がある。
イレッサは,患者の全身状態やQOLを害する副作用が少なく,全
身状態不良又は高齢者の患者に対しても治療の選択肢となりうる。
d副作用全体からみた副作用の危険
(a)副作用の危険性の判断方法
安全性評価における,副作用の危険性を評価する上では,特定の
副作用ではなく,当該抗がん剤によって生じうるすべての副作用を
評価すべきである。したがって,他の抗がん剤の副作用と比較する
場合に,間質性肺炎の副作用のみを取り上げて比較することは正し
い評価方法とはいえない。
また,副作用の危険性は,副作用死亡の絶対数ではなく,死亡率
(頻度),患者背景,副作用の減少傾向等を踏まえて評価されるべ
きである。
(b)他の非小細胞肺がん抗がん剤と比較した場合のイレッサの副作用
の危険性
イレッサの副作用全体の死亡率は他の非小細胞肺がん抗がん剤と
大差なく,また間質性肺炎以外の副作用は他剤よりも軽微であり,
患者の全身状態を害するような副作用が少ないため,全身状態不良
又は高齢者の患者にとって治療の機会を与えることができる。これ
に対して,殺細胞性抗がん剤では,間質性肺炎の発症頻度はイレッ
サよりも少ないものの,血液毒性という致死的で重篤な副作用があ
り,副作用死亡率はイレッサと大差ない。ただし,殺細胞性抗がん
剤では,患者の全身状態やQOLを害する副作用が高頻度で発生
し,治療困難化等をもたらすことになる。
したがって,副作用全体でみると,イレッサの副作用は,少なく
とも他の非小細胞肺がんの抗がん剤と変わらないということができ
る。
カまとめ
承認当時からイレッサにより間質性肺炎の発症の可能性を完全には否定
できない状況にあった。
しかし,薬剤性間質性肺炎に関する研究が本格的に行われたのはイレッ
サ承認後であり,特発性間質性肺炎の病型分類が薬剤性間質性肺炎にもそ
のままあてはまるか実証的な研究がされておらず,薬剤性間質性肺炎に関
する医学的,薬学的知見の多くはイレッサの承認後に得られたものであ
り,すなわち病型分類と予後や危険因子等はイレッサ承認後に得られた知
見であり,イレッサ承認当時から,イレッサによる間質性肺炎の予後が重
篤なものとなることは必ずしも明らかではなかった。
また,イレッサは,副作用全体の死亡率が他の非小細胞肺がん抗がん剤
と大差なく,間質性肺炎以外の副作用は他剤よりも軽微であり,患者の全
身状態を害するような副作用が少ないため,全身状態不良又は高齢者の患
者にとって治療の機会を与えることができる。これに対して,殺細胞性抗
がん剤では,間質性肺炎の発症頻度はイレッサよりも少ないものの,血液
毒性という致死的で重篤な副作用があり,副作用死亡率はイレッサと大差
ない。ただし,殺細胞性抗がん剤では,患者の全身状態やQOLを害する
副作用が高頻度で発生し,治療困難化等をもたらすことになる。
したがって,副作用全体でみると,イレッサの副作用は,少なくとも他
の非小細胞肺がんの抗がん剤と変わらないということができる。
(2)承認後におけるイレッサによる間質性肺炎に関する知見及び間質性肺炎発
症の危険性
アイレッサ承認後のイレッサの副作用に関する調査
(ア)WJTOG研究報告
WJTOG研究報告は,平成14年8月31日から同年12月31日
までの間にイレッサの投与を開始した非小細胞肺がん患者について,1
年間の経過観察を行い,その結果に基づいて,イレッサの間質性肺炎の
発生頻度(発症率)及び間質性肺炎による死亡率などを調べることを目
的として実施された研究報告である。
上記研究報告では,1976例のうち間質性肺炎の発症が認められた
症例が70例,うち死亡例が31例であった。すなわち,間質性肺炎の
発生頻度は3.5%(70/1976例)であり,間質性肺炎による死
亡率は1.6%(31/1976例)であった
(イ)プロスペクティブ調査
プロスペクティブ調査は,イレッサの副作用(間質性肺炎を含む。)
の発生頻度等を明らかにするために,被告会社が実施した調査である。
上記調査は,当初の登録患者数が3354例で,平成16年3月に調
査が終了し,データの収集が完了した症例は3350例(4例はデータ
収集不能)であった。このうち安全性評価対象症例として副作用の発生
頻度等の検討の対象とされた症例は3322例であった。
上記調査では,3322例中のうち間質性肺炎の発生が認められた症
例が193例,うち死亡例が75例であった。すなわち,間質性肺炎の
発生頻度は5.81%,間質性肺炎による死亡率は2.25%であっ
た。
(ウ)コホート内ケース・コントロール・スタディ
コホート内ケース・コントロール・スタディは,間質性肺炎の発生頻
度(発症率)等について,イレッサと他の非小細胞肺がん抗がん剤を比
較することによって検討,評価することを目的とした調査研究である。
比較対象とされた他の非小細胞肺がん抗がん剤による化学療法には,
様々な治療法が含まれているが,多かったのは①ドセタキセルやパクリ
タキセルなどの抗がん剤とプラチナ製剤の2剤併用療法と②ゲムシタビ
ンとビノレルビンの2剤併用療法であった。
イレッサの間質性肺炎の発生頻度は3.98%であり,他の化学療法
では2.09%であり,間質性肺炎が発生した場合の死亡率は,イレッ
サが31.9%,化学療法が27.9%であった。上記結果は,イレッ
サは化学療法よりも間質性肺炎の発生頻度は高いが,間質性肺炎が発生
した場合の死亡率は,イレッサによって起こった間質性肺炎と化学療法
によって起こった間質性肺炎とは差がないと評価されるものであった。
また,イレッサの副作用死亡率は1.6%であり,死因は主に間質性
肺炎であった。
イまとめ
イレッサには致死的で重篤な副作用として間質性肺炎があるが,これを
含めた副作用全体の死亡率は他の非小細胞肺がん抗がん剤と大差なく,ま
た間質性肺炎以外の副作用は他剤よりも軽微であり,患者の全身状態を害
するような副作用が少ないため,全身状態不良又は高齢者の患者にとって
治療の機会を与えることができる。これに対して,殺細胞性抗がん剤で
は,間質性肺炎の発症頻度はイレッサよりも少ないものの,血液毒性とい
う致死的で重篤な副作用があり,副作用死亡率はイレッサと大差ない。た
だし,殺細胞性抗がん剤では,患者の全身状態やQOLを害する副作用が
高頻度で発生し,治療困難化等をもたらすことになる。
イレッサの間質性肺炎の発症頻度は,コホート内ケース・コントロー
ル・スタディなどの結果によれば約4∼5%であり,他の非小細胞肺がん
抗がん剤に比べてやや高いものの,近時の発症頻度はかなり低くなってい
る。死亡率は,コホート内ケース・コントロール・スタディなどの結果に
よれば約1∼2%であり,その原因はほぼ間質性肺炎であるところ,イレ
ッサによる間質性肺炎の発症頻度が低下するのと同様に,間質性肺炎の死
亡率も近時は低くなっている。
そうすると,承認時までの事情,コホート内ケース・コントロール・ス
タディやプロスペクティブ調査などによる副作用の全体像及び現在におけ
るイレッサの副作用死亡率の低下を総合すれば,イレッサの副作用の危険
性は他の非小細胞肺がん抗がん剤に比して小さいと考えられなくはなく,
少なくとも,副作用全体でみると,他の非小細胞肺がんの抗がん剤と変わ
らないということができるのである。
(被告国の主張)
(1)新しい医薬品の安全性評価
ア新しい医薬品の安全性評価
今日の医学,薬学では,一般に,新しい医薬品を医療現場に供給すると
きには,最終的にヒトを対象とする試験,すなわち臨床試験によって,そ
の有効性及び安全性が確認されなければならないとするヘルシンキ宣言を
基本原則として,同基本原則の下で確立された具体的な方法論に関する知
見をとり入れて,各種の指針(ガイドライン)が示されている。ただし,
安全性の評価は,有効性の有無を確認できるようなデザインで計画された
臨床試験で行うこととなっており,有効性評価に比べて系統だったもので
はない。
新しい医薬品の安全性を承認段階で完全に捉えることには限界があり,
医薬品の真の評価は販売後にゆだねられており,薬事法は販売後の安全対
策により補完することを予定しているが,これは国際常識である。
イ治験の安全性情報の位置付け
治験では,選択基準及び除外基準によって背景因子をそろえた一定症例
数の標準的な患者集団を対象に,信頼性ある医療機関の専門医が,因果関
係を問わない有害事象を,統一的な基準を用いて把握し,試験を通じて全
体像を要約することにより,標準的で類型的な患者群を対象とした一般
的,類型的な安全性の確認が企図されている。
また,治験においては,治験が科学的,倫理的に実施されるようにGC
P省令で種々の工夫が講じられている。
したがって,治験は,治験薬がヒトに類型的に生じさせる有害事象につ
いて,極めて信頼性の高い情報を提供するものであり,その信頼性は他の
情報源よりも高いのである。
ウEAP症例などの安全性情報の位置付け
承認当時の安全性評価は,治験により得られた情報のほか,参考試験や
EAP等の情報も考慮される。EAP症例等の情報は,新薬の安全性情報
評価において重要な意義を有するが,新薬の安全性評価の中心となる治験
により得られた情報との関係では補充的な資料として位置付けられる。
したがって,EAP症例等の情報は,治験により得られた情報との全体
としての整合性の中で検討されるべきものである。
(2)平成14年7月承認時におけるイレッサによる間質性肺炎に関する知見及
び間質性肺炎発症の危険性
ア特発性間質性肺炎と薬剤性間質性肺炎
特発性間質性肺炎は,間質性肺炎の中で圧倒的に症例数が多く,難治性
で原因不明であることなどから,最も研究が集中している。
承認当時,特発性間質性肺炎に関する病型分類が一応整理されつつあっ
たという状況であったものの,病型分類予後と関連づけた病型分類研究は
半世紀にわたる混乱した歴史を経てなお未解決の問題を残している。
また,特発性間質性肺炎における急性間質性肺炎(AIP)型をとるも
のの予後に関する評価は,予後不良とするものと予後良好とするものなど
があり,慢性の特発性肺線維症ほどには評価が定まっていなかった。
したがって,特発性間質性肺炎における急性間質性肺炎(AIP)型に
あたるものとして予後不良であるということを直ちに予測できる状況には
なかった。加えて,特発性間質性肺炎の病型分類が薬剤性間質性肺炎に妥
当するかについては実証的に研究されてはいなかった。
イ個別の新薬による薬剤性間質性肺炎の発症頻度と予後に関する知見
(ア)特定の薬剤による薬剤性間質性肺炎の発症頻度や予後の特徴は薬剤ご
とに症例を集積して検討するほかはないと考えられていたこと
平成14年7月当時の薬剤性間質性肺炎一般に関する知見において
は,薬剤性間質性肺炎は,薬剤による直接的細胞傷害作用と免疫学的機
序を介した間接的細胞傷害作用が単独で又は複合して発症すると考えら
れていたが,その発症機序には未解明な点が多く残され,その機序を峻
別することが困難であったほか,症例ごとの他の要因も関与することが
指摘され,症例報告のないものを含めて多くの薬剤に発症可能性がある
と考えられていた。
薬剤性間質性肺炎は,その進展の機序に未解明な点が多く,発症後の
症状,経過や予後は多彩で,基本的に病理組織型に影響を受けると考え
られていたものの,症例ごとの他の要因にも左右されることが指摘され
ており,病理組織型について一般的な分類基準はなく,1つの薬剤でも
異なる病態を示すなど薬剤と病態が一対一対応ではなく,分類が困難で
あることが指摘され,その発症頻度や予後は薬剤ごとに異なり,一般論
としては論じられないと考えられていた。
また,薬剤性肺障害全体の予後については,多くはステロイド療法で
回復するが,致死的となる症例もあるとされていた。
以上によれば,薬剤性間質性肺炎一般に関する知見は,その発症機序
や進展機序は未解明で,発症頻度や病態も様々であり,薬剤や症例ごと
に異なり得るというものであり,特定の薬剤が薬剤性間質性肺炎を発症
させるのかどうか,させるとしてその予後はどうかは,個別の薬剤ご
と,個別の症例ごとに異なり得るということになる。薬剤性間質性肺炎
一般に関する知見の下で,特定の個別の薬剤による薬剤性間質性肺炎の
発症頻度や予後の特徴は,個別の薬剤ごとに症例を集積して検討するよ
りほかはないと考えられていた。
(イ)薬剤性間質性肺炎の症例集積研究には研究領域の特殊性に起因する困
難さがあり,薬剤ごとの症例集積が容易ではなかったこと
a研究者が研究の機会を得にくい条件下にあること
薬剤性間質性肺炎のような薬剤性有害反応を,研究目的で作為的に
ヒトに生じさせることは,倫理に反して許されない。そのため,その
研究は,治療目的の使用における偶発的な発症の機会をとらえて行わ
ざるを得ない。
しかし,薬剤性間質性肺炎を含む薬剤性肺障害は,発症頻度自体が
低いため,同一施設で同一薬剤による多数例を経験することが少な
い。薬剤の本来の薬効は必ずしも呼吸器領域にはなく,薬剤を治療目
的で使用する臨床領域と有害事象の臨床領域が異なっていることか
ら,専門的研究者が研究の機会を得ることは少なくならざるを得な
い。
研究者が研究を行うための客観的な情報収集は,薬剤性間質性肺炎
を発症した場合であっても,その発症が急であること,研究よりも治
療が優先されることや,患者やその家族の同意の問題などの理由から
困難であった。抗がん剤の場合には,併用療法が標準的治療法となっ
ていることから,単剤での症例集積が極めて困難であるという特殊な
事情もあった。
平成14年当時のみならず現在も,特発性間質性肺炎の研究とは異
なり,薬剤性肺障害や薬剤性間質性肺炎を主に研究している研究者は
ほとんどおらず,これを専門とする学会や研究会等もなく,呼吸器分
野の研究領域のうち,びまん性肺疾患の分野の専門家がそれぞれの専
門的研究の傍らで薬剤性間質性肺炎などを研究している状況にある。
b散発的な一例報告を主体とする研究に依存せざるを得ない状況にあ
ったため,少数の例外的薬剤を除き,薬剤ごとの症例集積は行われて
いなかったこと
イレッサ以前の薬剤性肺障害に関する研究は,多数例の発生により
検討が進められていた一部の例外的薬剤(ブレオマイシン,小柴胡湯
やメトトレキサートなど)を除いて,1例ないし数例という程度の症
例報告が散発的に行われるにとどまっており,系統的な研究や実証的
な研究はほとんど存在しておらず,個々の薬剤ごとの発症頻度や病態
に関する知見は乏しかったのである。
(ウ)予後と関連づけた病型分類からの検討が概念上も実際上も困難であっ
たこと
a困難な研究条件の下で,病型分類に関する知見も病型ごとの予後に
関する知見も確立していなかったこと
平成14年7月当時の薬剤性間質性肺炎一般に関する知見において
は,薬剤性間質性肺炎では,症状経過,予後と病理組織像との関連が
実証されておらず,薬剤性間質性肺炎では,病理学的に完全には病型
を分類することができないと指摘されており,また病型分類からの予
後の検討にも限界があり,病型ごとの予後に関する知見は乏しかっ
た。
平成14年7月当時,薬剤性間質性肺炎がびまん性肺胞障害(DA
D)の病理組織像を呈した場合の予後は,悪い可能性があるものの,
薬剤や症例によって悪くはない可能性があると考えられていたのであ
る。イレッサ承認当時,びまん性肺胞障害(DAD)の病理組織像を
呈する薬剤性間質性肺炎の予後に関する知見は,相互に矛盾する研究
がなされており,今後確認,検討を要する状況であった。
b個別症例の検討における病型分類が実際上も困難であったこと
間質性肺炎の病型分類は,①患者の組織やCT等の臨床画像を情報
として収集し,②これを病型分類の概念に即して分析検討する,とい
う検討作業を経なければならないから,病型分類の概念が研究レベル
で確立して混乱期を脱したとしても,直ちに臨床レベルで応用が可能
となるものではない。
また,病型分類をすることは,以下の3点から実際上困難であっ
た。①検討対象となる組織等の情報収集自体に困難があり,②組織等
の情報収集ができた場合も,間質性肺炎の個別症例を病型概念に照ら
して正確に分析検討していくことには診断技術上の困難があり,画像
診断を初めとして,個別症例の病型分類まで正確に行える医師は,我
が国にはほとんど存在していなかった。③同一症例でも複数の病理組
織像が混在するような場合には,病型分類に即した分析検討の実際上
の困難性はさらに高まる。
以上のとおり,平成14年7月当時,薬剤性間質性肺炎の症例検討
における病型分類の検討は,概念上のみならず,実際上も限界があ
り,困難であり,現在から見れば混乱期にあったのである。
ウイレッサの間質性肺炎の発症可能性及び重篤性に関する知見
(ア)作用機序からの評価
a従来の抗がん剤は直接的細胞傷害作用を有すること
平成14年当時,薬剤性間質性肺炎は,①薬剤による直接的細胞傷
害作用と,②免疫学的機序を介した間接的細胞傷害作用の2つの作用
が,単独又は複合して発症すると考えられていた。
前記第3章第3の1のとおり,従来の抗がん剤である殺細胞性抗が
ん剤は,がん細胞の死滅を目的として,DNAやRNAの合成阻害,
細胞分裂の阻害をその作用機序とするため,がん細胞のみならず,正
常な細胞にも傷害作用を及ぼして副作用をもたらす。
したがって,殺細胞性抗がん剤は,この作用機序から,肺毒性が導
かれ,薬剤による直接的細胞傷害作用(上記①)による間質性肺炎の
発症可能性が想定されるものである。
bイレッサは殺細胞性の作用機序を有するものではないこと
前記第3章第3の2のとおり,イレッサは,がん細胞に特異的な標
的分子を選定して,その分子機能を阻害することで抗腫瘍効果をもた
らす分子標的治療薬である。
イレッサは,殺細胞性の作用機序を有するものではないことから,
殺細胞性抗がん剤のように,直接的細胞傷害作用(前記a参照)によ
る間質性肺炎の発症可能性が当然には導かれない。イレッサによる薬
剤性間質性肺炎の発症の機序などは,平成14年当時のみならず現在
においても解明されていない。
イレッサは,がん細胞に特異的に過剰発現している分子を標的とし
て機能する分子標的治療薬であるため,正常な細胞には作用すること
が少ないと期待されていたのである。
(イ)副作用症例の評価
a治験における副作用症例からの評価
国内3症例の間質性肺炎からは,承認当時,イレッサによって薬剤
性間質性肺炎が発症する可能性があるということはいえても,それ以
上の予測を立てることはできなかったものというべきである。イレッ
サには殺細胞性抗がん剤よりも致死的な肺障害の発症頻度が高いと考
える理由は見当たらなかったものであるが,間質性肺炎という疾患
は,症例によっては致死的となる疾患であるから,イレッサにより,
承認用量で,症例によっては致死的となるおそれのある間質性肺炎が
発症するという可能性を否定することまではできないという状況であ
ったのである。
以上によれば,治験における副作用報告の状況からは,「イレッサ
により,承認用量で間質性肺炎が発症する可能性は否定できないが,
それが従来の抗がん剤と比べて異なる発症頻度や重篤性のものとは認
められない」という評価が,医学的,薬学的知見に合致するものであ
ったといえる。
b海外の副作用症例からの評価
海外7症例には,イレッサによる副作用であるか疑義のあるものが
含まれていた。
また,海外7症例は,いずれもイレッサによる間質性肺炎であると
仮定して検討したとしても,海外7症例で見られた間質性肺炎の発症
経過や症状経過は,非特異的なものであり,発症頻度や重篤性など承
認後に判明したようなイレッサによる間質性肺炎の特徴を見出すこと
はできなかった。
したがって,海外の副作用症例の状況は,全体として,「イレッサ
により,承認用量で間質性肺炎が発症する可能性は否定できないが,
それが従来の抗がん剤と比べて異なる発症頻度や重篤性のものとは認
められない」という治験での評価と類似性があり整合するものであっ
たから,知見による評価を補強するものといえる。
c副作用症例の評価のまとめ
以上を総合すると,平成14年7月当時の医学的,薬学的知見は,
承認用量のイレッサにより,間質性肺炎が発症する可能性が否定でき
ず,イレッサによる間質性肺炎が従来の抗がん剤と同様に症例によっ
ては致死的となる可能性があったが,それが従来の抗がん剤より発症
頻度が高いもの又はより重篤なものであったとは認められないという
ものであったといえる。
(ウ)非臨床試験の結果に関する評価
a屠殺例の発生
一般毒性試験では,被験薬を投与された実験動物に様々な理由で一
般状態の変化が見られることがあり,屠殺は,致死量や毒性変化の内
容を把握するという同試験の目的に照らして,必要な検査を行い,必
要な知見を得るために行われるものである。
したがって,屠殺例の発生やその数が当該医薬品の毒性の強さを示
すわけではなく,臨床用量は,臨床試験の結果を踏まえて最終的に設
定されるものであるから,非臨床試験から単純に評価するのは失当で
ある。
b肺胞マクロファージ等の所見
原告らは,「肺胞マクロファージの有意な増加,イヌ6か月試験で
肺毒性所見,ラット6か月試験での呼吸器毒性などの所見が得られて
おり,また,多くの屠殺処分をせざるを得ず,そして,6か月試験で
は高用量群の用量を減量せざるを得ない状況になるなどイレッサの強
い毒性が観察されていた。」旨主張する。
しかし,上記見解は,事実や医学的,薬学的知見に基づかない独自
の推論によって形成された非科学的なものであるから,原告らの主張
には理由がない。
c呼吸器系の炎症を示す所見
ラット6か月試験における肺胞浮腫,肺胞内細胞浸潤の多発,気管
支の異物性肉芽腫,腫瘍形成が原因で屠殺された例は,いずれも誤投
与の結果に整合する症状であり,気管支の病変は肺とは別の器官であ
るから,イレッサによる肺障害を示唆するものとはいえない。
イヌ6か月試験における限定性肺中隔化生が認められた例は,同症
状が一肺葉の一部に生じたにすぎず,両側の肺にびまん性に認められ
る薬剤性肺障害の症状とは異なるものである。よって,イレッサによ
る肺障害を示唆するものとはいえない。
エまとめ
平成14年7月当時の薬剤性間質性肺炎に関する知見や,新医薬品の安
全性の評価方法に関する知見等を前提とした,イレッサの国内外の臨床試
験の有害事象,副作用症例その他の安全性に関する情報からは,平成14
年7月当時,承認用量のイレッサによる間質性肺炎発症の可能性は否定で
きず,また殺細胞性抗がん剤による間質性肺炎と同様に症例によっては致
死的となる可能性のあることは否定できなかったが,イレッサによる間質
性肺炎が殺細胞性抗がん剤による間質性肺炎よりも発症頻度が高い又は重
篤であるとの知見までは得られていなかった。
イレッサと間質性肺炎との関連性は,販売後の調査の結果等を踏まえ,
慎重に検討していくことが必要であり,かつそれで十分であった。
(3)承認後の事情からみる平成14年7月当時のイレッサによる間質性肺炎に
関する知見及び間質性肺炎発症の危険性
ア承認後の医学的,薬学的知見の進展を踏まえたイレッサによる間質性肺
炎の検討
(ア)安全性検討会
厚生労働省は,平成14年12月25日及び平成15年5月2日に,
安全性検討会を開催した。厚生労働省では,安全性検討会での専門家の
委員による「承認時の安全性・有効性等に関する資料及び市販後の副作
用報告データ等」や「今後の安全対策」についての議論を受けて,更な
る安全対策を採ったものである。
a平成14年12月25日開催分
平成14年12月25日開催の安全性検討会では,イレッサの承認
前の審査報告書や海外から報告された副作用症例報告一覧等の資料
や,承認後に副作用として報告された医薬品副作用・感染症症例票等
の資料を踏まえ,その時点での医学的,薬学的知見に基づき,「承認
時の安全性・有効性に関する評価」や「市販後における安全性と安全
対策」等について議論された。
同日の安全性検討会では,第一に,イレッサによる間質性肺炎の特
徴の一つとして,「投与初期に発生し致死的な転帰をたどる例が多
い」ことが議論となり,その結果,「少なくとも投与開始後4週間は
入院またはそれに準ずる管理のもとで,間質性肺炎等の重篤な副作用
発現に関する観察を十分に行うこと。」という検討会の見解が示され
たが,これは承認後の日本国内での多数の副作用報告によって初めて
判明したものである。第二に,間質性肺炎等の疾患の既往歴のある患
者への使用の危険性の有無及び程度についても議論となったが,間質
性肺炎等の疾患の既往歴のある患者への使用を禁忌に設定することに
は専門家の委員の間から異論があり,慎重投与に設定することにとど
まった。最後に,今後の対応については,①インフォームド・コンセ
ントや情報提供の徹底,②より適切な管理の下での使用の徹底,③間
質性肺炎,肺線維症,またはこれらの疾患の既往歴のある患者への使
用を慎重投与に設定,④「服用者向け情報提供資料」の作成等,⑤企業
による市販後安全対策の強化,などの検討結果を取りまとめた。
b平成15年5月2日開催分
平成15年5月2日開催の安全性検討会では,平成14年12月2
5日開催分における安全性検討会の意見に対する被告会社の取組状況
や医療機関におけるイレッサ投与例の紹介等の資料を踏まえ,医学
的,薬学的知見に基づき,「今後の対応の実行状況と最近の副作用発
現状況」や「有効性・安全性に関する最近の知見(学会報告)」等に
ついて,議論された。
しかし,同日の安全性検討会では,前回の安全性検討会の検討結果
である「今後の対応」以外の安全対策を採るべきとの意見は取りまと
められなかった。
(イ)専門家会議
平成14年10月15日の緊急安全性情報の発出後,被告会社は,臨
床腫瘍学専門家,呼吸器内科専門家,放射線診断専門家及び病理診断専
門家を委員とした専門家会議を組織した。
専門家会議は,イレッサ服用中に急性肺障害又は間質性肺炎を発症
し,詳細調査情報が得られた症例を解析し,その解析結果によって得た
知見を,平成15年1月31日には専門家委員会中間報告書として,同
年3月26日には専門家会議最終報告書として,発表した。
中間報告書では,79症例の検討結果を発表しているが,「投与開始
後4週までに発症する症例数は多い」,「投与早期に間質性肺炎が発症
する傾向があり,投与開始から4週間の厳重な観察が求められてい
る。」などと検討されている。
最終報告書では,詳細調査情報が得られた152例の検討が行われ
た。具体的には,①日本における間質性肺炎の発症率は約1.9%(死
亡率約0.6%)と推定され,海外に比べて約6倍と著しく高頻度であ
ること,②間質性肺炎の予後を悪化させる可能性のある因子として,性
別(男性),がんの組織型(扁平上皮がん),特発性肺線維症(IP
F)等の既存(あり),全身状態不良(PS2以上),喫煙歴(あ
り),ゲムシタビンによる前治療(なし),の6項目が示唆され,うち
特発性肺線維症(IPF)等の既存あり,男性,扁平上皮がん,の3項
目が主要な予後因子となる可能性が示唆されたこと,③イレッサによる
間質性肺炎のCT所見は,斑状あるいはびまん性の分布を示すすりガラ
ス陰影又は浸潤影を主体とする所見が中心であったこと,④臨床的にイ
レッサによる間質性肺炎とされた死亡例の,剖検における基本的な病理
組織像は,びまん性肺胞障害(DAD)であったこと,などの解析結果
が示され,専門家会議では,上記報告等を踏まえた診断・治療への提言
を行った。
専門家会議は,CT画像を入手できた症例から他疾患である可能性が
高い症例を除いた47症例の画像パターンを検討したところ,イレッサ
では合計4つの画像パターンを示す薬剤性肺障害の発症が初めて確認さ
れ,イレッサのびまん性肺胞障害(DAD)は予後が悪いという知見が
ほぼ確立した。
(ウ)WJTOG研究報告
WJTOG研究報告によれば,イレッサによる治療を受けた1976
例の患者について報告されたイレッサ誘発性の間質性肺炎発症率は3.
5%,死亡率は1.6%であった。なお,中間報告の段階では,3∼
4%の頻度で発生し,1∼2%の死亡率があることが推定されたとされ
た。
WJTOG研究報告の中間報告によれば,発症危険因子として,男
性,喫煙者,特発性間質性肺炎(肺線維症)ありの3つが挙げられ,
発症後の予後不良因子として,男性,全身状態不良(PS2以上),
2週間以内の急性肺障害・間質性肺炎の早期発症の3つが挙げられ
た。最終報告においても,性別(男性),喫煙歴(あり),間質性肺
炎の同時発症(あり)が,発症危険因子とされた。
以上のように,WJTOG研究報告は,イレッサによる間質性肺炎
について,初めて行われた大規模な試験であり,イレッサ承認から間
がない時期(平成14年8月31日から同年12月31日まで)にお
ける投与例(1976例)に基づいたもので,発症率,死亡率,発症
危険因子,予後不良因子等について新たな情報を明らかにした。
(エ)プロスペクティブ調査
プロスペクティブ調査によれば,判定委員会による判定に基づくイレ
ッサによる急性肺障害及び間質性肺炎の発現率は5.81%であり,発
現症例中の死亡数は75例(安全性評価対象症例の2.26%に当た
る。)であった。なお,主治医判定に基づく場合は,発現率は6.4
7%,死亡数は83例(安全性評価対象症例の2.50%に当たる。)
であった。
急性肺障害及び間質性肺炎の発現因子は,①PS2以上の症例,②
喫煙歴を有する症例,③イレッサ投与時に間質性肺疾患を合併してい
る症例,④化学療法歴を有する症例で,いずれも発現率が高くなるこ
とが示唆された。予後不良因子(転帰死亡)は,男性の症例,PS2
以上の症例で,死亡率が高くなることが示唆された。
従来の薬剤性肺障害の情報は,有害事象報告に基づくため統計学的
解析がなされていないものや治験レベルの情報であるために少数例の
解析となっていたものが多かった。これに対して,プロスペクティブ
調査は,大規模な調査であり,同調査によって発現率,発現因子等に
関するより正確な情報が得られたものである。
(オ)コホート内ケース・コントロール・スタディ
コホートに初回登録された症例中の間質性肺炎の発症率は,イレッサ
投与例で3.98%,他の化学療法例で2.09%であった。進行又は
再発非小細胞肺がん患者では,イレッサによる間質性肺炎発症の危険
は,交絡因子による調整を行った場合の調整オッズ比において,他の化
学療法の約3.23倍であった。間質性肺炎発症例のうち,間質性肺炎
による死亡例は,イレッサ投与例で31.6%,他の化学療法例で2
7.9%であり,ほぼ同程度であった。なお,イレッサ投与例の治療関
連死は1.6%で,主な死因は間質性肺炎であったが,この治療関連死
の割合は,従来の抗がん剤と比べて,特に高い死亡率ではなかった。
間質性肺炎発症の危険因子は,イレッサと他の抗がん剤のいずれを投
与したかにかかわらず,①喫煙歴あり,②既存の間質性肺炎,③非小細
胞肺がんの初回診断から間質性肺炎発症までの期間が6か月以内である
こと,④PS2以上,⑤正常肺占有率がCT画像上50%以下,⑥55
歳以上,⑦心血管系の合併症を有していることが,間質性肺炎発症の危
険因子と特定された。
コホート内ケース・コントロール・スタディは,抗がん剤の世界初と
いえるほどの大規模な臨床研究であり,試験デザインも厳密で信頼性が
高いプロスペクティブ試験であったところ,同調査によって,より正確
な発現因子等の情報が得られるとともに,初めて,イレッサの他の化学
療法との比較における間質性肺炎発症の相対リスク(約3.23倍)の
推定がなされるとともに,発症した場合の死亡率は他の化学療法とほぼ
同程度であることが判明した。
なお,コホート内ケース・コントロール・スタディにおけるイレッサ
投与群の結果(間質性肺炎発症率3.98%,死亡率1.6%)は,W
JTOG研究報告の結果(間質性肺炎発症率3.5%,死亡率1.
6%)と整合する。
イ薬剤性間質性肺炎に関する現在の知見
(ア)薬剤性肺障害に関する現在のコンセンサス
日本人は欧米人に比べて,特定の薬剤について致死的な間質性肺炎を
著しく起こしやすいこと,肺線維症又は間質性肺炎の既往歴がある患者
は,イレッサによる間質性肺炎を起こしやすい(発症危険因子である)
こと,同一薬剤が同一の用法・用量で複数の肺障害パターンを示すこ
と,薬剤によって起こしやすいパターンがあること,治癒率や死亡率は
起こしやすいパターンに依存することなどが,イレッサ承認後に判明し
た。
(イ)薬剤性肺障害の発生機序に関する現在の知見の状況
イレッサによる肺障害の発生機序は,薬物動態と関係を認められず,
総投与量とも関係せず,個々の反応に関係する間接的細胞傷害による可
能性が高いと考えられているものの,殺細胞性抗がん剤でないイレッサ
自体が具体的にどのような機序によって肺胞上皮細胞に傷害をもたらす
のかは,現在においても未解明である。
イレッサの作用機序であるEGFR阻害が肺障害の増強を促すのか,
抑制を促すのかという点は,イレッサ承認時から異なる複数の研究があ
ったが,現在でもなお異なる複数の研究が公表されており,結論が出て
いない。
ウまとめ
以上のように,イレッサ承認後に得られた知見から,イレッサ承認当時
のデータを振り返ってみても,イレッサ承認当時に得られていた知見が前
記ア(ウ)のとおりであったことが裏付けられるのである。
3イレッサの有用性について
(原告らの主張)
(1)医薬品の有用性判断
ア有用性判断の基本原則
有用性判断は,有効性及び安全性に関する知見を総合的に判断し,有効
性及び安全性の比較衡量により行われる。医薬品評価に誤りを生じやすい
現状として,試験成績の有効性を過大に評価し,安全性を過小に評価する
傾向にあるから,上記比較衡量は,有効性の認定に際しては厳格に,安全
性(副作用の発現可能性等)の認定に際しては緩やかに判断された上で慎
重に行われる必要がある。
科学的な医薬品の有用性評価においては,最終的には,医薬品の有効性
が確認され,安全性への疑いに対して十分な対処が行われる必要がある。
イ被告らの主張(肺がんに対する化学療法が頭打ちになっていること)に
対する反論
被告らは,肺がんに対する化学療法が頭打ちになっているとして,新た
な作用機序を有する医薬品であれば,あたかも有効性,安全性の評価が緩
やかであってもかまわないかのように主張する。
しかし,肺がんに対する化学療法の治療の効果が限界に達しているとい
うことはなく,仮に肺がんに対する化学療法が頭打ちとなっていたとして
も,医薬品開発の科学的原則が緩和されるべきものではない。
また,新たな作用機序を有する医薬品であるからといって,有効性や安
全性が推定されることはなく,イレッサが分子標的治療薬であることか
ら,有効性や安全性が推定されるものでもない。分子標的治療薬は,開発
過程における候補物質のスクリーニングにあたって,がん細胞自体を対象
とするのか,EGFR等の標的分子を対象に候補物質を選定するのかとい
う違いにすぎず,分子標的治療薬だから,当該物質が生体に有害な作用を
及ぼさないとは限らない。
(2)イレッサの有用性
ア平成14年7月当時のイレッサの有用性
(ア)平成14年7月承認時のイレッサの有効性
IDEAL各試験結果の奏功率は,従来の抗がん剤を越えるものでは
なく,むしろ劣っており,これを積極的に評価することが難しいのみな
らず,抗がん剤の第Ⅱ相試験であるIDEAL各試験結果の奏功率から
延命効果を予測することはできない。また,対照群を置かないIDEA
L各試験における生存期間中央値などをイレッサの有効性の根拠とする
こともできない。
したがって,IDEAL1試験の日本人群の試験結果を考慮したとし
ても,イレッサが日本人の非小細胞肺がん患者の治療において有効性,
すなわち延命効果を有しない薬剤である可能性を念頭に置くべき状況に
あったというべきである。
(イ)平成14年7月承認時のイレッサによる間質性肺炎の危険性と重篤性
平成14年7月承認前から,抗がん剤による薬剤性間質性肺炎には死
亡例や重篤例が多く見られており,イレッサの承認時には,既に,薬剤
性間質性肺炎について,予後が不良となりうる疾患であり,かつ,その
中でも急性間質性肺炎・びまん性肺胞障害(AIP/DAD)型をたど
るものは予後が不良であるということ,及び抗がん剤による薬剤性間質
性肺炎については致命的になりやすいため特に注意を払われなければな
らなかった。
イレッサの臨床試験を検討する上で,イレッサのEGFR阻害という
ドラッグデザインから予測される毒性,イレッサの非臨床試験で得られ
た毒性所見を前提に慎重かつ厳密に吟味する必要がある。
有害事象と治験薬との因果関係は,治験担当医師の判断のみならず,
治験全体の結果や他の副作用情報を総合して判断する必要があり,副作
用については,臨床試験における副作用報告のみならずEAPなど他の
副作用情報も重視して安全性評価を行わなければならない。
イレッサの臨床試験において現れた有害事象死亡例は,大半が副作用
に分類されるべきものであり,少なくともこれら有害事象死亡例のデー
タはイレッサによる致死的な急性肺障害・間質性肺炎の副作用の発生を
予測させるに十分なものであった。イレッサの国内臨床試験やEAPを
含む副作用報告で認められた間質性肺炎の副作用発症例は,いずれも極
めて重篤かつ致死的なものであり,発症率及び死亡率も高頻度であっ
た。
そうすると,イレッサが極めて重篤かつ致死的な間質性肺炎の副作用
を高頻度で発症させるものであることはイレッサ承認前の時点で既に明
らかになっていたというべきである。
(ウ)まとめ
旧ガイドラインにおける腫瘍縮小効果を前提にした承認制度において
も,イレッサはIDEAL各試験の結果等からの有効性の見込みと危険
性を比較しても,有効性が欠如し又は危険性が有効性を上回るものであ
るから,有用性があるとはいえない。
イ承認後のイレッサの有用性
(ア)承認後のイレッサの有効性
イレッサは,INTACT各試験,ISEL試験,SWOG0023
試験において延命効果の証明に失敗し,旧ガイドラインを前提とした我
が国の承認条件となったドセタキセルとの比較臨床試験(V1532試
験)でも延命効果を証明できなかった。
その後も,INTEREST試験やIPASS試験などが行われた
が,これらの試験結果をもってイレッサの日本人に対する有効性を証明
したとはいえない。また,EUでの承認は,EGFR遺伝子変異に限定
した承認であるが,我が国では現在も適応限定がされないまま販売され
続けている。
したがって,イレッサの有効性は,統計学的な問題にとどまるもので
はなく,現在もなお科学的に証明されていない。
(イ)承認後のイレッサの間質性肺炎の危険性と重篤性
イレッサによる間質性肺炎が重篤かつ致死的なものであり,イレッサ
の安全性が欠如していたことはイレッサ承認時から明らかであったが,
承認後には,わずか6年足らずで734人という多数の副作用死亡者数
を出し,イレッサの急性肺障害・間質性肺炎の毒性が極めて高頻度で発
症するという結果に表れた。
また,イレッサの安全性欠如は,イレッサ販売後におけるプロスペク
ティブ調査,コホート内ケース・コントロール・スタディの結果や他剤
との比較によって,イレッサは他の抗がん剤と比較して極めて強い毒性
を有することが明らかとなった。
(ウ)まとめ
承認後における有効性及び安全性に関する諸事情を考慮すれば,イレ
ッサは,少なくとも「手術不能又は再発非小細胞肺がん」という適応と
の関係では,有効性が欠如し又は危険性が有効性を上回ることが科学的
に証明されたのであるから,有用性があるとはいえない。
(被告会社の主張)
(1)医薬品の有用性の判断方法
ア有用性判断の基準
医薬品の有用性は,有効性と安全性を比較衡量することにより判断され
るものである。
比較衡量にあたっては,①原疾病(非小細胞肺がん)の致死性・深刻
性,②非小細胞肺がんの治療法の現実,③抗がん剤には副作用が必然的に
伴うこと,④がん患者の治療機会の確保が重要であることなどの非小細胞
肺がんを取り巻く様々な事情が考慮されなけらばならない。
イ非小細胞肺がんを取り巻く状況
肺がんはがんの中でも治療が困難ながんであるが,その中でも非小細胞
肺がんは特に深刻な疾病である。しかし,現状においては非小細胞肺がん
の治療法はまだ十分な治療効果を上げ得るに至っていない。
非小細胞肺がんの化学療法ではがんを治癒させることができず,化学療
法の治療目的は延命とQOLの改善にある。また,化学療法で用いられる
抗がん剤は,殺細胞性抗がん剤と分子標的治療薬のいずれにしても,抗が
ん剤の作用機序という点や抗がん剤の治療係数(非小細胞肺がん抗がん剤
では治療効果が得られる用量と副作用が発生する用量が接近している)と
いう点からみて,副作用は避けがたい。抗がん剤の副作用の特徴は,回避
不可能性,多様性や重篤性にあるというのが実際である。
非小細胞肺がんを取り巻く上記の状況からすれば,非小細胞肺がん患者
に対して少しでも有用な抗がん剤を提供し,その治療機会を確保するとい
う問題は極めて重要な問題なのである。
(2)イレッサの有用性
ア平成14年7月当時のイレッサの有用性
(ア)平成14年7月承認時のイレッサの有効性
承認当時,イレッサは,IDEAL各試験という2つの第Ⅱ相試験にお
いて,非小細胞肺がんに対する高い有効性を示した。すなわち,セカンド
ライン以降の患者を対象に,セカンドラインの標準的化学療法であるドセ
タキセルを上回る奏効率を示し,副次的評価項目である症状改善やQOL
の改善が認められた。特に日本人の非小細胞肺がん患者に対しては,単剤
かつセカンドライン以降でありながら,ファーストラインの標準的化学療
法である2剤併用療法に匹敵する奏効率(27.5%)を示し,また,2
剤併用療法でさえ1年生存率は50%とされているのに対して,副次的評
価項目である生存期間中央値は1年を優に越えており(414日),さら
に,約半数(48.5%)の患者に症状改善が認められたのである。
また,IDEAL各試験は,セカンドライン以降の患者を対象にした試
験であり,イレッサは当該患者に高い有効性があることが示された。非小
細胞肺がんの化学療法においては,セカンドライン,サードライン,フォ
ースラインと化学療法が進むに連れて,抗がん剤の効果は薬剤耐性や全身
状態悪化の影響により得られにくくなるため,一般に同じ抗がん剤でもフ
ァーストラインで投与した方がセカンドラインで投与するよりも高い効果
が得られると考えられている。
したがって,平成14年7月承認時,イレッサは,非小細胞肺がんに
対して,セカンドライン以降だけでなく,ファーストライン治療におい
ても有効性があったといえる。
(イ)平成14年7月承認時のイレッサの安全性
承認当時からイレッサにより間質性肺炎の発症の可能性を完全には否
定できない状況にあった。しかし,薬剤性間質性肺炎に関する研究が本
格的に行われたのはイレッサ承認後であり,特発性間質性肺炎の病型分
類が薬剤性間質性肺炎にもそのままあてはまるか実証的な研究がされて
おらず,薬剤性間質性肺炎に関する医学的,薬学的知見の多くはイレッ
サの承認後に得られたものであり,すなわち病理組織学的分類と予後や
危険因子等はイレッサ承認後に得られた知見であり,イレッサ承認当時
から,イレッサによる間質性肺炎の予後が重篤なものとなることは必ず
しも明らかではなかった。
また,イレッサは,副作用全体の死亡率が他の非小細胞肺がん抗がん
剤と大差なく,間質性肺炎以外の副作用は他剤よりも軽微であり,患者
の全身状態を害するような副作用が少ないため,全身状態不良又は高齢
者の患者にとって治療の機会を与えることができる。これに対して,殺
細胞性抗がん剤では,間質性肺炎の発症頻度はイレッサよりも少ないも
のの,血液毒性という致死的で重篤な副作用があり,副作用死亡率はイ
レッサと大差ない。ただし,殺細胞性抗がん剤では,患者の全身状態や
QOLを害する副作用が高頻度で発生し,治療困難化等をもたらすこと
になる。
したがって,副作用全体でみると,イレッサの副作用は,少なくとも
他の非小細胞肺がんの抗がん剤と変わらない。
(ウ)まとめ
イレッサは,他の非小細胞肺がん抗がん剤と同等以上の有効性があ
り,従来の抗がん剤を投与できない患者にも投与できる可能性があるな
ど,従来の抗がん剤にはない特徴を有する。他方で,イレッサの副作用
は,殺細胞性抗がん剤とは副作用の種類等が異なるが,副作用全体で見
た場合には他の抗がん剤と同程度である。
したがって,非小細胞肺がんを取り巻く状況を基礎において,イレッ
サの有効性と危険性を比較衡量すれば,イレッサの非小細胞肺がん抗が
ん剤としての有効性が副作用の危険性を上回っているといえ,イレッサ
には有用性があるといえる。
イ承認後のイレッサの有用性
(ア)承認後のイレッサの有効性
a承認後に行われたイレッサの第Ⅲ相試験の結果から,次のような知見
が明らかとなった。
①セカンドライン以降の非小細胞肺がん患者を対象に,セカンドライ
ンの標準的化学療法であるドセタキセルとイレッサとを比較したV1
532試験及びINTEREST試験の結果,イレッサはドセタキセ
ルとともにセカンドラインの非小細胞肺がんに対して有効性があるこ
とが示された。すなわち,INTEREST試験では,全生存期間に
つき,イレッサのドセタキセルに対する非劣性が統計学的に証明され
たこと,V1532試験の全生存期間の結果には後治療等が影響した
と考えられ,後治療の影響を受けない無増悪生存期間についてはV1
532試験及びINTEREST試験ともにイレッサとドセタキセル
とで差はなかったこと,その他の副次的評価項目についてイレッサは
ドセタキセルと同等以上の結果が示されたことから,V1532試験
及びINTEREST試験の結果から,イレッサは,ドセタキセルと
ともに,セカンドラインの非小細胞肺がんに対する有効性があるとい
える。
②ISEL試験の東洋人サブグループ解析の結果及びIPASS試験
の結果によって,イレッサは,東洋人,腺がん,非喫煙者といった患
者に対して特に効果が高く,その効果は非小細胞肺がんのファースト
ラインの標準的化学療法である2剤併用療法を上回ることが示され
た。
ISEL試験が計画され実施された当時(試験開始は平成15年7
月)はまだ明らかになっていなかったが,平成16年4月にイレッサ
がEGFR遺伝子変異のある患者に効果が高いことが明らかとなり,
EGFR遺伝子変異は日本人を含む東洋人で高頻度で発現しているこ
ともその後明らかとなった。ISELのサブグループ解析の結果は,
正にこの知見と整合するものであり,イレッサが東洋人に対して効果
が高いことを示した結果ということができる。
また,ISEL試験のサブグループ解析の結果を第Ⅲ相試験によっ
て証明したのがIPASS試験である。IPASS試験は,東洋人・
腺がん・非喫煙者の背景因子を有するファーストラインの非小細胞肺
がん患者を対象に,イレッサとファーストラインの標準的化学療法で
あるカルボプラチンとパクリタキセルの2剤併用療法とを比較した試
験である。そして,IPASS試験において,イレッサは,ファース
トラインの標準的化学療法を上回る有効性を示したのである。
イレッサは,ISEL試験及びIPASS試験の結果によって,東
洋人,腺がん,非喫煙者という背景因子を有するファーストラインの
非小細胞肺がん患者に対し,ファーストラインの標準的化学療法を上
回る有効性があるといえる。
③IPASS試験では,EGFR遺伝子変異のある患者を対象にした
サブグループ解析が行われた結果,EGFR遺伝子変異のある患者で
は,主要評価項目である無増悪生存期間について,イレッサ群は対照
群のファーストラインの標準的化学療法群を大きく上回るとともに,
イレッサ群の奏効率は71.2%であり,イレッサはEGFR遺伝子
変異のある患者に特に効果が高いというものであった。
また,IPASS試験のサブグループ解析を含め,イレッサはEG
FR遺伝子変異のある患者に特に効果が高いという結果は,NEJ0
02試験によって第Ⅲ相試験で統計学的にも証明された。NEJ00
2試験はEGFR遺伝子変異のあるファーストラインの非小細胞肺が
ん患者を対象に,イレッサとファーストラインの標準的化学療法(2
剤併用療法)とを比較した試験であるが,主要評価項目である無増悪
生存期間について,イレッサは2剤併用療法を,統計学的有意差をも
って上回ったのである。
b以上のように,承認後は,EGFR遺伝子変異などの新たな知見の発
見や第Ⅲ相試験等により,より高い効果の期待できる患者が少しずつ明
らかにされてきた。現在では,EGFR遺伝子変異のある患者,日本人
を含む東洋人,女性,腺がん,非喫煙者といった背景因子が効果予測因
子として知られている。
もっとも,イレッサは,上記背景因子を有しない患者に対しても約1
0%程度の限度では一定の効果があり,貴重な治療の選択肢であるとい
える。
(イ)承認後のイレッサの安全性
イレッサには致死的で重篤な副作用として間質性肺炎があるが,これ
を含めた副作用全体の死亡率は他の非小細胞肺がん抗がん剤と大差な
く,また間質性肺炎以外の副作用は他剤よりも軽微であり,患者の全身
状態を害するような副作用が少ないため,全身状態不良又は高齢者の患
者にとって治療の機会を与えることができる。これに対して,殺細胞性
抗がん剤では,間質性肺炎の発症頻度はイレッサよりも少ないものの,
血液毒性という致死的で重篤な副作用があり,副作用死亡率はイレッサ
と大差ない。ただし,殺細胞性抗がん剤では,患者の全身状態やQOL
を害する副作用が高頻度で発生し,治療困難化等をもたらすことにな
る。
イレッサの間質性肺炎の発症頻度は,コホート内ケース・コントロー
ル・スタディなどの結果によれば約4∼5%であり,他の非小細胞肺が
ん抗がん剤に比べてやや高いものの,近時の発症頻度はかなり低くなっ
ている。死亡率は,コホート内ケース・コントロール・スタディなどの
結果によれば約1∼2%であり,その原因はほぼ間質性肺炎であるとこ
ろ,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度が低下するのと同様に,間質
性肺炎の死亡率も近時は低くなっている。
そうすると,承認時までの事情,コホート内ケース・コントロール・
スタディやプロスペクティブ調査などによる副作用の全体像及び現在に
おけるイレッサの副作用死亡率の低下を総合すれば,イレッサの副作用
の危険性は他の非小細胞肺がん抗がん剤に比して小さいと考えられ,少
なくとも,副作用全体でみると,他の非小細胞肺がんの抗がん剤と変わ
らないといえる。
(ウ)まとめ
イレッサは,EGFR遺伝子変異などの特定の背景因子を有する患者
に対しては他の非小細胞肺がん抗がん剤以上の有効性があり,また上記
背景因子を有しない患者に対しても従来の抗がん剤と同等程度の有効性
があるだけでなく,従来の抗がん剤を投与できない患者にも投与できる
可能性があるなど,従来の抗がん剤にはない特徴を有する。他方で,イ
レッサの副作用は,殺細胞性抗がん剤とは副作用の種類等が異なるが,
副作用全体で見た場合には他の抗がん剤と同程度である。
したがって,非小細胞肺がんを取り巻く状況を基礎において,イレッ
サの有効性と危険性を比較衡量すれば,イレッサの非小細胞肺がん抗が
ん剤としての有効性が副作用の危険性を上回っているといえ,イレッサ
には有用性があるといえる。
(被告国の主張)
(1)医薬品の有用性判断
ア医学的,薬学的知見における有用性判断は,対象疾病の重篤性,それに
対する治療効果等を考慮した有効性と,副作用の重篤性や発生頻度等を考
慮した安全性とを比較して行われる相対的なものであること
医学的,薬学的知見における有用性判断は,効能,効果と副作用を比較
衡量した評価によって定まり,副作用の重篤性や発生頻度等を考慮した安
全性は,対象疾病の重篤性や対象疾病に対する治療効果等を考慮した有効
性との関係で,相対的に比較衡量されている。そのため,同一の重篤性や
発生頻度の副作用が生じる医薬品であっても,その有用性判断は必ずしも
同じになるわけではない。
特に,がんという,致死的で難治性の疾病に用いられる治療薬である抗
がん剤では,他の一般薬においては許容し得ないような重篤な副作用が生
じることもやむを得ないとされる場合が少なくない。
イ医学的,薬学的知見における有用性判断は,代替治療法と比較して相対
的に行われていること
医学的,薬学的知見における有効性と安全性との比較衡量は,当該医薬
品自体のみならず,代替可能な医薬品や治療法との関係で相対的にも行わ
れることが通常である。新薬は,従来の治療法である既存の医薬品に加
え,新たな治療の選択肢をもたらすものであるから,既存の医薬品との相
対的な比較なくして,その使用価値を判断することが困難である。
特に,がんという難治性の疾病に用いられる治療薬である抗がん剤で
は,代替薬の治療効果が限られており,治療手段のない患者(代替薬のな
い患者)も多いなどの事情があり,上記事情は医学的,薬学的知見におけ
る有用性判断において相当重視されている。
ウ医学的,薬学的知見における有用性判断は,効能,効果と副作用の全体
とを比較衡量して総合的に行われていること
医薬品による副作用は必ずしも1種類ではなく,その発現状況は個別の
症例によって異なり得るため,多種多様なものとなり得る。したがって,
医学的,薬学的知見における有用性判断は,効能,効果と,副作用の全体
とを比較衡量することにより,総合的に行われている。
特に,代替薬との相対的な比較においては,ある副作用に関しては新薬
より既存の代替薬の方が優れている(例えば,重篤でない,発生頻度が低
い。)としても,他の副作用や効能,効果において新薬の方が既存の代替
薬より優れている(例えば,他の副作用が重篤でない,治療効果が高
い。)のであれば,医学的,薬学的になお新薬に使用価値が認められるこ
とがある。また,副作用の種類等や作用機序が,既存の代替薬と異なるか
どうかも,重要な要素である。
エ医学的,薬学的知見における有用性判断は,適応症に罹患した患者全体
との関係で一般的,類型的に行われていること
医薬品の作用(薬理作用,有害作用,吸収・分布・代謝・排泄)には個
人差があるため,その効能,効果や副作用の実際の発現状況は個別の患者
によって異なり得る。
しかし,医学的,薬学的知見においては,個別の患者に対する有用性
と,適応症に罹患した患者全体に類型化,一般化した医薬品としての有用
性とを区別して評価している。医薬品の承認とは,申請に係る物が医薬品
として適当な物であるか否か,すなわち,品質・性状が適切であり,有効
かつ安全な医薬品であるか否かに関する一種の公認行為であるため,その
前提となる有用性としては,適応症に罹患した患者全体との関係での一般
的,類型的な意味での有用性が問題とされることになる。
(2)イレッサの有用性
ア平成14年7月当時のイレッサの有用性
(ア)平成14年7月承認時のイレッサの有効性
イレッサは,非小細胞肺がんに過剰発現し,がんの予後と密接に関連
するとされていたEGFRを標的として開発された新しい抗がん剤であ
って,臨床試験の前段階の各種試験において,EGFRチロシンキナー
ゼ阻害作用を有することが確認されて,EGFR発現量と相関性に不明
確な部分があったとはいえ,平成14年7月当時の非小細胞肺がんの化
学療法が限界に達していた状況を打破する,新たな治療の選択肢と考え
られた。
そして,イレッサの臨床試験(IDEAL1試験)において,日本人
で示された奏功率に生存期間中央値及び時点生存割合並びにイレッサの
作用機序などを総合すると,イレッサの有効性は肯定されるものであ
る。
(イ)平成14年7月承認時のイレッサによる間質性肺炎の危険性と重篤性
平成14年7月当時,イレッサによる副作用のうち特に重篤となる可
能性があったのは間質性肺炎であったが,イレッサによる間質性肺炎の
発症可能性や発症した場合の重篤性が,他の既存の抗がん剤を越えると
考える根拠はなかった。また,イレッサは,他の抗がん剤とは副作用の
種類等が異なり,間質性肺炎以外に特に問題となる副作用が認められな
かった。
これに対し,既存の抗がん剤には,時に致死的となる細胞傷害性の副
作用があった。
したがって,間質性肺炎のみならず他の副作用も含めた副作用全体を
見た場合,イレッサが,他の抗がん剤よりも,安全性において劣るとは
認められなかった。
(ウ)まとめ
前記(ア)及び(イ)のイレッサの効能,効果と副作用を総合的に比較衡量
すると,平成14年7月当時,イレッサの副作用による危険性は,新た
な治療の選択肢としての効能,効果による利益を上回るものではなく,
イレッサに有用性が認められることは明らかであった。
イイレッサ承認後の事情からみる平成14年7月当時のイレッサの有用性
(ア)イレッサ承認後の事情からみる平成14年7月当時のイレッサの有効

承認後の知見の進展は,承認当時のイレッサの有効性に関する知見の
重要な間接事実となる。
①イレッサは,承認後,実際の臨床現場で多くの症例に投与され,多
くの症例報告等によりその有効性が報告され,医師の臨床的評価が固ま
ってきていること,②がんの活性化に関与するEGFR遺伝子変異が発
見され,非小細胞肺がんにみられる多様で不均一な遺伝子変異の病態の
一端が解明されたことにより,イレッサの腫瘍縮小効果とEGFR遺伝
子変異との間に高い相関があることが判明し,EGFR発現量との相関
性に係る疑問が解消されつつあること,③承認後の第Ⅲ相試験の結果
も,イレッサの有効性を否定するものではなく,近時は有意な生存期間
の延長も報告されている。
以上のような承認後の事情は,承認時にイレッサの有効性を認めたコ
ンセンサスが適正かつ合理的であったことを裏付けるものものである。
(イ)イレッサ承認後の事情からみる平成14年7月当時のイレッサの間質
性肺炎の危険性と重篤性
承認前に,国内臨床試験133例中で3例(国内3症例)の間質性肺
炎の副作用報告症例があったところ,133例中の発症頻度(発症率約
2.3%,死亡率0%)は,その後に行われたプロスペクティブ調査で
示された頻度(判定委員会による判定に基づく発症率5.81%,死亡
率2.26%)や,コホート内ケース・コントロール・スタディで示さ
れた頻度(発症率は3.98%,死亡率は1.6%)より低い。しか
し,上記各頻度は,母数となる被験者集団に発症の危険因子を有する被
験者が含まれている割合によって左右され,被験者が少数であるほど,
その割合に偏りが生じる可能性が高く,イレッサ承認前の133例とい
う規模の治験では,被験者集団に発症の危険因子を有する被験者が含ま
れる割合につき実際の頻度からみて偏りが生じることは避けがたい。現
在における調査によっても発症頻度や死亡率等のデータは異なり,1つ
の研究や調査から直ちにイレッサの危険性の断定的な判断を導くことは
できない。そうすると,イレッサ承認当時において,イレッサによる間
質性肺炎の重篤性や発症頻度などに関する承認後に得られたような知見
が得られなかったとしても,それは承認前の治験の限界にほかならな
い。
また,薬剤性間質性肺炎という研究領域は,研究上の難しさから知見
が進んでいなかった研究領域であり,我が国ではイレッサによる間質性
肺炎の発生を受けて,近年急速に研究が深まって知見が進展したのであ
るから,イレッサ承認当時からイレッサによる間質性肺炎の発症や重篤
性などを予測できたというものではない。
したがって,厚生労働大臣が,イレッサ承認当時に,承認後に判明し
たようなイレッサによる間質性肺炎の重篤性や発症頻度を予見し得なか
ったというべきである。
(ウ)まとめ
前記(ア)及び(イ)の承認後の知見からみると,イレッサの副作用による
危険性が,新たな治療の選択肢としての効能,効果による利益を上回る
ものではなく,イレッサに有用性が認められるとした平成14年7月当
時の承認時の判断はやはり正当であったといえる。
(以下余白)
第2被告会社の責任について
1被告会社の製造物責任について
(1)製造物責任の判断枠組みについて
(原告らの主張)
ア医薬品の欠陥についての主張立証責任
医薬品は,治療上の効能,効果とともに何らかの副作用の生ずることを
避け難いものであるから,医薬品の有用性は有効性と安全性(副作用)を
比較衡量して検討し,有用性を認めることができない場合,当該医薬品
は,通常製造物が有すべき安全性を欠いていることになる。また,当該医
薬品の有効性,有用性が認められたとしても,適応疾患が誤って指定され
た場合,適切な警告を欠く等の十分な安全性確保措置が採られていない場
合は,製造物が通常有すべき安全性を欠いていることになる。
そして,被告会社は,当該医薬品の安全性情報,危険性情報等の多くの
情報を独占的に保有しており,原告らとの間には情報量や調査能力におい
て格段の差があることや,当該医薬品の輸入承認を受けている以上,本
来,有効性,有用性等を立証する資料を十分に有しているべきであること
などからすれば,公平の観点から,原告らにおいて,当該医薬品により副
作用が発生していることを主張立証すれば,当該医薬品の欠陥の存在が事
実上推定され,被告会社において,当該医薬品に欠陥がないという特段の
事情を主張立証する責任を負うというべきである。
本件においては,原告らがイレッサにより急性肺障害ないし間質性肺炎
の副作用が発生したことを主張立証すれば,イレッサの設計上の欠陥(有
用性の欠如),適応拡大による欠陥,指示・警告上の欠陥,広告宣伝上の
欠陥,販売上の指示に関する欠陥の存在が事実上推定され,被告会社にお
いて,イレッサに欠陥がないという特段の事情,すなわち,イレッサにつ
いて,すべての適応範囲において有効性,有用性があること,指示・警告
を尽くしたこと,適切な広告宣伝を行ったこと,販売上の指示を尽くした
ことを主張立証する責任を負うというべきである。
イ「欠陥」該当性の判断基準
製造物責任は,危険責任及び報償責任として,製造物に内在する危険性
の発現に対して,危険源を作り出した製造者が自ら得る利益の代償として
危険を負担する責任であり,また保証責任として,製造物に備わっている
と保証した安全性について,その安全性が欠けている場合には結果責任を
負担するものである。
したがって,製造物責任においては,製造物を引き渡した時点における
損害発生ないし危険性の予見可能性は要件とされず,現時点で存在する資
料に基づいて欠陥該当性が判断されるべきである。
すなわち,訴訟手続においては,事実審の口頭弁論終結時までに明らか
となった全ての事情を判断資料として,欠陥該当性が判断されるべきであ
る。
(被告会社の主張)
ア医薬品の欠陥についての主張立証責任
医薬品は,治療効果(有効性)の反面として副作用が発生するものであ
り,特にイレッサが適応とする非小細胞肺がんは,難治で致死的な疾患で
あって,その治療薬としての非小細胞肺がん抗がん剤は副作用が必発で,
副作用にも重篤なものが多い。そして,副作用による危険性を上回る有効
性がある(有用性がある)医薬品であっても,何らかの副作用が発生すれ
ば,欠陥が事実上推定され,製薬会社においてあらゆる欠陥の不存在を立
証しなければならないというのは,製薬会社に不可能を強いるものであ
る。
したがって,製造物責任法上,医薬品に欠陥があること,すなわち当該
医薬品に設計上の欠陥(有用性の欠如)があること,適応拡大による欠陥
があること,指示・警告上の欠陥があること,広告宣伝上の欠陥があるこ
と,販売上の指示に関する欠陥があることの主張立証責任は,原告らにあ
るというべきであり,医薬品による副作用が発生したことをもって当該医
薬品の欠陥が事実上推定されるということもできない。
イ欠陥該当性の判断基準
製造物責任法上,設計上の欠陥の有無は,製品の引渡時を基準に判断さ
れるが,イレッサの医薬品としての客観的性状は,承認当時から現在まで
変更がないことから,設計上の欠陥の有無すなわちイレッサの有用性の有
無については,現在までに明らかになったすべての医学的薬学的知見に基
づいて判断されるべきである。
もっとも,後記(4)(被告会社の主張)アのとおり,指示・警告上の欠
陥該当性の判断については,添付文書の記載を中心に判断されるべきであ
るところ,添付文書は,その作成時点における医学的薬学的知見及びデー
タに基づいて記載されるものであるから,その記載内容の妥当性は,当該
添付文書の作成時点における医学的薬学的知見を前提に,記載内容の妥当
性が判断されるべきである。
(2)設計上の欠陥(有用性の欠如)について
(原告らの主張)
ア判断枠組み
旧ガイドラインのⅡ相承認制度の下で承認された抗がん剤の有効性,有
用性の評価方法について,Ⅱ相承認制度の下では,抗がん剤の承認の要件
の判断においては,代替評価項目である腫瘍縮小効果を基準に有効性,有
用性が判断される。
しかし,消費者保護を目的とする製造物責任法の趣旨に照らせば,通常
有すべき安全性を欠くか否かの判断については,消費者の合理的な期待を
重視すべきであるところ,消費者たる患者は,Ⅱ相承認かⅢ相承認かとい
った手続的な問題については認識することなく,市販された臨床治療薬に
は,治療薬として臨床上意味のある有効性,有用性が備わっているものと
期待するのが通常である。また,被告会社は,Ⅱ相承認で医薬品の販売を
開始することにより多額の利益を得ているのであるから,危険責任・報償
責任の見地からも,真の評価項目である延命効果を基準とする有効性,有
用性を証明できなかった場合のリスクについては,被告会社が負うのが相
当である。
したがって,抗がん剤について,製造物責任法所定の欠陥の有無,すな
わち有効性,有用性の有無の判断に際しては,真の評価項目である延命効
果を基準に判断されるべきであり,その判断資料も製造物の引渡時のもの
には限られないというべきである。
イイレッサの有用性
(ア)現時点における有用性
前記第1の3(原告らの主張)(2)イのとおり,イレッサは,承認条
件とされた第Ⅲ相試験(V1532試験)において延命効果が証明され
ておらず,販売開始後に行われた第Ⅲ相試験の結果等,現時点で存在す
るすべての資料によっても,現時点において,日本人における延命効果
が証明されていない。
イレッサは,急性肺障害・間質性肺炎の副作用を高頻度で発症させ,
販売開始から平成22年3月末までに810人もの死亡者を含む被害者
を生み出しており,他の抗がん剤と比較しても極めて危険性の高い医薬
品である。
したがって,イレッサは,有用性がなく,医薬品として通常有すべき
安全性を欠く。
(イ)承認時における有用性
a仮に,設計上の欠陥の判断資料を製造物の引渡時のものに限るとし
ても,製造物の引渡し時の資料によっても,前記第1の3(原告らの
主張)(2)アのとおり,以下の事情が判明していた。
イレッサは,旧ガイドラインに基づき腫瘍縮小効果によって有効性
を判断し承認されたが,イレッサのIDEAL各試験等に基づく腫瘍
縮小効果は,承認当時存在した従来の抗がん剤を越えるものではな
く,イレッサには延命効果が認められない可能性を念頭に置くべきで
あった。
他方で,イレッサによる重篤な副作用は,ドラッグデザインや非臨
床試験の結果などから予見されたものであり,臨床試験段階における
副作用情報を併せ考慮すれば,被告会社は,イレッサが致死的な急性
肺傷害・間質性肺炎であるという危険性を有し,イレッサにより致死
的な急性肺障害・間質性肺炎が高頻度で発症することを把握していた
というべきである。
b以上のイレッサの有効性及び安全性に関する情報を比較衡量すれ
ば,Ⅱ相承認制度を前提としても,イレッサは,Ⅱ相承認段階で求め
られる有効性に比して危険性が重大であるから,有用性がなく,医薬
品として通常有すべき安全性を欠く。
ウまとめ
以上のとおり,イレッサは,承認時においても,現時点においても,有
用性は認められないから,医薬品として通常有すべき安全性を欠き,設計
上の欠陥がある。
(被告会社の主張)
ア判断枠組み
(ア)有効性の判断方法
前記第1の1(1)(被告会社の主張)のとおり,腫瘍縮小効果は,化
学療法の目的たる延命やQOL改善を直接に測る指標ではないが,延命
効果やQOL改善効果の代替評価項目である。非小細胞肺がんの病態
が,がんが増殖することによって数々の重篤な症状を引き起こし,やが
ては患者を死に至らしめるというものであることからすれば,医学的
に,腫瘍縮小は,延命やQOL改善の前提であり,延命効果やQOL改
善効果につながるものと考えられている。また,第Ⅲ相試験において
は,延命効果だけではなく,それ以外の様々な評価項目が設定され,評
価される。
したがって,有効性は,真の評価項目である延命効果やQOL改善効
果のみならず,腫瘍縮小効果,症状改善効果等の他の評価項目について
も,それぞれの内容や特質に応じて総合的に考慮して評価する必要があ
る。
(イ)有用性の判断方法
前記第1の3(被告会社の主張)(1)のとおり,医薬品の有用性は,
当該医薬品の有効性と安全性を比較衡量することにより判断されるもの
である。
そして,有効性と安全性との比較衡量にあたっては,①対象疾患の性
質,②当該疾患に対する他の治療薬の効果,③他の治療薬の副作用等に
ついても考慮される必要があるところ,①肺がんは,がんの中でも治療
が困難ながんであり,その中でも非小細胞肺がんは,特に深刻な疾病
で,自然回復の望めない致死的な疾患であること,②非小細胞肺がんの
抗がん剤(化学療法)はまだ十分な治療効果を上げ得るに至っていない
こと,③イレッサが市販される前に使用されていた殺細胞性抗がん剤の
副作用は多様かつ重篤であり,副作用による死亡が一定程度避けられな
い状況にあった。
したがって,イレッサの有効性と安全性との比較衡量にあたっては,
非小細胞肺がん患者に対して少しでも有用な抗がん剤を提供し,その治
療機会を確保する必要性があるという事情等が考慮されなければならな
い。
イイレッサの有用性
(ア)現時点における有用性
前記第1の3(被告会社の主張)(2)イのとおり,承認後の第Ⅲ相試
験(INTEREST試験,IPASS試験等)の結果によれば,イレ
ッサは,セカンドラインの標準的治療薬であるドセタキセルとともに有
効な治療薬であり,腺がん等の背景因子を有する患者に対しては,ファ
ーストラインの標準的治療法に優る有効性が認められている。さらに,
EGFR遺伝子変異のある患者に対しては,極めて高い治療効果を示す
ことが判明している。
これに対し,副作用については,イレッサの間質性肺炎の発症頻度は
他の非小細胞肺がん抗がん剤よりも高いものの,従来の抗がん剤に高頻
度で発現する血液毒性等の副作用はほとんどなく,副作用死亡率も,他
の非小細胞肺がん抗がん剤と比べて特に高いとはいえないことから,副
作用全体として見た場合,イレッサの副作用が従来の抗がん剤と比較し
て重篤であるとはいえない。
したがって,イレッサは,致死的で治療の選択肢の乏しい非小細胞肺
がんに対する貴重な治療の選択肢であり,副作用による危険性を上回る
有効性が存することは明らかであるから,イレッサには有用性が認めら
れる。
(イ)承認時における有用性
前記第1の3(被告会社の主張)(2)アのとおり,承認当時明らかに
なっていたイレッサの有効性は非常に高いものであり,他方,副作用も
従来の抗がん剤と比べて決して重篤なものではなく,承認当時のデータ
からイレッサの有用性は明らかであった。
(3)適応拡大による欠陥について
(原告らの主張)
ア判断枠組み
医薬品は,薬事法14条により有効性,有用性が認められた範囲で承認
され販売されるものであり,この有用性の確認の範囲は,有効性と安全性
を確認する臨床試験における被験者の選択基準と除外基準,すなわち臨床
試験における適格条件によって画されるものであるから,臨床試験におけ
る適格条件を越える症例については有効性と安全性は確認されていない。
特に,Ⅱ相承認制度の下で本来的な有効性と有用性が確認されずに販売
される抗がん剤にあっては,少なくとも販売開始後に行われる第Ⅲ相試験
により延命効果が確認され,有用性が確認されるまでの間は,適応の設定
は厳格に判断されるべきである。
したがって,医薬品について,臨床試験において有効性,有用性が確認
された範囲を超え,適応範囲を拡大して販売がされた場合には,それ自体
が設計上の欠陥に当たるというべきである。
イ適応が拡大された範囲
(ア)ファーストライン治療の患者への適応拡大
a承認時における知見
日本でのイレッサの承認申請において重要な根拠とされたIDEA
L1試験は,被験者としての適格条件を「過去に1回または2回化学
療法のレジメンをうけて(少なくとも一回はプラチナ製剤を含む),
再発もしくは抵抗性を示した進行性非小細胞肺がん患者」とするセカ
ンドライン以降の患者に限定した試験であった。
また,IDEAL2試験は,適格条件を「過去に2回以上プラチナ
製剤とドセタキセルの化学療法をうけてもなお病勢進行した患者」と
し,サードライン以降の患者に限定した試験であった。
以上のとおり,イレッサは,承認時において,ファーストライン治
療における有効性と安全性は確認されていなかった。
b市販後の知見
市販後,国立がんセンターにおけるファーストラインでの単剤投与
の臨床試験(甲E48)が実施されたが,40人中4人が間質性肺炎
で死亡し,失敗に終わった。
また,市販後の第Ⅲ相試験であるINTACT各試験(乙E20
〔100頁〕)では,イレッサは,ファーストラインにおける延命効
果の証明に失敗した。
さらに,日本肺癌学会が平成15年10月に公表した「実地医療で
のゲフィニチブ使用に関するガイドライン」(甲E35)では,その
適応について,以下のとおり指摘され,臨床試験での適格条件を満た
さない症例への投与は,未知の領域への試験的投与であると位置付け
られた。
①化学療法未治療例(ファーストライン)における有効性及び安全
性は確立していないため,このような例では実地医療としては使用
しないこと。
②本剤と他の抗悪性腫がん剤や放射線治療との同時併用における有
効性と安全性は証明されていないので,実地医療としては本剤を単
剤で投与すること。
③イレッサの治験における症例の適格条件や除外条件のうち,その
主要な条件を原則として満たしていること。その条件は,本邦も参
加した本剤の国際共同第Ⅱ相試験の症例選択・除外基準を参考とす
ること。それ以外の症例への投与は,未知の領域への試験的投与で
あり,現時点では臨床試験以外では原則的に投与すべきではない。
(イ)放射線療法との併用等への適応拡大
IDEAL各試験では,割付前4週間以内に脳内転移が診断された患
者及び治療1日目の前14日以内に放射線療法が施行された患者が,い
ずれも被験者から除外されていたため,承認時において,上記患者群に
対するイレッサの有効性や安全性は確認されていなかった。
また,放射線療法との併用について臨床試験は行われておらず,承認
時において,その有効性と安全性も確認されていなかった。
ウまとめ
以上のとおり,イレッサの第Ⅱ相試験の対象は,セカンドライン以降の
単剤での腫瘍縮小効果と安全性であり,ファーストライン治療や,放射線
療法との併用における有効性と安全性は確認されていなかったにもかかわ
らず,第Ⅱ相試験の患者の適格条件を越えて,適応を「手術不能又は再発
非小細胞肺癌」として承認され,ファーストライン治療での使用や放射線
療法との併用が可能となるよう適応が拡大された。
したがって,イレッサは,有効性,有用性が確認された範囲を超えて適
応が拡大されたもので,設計上の欠陥がある。
(被告会社の主張)
ア判断枠組み
原告らの主張を前提にすると,イレッサの適応範囲すなわち「手術不能
又は再発非小細胞肺癌」に含まれるすべての患者を対象に第Ⅲ相試験を実
施し,統計学的な延命効果を証明しなければならないことになるが,「手
術不能又は再発非小細胞肺癌」には,様々な年齢,性別,がんの組織型,
全身状態,前治療,既往歴,合併症を有する患者が含まれており,あらゆ
る既往症や合併症の患者を対象に,第Ⅲ相試験を実施することは不可能で
あるから,原告らの上記主張は失当である。
イ適応が拡大された範囲
(ア)ファーストライン治療の患者への適応拡大
承認当時においては,第Ⅱ相試験の除外基準に該当する症例(ファー
ストライン治療の患者)に対する投与を禁止すべきであるといったイレ
ッサの適応を限定するような科学的根拠はなかったことから,上記投与
禁止の必要性はなかった。
また,本件患者らの中に,第Ⅱ相試験の除外基準に該当した者はいな
いから,本件において第Ⅱ相試験の除外基準に該当する症例に対する投
与禁止の必要性は争点にはならない。
(イ)放射線療法との併用等への適応拡大
承認当時においては,他の抗がん剤,放射線療法との併用禁止すべき
であるといったイレッサの適応を限定するような科学的根拠はなかった
ことから,上記併用禁止の必要性はなかった。
また,本件患者らは,いずれも,他の抗がん剤との併用療法を受けて
おらず,放射線療法との併用療法も受けていないから,本件において他
の抗がん剤,放射線療法との併用禁止の必要性は争点にはならない。
(4)指示・警告上の欠陥について
(原告らの主張)
ア判断枠組み
(ア)指示・警告上の欠陥の内容及び指示・警告の対象
指示・警告上の欠陥とは,当該製造物の使い方や危険性についての指
示や警告が不適切であったことについての欠陥であり,安全性に関する
情報を過度に強調した場合や,危険性に関する情報を十分に提供しなか
った場合には,通常有すべき安全性を欠くものとして,製造物責任法2
条2項にいう欠陥に当たる。
そして,製造物責任法2条2項によれば,当該製造物が通常有すべき
安全性を欠いているか否かは,当該製造物に関する諸般の事情を総合的
に考慮した上で客観的に判断されるものであるから,指示・警告上の欠
陥の判断においては,①判断において考慮されるべき事情,②判断の対
象となる表示媒体を総合的に考慮し,消費者や使用者に対し,安全性に
関する情報(安全性情報)を過度に強調した場合や,危険性に関する情
報(危険性情報)が十分に提供されていない場合には,通常有すべき安
全性を欠くものとして,指示・警告上の欠陥があるというべきである。
そして,製薬会社は,医療関係者のみならず患者に対しても当該医薬
品の有効性や安全性についての情報を提供する必要があるから,患者に
対する注意喚起は,医学的知識が十分でない者がその危険性を十分に理
解できる程度に具体的で分かりやすいものでない限り,指示・警告上の
欠陥が存在する。
(イ)判断において考慮されるべき事情
当該製造物を使用する使用現場に不十分な認識がある場合には,製造
業者にはそのような事情を踏まえた十分な注意喚起が求められるから,
医薬品については,医療関係者らの認識のみならず,患者の認識を踏ま
えた実効性のある注意喚起が必要であるから,医療関係者及び患者の認
識は,考慮されるべき事情に含まれる。
(ウ)判断の対象となる表示媒体
製造物責任法の趣旨は,消費者や使用者が製造物を安全に使用するた
めに必要な情報を得て被害を回避する措置をとることができるよう,製
造業者に注意喚起を求めるものであるから,判断の対象となる表示媒体
には,当該製造物の使用方法や危険性について記載した,製品への直接
表示,取扱説明書(医薬品であれば添付文書),能書,包装への表示等
だけでなく,消費者・使用者に対して製造物の安全性・危険性に関わる
情報を与えるものであれば,製造業者によって提供されるパンフレット
や広告等すべての媒体が含まれる。
イ販売当時のイレッサの安全性に関する被告会社及び医療関係者らの認識
(ア)イレッサの安全性に関する被告会社の認識
イレッサの非臨床試験(毒性試験)においては,人における急性肺障
害を強く示唆する所見が複数存在し,また,国内外の臨床試験及び臨床
試験外使用の副作用報告のうち,イレッサによる急性肺障害・間質性肺
炎を発症したと考えられる副作用症例が39例存在し,うち重篤性が
「死亡」,「死亡のおそれ」にあたるものは34例にも上っていた。
そして,少なくとも,被告会社は,被告国に対し,承認申請に際し,
国内臨床試験における間質性肺炎発症例3例(全例死亡)(国内3症例
(乙B12[枝番号3∼5])),海外から報告された間質性肺炎発症
例4例(うち3例死亡)(海外1∼4例目(乙B13[枝番号1∼
4])),審査報告(1)作成後承認までの間に報告された間質性肺炎発
症例3例(うち1例死亡)(海外5∼7例目(乙B14[枝番号1∼
3]))につき症例報告をしており,イレッサ販売開始当時から,イレ
ッサによる間質性肺炎は,致死的な転帰をたどるものであるとの事実を
把握していた。
(イ)イレッサの安全性に関する医療関係者らの認識
a承認時の薬剤性間質性肺炎に関する知見
抗がん剤による間質性肺炎については,平成14年当時,特に急性
間質性肺炎・びまん性肺胞障害(AIP/DAD)型をたどるものは
予後が不良となり得るとの知見が存在していた一方で,薬剤間質性肺
炎一般については,「直ちに投薬を中止すれば急速に症状が軽快する
ことが多い」(丙H24),「早期に診断・治療を行えば,多くは問
題がなく」(丙H25)というように,軽症のものも存在し,必ずし
も予後が悪いものではないというのが一般的な知見であった。
b被告会社による広告宣伝等
分子標的治療薬については,従来の殺細胞性抗がん剤と異なる新た
な作用機序により安全性が高いとの期待が存在していた。
そして,被告会社も,分子標的治療薬に対する上記のような期待を
利用し,マスコミ等に向けた広告宣伝(プレスリリース)や医療関係
者向けのパンフレットや小冊子の発行,医学雑誌への広告記事掲載等
を通じ,イレッサがこれまでの抗がん剤とは全く異なる分子標的治療
薬であると位置付け,正常細胞に影響を与えることが少なく,副作用
も少なく,軽いなどとして,その効果や安全性を強調する広告宣伝を
行っており,このような広告宣伝を受けて,イレッサの高い効果や安
全性を報じるマスコミ報道が氾濫していた状況にあった。
cまとめ
以上のような情報構造の下で,医療関係者や患者の間には,イレッ
サが安全性の高い画期的な新薬であるとの認識が広がっており,イレ
ッサについて,致死的な間質性肺炎の発症の危険性があるということ
は認識されていなかった。
ウ添付文書
添付文書は,薬事法に基づき作成が義務付けられた医薬品に関する最も
基本的な警告・表示媒体である。
そして,添付文書の記載内容等に関する指針である添付文書通達,使用
上の注意通達等によれば,添付文書の警告・表示は,医師が危険を回避す
る措置を講じることができるよう,潜在する危険性を具体的に示した十分
な注意喚起となっている必要があり,記載内容及び記載方法(記載欄)が
適切である必要がある。
(ア)記載内容の不備
a間質性肺炎が致死的であることについての注意喚起
前記イ(イ)のとおり,イレッサ販売当時の医療関係者らの認識は,薬
剤性間質性肺炎は必ずしも予後が不良というわけではなく,分子標的
治療薬は副作用が少ない抗がん剤であるというものであったから,イ
レッサによる間質性肺炎が「致死的」であることを記載しなければ,
適切な注意喚起とはいえないところ,イレッサの第1版添付文書には
間質性肺炎が致死的であることの記載がなかった。(甲E41〔40
頁〕,丙K1[枝番号2]〔18頁〕)
イレッサの現在の添付文書(第18版)の警告欄には,間質性肺炎
が発生し,致死的な転帰をたどる例が多いことが記載されており,こ
れらは第1版添付文書から記載されるべきであった。また,非小細胞
肺がんの抗がん剤であるドセタキセル,パクリタキセル,ビノレルビ
ン,ゲムシタビン,イリノテカン,アムルビシンについては,承認前
に死亡症例が出たものについては,第1版添付文書から「死亡例が報
告されている」との表現で明記されている(甲P34,甲P144
[枝番号1∼5])。
b初期症状,早期診断に必要な検査・対処方法についての注意喚起
使用上の注意通達によれば,「重大な副作用」欄の記載について,
「副作用の発生までの期間」,「初期症状」,「具体的防止策」及び
「処置方法」について具体的な記載が要求されているところ,イレッ
サの第1版添付文書には初期症状,早期診断に必要な検査・対処方法
についての記載がなかった。
イレッサの現在の添付文書(第18版)の警告欄及びこれを受けた
「重要な基本的注意」欄には,イレッサの投与により急性肺障害,間
質性肺炎があらわれることがあるとして,具体的な検査・処置方法等
が指示され,当初に当たって患者に副作用を十分に説明し,臨床症状
が発現した場合には速やかに受診するよう患者を指導すること等が指
示されており,これらは第1版添付文書から記載されるべきであっ
た。
c特発性肺線維症,間質性肺炎等の既往症が死亡の危険性を高めるこ
とについての注意喚起
イレッサについては,肺線維症の患者への投与による危険性を指摘
する報告(甲E8,丙E2,3)が存在していたから,十分な注意喚
起が必要であったところ,イレッサの第1版添付文書には,特発性肺
線維症,間質性肺炎等の既往症が死亡の危険性を高めることについて
の記載がなかった。
イレッサの現在の添付文書(第18版)の警告欄には,特発性肺線
維症,間質性肺炎等の合併症が,本剤投与中に発現した急性肺障害,
間質性肺炎発症後の転帰において,死亡につながる危険因子であるこ
とが記載されており,これらは第1版添付文書から記載されるべきで
あった。また,イレッサ承認当時,非小細胞肺がんの抗がん剤である
ドセタキセル,パクリタキセル,ビノレルビン,イリノテカンについ
ては,すべて添付文書の警告欄に,間質性肺炎又は肺線維症のある患
者については症状を増悪させ致命的になり得る等としてその投与を禁
忌ないし慎重投与とするよう注意喚起がされていた。
d有効性,安全性についての十分な説明と同意を求めることについて
の注意喚起
イレッサは,第Ⅱ相試験に基づく承認で延命効果の証明がされてい
ない一方で,承認前の段階で致死的な間質性肺炎の発症が判明してい
た。にもかかわらず,医療関係者らの間には,副作用の少ない分子標
的治療薬との認識が広まり,様々な媒体を通じてイレッサについて過
剰な期待を抱いている状況にあったから,有効性,安全性についての
十分な説明と同意が必要であったところ,イレッサの第1版添付文書
には,有効性,安全性についての十分な説明と同意が必要であること
について注意喚起する記載がなかった。
イレッサの現在の添付文書(第18版)の警告欄には,「患者に本
剤の有効性・安全性,…致命的となる症例があること等について十分
に説明し,同意を得た上で投与すること。」と記載されており,これ
らは第1版添付文書から記載されるべきであった。
e医療機関等の限定や一定期間の入院による使用等の限定
イレッサによる間質性肺炎は,早期の適切な対処が不可欠であった
にもかかわらず,イレッサの第1版添付文書には,使用可能な医療従
事者,医療施設を限定し,一定期間の入院やこれに準じる管理が必要
であることについて記載がなかった。
イレッサの現在の添付文書(第18版)の警告欄には,「肺癌化学
療法に十分な経験をもつ医師が使用する」等の記載がされており,こ
れらは第1版添付文書から記載されるべきであった。また,非小細胞
肺がんの抗がん剤であるドセタキセル,パクリタキセル,ビノレルビ
ン,ゲムシタビン,イリノテカン,アムルビシンについては,すべて
第1版添付文書の警告欄に,上記と同様の記載がある(甲P34,甲
P144[枝番号1∼5])。
f他の抗がん剤,放射線療法との併用禁止についての注意喚起
イレッサの承認審査のために被告会社から提出された資料は,あく
まで単剤の使用に関するものであり,他の抗がん剤や放射線療法との
併用に関する有効性や安全性は検討されておらず,また,第Ⅱ相試験
の腫瘍縮小効果さえ確認されていない併用使用で,致死的な間質性肺
炎が発症する危険は回避しなければならず,承認時から注意喚起が必
要であったところ,イレッサの第1版添付文書には,他の抗がん剤,
放射線療法との併用禁止についての記載がなかった。
日本肺癌学会のゲフィチニブ使用に関するガイドライン(甲E1
6,35)も他の抗がん剤や放射線療法との併用を原則として禁止し
ている。同ガイドラインは,INTACT各試験で延命効果が認めら
れなかったこと等を根拠にしているが,INTACT各試験の結果を
待つまでもなく,そもそもイレッサの申請は単剤における有効性の確
認であり,併用については,延命効果はおろか腫瘍縮小効果について
も何ら承認審査において確認されていなかった。
g第Ⅱ相試験(IDEAL各試験)の除外基準に該当する症例に対す
る投与禁止についての注意喚起
第Ⅱ相試験の除外基準に該当に対する症例について,承認審査の段
階で何ら有効性と安全性の検討が行われていないことは,承認前から
当然に分かっていたことであるから,注意喚起が必要であったとこ
ろ,イレッサの第1版添付文書には,第Ⅱ相試験の除外基準に該当す
る症例に対する投与禁止についての記載がなかった。
承認の根拠となった第Ⅱ相試験の除外基準に該当するその他の症例
については,現在は,前記ガイドラインが「未知の領域への試験的投
与」,「安全性の検討が行われていない」と指摘して規制している。
(イ)記載方法(記載欄)の不備
a警告欄の記載
イレッサの副作用である急性肺障害,間質性肺炎は,予後が不良
で,死亡転帰をとる致死的な疾患であるから,使用上の注意通達にい
う「致死的又は極めて重篤かつ非可逆的な副作用が発現する場合,又
は副作用が発現する結果極めて重大な事故につながる可能性があっ
て,特に注意を喚起する必要がある場合」にあたるから,間質性肺炎
の発生頻度,致命的な疾患であること,症状,使用方法の制限の内
容,間質性肺炎の早期診断に必要な検査,イレッサを投与してはなら
ない既往症,間質性肺炎が発生した場合の治療法その他の対処方法等
を,添付文書の警告欄に記載すべきであった。
また,前記イ(イ)のとおりのイレッサ販売当時の医療関係者らの,
薬剤性間質性肺炎,イレッサの安全性に関する認識を前提とすれば,
イレッサの副作用である急性肺障害,間質性肺炎は,警告欄に記載さ
れない限り,注意喚起としては十分ではなかった。
b重大な副作用欄の記載
イレッサの第1版添付文書では,間質性肺炎が「重大な副作用」欄
の最後に記載されているにすぎず,「使用上の注意」の記載順序の原
則に照らしても,イレッサによって発生する間質性肺炎が,重度の下
痢,脱水を伴う下痢,中毒性表皮壊死融解症,多形紅斑,肝機能障害
と比較し,重大なものではないと判断され得る記載であり,医療関係
者らの間質性肺炎に対する警戒を怠らせるものであった。
エ添付文書以外の文書
(ア)総合製品情報,インタビューフォーム
総合製品情報やインタビューフォームは,製薬会社が医療関係者に対
して当該医薬品の有効性や安全性等に関する情報をより詳細に提供し,
その適正な使用を図ることを目的に作成されるものであり,医療関係者
が当該医薬品の有効性や安全性等の情報を得るために重要な文書である
から,イレッサによる間質性肺炎の副作用の危険性について十分な注意
喚起がされるべきであった。
しかし,イレッサの総合製品情報やインタビューフォームには,間質
性肺炎が,「特性」欄に重大な副作用の一つとして記載されていたにと
どまり,致死的な副作用であるとの記載はなく,間質性肺炎の副作用に
関する十分な注意喚起がされているとはいえないものであった。
(イ)同意文書,患者向け説明書
同意文書は,製薬会社が医師に対して医師の患者に対するインフォー
ムド・コンセントの際に伝えるべき危険性情報を明らかにしたものであ
り,患者向け説明書は,製薬会社が患者に対してイレッサの有効性や安
全性に関する情報を提供するものであるから,医学的知識を有しない患
者が当該医薬品の危険性を理解することができるよう,イレッサによる
間質性肺炎の副作用の危険性について十分な注意喚起がされるべきであ
った。
しかし,イレッサの同意文書(丙E50[枝番号2の1],甲A2
0,甲P106)では,間質性肺炎については,病名の記載がないか,
あったとしてもそれが致死的な副作用であって直ちに医師による治療が
必要であるとの記載がなく,「肺の炎症によるかぜのような症状(呼吸
がしにくい)が報告されています。」として,風邪のような症状が出る
程度の副作用であると誤信させるような記載であり,また,患者向け説
明書の副作用欄には間質性肺炎の記載はなく,いずれも間質性肺炎の副
作用に関する十分な注意喚起がされているとはいえないものであった。
オまとめ
イレッサの承認当時,医療関係者らには,薬剤性間質性肺炎の予後がそ
れ程不良であるとの認識はなく,また,被告会社による広告宣伝により,
イレッサは副作用が少ない画期的な新薬であるとの認識が広まっていたか
ら,イレッサを流通に置くにあたっては,副作用による被害を回避するた
めに十分な注意喚起が求められていた。
にもかかわらず,被告会社は,イレッサの第1版添付文書に発症する間
質性肺炎が「致死的」であることを明記せず,間質性肺炎による副作用を
警告欄に記載せず,また,総合製品概要や患者用の説明文書や同意書でも
間質性肺炎による死亡の危険性があることを告知しなかったのであるか
ら,製造物責任法上,指示・警告上の欠陥がある。
(被告会社の主張)
ア判断枠組み
(ア)指示・警告上の欠陥の内容及び指示・警告の対象
イレッサは医療用医薬品であり,医師の処方を要するものであるか
ら,製薬会社は,当該医薬品の最終使用者である患者ではなく,その中
間に存在する医学の専門的知識を有する医師等に対してしかるべく警告
をすれば十分である(学識ある中間者理論)。
医薬品の添付文書は,薬事法に根拠を有し,医薬品を適正に使用する
ために必要な情報を使用者に提供するためのものであり,また,医療用
医薬品の添付文書は医師等によって必ず参照されるべきものであるか
ら,医療用医薬品に係る指示・警告表示の妥当性は,添付文書の「使用
上の注意」に関する記載の妥当性を中心に判断されねばならない。
そして,「使用上の注意」は,当該添付文書の作成時点における医学
的薬学的知見及びデータに基づいて記載されるものであるから,その記
載内容の妥当性は,当該添付文書の作成時点における医学的薬学的知見
を前提に判断されるべきである。したがって,添付文書が改訂された場
合に,改訂後の添付文書との比較において,改訂前の添付文書の記載内
容が少ないこと自体が問題となるものではなく,当該添付文書の作成時
点における医学的薬学的知見を前提に記載内容の妥当性が判断されるべ
きである。
(イ)判断において考慮されるべき事情
医療用医薬品の添付文書は,当該医薬品の最終使用者である患者では
なく,医学の専門的知識を有し,高度の義務を負う医師等が閲読するも
のであることを前提に,当該医薬品に関する情報を記載すれば足りるか
ら,医療用医薬品の添付文書には,医師等が当然に認識し,あるいは文
献等を参照することによって容易に得られる情報まで記載する必要はな
い。
(ウ)判断の対象となる表示媒体
医療用医薬品については,医師等が,添付文書を必ず参照して当該医
薬品の有効性,安全性に関する情報を得た上で,処方等を決定するので
あって,広告宣伝等の情報に基づいて処方等を決定するわけではないか
ら,医療用医薬品に係る指示・警告表示の妥当性は,添付文書の「使用
上の注意」に関する記載の妥当性を中心に判断されねばならない。
また,医療用医薬品に係る指示・警告表示の妥当性の判断の対象とし
て添付文書以外の情報提供文書等を考慮するとしても,報道等のように
被告会社以外の者が行ったイレッサに関する情報については判断の対象
とはならないし,また,医師等は,専門的立場において情報の取捨選択
をするものであるから,信頼性のない情報を鵜呑みにすることはない。
イ販売当時のイレッサの安全性に関する被告会社及び医療関係者らの認識
(ア)イレッサの安全性に関する被告会社の認識
イレッサ承認当時,①治験,②参考試験,③EAPの3種類のデータ
が存在していたところ,①最も信頼性が高く,評価の中心となる治験に
おいては,イレッサの単剤・承認用量(250mg/日)における間質性
肺炎副作用報告例がなかった。もっとも,治験では,承認用量の倍量投
与群(500mg/日)で2例の間質性肺炎副作用報告例が存在したこと
(国内臨床試験1及び2例目)から,用量の違いはあるものの,単剤・
承認用量での間質性肺炎発症の可能性は完全には否定できないものと考
えられた。また,②参考試験のデータにおいても,治験と同じく,単
剤・承認用量での間質性肺炎副作用報告例はなかったが,倍量投与群や
3剤併用投与試験の症例において間質性肺炎副作用報告例が複数あり,
これらの症例によってイレッサの間質性肺炎発症の有無を評価すること
は困難ではあるものの,完全には否定できないものと考えられた。さら
に,③これらの評価は,EAPのデータ(EAP1∼5例目)とも矛盾
しないものと考えられた。
そこで,被告会社は,被告国とも協議の上,安全性を重視する観点か
ら,間質性肺炎を添付文書の「重大な副作用」欄に記載し,発生可能性
を注意喚起することにしたものである。
(イ)イレッサの安全性に関する医療関係者らの認識
イレッサ承認当時,医師等には,薬剤性間質性肺炎は予後不良となり
うる疾患であることが知られていた。また,医師等には,「重大な副作
用」欄に記載される副作用が場合によっては死亡に至ることのある副作
用であるとの認識があった。
したがって,イレッサの副作用が従来の抗がん剤と比べて軽いとの期
待があったとしても,医師等には,イレッサによる間質性肺炎が,第1
版添付文書の「重大な副作用」に記載されたことによって,場合によっ
ては死亡に至るものであると適切に認識されていた。
ウ添付文書
(ア)記載内容の不備
a間質性肺炎が致死的であることについての注意喚起
イレッサに限らず薬剤性間質性肺炎は予後不良となりうる疾患であ
ることが知られていたことや「重大な副作用」欄に記載される副作用
が場合によっては死亡に至ることのある副作用であることから,イレ
ッサの間質性肺炎について,第1版添付文書の「重大な副作用」に記
載されたことによって,場合によっては死亡に至るものであると適切
に認識されていた。
しがたがって,既に「重大な副作用」欄において死亡の可能性を注
意喚起しているにもかかわらず,敢えて添付文書に「致死的」である
とか死亡例が出ていたことを明記すべき必要性はなかった。
b初期症状,早期診断に必要な検査・対処方法についての注意喚起
薬剤性間質性肺炎の主たる症状が,乾性咳嗽,呼吸困難,発熱であ
ることや,胸部X線検査や胸部CT検査等により診断を行うこと,発
症した場合には投薬を中止してステロイド薬を投与することは,教科
書(丙H23∼37)等にも記載されている基本的な知識であり,当
時の医療現場の認識に照らしても,医師等が参照する添付文書におい
てそのような記載をする必要はない。
c特発性肺線維症,間質性肺炎等の既往症が死亡の危険性を高めるこ
とについての注意喚起
イレッサについては,評価の中心となる治験においても,参考試験
においても,いずれも間質性肺炎の危険因子を窺わせるようなデータ
は得られず,EAPのデータの115症例(丙B3)をもっても,既
存の間質性肺炎及び肺線維症がイレッサの間質性肺炎発症ないし死亡
の危険因子であるとは判断できず,毒性試験においても,イレッサに
よる肺毒性を示す所見はなかった。このようなイレッサの間質性肺炎
に関するデータ及び間質性肺炎に関する知見に照らせば,イレッサ承
認当時,特発性肺線維症,間質性肺炎の既往症が間質性肺炎の死亡の
危険性を高めるものと判断し得る状況にはなく,これらについて注意
喚起をする必要はなかった。
既存の間質性肺炎又は肺線維症がイレッサの間質性肺炎の発症ない
し死亡危険因子であることが判明したのは,平成14年12月以降の
厚生労働省主催の安全性検討会,被告会社主催の専門家会議における
検討,その後公表されたWJTOG研究報告,プロスペクティブ調査
(PMS)の結果,コホート内ケース・コントロール・スタディ(C
CS)の結果等によるものであり,被告会社は,上記研究結果を速や
かに臨床現場に伝えるべく,平成14年12月に既存の間質性肺炎又
は肺線維症のある患者への慎重投与を注意喚起し,平成15年4月に
警告欄にこれを記載したにすぎない。
d有効性,安全性についての十分な説明と同意を求めることについて
の注意喚起
抗がん剤については,第Ⅱ相試験の結果をもって承認されているこ
とは当然であり,そのことを敢えて注意喚起する必要性はないし,有
効性,安全性についての十分な説明と同意を求めることについても,
イレッサに限らず,医師が当然に行うべきことであるから,敢えて注
意喚起する必要性もない。
承認当時,イレッサの間質性肺炎が従来の抗がん剤と比べて特に重
篤であるとのデータはなかったのであるから,上記のような注意喚起
の必要性はなかった。
e医療機関等の限定や一定期間の入院による使用等の限定
イレッサについては,承認当時のデータからは,間質性肺炎が従来
の抗がん剤と比べて特に重篤であるとのデータはなく,むしろ,従来
の抗がん剤にほぼ必発であった骨髄抑制等の副作用がほとんど発生し
ないこと等から,副作用全体として,安全性が高いと考えられていた
のであるから,使用医限定や入院措置等の注意喚起を行う理由はなか
った。
なお,ドセタキセル等の6剤の抗がん剤は,いずれも,「警告」欄
での副作用の注意喚起を行った上で使用医限定等がなされている抗が
ん剤であり,かかる「警告」欄での副作用の注意喚起を要しなかった
イレッサとは前提が異なる。
f他の抗がん剤,放射線療法との併用禁止についての注意喚起
承認当時においては,他の抗がん剤,放射線療法との併用禁止すべ
きであるといったイレッサの適応を限定するような科学的根拠はなか
ったことから,上記併用禁止についての注意喚起は不要であった。
また,本件患者らは,いずれも,他の抗がん剤との併用療法を受け
ておらず,放射線療法との併用療法も受けていないから,本件におい
て他の抗がん剤,放射線療法との併用禁止についての注意喚起の必要
性は争点にはならない。
g第Ⅱ相試験(IDEAL各試験)の除外基準に該当する症例に対す
る投与禁止についての注意喚起
承認当時においては,第Ⅱ相試験の除外基準に該当する症例に対す
る投与を禁止すべきであるといったイレッサの適応を限定するような
科学的根拠はなかったことから,上記投与禁止についての注意喚起は
不要であった。
また,本件患者らの中に,第Ⅱ相試験の除外基準に該当した者はい
ないから,本件において第Ⅱ相試験の除外基準に該当する症例に対す
る投与禁止についての注意喚起の必要性は争点にはならない。
(イ)記載方法(記載欄)の不備
使用上の注意通達によれば,添付文書の「重大な副作用」欄には,
「当該医薬品にとって特に注意を要するものを記載すること」とされ,
重篤度分類通知のグレード3に分類される副作用が記載されるところ,
グレード3に該当するものは「死亡…に陥るおそれのある」副作用であ
るとされており,臨床現場においても,そのように理解されていた。
したがって,イレッサの添付文書の「重大な副作用」欄の「間質性肺
炎」の記載を見た臨床現場の医師は,イレッサの投与により間質性肺炎
が発症しうることはもとより,場合によっては間質性肺炎によって死亡
に至る可能性があることを認識していたものであり,少なくとも認識し
得た。
使用上の注意通達によれば,添付文書の「警告」欄に記載すべき副作
用は,「致死的又は極めて重篤かつ非可逆的な副作用が発現する場合,
又は副作用が発現する結果極めて重大な事故につながる可能性があっ
て,とくに注意を喚起する必要がある場合」であるとされているが,上
記規定は,医療用医薬品一般について規定したものであり,各医薬品に
おいて,ある副作用を「警告」欄に記載する必要があるか否かの判断に
あたっては,当該医薬品の特性を踏まえた判断が必要である。そして,
前記第1の2(被告会社の主張)(1)エのとおりの承認当時のイレッサ
の間質性肺炎の臨床データに照らせば,イレッサの間質性肺炎は,「重
大な副作用」欄での注意喚起を超えて「更に注意喚起を要する副作用」
に該当するものではなかった。
エ添付文書以外の文書
(ア)総合製品情報,インタビューフォーム
総合製品情報概要(甲A17)では,「特性」欄(3頁)にも,「使
用上の注意」の項目(5頁以下)の「重大な副作用」欄(7頁)にも,
「副作用」の項目(23頁以下)の「重大な副作用」欄(26頁)に
も,間質性肺炎が明記されていた。また,インタビューフォーム(丙A
3)の中でも,間質性肺炎が「重大な副作用」として明記され(26
頁),同記載箇所には,「発熱,咳嗽,呼吸困難,肺音異常(捻髪
音)」といって初期症状も記載されている。
さらに,被告会社が医師に向けて配布したイレッサ処方時のチェック
シート(丙L4)の中でも,間質性肺炎のチェック項目が設けられ,間
質性肺炎が「重大な副作用」であることも明記されており,添付文書以
外の情報提供文書においても間質性肺炎を含めて適切な情報提供がされ
ていた。
(イ)同意文書,患者向け説明書
イレッサは,医療用医薬品であって,医師等が必ず添付文書を参照
し,当該医薬品の有効性及び安全性に関する情報を把握した上で処方等
を決定するから,当該医薬品に関する情報は,医学の専門的知識を有す
る医師等が閲読することを前提に提供すれば足り,患者用の文書は,本
来,指示・警告上の欠陥を判断する対象にはならない。
もっとも,患者の同意文書(甲A10,11)や患者用の説明文書
(丙A2,丙L3)の中にも,間質性肺炎の初期症状を「肺の炎症」に
よる「かぜの様な症状(呼吸がしにくいなど)」といった分かりやすく
平易な表現で記載し,初期症状が現れた場合には医師等に受診するよう
注意喚起を行っているから,添付文書以外の情報提供文書においても間
質性肺炎を含めて適切な情報提供がされていた。
オまとめ
以上によれば,イレッサについて,第1版添付文書の「重大な副作用」
欄に「間質性肺炎(頻度不明):間質性肺炎があらわれることがあるの
で,観察を十分に行い,異常が認められた場合には,投与を中止し,適切
な処置を行うこと。」と記載したことは適切であり,また,添付文書以外
の情報提供文書においても間質性肺炎を含めて適切な情報提供がされてい
たから,イレッサにつき指示・警告上の欠陥はない。
(5)広告宣伝上の欠陥について
(原告らの主張)
ア判断枠組み
(ア)医薬品に関する広告宣伝は,未だ当該医薬品を使用していない医療関
係者や患者らにも広く働きかけ,当該医薬品に関する信頼や期待を作出
するもので,影響力が極めて大きいことから,その広告宣伝については
適切に規制される必要がある。また,薬事法66条ないし68条は,広
告宣伝による患者の生命,身体侵害の危険を防止する趣旨から,虚偽・
誇大な広告や,承認前の広告を禁止し,抗がん剤等医療用医薬品の一般
人への広告などを規制している。
製造物責任法の趣旨は,現代の市場経済における大量の商品流通の安
全性に対する消費者の信頼の保護にあり,上記薬事法上の規定の趣旨と
同様であるから,消費者の生命身体の安全に直結する医薬品について
は,製造物自体に付着した表示等にとどまらず,上記薬事法の規定に違
反する虚偽・誇大な広告宣伝等が行われた場合には,製造物責任法上の
規制を及ぼすべきであり,広告宣伝上の欠陥として,同法所定の欠陥に
当たるというべきである。
(イ)米国では,製造者が製品の品質及び性能等についてカタログ等の広告
に記載した内容は,製造者が消費者に対して明示的に保証したものと
し,消費者はそれを信頼する権利を有するといういわゆる明示の保証理
論が確立している。
また,ECでは,製造物の表示が欠陥判断の重要な要素とされ(EC
指令(欠陥製造物に対する責任に係る加盟国の法律,規則及び行政規定
の均一化に関するEC閣僚理事会指令)第6条1項a号),製造物の表
示は,製造物の外観,販売方法,説明書,指示や広告宣伝など,製造者
側から購入者側に提供される販売促進にかかる全ての活動が考慮され,
製造者が発した情報に接する消費者として,当該製品の安全性に対する
期待をどの程度に持つことが妥当視されるかによって,欠陥の有無が判
断されている。
したがって,比較法的にも,前記宣伝広告上の欠陥についての解釈論
は裏付けられている。
(ウ)前記(4)のとおり,広告宣伝は,指示・警告上の欠陥の内容を構成す
るが,広告宣伝の情報提供媒体としての影響力の大きさにかんがみれ
ば,広告宣伝につき,医薬品の有効性及び安全性について正確な情報が
提供されていない場合には,製造物責任法上,指示・警告上の欠陥とは
別に,広告宣伝上の欠陥にも当たるというべきである。
イ広告宣伝上の欠陥
(ア)虚偽・誇大な広告宣伝
被告会社が行ったイレッサに関する広告宣伝は,イレッサの実際の効
果や安全性とは異なり,副作用が少ないとして安全性を過度に強調する
一方,致死的な間質性肺炎の発症の危険性について全く触れず,安全性
情報についても危険性情報についても欠陥のあるものであり,薬事法6
6条1項が禁止する虚偽・誇大な広告に当たるものであった。
(イ)承認前からの宣伝
被告会社は,イレッサの承認前から,専門家を利用した対談記事や学
会発表の結果のプレスリリース,学術情報の提供を装うことにより,実
質的な広告宣伝を展開していたもので,薬事法68条が禁止する承認前
の広告宣伝を行っていた。
(ウ)多様な情報媒体の利用
被告会社は,報道機関により一般紙等に報じられることを通じて医療
関係者や患者らに対して広く情報提供が行われることを意図して,イレ
ッサの有効性と安全性を過度に強調したプレスリリースを行い,これを
受けた報道機関がイレッサが有効で安全性の高いものであると誤信させ
るような報道を行い,イレッサに対する過度の期待を煽った。
また,被告会社は,医師に対しては,雑誌,パンフレット,同意文
書,インタビューフォームを通じ,患者や一般人に対しては,同意文
書,説明文書,インターネット上のホームページ(エルネット,
Iressa.com)といった多様な情報媒体を通じて広告宣伝を行い,これら
が宣伝効果を増幅し,広告宣伝上の欠陥性を高めた。
(エ)まとめ
以上によれば,イレッサに関する広告宣伝は,イレッサの実際の効果
や安全性とは異なり,イレッサが有効性や安全性が極めて高いかのよう
に誇張されたものであったところ,被告会社は,多様な情報媒体を通じ
てこれらの広告宣伝を行い,医師らや患者らをしてイレッサの効果や安
全性を誤信させ,副作用被害を生み出す危険性を高めたのであるから,
イレッサには,製造物責任法上,広告宣伝上の欠陥がある。
(被告会社の主張)
ア判断枠組み
(ア)イレッサは,医療用医薬品であって,専門的知識を有する医師等が添
付文書を参照し,必要に応じて文献等を検索するなどして,当該医薬品
の処方のあり方を吟味・評価したうえで患者に処方するものである。そ
して,添付文書は,薬事法に依拠し,医師等によって必ず参照されるべ
きものであり,イレッサの第1版添付文書には,「重大な副作用」欄に
「間質性肺炎」が記載されていたのであるから,医師等は,「重大な副
作用」である間質性肺炎が発生する可能性があることを認識した上で,
イレッサを処方等しなければならなかった。
このような医療用医薬品の特徴からすれば,「広告宣伝」なるもの
が,添付文書による情報提供(指示・警告表示)を離れて,医薬品の安
全性との関係でいかなる意味をもつのか不明であって,広告宣伝におい
て,医薬品の有効性及び安全性について正確な情報が提供されていない
場合には,指示警告上の欠陥とは別に,それ自体において製造物責任法
上の欠陥(広告宣伝上の欠陥)が成立するとの原告らの主張は,主張自
体失当である。
(イ)また,薬事法66条ないし68条所定の「広告」とは,①顧客を誘引
する(顧客の購入意欲を昂進させる)意図が明確であること,②特定医
薬品等の商品名が明らかにされていること,③一般人が認知できる状態
であることの要件を満たすものとされていることから(「薬事法におけ
る医薬品等の広告の該当性について」平成10年9月29日医薬監第1
48号厚生省医薬安全局監視指導課長通知・丙D19),原告らが指摘
するイレッサに関するプレスリリース,各種雑誌,書籍,パンフレッ
ト,総合製品情報,インタビューフォーム,患者向けの各種媒体等はい
ずれも上記「広告」には当たらない。
なお,新聞報道等は,被告会社がその内容の決定に関与していない情
報提供文書であるから,その記載内容を理由に被告会社が責任を問われ
る理由はない。
イ広告宣伝上の欠陥
(ア)虚偽・誇大な広告宣伝
原告らが指摘する「広告宣伝」(プレスリリース,各種雑誌,書籍,
パンフレット,総合製品情報,インタビューフォーム,患者向けの各種
媒体等)の中には,総合製品情報概要やインタビューフォームのよう
に,間質性肺炎を明記しているものもあれば,これに触れていないもの
もあるが,これは,承認当時には,イレッサの間質性肺炎が従来の抗が
ん剤の間質性肺炎と比べて特に重篤であること等といったデータがなか
ったからでもある。そもそも,多くの抗がん剤において間質性肺炎の副
作用が存在することは医療現場では知られていたことであり,そうした
従来の抗がん剤と比べて特に重篤である等のデータがなかった以上,原
告らのいう「広告宣伝」の中に,間質性肺炎についての記載がなかった
としても,何ら不自然なことではない。
また,上記の情報提供文書のうち少なくとも被告会社が主体となって
作成したものは,臨床試験の客観的データを伝えたり,これに対する専
門家の評価を記載したりしたものであって,イレッサの有効性,有用性
を誇張した内容ではない。
(イ)まとめ
そもそも原告らがいう「広告宣伝」は,独立して,製造物責任法上の
「欠陥」に該当することはないから,原告らの主張は失当であるし,ま
た,原告らのいう「広告宣伝」の内容は何ら誇張されたものでないか
ら,イレッサにつき広告宣伝上の欠陥は存在しない。
(6)販売上の指示に関する欠陥について
(原告らの主張)
ア判断枠組み
販売上の指示に関する欠陥とは,一定の危険性が認められるなどの医薬
品等について,使用の制限について販売上の指示を行うことが必要であっ
たにもかかわらず,これが行われなかったことにより,製造物責任法上,
当該医薬品等が通常有すべき安全性を欠くことをいう。
イレッサについては,安全性を確保するためには,販売上の指示とし
て,①市販後全例調査(全例調査)が必要であり,また,②添付文書にお
いて,医療機関等の限定や一定期間の入院による使用等の限定を指示する
必要があったにもかかわらず,これらがされなかったことから,通常有す
べき安全性を欠き,製造物責任法上,販売上の指示に関する欠陥があると
いうべきである。
イ全例調査を条件としなかったことについて
(ア)安全性確保における全例調査の役割
全例調査は,医薬品の承認後に行う市販後調査のうち,使用成績調査
の一方法であり(薬事法14条の4第6項,GPMSP省令2条3
項),全例について登録し使用成績調査を行う方法である。
全例調査を含む市販後の使用成績調査の目的は,新たに承認された医
薬品の安全性を確保するとともに,適正使用を促すことにある。すなわ
ち,全例調査を実施することにより,早期に適正使用情報が医療機関に
提供され,当該医薬品の副作用への注意喚起によって安全性の確保が図
られ,副作用による危険の低減につながることに加え,専門性を有する
医療機関による慎重な使用を確保することができることになる。
(イ)イレッサが全例調査をすべき場合に当たること
a平成17年3月24日開催の第4回ゲフィニチブ検討会における,
当時の厚生労働省安全対策課長Sによる説明や,これまでの全例調査
の実績からすれば,全例調査が実施される基準は,①承認の前提とな
った臨床試験結果が基本的に海外のものであって,日本人のデータが
少ないときに,日本人のデータを早期に収集するため実施する場合,
②使用方法が難しい場合,細胞毒性が強いときに,重篤な副作用が予
測される場合に副作用情報を早期に収集するために実施する場合であ
る。
例えば,①抗がん剤であるイリノテカンでは承認前の日本人データ
は415例であり,抗がん剤であるTS−1の承認前の日本人データ
は578例(ただし,胃がんでの治験症例数は129例)であった
が,厚生省により,いずれも市販後全例調査が指示されていたし(甲
F36,甲P20,77,81)②A型ボツリヌス毒素製剤・ボトッ
クス注100は,国内治験では死亡例はなかったが,海外で死亡例が
確認されていることなどを理由に全例調査が承認条件とされ(甲P3
0),また,前記TS−1は,治験中に治療関連死がなかったにもか
かわらず市販後全例調査が行われた(甲F36)。
bイレッサは,①承認前の臨床試験における安全性に関する日本人デ
ータは133例しかなかったことから,承認の前提となった臨床試験
の日本人データが少ない場合に該当した。また,②そのドラッグデザ
インから肺毒性が予測され,非臨床試験の段階からその毒性は示さ
れ,臨床試験やEAPにおける症例では現実に間質性肺炎の症例が死
亡例までもが何例も確認されていたことに加え,日本が世界初の承認
であって,それまでの抗がん剤と異なって先行する海外での市販後の
知見も一切なかったこと等から,重篤な副作用が予測される等の場合
に該当した。
したがって,イレッサについて全例調査を行わないことに合理的な
理由はなかった。
(ウ)まとめ
以上のとおり,イレッサでは全例調査が実施されなければ安全性を確
保できなかったにもかかわらず,全例調査が指示されなかったため,早
期に適正使用情報が医療機関に提供されることにより当該医薬品の副作
用への注意喚起によって安全性の確保を図ることや,専門性を有する医
療機関による慎重な使用を確保することができなかったことから,販売
上の指示の欠陥があるといえ,製造物責任法における「欠陥」にあた
る。
ウ添付文書に使用限定を付けなかったことについて
(ア)安全性確保における使用限定の役割
使用限定とは,薬剤自体の毒性が強いなどの理由で重篤な有害事象が
発生する可能性がある場合や,薬剤の使用方法に一定の危険性を伴った
り特殊な技術を要する場合などに,入院による適切な管理を義務付けた
り,技術や薬剤知識・経験の点において習熟した医師による投与を義務
付けるなどの必要な措置を講じることをいう。
使用限定は,薬剤の使用方法や使用医師・医療機関を限定することに
よって,可及的に副作用の危険の低減を図ることを目的とするものであ
り,イレッサについては,添付文書において,「抗がん剤についての十
分な知識と経験を持つ医師・病院による投与」,「一定期間の入院管
理」等の使用限定を指示する必要があった(薬事法14条,52条∼5
5条,77条の3第1項)。
(イ)イレッサが使用限定をすべき場合に当たること
イレッサの販売以前から多数の抗がん剤で使用限定が付されており,
特に,非小細胞肺がんにおいてプラチナ製剤と併用される標準的な治療
薬であるパクリタキセル,ゲムシタビン,イリノテカン,ビノレルビ
ン,ドセタキセルは,各添付文書において,緊急時に十分に対応できる
医療機関での使用,がん化学療法に十分な経験を持つ医師の使用などに
限定することとされ,その全てに使用限定が付されており,イレッサ承
認の直前に承認されたアムルビシンも同様であった。(甲P144[枝
番号1∼5],甲P34)
イレッサは,承認当時には致死性の間質性肺炎を含む肺障害という重
篤な有害事象の発生が予測されていたのであるから,他剤の例と比較し
ても,少なくとも「抗がん剤についての十分な知識と経験を持つ医師・
病院による投与」,「一定期間の入院管理」などのような使用限定がな
されるべきであった。
イレッサの承認時に上記使用限定が指示されていれば,医師は投与を
決定するにあたって慎重になったであろうし,患者が安易にイレッサを
選択することが回避できたはずである。また,副作用たる間質性肺炎等
の肺障害の兆候が現れた場合であっても,入院管理することにより早期
発見と迅速な対応が可能となり,イレッサに関する副作用被害の頻発な
どという事態は相当程度回避できたはずである。
(ウ)まとめ
したがって,イレッサについては,「抗がん剤についての十分な知識
と経験を持つ医師・病院による投与」,「一定期間の入院管理」等の使
用限定がされなければ安全性を確保できなかったにもかかわらず,この
ような使用限定がされなかった結果,医師や患者らにより安易にイレッ
サの投与が選択され,また,副作用の間質性肺炎等の早期発見と迅速な
対応がされず,副作用被害が回避できなかったものであるから,販売上
の指示の欠陥があるといえ,製造物責任法における「欠陥」にあたる。
(被告会社の主張)
ア全例調査を条件としなかったことについて
(ア)全例調査と製造物責任法上の欠陥
全例調査の本来の目的は,医薬品の有効性及び安全性に関する情報を
収集することにあるのであって,全例調査を通じて医療機関を限定する
こと等により副作用の発生を防止することにあるのではないし,また,
全例調査の実施と副作用による危険の低減との関連性は明らかではな
い。
イレッサの間質性肺炎については,添付文書を中心に,すでにその発
症可能性及び死亡可能性が注意喚起されていたのであり,このような添
付文書等での情報提供を離れて,全例調査を行うことが医薬品それ自体
の安全性との関係でいかなる意味をもつのかは不明であるから,全例調
査を実施しなかったことをもって製造物責任法上の「欠陥」が存在する
との原告らの主張は失当である。
(イ)イレッサが全例調査をすべき場合に当たらないこと
イレッサについては,一定相当数の臨床試験の結果,全例調査の実施
を要するとの科学的根拠が得られなかった上,有効性及び安全性につい
ては,情報提供を行うための措置が十分に講じられていたのであり,敢
えて全例調査を実施する必要性はなかった
イ添付文書に使用限定を付けなかったことについて
(ア)使用限定と製造物責任法上の欠陥
通院にてイレッサを服用していた場合であっても,間質性肺炎発症後
のステロイドパルス療法により回復する場合は存在し,びまん性肺胞障
害(DAD)型の間質性肺炎のような場合には,仮に入院措置を講じて
いたとしても,間質性肺炎による死亡を回避することは困難であるか
ら,入院措置も使用医の限定等の措置も,いずれも間質性肺炎の発症及
び死亡を防止(減少)させるものであるとは直ちには言い難く,これら
と製造物責任法上の「欠陥」との関連性は明らかでない。
(イ)イレッサが使用限定をすべき場合に当たらないこと
イレッサ承認当時は,すでに述べたとおり,1種類でも多くの治療の
選択肢が望まれていた状況であった。そうした状況の中,特にイレッサ
のように治験で非常に高い治療効果を示すデータが得られた抗がん剤に
つき,相応の根拠もなくイレッサの投与が可能な施設を限定すること等
は,患者の治療機会を奪うものとなり,かえって不当な措置となる。
したがって,イレッサについても,当時のデータ等に照らし,使用限
定の措置を講じなかったものであって,何ら不適切な点はない。
2被告会社の不法行為責任について
(1)イレッサを販売したことによる過失責任について
(原告らの主張)
ア注意義務違反(過失)
(ア)注意義務の内容
a医薬品は,生体にとって異物であるがゆえに,医薬品の使用により
生命,身体に危険が生ずる可能性を常に内包するものである。製薬会
社は,一方で,製造,輸入及び販売過程を排他的に独占し,かつ安全
性に関する情報の収集と分析をするのに十分な能力を有しており,他
方で,本質的に危険性を内包する医薬品を製造,輸入,販売すること
で利潤を追求するものである。
したがって,製薬会社は,医薬品の製造,輸入及び販売等にあたっ
て,医薬品の安全性を確保すべき安全性確保義務を負い,それは,世
界的に見て最高の学問水準,最高の技術水準をもって,国内外の文献
を調査し各種試験を行うなどの方法により実現されなければならな
い。
具体的には,製薬会社は,医薬品の販売開始に先立ち,各種試験を
行うとともに,文献及び外国での使用実態などを調査し,世界的に見
て最高の学問水準,最高の技術水準をもって,当該医薬品の有効性及
び有用性を確認すべき注意義務を負い,これらの確認を十分せずに当
該医薬品を販売することは許されない。
b前記第1の2(原告らの主張)(2)のとおり,イレッサによる致死
的な急性肺障害・間質性肺炎の発症は,イレッサそのものが本来的に
前提としたEGFR阻害薬としてのドラッグデザインからも十分に予
見可能であったものであり,また,非臨床試験・臨床試験の結果から
も十分に予見可能であった。
さらに,イレッサ承認以前から,多くの致死的な急性肺障害・間質
性肺炎の発症例が,臨床試験,EAPにおいて報告されていたのであ
り,被告会社は,イレッサによって致死的な急性肺障害・間質性肺炎
を発症する場合があることを十分に認識していた。
このように,被告会社は,イレッサの販売に先立ち,イレッサによ
って急性肺障害・間質性肺炎という重篤な副作用が発生すること,又
はこれにより死亡という損害が発生することを十分に認識していたか
ら,イレッサを販売してはならない注意義務を負っていた。
(イ)注意義務違反
被告会社は,上記注意義務を負っていたにもかかわらず,これに違反
してイレッサを販売し,原告らに損害を与えたのであるから,被告会社
にはイレッサを販売したことにつき過失がある。
イ違法性阻却事由の有無
(ア)有効性,有用性が認められる場合
aイレッサに有効性,有用性が認められる場合にはイレッサの販売の
違法性が阻却される。
b有効性,有用性の主張・立証責任について,被告会社は,有用性に
ついての多くの情報を独占的に保有し,原告らとの間には情報量や調
査能力において格段の差があることや,当該医薬品の輸入承認を受け
ている以上,本来,有効性,有用性を立証する資料を十分に有してい
るべきであることなどからすれば,公平の観点から,有効性,有用性
の主張・立証責任は被告会社が負うというべきである。
なお,仮に,有効性,有用性がないことの立証責任を原告らが負担
するとしても,その立証すべき内容については,有効性,有用性の概
念の性質に即して考えなければならないところ,(a)有効性について
は,医薬品は有効性が科学的に証明されない場合には有効性は存在し
ないものとみなされ,医薬品の使用は許されないのであるから,「有
効性がないこと」の立証の内容は,有効性が科学的に証明されていな
いことで足りるというべきであるし,また,(b)有用性については,
有用性があるすなわち有効性を上回る危険性がないというためには,
副作用の危険性について適切かつ十分な調査・研究を行ったことが前
提とならなければならないから,「有用性がないこと」の立証は,①
被告の調査・研究が適切かつ十分なものではなかったこと,②被告の
調査・研究から有効性を上回る危険性がないと判断することが科学的
に妥当ではないことの証明で足りるというべきである。
c前記第1の3(原告らの主張)(2)のとおり,イレッサについて
は,有効性,有用性が認められないから,イレッサの販売の違法性は
阻却されない。
(イ)Ⅱ相承認段階での販売の必要性と許容性が認められる場合
aイレッサは,旧ガイドラインによりⅡ相承認がされたものである
が,薬事法14条との関係からⅡ相承認による当該医薬品の販売は,
例外的な取扱いであるから,第Ⅱ相試験終了段階で販売することの必
要性と許容性が認められる場合には,Ⅱ相承認段階での販売の違法性
が阻却される余地がある。
bⅡ相承認の要件は,必要性の観点から,①第Ⅲ相試験の結果が出る
までに相当の時間がかかると見込まれること,②承認時までに第Ⅲ相
試験に関する適切な臨床試験計画が具体的に存在し実施計画書が提出
されていることという要件が必要であり,また,許容性の観点から,
③その時点までの諸情報を総合的に検討して,有効性が肯定される相
当の見込みがあり,延命効果に関する否定的な情報がないこと,④当
該抗がん剤に高度の安全性が認められることという要件が必要であ
り,これらの要件の1つでも欠く場合には,Ⅱ相承認は許容されない
というべきである。
c後記第31(1)(原告らの主張)イ(イ)のとおり,イレッサについて
は,上記①ないし④のいずれの要件についても満たさず,本来,Ⅱ相
承認が許容される場合ではなかったから,Ⅱ相承認段階での販売の違
法性は阻却されない。
(被告会社の主張)
ア原告らが主張する被告会社の不法行為責任のうち,イレッサを販売した
ことによる過失責任については,Ⅱ相承認による販売の違法性が主張され
ているものの,結局,イレッサの有用性(有効性が安全性を上回っている
こと)の有無,すなわち前記1(1)の製造物責任法上の「欠陥」としての
「設計上の欠陥」についての争点に関する議論と同一である。
イ前記1(1)(被告会社の主張)のとおり,イレッサは,現時点において
も,承認時点においても有用性が認められるから,被告会社が有効性及び
有用性を十分確認しないままイレッサを販売したということはできず,被
告会社がイレッサを販売したことについて,原告らが主張するような注意
義務違反はない。
(2)安全性確保措置を怠ったことによる過失責任について
(原告らの主張)
ア注意義務の内容
(ア)前記(1)(原告らの主張)ア(ア)aのとおり,製薬会社は,医薬品の製
造,輸入及び販売等にあたって,医薬品の安全性を確保すべき安全性確
保義務を負い,それは,世界的に見て最高の学問水準,最高の技術水準
をもって,国内外の文献を調査し各種試験を行うなどの方法により実現
されなければならない。
具体的には,製薬会社は,医薬品の販売に際し,各種試験や調査の結
果をふまえて,当該医薬品に副作用の危険性が認められる場合には,そ
の危険性をできる限り減少させるために,世界的に見て最高の学問水
準,最高の技術水準をもって,最善の安全性確保措置(添付文書等によ
る適切な指示・警告,適応の設定や必要に応じた医師・医療機関等の限
定等)を講じるべき注意義務を負い,これらの安全性確保措置を講ずる
ことなく医薬品を販売することは許されない。
(イ)前記(1)(原告らの主張)ア(ア)bのとおり,被告会社は,イレッサを
販売すれば,イレッサによって致死的な急性肺障害・間質性肺炎を発症
する場合があることを十分に認識していた。
したがって,被告会社は,イレッサの販売に際し,①適切な範囲に適
応をとどめ,②適切な指示・警告をし,③適切な範囲に広告宣伝をとど
め,④適切な販売上の指示をするなどして安全確保措置をとるべき注意
義務を負っていた。
イ注意義務違反
被告会社は,上記注意義務を負っていたにもかかわらず,これに違反
し,①適応を拡大し,②適切な指示・警告を怠り,③虚偽・誇大な広告宣
伝を行い,④適切な販売上の指示を怠り,安全性確保措置を講ずることな
くイレッサを販売し,原告らに損害を与えたのであるから,被告会社には
これらの安全確保措置を怠ったことにつき過失がある。
(被告会社の主張)
ア原告らが主張する被告会社の不法行為責任のうち,安全性確保措置を怠
ったことによる過失責任については,前記1(3)ないし(6)の製造物責任法
上の「欠陥」としての,「適応に関する欠陥」,「指示・警告上の欠
陥」,「広告宣伝上の欠陥」,「販売上の指示の欠陥」についての各争点
に関する議論と同一である。
イ前記1(3)ないし(6)のそれぞれ(被告会社の主張)のとおり,被告会社
は,①イレッサの適用の範囲について,ファーストライン治療の患者への
投与や放射線療法との併用等を禁止する必要性はなく,②指示・警告につ
いて,第1版添付文書においても添付文書以外の情報提供文書においても
間質性肺炎を含めて適切な情報提供がされていたし,③原告らがいう「広
告宣伝」の内容についても,何ら誇張されたものでないし,④販売上の指
示については,全例調査を実施する必要性はなく,使用限定をする必要も
なかったから,被告会社が安全確保措置を怠っておらず,原告らが主張す
るような注意義務違反はない。
(3)イレッサ販売開始後の過失責任について
(原告らの主張)
ア注意義務の内容
(ア)前記(1)(原告らの主張)ア(ア)aのとおり,製薬会社は,医薬品の製
造,輸入及び販売等にあたって,医薬品の安全性を確保すべき安全性確
保義務を負うところ,医薬品の製造,販売後においては,当該医薬品の
有効性及び危険性に関する情報を常に収集及び調査し,検討しなければ
ならず,これにより当該医薬品の品質,有効性,安全性に疑問等を抱い
た場合には,問題の程度に応じて,迅速に,販売停止や回収,少なくと
も警告等の適切な措置を採らなければならない。
本件においては,(ア)医療機関から報告された副作用症例,特に死亡
例につき情報が不足していると判断するのであれば,報告医療機関から
速やかに追加情報を入手し,(イ)他の医療機関にも,同様の副作用症
例,特に死亡例がないか問い合わせ,あれば速やかに情報を入手するこ
とによって迅速に情報を収集すべきであり,このようにして収集した情
報に基づき,添付文書の改訂,緊急安全性情報の配布,その周知徹底な
どの安全性確保のための手段・方法を講じるべき義務を負っていた。
(イ)また,被告会社は,承認時までに,国内臨床試験を初めとして,海外
臨床試験,EAPを含めて致死的あるいは重篤な急性肺障害,間質性肺
炎の副作用症例が相当程度把握し,イレッサの危険性(安全性の欠如)
を把握していた。
したがって,被告会社は,承認後に,イレッサによる致死的な急性肺
障害,間質性肺炎の副作用報告がされた場合には,わずかな報告数であ
っても,副作用による死亡の被害の拡大を予見し得た。
(ウ)具体的な注意義務の内容
a平成14年7月30日の市販後1例目の死亡報告に基づく注意義務
被告会社は,平成14年7月30日,承認後最初の間質性肺炎によ
る死亡例を把握した。
被告会社は,前記(イ)のとおり,上記報告により副作用による死亡の
被害の拡大を予見し得たから,上記報告を受けた同年7月30日時点
で,緊急安全性情報の配布,添付文書の改訂,加えて,その周知徹底
として,イレッサが安全であるとの誤った情報を払拭して危険性情報
が行き渡るに足りる安全性確保のための措置を講じる義務があった。
また,仮に,被告会社において,上記報告を受けた同日時点での死
亡報告を情報不足と判断した場合には,同症例(乙D2[枝番号7の
2],甲D14[枝番号7]〔2∼5枚目〕)につき,報告医療機関
から速やかに副作用症例を評価するに足る臨床経過に基づく追加情報
を求め,追加報告を受けることができた時点(同年7月30日から数
日後)で,上記と同様の緊急安全性情報の配布,添付文書の改訂,そ
の周知徹底としての安全性確保のための措置を講じる義務があった。
b平成14年8月27日の追加報告に基づく注意義務
被告会社は,平成14年8月27日には,市販後1例目の死亡報告
についての追加報告を受けた(乙D2[枝番号9の2],甲D14
[枝番号9]〔2∼6枚目〕)。同報告は,検討会でイレッサによる
死亡例と判断された症例報告書(丙E1[枝番号14①])と内容に
違いはない。
したがって,被告会社は,上記追加報告をもって,安全性検討会と
同じく,イレッサによる間質性肺炎と死亡との因果関係を肯定する結
論を出すことが可能であったから,上記報告を受けた同年8月27日
時点で,緊急安全性情報の配布,添付文書の改訂,その周知徹底とし
ての安全性確保のための措置を講じる義務があった。
c平成14年8月29日までの死亡例報告に基づく注意義務
被告会社は,平成14年8月29日までに,承認後合計7例の間質
性肺炎による死亡例を把握した。
したがって,被告会社は,前記(イ)のとおり,上記報告により副作用
による死亡の被害の拡大を予見し得たから,上記報告を受けた同年8
月29日時点で,緊急安全性情報の配布,添付文書の改訂,その周知
徹底としての安全性確保のための措置を講じる義務があった。
イ注意義務違反
(ア)平成14年7月30日の市販後1例目の死亡報告に基づく注意義務違

被告会社は,遅くとも平成14年7月30日時点において,安全性確
保のための措置を講じていれば,副作用被害の拡大を防ぐことが可能で
あったにもかかわらず,前記注意義務に違反して上記措置を怠り,同年
10月15日まで緊急安全性情報を発することなく,急性肺障害,間質
性肺炎による死亡被害を拡大させた。
(イ)平成14年8月27日の追加報告に基づく注意義務違反
被告会社は,遅くとも平成14年8月27日時点において,安全性確
保のための措置を講じていれば,副作用被害の拡大を防ぐことが可能で
あったにもかかわらず,前記注意義務に違反して上記措置を怠り,同年
10月15日まで緊急安全性情報を発することなく,急性肺障害,間質
性肺炎による死亡被害を拡大させた。
(ウ)平成14年8月29日までの死亡例報告に基づく注意義務違反
被告会社は,遅くとも平成14年8月29日時点において,安全性確
保のための措置を講じていれば,副作用被害の拡大を防ぐことが可能で
あったにもかかわらず,前記注意義務に違反して上記措置を怠り,同月
30日,イレッサを薬価収載し,同年10月15日まで緊急安全性情報
を発することなく,急性肺障害,間質性肺炎による死亡被害を拡大させ
た。
(被告会社の主張)
ア注意義務の内容
(ア)緊急安全性情報の発出や添付文書の改訂の必要性の有無
医薬品の副作用について緊急安全性情報の発出や添付文書の改訂の必
要性の有無は,添付文書の記載,適応疾患の性質や他の医薬品における
副作用,問題となっている当該副作用の性質等を踏まえて検討する必要
がある。
そして,以下の事情を前提にすると,イレッサの第1版添付文書に,
間質性肺炎が「重大な副作用」欄に記載されていた以上,医師等に対
し,患者が致死的になり得る副作用である間質性肺炎を発症することが
あり得ることについての十分な注意喚起がされていたというべきであ
る。
したがって,さらに被告会社において緊急安全性情報の発出や添付文
書の改訂の必要性があったというためには,原告らが主張する各時点に
おいて,被告会社が得ていた具体的情報を基にすると,もはや「重大な
副作用」による注意喚起では不十分であり,これを超える注意喚起をし
なければならない状況にあったといえることが必要である。
aイレッサの間質性肺炎はすでに添付文書の「重大な副作用」欄に記
載され,場合によっては死亡するおそれのある副作用として位置付け
られていた。
b非小細胞肺がん抗がん剤の副作用は重篤で,かつ副作用が高頻度で
発生する。さらに,1%ないし2%程度の副作用死亡の発生が不可避
である。
c間質性肺炎の副作用の重篤性は薬剤の種類等によって異なるが,抗
がん剤の副作用として起こる間質性肺炎は一般に予後不良で死亡する
おそれのある副作用であることが知られていた。また,間質性肺炎は
ほとんどの非小細胞肺がん抗がん剤が有する副作用であり,一定の副
作用死亡も発生することが知られていた。
d承認後に報告されてきたイレッサの間質性肺炎の副作用症例は,第
一報の時点では概括的な情報に止まり,その後MRを通じて担当医か
ら詳細情報の入手が行われた。こうして収集された情報に基づいて,
個々の症例ごとに間質性肺炎の発症やイレッサとの因果関係の有無に
ついて検討が行われ,間質性肺炎の発症例が一定程度集積した段階
で,発生頻度や重篤性についての検討・評価が行われた。こうした検
討・評価を踏まえて,添付文書の改訂の要否や改定内容が検討された
が,このような情報収集,検討・評価,具体的な措置の検討には,一
定の時間を要する。
(イ)具体的な注意義務の内容
a平成14年7月30日の市販後1例目の死亡報告に基づく注意義務
後記cのとおり,被告会社には,平成14年8月30日までの死亡
例報告に基づき警告・緊急安全性情報を発出すべき義務はなかったの
であるから,それ以前の同月27日までの情報に基づき警告・緊急安
全性情報を発出すべき義務はなかった。
なお,イレッサの場合,致死的な副作用として間質性肺炎を添付文
書の「重大な副作用」欄に記載していたのであるから,このような場
合に,1例の間質性肺炎の副作用死亡報告があったとしても,直ちに
警告や緊急安全性情報の発出をすべき義務が生じたとはいえない。
さらに,イレッサについては,市販直後調査が行われており,被告
会社では,副作用報告があった場合に,市販後調査ガイドライン(乙
D17)が定める基準に従って,担当MR(医療情報提供者)が医療
機関を訪問して副作用情報について積極的な情報収集活動を行ってい
たもので,上記1例の死亡報告があったことによって,被告会社にお
いて,上記調査以外の特別な調査をすべき義務が生じたとはいえな
い。
b平成14年8月27日の追加報告に基づく注意義務
後記cのとおり,被告会社には,平成14年8月30日までの死亡
例報告に基づき警告・緊急安全性情報を発出すべき義務はなかったの
であるから,それ以前の同月27日までの情報に基づき警告や緊急安
全性情報を発出すべき義務はなかった。
c平成14年8月29日までの死亡例報告に基づく注意義務
同日までの時点において間質性肺炎死亡例と疑われるものは5例で
あったが,そのうち2例は,特にイレッサの間質性肺炎による死亡例
と考えるには疑問の強い症例であった。
そして,当時のイレッサの推定投与患者数が約1960人(丙K2
[枝番号6]〔2頁〕)であったことからすれば,平成14年8月2
9日時点での間質性肺炎死亡率は,上記5例を前提とすれば約0.2
5%(5例/1960例),うち上記2例を除いた3例を前提とすれ
ば約0.15%(3例/1960例)に止まるものであり,この点に
照らせば,同日時点で,イレッサの間質性肺炎について「重大な副作
用」による注意喚起では不十分であり,警告や緊急安全性情報を発出
をすべき義務があったとはいえない(丙E74[枝番号1]〔8頁
(2)〕)。
なお,同日までの時点で被告会社が報告を受けていた間質性肺炎発
症例は9例であり,そのなかにはイレッサとの因果関係が疑問である
症例等もあったが,上記9例を前提としても発生頻度は約0.45%
(9例/1960例)に止まる。この点からしても,被告会社に警告
や緊急安全性情報を発出すべき義務はなかった。
イ注意義務違反
(ア)前記アのとおり,被告会社には,平成14年8月29日までに警告や
緊急安全性情報を発出すべき義務はなかった。
(イ)被告会社は,平成14年9月11日に添付文書の改訂等に向けた検討
を速やかに開始し,同月18日には添付文書改訂検討委員会(PIMW
T:PrescribingInformationManagementWorkingTeam)を開催して
添付文書の改訂の要否及び改訂内容の検討を行い,同月27日には安全
性委員会に上程して,添付文書の改訂を決定したのである。その後,継
続的に報告されてくるイレッサとの因果関係が疑われる間質性肺炎症例
の評価を行うとともに,添付文書の改訂へ向けて着々と準備を行い,厚
生労働省安全対策課とも協議を重ね,同年10月15日に間質性肺炎を
添付文書の警告欄に記載するとともに,緊急安全性情報の発出を行った
ものである(甲P158〔4枚目〕,丙P58〔5頁〕)。
このように,被告会社は,イレッサの承認後も,安全性の確保のため
の対応を適時適切に行ってきたのであり,原告らが主張するような注意
義務違反はない。
(以下余白)
第3被告国の責任について
1承認時の義務違反について
(1)承認の違法について
(原告らの主張)
ア承認の違法に関する判断枠組み
(ア)薬事法上の安全性確保義務
薬事法には,その目的として,医薬品の品質,有効性に加えて安全性
の確保が明示され(薬事法1条),医薬品の製造販売をしようとする者
は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなけ
ればならず(薬事法14条1項),承認の審査においては,用法,用
量,効能,効果等に加え,副作用を審査しなければならないとされ(同
条2項),当該医薬品がその申請にかかる効能,効果又は性能を有する
と認められないとき及びかかる効能,効果又は性能を有すると認められ
てもそれらに比して著しく有害な作用を有することにより医薬品として
使用価値がないと認められるときは,当該医薬品の輸入に関し承認を与
えてはならないとされている(同条2項2号)。
上記薬事法の目的及び規定によれば,厚生労働大臣は,医薬品の製造
販売の承認をするに際し,医薬品の安全性を確保すべき義務を負い,①
医薬品が適応症のすべてについて有効性が認められない場合,あるいは
副作用の危険性が有効性を上回る場合には有用性を欠くものとして,当
該医薬品の製造販売の承認をしてはならず,②適応症の一部に上記のよ
うな事情が認められる場合には,適応症を有用性の認められる症例に限
定して承認を行わなければならない。
そして,厚生労働大臣は,医薬品の製造販売の承認をするに際し,医
薬品の安全性を確保すべき義務を負い,①医薬品が適応症のすべてにつ
いて有効性が認められない場合,あるいは副作用の危険性が有効性を上
回る場合には有用性を欠くものとして,当該医薬品の製造販売の承認を
してはならず,②適応症の一部に上記のような事情が認められる場合に
は,適応症を有用性の認められる症例に限定して承認を行わなければな
らない。
(イ)有効性,有用性の主張立証責任
医薬品の承認審査においては,効能・効果の存在及びその程度(有効
性)と,副作用の存在及びその程度(安全性)の両方が審査対象とな
り,副作用を上回る効果・効能があって初めて有用性が認められ,製
造・輸入承認等がされる(薬事法14条)。
当該医薬品を有用性があると判断して承認したのは,厚生労働大臣
(被告国)であるし,また,医薬品の有用性の存否は優れて高度の専門
的・技術的知見に基づいて判断しなければならない性質のものであると
ころ,被告国は,医薬品の有効性,安全性にかかる情報を独占するとと
もに,薬事法により課された責任を遂行するだけの専門的・技術的知見
を有する一方,原告らは,何らの情報も何らの専門性も有していない。
したがって,公平の観点から,有用性の存在については被告国が主張
立証責任を負う。
(ウ)医薬品の承認審査における基準及び国の裁量
クロロキン判決の基準からすれば,厚生労働大臣は,その当時の最高
の医学的,薬学的知見をもって承認審査を行わなければならない。
また,医薬品の承認審査における有用性の有無は,判定時における最
高の学問水準に照らして客観的に定まる性質のものであり,また,医薬
品の有効性及び安全性を確保し,もって国民の生命及び健康を保護する
という薬事法の趣旨にかんがみても,承認行為及びその前提となる有用
性の審査につき行政裁量はない。
(エ)実質的審査義務
厚生労働大臣は,単に製薬会社から任意に提出された資料のみを審査
するだけでなく,有効性や安全性に疑義がある場合には,国民の安全を
守る観点から,国内外の資料を可能な限り収集し,申請者に釈明を求
め,必要な実験試料などの提出を促したり命じたりするなどして,積極
的に情報収集,調査研究をすべき実質的審査義務を負う。
Ⅱ相承認の場合,有効性については,高い腫瘍縮小効果が肯定できる
か否か,延命効果が見込まれるか否かについて,安全性については,海
外での使用実績やEAPの結果を踏まえ,国内の副作用発生状況を確認
するなどして実質的審査を行わなければならない。
イ承認の違法(不作為義務違反)
(ア)有用性について
aイレッサの有効性
前記第1の1(2)(原告らの主張)アのとおり,イレッサが承認さ
れた平成14年7月当時におけるイレッサの有効性については,ID
EAL各試験結果の奏功率を積極的に評価することが難しいのみなら
ず,抗がん剤の第Ⅱ相試験であるIDEAL各試験結果の奏功率から
延命効果を予測することはできない。また,対照群を置かないIDE
AL各試験における生存期間中央値などをイレッサの有効性の根拠と
することもできない。したがって,IDEAL1試験の日本人群の試
験結果を考慮したとしても,イレッサが日本人の非小細胞肺がん患者
の治療において有効性,すなわち延命効果を有しない薬剤である可能
性を念頭に置くべき状況にあったというべきである。
また,前記第1の1(2)(原告らの主張)イのとおり,イレッサ承
認後の事情から平成14年7月当時におけるイレッサの有効性を評価
した場合も,承認条件となっていたV1532試験だけでなく,その
他の第Ⅲ相試験においてもイレッサの延命効果を示すことができず,
イレッサに有効性がないことがさらに明らかとなったというべきであ
る。
bイレッサの安全性
前記第1の2(原告らの主張)(2)のとおり,イレッサが承認され
た平成14年7月当時におけるイレッサの危険性については,平成1
4年7月承認前から,抗がん剤による薬剤性間質性肺炎には死亡例や
重篤例が多く見られており,イレッサの承認時には,既に,薬剤性間
質性肺炎について,予後が不良となりうる疾患であり,かつ,その中
でも急性間質性肺炎・びまん性肺胞障害(AIP/DAD)型をたど
るものは予後が不良であるということ,及び抗がん剤による薬剤性間
質性肺炎については致命的になりやすいため特に注意を払われなけれ
ばならなかった。また,イレッサの臨床試験を検討する上で,イレッ
サのEGFR阻害というドラッグデザインから予測される毒性,イレ
ッサの非臨床試験で得られた毒性所見を前提に慎重かつ厳密に吟味す
る必要があったことに加え,イレッサの臨床試験において現れた有害
事象死亡例は,大半が副作用に分類されるべきものであり,少なくと
もこれら有害事象死亡例のデータはイレッサによる致死的な急性肺障
害・間質性肺炎の副作用の発生を予測させるに十分なものであった。
さらに,イレッサの国内臨床試験やEAPを含む副作用報告で認めら
れた間質性肺炎の副作用発症例は,いずれも極めて重篤かつ致死的な
ものであり,発症率及び死亡率も高頻度であった。したがって,イレ
ッサが極めて重篤かつ致死的な間質性肺炎の副作用を高頻度で発症さ
せるものであることはイレッサ承認前の時点で既に明らかになってい
たというべきである。
前記第1の2(原告らの主張)(3)のとおり,イレッサ承認後の事
情から平成14年7月当時におけるイレッサの危険性を評価した場合
も,イレッサによる間質性肺炎の副作用が極めて重篤かつ致死的で,
イレッサの安全性が欠如していたことは,イレッサ承認前の段階で既
に明らかになっており,その安全性の欠如が,承認後,わずか6年足
らず間に,734人というこれまでに類を見ないほど多数の副作用死
亡者数を出したという結果として表れたのであるから,イレッサの安
全性の欠如は,市販後において,他剤との比較やプロスペクティブ調
査,コホート内ケース・コントロール・スタディの結果によって,よ
り明確に実証されたというべきである。
cイレッサの有用性
前記第1の3(原告らの主張)(2)アのとおり,イレッサが承認さ
れた平成14年7月当時におけるイレッサの有用性については,旧ガ
イドラインにおける腫瘍縮小効果を前提にした承認制度においても,
イレッサはIDEAL各試験の結果等からの有効性の見込みと危険性
を比較しても,有効性が欠如し又は危険性が有効性を上回るものであ
るから,有用性があるとはいえない。
前記第1の3(原告らの主張)(2)イのとおり,イレッサ承認後の
事情から平成14年7月当時におけるイレッサの有用性を評価した場
合も,承認後における有効性及び安全性に関する諸事情を考慮すれ
ば,イレッサは,少なくとも「手術不能又は再発非小細胞肺癌」とい
う適応との関係では,有効性が欠如し又は危険性が有効性を上回るこ
とが科学的に証明されたのであるから,有用性があるとはいえない。
(イ)有用性を欠く承認の違法について
aⅡ相承認の要件等について
旧ガイドラインにおいて,第Ⅲ相試験の成績を承認後に提出するこ
とが認められ,第Ⅱ相試験までの結果に基づく承認が可能とされてい
たとしても,抗がん剤の有効性の指標が延命効果である以上,被告国
は,承認時点において,可能な限り延命効果について第Ⅲ相試験に代
わるような情報を得るべく資料を収集し,検討する義務を負う。そし
て,延命効果に疑いが生じる場合には,第Ⅱ相試験の段階では承認せ
ず,第Ⅲ相試験の結果を待って有効性を判断しなければならない。
したがって,Ⅱ相承認の条件は,Ⅱ相承認の必要性の観点から,①
第Ⅲ相試験の結果が出るまでに相当の時間がかかると見込まれるこ
と,②承認時までに第Ⅲ相試験に関する適切な臨床試験計画が具体的
に存在し実施計画書が提出されていることという要件が必要であり,
また,許容性の観点から,③その時点までの諸情報を総合的に検討し
て,有効性が肯定される相当の見込みがあり,延命効果に関する否定
的な情報がないこと,④当該抗がん剤に高度の安全性が認められるこ
とという要件が必要であり,これらの要件の1つでも欠く場合には,
Ⅱ相承認は許容されないというべきである。
bイレッサについて
前記(ア)のとおり,イレッサは,平成14年7月当時において,有
効性が欠如し又は危険性が有効性を上回るものであるから,有用性が
あるとはいえなから,被告国は,イレッサの輸入承認をしてはならな
かったにもかかわらずこれを承認した。
また,本件では,被告国は,イレッサ承認時(平成14年7月5
日)において,①INTACT各試験の結果が同年8月に公表される
ことを把握していたこと,②被告会社から国内第Ⅲ相試験の実施計画
書を提出させず,第Ⅲ相試験によってできるだけ早期に有効性を確認
させることの担保がされていなかったこと,③IDEAL各試験にお
ける腫瘍縮小効果は高いものではなかったことに加え,INTACT
各試験で延命効果の証明に失敗したことを認識すべき状況にあったこ
とから,延命効果に関する否定的な情報が存在していたこと,④間質
性肺炎の副作用例が多数報告されており,イレッサの安全性に対する
重大な疑念が存在していたことといった事情が存在する。以上によれ
ば,被告国(厚生労働省)は,イレッサを第Ⅱ相試験の段階で承認す
ることは許容されず,第Ⅲ相試験の結果を待って有効性,有用性を判
断すべきであったにもかかわらず,第Ⅱ相試験の段階でこれを承認し
た。
したがって,被告国には,イレッサが有用性を欠く(Ⅱ相承認の要
件を欠く)のに承認した違法がある。
(ウ)適応拡大(ファーストラインにおける使用,他剤あるいは放射線治療
との併用療法)による承認の違法について
aイレッサの承認の根拠となったIDEAL各試験は,いずれも非小
細胞肺がんのセカンドライン以降の患者群に対する単剤投与での臨床
試験であり,また,被告会社が被告国に対して承認審査資料として提
出した6件の臨床試験についても他剤や放射線治療との併用が除外さ
れていたから,ファーストラインにおける有効性や,他剤あるいは放
射線治療との併用療法における有効性は,第Ⅱ相試験においても確認
されていなかった。
イレッサは,米国及びカナダではサードライン以降に限定して承認
されている。また,INTACT各試験は,ファーストライン治療に
おいて,延命効果が認められなかった。そして,平成15年10月の
日本肺癌学会でのガイドラインによると,「化学療法未治療例におけ
る有効性及び安全性は確立していないため,このような例では実地医
療としては使用しないこと」とされているから,承認時点において
も,ファーストラインでの使用をも適用範囲とする承認は許されなか
った。
また,抗がん剤では,他の抗がん剤や放射線治療との併用が想定さ
れ,対象となる薬剤の範囲も限定されるから,その有効性,安全性が
確認されるまでは,単剤としての有効性が確認されたものは,単剤と
しての承認に限られるべきであった。
b以上の状況にあったにもかかわらず,被告国は,適応を非小細胞肺
がん(手術不能又は再発例)として,ファーストラインでの使用や,
他剤や放射線治療との併用使用をも適用範囲とし,適用範囲を拡大し
て承認した。
その結果,無限定に適用が拡大され,ファーストライン患者の原告
Lがイレッサを投与された結果間質性肺炎に罹患する等被害が生じ
た。
(被告国の主張)
ア承認の違法に関する判断枠組み
(ア)国賠法1条1項の判断枠組み
国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が
個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損
害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを
規定する(職務行為基準説)。
そして,当該公権力の行使に当たる公務員が具体的にいかなる職務上
の法的義務を負担するかは,当該根拠法令における規制目的,当該権限
の要件及び効果,これにより保護されるべき個別の国民の法的利益の内
容等を総合し,当該根拠法令が採用した立法政策を考慮して定められる
べきものと解される。
(イ)有効性,有用性の主張立証責任
薬事法上,厚生労働大臣が,医薬品を承認してはならない法的義務を
負うのは,承認当時の医学的,薬学的知見の下で,客観的にみて,①当
該医薬品が効能,効果を有すると認められず(薬事法14条2項1
号),又は,②効能効果に比して著しい有害作用があるため使用価値が
ないと認められる場合(同条2項2号)に限られる。前者は有効性が認
められない場合であり,後者は有用性が認められない場合である。
したがって,厚生労働大臣によるイレッサの輸入承認が国賠法上違法
であるというためには,原告らにおいて,厚生労働大臣が薬事法14条
1項所定の輸入承認権限を行使し得る要件を欠いていた,すなわち,イ
レッサの輸入承認をしてはならない法的義務に違反した(不作為義務違
反)ことを主張立証する必要がある。
具体的には,原告らにおいて,イレッサの輸入承認が,平成14年7
月当時の医学的,薬学的知見の下で,客観的にみて,①当該医薬品が効
能,効果を有すると認められないこと(有効性が認められないこと),
又は,②効能効果に比して著しい有害作用があるため使用価値がないと
認められること(有用性が認められないこと)を主張立証する必要があ
る。
(ウ)医薬品の承認審査における基準及び国の裁量
厚生労働大臣の製造承認(輸入承認)は,その時点における医学的,
薬学的知見の下で,当該医薬品がその副作用を考慮してもなお有用性を
肯定しうるときは,国賠法上違法の評価を受けることはないというべき
であるから,厚生労働大臣の有用性判断は,その時点の当該医薬品に関
する医学的,薬学的知見に反しない限り,違法の評価を受けないという
べきである。
そして,クロロキン判決によれば,医薬品の有用性の判断は,その時
点における医学的,薬学的知見を前提として,当該医薬品の治療上の効
能,効果と副作用との比較考量によって行われるもので,高度の専門的
かつ総合的な判断が要求されるものである。したがって,厚生労働大臣
の上記専門的かつ総合的判断は,薬事行政の責任者として,薬事法に基
づき我が国における医薬品の安全性を確保する責務を担う厚生労働大臣
の専門的かつ総合的な裁量判断にゆだねられているというべきである。
また,有用性の判断は,適応症に罹患した患者全体との関係で,対象
疾病の重篤性,それに対する治療効果等を考慮した有効性と,副作用の
重篤性,発生頻度等を考慮した安全性の全体とを比較考量した上,代替
治療法とも比較して相対的に,また,総合的に判断されるべきものであ
る。
イ承認の違法(不作為義務違反)
(ア)有用性について
aイレッサの有効性
前記第1の1(2)(被告国の主張)アのとおり,イレッサが承認さ
れた平成14年7月当時におけるイレッサの有効性について,イレッ
サの適応症である手術不能又は再発非小細胞肺がんは,予後不良で重
篤な疾患であるところ,イレッサは,IDEAL1試験等により顕著
な抗腫瘍効果を示して,延命効果を推定させ,他方で,代替治療法で
ある既存の抗がん剤は限界の状態に達していたのであるから,イレッ
サには効能,効果が認められたというべきである。
前記第1の1(2)(被告国の主張)イのとおり,イレッサ承認後の
事情から平成14年7月当時におけるイレッサの有効性を評価した場
合も,イレッサ承認後の医学的,薬学的知見の進展を踏まえたイレッ
サの有効性の実証からは,前記アのイレッサ承認時に得られていた知
見が裏付けられるというべきである。
bイレッサの安全性
前記第1の2(被告国の主張)(2)のとおり,イレッサが承認され
た平成14年7月当時におけるイレッサの安全性について,平成14
年7月当時の薬剤性間質性肺炎に関する知見や,新医薬品の安全性の
評価方法に関する知見等を前提とした,イレッサの国内外の臨床試験
の有害事象,副作用症例その他の安全性に関する情報からは,平成1
4年7月当時,承認用量のイレッサによる間質性肺炎発症の可能性は
否定できず,また殺細胞性抗がん剤による間質性肺炎と同様に症例に
よっては致死的となる可能性のあることは否定できないが,イレッサ
による間質性肺炎が殺細胞性抗がん剤による間質性肺炎よりも発症頻
度が高い又は重篤であるとの知見までは得られていなかった。そし
て,イレッサと間質性肺炎との関連性は,販売後の調査の結果等を踏
まえ,慎重に検討していくことが必要であり,かつそれで足りるとい
うのが,平成14年7月当時の医学的,薬学的知見であった。
前記第1の2(被告国の主張)(3)のとおり,イレッサ承認後の事
情から平成14年7月当時におけるイレッサの安全性を評価した場合
も,イレッサ承認後に得られた知見から,イレッサ承認当時のデータ
を振り返ってみると,イレッサ承認当時に得られていた知見が上記の
とおりであったことが裏付けられる。
cイレッサの有用性
前記第1の3(被告国の主張)(2)アのとおり,イレッサが承認さ
れた平成14年7月当時におけるイレッサの有用性について,イレッ
サの効能,効果と副作用を総合的に比較衡量すると,平成14年7月
当時,イレッサの副作用による危険性は,新たな治療の選択肢として
の効能,効果による利益を上回るものではなく,イレッサに有用性が
認められることは明らかであった。
前記第1の3(被告国の主張)(2)イのとおり,イレッサ承認後の
事情から平成14年7月当時におけるイレッサの有用性を評価した場
合も,イレッサの副作用による危険性が,新たな治療の選択肢として
の効能,効果による利益を上回るものではなく,イレッサに有用性が
認められるとした平成14年7月当時の承認時の判断はやはり正当で
あったといえる。
(イ)有用性を欠く承認の違法について
aⅡ相承認の要件等について
平成14年7月当時,各種指針の下で採用されていた抗がん剤の有
効性,有用性評価の方法論,すなわち,Ⅱ相承認の考え方とは,①第
Ⅱ相試験によって治療の直接目的である腫瘍縮小効果を確認するとと
もに,これを代替評価項目として,治療上の利益を確認し,②この腫
瘍縮小効果に関して得られた知見を,他の評価項目について得られた
知見その他あらゆる知見と総合して有効性,有用性を評価することに
より臨床使用の可否を決し,③その有効性,有用性が肯定されて臨床
使用に用いられた場合には,臨床使用の中で第Ⅲ相試験により延命効
果を検証し,④その延命効果が検証されれば標準的治療に組み入れら
れる,というものであった。
そして,上記Ⅱ相承認の方法論に関する各種指針等は,いずれも当
時における,当該分野の専門家が慎重な検討を経て開発し,確立した
ものであり,それぞれ当時における,医学的,薬学的知見を集約した
ものであって,それ自体が知見の一つとして位置付けられるものであ
り,合理性を有するものである。
したがって,上記Ⅱ相承認を前提にすると,承認の要件としては,
①第Ⅱ相試験によって治療の直接目的である腫瘍縮小効果を確認する
とともに,これを代替評価項目として,治療上の利益を確認し,②こ
の腫瘍縮小効果に関して得られた知見を,他の評価項目について得ら
れた知見その他あらゆる知見と総合して有効性,有用性を評価するこ
とにより,承認の可否を決することになる。
そして,前記ア(ウ)のとおり,有用性の判断は,適応症に罹患した
患者全体との関係で,対象疾病の重篤性,それに対する治療効果等を
考慮した有効性と,副作用の重篤性,発生頻度等を考慮した安全性の
全体とを比較考量した上,代替治療法とも比較して相対的に,また,
総合的に判断されるべきものである。
原告らは,Ⅱ相承認が適法となるための独自の要件を,必要性と許
容性の観点に分けて主張するが,原告らの上記主張は,医学的,薬学
的知見に基づかない単なる「一意見」にすぎず失当である。
bイレッサが有用性を欠く(Ⅱ相承認の要件を欠く)のに承認した違
法の有無
前記(ア)のとおり,イレッサが承認された平成14年7月当時にお
けるイレッサの有用性について,イレッサの効能,効果と副作用を総
合的に比較衡量すると,平成14年7月当時,イレッサの副作用によ
る危険性は,新たな治療の選択肢としての効能,効果による利益を上
回るものではなく,イレッサに有用性が認められることは明らかであ
ったから,イレッサの輸入承認について違法はない。
なお,イレッサの輸入承認の違法をいうためには,原告らにおい
て,イレッサの輸入承認が,平成14年7月当時の医学的,薬学的知
見の下で,客観的にみて,①当該医薬品が効能,効果を有すると認め
られないこと(有効性が認められないこと),又は,②効能効果に比
して著しい有害作用があるため使用価値がないと認められること(有
用性が認められないこと)を主張立証する必要があるところ,その主
張立証はない。
(ウ)適応拡大(ファーストラインにおける使用,他剤あるいは放射線治療
との併用療法)による承認の違法について
a臨床試験において選択基準や除外基準が定められているのは,ファ
ーストラインで臨床試験を実施することは,倫理的に許されていない
という問題のほか,他の影響を排除して薬効それ自体を見ようとする
ために背景因子をそろえる等するためであり,選択基準に該当しない
症例や除外基準に該当する症例では効果がないからではない。臨床試
験の選択基準に該当しない症例や除外基準に該当する症例であって
も,当該医薬品の効能,効果が通常認められる範囲であれば,適応を
認めることはできるのであり,そのうちの一部の患者について,当該
医薬品の効能,効果が認められない場合には,当該患者(群)につい
て,適応から除外すれば足りる。
したがって,治験における選択基準や除外基準によって治験の対象
者となっていないことのみをもって,非対象者には効能,効果が認め
られない旨の原告らの主張は,医学的,薬学的見地からみて失当であ
る。
bもっとも,イレッサの添付文書においては,効能・効果を手術不能
又は再発非小細胞肺がんとした上,「効能・効果に関する使用上の注
意」欄に,「1.本剤の化学療法未治療例における有効性及び安全性
は確立していない。2.本剤の術後補助療法における有効性及び安全
性は確立していない。」と記載され,イレッサを投与する医師に対
し,個別の患者への投与に際して注意喚起がされている。
(2)安全確保義務懈怠による承認の違法と規制権限の不行使の違法について
(原告らの主張)
ア判断枠組み
(ア)安全確保義務懈怠による承認の違法(第1次的主張・不作為義務違
反)について
a厚生労働大臣は,医薬品につき高度の安全確保義務を負うものであ
るから,有効性が危険性を上回って有用性があることが積極的に肯定
できない場合には,当該医薬品を承認してはならない義務を負う(薬
事法1条,14条)。
そして,医薬品は,それ自体では単なる化学物質であり,添付文書
による危険性についての注意喚起,全例調査や使用条件の限定等の適
切な安全確保措置がされ,適切な適応範囲に限定されてはじめて有用
性が認められるのであるから,医薬品が,安全確保措置がとられない
まま承認され,あるいは適切な適応範囲に限定されないまま承認され
た場合には,いずれも有用性判断の誤りとして,当該医薬品の承認行
為は違法となる。
b本件では,①致死的な間質性肺炎等の急性肺障害について十分な警
告表示がされなければならず,②全例調査又はこれに準じた厳格な市
販後調査がされるべきであり,③入院ないしそれに準じる管理下での
使用,肺がん化学療法に十分な経験を持つ医師による使用,投与に際
して緊急時に十分に措置できる医療機関での使用等の使用限定がされ
るべきべきであった。
したがって,後記イの添付文書の記載内容を指導しないまま承認し
た行為,後記ウの市販後全例調査を義務付けないまま承認した行為,
後記エの使用限定を付さないまま承認した承認行為自体が違法とな
る。
cイレッサについて,上記安全確保措置をとらないまま承認した行為
の違法は,いずれも薬事法14条の承認行為における有用性の判断の
誤りであって,承認行為の違法性の問題(作為による違法行為・不作
為義務違反)であるから,薬事法79条所定の承認条件の問題や規制
権限不行使の問題ではなく,裁量権の消極的濫用論が問題になる場面
ではない。
(イ)副作用による被害を回避するために必要な規制権限の不行使の違法
(第2次的主張・作為義務違反)について
a規制権限を行使すべき義務
薬事法では,製造等の承認後において,厚生労働大臣が医薬品等に
よる保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するため必要があると認
めるときは,医薬品の製造業者らに応急の措置を採るべきことを命ず
ることができるとされ(薬事法69条の3),薬事法14条の規定に
よる承認を与えた医薬品が有用性を欠くに至ったと認めるときは,そ
の承認を取り消さなければならないとされる(薬事法74条の2)。
また,医薬品の製造業者若しくは輸入販売業者又は外国製造承認取
得者若しくは国内管理人は,その製造し,若しくは輸入し,又は法第
19条の2の規定により承認を受けた医薬品の品質,有効性及び安全
性に関する事項その他医薬品の適正な使用のために必要な情報の収集
及び検討を行い,その結果に基づき医薬品による保健衛生上の危害の
発生若しくは拡大の防止,又は医薬品の適正な使用の確保のために必
要な措置を講ずることとされ(GPMSP省令2条1項),その方法
として,市販直後調査,使用成績調査,特別調査及び市販後臨床試験
が規定されている(同条2項ないし5項)。
このように,被告国は,承認行為以外の点でも,自ら医薬品の副作
用情報を収集する等して医薬品の安全性を確保するために適切な措置
を講じ,あるいは製薬業者をして安全性確保のために適切な措置を講
じさせるべき職務上の権限を有し,義務を負っていた。そして,国民
の生命健康という重大な法益の保護を目的とする規制権限について
は,その行使に関する裁量の幅は狭く捉えられるべきであるから,被
告国は,国民の生命健康という重大な法益侵害を予見することがで
き,上記権限を行使すればその結果を回避することが可能で,その権
限を行使することが期待された状況であれば,その権限の不行使に合
理性を認めることはできず,厚生労働大臣は上記権限を行使すべき義
務があり,その不行使は国賠法上違法となる。
クロロキン判決によれば,権限の不行使がその許容される限度を逸
脱して著しく合理性を欠くと認められるときに,規制権限の不行使が
違法となるとされている。そして,権限の不行使が許容限度を逸脱し
ているか否かは,①被侵害法益が重要であること,②行政庁が危険を
予見することが可能であること,③当該権限の行使によって危険を回
避し得ること,④当該権限の行使が国民から期待されることというの
観点から総合的に判断するのが相当である。本件では,①被侵害法益
は人の生命身体という重要な法益であり,②被告国は,致死的な間質
性肺炎の副作用が生じることを認識しており,③承認時に適切な規制
権限が行使されることで可及的に被害の防止が図り得る状況にあり,
④被告会社が自主的に安全性確保措置を講じることが期待できない状
況にあったことから,厚生労働大臣による積極的な規制権限の行使が
期待された状況にあった。
したがって,厚生労働大臣には,イレッサの承認時において,安全
性確保のために積極的な権限行使を行うべき義務があった。
b規制権限不行使の違法に関する主張立証の内容について
クロロキン判決は,職務行為基準説を採用せず,客観的な違法(取
消訴訟における違法)と国賠法上の違法を峻別しない立場に立ってお
り,薬害事件において,職務行為基準説の適用はない。
また,一般に,公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすこ
となく漫然と行為をした場合には当該行為は違法と評価されるべきで
あるから,本件において,原告らは,厚生労働大臣がイレッサ使用の
安全性を確保するために通常尽くすべき注意義務を尽くしていなかっ
たこと,本来採るべき措置を採っていなかったことを主張立証すれば
足りる。
c本件における規制権限の不行使
本件において,厚生労働大臣は,薬事法1条,14条に基づく医薬
品の安全性確保義務を前提として,さらに,①薬事法52条ないし5
5条,77条の3第1項に基づき,イレッサの危険性に関して添付文
書に警告を始めとする適切な注意喚起を行わせるべき規制権限,②薬
事法14条の4第6項,77条の3第1項に基づき,使用成績調査と
して全例調査を行わせるべき規制権限,③薬事法14条,54条3号
に基づき,投与にあたっての入院ないしそれに準じる管理を確保する
こと,肺がん化学療法に十分な経験をもつ医師の使用,及び,投与に
際して緊急時に十分に措置できる医療機関での使用に限定させるべき
規制権限を行使すべきであった。
イ添付文書の指示・警告に関する義務違反について
(ア)添付文書の指示・警告についての基準
医薬品の承認審査(薬事法14条)においては,添付文書の記載も審
査対象となるところ,厚生労働大臣は,添付文書の記載が不適切・不十
分である場合には,これを適切・十分となるよう指導し,申請者がこれ
に従わない場合には,承認をしない義務を負う。
添付文書についての使用上の注意通達の基準によれば,被告国は,本
件承認当時,急性肺障害・間質性肺炎等の致死的又は重篤かつ不可逆的
な疾患については,添付文書の警告欄に記載し,その記載理由について
も説明しなければならなかった。
(イ)イレッサについて
厚生労働大臣は,イレッサの承認前から,致死的な間質性肺炎の副作
用が起きることを認識していたから,前記基準によれば,イレッサの副
作用としての間質性肺炎は,警告欄において明らかにすべきであった。
にもかかわらず,厚生労働大臣は,イレッサの添付文書には,急性肺
障害・間質性肺炎について不十分な記載しかなく,上記基準に違反して
いたことについて,何ら指導しなかった。
その結果,指示・警告表示が不十分な添付文書のままイレッサが販売
されたことで,医師,患者に対するイレッサの危険性について十分な注
意喚起がされず,イレッサによる副作用被害が拡大した。
ウ市販後全例調査に関する義務違反について
(ア)市販後全例調査の基準
平成17年(2005年)3月24日開催の第4回ゲフィチニブ検討
会における,当時厚生労働省の安全対策課長であったSによる説明や,
これまでの全例調査の実績からすれば,全例調査が実施される基準は,
①承認の前提となった臨床試験データが基本的に海外のものであって,
日本人のデータが少ないときに,日本人のデータを早期に収集するため
実施する場合,②使用方法が難しい場合,細胞毒性が強いときに,重篤
な副作用が予測される場合に副作用情報を早期に収集するために実施す
る場合である。
例えば,①抗がん剤である塩酸イリノテカンでは承認前の日本人デー
タは415例であり,抗がん剤であるTS−1の承認前の日本人データ
は578例(ただし,胃がんでの治験症例数は129例)であったが,
厚生省により,いずれも市販後全例調査が指示されていたし(甲F3
6,甲P20,77,81)②A型ボツリヌス毒素製剤・ボトックス注
100は,国内治験では死亡例はなかったが,海外で死亡例が確認され
ていることなどを理由に全例調査が承認条件とされ(甲P30),ま
た,前記TS−1は,治験中に治療関連死がなかったにもかかわらず市
販後全例調査が行われた(甲F36)。
(イ)イレッサについて
イレッサは,①承認前の臨床試験における安全性に関する日本人デー
タは133例しかなかったことから,承認の前提となった臨床試験の日
本人データが少ない場合に該当したし,また,②そのドラッグデザイン
から肺毒性が予測され,非臨床試験の段階からその毒性は示され,臨床
試験やEAPにおける症例では現実に間質性肺炎の症例が死亡例までも
が何例も確認されていたことに加え,日本が世界初の承認であって,そ
れまでの抗がん剤と異なって先行する海外での市販後の知見も一切なか
ったこと等から,重篤な副作用が予測される等の場合に該当した。
さらに,イレッサは,承認時までに明らかになっていなかった危険性
や,有用性の判断に影響を及ぼす重要な点において未知の要素が多くあ
ったこと,世界に先駆けての承認であり,市場での使用実績もなかっ
た。
これらを考慮すると,厚生労働大臣は,その効果と安全性を確認する
ため,イレッサを承認する場合には,全例調査を義務付けるべきであっ
たにもかかわらず,これを怠った。
その結果,被告国において,早期に累積使用患者数,間質性肺炎発症
率,死亡率等を把握することができず,早期に対策を講じることができ
なかった。
エ使用限定に関する義務違反について
(ア)使用限定について
使用限定という承認条件の設定は,薬剤の使用により重篤な有害事象
が発生する可能性がある場合等に,入院による適切な管理を義務付けた
り,技術や薬剤知識・経験の点において習熟した医師による投与を義務
付けるなどの必要な措置を講じることを承認の条件とすることをいい,
医師や患者に当該薬剤の処方につき慎重な態度を促し,重篤な有害事象
の発生を事前に回避する機能を有する。国は,国民の生命,身体の安全
を守るべき責務を負うから,重篤な有害事象が見込まれる場合には,医
薬品の承認に当たって適切な使用限定を付すべきである(薬事法14条
2項)。
(イ)使用限定が承認条件とされた他の薬剤との比較
イレッサの販売以前から多数の抗がん剤で使用限定が付されており,
特に,非小細胞肺がんにおいてプラチナ製剤と併用される標準的な治療
薬であるパクリタキセル,ゲムシタビン,イリノテカン,ビノレルビ
ン,ドセタキセルは,各添付文書において,緊急時に十分に対応できる
医療機関での使用,がん化学療法に十分な経験を持つ医師の使用などに
限定することとされ,その全てに使用限定が付されていた。また,イレ
ッサ承認の直前に承認されたアムルビシンも同様であった。(甲P14
4[枝番号1∼5],甲P34)
また,抗がん剤以外でも,ビスダイン静注用15㎎,レザフィリン・
注射用レザフィリン100㎎,エピペン注射液0.3㎎・エピペン注射
液0.15㎎,ボトックス注といった薬剤で使用限定が付されていた。
(ウ)イレッサについて
イレッサについては,承認当時には致死性の間質性肺炎を含む肺障害
という重篤な有害事象の発生が予測されていたことや,通院治療が可能
な経口薬であったこと等からすれば,他の薬剤の例と比較しても,厚生
労働大臣は,イレッサの承認に際し,「抗がん剤についての十分な知識
と経験を持つ医師・病院による投与」,「一定期間の入院管理」(添付
文書第4版参照,甲A4)などのような使用限定を付すべきであったの
に,これを付さないまま承認した。
その結果,十分な経験等を有する腫瘍内科医,外科医等によらず,が
ん治療の専門性のない医師らにより安易な処方がされ,被害が拡大し
た。
(被告国の主張)
ア判断枠組み
(ア)安全確保義務懈怠による承認の違法(原告らの第1次的主張・不作為
義務違反)について
a原告らは,厚生労働大臣は,イレッサの適正使用を促すために安全
対策としてあらゆる措置を行うべき義務があり,具体的には,①添付
文書の「警告」欄において間質性肺炎を警告し,②全例調査を承認条
件として義務付け,③使用できる医師を限定する承認条件等を付する
べきであったのに,これらをすることなくイレッサを承認したため,
イレッサは,医師によって慎重に処方されることなく,臨床試験(治
験)における患者の適格性を全く無視した無限定な適応拡大を招く結
果となって,がん治療の専門性のない医師らによっても,全く安易に
投与された旨主張する。
b原告らの上記主張は,イレッサ承認当時の事実関係を評価して,厚
生労働大臣が当時採るべきであった措置を自ら措定し,これと厚生労
働大臣が実際に採った措置が異なることを理由として,違法を主張す
るものとなっている。これは,司法審査としてのいわゆる判断代置方
式に相当するが,安全対策が裁量行為であるにもかかわらず,裁量権
者である厚生労働大臣の判断の合理性を問題としない原告らの主張
は,クロロキン判決による違法判断基準を誤っている。
cまた,イレッサの承認の違法は,厚生労働大臣が薬事法14条1項
に基づく承認権限を行使したことが違法かどうかの問題であるのに対
し,例えば,承認条件を付さなかった違法は,薬事法79条に基づ
き,承認条件を付す権限を行使しなかったことが違法かどうかの問題
であるし,また,添付文書の記載については,承認前の監督処分権限
は定められていないから,行政指導権限を行使しなかったことが違法
かどうかの問題と位置付けられる。
したがって,上記権限の行使に当たって厚生労働大臣が負う法的義
務の内容がそれぞれ異なるものであるから,上記規制の目的が終局的
に薬事法1条に定める医薬品の安全性確保にあるという理由のみで,
これを承認の権限行使の違法の問題と結びつけることはできない。
(イ)副作用による被害を回避するために必要な規制権限の不行使の違法
(原告らの第2次的主張・作為義務違反)について
a厚生労働大臣の権限不行使の違法は,副作用を含めた当該医薬品に
関するその時点における医学的,薬学的知見の下において,薬事法の
目的及び厚生労働大臣に付与された権限の性質等に照らし,その権限
の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認め
られるか否かにより判断されるべきである(クロロキン判決)。
そして,クロロキン判決の判断枠組みからすれば,厚生労働大臣
が,医薬品の安全対策に関し,その副作用の種類や程度,その発現率
及び予防方法などを考慮した上で相当と認める措置を講じている場合
において,より強い措置を行うために権限を行使しなかったことが国
賠法1条1項の適用上違法と評価されるかどうかを判断するに当たっ
ては,当時の具体的事情の下で厚生労働大臣が実際に行った措置が,
その権限の性質等に照らし,目的,手段,内容及び時期等の点で合理
性を有すると認め得るかどうかを検討すべきものである。そして,目
的,手段において一応の合理性を有すると評価することができるとき
は,国賠法1条1項の適用上違法ということはできないというべきで
ある。
このように実際に採られた一連の措置の適否を問題とする考え方
は,安全対策というものは,①その前提となるべき事情が,医学的,
薬学的知見の進展や,適正使用情報の集積等に伴い経時的に変化する
ものであること,②したがって,各時期ごとの具体的な状況に応じ,
「随時,相当と認められる措置を講ずべきものであり,その態様,時
期等については,性質上,厚生大臣のその時点の医学的,薬学的知見
の下における専門的かつ裁量的な判断によらざるを得ない」という性
質を有すること,③そのため,その時々の事情に応じ,様々な手段の
うち,そのいずれによるかということ自体に広範な裁量が認められる
と解され,その適否は,実際に採られた継続的かつ一連の措置を前提
として,適正使用の機会確保により生命・身体の安全を図るという薬
事法の目的を実現するために,合理的なものであったかという観点か
ら評価せざるを得ないことに照らしても,妥当である。
b薬事法は,安全対策に関し,①医薬品それ自体の一般的,類型的な
有用性確保のための権限(有用性確認型)と,②個別症例での有用性
確保に向けた適正使用を促すための権限(適正使用型)の2つの観点
から,種々の権限を厚生労働大臣に付与していることから,安全対策
の適法性についても上記2つの類型を分けて考えるべきである。
①有用性確認型につき,厚生労働大臣は,承認当時の知見の下で,
イレッサの医薬品としての一般的,類型的有用性のさらなる明確化を
図る必要があると考え,イレッサを再審査の対象に指定し,被告会社
に市販後調査と安全性提起報告を義務付けた。また,第Ⅲ相試験によ
る延命効果の検証,作用機序の明確化の必要があったことから,市販
後調査に関し,それぞれ第Ⅲ相試験実施と作用機序の更なる明確化を
目的とした検討等を承認条件として義務付け,また,間質性肺炎につ
いては特に特別調査等を行うよう行政指導をした。
また,②適正使用型につき,厚生労働大臣は,医師等が適切な配慮
の下でイレッサを適正に使用し,個別の患者が適正使用の機会を失う
ことがないよう,イレッサを劇薬及び要指示医薬品に指定し,医療用
医薬品に認定した。また,間質性肺炎については「重大な副作用」と
して添付文書に記載をさせ,さらに,その慎重な使用を繰り返し促す
とともに,重篤な副作用等が発生した場合,その情報を可能な限り網
羅的に把握し,必要な安全対策を講じさせることを期し,承認条件と
して市販直後調査を義務付けた。これらの措置も,当時の知見の下
で,権限の趣旨に照らし,目的,手段及び内容において,極めて適切
かつ合理的な措置であった。
イ添付文書の指示・警告に関する義務違反について
(ア)添付文書の指示・警告に関する厚生労働大臣の権限
添付文書の記載については,行政通知により添付文書の記載要領に関
する一般的指針を示しているが(平成9年4月25日付け薬発607号
「医療用医薬品の添付文書における使用上の注意記載要領」(乙B2
9)),薬事法上,記載事項が一般的・抽象的に定められているに止ま
り,具体的な記載方法や記載内容を定める法令上の規定は全くない。ま
た,添付文書の記載については,第一義的には,当該医薬品を製造又は
輸入する企業に責任があり,厚生労働大臣は,当該医薬品の副作用に関
する注意喚起を行う必要があると認めた場合にも,承認審査とは別に行
政指導として,添付文書に記載するよう指導することがあるにすぎな
い。
厚生労働大臣は,昭和42年以来,承認申請に当たり,製薬企業から
添付文書に記載する「使用上の注意のうち,次の事項に関する案禁忌
症,副作用,その他特別な警告事項」(使用上の注意案)を提出させ,
承認審査の際に薬事・食品衛生審議会(平成10年以前は中央薬事審議
会)で併せて審査した上,必要に応じて行政指導を行ってきた。また,
平成11年以降は,使用上の注意の案に加え,効能・効果及び用法・用
量についても,その設定理由に関する情報を盛り込んだ案を資料概要に
記載し,かつ,添付文書の案も併せて提出すべきこととされ,これらに
ついても承認審査の際に薬事・食品衛生審議会で併せて審査した上,必
要に応じて行政指導を行うこととしている。
(イ)添付文書の指示・警告に関する基準
イレッサ承認時の平成14年7月時点における,添付文書の記載要領
については,以下のものがあった。
a使用上の注意通達(乙D10,丙D15)
医療用医薬品の添付文書に関しては,厚生労働省から上記一般指針
として添付文書通達及び使用上の注意通達が示されており,「使用上
の注意」の記載項目,記載順序及びそれぞれの記載要領が定められて
いた。
これによると,「警告」とは,「(1)致死的又は極めて重篤かつ非
可逆的な副作用が発現する場合,又は副作用が発現する結果極めて重
大な事故につながる可能性があって,特に注意を喚起する必要がある
場合に記載すること。」とされていた。また,「(3)「重大な副作
用」の記載に当たっては次の点に注意すること。」とされ,「①当該
医薬品にとって特に注意を要するものを記載すること。」とされてい
た。
b自主基準(乙D50)
使用上の注意通達発出以前に発出されていた製薬企業の自主的団体
である日本製薬工業協会(製薬協)の自主基準においては,「警告」
欄と「重大な副作用」欄の記載要領につき,次のとおり定められてい
た。「警告」は,「致死的又は極めて重篤かつ非可逆的な副作用が発
現する場合又は副作用が発現する結果極めて重篤な事故につながる可
能性があって,特に注意を喚起する必要がある場合に記載する。」と
され,「重大な副作用」は,「重篤度分類グレード3を参考に副作用
名を記載する。」とされていた。
c重篤度分類通知(丙D16)
厚生労働省が副作用の重篤度分類の指針として定めた重篤度分類通
知では,副作用の重篤度を,グレード1ないしグレード3の3つに分
けている。そして,「重篤度分類グレード3」とは,「重篤な副作用
と考えられるもの。すなわち,患者の体質や発現時の状態等によって
は,死亡又は日常生活に支障をきたす程度の永続的な機能不全に陥る
おそれのあるもの」であるとされている。
(ウ)イレッサについて
aイレッサ投与との関連が疑われる間質性肺炎については,臨床試験
でみられた間質性肺炎の3症例(国内3症例)は,いずれも回復ない
し改善が見られたため,承認当時においては,添付文書の使用上の注
意の「警告」欄に記載する場合(致死的又は極めて重篤かつ非可逆的
な副作用が発現する場合,又は副作用が発現する結果極めて重大な事
故につながる可能性があって,特に注意を喚起する必要がある場合)
には当たらなかった。
bもっとも,臨床試験における副作用報告を基に,患者の体質や発現
時の状態等によっては,死亡又は日常生活に支障をきたす程度の永続
的な機能不全に陥るおそれのある,重篤な副作用に当たると考えられ
たことから,行政指導をもって,添付文書の「使用上の注意」の「重
大な副作用」欄に間質性肺炎の記載をし,「間質性肺炎(頻度不
明):間質性肺炎があらわれることがあるので,観察を十分に行い,
異常が認められた場合には,投与を中止し,適切な処置を行うこ
と。」と記載し,イレッサを投与する医師に対し,患者の体質や発現
時の状態等によっては死亡に陥る恐れのある間質性肺炎が現れること
があることを踏まえて,イレッサの投与を決定するよう注意喚起を行
っていた。
cしたがって,添付文書の「警告」欄に間質性肺炎を記載させなかっ
たことは,相当であり,権限の趣旨に照らして許容される限度を逸脱
して著しく合理性を欠くとはいえない。
ウ市販後全例調査に関する義務違反について
(ア)市販直後調査に関する厚生労働大臣の権限
市販直後調査は,製薬企業が副作用報告義務を負う薬事法施行規則6
4条の5の2第1項1号イ(1)ないし(6)に掲げる症例等の発生の迅速な
把握のために行われるものであり(GPMSP省令2条2項),厚生労
働大臣に特段の権限を付与するような法令はない。
厚生労働大臣は,市販直後調査の在り方につき,制度の趣旨及び目的
を踏まえた行政指導を行い得るほか,所定の要件を満たす場合には,承
認条件を付する権限(薬事法79条)を有するが,厚生労働大臣が承認
条件を付するためには,その措置が保健衛生上の危害の発生を防止する
ために必要な最少限度のものでなければならない(薬事法79条2
項)。
(イ)市販直後調査に関する基準
厚生労働大臣は,市販後調査ガイドラインにおいて,市販直後調査の
対象医薬品を再審査対象医薬品とし,市販直後調査の主な目的を「新医
薬品の販売開始直後において,医療機関に対し確実な情報提供,注意喚
起等を行い,適正使用に関する理解を促すとともに,重篤な副作用…の
情報を迅速に収集し,必要な安全対策を実施し,副作用…の被害を最小
限にすること」と位置付け,製造業者等の医療機関に対する説明及び協
力依頼等の諸点について,実務上の指針を定めている。
(ウ)イレッサについて
イレッサは,再審査対象医薬品であったため,市販直後調査の対象と
されており,厚生労働大臣は,GPMSP省令2条2項所定の市販直後
調査を実施することを承認条件とすることにより,市販直後調査を行う
ことを法的に義務付けた。厚生労働大臣は,これにより,製薬企業であ
る被告会社に対し,市販後調査ガイドラインに則ってイレッサの市販直
後調査を行うこと,すなわち,販売開始直後の6か月間,イレッサを納
入した医療機関に対し,納入前及び納入後(納入後2か月間はおおむね
2週間に1回,その後はおおむね1か月に1回程度)にその慎重な使用
を繰り返し促し,重篤な副作用等が発生した場合,速やかに詳細情報の
入手に努め,副作用症例の報告を行い,必要な安全対策を講じること等
を求めており,上記承認条件は,権限の趣旨に照らして,合理的なもの
であった。
イレッサは,承認当時,①国内臨床試験症例数にある程度の症例数
(133例)があったこと,②国内外の臨床試験結果からは,骨髄抑制
による白血球の減少等の重篤な副作用の発現が他の抗がん剤に比して少
なかったこと,③予想される使用患者数を考えると,未知で重要な副作
用を把握するための症例数は,市販直後調査等によって十分に集まると
考えられたこと,から,全例調査を承認条件として付すことは,薬事法
79条2項所定の保健衛生上の危害の発生を防止するために必要な最少
限度のものとはいえなかった。
したがって,市販後全例調査を承認条件としなかったことは,相当で
あり,権限の趣旨に照らして許容される限度を逸脱して著しく合理性を
欠くとはいえない。
エ使用限定に関する義務違反について
(ア)承認条件に関する厚生労働大臣の権限
薬事法上,厚生労働大臣は,所定の要件を満たす場合には,承認条件
を付する権限(薬事法79条)を有するが,厚生労働大臣が承認条件を
付するためには,その措置が保健衛生上の危害の発生を防止するために
必要な最少限度のものでなければならない(薬事法79条2項)。
(イ)使用限定が承認条件とされた他の薬剤との比較
原告らが,使用限定が承認条件として義務付けられていたと主張する
4つの医薬品(ビスダイン静注用15㎎,レザフィリン・注射用レザフ
ィリン100㎎,エピペン注射液0.3㎎・エピペン注射液0.15
㎎,ボトックス注)のうち,がん治療薬はレザフィリンのみであって,
その余は薬効群を異にしており,およそイレッサとの類似性は認め難い
上,安全対策は,個別の医薬品ごとに個別具体的な事情に応じて異な
る。そして,レザフィリンは,がん治療薬といっても特殊なものであ
り,レーザー照射のための特定の機械を使わなければならないため,特
定の限られた施設でしか行えないという特殊性がある。
また,各添付文書の「警告」欄に,専門医に使用を限定する旨の記載
がある旨主張するドセタキセル,パクリタキセル,ビノレルビン,ゲム
シタビン,イリノテカンについても,添付文書における注意喚起の有
無,内容及び程度は,薬剤ごとに様々であり,それぞれの薬剤ごとに検
討されるべきものである。そして,上記抗がん剤は,いずれもその「警
告」欄に致死的な骨髄抑制や間質性肺炎等を発症することが注意喚起さ
れており,これを前提として,使用医の限定の記載が検討されたものと
解されるのに対し,イレッサは,承認時には「重大な副作用」欄に間質
性肺炎を記載することが適当と考えられたことから,上記の抗がん剤と
は事情が異なっていた。
(ウ)イレッサについて
イレッサについては,抗がん剤で広く見られる間質性肺炎以外には特
段重篤な副作用がなく,しかも国内臨床試験で見られた間質性肺炎はい
ずれも回復していたため,使用医を限定するような承認条件を付するこ
とが保健衛生上の危害の発生を防止するために必要な最小限度のものと
解することはできなかった。
また,間質性肺炎については,他の抗がん剤でも発生しており,抗が
ん剤を取り扱う医療現場であれば,間質性肺炎に対して適切な対応がで
き,当該医療現場で対応できなければ,高次の医療機関に転送するのが
通常であるものと予測された(保険医療機関及び保険医療養担当規則1
6条,医療法1条の4第3項参照)。
イレッサによる間質性肺炎の特徴については,平成14年12月25
日開催の安全性検討会において,「投与初期に発生し致死的な転帰をた
どる例が多い」ことが議論となり,その結果,「少なくとも投与開始後
4週間は入院またはそれに準ずる管理のもとで,間質性肺炎等の重篤な
副作用発現に関する観察を十分に行うこと。」という検討会の見解が示
されたが,このようなイレッサによる間質性肺炎の特徴は,承認後の日
本国内での多数の副作用報告によって初めて判明したものであり,承認
までのイレッサの治験やそれ以外による副作用報告では見られなかっ
た。
したがって,使用できる医師を限定する承認条件を付さなかったこと
は,相当であり,権限の趣旨に照らして許容される限度を逸脱して著し
く合理性を欠くとはいえない。
2承認後の安全性確保義務違反(規制権限の不行使)について
(原告らの主張)
(1)判断枠組み
前記1(2)(原告らの主張)ア(イ)のとおり,薬事法69条の3が厚生労働
大臣に応急の措置を採るべきことを命ずることができるとし,薬事法74条
の2が承認を与えた医薬品が有用性を欠くに至ったと認めるときはその承認
を取り消さなければならない旨規定していること等からすれば,厚生労働大
臣は,医薬品の承認後においても,自ら医薬品の副作用情報を収集する等し
て医薬品の安全性を確保するために適切な措置を講じ,あるいは製薬業者を
して安全性確保のために適切な措置を講じさせるべき職務上の権限を有し,
義務を負っていた。
そして,国民の生命健康という重大な法益の保護を目的とする規制権限に
ついては,その行使に関する裁量の幅は狭く捉えられるべきであるから,被
告国は,国民の生命健康という重大な法益侵害を予見することができ,上記
権限を行使すればその結果を回避することが可能で,その権限を行使するこ
とが期待された状況であれば,その権限の不行使に合理性を認めることはで
きず,厚生労働大臣は上記権限を行使すべき義務があり,その不行使は国賠
法上違法となる。
本件では,①被侵害法益は人の生命身体という重要な法益であり,②被告
国は,致死的な間質性肺炎の副作用が生じることを認識しており,③承認時
に適切な規制権限が行使されることで可及的に被害の防止が図り得る状況に
あり,④被告会社が自主的に安全性確保措置を講じることが期待できない状
況にあったことから,厚生労働大臣による積極的な規制権限の行使が期待さ
れた状況にあった。
したがって,厚生労働大臣には,イレッサの承認後においても,安全性確
保のために積極的な権限行使を行うべき義務があった。
(2)承認後の安全性確保義務について
ア情報収集義務
承認時までに,イレッサは極めて重篤かつ致死的な間質性肺炎の副作用
を発症させるものであることは明らかとなっていたことから,市販後に間
質性肺炎の発症を注視していく必要性があった。実際にも,厚生労働大臣
は,市販直後調査を承認条件とするとともに,行政指導により,被告会社
に対し,市販後臨床試験,特別調査,自発報告等で間質性肺炎悪化症例が
認められた場合は,詳細データを収集することに努め,データを蓄積し,
検討することを計画させていた(被告会社の平成18年7月19日付け求
釈明申立書に対する回答書添付資料2・被告会社による平成14年5月2
1日付け「新医療用医薬品の市販後調査基本計画書(変更届)」7枚
目)。
したがって,被告国は,被告会社に対し,イレッサとの関連が疑われる
急性肺障害・間質性肺炎症例に関する情報を可能な限り網羅的に把握させ
るとともに,個別の副作用症例については安全対策を実施するか否か評価
できる程度の情報を収集させ,これを報告させるべき義務を負っていた。
具体的には,被告国は,被告会社に対し,(ア)他に被告会社に報告され
ている副作用症例,特に死亡例がないか,あればこれを報告させ,(イ)医
療機関からの報告を受けて被告会社が国に報告した副作用症例,特に死亡
例につき情報が不足していると判断するのであれば,被告会社に対し,速
やかに報告医療機関から追加情報を入手の上,報告させ,(ウ)被告会社に
対し,他の医療機関にも同様の副作用症例,特に死亡例がないか問い合わ
せをさせ,あれば速やかに情報を入手して報告させることによって,迅速
に情報を収集・報告させるべきであった。
イ承認後の安全性確保義務
そして,前記の情報収集義務を前提に,被告国は,前記の報告された情
報に基づき,添付文書の改訂,緊急安全性情報の配布,その周知徹底とし
て誤った情報を払拭し正確な危険性情報が行き渡らせるに足る安全性確保
のための手段・方法を講じる義務を負っていた。
(3)承認後の安全性確保義務違反について
ア平成14年8月6日の死亡例の報告に基づく安全性確保義務及びその違

(ア)イレッサは,承認時までに,極めて重篤かつ致死的な間質性肺炎の副
作用を発症させるものであることは明らかとなっていたことから,市販
後に間質性肺炎の発症を注視していく必要性があったところ,厚生労働
大臣は,平成14年8月6日に,イレッサの副作用による急性肺障害・
間質性肺炎による死亡例(承認後症例②[別紙38【承認後の副作用報
告症例経過表(平成14年9月2日の時点で被告国に報告された内
容)】記載の承認後症例②]。以下の承認後症例も同別紙参照。)の報
告を受けたことから,厚生労働大臣は,同症例の報告を重大に受け止め
る必要があった。
また,厚生労働大臣は,同日時点において,(ア)被告会社に他に報告
されている副作用症例(特に死亡症例)の有無等を問い合わせていれ
ば,直ちに被告会社から同年7月30日に死亡した症例(承認後症例
⑦)の報告を受けることができた。そして,(イ)承認後症例⑦の報告に
つき情報が不足していると判断する場合には,被告会社に対して報告医
療機関から追加情報を入手して報告するよう指示していれば,同年8月
6日から数日中には副作用症例を評価するに足りる臨床経過について報
告を受けることができた。また,(ウ)他の医療機関に対して同様の副作
用症例(特に死亡例)の有無等を問い合わせていれば,少なくとも同年
8月7日に死亡した症例(承認後症例①),同月9日に死亡した症例
(承認後症例③),同月15日に死亡した症例(承認後症例④)につい
ては,これらの患者らの死亡後速やかに報告を受けることができた。
(イ)したがって,厚生労働大臣は,同年8月6日時点で,直ちに添付文書
の改訂,緊急安全性情報の配布,その周知徹底等の安全性確保のための
手段・措置を講ずべき義務があった。
あるいは,厚生労働大臣は,同年8月6日の時点で,(ア)被告会社に
他に報告されている副作用症例(特に死亡症例)の有無等を問い合わ
せ,(イ)症例報告につき情報が不足していると判断する場合には,被告
会社に対して報告医療機関から追加情報を入手して報告するよう指示
し,(ウ)他の医療機関に対して同様の副作用症例(特に死亡例)の有無
等を問い合わせるなどして情報収集をした上,上記情報を入手すること
ができた時点において,添付文書の改訂,緊急安全性情報の配布,その
周知徹底等の安全性確保のための手段・措置を講ずべき義務があった。
(ウ)にもかかわらず,被告国は,上記義務を懈怠し,平成14年10月1
5日に至るまで緊急安全性情報を発することなく被害を拡大させた。
以上によれば,被告国が,添付文書の改訂,緊急安全性情報の配布,
その周知徹底等の安全性確保のための手段・措置をとらなかったこと
は,著しく合理性を欠き,違法である。
イ平成14年9月2日の死亡例の報告に基づく安全性確保義務及びその違

(ア)イレッサは,承認時までに,極めて重篤かつ致死的な間質性肺炎の副
作用を発症させるものであることは明らかとなっていたことから,市販
後に間質性肺炎の発症を注視していく必要性があったところ,厚生労働
大臣は,平成14年8月6日にイレッサの副作用による急性肺障害・間
質性肺炎による死亡例(承認後症例②)の報告を受けたことに加え,さ
らに,同年9月2日に,承認後症例②についての追加報告を受けてお
り。同追加報告の内容は,安全性検討会においてイレッサによる死亡例
と判断された症例報告書(丙K1[枝番号14])と違いはない。
(イ)したがって,厚生労働大臣は,遅くとも平成14年9月2日におい
て,添付文書の改訂,緊急安全性情報の配布,その周知徹底等の安全性
確保のための手段・措置を講ずべき義務があった。
(ウ)にもかかわらず,被告国は,上記義務を懈怠し,平成14年10月1
5日に至るまで緊急安全性情報を発することなく副作用被害を拡大させ
た。
以上によれば,被告国が,添付文書の改訂,緊急安全性情報の配布,
その周知徹底等の安全性確保のための手段・措置をとらなかったこと
は,著しく合理性を欠き,違法である。
(被告国の主張)
(1)判断枠組み
前記1(2)(被告国の主張)ア(イ)のとおり,厚生労働大臣の規制権限不行
使については,当時の医学的,薬学的知見の下において,薬事法の目的及び
厚生労働大臣に付与された権限の性質等に照らし,その権限の不行使がその
許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに限り,国
賠法上違法の評価を受けるものと解される(クロロキン判決参照)。
そして,クロロキン判決は,権限の行使について行政庁の裁量を前提とし
ており,かかる裁量は,厚生労働大臣の高度の専門的かつ総合的な裁量判断
なのであるから,少なくとも,例えば,症例報告についての多少の医学的,
薬学的な評価(発症時期の評価,因果関係の評価,重篤性の評価,情報不足
の有無,根拠症例の選定等を含む。)のずれや,行政指導の時期等について
の多少のずれといった点をとらえて,国賠法上違法の評価を受けることはな
い。
(2)承認後の安全確保義務について
ア情報収集のための諸制度
(ア)副作用報告制度
医薬品に関する副作用報告制度としては,①薬事法令上,製薬企業か
らの医薬品副作用・感染症症例報告書による報告(企業報告)が法定さ
れており(薬事法77条の4の2,薬事法施行規則規則64条の5の
2),また,②通達に基づく医薬品等安全性情報報告制度により,医師
等からの医薬品安全性情報報告書による報告(医療機関報告)がされる
ことがあった。そのため,イレッサ承認直後においては,これらによる
報告(副作用報告)について,厚生労働省において,内容を確認し,必
要な対応を検討していた。
(イ)市販直後調査制度
イレッサで承認条件とされた市販直後調査は,イレッサ承認時及び承
認直後等において,診療における医薬品の適正な使用を促すために設け
られていた制度であり,同制度により,製薬企業は,納入前や納入後一
定の頻度で,医療機関に対し,重篤な副作用等が発現した場合の速やか
な報告を協力依頼し,実際に重篤な副作用等の発生情報を入手した場合
には速やかに詳細情報を把握するよう努めることとされていた。
イ情報提供のための諸制度
前記の副作用報告制度等により得られた情報を基に検討した結果,医薬
品に起因する健康被害が発生し又は発生するおそれがある場合であって,
当該健康被害の発生が現に記載されている使用上の注意の内容からは予測
し得ないとき等は,①厚生労働大臣は製薬企業に対して添付文書の改訂を
指示することとしていた。特に,②医薬品の添付文書に警告欄を新設する
必要がある場合には,厚生労働大臣は製薬企業に対し,期限を定めて医療
関係者へ緊急安全性情報を伝達すべき旨を文書により指示することとして
いた。
(ア)添付文書の使用上の注意の改訂
収集された情報(例えば,副作用報告)に基づき判明した知見(例え
ば,副作用の傾向や特徴)について,添付文書に全く記載がされていな
い場合と異なり,関連する何らかの記載がされている場合,新たに判明
した知見について既に,関連する一定の情報提供がなされているのであ
るから,その記載内容等を変更して別の情報提供をするのは,判明した
知見が現在の添付文書に記載されている知見の範囲(例えば,「重大な
副作用」欄に記載されているということから理解できる範囲)を超えて
いて,これのみでは情報提供として不足し注意喚起が不十分だと考えら
れる場合に限られる。
(イ)緊急安全性情報の配布
緊急安全性情報の配布は,最も強力で医療現場への浸透力のある注意
喚起の方法の一つであり,医薬品の危険性を注意喚起するという観点か
ら見れば非常に重要な手段であるが,他方で,医療現場における当該医
薬品の使用を必要以上に萎縮させたり,現に当該医薬品により副作用の
危険性を上回る治療上の利益を受けている患者に対して不用意な使用中
止が誘導されたりすることのないよう注意が必要である。なお,実務
上,「警告」欄の新設と緊急安全性情報の配布とはおおむね一体的に行
われるものであることにかんがみれば,添付文書の「警告」欄による注
意喚起についても同様のことがいえる。
(3)承認後の安全性確保義務違反について
アイレッサによる間質性肺炎の副作用の特徴について
(ア)承認時に得られた知見
イレッサによる間質性肺炎の副作用の特徴について承認時に得られた
知見は,イレッサにより,症例によっては致死的となる間質性肺炎を発
症する可能性は否定できないが,既存の抗がん剤を超えると考える根拠
はないというものであった。
すなわち,承認時の国内臨床試験における3例の間質性肺炎の副作用
症例(国内3症例)は,発症傾向,症状経過には一定の特徴が見られ
ず,いずれもステロイドに反応し,間質性肺炎は回復ないし改善してい
るものであり,間質性肺炎として報告された国内臨床試験以外のその他
の副作用症例とも全体的に整合するものであった。
(イ)平成14年10月15日時点における知見
承認後の平成14年10月15日時点において,厚生労働大臣に対
し,少なくとも,①被告会社から22例(うち死亡11例)の間質性肺
炎を含む肺障害の報告(乙L3[枝番号1∼22]),②医療機関から
4例(うち死亡2例)の同様の報告(乙L3[枝番号23∼26])が
された(根拠症例)。
これらの副作用報告からは,イレッサの間質性肺炎が投与開始後早期
に症状が発現し,発症すると比較的急速に進行してステロイド投与にも
反応せず重篤化して死亡に至るものが多い傾向がうかがわれ,このよう
な傾向は,上記のような承認時の知見とは異なるものと評価することが
できた。
イ緊急安全性情報の配布等の行政指導の合理性等
(ア)前記ア(イ)の26の根拠症例の中には上記傾向をうかがわせる症例で
はないものも多く含まれており,厚生労働大臣が緊急安全性情報の配布
等の行政指導を行うべき作為義務が生じている状況にはなかったが,厚
生労働大臣は,安全性を重視し,前記の26の根拠症例のうち上記傾向
をうかがわせる症例に焦点を当て,平成14年10月15日,緊急安全
性情報の配布等の行政指導を行った。このように,上記行政指導は,当
該行政指導を行う法的な作為義務がいまだ生じていなかったのに行われ
た,極めて安全性を重視した迅速な対応であり,かつ,合理的なもので
あった。
(イ)上記行政指導の目的については,イレッサの承認後に報告された副作
用症例が,承認時に得られていた知見とは異なる傾向をうかがわせるこ
とを医療現場にいち早く伝えるという正当な目的である。
また,そのために採った手段について見ても,以下の事情によれば,
合理的なものであった。すなわち,①当該行政指導は,医師の注意義務
の基準である添付文書上,最も目立つ「警告」欄に記載をさせ,更に,
最も強力で医療現場への浸透力のある注意喚起の方法の一つである緊急
安全性情報の配布をさせるべく行政指導を行ったものであり,被告会社
がこれに応じることが予測できる状況にあり,現に被告会社はこれに従
った。②具体的な指導内容の点で,添付文書の使用上の注意の改訂につ
いて,承認後の副作用症例からうかがわれた傾向を注意喚起することが
できるよう「急性肺障害,間質性肺炎」という副作用名を付し,その他
観察事項,検査事項や治療方法等が具体的に記載されており,その内容
は極めて合理的である。③時期についても,安全性を重視した迅速な対
応であった。
(ウ)したがって,平成14年10月15日より前の時点において,厚生労
働大臣が,被告会社に対し,緊急安全性情報の配布等をさせなかったこ
とについて,その権限不行使が,著しく合理性を欠くものとして国賠法
上違法とされる余地はない。
(以下余白)
第4個別原告らとの関係における因果関係,損害について
1因果関係について
(原告らの主張)
(1)判断枠組み
ア薬害訴訟においては,因果関係を可視的に把握することは不可能であ
り,原因となる事実と疾病という結果発生との間の因果関係に関する科学
的証明の困難性の程度が高い。また,本件では,集団病理現象としての疾
病が問題になっており,イレッサ投与による間質性肺炎等の発症のメカニ
ズムは未だ十分に解明されていないものの,因果関係が存在する科学的可
能性は十分に存在する。
そして,疫学的因果関係が証明された場合には,法的因果関係も肯定さ
れると解されている(最高裁昭和44年2月6日第一小法廷判決・民集2
3巻1号195頁参照)。
したがって,本件においても,イレッサ投与と間質性肺炎等の発症との
間に疫学的因果関係が証明された場合には,特段の事情のない限り,個々
の被害者におけるイレッサ投与の事実と間質性肺炎等の発症との法的因果
関係も当然,認められるというべきである。
イ疫学的因果関係の有無の判断では,以下の5つの判断要素が考慮される
べきであり,特に①関連の時間性,②関連の強固性を中心に判断されるべ
きである。
①関連の時間性(問題の因子が発病の一定期間前に作用するものである
といえるか)
②関連の強固性(その因子の作用する程度が著しいほどその疾病の罹患
率が高まるといえるか)
③関連の整合性(要因が疾病の原因として矛盾なく説明でき,医学的生
物学的機序からの説明ができるか)
④関連の一致性(特定の集団で,要因と結果との間に関連性が認められ
る場合,同じ現象が時間,場所,対象者を異にする集団でも認められる
か)
⑤関連の特異性(特定の要因と結果が特異的な関係にあるか)
(2)本件における疫学的因果関係
ア関連の時間性
プロスペクティブ調査(丙C2)の対象となった患者らは,いずれも間
質性肺炎等を発症しているが,彼らは,いずれもその一定期間前にイレッ
サの投与を受けている。
したがって,イレッサの投与は,間質性肺炎等の発症の一定期間前に作
用していえ,関連の時間性の要件は充足している。
イ関連の強固性
被告会社によるコホート内ケース・コントロール・スタディの結果(甲
C4)によれば,非小細胞肺がん患者のイレッサ投与例における間質性肺
炎等発症の相対リスクは,化学療法投与例に対し,3.23倍という結果
となっており,イレッサ投与による間質性肺炎の発症の危険性は,他の化
学療法に比べて統計的有意差が存在している。また,プロスペクティブ調
査の結果によれば,間質性肺炎等の発症率は5.81%,同死亡率2.
5%と,極めて高い発症率である。
したがって,イレッサ投与と間質性肺炎等の発症との間の関連は,極め
て強いといえる。
ウ関連の整合性
イレッサによって,EGFRを阻害するならば,傷ついた肺胞の適切な
修復が妨げられて間質性肺炎へと進展し,あるいは,ポンプ機能,サーフ
ァクタント産生機能が阻害されて,急性間質性肺炎へと進展してしまうこ
とは,医学的知見として十分に整合したものであるから,イレッサ投与と
間質性肺炎等との間の関連の整合性は,優に認められる。
エ関連の一致性
日本において,イレッサ投与による間質性肺炎等の副作用が多数発生し
ているのみならず,日本以外の国でも,人種・性別・年齢等を問わず,イ
レッサの投与による副作用症例,特に間質性肺炎等発症による死亡例がい
くつも存在していることからすると,イレッサ投与による間質性肺炎等
は,時間,場所,対象者を選ばずに発症しているといえ,関連の一致性は
認められる。
オ関連の特異性
一般的に,疾病の発症は,必ずしも一つの要因で生じるものではないこ
とは広く承認されているところ,このような場合,「十分条件であるこ
と」を厳格に要求することは不可能を強いるに等しい。前記プロスペクテ
ィブ調査結果あるいは本件イレッサの副作用として間質性肺炎等が肯定さ
れている以上,「関連の特異性」が肯定されるべきである。
(3)個別的因果関係
ア集団的観察によって,イレッサ投与と間質性肺炎等の発症との間に疫学
的因果関係が認められた場合,そのこと自体が,イレッサ投与歴ある患者
の間質性肺炎等の発症とイレッサ投与との因果関係を強く推定する事実と
なる。
したがって,本件においても,前記判例と同様に,イレッサ投与と間質
性肺炎等の発症との間に疫学的因果関係が認められる以上,特段の事情の
ない限り,個々の被害者におけるイレッサ投与の事実と間質性肺炎等の発
症との法的因果関係も当然に認められるというべきである。
イ本件患者らについて
(ア)亡M
イレッサが承認された平成14年7月及びそれ以降同年8月末まで
に,被告らが十分な安全対策を採っていれば,亡Mがイレッサを服用す
ることはなく,イレッサによって死亡することはなかった。
特に,亡Mは既存疾患として特発性肺線維症に罹患していたが.被告
らは,平成14年7月当時には,肺線維症の既往がイレッサによって増
悪する可能性を予見していたのであるから,適切な警告等が行われてい
れば,亡Mがイレッサを服用することはなかったのである。
また,亡Mは,既存疾患としての特発性肺線維症に加えて,イレッサ
の影響により致命的な経過をたどったとみるのが合理的であり,イレッ
サによる影響を排除できないものである。
(イ)亡N
イレッサが承認された平成14年7月及びそれ以降同年8月末まで
に,被告らが十分な安全対策を採っていれば,亡Nがイレッサを服用す
ることはなく,イレッサによって死亡することはなかった。
特に,亡Nは,両肺に肺気腫などを伴う間質性肺炎に罹患していた
が,被告らは,平成14年7月当時には,肺の線維化病変の認められる
患者に対してイレッサを投与することが危険であることを予見していた
のであるから,適切な警告等が行われていれば,亡Nがイレッサを服用
することはなかったのである。
また,死因となったのは気胸による呼吸不全であるが,イレッサによ
って発症した間質性肺炎により,線維化が進行して,肺のう胞ができ,
かつ大きくなり,不安定で肺のう胞が破れやすい環境になり,ついには
肺のう胞が破れて気胸となったのであるから,気胸発現の原因がイレッ
サによる間質性肺炎にある。少なくともイレッサの間質性肺炎による間
質性病変の悪化やステロイド薬の投与が気胸発現の危険性を高めた可能
性がある。したがって,亡Nは,既存の間質性肺炎に加えて,イレッサ
の影響により致命的な経過をたどったとみるのが合理的であり,イレッ
サによる影響を排除できないものである。
(ウ)亡O
イレッサが承認された平成14年7月及びそれ以降に,被告らが十分
な安全対策を採っていれば,亡Oがイレッサを服用することはなく,イ
レッサによって死亡することはなかった。
イレッサの添付文書の第1版から警告欄が設けられ,イレッサによる
急性肺障害,間質性肺炎などの重篤な副作用に関する警告がされるとと
もに,投与方法に関して入院管理の下での十分な観察が必要であるとの
記載がされていれば,亡Oはイレッサを服用することはなく,服用した
としても,イレッサ投与開始から17日後に,間質性肺炎が急激に悪化
し呼吸不全のために死亡することはなかったのである。
なお,被告らは,被告会社が平成14年10月15日に緊急安全性情
報を発出したことをもって責任が否定される旨主張するが,病院に対し
て緊急安全性情報を発出するのみでは足りず,緊急安全性情報によって
発出された情報内容が患者に確実に伝達されるための具体的な措置を採
ることが必要であったのであるから,被告らの主張は失当である。
(エ)原告L
原告Lは,ファーストライン治療でイレッサが使用され,間質性肺炎
を発症したものであり,ファーストライン治療での使用が認められてい
なければ,同人がイレッサを使用することはなかった。
(被告会社の主張)
(1)判断枠組み
ア疫学的因果関係について,イレッサの投与と間質性肺炎の発症や死亡と
の関連性は強固ではないし,仮に疫学的因果関係が立証されたとしても,
それによって明らかにすることができるのは,特定の集団における疾病の
多発と因子の間の集団的因果関係だけであって,これによって直ちにその
集団に属する特定の個人(個別患者ら)の疾病と因子との個別的因果関係
を立証したことにはならない。
患者らがイレッサ投与によって間質性肺炎を発症し,それによって死亡
したというためには,個々の患者の具体的臨床経過とそれに対する医学的
評価に基づいた個別具体的な立証が必要不可欠であるところ,本件では,
本件患者らが,イレッサ投与によって間質性肺炎を発症したことや,それ
によって死亡したということはできない。
イまた,末期非小細胞肺がん患者は,治療選択肢が限られており,緊急安
全性情報が出された後もイレッサの服用を希望する患者が多かったのであ
るから,本件患者らが,イレッサによる致死的な副作用について説明され
ていれば,服用しなかったということはできないし,さらに,本件患者ら
は,末期非小細胞肺がんに罹患し,従前から各種治療やそれによる副作用
も経験してきたのであるから,抗がん剤の副作用について関心を持ち,医
師から説明を受けた上で服用したと考えるのが合理的である。
したがって,指示・警告上の欠陥等と間質性肺炎発症あるいは死亡との
因果関係も認められない。
(2)本件における疫学的因果関係
アイレッサ投与と間質性肺炎の発症との関連性
末期非小細胞肺がん患者との関係でみると,化学療法に用いられる殺細
胞性抗がん剤の多くは間質性肺炎を発症する危険性があり,放射線治療に
よっても間質性肺炎を発症する危険性があり,肺線維症の急性増悪として
間質性肺炎を発症する場合もあるなど,末期非小細胞肺がん患者が間質性
肺炎を発症する原因としては,イレッサ以外にも種々存在するし,まして
や死亡原因としてはより多くの因子が想定される。よって,イレッサ投与
と間質性肺炎の発症及び死亡との関連性は,決して強固なものではない。
イイレッサ投与と死亡との関連性
末期非小細胞肺がん患者は余命が限定されており,仮に間質性肺炎を発
症したとしても,その後に原病の悪化,既往症の悪化,合併症の発症等,
死亡に至り得る種々の事象が生じる可能性を有している。よって,イレッ
サ投与と死亡との関連性は,決して強固なものではない。
(3)個別的因果関係
ア亡M
亡Mは,平成14年3月15日に,縦隔リンパ節への転移を伴う肺がん
(大細胞がん),同年4月にはⅢB期(T2N3M0)と診断され,同月
5日に抗がん剤による化学療法を開始,同年4月25日から6月25日の
期間には化学療法と並行して放射線療法も実施した後,同年9月2日から
イレッサの投与を開始した。
しかし,亡Mは,肺がんの確定診断がされた平成14年3月12日に
は,既に特発性肺線維症に罹患しており(丙E1),遅くとも,イレッサ
投与開始前の同年8月31日には既存の特発性肺線維症の急性増悪による
急性呼吸不全を起こしていたもので,イレッサ投与後もそれが改善せず
に,死亡に至ったものである。
したがって,イレッサ投与と間質性肺炎発症との間には,そもそも時間
的先後関係が存在せず,両者の間に因果関係は認められない。
イ亡N
亡Nは,平成14年4月にⅢA期(T2N2M0)の肺がん(扁平上皮
がん)と診断され,同年5月29日以降,化学療法を繰り返した後に,同
年9月18日からフォースラインとしてイレッサの投与を受けた。
イレッサ投与後には間質性肺炎を発症したものの,平成14年10月下
旬には十分に改善し,同年11月中旬には化学療法の再開を予定する程に
まで回復していた。
亡Nは,イレッサ投与前から肺線維症を有しており,肺線維症は気胸の
発症につながる因子であったところ,間質性肺炎はいったん回復したにも
かかわらず,その後に気胸を発症し,それが原因となって死亡したもので
あり,その死亡とイレッサ投与の間には因果関係が認められない。
ウ亡O
亡Oは,平成13年12月に心膜転移を伴うⅣ期の肺がんと診断され,
12月26日以降化学療法を繰り返した後,サードラインとして,緊急安
全性情報の発出後の平成14年10月23日からイレッサの投与を受け
た。
亡Oは,緊急安全性情報発出後に投与を開始した症例であり,こうした
症例との関係でイレッサに指示警告上の欠陥や,広告宣伝上の欠陥が存在
せず,被告会社にもそれらにかかる過失が存在しないことは明らかであ
る。
また,亡Oは,イレッサによって致死的な間質性肺炎が生じる可能性を
十分認識した上でイレッサの投与を受けたものと考えられるから,この点
においても被告会社の責任は否定されるべきである。
エ原告L
原告Lは,平成13年9月に胸部異常陰影が認められた後,同年11月
に右肺上葉原発でⅠA期(T1N0M0)の非小細胞肺がん(大細胞肺が
ん)との診断を受け,外科療法(手術)が実施されたものの,平成14年
7月に再発し,放射線療法施行後の同年9月26日からイレッサの投与を
受けた。
原告Lによれば,イレッサ投与前に主治医から副作用についての説明を
受けたというのであるから,イレッサの第1版添付文書には間質性肺炎が
「重大な副作用」として記載されていることに照らせば,原告Lは,間質
性肺炎を発症する可能性を説明された上でイレッサを服用したものと考え
られる。
したがって,原告Lに生じた副作用についての警告表示が十分に行われ
ていたことは明らかであり,原告Lとの関係において被告会社に法的責任
はない。
(被告国の主張)
(1)判断枠組み
承認時の安全対策に関する原告らの主張は,厚生労働大臣による医薬品の
適正使用を促すための権限不行使による違法であるところ,原告らは,国賠
法上の違法の前提となる権利ないし法的利益の侵害として,患者本人が適正
使用を受ける機会を得られなかったという事実のみならず,実際にイレッサ
の不適正使用を受けたことを主張立証する必要がある。にもかかわらず,原
告らは,権利ないし法的利益の侵害についての主張立証をしないから,原告
らの上記主張は,その前提を欠く。
(2)個別的因果関係
ア亡M
亡Mは,平成14年10月2日に死亡しており,国立e病院の医師によ
れば,その死因は間質性肺炎とされているが(丙Mイ4〔18頁〕),以
下に述べるとおり,亡丈夫の死因はイレッサ投与以前からあった既存の特
発性肺線維症の急性増悪によるものであって,イレッサの投与と亡丈夫の
死亡との間には因果関係が認められない。
イ亡N
亡Nは,平成14年12月20日に死亡しており,国立g中央病院の医
師によれば,その死因は,特発性間質性肺炎及び肺がんの進行が原因と考
えられる呼吸不全増悪とされているが(丙Mロ2〔16頁〕),亡Nの死
因は気胸の悪化によるものであって,イレッサの投与と亡Nの死亡との間
には因果関係が認められない。
ウ亡O
亡Oがイレッサの処方を受けたのは,イレッサの緊急安全性情報が発出
された平成14年10月15日から7日後の同月22日であり,イレッサ
の服用を開始したのは翌23日からである。
また,亡Oについては,イレッサの投与はサードラインとして行われて
おり,イレッサが投与された時点において,イレッサ以外に有効な治療法
として見込まれるものはなかったというべきである。
したがって,亡Oは,間質性肺炎の副作用について自ら調査し,あるい
は主治医や薬剤師から説明を受けて認識した上で,イレッサを服用してい
たというべきであり,亡Oがイレッサの不適正使用を受けたということは
できないし,また,被告国がイレッサの安全性確保のための措置を講じた
後にその処方を受け,服用を開始しているのであるから,被告国の安全確
保措置を問題とする主張は失当である。
エ原告L
原告Lに対するイレッサの投与が開始された時点において,放射線療法
を受けたものの腫瘍が消失しておらず,副作用も見られていた上,従来の
抗がん剤による化学療法も拒否していたというのであるから,イレッサ以
外に有効な治療法として見込まれるものはなかったといえる。
したがって,原告Lがイレッサの不適正使用を受けたということはでき
ない。
2損害について
(原告らの主張)
(1)判断枠組み
アイレッサの副作用による生命侵害に対する損害
本件患者らのうち亡M,亡N及び亡Oは,有用性を欠くイレッサの投与
により,その副作用である間質性肺炎を発症し,死亡するに至ったもので
あるから,その損害は生命侵害に対する損害である。
また,販売に際して,適切な指示・警告がされ,適切な使用限定がされ
ていれば,各患者等はイレッサを使用することがなかったか,使用したと
しても死亡するに至らなかったといえるから,指示・警告義務違反等との
関係においても,その損害は,生命侵害に対する損害である。
イ慰謝料の加算要素
死亡した亡M,亡N及び亡Oは,イレッサにより,間質性肺炎を発症
し,もがき苦しんで死んでいったのであり,また,幸い一命をとりとめた
原告Lも,死の淵に立たされ,恐怖のどん底におかれたのである。
そして,被告らには,イレッサの副作用により間質性肺炎という致死的
な疾患を発症する危険性について認識しながら,被告国はその販売を承認
し,被告会社はこれを販売し続けたのであるから,その悪質性は高く,慰
謝料は一般基準より高額でなければならない。
ウ損害額
そして,各患者等についての後記(2)の事情に照らせば,その精神的苦
痛を慰謝する為の慰謝料としては,死亡した各患者についてはそれぞれ3
000万円,原告Lについては500万円が相当であり,弁護士費用とし
ては,死亡した各患者についてはそれぞれ300万円,原告Lについては
50万円が相当である。
(2)本件患者らについて
ア亡M
亡M(昭和8年4月27日生まれ)は,平成14年3月12日c市立病
院で右肺の大細胞がんと診断された。平成14年4月から7月までd大学
付属病院に入院し,6クールにわたる抗がん剤の投与,放射線治療等を受
け,同年7月30日に退院し,径2㎝の腫瘍が1㎝に縮小するなど治療の
効果が順調に現れていた。
d大学附属病院を退院後,通院していたb医院のb医師から,肺がんに
効く非常によい薬ができたとしてイレッサを勧められ,平成14年9月2
日から,イレッサを服用し始めた。
ところが,同月8日には息苦しく車椅子での移動が必要になり,同月9
日に舞鶴市内の国立e病院に緊急入院したところ,間質性肺炎と診断さ
れ,イレッサの服用が中止されたが,同月12日には,苦しそうにベッド
の上でのたうつように右を向いたり左を向いたりしながら,ベッドの柵を
必死につかんで丸まっているような状態で,人工呼吸器が必要になり,同
年10月2日に死亡した。
イ亡N
亡N(大正14年11月15日生まれ)は,平成14年4月にf中央総
合病院で肺がんとの診断を受け,同年5月より抗がん剤治療を行ったとこ
ろ,同年8月28日にはSCCが14.1まで改善し,画像上も腫瘍の縮
小が認められ,喜んでいた。
同年9月に,担当医から新薬でいい薬ができた,点滴ではなく飲み薬な
ので,体調さえよければ家から通いながらでも治療が可能であるとしてイ
レッサの使用を勧められ,同月18日から使用を開始した。
ところが,同月24日の胸部レントゲン写真ですりガラス陰影が認めら
れるなど薬剤性間質性肺炎と診断され,ステロイドパルス療法が行われた
が,呼吸困難,低酸素血症が進行し,最期は酸素マスクをしても呼吸が苦
しく,もだえ苦しみながら,12月20日に死亡した。
ウ亡O
亡O(昭和29年3月19日生まれ)は,平成13年12月13日,国
立h病院にて肺がんであると診断され,同日から平成14年3月24日ま
でと,同年5月20日から同年8月9日までの間,同病院において,抗が
ん剤投与,放射線療法等の治療を受けた結果,がん胎児性抗原(CEA,
腫瘍マーカー)の数値も安定し,レントゲン写真で見る腫瘍の影も小さく
なるなど,治療効果が現れていた。
亡Oは,平成14年5月ころ,朝日新聞に掲載されたイレッサの記事を
目にし,主治医に相談したところ,保険適用になるまで待つよう言われ,
同年10月15日に,イレッサの服用が決まり,10月22日からイレッ
サを服用した。
ところが,亡Oは,服用して3日目位から食欲が低下して,口の周りが
荒れる症状が出初め,日一日と動作がゆっくりになるようになり,同年1
1月5日,診察の結果,即入院になった。亡Oは,同月7日からは呼吸器
が必要になり,同月8日夕方に急に意識がなくなり,呼吸も荒くなり,そ
のまま意識のない状態が続いて,翌日11月9日に死亡した。
エ原告L
原告L(昭和30年10月14日生まれ)は,平成13年9月に肺がん
と診断され,いったんは切除手術が成功したものの,平成14年7月,縦
隔リンパ節にがんが再発し,同年8月6日から9月10日までj総合医療
センターに入院して放射線治療を受けた結果,約78%の腫瘍縮小とな
り,治療効果が現れていた。
平成14年9月初旬,担当医からイレッサががん細胞だけを狙って攻撃
し正常細胞を破壊しないことや副作用が少なく湿疹,下痢,場合によって
軽度の肺炎が生じる程度であることを聞いて,イレッサの服用を決意し,
同9月26日からイレッサの服用を始めた。
ところが,原告Lは,服用して1週間を経過したころから,軟便,下痢
等の症状を発現し,高熱が出るなどしたため,10月23日,j総合医療
センターの担当医の診察を受け,イレッサの服薬中止が指示された。その
後も40度近い高熱が続き,食事を取ることも困難になり,体力の消耗が
著しく,重い咳で睡眠をとることもできなくなり,苦しさの余り妻に対し
て「頼むから俺を殺して楽にしてくれ。」と懇願するような状況になっ
た。原告Lは,同月27日,j総合医療センターに搬送され,入院とな
り,間質性肺炎と診断され,同日から11月5日まで酸素吸入が続き,1
0月28日から11月10日までステロイド剤が継続投与され,11月1
5日,ようやく症状が改善して退院が許された。
このように,原告Lは,ステロイドが奏功したものの,イレッサによる
間質性肺炎により,死の淵をさまよった。
(被告会社の主張)
(1)亡M
亡Mの肺がんは治癒不能な非小細胞肺がんであり,その上,特発性肺線維
症との合併症例であったこと,化学療法及び放射線療法によって亡Mには
種々の副作用が発現し,全身状態が悪化していたこと,さらに,イレッサ投
与前の平成14年8月13日ころから既に特発性肺線維症の急性増悪を発症
し,急速かつ重篤な呼吸困難及びその他の呼吸器症状を呈していた。
したがって,亡Mにつき原告らの主張するような損害は存在しない。
(2)亡N
亡Nの肺がんは,発見の遅れ及びその後の治療拒絶等によって治療開始が
遅れ,1年生存率が30%という末期状態であった。また,化学療法の効果
が乏しかった上に種々の副作用を生じ,特に白血球減少からは肺炎を併発し
ており,イレッサ投与前には治療の「悪循環」に陥っていた。そして,イレ
ッサ投与後に発症した間質性肺炎は,ステロイドパルス療法等の適切な治療
がなされ,間質性肺炎は化学療法の再開を検討するほどに改善していたにも
かかわらず,気胸の発症と悪化によって急激な呼吸困難を生じ,治療開始か
ら約7か月後の平成14年12月20日に死亡するに至ったものである。
したがって,亡Nにつき原告らの主張するような損害は存在しない。
(3)亡O
亡Oは,死亡から約11か月前の肺がん発見時において,合理的に予測さ
せる余命は1年程度と決して長いものではなかった。その後に肺がんに対す
る化学療法が実施されたが,がんは脳及び骨に転移した上にがん性リンパ管
症も発症し,化学療法による副作用も生じて,全身状態が悪化し,QOLも
低下していた。イレッサ投与後には間質性肺炎を発症しているが,死亡につ
ながった呼吸困難の原因としては,がん性リンパ管症の悪化が挙げられるほ
か,感染による肺炎も疑われるところである。
したがって,亡Oにつき原告らの主張する損害は生じていない。
(4)原告L
原告Lは放射線療法による間質性肺炎をも併発しており,呼吸困難等の発
現には,こうした放射線肺臓炎が相当程度寄与していた。そして,組織型及
び入院前後の病状に照らしても,原告Lの間質性肺炎は,決して重篤なもの
ではなく,客観的にみて,死の恐怖に対する精神的苦痛を生じるような状態
になかったことは明らかである。
したがって,原告Lの主張するような損害は存在しない。
(被告国の主張)
(1)判断枠組み
イレッサの適応疾患は,特別に治療が困難な病態である「手術不能又は再
発非小細胞肺がん」である上に,イレッサが本件患者らに投与された平成1
4年当時,手術不能又は再発非小細胞肺がんに対する既存の抗がん剤による
治療は頭打ちの状態に達していたのであって,そのような事情は,本件患者
らにイレッサが投与された経緯にも現れている。これらの事情は,原告らの
損害に係る主張の適否を検討する際に十分斟酌されるべきである。
(2)本件患者らについて
ア亡M
亡Mは,平成14年4月にⅢB期の非小細胞肺がん(大細胞がん)と診
断され,d大附属病院におけるサードラインの化学療法と放射線療法の併
用療法により部分奏効(PR)は得られたものの(丙Mイ3〔224,2
32頁等〕),腫瘍の消滅には至っておらず,その後,平成14年8月に
b病院で行われた5FUの単剤投与によっても特段の改善傾向は認められ
なかった。
このように,亡Mへのイレッサ投与が開始された時点において,イレッ
サ以外に有効な治療法として見込まれるものはなかった。
イ亡N
亡Nは,平成14年6月時点でⅢB期の肺がんと診断され,1年生存率
が30%程度であるとされており,f中央総合病院において,同年8月下
旬から,サードライン治療として,イリノテカンの単剤投与を受けたとこ
ろ,結果は不変(NC)又は奏効(PR)であった(丙Mロ1〔210
頁〕)が,副作用である白血球減少のために2コース目の投与が延期され
(丙Mロ1〔205頁〕),その後も実施されることはなかった。
このように,亡Nの肺がんに対しては,サードライン治療まで実施した
にもかかわらず,有効な治療といえるものはなく,イレッサの投与が開始
された時点において,イレッサ以外に有効な治療法として見込まれるもの
はなかった。
ウ亡O
亡Oは,平成13年12月,国立h病院において,Ⅳ期の非小細胞肺が
ん(腺がん)と診断され,既に心膜への転移が見られる状態であり,セカ
ンドラインまでの治療により一定のがんの縮小傾向はみられたものの,セ
カンドライン治療中に副作用である抗利尿ホルモン分泌異常症(SIAD
H)を発症して治療が中止されるなど,さらなる殺細胞性抗がん剤の投与
は困難であり,治療の選択肢が極めて限られた状況にあった。
このように,亡Oへのイレッサ投与が開始された時点において,イレッ
サ以外に有効な治療法として見込まれるものはなかった。
エ原告L
原告Lは,平成13年11月,j総合医療センターにおいて,右肺上葉
原発の非小細胞肺がん(大細胞がん)と診断され,同月,外科療法が実施
されたものの,平成14年7月になって,縦隔リンパ節腫脹により,非小
細胞肺がんの再発が認められ,治療法は放射線治療と抗がん剤しかなく,
余命は半年であると説明されており,また,イレッサの投与が開始された
時点において,放射線療法を受けたものの腫瘍が消失しておらず,副作用
も見られていた上,原告Lは,従来の抗がん剤による化学療法も拒否して
おり,イレッサ以外に有効な治療法として見込まれるものはなかった。
また,原告Lの間質性肺炎は,重篤な状態に至ることなく速やかに回復
しているといえることに加え,一般に,抗がん剤治療では他の一般の医薬
品においては許容し得ない副作用が生じることもやむを得ないとされる場
合が少なくないことや,原告Lは,イレッサを服用するに当たり,j総合
医療センターの担当医から,副作用として,「下痢,発疹,ごくまれに軽
い肺炎」がある旨の説明を受けていたこと(甲Pニ1〔2頁〕,原告L本
人〔6頁〕)などを併せ考えれば,原告Lが被った上記間質性肺炎による
肉体的,精神的苦痛は,抗がん剤による副作用として受忍すべき範囲内に
あるものと解される。
(以下余白)
第5章当裁判所の判断
第1イレッサ承認等に関する基本的事実関係の概観
当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認めら
れる事実によれば,イレッサ開発に至る経緯等及びイレッサ承認に関する基本
的な事実関係は次のとおりである。なお,第3章に既に認定した事実も,必要
な範囲で再度記載する。
1イレッサの開発と分子標的治療薬
(1)イレッサの開発の経緯及び過程
第3章第3記載のとおり,肺がんに罹患する患者は,世界的にも我が国に
おいても,次第に増加する状況であった。
肺がんの約3分の2は,診断時には既に切除不能の進行性がんとなってお
り,肺がん患者の死亡率低下のためには,早期診断のみならず進行性肺がん
の治療成績の向上が不可欠であった。特に,非小細胞肺がんは全肺がんの約
80%を占めるとされているが,進行性非小細胞肺がんの主な治療法は,欧
米においても我が国においても,プラチナ製剤を中心とする化学療法,放射
線療法又はこれらの併用療法であり,化学療法の中で代表的なものはプラチ
ナ製剤を含む多剤併用療法であった。しかし,プラチナ製剤を含む多剤併用
療法を実施しても,2か月ほどの延命効果が得られる程度という状況であ
り,非小細胞肺がんの治療成績を向上させる抗腫瘍薬の開発が期待されてい
た。
第3章第4の1記載のとおり,がんの治療薬の分野においても分子標的治
療薬の開発が行われていたところ,英国A社は,がん細胞において過剰に発
現しているとされていたEGFRを標的分子として,1990年から約15
00種類の自社化合物をEGFR標本を用いてスクリーニングし,4−アニ
リノキナゾリンを含む数種類の母核がEGFRに対して作用することを発見
し,その後の合成及びスクリーニングの末に,EGFRに選択的な阻害作用
を有する腫瘍増殖抑制作用を有する化合物としてイレッサ(ゲフィチニブ)
を発見した。【証拠は,第3章第4に記載したとおり】
(2)分子標的治療薬
第3章第4の1(2)記載のとおり,分子標的治療薬は,より少ない負担で
高い治療効果を上げることが期待されていたが,開発段階においてすべての
薬剤において作用機序が十分に解明されているものでないことは,従来の抗
がん剤と変わらない。なお,開発段階ですべての作用機序が解明されている
ことが望ましいが(甲C3光冨徹哉発言),作用機序が十分に解明されてい
ないとしても,臨床試験により有用性が認められる限り,従来の抗がん剤の
場合と同様に承認を妨げる事情とはなりえないというべきである。
現在は,がん遺伝子も,変異前は正常細胞として一定の役割を果たしてい
るのであるから,遺伝子機能を阻害することにより特有の副作用が生じるこ
とは避けられないことは周知のこととなっているが,平成14年7月当時に
おいては,分子標的治療薬は,がんの増殖や進展に特異的にかかわる分子
や,がん細胞だけに過剰発現がみられる分子を標的とし,がん細胞に特異的
な機能を選択的に抑えるため,殺細胞効果が弱いことが多く,正常細胞に与
える影響は小さいと考えられていた。
【甲E51,甲H18〔特に579頁〕,甲N14,甲P74,乙E11
〔10,11頁〕】
2承認申請時までの経過
(1)承認前に実施されたの臨床試験
承認前に実施されたイレッサについての臨床試験は,次のとおりである。
ア第Ⅰ相試験
平成10年4月から平成13年1月まで,英米における1839IL/0005試
験【甲B12[各枝番号],乙B4,丙C1(404頁)】
平成10年8月から平成13年3月まで,日本におけるV1511試験
【甲B13,乙B4,丙C1(419頁)】
イ第Ⅰ/Ⅱ相試験
平成11年2月から同年8月まで,欧州における1839IL/0012試験【甲
B15[各枝番号],乙B4,丙C1(449頁)】
平成11年4月から平成12年10月まで,米国における1839IL/0011
試験【甲B14[各枝番号,]乙B4,丙C1(435頁)】
ウ第Ⅱ相試験
平成12年10月から平成13年5月まで,日本と欧州における
1839IL/0016試験(IDEAL1試験)【甲B16[各枝番号],乙B4,
丙C1(462頁),K1[枝番号5(特に,30頁以下)]】
平成12年11月から平成13年8月まで,米国における1839IL/0039
試験(IDEAL2試験)【甲B17[各枝番号],乙B4,丙C1(498
頁),K1[枝番号5(特に,30頁以下)]】
エ海外第Ⅲ相試験
平成12年5月から平成13年4月まで,INTACT各試験(海外第
Ⅲ相試験)が行われた。これについては,平成14年1月,中間解析が実
施され平成14年5月に最終解析結果が公表される予定であった。
【甲B1,2,乙B1,4[枝番号1],丙K1[枝番号2,5,8],2
[枝番号2,13]】
(2)被告会社らのイレッサの承認申請
平成14年1月25日,被告会社は,日本において,手術不能又は再発非
小細胞肺がんに対する抗がん剤として,イレッサの輸入承認の申請をした
(他国での申請等の状況は,後記4参照)。
なお,被告会社は,同日までのイレッサ投与による重篤な副作用事例とし
て,海外の治験事例を含め121例(うち死亡事例36例)を報告した。
【乙B12[枝番号2∼5],丙K1[枝番号4],2[枝番号3,15]】
3承認手続の状況・経過
前記イレッサの輸入承認申請を受けて,第3章第6記載のとおり,審査セン
ター及び医薬品機構において,審査が行われたところ,その審査の具体的な内
容・経過は,以下のとおりである。
(1)審査センターによる審査
審査センターは,文書による照会及びヒアリング等を行いながら,審査を
行った(前記第3章第6の3)。
審査センターの被告会社に対する照会,これに対する被告会社の回答及び
被告会社の回答に対する審査センターの判断のうち,主なものは別紙22
(審査センターと被告会社との間の照会,回答及び審査センターの判断)記
載のとおりである。特に間質性肺炎及び適応範囲に関する事項(別紙22の
一部と重複する。)とそれに関する経過は,後記ア及びイのとおりである。
【乙B3[枝番号1∼4],4[枝番号1],乙E22〔10頁〕,弁論の全趣
旨(回答書(2))】
ア間質性肺炎について
(ア)申請時に被告会社から提出された添付文書案には,間質性肺炎につい
ての記載がなかった。
そこで,審査センターは,間質性肺炎が他の抗がん剤でもみられる副
作用で,場合によっては死亡に至ることもある疾患であるので,副作用
として発症するのであれば,添付文書の「重大な副作用」欄に記載する
場合が多いと考え,被告会社に対し,「本邦での臨床試験における死亡
例,及び間質性肺炎を発症した症例についての詳細を示し,本剤との関
連性を考察すること。」との照会を行った。
【乙B3[枝番号2]〔8枚目・ト−5〕,15,乙E22〔13頁〕】
(イ)被告会社は,平成14年3月29日,審査センターに対し,前記照会
に対する回答として,国内臨床試験で間質性肺炎が見られた副作用報告
例3症例(国内3症例。別紙29(承認時までの副作用報告症例経過表
(国内3症例))のうち国内臨床試験1∼3例目)を報告し,現時点で
は,イレッサが間質性肺炎を誘導するという直接的な証拠が得られてお
らず,国内3症例は病勢進行に伴うもので,イレッサが間質性肺炎を誘
導する可能性は低いと考えるとの見解を示した。
また,被告会社は,同年2月8日から同年4月4日までに,審査セン
ターに対し,海外での間質性肺炎等と診断された副作用報告例4症例
(別紙30(承認時までの副作用報告症例経過表(海外7症例))のう
ち海外1∼4例目)を報告した。
【乙B3[枝番号5]〔10頁・ト−5〕,12[枝番号1∼5],13
[枝番号1∼4],乙E22〔13∼14頁〕】
(ウ)審査センターは,以上の症例を検討した結果(審査報告(1)),間
質性肺炎とイレッサとの関連性を否定できず,市販後調査等を踏まえ今
後も慎重に検証を続ける必要があると判断し,この判断は,専門協議に
おいて専門委員らからも支持された。
また,審査センターは,間質性肺炎は,他の抗がん剤でもみられる副
作用であり,いったん発症したときは場合によっては死亡に至ることの
ある疾患であるので,これが副作用として発症するというのであれば,
重大な副作用として記載するのが相当であるとして,被告会社に対し,
添付文書において「重大な副作用」として注意喚起をすべきであるとの
見解を示し,被告会社は,添付文書に記載する旨を回答した。
【乙B4[枝番号1],乙E22〔13,14頁〕,丙K1[枝番号5]
〔48頁〕】
(エ)被告会社は,平成14年5月27日から同年6月11日までに,審査
センターに対し,肺臓炎NOS(2例),胞隔炎NOS(1例)と診断
された副作用報告例3症例(別紙30【承認時までの副作用報告症例経
過表(海外7症例)】のうち海外5∼7例目)を追加報告した。
【乙B14[枝番号1∼3]】
イ適応範囲について
(ア)審査センターは,申請資料において検証されていることは,進行非小
細胞肺がんに対するセカンドライン治療薬としての有用性のみであるこ
とから,効能・効果が「非小細胞肺癌」とされていたのを,「化学療法
既治療の手術不能非小細胞肺癌」のように適切な対象に限るべきではな
いかとの照会を行った。
【乙B3[枝番号1]〔2頁・Ⅴ−1〕,15,乙E22〔19頁〕】
(イ)これに対し,被告会社は,これまでの臨床試験結果から本薬の有用性
が実際に検証された対象は,化学療法既治療(セカンドライン以降)の
非小細胞肺がんのみであるが,①ファーストライン治療例については,
海外での第Ⅲ相試験(INTACT各試験)が平成14年5月に最終解
析を実施予定であること,②これまで承認された抗悪性腫瘍薬における
適応症は,一般には未治療,既治療の区別がない形であり,また術後補
助療法への使用に関する制限も効能・効果ではなく,使用上の注意にお
いてなされてきたことを考慮すると,効能・効果は対象患者集団よりむ
しろ対象疾患である「非小細胞肺癌」とし,検討中または検討予定の対
象患者集団に対する使用の制限は使用上の注意として「○○に対する有
効性及び安全性は確立していない。」のように制限を設けることで対処
可能と考えられること,③本薬は高い安全性を有することから,高齢者
や全身状態が悪い患者など,従来の抗がん剤による化学療法に適さない
患者に対しても有用であると考えられるが,効能・効果を「化学療法既
治療例」に限定することにより,これらの患者が本薬による治療の機会
を失うことになることから,本薬の効能・効果を「非小細胞肺癌」とす
ることに大きな問題はないと考えられること等を回答した。
【乙B4[枝番号1],丙K1[枝番号5]〔37,38頁〕,弁論の全
趣旨(回答書(2)〔52∼53枚目,65枚目〕)】
(ウ)平成14年5月21日,被告会社は,厚生労働省担当課長に対し,
「新医療医薬品の市販調査基本計画書(変更届)」を提出し,従前の計
画(同年4月18日付新医療用医薬品の市販後調査基本計画書)では,
海外で実施中のシスプラチン及びゲムシタビンとの併用療法(INTA
CT1),若しくはカルボプラチン及びパクリタキセルとの併用療法
(INTACT2)のうち本薬が優れた有用性を示した試験と同様の併
用試験,又はドセタキセル及びシスプラチンとの併用療法との併用試験
を予定しているとしていたが,第Ⅲ相試験として,ドセタキセル及びシ
スプラチンとイレッサとの併用療法の国内試験を実施することとしたこ
と,すなわち,前記INTACT各試験と同様の併用試験は行わないこ
とを報告した(同年5月21日付新医療用医薬品の市販後調査基本計画
書)。
【甲B1,2,乙B3[枝番号2],4[枝番号1,3],弁論の全趣
旨(回答書(1)〔資料1,2〕,同回答書(2)〔69枚目〕)】
(エ)これらを検討した結果,審査センターは,副作用が従来の抗がん剤と
比べると軽微で,比較的安易に用いられることが懸念される経口剤であ
るイレッサが適正に使用されるためには,イレッサの効能・効果は「非
小細胞肺癌(手術不能又は再発例)」とし,効能・効果に関する使用上
の注意において「術後補助化学療法における有効性,安全性は確立して
いない」旨を示し,さらに進行非小細胞肺がんに対するファーストライ
ン治療(初回治療)においても,現時点では「本剤の臨床的有用性は確
立していない」旨を,添付文書中で注意喚起することが適当であると考
え,イレッサの効能・効果については専門協議での議論も踏まえて慎重
に判断することとした。
また,審査センターは,ファーストライン治療(初回治療)に関する
注意喚起について,被告会社が提出した添付文書の「重要な基本的注
意」欄に記載されていたのを,医師の目に触れやすくするため,「効
能・効果」欄のすぐ下の「効能・効果に関する使用上の注意」欄に
「(1)本薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立してい
ない。」,「(2)本薬の術後補助療法における有効性及び安全性は確立
していない。」と記載するのが相当と判断し,専門委員からも支持され
た。
【乙B4[枝番号1]〔37∼38頁,47∼48頁〕,乙E22〔19∼2
0頁〕丙K1[枝番号5]〔37∼38頁,47∼48頁〕】
ウ審査結果
審査センターは,平成14年5月9日までに,添付文書の「重大な副作
用」欄に間質性肺炎を記載するとの被告会社の回答を得て,「効能・効
果」として,「非小細胞肺癌(手術不能又は再発例)」とするのに加え
て,「効能・効果に関する使用上の注意」として「(1)本薬の化学療法未
治療例における有効性及び安全性は確立していない。」,「(2)本薬の術
後補助療法における有効性及び安全性は確立していない。」との記載を付
加し,「承認条件」として,「非小細胞肺癌(手術不能又は再発例)に対
する本薬の有効性及び安全性の更なる明確化を目的とした十分なサンプル
サイズを持つ無作為化比較試験を国内で実施すること。」と定めること
で,イレッサを承認して差し支えないと判断し,薬事・食品衛生審議会薬
事分科会医薬品第二部会において審議されることが妥当と判断した。
以上の経過及び判断は,平成14年4月18日付けの審査報告(1)及び
同年5月9日付け審査報告(2)に記載され,これら2通の審査報告からな
る国立医薬品食品衛生研究所長名の平成14年5月9日付け厚生労働省医
薬局長宛の審査報告書が作成され,これによって,審査センターは,厚生
労働大臣に対して審査結果を報告した。
【乙B4[枝番号1]〔37∼38頁,47∼48頁〕,乙E22〔1
4,19∼20頁〕,丙K1[枝番号5]〔37∼38頁,47∼48
頁〕】
(2)薬事・食品衛生審議会における審査
ア薬事・食品衛生審議会は,平成14年5月24日,厚生労働大臣からの
諮問を受け,同審議会第二部会において,イレッサの輸入承認について,
審議を行った。
審議において,P会長代理から,「やはりこのEGFレセプターに対す
る,キナーゼ活性の阻害というスペシフィシティはどれだけかというのは
かなり重要なポイントだと思うのですが,237∼238ページのところを見
ても余りよくわからないですよね。」,「これを見ると何となく,インフ
ィビションがかからないというお話だったのですが,かかっているように
見えます。」,「スペシフィシティが保証されないといろいろな生体内の
レギュレーションを調節するところがやられる可能性があると思いま
す。」「アポトーシスを起こすという作用機序はありますよね。」【以
上,乙B6(26頁)】,「今の段階では十分作用機序が説明できていると
は思わないのですが,その点についてはいかがでしょうか。これをこのま
まやると,大変問題が起こるのではないかと思います。」【同(29
頁)】,Q委員から「この作用機序と臨床効果とは必ずしも一致していな
いのではないかと,これは実は私も感じております。」【同(30頁)】,
R部会長からは「実際になるべく安全に使われるということがどうしても
必要ではないかと思いますけれど,その辺について注文をつけておくよう
なことはございませんでしょうか。」【同(31頁)】などの指摘があっ
た。これに対し,審議に事務局として出席していた審査センターの係官
は,現存する臨床データを基にEGFレセプターの発現量と奏効率を明確
に相関づけることはできない旨,治験のデータでは,ほかのチロシンキナ
ーゼをインフィビジョンする傾向はない旨,EGFレセプターがチロシン
キナーゼを押さえるという作用が主ではあるが,種々のファクターで抗腫
瘍化が発現しているのではないかというのが現時点での科学的な見解であ
る旨,アポトーシスに関しては,推論の域をでないと考えている旨【同
(25,26頁)】,各委員の総意としては,メカニズムを更に解明すべきであ
るとの意見であると了解し,承認条件にメカニズムの解明を更に勧めるこ
とを付加して,企業を指導したい旨【同(33頁)】などが述べられた。
審議の結果,「承認条件」として,「(1)非小細胞肺癌(手術不能又は
再発例)に対する本薬の有効性及び安全性の更なる明確化を目的とした十
分なサンプルサイズを持つ無作為化比較試験を国内で実施すること。」,
「(2)本薬の作用機序の更なる明確化を目的とした検討を行うとともに,
本薬の薬理作用と臨床での有効性及び安全性との関連性について検討する
こと。また,これらの検討結果について,再審査申請時に報告するこ
と。」と付加した上で承認して差し支えないと判断され,薬事分科会にお
いて審議することが妥当と判断された。
この審議において,「添付文書(案)」に関して議論はされたものの,
間質性肺炎を「重大な副作用」欄に記載することの当否等については議論
がされなかった。【乙B4[枝番号2],5,6】
イこれを受けて,同年6月12日,同審議会薬事分科会において審議が行
われた。
審議において,経口剤が比較的安易に術後補助療法などで使用されるこ
とがあったことを考慮し,余り広い患者に投与されないようにするとの目
的から,「効能・効果」の記載を,同審議会医薬品第二部会案から変更し
て手術不能又は再発例非小細胞肺癌」と改訂することとなった。また,な
るべく医師の目に触れる場所が望ましいとの見地から,比較的後ろの位置
に記載される「重要な基本的注意」の部分よりも医師の目に触れる場所に
記載するとの意図から,「効能・効果に関する使用上の注意」として,
「(1)本薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していな
い。」,「(2)本薬の術後補助療法における有効性及び安全性は確立して
いない。」と記載することとしたとの説明が審査センターから行われた。
同分科会は,同第二分科会の案について,前記の修正をした上で,承認
する旨を決定した。
同分科会における審議においても,「添付文書(案)」に関して議論は
されたが,間質性肺炎を「重大な副作用」欄に記載することの当否等につ
いては議論がされなかった。【乙B4[枝番号4],7】
ウ以上の審議を経て,同審議会は,同日,厚生労働大臣に対し,承認を可
とし,再審査期間を6年とし,原体,製剤ともに劇薬に指定するとの答申
を行った。【乙B8】
(3)輸入承認
平成14年7月5日,厚生労働大臣は,被告会社に対して,イレッサの輸
入の承認をした。
なお,被告会社は,同日までのイレッサ投与による重篤な副作用事例とし
て75例(うち死亡20例)を追加報告した(前記2(2)の重篤な副作用事
例との合計は196例(うち死亡例56例)となった。)。
平成14年7月16日,被告会社は,日本において薬価未収載でイレッサ
の販売を開始し,平成14年8月30日にイレッサは薬価収載(保険適用)
された。
【乙B13[各枝番号],14[各枝番号],乙K2,丙K1[枝番号4],2
[枝番号3,15],弁論の全趣旨】
4他国の承認状況
(1)各国の状況
イレッサは,我が国が世界で初めて承認したものであるが,その後,平成
22年5月末当時で,進行性の非小細胞肺がん等を適応として,韓国,台
湾,香港,シンガポール,マレーシア,タイ,インド,中国などのアジア諸
国や米国,EU諸国を含む世界69か国/地域(日本を含む。)で承認され
た。
【乙L2[枝番号1,2],丙J5】
(2)EU
英国A社は,平成16年(2004年)ころに欧州医薬品審査庁に対してイ
レッサの販売承認申請をしていたが,ISEL試験の結果が承認審査基準を
満たさないため,欧州医薬審査庁と協議の上で,平成17年(2005年)1
月4日に承認申請を取り下げた。
英国A社は,平成20年(2008年)5月,INTEREST試験の結果
を受けて,欧州医薬品審査庁に対して再度イレッサの販売承認申請をした。
英国A社は,平成21年(2009年)7月に,INTEREST試験及び
IPASS試験の結果を含む申請資料に基づき,欧州委員会から,治療歴を
問わず成人のEGFR遺伝子変異陽性の局所進行又は転移を有する非小細胞
肺がんを対象とする,イレッサの販売承認を得た。
【甲C2,丙J3,4】
(3)米国
英国A社は,平成13年(2001年)7月30日に米国食品医薬品局(F
DA)に対してイレッサの販売承認申請をした。
FDAは,平成15年(2003年)5月に(我が国の承認から約10か月
後),プラチナ製剤及びドセタキセルが奏効しなかった局所進行性又は転移
性の非小細胞肺がんに対する単剤投与を効能,効果として,つまりサードラ
イン治療薬としてイレッサを承認した。承認に当たり,FDAは,イレッサ
による治療によって致命的な間質性肺炎を発症する患者があったとの我が国
からの報告を受け,審査を3か月延期して慎重に審査した上,稀だが深刻な
イレッサの毒性よりも,進行性の非小細胞肺がん患者において見られた効力
の方に重点を置いたとした。承認に当たって,製造元が承認後に試験を実施
し,期待される臨床上の利益を実証することとしたが,全例調査を実施する
ことは条件とされなかった。
しかし,平成16年(2004年)12月17日,FDAは,英国A社が発
表した市販後臨床試験の結果は,イレッサが生存期間を延長しなかったこと
を示すものであるので,イレッサを回収するか,他の妥当な規制措置を採る
かを決定するとの声明を発表した。なお,米国食品医薬品局(FDA)は,
同年11月に,イレッサと同様にEGFRチロシンキナーゼ阻害作用を作用
機序とするタルセバ(エルロチニブ)について,延命効果があることを理由
として,これを承認した。
平成17年(2005年)5月15日(但し,日本時間),米国臨床腫瘍学
会(ASCO)において,米国南西部臨床試験グループ(SWOG)は,イ
レッサの第Ⅲ相試験(SWOG0023試験)の中間解析結果を発表した。
この第Ⅲ相試験は,シスプラチン及びエトポシドと放射線同時併用療法並び
に抗がん剤(ドセタキセル)による治療を行った後の維持療法としてイレッ
サの投与が有用かを検証するために行われたものであった。この中間解析結
果では,イレッサ投与群とプラセボ投与群とを比較すると,全生存期間の中
央値及び無増悪生存期間には有意差がなく,死亡数はイレッサ投与群の方が
多く,病勢進行による死亡が多く認められた。中間解析結果,試験継続によ
ってイレッサ投与群が生存期間を改善する可能性がみられないと判断された
ため,SWOG0023試験は中止された。
同年6月,FDAは,過去に服用して効果があった患者と現在服用してい
て効果が出ている患者にイレッサの使用を限定し,臨床試験に参加する患者
以外の新たな患者にはイレッサを使うべきではないとの警告を発した。
【甲E20,甲J2∼5,9,10[甲J4,9は枝番号1,2を含む。],
甲K3,6,乙J3[枝番号2],丙K3[枝番号4,11]】
(4)カナダ
カナダ保健省は,平成15年(2003年)12月17日に,局所進行性
又は転移性の非小細胞肺がんのサードライン治療薬としてイレッサを条件付
き承認をした。承認後に満たすべき条件は,生存期間の延長,がんに関連す
る諸症状の緩和,タキソテールと同等の生存期間の延長,心臓血管系に安全
であること,安定した良好な安全性を示すこととしたが,全例調査を実施す
ることは条件とされなかった。
英国A社は,平成16年(2004年)12月,前化学療法が無効の非小細
胞肺がん患者について実施された大規模比較臨床試験において,イレッサ投
与による生存期間延長効果が見られないとする報告をした。これに対し,カ
ナダ保健省は,平成17年(2005年)2月14日,前化学療法が無効であ
った非小細胞肺がん患者に対して他に代替可能な治療法が存在しないこと,
イレッサの腫瘍縮小作用により,症状を緩和できること,イレッサの安全性
は,他の化学療法に比して高いことなどを理由に,販売承認の取消しを行わ
ないこととした。
もっとも,カナダ保健省は,平成17年(2005年)7月にタルセバを承
認し,平成17年(2005年)8月以降,EGFR遺伝子変異の発現状態が
陽性又は不明の患者にイレッサの使用を限定し,平成18年(2006年)6
月にはこれに加え,現在服用していて効果が出ている患者にイレッサの投与
を限定した。
【乙J1[枝番号1,2],丙J1[枝番号1,2],弁論の全趣旨】
第2イレッサの有効性
1医薬品の有効性
薬事法の目的,医薬品の承認及び承認拒否事由に関する規定は,第3章第6
の1記載のとおりである。
これらの薬事法の規定によれば,医薬品の有効性とは,申請に係る医薬品
が,その申請に係る効能,効果又は性能を有することをいうと解するのが相当
である(薬事法14条2項1号参照)。
2医薬品の有効性の確認方法
(1)認定事実
前提事実(前記第3章第6)並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認
められる事実は次のとおりである。
アヘルシンキ宣言以降の医薬品の安全性等の確保に関する動き
昭和39年(1964年),フィンランドのヘルシンキで行われた世界医
師会(WMA)総会において,ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則と
して採択され,その後数次にわたる修正がされたヘルシンキ宣言におい
て,医学の進歩は,最終的にはヒトを対象とする試験に一部依存せざるを
得ない研究に基づくとされている。
我が国においては,昭和54年法律第56号による薬事法の改正で,医
薬品等の有効性及び安全性の確保が中心課題とされ,医薬品等の承認に関
する規定が整備され,医薬品の製造又は輸入の承認を受けようとする者
は,承認申請書に臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付す
べきことが法定された。
その後,1991年(平成3年)には,日米EU医薬品規制調和(ハー
モナイゼーション)国際会議(ICH)が組織され,それ以降,日米EU
の三極相互間で,医薬品の品質,安全性,有効性,規制情報等を調和させ
るための活動が行われるようになり,そこで合意が得られた事項につい
て,我が国も,順次,合意に対応するための制度等の改訂,整備を行って
いるところである。
【甲D20,26,29[枝番号1∼3],乙D21[枝番号15],27
[別表関連するICHガイドライン及び通知について]】
イ承認審査資料
平成14年当時の医薬品の承認申請の際に提出すべき資料及びその承認
審査資料を作成するための試験が,GLP,GCP及び審査資料の信頼性
の基準を遵守し,かつ,適正に実施されたものでなければならず,かつ,
その指針(ガイドライン)が定められていること等については,第3章第
6の2記載のとおりである。
ウ医薬品一般の臨床試験に関する指針(ガイドライン)
前記第3章第6の2(1)のとおり,平成14年当時,臨床試験の指針は
合計18件あったが,その主なものは次の(ア),(イ)である。
(ア)一般指針【乙D25,27】
a作成の経緯
医薬品の臨床試験のデザイン,実施,解析等に関する一般的な原則
やその進め方について,主として科学的側面から指針を示すことを目
的とした平成4年6月29日付け旧一般指針(乙D25)があった。
そこでは,個々の薬物については各薬効群ごとの臨床評価方法に関す
るガイドラインを参考にすることが望ましいとされていた。
その後,旧一般指針と同様の目的で,旧一般指針を基礎にしつつ,
ICHのガイドライン並びにICHに加盟している日・米・EU三極
における臨床試験及び臨床開発方法の手順に関する一般指針を踏ま
え,平成10年4月21日,b以下の内容を主要な内容とする一般指
針(乙D27)が作成,通知され,以降は,旧一般指針に代えてこの
一般指針が優先適用されることとなった。
b臨床試験の方法
医薬品一般についての臨床試験の方法は,その試験の臨床開発機関
における実施時期及び目的によって,(a)臨床薬理試験,(b)探索的試
験,(c)検証的試験,(d)治療的使用に分類可能である。医薬品の臨床
試験は,先行する試験の成果が以降の試験の計画に当然影響を与える
はずであるという基本的考え方に基づき,段階的試験の方法が採られ
る。また,一般指針は,前記治験の目的別の分類概念とは別に,医薬
品の開発段階を表す時間的概念として,「相」を用いる。
①第Ⅰ相
新薬を初めてヒトに投与する段階である。第Ⅰ相の最も代表的な
試験は,臨床薬理試験である。
第Ⅰ相で実施される試験は,a)初期の安全性及び認容性の推測
(後の臨床試験のために必要と想定される用量範囲の忍容性を決定
し,予期される副作用の性質を判断すること),b)薬物動態(薬物
の吸収,分析,代謝,排泄に関する特徴の検出),c)薬力学的な評
価(薬効及び予想される有効性の初期の推測),d)初期の薬効評価
(薬効又は見込まれる治療上の利益の予備的検討)の1つ又は複数
を組み合わせの観点から行われる。
②第Ⅱ相
通常,新薬の患者における治療効果の探索を主要な目的とする試
験を開始する段階である。第Ⅱ相の最も代表的な試験は,探索的試
験である。
第Ⅱ相で実施される試験は,比較的均質な集団になるように比較
的狭い基準に従って選択された患者を対象として注意深く観察しな
がら行われる。
第Ⅱ相で実施される試験のその他の目的としては,その後に実施
する第Ⅱ相や第Ⅲ相試験において用いられる見込みのある評価項目
(エンドポイント)(評価項目については,(イ)b参照),治療方
法(併用療法を含む。),対象となる患者群を評価することなどが
ある。
③第Ⅲ相
通常,治療上の利益を証明又は確認することを主要な目的とする
試験である。第Ⅲ相の最も代表的な試験は,検証的試験である。
第Ⅲ相で実施される試験は,第Ⅱ相で蓄積された予備的な証拠を
検証するためにデザインされ,承認のための適切な根拠となるデー
タを得ることを意図している。
④第Ⅳ相
承認後に実施されるすべての試験である。治療的使用での試験で
あり,その医薬品の最適な使用法を明らかにする上で重要である。
c試験の計画
臨床試験の目的から報告までの各項目は,試験開始前に治験実施計
画書に明確に規定されなければならないとされている。
また,目的とする情報を得るために適切な試験デザインを選択しな
ければならず,試験目的を達成するために,適切な対象の使用と,十
分な数の被験者が必要であり,主要及び副次的エンドポイントとその
解析法が明確に記述されていなければならないとされている。
d評価項目(エンドポイント)(概念は,(イ)b参照)
主要なエンドポイントは,臨床上意味のある効果を反映すべきであ
り,通常,試験の主要な目的に基づいて選択される。
適切な場合すなわち,代用(代替)エンドポイントを使うことによ
り,十分合理的に臨床上の結果を予測しうる場合又は臨床上の結果を
予測しうることがよく知られている場合には,代用(代替)エンドポ
イントを主要なエンドポイントとして用いることができる。
e安全性情報等
試験期間中は有害事象について適切なタイミングでの報告が必須で
あり,報告は記録されなければならない。規制当局に対する安全性デ
ータの迅速な報告,安全性情報の内容及びプライバシーの保護,デー
タの機密性に関しては,他のICHガイドライン(ICHE2A,
E2B及びE6ガイドライン(別表))を参照する。
安全性データは全ての臨床試験において収集され,一覧表にまとめ
られなければならない。集積された有害事象は重篤度と因果関係に従
って分類されなければならない。
(イ)統計的原則【甲P15】
a作成の経緯
医薬品一般についての臨床試験における統計的原則について,臨床
試験の計画,実施,解析及び評価を行う場合の方向付けを目的とした
「臨床試験の統計解析に関するガイドライン」(平成4年3月4日薬
新薬20号・甲D19)があった。
その後,ガイドラインと同様に,ICHにおける合意に基づき,平
成10年11月30日,上記ガイドラインに代えて,b及びcを主要
な内容とする統計的原則が定められた(なお,安全性及び認容性評価
については,後記第5章第4(4)ア(ウ)bのとおりである)。(甲P1
5)
b評価項目(エンドポイント)
臨床試験では,試験の目的に応じて統計的処理のための反応変数と
して,医薬品の効果を評価するための項目を用いて試験結果を評価し
ており,次の評価項目を設定することとされている。
(a)主要評価項目(プライマリーエンドポイント,主要変数,「目標」
変数)
試験の主要な目的に直結した臨床的に最も適切で説得力のある情
報を与えうる項目であり,臨床的に適切で重要な治療上の利益に関
する妥当で信頼のおける指標であることが十分に根拠付けられてい
るもの。
主要評価項目は,通常,①真の評価項目(トゥルーエンドポイン
ト:患者の最終的な治療上の利益に直接関係する指標を評価する項
目)であるべきであるが,その測定が実際的でない場合,②代替評
価項目(サロゲートエンドポイント,代替変数:患者の最終的な治
療上の利益に間接的に関係する指標を評価する項目)を用いること
ができるとされている。
代替評価項目は,それが臨床的利益の信頼できる予測因子である
と信じられている多くの領域において,一般的に容認されたものと
して用いられているとされている。
そして,代替評価項目における代替性の証拠の強さは,ⅰ)代替
評価項目と臨床的結果の関連の生物学的合理性,ⅱ)代替評価項目
が臨床的結果の予後を予測する上で有益であると疫学研究によって
示されていること,ⅲ)臨床治療の代替評価項目に対する効果が臨
床的効果と対応しているという臨床結果があることに依存している
とされている。
(b)副次的評価項目(セカンダリーエンドポイント,副次変数)
主要評価項目以外の効果を評価するための項目で,主要評価項目
に関連した補助的な測定値である場合と,各試験の副次的な目的に
関連した効果の測定値のどちらかの項目をいう。
c比較試験の種類・目的と統計解析
(a)比較試験の種類と目的
比較試験の場合,試験の目的に応じて,以下の試験があるとされ
ている。
①優越性試験
被験薬への反応が比較薬剤(実薬又はプラセボ。なお,実薬で
ある比較薬剤は「実対照薬」といわれる。)よりも臨床的に優れ
ること(優越性,優位性)を示すことを主要な目的とする試験で
ある。
②同等性試験
二つ以上の治験治療に対する反応が,臨床的に重要な意味を持
つほど異ならないことを示すことを主要な目的とする試験であ
る。
③非劣性試験
被験薬への反応が比較薬剤(実薬又はプラセボ)よりも臨床的
に劣らないことを示すことを主要な目的とする試験である。
(b)同等性試験と非劣性試験の統計解析
同等性又は非劣性試験では,治験計画書に同等性又は非劣性を示
すために計画されたことを明確に示されることが不可欠であり,併
せて同等限界(臨床的に許容できると判断しうる最大の差のことを
いう。実対照薬の有効性を立証した優越性試験において観測された
差よりも小さいものとされる。)が明示されるべきであるとし,実
薬対照同等試験では上側及び下側両方の同等限界が必要であり,実
薬対照非劣性試験では下側同等限界のみが必要であるとされてい
る。
統計解析は,通常信頼区間に基づき行われる。同等性試験では,
両側信頼区間を用いて,信頼区間全体が同等限界内に含まれる場合
に同等であると推論する。非劣性試験では,片側信頼区間を用い
て,信頼区間の下限が下側同等限界と同等以上である場合に非劣性
であると推論する。
被験薬と実対照薬に差がないという検定結果が有意でないことか
ら,同等性又は非劣性が示されたと結論付けることは不適切であ
る。
エ抗がん剤の臨床試験に関する指針(ガイドライン)
(ア)抗がん剤の臨床評価に関する指針【甲D14】
我が国において,抗がん剤の臨床試験における段階的試験の各段階に
おいて明らかにすべき事項を統一的に定めた最初のものは,昭和60年
に日本がん治療学会が作成した標記指針(学会指針)である。
学会指針は,臨床試験について,①第Ⅰ相試験,②第Ⅱ相試験,③第
Ⅲ相試験の3つの段階に分け,第Ⅲ相試験は,比較試験により,効果判
定基準はがん化学療法の臨床効果判定基準によるとされ,抗腫瘍効果が
中心的な指標とされており,特に統計的原則に基づくものでもなかっ
た。
(イ)旧ガイドライン【甲D35,乙D7,乙E18】
a作成経緯
厚生省は,昭和60年ころから,「医薬品の臨床試験の実施に関す
る基準(GCP)(案)」を公表し,各種薬効群ごとに新薬の承認審
査資料としての臨床試験についてのガイドラインを順次作成してい
た。
抗がん剤については,昭和62年にがん専門医らによる「抗悪性腫
瘍薬の臨床評価ガイドライン作成に関する研究班」が組織され,検討
された。これを踏まえて,平成3年2月,抗がん剤として開発される
新医薬品の臨床的有用性を検討するための臨床試験の計画,実施,評
価法等について,当時として妥当と思われる方法と一般的手順をまと
めたものとして,旧ガイドラインが厚生省薬務局新医薬品課長名で通
知された。
b内容
(a)臨床試験の方法と承認申請
第Ⅰ相試験では主として安全性を,第Ⅱ相試験では抗腫瘍効果と
安全性を,第Ⅲ相試験では延命効果等を中心とした臨床効果を検討
するが,QOLの評価も併せ行うことが望ましいとされる。
そして,延命効果を中心に評価する第Ⅲ相試験の成績は承認後に
提出することも認められるが,承認時までにその試験計画書を提出
することが求められるものとして,第Ⅱ相試験までの結果により承
認することができるとしている。これをⅡ相承認という。
(b)第Ⅰ相試験
治験薬を初めてヒトに投与する段階であり,特に安全性を慎重に
検討することとされる。
第Ⅰ相試験は,薬剤の毒性の種類,程度とこれらの可逆性,用量
−反応関係,時間−反応関係を評価し,最大許容量を推定すること
を目的とする。また,技術的に可能な範囲で,薬物動態学的検討を
行い,投与量及び投与間隔の検定のための参考とされる。
第Ⅰ相試験では,治療効果の検討を期待することが困難である
が,抗腫瘍効果の有無を観察することが必要であり,有効性の示唆
を全く経験することのできない治療薬では,第Ⅱ相試験の開始が困
難となる場合もあるとされている。
対象患者は,通常の治療法では効果が認められないか,一般に認
められた標準的治療法がない悪性腫瘍を有する者であること,治験
薬の副作用を的確に評価しうる臓器機能が維持されていることなど
の条件を満たすものとされている。
(c)第Ⅱ相試験
第Ⅰ相試験で安全性が確認された用法・用量に従って,当該治験
薬の有効性と安全性を客観的に評価することを目的とした試験であ
る。対象とする腫瘍を特定し,明確に規定された患者集団で,有効
性と安全性を客観的に評価するための評価項目を明確にし,抗腫瘍
効果を中心とした有効性について評価するものである。
第Ⅱ相試験は,前期と後期とに分けられ,前期第Ⅱ相試験では効
果が期待されるがん腫の探索と安全性を,後期第Ⅱ相試験ではその
がん腫について,用法・用量の選択決定と有効性や安全性の程度を
確定する。
対象患者は,従来の標準的治療法ではもはや無効か,又はその疾
患に対して確立された適切な治療法がない悪性腫瘍を有する患者で
あること,生理機能が充分保持されていること,抗腫瘍効果と副作
用が観察できるよう,充分な期間の生存が期待できることなどの条
件を満たすものとされている。
前期第Ⅱ相試験では,どの程度の活性を持つ抗悪性腫瘍薬を求め
ているのかを明らかにし,それに従って目標とする期待有効率を定
め,この期待有効率以上の効果がなければ有用な抗悪性腫瘍薬とし
ては認められないとされている。この期待有効率は,一般的に部分
奏効以上(WHO規定ではPR以上)が20%を目標とするが,腫
瘍の種類,対象となる患者の状況によっては異なることもあり得る
ので,その場合その設定根拠を明確にするとされている。そして,
前期第Ⅱ相試験の結果から特徴のある治験薬として期待できる場合
は,後期第Ⅱ相試験が実施され,その治験で得られた有効率が,予
め設定した期待有効率以上であり,かつ,副作用などの点を加味し
たうえで臨床的に有用性があると判断できることが求められる(な
お,後記第Ⅱ相試験では,既存の対照群(過去のよく管理された第
Ⅱ相又は第Ⅲ相試験,又は一定期間に行われた標準的治療法を受け
た患者(予後因子などがほぼ同一な患者であることが必要であ
る))の治療成績を利用して,比較することも可能である。この場
合,対症療法や補助(支持)療法の進歩,環境整備による時代の差
の影響を否定できないので,結果は実証的なものとしては取り扱え
ず,その解釈も慎重に行わなければならない。)。
効果判定基準は,原則としてWHOの基準,それに基づくがん治
療を専門とする各学会の基準等を標準とし,原則として判定委員会
のような当該施設以外の組織の確認を受けることが望ましいとされ
ている。
(d)第Ⅲ相試験
より優れた標準的治療法をさらに確立することを目的とし,延命
効果を中心に評価する試験である。第Ⅱ相試験において安全性と抗
腫瘍効果ないし特長が確認された新抗悪性腫瘍薬の,単独又は併用
療法と適切な対照群との比較試験である。
生存率,生存期間を主要評価項目とし,他の適切なエンドポイン
トとしてQOL等を求め,これらに対し,何らかの有用性が示され
る必要があるとされる。主要評価項目で同等性が証明された場合
は,他の特長,例えばQOLの改善(患者の肉体的苦痛の軽減,精
神的満足度等)を含めて有用性が示される必要があるとされる。
対象患者は,薬物療法が適応となる悪性腫瘍であることが確認
されている症例であること,生理機能が一定の基準以上であるこ
と,治療効果が観察できるよう,充分な期間の生存が期待できるこ
となどの条件を満たすものとされている。
効果判定基準は,原則としてWHOの基準,それに基づくがん治
療を専門とする各学会の基準等を標準とし,原則として判定委員会
のような当該施設以外の組織の確認を受けることが望ましいとされ
ている。
データの解析方法は,あらかじめ指定した場合を含めて,適切な
統計学的手法を用いて解析し,用いた手法は明示しなければならな
い。主たる確認的な解析のほか,治療法の最も適切な適応条件を探
索することも大切であるが,検定や推定の多重性には注意するとさ
れる。
(ウ)新ガイドライン【甲D2[各枝番号],5】
a作成経緯
旧ガイドラインが通知されてから10年以上を経て,新しい作用機
序を持つ薬剤の開発,臨床試験を行う上での国内体制整備,臨床試験
に関する知識の普及,規制当局における医薬品審査体制の整備,GC
Pの改正,海外臨床試験成績の積極的な利用等新薬の開発・審査を巡
る状況に大きな変化が認められ,一方で,海外大規模試験により臨床
的有用性の検証された薬剤で,国内への導入が大幅に遅れ,国内臨床
現場において国際的標準薬が使用できないという状況が認められた。
そこで,平成17年11月,旧ガイドラインを改訂したものとし
て,新ガイドラインが厚生労働省医薬局審査管理課長名で通知され,
平成18年4月から適用された。
b内容
(a)臨床試験の方法と承認申請
①第Ⅰ相試験では主として安全性を,②第Ⅱ相試験では抗腫瘍縮
小効果等の有効性と安全性を,③第Ⅲ相試験では延命効果等を中心
とした臨床的有用性を検討することとされる。
そして,非小細胞肺がん,胃がん,大腸がん,乳がん等で,取得
を目的とする効能・効果のがん腫のうち,その患者数が多いがん腫
では,それぞれのがん腫について第Ⅲ相試験の成績を承認申請時に
提出することを必須とするとされている(Ⅲ相承認)。但し,上記
がん腫であっても,科学的根拠に基づき申請効能・効果の対象患者
が著しく限定される場合はこの限りではないとされる。
また,第Ⅱ相試験終了時において高い臨床的有用性を推測させる
相当の理由が認められる場合には,第Ⅲ相試験の結果を得る前に,
承認申請し承認を得ることができるとされる(Ⅱ相承認)。その際
は,承認後一定期間内に,第Ⅲ相試験の結果により速やかに,当該
抗悪性腫瘍薬の臨床的有用性第Ⅱ相試験成績に基づく承認の妥当性
を検証しなければならず,当該第Ⅲ相試験の実施場所に関しては国
内外を問わず,また,海外に信頼できる第Ⅲ相試験成績が存在する
抗悪性腫瘍薬は,承認申請前に国内で実施する臨床試験数を最小限
とし,効率よく,かつ,迅速に当該薬剤の導入がはかれるように臨
床開発計画を立案すべきであるとする。
(b)第Ⅰ相試験
非臨床試験成績を基に治験薬を初めてヒトに投与する段階であ
る。非臨床試験で観察された事象に基づき,用量に依存した治験薬
の安全性を検討することを主な目的とするとされる。
(c)第Ⅱ相試験
第Ⅰ相試験により決定された用法・用量に従って,対象とするが
ん腫における治験薬の臨床的意義のある治療効果(有効性),及び
安全性を評価することを目的とする試験である。第Ⅱ相試験におけ
る臨床的意義のある治療効果とは,一定の基準で評価される腫瘍縮
小効果を指すとされる。また,第Ⅲ相試験等のさらなる評価を行う
べきかの判断,第Ⅰ相試験で薬物動態と特定の副作用との関連性が
示唆されるものについては,その関連性についての検討及び評価,
治験薬による副作用についてさらなる評価(まれな副作用の発見
等),治療効果を予測するマーカー(分子標的薬等)のさらなる検
索なども目的とされる。
(d)第Ⅲ相試験
より優れた標準的治療法をさらに確立することを目的とした試験
である。第Ⅱ相試験において安全性と抗腫瘍効果,又は何らかのメ
リット(症状緩和効果)が確認された新抗悪性腫瘍薬の単独又は併
用療法と適切な対照群との比較試験である。
生存率,生存期間等を主要評価項目とし,他の適切なエンドポイ
ントとして,安全性,妥当性の評価された方法による症状緩和効果
やQOL等に関する評価を行い,これらに対し,何らかの有用性が
示される必要があるとされる。
オ第Ⅲ相試験の実施をめぐる状況
旧ガイドラインが通知された平成3年当時,第Ⅲ相試験を国内で実施す
ることについては,①がん腫別に見ると,治験の対象となるような,手術
が難しいが治験に参加できるだけの比較的身体状態の良い対象患者が少な
いこと,②患者は保険による既存の治療を望むのが通常で,新薬のための
治験への積極的な参加を望む動機に乏しく,プラセボと新薬との比較とい
ったデザインの比較試験の実施も倫理上できない場合が少なくないこと,
③対象患者が集まりにくく症例数が限られていることから,延命効果を真
の評価項目として用いた場合には合理的な期間内での試験が困難であるこ
と,④がんに対する薬物治療の分野において比較の対象とする標準的治療
法が確立されていないといった事情が存在した。そのため,前記エ(イ)の
とおり,旧ガイドラインは,Ⅱ相承認を認めていた。
新ガイドラインが通知された平成17年当時においても,厚生労働省か
ら委託を受けた日本がん治療学会の抗悪性腫瘍薬臨床評価ガイドライン改
定委員会の委員の間では,第Ⅲ相試験の結果を承認前に提出することとす
ることについては賛否両論があり,がん腫によっては承認前に第Ⅲ相試験
を行うことが困難なものもあるとの意見も出される一方で,がん腫によっ
ては大規模な第Ⅲ相試験が可能である状況にあるとの意見も出された。
そのような議論の状況を踏まえて,前記エ(ウ)b(a)のとおり,海外の臨
床試験の結果を積極的に利用することができることを前提に,原則とし
て,第Ⅲ相試験の結果を承認前に提出することとされた。
【甲D5,乙D7,乙E18〔15頁〕,22〔22∼25頁〕,丙E48
[枝番号1]〔107∼109頁〕】
カ治験に関する原則
第3章第6の2(1)及び同第7の3(2)記載のとおり,承認審査資料とな
る臨床試験(治験)は,GCPに従って実施されたものでなければなら
ず,薬事法,GCP省令及びGCP省令を受けた各種通知により,治験に
関する原則的事項が定められていた(薬事法14条3項後段,薬事法施行
規則18条の4の3,GCP省令,「医薬品の臨床試験の実施の基準に関
する省令の施行について」平成9年3月27日薬発第430号薬務局長通
知・丙D6,「医薬品の臨床試験の実施の基準の運用について」平成9年
5月29日薬安第68号薬務局審査課長・安全課長通知・丙D7)。(な
お,次の(イ)∼(エ)がGCPである。)
(ア)治験計画の届出
治験の依頼をしようとする者は,あらかじめ,厚生労働省令で定める
ところにより,厚生労働大臣に治験の計画を届出なければならないとさ
れ(薬事法80条の2第2項),ある薬物につき初めて治験の届出をし
た場合,厚生労働大臣は,当該届出に係る治験の計画に関し保健衛生上
の危害の発生を防止するため必要な調査を行うものとされる(薬事法8
0条の2第3項後段)。
(イ)治験の依頼に関する基準
医療機関に治験の依頼をしようとする者は,GCP省令所定の治験の
依頼に関する基準に従って治験を依頼しなければならない。GCP省令
4条ないし15条は,業務手順書等の作成,毒性試験等の実施,医療機
関等の選定,治験実施計画書の作成,治験薬概要書の作成,業務の委
託,治験の契約,被験者に対する補償措置等について定める。
(ウ)治験の管理に関する基準
医療機関に治験の依頼をしようとする者は,GCP省令所定の治験の
管理に関する基準に従って治験を管理しなければならない。GCP省令
16条ないし25条は,治験薬の管理等,効果安全性評価委員会の設
置,副作用情報等の提供,モニタリング及び監査の実施,総括報告書の
作成等について定める。
(エ)治験を行う基準
治験を行う実施医療機関の長,治験責任医師等は,GCP省令所定の
治験を行う基準に従って治験を行わなければならない。GCP省令27
条ないし55条は,治験審査委員会の設置,実施医療機関の要件,治験
責任医師の要件及び責務等,被験者の同意等について定める。
(オ)秘密保持
治験の依頼をした者又はその役員若しくは職員は,正当な理由なく,
治験に関しその職務上知り得た人の秘密を漏らしてはならないとされる
(薬事法80条の2第10項)。
キ抗がん剤の有効性の指標(評価項目)
(ア)全生存期間(生存期間),生存期間中央値,時点生存割合
a全生存期間(生存期間)とは,臨床試験で延命効果を統計学的に検
証する際に用いられる指標であり,臨床試験に登録後,患者を被験薬
又は対照薬のいずれかの群に割り付けた日(割付日)から死亡するま
での期間である。
そして,全生存期間分布を特徴付ける代表値で生存期間を比較する
場合があり,その代表値として,生存期間中央値(MST:被験者の
50%が死亡するまでの期間)や,時点生存割合(試験登録から一定
の期間が経過した時点での被験者の生存割合で,1年生存割合(率)
や5年生存割合(率)等)がある。
【甲F30〔1213頁,1214頁〕,丙H9〔14頁〕】
b同評価項目の長所は,研究者の解釈や盲検化されていないことによ
るバイアスの影響を受けない評価項目として信頼性が高いこと,臨床
的有用性の適切な尺度として普遍的に受容されていること等である。
短所は,大きなサンプルサイズと長い追跡期間を必要とすること
や,自然史(投薬がなくても生じる疾病の経過)と治療効果の両方の
影響を受け,さらに治療効果につき後治療(後に行われる別の抗がん
剤治療)による影響が入り込むことから,それ自体の大きさを絶対量
として解釈することが難しいこと等がある。
【甲F30〔1213頁〕】
(イ)無増悪生存期間(PFS:ProgressionFreeSurvival)
a割付日から客観的ながんの増悪が確認された時点又は死亡のいずれ
か早い時点までの期間である。
無増悪生存期間は,旧ガイドラインが作成された平成3年当時は有
効性の評価項目として想定されていなかったが,その後の医学的知見
の発展により,生存期間という評価項目による評価は,大きなサンプ
ルサイズと長い追跡期間を必要とするため臨床試験の実施が困難であ
ることや,治療効果について後治療による影響を受けない解析や評価
が難しいといった問題が指摘される一方,無増悪生存期間が後記bの
長所を有することから,近年,生存期間の代替として無増悪生存期間
を主要評価項目とする臨床試験が多く見られるようになった。
【甲F30〔1214頁〕,丙E48[枝番号1]〔21∼22頁〕,
50[枝番号1]〔11頁〕,丙H49〔5頁,8頁〕】
b同評価項目の長所は,生存期間を主要評価項目とするより少ないサ
ンプルサイズで,短い追跡期間で足りること,治療効果につき後治療
による影響を受けないこと等である。
短所は,がん増悪の評価方法や評価間隔等の観察方法によって結果
が異なる可能性があること等があることから,腫瘍増悪の定義や観察
方法等をプロトコールで明確にすることが必要となる。
【甲F30〔1214頁〕】
(ウ)腫瘍縮小効果,奏効率
a腫瘍縮小効果とは,抗がん剤が腫瘍を縮小させる効果のことをい
い,奏効率とは,ある抗がん剤によって腫瘍縮小が観察された人の割
合をいう(なお,「抗腫瘍効果」の語が,腫瘍縮小効果と同義で使用
される場合(乙E11[16頁])がある。)。
臨床現場においては,抗がん剤による薬物治療(化学療法)の治療
効果は,主として画像診断による腫瘍縮小効果の程度により判断され
ている。
【甲F30〔1215頁〕,乙E11〔16頁〕,証人光冨主尋問〔12
頁〕】
b同評価項目の長所は,抗がん剤による治療効果以外の要素が影響す
ることは考えられないため,抗がん剤自体の効果だけを測ることがで
きること等である。
短所は,生存期間を真の評価項目とした場合,腫瘍縮小効果を代替
評価項目として用いるためには,治療効果が代替評価項目を介して臨
床的な結果につながっていることが必要となること,評価可能病変の
事前特定,評価のタイミング,画像による評価といった方法論的な難
しさがあること等である。【甲F30〔1215頁〕】
c判定基準
(a)UICC/WHO基準【甲G7,8,乙H2,3参照】
腫瘍縮小効果の測定基準については,昭和54年(1979年)
にUICC及びWHOにより二次元的な腫瘍縮小の測定法(UIC
C/WHO基準)が標準法として確立された。
(b)固形がん化学療法直接効果判定基準【乙H2,丙H43】
日本では,昭和61年(1986年),前記UICC/WHO基
準に準拠した固形がん化学療法直接効果判定基準(乙H2)が策定
された。
同判定基準では,抗がん剤治療による腫瘍の縮小率から,以下の
とおり,奏効度を①完全奏効(CR),②部分奏効(PR),③不
変(NC又はSD),④進行(PD)の4つに分け,治療を受けた
患者に対するCR及びPRの患者の割合をもって,奏効率を算出す
ることとされている。
①完全奏効(CR:CompleteResponse)
測定可能病変,評価可能病変及び腫瘍による二次元的病変がす
べて消失し,新病変の出現がない状態が4週間以上継続した場合
をいう。
②部分奏効(PR:PartialResponse)
二方向測定可能病変の縮小率が50%以上であるとともに,評
価可能病変及び腫瘍による二次元的病変が増悪せず,かつ新病変
の出現しない状態が少なくとも4週間以上持続した場合をいう。
③不変(NC:NoChange又はSD:StableDisease)
二方向測定可能病変の縮小率が50%未満,一方向測定可能病
変においては縮小率が30%未満であるか,又はそれぞれの2
5%以内にとどまり,腫瘍による二次元的病変が増悪せず,かつ
新病変の出現しない状態が少なくとも4週間以上持続した場合を
いう。
④進行(PD:ProgressiveDisease)
測定可能病変の積又は径の和が25%以上の増大,又は他病変
の増悪,新病変の出現がある場合をいう。
(c)RECIST(ResponseEvaluationCriteriainSolid
Tumors)ガイドライン【甲G7,乙H3,丙H43】
平成11年に,前記WHO基準の改訂版であるRECISTが作
成された。
平成12年(2001年)には,「固形がんの治療効果判定のた
めの新ガイドライン(RECISTガイドライン)−日本語訳JC
OG版」(甲G7,乙H3)が公表され,CT画像上の腫瘍の寸法
を計測して,ある一定の割合の腫瘍の増減を判定し,前記(b)の①
ないし④の4つに分けて評価することは,前記(a)(b)と同様であ
る。もっとも,寸法の計測方法が,二次元的な二方向測定から一方
向(最長径)測定へと変更されたことに伴い,標的病変の評価につ
いて,次のとおり表現されている。なお,非標的病変の評価の基準
及び最良総合効果の評価の決定方法も示された。
①完全奏効(CR:CompleteResponse)
すべての標的病変の消失。
②部分奏効(PR:PartialResponse)
ベースライン長径和と比較して標的病変の最長径の和が30%
以上減少。
③安定(SD:StableDisease)
PRとするには腫瘍の縮小が不十分で,かつ,PDとするには
治療開始以降の最小の最長径の和に比して腫瘍の増大が不十分。
④進行(PD:ProgressiveDisease)
治療開始以降に記録された裁縫の最長径の和と比較しって標的
病変の最長径の和が20%以上増加。
(エ)QOL(QualityOfLife),症状緩和効果
【甲F30〔1216頁〕,丙H44,45〔135,139頁〕】
aQOL調査票を用いて症状緩和や患者が報告する結果を評価項目と
するものであり,QOLの評価はQOL調査票によって行われ,QO
L調査票は,日常生活の4側面(身体的側面[身体症状],心理的側面
[精神的状態],社会的側面[社会的・家族との関係],活動的側面[活
動状況])等を主要な尺度とし,それぞれについて複数の質問をもう
けている。
QOL調査票の代表的なものはFACT−G(Fanctional
AssessmentofCancerTherapyScale-General)であり,これと9項
目の肺がんに特異的な項目(肺がんサブスケール;LungCancer
Subscale)により構成されているFACT−L(Fanctional
AssessmentofCancerTherapyScae-Lung)もある。このFACT−
Lの項目により評価されるものとして,症状緩和効果がある。
b同評価項目の長所は,患者の治療上の利益に直結する指標であるこ
とである。
短所は,患者による報告結果によるもので,主観的なものであるこ
とから,正しく測定するためには妥当性や再現性のある尺度を用いる
ことが必要となることや,多重比較(統計的多重性)の問題を統計解
析計画によって調整する必要があること,マスク化が困難であること
等である。
(オ)病勢コントロール率(DCR:DiseaseControlRate)
【甲F30〔1216頁〕,甲H18〔582頁〕,丙E34[枝番
号5の1,2]〔8頁〕,丙H18〔582頁〕】
a完全奏効(CR),部分奏効(PR),不変(SD又はNC)が得
られた患者の合計の割合をいい,不変も含めて抗がん剤の効果として
評価する指標である。
b同評価項目の長所は,がんが積極的な治療をしなければ増悪するこ
とから,化学療法によって,腫瘍縮小効果(CR又はPR)はないも
のの不変(SD又はNC)が得られた場合には,がんの増殖や進行が
抑制され,治療効果があったといえる場合があるところ,腫瘍縮小効
果による評価では過小評価されるこれらの治療効果を評価することが
できることである。
短所は,もともと進行が遅いがんでは,治療効果と関係なく不変と
判断されるため,治療効果を過大評価する危険性があることである。
(2)抗がん剤の有効性の確認方法
医薬品の有効性とは,その時点における医学的,薬学的知見を前提として
当該医薬品が治療上の効能,効果又は性能を有することであるから,抗がん
剤の有効性の確認についても,その時点における医学的,薬学的知見が判断
基準とされるべきである。
そして,承認時における抗がん剤の有効性を確認するための資料として
は,前記(1)ア,イ,カの認定事実によれば,法令上,毒性試験や臨床試験
等の各種試験成績等が規定されており,日本の医学及び薬学の分野において
は,ヘルシンキ宣言以降,新しい医薬品は,最終的にヒトを対象とする試験
すなわち臨床試験によって,有効性と安全性が確認されなければならないこ
とが共通の認識とされているものというべきであるし,昭和54年法律第5
6号による薬事法の改正において,医薬品の有効性及び安全性を確保するた
めの承認に関する規定の整備の一環として,承認審査資料として臨床試験の
試験成績に関する資料等の添付が義務付けられた経緯や,臨床試験はその試
験成績の信頼性を確保するための厳格な基準が設けられていることなどから
すれば,医薬品の有効性を確認するための中心となる資料は,臨床試験の試
験成績であるということができる。
また,現時点における医薬品の有効性を確認するための判断資料として
も,上記のとおり,臨床試験の試験成績が中心に位置付けられるべきであ
る。もっとも,後記6(1)のとおり,臨床試験の試験成績以外の各種症例報
告等についても,その証拠価値を吟味した上であれば,これを医薬品の有効
性を確認するための判断資料から除外すべき理由はない。
(3)臨床試験の評価方法(判断基準)について
ア旧ガイドラインにおけるⅡ相承認について
(ア)旧ガイドラインの合理性について
前記(1)イないしオの認定事実によれば,承認審査資料の中の試験に
関するものについては,その信頼性を確保する基準となる指針が試験群
ごとに定められており,一般的な医薬品の臨床試験の指針として一般指
針や統計的原則等が定められている。
旧ガイドラインは,抗がん剤についての臨床試験の指針として,臨床
試験がその時点における医学薬学等の学問水準に基づいて適正に実施さ
れることを確保するという合理的な目的から定められたものである。す
なわち,旧ガイドラインは,がん専門医らにより構成された委員会によ
る検討を経て平成3年2月に作成されたものであって,当時の抗がん剤
治療の分野における医学的・薬学的知見が反映されたものということが
できる。その後平成17年11月に,抗がん剤の新薬の開発・審査を巡
る状況に大きな変化が認められたとして旧ガイドラインが改訂され,新
ガイドラインが定められるまでの間,旧ガイドラインが前提としていた
医学的,薬学的知見は合理性を有していたものというべきである。
(イ)Ⅱ相承認について
前記(1)イないしオの認定事実によれば,旧ガイドラインでは,第Ⅱ
相試験が,腫瘍縮小効果(抗腫瘍効果)を中心に評価するもので,比較
試験によることは要求されていないのに対し,第Ⅲ相試験が,延命効果
を中心に評価するもので,新抗悪性腫瘍薬の単独又は併用療法と適切な
対照群との比較試験であることを前提に,第Ⅱ相試験までの結果により
承認を得ることを可能とし,第Ⅲ相試験については,承認時までにその
試験計画書を提出することで足り,その試験成績は承認後に提出するこ
とを認める方法(Ⅱ相承認)が採られていた。
このようなⅡ相承認が認められた理由は,第Ⅲ相試験が予定するがん
腫ごとの比較臨床試験の実施に関しては,旧ガイドラインが通知された
平成3年当時,がん腫ごとに治験の対象患者が集まりにくく,症例数も
限られている上,プラセボと新薬との比較臨床試験が倫理上できない場
合があり,また,がんに対する化学療法の分野において比較の対象とす
る標準的治療法が確立されていないなどの事情が存在し,第Ⅲ相試験が
予定する比較臨床試験により延命効果を検証するには相当の時間を要す
る状況にあったことにある。その後の新ガイドラインが通知された平成
17年11月ころには,がん腫によっては,対象患者や症例数において
国内で大規模な第Ⅲ相試験が可能な状況が生じ,さらに海外の臨床試験
の結果を利用することが可能になったことなど新薬の開発・審査を巡る
状況に大きな変化があったというのである。
また,現在においても,臨床現場においては,抗がん剤による化学療
法の治療効果は,主として画像診断による腫瘍縮小効果の程度により判
断されていることに加え,後記(4)イの認定・判断のとおり,新ガイド
ラインが通知された平成17年11月ころまでは,腫瘍縮小効果と延命
効果との間には合理的な相関関係があり,第Ⅱ相試験において一定の腫
瘍縮小効果が認められた場合には,一定の延命効果があることを合理的
に予測することが可能であると考えられていたというのである。
そうすると,旧ガイドラインが通知された平成3年当時以降平成17
年11月ころまでの間は,Ⅱ相承認は,その必要性が高く,当時の医学
的,薬学的知見に照らして合理性を有するものであったということがで
きる。
(ウ)小括
以上によれば,平成14年7月時点においては,承認前には,必ずし
も比較試験が実施されることは不可欠ではなく,腫瘍縮小効果(抗腫瘍
効果)を代替評価項目として有効性を評価するとされていたことに合理
性があったものというべきである。
また,前記(1)認定の事実及び後記(4)イの認定・判断を総合すれば,
第Ⅲ相試験においては,臨床試験の試験成績,症例報告等を考慮した
上,延命効果を検証するために生存期間(生存期間中央値,時点生存割
合)や無増悪生存期間を主要評価項目とし,主要評価項目において標準
的治療法に対して優越性が証明された場合,又は標準的治療法との同等
性が証明され,QOL,症状緩和効果等の代替評価項目を総合的に考慮
して,第Ⅲ相試験の対照群とされた標準的治療法よりも治療上の利益が
大きいことが認められた場合には,当該医薬品には有効性が認められ,
当該医薬品は標準的治療法に組み込まれるべきであると判断される。も
っとも,腫瘍縮小効果と延命効果との間には合理的な相関関係があり,
第Ⅱ相試験において一定の腫瘍縮小効果が認められた場合には,一定の
延命効果があることを合理的に予測することが可能であると考えられて
いたことが前提であるから,標準的治療法を対照群とした第Ⅲ相試験に
おいて仮に優越性ないし非劣性が統計学的に証明されなかったとして
も,当該医薬品自体の有効性が直ちに否定されるものではなく,承認後
に判明した医学的,薬学的知見,臨床試験の試験成績や症例報告等によ
り承認時に肯定された有効性が欠けると認められる場合に,当該医薬品
の有効性が否定されるものであるというべきである。
イ原告らの主張
原告らは,旧ガイドラインによるⅡ相承認の考え方は採用できないと
し,その理由として,①一般指針がⅢ相承認を前提としていること,②Ⅱ
相承認の考え方に合理性がなく,旧ガイドラインは厚生省の政策にすぎな
いこと等を主張する。
しかし,前記①についてみると,前記(1)イないしエの認定事実によれ
ば,一般指針の基礎となった旧一般指針では,医薬品の臨床試験のデザイ
ン,実施,解析等に関する一般的な原則を示すことなどを目的とし,個々
の薬物については各薬効群ごとの臨床評価方法に関するガイドラインを参
考にすることが望ましいとされており,この点は旧一般指針を基礎に作成
された一般指針でも同様とされ,平成3年に通知された旧ガイドライン
は,平成10年に一般指針が通知された後も維持されていたのであるから
(乙D4〔別紙「試験の指針」7項〕),一般指針において第Ⅲ相におけ
る試験により承認が予定されているとしても,抗がん剤において旧ガイド
ラインに従って第Ⅱ相試験により承認することは,一般指針自体が予定し
ていたものと解するのが相当である。
原告らの主張の②についてみると,前記ア(ア)の認定・判断のとおり,
旧ガイドラインは,一般指針や統計的原則と同様,臨床試験がその時点に
おける医学薬学等の学問水準に基づき,適正に実施されることを確保する
という合理的な目的から定められたものであって,当時の抗がん剤治療の
分野における医学的・薬学的知見が反映されたものであって,新ガイドラ
インが定められるまでの間,旧ガイドラインが前提としていた医学的,薬
学的知見は合理性を有していたものというべきである。
以上のとおりであるから,原告の前記各主張は理由がない。
(4)有効性の指標(評価項目)について
ア抗がん剤の有効性の評価における真の評価項目と代替評価項目
前記第3章第3の1(3)の事実及び第5章第2の2(1)ウ,エ,キの認定
事実によれば,真の評価項目とは,患者の最終的な治療上の利益に直接関
係する指標を評価する項目であるところ,抗がん剤による治療を受けるが
ん患者にとっての治療上の利益とは,延命効果が得られることはもちろ
ん,その間の肉体的苦痛の軽減や精神的満足度等というQOLもまた治療
上の利益に他ならないというべきである。したがって,抗がん剤の有効性
の評価における真の評価項目は,本来,延命及びQOLであるというべき
である(甲H18〔581頁〕参照)。
第5章第2の2(1)ウによれば,旧ガイドラインでは,患者の治療上の
利益が延命及びQOLであることを前提にしつつも,延命を最も重視し,
第Ⅲ相試験では延命効果等を中心とした臨床効果を検討することとされ,
生存率,生存期間を主要評価項目とし,他の適切な評価項目としてQOL
等を求め,上記主要評価項目で同等性が証明された場合は,QOLの改善
(患者の肉体的苦痛の軽減,精神的満足度等)等の有用性が示される必要
があるとされる。このように,旧ガイドラインは,治療上の利益のうち延
命効果を中心とし,QOLを副次的なものとして位置付けていたと認めら
れる。新ガイドラインにおいても,上記の治療上の利益に関する評価項目
の位置付けは異ならないと認められる(甲D35〔35,48頁〕,乙D
7〔Ⅳの1,注4〕,乙D5〔9頁〕参照)。
このように,旧ガイドラインにおいては,主たる真の評価項目は延命利
益であるとされていたが,延命利益を直接評価する生存期間という指標
(評価項目)は,大きなサンプルサイズと長い追跡期間を必要とすること
から臨床試験の実施が困難であることや,治療効果について後治療による
影響を受けない解析や評価が難しいといった問題がある。そこで,第Ⅱ相
試験及び第Ⅲ相試験の特性に応じ,特定の評価項目が生存期間を間接的に
評価する指標として適切である場合には,代替評価項目として主要評価項
目とすることができるとされていたのである(第5章第2の2(1)ウ(ア)
d)。
イ第Ⅱ相試験における有効性の評価(生存期間と腫瘍縮小効果)
(ア)後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,腫瘍縮小効果(奏効率)と生
存期間(延命効果)との関係に関する医学的知見は,以下のとおり認め
られる。
aBUYSEら「反応と生存の関係について」(STATISTICSINMEDICINE
平成8年(1996年):甲H61[枝番号1,2])
生存期間と反応の関係を調査するために使用されているいくつかの
アプローチについて検討したものである。
腫瘍縮小効果から延命効果を予測するという分析方法は,患者の持
つ予後因子(全身状態(PS),喫煙歴,治療組入期間等)を予め均
質に各被験群に振り分けること(無作為化)をしないで,群を単純比
較すると,各群の予後因子の差異の影響により見かけ上の違いがもた
らされてしまうという問題があることに加え,群としてデータを用い
た解析をした場合,当該群を構成する個別患者における個体差が捨象
されてしまうという問題がある等重大な統計学的な問題があるとして
いる。【甲H61〔2∼6,12頁〕】
b西條長宏ら「非小細胞肺癌の第Ⅱ相臨床試験における新規細胞毒性
剤の評価法としての奏効率」(AnnalsofOncology:平成10年
(1998年)10月,乙H38[枝番号1,2])
昭和51年(1976年)から平成7年(1995年)までに行われた非
小細胞肺がんに対する単一薬剤による176件の第Ⅱ相試験の結果に
ついて,西條ら国立がんセンターのグループが,生存期間中央値と奏
効率との間の統計学的な相関関係を検証したものである。
他の変数を補正後,生存期間中央値(MST)と奏効率との間に有
意な相関関係が認められたとした。
【乙H38[枝番号2]〔5頁〕,乙E19〔20∼21頁〕,乙E2
0〔62∼64頁〕】
cT.TimothyChenら「進行期小細胞肺癌の第Ⅲ相試験のための化学
療法レジメン選択のモデル」(JounaloftheNationalCancer
Institute,平成12年(2000年)10月,甲H27[枝番号1,
2])
昭和47年(1972年)から平成2年(1990年)までの間に開始さ
れた進行期の小細胞肺がん患者を対象とした21の第Ⅲ相試験の結果
についての情報を再検討し,第Ⅱ相試験を基にその後の第Ⅲ相試験に
用いる化学療法レジメンを選択する際の一助とするための統計学的モ
デルの作成を試みたものである。
第Ⅱ相試験で有望と思われた試験レジメンが第Ⅲ相試験で標準的治
療に比較して生存期間の延長につながることが稀にしかないことが明
らかとなったとし,少なくとも進行期小細胞肺がんに関しては,第Ⅱ
相試験の患者で得られた奏効率が,第Ⅲ相の試験結果の至適予知因子
とならないのではないかということを示唆した。
【乙E27[枝番号2]〔1,7頁〕】
d西條長宏ら「分子標的治療薬の臨床評価法に関する問題点」(「血
液・腫瘍科」:平成16年(2004年),甲H18)
分子標的治療薬の特性を考慮し,従来の抗がん剤の臨床評価法がそ
のまま当てはまるかについて適切に考慮する必要性を指摘したもので
ある。
従来の抗がん剤の臨床試験が,腫瘍縮小効果によって生存期間延長
やQOL改善がもたらされるという前提に基づいてデザインされてき
たことを前提に,従来の抗がん剤でも,第Ⅱ相試験での奏効率の大小
では第Ⅲ相試験での生存期間の延長を予測できないことが指摘されて
いること,分子標的治療薬の主眼が短期間の腫瘍縮小効果よりも長期
間の増殖抑制効果に置かれていること等から,分子標的治療薬では奏
効率のみでの評価では不十分であり,その特性に即したエンドポイン
トを別に設定する必要があるとした。
【甲H18〔579∼582頁〕,乙E20〔65頁〕】
e福岡正博ら「進行性非小細胞肺癌の二次治療において,上皮成長因
子受容体チロシンキナーゼ阻害剤と殺細胞性抗癌剤との間で,病勢安
定を達成する上での重要性に差はあるか」(JournalofThoracic
Oncology:平成18年(2006年)9月,丙E34[枝番号5の1,
2])
平成8年(1996年)から平成16年(2004年)までに結果が報告
された合計54の非小細胞肺がんのセカンドラインにおける臨床試験
結果を集め,統計学的な解析を行い,病勢安定(不変・SD)が延命
効果に繋がるか否かを検討するとともに,奏効(完全奏効[CR]及び
部分奏効[PR])と延命効果との関連性についても検討したものであ
る。
病勢安定(不変:SD)及び奏効ともに,奏効率と延命との間に,
統計学的に有意な関連性が認められた。もっとも,全生存期間の延長
との関連性は病勢安定よりも奏効の方がより強く,延命効果を得るた
めには奏効率を得ることがより重要であるとした。
【丙E33〔7頁〕,丙E34[枝番号5の2]〔1,6∼7頁〕,証
人福岡主尋問〔30∼31,83∼84頁〕,反対尋問〔31∼3
3頁〕】
fP.Bruzziらによる研究報告「非小細胞肺癌における延命の代替エ
ンドポイントとしての化学療法奏効率:個別患者データにおけるメタ
アナリシスの結果」(米国腫瘍学会(ASCO):平成19年(2007
年)6月,乙H46)
進行性非小細胞肺がんについて,抗腫瘍効果(奏効率)を延命の代
替エンドポイントとすることの妥当性を評価するため,9つの臨床試
験における患者2525例についてメタアナリシスにより分析したも
のである。
完全奏効(CR)及び部分奏効(PR)の患者それぞれについて,
抗腫瘍効果(奏効率)が延命効果(生存期間)と相関しているとさ
れ,奏効率は延命の予測因子として極めて高い有意性を示しており,
進行性非小細胞肺がんにおいては,化学療法による抗腫瘍効果の達成
が延命効果と関連するとの仮説が裏付けられたとした。
【乙H46[枝番号2]〔1頁〕,丙E33〔7頁〕】
gPrimoN.LaraJrら「進行性非小細胞肺癌における,8週時の病勢
コントロール率による臨床的利益の予測:SWOG無作為化試験の成
績」(JournalofClinicalOncology:平成20年(2008年)1
月,乙H40)
米国腫瘍学会(ASCO)の機関誌に掲載されたものである。
SWOGによるプラチナ製剤ベース化学療法についての3件の無作
為化試験に登録された非小細胞肺がん患者984例の成績に基づい
て,奏効率,登録後8週,14週,20週時の生存率を検討すること
により,完全奏効(CR)及び部分奏効(PR)からなる腫瘍縮小効
果(奏効率)と延命効果との相関性を検証するとともに,進行性非小
細胞肺がんにおいては,多くの患者が不変(SD)か進行(PD)に
分類されることを考慮し,CR,PR,SDからなる病勢コントロー
ル率(DCR)が生命予後の予見因子であることを検証したものであ
り,症例数が約1000例と多く,1例ずつの症例報告に立ち返って
検討が行われたものである。
8週時に奏効を達成した患者は,非達成者よりも,生存期間が有意
に長く,14週及び20週の結果には上記8週時のものと比べて重要
な新知見は見られなかったとされ,さらに,進行性の非小細胞肺がん
では,8週時の病勢コントロール率(DCR)は奏効率よりも強力な
生命予後の予見因子であることを示唆した。
【乙H40[枝番号2]〔1,7頁〕,乙E20〔134∼135
頁〕】
hKatherineR.Birchardら「進行した病期の非小細胞肺がんに対す
る治療における腫瘍サイズの初期変化は生存期間と相関しない」
(Canser:平成21年(2009年)2月,甲H67[枝番号1,2])
平成15年(2003年)に進行性非小細胞肺がんの治療のために来
院し,治療前後にコンピューター断層写真(CT)検査を受け,結果
が精査できた合計99例の患者を対象に,腫瘍縮小効果と生存期間の
関係を検証したものである。
初期の腫瘍縮小効果と生存期間との間には明確な関係は認められ
ず,腫瘍サイズのなんらかの最初の縮小があった患者でも,初期に腫
瘍進行が見られた患者と比べて生存期間に有意差はなかったとし,進
行性非小細胞肺がん患者においては,腫瘍サイズの初期変化と生存期
間の間に関係が存在することを示す証拠はないとした。
【甲H67[枝番号2]〔1∼2頁〕】
iWolfgangA.Weber「治療による腫瘍縮小効果の評価」(THE
JOURNALOFNUCLEARMEDICINE:平成21年(2009年)5月,甲H6
6[枝番号1,2])
CTによる二次元的な腫瘍縮小効果の評価の困難性を指摘し,陽電
子放出断層撮影(PET)による分子イメージングとブドウ糖の類似
体F標識FDGPET(F−FDGPET)が正確に腫瘍縮小効果の
評価できる可能性を示唆するものである。
治療後腫瘍が縮小しても,他の腫瘍特性が好ましくない場合は,必
ずしも良好な予後が予測されないとし,進行性非小細胞肺がん患者を
対象として,化学療法後の腫瘍サイズの変化と生存期間の変化の相関
関係を評価したLaraJr論文(前記g)とBirchard論文(前記h)
を紹介した上で,非小細胞肺がんのように急速に増殖する腫瘍におい
てさえ,腫瘍縮小効果と転帰間の相関関係は完璧からほど遠いことを
示しているとした。これに対し,F−FDGPETによれば,残存す
る生存腫瘍組織を治療によって誘発された壊死及び線維症から正確に
区別することができ,CT検査上は残存腫瘍塊が見られても,治療に
よる良好な縮小効果が見られる患者を特定することができ,そのよう
な患者の予後が良好であることを指摘している。(甲66[枝番号2]
〔7∼8,11頁〕)
(イ)第Ⅱ相試験で腫瘍縮小効果(奏効率)を代替評価項目とすることの当

a前記(1)ウ,エ,キの認定事実によれば,代替評価項目が真の評価
項目を間接的に評価する指標として適切であるというためには,代替
評価項目を使うことにより,十分合理的に臨床上の結果を予測しうる
場合又は臨床上の結果を予測しうることがよく知られている場合であ
ることが必要であり(一般指針),具体的には,①代替評価項目と臨
床的結果の関連の生物学的合理性,②代替評価項目が臨床的結果の予
後を予測する上で有益であると疫学研究によって示されていること,
③臨床治療の代替評価項目に対する効果が臨床的効果と対応している
という臨床結果があることが必要である(統計的原則)。
原告らは,(a)腫瘍縮小効果と生存期間との間に相関関係があると
いうだけでは,腫瘍縮小効果を代替評価項目とすることが適切である
ということはできず,腫瘍縮小効果(代替評価項目)が生存期間(臨
床的効果)に対する最終的な効果を十分に捉えられるものである必要
がある,(b)第Ⅱ相試験の評価項目はスクリーニング目的で設定され
たものであるから,奏効率は延命効果の予測の精度を一定程度犠牲に
することを予定したものであり,Ⅱ相承認制度は,腫瘍縮小効果から
延命効果を合理的に予測できることを前提とした制度設計ではなかっ
た旨主張する。
しかし,前記(a)についてみると,代替評価項目が臨床的効果に対
する最終的な効果を十分に捉えられるものであるか否かは,代替評価
項目と臨床的効果との相関関係の程度によっても異なるというべきで
あり,前記①∼③の要件を満たし,代替評価項目と臨床的結果との間
に有意な相関関係が認められる場合には,当該代替的評価項目は適切
であると評価することができるというべきである。また,前記(b)に
ついてみると,第Ⅱ相試験の目的の一つに期待有効率以上の効果がな
ければ有用な抗悪性腫瘍薬としては認められず第Ⅲ相試験も行わない
という意味において,スクリーニング目的があったとしても,第Ⅱ相
試験が腫瘍縮小効果から延命効果を合理的に予測できることを前提と
していたこととは何ら矛盾しない。なお,Ⅱ相承認の制度において,
承認後にさらに第Ⅲ相試験を行うことが予定されているのは,承認前
に代替評価項目から真の評価項目を合理的に予測した場合であって
も,承認後に真の評価項目を直接評価することができる条件が整った
時点において,第Ⅲ相試験により上記予測の合理性を確認することが
望ましいとの考え方に基づくものであるから,この点も,第Ⅱ相試験
が代替評価項目から真の評価項目を合理的に予測できることを前提と
していたことと矛盾しない。
b前記aの①(代替評価項目と臨床的結果の関連の生物学的合理性)
は,前提事実(前記第3章第2の1(1),(3))及び前記(1)キの認定
のとおり,がんとは,遺伝子変異を起こしたがん細胞が,無制限かつ
無秩序に増殖し,浸潤や転移をすることによって,浸潤・転移先の器
官や臓器に機能障害をもたらし,最終的には患者を死に至らしめる疾
患であるから,がん細胞の縮小又は消滅があれば,増殖,浸潤,転移
といったがんの進行を遅らせ,その結果として患者の死を遅らせるこ
とができると考えるのが合理的であることに加え,臨床現場において
は,抗がん剤による化学療法の治療効果は,主として画像診断による
腫瘍縮小効果の程度により判断されていることに照らせば,腫瘍の縮
小が延命につながると考えることには,生物学的な合理性があるとい
うべきである。
c前記aの②(代替評価項目が臨床的結果の予後を予測する上で有益
であると疫学研究によって示されていること)及び③(臨床治療の代
替評価項目に対する効果が臨床的効果と対応しているという臨床結果
があること)は,前記(ア)認定の研究報告には,腫瘍縮小効果と生存
期間との統計学的な相関関係について,臨床試験の結果を基に検証し
た研究報告として,平成14年7月以前には前記イ(ア)bの西條ら論
文(平成10年)及び前記イ(ア)cのChen論文(平成12年)があ
り,平成14年7月以降には前記イ(ア)eの福岡論文(平成18
年),前記イ(ア)fのBruzzi報告(平成19年),前記イ(ア)gの
LaraJr論文(平成20年)及び前記イ(ア)hのBirchard論文(平成
21年)がある。また,腫瘍縮小効果と生存期間との統計学的な相関
関係について,臨床試験の結果を基に検証したものではないが,一定
の問題点を指摘した論文として,平成14年7月以前には前記イ(ア)
aのBUYSE論文(平成8年)があり,平成14年7月以降には前記イ
(ア)dの西條論文(平成16年)及び前記イ(ア)iのWeber論文(平成
21年)がある。
平成14年7月以前の研究報告についてみると,前記イ(ア)bの西
條論文(平成10年)は,臨床試験176件という十分な母数を対象
として,奏効率と生存期間中央値(MST)との間に有意な相関関係
が認められたというのであり,生存期間中央値は全生存期間分布を特
徴付ける代表値であるから,奏効率と生存期間との間に有意な相関関
係があることを示すものいえる。これに対し,前記イ(ア)cのChen論
文(平成12年)は,進行期小細胞肺がんに関して,第Ⅱ相試験の患
者で得られた奏効率が,第Ⅲ相の試験結果の至適予知因子とならない
ことを示唆したものであって,非小細胞肺がんに関する考察とは異な
るものである。前記前記イ(ア)aのBUYSE論文は,腫瘍縮小効果から
延命効果を予測するという分析方法について否定的な見解を示すが,
延命効果を真の評価項目とし,腫瘍縮小効果を代替評価項目とした場
合の統計学的分析の問題点を指摘するものであって,腫瘍縮小効果が
延命効果を予測する上で有益であること自体を否定するものではな
い。
なお,原告らは,平成11年(1999年)に掲載された,福岡正博
らの論文「非小細胞肺癌の治療戦略」(甲H10)において,試験結
果として挙げられている合計12の比較試験のうち,5つの試験にお
いて,より高い奏効率が見られた群において,生存期間中央値(MS
T)が短くなるというねじれ現象が報告されている旨主張する。しか
し,そこで挙げられている比較試験は,いずれも症例数が200例前
後と少なく,生存期間中央値(MST)を検証するに十分なものであ
ったということはできない。
さらに,平成14年7月以降の研究報告をみると,前記イ(ア)eの
福岡論文(平成18年),前記イ(ア)fのBruzzi報告(平成19
年),前記イ(ア)gのLaraJr論文(平成20年)は,腫瘍縮小効果
(奏効率)と延命効果との間には相関関係があるとした。特に,前記
イ(ア)gのLaraJr論文(平成20年)は,前記イ(ア)aのBUYSE論文
(平成8年),前記イ(ア)dの西條らの論文(平成16年)等によ
り,延命効果を真の評価項目とし,腫瘍縮小効果を代替評価項目とし
た場合の,予後因子バイアス(一般に,各患者の有する予後因子(全
身状態[PS],喫煙率,治療組入期間等)を予め均等に各被験群に振
り分けないで試験を実施し,各群を単純比較すると,各群の予後因子
の差異の影響により,見かけ上の違いがもたらされてしまうこ
と。),タイムバイアス(奏効者については,奏効が観察されるまで
生存していることが必要となることから,治療による延命効果の有無
に関係なく,非奏効者よりも生存期間が長くなるというバイアス)等
による統計学的分析の困難性が指摘されていたことを踏まえ,約10
00症例という十分な母数を対象に,1例ずつの症例報告に立ち返っ
て検討を行うことにより,予後因子バイアスの影響を少なくするよう
配慮される等,その分析結果も信頼性の高いものということができ
る。
前記イ(ア)hのBirchard論文(平成21年)では,初期に腫瘍進行
が見られた患者と比べて生存期間に有意差はなかったとされている
が,対象とされた症例が約100症例と少ないことから,腫瘍縮小効
果と生存期間との関係を検証するには十分な比較であったということ
はできない。
なお,近年,腫瘍縮小効果(CR及びPR)ではなく,これにSD
を加えた病勢コントロール率と生存期間との相関関係や,腫瘍の測定
方法としてCTによる二次元的な測定ではなくF−FDGPETによ
り残存腫瘍塊とは区別された治療による良好な縮小効果を測定する方
法により得られた結果と生存期間との相関関係を検討すべきであると
の見解も現れているが,これらは,腫瘍縮小効果から生存期間を合理
的に予測することができるとの見解と矛盾するものではない。
したがって,平成14年7月当時,代替的評価項目である腫瘍縮小
効果が臨床結果の予後(延命効果)を予測する上で有益であるとの研
究成果が存在し,また,臨床治療の代替評価項目に対する効果が臨床
的効果と対応しているという研究成果も存在していたと認めるのが相
当である。
d以上によれば,平成14年7月当時においては,腫瘍縮小効果が生
存期間との間に合理的な相関関係があるとの医学的知見が一般的であ
ったと認めることができ,腫瘍縮小効果は,生存期間を予測する上で
信頼性のある代替評価項目であったと認めるのが相当である。
ウ第Ⅲ相試験における有効性の評価(生存期間,無増悪生存期間,QOL
等)
(ア)生存期間(生存期間中央値,時点生存割合)
前記(1)ウ,エ,キの認定事実によれば,統計的原則によれば,主要
評価項目は,通常,真の評価項目(患者の最終的な治療効果に直接関係
する指標を評価するもの)を用いるものとされており,旧ガイドライン
は,第Ⅲ相試験について,延命効果を中心に評価するものであって,主
要評価項目を生存率,生存期間とするとしていた。
そして,生存期間中央値(MST)と時点生存割合のいずれも,全生
存期間分布を特徴付ける代表値で生存期間を比較する場合に使用される
指標であるというのであるから,第Ⅲ相試験においてこれらの指標によ
り延命効果を評価することには合理性があると認める。
(イ)無増悪生存期間
a前記(1)ウ,エ,キの認定事実によれば,無増悪生存期間は,割付
日から客観的ながんの増悪が確認された時点又は死亡のいずれか早い
時点までの期間であり,延命利益そのものを直接評価する指標である
ということはできない。
しかし,旧ガイドラインが作成された平成3年当時,延命効果を直
接検証することができる評価項目としては,無増悪生存期間は想定さ
れていなかったが,その後の医学的知見の発展により,無増悪生存期
間は,後治療による影響を受けないこと,生存期間を主要評価項目と
するより少ないサンプルサイズで短い追跡期間で足りることなどか
ら,近年,無増悪生存期間を代替評価項目とする臨床試験が多く見ら
れるようになったというのである。
bそこで,第Ⅲ相試験において適切な代替評価項目を主要評価項目と
することの当否についてみると,旧ガイドラインの第Ⅲ相試験では生
存率,生存期間を主要評価項目とするとされ,旧ガイドライン作成時
には代替評価項目を主要評価項目とすることは想定されていなかった
と考えられるが,旧ガイドラインの作成後に広く用いられるようにな
った適切な代替評価項目を主要評価項目とすることは,医学薬学の学
問水準に基づいて適正に臨床試験が実施されることを確保するとの旧
ガイドラインの趣旨に反するものではないというべきであるし,ま
た,新ガイドラインが,代替評価項目を主要評価項目とすることがで
きるとの最近の知見に基づいて,主要評価項目を,「生存率,生存期
間」とせず,「生存率,生存期間等」との記載をしていることも併せ
考慮すると,旧ガイドライン下における第Ⅲ相試験においても適切な
代替評価項目を主要評価項目とすることは許容されるというべきであ
る。
次に,無増悪生存期間が延命利益(生存期間)を評価するための適
切な代替評価項目であるかについてみると,前記2(1)認定の事実の
とおり,代替評価項目を用いることができるのは十分合理的に臨床上
の結果を予測しうる場合又は臨床上の結果を予測しうることがよく知
られている場合であることが必要であるところ(一般指針),近年,
無増悪生存期間を代替評価項目とする臨床試験が多く見られるように
なったこと,また,分子標的治療薬は腫瘍の増殖抑制効果に主眼を置
くという性質を有するものであるから(前記第1の1),無増悪生存
期間が臨床上の結果であるといえることを併せ考慮すると,無増悪生
存期間は,無増悪生存期間が延命利益(生存期間)を評価するための
適切な代替評価項目であるとすることには十分な合理性がある。
以上によれば,第Ⅲ相試験において,無増悪生存期間を適切な代替
評価項目として主要評価項目とすることは許容されるというべきであ
る。もっとも,無増悪生存期間は,新しい評価項目であって,進行性
肺がん治療の評価指標としては確立されていないとの指摘もあること
(乙E18〔10頁〕)からすれば,その試験結果については慎重な
評価が必要となるものと考えられる。
c原告らは,無増悪生存期間は,生存期間の代替評価項目であるとし
ても,結局,腫瘍縮小効果とその継続期間を見ているにすぎないこと
から,腫瘍縮小効果と同様の問題点がある旨主張する。
しかし,腫瘍縮小効果と無増悪生存期間とは,その概念が異なるも
のである上,分子標的治療薬が増殖抑制効果に主眼を置くという性質
を有することからすれば,無増悪生存期間を代替評価項目として用い
る場合に腫瘍縮小効果と同様の問題があるということはできない。
(ウ)QOL,症状緩和効果等
前記(1)エ,キの認定事実及び前記(4)アの認定・判断によれば,旧ガ
イドラインでは,主要評価項目(生存率,生存期間)以外の他の適切な
エンドポイントとしてQOL等を求め,これらに対し,何らかの有用性
が示される必要があるとされ,上記主要評価項目で同等性が証明された
場合は,他の特性,例えばQOLの改善(患者の肉体的苦痛の軽減,精
神的満足度等)などの有用性が示される必要があるとされており,QO
Lだけを評価項目として延命効果を評価項目としないとすることはでき
ず,QOLは副次的評価項目として位置付けられたと認められる。
したがって,第Ⅲ相試験の延命効果を中心とした評価においては,前
記主要評価項目で同等性が証明された場合に,これに付加してQOL,
症状緩和効果等についても評価することが許容されると解するのが相当
であり,主要評価項目において同等性等が証明されない場合に,QO
L,症状緩和効果等のみによって有効性があると評価することはできな
いというべきである。
3非小細胞肺がんに関する知見とその治療法の進展
(1)肺がんと非小細胞肺がんの病態と特色
前提事実(前記第3章第2の2)並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,
肺がんと非小細胞肺がんの特色・病態については以下のとおり認められる。
ア肺がんの病態と特色
(ア)肺がんの病態
【乙E11,19,乙H3,41,丙H1,2[枝番号5],7】
a発症に関連する病態
肺がんは,気管,気管支,肺胞の細胞が正常な機能を失い,無秩序
に増えることにより発生する。
肺がん死亡率は喫煙者が非喫煙者に比較して男性で4∼5倍,女性
で2∼3倍であって,喫煙は,他の危険因子に比べて高い(肺がんの
中でも,小細胞肺がんや扁平上皮がんは,特に喫煙との関連が深いと
考えられている。)。また,肺がん患者には男性喫煙者が多いことか
ら,肺がんの発症は,喫煙と関係が深いと考えられているが,近年で
は非喫煙者や女性に肺がんが発症する例も増加している。
また,肺がんを発症する割合は加齢とともに増加し,70歳代での
発症が多い。
肺がんは,多様な遺伝子変化を伴っており,その解明が徐々に進め
られているが,細胞ががん化する機序はいまだ判明していない。
b進行に関連する病態
肺がんは,他のがんと比べて,原発巣が小さなうちから,転移を起
こしやすいことが特徴である。肺がんの転移先は肺の他の部位が多い
が,血行性又はリンパ行性に多臓器転移を起こし,特に脳,骨,肝臓
や副腎などに転移しやすく,早期に全身化する。
(イ)肺がんの経過と症状
【乙H3,8,9∼11,丙E33,50[枝番号1],丙H1,3,
5,6,証人工藤主尋問〔44∼46,48∼50頁〕】
肺がんは,腫瘍の生じる部位や進行度によって症状が様々であるが,
一般的には,早期肺がんでは自覚症状に乏しく,病期がⅠ,Ⅱ期(別紙
1参照)のものでは約60%が無症状である。
がんが生じた場所による分類でみると,肺門型肺がんでは早期に咳や
血痰が出やすいが,肺野型肺がんでは早期にはほとんど自覚症状がな
く,周囲の組織に浸潤又は転移することにより症状が現れ,症状が出た
ときには既に進行していることが多い。
病理組織型分類でみると,小細胞肺がんでは,特に転移が早いため,
咳,血痰や胸痛などの自覚症状が出た時点では,既に肺がんが進行して
いる場合が多い。
肺がんは,浸潤,転移などの進行にしたがって,合併症を含めた多彩
な症状を示し,全身の生理学的機能に障害を及ぼす。
a原発巣及び肺内転移による症状
原発巣及び肺内転移による症状には,次のようなものがある。
(a)咳,息切れ,呼吸困難,呼吸不全,低酸素血症等の呼吸器症状
非小細胞肺がんの初期症状は,咳や息切れなどであり,がんが進
行し,原発巣のがん細胞が増殖し,肺内で転移すると,呼吸困難に
陥り,呼吸不全や低酸素血症となる。
呼吸不全は,肺胞に生じたがんの腫瘍が増大することにより,酸
素と二酸化炭素の交換をする喚気面積が減少し,増大した腫瘍が気
道を圧迫ないし閉塞し,空気が肺胞に入ってこなくなることによっ
て生じる。
(b)血痰,喀血等の出血症状
非小細胞肺がんの初期症状には,腫瘍表面からの出血に起因する
血痰がみられることが多い。腫瘍が進展により,肺動脈からの出血
で喀血し,短時間で死亡することがある。
(c)肺塞栓症等
肺内の血管に腫瘍が及んで,完全に血液の流れが途絶した場合
や,肺内の血管が腫瘍に圧迫された場合には,血管内に血栓ができ
ることがあり,肺塞栓症又はこれと同じ病態となることがある。
(d)閉塞性肺炎等の感染症
気管支の内腔が狭くなり,空気の出入りが悪くなると,空気が浄
化できなくなるため,細菌等の感染が起きやすくなり,閉塞性肺炎
と呼ばれる感染性の肺炎を引き起こすことがある。
b局所浸潤による症状
肺がんは,周囲の組織に浸潤することにより,以下のような症状を
引き起こす。
(a)胸痛,嚥下困難
がん細胞が胸膜,肋骨や神経に浸潤すると,胸痛を生じることが
あり,食道に浸潤し,又は食道周囲の縦隔リンパ節に転移して食道
を圧迫し,嚥下障害が起きることがある。
肺動脈等を圧迫することにより,顔が腫れたり,上肢の浮腫が起
こることがある。
(b)がん性リンパ管症
がん性リンパ管症は,気管の周りのリンパ管の中にがん細胞が侵
入し,リンパ管内を主体にがんが広範に拡がったものをいう。
リンパ管内にがんが増大することで,リンパ管の閉塞が生じ,肺
胞壁などの間質に水分が漏出してガス交換が障害される。がんの浸
潤により,間質の線維化が進行し,さらにガス交換が障害される。
(c)がん性胸膜炎,がん性心膜炎
がんの進行によって,がん細胞が胸膜に浸潤すると,がん性胸膜
炎を起こし,多量の胸水が溜まって呼吸困難を生ずることがある。
がん細胞が心膜に浸潤すると,がん性心膜炎を起こし,心臓と心臓
を包む膜の間に液体(心のう水)が溜まり,肺や心臓を圧迫して,
息切れ,呼吸困難,動悸や不整脈が生じることがある。
c遠隔転移による症状
非小細胞肺がんは,脳,骨,肝臓,副腎などに転移しやすく,転移
先によって以下のような症状を引き起こす。
(a)脳転移
脳に転移すると,頭痛,吐き気,発語障害,意識障害,精神障
害,片麻痺(半身不随),歩行障害などの症状がみられる。
(b)骨転移
骨に転移すると,局所の疼痛,四肢の麻痺,神経痛,排尿障害な
どがみられ,がんの転移により骨折を起こすこともある。
(c)肝臓転移
転移巣が小さな場合は症状を示さないが,大きな転移巣で肝門部
を閉塞する場合には黄疸がみられることがある。
(d)副腎転移
著しい食欲の低下や体重の減少がみられる。
イ非小細胞肺がんの病態と特色
【乙E11,丙E33,34[枝番号1]】
非小細胞肺がんは,他のがんと比べて,転移を起こしやすい。
非小細胞肺がんは,小細胞肺がんと比べて増殖速度が遅いが,がん組織や
がん細胞が多様であるため,化学療法や放射線療法の感受性が低いとされ
る。
非小細胞肺がんは早期発見が難しく,患者の70%以上が手術不能の進
行した状態(主にⅢB期やⅣ期)で発見される。
(2)非小細胞肺がんの治療方法と化学療法の効果
前提事実(前記第3章第2の3)並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれ
ば,非小細胞肺がんの治療方法や化学療法の効果について,以下のとおり認
められる。
ア非小細胞肺がんの治療方法
【甲H10,乙E11,乙H8,丙E50,丙H2[枝番号5]】
(ア)基本的な治療方針
病期と治療方法の対応関係は,別紙23(非小細胞肺がん治療方法一
覧表)のとおりである。
(イ)外科療法
外科療法は外科手術によりがん細胞を摘出する方法であり,一般的に
は外科療法が肺がんに対する唯一の根治療法であると考えられている。
外科療法は,前記(ア)のとおり,ⅠA期からⅢA期までの初期の肺が
ん患者に対する治療法であるが,実際には手術可能な肺がん患者は少な
く,小細胞肺がんではほとんどなく,非小細胞肺がんでも約30%にす
ぎない。ⅢB期及びⅣ期の症例では,ごく一部を除いて手術が不能であ
り,またたとえ手術が可能であっても,がんを完全に切除できない場合
には,手術を行うことで転移を早めたり,全身状態を悪化させて日常生
活に支障をきたすことになるため,外科療法は通常行われない。
(ウ)放射線療法
放射線療法はX線や他の高エネルギーの放射線を使ってがん細胞を死
滅させる方法であり,放射線をがんの病巣に集中させるため全身的な影
響が少ない。
放射線療法は,小細胞肺がんに対しては比較的効果が高いが,非小細
胞肺がんに対する効果は高くはないと考えられている。
放射線治療にあたっては,病巣の位置や大きさ,病期,年齢,肺機能
に応じて,放射線量,放射線を当てる範囲や照射方法が決定されるが,
病期によって実施の目的は異なる。Ⅰ期では,肺がんが局所にとどまっ
ているため,手術と並んで根治治療となりうる。特に,患者に体力がな
く,手術に耐えられない高齢の患者にとっては重要な治療の選択肢とな
る。Ⅲ期では,外科療法や化学療法ができない患者に対して実施するこ
とがあり,治療効果を高めるために化学療法と併用することがある。た
だし,放射線療法と化学療法の併用は,それぞれの治療法単独で行う場
合よりも副作用が大きく,患者の体力や全身状態などから慎重に選択さ
れる。Ⅳ期では,主に転移が原因となって生じる症状の緩和を目的とし
て実施されることがある。
(エ)化学療法
化学療法は,抗がん剤を静脈注射,点滴静脈注射又は内服することに
より,がん細胞を死滅させることを目的とした治療方法であり,通常,
ⅢA期及びⅢB期で放射線治療の対象とならない症例並びにⅣ期の症
例,つまり外科療法や放射線療法で治療できない進行した非小細胞肺が
ん(手術不能又は手術後再発した進行性非小細胞肺がん)の患者に対し
て行われる。
非小細胞肺がんは抗がん剤の感受性が低いと考えられている。
イ抗がん剤の開発と化学療法の歴史
前提事実(前記第3章第3の1)並びに証拠(甲F41,甲H10,1
3,乙E11,18,乙H3,8,12∼15,丙E33,34[枝番号
1],丙H1,3,6,8∼10,22,丙I15[枝番号1,2],19
[枝番号1,2])及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり認められる。
(ア)化学療法の研究の歴史
前記第3章第3の1(2)のとおりの時期に,各抗がん剤が開発され,
各段階での化学療法は以下のような状況であった。
a1980年代まで
1960年代に開発されたマイトマイシンの腫瘍縮小効果はわずか
で,腫瘍の面積が約50%減少する症例(部分奏効(PR)を示す症
例)はほとんどなく,化学療法は効果がないと考えられていた。
しかし,1970年代後半に開発されたシスプラチンと1980年
代に開発されたカルボプラチン(いずれもプラチナ製剤)は,ファー
ストラインの非小細胞肺がん患者に対して,単剤で15∼20%の奏
効率を示した。そのような中で1980年代には,プラチナ製剤であ
るシスプラチンを中心とした2∼3剤併用療法(シスプラチン+ビン
デシン,又はマイトマイシン+ビンデシン+シスプラチン)が多く行
われるようになり,2剤併用療法(我が国ではシスプラチン+ビンデ
シン,海外ではシスプラチン+ビンデシン又はシスプラチン+エトポ
シド)ではファーストラインにおける奏効率が約30%であった。
もっとも,上記のプラチナ製剤を中心とした2∼3剤併用療法(Ⅳ
期の非小細胞肺がん患者に対する投与)における延命効果は,生存期
間中央値が1.5か月延長し,1年生存率が10%改善するというも
のであった。
b1990年代以降
(a)ファーストライン治療
新規抗がん剤は,ファーストラインの非小細胞肺がん患者に対し
て,単剤で20%を超える奏効率を示した。
この結果を受けて,まず,①シスプラチン単剤と2剤併用療法
(シスプラチン+新規抗がん剤),②2剤併用療法(シスプラチン
+旧抗がん剤)と2剤併用療法(シスプラチン+新規抗がん剤)と
を比較する臨床試験が数多く行われ,シスプラチンとビノレルビ
ン,シスプラチンとパクリタキセルの各併用療法は生存期間を延長
させる結果を示した(その他は,新規抗がん剤との併用療法群で奏
効率の上昇がみられたが,生存期間の延長はみられないという結果
であった。)。イリノテカンについても,イリノテカンとシスプラ
チンの2剤併用療法は,Ⅳ期の非小細胞肺がん患者のみを対象とす
る解析では,シスプラチンと旧抗がん剤との2剤併用療法よりも生
存期間の延長を示した(ただし,その他の解析では,高い奏効率を
示したが,生存期間の延長は認められなかった。)。さらに,3剤
併用療法の臨床試験も実施されたが,生存期間の延長の結果を示す
ことができなかった。
次に,プラチナ製剤と組み合わせる新規抗がん剤はいずれが最良
であるかを検証するために,新規抗がん剤を用いた2剤併用療法同
士を比較した臨床試験が多く行われたが,①シスプラチンとパクリ
タキセルの併用療法,②シスプラチンとドセタキセルの併用療法,
③シスプラチンとゲムシタビンの併用療法,④カルボプラチンとパ
クリタキセルの4群を比較した海外での試験では,奏効率及び生存
期間では各群間に差がないという結果が示された。我が国で日本人
を対象に行われた,シスプラチンとイリノテカンを対照群として,
シスプラチンとゲムシタビン,カルボプラチンとパクリタキセル,
シスプラチンとビノレルビンの各併用療法の非劣性を証明する第Ⅲ
相試験では,非劣性は証明されなかったが,生存期間,生存率及び
奏効率には差がない,各併用療法の毒性の種類が異なるなどの結果
が報告された。
以上の試験結果及び経過から,平成12年(2000年)以降現在に
至るまで,プラチナ製剤と新規抗がん剤の2剤併用療法が,非小細
胞肺がんの標準的治療法となっている。
(b)セカンドライン以降の治療
1990年代後半から,ファーストライン治療無効又は再発の非
小細胞肺がん患者に対する,セカンドライン治療としての化学療法
の検討が行われるようになった。
セカンドライン治療におけるドセタキセルの緩和療法に対する有
効性を確認することを目的とした比較臨床試験では,緩和療法群
で,生存期間中央値が4.6か月,1年生存率が19%であったの
に対して,ドセタキセル群(100mg/日群及び75mg/日群)で,
生存期間中央値が7.0か月,1年生存率が29%(特に,75mg/
日群では,生存期間中央値が7.5か月,1年生存率が37%)な
どの結果が示された(試験の概要及び試験結果は,別紙24(ドセ
タキセル試験概要・結果)の各表を参照)。
日本におけるセカンドライン治療でのドセタキセル単剤の奏効率
は10%強程度,生存期間中央値は10か月程度であると認識され
ていた(丙E33)。
しかし,平成14年7月までの間に,プラチナ製剤を含む2剤併
用療法の無効又は再発の非小細胞肺がんについて,ドセタキセル以
外に比較臨床試験で有効性,有用性が確認された薬剤はなかった。
そのため,ファーストライン治療において,ドセタキセルを含む併
用療法を行ったが,治療効果を得られなかった場合には,セカンド
ライン治療におけるドセタキセル単剤の治療効果を期待できなかっ
た。
(イ)平成14年7月当時の手術不能又は再発非小細胞肺がんの化学療法
前記(ア)によれば,平成14年7月当時の手術不能又は再発非小細胞
肺がんの化学療法における標準的治療法をまとめると次のa及びbのと
おりであり,現在においてもファーストライン治療における標準的治療
法に大きな変化はない。ただし,平成14年7月当時は,学会において
非小細胞肺がんに対する抗がん剤使用に関するガイドラインを策定中で
あり,現在のように,一般の臨床医が参考にするガイドラインが整備さ
れ,ファーストラインとセカンドラインとが科学的根拠とともに整理さ
れている状況にはなかった。
aファーストライン治療
プラチナ製剤と新規抗がん剤との2剤併用療法
①シスプラチンとイリノテカンの併用療法
②シスプラチンとドセタキセルの併用療法
③シスプラチンとビノレルビンの併用療法
④シスプラチンとゲムシタビンの併用療法
⑤カルボプラチンとパクリタキセルの併用療法
ただし,高齢者又は全身状態が不良の患者に対しては,ビノレルビ
ン,ゲムシタビンやドセタキセル単剤の投与,緩和療法が選択される
ことがある。
bセカンドライン治療
ドセタキセル単剤
ただし,ファーストライン治療でドセタキセルを含む併用療法を行
ったが,治療効果がなかった場合には,他の新規抗がん剤を投与する
ことがある。
(証人濱の証言について)
証人濱は,平成14年7月当時の標準的治療薬にはイリノテカンが含
まれるというのは不正確である,イリノテカンは不要な薬剤であるとの
平成18年当時の自身の評価(丙P45)は現在でも変わらない旨証言
する。
しかし,平成14年7月当時及び現在における文献においても,イリ
ノテカンには有用性が認められ,標準的治療薬に組み込まれていること
を否定する文献は見られないことからすると(甲F41,甲H10,1
3,丙E34[枝番号1]など),独自の見解であるといわざるを得ず,
証人濱の上記証言は採用することはできない。
ウ平成14年7月当時の手術不能又は再発非小細胞肺がんの化学療法で使
用されていた抗がん剤(殺細胞性抗がん剤)の特色
前提事実(前記第3章第3の1(1))並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨
によれば,平成14年7月当時の手術不能又は再発非小細胞肺がんの化学
療法で使用されていた殺細胞性抗がん剤の特色は,以下のとおり認められ
る。
(ア)治療の効果と副作用の発生との関係
【乙E18,乙H12,13,丙E33,丙H2[枝番号4],5,9,1
1】
殺細胞性抗がん剤による治療は,抗がん剤に対する正常細胞とがん細
胞との間の感受性の程度の差を利用して,がん細胞の分裂を抑える全身
療法である。すなわち,抗がん剤により,細胞の種類を問わず細胞分裂
に必要なDNAの合成を直接又は間接に障害し,正常細胞とがん細胞の
間の細胞周期の速度を利用して,正常細胞より活発に分裂するがん細胞
の増殖を抑制するのである。
薬剤の効果と副作用は,一般的には投与量を増加するにつれて治療の
効果が増大し,さらに投与量を増加すると副作用が発現するという関係
にある。一般の医薬品では,薬剤が効果を発現する投与量と,副作用を
発現する投与量との間の差(治療域)が広いため,副作用の許容範囲内
で十分な効果を発現する投与量を設定することができる。
しかし,殺細胞性抗がん剤は,正常細胞とがん細胞に対して同時に非
選択的に作用するから,治療域が狭く,場合によっては逆転する(抗が
ん剤効果を発現する投与量より,副作用が発現する投与量の方が少な
い)ことがあるため,副作用の許容範囲内で十分な腫瘍縮小効果を示す
投与量を設定することが困難である。
(イ)治療効果の限界(薬剤耐性)
【乙E18,19〔45頁〕,乙H13,丙E33,丙H3】
抗がん剤は,いかなるがん細胞に対しても効果があるわけではない。
抗がん剤を投与して一定のがん細胞を縮小,消滅させたとしても,も
ともと抗がん剤が効かないがん細胞のみが残って増殖することがある
(自然耐性)だけでなく,当初は抗がん剤が効いたがん細胞でも,次第
に抗がん剤の効果が減退して再増殖することもある(獲得耐性)。ま
た,特定の抗がん剤により固有の耐性が生じるだけでなく,ある抗がん
剤に対して耐性を獲得すると,他の抗がん剤に対しても耐性を獲得する
こともある(多剤耐性)。そのため,がんの化学療法では,いくつかの
例外的な悪性腫瘍を除き,単剤で治療率を上げるのは難しく,複数の抗
がん剤を組み合わせて投与する併用療法の研究が行われている。
このような抗がん剤の性質から,化学療法の治療歴によって,選択す
べき抗がん剤の種類が異なってくる。セカンドライン以降の治療では,
ファーストライン治療での抗がん剤によりがん細胞に多剤耐性が生じて
いることがあり,またファーストライン治療による患者の体力の低下な
ども重なるため,治療効果は得にくくなる,すなわち,治療を重ねるに
従って次第に治療効果を得にくくなるという逆説的な現象が生ずるので
ある。これを治療効果の面からみると,抗がん剤による治療の効果は,
セカンドライン治療よりもファーストライン治療の方で高いということ
になる。実際にもドセタキセルの奏効率ではセカンドライン治療よりも
ファーストライン治療の方が奏効率が2倍ほど高い(後記エ(ア))。
(ウ)副作用【甲H29,乙H12,13,丙H4,5,11】
殺細胞性抗がん剤は,治療域が狭く,一般的に,最大の治療効果を得
るために副作用の許容限界近くに投与量が設定されるため,副作用が発
生することは避けられない(前記(ア))。
殺細胞性抗がん剤は,がん細胞の細胞周期が速いという性質を利用し
て効果を得るものであるため,正常細胞の中でも,細胞周期の速いもの
には副作用が強く生じることが多い。具体的には,白血球(好中球),
血小板や赤血球のような血液細胞,毛髪,口や消化器などの粘膜などに
副作用が生じやすい。
殺細胞性抗がん剤の副作用は,多種多様であり,発症頻度にも個人差
があり,予測することが困難な場合があるだけでなく,患者によっては
重篤な副作用を発症することもあり,死に至ることもある。
殺細胞性抗がん剤は,上記のような副作用のおそれを伴うものであ
り,生理的機能が保たれていない患者に投与する場合には重篤な合併症
(敗血症,肺炎など)を引き起こす可能性があることなどから,全身状
態不良又は高齢者などの患者に対して投与すべきではないと考えられて
いた。
エ手術不能又は再発非小細胞肺がんの化学療法で使用される抗がん剤の治
療成績と非小細胞肺がんの予後
(ア)手術不能又は再発非小細胞肺がんの化学療法における抗がん剤の治療
成績
【甲E36,甲H10,12,47∼52,乙H3,8,75∼77[各枝番
号],78,79,丙E34[枝番号4の1,2],45,丙H3,6,22
[枝番号1,2],丙I5[枝番号1,2],19[枝番号1,2],21】
a平成14年7月当時に使用されていた抗がん剤の治療成績
非小細胞肺がん患者に対するファーストライン治療におけるプラチ
ナ製剤と新規抗がん剤との2剤併用療法の奏効率は,ECOGの臨床
試験において,シスプラチンとドセタキセルの併用で17%,カルボ
プラチンとパクリタキセルの併用で17%,日本における臨床試験に
おいては,カルボプラチンとパクリタキセルの併用で32.4%,シ
スプラチンとゲムシタビンの併用で30.1%,シスプラチンとビノ
レルビンの併用で33.1%,シスプラチンとイリノテカンの併用で
31.0%であった(別紙25(抗がん剤の効果一覧表)のファース
トラインにおける非小細胞肺がんの併用療法に関する第Ⅲ相試験(E
COG及び日本)の各表)。新規抗がん剤単剤での奏効率は,ゲムシ
タビン21%,ドセタキセル26%,パクリタキセル26%,ビノレ
ルビン20%,イリノテカン27∼34%程度であった(同別紙のフ
ァーストラインにおける非小細胞肺がん抗がん剤の単剤での治療成績
の表)。
非小細胞肺がん患者に対するセカンドライン治療における奏効率
は,別紙24(ドセタキセル試験概要・結果)のとおり,Shepherd
試験における測定不能の病変を有する患者を除外した場合の奏効率は
7.1%(この数値は,丙H22の報告書中に記載されている。),
Fossella試験における奏効率は6.7∼10.8%であったとされ
た。
Shepherd試験の報告書(丙H22[枝番号2]の2頁)によれば,
ドセタキセルに関する第Ⅱ相試験における奏効率14∼24%であっ
たとされるが,その試験では3週間ごとにドセタキセル100mg/㎡
が投与されたものであった。
原告らは,ドセタキセルやパクリタキセルなどの非小細胞肺がん患
者に対するセカンドライン治療における治療成績が,いずれも奏効率
20%を越える(別紙25(他の抗がん剤の効果一覧表)のうち各薬
剤の第Ⅱ相試験の結果の表)と主張する。なるほど,原告らが指摘す
る第Ⅱ相試験の症例数は,ドセタキセル及びパクリタキセルがいずれ
も40例前後,ゲムシタビンは83例と少数であって,実際の治療成
績を反映しているものとまで認めることはできないから,原告らの主
張は採用できない。
b平成14年7月以降に使用されている抗がん剤の治療成績
現在,セカンドライン治療においては,ドセタキセル,イレッサの
ほか,アリムタ(一般名;ペメトレキセド)やタルセバ(一般名;エ
ルロチニブ)が使用されている。しかし,サードライン以降の標準的
治療法は確立されていない。
アリムタのファーストライン治療における奏効率は18.6%(別
紙25(抗がん剤の効果一覧表)中ファーストラインにおける非小細
胞肺がんの抗がん剤の単剤での治療成績の表)である。タルセバのセ
カンドライン又はサードライン治療の生存期間中央値は6.7か月,
奏効率は9%である(治療成績の詳細は別紙26(タルセバ試験概
要・結果(BR.21試験))のとおり)。
(イ)平成14年7月当時の非小細胞肺がんの予後
【甲H1,乙E11,18,乙H1,3,5,8,9,12,41,
42,丙E33,50[枝番号1],丙H1,2[枝番号5],6,
7,証人福岡主尋問〔89頁〕】
非小細胞肺がん全体の5年生存率は約40%とされ,病期の進行とと
もに低下し,多くを占めるⅢ期以降の症例の予後は悪い。
外科療法後の5年生存率は,ⅠA期で79%,ⅠB期で60%,ⅡA
期で59%,ⅡB期で42%,ⅢA期で28%であるが,再発率が高
く,根治率がⅠA期では高いものの,ⅠB期では50∼60%であり,
心筋梗塞,膿胸や肺炎などの重篤な合併症による手術死亡率(手術後3
0日以内の死亡を含む。)が0.5∼1%程度あるとされていた。
Ⅳ期では,無治療の場合の1年生存率が約20%といわれており,化
学療法を行った場合の1年生存率が30∼40%程度,生存期間中央値
が10か月前後であり,ⅢB期及びⅣ期を合わせた場合の1年生存率が
約50%,ⅢB期の5年生存率は約5∼6%,Ⅳ期の5年生存率は約
1%といわれていた。
オイレッサ承認後における肺がん治療ガイドライン等
(ア)イレッサ使用に関するガイドライン(日本肺癌学会,平成17年3月
15日作成,同年7月25日改訂)【甲E16,21,35,丙E59
[枝番号8]】
aゲフィチニブ使用に関するガイドライン(平成17年3月15日作
成)
平成17年2月に厚生労働省医薬食品局安全対策課から作成を依頼
された日本肺癌学会は,同年3月,当時の知見を踏まえて実地医療に
おけるイレッサ使用に関するガイドラインを同月15日付けで作成し
た(甲E16)。同ガイドラインは,次の(a)ないし(h)の条件をすべ
て満たした場合に,イレッサ投与の適応があるとする。
(a)適応症である「手術不能又は再発非小細胞肺がん」を厳守する。
(b)「化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していな
い」,「術後補助療法における有効性及び安全性は確立していな
い」ため,これらの症例に対して実地医療としてはイレッサの投与
をすべきではない。
(c)イレッサ投与により利益(延命,症状改善,腫瘍縮小効果)が得
られる可能性の高い患者群である腺がん,女性,非喫煙者,日本人
(東洋人),EGFR遺伝子変異を示す症例に対しては,イレッサ
の投与が推奨される。
(d)イレッサと他の抗悪性腫瘍剤や放射線療法との同時併用における
有効性及び安全性は証明されていないので,実地医療としてはイレ
ッサを単剤で投与する。
(e)イレッサ投与症例の選択基準は,IDEAL1試験の症例選択及
び除外基準を参考とする。その他我が国で安全に実施された医師主
導の臨床試験の症例選択・除外基準も参考とする。これら以外の症
例への投与は安全性の検討が行われていないことから,現時点では
臨床試験以外では原則的に投与すべきではない。
(f)イレッサの急性肺障害,間質性肺炎発症の危険因子とされている
PS2以上の全身状態不良例,喫煙歴を有する者,間質性肺炎合併
症例,男性,低酸素血症を有する者,じん肺,扁平上皮がんなどに
対するイレッサ投与は,当該患者がイレッサから得られる利益がイ
レッサ投与による危険性を上回ると判断される場合に限定する。
(g)イレッサは,肺がん化学療法に十分な経験を有する医師が使用す
るとともに,投与に際しては緊急時に十分な措置ができる医療機関
で行う。間質性肺炎の専門医の助言を適宜得られる環境下での使用
が望ましい。
(h)イレッサ投与の際には,患者にイレッサ投与の目的,投与法,予
想される効果と副作用(重篤な間質性肺炎や急性肺障害の発生と死
亡例がみられていること),代替治療の有無とある場合の当該治療
法の利害得失などを十分説明した後に,患者の自由意思による同意
を文書で得る。
bゲフィチニブ使用に関するガイドライン(平成17年7月25日改
訂)
平成17年5月の米国臨床腫瘍学会(ASCO)でSWOG002
3試験の結果が報告され,同報告において,イレッサ投与により生存
期間の向上が示されなかっただけでなく,むしろイレッサの生存に対
する否定的な影響を除外しえないと指摘されたことを受けて,日本肺
癌学会は,同年7月25日付けでイレッサ使用に関するガイドライン
(前記a)を改訂した(甲E21)。
この改訂では,イレッサ投与の適応として,前記a(a)ないし(h)に
加えて,実地医療においては放射線化学療法同時併用療法後にイレッ
サを維持療法として投与すべきではないことが追加された。
(イ)EBMの手法による肺がん診療ガイドライン(日本肺癌学会,平成1
5年3月発刊・平成17年改訂)【甲E63,甲F41,42,乙H4
3】
平成15年(2003年)に,厚生労働省医療技術評価総合研究事業の
研究班によって「EBMの手法による肺癌診療ガイドライン」が作成さ
れ,これは,平成17年に改訂された。同ガイドラインは,肺がんの治
療方法について,エビデンスレベル,その数と結論のばらつき,臨床的
有効性の大きさ,臨床上の適用性等を考慮して,推奨(勧告)の強さを次
の4段階に区分した。
グレードA:行うよう強く勧められる。
グレードB:行うよう勧められる。
グレードC:行うよう勧めるだけの根拠が明確でない。
グレードD:行わないよう勧められる。
同ガイドラインにおいては,イレッサを含む分子標的治療薬は,グレ
ードCとされていた。
平成17年の改訂時において,非小細胞肺がんに対する分子標的治療
薬の投与をグレードBとすることが提唱されたが,ISEL試験の中間
解析結果において,イレッサ群とプラセボ群との間に生存期間の有意な
差が認められなかったことが明らかとなり,東洋人のサブグループ解析
ではイレッサ群の予後が良好であったが,推奨グレードを変更する根拠
に乏しいと判断され,グレードは変更されなかった。ただし,その後の
臨床試験などの結果に基づいて,推奨グレードは見直される予定である
とされた。
なお,肺がん診療ガイドラインに関する考察では,同ガイドライン
は,あくまで「診療ガイドラインに書かれていることは主治医の判断に
勝るものではない」ことが前提とされ,診断と治療に対する「判断指
針」ないし「支援グッズ」であるとされ,強制力を持つものではないと
されていた(乙H43,44)。
(ウ)Ⅳ期非小細胞肺がん化学療法に関する米国臨床腫瘍学会(ASCO)
診療ガイドライン(米国臨床腫瘍学会,平成21年改訂)
【丙E70[枝番号1,2]】
米国臨床腫瘍学会は,1997年(平成9年),切除不能の進行性非
小細胞肺がんに関する診療ガイドラインを定めたが,発行後の多数の文
献等の報告を受けて,平成21年にこれを改訂した。同ガイドラインの
内容は,次のaないしcのとおりである。
aⅣ期非小細胞肺がんの患者に対する第1選択の化学療法(ファース
トライン治療)としては,臨床背景因子により選択された場合を除い
て,殺細胞性抗がん剤による化学療法にイレッサを併用してはならな
い。臨床背景因子によりイレッサが選択されていない患者に対して
は,イレッサ単剤又はタルセバ単剤を第1選択の化学療法(ファース
トライン治療)として推奨するには証拠が不十分である。これに対し
て,EGFR遺伝子変異の活性化を認める患者に対しては,イレッサ
による第1選択の化学療法を推奨する。EGFR遺伝子変異状態が陰
性又は不明である場合には,殺細胞性抗がん剤による化学療法を選択
する。
bプラチナ製剤を中心とする第1選択化学療法(ファーストライン治
療)による治療中又は治療後に非小細胞肺がんが進行した場合には,
全身状態が十分である進行性非小細胞肺がん患者の第2選択化学療法
(セカンドライン治療)として.ドセタキセル,タルセバ,イレッサ
又はペメトレキセドを使用することができる。
cⅣ期非小細胞肺がんの高齢患者に最適な第2選択の化学療法(セカ
ンドライン治療)については,特定の化学療法又は併用療法の選択を
裏付ける証拠がない。
(エ)その他の文献
山本昇,西條長宏「新規抗がん剤(イレッサ)の位置付け」(「臨床
医」29巻4号482頁以下:平成15年,甲E50)には,要旨以下
のような記載がある。
第Ⅱ相,第Ⅲ相各試験の結果から,イレッサは非小細胞肺がんに対し
てある程度の有効性を有する抗がん剤であるといえるが,延命効果に関
するデータに乏しい状況にある。当初,プラチナ製剤を含む化学療法と
の併用により生存期間の改善が期待されたが,INTACT1,2試験
は予想外の結果に終わった。我が国の保険適応では化学療法未治療例に
対しても承認されているが,現時点ではセカンドライン以降の単独治療
が最も望ましい位置付けといえる。
高齢者や全身状態不良(PS2以上)の患者に対しては,有効性及び
安全性に関するデータが不十分であるから,経口投与が可能であるから
といって安易に投与すべきではない。
投与開始後早期に発症すると考えられている間質性肺炎は発症頻度が
少ないものの,致命的となりうるため慎重な経過観察を要する。
今後は,他の抗がん剤との併用の可能性,放射線治療との併用の可能
性,術後化学療法としての可能性などの議論を経て綿密に計画された臨
床試験が実施され,多くの疑問や可能性に対する回答が得られることを
期待したい。
4各臨床試験結果の評価
(1)各臨床試験並びに主張及び証拠の概要
イレッサ承認後に実施された第Ⅲ相臨床試験の概要は,前記第2章第7の
3(3)(別紙12∼20)のとおりである。
被告らは,イレッサに関する各臨床試験の結果のみならず,非小細胞肺が
んの治療の実態(前記3)等を踏まえて,イレッサが非小細胞肺がんの治療
には必要かつ有効であったとして,その有効性を主張する。福岡正博及び光
冨徹哉,西條長宏及び坪井正博は,いずれも肺がんの治療や研究をしてきた
臨床医又は研究者として,各臨床試験の評価をもとにイレッサの有効性を肯
定する立場に立つ旨を証言し,同旨の意見書を作成するなどした。
これに対して,原告らは,イレッサに関する各臨床試験の結果からは,イ
レッサが非小細胞肺がんの治療に対する有効性が認められるとはいえないな
ど主張する。福島雅典,濱六郎,別府宏圀は,いずれも医薬品の評価学の専
門家として,本件訴訟において,原告らの主張と同様に,各臨床試験の評価
のもとにイレッサの有効性を否定する旨を証言し,同旨の意見書を提出する
などした。
そこで,各臨床試験について検討する。
(2)治験成績の評価について
アイレッサの有効性を肯定的に評価する見解の要旨
福岡正博は,①承認前の臨床試験で,非常に進行した非小細胞肺がん患
者について実施された国内第Ⅰ相試験(V1511試験)において,23
例中5例について部分奏効(PR)し,そのうち3例について長期にわた
って抗腫瘍効果が持続したのは驚くべき経験であった,②国際共同第Ⅱ相
試験(IDEAL1試験)においても,日本人のセカンドライン治療とし
て,当時の標準的化学療法とされていたドセタキセルの奏効率と比較して
も高い,27.5%という奏効率を示し,250mg/日投与群(51例)
で生存期間中央値13.8か月,1年生存率57%と,同じくドセタキセ
ル(生存期間中央値7.5か月,1年生存率37%)と比較して,生存期
間を延長する可能性を示し,有効性が示されたとする。【丙E33〔9,
10頁〕,証人福岡主尋問〔34∼37頁〕】
西條長宏は,①単剤で30%の奏効率を示す肺がんの抗がん剤はほとん
どないが,イレッサの国内治験であるIDEAL1試験では,日本人25
0mg/日投与群51例での奏効率が27.5%と非常に高く,セカンドラ
インの標準的治療薬であるドセタキセルの奏効率と比べて治療上の大きな
期待が持て,かつ,生存期間の延長を予想させた,②IDEAL1試験に
おける日本人群と外国人群で奏効率に差がある点は,イレッサの作用には
人種差があると考えられる,③IDEAL1試験における奏効率が,ドセ
タキセル単剤のセカンドライン治療における奏効率(Shepherd試験の奏
効率)よりも高かった,患者の背景因子の違いを無視して,両試験を単純
に比較することは妥当ではないが,ドセタキセル単剤のセカンドライン治
療における奏効率が10%を少し下回るということは肺がん治療の専門家
の間でのコンセンサスであった旨を述べる(乙E18〔18頁〕,乙E1
9〔14,15,21,22,41頁〕,乙E20〔69∼72,152
頁〕)。
坪井正博は,IDEAL1試験において,これまで効果的な治療薬がな
かった腺がんに対して顕著な効果を示したり,奏効率,症状改善の点でセ
カンドライン治療としては著名な効果を示しており,化学療法のオプショ
ンとしては十分な効果を示していたとする。【丙E48[枝番号1]〔24
∼26頁〕】
光冨徹哉は,イレッサの第Ⅱ相試験の結果を知り,セカンドライン以降
の肺がんを対象とした臨床試験として,27.5%という奏効率は非常に
期待が持てると考えたとする。【証人光冨主尋問〔29,30頁〕】
イ治験成績からイレッサの有効性を否定的に評価する見解の要旨
濱六郎は,IDEAL1試験の日本人群に対する奏効率(治験医師判定
で27.5%,審査センター判定で25.5%)には,FDAから奏効率
の測定方法などの問題性を指摘されている,IDEAL各試験を総合する
と,イレッサの奏効率は10%程度しかないなどとする。【証人濱[第1
回]反対尋問〔32∼34頁〕】
別府宏圀は,①IDEAL1試験では,イレッサ250mg/日投与群で
は,日本人群と外国人群における奏効率が大きく異なっており,奏効率の
差を十分に説明できない,②第Ⅱ相試験等において部分奏効(PR)以上
の効果が認められた大多数が腺がん症例であり,EGFR発現頻度が高い
とされる扁平上皮がんでは奏効例が少なかったことを踏まえ,EGFR発
現頻度と奏効率との間に相関関係がみられない,イレッサの抗腫瘍効果が
EGFR阻害以外の作用機序によるものである可能性があるが,その作用
機序は未解明であるとする。【甲E37〔9頁〕,39〔41,42
頁〕】
ウ治験成績の評価
(ア)総論
a期待有効率について
抗がん剤の期待有効率(有用な抗悪性腫瘍薬と認められる水準)
は,奏効率20%が目標であるが,腫瘍の種類,対象となる患者の状
況によっては異なることがありうる(前記2(1)エ(イ)b)。イレッサ
の対象疾患は,手術不能又は再発非小細胞肺がんであって,化学療法
の効果が一般的に低い非小細胞肺がんの中でもさらに治療の困難なⅢ
期及びⅣ期の患者を対象とするものであり,IDEAL各試験ではセ
カンドライン治療以降の患者を対象としているため,薬剤耐性の点か
らも治療の効果を得にくい患者が対象となっているといえる(前記3
(2)ウ(イ))。そうすると,臨床試験における奏効率が20%を下回っ
たとしても,そのことのみをもってイレッサの有効性がないとはいえ
ない。
また,平成14年7月当時における非小細胞肺がんのセカンドライ
ン治療における標準的治療薬はドセタキセル単剤のみであったが,ド
セタキセル単剤のセカンドライン治療における奏効率(我が国での承
認用量は60mg/㎡である。)は臨床試験において6.7∼∼10.
8%程度であった(前記3(2)イ及びエ)。
以上によれば,イレッサにおいては奏効率約10%を期待有効率と
水準想定することに合理性があると認めるのが相当である。
原告らは,イレッサの臨床試験の結果とドセタキセルの臨床試験
(Shepherd試験)の結果を,患者の背景因子を考慮せずに単純比較
することは許されないと主張する。しかし,イレッサの奏効率と比較
すべきドセタキセルの奏効率は,Shepherd試験の結果のみではな
く,ドセタキセルに関するその他の臨床試験や研究報告をも総合して
得られた奏効率をいうものであり,Shepherd試験以外の臨床試験等
を総合しても10%前後であったというのである。したがって,
Shepherd試験の奏効率のみとの比較の問題であることを前提とする
原告らの主張はその前提が異なるので,採用できない。
b閾値有効率について
臨床試験においては,製薬会社が医薬品の開発において早期に開発
を打ち切るべきか否かを判断するための水準である閾値有効率が定め
られる。治験実施計画書に抗がん剤の有効性の判定方法として閾値有
効率が記載された場合には,これに基づいて判定すべきであることは
いうまでもない。
証拠(丙C1)によれば,1839IL/0016試験(IDEAL1試験)
の解析方法は「奏効率の95%信頼区間の下限が5%を上回っていた
場合,真の奏効率は5%以上であると結論づける。」(丙C1[462
頁])とし,1839IL/0039試験(DEAL2試験)の解析方法は,奏
効率「5%は他に有効な治療がない場合の実薬の許容される最小率と
して選択される。」(同[498頁])としていたことが認められる。こ
れによれば,イレッサについて実施されたIDEAL各試験では,い
ずれも試験結果から得られた信頼区間の下限が5%を下回る場合には
有効性がないものと評価すること,すなわち閾値有効率が5%と定め
られていたものと認められる。,
c奏効率の判定結果について
IDEAL1試験においては,主要評価項目である奏効率の結果
は,治験医師による判定結果,放射線科医及び腫瘍学者によって構成
された効果判定委員会(ResponceEvaluationCommittee;REC)
による判定結果及び審査センターによる判定結果の3つの結果が示さ
れた。
第Ⅱ相試験の奏効率の効果判定は,原則として治験実施施設以外の
組織の確認を受けることが望ましいとされているから(前記2(1)エ
(イ)b),RECによる判定結果及び審査センターによる判定結果に
より奏効率を判定すべきである。
(イ)IDEAL1試験
a全患者について
IDEAL1試験の結果(別紙10【IDEAL1試験概要・結
果】),全患者の奏効率は,承認用量である250mg/日群におい
て,RECによる判定は16.5%(95%信頼区間の上限25.
1%,下限9.9%),審査センターによる判定は15.5%(9
5%信頼区間の上限24%,下限9.1%)であった。この奏効率
は,本来の期待有効率20%には達しないものの,いずれも95%信
頼区間の下限で10%をわずかに下回る程度であって,閾値有効率
5%を越えており,平成14年7月当時の非小細胞肺がんのセカンド
ライン治療における標準的治療薬であるドセタキセル単剤の奏効率
(別紙24参照)と比較すると,高いものであったと認められる。
また,全患者の生存期間中央値は,250mg/日群では7.6か月
であり,セカンドライン治療におけるドセタキセルを投与した場合の
生存期間中央値(5.7∼7.5か月)と比較しても,同等以上であ
る。
その他,全患者(250mg/日群)では,無増悪期間中央値が83
日,病勢コントロール率が54.4%,症状改善率が40.3%,Q
OL改善率が20.9%であった。
b日本人群について
IDEAL1試験の結果(別紙10[IDEAL1試験概要・結
果])中,日本人群の奏効率は,承認用量である250mg/日群におい
て,RECによる判定は27.5%(95%信頼区間の上限41.
7%,下限15.9%),審査センターによる判定は25.5%(9
5%信頼区間の上限39.6%,下限14.3%)であった。
上記奏効率は,いずれも95%信頼区間の下限で20%を下回る
が,中央値は,非小細胞肺がんのセカンドライン以降の患者に対して
投与したにもかかわらず,本来の期待有効率約20%を上回るもので
あっただけでなく,セカンドライン治療における標準的治療薬である
ドセタキセル単剤の奏効率やファーストライン治療における標準的治
療法である2剤併用療法の奏効率(30∼40%)と比較しても,低
いとはいえない数値であった。250mg/日群における1年生存率
(57%)や生存期間中央値(414日)は,セカンドライン治療に
おけるドセタキセルを投与した場合の1年生存率(32∼37%)や
生存期間中央値(5.7∼7.5か月)を大きく上回るものであっ
た。
以上の結果について,原告らは,日本人群の奏効率は,患者の全身
状態が比較的良い者が多数含まれていたことにより高くなったにすぎ
ず,外国人群との間で患者の全身状態に関する背景因子を調整すれ
ば,外国人群と同程度の奏効率にしかならないと主張する。
しかし,日本人群と外国人群の250mg/日群の奏効率(REC判
定結果)との間には約20%の差があり,この差の一部は,人口統計
学的特性及び他の予後因子の不均衡によるものと考えることはできる
としても,患者の背景因子(全身状態)のみで合理的に説明できるか
疑問があり,むしろ他の要因(人種差)などの可能性を含めて引き続
き検討すべき状況にあったというべきである。実際にも,承認後の第
Ⅲ相試験(V1532試験)では,イレッサ250mg/日群では奏効
率が22.5%という結果が出たのであり,IDEAL1試験の日本
人群の結果との整合性があるということができる。
以上のとおり,患者の背景因子を調整すれば,日本人群の奏効率は
外国人群の奏効率と同程度になるはずであるという原告らの主張を認
めるに足りる証拠はない。したがって,原告らの上記主張を採用する
ことはできない。
c外国人群について
IDEAL1試験の結果(別紙10[IDEAL1試験概要・結
果])中,外国人群の250mg/日群における奏効率は,RECによる
判定は5.8%(95%信頼区間の上限15.4%,下限1.
2%),審査センターによる判定は5.8%(95%信頼区間の上限
15.9%,下限1.2%)であり,病勢コントロール率は38.
5%,症状改善率は32.4%であった。
外国人群の奏効率は,いずれも本来の期待有効率20%を大きく下
回り,95%信頼区間の下限も5%を下回るものであった。
しかし,IDEAL1試験においてサブグループである外国人群の
みが閾値有効率を下回っていたのであり,全患者や日本人群の結果を
総合すると,平成14年7月当時の非小細胞肺がんのセカンドライン
治療における標準的治療薬であるドセタキセル単剤の奏効率と比較し
ても同等程度のものである可能性があり,当時の非小細胞肺がんにお
けるセカンドライン治療における標準的治療薬がドセタキセルのみで
あった臨床現場の状況の下では,病勢コントロール率や症状改善率な
どを考慮した場合には,少なくとも治療の選択肢を得ることができる
可能性があるものであったといえるから,IDEAL1試験の外国人
群の結果のみによって結論を出すべき状況にはなかったというべきで
ある。
(ウ)IDEAL2試験
IDEAL2試験の結果(別紙11[IDEAL2試験概要・結果])
中,イレッサ250mg/日群の奏効率は11.8%であり,セカンドライン
治療におけるドセタキセルの奏効率(前記(ア)a)と同等程度であった。
IDEAL2試験の対象患者は,ファーストラインの標準的治療法であ
るプラチナ製剤を含む2剤併用療法とセカンドラインの標準的治療法であ
るドセタキセルによる治療歴を有し,病勢進行等の理由により前治療を終
了したサードライン以降の患者であり,上記標準的治療法によっては治療
ができず,既存の抗がん剤による治療の選択肢がほとんどない患者を対象
にしたものである。そうすると,このようなIDEAL2試験の対象患者
の特質やセカンドライン治療におけるドセタキセルの奏効率などに鑑みれ
ば,11.8%という奏効率を低いということはできない。
また,IDEAL2試験は,IDEAL1試験の約2倍の米国人を対象
患者とし,かつ,化学療法の効きにくい患者が多く含まれるにもかかわら
ず,250mg/日群における95%信頼区間の奏効率は6.2%∼19.
7%であり,試験計画書で定められた閾値有効率(前記(ア)b)5%を越え
るものであった。
その他,250mg/日群では,病勢コントロール率が42.2%,無増
悪期間中央値が59日,生存期間中央値が185日(6.1か月),症状
改善率が43.1%,QOL改善率が33.3%ないし34.3%であっ
た。
(エ)小括
以上より,米国人を対象としたIDEAL2試験とIDEAL1試験
の外国人群の結果を総合すると,各試験及び両試験を通じて,外国人に
対しても少なくとも閾値有効率5%を越える奏効率があったと認められ
る。
また,IDEAL1試験の外国人群では奏効率が期待有効率10%を
越えなかったが,IDEAL1試験の全患者及び日本人群並びにIDE
AL2試験における各奏効率は期待有効率とすべき10%を越えてい
た。IDEAL2試験は,IDEAL1試験よりも化学療法の効きにく
くなったサードライン治療の患者を多く含むにもかかわらず,IDEA
L1試験の外国人群を大きく上回る結果を示したものであって,外国人
に対しても一定程度奏効することを示し,その奏効率が期待有効率1
0%を越えたというのである。加えて,IDEAL各試験では生存期間
中央値,1年生存率,病勢コントロール率,無増悪期間中央値,症状改
善率,QOL改善率でいずれも単剤の抗がん剤としては高い値を示し
た。
そうすると,IDEAL各試験の奏効率からイレッサの延命効果を合
理的に予測できる状況にあり,その予測はその他の指標からも裏付けら
れていたと認めるのが相当である。
(オ)原告らの主張について
a原告らは,IDEAL1試験の外国人群の奏効率が閾値有効率さえ
越えられなかったとして,イレッサの有効性が証明できていないなど
と主張する。
しかし,上記のとおり,IDEAL2試験とIDEAL1試験の外
国人群の結果が整合しない原因,IDEAL1試験における全患者と
日本人群の結果との整合性を分析することなく,IDEAL1試験の
外国人群の結果のみからイレッサの有効性が証明されなかったとする原告
らの主張は失当である。
b原告らは,IDEAL各試験の生存期間中央値から有効性を推測す
ることができないと主張し,その根拠として,IDEAL各試験には
対照群が設定されていないこと,生存期間中央値がIDEAL各試験
の副次的評価項目にすぎないこと,生存期間中央値の分析における比
較対象に問題があることなどを挙げる。
しかしながら,承認時の有効性判断においては,IDEAL各試験
の生存期間中央値から直ちに有効性を推測するのではなく,IDEA
L各試験の主要評価項目である奏効率から延命効果を合理的に予測で
きることを前提として,生存期間中央値の評価との整合性がとれてい
ることをも総合して,イレッサの有効性を示唆するものと評価してい
るのである。原告らの主張は,このような推論過程を誤解するもので
あれば失当であるというほかなく,このような推論過程を批判するも
のであるとしても,イレッサ承認当時には,奏効率から延命効果を合
理的に予測できるとされていたことは前記のとおりであるから,原告
らの主張を採用することはできない。
前記2(1)認定の事実及び前記2(3)イの認定・判断によれば,Ⅱ相
承認制度には合理性があり,第Ⅱ相試験では比較試験が要求されてお
らず,既存の抗がん剤における過去の臨床試験の結果と比較すること
は可能であるから,対照群が設定されていないことをもってIDEA
L各試験の生存期間中央値から有効性を評価することができないとは
いえない。
また,臨床試験の評価をするにあたって,主要評価項目を中心に評
価することが重要であるが,副次的評価項目を用いて有効性を判定す
ることを否定するものではないから,副次的評価項目であることをも
ってIDEAL各試験の生存期間中央値から有効性を判定することが
できないともいえない。したがって,これらの点に関する原告らの主
張も採用することはできない。
(3)承認後の第Ⅲ相試験成績の評価について
ア承認後の第Ⅲ相試験成績からイレッサの有効性を肯定的に評価する見解の
要旨
福岡正博は,①INTACT各試験,ISEL試験,V1532試験に
おいて,延命効果の統計学的な証明に至らなかったが,イレッサの延命効
果が否定されたということではない,②ISEL試験では,東洋人のサブ
グループ解析においてイレッサによる有意な生存期間の延長が示唆され,
V1532試験では,奏効率,治療成功期間及びQOLの改善の点で,イ
レッサがドセタキセルよりも有意に優れており,無増悪生存期間,病勢コ
ントロール率及び症状改善率の点では両者に有意差がなかった,③INT
EREST試験では,イレッサのドセタキセルに対する非劣性が統計学的
に証明された,④SWOG0023試験は,我が国では一般的に行われて
いない投与方法により行われた試験であり,当該投与方法がよくないとい
うことを示すものでしかないなどとする。【丙E33〔10,11,15
∼17頁〕,証人福岡主尋問〔22∼25,37∼45頁〕,証人福岡反
対尋問〔84,85頁〕】
西條長宏は,①INTACT各試験は,イレッサを標準的治療薬と併用
することで,生存期間を延長する効果が得られるかを確認するための試験
であったから,試験結果からはイレッサによる生存期間延長効果が得られ
なかったことが示されたのであって,イレッサ単剤の有効性がないという
ことはいえない,INTACT各試験においてイレッサの生存期間延長効
果が得られなかった可能性としては,イレッサと標準的治療薬が拮抗的に
作用した,標準的治療薬とイレッサで作用する集団が類似していた,標準
的治療薬の効果が限界に達していたため,それ以上何かを追加しても追加
効果が得られないであることが考えられる,②ISEL試験のおけるサブ
グループ解析により生存期間を延長する結果が示唆されたが,我が国にお
いて上記サブグループ解析を踏まえた比較臨床試験を行うことは,プラセ
ボ群と対照する点で倫理的,科学的に問題があり,現時点では難しい,③
V1532試験では,イレッサがドセタキセルに対して非劣性を証明でき
なかったが,イレッサが抗腫瘍効果を有しないということにはならない,
④INTEREST試験では,全生存期間につき,イレッサのドセタキセ
ルに対しての非劣性が証明された,⑤SWOG0023試験において用い
られた維持療法は実地臨床ではあまり行われていない,維持療法では延命
効果を示せなかったが,維持療法以外の用法により延命効果を証明してい
る抗がん剤(ドセタキセルなど)がある,③承認後の第Ⅲ相試験の多くで
は,延命効果の有無を明らかにすることができなかったが,イレッサの延
命効果が否定されたとはいえず,イレッサの評価は,現時点までに分かっ
た様々な科学的根拠と現在実施中の臨床試験によって変わりうる,④第Ⅲ
相試験で主要評価項目が達成されなくとも,社会が要求するようなもので
あれば,その後も臨床現場では使われるものであるなどとする。【乙E1
8〔13頁〕,19〔52∼56頁〕,20〔113∼131,152,
153頁〕】
坪井正博は,①イレッサの承認後の第Ⅲ相試験の多くは有効性に関する
否定的な結果となっているが,そのことによりイレッサの延命効果が否定
されるものではない,②臨床試験は仮説検証型の試験であり,その結果が
有効性に関して否定的なものであった場合には症例数の大きさ等その仮説
が間違っていたことのみを意味し,それ以上に薬の効果そのものを否定す
るものではない,③薬剤の有効性の評価は,1つの臨床試験の主要評価項
目の結果のみで判断すべきではなく,複数の臨床試験の様々な解析結果を
総合評価することが必要である,④イレッサでは,各臨床試験のサブグル
ープ解析等を含めて総合的に判断する必要があり,これらを踏まえると,
イレッサには延命効果がないと結論づけるべきではないなどとする。【丙
E48[枝番号1]〔28∼41,89,90頁〕,49〔73,75,7
8,96∼98,100,102,105頁〕,50〔13,14頁〕】
光冨徹哉は,①イレッサの承認後の第Ⅲ相試験について,1つの試験で
ネガティブな結果が出た場合,すぐに承認を取り消すというのではなく,
総合的に評価して,治療上の利益の有無を決めるべきである,②INTA
CT各試験は,イレッサを標準的治療薬と併用することで,生存期間を延
長する効果があるかをみたものであったが,いずれもイレッサを追加する
意義を確認できなかった,③ISEL試験の非喫煙者及び東洋人に関する
サブグループにおいて,イレッサ群がプラセボ群よりも生存期間を有意に
延長したこと,IDEAL1試験の結果やEGFR遺伝子変異を有する患
者の観察などから,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤が特定の生物学的背
景をもった患者に対して特に有効であると考えられるが,それ以外の患者
に対しても有効な場合がある,④V1532試験では,イレッサがドセタ
キセルに対して非劣性であることを証明できなかったが,イレッサがドセ
タキセルに比べて劣っていることが証明されたものではない,⑤INTE
REST試験では,試験の対象に日本人が含まれていないが,イレッサの
ドセタキセルに対する非劣性が証明された,V1532試験とINTER
EST試験との結果の違いは,後治療の影響や症例数の差などによるもの
と考えられる,⑥臨床試験において延命に関する確固たる科学的根拠を得
ることは多大な時間と費用を要し,目の前の患者のがん細胞は分裂増殖を
続け,患者の貴重な時間を奪いつつあり,臨床医のとるべき態度として
は,統計学的に有意な差のみにこだわらず,総合的な事実から方針を決定
すべきであるなどとする。【乙E11〔12,13頁〕,証人光冨主尋問
〔74∼81頁〕,証人光冨反対尋問〔105∼107,114∼117
頁〕】
イ承認後の第Ⅲ相試験成績からイレッサの有効性を否定的に評価する見解の
要旨
濱六郎は,①INTACT各試験では,イレッサがプラセボ群に対して
生存期間に有意な差を示せなかっただけでなく,すべての組み合わせでイ
レッサ群はプラセボ群よりも寿命短縮傾向にあるといえる,②ISEL試
験では,イレッサ群がプラセボ群に対して,生存期間中央値に有意な差を
示すことができなかったことから,イレッサには延命効果がないものと扱
わなければならない,ISEL試験におけるサブグループ解析は仮説を立
てることができても,仮説の検証ができず,解析するサブグループの患者
背景因子を十分に確認しなければ,探索的に用いることさえでない,被告
会社らの行ったサブグループ解析(東洋人での延命効果の延長の指摘)は
あくまで仮説にすぎず,また患者背景因子の偏りがあるため,これをもっ
て生存期間の延長を示したといえない,③SWOG0023試験では,イ
レッサが33%寿命を延長するとの仮説の上で試験デザインがされたが,
仮説が証明される可能性が極めて低いと計算されたため,試験が早期に中
断された,④V1532試験では,イレッサのドセタキセルに対する全生
存期間についての非劣性・同等であることを証明することができず,イレ
ッサがドセタキセルに劣ると扱われなければならない,⑤INTERES
T試験は,日本人を対象とした試験ではなく,INTEREST試験の生
存期間中央値はV1532試験よりもイレッサ群で約4か月,ドセタキセ
ル群で約6か月短く,ドセタキセル群での生存期間の短縮が著しかったこ
とが,両群での生存期間の接近を生じさせ,非劣性の証明の原因であっ
た,⑥INTEREST試験はV1532試験と同様に後治療の影響を受
けた可能性があり,INTEREST試験では後治療でクロスオーバーさ
れた症例の割合が同程度であったのに対して,V1532試験ではドセタ
キセル群の後治療でイレッサが投与された割合が多く,イレッサ群では緩
和療法又はイレッサの継続投与の症例が多かったことが両試験の差となっ
た,全体の経過に対しての後治療の影響を解析しない限り,適切な評価が
できない,⑦IPASS試験は,無増悪生存期間で有意な差を示したとい
うが,後治療を考慮すると疑問である,仮に生存期間の点で有意に優れた
結果であったとしても,他の試験で有効性がないとの結果が得られている
のであるから,全体としてイレッサの有効性を認めるのは不可能である,
⑧EGFR遺伝子変異の有無は,イレッサの生存期間への影響がなかった
などとする。【甲E25〔63∼68頁〕,43〔29∼38頁〕,44
〔64∼68,77∼80頁〕,45〔6,7頁〕,76〔111∼11
7頁〕,証人濱[第1回]主尋問〔67∼75頁〕,証人濱[第1回]反対尋
問〔82∼91頁〕】
福島雅典は,①INTACT各試験では,セカンドライン治療における
イレッサ単剤の有効性が直接否定されたものではないといえるが,セカン
ドライン治療における単剤でのイレッサの有効性が証明されていない以
上,やはりイレッサには有効性がない,②ISEL試験におけるサブグル
ープ解析自体は後付けの解析なので無意味であって,サブグループ解析の
結果を踏まえた臨床試験により有効性が実証されなければならない,③S
WOG0023試験では,延命効果が証明されていない,放射線療法をし
た後に抗がん剤を投与する,放射線療法と化学療法の併用療法の後にドセ
タキセルを投与する,そのドセタキセルの代わりにイレッサを投与するこ
とは通常の治療で行われうるものであるから,SWOG0023試験の結
果を重く受け止めるべきであるなどとする。【甲E15〔6頁〕,22
〔6頁〕,23〔7頁〕,41〔42∼44頁〕,証人福島主尋問〔34
∼38頁〕,証人福島反対尋問〔16∼18,51∼60頁〕】
別府宏圀は,①INTACT各試験では,いずれもイレッサ投与群がプ
ラセボ群に対して生存期間中央値に有意な差がなく,延命効果を証明でき
なかった,INTACT各試験では2∼3剤の併用療法によりイレッサを
投与しているが,併用療法において延命効果を証明できなかったのに,単
剤で延命効果を発揮するという根拠がない,②ISEL試験では,サブグ
ループ解析の結果により,東洋人に延命効果があることが示唆されたとす
るが,上記サブグループ解析はあくまで探索的なものであり,仮説にすぎ
ず,医薬品の有効性の根拠にはならない,③SWOG0023試験は,中
間解析の結果で生存期間中央値がイレッサ群19か月,プラセボ群29か
月であったため,試験の継続によりイレッサが生存期間を改善する可能性
がみられないという理由で中止されたとする。【甲E37〔3∼6頁〕,
甲E39〔18∼31頁〕,40〔3∼21,79,80頁〕】
ウ主要な臨床試験(第Ⅲ相試験)に関する所見(研究報告)
(ア)被告会社が実施した第Ⅲ相試験
aINTACT各試験
(a)大橋信之ら「非小細胞肺がんに対するゲフィチニブ(イレッサ)
の使用経験」(広島医学56巻3号:平成15年3月,丙E8)
INTACT各試験の結果を受けて,現時点ではイレッサの初回
治療への導入は否定的であると結論づけられたとする。
(b)根来俊一,別府宏圀「イレッサの使用をめぐるコントラバーシ
ー」(「医学のあゆみ」206巻12号:平成15年9月,甲E3
6)
(根来の見解の要旨)
INTACT各試験では,生存期間及び腫瘍縮小効果のいずれ
においてもイレッサの追加効果が認められなかった。その原因は
ともかく,INTACT各試験は,合計2000例超の大規模な
比較臨床試験であるから,現時点では,化学療法歴のない進行非
小細胞肺がん患者に対して実地臨床として従来の抗がん剤とイレ
ッサを同時投与することは妥当ではない。
(別府宏圀の見解の要旨)
イレッサ単剤の効果については,INTACT各試験の結論に
対抗できるような科学的根拠がまだ得られていない。イレッサ単
剤の効果を裏付けるといわれているIDEAL1試験のデータ
は,信頼性に疑問がある。
(c)山田一彦,西條長宏「ゲフィチニブに対する臨床試験の現況と展
望」(「呼吸器科」4巻5号:平成15年11月,甲E52)
αINTACT各試験において,イレッサの追加効果がみられな
かった原因は次の①∼③などの点から試験デザインが不適切であ
った可能性が考えられる。
①イレッサが効果を発揮するはずの標的がん細胞が,殺細胞性
抗がん剤が効果を示すがん細胞と重複していたため,相加効果
が得られなかった。
②殺細胞性抗がん剤が直接的又は間接的にEGFRの機能や発
現に何らかの影響を与え,イレッサの抗腫瘍効果を減殺した。
③イレッサは,チロシンキナーゼに対する阻害作用を有する
が,対象分子標的が明確に同定されていない状況において,民
族間や人種間で,イレッサが抗腫瘍効果を発揮しやすい遺伝子
の保有率に差がある可能性がある。
βこれまでの臨床試験の導き出される結論は次のように整理され
る。
①既治療非小細胞肺がんにおける,イレッサ250mgの単
剤投与は,安全性と効果の臨床的有用性が示された。
②未治療進行非小細胞肺がん症例における従来の化学療法と
イレッサの同時併用には,生存期間延長効果がない。
③PS0∼2の既治療症例に対するイレッサの単剤投与は安
全である。
①及び③はいずれも第Ⅱ相試験の結果であるから,②以外の点
に関する臨床的疑問は未解決である。そこで,今後検討する課題
としては,進行非小細胞肺がんに対する初回化学療法としてのイ
レッサ単剤の効果及び安全性,イレッサの放射線療法との併用に
よる効果及び安全性,高齢者や全身状態(PS)不良非小細胞肺
がん症例などに対するイレッサ単剤の効果及び安全性,既治療非
小細胞肺がん症例に対する,従来の化学療法との直接比較試験に
よるイレッサの効果及び安全性の確認,緩和療法のみとの直接比
較によるイレッサの延命効果の証明などが考えられる。
(d)鈴木裕太郎ら「ゲフィチニブ(イレッサ)が著効した前治療無効
肺腺癌の一例」(「治療」Vol.87,No.4掲載:平成17年4月,
丙E17)
ファーストラインの非小細胞肺がん患者を対象としてINTAC
T1試験ではシスプラチンとゲムシタビンの併用療法とイレッサの
比較対照試験を,INTACT2試験ではカルボプラチンとパクリ
タキセルの併用療法とイレッサの比較対照試験を実施したが,いず
れも生存率を向上させる結果を示さなかった。この結果の一因とし
ては,他の分子標的治療薬と異なり,イレッサでは標的とするEG
FRの発現を確認せずに非小細胞肺がんという対照群で臨床試験が
行われ,かつ効果・効能が承認されていることが挙げられるとされ
ている。
(e)根来俊一「ISELとBR.21」(「MOOK肺癌の臨床2005-
2006」:平成18年3月15日,丙E45)
根来は,INTACT各試験において,イレッサの追加効果がみ
られなかった原因として以下の点を挙げる。
①イレッサが効果を発揮するはずの標的がん細胞が,殺細胞性抗
がん剤が効果を示すがん細胞と重複していたため,相加効果が得
られなかった。
②殺細胞性抗がん剤が直接的又は間接的にEGFRの機能や発現
に何らかの影響を与え,イレッサの抗腫瘍効果を減殺した。
③再発非小細胞肺がんに対するイレッサ単剤の奏効率は,IDE
AL1試験の日本人を除けば10%程度であり,この程度の抗腫
瘍効果で強力な2剤併用化学療法への追加効果を求めることには
無理があった。
(f)西條長宏,DavidH.Johnson,FredR.Hirsch,光冨徹哉,山本信
之,高野利実「EGFR−TKIの効果予測因子をめぐって−EG
FR遺伝子変異かEGFR遺伝子コピー数か」(ASCO2006パンフ
レット:平成18年11月,丙E80)
(光冨徹哉の見解の要旨)
進行非小細胞肺がんを対象に標準的化学療法のみの群と標準的化
学療法とイレッサとの併用群とを比較したINTACT各試験では
標準的化学療法のみの群においてEGFR遺伝子変異のある症例で
予後がよい傾向が認められたが,症例数が少ないため,INTAC
T各試験からはEGFR遺伝子変異が予後因子であるとはいえな
い。他のデータなどから判断する限りは,EGFR遺伝子変異は予
後因子ではなく,延命効果の効果予測因子であると考える。
bISEL試験
(a)西條長宏,NicholasThatcher,田村友秀,山本信之「ISEL
試験についてThatcher教授と語る」(平成17年7月,丙E3
0)
αイレッサの効果には人種差があるかについて
山本は,人種によるイレッサの奏効率の差が有意ではなかった
と報告されたIDEAL1試験の多変量解析の結果について,多
変量解析には「免疫療法又はホルモン療法施行歴」という因子が
含まれており,上記因子がイレッサと有意に相関したことによ
り,人種という因子で差が検出できなかった旨述べている。
西條長宏は,免疫療法又はホルモン療法を用いていたのは大半
が日本人であったため,IDEAL1試験では人種差が生じなか
った旨述べている。
βISEL試験結果について
Thatcherは,①ISEL試験の試験計画書において補助的に
用いることが規定されていた分析方法(Cox回帰分析)では全症
例で生存期間の延長につき統計学的有意差が認められた,②IS
EL試験とBR.21試験の結果に差が生じた理由(両試験は,
同じデザインの試験で同じ作用機序を有する薬剤を使用しなが
ら,前者は,イレッサについて延命効果が統計学的有意差をもっ
て証明できなかったが,後者は,タルセバについて延命効果が統
計学的な有意差ともって証明された。)は,ISEL試験が,E
GFR遺伝子変異などの効果予測因子を考慮せずに様々な患者を
集積して行ったものなので,患者選択が適切でなかった可能性が
考えられるなど述べている。
山本は,ISEL試験により,東洋人のサブグループで生存期
間の延長効果が示唆され,東洋人にセカンドライン以降でイレッ
サを投与し続けることができる科学的根拠を得たと述べ,田村と
Thatcherも同趣旨の意見を述べている。
(b)NickThatcherほか「Gefitinibplusbestsupportivecarein
previouslytreatedpatientswithrefractoryadvancednon-
small-celllungcancer:resultsfromarandomised,placebo-
controlled,multicentrestudy(IressSurvivalEvaluationin
LungCancer)」(Lancet2005vol.366(1527-37頁):平成17年
10月,丙E34[枝番号8の1,8の2])
①ISEL試験の結果,全症例と腺がん症例のいずれにおいて
も,イレッサ療法は全生存期間の有意な延長と相関しないことが
示され,生存期間に関する有意差が得られなかった理由は不明で
ある。
イレッサが非小細胞肺がんに対して有効性を有しないものであ
る可能性,投与量が最適量より少なかった可能性などは考えにく
く,ISEL試験の方法論的な問題が生存所見に影響を与えた可
能性がある。特に,ISEL試験の高度治療抵抗性疾患患者群に
はいかなる追加療法も奏効しなかった可能性がある。試験を行っ
た場所なども,環境因子(喫煙に対する曝露など)を通じて,試
験結果に影響を及ぼした可能性がある。
②ISEL試験のサブグループ解析では,非喫煙者群及び東洋人
群において,イレッサの生存期間に有意差が生じた。
上記サブグループ解析は,予め計画されたものであり,厳密な
統計学的手法を使用した。この手法により,1つ以上の偽陽性所
見が分析を行ったサブグループで生じる可能性は低い。よって,
非喫煙者群及び東洋人群で認められた生存期間の有意差は,偶然
によるものとは考えられず,イレッサ療法の効果であると考えら
れる。この結論は,副次的評価項目に関するデータのサブグルー
プ解析内の内部整合性によって支持されるものである。
(c)光冨徹哉「ゲフィチニブはアジア人と非喫煙者には有用な可能
性」(MMJ2006vol.2No.2:平成18年2月,丙E44)
ISEL試験が生存期間に関する有意差が得られなかった理由と
して,3つの可能性が挙げられる。
イレッサが化学療法不適応の肺がんに対して無効である可能性
は,各臨床試験の結果から考えにくい。
第Ⅱ相試験の結果によれば,250mg/日と500mg/日の奏効率
や生存には差がなかったことから,用量に関する可能性も考えにく
い。
患者の選択基準に関する可能性がある。ISEL試験は,最後の
化学療法投与から90日以内に再発した患者を対象としていたた
め,治療抵抗性の集団が選ばれていた可能性がある。ISEL試験
とBR.21試験(別紙26[タルセバ試験概要・結果(BR.2
1試験)]参照)では,EGFRチロシンキナーゼが奏効する患者
が非奏効である患者に希釈された程度の差が両試験の結果に現れた
と解釈できる。したがって,今後の臨床試験ではより利益を受けや
すい集団を選択して試験対象とすることが肝要である。
(d)根来俊一「ISELとBR.21」(「MOOK肺癌の臨床2005-
2006」掲載:平成18年3月15日,丙E45)
BR.21試験(別紙26[タルセバ試験概要・結果(BR.2
1試験)])は,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤が非小細胞肺が
ん患者の延命に寄与することを証明した試験である。
イレッサを含むEGFRチロシンキナーゼ阻害剤は,臨床的には
非喫煙者,女性,腺がんといった背景を有する患者に,基礎的には
EGFR遺伝子変異を有する患者に効果が高いと考えられるが,例
外はある。
真の適応対象を決めるために今後さらなる研究が必要である。た
だし,分子標的治療薬の有効性を検証する試験では,標的を有する
対象症例に的を絞った試験を行うことが重要であり,従来の抗がん
剤のように,漠然と非小細胞肺がん一般を対象とした試験を行うべ
きではない。我々はこの教訓を次の機会に生かさねばならない。
(e)西條長宏,DavidH.Johnson,FredR.Hirsch,光冨徹哉,山本信
之,高野利実「EGFR−TKIの効果予測因子をめぐってEG
FR遺伝子変異かEGFR遺伝子コピー数か」(ASCO2006
パンフレット:平成18年11月,丙E80)
EGFRチロシンキナーゼ阻害剤を使用した第Ⅲ相試験におい
て,EGFR遺伝子変異解析により変異が確認された症例数は,I
SEL試験では26例,BR.21試験では24例,INTACT
試験では32例であった。
(f)別府宏圀ほか「イレッサ(ゲフィチニブ)は日本でも中止を」
(「正しい医療と薬の情報」:第20巻1号,平成17年1月28
日,甲E31)
ISEL試験のサブグループ解析などを踏まえても,東洋人に対
する延命効果の証拠はなく,その可能性もない。
①市販前の臨床試験(IDEAL1試験)では,日本人群と外国
人群との間では腫瘍縮小効果に民族差がない,②ISEL試験の東
洋人サブグループ解析では,東洋人群の喫煙歴なしの患者では生存
期間中央値4.5か月であり,これは東洋人群の喫煙歴ありの患者
の生存期間中央値6.3か月に比較して極端に短く,東洋人で喫煙
歴なしの患者には著しい偏りが考えられる(非東洋人群では,喫煙
歴なしの患者の生存期間中央値が7.1か月,喫煙歴ありの患者の
生存期間中央値が4.8か月であり,これが一般的な結果であ
る。),③一般に,延命効果を見る成績を提示する場合,患者の背
景因子に偏りがないことを示すべきであるのに,これをしていない
ので,東洋人の非喫煙者のサブグループ解析結果は無効である,④
EGFR遺伝子変異発現は,イレッサ使用による腫瘍縮小効果と関
係しているが,生存期間との関連は不明である,⑤ISEL試験に
おける東洋人群の結果は,IDEAL1試験の結果や一般常識と矛
盾するため,信用性がない。
したがって,ISEL試験において示された非東洋人群の結果
(寿命延長効果がなかった)は日本人にも当てはまるといえるか
ら,イレッサは日本人にも無効であるとして対処すべきである。
(g)濱六郎「イレッサISEL試験患者背景に有意の偏り:『東洋
人に延命効果』は疑問」(「正しい医療と薬の情報」第20巻3
号,平成17年3月28日,甲E32)
ISEL試験の東洋人サブグループ解析では,最も重要な背景因
子である「診断から無作為割付けまでの期間」に重要な偏りがみら
れたから,上記サブグループ解析により東洋人に延命効果が示唆さ
れたということはできず,イレッサが東洋人・日本人にも効かない
ことが証明されたも同然である。
東洋人サブグループにおける喫煙者ではイレッサ群とプラセボ群
間の比率が同じであるが,非喫煙者ではイレッサ群には診断から割
付けまでの期間が長い患者が多かった(進行が遅く長生きを期待で
きる患者はイレッサ群に多かった。)。診断から割付けまでが短い
患者は,プラセボ群で41%,イレッサ群で22%,診断から割付
けまでが1年以上空いている患者は,プラセボ群で25%,イレッ
サ群で40%であり,統計学的に有意な差であった。したがって,
イレッサ群で生存率が高くても,イレッサにより寿命が延長したと
はいえない。
また,上記背景因子の差は,対象者の割付けが無作為ではなく,
作為が働いたと考える。無作為に割り付けたのであれば,有意差に
気がつけば,その要因を調整したはずである。
cV1532試験
(a)丸山理一郎ら「PhaseⅢstudy,V15-32,ofGefitinibVersus
DocetaxelinPreviouslyTreatedJapanesePatientsWithNon-
Small-CellLungCancer」(JOURNALOFCLINICALONCOLOGY
Vol.26No.26:平成20年9月,丙E60[枝番号1,2])
①V1532試験では,全生存期間に関して,イレッサのドセタ
キセルに対する非劣性を証明することができなかったが,両薬剤
治療期間に有意差は認められなかった。
試験計画時の統計学的仮定では,イレッサ群の方がドセタキセ
ル群よりも生存率が20%長いとしたため,非劣性試験にしては
症例数を比較的少なく設定した。しかし,V1532試験開始
後,日本での市販後の経験やV1532試験などにおいて,多数
の症例で増悪後に割り付けられなかったもう一方の薬剤への切り
替えが行われたことから,イレッサ群とドセタキセル群が類似し
た生存期間を有する可能性が高いと考えられるようになった。生
存期間が同等であると仮定すると,V1532試験の規模で非劣
性を証明できる確率は48%に低下する。
また,V1532試験のドセタキセル群の生存期間中央値(1
4.0か月)は,ドセタキセルの日本における過去の試験成績
(7.8∼9.4か月)よりも長かった。
②V1532試験では,割付治療の中止後にさらに抗がん剤の追
加投与を受けた患者の割合が高く,後治療が行われた症例数やタ
イプに違いがみられたため,生存率の成績を解釈することが難し
くなった。
V1532試験で用いた副次的評価項目は後治療の影響をほと
んど受けず,その成績から日本人患者においてイレッサとドセタ
キセルは同様に有効であることが再確認された。
③V1532試験では主要目的を達成できず,一部のサブグルー
プは症例数が少なく,後治療に関しても群間に違いがみられたた
め,サブグループ解析の結果は慎重に解釈すべきである。
群間比較の結果,ドセタキセルに比べてイレッサの投与により
全生存期間が有意に延長したサブグループはなかった。
事後解析で群間比較を行うと,いずれの群でも,女性,喫煙歴
のない例及び腺がん例の方が,それ以外の例に比べて生存期間が
有意に長かった。上記サブグループでは,イレッサだけでなく,
ドセタキセルの投与でも優れた効果が得られるものと思われる。
しかし,上記サブグループのドセタキセル割付例では,後治療と
してイレッサの投与率が高く,後治療の影響をほとんど受けない
無増悪生存期間や奏効率では上記サブグループにおける有効性は
イレッサには認められたが,ドセタキセルには認められなかっ
た。
後治療が上記サブグループにおける全生存期間の解釈を複雑に
していることを示唆するものである。
(b)國頭英夫「国内第Ⅲ相臨床試験(V15-32)」(AstraZeneca
SymposiumonMolecularTargetedTherapyinNSCLC2007
Hilights:平成19年9月,丙E64)
V1532試験では,クロスオーバー(後治療では,割り付けら
れた薬剤ではないもう一方の薬剤を投与した。)があるため最後に
は生存期間が重なるはずであるが,実際には後半にイレッサが優勢
になっており,クロスオーバーの効果がどこかで消えてしまった。
上記現象は最初にドセタキセルを投与された症例ではイレッサの
投与時期を逸する,又は効果を最大限に発揮できる投与時期を逸す
る患者がいることを示唆しているのかもしれない。
(c)西條長宏「V-15-32試験の結果より分子標的治療薬と殺細胞性抗
悪性腫瘍薬の効果の差を考察する」(「がん分子標的治療」Vol.5
No.4:平成19年,甲E62)
選別しない症例群を対象とした臨床試験における抗腫瘍効果は,
分子標的治療薬よりも殺細胞性抗悪性腫瘍薬の方が高い可能性があ
る。分子標的治療薬は分子標的を保有する細胞にのみ抗腫瘍効果を
示すため,同じ奏効率であっても全体として腫瘍量減少量は殺細胞
性抗悪性腫瘍薬に比べて少ないことがある。
V1532試験の結果を見ると,全体としては,多数の患者に多
少なりとも効果を示すドセタキセルの抗腫瘍効果は,特定の少数集
団にのみ効果を示すと思われるイレッサよりも上回ると示唆され,
特に標的をもたない患者群に対する抗腫瘍効果の差は著しいと考え
られる。
V1532試験の結果は,イレッサが標的の明確な患者集団に対
して投与すべきことを示唆しているが,標的を確実に選別する方法
がない状況といえる。
(d)竹内正弘「ゲフィチニブとドセタキセルの生存期間を比較する多
施設共同非盲検無作為化並行群間比較第Ⅲ相市販後臨床試験の結果
に対する統計的考察」(平成19年2月1日,甲C6)
αドセタキセル群に対するイレッサ群の治療効果が時間依存的に
変化する現象を捉えるために,時点ごとの生存率を評価指標とし
て,治療効果を時点ごとに推測すると,次の①及び②の結果とな
った。
①1年未満の時点における生存率は,治療効果の95%信頼区
間から,ドセタキセル群がイレッサ群よりも優れていることが
示唆された。
②2年前後の時点では,治療効果の点推定値の結果からはイレ
ッサ群の方がドセタキセル群よりもよかった。しかし,その信
頼区間は広く,これらの時点でイレッサ群がドセタキセル群よ
り優れていると積極的にはいいがたい。
β効果予測因子及び予後因子の探索など,詳細な解析が必要とな
るが,その解析は探索的な解析であり,そこから得られた新たな
仮説を別途検証すべきである。
効果予測因子及び予後因子が特定できたとしても,治療効果が
時点ごとに異なる結果の場合,治療法の選択は有効性と安全性の
比較衡量(1年未満の生存率を重視するか,2年後の生存率をよ
り重視するか)に基づく判断によって決定される。
dINTEREST試験
(a)EdwardSKimほか「Gefitinibversusdocetaxelin
previouslytreatednon-small-celllungcancer(INTEREST):a
ramdomaisedphaseⅢtrial」:(平成20年11月,丙E57
[枝番号1,2])
INTEREST試験により,進行性非小細胞肺がんにおける分
子標的治療薬と殺細胞性抗がん剤は同程度の有効性を示すことが確
認され,イレッサはドセタキセルに対して全生存期間の点で非劣性
を示し,抗腫瘍効果と無増悪生存期間の点ではイレッサとドセタキ
セルが同程度であることを示している。
INTEREST試験におけるイレッサとドセタキセルを用いた
場合の生存期間中央値は今までの試験の結果と類似しており,両投
与群は予想通りの結果を示したことを示唆している。
これに対して,日本で実施されたV1532試験では,ドセタキ
セルに対するイレッサの生存期間における非劣性を統計的に証明で
きなかった。
V1532試験は,小規模であり,試験治療中止後に実施した後
治療に均衡がとられていなかったため,生存期間のデータの解釈を
複雑にしている。これとは対照的に,INTEREST試験では後
治療に関して投与群間で均衡がとられている。
(b)J-Y.Douillard「化学療法治療歴を有する非小細胞肺がんにおけ
るイレッサとドセタキセルを比較した第Ⅲ相試験(INTERES
T)における,臨床因子及びバイオマーカーによるサブグループ解
析」(ASCO2008ConferenceHighlightsvol.2:平成20年8月,
丙E62[枝番号2])
INTEREST試験のサブグループ解析では,イレッサとドセ
タキセルのいずれかの延命効果をより強く予測するような臨床因子
やバイオマーカーを同定することはできなかった。非喫煙者,女
性,アジア人,腺がん及びEGFR遺伝子変異陽性の各サブグルー
プでは,それ以外のサブグループよりも全生存期間が長い傾向がみ
られたが,各群による差は認められておらず,上記因子は効果予測
因子ではなく,予後因子である可能性を示唆している。上記因子
は,プラセボと比較した時のイレッサ又はドセタキセルによる延命
効果を予測する因子である可能性も考えられる。
(c)RonaldB.Natale「ドセタキセルに対する全生存期間の非劣性を
証明する海外第Ⅲ相試験」(AstraZenecaSymposiumonMolecular
TargetedTherapyinNSCLC2007Hilights:平成19年9月,丙
E64)
ISEL試験では,イレッサ群がプラセボ群に比べて,全生存期
間において良好な傾向がみられたが,統計学的な有意差はみられな
かった。
ISEL試験ではINTEREST試験に比較して,セカンドラ
インの症例が少なく(49%vs85%),前化学療法にPDであっ
た症例が多く(45%vs31%),PS2以上の症例が多い(3
3%vs12%)といった患者背景の違いがあり,この差異は両試験
結果が異なる一因と考える。
(d)濱六郎「ゲフィチニブ(イレッサ)−IPASS試験とINTE
REST試験でも生存短縮−」(「正しい医療と薬の情報」第24
巻8・9号:平成21年9月28日,甲E94[枝番号43])
割付療法使用期間の中央値は,イレッサ群が2.4か月,ドセタ
キセル群が2.8か月であったから,主要評価項目である全生存期
間に対する各薬剤の直接的な影響は約3か月までのデータに現れ
る。したがって,全生存期間に対する最も信頼できる検討期間は投
与開始から約3か月目までである。
投与開始から3か月までの間の1か月ごとの累積死亡率を検討す
ると,最初の1か月間の死亡率は,ドセタキセル群が約1.8%,
イレッサ群が約3.7%であり,イレッサ群はドセタキセル群の約
2倍であり有意に高かった。2か月目と3か月目の月ごとの死亡率
には,イレッサ群とドセタキセル群の間に有意な差はなかったが,
3か月目の累積死亡率は,ドセタキセル群が16.8%,イレッサ
群が21.2%であり,イレッサ群はドセタキセル群に比べて有意
に高かった。イレッサ群はドセタキセル群よりも死亡者数が34人
多かった。
全体として,差がないように見えるのは半数以上がそれぞれ最初
に割り付けられた治療法を中止し,その後イレッサ群はドセタキセ
ルなど他の化学療法を,ドセタキセル群はイレッサなどをそれぞれ
後治療として用いた結果と推察される。
無増悪生存期間についても,後治療が影響していたと思われる。
eIPASS試験
(a)TonyS.Mokら「GefitiniborCarboplatin-Paclitaxelin
PulmonaryAdenocarcinoma」(TheNewEnglandJournalof
Medicine):平成21年8月,丙E72[枝番号1,2])
αIPASS試験のEGFR遺伝子変異を有する患者のサブグル
ープでは,イレッサ投与群の方が,カルボプラチンとパクリタキ
セルの併用療法群よりも奏効率が高く(71.2%),無増悪生
存期間が延長していた。他方,上記遺伝子変異を有しない患者の
サブグループでは,イレッサの奏効率は低く(1.1%),無増
悪生存期間は併用療法群の方が良好であった。上記対照的な転帰
によって,全患者集団における無増悪生存期間の治療効果の経時
的な変化が説明されるものと考えられる。
βIPASS試験の結果は,可能な場合には常に肺腺がんの初期
治療前にEGFR遺伝子変異の状態を明らかにすべきであること
を示唆している。IPASS試験では,臨床的に選別された集団
における腫瘍の59.7%がEGFR遺伝子変異を有しているの
に対して,ISEL試験及びINTEREST試験の未選別患者
集団における腫瘍ののEGFR遺伝子変異を有している患者の割
合はそれぞれ12.8%と14.8%であった。
γEGFR遺伝子変異の存在は,イレッサの効果予測因子であ
り,EGFR遺伝子変異を有する患者に対するファーストライン
治療においてはイレッサは有益である。
(b)福岡正博ら「化学療法未治療のNSCLC患者を対象にしゲフィ
チニブとカルボプラチン/パクリタキセルを比較する第Ⅲ相試験
(IPASS)」(JapaneseJournalofLungCancer:平成20
年10月,丙E63)
IPASS試験では,アジアにおける,化学療法未治療,非喫煙
者・軽度の喫煙者,腺がんの非小細胞肺がん患者に対して,イレッ
サは2剤併用化学療法よりも優れた有効性を示し,QOLの改善,
同等の症状改善,良好な忍容性を示した。
無増悪生存期間については,2剤併用化学療法が初期には優れて
いたが,以後はイレッサが優れていたが,これはEGFR遺伝子変
異の有無による効果の違いによってもたらされた可能性が高い。
(c)濱六郎「ゲフィチニブ(イレッサ)−IPASS試験とINTE
REST試験でも生存短縮−」(「正しい医療と薬の情報」第24
巻8・9号:平成21年9月28日,甲E94[枝番号43])
各群の割付療法使用期間の中央値は,イレッサ群が5.6か月
(0.1∼22.8か月,平均6.4か月),カルボプラチンとパ
クリタキセルの併用群(CP併用群)が4.1か月(0.7∼5.
8か月,平均3.4か月)であった。すなわち,4か月目以降は,
CP併用群の約半数がカルボプラチンとパクリタキセルの併用療法
を終了し,他の療法に切り替えた可能性がある(死亡例は後療法な
しである)。また,イレッサ群でも開始後6か月経過時には,半数
以上がイレッサの使用を終了した。したがって,各薬剤の直接的な
影響はせいぜい4か月までのデータに現われていることになる。
また,総死亡の累積オッズ比は,4か月まではほぼ2前後であ
り,5か月目までは有意であるが,5か月を超えると1に近くなり
有意でなくなる。4か月目における累積死亡者数は,CP併用群が
49人,イレッサ群が82人と推定された。これは,CP併用群に
比してイレッサ群で死亡が33人多いことを示すものであり,この
33人は少なくともイレッサによる死亡といえる。CP併用群でも
副作用死が生じているはずであるから,イレッサによる死亡は33
人よりも多いはずである。
1か月毎に見てみると,イレッサ群の死亡オッズ比は,1か月ま
でが約2.0(有意),2か月目が約1.6,3か月目が約3.1
(有意)であった。4か月目,5か月目では,総死亡はCP併用群
とイレッサ群との間で有意差がなく,5か月を超えると,イレッサ
群の死亡が,CP併用群に比べて有意に少なくなった(オッズ比
0.29)。
この結果,4か月目まで(0∼4か月未満)のオッズ比と6か月
目(5か月∼6か月未満)のオッズ比を計算し,それぞれを比較す
ると,6か月目のオッズ比に対して4か月目までのオッズ比は,総
死亡では6.2倍であった。すなわち,4か月目までと6か月目で
はハザード比が6倍も異なる。全生存期間では,全期間期間のハザ
ード比が一定であることを条件として成り立っているコックス(C
ox)の比例ハザードモデルによるハザード比の計算は成立しない
ということを示している。これは全生存期間だけではなく,無増悪
生存期間についても同様である。
以上のように,IPASS試験では,後治療が全生存期間だけで
なく,無増悪生存期間に影響した。
(イ)他の研究グループが実施した第Ⅲ相試験
aSWOG0023試験
KarenKellyら「PhaseⅢtrialofmaintenancegefitinibor
placeboafterconcurrentchemoradiotherapyanddocetaxel
consolidationininoperablestageⅢnon-small-celllung
cancer(SWOG0023)」(JOURNALOFCLINICALONCOLOGY
vol.26no.15:平成20年5月,甲E77)
臨床試験において維持療法として投薬されたイレッサは,生存期間
において,プラセボと比較しても結果的に劣性を示した。患者の背景
因子の差又は有意な治療の相互作用の結果であるとは考えにくく,喫
煙歴など,SWOG0023試験で捕捉していない患者の背景因子で
差が生じている可能性はあるとしても,患者の背景因子のみではイレ
ッサに関する否定的な結果の説明はできそうにない。
イレッサがプラセボと比較して劣性を示した理由は不明であるが,
臨床試験外のⅢ期の患者に対して維持療法として日常的に使用するこ
とは避けるべきである。
bWJTOG0203試験
(a)樋田豊明「進行非小細胞肺がん症例におけるプラチナ製剤を含む
2剤併用化学療法+逐次イレッサ併用療法とプラチナ製剤を含む2
剤併用化学療法の継続とを比較するランダム化比較第Ⅲ相試験:西
日本胸部腫瘍臨床研究機構試験(WJTOG0203)の結果」(ASCO2008
ConferenceHighlightsvol.1:平成20年8月,丙E62[枝番号
1])
WJTOG0203試験において試験計画で事前に計画されてい
たサブグループ解析によると,腺がん症例ではイレッサ群が有意な
延命効果の延長を示した。
非喫煙者症例ではイレッサ群と化学療法群との間に有意な差はな
かったが,非喫煙者症例の化学療法群の76%の患者が後治療でイ
レッサの投与を受けたことから,クロスオーバーが生じ,イレッサ
が両群に同じように延命効果をもたらした可能性が考えられる。
イレッサがよく奏効するサブグループに関しては,化学療法後す
ぐにイレッサ投与を開始する場合と病勢進行を確認してから投与を
開始する場合で延命効果には差がない可能性が示唆される。
(b)KojiTakedaら「RandomizedPhaseⅢTrialofPlatinum-
DoubletChemotherapyFollowedbyGefitinibComparedWith
ContinuedPlatinum-DoubletChemotherapyinJapanesePatients
WithAdvancedNon-Small-CellLungCancer:ResultsofaWest
JapanThoracicOncologyGroupTrial(WJTOG0203)」(JOURNAL
OFCLINICALONCOLOGY:平成21年9月,丙E79[枝番号1,
2])
WJTOG0203試験では,主要評価項目である全生存期間に
ついて,2剤併用療法後の逐次療法としてのイレッサの有益性は証
明されなかった。サブグループ解析の結果,イレッサの逐次療法に
よって生存期間が延長する可能性(特に腺がん患者)があることが
証明された。
cNEJ002試験
MakotoMaemondoら「GefitiniborChemotherapyforNon-Small-
CellLungCancerwithMutatedEGFR」(TheNewEnglandJournal
ofMedicine:平成22年6月,丙E78[枝番号1,2])
IPASS試験では,サブグループ解析により,イレッサがEGF
R遺伝子変異を有する患者群には有効であったが(死亡又は病勢進行
のハザード比:0.48),EGFR遺伝子変異を有しない患者群に
は無効であった(ハザード比:2.85)という所見が示された。N
EJ002試験は上記所見の正当性を証明するものである。
進行非小細胞肺がんに対する治療の第Ⅲ相試験の主要評価項目は全
生存期間である。しかし,NEJ002試験を開始した際(平成18
年)には,EGFR遺伝子変異のある非小細胞肺がん患者を対象とし
たNEJ第Ⅱ相試験(NEJ第Ⅱ相試験の概要及び結果は,別紙21
[NEJ第Ⅱ相試験概要・結果]のとおりである。)から無増悪生存
期間に関するデータしか入手できなかった。全生存期間に関するデー
タを最初に入手したのは平成20年であり,このころにIPASS試
験のサブグループ解析などが報告された。
エ承認後の被告国の対応
(ア)厚生労働省のゲフィチニブ検討会【丙E45,丙K3[枝番号1∼1
6],4[枝番号1∼12],5[枝番号1∼12],6[枝番号1∼1
3]】
平成16年12月,被告会社が,ISEL試験におけるイレッサ投与
群とプラセボ対照群の生存期間に有意差を認めなかったとの結果を発表
したことを受け,厚生労働省は,平成17年1月20日,同年3月10
日,同月17日,同月25日の合計4回にわたり,ゲフィチニブ検討会
を開催した。同検討会は,ISEL試験の詳細解析結果,EGFR遺伝
子変異に関する治験及び日本肺癌学会作成の「ゲフィチニブ使用に関す
るガイドライン」について,検討した。
ゲフィチニブ検討会は,同年1月20日,第1回ゲフィチニブ検討会
における検討結果を踏まえ,「ゲフィチニブISEL試験の初回解析結
果に関する意見」を公表し,①ISEL試験の結果の我が国におけるイ
レッサの臨床的有用性に対する影響を判断するためにはISEL試験結
果の詳細な解析結果を待つ必要があること,②現時点で本剤の使用を制
限する等の措置を講ずる必要性に乏しいこと等を指摘した。
【丙K6[枝番号8]】
その後,同検討会は,3回にわたり検討し,次のa∼cを内容とする
「ゲフィチニブISEL試験結果の評価とゲフィチニブ使用に関する当
面の対応についての意見」を公表した。
aISEL試験の結果について
全症例を対象とした場合,イレッサ群とプラセボ群との比較で腫瘍
縮小効果では統計学的に有意な差が認められたが,主要評価項目であ
る生存期間では,試験計画書に記載された解析手法により解析した結
果,統計学的に有意な差が認められなかった。
東洋人を対象としたサブグループ解析では,イレッサの投与が生存
期間の延長に寄与することが示唆され,上記サブグループ解析の結果
は信頼性が高いと認められた。
bEGFR遺伝子変異の臨床応用について
EGFR遺伝子変異は,イレッサの腫瘍縮小効果を予測しうる重要
な因子である。
しかし,EGFR遺伝子変異検査には,標準的な測定及び評価方法
が確立しておらず,EGFR遺伝子変異検査の結果の信頼性には疑問
があり得ること,EGFR遺伝子変異が確認されていない症例でも奏
効する症例が少数ながら存在することから,現在の測定及び評価方法
によりEGFR遺伝子変異が確認されていない場合でも,検査結果が
イレッサの投与を行わないとするだけの決定的な根拠とはならない。
cゲフィチニブ使用に関する当面の対応について
国は,ゲフィチニブ(イレッサ)の適正使用を進めるため,同年3
月に改訂された日本肺癌学会の「ゲフィチニブ使用に関するガイドラ
イン」の医薬関係者及び患者に対する周知を図る。
被告会社は,患者情報の把握に一層努めるとともに,関係学会と協
力するなどして,ゲフィチニブの有効性と関係する変異の解明,EG
FR遺伝子変異検査方法の確立等に向けて努力し,得られた成果を積
極的に公表して,医薬関係者及び患者に対して情報提供する。
被告会社は,ゲフィチニブの日本人における生存期間に対する有効
性を評価するための比較試験の早急な完了に向けて努力する。
被告会社は,急性肺障害,間質性肺炎発症原因の解明や回避方法の
策定に向けて努力し,得られた成果を積極的に公表して,医薬関係者
及び患者に対して情報提供する。
(イ)薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会【乙D6
5,丙K8[枝番号14]】
薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会の安全対策調査会は,平
成19年2月1日,被告会社から提出された「1又は2レジメンの化学
療法治療歴を有する,進行/転移性(ⅢB記/Ⅳ期)又は術後再発の非
小細胞肺癌患者を対象にゲフィチニブとドセタキセルの生存期間を比較
する多施設共同非盲検無作為化並行群間比較第Ⅲ相市販後臨床試験」
(国内第Ⅲ相試験,V1532試験)の結果について検討し,さらに,
平成20年8月1日,被告会社が提出した同試験についての詳細な解析
結果等及び被告会社が提出した「プラチナ製剤を含むレジメンによる治
療歴を有する局所進行又は転移性非小細胞肺癌患者におけるゲフィチニ
ブとドセタキセルの多施設共同非盲検無作為化並行群間比較第Ⅲ相試
験」(INTEREST試験)の結果について検討し,以下のような意
見を取りまとめた。
aV1532試験について
V1532試験は,全生存期間におけるイレッサ群のドセタキセル
群に対する非劣性を示すことができなかった。後治療が全生存期間に
何らかの影響を与えた可能性が考えられるが,その影響を正確に評価
することは困難と考えられた。
主要評価項目である全生存期間について,各サブグループにおいて
治療群間を比較した場合,ドセタキセルと比較してイレッサの効果が
より高いサブグループは明らかにはならなかった。EGFR遺伝子変
異については,死亡例が非常に少ないため,全生存期間に関して評価
を行うことは困難であった。
以上の結果等を踏まえると,平成19年2月1日の同調査会におけ
る「1又は2レジメンの化学療法歴(少なくとも1レジメンはプラチ
ナ製剤を含む)を有する手術不能又は再発非小細胞肺がんの患者の治
療に際し,一般的に,ドセタキセルに優先してイレッサの投与を積極
的に選択する根拠はない」との検討結果を変更する必要はないと考え
られた。
bINTEREST試験について
INTEREST試験は,アジア地域を含む24か国が参加して行
われた試験である。
全生存期間におけるイレッサ群のドセタキセル群に対する非劣性が
示された(ハザード比=1.020(96%信頼区間0.905∼
1.150))。なお,ハザード比は,アジア人(1.04)とアジ
ア人以外(1.01)で類似していた。
cイレッサの使用等について
V1532試験及びINTEREST試験の結果などを踏まえる
と,少なくとも投与開始後4週間は入院又はそれに準ずる管理の下
で,間質性肺炎等の重篤な副作用発現に関する観察を十分に行うな
ど,現在の安全対策が継続されることにより,イレッサは手術不能又
は再発非小細胞肺がんの治療において臨床的に有用なものである。
V1532試験の結果などを踏まえると,引き続き,1又は2レジ
メンの化学療法歴(少なくとも1レジメンはプラチナ製剤を含む)を
有する手術不能又は再発非小細胞肺がんの患者の治療に際し,一般的
に,ドセタキセルに優先してイレッサの投与を積極的に選択する根拠
はない旨について,V1532試験の結果とともに,患者に十分な説
明が行われるよう被告会社に対し,医薬関係者に情報提供するよう指
導することが適当である。
なお,上記の情報提供のため,国内第Ⅲ相試験の結果(概要)につ
いては,添付文書の「その他の注意」欄に記載することが適当であ
る。
厚生労働省は,引き続き,国内外における本剤の有効性及び安全性
に関する情報を収集し,必要な対応を行うことが適当である。
オ承認後の第Ⅲ相試験成績の評価
(ア)INTACT各試験について【甲B1,2】
INTACT各試験の結果は,平成14年8月に公表された。
INTACT1試験(別紙12(INTACT1試験概要・結果))
は,ファーストラインの進行又は転移性の非小細胞肺がん患者を対象と
して,イレッサの標準的治療法(シスプラチンとゲムシタビンの併用療
法)に対する有効性を確認することを目的として,シスプラチン・ゲム
シタビンの2剤併用療法とイレッサ・シスプラチン・ゲムシタビンの3
剤併用療法を比較した試験であり,症例数は1093例であった。IN
TACT1試験の結果は,主要評価項目である全生存期間(生存期間中
央値及び1年生存率)についてみると,3剤併用療法群(イレッサ25
0mg/日群)の各値はそれぞれ9.9か月,41%,プラセボ群(2剤
併用療法群)の各値はそれぞれ10.9か月,44%であった。この3
剤併用療法群の数値は,2剤併用療法群と比較して,同程度又は低いも
のであるほか,奏効率も,3剤併用療法群が51.2%,2剤併用療法
が47.2%であって,同程度であり,優位な数値を示すものではなか
った。
INTACT2試験(別紙13(INTACT2試験概要・結果))
も,INTACT1試験と同様の試験デザインであり,ファーストライ
ンの進行又は転移性の非小細胞肺がん患者を対象として,イレッサの標
準的治療法(カルボプラチンとパクリタキセルの併用療法)に対する有
効性を確認することを目的として,カルボプラチン・パクリタキセルの
2剤併用療法とイレッサ・カルボプラチン・パクリタキセルの3剤併用
療法を比較した試験であり,症例数は1037例であった。INTAC
T2試験の結果は,主要評価項目である全生存期間(生存期間中央値及
び1年生存率)についてみると,3剤併用療法群(イレッサ250mg/
日群)の各値はそれぞれ9.8か月,41%,プラセボ群(2剤併用療
法群)の各値はそれぞれ9.9か月,42%であった。この3剤併用療
法群の数値は,2剤併用療法群と比較して,同程度又はごく僅かに低い
ものであるほか,奏効率も,3剤併用療法群が30.4%,2剤併用療
法が28.7%であって,有意な差をもって優位であるということはで
きず,むしろ,同程度であった。
INTACT各試験の結果によれば,いずれもイレッサを含む3剤併
用療法がファーストラインにおける標準的治療法である2剤併用療法よ
りも生存期間を延長することは証明されなかったのであるから,標準的
治療法に加えられたイレッサには標準的治療法による生存期間を延長す
る効果がないことが明らかとなったと認められる。
INTACT各試験の結果について,非小細胞肺がん患者に対するフ
ァーストライン治療においては,2剤併用療法よりもイレッサを優先し
て投与すべき根拠が得られなかったとみる見方は,理論的可能性として
はあり得なくはないが,INTACT各試験が2剤併用療法とイレッサ
を比較対照した試験ではない以上,INTACT各試験でそのような結
論が得られたとまでいうことはできない。
原告らは,INTACT各試験により延命効果が示せなかった原因が
イレッサに寿命短縮効果があるからであるなど主張する。しかし,IN
TACT各試験は,いずれもイレッサ単剤の効果を確認するための試験
ではなく,ファーストラインにおける標準的治療法である2剤併用療法
の効果にさらなる効果を期待できるかを確認することを目的とした試験
デザインであるから,INTACT各試験の結果から直ちにイレッサ単
剤には延命効果がないことが証明されるものではないことはいうまでも
ない。
また,INTACT各試験において,イレッサを含む3剤併用療法が
2剤併用療法に対して生存期間を延長する効果を示すことができなかっ
た原因は明らかではなかった。むしろ,IDEAL各試験の結果などと
併せ考慮すれば,イレッサ単剤の効果に原因があるのではなく,抗がん
剤同士の相互作用や殺細胞性抗がん剤の作用による可能性や試験デザイ
ンの不適切さなどに原因がある可能性もあり,イレッサの延命効果は,
今後の臨床試験の結果を踏まえて,INTACT各試験の結果との整合
性などを含めてさらに検討していくべきであると考えられていたといえ
る。したがって,INTACT各試験の結果から直ちにイレッサには延
命効果がないとする原告らの主張は採用できない。
(イ)ISEL試験について
【甲A14,甲C1,丙E30,34[枝番号8の1,2],丙K3[枝
番号3],4[枝番号5]】
ISEL試験の結果は,平成16年12月に公表された。
a試験結果等
ISEL試験(別紙14(ISEL試験概要・結果))は,非小細
胞肺がんに対するセカンドライン又はサードライン治療の患者を対象
として,イレッサのプラセボに対する優越性を確認することを目的と
した試験であり,症例数は1692例(うち東洋人342例)であっ
た。
主要評価項目である全生存期間(生存期間中央値及び1年生存率)
についてみると,全患者群では,イレッサ群の各値はそれぞれ5.6
か月,27%,プラセボ群の各値はそれぞれ5.1か月,21%であ
った。腺がん患者群ではイレッサ群の各値はそれぞれ6.3か月,3
0%,プラセボ群の値はそれぞれ5.4か月,10%であった。この
ように,イレッサ群がプラセボ群に対して有意な差をもって優越する
ことを示すことができなかった。
他方,副次的評価項目である抗腫瘍効果(奏効率)では,全患者群
では,イレッサ群が8%,プラセボ群が1.3%であり,イレッサ群
がプラセボ群に対して有意な差をもって優越することを示した。
そうすると,ISEL試験では,イレッサのプラセボに対する生存
期間を延長する効果は統計学的に証明されなかったが,イレッサの生
存期間中央値及び1年生存率は,全患者群においても腺がん患者群に
ついてもプラセボ群を僅かながら上回っており,副次的評価項目であ
る奏効率ではイレッサ群がプラセボ群に対して有意な差をもって優越
することを示しており,IDEAL各試験の結果と整合するものとい
える。
bサブグループ解析について
サブグループ解析は,探索的に行われることが多く,あくまで仮説
であるから,サブグループ解析の結果のみをもって医薬品の有効性が
認められるものではなく,参考資料にすぎない。サブグループ解析の
結果を適切に評価するためには,サブグループ解析の結果を踏まえた
臨床試験により各評価項目を確認することが必要不可欠である。
ISEL試験のサブグループ解析の結果(別紙14(ISEL試験
概要・結果))によれば,東洋人患者群についてみると,イレッサ群
の全生存期間(生存期間中央値)は9.5か月,プラセボ群のそれは
5.5か月であり,有意な差が生じ,また,イレッサ群の奏効率は1
2.4%,プラセボ群のそれは2.1%であり,イレッサ群がプラセ
ボ群を大きく上回った。
非喫煙者群におけるイレッサ群の生存期間中央値は8.9か月であ
り,同プラセボ群のそれ(6.1か月)を上回ったが,喫煙歴のある
者の生存期間は両群でほぼ同じであり,その他のサブグループ解析で
は有意な差は生じなかった。
以上のとおり,ISEL試験のサブグループ解析は,東洋人患者群
について,イレッサがプラセボに対して生存期間を有意に延長してい
ることを示唆するものであるといいうるが,患者の背景因子に偏りが
ある可能性が否定できず,前記サブグループ解析の性質に照らせば,
この結果は他の臨床試験結果との整合性などをさらに検討することに
より慎重に判断する必要があるというべきである。したがって,サブ
グループ解析により,東洋人患者についてイレッサの延命効果が証明
されたということはできない。
この点について,被告会社は,ISEL試験のサブグループ解析で
は当初から東洋人のサブグループを予定したとして,東洋人サブグル
ープ解析が後付けの解析ではないから,信用できる解析結果であるな
どと主張する。
しかし,証拠(甲C1,甲J3,丙C1)によれば,当初のISE
L試験の試験計画は,「比較治療群について,以下のファクターを考
慮に入れた長期的統計解析を行った。すなわち,性別(男vs女),
喫煙(喫煙歴なしvs喫煙者または喫煙歴あり),前化学療法の失敗
理由(化学療法に抵抗性を示したかそうでないか),化学療法の回数
(1回vs2回),PeformanceStatus(0,1vs2,3)である」と記載さ
れているが,「人種」は考慮すべきファクターとして記載されていな
かったこと,その後,被告会社は試験計画書を改訂し,平成16年1
2月9日には統計解析計画書の補遺を作成したこと,上記統計解析計
画書には,最終改訂された統計解析用ソフトウェアである「SAS」
には,解析対象のサブグループ8として「Oriental」,すなわち「東
洋人」が記載されていたこと,ISEL試験において,最初の患者が
登録されたのは平成15年7月15日,最後の患者登録は平成16年
8月2日,最終データ入力は平成16年10月29日であって,いず
れも上記統計解析計画書の補遺の作成よりも前であり,ISEL試験
の初回解析結果が公表されたのは平成16年12月17日であったこ
と,被告会社はIDEAL1試験の結果について民族差がないとの見
方をしていたことが認められる。
そうすると,被告会社は結果公表直前に東洋人サブグループを追加
したのであって,当初から民族差に着目して試験を行っていたもので
はないと認めるのが相当であり,他に被告会社が当初からサブグルー
プ解析において東洋人患者群を予定していたと認めるに足りる証拠は
ない。したがって,被告会社の主張は理由がない。
(ウ)SWOG0023試験について
【甲E20,49[枝番号1,2],77】
SWOG0023試験の結果は,平成17年5月に公表された。
SWOG0023試験(別紙18(SWOG0023試験概要・結
果))は,切除不能のⅢ期非小細胞肺がん患者を対象として,まず放射
線化学療法同時併用療法を行い,次に逐次ドセタキセルを投与した後,
イレッサを維持療法として投与した場合のイレッサの維持療法としての
有効性及び安全性を確認することを目的とした試験であり,症例数は5
71例であった。
主要評価項目である全生存期間(生存期間中央値,1年生存率及び2
年生存率)についてみると,イレッサ群の各値はそれぞれ23か月,7
3%,81%,プラセボ群の各値はそれぞれ35か月,46%,59%
であった。このように,イレッサ群はプラセボ群に対して,一方,生存
期間の延長は証明されず,かえって生存期間中央値ではイレッサ群がプ
ラセボ群を下回っていたが,他方,1年生存率及び2年生存率ではイレ
ッサ群がプラセボ群を上回るという結果が示された。これによれば,イ
レッサによる生存期間の短縮傾向が疑われるが,なおIDEAL各試験
の結果などとの整合性等の検討を要する状況にあったといえる。
このようなSWOG0023試験の結果からは,放射線化学療法同時
併用療法後にドセタキセルの逐次投与をした後の維持療法としてのイレ
ッサの投与は避けるべきであることが明らかになったにとどまるという
べきである。
原告らは,SWOG0023試験の結果によりイレッサの寿命短縮効
果が統計学的に証明されたなどと主張する。
しかし,SWOG0023試験はイレッサ単剤の効果を確認するため
の試験ではなく,放射線化学療法同時併用療法後のドセタキセルの逐次
投与をした後の維持療法としてのイレッサの有効性を確認するという試
験デザインであるから,SWOG0023試験の結果から直ちにイレッ
サ単剤には延命効果がないことが証明されるものではないことはいうま
でもない。
また,SWOG0023試験におけるイレッサの投与方法は,ドセタ
キセル投与後の維持療法としてであるが,我が国ではこのような維持療
法はあまり行われていないと認められるから(前記(3)ア【乙E19(55
頁)】),SWOG0023試験結果は,当該治療法以外の投与方法の
結果(イレッサ単剤の効果)を推測する十分な根拠になるということは
できない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(エ)V1532試験について
【甲C5,9,乙E62,丙E59(枝番号4),60(枝番号1)】
V1532試験の結果は,平成19年2月に公表された。
a試験結果について
V1532試験(別紙15(V1532試験概要・結果))は,セ
カンドライン又はサードラインの進行又は転移性非小細胞肺がん患者
を対象として,イレッサのドセタキセルに対する非劣性を確認するこ
とを目的とした試験であり,症例数は490例(但し,GCP違反が
1例あったので,実際の無作為割付例は489例)であった。
主要評価項目である全生存期間(生存期間中央値及び1年生存率)
についてみると,イレッサ群の各値はそれぞれ11.5か月,4
8%,ドセタキセル群の各値はそれぞれ14.0か月,54%であ
り,全生存期間についてイレッサ群のドセタキセル群に対する非劣性
は証明されなかった。
副次的評価項目についてみると,無増悪生存期間や病勢コントロー
ル率ではイレッサ(2か月,34.0%)とドセタキセル(2か月,
33.2%)に有意な差はなかったが,奏効率やQOL(TOI及び
FACT−L)ではイレッサ群(22.5%,20.5%,23.
4%)がドセタキセル群(12.8%,8.7%,13.9%)に対
して有意な差をもって優越することを示した。
bサブグループ解析について
全生存期間という評価項目は,割付時から患者が死亡するまでの期
間を測定するため,割付後に行われたすべての治療の影響を受けるも
のであり,後治療の影響が避けられないため,後治療の影響を慎重に
検討する必要がある。
V1532試験の後治療に関するサブグループ解析によれば,後治
療の内訳は,イレッサ群のうち,後治療なし又はイレッサ投与継続が
40%,ドセタキセル投与への変更が36%,他の化学療法のみが2
4%であったのに対して,ドセタキセル群のうち,後治療なし又はド
セタキセル投与継続が26%,イレッサ投与への変更が53%,他の
化学療法のみが20%であった。そうすると,後治療でクロスオーバ
ーが生じた割合が各群で大きく異なるから,ドセタキセル群の結果は
ドセタキセルの効果なのかイレッサの効果なのか判別が難しいとみる
のが相当である。
上記サブグループ解析によれば,①治療法のクロスオーバーがあっ
た患者の全生存期間についてみると,治療開始から12∼16か月の
間の時期においては,ドセタキセル群のうち後治療でイレッサを選択
した患者の生存率が,イレッサ群のうち後治療でドセタキセルを選択
した患者の生存率を上回ったが,治療開始から22か月以降の時期に
おいては,イレッサ群のうち後治療でドセタキセルを選択した患者の
生存率が,ドセタキセル群のうち後治療でイレッサを選択した患者の
生存率を上回った,②後治療なしの患者の全生存期間(生存期間中央
値及び1年生存率)の値をみると,イレッサ群がそれぞれ4.1か
月,12.2%,ドセタキセル群がそれぞれ8.7か月,27.0%
であった,③後治療として他の化学療法のみを選択した患者の全生存
期間(生存期間中央値及び1年生存率)は,イレッサ群がそれぞれ1
1.5か月,47.5%,ドセタキセル群がそれぞれ17.0か月,
61.0%であった。すなわち,いずれもドセタキセルの方が優れて
いる傾向をみることができる。
以上によれば,V1532試験の結果については,後治療が全生存
期間に何らかの影響を与えた可能性が考えられるものの,V1532
試験の結果のみから後治療の影響を正確に評価することは困難である
といわざるをえない。V1532試験の結果は他の試験の結果を踏ま
えて検討する必要があるというものであったといえる。
(オ)INTEREST試験について
【丙E57[枝番号1,2],59[枝番号4]】
INTEREST試験の結果は,平成19年7月に公表された。
a試験結果について
INTEREST試験(別紙16(INTEREST試験概要・結
果))は,セカンドライン又はサードラインの進行又は転移性非小細
胞肺がん患者を対象に,全対象集団におけるイレッサのドセタキセル
に対する非劣性,及びEGFR遺伝子増幅が多い患者群におけるイレ
ッサのドセタキセルに対する優越性を確認することを目的とした試験
であり,症例数は1466例であった。
主要評価項目である全生存期間(生存期間中央値及び1年生存率)
についてみると,イレッサ群の各値それぞれ7.6か月,32%,ド
セタキセル群の各値はそれぞれ8.0か月,34%であり,ハザード
比が1.02であったから,全生存期間についてイレッサ群はドセタ
キセル群に対して非劣性が証明された(同別紙のINTEREST試
験概要の解析方法欄参照)。副次的評価項目である無増悪生存期間
(無増悪生存期間中央値並びに4か月後及び6か月後の無増悪生存
率)及び奏効率についてみるとイレッサ群とドセタキセル群には有意
な差はなく,QOLや症状改善率などではイレッサ群がドセタキセル
群に対して有意な差をもって優越することが示された。
原告らは,割付療法使用期間から,後治療の影響の比較的少ない期
間は,INTEREST試験では治療開始から約3か月目までである
とし,その期間内の月ごとの死亡率等を理由に,INTEREST試
験によりイレッサがドセタキセルに対し全生存期間で非劣性を証明し
たというのは後治療による見かけ上の効果にすぎないなど主張する。
しかし,1か月ごとの生存率や無増悪生存率の算出の根拠が不明で
あって,その数値の正確性には疑問があり,その検討手法自体に問題
があるといわざるをえない。また,全生存期間は,割付日から死亡日
までの期間が伸長しているかを測定する指標であって,割付療法の終
了日までに死亡しているかを測定するものではなく,無増悪生存期間
は,割付日からがんの増悪が確認された日又は死亡日までの期間を測
定する指標であって,割付療法の終了日までにがんが増悪している
か,死亡しているかを測定するものではなく,いずれも上記のように
特定期間のみを取り出して検討することを予定していないものである
【乙27〔2頁〕】から,原告らの主張する死亡率等は直ちに全生存
期間に関するINTERSET試験の結果を覆すものとはなりえな
い。
原告らは,抗がん剤の臨床試験における患者の適格条件として12
週間の生存見込みを定めているが,肺がんには転移を生じやすいとい
う性質があり,転移先によって急激に状態が悪くなることがあり,ど
こに転移するかは予測できないために試験開始時の余命の判断には限
界があるのであるから【乙E26】,原告らが設定する患者の適格条
件は確実なものということはできない。さらに,生存率や生存数に差
がみられたとしても,その原因が,薬剤の副作用によるものか,がん
の病勢進行やその他の原因によるものか,あるいはこれらが複合した
ものかは生存率や生存数の差のみからは明らかとはならない。したが
って,一定時期までのみの生存曲線や無増悪生存曲線において,イレ
ッサ群が対照群よりもやや下回ってることは,それが病勢進行などの
差である可能性が否定できないから,INTERSET試験の結果を
覆すには足りないというほかはない。
以上のとおりであるから,原告らの上記主張には理由がない。
bサブグループ解析について
当初から予定されていたEGFR遺伝子増殖の多い患者に関するサ
ブグループにおいては,全生存期間について,イレッサのドセタキセ
ルに対する優越性は証明されなかった。
(カ)WJTOG0203試験について【丙E53[枝番号1,2]】
WJTOG0203試験の結果は,平成20年5月に公表された。
WJTOG0203試験(別紙19(WJTOG0203試験概要・
結果))は,ファーストラインの日本人の非小細胞肺がん患者を対象と
して,ファーストラインの標準的治療法である2剤併用療法後に逐次療
法としてイレッサを投与した場合のイレッサの有効性を確認することを
目的として,2剤併用療法(化学療法)群と2剤併用療法実施後にイレ
ッサに変更したイレッサ群とを比較した試験であり,症例数は598例
であった。
主要評価項目である全生存期間(生存期間中央値)についてみると,
イレッサ群が13.68か月,化学療法群が12.89か月であり,2
剤併用療法後の逐次投与としてのイレッサの投与による生存期間の延長
は,統計学的に有意な差をもっては証明されなかった。
予め設定された腺がん患者のサブグループの生存期間中央値は,イレ
ッサ群が15.42か月,化学療法群が14.33か月であった。この
ように,腺がん患者に対する2剤併用療法後の逐次投与としてのイレッ
サの投与は生存期間を延長する可能性があることを統計学的に証明し
た。
(キ)IPASS試験について【丙E58,72[各枝番号1,2]】
IPASS試験の結果は,平成20年9月に公表された。
a試験結果について
IPASS試験(別紙17(IPASS試験概要・結果))は,フ
ァーストラインの腺がん等の患者を対象として,ファーストライン治
療における標準的治療法(カルボプラチンとパクリタキセルの併用療
法)に対するイレッサの非劣性及び優越性を確認することを目的とし
た試験であり,症例数は1217例であった。
主要評価項目である無増悪生存期間(無増悪生存期間中央値及び1
2か月後の無増悪生存率)についてみると,イレッサ群の値はそれぞ
れ5.7か月,24.9%,併用療法群の値はそれぞれ5.8か月,
6.7%であり,ハザード比は0.74であって1未満,P値(P<
0.001)が有意水準0.05を下回り,無増悪生存期間について
イレッサ群の併用療法群に対する非劣性のみならず優越性が証明され
たといえる(同別紙のIPASS試験概要の解析方法欄参照)。
副次的評価項目である全生存期間(生存期間中央値)はイレッサ群
が併用群を上回ったが,有意な差はなかった。奏効率やQOLはイレ
ッサ群が併用療法群を有意に上回った。
原告らは,割付療法使用期間から後治療の影響が比較的少ない期間
(IPASS試験では治療開始から約4か月目までの期間)を算出
し,全生存期間及び無増悪生存期間の測定は後治療の影響が比較的少
ない期間のハザード比が一定であることを条件として成り立つもので
あるが,この期間における各月のハザード比が一定ではないから,I
PASS試験によりイレッサが併用療法に対し無増悪生存期間で優越
性を証明したということはできないなどと主張する。
しかし,前記(オ)aと同様に,その検討手法自体に問題があるとい
わざるをえないから,原告らの指摘をもってIPASS試験の上記結
果が直ちに否定されるものではない。
bサブグループ解析について
IPASS試験のサブグループ解析では,当初から予定されていた
EGFR遺伝子変異を有する患者のサブグループにおいて,イレッサ
群が併用療法群よりも高い奏効率を示し,無増悪生存期間を有意に延
長した(ハザード比:0.48,P<0.001)。
これに対し,EGFR遺伝子変異を有しない患者のサブグループに
おいて,イレッサの奏効率が1.1%で,無増悪生存期間ではイレッ
サ群が併用療法群よりも有意に短かった(ハザード比:2.85,P
<0.001)。
上記サブグループ解析結果からは,EGFR遺伝子変異の有無によ
りイレッサ群では他の群と対照的な結果が生じており,腺がん患者に
対して治療を行うにあたっては,可能な限りファーストライン治療前
にEGFR遺伝子変異の状態を明らかにすべきであることが示唆され
る。
(ク)NEJ002試験について【丙E75,78[枝番号1,2]】
NEJ002試験の結果は,平成22年6月に公表された。
NEJ002試験(別紙20(NEJ002試験概要・結果))は,
EGFR遺伝子変異を有するファーストラインの日本人の進行再発非小
細胞肺がん患者を対象として,ファーストライン治療における標準的治
療法(カルボプラチンとパクリタキセルの併用療法)に対するイレッサ
の優越性を確認する試験であり,症例数は230例(中間解析は198
例)であった。
主要評価項目である無増悪生存期間(無増悪生存期間中央値)は,イ
レッサ群が10.4か月,併用療法群が5.5か月であり,P値(P<
0.001)が有意水準0.003を下回り,イレッサ投与の併用療法
に対する優越性が証明されたといえる(同別紙のNEJ002試験概要
の解析方法欄参照)。
副次的評価項目である奏効率は,イレッサ群が74%,併用療法群が
29%であり,イレッサ群が併用療法群を有意に上回った。
他方,全生存期間(生存期間中央値及び2年生存率)では,イレッサ
群の値はそれぞれ28か月,61%,併用療法群の値はそれぞれ23.
6か月,45%であり,イレッサ群が併用療法群の値を上回ったが,有
意な差はなかった。
(ケ)小括
以上によれば,承認時にはIDEAL各試験の奏効率を中心としてイ
レッサに延命効果があることが合理的に予測されたという状況の下で,
平成14年8月に公表されたINTACT各試験の結果により,イレッ
サには標準的治療法による生存期間を延長する効果がないことが明らか
となり,少なくともイレッサと既存の抗がん剤を同時併用で投与するこ
とを避けるべきであると考えられるようになった。
平成16年12月に公表されたISEL試験の結果,平成17年5月
に公表されたSWOG0023試験の結果,平成19年2月に公表され
たV1532試験の結果のいずれにおいても,イレッサによる延命効果
は統計学的に証明されず,SWOG0023試験の結果から,放射線化
学療法同時併用療法後にドセタキセルの逐次投与をした後の維持療法と
してのイレッサの投与は避けるべきであると考えられるようになった。
他方,ISEL試験における東洋人サブグループ解析から,イレッサの
効果には人種差などの要因が影響している可能性が示唆され,これらの
試験結果は,IDEAL各試験の結果に反するものであったとまで断定
することはできない状況であったと認めるのが相当である。
平成19年7月に公表されたINTEREST試験の結果において
は,全生存期間についてイレッサのドセタキセルに対する非劣性が統計
学的に証明されたほか,QOLなどの副次的評価項目の数値はイレッサ
がドセタキセルを有意に上回ったが,EGFR遺伝子の増殖が多い患者
を対象とするサブグループ解析においては,全生存期間についてのイレ
ッサのドセタキセルに対する優越性は証明されなかった。
平成20年5月に公表されたWJTOG0203試験の結果において
は,2剤併用療法後のイレッサの逐次投与による生存期間の延長は,統
計学的に有意な差をもっては証明されなかったが,サブグループ解析に
よって,腺がん患者に対する2剤併用療法後のイレッサの逐次投与が生
存期間を延長する可能性があることが示唆された。
平成20年9月に公表されたIPASS試験の結果において,腺がん
等の患者の無増悪生存期間については,ファーストラインの標準的治療
法である2剤併用療法に対してイレッサが優越することが統計学的に証
明された。また,サブグループ解析結果からは,可能な場合にはファー
ストライン治療前にEGFR遺伝子変異の状態を明らかにすべきである
ことが示唆された。
平成22年6月に公表されたNEJ002試験の結果においては,E
GFR遺伝子変異を有する患者の無増悪生存期間について,ファースト
ラインの標準的治療法である2剤併用療法に対するイレッサの優越性が
統計学的に証明された。
このIPASS試験及びNEJ002試験の結果を総合すると,EG
FR遺伝子変異がイレッサの効果予測因子であり,EGFR遺伝子変異
のある患者に対しては特に治療効果が高いことが示唆されたが,EGF
R遺伝子変異のない患者に対して全く治療効果がないというものではな
く,未解明の状況であると認めるのが相当である。また,承認後の臨床
試験は,過去の臨床試験や実地臨床においてイレッサの効果が高いと考
えられていた腺がん症例,日本人,女性,喫煙歴なしの患者にはEGF
R遺伝子変異を有する者が多いということが指摘されるようになった
(後記5(2))。
カ原告らの主張について
原告らは,被告らが取調べを申し出た証人等(福岡正博,光冨徹哉,坪
井正博,西條長宏,工藤翔二)には,被告会社との間に経済的な関係があ
り,上記証人らの証言ないし意見は信用できない旨主張するもののようで
ある。
しかし,証言の実質的証拠力(信用性)は,動かし難い事実や客観的証
拠との整合性を中心に,証人の地位や供述内容等を総合して判断されるも
のであり,実務上,利害関係がある人証の供述であるから信用できないと
の判断は避けなければならないとされているのであるから,原告らの上記
主張は失当である。
5イレッサの効果予測因子(EGFR遺伝子変異)
前提事実(前記第3章第3の2)並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認
められる事実によれば,イレッサ承認後のイレッサの効果予測因子(EGFR
遺伝子変異)について,次のとおり認められる。
(1)EGFR遺伝子増幅(コピー数)と遺伝子変異
平成16年(2004年)4月,肺がんの一部の症例にEGFR遺伝子の突
然変異があることが報告され,翌平成17年(2005年)春には,EGFR
遺伝子増幅がイレッサの有効性の予測により有効であることが報告された。
このように,EGFR遺伝子変異とEGFR遺伝子増幅は,いずれもイレッ
サの効果予測因子として研究対象となった。EGFR遺伝子変異とは,EG
FRの合成にかかわる遺伝子情報(DNAの塩基配列)に変異があるものの
ことをいい,EGFR遺伝子増幅とはEGFR遺伝子のコピー数の増加をい
う。
EGFR遺伝子増幅を効果予測因子と考える立場は,EGFR遺伝子の増
幅(遺伝子コピー数)に着目するものであるのに対し,EGFR遺伝子変異
を効果予測因子を考える立場は,EGFR遺伝子の変異の有無及び変異型に
着目するものである。
当初,欧米ではEGFR遺伝子増幅が効果予測因子であるという考え方が
多数であったが,我が国やアジアでは,EGFR遺伝子増幅が効果予測因子
であるという考え方よりも,EGFR遺伝子変異の方が重要な効果予測因子
であるという考え方の方が多かった。
【甲H12,22,乙E25,丙E31,70[枝番号1,2],80,証人
光富反対尋問〔111頁〕】
(2)イレッサの奏効とEGFR遺伝子変異の関係
ア研究報告・文献等
要旨以下のような文献等が存在する。
(ア)ThomasJ.Lynchほか「ActivatingMutationsintheEpidermal
GrowthFactorReceptorUnderlyingResponsivenessofNon-Small-
CellLungCancertoGefitinib」(TheNEWENGLANDJOURNALof
MEDICINEvol.350no.21:平成16年5月20日,乙E3)
イレッサに反応した非小細胞肺がん患者9名中8名のEGFRのチロ
シンキナーゼドメインで体細胞突然変異(EGFR遺伝子の特異的な変
異)が確認されたのに対し,イレッサに反応しなかった患者において突
然変異が確認されたのは7名中0名であった。invitroで,非小細胞
EGFR遺伝子変異は上皮成長因子に反応してチロシンキナーゼ活性を
亢進し,イレッサによる阻害への感受性を増大させた。
非小細胞肺がん患者のサブグループがEGFR遺伝子に特異的な突然
変異を持ち,これはチロシンキナーゼ阻害剤であるイレッサに対する臨
床反応と相関があった。この変異が上皮成長因子(EGF)のシグナル
伝達を促進し,阻害剤への感受性を付与する。肺がんにおけるそのよう
な変異のスクリーニングによりイレッサに反応する患者を特定できる可
能性がある(乙E3)。
(イ)J.GuillermoPaezほか「EGFRMutationsinLung
Cancer:CorrelationwithClinicalResponsetoGefitinib
Therapy」(SCIENCEvol.304:平成16年6月,乙E2[枝番号1,
2])
EGFR変異は患者の特性と顕著な相関を示している。腺がん患者
(70例中15例,21%)の方が他の非小細胞肺がん患者(49例中
1例,2%)よりも変異の頻度が高く,また女性(45例中9例,2
0%)と男性(74例中7例,9%)では女性の方が高かった。合衆国
の患者(61例中1例,2%,61例のうち腺がん患者29例中1例,
3%)よりも日本人患者(58例中15例,26%,58例のうち腺が
ん患者41例中14例)の方が変異率が高かった。もっともEGFR変
異が起きていたのは腺がんを持つ日本人女性患者であった。特に,EG
FR変異の有無に関連する患者特性は,イレッサによる治療に対する臨
床応答と深い相関関係があった。
EGFR体細胞突然変異の肺がん治療においてイレッサは特に有効で
あることが示唆された
(ウ)RaffaellaSordellaほか「Gefitinib-SensitizingEGFRMutations
inLungCancerActivateAnti-ApoptoticPathway」(SCIENCE
vol.305:平成16年8月,乙E4[枝番号1,2])
EGFR遺伝子変異した肺がん細胞は野生型受容体を発現している細
胞と比べて,100倍のイレッサ感度を示した。
EGFR遺伝子変異した肺がん細胞は,通常の化学療法剤として用い
られるドキソルビシンやシスプラチンに対しては顕著に耐性が向上して
いた。その結果,変異したEGFRの発現細胞を有する腫瘍に対して現
行の化学療法があまり効果的ではないという可能性を浮上させた。
(エ)WilliamPaoほか「EGFreceptorgenemutationsarecommonin
lungcancersfrom"neversmorkers"andareassociatedwith
sensitivityoftumorstogefitinibanderlotinib」(PNAvol.101
no.36:平成16年9月7日,乙E5[枝番号1,2])
既発表論文に記載されたデータとPaoらの研究で得られたデータをあ
わせると,イレッサ又はタルセバによる治療で部分的な反応又は臨床上
顕著な改善を示した患者に由来する腫瘍31個のうち25個(81%)
で,EGFRチロシンキナーゼドメインに遺伝子変異が生じていた。こ
れに対して,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に反応しなかった患者か
ら得られた29個の検体には,変異を有するものは存在しなかった。
EGFRのチロシンキナーゼドメインにおける変異とイレッサ及びタ
ルセバへの感受性との関連性が示唆される。
(オ)SeanTracyほか「GefitinibInducesApoptosisinthe
EGFR(L858R)Non-Small-CellLungCancerCellLineH3255」(CANCER
RESEATCH64:平成16年10月15日,乙E6[枝番号1,2])
非小細胞肺がん患者のEGFRのチロシンキナーゼ領域における体細
胞変異の1つを有する細胞株はイレッサに対して感受性が高い。
この変異は,イレッサに対して顕著な臨床的縮小を示す患者及びin
vitroでイレッサに過感受性を示す腺がん細胞株の両方で認められる。
(カ)高坂貴行ほか「MutationsoftheEpidermalGrowthFactor
ReceptorGeneinLungCancer:BiologicalandClinical
Implications」(CANCERRESEARCH64:平成16年12月15日,乙E
7[枝番号1,2])
愛知県がんセンター中央病院胸部外科において切除可能な肺の切除を
行った非選択肺がん患者277例を対象として,EGFR遺伝子変異を
探索し,臨床的特徴及び病理学的特徴との相関について検討した。患者
のうち224例は腺がん,35例は扁平上皮がん,9例は大細胞がん,
5例は腺扁平上皮がん,3例は小細胞がん,1例はカルチノイドを有し
た。
EGFR遺伝子変異発現率は,男性(26%)よりも女性(59%,
P<0.001),喫煙者(22%)よりも非喫煙者(66%,P<
0.001),非腺がん患者(2%)よりも腺がん患者(49%,P<
0.001)の方が有意に高かった。非腺がん患者53例のうち,EG
FR遺伝子変異がみられた患者は1例のみであった。
多変量解析の結果,腺がん組織像(P=0.0012)及び喫煙状態
(P<0.001)は独立してEGFR遺伝子変異に関連するが,性別
が女性であることはEGFR遺伝子変異とは関連しない(P=0.99
17)ことが示唆された。EGFR変異発現率は,患者の年齢,病期分
類,生存率に依存しなかった。
(キ)Shiu-FengHuangほか「HighFrequencyofEpidermalGrowth
FactorReceptorMutationswithComplexPatternsinNon-Small
CellLungCacersRelatedtoGefitinibResponsivenessinTaiwan」
(ClinicalCancerResearchvol.10:平成16年12月15日,乙E
8[枝番号1,2])
非小細胞肺がん101例の内訳は腺がん69例,扁平上皮がん24例
及びその他の型の非小細胞肺がん8例であった。患者39例にEGFR
遺伝子のキナーゼドメイン(エキソン18∼21)に変異を認め,腺扁
平上皮がんに生じた1例を除いて,変異はいずれも腺がんに生じてお
り,腺がんの変異率は55%(69例中38例)であった。イレッサ治
療を受けた患者16例について,イレッサに反応した患者9例中7例は
EGFR変異を有しており,イレッサに反応しなかった患者7例中1例
のみに変異があった。
(ク)光冨徹哉ほか「MutationsoftheEpidermalGrowthFactor
ReceptorGenePredictProlongedSurvivalAfterGefitinib
TreatmentinPatientsWithNon-Small-CellLungCancerWith
PostoperativeRecurrence」(JOURNALOFCLINICALONCOLOGYvol.23
no.11:平成17年4月10日,乙E9[枝番号1,2])
イレッサの良好な臨床反応が見られる症例として最も多かったの
は,腺がんを発症している日本人の女性非喫煙患者であった。近年,肺
腺がんの一部患者群にEGFRの活性化変異が発生しており,EGFR
に変異を有する腫瘍ではイレッサ感受性はもとより,EGFRチロシン
キナーゼ阻害剤であるタルセバへの感受性も高いことが報告されてい
る。EGFR遺伝子変異の発生率は,肺がんを発症している日本人の女
性非喫煙患者で有意に高かった。
EGFR遺伝子変異を有する患者29例のうち24例でイレッサの有
効性が示されたが,EGFR遺伝子変異を有していない患者21例のう
ちイレッサが有効なものは2例のみであった(P<0.0001)。
イレッサ投与後の生存期間は,EGFR遺伝子変異を有する患者の方
が正常なEGFRを有する患者よりも長かった(P=0.0053)。
(ケ)光冨徹哉「肺癌におけるEGFR遺伝子変異と分子標的治療」(第1
3回群馬ClinicalOncologyResearch勉強会:平成19年,甲H2
1)
EGFRチロシンキナーゼ感受性とEGFR遺伝子変異について検討
した論文をまとめると,EGFR遺伝子変異のある症例119例では,
イレッサの奏効率が80%であったのに対し,EGFR遺伝子変異のな
い症例312例では奏効率が11%にとどまった。しかし,この関係は
完璧ではなく,また腫瘍縮小はみられなくとも生存への寄与があると考
えられる集団の説明も困難である。最近,EGFR遺伝子変異よりもむ
しろEGFR遺伝子増幅の方が重要であるという報告もみられ,事態は
やや混沌としている。
(コ)光冨徹哉ほか「上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異の臨床的
意義」(最新医学62巻3月増刊号:平成19年3月,丙E40)
671例の非小細胞肺がん症例を調査したところ,EGFR遺伝子変
異が存在する症例では奏効率が77%,存在しない症例では10%と変
異群において明らかに感受性が高いとの結果が得られた。
(サ)光冨徹哉「治療(非小細胞肺癌)−EGFR−TKIの現状:基礎−
EGFRの感受性を決定する因子update」(平成19年,甲H22)
671例の非小細胞肺がん症例を調査したところ,EGFR遺伝子変
異が存在する症例237例のうち182例で奏効し(奏効率78%),
存在しない症例では10%に奏効するにすぎないが,15%の症例では
遺伝子変異の有無と奏効が解離している。
(シ)光冨徹哉ほか「Mutationsoftheepidermalgrowthfactor
receptorgeneandrelatedgenesasdeterminantsofepidermal
growthfactorreceptortyrosinekinaseinhibitorssensitivityin
lungcancer」(平成19年7月,丙E39)
1335名の患者データに基づいてEGFR遺伝子変異のない患者に
おける奏効率を調査したところ,EGFR遺伝子変異のない腫瘍では1
0%奏効したとの結果が得られた。
(ス)光冨徹哉ら「EGFRを標的とした肺がん分子標的治療の展望」(座
談会)(平成19年7月,甲H23)
a向原は,要旨以下のように述べた。
現時点で得られている知見から判断すれば,我々は遺伝学的検査の
結果のみを判断材料とすることはできない。多くの場合,非小細胞肺
がんが進行している場合には,患者には他に治療の選択肢がないから
である。
EGFR遺伝子変異が陰性であったとしても(EGFR遺伝子変異
をもたないとしても),10%前後の患者には奏効する。しかし,特
に日本人においては有害事象を考慮する必要がある。EGFR遺伝子
変異陽性の(EGFR遺伝子変異をもつ)患者には,EGFRチロシ
ンキナーゼ阻害剤を優先的に治療で採用すべきであるが,EGFR遺
伝子変異やその他の有力な治療への効果を予測する要因をもたない患
者に対してEGFRチロシンキナーゼ阻害剤を処方する際には慎重に
なる必要がある。EGFRチロシンキナーゼ阻害剤を治療の優先順位
のどこに組み込むかということが問題となる。
bJohnsonは,要旨以下のように述べた。
EGFR遺伝子変異陰性の者は,イレッサの治療から除外すべきで
ある。
c光冨徹哉は,要旨以下のように述べた。
男性で喫煙者など間質性肺炎発症の危険性の高い患者に対しては,
遺伝学的検査を行って奏効率の高い患者を選択すべきである。
イゲフィチニブ検討会
ゲフィチニブ検討会が,平成17年3月24日に,最終意見として,
「EGFR遺伝子変異が確認されていない症例においても,奏効する症例
が少数ながら存在すること」などを理由として,「現在の測定・評価方法
において,EGFR遺伝子変異が確認されていない場合でも,その結果
が」イレッサの「投与を行わないこととするだけの決定的な根拠とはなり
得ない」との結論を出したことは,前記4(3)エ(ア)のとおりである。
【丙E45,丙K4[枝番号1∼12],5[枝番号1∼12],6[枝番号
1∼13]】
ウ小括
以上より,平成16年(2004年)4月に肺がんの一部の症例にEG
FR遺伝子変異が発見されて以降,EGFR遺伝子変異のある患者に対し
てイレッサが効果が高いという研究成果が多数発表された。
そして,多くの研究を通じて,現在ではEGFR遺伝子変異が,日本
人,腺がん,非喫煙者に多いことが明らかになり(性別が女性であること
は,EGFR遺伝子変異発現率に関連しないという見解と関連するという
見解がある。),非小細胞肺がんの報告例に関する検討では,EGFR遺
伝子変異を有する症例の80%近い症例でイレッサが奏効することが明ら
かになったとされた。また,イレッサは,EGFR遺伝子変異のない患者
に対しても約10%の奏効率が得られるが,一定割合の症例ではEGFR
遺伝子変異の有無と奏効とが解離することがあるなど,イレッサの効果予
測因子は非小細胞肺がんにおける遺伝子変異の解明とともに分子生物学的
な解明の途上にあるといえる。【乙E25】
(3)イレッサの作用機序とEGFR遺伝子変異との関係
前提事実(前記第3章第3の2)のとおり,EGFRチロシンキナーゼ阻
害剤であるイレッサについて想定されていた作用機序は,がん細胞の増殖に
関連するEGFRのシグナル伝達を遮断することにより抗腫瘍効果を発揮す
るというものであるが,EGFR遺伝子変異の発見は上記の限度では当初の
作用機序に関する知見の変更を意味するものではない。
イレッサ開発当初には,イレッサは,EGFRが過剰に発現しているがん
細胞に選択的に作用すると考えられてきたが,EGFRの発現量が比較的多
い扁平上皮がんよりも発現量が比較的少ない腺がんに対してイレッサの効果
が高い傾向にあることが指摘され,イレッサ承認後しばらくの間のの研究に
おいてはイレッサの抗腫瘍効果を左右する因子は明らかとはならなかった。
平成16年4月以降のEGFR遺伝子変異及びEGFR遺伝子増幅の発見
によって得られた知見は,イレッサの抗腫瘍効果がEGFRの発現量ではな
く,EGFR遺伝子変異又はEGFR遺伝子増幅に相関しているということ
にあり,腺がんに対して効果が高い傾向にある理由などが整合的に説明され
るようになりつつある。【甲H22,乙E25,丙E31,33,80】
(4)EGFR遺伝子変異・増幅の解析
外科手術を行った症例では,豊富な腫瘍標本を用いて様々な解析が容易で
あるが,チロシンキナーゼ阻害剤の投与を考慮する場合に行われる生検では
微小な検体を扱うことが多く,解析が困難な場合が少なくない。
また,EGFR遺伝子増幅及びEGFR遺伝子変異の解析方法自体は確立
されておらず,明確な基準もない状況にある。すなわち,EGFR遺伝子変
異の方が,EGFR遺伝子増幅よりも,患者の生存期間延長に強い相関関係
があるとの報告と,逆に,EGFR遺伝子増幅の方が,EGFR遺伝子変異
よりも,患者の生存期間延長に強い相関関係があるとの相対立する報告が存
在するが,各報告の用いる解析方法は異なるものであった。また,EGFR
遺伝子変異とEFGR遺伝子増幅との間に相関関係があるとの報告と両者は
完全には一致しないとする報告とが対立する状況にある。このようなことか
ら,EGFR遺伝子変異やEGFR遺伝子増幅の解析方法や解析技術が標準
化されていないため,解析結果の再現性や精度に問題があると指摘されてい
る。
このような結論を異にする研究報告が存在する一方で,現状のEGFR遺
伝子変異解析方法による検査ではEGFR遺伝子変異を有しないという解析
結果が出た場合でも治療効果が生じる患者がある。なお,平成18年4月か
ら遺伝子診断が保険適応となったが,EGFR遺伝子解析は限られた施設の
みで施行されている。以上のとおり,遺伝子診断は,現在においても臨床検
査として実用化されているといえる状況にはない。
さらに,EGFR遺伝子変異及び遺伝子増幅の解析結果により症例選択を
行うことについては,FISH法と免疫染色でEGFR遺伝子コピー数とた
んぱく発現を評価する場合に両方陰性である場合には奏効率がほぼ0%であ
るからイレッサを投与すべきでないという見解があるが,他方で,腫瘍縮小
効果のみを治療上の利益とすべきではなく,あくまで延命効果などにも着目
して症例選択をしていくべきであり,効果予測因子のみで症例選択をすべき
ではないという見解もある。【甲H12,乙E25,丙E80】
6個別症例についての評価
(1)有効性判断における個別症例の位置付け
ア当事者の主張
原告らは,個別症例が医薬品の有効性の証拠とはなりえず,医薬品の有
効性は臨床試験の結果によって評価されるべきである,被告らの挙げる個
別症例は証拠価値が低い又はないものであるなど主張する。
これに対して,被告らは,医薬品の有効性が,臨床試験の結果のみなら
ず,肺がん治療の臨床現場でも認められてきたことを示す根拠として,個
別症例において著効例がある,臨床試験の結果と個別症例の証拠価値の差
異を踏まえて,それぞれを評価すれば足りるなど主張する。
イ有効性判断における個別症例の位置付け
薬事法上の医薬品の有効性は,医薬品の有用性を検討する際の考慮要素
として,危険性と対比されるものであり,有効性は臨床試験に基づいて判
断されるのが原則であることはいうまでもない。
医薬品の有効性の判断は,その時点における医学的,薬学的知見を前提
として行われるべきであるところ(クロロキン判決),承認当時の有効性
は臨床試験の結果を中心に行われるべきであるが(前記1(2)),臨床試
験の試験成績以外の各種症例報告等も,その証拠価値を吟味した上であれ
ば,医薬品の有効性を確認するための判断資料となり得るというべきであ
る。したがって,個別症例は,各時点における当該領域(本件では,特に
肺がん治療の領域)での臨床現場の実情を把握し,理解するための意味を
持つだけでなく,その内容を吟味した上で,当該医薬品の有効性を判断す
る資料となり得,その意味で,その時点における医学的,薬学的知見をう
かがう根拠になり得るものと考えられる。
したがって,有効性判断において個別症例がすべて証拠価値がないもの
であるなどの原告らの主張は採用できない。
なお,EBM(科学的根拠に基づく医療)の考え方によれば,証拠
(Evidence)の質は,①ランダム化比較試験,メタ分析,②非ランダム化
比較試験,③コホート研究,症例対照研究などの分析疫学研究,④ケース
シリーズや症例報告などの記述研究,⑤患者のデータに基づかない専門家
個人の意見の順に高いとされている。そして,Evidenceは絶対であると
する見解は,EBMについての代表的な誤解の一つであるとされ,
Evidenceのほかに医師の経験・能力と患者の価値観の3要素を斟酌し
て,患者に適応する。ランダム化比較試験のみがEvidenceであるという
見解も,代表的な誤解であるとされる。個別症例は,否定されているもの
ではなく,臨床試験の結果と整合する場合にはEvidenceとなり得るとさ
れている。【甲F41,乙P3】
(2)個別症例
ア光冨徹哉の症例報告
①症例1【乙E9[枝番号1,2],11〔23頁〕,13[枝番号1,
2],証人光冨主尋問〔40∼42頁〕,証人光冨反対尋問〔55
頁〕】
患者が,70歳代,女性,非喫煙者,腺がん患者で,EGFR遺伝子
変異陽性(あり)の症例である。(イレッサ投与開始後に,組織検体を
検査したところ,エクソン19にEGFR遺伝子変異があったことが判
明した。)
肺がんの手術後,1年に1回程度CT検査で再発のチェックを行って
いたところ,5年目の検査で肺内転移として再発が見られた。化学療法
の前治療歴はなく,患者の希望によりイレッサを市販後の早い時期に投
与した。
投与から8週間後のCT画像で,腫瘍の直径が3割程度縮小している
ことが確認された。投与期間は約2年半に及び,最初の手術から約10
年,イレッサ投与後約5年生存した後に死亡した。
②症例2【乙E9[枝番号1,2],11〔24頁〕,12〔6頁〕,1
3[枝番号1,2],証人光冨主尋問〔42∼44頁〕】
患者が,70歳代,女性,非喫煙者,腺がん患者で,EGFR遺伝子
変異陰性(なし)の症例である。
肺がんの手術後に肺内転移としてがん再発がみられ,肺がんの腫瘍マ
ーカーとして一般的なCEA値が21.1(正常値:<5.0ng/ml)
と高く,左肺の中にいくつか転移が出てきた。
化学療法の前治療歴がなく,患者が従来の化学療法を希望しなかった
ため,イレッサが投与された。イレッサ投与から6週間後のCT画像で
がんの縮小が確認され,CEA値が4.3まで下がって正常化した。そ
の後,死亡した。
③症例3【乙E11〔25頁〕,12〔6頁〕,14[枝番号1,2],
証人光冨主尋問〔44∼47頁〕】
患者が,80歳代,男性,喫煙者(1日20本以上を25年継続),
腺がん患者で,EGFR遺伝子変異陽性(あり)の症例である。
左上葉切除手術後,約1年後に再発し,リンパ節転移が食道を圧迫し
嚥下困難となり食事が摂れず水も飲めない状況で,息も苦しく,PSは
3でほぼ寝たきりの状態で入院した。胸水貯留,腫瘍マーカー(CE
A,CYFRA)値も上昇していた。
患者からの希望により,イレッサが投与され,投与後の画像上では,
食道を圧迫していたリンパ節に転移していたがんが縮小し,食道の壁が
薄くなって内腔が広くなり,食道の狭窄が改善して飲食できるようにな
り,溜まっていた胸水もなくなった。腫瘍マーカー値も下がり,歩行が
可能となり,息切れもなくなり,退院した。その後,死亡した。
④症例4【乙E11〔26頁〕,12〔6頁〕,14[枝番号1,2],
証人光冨主尋問〔47∼49頁〕】
患者が,70歳代,男性,喫煙者,腺がん患者で,EGFR遺伝子変
異陽性(あり)の症例である。
左肺に腫瘍の大きさが3cm以上の腺がんがあり,リンパ節転移があ
ると診断され,左上葉切除手術を行ったが,その8か月後に再発し,左
鎖骨上窩リンパ節や縦隔リンパ節が腫れ,胸水が溜まり,がん性胸膜炎
がみられ,PSは2となり,腫瘍マーカー値が上昇した。
放射線治療を実施し,痛みがとれたり,腫瘍マーカー値が下がるなど
の効果が見られたが,放射線を鎖骨の上だけにかけていたため,胸部の
病巣に対しては効果がなかった。その後,イレッサを投与することとな
り,投与開始3か月後には,胸部CT画像からリンパ節のがんが縮小
し,胸水も減少したことが確認され,息切れも改善された。腫瘍マーカ
ー値の推移からも改善が確認された。
⑤症例5【乙E11〔27頁〕,12〔6頁〕,15,証人光冨主尋問
〔49∼52頁〕】
患者が,40歳代,女性,非喫煙者,腺がん患者で,EGFR遺伝子
変異陽性(あり)の症例である。
卵巣がんと診断されて,卵巣及び子宮の全摘出手術を受け,その後,
卵巣がんの治療として,パクリタキセルとカルボプラチンの併用療法を
受けたが,改善がみられず,術後約1年後に,セカンドオピニオンから
肺がんの疑いを知らされ,検査したところ,肺がんが原発であり,卵巣
などに転移したものであることが診断された。
イレッサの投与開始後,肺がんの縮小,胸水の減少が胸部レントゲン
画像で確認され,腫瘍マーカー値も低下した。その後,死亡した。
⑥症例6【乙E11〔28頁〕,12〔6頁〕,16[枝番号1,2],
証人光冨主尋問〔52∼58頁〕】
患者が,70歳代,女性,喫煙者,腺がん患者で,EGFR遺伝子変
異陽性(あり)の症例である。
病期ⅢB期で治療が開始され,原発巣は36×30mmであった。患
者が従来の化学療法を希望しなかったため,イレッサが投与された。
イレッサ投与後,リンパ節転移が改善され,約6か月後には,原発巣
の腫瘍が,CT画像上,32×20mmまで縮小した。また,投与から
約1年6か月後には,原発巣の腫瘍は32×22mmであり,6か月の
時点と比べると,縦幅が2mm大きくなり,腫瘍の縮小には限界がみら
れたものの,リンパ節転移は消えて,病期ⅠB期相当となった。この段
階で,原発巣の摘出手術が行われた。その後,死亡した。
イ坪井正博の症例報告
①症例1【丙E48[枝番号1]〔71∼78頁〕,50[枝番号1〔2
1∼23頁〕,2の1・2]】
患者が,40歳代,女性,非喫煙者の症例である。
平成12年に,左下葉の腫瘤及び右中葉のすりガラス状陰影が確認さ
れ,両側肺がんと診断されて,切除手術が実施された。平成13年4月
24日に,肺胞上皮型腺がんの術後再発と判明した。
同年5月から約5か月間,カルボプラチンとパクリタキセルの併用療
法により,腫瘍の縮小が認められたが,同年6月25日の胸部X線検査
の結果,腫瘍の増悪が疑われ,同年7月15日の胸部CT検査の結果,
PDと判定された。また,時折呼吸困難や胸部の不快感が認められた。
セカンドライン治療で,患者がイレッサを希望したことにより,同月
25日からイレッサの投与が開始された。同年8月8日,胸部X線検査
により右肺の影の縮小が認められ,同年9月5日の胸部CT検査の結果
でも,同年7月15日の時点で確認されていた再発及び多発転移巣が淡
い斑状影となっていることが確認された。その後もイレッサの投与が継
続され,平成16年夏ころまでは概ねPRが維持された。
平成16年夏ころからがんの増悪が認められ,平成17年1月6日か
らはイレッサを中止し,TS−1が投与された。しかし,TS−1投与
中に,胸部不快感,咳,痰などの胸部症状が増強してきたことから,同
月31日にイレッサの投与が再開された。その結果,胸部X線検査の画
像状浸潤影が減少し,咳や痰などの症状も軽減するなどの効果が認めら
れた。
同年6月13日,再度がんの増悪が認められたため,同年7月以降は
イレッサや殺細胞性抗がん剤の投与を行いながら,平成20年1月14
日まで投与を継続した。同月15日にはタルセバの投与もされた。
タルセバの投与開始後の同年2月12日に,胸部X線検査の結果,両
肺の影が再度淡くなり,同月26日には労作時呼吸困難があるものの,
安静時の呼吸困難は改善した。
②症例2【丙E48[枝番号1]〔80∼84頁〕,50[枝番号1〔2
4∼26頁〕,3の1・2]】
患者が,60代,女性,非喫煙者の症例である。
当該患者は原因不明の舌下神経麻痺のために入院中であったが,胸部
CT検査で異常陰影が認められ,平成17年8月に肺腺がんと診断さ
れ,病期Ⅳ期であることが判明した。
上記診断により手術不能と判断されたことから,平成15年9月から
カルボプラチンとゲムシタビンの併用療法が行われたところ,リンパ節
腫大は一時縮小傾向が認められたものの,原発巣の縮小は認められなか
った。右肩峰痛が増強し,右鎖骨上窩リンパ節に転移に伴う症状の悪化
がみられ,平成17年9月16日には,腰椎,骨盤への骨転移がみられ
た。患者がイレッサを希望したことから,V1532試験へ参加するこ
ととなり,平成18年1月23日からイレッサの投与が開始された。
同年2月20日,胸部CT検査により右肺の腫瘍が縮小するとともに
リンパ節が縮小し,内頸静脈背側に認められていた右鎖骨上窩リンパ節
は消失した。同年6月6日の腰椎MRI検査の結果では,骨転移(同年
1月の時点では認められていた。)が認められず,同年7月28日の骨
シンチ検査の結果でも骨転移は認められなかった。その後も,腫瘍の増
悪は認められず状態が安定していたことから,第Ⅲ相試験上のイレッサ
の最終投与日は同年8月6日とし,同年9月11日には試験上の追跡も
終了することとなった。
イレッサの投与は,皮疹や紅斑,抜歯等のために休薬等を行った時期
があるものの,平成20年3月当時まで継続されており,存命であっ
た。なお,平成19年10月30日から平成20年2月18日までの間
は,ドセタキセルの投与も行われた。
③症例3【丙E48[枝番号1]〔84∼89頁〕,50[枝番号1〔2
7∼30頁〕,4の1・2]】
患者が,30代,男性,非喫煙者の症例である。
平成12年3月3日に腺がんであると診断され,胸部CT検査の結
果,病期ⅢB期とされた。診断後,カルボプラチンとパクリタキセルの
併用療法が行われ,腫瘍及び縦隔リンパ節の縮小がみられたため,同年
6月13日に左上葉切除術及びリンパ節郭清術が実施された。その際,
術後補助療法としてUFTが投与された。
同年12月の胸部X線検査及び胸部CT検査の結果,非小細胞肺がん
の再発が確認された。平成13年3月9日から同年5月9日までカルボ
プラチンとパクリタキセルの併用療法が行われ,同年3月ころには全脳
照射(放射線療法)も行われた。その後,胸部CT検査の結果,肺の腫
瘍の数は再発発見時よりも減少し,頭部CT検査の結果,脳転移も改善
が認められた。
しかし,同年6月に,ヘモグロビン減少(血液毒性),食欲不振及び
全身倦怠感が認められたため,化学療法が中止された。また,頭部CT
検査の結果,多発性脳転移が認められた。
その後は,UFTが投与され経過観察が行われたが,平成14年5月
13日に胸部X線検査により肺の粟粒性転移病巣の増悪が認められ,頭
部CT検査の結果により脳に15∼20mm大の転移巣が複数みられ
た。
同年8月12日から,ゲムシタビンとドセタキセルの併用療法が行わ
れたが,同年10月1日の胸部X線検査の結果から治療効果が認められ
なかった。
同月3日からイレッサが投与され,同月17日及び30日の胸部X線
検査によれば,肺の網状陰影及び気胸の改善が認められ,咳の病状も改
善が認められ,同年11月28日の胸部X線検査の結果によっても,肺
の腫瘍の増悪は認められなかった。副作用として顔のにきびと背中の発
疹が認められ,同年12月17日から2週間イレッサの投薬が中止され
た。上記症状の改善がみられたため,平成15年1月9日からイレッサ
の投与が再開された。同年2月6日の胸部X線検査の結果では,肺の腫
瘍の陰影が薄くなり,呼吸困難や咳の症状も改善した。
同月20日ころより,当該患者は,自主判断でイレッサの投与を休止
し,症状が悪化する度にイレッサの投与を再開し,改善するとまた休止
することを繰り返し,同年3月20日の外来診療を最後に,自主判断で
外来受診しなくなった。
当該患者は同年11月に加療目的で入院し,胸水ドレナージが実施さ
れ,イレッサの投与も再開された。右肺の再膨張は不良であったが,イ
レッサを2週間投与後に2週間休薬する方法で経過観察が行われた。同
年12月の胸部X線検査の結果によれば,肺野の陰影の消失傾向がみら
れた。
平成16年3月の胸部CT検査の結果によって,肺の腫瘍の再増悪が
認められたため,同年4月22日によりイレッサとドセタキセルの併用
療法が開始され,イレッサのコホート内ケース・コントロール・スタデ
ィへ参加することとなった。同年6月14日の胸部X線検査により左肺
の陰影に消退が認められた。
当該患者は,その後退院したが,外来の経過観察中の同年8月17日
に呼吸困難を訴えて,緊急入院した。イレッサによる下痢のために,患
者の自主判断で同年7月20日からイレッサの投与が休止されていたこ
とが判明した。
当該患者は同年8月20日から入院して,イレッサの投与が再開さ
れ,呼吸困難が改善され,経過も良好であったことから,同年9月1日
に退院し,在宅酸素療法が実施され経過観察が行われた。
同年10月1日に,当該患者に顔のにきびと胸痛が認められ,イレッ
サの投与が中止され,同年11月11日には病状の悪化が認められ,他
院に転院して,同月30日に病勢進行のため死亡した。
ウ福岡正博の症例報告【丙E33〔11,12頁〕,証人福岡主尋問〔4
5∼48頁〕】
患者が,58歳,女性,非喫煙者の症例である。
他院で肺腺がんと診断され,診断時に右眼脈絡膜転移があった。他院に
おける治療歴はゲムシタビンとビノレルビンの併用療法,ドセタキセル単
剤の化学療法を受けていた。
その後,福岡の所属する病院に転院してきたが,来院時には,両下肢の
運動麻痺のため歩行不能の状態で,PS4と判断された。平成14年7月
26日から,EAPに基づいて,イレッサの投与が開始された。
投与から約1週間後には,脈絡膜転移は消失し,胸部の陰影に縮小が認
められるとともに,症状の改善がみられ,全身状態が回復し,下肢の運動
障害も改善し,その後しばらくして退院した。
エ大橋信之ら「非小細胞肺がんに対するゲフィチニブ(イレッサ)の使用
経験」(広島医学56巻3号:平成15年3月,丙E8)
別紙27【症例経過表】の症例①∼④について,大橋らは,要旨以下の
ように意見を述べている。
症例①は,サードライン治療として劇的に抗腫瘍効果を認める症例があ
ることは従来の抗がん剤ではまれであり,セカンドライン以降の治療での
使用によって生存期間を延長させる可能性を示した。
症例②では抗腫瘍効果や自覚症状改善効果に加え,QOLが向上した。
副作用が軽微で継続使用が容易である上,従来の抗がん剤と比して継続性
に優れる傾向がうかがわれ,維持療法として生存期間を延長させる可能性
も考えられた。
症例③では,高齢者で抗腫瘍効果が認められずPDであった症例であっ
たが,自覚症状が改善し,QOLの向上が見られた。なぜPDでも自覚症
状が改善するのか,理由は明らかではない。作用部位であるEGFRの過
剰発現と抗腫瘍効果の相関もなく,生体内での真の作用機序も明らかでは
ないのが現状である。
現時点では,副作用に関する情報が十分でないこともあり,今後プロト
コールに基づいた薬剤投与において,そのプロフィールを明らかにしてい
く努力が必要であろう。
イレッサは標準的治療薬として確立していないばかりか,重篤な副作用
の発生頻度も明らかではない。従来の抗がん剤同様,効果や副作用に対す
る十分なモニタリングを行いながら利用することが医療者としての当然の
心構えである。
オ梅村茂樹ら(治療学Vol.38No.12:平成16年,丙E9)
別紙27【症例経過表】の症例⑤,⑥について,梅村らは,要旨以下の
ように意見を述べる。
症例⑤は,患者が喫煙者の男性である。シスプラチン,ドセタキセル,
イリノテカンという現在最も有効性を期待できる薬剤を組み合わせた3剤
併用療法では全く奏効せず,肺内転移巣の増大により呼吸不全状態になっ
ていたが,イレッサの投与により,急速に肺転移巣が縮小した。これまで
の報告ではイレッサが奏効する可能性が低いと考えられていた患者であっ
たが,イレッサが著効し延命効果が得られた。たとえ喫煙者の男性であっ
てもイレッサを試みる価値があることを示唆する興味深い症例であった。
症例⑥は,全脳照射,ビノレルビン,ゲムシタビン,カルボプラチンや
パクリタキセルなどの多剤に対していずれも耐性となっていたが,イレッ
サにより腫瘍の完全消失が長期間持続した。本症例は全脳照射を含め,既
存の治療法がすべて無効となった巨大な転移巣に対してイレッサが著効し
た点が興味深い。
イレッサは,現在の標準的治療法であるプラチナ製剤を含む多剤併用療
法又は放射線照射などに耐性となった症例の一部に著効するという点では
貴重な薬剤である。
今後,イレッサ投与前にEGFRの変異の有無を検索することにより,
肺がんで初めてのテーラーメイド医療が実現することを期待する。
カKeiichiFujiwaraら「DramaticeffectofZD1839(‘Iressa’)ina
patientwithadvancednon-small-celllungcancerandpoor
performancestatus」(LungCancer40巻1号:平成15年4月,丙E
10[枝番号1,2])
別紙27【症例経過表】の症例⑦について,Fujiwaraらは,要旨以下の
ように意見を述べる。
症例⑦は,化学療法に耐性のある進行性非小細胞肺がんでPS不良の患
者に対して,イレッサが著しい抗腫瘍効果を発揮したものである。
症例⑦はイレッサによる治療に関連した次の4点を明らかにした。第一
は,イレッサは,全身状態(PS)不良の患者に投与することができるこ
と,第二は,前治療歴のある患者についても,イレッサは当該患者の受け
た従来の化学療法との交差耐性を示さなかったこと,第三は,イレッサに
よる治療の直前(全脳照射の6か月後)に発見された脳転移のリング状造
影領域が消失したのは,放射線による効果ではなく,むしろイレッサによ
る効果だったと考えられること,第四に,症例⑦では,顔面や頚部におけ
る発疹により一時治療を中断したが,イレッサに関連した有害事象は軽度
であったことである。
イレッサは進行性非小細胞肺がんに実質的な効果をもたらし,シスプラ
チンを標準とする化学療法との交差耐性のない初めての分子標的治療薬で
あり,イレッサの副作用の種類・程度は従来の抗がん剤とは全く異なる。
そのため,ファーストライン治療において化学療法とイレッサを同時又は
逐次併用すれば,より高い奏効率を得る可能性がある。
キToshiyukiKozukiら「Long-termEffectofGefitinib(ZD1839)on
SquamousCellCarcinomaoftheLung」(ANTICANCERRESEARCH24巻
1号:平成16年,丙E11[枝番号1,2])
別紙27【症例経過表】の症例⑧について,Kozukiらは,要旨以下の
ように意見を述べる。
症例⑧は,男性で,喫煙歴があり,肺全摘出術及び放射線療法を受けた
患者であったにもかかわらず,イレッサを12か月以上投与しても,肺の
有害事象を発現しなかった。
イレッサは,扁平上皮肺がん患者において,少なくとも13か月間,重
篤な有害事象を発症することなく効果(抗腫瘍効果)がある。喫煙歴とイ
レッサの効果には強い相関性があるとの報告があるが,症例⑧は,その報
告とは異なる結果を示した。扁平上皮がんを有する男性喫煙者に関する症
例であることを考慮すると,イレッサの作用機序についてはさらなる研究
の必要がある。
ク高岡和彦ら「Gefitinibの投与が奏効した慢性腎不全と呼吸不全を伴う
原発性肺癌術後再発の1症例」(癌と化学療法32巻1号:平成17年1
月,丙E12)
別紙27【症例経過表】の症例⑨について,高岡らは,要旨以下のよう
に述べる。
症例⑨は,慢性腎不全のため積極的な抗がん剤治療が困難でQOLの低
下を招くと考えられるものであった。また,イレッサに対する患者の期待
が高く,慢性腎不全患者に対してイレッサを投与する科学的根拠がないこ
とや有害事象の報告がないことを説明し,十分なインフォームド・コンセ
ントを得た上で治療を開始し,早期に自覚症状とQOLの著名な改善を認
めた。また重篤な有害事象はなく,抗腫瘍効果はPRで,病勢進行までの
期間は約6か月,生存期間は約13か月であった。症例⑨は治療が奏効し
たと判断した。
ケ杉安謙仁朗ら「イレッサにより長期予後が得られた肺癌多発骨転移の1
例」(中部整災誌47巻4号:平成16年,丙E13)
別紙27【症例経過表】の症例⑩について,杉安らは,要旨以下のように
述べる。
症例⑩は,イレッサは,一時的にではあるがCEA値を著名に低下させ
て有効であり,肺がん治療に少なからず効果的であったことを示唆すると
考えられた。イレッサ投与前と比較して,投与後は椎体の圧潰進行が認め
られず,イレッサが骨転移巣に有効に作用したことを示唆するものであ
る。
症例⑩の予後因子からは,予後6か月未満と予測でき,手術適応なしと
考えられたが,実際は1年9か月の生存期間を得ており,術後も麻痺の進
行はなく,QOLを維持することができた。
したがって,イレッサは,生存期間の延長と転移病巣のコントロールに
効果的であったと考えられる。
コAtsukoIshidaら「GefitinibasaFirstLineofTherapyinNon-
SmallCellLungCancerwithBrainMetastases」(「Internal
Medicine」43巻8号:平成16年8月,丙E14[枝番号1,2])
別紙27【症例経過表】の症例⑪,⑫について,Ishidaらは,要旨以
下のように意見を述べる。
イレッサは,主にセカンドライン治療としてのみ推奨されてきたが,全
身状態(PS)不良のために殺細胞性抗がん剤による治療を許容できない
と考えられる患者にとって,唯一の根治的治療法となりうるから,良好な
予後因子を有する一部の患者に対してはファーストライン治療として投与
できると考える。症例⑪及び⑫は,いずれも日本人女性の腺がん患者であ
り,これらの因子はすべて予後因子と考えられる。
サ上林孝豊ら「症状緩和と抗腫瘍効果にGefitinibが有効であったPS3
進行期肺がん症例の1例」(癌と化学療法31巻2号:平成16年2月,
丙E15)
別紙27【症例経過表】の症例⑬について,上林らは,要旨以下のよう
に意見を述べる。
症例⑬は,イレッサ投与時にはPS3の患者で,通常の化学療法を行う
ことが困難であったが,イレッサの投与により重篤な副作用やQOLの低
下を招くことなく抗腫瘍効果を得て,症状やPSが改善された。
モルヒネや放射線照射によってコントロール困難であった強度のがん性
疹痛が速やかに改善したことには注目すべきである。イレッサは,がんの
積極的治療としてのみだけでなく,がんに伴う様々な症状の緩和治療にも
有用である可能性がある。
また,症例⑬での効果を踏まえれば,イレッサは,脳転移巣に対しても
縮小効果が期待される。
シ中田寛章ら「Gefitinibが有効であった肺腺癌転移による癌性腹膜炎の
1例」(癌と化学療法31巻1号:平成16年1月,丙E16)
別紙27【症例経過表】の症例⑭について,中田らは,要旨以下のよう
に意見を述べる。
症例⑭は,平成14年1月から約10か月間はパクリタキセルの腹腔内
投与により腹水がコントロールされていたが,その後のシスプラチン腹腔
内投与とイリノテカンの全身投与では効果が見られなかった。イレッサ投
与後に腹水の減少が見られ,イレッサの効果によるものと考えられる。
再発の非小細胞肺がん患者は限られた生存期間の中で食欲不振や易疲労
感などQOLを損なう症状を呈することが少なくなく,生存期間の延長の
みならず,QOLの改善も大切である。イレッサは内服の抗がん剤であり
治療中も自宅での生活が継続できるなど,QOLの改善にも有意である。
ス鈴木裕太郎ら「ゲフィチニブ(イレッサ)が著効した前治療無効肺腺癌
の一例」(治療Vol.87No.4載:平成17年4月,丙E17)
別紙27【症例経過表】の症例⑮について,鈴木らは,要旨以下のよう
に意見を述べる。
症例⑮は,PS2の患者であるが,非喫煙者,腺がん,女性,日本人と
いうイレッサの効果予測因子を満たす典型例である。また,症例⑮のよう
な多発肺転移における著効例は多数報告されており,今後新たな効果予測
因子となる可能性はあると考える。
今後イレッサ使用にあたっては,感受性,有害事象予測に基づく個別化
医療の実現,ファーストラインでの使用,他剤との併用,術後使用などの
科学的根拠の構築が望まれる。
実地医療の適正使用としては,インフォームドコンセントの上で,セカ
ンドライン以降でPS0∼2の患者に単独投与することが基本である。間
質性肺炎や肝機能障害患者への投与は慎重を要する。
セ矢満田健「肺癌術後再発症例に対するゲフィチニブ(イレッサ)の投
与」(信州医学雑誌51巻5号:平成15年10月,丙E18)
別紙27【症例経過表】の症例⑯∼⑱について,矢満田は,要旨以下の
ように意見を述べる。
症例⑯∼⑱のように,比較的短期間の評価であるが,驚くべき効果が認
められる症例が存在することは事実である。現時点でたとえ臨床試験上,
予後向上に明らかな科学的根拠が得られなかったとしても,画期的な肺が
ん治療薬であることは誰も否定できない。
効果予測因子の発見,短期有効例の長期予後,急性肺障害を含む副作用
など今後検討すべき課題は多いが,肺がん治療を専門とする医者が今まで
にあまり経験したことのない驚きである。急性肺障害の副作用について
は,現在までの検討では既存に特発性肺線維症のある症例では急性肺障害
のリスクが有意に高いことが判明しているのみである。
ソ廣瀬正裕ら「Gefitinib投与により骨・脳転移が縮小し全身状態の著明
な改善を認めた進行期非小細胞肺癌の1例」(日本胸部臨床64巻3号:
平成17年3月,丙E19)
別紙27【症例経過表】の症例⑲について,廣瀬らは,要旨以下のよう
に意見を述べる。
症例⑲は,イレッサ投与開始から1か月後には肺内腫瘍の縮小とともに
脳転移,骨転移も改善を認め,自覚症状が軽快した。イレッサは通常の化
学療法剤となり,血液脳関門を通過し脳転移巣を縮小させる可能性を有す
ることを示している。ただし,非小細胞肺がんの転移巣におけるイレッサ
の有用性,メカニズムに関しては解明されていない点が多く,今後症例を
集めて検討する必要がある。
タ石川清司ら「緩和医療からみた分子標的薬ゲフィチニブの役割」(沖縄
医報40巻6号:平成16年,丙E20)
別紙27【症例経過表】の症例⑳及び○21について,石川らは,要旨以下
のように意見を述べている。
イレッサでは,抗がん剤の有効性を評価する奏効率よりも,病勢コント
ロール率,症状改善率がはるかに高い。腫瘍縮小効果に加え,貧血,痛
み,食欲不振などの症状が改善され,QOLの向上が図られる。1日1回
1錠の内服であるため,手軽な治療法であるが,副作用の発現率が高く慎
重な経過観察を必要とする。
症例⑳は,PS4の患者で,従来の考え方では化学療法の対象外とさ
れ,ホスピス等での緩和医療の対象となる症例であった。患者の意思を汲
み取り,治療を断念せずにイレッサを使用したところ,肺がんの発見から
1年後には,一時的に旅行が可能な状態にまで症状が緩和された。
症例○21では,PS3の状態と多発肺内転移の画像は積極的治療を躊躇さ
せる因子であったが,イレッサの投与後,主婦として家事が可能となり,
投与から約15か月,自宅での日常生活を営むことができたことは高く評
価される。
イレッサの有効な症例を選択する基準の確立が急がれる。
チMotoshiTakaoら「Successfultreatmentofpersistent
bronchorrheabygefitinibinacasewithRecurrent
BronchioloalveolarCarcinoma:acasereport」(WorldJournalof
SurgicalOncology1(1)8(2003):平成15年7月,丙E21[枝番号1,
2])
別紙27【症例経過表】の症例○22について,Takaoらは,要旨以下のよ
うに意見を述べる。
症例○22は,多発性肺細気管支肺胞上皮がんに起因する気管支漏(進行性
の大量の水様喀痰及び呼吸困難)の治療に対する反応がイレッサによるE
GFRチロシンキナーゼ阻害と関係する可能性があることを示すものであ
り,イレッサは,多発性肺細気管支肺胞上皮がん,特に重篤な気管支漏が
ある症例に対する治療選択肢となり得る。
ツ樋田豊明「分子標的治療薬ゲフィチニブの著効例」:(がん分子標的治
療Vol.1No.2:平成15年4月,丙E22)
別紙27【症例経過表】の症例○23∼○25について,樋田は,要旨以下のよ
うに意見を述べる。
症例○24及び○25では,それぞれカルボプラチンとパクリタキセル,カルボ
プラチンとゲムシタビン治療後にイレッサが効果を示し,抗がん剤投与後
の継続投与でイレッサが生存期間の延長に寄与することが期待される。
症例○23∼○25は,従来の化学療法が効果を示さなかった腫瘍に対して,イ
レッサが効果を示しており,従来の化学療法とイレッサが奏効する集団は
一致しないことが示唆された。
継続投与ではどのような非小細胞肺がん症例で効果があるのか現段階で
は不明であるが,いずれにしてもイレッサの効果予測因子の特定が最も重
要な課題であると考えられる。
テ塩豊「パロキセチンにより肺癌患者に発症した適応障害が軽快し,肺癌
治療を開始し,ゲフィチニブ著効を示した1例」(PharmaMedia22巻1
0号:平成16年10月,丙E23)
別紙27【症例経過表】の症例○26について,塩は,要旨以下のように意
見を述べる。
症例○26は,入院時には患者ががん治療を拒否していたため,緩和医療を
選択して精神的なケアをしたところ,患者が再度がん治療に向かうように
なった症例において,イレッサにより,腫瘍が縮小するなど治療が奏効し
たまれな症例である。
ト宇宿一成ら「ゲフィチニブにより皮疹を生じた2例」(臨床皮膚科58
巻11号:平成16年10月,丙E24)
別紙27【症例経過表】の症例○27及び○28について,宇宿らは,要旨以下
のように述べる。
症例○27では肝臓の多発していた転移病巣が消失又は縮小し,治療効果判
定はPR,患者のQOLも向上した。症例○27及び○28の患者と主治医は,い
ずれもイレッサ内服継続の意向である。
ナSeijiYanoら「Areportoftwobronchioloalveolarcarcinoma
caseswhichwererapidlyimprovedbytreatmentwiththeepidermal
growthfactorreceptortyrosinekinaseinhibitorZD1839
(“Iressa”)」(CancerScience94巻5号:平成15年5月,丙E25
[枝番号1,2])
別紙27【症例経過表】の症例○29及び○30について,Yanoらは,要旨以
下のように意見を述べる。
症例○29では,イレッサを1か月投与後に肺生検標本で組織学的に悪性細
胞が検出されなかったことから,イレッサが誘発するアポトーシスが腫瘍
細胞駆除の役割の一部を果たしているように思われる。イレッサの抗腫瘍
効果の分子的機序の解明は未だ十分にされておらず,腫瘍細胞のEGFR
発現とイレッサの臨床的な抗がん特性の関係を把握するためにはさらに試
験を行う必要がある。
症例○29及び○30は,イレッサ投与前後におけるEGFR,リン酸化EGF
R,HER2の各遺伝子の発現度に明らかな差は認められなかった。症例
○29では悪性細胞が消失し,症例○30では投与開始後に多発性肺細気管支肺胞
上皮がん細胞が検出されたものの,投与後8か月まで病勢進行が認められ
なかったことから,イレッサの投与により腫瘍細胞の増殖が抑制されたも
のと考えられる。
7イレッサの有効性について
(1)平成14年7月当時の有効性
ア薬事法の規定等
前記2(1)アのとおり,ヘルシンキ宣言以降,我が国においても,新し
い医薬品は,最終的にヒトを対象とする試験すなわち臨床試験によって,
有効性と安全性が確認されなければならないことが共通の認識とされてい
る。
昭和54年法律第56号による薬事法の改正において,医薬品の有効性
及び安全性を確保するための承認に関する規定が整備され,承認審査資料
として臨床試験の試験成績に関する資料等の添付が義務付けられ,臨床試
験の成績の信頼性を確保するためにGCP省令等により厳しい基準が設け
られた。
イ臨床試験の評価項目
前記2(4)のとおり,がん患者の治療上の利益は延命とQOL改善にあ
り,化学療法によって根治治療することができない肺がん,特に非小細胞
肺がんに対しての抗がん剤の治療上の効果が一般的に低い状況の下では,
延命が最も重視されるべきであることから,抗がん剤の有効性判断におけ
る真の評価項目は,延命効果を中心とすべきである。
また,旧ガイドラインにおけるⅡ相承認制度の下では,腫瘍の縮小が延
命につながると考えることには生物学的合理性があり,腫瘍の縮小が延命
を予測する上で有益であることが疫学研究によって示されていたことか
ら,腫瘍縮小効果(奏効率)から延命効果(生存期間の延長)を合理的に
予測することができると考えられ,代替評価項目である腫瘍縮小効果から
真の評価項目である延命効果を評価することができると考えられていた。
現在においても,この考え方は否定されてはいない。
ウ承認当時の有効性についての判断
(ア)抗がん剤の期待有効率(有用な抗悪性腫瘍薬と認められる水準)は一
般的には奏効率20%が目標とされている。
イレッサの対象疾患は,手術不能又は再発非小細胞肺がんである。す
なわち,化学療法の効果が一般的に低い非小細胞肺がんの中でもさらに
治療の困難なⅢ期及びⅣ期の患者が対象となるだけでなく,セカンドラ
イン治療以降の患者であって,薬剤耐性の点からも治療の効果を得にく
い患者が対象となっている。そして,平成14年7月当時における非小
細胞肺がんのセカンドライン治療における標準的治療薬であるドセタキ
セル単剤のセカンドライン治療における奏効率を考慮すると,イレッサ
においては奏効率約10%が期待有効率の水準となるものと考えられ
た。また,試験計画書では閾値有効率は5%と定められていた。
イレッサの第Ⅱ相試験では,IDEAL1試験の外国人群の閾値有効
率が5%を越えていなかったが,IDEAL2試験とIDEAL1試験
の外国人群の結果を総合すると,外国人に対しても少なくとも閾値有効
率5%を越える奏効率があったと考えられる状況にあり,IDEAL各
試験ではいずれも閾値有効率5%を越える奏効率であったと認められ
る。
また,IDEAL1試験の外国人群の奏効率は期待有効率10%を越
えなかったが,IDEAL1試験の全患者及び日本人群並びにIDEA
L2試験においていずれも奏効率が期待有効率とすべき10%を越え,
ことに,IDEAL2試験は,IDEAL1試験よりも外国人の症例及
び化学療法の効きにくくなったサードライン治療の患者を多く含んだに
もかかわらず,IDEAL1試験の外国人群を大きく上回る結果を示
し,外国人に対しても一定程度奏効することを示し,その奏効率は期待
有効率10%を越えていた。
加えて,IDEAL1試験の生存期間中央値が全患者群(250mg/
日)で7.6か月,1年生存率が日本人群(250mg/日)で57%で
あり,セカンドライン治療における標準的治療薬であるドセタキセルを
投与した場合の生存期間中央値(5.7∼7.5か月)や1年生存率
(32∼37%)と比較すると,背景因子の偏りなどの可能性を考慮し
ても,少なくともイレッサがドセタキセルよりも劣るものではないと考
えられた。
以上によれば,平成14年7月当時における判断としては,セカンド
ライン治療におけるイレッサの有効性は肯定できると認めるのが相当で
ある。
(イ)次に,ファーストライン治療におけるイレッサの有効性についてみる
と,セカンドライン治療におけるIDEAL1試験の結果(審査センタ
ー判定)では,日本人群(250mg/日)における奏効率が25.5%
であり,ファーストライン治療において期待有効率とされる水準(奏効
率20%)を上回り,全患者群(250mg/日)における奏効率も1
5.5%であり,上記期待有効率と比較しても十分な値を示すものと評
価することができる。
前記3(2)ウのとおり,抗がん剤の性質に照らすと,セカンドライン
以降の治療では,ファーストライン治療で投与された抗がん剤により,
がん細胞に多剤耐性が生じることがあるだけでなく,抗がん剤による治
療により患者の体力の低下なども重なって,治療を重ねるにつれて治療
の効果を得にくくなる。すなわち,セカンドライン以降の治療よりもフ
ァーストライン治療における奏効率の方が高いと考えられていた。
イレッサについては,第Ⅰ相試験であるV1511試験において,従
来の化学療法による治療効果を得られなかった患者に対して,非小細胞
肺がん23例中5例での部分奏効(PR)という結果が得られ,IDE
AL2試験において,サードライン治療の患者を含む患者群で奏効率1
1.8%(250mg/日群)という結果を示し,従来の化学療法により
治療効果を得られなかった患者に対しても治療効果を得られることが予
測されるた。
以上より,平成14年7月当時における判断としては,ファーストラ
イン治療においてもイレッサの有効性は肯定できると認めるのが相当で
ある。もっとも,臨床試験で直接検証されていないことは軽視されるべ
きではなく,ファーストライン治療において積極的に使用すべき状況に
はなかったというべきである。
(ウ)原告らは,イレッサに関する治験が,セカンドライン治療以降の患者
を対象とするものであり,ファーストライン治療における効果が臨床試
験により検証されていないのであるから,ファーストライン治療におけ
る有効性は認められないと主張する。
しかし,平成14年7月のイレッサ承認当時,非小細胞肺がんに対す
る抗がん剤使用に関するガイドラインが策定中であり,ファーストライ
ン治療における標準的治療法としてプラチナ製剤と新規抗がん剤の2剤
併用療法が行われていたという状況にあったところ(前記2(2)イ),
保険適用のある標準的治療法が既に存在して一定の治療効果を期待でき
るのに,患者があえて新薬による治療を望む動機に乏しく,ファースト
ライン治療における臨床試験の実施が困難であった(前記2(1)オ)の
である。
そうすると,原告らの主張によると,非小細胞肺がんに対する新たな
ファーストライン治療方法の開発ができなかったという非現実的な帰結
をもたらしかねない点で,その主張自体相当ではないというほかはな
い。また,前記のとおり,平成14年7月当時,抗がん剤の効果は,セ
カンドライン治療よりもファーストライン治療の方が治療効果が高いと
予測されていたというのであるから,原告らの上記主張は採用すること
ができない。
(2)現在における有効性
ア承認後の医薬品の有効性の確認と標準的治療法
前記2(3),(4)によれば,次のとおりである。
第Ⅲ相試験における有効性の判断は,承認後に判明した医学的,薬学的
知見を前提に,臨床試験の試験成績,症例報告等を考慮した上,延命効果
を検証するために生存期間(生存期間中央値,時点生存割合)や無増悪生
存期間を主要評価項目として行われる。
第Ⅲ相試験の主要評価項目において,標準的治療法に対する優越性が証
明された場合,又は同等性が証明され,QOL改善,症状緩和効果等の代
替評価項目を総合的に考慮して,第Ⅲ相試験の対照群とされた標準的治療
法よりも有効性が高いことが認められた場合には,当該医薬品には有効性
が認められ,当該医薬品は標準的治療法に組み込まれる。
もっとも,仮に標準的治療法を対照群とした第Ⅲ相試験において優越性
又は非劣性が統計学的に証明されなかったとしても,当該医薬品の有効性
が直ちに否定されるものではなく,承認後に判明した医学的,薬学的知
見,臨床試験の試験成績や症例報告等により承認時において認められた有
効性が欠けると認められる場合に,当該医薬品の有効性が否定される。
イ平成16年3月ころまでに実施された臨床試験等
前記4(3),6によれば,次のとおりである。
平成14年8月に公表されたINTACT各試験により,イレッサには
標準的治療法に対する生存期間延長効果がないことが明らかとなり,少な
くともイレッサと既存の抗がん剤を同時併用で投与することを避けるべき
であると考えられるようになったが,INTACT各試験の結果がIDE
AL各試験の結果に反するものであったとまではいえなかった。
また,承認後の多数の個別症例の報告により,従来の化学療法では治療
上の効果が得られなかった患者に対して治療上の効果が得られた旨の報告
が多数行われ,これらは,上記臨床試験の結果に反するものではなかっ
た。
したがって,承認時におけるIDEAL各試験の奏効率を中心としてイ
レッサに延命効果があることが合理的に予測される状況には変わりなかっ
たといえる。
ウ平成16年4月ころから平成19年6月ころまでに実施された臨床試験

前記4,5によれば,次のとおりである。
イレッサの承認後,イレッサの効果予測因子に関する研究が続けられて
いたところ,平成16年4月に肺がんの一部の症例にEGFR遺伝子変異
が発見され,翌年にはEGFR遺伝子増幅が発見されるに至り,EGFR
遺伝子変異やEGFR遺伝子増幅が効果予測因子であるという見解などが
示された。
平成16年4月以降,多くの研究者によって,EGFR遺伝子変異のあ
る患者に対してイレッサが効果が高いという研究成果やこれに沿う個別症
例が多数発表された。
他方,ISEL試験(平成16年12月公表),SWOG0023試験
(平成17年5月公表),V1532試験(平成19年2月公表)のいず
れにおいても,イレッサによる延命効果は統計学的に証明されず,かえっ
て,SWOG0023試験の結果から,放射線化学療法同時併用療法後に
ドセタキセルの逐次投与をした後の維持療法としてのイレッサの投与は避
けるべきであると考えられるようになった。しかし,ISEL試験の東洋
人サブグループ解析によりイレッサがプラセボに対して生存期間が有意に
延長しており,イレッサの効果には人種差などの要因が影響している可能
性が示唆された。V1532試験の結果は,これのみから後治療が全生存
期間に与えた影響を正確に評価することが困難であり,他の臨床試験の結
果を踏まえて検討する必要があるという状況であった。
以上より,平成19年6月ころまでの時点においては,イレッサの有効
性は,EGFR遺伝子変異に関する研究や他の臨床試験の結果を踏まえて
さらに検討する必要があるという状況にあり,IDEAL各試験の結果に
反する試験結果が出ていたとまではいいきれないものであった。
エ平成19年7月ころから現在までに実施された臨床試験等
前記4,5によれば,次のとおりである。
平成19年7月に結果が公表されたINTEREST試験は,日本人の
症例を含まないものであったが,イレッサの第Ⅲ相試験で初めて,セカン
ドライン治療以降の患者を対象として,全生存期間についてイレッサのド
セタキセルに対する非劣性が統計学的に証明され,QOL改善などでイレ
ッサがドセタキセルを有意に上回った。しかし,EGFR遺伝子増幅の多
い患者に関するサブグループにおいて,全生存期間についてのイレッサの
ドセタキセルに対する優越性は証明されなかった。
平成20年5月に結果が公表されたWJTOG0203試験は,2剤併
用療法後に逐次投与されたイレッサによる生存期間の延長を統計学的に証
明するものではなかった。しかし,腺がん患者のサブグループにおいて,
2剤併用療法後に逐次投与されたイレッサによる生存期間延長の可能性が
あることが示唆された。
平成20年9月に結果が公表されたIPASS試験において,過去の臨
床試験で治療効果が高かった腺がん等のファーストライン治療の患者(日
本人を含む東洋人)の無増悪生存期間について,ファーストラインの標準
的治療法である2剤併用療法群に対するイレッサ群の優越性が証明され
た。また,サブグループ解析では,EGFR遺伝子変異を有する患者のサ
ブグループにおいて,イレッサ群が併用療法群よりも高い奏効率等を示
し,腺がん患者に対して治療を行うにあたっては,可能な場合にはファー
ストライン治療前にEGFR遺伝子変異の状態を明らかにすべきであるこ
とが示唆された。
平成22年6月に結果が公表されたNEJ002試験において,EGF
R遺伝子変異を有する日本人患者の無増悪生存期間について,ファースト
ラインの標準的治療法である2剤併用療法群に対するイレッサ群の優越性
が統計学的に証明された。
また,承認後のイレッサの効果予測因子(EGFR遺伝子変異やEGF
R遺伝子増幅)に関する研究や各臨床試験の結果により,EGFR遺伝子
変異又はEGFDR遺伝子増幅がイレッサの効果予測因子であるという考
え方が大勢を占めるに至った。もっとも,イレッサは,EGFR遺伝子変
異のない患者に対しても10%程度の奏効率があるとされ,一定割合の症
例ではEGFR遺伝子変異の有無と奏効とが解離することがあるなど,い
まだ未解明の状況である上,EGFR遺伝子変異及びEGFR遺伝子増幅
については,確率された解析方法がなく,再現性や精度に問題があると指
摘されている。
オ現在時点での有効性の判断
(ア)以上のとおり,平成19年7月に公表されたINTEREST試験に
より,セカンドライン治療の患者に対するイレッサのドセタキセルに対
する非劣性が統計学的に証明され,QOL改善などでイレッサがドセタ
キセルを有意に上回った。
また,承認後のイレッサの効果予測因子に関する研究や各臨床試験に
より,EGFR遺伝子変異ないしEGFR遺伝子増幅こそがイレッサの
効果予測因子であるという考え方が大勢を占めるようになった。しか
し,イレッサは,EGFR遺伝子変異のない患者に対して全く治療効果
がないというものではなく,10%程度の奏効率が認められ,セカンド
ライン治療におけるドセタキセルの奏効率と同程度であるとされる。
したがって,現時点においては,セカンドライン治療においてイレッ
サの有効性を認めるのが相当である。
(イ)ファーストライン治療についてみると,IPASS試験やNEJ00
2試験によって,無増悪生存期間について,EGFR遺伝子変異を有す
る患者を対象にしたファーストラインの標準的治療法である2剤併用療
法群に対するイレッサ群の優越性が証明された。そして,無増悪生存期
間を代替評価項目として延命効果を推認することができると考えられる
から,イレッサは,EGFR遺伝子変異を有する患者に対するファース
トライン治療として,2剤併用療法よりも延命効果があることが推認さ
れる。
また,ファーストライン治療におけるEGFR遺伝子変異を有しない
患者に対する効果を直接検証した臨床試験がないが,イレッサは,EG
FR遺伝子変異のない患者に対しても10%程度の奏効率があるとされ
ている。
したがって,イレッサはEGFR遺伝子変異を有する患者に対して特
に治療の効果が高いといえ,ファーストライン治療においてもイレッサ
の有効性は肯定されると認めるのが相当である。もっとも,ファースト
ライン治療におけるEGFR遺伝子変異陰性(遺伝子変異を有しない)
又は不明の患者に対して,他の抗がん剤よりも優先的にイレッサを使用
すべき状況にはない。
(ウ)以上より,現在においては,EGFR遺伝子変異又は遺伝子増幅を有
する患者を対象とする場合には,セカンドライン治療及びファーストラ
イン治療におけるイレッサの有効性は肯定されると認められ,EGFR
遺伝子変異陰性(遺伝子変異を有しない)又は不明の患者を対象とする
ファーストライン治療としても,イレッサの有効性は認められる。な
お,現在におけるイレッサの有効性に関する知見は,承認後の研究によ
って判明した効果予測因子であるEGFR遺伝子変異の関係を除けば,
承認当時の有効性に関する知見とも整合するものといえる。
(3)小括
以上検討したとおりであり,イレッサは,平成14年7月当時だけでな
く,現在においても,その有効性が認められる。
(以下余白)
第3イレッサの安全性(危険性)
1医薬品の安全性
薬事法の目的,医薬品の承認及び承認拒否事由に関する規定は,第3章第6
の1記載のとおりである。
これらの薬事法の規定によれば,医薬品の安全性とは,申請に係る医薬品
が,その申請に係る効能,効果又は性能に比して著しく有害な作用がないこ
と,又は保健衛生上著しく不適当とされる程度の性状,品質がないことをいう
と解するのが相当である(薬事法14条2項1号参照)。
医薬品は,人体に化学的作用等を及ぼすものであり,治療上の効果,効能と
ともに,何らかの副作用(生物学的製剤における病原微生物による感染症を含
む。以下,同じ。)が生じることは避けがたい。そのため,単に有害な作用や
保健衛生上不適当であることだけでは,安全性がないとはされていないものと
解される。
原告らは,イレッサの副作用により間質性肺炎に罹患したと主張するので,
従来の化学療法(抗がん剤)における副作用である間質性肺炎(その予後を含
む。)の重篤性に関する知見を前提として,イレッサによる間質性肺炎の重篤
性の面からその安全性を検討する。
2従来の化学療法による副作用
(1)化学療法の副作用の特徴
化学療法の副作用の特徴に関する前提事実(前記第3章第3),前記第2
の3(2)ウの認定事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事
実は,以下のとおりである。
ア副作用発生の不可避性
【乙E11,18,丙E33,丙H2[枝番号4],4,5,11】
第2章第4の1によれば,以下のとおりである。
抗がん剤には殺細胞性抗がん剤と分子標的治療薬があり,いずれの抗が
ん剤も,その作用機序から副作用を回避することは困難である。すなわ
ち,殺細胞性抗がん剤は,細胞周期におけるDNA等の合成を阻害するこ
とにより,細胞分裂(増殖)を抑止するものである。すなわち,正常細胞
よりも細胞周期が早く細胞分裂が活発ながん細胞は,相対的に殺細胞性抗
がん剤の細胞増殖抑制効果をより強く受けるため,治療効果が得られる。
しかし,殺細胞性抗がん剤は,その性質上,正常細胞にも有害な影響を及
ぼすものであり,また,副作用が発生しない投与量では治療効果が得られ
ないことが多く,副作用が発生する用量まで投与量を増やさざるを得ず,
治療域が非常に狭い。
分子標的治療薬は,基本的には,がんの増殖にかかわる特定の分子(標
的分子)に作用してがん細胞の増殖の抑制を図るものである。標的分子
は,正常細胞とは質的,量的な違いがあり,治療による正常細胞への影響
が小さいか,又は速やかな正常細胞の回復が可能と予想されるものが選択
されるため,治療薬のがん細胞に対する特異性が高いとはいえるが,標的
分子は正常細胞にも存在するため,前記のとおり,正常細胞への影響は避
けられない。
イ副作用の種類及び程度
【甲H29,乙E18,乙H13,17,丙E33,丙H2[枝番号
5],4,11,32,35,丙I28】
抗がん剤の副作用には,次の(ア)ないし(ク)のような多様なものがあり,
その程度及び発症頻度も異なる。
(ア)血液毒性
血液毒性は,主に赤血球減少(貧血),白血球減少(好中球減少),
血小板減少を発生させるものである。その程度は,患者の全身状態,栄
養状態,年齢,病期,骨髄転移の有無,化学療法や放射線療法歴,合併
症などによって異なる。
血液細胞は,細胞周期が早いことから,殺細胞性抗がん剤の影響を強
く受け,がん細胞と同様に細胞の分裂や増殖が強く抑制され,副作用が
生じる。
白血球(好中球)減少は,細菌感染を防御する白血球が減少すること
から,感染症に罹患する危険性が高まり,感染症が重症化して死亡する
危険性を高める副作用である。また,白血球(好中球)減少等が生じた
場合には,白血球(好中球)の数が一定程度回復するまで抗がん剤治療
を中断せざるを得ないことが少なくない。
血小板減少は,特に脳内出血や消化管出血を誘発する危険性が高くな
り,出血が生じた場合の手術などによる対処が困難となるため,死に瀕
する状態に陥ることがある。
(イ)消化器毒性
消化器毒性は,主として口内炎,悪心,嘔吐,下痢を発生させる。こ
れらは,患者のQOLを低下させ,治療継続を困難にする。消化器毒性
は,血液毒性と並んで,発症頻度の高い毒性の1つである。
悪心や嘔吐は,化学療法を受ける患者の70∼80%にみられる。
なお,化学療法を受けるがん患者における悪心や嘔吐の原因病態・疾患
には,抗がん剤によるもの以外には①補助療法,②転移性脳腫瘍の存
在,③原病の消化器への進展,④様々な原因による消化器疾患などがあ
る。
抗がん剤による下痢の程度は,使用薬剤の種類,投与方法又は患者の
背景因子によって異なり,重篤な場合は致死的となりうる。特にイリノ
テカンでは,高度な下痢が発症するとされており,腸管麻痺及び腸閉塞
に引き続き腸管穿孔を併発して死亡する例が報告されている。なお,化
学療法を受けるがん患者における下痢の原因病態・疾患は,①抗がん剤
による腸障害,②他の薬剤性腸炎,③悪液質,④腸管感染症,⑤精神的
因子などである。
(ウ)肺毒性
肺毒性は,肺水腫,アレルギー性包隔炎や間質性肺炎などを発生させ
る。なお,がん患者における肺障害は,感染症,腫瘍の進展,放射線及
び抗がん剤など様々な要因により発症するが,抗がん剤による肺毒性に
関する危険因子は,放射線との併用及び抗がん剤の総投与量である。
肺がん治療のための抗がん剤は,その副作用として,間質性肺炎を発
症することが多い。抗がん剤による肺障害の頻度は高いとはいえない
が,ひとたび発生すると致死的となりうるため,抗がん剤の投与中のみ
ならず,その後も経過観察をして,予防,早期発見,早期治療に努めな
ければならないとされている。基礎疾患,特に間質性肺炎又は肺線維症
を有する患者は,増悪の危険性が高いとされている。
(エ)腎毒性
腎毒性は,腫瘍の進展,全身状態の悪化,補助療法に伴う腎障害,化
学療法に伴う腫瘍融解症候群などを発生させる。
抗がん剤の代謝,排泄の多くは腎臓又は肝臓で行われるため,代謝,
排泄過程である腎臓尿路系に過剰な負荷がかかり,腎毒性が発生する。
腫瘍融解症候群は,化学療法が奏功した際に腫瘍細胞の大量崩壊が生
じ,代謝異常をきたすものであり,固形腫瘍で生じる頻度は低いが,致
死的な場合も少なくない。
腎毒性を発生させる代表的な抗がん剤は,シスプラチンである。
(オ)神経毒性
神経毒性は,感覚障害,異常感覚,運動障害,自律神経障害や聴覚障
害などを発生させる。特に,末梢神経障害は,予防薬や治療薬がなく,
一度発症すると回復しないことが多く,症状が生涯残る深刻な副作用で
ある。
シスプラチン,パクリタキセル,ドセタキセルなどにおいて,神経毒
性が多く発生する。
(カ)心毒性
心毒性は,心筋障害,血管炎,心電図異常,うっ血性心不全,一過性
徐脈,不整脈や低血圧などを発生させる。時には重篤化して死に至るこ
ともある。
心毒性を発生させる抗がん剤には,ビノレルビン,イリノテカンやパ
クリタキセルなどがある。
(キ)過剰反応(アナフィラキシー反応)
過剰反応は,抗がん剤の投与後数分から10数分で気管支れん縮,血
圧低下,発疹などの症状が発生するものである。
過剰反応は,程度の差があるものの,ほぼすべての化学療法で発症し
うるが,その発生機序が解明されているものは少ない。
過剰反応が生じる代表的な抗がん剤は,パクリタキセルである。
(ク)脱毛
脱毛は,抗がん剤の毛根母細胞への影響の結果生じる副作用であり,
殺細胞性抗がん剤に多くみられる。
脱毛は,生命の危険のある副作用ではないが,患者が女性の場合には
精神的苦痛を伴う。
脱毛の副作用が強い抗がん剤は,ドセタキセルなどである。
(2)非小細胞肺がん抗がん剤による副作用の発症頻度
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,非小細胞肺がん抗がん剤による副作
用の発症頻度について,以下のとおり認められる。
ア非小細胞肺がん抗がん剤の副作用死亡数及び死亡率
(ア)非小細胞肺がん抗がん剤の副作用死亡報告数
【丙I23[枝番号1∼6]】
我が国における主な非小細胞肺がん剤に生じた副作用死亡例の
報告数は次の表のとおりである。
平成18年平成19年平成20年
ドセタキセル284432
パクリタキセル453227
イリノテカン272233
タルセバ未承認20
(ただし,平成19年10月22日以降)
77
(イ)非小細胞肺がん抗がん剤の副作用死亡率
【乙E17〔20∼22頁〕,丙E33〔12頁〕,34[枝番号1
0],46,48[枝番号1]〔41∼44,49頁〕,50[枝番
号1]〔5,14,15頁〕,証人福岡主尋問〔20頁〕】
非小細胞肺がんの抗がん剤の副作用死亡率は,薬剤の種類やデータの
収集された時期によっても異なるが,平成14年7月当時では2%前後
とされており,現在においても1∼2%とされている。
イ非小細胞肺がん抗がん剤における各副作用の発症頻度
我が国における主な非小細胞肺がん剤に関する各毒性の発症率は別紙3
9の各表のとおりである。
【(ア)血液毒性につき,丙I16,26,28∼30,(イ)消化器毒性につ
き,丙I16,24,26,28,30,(ウ)肺毒性のうち,a間質性
肺炎の発症率につき,乙E21[5頁],乙H61∼74[うち73は,
枝番号1,2],丙I1,2,4,16,24,26∼30,b間質性
肺炎に関する副作用報告数(括弧内は死亡報告数)につき,丙I23
[枝番号1∼6]】
(3)殺細胞性抗がん剤の副作用(肺毒性を除く。肺毒性の中心となる間質性肺炎
については後記3参照)に対する治療及び予防方法
証拠(甲H28,29,35,36,乙H17,丙H11,32)及び弁
論の全趣旨によれば,殺細胞性抗がん剤の副作用に対する主な治療方法につ
いて,以下のとおり認められる。
ア血液毒性
(ア)白血球減少
白血球減少は,抗がん剤の使用開始後7日目ころから出現し,3週間
目には回復することが多いが,一部の薬剤ではさらに回復が遅れること
がある。
好中球減少に対する支持療法として,G−CSF(Granulocyte-
ColonyStimulatingFactor)が使用される。G−CSFには,好中球
減少期間や好中球減少の程度,発熱性好中球減少症の頻度の低下,抗生
物質の使用量,感染症の頻度の低下などの効果があり,好中球の数を増
加させ,殺菌能を高める作用もあるが,薬価が高く,奏功率の改善や生
存期間の延長効果は明らかではない。G−CSFには,軽度の骨痛など
の副作用があるが,高用量でも大きな副作用がない。
(イ)血小板減少
血小板減少に対しては,血小板輸血により対応する。ただし,輸血に
伴う血小板抗体産生や感染の危険性を考慮して,必要最小限にしなけれ
ばならないとされている。
(ウ)赤血球減少(貧血)
化学療法によって急激な貧血の増悪をみることはない。仮に急激な貧
血の症状が現れた場合には,出血など他の原因である可能性があるとさ
れている。
貧血に対しては,赤血球の寿命が長く,輸血でコントロールしやすい
ことから,臨床的には大きな問題となることは少ないとされる。
イ消化器毒性
(ア)嘔気(悪心)・嘔吐
急性の悪心や嘔吐に対しては,5−HT3受容体拮抗剤が主に使用さ
れる。これらの副作用が発生する頻度が高い抗がん剤の場合には,5−
HT3受容体拮抗剤とステロイド剤を併用するのが標準的治療法であ
る。使用可能な5−HT3受容体拮抗剤は5剤あり,制吐作用はほぼ同
等である。
遅延性の悪心や嘔吐は,5−HT3受容体拮抗剤のみでコントロール
できる場合が少ない。中枢性・末梢性制吐剤又はステロイド剤が投与さ
れるが,有効例は33∼62%である。
予測性の悪心や嘔吐は,過去に抗がん剤投与を受けたときの症状発現
の経験や精神的苦痛などに起因して生じるため,鎮痛剤の投与や患者へ
のカウンセリングを要することがある。
(イ)下痢
食事療法により,下痢に対処することがある。一般的に下痢に対応し
た食事でよいが,強い下痢の場合には絶食することもある。
下痢に対する治療は,水や電解質の保持と補正,感染予防などがあ
る。
下痢に対しては,ビスマス剤,タンニン酸アルブミン,塩酸アルミニ
ウム,塩酸ロペラミド,アヘンアルカロイドなどが投与され,腹痛が強
いときには臭化ブチルスコポラミンなどが投与される。
ウ腎毒性
腎毒性の出現時には,当該抗がん剤の減量又は投与の中止をするほかに
方法はない。治療は,輸液と利尿を基本とする対症療法であり,イフォス
ファミドによる出血性膀胱炎に対しては,メスナ(ウロミテキサン)が有
効であるとされている。
エ神経毒性
神経毒性に対しては治療法がなく,日々の経過観察による抗がん剤の減
量,中止の時期を見過ごさないことが重要となっている。
オ心毒性
心毒性に対する治療法は,通常の対症療法しかないため,いかに予防す
るかが最優先となる。症例の背景因子を考慮した抗がん剤の選択(危険因
子として考えられているのは,70歳以上の者,高血圧,心疾患との合併
などである。),投与スケジュールや副作用モニタリングが基本的な対応
策となる。
(4)原告らの主張等について
ア原告らは,現在における抗がん剤の副作用死亡率は1%未満であると主
張し,証人福島は,京都大学医学部付属病院外来化学療法部では平成17
年の全患者818名のうち,抗がん剤による直接的な毒性死が0であった
旨証言する(証人福島主尋問〔23,24頁〕)。
しかし,副作用死亡には,抗がん剤の副作用と死亡との直接な関連性が
否定できない場合のみならず,抗がん剤の副作用によって易感染状態にな
り重篤な感染症に罹患して死亡した場合,すなわち間接的な関連性がある
場合も含まれる(乙D29,後記4(4)ア(オ)b(c))ところ,証人福島が
挙げる統計は,抗がん剤による直接的な毒性死のみに基づくデータであ
り,間接的な毒性死が含まれていない(証人福島反対尋問〔8,9頁〕)
のであるから,証人福島の証言により,抗がん剤の副作用死亡率が1%未
満であることは認められない。
また,原告らは,国立がんセンター中央病院における平成19年4月か
ら同年10月までの肺がんでの化学療法の治療を受けた患者(入院及び外
来)合計1155名中,治療関連死(副作用死)が1名(副作用死亡率
0.1%以下)であったこと(甲P95,乙E20〔92∼94頁〕)
や,東京医科大学における担当患者の診療録では,患者に対して,抗がん
剤による副作用死亡率が1%未満であると説明されていること(丙E50
[枝番号2の1]〔191頁〕)を指摘する。しかし,副作用死亡率は,
その性質上,その算出の対象となった時期や治療施設によって多少の誤差
が生じうるものであり,第Ⅲ相試験において,ファーストライン治療にお
ける標準的治療法である2剤併用療法の副作用死亡率は4∼6%であり
(丙I5),平成18年9月のコホート内ケース・コントロール・スタデ
ィに関するシンポジウムにおいて,実地臨床における非小細胞肺がん抗が
ん剤の副作用死亡率は1.0∼2.0%未満と考えている医師が大半を占
めていた(丙E46)。また,証人光冨は,化学療法単独での副作用死亡
率が1%程度であると証言し(証人光冨主尋問〔55頁〕),国立がんセ
ンター中央病院内科の堀田医師らも,抗がん剤の副作用死亡率は1%程度
であるとしている(甲H29)。以上によれば,原告らの指摘する証拠に
よっては,抗がん剤による化学療法の副作用死亡率が1%未満であったと
まで認めるには足りず,かえって,現在においても,抗がん剤による化学
療法の副作用死亡率は1∼2%程度であると認めるのが相当である。
イ証人福島は,白血球(好中球)減少に対する治療方法として白血球を増
やす薬剤があり,骨髄抑制が生じても外来診療で対応できる,実地臨床に
おいては血液毒性(骨髄毒性)により死亡することはあまりないなど,殺
細胞性抗がん剤の副作用で最も重篤な副作用とされている血液毒性が対応
可能なものである趣旨の証言をする(甲E41〔34頁〕,証人福島反対
尋問〔63,64頁〕)。
甲H28には,化学療法に伴う好中球減少に対しては,G−CSF投与
が中心となっており(G−CSFは,CFU−Gから好中球への分化を促
進する薬剤である。),化学療法が比較的安全に行えるようになってきた
と考えられるようになってきたと記載されていることが認められるが,こ
の記載は,従来の血液毒性に対する治療と比較して安全であるという趣旨
であって,血液毒性の危険性がなくなったということを意味するものでは
ないと解されるほか,G−CSFによって必ずしも好中球減少による感染
等の危険がすべてなくなったというものではないとの証人福岡の証言や
(証人福岡主尋問〔18,19頁〕),G−CSFがあるとしても,現在
でも一定数の血液毒性による死亡がありうるとの西條の見解もある(乙E
19〔59頁〕)。
また,好中球減少などの血液毒性が発症した場合には,感染症の危険性
が高まり,ある程度回復しなければ化学療法を継続できず,化学療法を中
断すると,がんの進行を招くことになる(丙E33〔5,6頁〕,証人福
岡主尋問〔19頁〕,証人光冨主尋問〔27頁〕)。
そうすると,平成14年7月当時において,好中球減少に対する治療薬
が存在したとしても,依然として血液毒性の危険性が軽減されたというべ
きではなく,証人福島の上記証言は採用することはできない。
3イレッサ承認当時における間質性肺炎自体の予後の重篤性
(1)イレッサ承認当時における間質性肺炎に関する知見
第3章第5の3の事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められるイレ
ッサ承認当時における間質性肺炎に関する知見は,次のとおりである。
ア間質性肺炎の病態
【甲H2,32,乙E17,乙H19,20,35,36[枝番号1∼
3],丙H12】
間質性肺炎は,肺の間質を炎症の主座とする慢性のびまん性の炎症性疾
患であるが,その症状,経過,治療反応性は多様であり,多くの病態があ
る。
間質性肺炎は,病理組織学的には,肺の間質での過剰なコラーゲン産生
による線維化が起こり,臨床的に,それに伴う拘束性喚起障害や肺拡散能
の低下などの呼吸機能障害を呈する。
線維化が進行する機序としては修復の不全と考えられている。すなわ
ち,間質性肺炎では,Ⅰ型肺胞上皮細胞が損傷すると,炎症細胞が出現
し,線維芽細胞や膠原線維(コラーゲン)などが過剰に産出されることに
より線維化が生じる(異常修復)。
炎症と線維化によって,ガス交換の効率,特に酸素を取り込む能力(酸
素化能力)が下がって低酸素血症をもたらすほか,肺胞は弾力性を失い,
肺胞のふくらみが得られなくなって肺活量が低下する。
イ間質性肺炎の経過【甲H3,32,乙H20,丙H12】
間質性肺炎では,高分解能CT(highresolutionCT:HRCT)の画
像上,両肺全体に広がる網状,粒状,線状,すりガラス状などの陰影(び
まん性陰影)が見られることが特徴である。症状としては,初期に労作時
の呼吸困難や発熱,乾性咳嗽(痰などの気管分泌物を伴わない咳のことを
いう。),重症になると低酸素血症,チアノーゼ(皮膚,粘膜の細静脈,
毛細血管内の酸素飽和度が減少し,皮膚や粘膜が紫藍色になること)など
を呈する。
その症状経過は多彩で,症状を発現してから急激に呼吸困難などの症状
が悪化していく急性のもの(数週以内)から,亜急性のもの(1∼3か
月),症状が徐々に進行していく慢性のもの(数年)などがある。現在に
おける特発性間質性肺炎に関する病型分類(前記第3章第4の2(3))で
みると,急性間質性肺炎(AIP)は急性型,特発性器質化肺炎等(CO
P/BOOP)は亜急性型,非特異性間質性肺炎(NSIP)には亜急性
型のものや慢性型のものがあり,特発性肺線維症(IPF),剥離性間質
性肺炎(DIP),呼吸細気管支炎関連性間質性肺炎(RB−ILD)及
びリンパ球性間質性肺炎(LIP)は慢性型であると考えられているが,
特発性肺線維症であっても急性増悪するものもある。
(2)イレッサ承認当時における特発性間質性肺炎の病型分類と予後に関する知見
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,イレッサ承認当時における特発性間
質性肺炎の病型分類と予後に関する知見について,次のとおり認められる。
ア特発性間質性肺炎の病型分類に関する研究の動向
【甲H3,5,32,36,乙E17,乙H55,丙H12,16~21,32】
(ア)間質性肺炎に関する研究
間質性肺疾患(びまん性肺疾患)の研究として,最も重視されてきた
のは特発性間質性肺炎に関する研究である。特発性間質性肺炎の研究
は,当初は様々な原因による疾患全体の終末像である肺線維症の研究と
して始まり,やがてその前段階である間質性肺炎の研究へと転換し,症
例の大半を占める原因不明の特発性間質性肺炎に焦点をおいて,これを
病理組織学的に分析し,病理組織像のパターンを捉えて分類してきた。
これに対し,薬剤性間質性肺炎は,従来から薬剤起因性肺炎,薬剤性
肺臓炎などとして,その存在が知られていた。しかし,薬剤性肺障害
は,一般的に発症頻度が低いため,同一施設において同一薬剤による多
数の症例を経験することがなく,信頼性のあるデータの蓄積が困難であ
るだけでなく,薬剤の本来の薬効が必ずしも呼吸領域にないため,薬剤
を使用する臨床領域と有害事象の臨床領域が異なるという研究上の難し
さがあった。そのため,薬剤性肺障害や薬剤性間質性肺炎を主に研究し
ている研究者はほとんどいないといわれる状態であった。(薬剤性間質
性肺炎の発生機序,予後などに関する研究は後記(3)イ)
(イ)特発性間質性肺炎の病型分類の歴史
a1950年代まで
欧米では,1944年(昭和19年),肺に線維化を来す原因不明
の疾患が,4例の剖検例とともに「急性びまん性間質性肺線維症」と
いう病名で報告され,その当時は,疾患全体の終末像である肺線維症
として捉えられた。その報告例は,6か月以内に死亡した急性型であ
ったが,その後,6か月以内より慢性に進行するものが報告され,急
性例及び慢性例の両者が「びまん性間質性肺線維症」の概念に包含さ
れた。
我が国では,1954年(昭和29年)に,最初の「肺線維症」の
報告がされ,1960年(昭和35年)に日本結核病学会総会のシン
ポジウムにおいて初めて肺線維症が取り上げられたが,当時は欧米と
同様に疾患全体の終末像である肺線維症が1つの疾患として捉えられ
ていた。
b1960年代
欧米では,1967年(昭和42年)に,病理組織学的観点から間
質性肺炎を5つ(①通常型間質性肺炎(UIP),②閉塞性間質性肺
炎(BIP),③剥離性間質性肺炎(DIP),④リンパ球性間質性
肺炎(LIP),⑤巨細胞性間質性肺炎(GIP))に分類する見解
が現れた(Liebow分類)。Liebow分類により,従来終末像である肺
線維症で捉えられていたものが,その前段階を意識した間質性肺炎の
研究への転換がみられるようになった。
我が国では,昭和42年(1967年)の学会講演で間質性肺炎とい
う概念が初めて用いられた。ここでいう間質性肺炎には,異物吸入,
代謝性傷害,ウィルス性肺炎などから膠原病肺などに至る様々なびま
ん性肺疾患が含まれていたが,原因ごとの分析が行われた。昭和43
年(1968年)には,23例の病理組織学的検討が報告され病理組織
像として,①新しい硝子膜形成と胞隔の滲出性肥厚を示すⅠ群,②や
や古くなって器質化傾向を示し胞隔の線維性肥厚や上皮の増生等を示
すⅡ群,③嚢胞形成を示すⅢ群が示された。
c1970年代
我が国では,1970年代に入り,肺線維症研究会(現在の間質性
肺疾患研究会)が発足し,間質性肺炎の定義(間質性肺炎は,呼吸困
難及び乾性咳嗽を主訴として,両側肺にびまん性の病変を有する進行
性の肺疾患であって,病理組織学的には広範な間質性肺炎が主体であ
り,末期にはその線維化のために呼吸機能の著しい低下をきたす)を
示した。昭和49年(1974年)には,厚生省が特発性間質性肺炎を
特定疾患に指定し,厚生省特定疾患肺線維症調査研究班が発足し,同
時に第一次診断基準というべき「肺線維症診断の手引き」が作成され
た。
同研究班は,同年,Liebow分類(前記b)を踏まえて,特発性間
質性肺炎が①A群:狭義の原因不明の症例(Liebow分類のUIPに
相当する。),②B群:原因不明であるが,細菌感染などを疑わせる
もの(Liebow分類のBIPに相当する。),③C群:原因不明であ
るが,独自の形態像を示すもの(Liebow分類のLIP,DIP,G
IPなどに相当する。),④D群:原因不明例に形態像が類似する
が,膠原病など原因が推定されるもの(薬剤性間質性肺炎など)に分
類する病理学的診断基準を示し(山中分類),その後,この診断基準
が長く使用された。同研究班の調査において,薬剤性間質性肺炎はD
群に整理されていた。
これに対して,米国では,このころ,診断技術の向上に伴い,病理
組織像の分析検討が進み,Liebow分類における通常型間質性肺炎
(UIP)の早期が剥離性間質性肺炎(DIP)であると位置付けら
れた。
d1980年代
我が国では,昭和50年(1980年)に,前記厚生省の研究班は特
定疾患間質性肺疾患調査研究班に改められ,昭和56年(1981年)
には,同研究班が,「原因不明のびまん性間質性肺炎」など様々な名
前で呼ばれていた名称を「特発性間質性肺炎」(IIP)に統一し,
前記臨床診断基準を改訂した(第2次改訂)。ただし,ここでいう特
発性間質性肺炎(IIP)は,Liebowの分類における通常型間質性
肺炎(UIP)に相当するものとされており,他の原因不明の間質性
肺炎(DIP,LIPなど)が除外されており,薬剤性間質性肺炎は
過敏性肺炎ととも新たにE群に位置付けられた。
欧米では,1983年(昭和58年)に,肺胞,肺胞管や細気管支
内の器質化という特徴を捉えた器質化肺炎(COP)という病態を報
告し,1985年(昭和60年)には同じ病態を器質化肺炎を伴う閉
塞性細気管支炎(BOOP)として報告した。また,びまん性肺胞障
害(DAD)の特徴を分析した急性肺障害(AIP)という病型が提
唱された。
e1990年代
我が国では,平成3年(1991年),前記厚生省研究班は臨床診断
基準を改訂した(第3次改訂)。第3次改訂では,「原因不明の間質
性肺炎」を狭義の「特発性間質性肺炎」(IIP)と総称し,これを
①急性型,②慢性型(定型例・非定型例)に分類した。もっとも,上
記分類における慢性型の定型例は山中分類A群(Liebow分類のUI
P)と一致し,非定型例は山中分類B群とほぼ一致するものと考えら
れており,急性型と慢性型に連続性があるのかについての議論は今後
の課題とされていた。
欧米では,1994年(平成6年)に,病理組織学的パターンのい
ずれにも該当しない病型として,非特異性間質性肺炎(NSIP)を
提唱する見解が示された。
米国胸部学会(ATS)は,1991年(平成3年)から,同学会
において間質性肺疾患をめぐって,講演やシンポジウムを盛んに行
い,1997年(平成9年)からサルコイドーシスガイドラインや特
発性肺線維症ガイドラインの作成作業を開始し,1999年(平成1
1年)にサルコイドーシスガイドラインが公表された。同年には特発
性肺線維症に関する臨床シンポジウムが開催され,2000年(平成
12年)2月には特発性肺線維症ガイドラインも公表された。また,
同学会(ATS)は,1997年(平成9年)にIIPガイドライン
の作成作業を開始した。
f2000年∼2004年ころ
(a)海外における状況
米国胸部学会(ATS)と欧州呼吸器学会(ERS)は,国際的
に複数の概念が用いられ,概念の混乱の下で臨床医が様々な概念を
用いていた状況を踏まえて,合同の委員会(ATS/ERS合同委
員会)を組織し,2000年(平成12年)に国際多分野合意声明
を出し,2002年(平成14年)6月には,特発性間質性肺炎の
病型分類に関する統一された国際多分野合意分類(ATS/ERS
分類)を公表した(この米国胸部学会(ATS)と欧州呼吸器学会
(ERS)の合同作業には,1998年(平成10年)5月から我
が国の研究者も参加していた。)。
上記分類では,特発性間質性肺炎を7つの臨床病理学的疾患単位
に分類し,病理組織学的パターンと対応させて定義した(後記
g)。
(b)我が国における状況
ⅰ我が国におけるガイドライン改訂作業
我が国では,平成12年(2000年),前記国際多分野合意声
明により臨床診断基準の国際的な整合性が求められるようにな
り,厚生省びまん性肺疾患調査研究班が,臨床診断基準の改訂作
業を開始した(第4次改訂)。
平成16年(2004年)7月に,厚生労働省研究班はATS/
ERS分類を取り入れた臨床診断基準の第4次改訂作業を終え,
同年9月に,日本呼吸器学会びまん性肺疾患診断・治療ガイドラ
イン作成委員会は上記改訂を踏まえたIIPガイドラインを公表し
た。
ⅱ国内での文献等
α大野良之ほか編「難病の最新情報」(平成12年8月,甲H
37)
特発性間質性肺炎の中の1つの病型である急性間質性肺炎
(AIP)の死亡率が62%,生存期間が1∼2か月であると
ことを示し,参考文献として上記数値の根拠となった文献
(Anna-LuiseA.Katzenstein「IdeopathicPulmonary
Fibrosis」Americanjournalofrespiratoryandcritical
caremedicine157巻:平成10年,甲H38)を挙げた。
β近藤有好ほか「特発性間質性肺炎(IIP)の急性増悪につ
いて」(1993年度びまん性肺疾患調査研究:平成5年,甲
H39)
特発性間質性肺炎(IIP)の急性増悪例4例が紹介し,う
ち3例はステロイドパルス療法を行ったが無効であり死亡し,
最終的には全例で死亡してたこと,4例のうち2例では病理像
としてびまん性肺胞障害(DAD)の所見がみられ,これらの
所見は急性増悪の特徴的所見であるとする。
また,急性増悪の原因と特発性間質性肺炎との関連は不明で
あるが,2つの考え方があるとし,1つの考え方は,急性増悪
が特発性間質性肺炎とは全く異なる原因による別個の病態であ
るとするものであり,もう1つの考え方は,急性増悪が特発性
間質性肺炎と同一範疇の病態であり,原疾患の悪化が急性増悪
であるとするものであるとした。
γ長井苑子「概念,病型分類」(「間質性肺炎−びまん性肺疾
患」:平成14年10月,甲H32)
ATS/ERS分類や近藤の上記研究報告を紹介する。
gATS/ERS分類の内容
ATS/ERS分類は,特発性肺線維症(IPF)症例の病理組織
学的パターンは通常型間質性肺炎(UIP)であり,その他の病理組
織学的パターンは別の疾患概念であって特発性肺線維症から除外され
るとして,特発性間質性肺炎を①特発性肺線維症(IPF),②非特
異性間質性肺炎(NSIP),③急性間質性肺炎(AIP),④特発
性器質化肺炎(COP),⑤剥離性間質性肺炎(DIP),⑥呼吸細
気管支炎関連性間質性肺疾患(RB−ILD),⑦リンパ球性間質性
肺炎(LIP)の7種類に分類された。
組織学的検索の主要な目的は,特発性間質性肺炎の中で治療への反
応性を示す他の間質性肺炎から,通常型間質性肺炎を鑑別することに
あるとされている。
現在の治療手段のいずれにおいても,特発性肺線維症症例の生存期
間やQOLの改善を示した報告はない。
h我が国における知見の概略
以上のとおり,特発性間質性肺炎の概念等を国際的に統一等を図ろ
うとする動きの下で,我が国においても,国際的な不整合を解消する
ための臨床診断基準の改訂作業が行われ,ATS/ERS分類を取り
入れる方向で作業を終えたのが2004年(平成16年)7月であっ
たというのである。
そうすると,特発性間質性肺炎の研究領域において,海外と我が国
における研究の進展状況に差があり,2002年(平成14年)7月
当時の我が国においては,間質性肺炎についての知見に未解決な問題
が残されていたが,最先端の研究では,ATS/ERS分類と同様の
病型分類が検討される状況にあり,少なくとも慢性型の特発性肺線維
症や急性間質性肺炎等の中心的な分類は周知のものであったと認める
のが相当である。
イ特発性間質性肺炎を中心とした間質性肺炎の治療法
【甲H4,32,乙H55,56,57,乙I4[枝番号12,13,1
5,16,18∼20]】
間質性肺炎の治療は,間質性肺炎をもたらした原疾患が判明していれ
ば,まず原病の治療することになる。
これに対して,原因不明の特発性間質性肺炎や,症状によっては,原因
が判明している間質性肺炎に対しても,強力な抗炎症作用を有する副腎皮
質ステロイド薬(コルチコステロイド)を用いた療法(ステロイド療法)
を中心とした対症療法が行われる。主なステロイド薬は,ヒドロコルチゾ
ン(コルチゾール),コルチゾン,プレドニゾロン,メチルプレドニゾロ
ン,トリアムシノロン,デキサメタゾンやベタメタゾンである。
急性型の間質性肺炎の場合(特発性肺線維症の急性増悪など,急速に悪
化して重度の呼吸不全を呈する症例の場合)には,ステロイド薬を一度に
大量に投与するステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1000
mg/日の3日間点滴静注を,病状の安定化が得られるまで1週間隔で1∼
4クール投与など)が行われる。亜急性の間質性肺炎の場合には,病歴や
血液検査や肺以外の臓器病変の検索などの診断が確定することが多く,最
終的に原因の明確な他の疾患が除外されれば,特発性間質性肺炎と診断さ
れて,プレドニゾロンの投与,プレドニゾロンと免疫抑制剤との併用やス
テロイドパルス療法などの中から治療法が選択される。慢性型の間質性肺
炎の場合には定期的な観察で対応し,様々な原因が除外されて特発性間質
性肺炎と診断されると,特発性肺線維症か,その他の特発性間質性肺炎な
のかを評価した後に治療方針が選択される。
上記のような間質性肺炎に対するステロイド剤を中心とした薬物療法は
経験的なものであり,絶対的な治療方針はないとされていたものである。
最近では,病理組織パターンによって治療反応性が異なることが明らかと
なってきている。特発性間質性肺炎は,ステロイドに治療抵抗性であるこ
とが明らかとなり,ステロイドや免疫抑制薬治療の有効性は限られている
とされ,ステロイドに治療抵抗性を示す場合には,抗線維化薬の投与が試
みられるようになっている。
ウ特発性間質性肺炎の予後
【甲H3,32,36,乙H20,55,丙H12,証人工藤主尋問〔6
3,64頁〕】
特発性肺線維症(IPF)は慢性型の特発性間質性肺炎であり,その病
理組織型である通常型間質性肺炎(UIP)が示す特徴は,正常肺胞構造
の破壊,蜂巣肺形成を伴う線維化,所々に見られる線維芽細胞巣等であ
る。時間的不均一性があり,性状は医療域,間質の炎症,線維化,蜂巣肺
が混在する特徴を有し,斑状に恒常的な線維化が持続することがこの疾患
を予後不良(平均生存年数は自覚症状出現後3∼4年)としている。特発
性肺線維症では治療(ステロイドなど)の効果が十分ではないことが多
い。
非特異性間質性肺炎(NSIP)には,軽快増悪を繰り返し,又は7∼
10年で徐々に悪化して予後不良となるなど,一部に予後不良の例がある
が,概ね治療によく反応する予後良好例が多い。予後は病理組織所見上の
線維化の度合に関連しているが,予後不良例の線維化も質的には特発性肺
線維症とは異なる。しかし,非特異性間質性肺炎の臨床経過には大きな幅
があり予後不良例も存在することから,非特異性間質性肺炎を概ね予後良
好例としてまとめるのは問題があるとの指摘もある。
特発性器質化肺炎(COP)及び閉塞性細気管支炎・器質化肺炎(BO
OP)は,同じ病態を指す名称である。特発性器質化肺炎は,多くの場
合,経口ステロイド薬で完全に回復し,ごく一部では自然寛解も見られ
る。しかし,軽快増悪を繰り返し,又は7∼10年で徐々に悪化し予後不
良となる場合もある。
剥離性間質性肺炎(DIP)と呼吸細気管支炎関連性間質性肺炎(RB
−ILD)は一般的に予後が良好である。
急性間質性肺炎(AIP/DAD)は,効果が実証された治療法がな
く,死亡率が50%以上と高く,多くは発症から1∼2か月で死亡する
が,その40%くらいは生存しうるとの研究報告もある。
なお,近藤有好の平成6年(1994年)の報告(乙H55)では,特
発性間質性肺炎を,①急性型(急性間質性肺炎及び間質性肺炎の急性
型),②肺線維症及び間質性肺炎の慢性型の急性増悪,③慢性型(肺線維
症及び間質性肺炎の慢性型)の3つに分けて,ステロイド療法への反応性
を検討した。これによれば,①急性型では,ステロイド療法の一般的な有
効率が50∼60%とみられ,無効例と有効例又は著効例がみられるこ
と,その原因として重症度や治療開始時期の差ではなく,原因不明ではあ
るが急性型自体にはいろいろな疾患が含まれていることが示唆されるこ
と,②急性増悪ではステロイド療法の効果は全く不良であり,肺線維症の
自然経過と急性増悪との関連や,その本態,原因など,急性増悪には解決
すべき点が多いこと,③慢性型では,ステロイド療法の有無による生存曲
線の差がみられず,自覚所見・他覚所見を伴う改善は10∼30%にすぎ
ないことが指摘されていた。
エ小括
イレッサが承認された平成14年7月当時,特発性間質性肺炎の予後及
び治療反応性は,基本的に病理組織型のパターンに関連すると考えられて
おり,我が国の最先端の研究では,特発性間質性肺炎に関して,ATS/
ERS分類と同様の病型分類が検討される状況にあった。
特発性間質性肺炎に対しては,ステロイド療法を中心とした対症療法が
行われ,急性型の間質性肺炎には,ステロイド薬を一度に大量に投与する
ステロイドパルス療法が行われていた。
特発性間質性肺炎の中でも,慢性型の特発性肺線維症(IPF)では治
療の効果が十分ではないことが多く,予後が悪いことが一般的に知られて
おり,急性間質性肺炎(AIP/DAD)では,実際に死亡率が50%以上と高
く,急性間質性肺炎は急激に発症し予後が不良であるとみられていた。
オ被告らの主張等について
被告らは,平成14年7月当時,少数の第一線の呼吸器専門研究者の間
ではATS/ERS分類が認識されていたが,それ以前の臨床や研究にお
いて,この分類を前提とした分析研究が可能な状況は整っていなかった,
特発性間質性肺炎の中でも急性間質性肺炎の予後の評価が分かれていたな
ど主張する。
しかし,前記アのとおり,平成14年7月当時における病型分類は,現
在の病型分類ほどには整っていなかったものの,特発性肺線維症や急性間
質性肺炎等の概念は現在と異ならず,これらの予後などを議論する上では
問題がなかったというべきである。
また,急性間質性肺炎の死亡率が50%と非常に高いことが指摘されて
いたというのである。
そうすると,イレッサ承認当時,急性間質性肺炎の予後が悪いという見
方が有力であったというべきであるから,被告らの上記主張は採用できな
い。
(3)イレッサ承認当時における薬剤性間質性肺炎に関する知見
ア薬剤性間質性肺炎の病型分類の議論
(ア)平成14年7月前後における文献や研究報告等
a近藤有好「薬剤による肺障害」(KekkakuVol.74No.1:平成11
年1月,乙H34[枝番号3])(後記イ(ア)の近藤第3報告)
「薬剤肺炎の病理組織学的所見はこれまでにもいろいろな表現で記
載されてきたが,これをまとめてみると」とした上で,1)非心原性
肺浮腫,2)急性びまん性間質性肺炎/びまん性肺胞傷害,3)閉塞性細
気管支炎を伴う器質化肺炎,4)好酸球性肺炎,5)慢性びまん性間質性
肺炎・肺線維症,6)肉芽腫形成(過敏性肺炎,その他)の6つに分類
されるとする。
b原澤道美監修,北村諭編「別冊・医学のあゆみ呼吸器疾患−
stateofarts(ver.3)」(平成11年3月,丙H46)
薬剤性肺炎の病型は,①びまん性肺胞障害,②間質性肺炎・肺線維
症,③好酸球性肺炎・器質化肺炎(BOOP),④肺胞出血の4つに
分類されるとする。
c工藤翔二「薬剤誘起性肺炎」(「今日の治療指針2002年度版
(Volume44)」:平成14年1月,丙H23)
薬剤性肺障害の臨床病理像は,急性又は慢性間質性肺炎,閉塞性細
気管支炎・器質化肺炎(BOOP),非特異的間質性肺炎(NSI
P),好酸球性肺炎,過敏性肺炎などであり,治療への反応性や予後
に影響するとする。
d工藤翔二ら「抗がん剤による肺傷害と特発性間質性肺炎の急性増
悪」(1998年度びまん性肺疾患調査研究:平成10年,甲H4
0)
要約には「AIPパターンは5例に認められ,急激な経過をとり短
期間に呼吸不全に陥った。ステロイド薬に対する反応性は不良で全例
呼吸不全により死亡した」,「抗がん剤による肺傷害は急性経過が主
体であり,IIP合併は致死的な肺傷害を発症する危険因子と推測さ
れた」とし,結果部分では「臨床経過は急激で発症後約1週間で呼吸
不全に陥った。ステロイド薬に対する反応は不良で2例では一時的な
改善が認められたが,最終的に全例呼吸不全により死亡した。この中
には,3例のIPあるいはIIP合併例が含まれていた」,考察部分
では「肺癌治療における抗がん剤による肺傷害は,その主体が急性に
変化する可能性が示唆される」,「従来より,抗がん剤,放射線療法
によりIIPが急性増悪することが報告されている」,「今後,AI
Pパターンの病像をとりうる抗がん剤の使用にあたっては十分留意す
る」などとする。
e横山彰仁「薬剤性肺炎」(「間質性肺炎−びまん性肺疾患」:平成
14年10月,甲H32)
薬剤性肺炎の分類として,①間質性肺炎,②気管支攣縮・喘息,③
肺水腫,④肺胞出血,⑤胸膜炎,⑥縦隔リンパ節腫大,⑦呼吸筋・神
経障害,⑧肺血管障害の8つに分類され,そのうち間質性肺炎は慢性
間質性肺炎(CIP;NSIP),好酸球性肺炎(EP),閉塞性細
気管支炎(BOOP),びまん性肺胞傷害,過敏性肺炎の5つに分類
されるとする。
また,薬剤性間質性肺炎の治療及び予後について,「間質性肺炎の
分類のBOOP,HP,EPの場合,薬剤中止のみあるいはステロイ
ド薬に反応することが多いが,CIP,DADの場合,肺障害は慢性
進行性であり,線維化をきたした死亡につながることもまれではな
い。」,予防と対策について,「CIP,DADパターンを起こしや
すい抗癌剤に関しては特に注意が必要で,肺傷害発症の危険因子につ
いて認識する必要がある。」とする。
f吉村明修「抗癌剤の作用としての間質性肺炎(MedicoVol.34
No.7」:平成15年7月,丙H15)
薬剤による間質性肺炎の病理所見は,①慢性間質性肺炎,②好酸球
性肺炎,③閉塞性細気管支炎・器質化肺炎,④びまん性肺胞傷害,⑤
過敏性肺炎の5つに分類されるとする。
g薬剤性肺障害ガイドライン(日本呼吸器学会,平成18年,丙H4
6)
薬剤性肺障害の組織パターンを次のとおり分類する。
肺胞及び間質領域の病変における組織パターンには,間質性肺炎
(①びまん性肺胞障害(DAD),②器質化肺炎(OP),③通常型
間質性肺炎(UIP),④非特異性間質性肺炎(NSIP),リンパ
球性間質性肺炎(LIP),剥離性間質性肺炎(DIP),好酸球性
間質性肺炎(EP),過敏性肺炎(HP),肉芽腫性間質性肺炎)と
その他(肺水腫,肺胞たんぱく症,肺胞出血)がある。
気道の病変における組織パターンには,気管支ぜんそく,閉塞性細
気管支炎が,血管の病変における組織パターンには,血管炎,肺高血
圧症,肺静脈閉塞症が,胸膜の病変における組織パターンには胸膜炎
がある。
(イ)イレッサ承認当時の薬剤性間質性肺炎の病型分類
前記(2)ア(ア)のとおり,我が国における薬剤性間質性肺炎の研究は困
難な状況にあった。
前記(3)ア(ア)のとおり,平成14年7月当時についてみても,薬剤性
間質性肺炎の病型分類に関する議論は,過敏性肺炎など薬剤性間質性肺
炎独自の病型を指摘する見解はあったが,薬剤性間質性肺炎に関する病
型分類の進展がうかがえる研究報告は見当たらず(薬剤性間質性肺炎に
関する主要な研究報告は,後記イの限度であった。),特発性間質性肺
炎の病型分類が援用される程度のものであり,特発性間質性肺炎の病型
分類と薬剤性間質性肺炎の関係を実証的に研究がされたものは見当たら
ないのであるから,各病理組織型ごとの予後を適切に予測できる程度の
病型分類として確立されていたとまではいい難い状況であったと認める
のが相当である。
イ薬剤性間質性肺炎の発生機序,発症頻度と予後に関する研究等
(ア)近藤有好による臨床疫学的研究【乙H34[枝番号1∼3]】
間質性肺炎や肺線維症を中心に研究を行うびまん性肺疾患の専門的研
究者である近藤有好は,薬剤に起因する肺障害について,昭和55年
(1980年),平成3年(1991年)及び平成11年(1999年)に既存の症
例報告を取りまとめた研究報告(近藤第1報告ないし近藤第3報告)を
行った。
このうち,イレッサ承認時点に最も近い平成11年(1999年)の
近藤第3報告は,以下のとおり,原因薬剤や発生機序,薬剤性間質性肺
炎の予後,臨床所見(画像所見),病理組織学的分類等を報告した。
・昭和56年(1981年)から平成10年(1998年)までの約1
8年間に報告された薬剤性間質性肺炎は,薬剤全体で556件(21
8件+338件),そのうち抗がん剤によるものは106件(66件
+40件)であった。
・「薬剤肺炎の出現頻度は多くの薬剤では1%以下であるが,中には1
0%以上の出現頻度を示す薬剤もある」として,発症頻度が薬剤ごと
に異なるとする。
・薬剤肺炎の臨床像は,「起因薬剤が多いため個々の薬剤について述べ
ることは出来ないが,薬剤によって若干の特徴がみられる」,「薬剤
に対する肺の反応は薬剤によって微妙に異なり,その差は薬剤肺炎発
症機序の差,ひいては組織像や治療効果の差として表れる可能性が考
えられた」とする。
・過去の報告における病理学的所見と起因薬剤を対照すると,「同一薬
剤でも異なる病理像を示す場合があり,薬剤に対する反応は個体によ
っていろいろであることがうかがえた。このような病理像の他に,薬
剤肺炎特に抗癌剤や免疫抑制剤による肺炎ではⅡ型肺胞上皮細胞の腫
大増生,異型化などがみられ」たとする。
・薬剤肺炎の予後は,「薬剤性間質性肺炎の治療には主としてステロイ
ド剤が使用されるが,その予後は起因薬剤の種類によって異なる」と
し,抗がん剤のペプロマイシン,ブスルファン,シクロフォスファミ
ドの3剤が高死亡率を示し,予後不良であったとする。
なお,平成3年の近藤第2報告は,昭和55年から平成元年までの間
に我が国で報告された185症例を分析し,薬剤肺炎の分類には一定の
決まりはなく,惹起される臨床像や病理像には一定の分類はみあたらな
い。しかし,個々の報告例をみると,抗がん剤・免疫抑制剤の大部分は
慢性びまん性間質性肺炎・肺線維症の型をとるが,ブレオマイシンの一
部とメソトレキセート,プロカルバジンなどは過敏性肺炎や好酸球性肺
炎の病態を示すものもあるとし,で平成元年(1989年)までの薬剤
性間質性肺炎の報告があった抗がん剤及び免疫抑制剤は合計25種類で
あるとした。
昭和55年の近藤第1報告では,昭和55年(1980年)までに我が国
で報告された306症例を分析し,同一薬剤であってもいろいろの作用
機序が同時に関与し,正確に作用機序を判断することはできないとされ
ていた。
以上の近藤第1報告ないし第3報告は,いずれも近藤がレントゲン画
像等の一次資料を直接見て分析したものではなく(証人工藤主尋問〔2
1頁〕),集積した症例報告といった二次資料を分析したものであっ
た。
(イ)中川和子らによる平成10年(1998年)の報告
【乙H34[枝番号4]】
薬物治療学等を専門とし,過敏性肺炎や薬剤性肺炎等の肺疾患に関す
る多数の研究業績を有する中川和子は,平成10年(1998年)の
「薬物による間質性肺炎」に関する報告(中川報告)において,近藤第
1報告及び第2報告を踏まえ,厚生省医薬品副作用モニター報告の概要
及び医学雑誌の症例報告から,薬剤性肺疾患と原因薬剤の変遷について
検討するとともに,更なる全国調査をした結果をまとめた。
中川報告は,昭和59年(1984年)以降に薬剤性間質性肺炎の報
告のあった抗がん剤は21種類あったとし,薬剤性間質性肺炎の発症機
序による分類を再評価する必要があり,その発症機構が解明され,診
断,治療方法が進歩することを期待されるとしつつ,局所の炎症や肝障
害,免疫状態の変化が本疾患の発症に促進的に働いている可能性が充分
考えられること,全治,軽快例が9割を占め,治療の主体はステロイド
療法であり,ステロイド療法群で完治例の割合が高い傾向がみられ,早
期のステロイド治療の有効性が示唆されたこと,薬剤が直接死因に関係
したものが9例あり,死亡率は4.7%と推計されたこと,この9例中
2例は,抗がん剤の胸腔内投与による肺線維症の急速な進行例であり,
投与経路に伴う肺障害の危険性についても検討する必要があるとした。
(ウ)工藤翔二による平成10年(1998年)第38回日本呼吸器学会総会で
の報告【甲H5,6,乙E17】
工藤翔二は,平成10年(1998年)に上記学会において,ビノレルビ
ン,ゲムシタビン及びイリノテカンの3剤の抗がん剤による薬剤性肺障
害の特徴を報告した(工藤報告)。
その内容は,抗がん剤による肺障害の病型は3型(①慢性進行型(C
IP),②急性型(AIP),③好酸球性肺炎型(BP))に分類され
ること,急性型(AIP・急性間質性肺炎)はステロイドに対する反応
が不良であり,治療関連死はすべて急性型であったこと,間質性肺炎合
併例では,致死的な急性間質性肺炎を発症する危険性が高く,その投与
は慎重に行われるべきであることなどであった。
ただし,症例数が合計14例と少なく,3剤の抗がん剤に関するもの
をまとめたにすぎないものであったことから,他の専門家の査読(レビ
ュー)を要する原著論文にはならなかった。
工藤翔二は,その後の文献(工藤翔二(「日本人にとっての薬剤性肺
障害」:平成18年11月,甲H5))において,薬剤性肺障害の研究
における今後の課題として,①近年の我が国における致死的薬剤性肺障
害の増加の原因の究明と予後因子の特定,②治験の段階では,個々の薬
剤の肺障害の発症頻度やその性質を見極めることは難しく,抗がん剤の
治験における対象例は少ないため,発症率が低い肺障害の市販後におけ
る状況を推測することは困難であることへの対応であると指摘する。
(エ)近藤有好らによるブレオマイシンによる肺障害の臨床的研究
【甲H34】
近藤は,新潟大学医学部,歯学部,脳研,長岡赤十字病院,水原郷病
院及び西新潟病院において昭和46年12月末日までにブレオマイシン
を使用した282例のケース研究を昭和47年に報告した。
同研究は,全肺野びまん性に出現して増悪するもの及び肺感染症合併
例に死亡例が多く見られたとし,全肺野びまん性に出現するものは概し
て急速に悪化して呼吸困難に,あるいは心不全に至るので充分注意する
必要があるとした。
(オ)その他の文献
要旨以下のような文献等が存在する。
a吉田清一監修「がんの化学療法の副作用対策・改訂版」(平成8年
11月20日,丙H11)
肺毒性をきたしやすい抗がん剤としては,マイトマイシンC(MM
C),BCNU,Ara-C,MTX,そしてブレオマイシン(BLM)
などがある。なかでもBLMはこの肺毒性がDLF(裁判所注;用量
規制因子:doselimitingfactor)となっている。発生機序は解明さ
れていないが,フリーラジカルやスーパーオキシドが関連していると
いわれている。間質性肺炎から肺線維症へ移行すると考えられており
予後不良である。対策としては薬剤投与の中止とステロイドの投与が
一般的である。同じような障害を頻度の差はあるもののすべての抗が
ん剤で起こしうると考えられる。治療としては明確なものはなく,ス
テロイドの投与といった対症療法が主体となる。
b高橋亨ほか「薬剤性間質性肺炎」(診断と治療Vol.85-No.5:平
成9年5月,丙H25)
・一般に抗癌剤や免疫抑制剤の多くは細胞傷害性作用を持つため,薬
剤総投与量と間質性肺炎の発症との間には用量依存性があり,予後
も不良である場合が多い。
・薬剤投与中に限らず,特に抗癌剤や免疫抑制剤の投与を行った場合
は投与中止後も,呼吸困難や乾性咳嗽,進行性の労作時呼吸困難な
ど認められた場合,薬剤による肺障害を念頭に置くことが重要であ
る。
・薬剤性肺障害の場合は,気管支喘息と違い,時には致死的な肺障害
を誘発する可能性がある。
・抗癌剤や免疫抑制剤による直接的な細胞障害を来した場合は,投与
中止後も徐々に病変が進行していく可能性があり,半数以上はステ
ロイド薬が無効であるため,予後が不良である。
・本疾患を疑ったら,直ちに可能な検査を行うとともに,すぐに薬剤
の投与を中止することが必要である。そして,細胞毒性による重症
例を除けば,早期に診断・治療を行えば,多くは問題がなく,少な
くとも死亡例は出ないと考えたい。
c矢野三郎監修「ステロイド薬の選び方と使い方」(平成11年9月
20日,丙H33)
・抗悪性腫瘍薬によるものの予後は不良で,50%以上の死亡率が報
告されているが,それ以外は中止により改善し,重症例でもステロ
イド薬が奏功することが多い。ただし,抗悪性腫瘍薬によるもので
もメトトレキサートによるものはアレルギー機序の肉芽腫病変とさ
れ,死亡率も10∼16%と低い。
d駒瀬裕子ほか「薬剤性肺炎」(内科治療のグローバルスタンダード
臨床医vol.26増刊号:平成12年5月31日,丙H24)
・(裁判所注;予後は)肺病変の病型によって異なる。好酸球性肺炎
やBOOPでは良好であるが,肺の線維化が進んだ慢性型間質性肺
炎では不良である。薬剤の種類では,抗生剤,金製剤,
methotrexateなどでは改善例が多いがbusulfan,cyclophospamide
などではステロイドに反応せず死亡例が多い。薬剤性肺炎を疑って
治療しなければ予後が悪いので,まず疑うことが重要である。
e「薬剤誘発性肺疾患」(泉孝英編集「標準呼吸器病学」:平成12
年7月5日,丙H36)
ブレオマイシン(BLM:bleomycin),マイトマイシンC(MM
C:mitomycin-c)などの細胞毒性薬による間質性肺炎は,5∼1
5%の頻度と報告されている。予後は良好で,薬剤の中止のみ,ある
いはステロイド薬投与で改善する例が多い。しかし,ブスルファン
(BUS:busulfan),シクロフォスファミド(CPA:
cyclophosphamide)などのアルキル化薬による間質性肺炎の頻度は
数%と低いが,死亡率は50%以上と治療に反応しない予後不良例が
多い。
f三尾直士「薬剤性肺炎」(井村裕夫編集主幹「わかりやすい内科
学」:平成14年1月24日,丙H27)
・間質性肺炎は,薬剤性肺炎のなかでも最も多い。また致命的な肺線
維症へと進行することがあるため,早期に発見し,治療する必要が
ある。症状,画像,検査所見は特発性間質性肺炎と同様である。こ
の型の薬剤性間質性肺炎は薬剤による細胞毒性・組織障害の結果起
きるものが多く,抗癌剤によるものが主である。
・症状が出現したら直ちに薬剤を中止し,ステロイド剤の投与などを
行うが,代表的薬剤であるブスルファンではステロイドに対する反
応は低く,死亡率は80%といわれている。ブレオマイシンではス
テロイドに対する反応は一定せず,非可逆的な肺線維症から死に至
ることもある。
・薬剤性肺炎が疑われた場合には直ちに疑いがもたれた薬剤をすべて
中止する。過敏性反応が関与する例では,ほとんどの場合薬剤中止
によって改善が認められる。ステロイド薬に対する反応が認めら
れ,症状が重篤である場合には投与することもある。抗腫瘍薬など
による亜急性・慢性型の間質性肺炎では,薬剤中止によっても病状
の進行を止められない場合も多く,死に至ることもある。ステロイ
ド薬の投与を試みるが効果は一定しない。
g細見幸生ほか「抗癌剤の副作用対策対策」(呼吸器科1巻4号:平
成14年4月,甲H35)
抗がん剤による肺毒性は,一度発症すると治療が中断され,時に死
に至ることもあり,ゲムシタビン,イリノテカンなど多くの新薬にも
肺毒性の報告がある。
ほとんどの抗がん剤が,急性・亜急性の肺障害を呈する可能性があ
り,ブスルファン,シクロホスファミド,メルファラン,ブレオマイ
シン,マイトマイシンCなどは慢性の経過も示す抗がん剤として知ら
れている。
薬剤の投与中止によっても改善しない場合には,ステロイド薬が投
与される。急性型のうち,病理学的にびまん性肺胞障害(DAD)を
示すものはステロイド薬に対する反応が悪く,予後は不良とされてい
る。また慢性型では,原因薬剤を中止しても線維化が進行し呼吸困難
に至ることも稀ではなく,やはりその予後は不良とされている。
h前田均「肺癌化学療法副作用対策」(坪田紀明ほか編「呼吸器腫瘍
学ハンドブック」:平成14年4月20日,丙H32)
間質性肺炎を認めたなら,薬剤の中止が対応の第一段階である。中
止により病勢の進行を抑えられることもあるが,中止にもかかわらず
進行することも多い。ステロイド剤の使用に関しても,効果に対する
evidenceに乏しく,また一定の投与方法がないのが現状である。
抗癌剤による肺の障害は頻度が高いとはいえないが,ひとたび発生
すると致命的になることも多く,抗癌剤使用時のみでなく,その後も
引き続いて注意深く経過観察する必要がある。
i吉田公秀「抗癌剤の副作用と対策」(「日本臨牀60巻増刊号5
肺癌の診断と治療−最近の研究動向−」平成14年5月,丙H35)
肺癌化学療法に用いられる抗癌剤として肺毒性を呈する可能性のあ
るものは,ブレオマイシン,マイトマイシンC,シクロホスファミ
ド,ビンクリスチン,新規抗癌剤としてイリノテカン,パクリタキセ
ル,ゲムシタビンなどがあげられる。多くは間質性肺炎の型をとり,
致命的となり得る。
(カ)薬剤性肺障害ガイドライン(日本呼吸器学会,平成18年)
【丙H46】
①ガイドラインの作成にあたっては,論文の内容のエビデンス(科学
的根拠)レベルを記載するのが一般的である。すなわち,レベル1:
大規模な無作為臨床試験に基づくもの,レベル2:小規模な無作為臨
床試験に基づくもの,レベル3:無作為化されていないプロスペクテ
ィブな比較臨床試験,レベル4:無作為化されていない,過去の患者
を対象とした比較臨床試験,レベル5:その他(症例集積,コントロ
ールのない臨床報告,総説,ガイドラインなど)である。
しかし,薬剤性肺障害に関する臨床論文の大部分は,扱う対象の性
質上,無作為試験を組むこと自体が不可能であり,レベル4及びレベ
ル5の内容がほとんどである。したがって,薬剤性肺障害ガイドライ
ンではあえて論文のレベルに言及しない方針とした。
②薬剤性肺障害は,様々な病理組織像を呈する。また,その病態や臨
床像も多彩である。(2頁左側7,8行目)
③薬剤性肺障害とは薬剤服用との関連が疑われる多様な肺病態を指
す。肺はガス交換の場として毛細血管内皮細胞・肺胞上皮細胞が相接
する直接的機能領域以外に,臓器形成上,気管支と肺胞の接続部とな
る細気管支領域や,低圧である肺循環特性,感染防御として顆粒球系
細胞群の関与など多様な要素を含み,その正常機能や障害機構は必ず
しも十分に理解されているわけではない。しかし肺障害にも,臨床的
に重篤な病態から,薬剤中止又はステロイド薬使用により回復する病
態まで幅広く存在する。また,ある薬剤系統によりしばしば見られる
肺障害パターンもある。(4頁左側1行目ないし右側3行目)
④薬剤性肺障害は,明瞭な薬剤使用との因果関係を示唆する例を除い
ては,個々の症例での診断は困難な場合が多い。同一薬剤使用者に一
定の頻度で発症した場合,初めて一般に認識されることになる。たと
えば発生頻度が1%とすると,全国的に十分モニターしても,個々の
病院からの報告集積が数十人程度になって(すなわち数千人が薬剤を
服用した段階で)初めて異常病態と認識されると考えられる。(4頁
右側下から12行目から5行目)
⑤薬剤性肺障害発生の機序は少数の薬剤を除いてはほとんど不詳であ
る。発症機序は,多様な背景因子で修飾される。遺伝性素因,個体の
年齢的背景,肺における先行病態,併用薬剤との相乗作用などが挙げ
られる。しかし,いずれも推測の域を出るものではない。(5頁左側
下から3,2行目,右側下から1行目,6頁左側1行目ないし5行
目)
⑥同一薬剤が個体が違ってもいつも同一病態を生ずるわけではない。
しかし,報告例を集積すると,ある薬剤においてほぼ同じパターンの
病理像が見られるので,鑑別や治療対応上に参考にすることが必要で
ある。(10頁左側20ないし23行目)
⑦薬剤投与から肺障害発生までの時間に関しても,
hydrochlorothiazideによる肺水腫のように投与後数分以内に発症す
るものから,amiodaroneの間質性肺炎のように投与から数年を経て
発症するものまで,時間的経過は多様である。一般的には,投与後2
∼3週間から,2∼3か月で発症するものが多い。(10頁左側下か
ら3行目ないし右側3行目)
⑧薬剤性肺障害は,薬剤の中止のみ,又は副腎皮質ステロイド薬の投
与により病態が改善することが多いと考えられる。しかし,一方で薬
剤を中止しても病態が進行する例もみられ,診断には注意が必要であ
る。肺障害の発生機序との関連では,直接細胞障害又は細胞毒性の場
合は,不可逆性障害になりやすく,過敏性反応などに起因する肺障害
は,薬剤の中止や副腎皮質ステロイド薬により改善することが多いと
考えられる。一方,病変の種類によっても反応は異なり,好酸球性肺
炎(EP),器質化肺炎(OP)であれば可逆性が高く,びまん性肺
胞障害(DAD)や閉塞性細気管支炎(BO)であれば可逆性が低
い。また同じ間質性肺炎であっても,病変が初期や軽度であれば可逆
性があるが,重症例で線維化を伴っていれば可逆性に欠けるといった
ように重症度や進行度に左右される。(10頁右側14ないし26行
目)
⑨薬剤性肺障害の病理組織像は,特異的なものではなく,また個々の
薬剤に対応してある病像を来すわけではないが,薬剤によってはある
程度の特徴ある病像を示す。(49頁右側6ないし8行目)
ウ抗がん剤による薬剤性間質性肺炎の発症頻度・発症傾向・予後
前記イの各研究報告及び文献等は,いずれも抗がん剤全体について普遍
的な検討をしたものではなく,臨床像や予後などでは薬剤ごとに異なると
し,個別の薬剤ごとの検討を行い,薬剤性間質性肺炎の発症頻度や予後は
個別の薬剤ごとに症例を集積するほかないということを前提としていると
解される。また,一部の抗がん剤に関する研究報告にすぎず,発症報告が
ある場合も,その報告の頻度は,ブレオマイシン(前記イ(エ))などの特
定の薬剤を除き,低いものであった。
そうすると,平成14年7月当時においては,薬剤の作用機序や薬効は
薬剤ごとに異なり,間質性肺炎の病態は原因に対して非特異的で,異なる
病態をもたらす機序が不明であり,特定の薬剤が異なる病態の間質性肺炎
を発症することがあり得,また,間質性肺炎を発症させない場合もあり,
発症,進展や病態の予測を可能とする程度の知見は得られていなかったと
認めるのが相当である。
原告らは,前記イ(ウ)の工藤報告が,抗がん剤による薬剤性肺障害の特
徴として,3分類した上で,急性型はステロイド療法に対する反応が悪く
予後不良であることを指摘するものであることを根拠に,抗がん剤一般に
発症する間質性肺炎の特徴として予後不良の急性間質性肺炎が知られてい
たなど主張する。
しかし,工藤報告は,抗がん剤3剤に関する14例という症例数が少な
く,データの裏付けの低い報告であり,また,平成14年7月当時におけ
る薬剤間質性肺炎に関する研究が困難な状況(薬剤による肺障害の症例自
体が少ないだけでなく,同一施設で多数の症例を経験できないこと,薬剤
を使用する領域と有害事象の領域が異なることなど。前記(2)ア(ア))であ
ったことを考慮すれば,その当時,抗がん剤一般について,急性型の薬剤
性肺障害が生じ,その予後が不良であるとされていたと認めるには足りな
い。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
エ薬剤性間質性肺炎の治療方法と予後等
前記ア(ア)及びイの事実(研究報告等),前記ウの認定・判断並びに後
掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実によれば,薬剤性間質性肺
炎の予後及び治療方法に関する知見は次のとおりである。
(ア)薬剤性間質性肺炎の予後【乙E17,乙H15,24,27,丙H2
3】
薬剤性間質性肺炎の症状や経過は多彩で,薬剤に特異なものはない。
急性に発症すると,発熱・咳嗽・呼吸困難及びチアノーゼなどを呈する
ことが多く,慢性的に発症すると,乾性咳・労作時呼吸困難を主訴とす
る場合もある(症状は前記(1)イと同様である。)。
その症状や経過は,平成14年7月当時においても病理組織型に影響
を受けると考えられていた(前記(2)ア参照)が,薬剤性間質性肺炎に
固有の病型分類はなく,特発性間質性肺炎の病型分類を援用する状況で
あった(前記ア)。また,薬剤性間質性肺炎の症状や経過は,薬剤の投
与量や併用薬剤,患者固有の条件にも左右されると考えられていた。
(イ)薬剤性肺障害の鑑別診断
【甲H35,乙H28,丙E7,47,丙H15,23∼31,46,
証人工藤主尋問〔61∼63頁〕】
抗がん剤を投与した場合に薬剤性肺障害を鑑別診断するためには,各
抗がん剤の投与歴,臨床症状,検査所見,画像所見及び病理所見等を総
合的に考慮して診断する必要がある。
臨床所見では,乾性咳嗽,呼吸困難,発熱などが主たる症状である。
画像所見では,基本的には間質性陰影が主体となり,胸部X腺において
は,すりガラス陰影,ときに肺胞性陰影を呈する。胸部CT画像は胸部
X腺よりも検出力に優れ,より詳細な画像解析が可能である。病理所見
等を得るために,経気管支肺生検を行うこともある。
もっとも,薬剤性肺障害は,臨床像はもとより病理所見でさえ非特異
的かつ多彩であり,そのような症例の中から薬剤性肺障害と類似所見を
呈する疾患(薬剤性肺障害と同様の臨床所見・画像所見を呈する疾患と
しては,ニューモシスティス肺炎,サイトメガロウィルス肺炎,がん性
リンパ管症,がん性胸膜炎,先行ないし併用する放射線治療の影響,他
の抗がん剤の影響,肺水腫など)を除外しなければならないため,胸部
X腺・胸部CT・経気管支肺生検・気管支肺胞洗浄を行った場合でも,
鑑別診断することは必ずしも容易ではない。特定非営利活動法人西日本
胸部腫瘍臨床研究機構による「イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎
の調査研究」では,イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎が発生した
可能性が疑われる91例の患者のうち,画像診断専門医の診断による
と,急性肺障害・間質性肺炎であることがほぼ確実と診断されたのは4
6例にすぎず,19例は急性肺障害・間質性肺炎ではないと診断された
と報告された(丙E7)。
また,複数の薬剤が投与されている場合は他疾患との鑑別は困難な場
合が多い。
(ウ)薬剤性肺障害の治療方法
【甲H32,乙H24,32,丙H15,26∼38,46】
薬剤性肺障害が疑われた場合には,早期の原因薬剤の投与中止が最も
重要である。
原因薬剤の投与を中止することにより肺病変が改善する例があるが,
中止しても改善しない場合及び重症の場合にはステロイド薬を投与し,
場合によってはステロイドパルス療法を行うことが重要であると考えら
れていた。
(エ)薬剤性間質性肺炎の予後
【甲H6,32,乙E17,乙H24,32,34[枝番号2∼4],
丙H24∼27,29∼38,46】
薬剤性間質性肺炎の治療反応性及び予後については,以下のように考
えられていた。
・治療反応性は,原因薬剤によっても異なるが,薬剤性間質性肺炎の疾
患全体としてはその9割が全快又は軽快し,一般的にはステロイド療
法などの治療によって重篤化を回避できることが多いが,症例によっ
ては致死的となるものもある。
・抗がん剤や免疫抑制剤による直接的な細胞障害を来した場合は,これ
らの薬剤の投与中止後も徐々に病変が進行する可能性があり,半数以
上はステロイド薬が無効であるため,予後が不良である。
・薬剤性間質性肺炎のうち慢性の肺線維症に至る場合には,ステロイド
療法への反応が悪く,予後が不良である。
・好酸球性肺炎の場合には,ステロイド療法への反応が良く,予後が良
好であると考えられており,その他にアレルギー性又は免疫学的な機
序で発症した症例(アレルギー反応症の過敏性肺炎や過敏性反応な
ど)にもステロイド療法への反応が良いことが多い。
・急性の肺胞傷害性の薬剤性間質性肺炎の場合(AIP)には,ステロ
イド療法への反応性が悪く予後不良であるとする見解と(甲H6,丙
H31。ただし,後者(丙H31)の文献における「びまん性肺胞傷
害」は急性のものか慢性のものか不明である。),反応性が良いとす
る見解(乙H34[枝番号2])や中間に位置付ける見解(乙H34
[枝番号3])がある(ただし,反応性が良いとするものと中間に位
置付けているものはいずれも近藤有好の研究報告であり,中間に位置
付けているものの方が時期的に後に報告されたものである。)。
オ小括
平成14年7月当時においては,薬剤の作用機序や薬効は薬剤ごとに異
なり,間質性肺炎の発生機序は解明されておらず,ある薬剤が間質性肺炎
を発症させるか否かは不明であり,また,同一の薬剤が異なる病態の間質
性肺炎を発症させることがあり得るとされていた。
イレッサの承認された平成14年7月当時,薬剤性間質性肺炎に対して
は,原因薬剤の投薬中止又はステロイド療法による治療を行うこととされ
ており,薬剤性間質性肺炎の治療反応性は原因薬剤によっても異なりうる
が全体としてはその9割が全快又は軽快すると考えられていた。
病型分類については,特発性間質性肺炎の病型分類が一応の目安として
援用される程度のものであり,特発性間質性肺炎の病型分類と薬剤性間質
性肺炎の関係を実証的に研究したものは見当たらず,予後を適切に予測で
きる程度に確立されていたとまではいいがたい状況であった。
薬剤間質性肺炎の中でも急性間質性肺炎の場合(AIP)には,ステロ
イド療法への反応性が悪く予後不良であるとする見方が強かったと認めら
れる。
(4)間質性肺炎の重篤性(概括)
間質性肺炎は,重症になると低酸素血症,チアノーゼなどを発症する。
主たる治療法は,平成14年7月当時,ステロイド療法であったが,あくま
で経験的に行われていたものであった。
イレッサが承認された平成14年7月当時,特発性間質性肺炎の反応性及
び予後は,基本的に病理組織型と関連すると考えられており,我が国でもA
TS/ERS分類と同様の病型分類が検討される状況にあり,慢性型の特発
性肺線維症や急性間質性肺炎等の中心的な類型は周知のものであった。そし
て,特に,急性間質性肺炎(AIP/DAD)は,急激に発症し予後が不良
であるという見方が有力であった。
その当時の薬剤性間質性肺炎については,病型分類に関する実証的な研究
は見当たらず,特発性間質性肺炎の病型分類を援用した病型分類が一応の目
安であるとされており,その治療反応性は,原因薬剤や病型分類によっても
異なるが,全体としては,その9割が全快又は軽快しており,一般的にはス
テロイド療法などの治療によって重篤化を回避できることが多いが,症例に
よっては致死的となるものもあると考えられていたが,急性間質性肺炎(A
IP)は,ステロイド療法への反応性が悪く予後不良であるとする見方が強
かった。
4イレッサによる間質性肺炎発症可能性及び重篤性
(1)原被告の主張の概略
原告らは,①EGFRに関する研究報告などの結果を踏まえると,Ⅱ型肺
胞上皮細胞の増殖及び分化にEGFRが関与し,イレッサの作用によりEG
FRの機能が阻害されることにより,Ⅱ型肺胞上皮細胞の増殖及び分化が阻
害されて,正常な細胞修復過程が阻害されることにより,間質性肺炎が発症
しうるのであるから,イレッサの作用機序から間質性肺炎発症可能性が当然
予測されたものであり,EGFR阻害(原告らは,EGFRチロシンキナー
ゼの阻害により,EGFRの機能が阻害される点を捉えてEGFR阻害と呼
ぶ。)に必然的に付随する副作用である,②イレッサの非臨床試験の結果か
ら肺毒性があることが判明していたのであるから,イレッサによる間質性肺
炎発症の可能性を予測できたはずである,③治験成績において,治験担当医
師により有害事象として報告されたものであっても,そのことのみで治験薬
との因果関係を否定することはできず,あらためてすべての有害事象及び副
作用情報等を総合して当該有害事象と薬剤との関連性を判断するべきであ
り,実際にも副作用とみるべき症例が有害事象として報告されていたのであ
るから,有害事象をすべて副作用情報として扱うべきである,④臨床試験に
おける副作用報告及びEAPによる副作用報告によれば,重篤で致死的な間
質性肺炎発症例があり,イレッサにより重篤かつ致死的な間質性肺炎の副作
用が発症しうることが容易に予測可能であったなど主張する。濱六郎は,前
記のとおり,医薬品の評価学の専門家として,原告らの主張と同様に,イレ
ッサに関する動物実験,非臨床試験,治験及び副作用報告の結果に関する評
価につき,その意見,証言を述べた。
被告らは,①イレッサにより細胞修復過程が阻害されて間質性肺炎が発症
しうるというためには,前提として細胞の傷害があることが必要となるはず
であるが,イレッサに細胞傷害作用があるというデータはない上,間質性肺
炎発生機序には種々の見解が存在し,イレッサの作用機序から間質性肺炎発
症可能性を否定できないものの,逆に発症可能性があるともいいきれない状
況であった,②イレッサの非臨床試験の結果に現れた各所見はいずれもイレ
ッサに起因するものではないと判断されるものであった,③有害事象を副作
用情報として扱うべきであるというのは非科学的な検討手法である,④治験
成績からはイレッサの単剤・承認用量における間質性肺炎副作用報告例がな
く,承認用量の倍量投与群で間質性肺炎副作用報告例が2例存在し,イレッ
サによる間質性肺炎発症の可能性を完全に否定することはできないものと考
えられたが,治験成績及び副作用報告などからは,副作用全体でみると,従
来の抗がん剤の副作用と大差がないとみるべきであったなど主張する。工藤
翔二は,びまん性肺疾患の病態と治療,肺がん化学療法,慢性呼吸不全の治
療などを主な研究領域とし,間質性肺炎に関する臨床及び研究に携わってき
た者として,また福岡正博,光冨徹哉,西條長宏及び坪井正博は,前記のと
おり,肺がん治療や研究に携わってきた者として,本件訴訟において,被告
らの主張と同様に,イレッサに関する動物実験,非臨床試験,臨床試験及び
副作用報告の結果に関する評価につき,その意見,証言を述べた。
(2)イレッサの作用機序と薬剤性間質性肺炎発症可能性
ア各専門家の意見の前提となる研究報告及び文献
(ア)EGFRとⅡ型肺胞上皮細胞等に関する文献及び研究報告の要旨
aEGFRとその役割に関する文献及び研究報告
(a)DavidS.Salomonら「Epidermalgrowthfactor-related
peptidesandtheirreceptorsinhumanmalignancies」
(CriticalReviewsinOncology/Hematology19:平成6年7月1
5日,甲E4)
EGFRは正常肺と肺がんの両方に発現している。EGFRは非
小細胞肺がんにおいて過剰発現が見られ,中でも扁平上皮がんで過
剰発現の程度が大きかった。EGFRの過剰発現は,扁平上皮がん
でのEGFR遺伝子の増幅と関連しているが,腺がんではそうでは
ない。
(b)BohuslavDvorakら「Epidermalgrowthfactorreducesthe
developmentofnecrotizingenterocolitisinaneonatalrat
model」(AmericanJournalofPhysiologyGastorointestinal
andLiverPhysiology282:平成13年5月14日,甲E6)
壊死性腸炎を誘発させたラットを,EGF欠乏ミルクで飼育した
群(EGF欠乏ミルク群),これにEGFを加えて飼育した群(E
GF添加ミルク群),母乳で飼育した群の3群に分けて観察したと
ころ,EGF欠乏ミルク群では出血が多く,腸管の異常が多かっ
た。これに対し,EGF添加ミルク群では,壊死性腸炎の発現を5
0%程度抑え,EGF欠乏ミルク群がEGF添加ミルク群よりもE
GFRの発現が多かった。
bⅡ型肺胞上皮細胞の増殖・分化抑制とEGFRとの関係に関する文
献及び研究報告
(a)福田悠ほか「線維化のメカニズム」(平成14年6月,乙H36
[枝番号1])
断裂基底膜周囲の線維芽細胞は活性化され,本来接着していた細
胞外基質からは遊離して,基底膜断裂部より肺胞腔内へ侵入し,増
殖する。肺胞腔内に残存する再生性Ⅱ型肺胞上皮細胞と,腔内線維
化巣は陣取りを行う。上皮傷害の程度が軽く,再生もよい場合には
腔内線維化は形成されず,再生性Ⅱ型肺胞上皮細胞により被われ,
正常細胞へ再構築されるが,腔内線維化が勝った部位では,線維芽
細胞の筋線維芽細胞化とともに,盛んな細胞外基質の産生,沈着が
起こる。わずかに残存したⅡ型肺胞上皮細胞の再生により不完全な
小肺胞構造が作られるが,周囲は完全な線維化に陥り,本来の肺胞
構造は改変される。
(b)TianliPanら「RatAlveolarTypeⅡCellsInhibitLung
FibroblastProliferationInVitro」(平成13年,甲H46)
線維芽細胞は,試験管内実験でも,肺の発達段階でも,Ⅱ型肺胞
上皮細胞の分化と増殖を促進する。しかし,成人のⅡ型肺胞上皮細
胞が線維芽細胞にどのように影響するのかはほとんど知られていな
い。そこで,成人のヒトの肺線維芽細胞の増殖に対するⅡ型肺胞上
皮細胞の影響を検討するため,同時培養システムを利用した。
同システムによれば,Ⅱ型肺胞上皮細胞は線維芽細胞の増殖を抑
制するとの結論が得られた。
(c)JhonMら「LungFibroblastsImproveDifferentiationofRat
TypeⅡCellsinPrimaryCulture」(Am.J.Respir.Cell
Mol.Biol.vol.24:平成13年,甲E88)
肺の線維芽細胞は,サーファクタントたんぱく質とリン脂質を合
成するⅡ型肺胞上皮細胞の能力に有意な影響を与え,線維芽細胞増
殖因子がⅡ型肺胞上皮細胞の能力を調節していることが示されたと
されている。
(d)CharlesG.Plopperら「AccelerationofalveolartypeⅡcell
differentiationinfetalrhesusmonkeylungby
administrationofEGF」(平成4年3月,甲E54)(Plopper
実験)
アカゲザルの胎児にEGFを投与した時のⅡ型肺胞上皮細胞の変
化を観察し,アカゲザル胎児における肺の成熟に対するEGFの影
響を検討したところ,霊長類の妊娠後期にEGFを投与すると,Ⅱ
型肺胞上皮細胞の細胞分化を加速させた。
本試験の難点は,EGFがⅡ型肺胞上皮細胞に直接作用するの
か,Ⅱ型肺胞上皮細胞と線維芽細胞の相互作用を活性化させること
により作用するのかを明らかにできないことにあるが,本試験の結
果を総合すると,Ⅱ型肺胞上皮細胞の成熟に対するEGFの作用は
線維芽細胞の活性化を介する間接的な作用であることを示唆するも
のである。
もっとも,Ⅱ型肺胞上皮細胞の分化をEGFがどのような機序で
変化させるにせよ,本試験結果からは,妊娠の最終トリメスター期
(妊娠後期)の胎児にEGFを投与すると,Ⅱ型肺胞上皮細胞の細
胞分化を加速させるだけでなく,SP−A(サーファクタント・た
んぱく質A)の合成を活性化させることが明確である。
(e)L.Raabergら「Epidermalgrowthfactorintheratlung」
(平成2年12月,甲E55)
ラットの胎児,新生児ラットや成体ラットの肺におけるEGFの
存在について研究したものである。
ラットの肺に高分子量のEGFが存在し,EGF免疫反応性は,
出生の2日前から,その後の生存中を通じて,Ⅱ型肺胞上皮内に存
在している。
従前の研究から,EGFには肺の成熟に対する効果があることが
示されており,EGFRが肺に存在することが実証されており,本
研究結果と総合すれば,EGFが肺で生理的役割を果たしているこ
とが示唆される。
(f)PaiviJ.Miettinenら「Epitherialimmaturityandmultiorgan
failureinmicelackingepidermalgrowthfactorreceptor」
(Naturevol.376:平成7年7月,甲E3,丙E69[枝番号3の
1,3の2])(ミエチュネン論文)
EGFRの製造に起因する遺伝子を不活性化することにより,成
長の過程におけるEGFRの役割や生理学的なEGFRの役割を調
べる実験の結果によれば,もともとEGFRを欠如したマウスは最
長8日間しか生存できず,その間にマウスのいくつかの体組織(皮
膚,肺や消化器官等)の皮膜細胞の成長が阻害されていたことが判
明した。
本実験では,多くのEGFRを欠如したマウスにおいて呼吸困難
が生じたのは,肺胞が広範囲にわたって破壊されていたことに原因
があるとされている。また,EGFRを欠如したマウスの肺は,比
較対照となる正常なマウスとは異なり,肺の胸膜の表面の側にある
つぶれた肺胞に填塞され,あるいは胸膜の側に膨張した終末気管支
が存在し,つぶれた肺胞の中に肺胞の界面活性物質であるSP−C
又はSP−A(サーファクタント・たんぱく質C又はA)の着色が
わずか認められたのみであるとされている。
cⅡ型肺胞上皮細胞の機能(肺胞腔内に浸潤した水分を吸収又は除去
する機能)とEGFRに関する研究報告
(a)JacobI.Szajderら「Epidermalgrowthfactorincreaselung
liquidclearanceinratlung」(平成10年,甲E56)
EGFRは上皮細胞の増殖を活性化し,肺胞上皮細胞の単層での
Na+
流量やNa+
-K+
-ATPaseの機能を高めることが報告されている。Ⅱ
型肺胞上皮細胞でのNa+
-K+
-ATPaseレベルの上昇は,増殖性肺損傷
型で能動的Na+
イオンの輸送やラットの肺胞上皮を通じた肺水腫の
除去の促進を伴うとされてきた。そこで,煙霧化したEGFをラッ
トの肺に投与すると,能動的Na+
イオンの輸送と肺の液体の除去を
促進させるかどうか調べた。
本試験の結果は,煙霧化したEGFを投与することにより,肺の
液体の除去を促進させるという仮説を支持するものであった。
(b)ZEABOROKら「EffectsofEGFonalveolarepithelial
junctionalpermeabilityandactivesodiumtransport」
(Am.J.Physiol.270(LungCell.Mol.Physiol.14):平成8年,甲E
85)
EGFは,EGFRを介して肺胞上皮細胞単層における密着接合
透過率を減少させ,活性ナトリウム輸送を増加させる。肺胞上皮細
胞へのナトリウムの入出経路は,頂端部の高アミロリド親和性ナト
リウム・チャンネルと基底外側のナトリウムポンプである。
(c)SPENCERI.DANTOら「MenchanismsofEGF-inducedstimulation
ofsodiumreabsorptionbyalveolarepithelialcells」
(Am.J.Physiol.275(CellPhysiol.44):平成10年,甲E86)
EGFが,肺胞上皮細胞単層全体の活性ナトリウム再吸収を増加
させ,基底外側膜における機能性ナトリウムポンプの数の増加をも
たらした。
(d)RachelLZemansら「Bench-to-bedsidereview:Theroleof
thealveolarepitheliumintheresolutionofpulmonaryedema
inacutelunginjury」(平成16年,甲E87)
EGFは,活性ナトリウム輸送と水分除去機能を促進させる。
dサーファクタントの機能(炎症防御機能)とEGFRに関する文献
及び研究報告
(a)PaulBorronら「Surfactant-assotiatedproteinAinhibits
LPS-inducedcytokineandnitricoxideproductioninvivo」
(平成12年,甲E57)
サーファクタントを欠損させたマウスを用いて,リポ多糖(リポ
多糖は,炎症性サイトカイン分泌を促進する作用を有し,炎症を誘
導する。)による肺の炎症の機序を調査するための実験結果から
は,SP−A(サーファクタント・たんぱく質A)が免疫細胞に直
接作用して,リポ多糖により誘導される炎症を抑えることが示唆さ
れる。内因性又は外因性のSP−Aが,肺のリポ多糖により誘導さ
れるサイトカイン及び一酸化窒素の産生を阻害することを示すもの
である。
(b)JaeffreyA.Whitsettら「DifferentialEffectsofEpidermal
GrowthFactorandTransformingGrowthFactor-βonSynthesis
ofMr=35000Surfactant-associatedProteininFetalLung」
(昭和62年,甲E58)
ヒトの胎児の肺組織を用いて,EGF刺激によってサーファクタ
ント産生が促されるか否かを調べた実験の結果では,EGFによる
刺激効果は,早くも2日の時点で検出され,5日後まで続いた。E
GFに対する応答は用量依存的であった(0.01∼10ng/ml)。
本試験結果は,肺サーファクタントたんぱく(SAP−35)の
発現は複数のホルモンにより制御されていることを実証するもので
あり,EGFと腫瘍増殖因子βの両方がサーファクタント産生に関
与していることを強く示すものである。
(c)KeisukeTokiedaら「PulmonarydysfunctioninneonatalSP-
B-deficientmice」(平成9年,甲E89)
SP−B(サーファクタント・たんぱく質B)欠乏症の新生マウ
スを用いて,出生後の経過を観察したところ,実験結果からは,S
P−Bの欠乏が出生時の呼吸不全を引き起こし,SP−Bの減少が
肺機能低下と関係していたことが示され,出生時の空気呼吸への適
応にSP−Bが重要な役割を果たすことが実証された。
eサーファクタントと呼吸窮迫症候群についての文献
(a)BryanCorrinら「PathologyoftheLungsecondedition」
(平成18年,甲H55)
急性呼吸窮迫症候群と乳児呼吸窮迫症候群の双方とも病理的変化
が類似していることから,臨床的特徴および放射線学的特徴も相互
に非常に似ている。急性呼吸窮迫症候群と乳児呼吸窮迫症候群は発
症原因が異なるが,双方とも共通した事象サイクル(上皮と内皮損
傷→サーファクタント欠乏→肺虚脱と肺浮腫→剪断力のサイクル)
が始まるため,原因の如何にはかかわりなく最終結果は同じにな
る。急性呼吸窮迫症候群が「上皮と内皮損傷」から始まるのに対
し,新生児呼吸窮迫症候群が「サーファクタント欠乏」から始まる
という違いはあるものの,いずれもサイクルとして「上皮,内皮損
傷」や「サーファクタント欠乏」を引き起こす要因と結果になって
いるのである。
(b)衛藤義勝監修「ネルソン小児科原著第17版」(平成17年,甲
E56)
サーファクタント欠乏(産生と分泌の減少)が呼吸窮迫症候群の
最大の原因である。
(イ)イレッサの作用機序からは間質性肺炎発症可能性が示唆されないとす
る見解に沿うとされている実験結果
aAnnetteB.Riceら「SpecificInhibitorsofPlatelet-Derived
GrowthFactororEpidermalGrowthFactorReceptorTyrosine
KinaseReducePulmonaryFibrosisinRats」(AmericanJournal
ofPathologyVol.155No.1:平成11年7月,丙E4[枝番号1,
2],69[枝番号8の1,5の2])
金属誘発性肺線維症のラットに対するAG1478の投与実験によ
り,AG1478(EGFRチロシンキナーゼ阻害薬)が酸化バナジ
ウムにより誘発された肺線維化を抑制したことが確認された。
b石井芳樹「EGF受容体やPDGF受容体を標的とした肺線維症治
療」(「医学のあゆみ」Vol.208No.5:平成16年1月,丙E5[枝
番号1])
ブレオマイシン気管内投与により肺線維症を誘発したマウスに対し
て,AG1478を投与するという実験により,AG1478が肺線
維化を抑制したことが確認されたが,EGFRチロシンキナーゼ阻害
薬であるイレッサにより,ブレオマイシンによる肺線維化を増悪させ
るとのSuzukiらの報告(後記(ウ)の鈴木論文)がある。
平成14年にイレッサが発売され,短期間に副作用として急性肺障
害や間質性肺炎が多数報告されているが,現状ではその発症率は1.
9%程度であり,他の新規抗がん剤と比較し必ずしも高いものではな
く,急性肺障害がイレッサの薬効の作用によって生じるものなのかは
明らかではない,EGFRチロシンキナーゼ阻害薬が肺線維化を悪化
させるのか改善させるのかは現時点では明らかではない。。
分子標的治療薬は,今後,有効な作用のみならず,有害な作用も多
彩に発現しうる薬剤として,慎重に臨床への応用を進めていく必要が
ある。
c石井芳樹ら「EGF受容体チロシンキナーゼ阻害薬gefitinibのマ
ウスブレオマイシン誘発肺線維症に及ぼす効果」(「厚生労働科学研
究費補助金難治性疾患克服研究事業びまん性肺疾患調査研究班平成1
5年度研究報告書」:平成16年3月,丙E5[枝番号2])
イレッサの用量を,20,90,200mg/kgの3用量でブレオマ
イシンによる肺線維化抑制効果を比較するとともに,同じ実験モデル
においてAG1478の作用と比較する実験を行ったところ,イレッ
サの200mg/kg単独投与群(コントロール群)では肺に変化を起こ
さなかったが,ブレオマイシンが投与された他の群では,イレッサは
いずれの用量でもブレオマイシンによる肺線維化を抑制し,同様にA
G1478も有効であった。
本実験結果は,EGFRの抑制が線維化抑制に働くこと,また臨床
例で認められたイレッサによる間質性肺炎がEGFRの抑制に起因す
るものではない可能性を示唆するものと考えられる。
dS.Abeら「EffectsofGefitinib(IRESSA)onradiation-induced
lunginjuryinmice」(:平成17年5月,丙E6[枝番号1,
2])
胸部放射線照射の際にイレッサを投与する場合の最も安全な量・時
期を明らかにする目的で,放射線照射後に異なった量のイレッサを異
なった時期に投与した場合の影響を調査する動物実験を行ったとこ
ろ,イレッサは放射線照射誘発性肺障害に有意な変化をもたらさなか
ったことが確認された。
e石井芳樹ら「GefitinibPreventsBleomycin-inducedLung
FibrosisinMice」(AmericanJournalofRespiratoryand
CrinicalCareMedicinevol.174:平成18年6月,乙H34[枝番
号7,8],丙E69[枝番号9の1,9の2])(石井論文)
肺線維化に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害作用を研究するた
めに,ブレオマイシンにより肺線維症を誘発されたマウスを用いて,
イレッサ(20,90及び200mg/kg)及びAG1478を投与し
て,経過を観察した。
結果は,イレッサは3種類すべての用量で肺線維化を予防した。ブ
レオマイシンによる肺線維症の誘発を行わなかったマウスでは,イレ
ッサ200mg/kgによる肺線維化の誘導は認められなかった。肺間質
細胞においても,ブレオマイシンが誘導するEGFRのリン酸化反応
がイレッサにより阻害されることも確認された。AG1478も肺線
維化を減退させた。invitro試験でも,イレッサ又はAG1478
がEGFRリガンド誘発の肺線維芽細胞増殖を抑制したことが示され
ている。
上記所見からは,EGFRチロシンキナーゼがブレオマイシン誘発
性肺線維化に対する保護作用を有することが示唆される。分子標的治
療薬は,動物種や個体によって作用が異なるおそれがあるため,慎重
な解釈が求められる。
fWilliamD.Hardieら「EGFreceptortyrosinekinase
inhibitorsdiminishtransforminggrowthfactor-α-induced
pulmonaryfibrosis」(AmJPhysiologyLungCellMolPhysiology
294:平成20年4月,丙E69の4)
EGFRチロシンキナーゼ阻害剤であるイレッサ及びタルセバが,
TGF−α(トランスフォーミング成長因子α)誘発肺線維症の発現
及び進行に及ぼす影響を検討するために,TGF−αを肺特異的に発
現させたマウスにイレッサ及びタルセバを投与し,その経過を観察し
た。
結果は,8週間にわたって肺にTGF−αを導入したところ,マウ
スは進行性肺線維症を発症したが,イレッサ又はタルセバを連日投与
することによって,線維症の発現が防止され,肺コラーゲン総蓄積量
が減少し,体重減少及び肝機能の変化が防止された。TGF−α誘導
の4週間後,マウスにイレッサを投与したところ,肺コラーゲン総量
の増加が抑制され,肺機能の変化や肺高血圧が一部改善され,細胞外
基質合成に関する遺伝子の発現増加及び血管の再生に関連する遺伝子
の発現減少が防止され,また一部改善された。イレッサ又はタルセバ
の投与によって,間質性線維症又は気管支肺胞洗浄液中の細胞数の増
加は引き起こされなかった。
本研究からは,低分子EGFRチロシンキナーゼ阻害剤の投与は,
EGFR活性化によって直接誘導される肺線維症の進行を防止し,そ
の進行を抑えることができることが実証された。また,炎症細胞の流
入やさらなる肺損傷を引き起こさなかった。以上の所見から,標的療
法を適用できる可能性のある疾患であるヒト肺線維症において,EG
FR活性化が果たす役割を検討するためにさらなる研究を実施すべき
である。
g谷本光音ら「EffectofgefitinibonN-nitrosamine-4-
(methylnitrosamino)-1-(3-pyridyl)-1-butanoneinducedlung
tumorigenesisinA/Jmice」(LungCancer2009:平成21年,丙
E69[枝番号11の1,11の2])(谷本実験)
A/Jマウスを対象に,NHK(N−ニトロソアミン−4−(メチ
ルニトロソアミノ)−1−(3−ピリジル)−1−ブタノン)誘発性
腫瘍形成に対するイレッサの作用及びイレッサの発がん性を検討する
ために,A/Jマウスを対象に,イレッサの発がん性の検証を目的と
した1群(脱イオン水を投与する群),2群(イレッサ5mg/kgの経
口投与群),及び3群(イレッサ50mg/kgの経口投与群),イレッ
サの発がん予防活性の検証を目的とした4群(脱イオン水を投与する
NHK処置の対照群),5群(イレッサ5mg/kgの経口投与群),及
び6群(イレッサ50mg/kgの経口投与群)を比較観察した実験であ
る。
結果は,イレッサを26週間にわたってマウスに単剤投与した結
果,腫瘍形成は誘発されず,その代わりに他の抗がん剤とは対照的
に,自然発現腫瘍の発現率が有意に抑制された。イレッサを投与した
群では,対照群のマウスと比べて,肺線維症を誘発されなかった。
本研究結果からは,A/Jマウスにおいて,イレッサは微々たるも
のであるが有意な発がん予防作用を有し,発がん性及び肺毒性がない
ことが示唆される。
(ウ)イレッサの作用機序から間質性肺炎発症可能性が示唆されるとする見
解に沿うとされている実験結果
a永井厚志ら「EpidermalGrowthFactorReceptorTyrosineKinase
InhibitionAugmentsaMurineModelofPulmonaryFibrosis」
(CancerResearch63:平成15年8月,甲E8,丙E69[枝番号
5の1,5の2],丙G23)(永井論文・永井実験①)
ブレオマイシンにより肺線維症を発症させたマウス(ブレオマイシ
ンはすべてのマウスに投与された。)にイレッサを投与し,溶媒単体
投与群と比較してその経過を観察した。具体的には,本試験では,試
験初日にICRマウスにブレオマイシン5単位/kgを経口で単回気管
投与し,その1時間前及び毎週1日目ないし5日目の3週間,イレッ
サ溶解液又は溶媒のみを経口投与する方法で行われた(イレッサ投与
群と溶媒単体投与群は各群5例で,本試験で使用されたイレッサの用
量は200mg/kgのみであった。)。
その結果,イレッサ投与群では,溶媒単体投与群と比較して,線維
化がより重度であった。免疫組織化学的分析によれば,ブレオマイシ
ンと溶媒のみを投与したマウスの再生上皮細胞ではリン酸化EGFR
及び増殖細胞核抗原が高度に発現していることが示され,対照的にブ
レオマイシンとEGFRチロシンキナーゼ阻害剤を投与したマウスで
は上記抗原の発現が減少した。また,invitro試験からは,イレッ
サによりⅡ型肺胞上皮細胞の増殖が阻害されたが,肺線維芽細胞の増
殖は阻害されないことが示されたが,イレッサにより,線維化促進刺
激に応答して線維芽細胞が増殖し,その結果,肺線維症へ誘導するこ
とが示唆される。
本試験の結果は,EGFRのリン酸化を阻害すると,再生上皮細胞
の増殖が阻害され,ブレオマイシンにより誘発された肺線維症が増悪
することを示唆するものであり,肺線維症のがん患者に対して,EG
FRチロシンキナーゼ阻害剤を投与する際には注意を要することを示
唆するものである。
なお,本試験の結果を解釈するには注意を要する。第1に,本試験
で使用したマウスには,ヒトを対象とした従前の臨床試験での用量
(1∼14mg/kg/日)よりも多い用量(200mg/kg/日)を投与して
いる。正常細胞の増殖を阻害する場合には,がん細胞を阻害する場合
と比較してイレッサを多く投与する必要があると考えられる。第2
に,本試験で使用したマウスブレオマイシン誘発肺線維症モデルは,
正確にヒト肺線維症を再現していない。マウスブレオマイシン誘発肺
線維症の組織学的所見は,ヒト肺線維症の組織学的所見と同一ではな
い。ヒト肺線維症に対するイレッサの影響は,本試験の肺線維症マウ
スモデルに対する影響と異なる可能性がある。
b永井厚志ら「DosteroidspreventZD1839augmentationof
bleomycin-inducedpulmonaryfibrosisinmice?」(平成14年度
受託研究No.801報告書:平成17年11月21日,丙E32[枝番
号1,2],丙E69[枝番号12の1,2])(永井実験②)
永井実験②では,永井実験①と同様の試験方法で試験を実施した
(ただし,各群7例)ところ,イレッサ投与群では,溶媒単体投与群
よりも,ブレオマイシンにより誘発された肺線維症の増悪傾向がみら
れたが,イレッサ投与群の方が溶媒単体投与群よりも重度の肺線維症
が生じていたことについて有意差はみられなかった(P値=0.4
3,有意水準0.05)。
cSuzuki.Hら(Epidermalgrowthfactor:平成15年,甲E59,
丙E5[枝番号1])(鈴木論文)
ブレオマイシンを投与して肺臓炎を起こしたマウスにイレッサを大
量投与した場合のマウスの症状経過を観察した実験を示したものであ
り,EGFRチロシンキナーゼ阻害薬であるイレッサにより,ブレオ
マイシンによる肺線維化を増悪させる。
d井上彰ら「EGFRチロシンキナーゼ阻害剤はⅡ型肺胞上皮機能を
低下させる」(分子呼吸器病Vol.10.№3:平成18年,甲E59,
丙E69[枝番号10])
本研究は,EGFRを抑制するイレッサがⅡ型肺胞上皮細胞からの
肺サーファクタントたんぱく産生を減少させることにより,炎症に対
する肺での防御機能が低下し,間質性肺炎へ進展するとの仮説を検証
する目的で行われた。
本研究によれば,イレッサは肺胞上皮細胞における肺サーファクタ
ントたんぱく産生を低下させることが示された。また,本研究では,
イレッサを連日経口投与したマウスに対して,8日目の気道内にリポ
多糖を追加投与し,その後の肺組織における各種の炎症変化等につい
て,リポ多糖単独投与群を対照群として比較検討したところ,イレッ
サ群では,肺組織中の炎症細胞浸潤の増悪が認められた。
本研究結果は,EGF刺激の抑制がⅡ型肺胞上皮細胞からのサーフ
ァクタント産生低下をもたらし,サーファクタント産生低下がリポ多
糖刺激による炎症反応を増悪させるという従来の報告と矛盾するもの
ではない。マウスにおける肺での炎症増悪が,イレッサ治療における
間質性肺炎発症を直接的に示すものではないが,サーファクタント産
生低下による炎症防御機能低下が間質性肺炎発症の一因となっている
可能性はある。
e井上彰ら「SuppressionofsurfactantproteinAbyan
epidermalgrowthfactorreceptortyrosinekinaseinhibitor
exacerbateslunginflammation」(CancerSciencevol.99no.8:
平成20年8月,甲E94[枝番号2の1,2])(甲E59におけ
る研究に関する追加実験)
間質性肺炎の発症機序の解明のために,生体内及び生体外における
サーファクタント・たんぱく質発現に対するイレッサ治療の影響を調
査した結果,イレッサ治療では,SP−A,B,C及びD(サーファ
クタント・たんぱく質A,B,C及びD)を発現するヒト肺腺がん細
胞においてEGFRのシグナル伝達を遮断することによって,SP−
A(サーファクタント・たんぱく質A)を抑制した。
次に,1週間毎日,イレッサをマウスに経口投与し,その後マウス
にリポ多糖を気管支投与して肺の炎症を誘発した場合のマウスの経過
を観察した結果,リポ多糖の投与により誘発された肺の炎症は悪化
し,また長期化したが,SP−Aの経鼻投与により改善された。これ
は,イレッサによる前治療が,肺におけるSP−A発現を低減させる
ことによって,リポ多糖により誘発された肺炎を悪化させたことを実
証するものである。
本研究により,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤が肺がん患者のS
P−A発現を低減させるおそれがあり,EGFRチロシンキナーゼ阻
害剤による治療を受けた患者は病原体に感染しやすくなるおそれがあ
ることが示唆される。
f木下茂ら「TheEpidermalGrowthFactorReceptor(EGFR):Rolein
CornealWoundHealingandHomeostasis」(平成12年9月,甲E
7)
角膜損傷治癒中のラットにイレッサを投与した群と溶媒のみ投与し
た群とを比較観察した実験の結果は,イレッサの投与により角膜上皮
欠損の治癒を有意に遅らせ,非損傷角膜においても,上皮が有意に薄
くなったというものであった。
EGFRの抑制が,角膜上皮の損傷治癒の過程で上皮細胞の増殖と
層形成に影響し,正常な角膜上皮の厚さを維持する役割を果たしてい
ることが示唆される。
イイレッサの作用機序から間質性肺炎発症可能性が示唆されるとする専門家
の意見の要旨
濱六郎は,①イレッサは,EGFR阻害剤(証人濱は,イレッサがEG
FRチロシンキナーゼを阻害し,EGFRの機能を阻害するものであるこ
とから,イレッサをEGFR阻害剤と呼称する。)とされた新規物質であ
るところ,EGFRは上皮細胞だけでなく非上皮細胞にも存在し,ほとん
どの細胞の増殖に関与するし,がん組織のみならず,正常組織にも存在す
る,②EGFRの機能が阻害されると,Ⅱ型肺胞上皮細胞が減少又は機能
減退し,サーファクタントがなくなって肺胞虚脱から無気肺が起きる,ポ
ンプ作用が減退して肺胞内に水が溜まって肺水腫などが起きる,線維芽細
胞が増殖して線維化して肺線維症や間質性肺炎が起きるなどの現象が生じ
て,死に至る可能性がある,③EGFRが欠乏したマウスでは肺胞が縮小
して肺虚脱を起こすことはミエチュネン論文などで指摘されていた,④傷
害された組織の修復にEGFRが非常に重要であることも論文で知られて
いた,⑤肺胞のサーファクタントの減少という点では,新生児呼吸窮迫症
候群とイレッサによるびまん性肺胞障害(DAD)とで類似した機序であ
る,⑥永井実験では,イレッサが何らかの条件において肺線維症を増加さ
せることが示されている,⑦前記4(2)ア(ウ)aの永井論文と前記4(2)ア
(イ)eの石井論文における結果の違いは,石井論文の方が投与期間が短い
(永井論文は3週間,石井論文は2週間であった。)ことにあり,線維の
増殖をみるためには少なくとも3週間必要であるから,永井論文の方が石
井論文よりも信頼性が高い実験であるなどとする。【甲E25〔6∼9,
24,25頁〕,甲E43〔5∼17,22頁〕,甲E44〔3∼13,
24∼32頁〕,甲E76〔95∼111頁〕,証人濱[第1回]主尋問
〔5∼9,23,24頁〕,証人濱[同]反対尋問〔45∼47,76∼
79頁〕,証人濱[第2回]主尋問〔40∼48頁〕,証人濱[同]反対
尋問〔76∼79頁〕】
ウイレッサの作用機序からは間質性肺炎発症可能性が示唆されないとする専
門家の意見の要旨
工藤翔二は,①薬剤の有害反応には,薬剤の薬理作用に基づいて発症す
るためその反応が予測しうるものと,薬理作用に基づかずに発症するため
にその反応が予測できないものが存在し,イレッサによる薬剤性間質性肺
炎は後者に該当する,②イレッサは,分子標的治療薬として開発され,従
来の抗がん剤である殺細胞性抗がん剤とは異なる作用機序を有しており,
分子標的治療薬が殺細胞性抗がん剤と同様に薬剤性肺障害を発症させるこ
とを当然には予測できなかった,③イレッサによるEGFR阻害が肺の線
維化を抑制するのか,線維化を促進させるのかについては現在まで正反対
の結論を示す2つの動物実験が行われている(前記4(2)ア(ウ)aの永井論
文と前記4(2)ア(イ)eの石井論文)が,永井論文は実験手法に様々な問題
がある(永井論文では,投与量が一用量のみで用量依存性を見ていない,
マウスへの投与量がヒトへの投与量に比して極端に多い,再現性がないな
ど)だけでなく,直ちにヒトに外挿することもできない,いずれの実験も
イレッサによる間質性肺炎発症可能性との関係で示唆するところは少ない
(永井論文では,ブレオマイシンによって発症した急性肺障害に対するイ
レッサの影響を見るものであり,永井論文から判明することは,イレッサ
とブレオマイシンなどを併用するときには有害作用が生じる可能性が高く
なる,イレッサを肺線維症の患者に投与するときには有害作用が生じる可
能性が高くなることが否定できないということである。),④前記4(2)
ア(ア)b(f)のミエチュネン論文からは,妊娠中の女性がイレッサを服用す
ると胎生期にある胎児のEGFRが阻害され,胎児の発生過程で肺を含む
種々の臓器の形成に悪影響が及ぶ可能性があるから,妊娠中の女性には投
与すべきではないということが判明するのみであり,ミエチュネン論文は
非小細胞肺がん患者に対してイレッサを投与すると肺障害を起こすことを
予測できるとする根拠とはならない,⑤間質性肺炎が発症する場合には,
Ⅱ型肺胞上皮細胞は減少するのではなく,むしろ増加するのであるから,
証人濱の述べるサイクルは成り立たないなどとする。【乙E17〔13∼
17頁〕,丙E47〔12頁〕,丙E68〔13∼17頁〕,証人工藤主
尋問〔30,31,35∼42,79∼90頁〕,証人工藤反対尋問〔2
0∼43,115頁〕】
福岡正博は,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤であるイレッサの作用機
序から,急性肺障害や間質性肺炎の副作用が発症するとは予測できず,こ
れらの副作用の発症機序は現在においても解明されていないなどとする。
【証人福岡主尋問〔49∼51頁〕】
エイレッサの作用機序からみる薬剤性間質性肺炎発症の可能性と間質性肺炎
発症機序
(ア)永井論文(前記4(2)ア(ウ)a)と石井論文(前記4(2)ア(イ)e)の評価
永井論文(永井実験①)は,ブレオマイシンにより肺線維症を発症さ
せたマウス(ブレオマイシンはすべてのマウスに投与された。)にイレ
ッサを投与したものであって,直ちに同実験の結果がヒトに妥当するも
のといえるのかは疑問が残るものであるだけでなく,その再現性に疑問
が残る(丙E2,3,32[各枝番号1,2])。
また,石井論文では,永井論文よりもイレッサ投与期間が1週間短
く,直ちにイレッサにより肺線維化が抑制されるとの結論を出すことも
できない。
また,いずれの論文の基礎となった実験も,ブレオマイシンにより発
症した肺線維症に対するイレッサの影響をみたものであって,イレッサ
が肺線維症が誘発するかを検証するものではないから,イレッサによる
間質性肺炎発症可能性を検討する上で,重要性が高いということはでき
ない。(なお念のため,付言すると,両実験からは,イレッサがブレオ
マイシンによって発生した線維化を増悪させるか抑制するかについて,
相反する結果を示すものであり,イレッサが線維化に対してどのように
作用するかは不明であるといわざるを得ない。)
(イ)ミエチュネン論文(前記4(2)ア(ア)b(f))の位置付けについて
ミエチュネン論文によれば,イレッサの投与により,胎児の発育と細
胞分化に傷害を与える可能性が推測されるといえ,妊娠中の女性がイレ
ッサを服用すると胎生期にある胎児のEGFRが阻害され,胎児の発生
過程で肺を含む種々の臓器の形成に悪影響を与える可能性があることは
示唆され得る。
しかし,胎生期に与えられた原因によって肺の形成過程で胎児に起き
る障害(新生児呼吸窮迫症候群)と,成人の肺に起きる疾患(急性呼吸
窮迫症候群)とは発症機序が異なり,同一に論じることができず成人の
肺に対する影響を推測することは困難であるというべきである。
したがって,ミエチュネン論文は,イレッサが,EGFR阻害により
Ⅱ型肺胞上皮細胞の機能を阻害して間質性肺炎発症に影響を与え得るこ
とを的確に示すものであると評価することはない。
(ウ)Ⅱ型肺胞上皮細胞の増殖・分化とEGFRチロシンキナーゼ阻害剤と
の関係について
EGFRが,正常肺と肺がんの両方に発現して,傷害された組織の修
復に重要な役割を果たし,またⅡ型肺胞上皮細胞の増殖及び分化に関与
していることから,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤によりEGFRの
機能が阻害されることにより,Ⅱ型肺胞上皮細胞の増殖,再生機能が損
なわれ,正常な修復機能が阻害される(前記ウ(ア)a及びbのPlopper
実験)という原告らが指摘する理論的可能性自体は,被告らも否定する
ものではない。
しかし,修復過程を阻害する前提として,細胞が傷害を負うことが必
要となるが,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤であるイレッサに細胞傷
害作用があることを示す実験結果は見当たらず,かえって,イレッサに
は細胞傷害作用がないことを示す実験結果がある(前記4(2)ア(イ)gの
谷本実験)。
また,イレッサの臨床試験でも気道傷害修復遅延に関連したと考えら
れる副作用はみられなかった(乙B4[枝番号1]〔40∼42
頁〕)。
以上によれば,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤による正常な修復機
能の阻害という理論的可能性自体から,承認当時からイレッサにより間
質性肺炎発症の可能性があったことを予測できたということは論理の飛
躍があるといわざるを得ず,また必ずしも修復機能の阻害がされたとみ
ることができるとは限らない状況にあったというべきである。
濱意見書(甲E76〔101頁〕,甲E93〔83∼90頁〕)で
は,イレッサによる細胞傷害作用がなくとも,Ⅱ型肺胞上皮細胞の増殖
とⅠ型肺胞上皮細胞への分化が阻害されると,Ⅰ型肺胞上皮細胞が補充
されないことにより,Ⅰ型肺胞上皮細胞が老化により自然に傷害される
ことになるなどの記載がある。しかし,Ⅰ型肺胞上皮細胞の老化により
細胞が自然に傷害されるという点は,細胞周期との整合性の点でも,イ
レッサ投与後の間質性肺炎の早期発症(後述)の点でも合理的な説明が
されているとはいえない。したがって,上記判断を覆すには足りない。
(エ)間質性肺炎の発症機序について
原告らは,間質性肺炎発症の機序として,EGFRの機能が阻害され
ると,Ⅱ型肺胞上皮細胞が減少又は機能減退し,サーファクタントがな
くなって肺胞虚脱から無気肺が起きる,ポンプ作用が減退して肺胞内に
水が溜まって肺水腫などが起きる,線維芽細胞が増殖して線維化して肺
線維症や間質性肺炎が起きるなど主張し,これに沿う濱六郎の陳述記載
がある(甲E76〔96∼99頁〕)。
なるほど,Ⅱ肺胞上皮細胞には肺胞腔内に浸潤した水分を吸収又は除
去する機能があり,またサーファクタントには炎症予防機能があって,
そのいずれにもEGFが関与していることを示唆する実験があるところ
からすれば,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤によりⅡ型肺胞上皮細胞
の機能が阻害され,また,これに伴いサーファクタント産生が低下する
ことが間質性肺炎発症に関連している理論的可能性自体は否定されるも
のではない(証人工藤反対尋問〔41頁〕)。
しかし,間質性肺炎の発症機序は,いまだ未解明であり,研究途上で
ある(甲E92[枝番号2,3],丙E77,丙G23など)。
また,間質性肺炎は,Ⅰ型肺胞上皮細胞が傷害を受け,これを修復す
るためにⅡ型肺胞上皮細胞が増殖して,Ⅰ型肺胞上皮細胞へ分化して異
常修復の過程を経ると考えられていると認められることからすると(甲
H32,乙H32,丙E69[枝番号2,6,7の1・2],丙H1
2,証人工藤主尋問〔80∼84頁〕),これと異なる前提をとる濱意
見書(甲E76〔98頁〕)を採用することはできず,原告らの前記主
張には理由がないというほかはない。
なお,証人濱は,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤によるⅡ型肺胞上
皮細胞の機能減退を示すものとして,井上らの実験(甲E94[枝番号
1,2])を挙げ,これにより自らの意見が裏付けられたと述べる。
しかし,井上らの実験は,invitro及びinvivoの実験結果であ
り,直ちにヒトにあてはめることができないこと,invitroの実験結
果で示されたサーファクタントたんぱく質Aの減少傾向がヒトの間質性
肺炎における早期発症と整合しないものであり,さらに検証を要するも
のであったが,その検証のための実験は行われていないこと(丙E7
7)等に照らせば,井上らの上記実験からはEGFRチロシンキナーゼ
阻害剤投与後の間質性肺炎がサーファクタントたんぱく質Aの減少に部
分的に関係している可能性が示唆されたにすぎず,前記判断を覆すには
足りないというほかはない。
(オ)小括
以上のとおり,イレッサ投与による間質性肺炎発症機序は現在も平成
14年7月の承認当時も未解明であり,イレッサのEGFRチロシンキ
ナーゼ阻害作用からの理論的可能性があったにすぎず,実証的に検証が
行われる必要がある状態であったのであるから,イレッサの作用機序か
ら間質性肺炎の発症が予測できたとは認められない。
また,イレッサの作用機序から既存の肺線維症を増悪させると直ちに
予測できたとは認められない。
(3)非臨床試験結果についての評価
ア非臨床試験結果の位置付け
医薬品の開発は,動物及びヒトから得られた安全性情報の評価を行いな
がら,段階的に進められるものであり,非臨床試験における安全性評価の
目的は,標的臓器(毒性の発現する可能性の高い臓器),用量依存性(用
量の高低と毒性の発現との相関関係),暴露との関係,回復性などの毒性
の特徴を知り,ヒトに対する臨床試験を行う前提として安全性を確認する
ことにある。非臨床試験の中でも毒性試験は,臨床試験に入る前段階で,
安全性の観点からヒトへの投与の可否を判断した上で,臨床試験において
発生する可能性のある副作用等を予測し,臨床試験計画の立案に際しての
用量設定や実施する検査の設定を行うことを目的に行われるものである
(前記第3章第7の1及び2(1)イ)。
そして,承認審査においては,毒性試験の結果は臨床試験の安全性の成
績とともに総合的に判断され,臨床試験で副作用等が発生した場合には,
毒性試験の結果は薬物との因果関係やその発症機序を検討する上で参考と
なるものである(甲G6〔12,13頁〕,証人工藤主尋問〔79~81頁〕)。
もっとも,動物とヒトとの間には種による違い(種差)があるため,動
物での毒性試験の結果が直ちにヒトに妥当するものではないが,臨床試験
の結果と総合して慎重に判断されるべきものであるとされる。
イ非臨床試験の制度設計
承認審査の申請資料となる毒性試験は,GLP省令に準拠して行われる
ことが必要であり,厚生労働大臣は,適合性調査の全部又は一部を医薬品
機構に行わせることができ,医薬品機構が適合性調査を行った場合には,
厚生労働大臣は医薬品機構から同調査結果の通知を受けて,これを踏まえ
て承認審査を行うこととされている(前記第3章第6の2(2)イ及び第7
の2(2))。
GLP省令では,非臨床試験は,運営管理者や試験責任者の設置,必要
な能力を有する者による適切な施設での適切な機器を用いた,試験計画書
及び標準操作手順書に基づく試験の実施,試験に従事する者から独立して
信頼性保証部門による適切な確認を受けることが要求されている(GLP
省令6∼16条)。
なお,イレッサについては,イレッサの反復毒性試験の病理検査は,英
国A社の3名の獣医病理学者により行われ(丙C4[枝番号2]により認
定),また,医薬品機構による適合性調査の結果に対して,審査センター
は,承認審査資料に基づいて審査を行うことに支障はないと判断した(前
記第3章第6の3)。
ウ非臨床試験(毒性試験)の結果に関する専門家の意見等
(ア)非臨床試験(毒性試験)の結果からイレッサのによる間質性肺炎発症
の危険性を予測できたとする濱六郎の見解の要約
①イレッサにおける非臨床試験では,屠殺例が何例も観察されてお
り,強い毒性が示されているが,死因の明らかではない例が少なくな
い。
②肺胞マクロファージの増加などの肺毒性を示唆する所見が示され
ていた。
③イヌ6か月試験で急性肺障害を呈した動物がいた,④ラット6か
月試験で肺胞浮腫,肺胞内細胞浸潤,気管支には異物性肉芽腫及び膿瘍
形成を呈していた動物がいた,⑤上記①∼④によれば,イレッサの毒性
が判明していた。
【甲E25〔9∼24頁〕,甲E43〔17∼24頁〕,甲E76〔1
05∼107頁〕,証人濱[第1回]主尋問〔9∼23頁〕,証人濱
[同]反対尋問〔47∼75頁〕】
(イ)非臨床試験(毒性試験)の結果からイレッサのによる間質性肺炎発症
の危険性を予測できるものではなかったとする工藤翔二の見解の要約
①イレッサの非臨床試験(毒性試験)の結果からは,イレッサの間
質性肺炎を示唆する所見は認められない。
②非臨床試験(毒性試験)の結果は,ヒトと動物の種差による違い
や用量による違いを踏まえた評価が必要である。
③濱六郎の意見は,基礎知識や事実と整合しないものであり,科学
的な分析がされていない。
【乙E23〔78∼104頁〕,乙E24〔18∼28頁,112∼
116頁〕,丙E54〔3∼9頁〕,証人工藤主尋問[36∼39頁]】
エ非臨床試験(毒性試験)結果に関する評価
(ア)毒性試験で見られた屠殺例について
毒性試験の目的は,致死量や毒性変化を惹起する用量等の探索をする
ことにあるところ,被験薬を投与された実験動物には様々な理由(当該
薬剤の毒性による場合もあれば,他の原因による場合もある。)で一般
状態の悪化が見られることがある。毒性試験の目的である知見を得るた
めには,死亡直前期や死後の変化(個体の死亡後にその組織や細胞が自
身の酵素によりたんぱく質,脂質及び糖質などが分解され腐敗する現象
[自己融解]など)を避け,動物実験に発生した変化の原因解明に繋がる
多くの所見を得るために,屠殺が行われる。【甲D1[枝番号1,
2],丙E54〔3,4頁〕,丙G8,9,15,証人濱[第1回]反
対尋問〔50頁〕】
したがって,屠殺例の発生や屠殺例数が必ずしも当該医薬品の毒性の
強さを示すものであるとはいえない。
なお,濱六郎は,屠殺例が多数出ていること及びその原因が明らかと
されていないことが問題であるとして,イレッサの毒性によるものであ
ると証言等において指摘する。
しかし,各屠殺例においては,屠殺の原因が一般状態の悪化なのか当
該薬剤によるものかを把握し,致死量や毒性変化の内容を把握すること
が目的なのであるから,個々の屠殺例の原因を吟味することなく屠殺例
数のみを問題とすることには意味がない。
また,屠殺例において,死因が必ず判明するとはいえず,特定が困難
な場合はあり得るのであり,他剤の屠殺例で死因の記載がなかったもの
は存在するから(丙G16),死因の記載がないことをもって,毒性試
験の意味がないとか,毒性試験の実施に問題があったとは直ちに結論づ
けることはできない。したがって,濱六郎の証言等における指摘は,上
記判断を覆すには足りない。
(イ)肺胞マクロファージ及び泡沫肺胞マクロファージの増加の所見について
a肺胞マクロファージは,肺胞の壁を異動しながら,肺胞内に侵入し
た異物を処理し,殺菌する免疫担当細胞のことをいい,泡沫肺胞マク
ロファージは,肺胞マクロファージが病原体や異物を貪食した後の状
態のことをいう。
動物の肺胞には,呼吸により空気中の病原体や異物が常に流入して
くることから,免疫担当細胞である肺胞マクロファージや処理後の状
態である泡沫肺胞マクロファージがイレッサ群で有意に増加していた
としても,そのことのみをもってイレッサが肺毒性を有するとは直ち
にはいえない。
bイヌ1か月及び6か月試験で使用されたビーグル犬では,泡沫肺胞
マクロファージは自然発生的に観察されることがあり(丙G12[枝
番号1,2]。10%前後のビーグル犬で自然発生的に観察されてい
る。),イヌ1か月及び6か月試験の肺胞マクロファージ増加の所見
(イヌ1か月試験では1頭/24頭,イヌ6か月試験では3/30
頭,いずれの試験でも溶媒対照群では0頭)は,自然発生的に観察さ
れる限度内であるから,これを毒性所見とみることは困難である。
cラット6か月試験で使用されたウィスラーラットでは,泡沫肺胞マ
クロファージの増加は加齢に伴って一般的に見られる所見であり,溶
媒対照群での発生頻度は0∼30%(丙G13[枝番号1,2]),
ラット6か月試験での発生頻度は,イレッサ群全体でみると7.1%
(10/140匹),イレッサの高用量群のみでみても約16.7%
(10/60匹)であった。また,ラット6か月試験で泡沫肺胞マク
ロファージの増加がみられたのはすべてラット6か月試験の高用量群
であったところ,ラット1か月試験の高用量群での投与量は40
mg/kg/日であり,ラット6か月試験の高用量群での投与量25mg/kg/
日の約1.5倍であったが,発生頻度は0%であった。
そうすると,泡沫肺胞マクロファージがイレッサ群で有意に増加し
たとしても,イレッサの高用量群で必ず発生していたものではなく,
加齢による発生とみる余地がないとまではいえず,有意な差が生じて
いることを考慮しても,これを直ちに薬剤による毒性所見とみること
は困難であり,他の所見と総合して判断せざるをえない。
なお,原告らは,イレッサによって間質性肺炎が発症した症例で
は,肺胞マクロファージの集積が認められる(甲H58)から,肺胞
マクロファージが肺毒性を示す所見であるなど主張するようである。
証拠(甲H58)によれば,原告らが指摘する症例は,多剤アレル
ギー反応を起こす患者で,かつ38年間にわたり鉄工業を行っており
ウェルダー肺を有する患者であったというものであったことが認めら
れる。
ウェルダー肺では,マクロファージが,肺に吸い込まれた酸化鉄を
貪食して肺に沈着し,間質の中に入り,リンパへ流れていくことがあ
る(乙E24〔114頁〕)。
そうすると,原告らの指摘する症例は特異な条件の下での肺胞マク
ロファージの集積をいうものであって,肺胞マクロファージの集積が
直ちに肺毒性と結びつくものではないというべきであるから,肺胞マ
クロファージの増加をイレッサの毒性と直ちに関連させる原告らの主
張には理由がない。
(ウ)イヌ6か月試験の肺炎症例等について【甲B6,10,丙C1(212
頁)】
a慢性肺炎との所見について
(a)イヌ6か月試験の屠殺例の中に,肺炎を発症したものがあった
(別紙8(イヌ6か月試験概要・結果)のイヌ6か月試験結果一覧
表の所見欄)。
同試験の所見では慢性肺炎とされている。
この肺炎症例について,原告らは,急性肺障害であったことを前
提として,上記肺炎症例の屠殺の原因が急性肺障害にあった旨を主
張する。これに対し,被告らは,上記肺炎症例は慢性肺炎であった
ことを前提として,慢性肺炎が死につながることはないとして,肺
炎が屠殺ではなかった旨を主張する。
(b)そこで,上記肺炎例が急性肺障害であったか,慢性肺炎であった
かを検討する。
後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は,次のとおり
である。
ⅰ試験報告書における上記肺炎症例の所見には,「左肺前葉が小
さい×0.25」,「左肺前葉が淡色化」,組織所見には「左肺
前葉の慢性肺炎」との記載があったが,「急性肺障害」や「肺虚
脱」の記載はなかった。【丙B18】
ⅱ申請資料概要(丙C1)記載の病理組織学的所見では,上記肺
炎症例については腎乳頭壊死がみられたとの記載があるのみであ
るが,試験報告書の添付資料であるケースカードでは,腎乳頭壊
死は軽微とされていた。
上記病理組織学的所見は,イレッサの薬理作用であるEGFR
チロシンキナーゼ阻害に起因したものであるとされていた。
【甲E17,丙C1】
ⅲ慢性肺炎という用語は,獣医学においては一般的に用いられる
用語であるが,人体医学ではあまり使用されておらず,人体医学
においては器質化肺炎に相当するものである。慢性肺炎と急性肺
障害では病理所見上多数の違いが存在する。
器質化肺炎は,時間経過を経て器質化を伴う肺炎であるが,間
質性肺炎の一分類である特発性器質化肺炎とは異なり,死因とな
ることはない。
少数集団飼育されるビーグル犬には,慢性肺炎を含む呼吸器感
染疾患などの自然発生肺病変が生じうるとされており,上記肺炎
症例の慢性肺炎は,ビーグル犬の背景データにみられる典型的な
偶発所見であった。
【丙E54,丙G11[枝番号1,2],20】
ⅳイヌ6か月試験では,上記肺炎症例を含む高用量群で,実
験開始11日後に用量が25mg/kg/日から15mg/kg/日に変更さ
れた。なお,上記肺炎症例では,実験開始10日後に肺炎を発症
した。
【甲E25〔18頁〕,丙C1〔212頁〕】
(c)上記認定事実によれば,上記肺炎症例では,実験開始10日後に
肺炎が発症しており,そのために実験では高用量群では使用用量を
減少させているが,当該イヌの肺が虚脱したことを示す記載は全く
なく,他方で病変により生じた肺葉の容積の減少や血流阻害による
肺の淡色化は,時間経過を経て器質化した肺炎の一般的所見であり
(丙E54〔5頁〕),慢性肺炎との所見と整合する。
また,薬剤による肺病変は,通常血流から両肺に広く影響を及ぼ
し,両肺にびまん性に発生するものである(丙E54〔5頁〕)
が,上記所見は一肺葉のみに認められたものであり,薬剤による肺
病変の特徴とは異なるものである(丙L2〔20頁〕では,初期に
おいては局所的な障害となりうることが示されているが,承認後に
おけるイレッサの間質性肺炎に関する専門家会議において初めて示
された知見であるから,同知見を基礎に承認当時の危険性判断にお
ける非臨床試験結果の評価をすることは相当ではない。)。
そうすると,上記肺炎症例における肺炎は,急性肺障害であった
と推認するに足りる事情はうかがわれず,かえって慢性肺炎であっ
たことと整合するものであるから,慢性肺炎であるとの所見は相当
であったというべきである。
以上によれば,上記肺炎症例における慢性肺炎とイレッサとの関
連性は明らかでないというほかはなく,また,急性肺障害が屠殺の
原因となったと認めるには足りない。
(d)なお,原告らは,上記肺炎症例において当該イヌが慢性肺炎であ
ったとすると,実験開始10日後という短期間で発症するのは不自
然である,GLP省令12条2項では,観察又は試験中に試験の実
施に影響を及ぼすような疾病又は状況が見られる動物を,他の動物
から隔離するとともに使用してはならないとされており,実験で使
用されるイヌは健康なイヌであるはずであるなど主張し,証人濱
(第1回)もこれに沿う証言をする。
しかし,当該イヌがイヌ6か月試験開始後に慢性肺炎を発現して
いたことを認めるに足りる証拠はなく,慢性肺炎を発症していて
も,呼吸状態等に変化がない場合に,これを適切に除外して実験を
行うことは困難である(乙E23〔84,85頁〕)。
したがって,所見に現れない肺虚脱などを前提として急性肺障害
を説明することは合理性を欠くから証人濱の証言を採用することは
できず,原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。
b限定性肺胞中隔化生との所見について
原告らは,肺胞中隔とは肺胞間の隔壁,すなわち間質であり,化生
とは,正常の組織から,正常には存在しない組織に置き換わることを
意味するものであるから,限定性肺胞中隔化生は肺間質増殖に相当
し,間質性肺炎に近い所見であるなど主張し,これに沿う濱六郎の陳
述記載がある(甲E25〔20頁〕)。
イヌ6か月試験における所見では,当該動物にみられた限定性肺胞
中隔化生は,軽度で,動物1例の単発所見であり,26週間の投与期
間終了後に当該動物が剖検され,剖検時には1×1㎝のクリーム色の
変色部が左肺中葉にみられ,組織検査において当該部位に軽度の限定
性肺胞中隔化生がみられたとされている。
上記所見はイヌにまれな所見ではなく,肺に他の所見を伴うことな
くみられる所見であることが知られており,加齢と関連して発現する
ことがあるとされている(丙G11[枝番号1,2])。
そして,薬剤による肺病変は,通常血流から両肺に広く影響を及ぼ
し,両肺にびまん性に発生するものである(丙E54〔9頁〕)が,
上記所見は限定性肺胞中隔化生という限局性の病変であり,左肺中葉
の1×1㎝の部分のみに認められたものであり,薬剤による肺病変の
特徴とは異なるものである(丙L2〔20頁〕では,初期においては
局所的な傷害となりうることが示されているが,承認後におけるイレ
ッサの間質性肺炎に関する専門家会議において初めて示された知見で
あるから,同知見を基礎に承認当時の危険性判断における非臨床試験
結果の評価をすることは相当ではない。)。
以上によれば,限定性肺胞中隔化生の原因は明らかではなく,イレ
ッサとの関連性を認めるには足りないというべきである。
(エ)ラット6か月試験の肺胞水腫等について
aラット6か月試験の屠殺例の中に,肺胞浮腫等が見られるものがあ
った(別紙7(ラット6か月試験概要・結果)所見欄)。
組織所見として,気管支の異物性肉芽腫及び膿瘍形成,炎症を伴う
中等度の多巣性肺胞水腫,肉芽腫性炎症を伴う中等度の多巣性急性潰
瘍が記載されている(甲B9,丙B17[枝番号1],19)。
イレッサ反復投与毒性試験における肺所見の概要(丙C4の2)に
おいては,強制経口投与はプラスチック・カテーテルを口腔及び食道
堂から胃内に直接挿入して投与するが,誤って肺に投与すると,胸腔
に広範な病理変化を起こすことがあり,これは明らかに誤投与に関連
するもので,被験薬の毒性に関連したものではないとされている。
上記屠殺例について,原告らは,上記屠殺例には誤投与がなかった
ことを前提として,肺胞浮腫(原告らは肺胞水腫と同義で使用す
る。)等の所見がイレッサの毒性を示すものであったなど主張する。
これに対し,被告らは,上記屠殺例には誤投与があったことを前提と
して,肺胞水腫等はイレッサの毒性を示すものではないなど主張す
る。
bそこで,上記屠殺例の肺胞水腫等の所見を評価する上で前提となる
誤投与があったかを検討する。
後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりであ
る。
(a)ラット6か月試験における試験報告書の添付資料であるケースカ
ードには,上記屠殺例につき誤投与があったとの記載はなかった。
なお,同ケースカードには,肺組織所見で肺胞水腫の所見と気管
支の所見(異物性肉芽腫及び膿瘍形成)が見られるとされ,死因に
繋がるものとして注が付されていた。
【甲B9,甲E25〔19,20頁〕,丙B17[枝番号1],19】
(b)試験報告書の本文(丙B16)には,ある雄の死因は口内にでき
たエナメル上皮腫と関連しており,別の雄の死因は誤投与の結果で
あった,他の2匹の雄の死因は明らかではなかった旨記載されてい
た。【丙B16】
(c)本件訴訟提訴後に提出された「イレッサ反復投与毒性試験におけ
る肺所見の概要」(丙C4[枝番号1,2])には,多巣性肺胞水
腫がみられた例では,誤って肺に投与して複数の胸部器官に病変が
みられたため,当該動物が切迫屠殺された旨記載されていた。
【丙C4[枝番号1,2]】
(d)試験報告書には,上記屠殺例では,食道には横位に8mm拡張し
た,肺ではすべての肺葉でまだらに変色(赤色,暗赤色)し,すべ
ての肺葉で均等に変化(海綿様構造)し,肺で軽度の多巣性肺胞う
っ血,随伴する炎症を伴う中等度の多巣性肺胞水腫がみられた,気
管支では限局性の異物性肉芽腫と膿瘍が形成されていた,食道では
肉芽腫性炎症を伴う中等度の多巣性急性潰瘍がみられたとの所見の
記載があった。【甲B9,丙B17[枝番号1,2],19】
(e)ラット6か月試験では,非水溶液であるイレッサを液体に懸濁さ
せて,ラットにプラスチック・カテーテルを口腔及び食道から胃内
に直接挿入して投与する方法で,200匹のラットを対象に1日1
回6か月にわたり強制投与することにより行われた。
強制経口投与は,食道ではなく気管から気管支に誤って挿入され
る誤投与が発生することがある。誤投与があった場合には,胸腔に
広範な病理変化を起こすことがある。
【甲E44〔38頁〕,乙E23〔99頁〕,丙C1〔208
頁〕,丙E54〔6,7頁〕,丙G6,7,22】
c上記認定事実によれば,ラット6か月試験における強制投与方法
は,カテーテルをラットの口から挿入し.胃内に直接挿入するという
ものであり,専門家が行うとはいえ,誤投与の可能性が生じうるもの
であり,誤投与をした場合には胸腔に広範な病理変化を起こすことが
ある。
上記屠殺例では,すべての肺葉がまだらに変色し,すべての肺葉
で均等な変化が認められ,病理所見では,軽度の多巣性肺胞うっ血や
随伴する炎症を伴う中等度の多巣性肺胞水腫が認められており,誤投
与の際の所見と整合する所見が認められ,上記屠殺例において,食道
が横位に8mm拡張したことも誤投与をうかがわせるものである。気
管支の異物性肉芽腫と膿瘍形成の所見も,誤ってカテーテルを気管か
ら気管支に挿入し,イレッサ懸濁液を注入した場合,カテーテルによ
って気管支を傷つけ,又はカテーテルに付着する異物や懸濁液中のイ
レッサ粉末が気管支に付着し,異物性肉芽腫や感染による膿瘍が形成
されることがありうる(丙G21)ことから,誤投与と矛盾する所見
ではない。
そうすると,試験報告書の添付資料であるケースカードには誤投与
との記載がなかったとしても,試験報告書の本文には誤投与であるこ
とが記載されており,本来これらは一体となる資料であるから,ケー
スカードに記載がないことは,誤投与を否定する根拠となると認める
に足りない。また,気管支に関する異物性肉芽腫と膿瘍形成は,肺障
害が発生したことを示唆する根拠となるともいいがたい。むしろ誤投
与と整合する所見が多数みられ,死因に繋がるものとされた気管支の
異物性肉芽腫と膿瘍形成の所見も誤投与と矛盾するものではないので
あるから,上記屠殺例には誤投与があったと認めるのが相当である。
なお,原告らは,誤投与によって肺胞水腫が生じないなど主張する
ようであるが,誤投与によって肺胞水腫が生じないとする根拠がない
(丙E54)から,原告らの上記主張には理由がない。
d以上より,上記屠殺例には誤投与があったと認められ,各所見は,
誤投与と関連するものであって,イレッサとの関連性は認められない
から,原告らの上記主張には理由がない。
(オ)小括
以上のとおり,イレッサの毒性試験においては,イレッサの毒性を示
すものと解釈すべき所見は認められず,肺胞マクロファージの増加の所
見をイレッサの肺毒性と結びつけて検討することも困難であったという
べきである。
(4)治験の有害事象及び副作用に関する結果等の評価
治験の有害事象及び副作用の結果の概要は,別紙28(治験における安全
性情報一覧表)のとおりである。
ア認定事実
臨床試験,治験,有害事象及び副作用の評価等に関する事実(前提事実
[前記第3章第7]及び前記第5章第2の2(1)認定の事実並びに後掲証
拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)は次のとおりである。
(ア)ヘルシンキ宣言以降の医薬品の安全性等の確保に関する動き
ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則としてのヘルシンキ宣言(昭
和38年[1964年])は,医学の進歩は最終的にはヒトを対象とする試
験に一部依存せざるを得ない研究に基づくとしている。
我が国においては,昭和54年法律第56号による薬事法の改正で,
医薬品等の有効性及び安全性の確保が中心課題とされ,,医薬品の製造
又は輸入の承認を受けようとする者が,承認申請書に添付すべき臨床試
験の試験成績等の資料に関する規定等が整備された。
その後,1991年(平成3年)には,日米EU医薬品規制調和(ハ
ーモナイゼーション)国際会議(ICH)が組織され,それ以降,日米
EUの三極相互間で,医薬品の品質,安全性,有効性,規制情報等を調
和させるための活動が行われるようになり,そこで合意が得られた事項
について,我が国も,順次,合意に対応するための制度等の改訂,整備
を行っているところである。
【甲D20,26,29[枝番号1∼3],乙D21[枝番号15],27
[別表関連するICHガイドライン及び通知について]】
(イ)承認審査資料及びその依拠すべき基準
薬事法14条3項前段により医薬品についての承認申請書に添付すべ
き資料(承認審査資料),承認審査資料の収集,作成に当たって遵守さ
れるべきGLP,GCP及び信頼性の基準,承認審査資料を作成するた
めの試験の指針が定められていたこと,平成14年7月当時,一般的な
医薬品の臨床試験の指針として,一般指針(乙D27),統計的原則
(甲P15)等合計18の指針が定められており,そのうち,抗がん剤
の臨床試験の指針としては,旧ガイドライン(乙D7)が定められてい
た(乙D4〔別紙「試験の指針」7項〕)ことは,前記第3章第6の2
(1)のとおりである。
(ウ)治験における安全性情報の取り扱い及び治験総括報告書の作成に関す
る指針(ガイドライン)
治験中に得られる安全性情報については,昭和55年の厚生省薬務局
長通知(同年10月9日薬発第1330号)により,その速やかな報告
が求められていたが,治験中に得られる重要な安全性情報の収集方法を
各国で統一し,必要な措置を講じることは有益なことであるとして,I
CHにおける三極の合意事項に基づいて,aの指針が示され,その後,
副作用等の報告書の様式や記載事項が順次整備された。
a「治験中に得られる安全性情報の取り扱いについて」平成7年3月
20日薬審第227号厚生省薬務局審査課長通知(乙D13)
(a)基本用語
ⅰ有害事象
有害事象とは,医薬品が投与された患者又は被験者に生じたあ
らゆる好ましくない医療上のできごとのことをいう。必ずしも当
該医薬品の投与と因果関係が明らかなもののみを示すものではな
い。
つまり,有害事象とは,医薬品が投与された際に起こる,あら
ゆる好ましくない,あるいは意図しない徴候(臨床検査値の異常
を含む),症状,又は病気のことであり,当該医薬品との因果関
係の有無を問わない。
ⅱ副作用
副作用とは,病気の予防,診断若しくは治療,又は生理機能を
変える目的で投与された(投与量にかかわらない)医薬品に対す
る反応のうち,有害で意図しないものをいう。医薬品に対する反
応とは,有害事象のうち当該医薬品との因果関係が否定できない
ものをいう。
ⅲ予測できない副作用
副作用のうち,治験担当医師用治験薬概要に記載されていない
もの,又は記載されていてもその性質や重症度が記載内容と一致
しないもの
(b)重篤な有害事象又は副作用
治験中に有害事象が発現し,当該医薬品との因果関係が疑われる
と,その後の開発方針に重要な変更が必要となる場合があり,その
副作用の性質(重篤度),又はそれが重要な予測できない情報であ
るか否かにより,緊急報告の必要性の有無を判断するために必要な
基準となる概念である。
重篤な有害事象又は副作用とは,医薬品が投与された際に生じた
あらゆる好ましくない医療上のできごとのうち,①死に至るもの
(副作用によることが疑われる死亡例のことをいう。甲D17),
②生命を脅かすもの(当該事象が起こった際に患者が死の危険にさ
らされていたという意味であり,その事象がもっと重症なものであ
ったなら死に至っていたかもしれないという仮定的な意味ではな
い。),③治療のため入院又は入院期間の延長が必要となるもの,
④永続的又は顕著な障害・機能不全に陥るもの(「障害」とは,日
常生活に支障をきたす程度の機能不全の発現を示すものであ
る。),⑤先天異常を来すもののいずれかにあたるものをいう
(「重篤」とは,患者の生命又は機能を危険にさらす事象に関連し
た患者や事象の転帰又は処置基準に基づく用語であり,重篤度が規
制上の報告義務を規定する指針となるものである。ある特定の事象
の強さ[激しさ]を表現するために使われ,医学的意義は比較的小
さい場合を含む「重症」という概念とは区別される。)。
(c)副作用の予測可能性
緊急報告の目的が,重篤な副作用に関する新しい重要な情報を規
制当局,治験担当医師及びその他適切な関係者に提供することにあ
るところから,ある事象が予測できる者か否かを判断するために必
要な指針である。
したがって,予測できない副作用とは,治験担当医師用治験薬概
要に記載されていない副作用,又は記載されていても,その性質や
重症度が記載内容と一致しないものをいう。
(d)緊急報告のための基準
ⅰ報告すべきもの
(i)重篤で予測できない副作用
重篤で予測できない副作用は,すべて緊急報告の対象とな
る。
重篤であっても予測できる副作用は,通常,緊急報告の対象
とはならない。また,臨床試験中に生じた重篤な事象で当該医
薬品との因果関係が否定されたものは,それが予測できるか否
かとは関係なく緊急報告の対象とはならない。重篤でない副作
用は,予測できるか否かにかかわらず,通常,緊急報告の対象
とはならない。
治験依頼者又は製薬会社は,重篤で予測できない副作用の報
告を受けた場合には,緊急報告の必要条件に該当する内容のと
きには,情報源が何であれ該当する規制当局に迅速に報告しな
ければならない。
治験における症例については,因果関係の評価がなされるべ
きである。治験担当医師又は治験依頼者により,当該医薬品と
因果関係が示唆されると判断されたものは,全て副作用とみな
される。市販中の医薬品に対する有害事象の報告は,当該医薬
品と因果関係がある可能性が高い。
医薬品と事象との因果関係の大きさを記述するために多くの
用語や尺度が用いられるが,「因果関係があるらしい」,「因
果関係が疑われる」又は「因果関係は否定できない」のような
用語は,因果関係を示唆していると考えられる。
なお,治験中に得られる安全性情報の取り扱いについてのQ
&Aでは,発現した事象と治験薬との因果関係は基本的には実
際に治験を実施している治験担当医師によって評価されるべき
であるが,治験担当医師により因果関係が否定された事象で
も,治験依頼者が先行する治療や実施中の治験の他施設での情
報等を考慮した際に因果関係が疑われる等の状況にある場合に
は,当該治験担当医師や治験総括医師等とも相談の上で因果関
係の再評価を行うこととされており,また因果関係が不明の場
合は,因果関係が否定できないととるべきで,それが重篤で予
測できない有害事象であれば緊急報告の対象となるとされてい
る。
(ii)重篤な副作用の症例報告以外であっても,①予測される重
篤な副作用の発現頻度が臨床的に重要と判断されるほど増加し
た場合,②生命を脅かすような疾患に使用される医薬品がその
効果を有しないなど,患者が大きな危険にさらされる場合,③
新たに得られた動物実験結果から安全性に関する重大な知見が
得られた場合などでは,緊急報告の対象となる。
(e)緊急報告に含まれるべき必須情報
緊急報告の目的に最低限必要な情報は,患者が特定されているこ
と,被疑薬,報告の情報源,重篤で予測できない副作用と判断でき
る事象・転帰,及び治験においては被疑薬と当該事象又は転帰との
因果関係が否定できないこととされている。
副作用の詳細については,当該副作用を重篤と判断した基準,発
現部位と重症度を含めた副作用の詳細を示し,報告された徴候,症
状の詳細に加え,可能な限りその副作用の診断名を特定できるよう
努めるべきであるとされている。具体的には,発現日時,消失日時
又は持続期間,投与中止後の経過,再投与後の経過,場所,転帰
(死亡症例については,死因,死因と当該副作用との関連性,可能
であれば剖検結果等),他の情報(既往歴など)などである。
b治験総括報告書ガイドライン(甲D16,乙D5)
平成8年5月に,ICHの三極の合意事項に基づいて,治験の総括
報告書の作成に関するガイドラインが定められた。
このガイドライン(「12.安全性の評価」)においては,安全性に
関するデータの分析は三段階に分けて考えることができる,①治験か
らどの程度まで安全性を評価し得るのかを確認するために,投与量,
期間及び患者数を検討すること,②比較的よく見られる有害事象,臨
床検査値の変化などを明確にし,妥当な方法で分類し,治療群間で比
較を行い,さらに時間依存性,人口統計学的特性との関係など副作用
又は有害事象の頻度に影響する可能性のある因子について適切に分析
すること,③重篤な有害事象及び他の重要な有害事象を明確にするこ
とが挙げられる。これは,通常,薬剤との関連が明確であるか否かに
かかわらず,有害事象のために試験完了前に脱落又は死亡した患者を
十分に調べることにより検討されるとされている。
有害事象については,①試験治療の開始後に発現した全ての有害事
象を要約表に表示すること,②有害事象は器官別にグループ化するこ
と,③この表では,適当な因果関係分類を用いてもよい,④因果関係
の評価を用いた場合でも,関連性の有無の評価に関係なく,併発症と
考えられる事象を含むすべての有害事象を表に含めること,⑤当該治
験又は安全性に関するデータベース全体をさらに分析することは有害
事象が薬剤に起因するか否かを明らかにすることの助けになることが
あるとされている。
c「治験薬に係る副作用・感染症症例等の報告について」平成10年
5月15日医薬審第403号厚生省医薬安全局審査管理課長通知(乙
D29)
平成10年5月,前記aの指針に基づく報告の様式及び記載上の留
意点について,次の(a),(b)等を主な内容とする通知が発出された。
なお,(a)(b)の報告書,症例票のほか,「治験薬研究報告・外国にお
ける措置報告書」,「治験薬の研究報告・外国における製造等の中
止,回収,廃棄等の措置調査報告書」の様式や記載事項もこの通知に
より定められた。
(a)治験薬副作用・感染症症例報告書には,報告対象の副作用・感染
症名,重篤性,転帰,因果関係,情報入手日等を記載する。重篤性
の評価が担当医等と報告者で評価が異なる場合は,重篤性を重く評
価している方の内容を記載するものとされ,因果関係については,
当該症例に関して報告時点の情報に基づいた報告企業の判断を記載
することとされている。なお,担当医の因果関係についての判断
は,症例票に記載するものとされている。
(b)治験薬副作用・感染症症例票には,情報入手日,医薬品副作用
歴,主な既往歴,被験者等の体質,投与の開始日と終了日,副作
用・感染症名,副作用・感染症の発現状況,症状及び処置等の経
過,転帰,担当医等の意見,報告企業の意見等を記載するものとさ
れている。
副作用・感染症については,その症状の発現前から転帰の確認ま
での経過を経時的に全体像が把握できる程度に簡潔に記載すること
とされている。なお,副作用・感染症の評価の上から必要と思われ
る場合には,治験薬投与前の被験者等の状態や副作用・感染症に対
する治療等も記載するものとされている。転帰については,「回
復」,「軽快」,「回復したが後遺症がある」,「未回復」,「死
亡」などから記載することとされ,不明の場合には「不明」と記載
することとされている。「死亡」とは担当医等が副作用・感染症と
死亡との関連がある又は否定できないと考えている場合を指し,原
疾患の悪化等により死亡した場合は該当しないとされている。ま
た,複数の副作用・感染症があり,その転帰が異なる場合には,個
別の転帰を経過欄に記載することとされている。
d「治験薬に係る副作用・感染症症例等の報告要領について」(平成
10年12月14日医薬審第1174号厚生省医薬安全局審査管理課
長通知,平成12年11月20日医薬審第1249号一部改正)(乙D
6)
平成10年12月,前記a及びbに基づいて取り扱われていた医薬
品に係る治験に関する副作用等の報告について,報告対象や報告期
限,提出先,提出方法等,報告義務期間等が定められた。
(エ)医薬品一般の臨床試験に関する指針(ガイドライン)
前記第3章第6の2(1)のとおり,平成14年当時,臨床試験の指針
は合計18件あり,その主なものは,平成10年に定められた一般指針
(乙D27)及び統計原則(甲P15)であり,その概要は,前記第5
章第2の2(1)ウのとおりである。なお,統計的原則においては,安全
性及び認容性評価について,次のように定められた。
a評価の範囲
すべての臨床試験において,安全性及び忍容性の評価は重要な要素
である(安全性とは,臨床試験では通常臨床試験,バイタルサイン,
臨床的有害事象,その他特別な安全性によって評価される,被験者の
医療上の危険に関するものをいう。忍容性とは,明白な有害作用が被
験者にとってどれだけ耐えうるかの程度を示すものである。)
初期の相では,安全性及び忍容性の評価の大部分は探索的な性質の
ものであり,敏感にとらえられるのは明らかな毒性の出現のみであ
る。
しかし,後期の相では,被験薬の安全性及び忍容性のプロファイル
を,より多くの被験者により十分に特徴づけて確立することができ
る。
ある種の試験は,他の医薬品又は被験薬の別の用量と比較して,安
全性及び忍容性に関する優越性又は同等性についての具体的な主張の
ために計画される場合がある。このような承認に関わる具体的な主張
は,対応する有効性の主張に対し要求されるのと同様に,検証的試験
による適切な証拠によって確認されるべきである。
bデータ収集
異なる臨床試験からのデータを結びつけることを容易にするため
に,試験プログラム全体を通して一貫したデータ収集及び評価の方法
論を用いることが薦められる。共通の有害事象の辞書の使用は特に重
要である。有害事象の辞書は,器官分類,基本語又は慣用語という,
3つの異なる水準で有害事象データを要約できるように構成されてい
る。有害事象を要約する通常の水準は基本語であり,同一の器官分類
に属している基本語は,データの記述的提示の際にまとめることがで
きる。
c評価されるデータの提示
評価の際には,すべての安全性及び忍容性変数に注意を払う必要が
あるため,広範な方法を治験実施計画書に示すべきであり,試験治療
と関係していると考えられるか否かにかかわらず,すべての有害事象
を報告すべきである。評価の際には,研究対象集団の利用できるデー
タの全てを用いるべきである。測定単位と臨床検査変数の参照範囲は
注意深く定義すべきである。もし異なる単位又は異なる参照範囲を同
一の試験で用いるのであれば,統一的な評価を可能とするために測定
値を適切に標準化すべきである。毒性評価尺度の使用は事前に定め正
当化しておくべきである。
d統計的評価
安全性及び忍容性の研究は多次元的な問題である。どのような被験
薬についても,何らかの特定の有害作用は通常予測され特定してモニ
ターすることができるが,起こりうる有害作用の幅は大変広く,新し
く,予想もされない作用が常に生じうる。更に,禁止薬の使用による
治験実施計画違反の後で発生した有害事象はおそらく偏りの原因とな
るであろう。このような背景があることが,被験薬の安全性及び忍容
性の解析的評価が統計的に困難となる原因となり,検証的試験から結
論が確定するような情報を得ることを例外としている。
e統合した要約
被験薬の安全性及び忍容性に関する特質は,一般に被験薬を開発す
る過程で逐次的に,複数の試験を通して要約され,特に承認申請時に
は必ず要約される。しかし,この要旨の有用性は高品質のデータを伴
い適切に計画及び実施された個々の比較試験に依存する。
f安全性データ
安全性情報の要約では,潜在的な毒性を示すいかなる徴候に対して
も徹底的に安全性データベースを調べることが重要であり,裏付ける
パターンを探索してその徴候を追跡することが重要である。
このようなデータベースからの有害事象発現データは,比較する集
団を欠くことから評価が困難であり,この困難性を克服するためには
比較試験からのデータが特に有益である。
データの探索から判明した毒性を有する可能性のある徴候はすべて
報告すべきである。これらの潜在的有害作用がどれだけ現実に起こり
うるかの評価には,多数の比較の実施により生じる多重性の問題を考
慮すべきである。評価には,有害事象の発生に曝露期間若しくは追跡
期間又はその両方が潜在的に関連しているかどうかを探索するため,
生存解析手法を適切に使用すべきである。確認された有害作用に関連
するリスクは,リスクと利益の関係を正しく評価するために適切に定
量化すべきである。
(オ)抗がん剤の臨床試験に関する指針(ガイドライン)
前記第5章第2の2(1)エのとおり,学会指針が作成された昭和60
年以降,臨床試験についてのガイドラインについての研究が行われ,平
成3年に旧ガイドラインが作成され,イレッサ承認の時期を経て,平成
17年11月に新ガイドラインが作成するまでの間は,この旧ガイドラ
インにより新医薬品の臨床的有用性の評価が行われており,Ⅱ相承認が
認められていた。
(カ)治験に関する原則
第3章第6の2(1)及び同第7の3(2)記載のとおり,承認審査資料と
なる臨床試験(治験)は,GCPに従って実施されたものでなければな
らない。
そして,GCP省令及びGCP省令を受けた各種通知により,被験者
の人権,安全及び福祉の保護を図りつつ,治験の科学的な質と成績の信
頼性を確保することを目的として,治験に関する原則的事項が定められ
ていた(「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令の施行につい
て」平成9年3月27日薬発第430号薬務局長通知・丙D6,「医薬
品の臨床試験の実施の基準の運用について」平成9年5月29日薬安第
68号薬務局審査課長・安全課長通知・丙D7)。その内容は,前記第
5章第2の2(1)カのとおりである。
治験責任医師は,死亡例を含む重篤な有害事象について,治験依頼者
からの追加情報の要求に対して,これを開示する義務を負い,その開示
を怠った又は拒否した場合には,以後の治験に参加できなくなるなどの
事実上の制裁がある(証人福岡主尋問〔61頁〕)。
(キ)副作用の重篤度の分類基準
副作用等報告を行う場合の副作用の重篤度の基準である「医薬品等の
副作用の重篤度分類基準」,「NCI−CTCグレード」については,
前記第3章第8の3のとおりである。
イ治験における有害事象死亡例について
(ア)原告らは,有害事象が被験薬との因果関係が否定されたものを指すこ
とを前提として,治験担当医師が数少ない症例のみを見て因果関係の有
無を判断することが困難であるから,治験担当医師が被験薬との因果関
係を否定した有害事象であっても,治験担当医師の意見のみで被験薬と
の因果関係を否定してはならず,臨床試験のすべての結果やその他の副
作用情報等を総合して因果関係の有無を判断しなければならず,被験薬
との因果関係を完全に否定できない有害事象はすべて副作用として取り
扱わねばならないと主張する。また,これを前提に,原告らは,治験に
おける有害事象死亡例のほとんどが,イレッサによる副作用に分類すべ
き症例であったと主張し,有害事象が報告された多くの死亡例には発症
パターンがあり,皮膚,消化器,口や目などの粘膜,呼吸器,肝臓,代
謝臓器,尿路生殖器粘膜,心臓,血管内皮の障害など,種々の臓器の傷
害に伴う症状が多彩に出現し,重篤例の多くの場合には急性呼吸傷害が
重篤化して死亡することが多い,一般的に数%∼数十%もの有害事象が
イレッサと無関係と考えることは不合理であるから,これらはイレッサ
との因果関係が否定できない有害事象と考えるべきであったとの濱六郎
の意見書がある(甲E25〔51∼53頁〕)。
これに対し,被告らは,有害事象が因果関係の有無を問わず包括的に
安全性評価に取り上げられることを目的とした概念であることを前提と
して,有害事象が類型的に副作用ではないと評価する考え方が採られて
おらず,治験で副作用という評価を受けなかった個別の有害事象であっ
ても,重篤な有害事象に関する個別的な検討や,その他の情報との全体
的な整合性の中での検討において,必要に応じて因果関係が再検討され
ることがあると主張する。
原告らも,すべての有害事象に関する治験担当医師の判断を疑うべき
であったと主張するものではなく,少なくとも重篤な有害事象に関する
因果関係については慎重に判断されるべきであると主張するものである
から,原被告の主張は,副作用だけでなく有害事象についても,治験担
当医師の判断のみならず,他の安全性情報を総合して検討した上で因果
関係が慎重に検討されることがあるという限度では共通するものである
といえる。しかし,前提となる有害事象の捉え方の見解が異なることに
より,副作用に関する評価(特に副作用の発症頻度)を異にするもので
ある。
(イ)まず,原告らの主張の前提についてみる。
a治験における有害事象は,医薬品が投与された患者又は被験者に生
じたあらゆる好ましくない医療上のできごとをいい,必ずしも被験薬
との因果関係が明らかなもののみを示すものではない。治験における
副作用とは,病気の予防,診断もしくは治療又は生理機能を変える目
的で投与された医薬品に対する反応のうち有害で意図しないものをい
い,医薬品に対する反応とは有害事象のうち被験薬との因果関係が否
定できないものをいう。
有害事象は因果関係の有無にかかわらず安全性評価の際の資料とな
り(統計的原則6.3参照),因果関係を問題として有害事象を分類
する場合でも,因果関係が否定できないものか否かを検討し,因果関
係が否定できない限り,因果関係があるものと同様に扱われることと
されている。(平成7年3月20日薬審第227号厚生省薬務局審査
課長通知「治験中に得られる安全性情報の取り扱いについて」,乙D
13,乙H17,丙D3)
このように,有害事象と副作用という概念は,治験担当医師による
判断の困難性を考慮した上でそれぞれを適切に評価するように構築さ
れたものであると認められる。
b臨床試験(治験)については,治験担当医師が因果関係の有無を判
断し意見を提出することとされているとともに,モニタリングにより
治験がGCP省令や試験実施計画書に従って行われているかなどが直
接記録を閲覧することにより確認され(GCP省令21,22条),
監査担当者による監査が実施され(GCP省令23条),一定期間記
録の保存が義務づけられている(GCP省令26,34,41条)な
どの方策により,治験の品質が保証される制度設計がされている。
このような制度に照らすと,治験担当医師の判断は,一定の限度で
尊重されるが,個別の有害事象と被験薬との因果関係は,重篤な有害
事象に関する個別的な検討や,その他の治験や副作用報告など情報と
の全体的な整合性の中での検討において,必要に応じて再検討される
ことが制度上予定されていると解するのが相当である。
c以上のとおりであるから,原告らの主張が治験担当医師による判断
の限界等を根拠に一般論として有害事象を副作用として取り扱うべき
であるとの主張を含むものであるとすれば,原告らの主張は,現在の
医薬品の安全性評価の制度を覆すものであって,当然には採用するこ
とができない。
(ウ)次に,治験における有害事象死亡例についてみると,なるほど,健常
者において稀有な有害事象が続いて発現した場合には,治験薬との関連
性を疑うことが相当であるというべきである。
しかし,肺がん患者,特に非小細胞肺がんの患者には,がんの症状と
して,呼吸困難,呼吸不全,低酸素血症などの呼吸器症状や,肺塞栓
症,閉塞性肺炎,がん性リンパ管症など,様々な肺の症状が現れ,末期
では重篤な呼吸困難から死に至ることが少なくないだけでなく,合併症
や基礎疾患がある場合や,併用薬の影響などを含めると,同時期に複数
の有害事象が生じたとしても,直ちに治験薬と関連付けることはできな
い。
したがって,前記甲E25の記載を採用することはできず,原告らが
副作用に分類すべきであるとする有害事象死亡例は,いずれも同時又は
時間的に連続している有害事象を一連の有害事象として捉えて評価する
ものであるから,個別の有害事象との因果関係の有無を判断することな
く,これらを副作用症例に分類すべきであったとは認められない。
(エ)以上のとおりであるから,治験における有害事象死亡例については,
各種画像所見や臨床検査結果などを踏まえて,複数の有害事象に関して
いずれが治験薬に起因するものかを慎重に判断することが必要不可欠で
あり,有害事象と治験薬との因果関係の有無は,個別の有害事象ごとに
判断されるべきものであるというべきである。
ウIDEAL1試験において肺炎による急性呼吸不全が死因とされた症例に
ついて
原告らは,治験(IDEAL1試験(甲B16[枝番号2]〔C30∼
33〕,甲E25,76〔16−①症例〕))において急性肺障害ないし
間質性肺炎による副作用死亡例が存在していたと主張し,証人濱(第2
回)はこれに沿う証言をする。そこで,上記症例が間質性肺炎による副作
用死亡例として扱うべきであったかを検討する。
(ア)後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は,次のとおりであ
る。
a16−①症例では,肺炎による急性呼吸不全が死因とされ,治験担
当医師は急性呼吸不全とイレッサとの因果関係を判断しなかったた
め,因果関係ありと扱われた。上記肺炎はCOSTART用語による
ものであった。
被告会社の被告国に対する副作用報告では,初回報告では,「原因
不明の死亡(死亡に至る事象)」,「呼吸困難(死亡のおそれ,入院
に至る事象)」と報告され,治験担当医師の意見未入手とされていた
が,追加報告では,「急性呼吸不全(死亡,死亡のおそれ,入院,そ
の他医学的に重要な事象)」に変更され,治験担当医師の意見は,
「鑑別診断には及んでいないが,ZD1839(イレッサ)との関連
性があると考えている」とされた。
【甲B16[枝番号2]〔C30∼33〕,丙B3[枝番号10の
1・2],丙C1〔478頁表ト−84〕】
b16−①症例では,イレッサ投与開始から59日目にグレード4の
肺炎が発症し,60日目に死亡した。
59日目及び60日目には,ピペラシリンとタゾバクタムの併用,
アミカシン,クラリスロマイシン,ヘパリンナトリウム,ドーパミ
ン,レギュラーインスリン,メチルプレドニゾロン(投与量不明)等
が各投与された。メチルプレドニゾロンは,「薬剤反応の疑い」によ
り投与されたが,その他の薬剤は「肺炎の疑い」により投与された。
なお,メチルプレドニゾロンは,間質性肺炎に対する治療薬である
ステロイド薬の1種であるが,末期がんにおける全身倦怠感などに対
する緩和療法として投与されることがある(がんによる死亡患者の9
8%にステロイド薬が投与され,そのうち78%が末期がんによる全
身倦怠感などの緩和目的で投与されている。)。その他の薬剤は院内
肺炎(入院後48時間以降に新たに出現した肺炎)に対する治療薬
(抗生物質・抗菌薬)である。なお,院内肺炎とは,基礎疾患があ
り,免疫能や全身状態が良くない易感染状態の患者などに対して,病
原微生物の侵入による発症するものである。
【甲B16[枝番号2]〔C30∼33〕,丙H47】
cCOSTART用語では肺炎のみならず肺臓炎(間質性肺炎)など
も「肺炎」とされる。
【甲E25〔56頁〕,乙B12[枝番号4]】
(イ)上記認定事実によれば,当該治験担当医師は,「肺炎」による急性
呼吸不全と判断しているところ,「肺炎」は,COSTART用語上
では間質性肺炎を含む概念であるが,「肺炎の疑い」により投与され
たピペラシリンとタゾバクタムの併用などが細菌性の肺胞性肺炎に対
する治療薬であり,メチルプレドニゾロンは「薬剤反応の疑い」によ
り投与されており,間質性肺炎の診断がされていたものではなく,当
該治験担当医師が細菌性の肺胞性肺炎を疑っていたことは否定できな
い。
以上によれば,16−①症例を急性肺傷害ないし間質性肺炎に関する
副作用症例として扱うべきであったとはいえない。(なお,被告らは,
緩和療法によるメチルプレドニゾロンの投与の可能性があると主張する
が,16−①症例ではメチルプレドニゾロンは「薬物反応の疑い」によ
り投与されている以上,末期がんによる全身倦怠感等に対する緩和療法
としての投与の可能性を考えるのは相当ではない。)
エIDEAL2試験において直接又は間接的な死因となる重篤な有害事象が
認められた症例について
原告らは,治験(IDEAL2試験)において直接又は間接的な死因と
なる重篤な有害事象が認められた死亡例4例(甲E76〔39−⑫,⑭,
⑯,⑰症例〕,丙B20)がいずれも副作用死亡例であったと主張し,証
人濱はこれに沿う証言をする。
(ア)39−⑫症例(患者2028/0105)(甲E76〔39−⑫症
例〕,甲B17[枝番号2]〔C381,382〕)
39−⑫症例では,直接又は間接的な死因となる重篤な有害事象とし
て呼吸困難が発症しているため,呼吸困難と死亡との間の因果関係は否
定できないものというべきである。そこで,イレッサと呼吸困難の発症
との因果関係の有無を検討する。
39−⑫症例では,イレッサの投与日数が45日であるところ,投与
開始から39日目に発症したグレード3の肺炎が,46日目にグレード
4の呼吸窮迫症候群が発症し,50日目に呼吸窮迫症候群は回復とされ
たが,グレード3の肺炎は死亡まで継続した。呼吸窮迫症候群が直接又
は間接的な死因となる重篤な有害事象として扱われた。以上は,呼吸窮
迫症候群の発症により,イレッサの投与が中止されたことをうかがわせ
る。
治験担当医の判断は,イレッサ投与中止の理由は病勢進行であり,呼
吸窮迫症候群とイレッサとの関連性はないというものであった。開示カ
ードには,その性質上,診断の根拠となった各種画像や各種臨床データ
のすべてが記載されていない(乙E26〔3,4頁〕)。
このように臨床経過が不明な症例については,GCP省令による信頼
性が担保された治験制度の下では,病勢進行を示す記載がないことは,
担当医の意見を覆すに足りない。
以上によれば,39−⑫症例では,イレッサと呼吸窮迫症候群の発症
との因果関係は否定されると認めるのが相当である。
(イ)39−⑭症例(患者2090/0221)(甲E76〔39−⑭症
例〕,甲B17[枝番号2]〔C409,410〕)
39−⑭症例では,直接又は間接的な死因となる重篤な有害事象とし
て呼吸困難が発症しているため,呼吸困難と死亡との間の因果関係は否
定できないものというべきである。そこで,イレッサと呼吸困難の発症
との因果関係の有無を検討する。
39−⑭症例では,過去に化学療法及び放射線治療を各2回実施して
おり,既往歴に呼吸困難がある。イレッサの投与開始から3日後に呼吸
困難が発症し,治験担当医師は,病勢進行死とした。開示カードには,
その性質上,診断の根拠となった各種画像や各種臨床データのすべてが
記載されていない(乙E26〔3,4頁〕)。
GCP省令による信頼性が担保された治験制度の下では,臨床経過の
詳細が不明であり,他に証拠がない以上,担当医の病勢進行死との意見
を覆す判断をすることはできない。
加えて,傷害された肺胞細胞に対するイレッサの影響に関する評価が
分かれている状況の下では,上記臨床経過から直ちにイレッサと呼吸困
難の発症との因果関係を判断することは容易ではなく,細胞周期や効果
発生までの期間を考慮すると,病勢進行と考えることにも一応の合理性
があるといえる。
したがって,39−⑭症例では,イレッサと呼吸困難の発症との因果
関係は否定されるといわざるを得ない。
(ウ)39−⑯症例(患者2011/0232)(甲E76〔39−⑯症
例〕,甲B17[枝番号2]〔C598,599〕)
39−⑯症例では,直接又は間接的な死因となる重篤な有害事象とし
て肺炎が発症しているため,肺炎と死亡との間の因果関係は否定できな
いものというべきである。そこで,イレッサと肺炎の発症との因果関係
の有無を検討する。
39−⑯症例は,イレッサの投与日数が6日であるところ,投与開始
から5日目にグレード4の肺炎が,7日目にグレード2の呼吸困難がそ
れぞれ発症し,7日目に死亡した。グレード4の肺炎は直接又は間接的
な死因となる重篤な有害事象として扱われた。以上は,肺炎及びこれに
伴う呼吸困難の発症によりイレッサ投与が中止されたことをうかがわせ
る。
他方,治験担当医師の判断は,イレッサ投与中止の理由とされた肺炎
は肺がんによる肺炎であり,病勢進行死として,肺炎とイレッサとの関
連性はないというものであった。開示カードには,その性質上,診断の
根拠となった各種画像や各種臨床データのすべてが記載されていない
(乙E26〔3,4頁〕)。GCP省令による信頼性が担保された治
験制度の下では,臨床経過の詳細が不明であり,他に証拠がない以上,
担当医の病勢進行死との意見を覆す判断をすることはできない。むし
ろ,39−⑯症例では,肺炎と同じく投与開始から5日目にイレッサと
の因果関係が否定できる発熱や無力症なども発症しており,がんの進行
がうかがわれる。
したがって,39−⑯症例では,イレッサと肺炎の発症との因果関係
は否定されるといわざるを得ない。
(エ)39−⑰症例(患者2012/0294)(甲E76〔39−⑰症
例〕,甲B17[枝番号2]〔C600∼604〕)
39−⑰症例では,直接又は間接的な死因となる重篤な有害事象とし
て呼吸困難が発症しているため,呼吸困難と死亡との間の因果関係は否
定できないものというべきである。そこで,イレッサと呼吸困難の発症
との因果関係の有無を検討する。
39−⑰症例では,フォースライン治療のPS2の患者であり,イレ
ッサの投与日数が29日である。投与開始から12日目に心のう液貯
留,胸水貯留及びグレード4の呼吸困難が発症したが,21日目までの
酸素吸入やメチルプレドニゾロンの投与,19日目のタルクの投与によ
り,26日目にはいずれも回復したとされた(ただし,上記呼吸困難は
イレッサ中止の理由とはされていない。)。その後,投与開始から33
日目にグレード4の呼吸困難が再び発症したとされているが,投与開始
から29日目にイレッサの投与が中止されたとされており,中止理由は
呼吸困難とされていることから,グレード4の呼吸困難は,投与開始か
ら12日目に発症した呼吸困難が改善しておらず継続していたか,又は
投与開始から29日目に再び発症したものであった疑いがある。投与開
始から29日目にイレッサ投与が中止され,その4日後に死に至ってい
る。
他方,治験担当医師の判断は,死因は肺塞栓症から呼吸窮迫となり心
停止に至った,つまり病勢進行である。肺塞栓症の発症時期は不明であ
り,呼吸困難の発症時期に疑義があるものの,肺塞栓症から呼吸窮迫に
なり心停止となったという症状の悪化と矛盾するとまではいえず,また
当初発症した呼吸困難が投与開始後29日目まで継続していたことを示
す証拠はなく(酸素吸入やメチルプレドニゾロンの投与が投与開始後2
1日目までしか行われていないことに鑑みれば,むしろ投与開始後29
日目まで呼吸困難が継続していたとは考えがたい。),その他に治験担
当医師の判断を覆す合理的な理由はない。
以上によれば,再度発症した呼吸困難は病勢進行によるものであっ
て,イレッサと再度発症した呼吸困難との因果関係は否定されると認め
るのが相当である。
オ治験における病勢進行死とされた症例について
(ア)原告らの主張の要旨
原告らは,治験においては,各治験ごとにその評価に必要な観察期間
中の生存が見込まれる患者が選定されているにもかかわらず,イレッサ
の使用中又は中止後30日以内の死亡例が約20%発生しており,イレ
ッサによる副作用死亡例とすべきものがないかを慎重に検討することを
要し,治験における病勢進行死の症例の多くは,イレッサの関連した急
性肺障害が死因の中心的病態であり,イレッサによる副作用に分類すべ
き症例であったと主張し,がんの進行を示す客観的証拠がないことなど
を根拠として,病勢進行により中止・死亡した症例の中には病勢進行に
よる中止・死亡例ではないものが含まれる旨の濱六郎の陳述記載がある
(甲E25,76)。
(イ)治験担当医師の奏功率の測定や評価について
治験における奏功率の評価は,治験担当医師が主観的に行うものでは
なく,胸部X線や胸部CT画像を用いて腫瘍の大きさを測定し,REC
ISTガイドラインにおける効果判定基準などに従って客観的に評価さ
れたものであるから,GCP省令による信頼性が担保された治験制度の
下では,合理的な疑いのない限り,治験担当医師による奏功率の測定や
評価に誤りがあったと認めることはできない。
証人濱(第2回)は臨床経過からはがんの進行を示す所見に関する客
観的証拠がないことを指摘するが,上記指摘は臨床経過がまとめられた
ケースカードのみからの指摘にとどまり,ケースカードにはすべての所
見が記載されるとは限らず(例えば急性呼吸窮迫症候群の診断基準は,
先行する起訴疾患をもち,急性に発症した低酸素血症で,胸部X線写真
上では両側性の肺浸潤影を認め,かつ心原性の肺水腫が否定できるもの
で,P-Fratioが200以下の場合であるところ,急性呼吸窮迫症候群
においても診断の根拠となった各種画像や各種臨床データは示されてい
ない。),また証人濱(第2回)は胸部X線や胸部CT画像を再評価し
たものではないのであるから,治験担当医師の判断に合理的な疑いを容
れるものとは認められない。
また,全身状態の評価指標である「PS」と腫瘍の客観的な縮小効果
等から判断する「病勢進行(PD)」とは必ずしも関連しているとはい
えず,PSのグレードが低く全身状態が良好な患者について,その後の
病勢進行による中止例が生じたとしても,異常な事態とまではいえな
い。腫瘍の客観的な縮小効果等から判断する「不変(SD・NC)」
は,がんの縮小又は増大の割合が一定の範囲内にある場合を示すものに
すぎず,「不変」と評価されたものであっても,がんが一定程度まで増
大している場合があり,器官や組織を圧迫・侵襲することにより呼吸困
難等の有害事象が生じることがありうる。
したがって,治験における病勢進行死とされた症例の中に副作用死亡
に分類すべきものが含まれるとする証人濱の証言(第2回)は治験担当
医師の測定や評価を覆すに足りるものではなく,原告らの主張には理由
がない。
病勢進行死の症例に関して因果関係を逐一再検討することが望ましい
ことであるとしても,治験及び治験以外の臨床試験では,治療中止から
30日以内の死亡については,有害事象との因果関係を問わず死亡例と
して集積され,その傾向が評価され,30日以内の死亡傾向が特異的
(類似薬と比べて死亡例が多数など)である場合には,当該病勢進行死
症例は治験薬との因果関係が否定できない死亡例の可能性があるとして
再検討の対象となり(丙E68),イレッサの治験において従来の抗が
ん剤と比較して特異的な傾向があったことを認めるに足りる証拠はない
から,病勢進行死に関する再評価が不十分であったとまではいえない。
(ウ)早期の投与中止例や病勢進行死例について
臨床試験の適格条件では一定の生存期間の見込みが定められており,
イレッサ投与後に短期間でがんが進行して死亡することは考えがたいよ
うに思われる。
しかし,実際には臨床試験早期に病勢進行により死亡することはあり
うることであり(ISEL試験の結果によれば,イレッサ群とプラセボ
群の両群で多数の死亡例が見られた(丙E30)。),肺がんは転移を
生じやすいがんであり,転移先によって急激に状態が悪化することがあ
り,どこに転移するか予測できないために試験開始時の余命の判断には
限界がある(乙E26)。
したがって,早期の投与中止例や病勢進行例が全体の10∼20%あ
ったとしても,特異的な傾向があったとまではいえず,病勢進行死例や
投与中止例を逐一再検討すべきであったとまではいえない。
カ間質性肺炎等以外の副作用等の治験結果に関する評価
(ア)治験の結果(別紙28(治験における安全性情報一覧表))によれ
ば,イレッサの副作用のうち,最も多くみられるものは発疹(皮疹,湿
疹)であり,比較的発症頻度が高いものは肝機能障害,下痢,嘔吐など
であった。
発疹は,イレッサと関連性を否定できない副作用であり,グレード3
以上のものは見当たらず,嘔気(悪心)や嘔吐は,グレード3以上の重
篤な有害事象として生じる頻度が数%であり,そのうちイレッサとの関
連性を否定できないものは4例であって,いずれも死に至ったものでは
ない。これは,嘔気や嘔吐に関して,シスプラチンをはじめドセタキセ
ルやパクリタキセルなどの発症頻度と比較しても(前記第5章第3の2
(2)イ(イ)),発症頻度が低く,症状の程度も軽度であるといえる。下痢
は,グレード3以上の重篤な有害事象とされているもののうち,イレッ
サとの関連性を否定できないものが10例程度あるが,死亡例はなく,
イリノテカンと比較すれば(前記第5章第3の2(1)イ(イ)b及び同(2)
イ(イ)),致命的となるおそれが低く,発症頻度も低いといえる。
嘔吐などの消化器症状は,患者にとって苦痛が大きく,QOLを害す
る副作用であるといえ,嘔吐などにより食事が摂れなくなると,栄養状
態や活動性が低下し,全身状態が悪化していくことになり,全身状態が
悪化すると,免疫力や抵抗力が低下して感染症などの合併症を発症した
り,化学療法による治療効果が得られにくくなったりするものである
が,イレッサによる副作用である消化器症状が従来の抗がん剤に比べて
軽い点は,イレッサが従来の抗がん剤と比較して,QOLにおいても利
点があるといえるものである。
(イ)従来の殺細胞性抗がん剤では,いずれにおいても,白血球減少,好中
球減少,血小板減少及び赤血球減少の血液毒性による副作用が過半数を
越えて発生し(前記第5章第3の2(2)イ(ア)),白血球減少では,感染
症を合併する危険性が高まり,また感染した場合には重症になりやす
く,G−CSFにより対処可能となったとはいえ,依然として死に至る
危険性がなくなるものではなく,少なくとも白血球減少が発症した場合
には,抗がん剤の投与を中止することになるため,化学療法の中断によ
りがんの進行を招くおそれがある。
他方,治験の結果(別紙28(治験における安全性情報一覧表))に
よれば,イレッサには血液毒性による副作用はほとんどみられなかっ
た。
(5)承認時までの副作用報告の評価
ア各副作用報告の位置付け
(ア)EAPの副作用報告について
EAP(ExpandedAccessProgram:拡大アクセスプログラム)は,
米国において,重篤又は致死性疾患の患者で,臨床試験に不適格かつ他
に治療の選択肢を有しない者に対して,未承認薬の使用を認める制度で
あり,米国食品医薬品局(FDA)と医療機関内の倫理審査委員会(I
RB)による承認と安全性の監視の下で実施される(甲J7)。イレッ
サにおけるEAPは,英国A社が,イレッサの治験に参加できない患者
を対象にイレッサ単剤の安全性評価を目的として実施したものである
(乙B13[枝番号3の1]など参照)。
薬事法施行規則66条の7(治験薬副作用報告制度,前記第3章第8
の1参照)によれば,EAPにおける副作用報告を含め,同条所定の要
件に該当する副作用情報は,厚生労働大臣に報告しなければならず,ま
た,すべての重篤で予測できない副作用など一定の場合が緊急報告の対
象とされている(前記第5章第3の4(4)ア(ウ)参照)。臨床試験におけ
る副作用だけでなくEAPなどの副作用情報を踏まえて,安全性情報と
いう危機管理的な側面のほかに,治験実施機関,治験依頼者及び審査当
局の各段階において,より広い情報源に基づいて治験薬の安全性評価が
行われる。【乙F2,証人S主尋問〔26頁〕,証人光冨反対尋問〔2
6頁〕,証人工藤主尋問〔53,54頁〕,証人工藤反対尋問〔80
頁〕】
EAPでは,厳格な適格条件を定めた臨床試験と異なり,全身状態の
悪化した患者や病期の進行した患者らに対しても当該医薬品が広く使用
されるため,臨床試験で見られなかった副作用が発症する危険性があ
る。実地臨床に近い条件で使用されているという点では,EAPにおけ
る副作用報告は安全性評価をする上では重要な資料となるものである。
もっとも,EAPにおける副作用報告は,個々の症例であるから,直
ちに一般化して論じることができないことはいうまでもなく,他の情報
と総合して慎重に検討される必要があるというべきである。
(イ)治験,参考試験及びEAPの副作用報告
治験については,前記第5章第2の2(1)カ及び同第3の4(4)ア(カ)
のとおり,治験依頼者による試験実施計画書の提出,実施医療機関等の
選定,効果安全性評価委員会の設置,副作用情報等の提供,モニタリン
グ,監査の実施,総括報告書の作成等に関して基準が設けられ,GCP
省令違反者に対しては事実上の制裁が存在するなど,信頼性を確保する
ための措置が置かれている。
EAPの副作用報告は,全身状態の悪化した患者など,より広く多様
な背景を有する患者に対して行われた治療における副作用報告であり,
EAPにおいては,治験で採られている上記のような信頼性確保措置が
採られていない。
以上のとおり各試験等に関する信頼性確保のための制度的な担保の差
を鑑みると,一般的に,治験に関する副作用報告は,EAPにおける副
作用報告よりも信頼性が高く,そのため証拠価値も高いといえる。それ
ぞれの副作用報告の内容が相違する場合には,上記のとおり,それぞれ
の証拠価値を踏まえて検討する必要がある。
もっとも,EAPにおける副作用報告であっても,治験成績や治験に
おける副作用報告の内容と整合しないということのみにより,医薬品の
安全性評価を行う上で,考慮しなくてよいことを意味するものではな
い。医薬品の安全性評価においては,治験や参考試験のみにより,当該
医薬品の副作用のすべてが解明されるものではなく,むしろ解明される
範囲には限りがあるから,EAPにおける副作用報告が,治験成績等か
ら判明する副作用の全体像(種類,発症頻度や重篤性等)とは異なる副
作用の特徴を示す場合には,EAPにおける副作用報告を含めて,総合
的に検討すべきである。
イ国内臨床試験の副作用症例について
(ア)概観
国内臨床試験において,間質性肺炎に関する副作用報告があったのは
合計3例(1839IL/0016試験(第Ⅱ相試験・IDEAL1試験(日本人
症例合計102例)。治験)の症例2例,1839IL/0026試験(第Ⅰ相試
験・V1511試験に登録された患者に対する継続投与試験(日本人症
例合計31例)。参考試験)の症例1例。)であり(国内3症例),う
ち1例目(国内臨床試験1例目,乙B12[枝番号3])及び2例目
(国内臨床試験2例目,乙B12[枝番号4])は1839IL/0016試験
(IDEAL1試験)の症例であり,3例目(国内臨床試験3例目,乙
B12[枝番号5])は1839IL/0026試験の症例であった。
国内3症例に関する副作用報告には,症例経過等として別紙29(承
認時までの副作用報告症例経過表(国内3症例))の国内臨床試験1∼
3例目の各欄のとおりの記載があった。
(イ)国内臨床試験1例目について
a専門家の意見
(a)治験担当医師の意見
臨床経過と気管支肺胞洗浄の結果により,薬剤性の急性間質性肺
炎が疑われる。DLST検査による確定診断は得られなかったが,
薬剤投与時期と有害事象発生との関係により,治験薬が原因薬剤で
ある可能性が高い。
呼吸困難については,臨床的に改善を認めたものの,薬剤性とし
て矛盾のない間質性肺炎が組織学的には死亡時も残存していたと考
えられる。胃腸出血及び低血圧については,治験薬との因果関係は
ない。
直接死因はがん性心のう炎であり,治験薬との因果関係はないも
のと考えられる。
【乙B12[枝番号3],丙B1[枝番号1の1,1の2]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
であるとする見解の要旨
濱六郎は,間質性肺炎は,①グレード4に相当し,血液ガス分析
の経過から悪化傾向が見られ,人工呼吸がずっと続いているから,
間質性肺炎が死亡につながったものであり,少なくとも死亡に対す
るイレッサの関与は完全に否定できない,②途中で30分間だけ,
人工呼吸器がはずされたが,これは回復したからではない,開示カ
ードでも継続の扱いとなっている(甲B16[枝番号2]〔C31
8〕),人工呼吸器を死亡まで継続したことと間質性肺炎が改善し
たことは矛盾する,③直後の死因とされたがん性心のう炎による心
のう液貯留はイレッサによる影響を否定できない,実際にEGFR
阻害剤による胸膜炎症例が報告されている(甲E94[枝番号35
の1,35の2])とする。
【甲E76〔3∼10,54,55頁〕,甲E93〔57∼64
頁〕,証人濱[第1回]主尋問〔47∼50頁〕,証人濱[第2
回]主尋問〔3∼7頁〕】
福島雅典は,①ステロイドパルス療法を3日間行ったが十分な反
応がないため,人工呼吸器につながれており,瀕死の状態である,
②直接の死因はがん性心のう炎となっているが,ステロイド薬を大
量に投与すれば免疫機能が極度に抑圧されるのは常識であるから,
上記治療の間に免疫機能が低下しがんの進行が速くなることも想定
されるが,それはイレッサにより間質性肺炎を発症したために順次
経時的に起こっているので,因果関係を否定することはできないと
する。
【甲E41〔5∼9頁〕,甲E42〔17∼21,71∼75
頁〕】
別府宏圀は,国内臨床試験1例目は,イレッサにより相当重症の
間質性肺炎が発症し,気管切開をしても死の危険が迫っており,回
復したとしても,まもなく死亡しており,間質性肺炎が患者の死亡
に影響を与えていたと思うとする。
【甲E40〔61,62,67∼69,84,85頁〕】
(c)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,①死因はがん性心のう炎と考えるのが合理的であ
る,ステロイドパルス療法後に,間質性肺炎の症状や検査結果(ガ
ス分析結果等)が改善しており,間質性肺炎と死亡との関係は否定
できる,②剖検結果では間質性肺炎の病理組織パターンの1つであ
るびまん性肺胞障害(DAD)の特徴である硝子膜がみられるが,
時期的に原因がイレッサではなく,がんの末期症状の可能性があ
る,③本症例での間質性肺炎がびまん性肺胞障害(DAD)だった
可能性があるが,びまん性肺胞障害(DAD)であれば,ステロイ
ド薬に反応するのは不思議な感じがする,そうだとすると,イレッ
サによるびまん性肺胞障害(DAD)にはステロイドパルス療法に
反応する可能性があることがうかがわれることになる。イレッサの
間質性肺炎としては,びまん性肺胞障害(DAD)ではなく,別の
パターンのステロイドに反応するものが発症し,びまん性肺胞障害
(DAD)はがん末期の敗血症などが引き起こした間質性肺炎の可
能性もある,④ステロイドパルス療法後に,挿管や人工呼吸管理を
行うのは,最終的にステロイドパルス療法が反応するか否かにかか
わらず,この時点十分でないと判断されて行われたものであり,い
ずれにしても重篤例であったことに変わりないとする。
【乙E17〔17,18頁〕,乙E23〔25∼28,41,42
頁〕,乙E24〔124,125頁〕,丙E68〔9∼12
頁〕,証人工藤主尋問〔42∼49頁,90∼93頁〕,証人工
藤反対尋問〔73∼78頁〕】
福岡正博は,国内臨床試験1例目では,平成12年12月28日
に間質性肺炎が画像上改善した一方で,がん性リンパ管症という末
期がんの病理所見が見られることから,間質性肺炎は改善して,が
んの悪化によって死亡したものと考えるのが普通の考え方である。
平成13年1月11日には,検査のために,人工呼吸器を30分間
はずすことができた。剖検により,組織学的な間質性肺炎像が肉眼
では明らかではなかったが,顕微鏡で見られたということは,間質
性肺炎が残っているとはいえても,間質性肺炎によって死亡したと
いうことをいうものではない旨証言する。
【証人福岡主尋問〔56,57,66∼71,99頁〕】
坪井正博は,患者は,多発骨転移,胸水やリンパ管への転移など
がひどく,イレッサを投与した時点ではかなりがんが全身化してお
り,容易に病状が悪化し,呼吸不全が起きる状態であった,ステロ
イド薬投与後,間質影が改善しており,剖検でがん性リンパ管症が
明らかとなっているから,がん性リンパ管症による呼吸不全が死亡
原因になったと考えられる。転帰が未回復とされ,剖検で間質性肺
炎が組織学的に残存しているとあるが,影が消失している過程で死
亡しており,剖検で間質性肺炎とされているものが薬剤性のものか
不明であり,がん性リンパ管症による間質へのダメージもあり得る
ので,間質性肺炎による死亡と判断する根拠はない。ただし,イレ
ッサが投与されていたので,イレッサと間質性肺炎との関係を完全
に否定することできないなど述べる。
【丙E48[枝番号1]〔61∼64頁〕,丙E49[枝番号1]
〔12∼16,127,128頁〕】
b判断
(a)イレッサと間質性肺炎発症との因果関係について
イレッサ投与開始から16日後に,胸部CT画像で下肺葉に間質
影が確認されて,間質性肺炎を発症していると認められ,イレッサ
と間質性肺炎の発症との因果関係は否定できないといえ,治験担当
医師をはじめとして各専門家の意見もこの限度では一致する。
(b)間質性肺炎と死亡との因果関係について
治験担当医師は,直接の死因ががん性心のう炎によるものである
とするが,他方で,当該間質性肺炎は,グレード4で生命を脅かす
有害事象であり,ステロイドパルス療法が行われたことから,重篤
な間質性肺炎であったことが推認される上,開示カードでは患者は
呼吸困難発症から死亡まで人工呼吸器を継続して使用していたとさ
れ(甲B16[枝番号2]〔C318〕),剖検によれば間質性肺
炎が残存していたことから,転帰が未回復とされている。
しかし,臨床経過からみると,間質性肺炎発症後1週間程度で胸
部X線画像上改善が認められ,間質性肺炎発症後3週間程度で胸部
CT画像上も改善が認められており,当該胸部CT検査(平成13
年1月11日)の際には30分間の人工呼吸器離脱が可能であり,
剖検では間質性肺炎の所見を肉眼で認められず,顕微鏡で間質性肺
炎の残存が確認されたにすぎず,その他にがん性心のう炎やがん性
リンパ管症が認められ,DIC(播種性血管内凝固症候群)との合
併症の疑いもあった。
また,酸素化能力は肺胞気・動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)の推
移から判断されるところ,患者の酸素化能力は,平成12年12月
24日から平成13年1月4日まではほぼ横ばいで(同日に気管切
開実施),同月9日ころから改善傾向が見られ,同月12日までに
は急速に改善した(A-aDO2について,平成12年12月24日が
429.825,同月28日が431.8,平成13年1月4日が
433.55,同月9日が412.625,同月12日が61.3
5であった。)。それに加え,仮に酸素化能力が改善されていなか
ったとすると,30分間であっても人工呼吸器を離脱することは通
常考えられないが,他方で酸素化能力が一定程度改善されていたと
しても,念のため人工呼吸器を継続することは十分考えられる措置
である。
そうすると,30分間人工呼吸器を離脱した事実があり,実際に
動脈血酸素分圧較差の推移から酸素化能力の改善傾向がみられてい
るだけでなく,画像所見などで間質性肺炎が改善されていたと見る
余地があり,剖検では顕微鏡を用いなければ確認できないような間
質影が残存していたにすぎなかったというのであるから,平成13
年1月11日の時点では間質性肺炎が改善されていたとみることは
合理的であるといえる(濱六郎は,検査のために人工呼吸器を外さ
ざるを得なかったにすぎず,30分間の人工呼吸器の離脱が酸素化
能力の改善を意味するものではないとするが,人工呼吸器をはずさ
ないと検査を行うことができないというものではなく(甲E93
〔59頁〕),またアンビューバッグを用いた人工呼吸が行われた
ことを裏付ける証拠もないのであるから,濱六郎の前記意見は,上
記認定を覆すものではない。)。また,がん性心のう炎などがんの
病勢進行に関する所見があり,剖検により死因ががん性心のう炎と
考えられたというのであるから,イレッサと死亡との因果関係が否
定されるとした治験担当医師の意見には合理性があるといえる(濱
六郎は,胸水や心のう液貯留の原因が,がんの病勢進行だけでな
く,EGFR阻害剤の影響によることがありうるとする(甲E93
〔63,64頁〕)が,剖検の結果(別紙29(承認時までの副作
用報告症例経過表(国内3症例))の「国内臨床試験1例目」の
「剖検」欄)と整合せず,抽象的な可能性を示すものでしかな
い。)。
したがって,国内臨床試験1例目は,イレッサと死亡との因果関
係が否定されるものと評価すべきである。
なお,濱六郎は,血液ガス検査結果の動脈内酸素分圧(PaO2)の
みから酸素化能力を判断し,平成12年12月24日から同月28
日までは改善傾向にあるが,平成13年1月4日には再度悪化傾向
にあるとする。しかし,動脈内酸素分圧(PaO2)は動脈内二酸化炭
素分圧(PaCO2)が上昇すると酸素化能力の改善の有無と関係なく
一定比の下で下降する(丙E68〔11頁〕)ため,酸素化能力は
肺胞気・動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)の推移から判断されるべき
であるから,平成13年1月4日に酸素化能力が悪化傾向にあった
とする濱の意見は上記判断を覆すに足りない。
(c)イレッサとの因果関係が否定できない間質性肺炎の特徴について
剖検結果から硝子膜形成の所見が認められたことなどから,発症
した間質性肺炎がびまん性肺胞障害(DAD)型のものであったこ
とがうかがわれる。
しかし,硝子膜形成の所見は,びまん性肺胞障害(DAD)型の
間質性肺炎の初期(発症後1週間以内)に現れる所見であって,間
質性肺炎肺炎が発症してから1か月以上も経過して残存することは
通常ありえない(丙E68)のであるから,平成12年12月22
日に発症した間質性肺炎による硝子膜形成の所見が発症後1か月以
上経過した死亡日(平成13年1月29日)まで残存していたとす
ること合理性を欠くといわざるを得ない。また,硝子膜形成の所見
は,間質性肺炎のみならずDIC(播種性血管内凝固症候群)によ
るびまん性肺胞障害(DAD)などでも認められ,国内臨床試験1
例目では死亡日1週間前にDIC(播種性血管内凝固症候群)の合
併が疑われていることから,硝子膜形成等の所見はDIC(播種性
血管内凝固症候群)の発症によるびまん性肺胞障害(DAD)の可
能性が相当程度あるというべきであり,治験担当医師も当該間質性
肺炎の原因がイレッサ以外にあることを否定していない。
仮に硝子膜形成の所見が,死亡日から1か月以上前に発症した間
質性肺炎によるものであったとしても,前記(b)の判断のとおり,
びまん性肺胞障害(DAD)型の間質性肺炎が改善傾向にあったと
いうことになる。
そうすると,国内臨床試験1例目における間質性肺炎がびまん性
肺胞障害(DAD)型の特徴を有するものと把握することは困難で
あり,またイレッサによるびまん性肺胞障害(DAD)型の間質性
肺炎の予後が不良であると予測することが困難であったというべき
である。
なお,濱六郎は,開示カードにはDIC(播種性血管内凝固症候
群)に関する有害事象が挙がっておらず,副作用報告書でも血液検
査上DIC(播種性血管内凝固症候群)合併の疑いありとされてい
るのみであり,DIC(播種性血管内凝固症候群)の客観的根拠が
不明であるなどとする(甲E76〔9頁〕)。しかし,開示カード
や副作用報告書には,その性質上,診断の根拠となった各種画像や
各種臨床データのすべてが記載されるものではない(乙E26
〔3,4頁〕)から,記載がないことをもって客観的な根拠に欠け
るとまではいえず,上記判断を覆すには足りない。
(ウ)国内臨床試験2例目について
a専門家の意見
(a)治験担当医師の意見
治験薬の休薬直後に確認できた間質性肺炎であるが,治験薬との
関連はあると思われる。低酸素血症については,治験薬との関連性
が多分ある。疲労については,病勢進行(がん性髄膜炎)によるも
のであり,治験薬との因果関係はないと考えられる。
【乙B12[枝番号4]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
であるとする見解の要旨
濱六郎は,①がん性髄膜炎を疑わせる所見が全くなく,副作用報
告書に記載されているのは,4月2日疲労が再び著明となりPS4
となったこと,4月5日に左がん性胸膜炎が悪化したことが記載さ
れているのみであり,治験担当医師の意見で,突然「病勢進行(が
ん性胸膜炎)」と記載されたものであるから,がん性髄膜炎が存在
していたことは疑わしい,②肺臓炎(間質性肺炎)は死亡原因とな
りうる病変であるのに対し,がん性胸膜炎は通常死因とはならず,
詳細は不明であり,仮にがん性胸膜炎が悪化して死亡したのであれ
ば,低酸素血症が回復したということと矛盾するものであり,死因
はがん性胸膜炎とはいえない,③間質性肺炎だけでなく,胸膜炎や
全身衰弱死もイレッサと関連性がある,実際にEGFR阻害剤によ
る胸膜炎症例が報告されており(甲E94[枝番号35の1,35
の2]),病勢進行によらずに胸水が貯留する可能性があるとする
【甲E76〔55,56頁〕,甲E93〔62∼66頁〕】
福島雅典は,①医師がステロイドパルス療法をしないと救命でき
ないと判断したので,国内臨床試験2例目の間質性肺炎も国内臨床
試験1例目と同様の重篤度であり,治療によって改善しているが,
結局はがんの悪化を伴って死亡に至っている,②イレッサによって
直接間質性肺炎で死んだか否かは記載のみから明らかでないが,国
内臨床試験1例目と同様に(ステロイド薬による免疫機能の低下に
より,がんが進行して死亡にいたるなど),何らかの経過が起こっ
て死に至ったのであるから,因果関係を否定することはできない,
③左がん性胸膜炎の悪化により死亡することは通常ない,右胸水と
肺がんの転移のみの記載しかなく,程度が特定されていないから,
直接これらを死因だということはできないなどとする。
【甲E41〔9,10頁〕,甲E42〔21∼28,71∼75頁〕】
(c)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,①イレッサとの因果関係が否定できない間質性肺炎
が発症したものである,②死因についての臨床医等の判断が記載さ
れていないが,死因は,がんの進行で起こったがん性胸膜炎やがん
性髄膜炎と推測される,がん細胞が胸膜に浸潤ないし転移して生じ
るがん性胸膜炎によって貯留した胸水が心臓や大血管を圧迫して循
環状態が悪くなったか,がん細胞が髄膜に浸潤ないし転移するがん
性髄膜炎によって髄液の圧力が上昇して,呼吸中枢など生命維持に
かかわる脳幹部を圧迫して死に至ったものと推測される,また死亡
日の1か月ほど前からがん性髄膜炎による食欲不振が生じており,
がん性髄膜炎による疲労や全身状態の悪化(PS4)などがみられ
ていた,③間質性肺炎は,ステロイドパルス療法後に改善されたと
みてよく(酸素化能力も改善されたとみることができ),低酸素血
症改善中につき酸素の投与量を減らした,酸素なしでもトイレに行
けるようになったなどの記載とも整合する,間質性肺炎と死因との
因果関係はないとする。
【乙E17〔17,18頁〕,丙E68〔12,13頁〕,証人工
藤主尋問〔47∼49頁,93,94頁〕,証人工藤反対尋問
〔75∼77頁〕】
福岡正博は,国内臨床試験2例目につき,①症例票には,がん性
胸膜炎やがん性髄膜炎の悪化等が記載されているが,がん性髄膜炎
は起こすと非常に重篤であるから,死亡原因は病勢進行と判断する
のが妥当である,②仮に間質性肺炎が悪化して死亡したのであれ
ば,平成13年3月19日から同年4月2日の間に症状が出るのが
普通であるが,症例票には何も記載がなく,PS4と寝たきりにな
っているから,この全身状態の悪化はがん性胸膜炎又はがん性髄膜
炎によるものと考えられる旨証言する。【証人福岡主尋問〔68,69
頁〕】
坪井正博は,①進行したⅣ期の患者で,ステロイド投与後に間質
性肺炎が改善し,その後がん性胸膜炎が悪化していることから,病
状の悪化と理解してよく,治験担当医師の判断は妥当である,②イ
レッサと間質性肺炎との因果関係は,右肺下葉のみに間質性肺炎が
出ていることから,イレッサの間質性肺炎と少し違うという印象を
持つので,むしろ病勢進行というように受け取れるが,因果関係が
完全に否定できないから,治験のルールに従うと,因果関係が否定
できないと報告することになるとする。
【(丙E48[枝番号1]〔63,64頁〕,丙E49[枝番号
1]〔15頁〕】
b判断
(a)イレッサと間質性肺炎発症との因果関係について
イレッサ投与開始から約3か月後に投与を中止し,投与中止して
から2日後に胸部CT画像で右肺下葉に間質性肺炎が認められ,イ
レッサと間質性肺炎の発症との因果関係は否定できないといえ,治
験担当医師をはじめとして各専門家の意見もこの限度では一致す
る。
(b)間質性肺炎と死亡との因果関係について
ⅰ原告らは,患者ががん性髄膜炎を発症していなかった(治験担
当医師の誤記と主張)ことを前提として,間質性肺炎が死因につ
ながった可能性があるなど主張する。これに対して,被告らは,
がん性髄膜炎の発症を前提として,がん性髄膜炎は死因となりう
るものであるなど主張する。
そこで,国内臨床試験2例目の評価をするにあたって,その前
提となるがん性髄膜炎の発症があったかを検討する。
ⅱ国内臨床試験2例目の臨床経過(別紙29(承認時までの副作
用報告症例経過表(国内3症例))の国内臨床試験2例目欄)に
よれば,イレッサ投与により食欲不振や全身倦怠感が強まったも
のの,イレッサ投与前から食欲不振や全身倦怠感が生じており,
投与中止から1か月後に疲労や全身状態の悪化(PS4)などが
みられており,他方で間質性肺炎は,ステロイドパルス療法後
に,動脈内酸素分圧が58.8mmHg(平成13年3月9日)から
70.5mmHg(同月14日)まで改善され,酸素の投与量も減っ
ており,同月19日には酸素なしでもトイレに行けるようにな
り,その後低酸素血症が回復したとされ,平成13年3月19日
から同年4月2日の間に間質性肺炎の悪化をうかがわせる何らの
症状も出なかった。
そうすると,がんによる病勢進行を示す所見がある一方で,間
質性肺炎はステロイドパルス療法により改善されたと見る余地が
あって,間質性肺炎が死因となりうるような症状であったとみる
ことはできないのであるから,治験担当医師の判断には合理性が
あるというべきであり,患者にはがん性髄膜炎が発症していたと
認めるのが相当である。
なお,開示カードや副作用報告書には,その性質上,診断の根
拠となった各種画像や各種臨床データのすべてが記載されるもの
ではなく(乙E26〔3,4頁〕),GCP省令による信頼性が
担保された治験制度の下では,がん性髄膜炎に関する所見の記載
がなかったとしても,そのことから治験担当医師ががん性胸膜炎
をがん性髄膜炎と誤記したと推認することはできない。
ⅲ以上より,当該患者にはがん性髄膜炎及びがん性胸膜炎が生じ
ており,間質性肺炎が改善傾向にあったという状況で,全身状態
の悪化がもたらされているのであるから,がん細胞が胸膜に浸潤
ないし転移して生じるがん性胸膜炎によって貯留した胸水が心臓
や大血管を圧迫して循環状態が悪くなったか,がん細胞が髄膜に
浸潤ないし転移するがん性髄膜炎によって髄液の圧力が上昇し
て,呼吸中枢など生命維持にかかわる脳幹部を圧迫して死に至っ
たものと考えるのが合理的であり,イレッサと因果関係が否定で
きない間質性肺炎と死亡との間に因果関係は否定されるというべ
きである。副作用報告書などに死因に関する記載がなかったとし
ても,上記判断を覆すには足りない。
(エ)国内臨床試験3例目について
a専門家の意見
(a)治験担当医師の意見
当初の報告書では,偶発症の可能性も考えられるが,患者は既に
死亡されており,治験薬との関連性は否定できないとした。
追加報告では,本病変は,原疾患の進行によるものであり,イレ
ッサとの関連性は否定できるとして,意見を変更した。
【乙B12[枝番号5],丙B2[枝番号2]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
であるとする見解の要旨
福島雅典は,ステロイドパルス療法を行っており,極めて重篤な
間質性肺炎であり,イレッサの副作用による死亡かもしれないとす
る。
【甲E41〔10∼12頁〕,甲E42〔71∼75頁〕】
(c)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,①イレッサの投与開始から1年後に間質性肺炎が発
症しており,まれな発症パターンであるが,イレッサによって間質
性肺炎が発症したことを否定できない,②ステロイドパルス療法後
に軽快しており,間質性肺炎と死亡との間に因果関係は存在しな
い,顕微鏡段階の剖検で間質性肺炎の所見がないという記載からみ
ると,間質性肺炎と死亡との因果関係は否定される,③死因は,が
ん性胸膜炎,肺がんの肺転移であり,臨床における判断と矛盾しな
いなどとする。
【乙E17〔17,18頁〕,証人工藤主尋問〔49∼50頁,9
4∼96頁〕,証人工藤反対尋問〔75∼77頁〕】
福岡正博は,①平成13年10月30日に間質性肺炎が軽快して
から2か月経ってから死亡しており,間質性肺炎が死亡の原因では
なく,胸水と肺がんの肺転移が多数あり,死亡につながったと見る
のが普通である,②一般に免疫機能の低下によりがんが進行すると
いう証拠はない旨証言する。
【証人福岡主尋問〔69,70頁〕,証人福岡反対尋問〔55
頁〕】
b判断
(a)イレッサと間質性肺炎発症との因果関係について
イレッサ投与開始から9日後に間質性肺炎を発症してイレッサ投
与を中止しており,イレッサと間質性肺炎の発症との因果関係は否
定できないというべきである。
なお,治験担当医師は,初回報告では,イレッサとの因果関係が
否定できないとしたが,追加報告では病勢進行によるものとしてし
た。しかし,剖検の結果が具体的に記載されておらず,イレッサと
間質性肺炎の発症の因果関係が否定されるとする合理的な理由があ
るとはいえないから,イレッサと間質性肺炎発症との因果関係は否
定できないものとして扱うべきである。
(b)間質性肺炎と死亡との因果関係について
間質性肺炎自体はイレッサ投与を中止した後も増悪と寛解の状態
を繰り返し,ステロイドパルス療法の4日後には両肺の間質性肺炎
が軽快しており,剖検の結果によっても,病変がすべて腫瘍細胞に
よるものであり,死因が病勢進行であることが示されている。
したがって,イレッサと死亡との因果関係を否定されるというべ
きである。ステロイドパルス療法を行ったことからは重篤な間質性
肺炎であったことが推認されるが,その後間質性肺炎が軽快して約
2か月経過後に死亡しているのであるから,発症した間質性肺炎の
重篤性のみでは上記判断を覆すには足りない。
(オ)国内3症例全体について
a専門家の意見
(a)イレッサの間質性肺炎発症の危険性を示唆するものではあるとす
る見解の要旨
福島雅典は,国内臨床試験133例のうち3例の間質性肺炎(国
内3症例)と4例の肺炎があったことは恐ろしい数字である,間質
性肺炎の発症頻度が2.3%ということになるが,添付文書で頻度
不明とされるのは不可解であるなどする。
【甲E41〔2,3頁〕,証人福島主尋問〔13,14頁〕】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の危険性を示唆するものではないとす
る見解の要旨
工藤翔二は,①国内3症例は,いずれも軽快・改善しており,イ
レッサ用量500mgによって生じた症例であり,承認用量250
mgで生じるかは不明である,ただしイレッサにより間質性肺炎が
発症する可能性は否定できず,間質性肺炎が発症した場合には死亡
に至ることも考えられると評価すべきである,②国内臨床試験13
3例,全治験の母数が約670例であることを踏まえると,イレッ
サによる間質性肺炎が,他の抗がん剤よりも発症頻度が高いとか,
重篤化しやすいとはいえなかったなどとする。
【乙E17〔17,18頁〕,乙E21〔4∼6頁〕,証人工藤主
尋問〔50∼52,98,99頁〕】
福岡正博は,①イレッサのIDEAL1試験では2例の間質性肺
炎の発症を認めているが,いずれも致死的なものではなく,改善し
ていた,承認時までは,イレッサによる間質性肺炎は,原因の除去
(投与中止),ステロイド薬の投与などにより,重篤化を回避で
き,予後は悪くないと考えていた,②従来の抗がん剤と比べて,特
に毒性が強いものではないと認識していたとする。【乙E10〔1
0頁〕】
西條長宏は,間質性肺炎を発症した国内3症例はいずれも回復し
た,間質性肺炎の発症頻度からみれば他の抗がん剤よりも高くな
く,注意すべき毒性と感じたものの,有用性評価に影響するもので
はなかったなどする。
【乙E18〔18頁〕,乙E19〔42,43,68頁〕,乙E2
0〔17∼26頁〕】
光冨徹哉は,国内3症例は,承認用量250mg/日投与群ではな
く,500mg/日群で見られたものであり,その時点の情報からは
間質性肺炎が絶対に生じないとは言い切れないが,大丈夫ではない
かと推測できるなど証言する。
【証人光冨反対尋問〔107,132頁〕】
b判断
(a)イレッサ投与量と承認用量との関係
国内3症例は,イレッサとの因果関係を否定できない間質性肺炎
の発症例であったが,いずれも承認された用量(250mg/日)の
倍量である500mg/日群における症例であり,国内臨床試験にお
いて承認用量での発症例はみられなかった。
したがって,イレッサを承認用量で投与したときに間質性肺炎が
発症するという明確な根拠はなかったといわざるをえないものの,
倍量の投与により発症した症例がある以上,承認用量で投与したと
きに間質性肺炎が発症する可能性を否定することはできなかったと
いうべきである。
(b)間質性肺炎の発症頻度
国内臨床試験における間質性肺炎の発症頻度は,国内臨床試験の
母数を133例とした場合には,その発症頻度は約2.3%(3/
133例)となる。
前記第5章第3の2(2)イ(イ)認定の事実によれば,実地医療にお
ける新規抗がん剤の間質性肺炎発症率(添付文書の記載)は,ビノ
レルビン:1.4∼2.5%,ゲムシタビン:1.2∼1.4%,
イリノテカン:0.9%,ドセタキセル:0.6%,パクリタキセ
ル:0.5%であり,新規抗がん剤の肺がんに係る国内第Ⅱ相試験
における間質性肺炎の発症頻度は,ビノレルビン:3.0%,ゲム
シタビン:2.5%,イリノテカン:4.9%,ドセタキセル:
1.0%,パクリタキセル:3.7%,アムルビシン:2.2%で
あったところ,第Ⅱ相試験の結果を比較すると,他の抗がん剤より
高いとはいえないだけでなく,実地医療における間質性肺炎発症率
と比較しても,他の抗がん剤よりも特に高いものであったとまでは
いえない。
原告らは,約2.3%の発症頻度は母数が少ないため正確な頻度
を示すものではなく,2.3%の発症頻度における95%信頼区間
の上限値は約6%となるから,高頻度で間質性肺炎が発症すること
を予測できたなど主張する。
しかし,従来の抗がん剤との比較において,イレッサのみを9
5%信頼区間の上限値をもって比較することには問題があるから,
原告らの主張は失当であるといわざるを得ない。
(c)間質性肺炎の重篤性
国内の間質性肺炎を発症した3症例は,いずれもステロイド薬に
反応し,回復ないし改善をみせており,死因となったものはなかっ
た。
国内臨床試験1例目にみられた硝子膜形成の所見は,DIC(播
種性血管内凝固症候群)を併発した疑いもあり,直ちにイレッサか
らびまん性肺胞障害(DAD)型の間質性肺炎が発症するとの特徴
を把握できるものではなく,間質性肺炎の改善もみられており,こ
れを直ちに予後が不良との評価をする根拠とすることは適切ではな
かったといえる。
新規抗がん剤の治験では,1%前後の頻度で間質性肺炎による死
亡例が生じた例がある(ゲムシタビン及びアムルビシンでは各2例
の死亡例があった。乙E21〔4頁〕)。
以上を総合すれば,国内3症例からは,イレッサにより発症しう
る間質性肺炎が,従来の抗がん剤に比べて,致死的ないし重篤なも
のであったとまで評価することはできず,一般的に間質性肺炎には
致死ないし重篤化するものがありうるため,イレッサにより発症し
うる間質性肺炎によって致死ないし重篤化することが否定できるも
のではなかったとの評価ができるにとどまるというべきである。
(d)間質性肺炎の特徴
国内3症例における間質性肺炎は,国内臨床試験1例目でイレッ
サ投与から16日後に,国内臨床試験2例目でイレッサ投与から8
6日後に,国内臨床試験3例目でイレッサ投与から374日後にそ
れぞれ発症しており,発症経過はそれぞれ異なっていた。
したがって,国内3症例から,イレッサにより発症しうる間質性
肺炎に関して発症経過などの特徴を見いだすことは困難であったと
いうべきである。
ウEAPの副作用報告について
(ア)EAPにおける副作用報告
EAPにおいて,間質性肺炎に関する副作用報告として被告国が把握
したのは合計5例であった(EAP5症例)。なお,被告国が審査報告
書作成までの間に報告を受けたのは,EAP1例目(乙B13[枝番号
1])及びEAP2例目(乙B13[枝番号3の1,2])であった。
EAP5症例に関する副作用報告では,症例経過等として別紙30
(承認時までの副作用報告症例経過表(海外7症例))のEAP1∼5
例目(海外1,3及び5ないし7例目)欄のとおりの記載があった。
(イ)EAP1例目について
a専門家の意見
(a)担当医等の意見
イレッサの投与後,腺がんの陰影は顕著に軽快したが,他の間質
性浸潤影が認められた。新しい浸潤影についてはステロイド療法に
より軽快した。【丙B3[枝番号157]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
であるとする見解の要旨
福島雅典は,EAP1例目では,イレッサ投与してから2週間経
たないうちに間質性肺炎が発症し,大量のソルメドール(ステロイ
ド薬)を使用しないとならなくなったとする。
【甲E41〔18,19頁〕】
(c)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,EAP1例目では,間質性肺炎がステロイド薬によ
り改善したものと認められるとする。
【乙E23〔38頁〕,証人工藤反対尋問〔83,84頁〕】
b判断
EAP1例目は,イレッサ投与後に間質性肺炎が発症しており,イ
レッサと間質性肺炎発症との因果関係が否定できないものであるが,
ステロイド薬により改善したものと認めるのが相当である。
(ウ)EAP2例目について
a専門家の意見
(a)担当医等の意見
初回報告では,イレッサと関連していると思われるとしていた
が,追加報告では,間質性肺炎はイレッサと関連しているが,病勢
進行とも関連しているかもしれないと考えると修正した。
【丙B5[枝番号51の1,2]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
であるとする見解の要旨
福島雅典は,イレッサによる間質性肺炎を発症しており,ステロ
イド薬を投与したが,呼吸不全で死亡した,イレッサ投与を開始し
てから1か月も経たないうちに死亡したのであるから,イレッサが
原因であることは明らかである,被告会社が副作用報告を取り下げ
た理由がわからないとする。【甲E41〔14∼16頁〕】
(c)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,①患者は「レイノー現象,間質性肺疾患」の既往歴
を有しており,膠原病に伴う何らかの肺病変をもとから有してい
た,イレッサによる間質性肺炎発症の可能性は否定できないが,担
当医は,慢性閉塞性肺疾患があり,片側性肺水腫又はびまん性感染
と考えられたとしており,感染性の肺炎を疑って抗生物質が投与さ
れ,平成14年2月9日のCTスキャンでがん転移(右肺門の腫瘤
及び縦隔リンパ節腫大)が認められて,死亡診断書に直接の死因は
転移性非小細胞肺がんであると記載されたものと認められ,担当医
の判断は正当であるから,イレッサと死亡との因果関係は認められ
ない,②審査センターが添付文書に反映した海外7症例の間質性肺
炎の症状や経過は,非特異的であり,治験における発症状況と整合
するものであり,承認後に判明したイレッサによる間質性肺炎の特
徴は現れていないとする。
【乙E17〔19頁〕,21〔6頁〕,23〔42∼44頁〕】
b判断
担当医の意見は,剖検が実施されていないにもかかわらず報告対象
なしと変更した理由には合理性があるとはいえない。したがって,E
AP2例目はイレッサと間質性肺炎の発症との因果関係は否定できな
いものというべきである。EAP2例目の患者は膠原病に伴う何らか
の肺病変をもとから有しており,担当医は,当該患者には慢性閉塞性
肺疾患があり,片側性肺水腫又はびまん性感染と考えられるとして,
抗生物質を投与したのであるから,むしろ感染性の肺炎を疑っていた
と認められるが,このような担当医の認識は,イレッサと間質性肺炎
発症との因果関係を否定するには足りないというべきである。
平成14年2月9日のCTスキャンによりがん転移(右肺門の腫瘤
及び縦隔リンパ節腫大)が認められており,死亡診断書には直接の死
因が転移性非小細胞肺がんである旨記載されており,転帰は死亡とさ
れていたことからすると,EAP2例目は,イレッサと間質性肺炎発
症との因果関係が否定できないものの,感染性の肺炎の疑いが相当程
度あるだけでなく,がんの進行を示す所見もあり,イレッサと死亡と
の間の因果関係が認められるとまではいえない。なお,イレッサの投
与,肺炎の発症及び死亡までの時間的な経過をもって,病勢進行の疑
いがあるとの治験担当医師の判断を覆すには足りない。
(エ)EAP3例目について
a専門家の意見
(a)担当医等の意見
本症例はイレッサとの関連性があると考える。
【丙B3[枝番号182]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
であるとする見解の要旨
福島雅典は,イレッサ投与から1か月半で呼吸困難が生じ,間質
性肺炎に対してステロイドパルス療法を行ったが,その後約1週間
で呼吸不全により死亡しているものであり,イレッサによって間質
性肺炎を発症し死亡した典型的なものであるとする。
【甲E41〔22∼24頁〕】
(c)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,イレッサと間質性肺炎との関連性は否定できない
が,疑問点がある,平成14年5月1日にイレッサの投与を中止し
ているにもかかわらず,その12日後の同月13日ころに呼吸困難
が出現し,間質性肺炎によると認められる両肺びまん性陰影が確認
されたのは同月16日のことであり,投与中止から間質性肺炎発症
までの期間が空きすぎていることから,血液中にはほとんどイレッ
サが残っていないので,イレッサと間質性肺炎との因果関係は明ら
かではないとする。
【乙E17〔19頁〕,21〔6頁〕,23〔44∼46頁〕,証
人工藤反対尋問〔86∼88頁〕】
坪井正博は,①イレッサの投与中止から2週間後にびまん性陰影
が認められており,感染症による炎症の可能性の方が高い,②腫瘍
熱と呼ばれる発熱が4日以上続いたため,5月1日にイレッサの投
与を中止し,その後2週間経ってからびまん性の陰影となったが,
通常イレッサは代謝により体内から出ている可能性が高い時期であ
るので,肺臓炎はイレッサとの関連性を強く示唆するものではない
などとする。
【丙49[枝番号1]〔17∼21,112,113頁〕】
福岡正博は,担当医や被告会社が,肺臓炎とイレッサとの関連性
が否定できない旨記載しており,イレッサとの因果関係を否定でき
ない間質性肺炎による副作用死亡例ということになる旨証言する。
【証人福岡反対尋問〔69,70頁〕】
西條長宏は,前治療としてシスプラチンとゲムシタビン及びカル
ボプラチンとパクリタキセルの各併用療法,腰椎への放射線治療法
が行われているが,イレッサを投与して肺臓炎が増悪しているよう
に見えるので,イレッサの服用による間質性肺炎の発症と死亡との
因果関係を否定できないとする。【乙E20〔41頁〕】
b判断
EAP3例目は,イレッサと間質性肺炎発症との因果関係が否定で
きないものであるという点では各専門家の評価が一致する。当該間質
性肺炎に対してはステロイドパルス療法が行われていることから,当
該間質性肺炎は重篤な症状であったことが推認される。
しかし,発症した間質性肺炎はイレッサ投与を中止してから2週間
後に発症したものであり,イレッサによるものであると考えるには疑
問があるとする担当医の意見は合理的であるというべきであるから,
投与中止や代謝を捨象して単に時間的な経過のみを重視することは相
当ではなく,また,薬剤性間質性肺炎を引き起こす薬剤(ボルタレ
ン,ガスター,クラビット等。丙I11∼14)が併用されているこ
とが認められ,併用薬の影響も否定できないのであるから,当該間質
性肺炎が重篤なものであったことを考慮しても,イレッサと死亡との
因果関係は不明であるといわざるをえない。
(オ)EAP4例目について
a専門家の意見
(a)担当医等の意見
閉塞性肺炎及び肺臓炎は,イレッサとの関連性がある。
【丙B3[枝番号187]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,①平成14年4月17日に認められた「肺臓炎」と
は間質性肺炎のことを意味し,「肺臓炎は未回復であった」とはさ
れているが,ステロイド薬投与後,「容態が安定し退院」している
ことからすれば,ステロイド薬が奏功して間質性肺炎が改善された
ものと評価できる,②審査センターが添付文書に反映した海外7症
例の間質性肺炎の症状や経過は,非特異的で治験における発症状況
と整合するものであり,承認後に判明したイレッサによる間質性肺
炎の特徴は現れていないとする。
【乙E17〔19頁〕,21〔6頁〕,23〔38,39頁〕】
b判断
EAP4例目は,平成14年4月17日に発症した肺臓炎が間質性
肺炎であると認められ,イレッサと間質性肺炎発症との因果関係が否
定できないものであるといえる。ステロイド薬による治療が行われ,
容態が安定し患者は退院したものの,退院時に当該間質性肺炎が未回
復であったことから,当該間質性肺炎は相当程度重篤であったことが
うかがわれる。
(カ)EAP5例目について
a専門家の意見
(a)担当医等の意見
両側性びまん性肺胞隔炎は,イレッサとの関連性がある。器質性
肺炎を伴う閉塞性気管支肺炎は,イレッサ及び他剤との関連性はな
い。【丙B3[枝番号191の1・2]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,①平成14年5月5日に発症した「胞隔炎」とは間
質性肺炎のことをいうが,ステロイド薬による治療の10日後に症
状が回復したとされていることから,ステロイド薬が奏功して間質
性肺炎が改善したものと評価できる,②審査センターが添付文書に
反映した海外7症例の間質性肺炎の症状や経過は,非特異的で治験
における発症状況と整合するものであり,承認後に判明したイレッ
サによる間質性肺炎の特徴は現れていないとする。
【乙E17〔19頁〕,21〔6頁〕,23〔39頁〕】
b判断
EAP5例目は,平成14年5月5日に発症したびまん性肺胞隔炎
が間質性肺炎であると認められ,イレッサと間質性肺炎発症との因果
関係が否定できないものであるといえる。ステロイド薬による治療を
行って10日後に症状が回復したと認められるから,ステロイド薬が
奏功して間質性肺炎が改善したものと認められる。
エ海外の臨床試験(INTACT各試験)の副作用報告について
(ア)海外の臨床試験の副作用報告
海外の臨床試験において,間質性肺炎に関する副作用報告として被告
国が把握したのは合計2例であった(INTACT2症例)。INTA
CT2症例のうち1例目(INTACT1例目・乙B13[枝番号
2])はINTACT1試験の症例であり,2例目(INTACT2例
目)はINTACT2試験の症例であった。なお,いずれも被告国が審
査報告書作成までの間に報告を受けたものである。INTACT各試験
の概要は,別紙12及び13記載のとおりである。
INTACT2症例に関する副作用報告では,症例経過等として別紙
30(承認時までの副作用報告症例経過表(海外7症例))のINTA
CT1及び2例目(海外2及び4例目)欄のとおりの記載があった。
(イ)INTACT1例目について
a専門家の意見
(a)担当医等の意見
駆出率減少とイレッサとの関連性は否定できる。呼吸困難,急性
心肺停止,両側性肺臓炎,気胸及び皮下気腫はイレッサと関連して
いる可能性があると考えている。ゲムシタビン及びシスプラチンと
の関連性は未判定である。【丙B3[枝番号156]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
であるとする見解の要旨
福島雅典は,INTACT1例目では,①イレッサ投与を開始し
て3週間後に間質性肺炎を発症し,イレッサ投与から1か月も経た
ずに死亡するに至っており,重大な副作用による肺障害が起こって
いるので,イレッサによる間質性肺炎が原因で死亡したものだと理
解する,②平成14年1月26日にイレッサ投与を開始し,同年2
月21日に間質性肺炎が発症しており,併用薬剤は同月23日に減
量して投与されているから,前後関係からみてイレッサによって間
質性肺炎が発症したということになるとする。
【甲E41〔16∼24頁〕】
(c)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,INTACT各試験からの間質性肺炎の報告は,当
該治験が他の抗がん剤との併用療法の臨床試験であるから,いずれ
の薬剤が副作用の原因であるか不明であるし,約1400症例のう
ち2例程度の副作用死亡例があったとしても,通常の抗がん剤によ
る間質性肺炎発症割合や治療関連死の割合と比較しても低いもので
あるとする。
【乙E17〔19頁〕,21〔6頁〕,23〔37,38頁〕,証
人工藤主尋問〔52∼54頁〕,証人工藤反対尋問〔84∼86
頁〕】
福岡正博は,担当医や被告会社が,肺臓炎をイレッサとの関連性
を否定できないものとして記載しており,イレッサとの因果関係が
否定できない間質性肺炎による副作用死亡例ということになる旨証
言する【証人福岡反対尋問〔69頁〕】
西條長宏は,薬剤性肺臓炎が起こって死亡したことが認められ,
イレッサと急性肺障害による死亡との間の因果関係が完全には否定
できないが,ゲムシタビンやシスプラチンによる肺臓炎か,イレッ
サによる肺臓炎か不明であるとする。【乙E20〔39∼41
頁〕】
坪井正博は,添付文書に反映されたINTACT1例目では,①
肺臓炎が疑われた時期に,イレッサのみならず他の化学療法も実施
されているので,もし抗がん剤による薬剤性肺臓炎と考えると,原
因をイレッサに限定するのは困難である,②イレッサ投与後,肺転
移,脾臓転移が縮小しており,イレッサの効果があった患者であ
り,肺臓炎が薬剤性か否かは平成14年2月23日に好中球減少が
見られることから,感染症による炎症の可能性の方が高い,③イレ
ッサの投与中止から2週間後にびまん性陰影が認められているもの
がある,④担当医等の意見における肺臓炎のイレッサとの関連の可
能性について,臨床試験であるので全く否定できないのであれば可
能性があるという程度で記載されたものと思われるとする。
【丙49[枝番号1]〔17∼21,111,112,127,1
28頁〕】
b判断
イレッサと間質性肺炎発症との間の因果関係を否定できないもので
あるという点では各専門家の評価が一致するものである。
しかし,他の抗がん剤による間質性肺炎発症や感染症の可能性が考
えられ,イレッサと死亡との因果関係は不明であるといわざるをえな
い。
(ウ)INTACT2例目について
a専門家の意見
(a)担当医等の意見
初回報告では,「失神」「両側性肺間質浸潤」「成人呼吸窮迫症
候群」については,化学療法(カルボプラチン)及び治験薬(イレ
ッサ,パクリタキセル)との関連性ありとしていたが,追加報告に
より,本事象(「失神」「両側性肺間質浸潤」「成人呼吸窮迫症候
群」)と化学療法(カルボプラチン及びパクリタキセル)及び治験
薬(イレッサ又はプラセボ)との関連性はないと考えるとの記載に
変更した。【丙B5[枝番号8の1・2]】
(b)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
であるとする見解の要旨
福島雅典は,INTACT2例目では,①イレッサ投与後21日
後に成人呼吸窮迫症候群(間質性肺炎)が発症し,ステロイド薬を
大量に使用しなければならなかった症例である,成人呼吸窮迫症候
群発症を発症して1週間後に死亡したのであるから,イレッサとの
関連を疑わざるを得ない,②臨床試験は適格基準に合致する患者を
対象とするものであるから,上記経緯で死亡したというのは薬剤の
副作用によるものとみるのが自然であり,追加報告での訂正は受け
入れがたいものである,③このように海外のデータも間質性肺炎が
生じることを示しており,イレッサによる死亡と考えられる症例も
あったとする。【甲E41〔12∼24頁〕】
(c)イレッサの間質性肺炎発症の致死性ないし重篤性を示唆するもの
ではないとする見解の要旨
工藤翔二は,①「両側性肺間質浸潤」とは,間質に影があるとい
う症状を指すから,間質性肺炎を発症していたものと認められる,
INTACT2例目ではイレッサによる可能性が否定できないもの
の,間質性肺炎の発症原因がイレッサか他の併用薬剤か不明であ
る,②INTACT各試験からの間質性肺炎の報告は,当該治験が
他の抗がん剤との併用療法の臨床試験であるから,いずれの薬剤が
副作用の原因であるか不明であるし,約1400症例のうち2例程
度の副作用死亡例があったとしても,通常の抗がん剤による間質性
肺炎発症割合や治療関連死の割合と比較しても低いものであるとす
る。
【乙E17〔19頁〕,21〔6頁〕,23〔37,38頁〕,証
人工藤主尋問〔52∼54頁〕】
b判断
INTACT2例目は,「両側性肺間質浸潤」(間質に影があると
いう症状)が見られ,間質性肺炎が発症していたと認められ,担当医
の意見が変更された経緯はあるが,イレッサと間質性肺炎発症との間
の因果関係が否定できない症例であるという点での各専門家の評価も
一致する。
しかし,併用投与された薬剤による間質性肺炎発症の疑いがあり,
イレッサと死亡との間の因果関係は不明であるといわざるを得ない。
オその他の原告らが主張する副作用報告について
(ア)原告らの主張
原告らは,別紙31(急性肺障害・間質性肺炎を発症したと考えられ
る副作用症例一覧表)に記載された39例について,急性肺障害・間質
性肺炎を発症したと考えられる副作用症例であるから,これらは間質性
肺炎に関する副作用として扱うべきであると主張する。ただし,上記3
9症例には,前記(4)エ(イ)(16−①症例)及び前記イないしエの症例
が10例(同表の1,2,4,20,21,25,26,28,31及
び38例目)含まれ,この重複を除くと29症例である。
原告らは,別紙32(海外からの副作用報告196例のうち転帰死亡
の症例一覧表)に記載された57例のうち呼吸器に関する22例(別紙
32の左から2列目の「No」によって特定される症例)について,間
質性肺炎等の疑いがあったのであるから十分に精査して間質性肺炎に関
する副作用として扱うべきであったと主張する。ただし,上記22症例
には,前記ウ及びエの症例のうちの2例(同表の45及び54例目)が
含まれており,またうち9症例(同表の2,3,18,36,39,4
6,51,53及び57例目)は別紙31(急性肺障害・間質性肺炎を
発症したと考えられる副作用症例一覧表)にも含まれる症例であるか
ら,この重複を除くと11症例である。
(イ)別紙31(急性肺障害・間質性肺炎を発症したと考えられる副作用症
例一覧表)の29症例について
a上記29症例のうち7症例(同表の3,5,9,12,29,3
4,35例目)について
間質性肺炎の発症が認められる上記7症例は,ゲムシタビン又はパ
クリタキセルとの併用投与が行われたINTACT各試験の症例であ
り,イレッサ単剤による副作用を判断することは困難であるが,イレ
ッサと間質性肺炎発症との因果関係が完全には否定できないものであ
るといわざるをえないから,副作用症例に含めることが相当である。
しかし,いずれの症例も,併用投与された薬剤による間質性肺炎発
症の疑いがあるものや,がんの病勢進行の疑いがあるものなどであ
り,イレッサと死亡との間の因果関係が不明であるといわざるをえな
い。
b上記29症例の残りの22例(残22症例)について
(a)間質性肺炎との関連性
残22症例は,いずれも担当医等により間質性肺炎の確定診断が
されたものではないが,一般的に抗がん剤による肺毒性は間質性肺
炎の型をとることが多いと考えられており,いずれの症例も肺毒性
による呼吸困難などとして報告された症例であり,間質性肺炎の鑑
別診断は困難であることが少なくなく(前記第5章第3の3(3)エ
(イ)),いずれも臨床経過などから間質性肺炎の疑いが完全には否
定できないものであるから,少なくとも承認時の判断としては間質
性肺炎の症例から除外して評価することは相当ではない。
(b)イレッサと間質性肺炎の疑いのある呼吸困難等との因果関係
残22症例は,臨床経過が明らかではないものもあるが,担当医
等の意見を踏まえれば,少なくともイレッサと間質性肺炎の疑いの
ある呼吸困難等との因果関係が否定できないものであると認めるの
が相当である。
(c)イレッサとの因果関係が否定できない疾病と死亡との因果関係
ⅰ残22症例のうち,転帰が回復とされた2症例(同表の8及び
11例目)は死亡例ではなく,また転帰が軽快とされた1症例
(同表の23例目)は呼吸困難等が軽快しているため,いずれも
間質性肺炎の疑いのある呼吸困難等と死亡との因果関係が否定され
る。
残22症例のうち,転帰が当初不明とされており,追加情報に
より回復とされた2症例(同表の30及び37例目)は,臨床経
過に関する情報不足のために当初不明とされていたにすぎず,そ
の後患者が回復して退院したとの情報により,転帰を回復とした
ものであるから,いずれも間質性肺炎の疑いのある呼吸困難等と
死亡との因果関係が否定される症例として扱うべきである。
残22症例のうち,転帰が未回復とされた2症例(同表の1
4,15例目)は,治療中止後の臨床経過が明らかではないため
に死亡したか否かさえ不明であるものであるから,死亡例として
扱うことはできない。
もっとも,残22症例のうちの上記7症例の重篤性は,いずれ
も「重篤」,「死亡のおそれ」又は「死亡」と記載されていたの
であるから,上記7症例の間質性肺炎の疑いのある呼吸困難等は
重篤なものであったといえる。
ⅱ残22症例のうち,転帰が不明とされたもののうち死亡に至っ
ている症例(同表の10,19及び36及び39例目)は死因が
不明なものや病勢進行による死亡の疑いがあるものであるから,
いずれも間質性肺炎の疑いのある呼吸困難等と死亡との因果関係
が不明であるものである。
残22症例のうち,転帰が死亡とされたもののうち臨床経過が
明らかでなく死因不明などとされている症例(同表の6,17及
び18例目)や,転帰が死亡とされたもののうち臨床経過等から
病勢進行が疑われる症例(同表のうち7,13,16,27及び
33例目。なお,同表の13例目は担当医の判断未入手であり,
16例目では,担当医の判断と放射線専門医の判断が分かれてい
る。)は,いずれも間質性肺炎の疑いのある呼吸困難等と死亡と
の因果関係が不明であるといわざるをえない。
残22症例のうち,転帰が死亡とされたその他の症例(同表の
22,24及び32例目)は,詳細な臨床経過が明らかではない
ものも含まれるが,担当医の判断は間質性肺炎の疑いのある呼吸
困難等と死亡との関連性を否定しておらず,その他に病勢進行を
疑わせる所見が見当たらないのであるから,薬剤による副作用又
は感染症と死亡との因果関係が否定できないものであるというべ
きである。
(ウ)別紙32(海外からの副作用報告196例のうち転帰死亡の症例一覧
表)の11症例について
a上記11症例のうちの5症例(同表の5,7,9,19及び25例
目)について
間質性肺炎の発症が認められる上記5症例は,ゲムシタビン又はパ
クリタキセルとの併用投与が行われたINTACT各試験の症例であ
ったため,イレッサ単剤による副作用を判断することは困難である
が,イレッサと間質性肺炎発症との因果関係が完全には否定できない
から,副作用症例に含めることが相当である。
しかし,いずれの症例も,併用投与された薬剤による間質性肺炎発
症の疑いがあるものや,がんの病勢進行の疑いがあるものなどであ
り,イレッサと死亡との間の因果関係は不明であるといわざるをえな
い。
b上記11症例の残りの6例(残6症例)について
(a)残6症例の位置付け
ⅰ残6症例のうち,肺塞栓症などの病名が診断された4症例(同
表の10,32,38及び56例目)では,いずれも担当医等に
より間質性肺炎の診断がされたものではなく,間質性肺炎とは異
なる病態の病名が診断されているものであるから,間質性肺炎の
発症例に準じて扱うことはできない。
ⅱ残6症例のうち,肺炎NOSと診断された症例(同表の52例
目。肺炎NOS症例)及び急性呼吸不全と診断された症例(同表
の30例目。急性呼吸不全症例)は,担当医等により間質性肺炎
の確定診断がされたものではないが,一般的に抗がん剤による肺
毒性は間質性肺炎の型をとることが多いと考えられており,いず
れの症例も肺毒性による呼吸不全などとして報告された症例であ
る上,間質性肺炎の鑑別診断は困難であることが少なくなく(前
記第5章第3の3(3)エ(イ)),いずれも臨床経過などから間質性
肺炎の疑いが否定できないものであるから,少なくとも承認時の
判断としては間質性肺炎の症例から除外して評価することは相当
ではないと考えられる。
(b)イレッサと間質性肺炎の疑いのある疾病との因果関係について
肺炎NOS症例(同表の52例目。NOSとは,「これ以上特定
できる情報がない」ことを意味する。乙P27)は,臨床経過が明
らかではなく,肺がん罹患歴が長く,長期の既治療歴を有すること
に起因する疑いがあるが,少なくともイレッサと間質性肺炎の疑い
のある肺炎との因果関係が否定できないものであると認めるのが相
当である。
急性呼吸不全症例(同表の30例目)は,臨床経過が明らかでな
いが,追加報告前に診断されていた気管支けいれんがイレッサとの
関連性があると担当医により判断されており,その後気管支けいれ
んの診断名が急性呼吸不全に変更されており,少なくともイレッサ
と間質性肺炎の疑いのある急性呼吸不全との因果関係が否定できな
いものであると認めるのが相当である。
(c)イレッサとの因果関係が否定できない疾病と死亡との因果関係に
ついて
肺炎NOS症例は,転帰が死亡とされているが,担当医の判断で
は因果関係に関する情報未入手とされており,肺がん罹患歴が長
く,長期の既治療歴を有することに起因する肺炎であった疑いがあ
り,臨床経過が明らかではないことによる因果関係の有無が判断で
きないものであるから,因果関係が不明であるといわざるをえな
い。
急性呼吸不全症例は,転帰が死亡とされており,詳細な臨床経過
が明らかではないが,担当医の判断も関連性を否定しておらず,そ
の他に病勢進行を疑わせる所見が見当たらないものであるから,薬
剤による副作用又は感染症と死亡との因果関係が否定できないもの
であるというべきである。
カ海外の副作用報告(前記ウ,エ,オ)についての総括
(ア)海外の副作用報告におけるイレッサ投与量と承認用量
前記ウないしオの認定・判断のとおり,間質性肺炎等に関する海外の
副作用報告は,EAP及びINTACT各試験の症例を合計すると43
例であった(副作用名が間質性肺炎等以外のものであるが,間質性肺炎
等に関する副作用報告と扱うべき症例を含む。内訳は,被告国が報告を
受けたとするEAP症例5例及びINTACT各試験の症例2例,被告
会社が報告を受けたその他のEAP及びINTACT各試験の症例36
例(前記オ(イ)の29症例並びに同(ウ)aの5症例及びbの2症例))。
上記43症例のうち承認された用量(250mg/日)での発症例は,
22例あり(ただし,うち1例は,投与開始時の投与量が500mgで
あったが,後に250mgに変更された症例である。),投与量が不明
なものが7例であった(海外の副作用報告のうち被告国が報告を受けた
とする海外7症例においては,承認用量での発症例が4例,投与量が不
明なものでの発症例が2例あった。その他の症例における承認用量での
発症例は,別紙31(急性肺障害・間質性肺炎を発症したと考えられる
副作用症例一覧表)の8,10,11,13∼19,22∼24,3
6,37,39例目の合計16例,別紙32(海外からの副作用報告1
96例のうち転帰死亡の症例一覧表)の30,52例目の合計2例であ
り,投与量不明なものは,別紙31(急性肺障害・間質性肺炎を発症し
たと考えられる副作用症例一覧表)の4,6,30,32,33例目の
合計5例であった。)。
そうすると,海外の副作用報告によると,承認用量でのイレッサとの
因果関係を否定できない間質性肺炎発症例が半数ほどあり,投与量不明
なものも少なからず存在したというのであるから,承認用量で投与した
ときに間質性肺炎が発症する可能性が十分にあったといえる。
(イ)間質性肺炎の発症頻度
前記(ア)の認定・判断のとおり,間質性肺炎等に関する海外の副作用
報告は,合計43例であった(EAPとINTACT各試験における内
訳では,前者が29例,後者が14例)。
INTACT各試験におけるイレッサの投与例の総数は約1400例
であり(前記エ(ア)),EAPにおけるイレッサの投与例の総数は詳細
が不明であるが,1万例など多数に上るといわれていた(証人工藤主尋
問〔54頁,55頁〕)。そうすると,INTACT各試験における発
症頻度は約1%であって,国内臨床試験における発症頻度約2.3%よ
りも低い。また,EAPにおける発症頻度は母数が不明であり計算する
こと自体困難であったというのであるから,海外の副作用報告から,イ
レッサによる間質性肺炎等の発症頻度を的確に把握することは困難であ
ったといわざるをえない(仮に1万例とすると,発症頻度は0.29%
である。)。
(ウ)間質性肺炎の致死性ないし重篤性
前記(ア)の認定・判断のとおり,間質性肺炎等に関する海外の副作用
報告は,間質性肺炎と確定診断されていないものを含めると合計43例
であり,そのうちイレッサの副作用である間質性肺炎と死亡との因果関
係が否定できない症例は,併用薬剤の影響などのために因果関係の判断
が不明のものを含めると,合計34例(うち併用薬剤の影響のために因
果関係の判断が困難な症例が14例)あり,また間質性肺炎と確定診断
されていない症例は43例中24例であり,そのうちイレッサの副作用
である疾病と死亡との因果関係が否定できない症例は17例(併用薬剤
の影響のために因果関係の判断が困難な症例14例とは重複していな
い。)であったというのである。
そうすると,海外の副作用報告合計43例のうち半数以上である24
例は,間質性肺炎と確定診断されたものではなく,臨床経過が不明であ
り,事後的に検証することもできないことから,間質性肺炎と診断され
た症例と同等に評価するべきであるとまではいえず,また,間質性肺炎
と確定診断された副作用報告合計19例(43例−24例=19例)の
うち14例が併用薬剤の影響のために因果関係の判断が困難な症例であ
り,加えて承認用量と異なる症例も含まれており,海外においてもEA
PやINTACT各試験などで多数の症例において投与されていること
を総合すると,海外副作用報告からは,承認用量のイレッサによって発
症しうる間質性肺炎の重篤性ないし致死性を適正に評価することは困難
であったといわざるをえない。もっとも,海外の副作用報告のうち間質
性肺炎(肺臓炎)と診断されたものの中に,イレッサによる間質性肺炎
と死亡との因果関係が否定できないものが数例のみ含まれていたことに
照らせば,イレッサによる間質性肺炎によって死に至ることがあった
が,イレッサによる間質性肺炎の重篤度は,従来の殺細胞性抗がん剤
(前記3(3)オ)と比較して重篤ないし致死的であったとまではいえ
ず,せいぜい同程度であったとみるのが相当であった。
(エ)イレッサによる間質性肺炎の発症経過などの特徴
前記間質性肺炎等に関する海外の副作用報告中43例についてみる
と,イレッサの投与開始からの間質性肺炎の発症時期や症状経過,ステ
ロイド療法への反応性などは様々であったといえるから,イレッサの副
作用による間質性肺炎が急性間質性肺炎の特徴を有するものであるなど
の特徴を把握することまでは困難であったというべきである。
キ国内外の副作用報告の概要
以上を総合すると,以下のとおり要約することができる。
(ア)イレッサ投与量と承認用量
国内3症例をはじめとする治験においては,イレッサの承認用量での
間質性肺炎に関する副作用例がなく,イレッサを承認用量で投与したと
きに間質性肺炎が発症するという明確な根拠はなかった。
しかし,海外の副作用報告によると,間質性肺炎等に関する海外の副
作用報告のうち承認用量での間質性肺炎発症例が半数ほどあり,投与量
不明なものも少なからず存在した。
以上によれば,治験等の副作用報告である国内3症例の内容・証拠価
値を考慮したとしても,承認用量の倍量で使用した場合のみならず,承
認用量で投与したときに間質性肺炎が発症する可能性は否定できるもの
ではなかったといえる。
(イ)イレッサによる間質性肺炎の発症頻度
国内3症例と海外の副作用報告の内容は齟齬するものではく,国内外
の副作用報告からは,イレッサによる間質性肺炎等の発症頻度を的確に
把握することは困難であったといわざるをえず,国内臨床試験における
発症頻度約2.3%をもとにしても,他の抗がん剤より高いとはいえな
いだけでなく,現在における実地医療における間質性肺炎発症率と比較
しても,他の抗がん剤よりも特に高いものであったとまではいえない
(発生頻度につき,前記第5章第3の4(5)イ(オ)b(b))。
(ウ)イレッサによる間質性肺炎の致死性ないし重篤性
抗がん剤による薬剤性肺炎を発症した場合,その多くは投与の中止又
はステロイド薬により改善するが,時には死に至ることがあり得るとこ
ろ,国内3症例は,イレッサによる間質性肺炎と死亡との間の因果関係
ががんの進行により否定されるものや,イレッサによる間質性肺炎が軽
快したものなどであったから,国内3症例は,イレッサにより発症しう
る間質性肺炎が,従来の抗がん剤に比べて,致死的ないし重篤なもので
あったと判断するには足りないものであった。
また,海外の副作用報告は,転帰が死亡となった症例を含むものであ
ったが,承認用量のイレッサによって発症しうる間質性肺炎の重篤性な
いし致死性を適正に評価することは困難なものであったといわざるをえ
ず,より慎重に評価を加えたとしても,イレッサによる間質性肺炎によ
って死に至ることがありうるが,イレッサによる間質性肺炎の重篤度が
従来の殺細胞性抗がん剤による間質性肺炎より重篤ないし致死的であっ
た判断するに足りるものではなく,せいぜい同程度判断されるものであ
ったとみるのが相当である。
そうすると,国内3症例は,海外の副作用報告と矛盾するものではな
かったというべきである。
以上をを総合考慮すると,イレッサ承認当時においては,イレッサに
よって発症しうる間質性肺炎は死に至ることがありうるが,その重篤度
は従来の抗がん剤と比べて致死的ないし重篤なものであったとはいえな
いと判断することが相当であったと認められる。
(エ)イレッサによる間質性肺炎の発症経過などの特徴
間質性肺炎の発症経過がそれぞれ異なっていた国内3症例からは,イ
レッサにより発症しうる間質性肺炎に関して発症経過などの特徴を見い
だすことは困難であった。
海外の副作用報告によっても,イレッサの投与開始からの間質性肺炎
の発症時期や症状経過,ステロイド療法への反応性などは様々であった
から,イレッサの副作用による間質性肺炎が急性間質性肺炎の特徴を有
するものであるなどの特徴を把握することまでは困難であった。
したがって,イレッサ承認当時においては,イレッサにより発症しう
る間質性肺炎に関して発症経過などの特徴を把握することは困難であっ
たと認めるのが相当である。
(6)承認後の各調査等の評価
ア承認後の副作用報告
【甲L3[枝番号1∼30。うち24及び30は孫番号1,2を含
む。],甲K12,乙L3[枝番号1∼26],丙E59[枝番号
5],丙K1[枝番号3,11∼14],2[枝番号3],3[枝番号
4]】
(ア)承認後の副作用報告
平成14年7月5日(イレッサ承認日)から同年10月15日(緊急
安全性情報の発出及びイレッサの添付文書の第3版改訂のあった日)ま
での間に,被告会社が間質性肺炎等に関する副作用情報を入手した日及
び間質性肺炎等による副作用死亡例の情報を入手した日,並びに被告国
が被告会社から間質性肺炎等に関する副作用報告を受けた日及び間質性
肺炎等による副作用死亡例の報告を受けた日は別紙33(承認後の副作
用報告情報入手日一覧表)のとおりである。
間質性肺炎等による副作用発症報告は,次のとおりである(但し,被
告会社が公表した数値である。)。
同年11月25日当時291例(うち死亡例は,81例)
同年12月13日当時358例(うち死亡例は,114例)
平成15年4月22日当時616例(うち死亡例は,246例)
平成16年3月23日当時1151例(うち死亡例は,444例)
平成19年3月31日当時1797例(うち死亡例は,706例)
なお,平成18年度から平成20年度におけるイレッサによる間質性
肺炎の年度別副作用報告数は,次のとおりである。
平成18年度126例(うち死亡報告数41例)
平成19年度95例(うち死亡報告数23例)
平成20年度112例(うち死亡報告数33例)
最近のイレッサの投与患者数は年間約1万5000人と推定される。
(イ)原告らの主張・立証について
原告らは,承認後症例③及び⑧(別紙33(承認後の副作用報告情報
入手日一覧表)の症例③及び⑧)は副作用死亡例であり,承認後症例
④,⑪及び⑯(同表の症例④,⑪及び⑯)は副作用症例であることを前
提として,平成14年8月29日の時点で間質性肺炎等の副作用報告が
13例,うち間質性肺炎等による副作用死亡報告が7例であったなどと
主張する。これに対して,被告会社は,上記各症例を間質性肺炎等に関
する副作用報告,副作用死亡報告と扱うことはできないと主張するの
で,検討する。
a「副作用死亡報告」について
(a)承認後症例③について
被告会社は,承認後症例③では死に至る事象として「カンジダ性
肺炎」が副作用とされており間質性肺炎等の副作用死亡報告ではな
い(ただし,承認後症例③が間質性肺炎の副作用報告であることは
争いがない。)と主張する。
証拠(甲L3[枝番号3],乙L3[枝番号3の1・2])によ
れば,承認後症例③の副作用報告(平成14年8月9日)では,副
作用名として生命を脅かす事象として間質性肺炎等,死に至る事象
としてカンジダ性肺炎が記載されており,転帰が死亡とされていた
こと,臨床経過として,平成14年8月4日にレントゲン上で両側
網状影が認められたことから,患者に間質性肺炎などが発症したこ
とが疑われ,同月9日に死亡したこと,承認後症例③の死亡に関す
る被告会社への報告までに7例の間質性肺炎の副作用報告があり,
そのうち3例が死亡との因果関係が否定できない症例であったこと
が認められる。
そうすると,承認後症例③は,直接の死因がカンジダ性肺炎であ
るとされたものであるが,詳細な臨床経過が不明であり,経時的な
関係からは間質性肺炎と死亡との関係が否定できないというべきで
あるから,治験における安全性情報の取扱についての通知(乙D1
3)の趣旨に照らせば,少なくとも承認後症例③に関する報告を受
けた当時としては,間質性肺炎等の副作用死亡報告と扱うのが適当
であったと認めるのが相当である。したがって,被告会社の上記主
張は採用できない。
(b)承認後症例⑧について
被告会社は,承認後症例⑧では副作用名が「死亡NOS」とされ
ており間質性肺炎等の副作用死亡報告と扱うことはできなかったと
主張する。
証拠(甲L3[枝番号1∼8,16],乙L3[枝番号1∼8,
16。各孫番号1,2を含む。])によれば,承認後症例⑧の報告
書(平成14年8月29日)では,死に至る事象として死亡NO
S,入院/入院期間の延長を要する事象として肺炎NOSと記載さ
れ,死因不明とされていたこと,臨床経過では,イレッサの投与中
止後に肺炎が発症したとされていたが,その他の臨床経過の詳細が
報告書には記載されていなかったこと,担当医の意見には,イレッ
サと肺炎との因果関係が不明であり,死亡との関連性の情報も未入
手であるとされていたこと,承認後症例⑧に関する被告国への初回
報告までに少なくとも9例の間質性肺炎の副作用報告があったこと
が認められる。
臨床経過からは上記肺炎が間質性肺炎か否かを的確に判断できる
とはいいがたく,詳細が不明の肺炎とされているところ,間質性肺
炎自体の鑑別診断が困難であることが少なくないことや承認から約
2か月の間に少なくとも9例の間質性肺炎の副作用報告があったこ
と,治験における安全性情報の取扱についての通知(乙D13)を
併せ考慮すると,承認後症例⑧を間質性肺炎等の疑いのある副作用
症例として扱うべきであった認めるのが相当である。また,臨床経
過が明らかではないとしても,因果関係が否定できないものであっ
たのであるから,少なくとも承認後症例⑧の報告を受けた当時とし
ては,副作用死亡例として扱うのが相当である。したがって,被告
会社の上記主張は採用できない。
(c)その他の症例について
被告会社は,その他の副作用死亡報告では担当医がイレッサと間
質性肺炎等との因果関係に否定的な意見を示していたなど主張する。
しかし,被告会社は,担当医がイレッサと間質性肺炎等との因果
関係を否定できないと判断していたことをも争うものではないので
あるから,いずれも副作用死亡報告として扱うべきことに変わりは
ない。
b副作用報告について
(a)承認後症例②について
被告会社は,承認後症例②について平成14年8月5日に入手し
た情報によれば副作用名が「肺障害NOS」とされており,副作用
名が「間質性肺炎」とされた情報を入手したのは同月9日になって
からであると主張する。
証拠(甲L3[枝番号2],乙L3[枝番号2の1・2])によ
れば,承認後症例②について,被告会社が平成14年8月5日に入
手した情報では,有害事象名が急性肺障害とされ,副作用名は「肺
障害NOS」,「肺障害」と記載されていたこと,同月6日の被告
国への初回報告における副作用名が肺障害NOS(死に至る事
象),(報告副作用名:急性肺障害)と記載され,臨床経過が明ら
かとなっていなかったが,被告会社が同月9日に入手した情報で
は,有害事象名が「急性肺障害(間質性肺炎)」とされ,副作用名
は「間質性肺炎」とされていたこと,同年9月2日の被告国への追
加報告における副作用名が「間質性肺炎(死に至る事象)(報告副
作用名:急性肺障害(間質性肺炎))」と記載され,経過としてス
リガラス影が認められたなどの記載が追加されたことが認められ
る。
そうすると,副作用名では「肺障害NOS」として,詳細の不明
な肺障害とされており,臨床経過からは必ずしも間質性肺炎等と疑
うことはできなかったことがうかがえるが,被告会社が最初に報告
を受けた時点から報告名では「急性肺障害」とされていたのであ
り,治験における安全性情報の取扱についての通知(乙D13)の
趣旨を考慮すると,被告会社は,最初に報告を受けた平成14年8
月5日の時点から間質性肺炎等に関する副作用報告として扱うべき
であったというべきである。被告会社の上記主張事実に沿う事実は
認められるが,その事実は上記判断を覆すに足りない。
(b)承認後症例④について
被告会社は,承認後症例④について入手した情報では副作用名が
「呼吸不全」とされており,間質性肺炎等の副作用報告と扱うこと
ができなかったと主張する。
証拠(甲L3[枝番号1,4∼8],乙L3[枝番号1,4∼
8。うち4,6∼8は各孫番号1,2を含む。])によれば,承認
後症例④についての被告国への初回報告(平成14年8月16日)
では,副作用名が「呼吸不全(生命を脅かす事象)」と記載されて
いたこと,臨床経過の詳細が明らかにされていなかったが,被告国
への追加報告(同年9月4日)では,イレッサ投与開始から6日後
(同年7月30日)に呼吸困難が発症し,7日後(同月31日)に
胸部レントゲンにて両肺網状線状影増悪が認められて,イレッサの
投与が中止され,8日後(同年8月1日)にステロイドパルス療法
が行われたことが記載されていたこと,初回報告の時点までに少な
くとも5例の間質性肺炎の副作用報告があったことが認められる。
そして,治験における安全性情報の取扱についての通知(乙D1
3)の趣旨を考慮すると,臨床経過からは,イレッサとの因果関係
も否定できない間質性肺炎発症例であることが推認され,これを妨
げる事実はないのであるから,間質性肺炎等に関する副作用報告で
あったと認めるのが相当である。
なお,被告会社が承認後症例④の詳細な臨床経過の情報を入手し
たのは平成14年8月16日以降であったことがうかがわれるが,
同月16日の時点で判明していた情報をもとにしても,詳細が不明
の呼吸不全とされているのであり,間質性肺炎自体の鑑別診断が困
難であることが少なくないことや他に間質性肺炎の副作用報告が承
認から約1か月の間に少なくとも5例報告されていたことを併せ考
慮すると,同年8月29日の時点では少なくとも承認後症例④を間
質性肺炎等の副作用報告に準じて扱うべきであったというべきである。
(c)承認後症例⑪について
被告会社は,承認後症例⑪について入手した情報では副作用名が
「低酸素血症」とされており,間質性肺炎等の副作用報告と扱うこ
とができなかったと主張する。
証拠(甲L3[枝番号11],乙L3[枝番号11の1・2])
によれば,承認後症例⑪の初回報告(平成14年8月29日)では
副作用名が「低酸素血症」と記載されており,追加報告(同年9月
30日)では「急性呼吸不全」に変更されたこと,被告会社が急性
呼吸不全に関する情報を入手したのは同年9月12日であったこ
と,臨床経過では,同年8月27日にレントゲン上で間質性陰影が
認められたとされ,同日にメチルプレドニゾロン1000mgが投
与されたこと,担当医の意見では,薬剤性間質性肺炎の疑いがあ
り,イレッサの他にロキソニンやメイアクトが原因薬剤として疑わ
れるとされていたことが認められる。
そうすると,承認後症例⑪は間質性肺炎発症例であり,他の薬剤
による影響が否定できないものの,イレッサとの因果関係も否定で
きない間質性肺炎発症例であるといえるから,治験における安全性
情報の取扱についての通知(乙D13)の趣旨を考慮すると,間質
性肺炎等に関する副作用報告であったと認めるのが相当である。
もっとも,被告会社が詳細な臨床経過の情報を入手したのは平成
14年9月12日であったのであるから,同年8月29日の時点で
症例⑪を間質性肺炎等の副作用報告と扱うべきであったとはいえな
い。
(d)承認後症例⑯について
被告会社は,承認後症例⑯について入手した情報では副作用名が
「血尿」とされており,間質性肺炎等の副作用報告と扱うことがで
きなかったと主張する。
証拠(甲L3[枝番号1∼8,16],乙L3[枝番号1∼8,
16。各孫番号1,2を含む。])によれば,承認後症例⑯の初回
報告(平成14年8月15日)では副作用名が「血尿」とされてお
り,追加報告(同年9月27日)で血尿に加え「肺炎NOS」が追
加されたこと,被告会社が肺炎に関する情報を入手したのは同年9
月11日であったこと,イレッサの投与中止後に肺炎が速やかに改
善したものの,上記肺炎により入院期間の延長を要するものであっ
たこと,胸部CTの画像上に肺炎様の影が認められるとされている
のみで,その他の臨床経過の詳細が報告書には記載されていないこ
と,初回報告まででさえ少なくとも7例の間質性肺炎の副作用報告
があったことが認められる。
臨床経過からは上記肺炎が間質性肺炎か否かを的確に判断できる
とはいいがたいが,詳細が不明の肺炎とされているのであり,間質
性肺炎自体の鑑別診断が困難であることが少なくないことや他に間
質性肺炎の副作用報告が承認から約1か月の間に少なくとも7例も
報告されていたこと,治験における安全性情報の取扱についての通
知(乙D13)の趣旨を併せ考慮すると,症例⑯を間質性肺炎等の
疑いのある副作用症例として扱うべきであったというべきである。
もっとも,被告会社が,承認後症例⑯の副作用名に肺炎が追加さ
れたとの情報を入手したのは平成14年9月11日であったのであ
るから,同年8月29日の時点で承認後症例⑯を間質性肺炎等の副
作用報告と扱うべきであったとはいえない。
イゲフィチニブ安全性問題検討会(安全性検討会)
【甲A13,丙K1[枝番号1∼15],2[枝番号1∼16]】
厚生労働省は,平成14年10月5日に被告会社に対して緊急安全性情
報を発出するように指示し,市販後安全対策の徹底等を指導し,その後も
引き続き副作用症例の把握に努めていたが,今後の見通しについてはなお
予断を許さない状況であるとして,同年12月25日及び平成15年5月
2日に,安全性検討会を開催した。
(ア)平成14年12月25日開催【丙K1[枝番号1∼15]】
平成14年12月25日開催の安全性検討会では,イレッサの承認前
の審査報告書や海外から報告された副作用症例報告一覧等の資料や,承
認後に副作用として報告された医薬品副作用・感染症症例票等の資料を
踏まえ,その時点での医学的,薬学的知見に基づき,承認時の安全性・
有効性に関する評価や「販後における安全性と安全対策等について議論
された。この議論において,以下のような指摘があった(頁数はいずれ
も丙K1[枝番号2]のものである。)。
・イレッサによる間質性肺炎の特徴の一つとして,投与初期に発生し致
死的な転帰をたどる例が多いこと,早期に発症する間質性肺炎例が多い
こと,2週間ないし4週間までに発症する間質性肺炎が非常に致死率が
高いこと(10,12頁)
・イレッサについては,患者の側からも治療する医師の側からも,使っ
てみたいという要望が非常に強かった。しかも,経口で,外来でも使え
たために,使用例が急速に増え,そこに落とし穴があった。(14頁)
・メーカーの使用予定の約3年分を約半年で使用した。(19頁)
・間質性肺炎,肺線維症の既往のある患者について,イレッサの使用を
禁忌とすると,じん肺症の患者や膠原病の患者で肺線維症を発症してい
る患者に対してイレッサを使用できないことになることは望ましくな
い。イレッサのメリットを受けられない患者が多くなりすぎる(16
頁)
・被告会社が平成14年10月に作った小冊子にも,死亡例があること
が書かれていない。死亡に至る例があったという事実を書いていないと
いうのは,企業による情報提供という面では必要ではないか。企業はど
うしても軽め軽めに書く。(18頁)
議論の結果,以下のような対応を実施する必要があるとされた。
aインフォームド・コンセントや情報提供の徹底
・治療を開始するに当たり,患者に,有効性・安全性・副作用の初
期症状,非小細胞肺がんの治療法,致命的となる症例があること等
について十分に説明し,同意を得た上で投与すること
・企業による医療期間への有効性及び安全性等の適正使用に資する
情報提供を徹底することなど
bより適切な管理の下での使用の徹底
・肺がん化学療法に十分な経験を持つ医師が使用するとともに,投
与に際して緊急時に十分に措置できる医療機関で行うこと
・少なくとも投与開始後4週間は入院又はそれに準ずる管理の下
で,間質性肺炎等の重篤な副作用発現に関する観察を十分におこな
うこと
c間質性肺炎,肺線維症又はこれらの疾患の既往歴のある患者への使
用を慎重投与に設定
d服用者向け情報提供資料の作成等
・間質性肺炎等発生時の処置が手遅れとならないよう,服用者向け
情報提供資料を適正に作成し,副作用発現数や死亡例について具体
的に記載するなど,注意換気を徹底すること
e企業による市販後安全対策の強化
(イ)平成15年5月2日開催分【丙K2[枝番号1∼16]】
平成15年5月2日開催の安全性検討会では,平成14年12月25
日開催分における安全性検討会の意見に対する被告会社の取組状況や医
療機関におけるイレッサ投与例の紹介等の資料を踏まえ,医学的,薬学
的知見に基づき,前記(ア)のa∼eの実行状況と最近の副作用発現状況
や有効性・安全性に関する最近の知見(学会報告),承認審査に関する
事項等について,議論された。
同日の安全性検討会では,永井実験①(前記第5章第3の4(2)ア(ウ)
a)の概略が説明されたほか,濱,別府及び福島の「イレッサ(ゲフィ
チニブ)の使用中止に関する要望書」が資料として配布され,別府は参
考委員として,濱は傍聴席から,それぞれ意見を述べた。
ウ専門家会議【丙L1,2】
被告会社は,平成14年10月15日の緊急安全性情報の発出後,更なる
安全性確保のため,急性肺障害・間質性肺炎の早期発見・診断と処置の検討
を主たる目的として,臨床腫瘍学専門家,呼吸器内科専門家,放射線診断専
門家及び病理診断専門家を委員とした専門家会議を組織した。工藤翔二も専
門家委員として加わっていた。
専門家会議は,①平成14年12月5日,②同月28日,③平成15年1
月23日,④同年3月2日に開催され,イレッサ服用中に急性肺障害・間質
性肺炎を発症し,詳細調査情報が得られた症例を解析,検討した。
専門家会議では,平成15年1月23日,上記①ないし③の会議における
上記検討結果を基に中間報告書を公表し,同年3月26日,上記①ないし④
の会議における検討結果を基に最終報告書を公表した。
(ア)中間報告【丙L1】
専門家会議は,第1回ないし第3回までに詳細調査情報が得られたイ
レッサ服用中に急性肺障害・間質性肺炎を発症した症例(79症例)に
ついて検討を行い,中間報告書として公表した。
中間報告書では,「投与開始後4週までに発症する症例数は多い」,
「投与早期にILDが発症する傾向があり,投与開始から4週間の厳重
な観察が求められている。」などとされた。
(イ)最終報告【丙L2】
専門家会議は,第1回ないし第4回までに詳細調査情報が得られたイ
レッサ服用中に急性肺障害・間質性肺炎(ILD)を発症した症例(1
52例)について検討を行い,最終報告書として公表した。
解析結果の概要は,次の①∼⑨のとおりである。
①日本における間質性肺炎の発症率は約1.9%(死亡率約0.
6%)と推定され,海外に比べて約6倍と著しく高頻度である。
②間質性肺炎の予後を悪化させる可能性のある因子として,性別
(男性),がんの組織型(扁平上皮がん),特発性肺線維症(IP
F)等の既存(あり),全身状態不良(PS2以上),喫煙歴(あ
り),ゲムシタビンによる前治療(なし),の6項目が示唆され
た。
③特発性肺線維症(IPF)等の既存(あり),性別(男性),が
んの組織型(扁平上皮がん)の3項目が主要な予後因子となる可能
性が示唆された。
④PS(3以上),肺手術歴(なし),化学療法終了後イレッサ投
与開始までの期間(8週間以内),糖尿病の合併(あり),脳血管
障害の合併(あり),特発性肺線維症等の既存(あり)が,急性肺
障害・間質性肺炎発症までの期間を短くする因子として示唆された。
⑤急性肺障害・間質性肺炎発症例の症状では,発熱,乾性咳嗽(か
ら咳),息切れ,ラ音等のうち,息切れが最も高頻度(75%)で
あり,以下発熱,ラ音,乾性咳嗽の順であった。
⑥臨床データベース症例152例中画像情報のある134例のう
ち,確実性の高い急性肺障害・間質性肺炎症例105例について検
討すると,寄与因子の有意差に若干の総意がみられた。
⑦イレッサによる間質性肺炎のCT所見は,斑状あるいはびまん性
の分布を示すすりガラス陰影又は浸潤影を主体とする所見が中心で
あった。
⑧臨床的にイレッサによる間質性肺炎とされた死亡例の,剖検にお
ける基本的な病理組織像は,びまん性肺胞障害(DAD)であっ
た。
⑨特発性肺線維症等の既存が,イレッサ投与における急性肺障害・
間質性肺炎発症の危険因子の可能性が否定できない,発症後の転帰
においては死亡につながる重要な危険因子であることが明らかとな
った。これらは,イレッサ投与における間質性肺炎発症の予防及び
機序解明の点からも重視される。
上記分析を受けて,以下の提言がされた。
①特発性肺線維症等の既存する患者等に対しては,間質性肺炎発症
後の予後が悪い可能性があり,慎重に投与すること
②特に特発性肺線維症等の既存は,発症後の転帰においては死亡に
つながる重要な危険因子であるため,イレッサ投与前に,特発性肺
線維症等の既存の有無をCT等によって正確に評価すること
③投与早期に急性肺障害・間質性肺炎が発症する症例では予後が悪
く,投与初期の厳重な観察が求められが,それ以後においても発症
する可能性があり,投与全期間を通じて慎重に観察すること
④患者・家族には,イレッサの有効性,副作用の発症頻度,急性肺
障害・間質性肺炎の死亡率,予後因子等について,十分に説明し,
同意を得た上で投与を開始すること
⑤早期診断;発熱,乾性咳嗽,労作時呼吸困難などの初期症状
から早期に以上を察知する必要がある。また,症状の有無にかかわ
らず,何らかの異常を認めたときは,早期に間質性肺病変をとらえ
ることが重要である。
⑥早期治療;イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎が疑われ
た場合には,速やかにイレッサの投与を中止すること
CT画像を入手できた症例から他疾患である可能性が高い症例を
除いた47症例の画像パターンを検討し,イレッサでは合計4つの
画像パターンを示す薬剤性肺障害の発症が確認され,次の①ないし
④に分類された。
①両側肺野の斑状あるいはびまん性に分布する,すりガラス陰影又
は浸潤影で,牽引性気管支拡張などの構造改変を示唆する所見を伴
うもの(急性間質性肺炎AIP様所見)
②肺野末梢優位の浸潤影(器質化肺炎COP様所見)
③両側肺野の斑状あるいはびまん性に分布する,すりガラス陰影と
浸潤影の混在で,しばしば多少葉性の分布をとり,小葉間隔壁の肥
厚を伴い,牽引性気管支拡張などの構造改変を示唆する所見に乏し
いもの(急性好酸球性肺炎AEP様所見)
④両側肺野の淡いすりガラス陰影で,肺野の縮みや牽引性気管支拡
張を欠くもの(過敏性肺炎HP又は過敏性反応HRパターン)
エWJTOG研究報告【甲H9,丙E7,51[枝番号1,2]】
WJTOG研究報告の目的及び結果の概要は,別紙34(WJTOG研
究報告概要)記載のとおりである。
WJTOG研究報告は,平成14年8月31日から同年12月31日ま
での間にイレッサの投与を開始した非小細胞肺がん患者について,1年間
の経過観察を行い,その結果に基づいて,イレッサの間質性肺炎の発症頻
度(発症率)及び間質性肺炎による死亡率などを調べることを目的として
実施されたレトロスペクティブな研究報告(後ろ向き調査)である。
WJTOG研究報告(最終報告)では,①1976例のうち間質性肺炎
の発症が認められた症例が70例(70例のうち1例のみイレッサとシス
プラチンの併用療法の症例,その他はイレッサ単剤投与例であった。),
うち死亡例が31例であった(間質性肺炎の発症頻度は3.5%(70/
1976例)であり,間質性肺炎による死亡率は1.6%(31/197
6例)であった),②イレッサ投与開始から間質性肺炎発症までの期間の
中央値は31日間,間質性肺炎発症までのイレッサの投与期間の中央値は
29日間であった,③発症危険因子として挙げられたものは,男性,喫煙
歴あり,間質性肺炎の併発症例であった。
オプロスペクティブ調査【丙C2,乙H29】
プロスペクティブ調査の目的及び結果の概要は,別紙35(プロスペク
ティブ調査概要)記載のとおりである。
プロスペクティブ調査は,イレッサの副作用(間質性肺炎を含む。)の
発症頻度及び危険因子(発症危険因子,予後因子)を明らかにするため
に,被告会社が実施したプロスペクティブな調査(前向き調査)である。
プロスペクティブ調査は,当初の登録患者数が3354例で,平成16
年3月に調査が終了し,データの収集が完了した症例は3350例(4例
はデータ収集不能)であった。このうち安全性評価対象症例として副作用
の発症頻度等の検討の対象とされた症例は3322例であった。
プロスペクティブ調査では,主治医による診断と判定委員会による判断
が異なるが,間質性肺炎の鑑別診断が困難であり(前記3(3)エ(イ)),担
当医以外の組織の確認を受けることが望ましい(前記第2の4(2)ウ(ア)c
参照)ことは副作用判断においても妥当することであるから第三者機関で
ある判定委員会による判断を尊重するべきである。
判定委員会の判定によれば,①3322例中のうち間質性肺炎の発生が
認められた症例が193例,うち死亡例が75例であった(間質性肺炎の
発症頻度は5.81%,間質性肺炎による死亡率は2.26%であっ
た。),②間質性肺炎を発症した者の中で間質性肺炎により死亡した者の
割合は,38.6%(83例/215例)であった,③発症危険因子とし
て,全身状態不良(PS2以上)の症例,喫煙歴を有する症例,イレッサ
投与時に間質性肺炎を併発している症例,化学療法歴を有する症例の4つ
が挙げられ,予後不良因子(転帰死亡)として,男性の症例,全身状態不
良(PS2以上)の症例が挙げられた(ただし,予後不良因子(転帰死
亡)は,対象症例数が101例と少ないため,選択された因子について明
確に断言できるものではないと付言された。),④間質性肺炎以外の副作
用の発症も見られたが,治験における副作用プロファイルとほぼ同様であ
った。
カコホート内ケース・コントール・スタディ(CCS)
【甲C4,丙E34[枝番号9],46,61】
コホート内ケース・コントール・スタディの目的及び結果の概要は,別
紙36(コホート内ケース・コントール・スタディ概要)記載のとおりで
ある。
コホート内ケース・コントール・スタディは,間質性肺炎の発症頻度
(発症率)等について,イレッサと他の非小細胞肺がん抗がん剤を比較す
ることによって検討,評価することを目的として被告会社が実施した調査
研究である。比較対象とされた他の非小細胞肺がん抗がん剤による化学療
法には,様々な治療法が含まれているが,大半は①ドセタキセルやパクリ
タキセルなどの抗がん剤とプラチナ製剤の2剤併用療法と②ゲムシタビン
とビノレルビンの2剤併用療法であった。
コホート内ケース・コントール・スタディの結果によれば,①間質性肺
炎の発症頻度は,イレッサが3.98%,他の化学療法が2.09%であ
り,間質性肺炎が発生した場合の死亡率は,イレッサが31.9%,化学
療法が27.9%であった,②イレッサの副作用死亡率は1.6%であ
り,死因は主に間質性肺炎であった,③イレッサによる間質性肺炎の発症
の危険性は,治療開始後4週間以内で高かった,④間質性肺炎の発症危険
因子は,イレッサと他の化学療法の両群で,喫煙歴あり,既存の間質性肺
炎発症あり,非小細胞肺がんの初回診断から間質性肺炎発症までの期間が
6か月以内であること,全身状態不良(PS2以上),正常肺占有率が低
いこと,年齢(55歳以上),心血管系の合併症を有していることが挙げら
れた。
キその他の研究報告の概要
(ア)西條長宏ら「Riskfactorsforinterstitiallungdiseaseand
predictivefactorsfortumorresponseinpatientswithadvanced
non-smallcelllungcancertreatedwithgefitinib」(LungCancer
vol.45:平成16年7月,甲H7)
平成14年7月から同年12月までの間に,日本におけるイレッサの
投与を受けた非小細胞肺がん患者115例を対象として間質性肺疾患の
危険因子等を分析することを目的とした後ろ向き研究調査の結果,11
5例のうち112例の患者で,間質性肺疾患の評価を行うことができ,
うち6例(5.4%)で間質性肺疾患が発現したことが確認され,6例
中4例が間質性肺疾患により死亡した(なお,上記患者では,いずれも
呼吸器症状の急性の発現ないし悪化がみられ,うち5例の患者では両肺
にすりガラス様のびまん性間質性病変がみられた。気管支肺胞洗浄や肺
生検は実施されなかったため,がん性リンパ血管障害や他の疾患を排除
できなかったが,薬物誘発性間質性肺疾患の臨床経過や画像検査上の像
が一致した。うち1例は,画像診断を行う前に死亡したものであった
が,剖検からびまん性肺胞障害が明らかとなったため,間質性肺疾患に
よって死亡したものとした。)。
(イ)堀田勝幸ら「InterstitialLungDiseaseinJapanesePatients
WithNon-SmallCellLungCancerReceivingGefitinib:AnAnalysis
ofRiskFactorsandTreatmentOutcomesinOkayamaLungCancer
StudyGroup」(TheCancerJournalvol.11no.5:平成17年9月,
甲H8)(堀田らの研究報告)
平成12年から平成15年までの間に,西日本でイレッサの投与を受
けた365例の非小細胞肺がん患者を対象に間質性肺疾患の危険因子等
を分析することを目的とした後ろ向き研究調査の結果,365例のうち
350例の患者で,間質性肺疾患の評価を行うことができ,うち15例
(4.5%)で専門家による再検討により間質性肺疾患が発現していた
ことが最終的に確認され,15例中8例が間質性肺疾患により死亡した
ものであった。発症危険因子としては,肺線維症の既往歴,PS不良,
以前の胸部照射療法などが挙げられた。また,イレッサ投与から間質性
肺疾患の発現まで期間が短いこと,間質性肺疾患が急性型であること,
及び以前から既存の肺線維症が存在することが予後不良因子である。
ク小括
前記エないしカ認定の事実によれば,以下のとおりである。
(ア)イレッサによる間質性肺炎の発症頻度
aWJTOG研究報告(最終報告)では,全症例における間質性肺炎
の発症率は3.5%(70例/1976例),プロスペクティブ調査
では,全症例における間質性肺炎の発症率は,判定委員会判定結果に
よれば5.81%(193例/3322例),主治医の判定結果によ
れば6.47%(215例/3322例),コホート内ケース・コン
トロール・スタディでは,間質性肺炎発症率は,イレッサ群(187
2例)で3.98%,他の化学療法群(2551例)で2.09%で
あった。
また,WJTOG研究報告はレトロスペクティブな研究(後ろ向き
調査)である(丙E7,51[枝番号1,2])のに対し,プロスペ
クティブ調査(丙C2)及びコホート内ケース・コントロール・スタ
ディ(甲C2,丙E34[枝番号9],46,61)はいずれもプロ
スペクティブな研究(前向き調査)であり,中でもプロスペクティブ
調査は他の調査研究よりも症例数が多く大規模な調査であったという
のである。
前向き調査(プロスペクティブな研究)は現時点でコホート(調
査・研究のための集団)を設定し,未来に向かって観察する方法のこ
とをいい,原因と結果の時間的順序が明確であるが,実施するために
は多くの対象者を必要とし,費用と時間を要する。これに対し,後ろ
向き調査(レトロスペクティブな研究)は過去のある時点にコホート
(集団)を設定し,現時点まで既に発生している患者集団を観察する
方法のことをいい,前向き調査に比べて,費用や時間が少なくてよ
く,同じ集団のケースとコントロールが比較できるが,データの内容
や質をコントロールできないのが短所であるといわれており,後ろ向
き研究では,研究者が既に結果を知っているから,都合のよい対象を
選んでしまう選択バイアスが生じやすい(甲F55,甲P123[枝
番号1,2])。そのため,後ろ向き調査は,一般的に前向き調査よ
りも信頼性が低いとされている(前記3(3)イ(カ)①,丙E46参
照)。
そうすると,上記調査のうち症例数の最も多く,前向き調査である
プロスペクティブ調査が最も証拠価値が高いものであるといえ,その
他のコホート内ケース・コントロール・スタディやWJTOG研究報
告をも併せ考慮すると,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度は5%
前後であると認めるのが相当であり,その他の研究報告(前記キ)の
結果とも整合する。
b前記2(2)イ(ウ)a認定の事実によれば,新規抗がん剤の肺がんに係
る現在における実地医療での間質性肺炎発症率は,ビノレルビンで
1.4∼2.5%,ゲムシタビンで1.2∼1.4%,イリノテカン
で0.9%,ドセタキセルで0.6%,パクリタキセルで0.5%で
あったというのである。
そうすると,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度は,従来の抗が
ん剤の中でも間質性肺炎の発症頻度の高かったイリノテカンなどと同
等以上の発症頻度を示しているのであるから,イレッサによる間質性
肺炎の発症頻度は従来の抗がん剤よりも高いものと認められる。な
お,近年においては,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度は減少傾
向にあるといえるが(前記ア),投与の方法や間質性肺炎の発症危険
因子の研究などが進展してきたことによるものと考えられるのである
から,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度に関する上記判断を覆す
ものではない。
(イ)イレッサによる間質性肺炎の重篤性
WJTOG研究報告では,全症例における間質性肺炎による死亡率は
1.6%(31例/1976例)であったが,間質性肺炎発症例のうち
の副作用死亡例の割合は約43%(31例/70例)であった。
プロスペクティブ調査では,全症例における間質性肺炎による死亡率
は,判定委員会判定結果によれば2.26%(75例/3322例),
主治医の判定結果によれば2.5%(83例/3322例)であった
が,間質性肺炎発症例のうちの副作用死亡例の割合は,判定委員会判定
結果によれば38.8%(75例/193例),主治医の判定結果によ
れば38.6%(83例/215例)であった。
コホート内ケース・コントロール・スタディでは,間質性肺炎発症率
は,イレッサ群で3.98%,他の化学療法群で2.09%であり,間
質性肺炎発症例のうちの副作用死亡例の割合は,イレッサ群で31.
6%,他の化学療法群で27.9%であった。いずれの調査及び研究に
おいても,イレッサにおける副作用による死亡例はほぼ間質性肺炎のみ
により生じたものであった。
また,上記調査のうち症例数の最も多く,前向き調査であるプロスペ
クティブ調査が最も証拠価値が高いものであるが,その他のコホート内
ケース・コントロール・スタディやWJTOG研究報告をも総合考慮す
るべきである。
そうすると,イレッサでは,他の抗がん剤よりも間質性肺炎の発症の
頻度が高いだけでなく,発症した場合には30∼40%の割合で死に至
っているというのであるから,コホート内ケース・コントロール・スタ
ディにおける他の化学療法群と比較しても致死率が同程度もしくはやや
高いといえ,イレッサによって発症する間質性肺炎は従来の抗がん剤よ
りも重篤又は致死的なものであったと認められる。ただし,上記調査等
によれば,イレッサによる副作用死亡率は2%前後であり,副作用死亡
率自体は他の抗がん剤の2%前後と同程度である(前記2(2)ア)とい
える。
(ウ)イレッサによる間質性肺炎の特徴(早期発症等)
平成14年12月13日当時で,間質性肺炎等に関するイレッサの副
作用報告が358例(うち死亡例は114例)あり,同月25日開催の
安全性検討会や専門家会議において,イレッサの投与初期に間質性肺炎
を発症すると,致死的な転帰をたどる例が多いことが指摘された。そし
て,WJTOG研究報告では,そのことが実証されたというのであ
る。また,専門家会議では,イレッサでは合計4つの画像パターンを示
す薬剤性肺障害の発症が確認された。
原告らは,イレッサ承認後約半年でイレッサの特徴が把握されるに至
ったというのは不自然であり,承認当時から判明していたはずであると
主張するようであるが,前記のとおりイレッサ承認当時の副作用症例は
発症時期や転帰などが様々であり,上記の特徴を把握することが困難で
あり,イレッサ承認後の多数の副作用症例を検討することにより初めて
可能となったというものであるから,何ら不自然なものではなく,原告
らの主張は採用できない。
(エ)イレッサによる間質性肺炎の発症の危険性・予後と既存の肺線維症や
間質性肺炎との関係
安全性検討会での議論専門家会議での検討の結果,特発性肺線維症等
の既存する患者等に対しては,間質性肺炎発症後の予後が悪い可能性が
あり,慎重に投与すること,特に特発性肺線維症等の既存は,発症後の
転帰においては死亡につながる重要な危険因子であるため,イレッサ投
与前に,特発性肺線維症等の既存の有無をCT等によって正確に評価す
ることが提言されたのである。
また,その後のWJTOG研究報告,プロスペクティブ調査及びコホ
ート内ケース・コントロール・スタディ等により,肺線維症の既往歴あ
り,以前胸部に放射線治療歴ありという因子が,間質性肺炎発症の危険
因子として挙げられた。
そうすると,既存の肺線維症や間質性肺炎が存在する場合には,イレ
ッサにより間質性肺炎を発症しやすいことがイレッサ承認後に判明した
と認められる。
なお,イレッサ承認(平成14年7月)当時においても,殺細胞性抗
がん剤については,既存の肺線維症や間質性肺炎がある場合には薬剤性
間質性肺炎を発症しやすい可能性があるとの指摘がされていた。しか
し,イレッサ承認(平成14年7月)当時においては,間質性肺炎の病
態は原因に対して非特異的で,薬剤性間質性肺炎の発症可能性や病態
は,薬剤ごとに検討していくほかなかったのである。そのため,イレッ
サ承認(平成14年7月)当時は,工藤報告(甲H6)のように,研究
者ごとに薬剤性肺障害について得られる情報を収集して問題提起を発表
している状況ではあったが,症例報告の少ない薬剤性肺障害の研究には
限界があった(前記3(2)ア(ア))。
したがって,イレッサ承認(平成14年7月)当時から,既存の肺線
維症や間質性肺炎がある場合に,イレッサによって薬剤性間質性肺炎を
発症する可能性が高いことが判明していたとまではいえない。
5イレッサの危険性(間質性肺炎発症の危険性と予後の重篤性)のまとめ
(1)イレッサ承認(平成14年7月)当時の間質性肺炎自体の予後の重篤性
ア薬剤性間質性肺炎
間質性肺炎は,肺の間質を炎症の主座とする慢性のびまん性の炎症性疾
患であり,その症状,経過,治療反応性は多様であり,多くの病態が含ま
れている。
間質性肺炎の中でも,薬剤性間質性肺炎が発症した場合の治療は,平成
14年7月当時も現在と同様,投薬の中止又はステロイド療法による治療
が行うこととされていた。そのため,ステロイド療法への反応性が予後と
関連するものと考えられていた。薬剤性間質性肺炎の治療反応性は,原因
薬剤や病型分類によっても異なりうると考えられていたものの,薬剤性間
質性肺炎の疾患全体としては,その9割が全快又は軽快しており,一般的
にはステロイド療法などの治療によって重篤化を回避できることが多い
が,症例によっては致死的となるものもあると考えられていた。
イ薬剤性間質性肺炎のうちの急性間質性肺炎の予後の重篤性
(ア)特発性間質性肺炎における病型分類と予後
イレッサの承認された平成14年7月当時において,特発性間質性肺
炎には,症状経過や治療に対する反応性及び予後について,基本的に病
理組織型のパターンに特徴があると考えられており,我が国の最先端の
研究では,特発性間質性肺炎に関してはATS/ERS分類と同様の病
型分類が検討される状況にあり,その中でも少なくとも慢性型の特発性
肺線維症や急性間質性肺炎等の中心的な分類は周知のものであった。
特発性間質性肺炎の中でも,急性間質性肺炎(AIP/DAD)で
は,急性間質性肺炎は急激に発症し予後が不良であるという見方が有力
であった。
(イ)薬剤性間質性肺炎における病型分類と予後
平成14年7月当時において,薬剤性間質性肺炎の病型分類に関する
議論は,特発性間質性肺炎の病型分類が援用される程度のものであり,
特発性間質性肺炎の病型分類と薬剤性間質性肺炎の関係を実証的に研究
がされたものは見当たらず,各病理組織型ごとの予後を適切に予測でき
る程度の病型分類として確立されていたとまではいいがたい状況であっ
た。
薬剤間質性肺炎の中でも急性間質性肺炎の場合(AIP)には,ステ
ロイド療法への反応性が悪く予後不良であるとする見方が強かった。
(ウ)抗がん剤と間質性肺炎の特徴との関係
平成14年7月当時においては間質性肺炎の病態は原因に対して非特
異的であり,特定の薬剤であっても,異なる病態の間質性肺炎を発症す
ることがあり得,ある病態の間質性肺炎を発症させる薬剤は複数存在し
うるのであるから,特定の抗がん剤と特定の病態の間質性肺炎との関係
を把握することが困難であった。
(2)イレッサ承認(平成14年7月)当時のイレッサによる間質性肺炎発症可能
性と重篤性
アイレッサの作用機序と間質性肺炎の発症可能性
イレッサの間質性肺炎発症機序は現在においてさえ未解明な問題であ
り,平成14年7月の承認当時から解明されていたとはいえないものであ
る。あくまでイレッサのEGFRチロシンキナーゼ阻害作用からの理論的
可能性があったにすぎないのであるから,非臨床試験や臨床試験の結果を
踏まえて実証的に検証が行われる必要があったというべきであり,イレッ
サの作用機序から間質性肺炎の発症が予測できたとはいえない。
イイレッサの毒性試験と間質性肺炎の発症可能性
イレッサの毒性試験においては,イレッサの毒性を示す所見と解釈する
ことが困難な所見のみであり,肺胞マクロファージの増加の所見をイレッ
サの肺毒性と結びつけて検討することも困難であった。
ウ国内臨床試験・治験成績と間質性肺炎の発症可能性・重篤性
(ア)国内3症例を踏まえた知見
国内3症例では,イレッサの承認用量での間質性肺炎に関する副作用
例がなく,イレッサを承認用量で投与したときに間質性肺炎が発症する
という明確な根拠はなかったといわざるをえないものの,倍量で発症す
る以上,承認用量で投与したときには間質性肺炎が発症する可能性を否
定できなかった。
国内臨床試験における間質性肺炎の発症頻度は,国内臨床試験の母数
を133例とした場合には,その発症頻度は約2.3%(3/133
例)であり,他の抗がん剤より特に高いものであったとまではいえな
い。
また,国内3症例からは,イレッサにより発症しうる間質性肺炎が,
従来の抗がん剤に比べて,致死的ないし重篤なものであったとまではい
えないが,一般的に間質性肺炎には致死ないし重篤化するものがありう
るため,イレッサにより発症しうる間質性肺炎によって致死ないし重篤
化することが否定できなかった。
しかし,国内3症例における間質性肺炎は,発症経過がそれぞれ異な
っており,国内3症例から,イレッサによる発症しうる間質性肺炎に関
して発症経過などの特徴を見いだすことは困難であった。
(イ)間質性肺炎等以外の副作用等の治験結果に関する評価
イレッサの副作用のうち,最も多くみられるものは発疹(皮疹,湿
疹)であり,比較的発症頻度が高いものは肝機能障害,下痢,嘔吐など
であり,他の抗がん剤と比較しても,その発症頻度や程度も軽度であっ
た。
従来の殺細胞性抗がん剤では,白血球減少,好中球減少,血小板減少
及び赤血球減少の血液毒性による副作用が過半数を越えて発生するが,
イレッサには血液毒性による副作用はほとんどみられなかった。
エ海外の副作用報告とイレッサによる間質性肺炎発症可能性・重篤性
海外の副作用報告によると,間質性肺炎等に関する海外の副作用報告の
うち承認用量での間質性肺炎発症例が半数ほどあった。
海外の副作用報告においては,INTACT各試験における発症頻度は
国内臨床試験における発症頻度約2.3%よりも低くなり,またEAPに
おける発症頻度は計算すること自体困難であった。
海外の副作用報告合計43例のうち半数以上である24例は,間質性肺
炎と確定診断されたものではなく,臨床経過が不明であり,事後的に検証
することもできないことから,間質性肺炎と診断された症例と同等に評価
するべきであるとまではいえず,また,間質性肺炎と確定診断された副作
用報告合計19例のうち14例が併用薬剤の影響のために因果関係の判断
が困難な症例であり,加えて承認用量と異なる症例も含まれており,海外
においてもEAPやINTACT各試験などで多数の症例において投与さ
れていることを総合すると,海外副作用報告からは,承認用量のイレッサ
によって発症しうる間質性肺炎の重篤性ないし致死性を適正に評価するこ
とは困難であったといわざるをえず,より慎重に評価を加えたとしても,
イレッサによる間質性肺炎によって死に至ることがありうるが,イレッサ
による間質性肺炎の重篤度は,従来の殺細胞性抗がん剤と比較して重篤な
いし致死的であったとまではいえず,せいぜい同程度とみるのが相当であ
った。
イレッサの投与開始からの間質性肺炎の発症時期や症状経過,ステロイ
ド療法への反応性などは様々であったから,イレッサの副作用による間質
性肺炎が急性間質性肺炎の特徴を有するものであるなどの特徴を把握する
ことまでは困難であった。
オ国内外の副作用報告の総合評価
以上を総合すると,承認用量によるイレッサの投与によっても間質性肺
炎が発症する可能性はあったが,他の抗がん剤と比較して,その発症頻度
が高いとまでいうことはできず,発症する副作用の程度の致死的ないし重
篤なものではなかった。
また,イレッサの投与開始からの間質性肺炎の発症時期や症状経過,ス
テロイド療法への反応性などは様々であったため,間質性肺炎の特徴を把
握することは困難であった。
(3)イレッサ承認後のイレッサによる間質性肺炎の発症可能性及び重篤性
アイレッサによる間質性肺炎の発症頻度
イレッサ承認後の各調査等によれば,イレッサによる間質性肺炎の発症
頻度は5%前後であると認められ,従来の抗がん剤の中でも間質性肺炎の
発症頻度の高いビノレルビンなどの2倍近い発症頻度を示している(現在
における実地医療での間質性肺炎の発症率は,ビノレルビン:1.4∼
2.5%,ゲムシタビン:1.2∼1.4%,イリノテカン:0.9%,
ドセタキセル:0.6%,パクリタキセル0.5%(各添付文書の記載。
前記2(2)イ(イ)))のであるから,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度
は従来の抗がん剤よりも高い。
イレッサによる間質性肺炎等の副作用報告数は,承認直後から数年で従
来の抗がん剤と比較しても多数に上っていたが,近年は減少傾向にはあ
る。
イイレッサによる間質性肺炎の重篤性
イレッサ承認後の各調査等によれば,イレッサは,間質性肺炎を発症し
た場合には30∼40%の割合で死に至っているから,他の抗がん剤と比
較しても致死率が同程度もしくはやや高く,イレッサによって発症する間
質性肺炎は従来の抗がん剤よりも重篤又は致死的なものであった。ただ
し,上記調査等によれば,イレッサによる副作用死亡率は2%前後であ
り,副作用死亡率自体は他の抗がん剤と同程度であった。
ウイレッサによる間質性肺炎の特徴(早期発症等)
(ア)早期発症例
安全性検討会で,イレッサによる間質性肺炎が投与初期に発症し致死
的な転帰をたどることが多いということが指摘されるようになり,その
後の調査等においてもこれに沿う結果が出され,イレッサによる間質性
肺炎の特徴が実証的に確認されるに至った。
(イ)4つの画像パターン
専門家会議において,イレッサでは合計4つの画像パターンを示す薬
剤性肺障害の発症が確認され,①急性間質性肺炎AIP様所見,②器質
化肺炎COP様所見,③急性好酸球性肺炎AEP様所見,④過敏性肺炎
HP又は過敏性反応HRパターンに分類された。
エイレッサによる間質性肺炎の発症の危険性・予後と既存の肺線維症や間
質性肺炎との関係
専門家会議やその後の各調査や研究報告により,既存の肺線維症や間質
性肺炎が存在する場合には,イレッサにより間質性肺炎を発症しやすいこ
とが判明した。
(以下余白)
第4イレッサの有用性
1医薬品の有用性の位置付け
(1)薬事法上の概念
医薬品は,人体にとって本来異物であるから,治療上の効能,効果ととも
に何らかの副作用の生ずることは避け難い。治療上の効能,効果がある医薬
品であっても,副作用がその効能,効果を打ち消すほどに重篤な場合には,
医薬品としての使用価値がないから,厚生労働大臣は,医薬品の承認にあた
っては,医薬品の有用性について,医薬品の使用価値を決するものであり,
当該医薬品の効能,効果と副作用との比較考量によって判断される。
薬事法上の医薬品の承認及び承認拒否事由に関する規定は,第3章第6の
1記載のとおりであり,承認拒否事由のうち有用性に関するものは,同法1
4条2項1号及び2号であると解される。
(2)製造物責任法上の欠陥,不法行為上の違法との関係における位置付け
製造物責任法所定の欠陥とは,当該製造物の特性,その通常予見される使
用形態,その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物
に係る事情を考慮して,当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること
をいうと規定されている(同法2条2項)。
製造物が医薬品である場合,その医薬品が通常有すべき安全性は,医薬品
が,その性質上,不可避的に副作用を伴い得るものであることから,当該医
薬品の販売時点における医学的,薬学的知見を下に,疾病の種類,代替可能
な他の治療薬や治療方法の存在をも考慮し,当該医薬品の治療上の効能,効
果と副作用とを比較考量して判断されるべきものである。したがって,医薬
品の有用性の判断は,製造物責任法所定の欠陥を基礎付けるものであると解
するのが相当である。もっとも,この判断は,製造物責任法上の要件につい
ての判断であることから,客観的に行われるべきであると解する(以下「客
観的な有用性」ということがある。)。
不法行為責任との関係においては,本件患者らへの販売時点において,当
該医薬品が前記製造物責任法における判断と同様の枠組みにより判断される
有用性を欠くことは,販売行為の違法性ないし過失を基礎付ける一要素であ
ると解するのが相当である。
(3)国家賠償法上の違法との関係における位置付け
国家賠償法1条1項は,国又は公共団体が損害賠償責任を負う要件とし
て,公権力の行使が違法なものであることを定める。すなわち,公務員の行
為が違法であるというためには,その職務行為が職務上の法的義務に違反す
ることが必要である。
前記第3章第6の1のとおり,厚生労働大臣は,医薬品の(輸入)承認権
限を有し(薬事法23条,14条1項),承認拒否事由のうち,医薬品の有
用性に関するものは,同法14条2項1号及び2号であると解される。した
がって,厚生労働大臣がした医薬品の承認行為が,医薬品の有用性を欠くと
いう観点から国家賠償法上違法であるというためには,厚生労働大臣が,薬
事法所定の承認権限の行使において,承認をしてはならない法的義務に違反
したこと,すなわち,同法14条2項1号ないし2号所定の承認拒否事由が
あるにもかかわらず,これを承認したと認められることが必要である。
そして,後記第8の1(1)アのとおり,医薬品の承認は,厚生労働大臣の
高度の専門的裁量にゆだねられるべきものであり,厚生労働大臣による医薬
品の有用性の判断,すなわち同法14条2項1号及び2号所定の承認拒否事
由に当たるか否かの判断は,裁量権の逸脱濫用にわたる場合にのみ違法とな
るものと解されるから,厚生労働大臣の専門的裁量を考慮するという点にお
いて,前記製造物責任や不法行為における有用性の判断とは異なると解する
のが相当である。なお,製造物責任上あるいは不法行為責任上,医薬品の販
売時点において,当該医薬品に客観的な有用性が認められる場合に,当該医
薬品を有用性のあるものとして承認した厚生労働大臣の行為は,国家賠償法
上,厚生労働大臣の専門的裁量を考慮するまでもなく適法となるものと解さ
れることはいうまでもない。
2有用性の判断方法
医薬品の有用性の判断は,当該医薬品の効能,効果と副作用との比較考量に
よって行われるが,有用性判断の要素となる医薬品の有効性と副作用及び代替
可能な医薬品や治療法の有無等に関する医学的,薬学的知見は,研究,開発の
成果などにより常に変わり得るものであるから,医薬品の有用性判断は,その
時点における医学的,薬学的知見を前提としたものにならざるを得ない(クロ
ロキン判決)。
もっとも,イレッサは,その薬剤としての客観的性状自体は,平成14年7
月当時から現在まで変化していないのであるから,その薬剤としての客観的な
有用性の判断においては,現在までの資料や医学的,薬学的知見を下に,現時
点においてもイレッサの客観的な有用性が認められるという事情は,平成14
年7月時点においても,イレッサの客観的な有用性が認められたことを推認さ
せる重要な間接事実として評価することができるものというべきである。
3イレッサの有用性
(1)平成14年7月当時
ア有効性
前記第5章第2のとおり,平成14年7月当時としては,セカンドライ
ン治療のみならずファーストライン治療においてもイレッサの有効性は認
められる。その判断の要点は以下のとおりである(同章第2の7参照)。
(ア)医薬品の有効性を確認するための中心となる資料は,臨床試験の試験
成績であり,抗がん剤の有効性判断における真の評価項目は延命効果を
中心とすべきであるが,旧ガイドラインにおけるⅡ相承認制度の下で
は,腫瘍縮小効果(奏功率)から延命効果(生存期間の延長)を合理的
に予測することができると考えられ,代替評価項目である腫瘍縮小効果
から真の評価項目である延命効果を評価することができると考えられて
いた。
奏功率の評価における抗がん剤の期待有効率(有用な抗悪性腫瘍薬と
認められる水準)は,薬剤耐性の点や平成14年7月当時における非小
細胞肺がんのセカンドライン治療における標準的治療薬であるドセタキ
セル単剤の奏功率等から,ファーストライン治療においては奏功率2
0%であるとしても,セカンドライン治療以降においては奏功率約1
0%が水準となるものと考えられ,実施計画書(プロトコール)では閾
値有効率5%が定められていた。
(イ)イレッサの第Ⅱ相試験では,IDEAL1試験の外国人群のみが期待
有効率及び閾値有効率を越えていなかったものの,IDEAL2試験で
はサードライン治療の患者を多く含み,IDEAL1試験よりも外国人
の症例数を多く含むIDEAL2試験とIDEAL1試験の外国人群の
結果を総合すると,期待有効率及び閾値有効率を越える奏功率があった
と認められ,IDEAL1試験における生存期間中央値や1年生存率
が,セカンドライン治療における標準的治療薬であるドセタキセルと比
較しても,少なくともイレッサがドセタキセルよりも劣るものではない
と認められた。
また,セカンドライン以降の治療では,薬剤耐性などによりファース
トライン治療よりも治療の効果を得られにくいにもかかわらず,セカン
ドライン治療におけるIDEAL1試験の結果からは,ファーストライ
ン治療において期待有効率とされる水準(奏功率20%)と比較しても
十分な値を示した。すなわち,イレッサは,従来の化学療法により治療
効果を得られなかった患者に対しても治療効果を得られることが予測さ
れるものであった。加えて,イレッサに関する治験は,ファーストライ
ン治療における効果を直接検証するものではなかったが,保険適用のあ
る標準的治療法が既に存在して一定の治療効果を期待できる場合に,フ
ァーストライン治療における臨床試験を実施することは困難であった。
イ安全性(危険性)
前記第5章第3のとおり,平成14年7月当時におけるイレッサの安全
性(危険性)に関する判断の要点は以下のとおりである(第5章第3の5
参照)。
(ア)イレッサの作用機序や毒性試験から,間質性肺炎の発生が予測できた
とはいえない。
(イ)国内3症例をはじめ治験や参考試験においては,イレッサの承認用量
での間質性肺炎に関する副作用例がなく,イレッサを承認用量で投与し
たときに間質性肺炎が発症するという明確な根拠はなかったが,同時
に,間質性肺炎が発症する可能性も否定できなかった。
また,海外の副作用報告によると,間質性肺炎等に関する海外の副作
用報告のうち承認用量での間質性肺炎発症例が半数ほどあり,投与量不
明なものも少なからず存在した。
したがって,承認用量で投与したときに間質性肺炎が発症する可能性
があると判断すべき根拠はあった。
(ウ)海外の副作用報告からは,イレッサによる間質性肺炎等の発症頻度を
的確に把握することは困難であり,国内臨床試験における発症頻度約
2.3%は,従来の抗がんと比較して,特に高いとはいえなかった。
(エ)一般的に,薬剤性間質性肺炎,特に抗がん剤による薬剤性肺炎におい
ては,多くは投与の中止又はステロイド薬により改善するが,時には死
に至ることがありえ,国内3症例は,がんの進行によりイレッサによる
間質性肺炎と死亡との間の因果関係が否定されるものやイレッサによる
間質性肺炎が軽快したものなどであったから,国内3症例からは,イレ
ッサにより発症しうる間質性肺炎が,従来の抗がん剤に比べて,致死的
ないし重篤なものであったとまで判断することはできなかった。
また,海外の副作用報告からは,承認用量のイレッサによって発症し
うる間質性肺炎の重篤性ないし致死性を適正に評価することは困難であ
ったといわざるをえず,より慎重に評価を加えたとしても,イレッサに
よる間質性肺炎によって死に至ることがあるが,イレッサによる間質性
肺炎の重篤度は,従来の殺細胞性抗がん剤と同程度とみるのが相当であ
った。
国内外の副作用報告を総合すると,イレッサによって発症しうる間質
性肺炎は,死に至ることがありうるが,従来の抗がん剤と比べて致死的
ないし重篤なものであったとはいえないと評価することが相当であっ
た。
(オ)国内外の副作用報告のいずれにおいても,イレッサの投与開始からの
間質性肺炎の発症時期や症状経過,ステロイド療法への反応性などは
様々であったといえるから,イレッサの副作用による間質性肺炎が急性
間質性肺炎の特徴を有するものであるなどの特徴を把握することまでは
困難であった。
(カ)イレッサの副作用のうち,最も多くみられるものは発疹(皮疹,湿
疹)であり,比較的発症頻度が高いものは肝機能障害,下痢,嘔吐など
であり,発疹の副作用グレードは高いとはいえず,従来の殺細胞性抗が
ん剤と比較して,嘔気(悪心)や嘔吐は,発症頻度が低く,症状の程度
も軽度であり,下痢も,致命的となるおそれは小さく,発症頻度も低か
った。
イレッサには,従来の殺細胞性抗がん剤では高頻度で発症し,死に至
る危険のある血液毒性による副作用はほとんどみられなかった。
ウ有用性
以上によれば,イレッサには,副作用として間質性肺炎を発症する危険
があり,一般的に間質性肺炎は時には死に至ることもありうると考えられ
ており,イレッサにより発症する間質性肺炎により死に至ることもありう
るが,イレッサによる間質性肺炎の重篤度は,従来の抗がん剤一般に比べ
て致死的ないし重篤であるとはいえない状況にあった。
他方で,非小細胞肺がんの治療においては,化学療法の適応となるのは
外科療法や放射線療法で治療できない進行した非小細胞肺がん患者であ
り,最も治療効果の高いプラチナ製剤と新規抗がん剤の併用療法では,奏
功率でこそ30%前後に達していたが,生存期間を約2か月延長させる程
度であり,副作用が強く他の治療の選択肢を必要としている状況であっ
た。イレッサでは,セカンドライン治療においては,従来の非小細胞肺が
んの抗がん剤と同等の有効性があり,従来の殺細胞性抗がん剤において多
くみられた血液毒性などの重大な副作用がみられず,QOLを害する副作
用である嘔吐や下痢などの発症頻度はそれほど高くなく,その症状の程度
も軽度であり,副作用の種類が従来の抗がん剤と異なるものであった。ま
た,そのため,ファーストライン治療においても,従来の抗がん剤単剤と
同程度の治療効果を期待できるものであり,従来の化学療法で治療効果を
得られなかった患者に対しても治療効果を得ることができることがあった
といえる。
そうすると,イレッサは,セカンドライン治療だけでなくファーストラ
イン治療においても,イレッサの有効性に比してイレッサの危険性が上回
るとはいえないから,いずれにおいても有用性が認められるというべきで
ある。
(2)現在
ア有効性
前記第5章第2のとおり,現在においても,セカンドライン治療及びフ
ァーストライン治療におけるイレッサの有効性が認められる。この判断の
要点は以下のとおりである(同章第2の7参照)。
(ア)平成19年7月に結果が公表されたINTEREST試験により,全
生存期間について,セカンドライン治療の患者を対象として,イレッサ
のドセタキセルに対する非劣性が統計学的に証明され,QOL改善など
でイレッサがドセタキセルを有意に上回った。平成19年6月ころまで
の第Ⅲ相試験によっては,全生存期間について,いずれも標準的治療法
に対するイレッサの優越性を統計学的に証明することはできなかったも
のの,試験結果は治験の成績に反するものではなかった。
承認後のイレッサの効果予測因子(EGFR遺伝子変異やEGFR遺
伝子増幅)に関する研究や各臨床試験の結果により,EGFR遺伝子変
異がイレッサの効果予測因子であるという考え方が大勢を占めるように
なり,過去の臨床試験や実地臨床においてイレッサの効果が高いと考え
られていた腺がん症例,日本人,女性,喫煙歴なしの患者にはEGFR
遺伝子変異を有する者が多いと考えられるようになった。また,イレッ
サは,EGFR遺伝子変異のない患者に対しても10%程度の奏功率と
されており,セカンドライン治療におけるドセタキセルの奏功率と同程
度であった。
(イ)ファーストライン治療においては,IPASS試験やNEJ002試
験により,無増悪生存期間について,EGFR遺伝子変異を有する患者
を対象に,ファーストラインの標準的治療法である2剤併用療法に対し
てイレッサの優越性が統計学的に証明され,無増悪生存期間を代替評価
項目として延命効果を合理的に予測することができた。
ファーストライン治療におけるEGFR遺伝子変異を有しない患者に
対する効果を直接検証した臨床試験がないが,現在までの研究によれ
ば,イレッサは,EGFR遺伝子変異のない患者に対しても10%程度
の奏功率があるとされており,一定割合の症例ではEGFR遺伝子変異
の有無と奏功とが解離することがあるなど,いまだ未解明の状況であ
り,また,EGFR遺伝子変異の解析方法には再現性や精度に問題があ
ると指摘されており,確立された解析方法がなく,現在に至っても確立
されていない。
イ安全性(危険性)
前記第5章第3のとおり,現在におけるイレッサの安全性(危険性)に
関する判断の要点は以下のとおりである(第5章第3の5参照)。
(ア)イレッサ承認後の各調査等によれば,イレッサによる間質性肺炎の発
症頻度は5%前後であり,従来の抗がん剤の中でも間質性肺炎の発症頻
度の高いビノレルビンなどの2倍近い発症頻度を示しているのであるか
ら,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度は従来の抗がん剤よりも高
い。
(イ)イレッサ承認後の各調査等によれば,イレッサは,他の抗がん剤より
も間質性肺炎の発症の頻度が高いだけでなく,発症した場合には30∼
40%の割合で死に至っているから,他の抗がん剤と比較しても致死率
が同程度もしくはやや高く,イレッサによって発症する間質性肺炎は従
来の抗がん剤よりも重篤又は致死的なものであった。ただし,イレッサ
による副作用死亡率は2%前後であり,副作用死亡率自体は他の抗がん
剤と同程度であった。
(ウ)安全性検討会で,イレッサによる間質性肺炎について,投与初期に発
症し致死的な転帰をたどることが多いという特徴が実証的に確認される
に至った。
専門家会議において,①急性間質性肺炎AIP様所見,②器質化肺炎
COP様所見,③急性好酸球性肺炎AEP様所見,④過敏性肺炎HP又
は過敏性反応HRパターンに分類され,病型分類においては急性間質性
肺炎は予後が悪いという見方が強かった。
(エ)専門家会議やその後の各調査や研究報告により,既存の肺線維症や間
質性肺炎が存在する場合には,イレッサにより間質性肺炎を発症しやす
いことが判明した。
イレッサによる間質性肺炎等の副作用報告数は,承認直後から数年で
従来の抗がん剤と比較しても多数に上っていたが,近年は減少傾向にあ
る。
(オ)イレッサの副作用のうち,最も多くみられるものは発疹(皮疹,湿
疹)であり,比較的発症頻度が高いものは肝機能障害,下痢,嘔吐など
であった。もっとも,グレード3以上発疹は見当たらず,嘔気(悪心)
や嘔吐は,他の抗がん剤と比較して発症頻度が低く,症状の程度も軽度
であった。下痢も,他の抗がん剤と比較すれば,致命的となるおそれが
低く,発症頻度も低かった。
イレッサには,死に至る危険のある血液毒性による副作用はほとんど
みられなかった。
ウ有用性
(ア)セカンドライン治療におけるイレッサの有用性
イレッサには,副作用として間質性肺炎を発症する危険が十分にあ
り,イレッサによって発症する間質性肺炎は,従来の抗がん剤よりも,
重篤又は致死的なものであり発症頻度も高いが,副作用死亡率自体は従
来の抗がん剤と大きく異なるものではなかった。
また,イレッサは,第Ⅲ相試験(INTEREST試験)では,セカ
ンドライン以降の患者を対象として,全生存期間について,イレッサの
ドセタキセルに対する非劣性が証明されただけでなく,セカンドライン
治療において従来の化学療法で治療効果を得られなかった患者に対して
も治療効果を得ることができるものであった。加えて,イレッサは,承
認後の多数の研究報告により,EGFR遺伝子変異陽性の患者に対して
は特に治療効果が高いとされており,その奏功率は従来の抗がん剤を大
きく上回る。
そうすると,セカンドライン治療においては,イレッサによる間質性
肺炎の発症危険性及び予後の重篤性を考慮しても,イレッサの有効性に
比してイレッサの危険性が上回るとはいえないから,セカンドライン治
療においてイレッサの有用性を認めるのが相当である。
(イ)ファーストライン治療におけるイレッサの有用性
イレッサには,副作用として間質性肺炎を発症する危険が十分にあ
り,イレッサによって発症する間質性肺炎は,従来の抗がん剤よりも,
重篤又は致死的なものであり発症頻度も高いが,副作用死亡率自体は従
来の抗がん剤と大きく異なるものではなかった。
副作用全体でみると,従来の殺細胞性抗がん剤において多くみられた
血液毒性などの重大な副作用がみられず,QOLを害する副作用である
嘔吐や下痢などの発症頻度はそれほど高くなく,その症状の程度も軽度
であるとみる余地はある。血液毒性のうち白血球減少に対する治療の進
展により,従来の殺細胞性抗がん剤による治療が従前よりも比較的安全
に実施できるようになったものの,イレッサにおいても,イレッサによ
り発症する間質性肺炎の特徴(早期発症例)の発見や間質性肺炎の発症
危険因子・予後不良因子の研究の進展に伴い,慎重な投与によりイレッ
サによる間質性肺炎の副作用報告数も減少傾向にある。
他方で,イレッサは,承認後の多数の研究報告により,EGFR遺伝
子変異陽性の患者に対しては特に治療効果が高いとされており,第Ⅲ相
試験(IPASS試験及びNEJ002試験)では,無増悪生存期間に
関して,ファーストライン治療においても標準的治療法である併用療法
よりも優越性が示され,延命効果があることが推認されるものであっ
た。イレッサは,EGFR遺伝子変異陰性又は不明の患者に対しても約
10%の奏功率があり,EGFR遺伝子変異の検査方法自体が確立され
ておらず,EGFR遺伝子変異の有無と奏功との相関が一致しない割合
が一定数あり,現時点においてもなお研究途上にある。
また,現在の非小細胞肺がんの治療においても,イレッサ承認後にア
リムタやタルセバなどが非小細胞肺がんの抗がん剤として承認された
が,化学療法の適応となるのは外科療法や放射線療法で治療できない進
行した非小細胞肺がん患者であり,ファーストライン治療における最も
治療効果の高い治療法がプラチナ製剤と新規抗がん剤の併用療法である
ことはイレッサ承認当時と変わりなく,上記併用療法は殺細胞性抗がん
剤の併用によるため副作用が強いことを考慮すると,依然として治療の
選択肢を必要としている状況である。
そうすると,セカンドライン治療だけでなくファーストライン治療に
おいても,イレッサの有効性に比してイレッサの危険性が上回るとはい
えないから,イレッサの有用性を認めるのが相当である。もっとも,フ
ァーストライン治療においては,イレッサには,EGFR遺伝子変異陰
性又は不明の患者に対して積極的に使用するだけの根拠はなく,他の抗
がん剤による治療が困難な場合の治療の選択肢の1つにすぎない。
(3)まとめ
以上検討したところによれば,イレッサは,イレッサ承認(平成14年7
月)当時だけでなく,現在においても,セカンドライン治療のみならずファ
ーストライン治療においても有用性が認められる。
(以下余白)
第5イレッサの添付文書と被告会社及び被告国が実施した市販後安全対策等
前提事実(前記第3章第6)並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認めら
れる事実は,以下のとおりである。
1添付文書における使用上の注意,警告
(1)薬事法の定め等
ア医療用医薬品の添付文書とは,薬事法52条1号の規定に基づき医薬品
の提供を受ける患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師,歯科医
師及び薬剤師に対して必要な情報を提供する目的で当該医薬品の製造業者
又は輸入販売業者が作成するものである。(添付文書通達・丙D13〔第
1の1〕)
そして,製造業者等は,当該医薬品の有効性や危険性(副作用等)につ
き最も高度な情報を有していることから,医薬品の安全性の確保につき一
義的責任を負い,自らの製品について,その時点において得られた情報と
医学・薬学の水準に照らして最善の適正使用情報を提供しなければならな
いと解されている。(乙D23〔4頁〕)
イ同法52条は,医薬品に添附する文書又はその容器若しくは被包に,同
条各号に掲げる事項が記載されていなければならないと定め,添付文書の
記載事項として,用法,用量その他使用及び取扱い上の必要な注意(同条
1号)等を挙げ,同法53条に記載上の留意事項が,同法54条に記載禁
止事項が規定されている。
そして,同法52条を受けて,同法施行規則には,表示の特例が定めら
れているが(同法施行規則54条ないし56条の3),同法施行規則には
添付文書の記載内容に関する定めはない。
(2)医療用医薬品の添付文書に関する指針等の改訂経緯
ア医療用医薬品の添付文書については,昭和45年以降,厚生省により一
般的な指針が示され,昭和51年,「医療用医薬品の使用上の注意記載要
領について」(昭和51年2月20日薬発第153号薬務局長通知・甲D
11)により,「警告」欄が新設されるとともに,副作用の記載等につい
て整理がされ,昭和58年,「医療用医薬品添付文書の記載要領につい
て」(昭和58年5月18日薬発第385号・甲D12)により,医療関
係者に必要性の高い情報を優先記載し,警告を使用上の注意から切り分け
て一つの項目とするなど記載事項が整理され,昭和62年,「医療用医薬
品添付文書使用上の注意等の改訂に伴う情報対応について」(昭和62年
4月28日薬安第86号・乙D60)により,使用上の注意等の改訂に伴
う情報対応がされるなど,指針の改訂が行われてきた。(乙F6〔233
∼240頁〕,丙P15〔23頁〕)
イ(ア)平成5年ころからは,医薬品の添付文書等が使いやすい情報になって
いないなどとして添付文書等の記載の改善が提言されていたところ,同
年にソリブジン事件(平成5年7月に帯状疱疹を効能効果として製造承
認されたソリブジンが,同年9月から販売開始されたところ,フッ化ピ
リミジン系抗がん剤[FU系抗がん剤。5−フルオロウラシルなど]と
の併用による相互作用により多くの副作用被害(死亡)が生じた事件)
が発生したことにより,添付文書の記載方法,注意事項の配列及び相互
作用に関する情報伝達上の問題点が指摘されるようになった。
厚生省は,ソリブジン事件を受けて,同年11月,「医療用医薬品の
使用上の注意記載要領について」(同月24日薬発第999号薬務局長
通知)により,相互作用により,致死的又はきわめて重篤な非可逆的な
副作用が発現するなど,特に注意を喚起する必要がある場合には,「相
互作用」の項の記載のみならず,「警告」,「一般的注意」又は「禁
忌」の項にも記載することにより,その重要性の注意喚起を図ること等
を定めた。
平成6年9月,「ソリブジンによる副作用に関する調査結果」がまと
められ,行政の問題点と今後の対応として,医薬品添付文書の改善が挙
げられ,ソリブジンの添付文書については,「使用上の注意」の相互作
用の欄に「FU系抗がん剤との併用を避けること」との記載があった
が,医療現場におけるとらえ方の違いにより,危険性の認識の程度に差
が生じていたものと考えられるとされ,このような現状を改善するため
に,「使用上の注意」を含めた添付文書全般について,記載,表現のあ
り方等について検討するとされた。(甲F9〔27頁〕,甲F10〔9
8頁〕,乙F6〔236∼240頁〕)
(イ)製薬企業の自主的団体である日本製薬工業協会は,ソリブジン事件を
契機に,平成6年11月,医療用医薬品添付文書について自主基準
(「医療用医薬品添付文書「使用上の注意」記載内容の改訂について」
平成6年11月21日付け製薬協発第1445号・乙D50)を定める
などした。(乙F6〔236∼240頁〕)
ウこのような経緯を経て,平成6年10月,厚生省に「医療用医薬品添付
文書の見直し等に関する研究班」が設置され,医療用医薬品の添付文書の
記載を,医師らにとって,より理解しやすく活用しやすいものとするため
の検討が行われ,平成8年5月,同研究班による「医薬品添付文書の見直
し等に関する研究報告書」(甲F10)が公表された。
同報告書では,「研究班設置の背景」として,ソリブジン事件により,
添付文書の記載方法,注意事項の配列及び相互作用に関する情報伝達上の
問題点が判明したとして,添付文書を基盤とする情報伝達の重要性が改め
て指摘がされるとともに,検討の過程で,平成7年7月1日から製造物責
任法が施行され,また,最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決(民集
50巻1号1頁)により,医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に
記載された使用上の注意事項に従わずに医療事故が発生した場合には,特
段の事情がない限り医師の過失が推定されるとの判断がされたこと等が指
摘されている。そして,「添付文書の基本的性格の確認」として,医師が
知りたい情報を結果の重大性やその予見を含め正しく評価することができ
ること等が需要であるとされ,「研究成績等に基づく添付文書の全面的改
訂に関する提案(13提案)」として,添付文書の記載内容及び記載方法
について整理がされ,使用前に必読すべき臨床上重要な記載(薬効薬理の
記載,効能・効果,用法・用量,警告,禁忌,原則禁忌,相互作用,重要
な基本的注意,重大な副作用等)は原則として全て第1面に記載するこ
と,警告は,赤字赤枠として設定理由を活字ポイント数を下げて記載する
こと等が提言された。(甲F9〔27頁〕,甲F10〔98,99,10
4,107頁〕,甲F12〔90頁〕)
エそして,厚生省は,前記報告書を踏まえ,医療用医薬品の添付文書に関
する指針について,薬理作用の強い医薬品の実用化等を反映し,副作用等
について一層の注意が必要になっていることから,より理解しやすく活用
しやすい内容にするための改訂として,平成9年4月,添付文書通達(甲
D4,丙D13),使用上の注意通達(乙D10,丙D15)等を発出
し,前記「医療用医薬品の使用上の注意記載要領について」(昭和51年
2月20日薬発第153号薬務局長通知・甲D11),「医療用医薬品の
使用上の注意記載要領について」(平成5年11月24日薬発第999号
薬務局長通知)等は廃止された。(乙F6〔236∼240頁〕)
(3)医療用医薬品の添付文書に関する指針及び自主基準
ア指針
(ア)イレッサが承認された平成14年7月当時,薬事法52条1号を受
け,医療用医薬品の添付文書の記載要領については,添付文書通達(甲
D4,丙D13)により,添付文書記載の原則,記載項目及び記載順
序,記載要領等が定められており,添付文書通達を受けて,上記添付文
書のうち「使用上の注意」の記載については,使用上の注意通達(乙D
10,丙D15)により,「使用上の注意」の原則,記載項目及び記載
順序,記載要領等が定められていた。
また,添付文書通達(甲D4,丙D13)の具体的な運用について
は,「医療用医薬品添付文書の記載要領について」(平成9年4月25
日薬安第59号厚生省薬務局安全課長通知・丙D14)により,添付文
書記載の一般的留意事項,各記載項目に関する留意事項について具体的
に定められていた。
(イ)添付文書通達(甲D4,丙D13)
使用上の注意通達によれば,「警告」や「使用上の注意」の記載につ
いては,以下のとおり定められていた。
a「警告」は,本文冒頭に記載すること。
b「警告」は,使用上の注意通達により記載すること。
c「使用上の注意」は,使用上の注意通達により記載すること。
(ウ)使用上の注意通達(乙D10,丙D15〔第3の1,6〕)
a使用上の注意通達によれば,「警告」や「副作用」の記載について
は,以下のとおり定められていた(必要な範囲で抜粋する。)。
第1「使用上の注意」の原則
3.記載順序は,原則として「記載項目及び記載順序」に掲げるも
のに従うほか,次の要領によること。
(1)内容からみて重要と考えられる事項については記載順序とし
て前の方に配列すること。」
4.原則として,記載内容が2項目以上にわたる重複記載は避ける
こと。
なお,重大な副作用又は事故を防止するために複数の項目に注
意事項を記載する場合には,「警告」,「禁忌」,「慎重投与」
あるいは「重要な基本的注意」の項目には簡潔な記載の後に「○
○の項参照」等と記載した上,対応する項目に具体的な内容を記
載して差し支えないこと。」
第3記載要領
1.[警告]
(1)致死的又は極めて重篤かつ非可逆的な副作用が発現する場合,
又は副作用が発現する結果極めて重大な事故につながる可能性
があって,特に注意を喚起する必要がある場合に記載するこ
と。
6.[副作用]
(1)「重大な副作用」と「その他の副作用」に区分して記載するこ
と。
(2)発現頻度については調査症例数が明確な調査結果に基づいて記
載すること。
(3)「重大な副作用」の記載に当たっては次の点に注意すること。
①当該医薬品にとって特に注意を要するものを記載すること。
②発現頻度は,できる限り具体的な数値を記載すること。副詞
によって頻度を表す場合には,「まれに(0.1%未満)」,
「ときに(5%以下)」等,数値の目安を併記するよう努める
こと。
b「警告」欄には,使用上の注意事項の中で特に重要な事項を記載す
ることが想定されており,治験段階で「警告」に相当する重大な副作
用が発現する危険性が予想され,医療従事者に特に注意を喚起する必
要があると認められる場合等に記載するものと解されていた。
また,「重大な副作用」には,重篤度分類通知(後記(エ)・丙D1
6)におけるグレード3(重篤な副作用と考えられるもの。すなわ
ち,患者の体質や発現時の状態等によっては,死亡又は日常生活に支
障をきたす程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの。)に相
当する副作用が想定されていた。(甲F10〔99∼100頁〕,1
2〔93,99頁〕,乙P5〔88頁〕,丙P5〔71頁〕,15
〔23頁〕)
(エ)副作用の重篤度分類に関する指針(重篤度分類通知(丙D16))
重篤度分類通知(丙D16)は,薬事法令所定の副作用報告のより一
層の適正化,迅速化を図るため,報告を行う症例の範囲についての判断
の具体的な目安として作成されたものである。
a重篤度分類通知では,副作用の重篤度を概ね次のとおり1∼3の3
つのグレードに分類するとされている。
「グレード1」は,「軽微な副作用と考えられるもの」
「グレード2」は,「重篤な副作用ではないが,軽微な副作用でもな
いもの」
「グレード3」は,「重篤な副作用と考えられるもの。すなわち,患
者の体質や発現時の状態等によっては,死亡又は日常生活に支障を
きたす程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの。」
b重篤度分類通知の別添の「副作用の重篤度分類」のうち,呼吸器系
障害の重篤度の一覧表には,間質性肺炎は,グレード3として分類さ
れている。
イ自主基準(乙D50)
(ア)使用上の注意通達発出以前に発出されていた,製薬企業の自主的団体
である日本製薬工業協会(製薬協)による自主基準(「医療用医薬品
添付文書「使用上の注意」記載内容の改訂について」平成6年11月
21日付け製薬協発第1445号・乙D50)においては,「警告」
欄と「重大な副作用」欄の記載要領につき,次のとおり定められてい
た。
a「警告」は,「致死的又は極めて重篤かつ非可逆的な副作用が発現
する場合又は副作用が発現する結果極めて重篤な事故につながる可能
性があって,特に注意を喚起する必要がある場合に記載する。」,
「記載事項は赤枠で囲み,警告の文字は枠内に入れる。ただし,特に
重要な場合は,赤字,赤枠とする。」
b「重大な副作用」は,「重篤度分類グレード3を参考に副作用名を
記載する。」
(イ)「重大な副作用」の「重篤度分類グレード3」は,重篤度分類通知
(丙D16)におけるグレード3(重篤な副作用と考えられるもの。す
なわち,患者の体質や発現時の状態等によっては,死亡又は日常生活に
支障をきたす程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの)が想定
されていた。(乙P5〔88頁〕,丙P5〔71頁〕)
(4)イレッサの添付文書の改訂の経緯
ア第1版添付文書(平成14年7月作成)【甲A1,丙A1[枝番号
1]】
(ア)警告欄
なし
(イ)効能・効果欄
「手術不能又は再発非小細胞肺癌」と記載され,「効能・効果に関連
する使用上の注意」欄に,次のとおりの記載があった。
「1.本剤の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立してい
ない。」
「2.本剤の術後補助療法における有効性及び安全性は確立していな
い。」
(ウ)使用上の注意欄
a慎重投与欄
間質性肺炎に関する記載なし。
b重要な基本的注意欄
間質性肺炎に関する記載なし。
c副作用欄
「重大な副作用」欄と「その他の副作用」欄があった。
「重大な副作用」欄には,
「1)重度の下痢(1%未満),脱水を伴う下痢(1∼10%未
満)」,「2)中毒性表皮壊死融解症,多形紅斑(頻度不明)」,
「3)肝機能障害(1∼10%未満)」,
「4)間質性肺炎(頻度不明)」
の順に記載され,上記4)は,
「4)間質性肺炎(頻度不明):間質性肺炎があらわれることがあるの
で,観察を十分に行い,異常が認められた場合には,投与を中止し,
適切な処置を行うこと。」と記載されていた。
イ第2版添付文書(平成14年8月改訂)【甲A2,丙A1[枝番号
2]】
前記ア(ア)ないし(ウ)の記載内容は,第1版添付文書と同様である。
ウ第3版添付文書(平成14年10月改訂)【甲A3】
(ア)警告欄
警告欄が追加され,「本剤の投与により急性肺障害,間質性肺炎があ
らわれることがあるので,胸部X線検査等を行うなど観察を十分に行
い,異常が認められた場合には投与を中止し,適切な処置を行うこと。
なお,患者に対し副作用の発現について十分説明すること。(「重要な
基本的注意」及び「重大な副作用」の項参照)」と記載された。
(イ)効能・効果欄
第1版添付文書の記載内容と同様である。
(ウ)使用上の注意欄
a慎重投与欄
第1版添付文書の記載内容と同様である。
b重要な基本的注意欄
間質性肺炎に関して,次の記載が追加された。
「(1)急性肺障害,間質性肺炎等の重篤な副作用が起こることがあ
り,致命的な経過をたどることがあるので,本剤の投与にあたって
は,臨床症状(呼吸状態,咳および発熱等の有無)を十分に観察し,
定期的に胸部X線検査を行うこと。また,必要に応じて胸部CT検
査,動脈血酸素分圧(PaO2),肺胞気動脈血酸素分圧較差(A-aD
O2),肺拡散能力(DLco)などの検査を行い,急性肺障害,間質性
肺炎等が疑われた場合には,直ちに本剤による治療を中止し,ステロ
イド治療等の適切な処置を行うこと。」,
「(2)本剤を投与するにあたっては,本剤の副作用について患者に
十分に説明するとともに,臨床症状(息切れ,呼吸困難,咳及び発熱
等の有無)を十分に観察し,これらが発現した場合には,速やかに医
療機関を受診するように患者を指導すること。」
c副作用欄
「重大な副作用」欄の最初に急性肺障害,間質性肺炎が記載され,
「1)急性肺障害,間質性肺炎(頻度不明):急性肺障害,間質性肺炎
があらわれることがあるので,胸部X検査等を行うなど観察を十分に
行い,異常が認められた場合には,投与を中止し,適切な処置を行う
こと。」と記載された。
エ第4版添付文書(平成14年12月改訂)【甲A4】
(ア)警告欄
第3版添付文書の記載に,次の記載が追加された。
「本剤による治療を開始するにあたり,患者に本剤の有効性・安全
性,息切れ等の副作用の初期症状,非小細胞肺癌の治療法,致命的とな
る症例があること等について十分に説明し,同意を得た上で投与するこ
と。」
「また,急性肺障害や間質性肺炎が本剤の投与初期に発生し,致死的
な転帰をたどる例が多いため,少なくとも投与開始後4週間は入院また
はそれに準ずる管理の下で,間質性肺炎等の重篤な副作用発現に関する
観察を十分に行うこと。」
「本剤は,肺癌化学療法に十分な経験をもつ医師が使用するととも
に,投与に際しては緊急時に十分に措置できる医療機関で行うこと
(「慎重投与」,「重要な基本的注意」および「重大な副作用」の項参
照」)」
(イ)効能・効果欄
第1版添付文書の記載内容と同様である。
(ウ)使用上の注意欄
a慎重投与欄
第1版添付文書の記載に,次の記載が追加された。
「(1)急性肺障害,間質性肺炎,肺線維症またはこれらの疾患の既
往歴のある患者[間質性肺炎が増悪し,致死的となる症例が報告され
ている。]」
b重要な基本的注意欄
第3版添付文書の記載内容と同様である。
c副作用欄
「重大な副作用」欄の記載内容は,第3版添付文書と同様である。
オ第5版添付文書(平成15年3月改訂)【甲A5】
(ア)警告欄
第4版添付文書の記載内容と同様である。
(イ)効能・効果欄
第1版添付文書の記載内容と同様である。
(ウ)使用上の注意欄
a慎重投与欄
第4版添付文書の記載内容と同様である。
b重要な基本的注意欄
第3版添付文書の記載内容と同様である。
c副作用欄
「重大な副作用」欄は,第4版添付文書の記載に追加して,「5)血
尿,出血性膀胱炎(頻度不明)」が記載された。
カ第6版添付文書(平成15年4月改訂)【甲A6】
(ア)警告欄
第4版添付文書の記載に,次の記載が追加された。
「3.特発性肺線維症,間質性肺炎,じん肺症,放射線肺炎,薬剤性
肺炎の合併は,本剤投与中に発現した急性肺障害,間質性肺炎発症後の
転帰において,死亡につながる重要な危険因子である。このため,本剤
による治療を開始するにあたり,特発性肺線維症,間質性肺炎,じん肺
症,放射線肺炎,薬剤性肺炎の合併の有無を確認し,これらの合併症を
有する患者に使用する場合には特に注意すること。(「慎重投与」の項
参照)」
(イ)効能・効果欄
第1版添付文書の記載内容と同様である。
(ウ)使用上の注意欄
a慎重投与欄
第4版添付文書の記載内容が一部改められるとともに追加され,次
のとおり記載された。
「(1)急性肺障害,特発性肺線維症,間質性肺炎,じん肺炎,放射線
肺炎,薬剤性肺炎またはこれらの疾患の既往歴のある患者[間質性肺
炎が増悪し,致死的となる症例が報告されている。]」
b重要な基本的注意欄
第3版添付文書の記載内容と同様である。
c副作用欄
「重大な副作用」欄の記載内容は,第5版添付文書の記載が一部改
められるとともに追加され,「2)重度の下痢(1∼10%未満)」,
「3)脱水(頻度不明)」,「7)急性膵炎(頻度不明)」が記載され
た。
キ第9版添付文書(平成16年9月改訂)【甲A9】
(ア)警告欄
第6版添付文書の記載に以下の「4.」が追加され,全体として,以
下のような記載となった。
「1.本剤による治療を開始するにあたり,患者に本剤の有効性・安
全性,息切れ等の副作用の初期症状,非小細胞肺癌の治療法,致命的と
なる症例があること等について十分に説明し,同意を得た上で投与する
こと。」
「2.本剤の投与により急性肺障害,間質性肺炎があらわれることが
あるので,胸部X線検査等を行うなど観察を十分に行い,異常が認めら
れた場合には投与を中止し,適切な処置を行うこと。
また,急性肺障害や間質性肺炎が本剤の投与初期に発生し,致死的な
転帰をたどる例が多いため,少なくとも投与開始後4週間は入院または
それに準ずる管理の下で,間質性肺炎等の重篤な副作用発現に関する観
察を十分に行うこと。」
「3.特発性肺線維症,間質性肺炎,じん肺症,放射線肺炎,薬剤性
肺炎の合併は,本剤投与中に発現した急性肺障害,間質性肺炎発症後の
転帰において,死亡につながる重要な危険因子である。このため,本剤
による治療を開始するにあたり,特発性肺線維症,間質性肺炎,じん肺
症,放射線肺炎,薬剤性肺炎の合併の有無を確認し,これらの合併症を
有する患者に使用する場合には特に注意すること。(「慎重投与」の項
参照)」
「4.急性肺障害,間質性肺炎による致死的な転帰をたどる例は全身
状態の良悪にかかわらず報告されているが,特に全身状態の悪い患者ほ
ど,その発現率及び死亡率が上昇する傾向がある。本剤の投与に際して
は患者の状態を慎重に観察するなど,十分に注意すること。(「慎重投
与」の項参照)」
「5.本剤は,肺癌化学療法に十分な経験をもつ医師が使用するとと
もに,投与に際しては緊急時に十分に措置できる医療機関で行うこと。
(「慎重投与」,「重要な基本的注意」および「重大な副作用」の項参
照)」
(イ)効能・効果欄
第1版添付文書の記載内容と同様である。
(ウ)使用上の注意欄
a慎重投与欄
第6版添付文書の記載に追加して,
「(2)全身状態の悪い患者[全身状態の悪化とともに急性肺障害,間
質性肺炎の発現率及び死亡率が上昇する傾向がある。]」と記載され
た。
b重要な基本的注意欄
第3版添付文書の記載内容と同様である。
c副作用欄
第6版添付文書の記載に追加して,
「特別調査「イレッサ錠250プロスペクティブ調査」において,安
全性評価対象症例3322例中1862例(56.2%)に副作用が
認められ,主な副作用は,発疹568例(17.1%),肝機能異常
369例(11.1%),下痢367例(11.1%),急性肺障
害・間質性肺炎は193例(5.8%)等であった。(2004年8
月報告時)」と記載され,
「重大な副作用」欄の記載内容は,第6版添付文書の記載内容から
発生頻度の記載内容が改められ,「1)急性肺障害,間質性肺炎」の発
生頻度の「頻度不明」との記載が,「1∼10%未満」と変更され
た。
ク第10版添付文書(平成17年2月改訂)【甲A18】
(ア)警告欄
第9版添付文書の記載内容と同様である。
(イ)効能・効果欄
第1版添付文書の記載内容と同様である。
(ウ)使用上の注意欄
a慎重投与欄
第9版添付文書の記載内容と同様である。
b重要な基本的注意欄
第9版添付文書の記載内容と同様である。
c副作用欄
第9版添付文書及び記載に次の記載が追加された。
「急性肺障害・間質性肺炎193例のうち,75例が死亡し,安全
性評価対象症例数3322例中の死亡率は2.3%,急性肺障害・間
質性肺炎発現症例数193例中の死亡率は38.9%であった。」
「重大な副作用」欄の記載内容は,第9版添付文書と同様である。
ケ第11版添付文書(平成17年3月改訂)【甲A16】
(ア)警告欄
第9版添付文書の記載内容と同様である。
(イ)効能・効果欄
第1版添付文書の記載内容と同様である。
(ウ)使用上の注意欄
a慎重投与欄
第9版添付文書の記載内容と同様である。
b重要な基本的注意欄
第9版添付文書の記載に次の記載が追加された。
「(1)本剤を投与する際は,日本肺癌学会の「ゲフィチニブ使用に
関するガイドライン」等の最新の情報を参考に行うこと。」
c副作用欄
第10版添付文書の記載内容と同様である。
コ第18版添付文書(平成20年8月改訂)【甲A21】
(ア)警告欄
第9版添付文書の記載内容と同様である。
(イ)効能・効果欄
第1版添付文書の記載内容と同様である。
(ウ)使用上の注意欄
a慎重投与欄
第9版添付文書の記載内容と同様である。
b重要な基本的注意欄
第11版添付文書の記載内容と同様である。
c副作用欄
急性肺障害・間質性肺炎に関する記載内容は,第10版添付文書と
同様である。
(5)添付文書以外による情報提供制度
ア指針
厚生労働大臣は,日本製薬団体連合会が作成した「医薬品の情報の収
集・評価・対応・伝達・提供に関する規範作成の指標」に従って,製薬会
社がそれぞれ社内基準を設定するよう促し,情報の収集及び提供の指針を
示し(「医薬品又は医療用具の情報提供に関する自主規範作成のための指
標について」(昭和55年11月15日薬発第1462号・乙D51),
また,製造業者等が医薬関係者に提供する医薬品又は医療用具の適正な使
用のために必要な情報は科学的な根拠に基づく正確なものであり,かつ,
最新の医学・薬学等の水準に応じたものであることと定めた(「医薬品又
は医療用具に関する情報の提供について」(昭和55年11月28日薬安
第234号・乙D52〔3項〕)。
イ情報の種類等
(ア)製品情報概要
製品情報概要は,個々の医療用医薬品に関する正確かつ総合的な情報
を医薬関係者に伝達し,その製品の適正な使用を図ることを目的として
作成される印刷物であり,平成14年7月当時,製薬企業によって構成
される日本製薬団体連合会の定める「医療用医薬品製品情報概要記載要
領」(平成11年5月20日日薬連発第445号・乙D54)に基づい
て作成されていた。【乙D54】
イレッサについては,平成14年8月,総合製品情報概要(甲A1
7)が作成された。その「特性」欄(3頁)及び「副作用」の項目中の
「重大な副作用」欄(26頁)には,「重大な副作用として,重度の下
痢,脱水を伴う下痢,中毒性表皮壊死融解症,多形紅斑,肝機能障害,
間質性肺炎があらわれることがあります。」と記載され,「使用上の注
意」の項目中の「重大な副作用」欄(7頁)には,第1版添付文書の
「重大な副作用」欄と同様の記載がされていた。【甲A17】
(イ)インタビューフォーム
医薬品インタビューフォームは,添付文書等の情報を補完し,薬剤師
等の医療従事者に対して情報を提供するための総合的な医薬品解説書で
あり,日本病院薬剤師会が定めた記載要領に基づいて作成される文書で
ある。
平成14年7月に作成された第1版インタビューフォーム(丙A3)
では,「重大な副作用と初期症状」の欄に,「4)間質性肺炎(頻度不
明):間質性肺炎があらわれることがあるので,観察を十分に行い,異
常が認められた場合には,投与を中止し,適切な処置を行うこと。」と
記載され,その解説として,「初期症状:発熱,咳嗽,呼吸困難,肺音
異常(捻髪音)など」と記載されていた。
また,平成14年10月に改訂された第3版インタビューフォーム
(甲A15)では,「重大な副作用と初期症状」の欄に,「1)急性肺
障害,間質性肺炎(頻度不明):急性肺障害,間質性肺炎があらわれる
ことがあるので,胸部X線検査等を行うなど観察を十分に行い,異常が
認められた場合には,投与を中止し,適切な処置を行うこと。」と記載
され,その解説として,「初期症状:息切れ,呼吸困難,咳,発熱な
ど」と記載されていた。【甲A15〔26頁〕,丙A3〔26頁〕】
(ウ)同意文書,患者向け説明書
平成14年7月に作成された,患者向け説明文書「イレッサ錠250
についてのご説明」(甲A10),患者向けの同意文書「薬価収載(保
険適用)にまだなっていない新しいお薬の使用に関する同意書」(甲A
12,20,丙E50[枝番号2の1]),「患者様への説明文書およ
び同意書イレッサ錠250による治療について」(甲P106)では,
副作用について,一覧表の欄外に「重大な副作用としては,ひどい下
痢,ひどい皮膚のただれや水疱・全身に広がる丸い紅斑,肝臓の障害,
肺の炎症によるかぜの様な症状(呼吸がしにくいなど)が報告されてい
ます。」と記載されていた。
また,同年7月及び8月に作成された,患者向け説明文書「イレッサ
を服用される患者さんとご家族へ」(丙A2,丙L3)では,「特に注
意しなくてはならない症状」として,「呼吸がしにくい,またはかぜの
様な症状がつづく」,欄外に注書きで「間質性肺炎という病気の主な症
状です。肺の酸素交換をする場所の壁が炎症を起こした状態です。」と
記載され,「これらの症状があらわれたときは,すぐに医師または薬剤
師に相談してください。」と記載されていた。
同年10月に改訂された,患者向け説明文書「イレッサ錠250につ
いてのご説明」(甲A11)では,副作用について,本文中に,「この
お薬では次のような重大な副作用が報告されています。」とした上,
「急性肺障害,間質性肺炎はかぜの様な症状:息切れ,呼吸がしにく
い,咳及び発熱等が発現します。これらの症状があらわれたときには,
すぐに医師または薬剤師に相談してください。」と記載されていた。
(6)他の抗がん剤の添付文書の記載内容等
アイリノテカンの添付文書
(ア)イリノテカンは,平成6年1月に,小細胞肺癌,非小細胞肺癌,子宮
頸癌,卵巣癌を適用として承認され,平成7年9月に承認事項の一部変
更(効能の追加)がされ,効能・効果として胃癌,結腸・直腸癌等が追
加された医薬品であり,発売当初から,使用上の注意に「警告」欄が設
けられていた。
平成13年4月作成の第3版添付文書には,「警告」欄に,「本剤の
臨床試験において,骨髄機能抑制あるいは下痢に起因したと考えられる
死亡例が認められている。」こと,「緊急時に十分に措置できる医療施
設及び癌化学療法に十分な経験を持つ医師のもとで」投与すること,
「間質性肺炎又は肺線維症の患者…等には投与しないなど適応患者の選
択を慎重に行うこと」,「骨髄機能抑制,高度な下痢との重篤な副作用
が起こることがあり,ときに致命的な経過をたどることがある」こと等
が記載されていた。【甲P20[枝番号2]〔2頁〕,甲P144[枝
番号3]】
(イ)上記の発売当初の警告欄の記載は,開発時(効能追加時を含む)の臨
床試験(単独投与)において,本剤との因果関係が否定できない死亡例
が,1245例中55例(4.4%)(適格例としては,1150例中
45例[3.9%])に認められたことから記載された。【丙I39〔4
9頁〕】
イドセタキセルの添付文書
(ア)ドセタキセルは,平成8年10月に「乳癌,非小細胞肺癌」を効能・
効果として承認され,平成12年4月に「胃癌,頭頚部癌,卵巣癌」に
対する効能・効果が追加された。
平成13年10月に作成された第6版添付文書では,「警告」欄に,
「本剤の使用により重篤な骨髄抑制,重症感染症等の重篤な副作用及び
本剤との因果関係が否定できない死亡例が認められている」こと,「緊
急時に十分に措置できる医療施設及び癌化学療法に十分な経験を持つ医
師のもとで」投与すること等が記載された。【甲P144[枝番号
5]】
(イ)上記警告欄の記載は,承認時及び効能追加時の臨床試験において,ド
セタキセル投与により白血球減少が989例中963例(97.4%)
認められ,特にグレード3以上の重篤な白血球減少が989例中684
例(69.2%)と高頻度に認められており,感染症の誘発又は増悪が
考えられることや,国内臨床試験において,治療関連死の疑われた症例
が1072例中14例(1.3%)に認められたこと等から記載され
た。【丙I34〔36,42頁〕】
ウパクリタキセルの第1添付文書
(ア)パクリタキセルは,効能・効果を「卵巣癌,非小細胞肺癌,乳癌,胃
癌」とする医薬品であり,平成9年7月作成の第1版添付文書には,
「警告」欄に,「本剤の臨床試験において,骨髄抑制に起因したと考え
られる死亡例(敗血症,脳出血)あるいは前投薬を実施しなかった患者
で高度の過敏反応に基因したと考えられる死亡例が認められている。」
こと,「本剤は骨髄抑制が強いため,投与に際しては緊急時に十分に措
置できる設備の整った医療施設及び癌化学療法に十分な経験を持つ熟達
した医師のもとで」使用すること等が記載されていた。【丙I35】
(イ)上記警告欄の記載は,臨床試験において高度な骨髄抑制に起因したと
考えられる敗血症,脳出血が発現し,死亡に至った症例が報告されたこ
と,米国の初期の第Ⅰ相試験において前投薬を実施しなかった患者で高
度の過敏反応に起因したと考えられる死亡例が認められたこと等から注
意を喚起するとともに,これらの副作用に適切に対応するために記載さ
れた。【丙I36〔34頁〕】
エゲムシタビンの第1版添付文書
(ア)ゲムシタビンは,効能・効果を「非小細胞肺癌」とする医薬品であ
り,平成11年3月作成の第1版添付文書において,「警告」欄に,
「高度な骨髄抑制のある患者,及胸部単純X線写真で明らかで,かつ臨
床症状のある間質性肺炎又は肺線維症のある患者には投与しないこと
[本剤の臨床試験において,白血球減少あるいは間質性肺炎に起因した
と考えられる死亡例が認められている。]」,「投与に際しては,緊急
時に十分に措置できる医療施設及び癌化学療法に十分な経験を持つ医師
のもとで」投与すること等が記載されていた。【甲P144[枝番号
2]】
(イ)ゲムシタビンは,国内臨床試験で,本剤に起因すると考えられる高度
の白血球・血小板減少に伴う敗血症による死亡例が481例中1例報告
され,また,本剤との因果関係が有ると判定された間質性肺炎の発症又
は増悪を来した症例が481例中5例(うち2例は間質性肺炎による死
亡例)が報告されていた。
上記警告欄の記載は,高度の骨髄抑制や間質性肺炎に起因した死亡例
が報告されていること,これらの副作用に適切な処置を講ずるために記
載された。【丙I38〔65,66頁〕】
オビノレルビンの添付文書
(ア)ビノレルビンは,平成11年3月に効能・効果を「非小細胞肺癌」と
して承認された医薬品であり,同年11月に改訂された添付文書におい
て,「警告」欄に,「本剤の臨床試験において,白血球減少に起因する
と考えられる死亡症例が認められている。」こと,「緊急時に十分に措
置できる医療施設及び癌化学療法に十分な経験を持つ医師のもとで」投
与すること等が記載された。【丙I42〔1,5頁〕】
(イ)上記警告欄の記載は,国内の臨床試験において,白血球数が評価でき
た症例637例中584例(91.7%)で白血球減少が認められ,特
に高度な減少(グレード3以上)が402例(63.1%)で認められ
ており,感染症の発現及び悪化を招く恐れがあること,また,国内の臨
床試験中に重篤な白血球減少を来した治療関連死が10例認められてお
り,本剤の投与に際しては患者状態を十分把握する必要があるととも
に,緊急時に十分な措置を採る必要があること等から記載された。【丙
I42〔5頁〕】
カアムルビシンの第1版添付文書
(ア)アムルビシンは,効能・効果を「非小細胞肺癌,小細胞肺癌」とする
医薬品であり,平成14年4月作成の第1版添付文書において,「警
告」欄に,「本剤の臨床試験において,本剤との因果関係が否定できな
い間質性肺炎の増悪あるいは重篤な骨髄機能抑制に起因する感染症の発
現による死亡例が認められている。本剤は,緊急時に十分に措置できる
医療施設及び癌化学療法に十分な経験を持つ医師のもとで」使用するこ
と等が記載されていた。【甲P34】
(イ)アムルビシンは,非小細胞肺がんに対する第Ⅱ相試験で,合併症間質
性肺炎の増悪が3例で認められ,2例が死亡したため,直ちに試験を中
断し,治験実施計画書の一部が変更された。
上記警告欄の記載は,臨床試験において,同薬剤との因果関係を否定
できなかった間質性肺炎の増悪と,重篤な骨髄機能抑制に起因する感染
症による死亡例がそれぞれ2例及び1例認められたことにより設定され
た。【甲P35,丙I17〔493,692頁〕】
2医薬品についての広告の規制と被告会社が関与した情報提供等
(1)広告の規制に関する薬事法令上の定め等
ア薬事法の定め
薬事法は,何人も,医薬品等の名称,製造方法,効能,効果又は性能に
関して,明示的であると黙示的であるとを問わず,虚偽又は誇大な広告を
し,記述し,又は流布してはならないと定め(同法66条1項),がんそ
の他の特殊疾病に使用されることが目的とされている医薬品であって,政
令で指定された医薬品については,医薬関係者以外の一般人を対象とする
広告方法を制限する等,当該医薬品の適正な使用の確保のために必要な措
置を定めることができるとされ(同法67条1項),何人も,同法14条
1項に規定する医薬品等でまだ承認を受けていないものについて,その名
称,製造方法,効能,効果又は性能に関する広告をしてはならないとされ
ている(同法68条)。
イ薬事法の広告の規制に関する指針
(ア)薬事法の広告の規制については,「薬事法における医薬品等の広告の
該当性について」(平成10年9月29日医薬監第148号厚生省医薬
安全局監視指導課長通知・丙D19)により,同法66条ないし68条
所定の広告に該当するものと判断されるのは,以下のいずれの要件も満
たす場合であるとされている。【丙D19】
①顧客を誘引する(顧客の購入意欲を昂進させる)意図が明確である
こと
②特定医薬品等の商品名が明らかにされていること
③一般人が認知できる状態であること
(イ)被告会社は,イレッサの承認前,プレスリリースにおいては,ZD1
839というイレッサの開発コード(治験記号)を用いていたが,上記
プレスリリースを受けた朝日新聞社が,平成13年11月2日,イレッ
サという商品名を明らかにして新聞報道したことから,同日,同社に対
して抗議を行うとともに,同年12月,治験担当医に対し,マスコミに
よる取材を含めてイレッサという商品名を提示しないよう文書で通知し
た。【丙P9,10】
(ウ)原告らのうち8名(大阪地裁平成16年(ワ)第7990号事件及び平
成17年(ワ)第2207号事件の原告ら)は,平成17年6月24日,
大阪地方検察庁に対し,被告会社及び被告会社の代表取締役らを被告発
人として,被告会社が行ったイレッサに関する被告会社のホームページ
の記載(平成13年11月1日から平成17年6月23日),医学雑誌
(MedicalTribune)への記事の掲載(平成13年10月25日付け,
同年11月22日付け),小冊子(的を得た話上・下)への記事の掲載
等が,薬事法66条ないし68条に違反するとして被告会社を告発した
が,大阪地方検察庁は,平成18年7月31日,薬事法違反被疑事件に
つき公訴を提起しない処分をした。【甲P46,丙P17】
(2)被告会社が関与したイレッサに関する情報提供
アプレスリリース等
(ア)被告会社は,平成13年5月16日,「最終の試験結果により,非小
細胞肺癌へのZD1839の臨床効果を確認…第37回米国臨床腫瘍学
会(ASCO)において本日データを発表」との表題で,「『この克服
困難な疾患において併用療法の安全性と効果に勇気づけられており,最
近リクルートが完了したZD1839のNSCLCにおける第Ⅲ相試験
の結果を心待ちにしている。われわれの試験結果が,近い将来NSCL
C患者によりよい治療をもたらす前奏曲となることが期待されてい
る。』と,ニューヨークのMemorialSloan-KetteringCancerCenter
の治験統括医師であるVincentMiller医師はコメントした。」との記
載を含む記事を発信し,自社のホームページ上にも掲載した。【甲N
7】
(イ)被告会社は,平成13年11月2日,同月1日開催された第12回A
ACR−NCI−EORTCの国際学会(米国)において,イレッサの
第Ⅱ相試験(IDEAL1試験)を実施したJ.Baselgaらにより発表さ
れた同試験結果の速報データ(日本語訳)として,セカンドラインの患
者で,全体の奏効率が18.7%(CR+PR)で,全体の病勢コント
ロール率が52.9%であったことを紹介した上,「重要なことは,こ
れらの結果が,肺癌治療でよくみられる重い副作用を患者に与えること
なしに達成されたということです。ZD1839投与時の主な副作用
は,発疹,乾燥皮膚あるいは掻痒のような軽度から中等度の皮膚反応や
下痢です。重篤な副作用はまれで,通常は病勢の進行に関連していま
す。」との記載や,J.Baselgaの意見として,イレッサが,「少なくと
も1つの前治療レジメンを既に受け,既存の治療に伴う重い副作用に苦
しみ,そのような治療に耐えられないかもしれない患者にとって,忍容
性がよいということがわかったことは今後の自信につながる」との記載
を含む記事を発信し,自社のホームページ上にも掲載した。【甲N8,
丙P7[枝番号1,2],丙E28,29】
(ウ)被告会社は,平成14年1月28日,「海外に先駆けて日本でZD1
839(イレッサ)の非小細胞肺がんの承認申請を行う」との表題で,
イレッサが「従来の抗がん剤をは異なる新しいタイプの分子標的薬剤の
一つで,今回の適応が認められれば,肺がん治療の選択肢を広げる薬剤
であると期待されています。」との記載を含む記事を発信し,自社のホ
ームページ上にも掲載した。【甲N9】
(エ)被告会社は,平成14年7月8日,「世界初,最速審査でイレッサの
承認取得」との表題で,「従来の化学療法剤とは異なり,報告された主
な副作用は発疹,下痢等でしたが,ほとんどが軽度から中等度でし
た。」との記載を含む記事を発信し,自社のホームページ上にも掲載し
た。【甲N3】
(オ)被告会社のT取締役研究開発本部長は,平成14年7月8日,記者会
見を開催し,イレッサの特長として「①咳,喀痰など肺がん関連症状を
早期に改善,②副作用が少ない,③一日一錠経口投与」などと説明し
た。【甲O36】
イ雑誌(SignalJapan)の記事
SignalJapanは,平成13年10月に創刊された雑誌Signal(英語
版)の日本語版であり,被告会社が費用を負担し,平成14年5月に創刊
号が刊行された。
SignalJapanは,EGFR標的がん療法をテーマにした雑誌であり,
医療関係者に対し,がん療法におけるEGFR阻害の役割に対する認識を
広めることを目的とし,分子標的治療薬に関する国内外の専門家により作
成された分子標的治療薬に関する各種論文等を収載している。その内容
は,分子標的治療薬の標的分子や作用機序に関する知見,臨床試験その他
の研究データ,これらに関する専門家の科学的考察等が掲載されている。
同年7月号の「QuestionsandAnswers」(甲N11〔35頁〕)の項で
は,「質問:EGFR標的薬の副作用をどう説明するのか」との問いに対
して,「患者のEGFR標的治療…はEGFR受容体を極めて特異的に阻
害することを示唆している。これは,患者のEGFR活性を99%まで阻
害しても,皮膚に何らかの影響を及ぼす可能性はあるが,それ以上の副作
用は生じないことを暗に示すものであった。」との回答が記載された。
【甲N10∼12】
ウ雑誌(MedicalTribune)の記事
(ア)平成13年10月25日号の対談記事(甲N13)
MedicalTribune平成13年10月25日号に掲載された,肺がんの
専門医2名(県立愛知病院院長有吉寛及び近畿大学医学部第4内科講師
中川和彦)による対談記事である。その内容は,「21世紀の肺癌治療
をめぐって」というテーマで,増加傾向にある肺がん,肺がんと喫煙の
関係,肺がんに対する取り組み,肺がんにおける薬物療法の変遷,新し
い治療戦略,分子標的治療薬等に関するものであり,ZD1839につ
いて触れられている。
上記対談者は,いずれも実際にイレッサの臨床試験に関わった専門医
であり,「まず副作用が従来の抗癌剤とは非常に異なるということで
す。主な副作用はニキビ様の皮疹で,従来の抗癌剤にみられる骨髄抑制
をほとんど示さないのが1つの特徴になります。」,「その他の副作用
としては,頻度はそれほど高くないのですが,下痢と肝機能障害が挙げ
られます。ただし,投与をある程度中止すれば非常に速やかに改善しま
すので,臨床上あまり問題にはならないと思います。」との発言があ
る。
上記対談記事は,被告会社が,掲載に要する費用を負担し,対談のテ
ーマを提示したが,具体的な対談内容については各対談者が責任を負っ
ていたものである。【甲N13,14,弁論の全趣旨】
(イ)平成13年11月22,29日号の対談記事(甲N14)
MedicalTribune平成13年11月22,29日号に掲載された,肺
がんの専門医2名(西條証人及び名古屋市立大学医学部第2内科教授上
田龍三)による対談記事である。対談者の発言は,「肺癌のEBMとテ
ーラーメイド治療」というテーマで,テーラーメイド治療の考え方,分
子標的治療,分子標的治療薬の開発状況,分子標的治療薬の評価,期待
される分子標的治療薬等に関するものであり,ZD1839(イレッ
サ)について触れられている。
上記対談者は,いずれもイレッサの臨床試験に関わった専門医であ
り,「(分子標的治療薬である)トラスツズマブに死亡報告が多いとい
うことです。これはどういうことかと言いますと,従来の抗癌剤は毒性
が強いために,PS(performancestatus)が3や4の患者さんには投
与することはできませんが,分子標的治療薬は毒性があまり強くないた
めに,薬剤を投与する対象にならない患者さんにも投与されていて,そ
のような患者さんの死亡が報告されているのではないかと推測されま
す。ZD1839も副作用が少ないために,このような使い方をされて
しまう可能性があることが危惧されます。」,「分子標的薬は,本当に
今,薬剤を投与することが必要であるかどうかがわからない患者さんに
も,副作用が比較的少ないことにより,安易に使用される可能性がある
わけですね。」との発言がある。
上記対談記事も,被告会社が,掲載に要する費用を負担し,対談のテ
ーマを提示したが,具体的な対談内容については各対談者が責任を負っ
ていたものである。【甲N13,14,弁論の全趣旨】
(ウ)平成14年9月号の記事
MedicalTribune平成14年9月号に掲載された,「進行非小細胞肺
癌患者に腫瘍縮小効果・疾患関連症状改善をもたらす」と題する記事で
ある。
平成14年5月18日から同月21日に開催された第38回米国臨床
腫瘍学会(ASCO)総会における,イレッサの第Ⅱ相試験(IDEA
L各試験)の結果報告(「非小細胞肺癌に対するZD1839
(IRESSA)の臨床成績」(甲N16))をまとめたものであり,その内
容は,IDEAL各試験を中心としたイレッサの臨床試験のデータ及び
これに対する専門家の評価を記載したものであった。
具体的には,IDEAL1試験は,セカンドラインの患者を対象とし
て行われ,250㎎群で,腫瘍縮小効果の奏効率は18.4%,病勢コ
ントロール率は54.4%であったこと,うち日本人の奏効率は27.
5%と,外国人症例に比して日本人群で奏効率が高い傾向が見られたこ
と,既存の細胞傷害性薬剤に見られる血液毒性を発現せず,極めて良好
な副作用プロファイルを示したこと,IDEAL2試験は,サードライ
ンの患者を多く含んでいたが,250㎎群で12%,500㎎群で9%
とドセタキセルによるセカンドライン治療の奏効率(約7%)からすれ
ば十分に評価し得る結果が得られたこと,経口投与であり,細胞傷害性
薬剤の治療に比して重大な副作用は最小限であること等について紹介さ
れた。【甲N15,16】
エ「的を得た話上巻」及び「的を得た話下巻」
「よくわかる分子標的療法(上)的を得た話」(甲N4)及び「よく
わかる分子標的療法(下)的を得た話」(甲N5)は,平成14年2月
及び同年3月,医療関係者に対する分子標的治療薬についての情報提供を
目的として,国立がんセンター研究所薬効試験部耐性研究室室長西尾和人
監修のもと,被告会社が費用を負担し,株式会社インターサイエンス社に
より企画・制作されたものである。
その内容は,分子標的治療薬,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤等に関
する情報を分かりやすく解説したものである。
「はじめに」の項(甲N4〔1頁〕)では,「分子標的療法,分子標的
薬が夢の薬として期待され,開発がはじまり,気がつくと,一般臨床の場
に登場してきています。最近,インターネットやマスコミによる情報収集
が簡単になったためか,患者さん・その家族の情報収集は早く,種々の分
子標的薬の使用を希望する機会にも遭遇するかもしれません。そのような
時には患者さんに正確な情報を伝えなければなりません。分子標的薬は夢
のような薬ではありますが,現実の薬であることを説明していただきた
い。そのような時の一助になれば幸いです。」,「副作用(有害事象)は
ないの?」の項(甲N4〔3頁〕)では,「従来の経口抗悪性腫瘍薬と同
等あるいはそれ以上の注意を払う必要があります。特に有害事象について
は従来と違うことから,その発見や対処が遅れるということは避けたいも
のです。したがって,現時点では外来での投与は慎重になったほうがよい
のではないかと考えます。充分に使用経験を積んだ後に,しかるべき通院
治療マニュアルにしたがって移行した方が安全と思われます。」と記載さ
れている。【甲N4】
オ患者向けホームページ(「iressa.com」,「エルねっと」)
「iressa.com」は,被告会社がイレッサを処方されている患者とその家
族に向けた情報を提供するサイトであり,「エルねっと」は,WJTOG
(西日本胸部腫瘍臨床研究機構)と被告会社の協力により運営されてい
る,肺がんの啓発のためのサイトである。
後者には,患者やその家族からの質問に対し,WJTOGの医師が回答
をするコーナーがあり,平成16年8月13日に投稿された質問に対し,
イレッサについて,「他の抗がん剤で問題となる白血球減少などの副作用
は非常に軽度な抗がん剤です。問題となるのは死亡例が出ることのある急
性肺障害ですが,これが無ければ負担の軽い治療法だと思います。つま
り,全体として副作用は軽度だけれど,一つだけ厄介なものがあるという
ことです。」との回答が記載されるなどした。【甲N18,19】
(3)新聞報道
ア承認前
平成11年12月から平成14年7月までのイレッサに関する新聞報道
では,イレッサについて,①平成12年10月4日付けで「新抗がん剤,
肺がん治療に有効近畿大学など発表へ」との見出しで,「従来の抗がん
剤に比べて正常な細胞へのダメージが少ないため,副作用が軽い。」,
「治験中に,発しん,下痢,肝機能障害などの副作用がみられた。しか
し,いずれも症状は軽く,飲むのをやめるとすぐに改善されたという。」
(甲O54),②平成13年8月9日付けで,「肺がん病巣“狙い撃つ”
新薬」との見出しで,「がん細胞の増殖を分子レベルで妨げる。がん細胞
だけを狙い撃つ「分子標的薬」」,「従来の抗がん剤が,がん細胞だけで
なく正常細胞も攻撃し,免疫機能の低下,吐き気,脱毛などを引き起こす
のに比べ,副作用が少ない」(甲O55),③平成13年11月2日付け
で,「新抗がん剤肺がん治療高い効果近大など副作用大幅に改善」
との見出しで,「国内で臨床試験が続けられている新しいタイプの抗がん
剤」,「がん細胞の増殖に関係する酵素の働きを妨げる分子標的薬」,
「正常な細胞も攻撃するこれまでの抗がん剤と異なり,がん細胞のみを狙
い撃つ」,「副作用では,発しんや下痢が出た例もあったが,従来と比べ
て大幅に改善されている。」(甲O32)等の新聞報道がされたが,間質性
肺炎や急性肺障害の副作用を指摘したものはなかった。【甲O32,5
4,55,甲P156,157】
イ承認後
平成14年7月9日付けで「肺がん新薬輸入承認細胞の増殖抑える
作用」との見出しで,「骨髄抑制など,既存の抗がん剤のような強い副作
用がないことが特徴」との新聞報道等がされていたが,緊急安全性情報が
発出された同年10月15日までは,間質性肺炎や急性肺障害の副作用を
指摘したものはなかった。【甲P156,157】
3承認時の薬剤性間質性肺炎に関する知見
(1)薬剤性間質性肺炎に関する知見
前記第3の3(3)及び(4)のとおり,平成14年7月当時,既存の殺細胞性
抗がん剤については,薬剤性間質性肺炎の報告のあるものが多く,添付文書
の警告欄に間質性肺炎の増悪等について記載のある抗がん剤(ゲムシタビ
ン,アムルビシン等)もあって,抗がん剤の種類によっては薬剤性間質性肺
炎が発現する危険性があるということは,一般に,医療現場において認識さ
れていた。そして,薬剤性間質性肺炎の予後については,急性間質性肺炎・
びまん性肺胞障害(AIP/DAD)型は,急激に発症し,予後が不良であ
るとの見方が有力であり,また,抗がん剤による薬剤性肺障害の特徴とし
て,急性型のものは,ステロイド療法に対する反応が悪く予後が不良である
ことを指摘する研究報告もあった。
もっとも,前記第3の3(3)及び(4)のとおり,薬剤性肺障害は,薬剤の中
止のみ,又は副腎皮質ステロイド薬の投与により病態が改善することが多い
との考え方もあり,病変の種類によっても反応は異なり,同じ間質性肺炎で
あっても,重症例で線維化を伴っていれば可逆性に欠けるものの,病変が初
期や軽度であれば可逆性があるというように重症度や進行度に左右されると
されており,また,薬剤性間質性肺炎の予後についても,治療反応性は原因
薬剤によっても異なり得るとされ,症例によっては死に至ることがあるもの
の,薬剤性間質性肺炎の疾患全体としてはその9割が全快又は軽快してお
り,一般的にはステロイド療法などの治療によって重篤化を回避できること
が多いとの考え方があった。
以上のとおり,平成14年7月当時,薬剤性間質性肺炎の発症頻度,発症
傾向,予後等は薬剤の作用機序や薬効は薬剤ごとに異なり,間質性肺炎の病
態は原因に対して非特異的で,異なる病態をもたらす機序が不明であるとい
うものであった。そして,抗がん剤による間質性肺炎の危険については,抗
がん剤の種類によっては薬剤性間質性肺炎が発現する危険性があることは知
られていたが,その発症頻度,発症傾向,予後等については,抗がん剤一般
に急性型の薬剤性肺傷害が生じ,その予後が不良であるとの知見が存在して
いたとまでいうことはできず,抗がん剤ごとに発症頻度,発症傾向,予後等
は異なるとの考え方が一般的であった。【甲F60〔104頁〕,乙E1
7,乙H34[枝番号1∼4],丙H46】
(2)分子標的治療薬と間質性肺炎に関する知見
前記第1の1(1)のとおり,分子標的治療薬とは,対象とする疾患の病態
において中心的役割を演ずる分子を標的にして,その機能を阻害することで
疾患の進行を阻止する薬剤のことをいい,がん細胞又はがん組織と,正常細
胞又は正常組織との分子生物学的な差を特異的に修飾することを目指して創
られた薬であり,従来の殺細胞性の抗がん剤とは異なる作用機序を有する抗
がん剤であるとして位置付けられており,平成14年7月当時,がんの増殖
や進展に特異的にかかわる分子や,がん細胞だけに過剰発現がみられる分子
を標的とし,がん細胞に特異的な機能を選択的に抑えるため,正常細胞に与
える影響は小さいと考えられていた。
このような分子標的治療薬の作用機序に関する理解からすれば,平成14
年7月当時,分子標的治療薬が従来の殺細胞性の抗がん剤と同様に薬剤性間
質性肺炎を引き起こすということは,肺がん治療にたずさわる医師等の間で
も想定されていなかった。【甲E51〔92頁〕,甲F60〔99,104
頁〕,甲H18〔579頁〕,甲P74,乙E24〔102,104∼10
5頁〕,丙E47〔12頁〕】
4イレッサの承認審査の経緯等
(1)承認審査資料と添付文書案
医薬品の承認申請は厚生労働省令で定めるところにより,申請書に臨床試
験の試験成績に関する資料その他の資料を添付してしなければならないとさ
れている(薬事法14条3項前段)。承認申請書に添付すべき資料(承認審
査資料)については,第3章第6の2記載のとおりである。
また,上記の承認審査資料のほかに,新有効成分含有医薬品等の通達で指
定された医薬品は,添付した資料の内容を適確かつ簡潔にまとめ,効能・効
果,用法・用量,使用上の注意の案及びそれらの設定理由に関する情報を盛
り込んだ「資料概要」及び「添付文書(案)」を併せて提出することとされ
ていた。
添付文書(案)は,承認審査資料には含まれないものの,承認審査の際に
薬事・食品衛生審議会において審査した上,必要に応じて行政指導が行われ
ることが予定されている。【「医薬品の承認申請について」(平成11年4
月8日医薬発第481号厚生省医薬安全局長通知・乙D3,丙D11〔第2
の6〕),「医薬品の承認申請に際し留意すべき事項について」(平成11
年4月8日医薬審第666号厚生省医薬安全局審査管理課長通知・乙D4
〔7項〕,乙D22[枝番号3]〔125頁〕),弁論の全趣旨】。
(2)審査センターにおける審査
ア審査経過
審査センターによるイレッサの承認申請について,被告会社に対する文
書による照会,ヒアリング,その後の書面による照会回答,これらの内容
(別紙22(審査センターからの照会と回答))については,第3章第6
の3及び第5章第1の3のとおりである。【乙B3[枝番号1,2],乙
B4[枝番号1],乙E22〔10頁〕,弁論の全趣旨(平成18年7月
6日付け被告会社回答書(2))】
イ間質性肺炎について
(ア)前記照会・回答の一環として,審査センターが,被告会社に対し,
「本邦での臨床試験における死亡例,及び間質性肺炎を発症した症例に
ついての詳細を示し,本剤との関連性を考察すること。」として,文書
で事前照会を行ったこと,これに対し,被告会社が,平成14年3月2
9日,国内臨床試験で間質性肺炎が見られた副作用報告例3症例(国内
3症例)を報告して,イレッサによる間質性肺炎発症可能性は低いとの
見解を示し,平成14年4月4日までに海外での間質性肺炎等と診断さ
れた副作用報告例4症例(海外7症例のうちの4症例)を報告したこ
と,審査センターが,被告会社に対し,間質性肺炎を重大な副作用とし
て添付文書に記載すべきであるとの見解を示し,被告会社からこれに応
じる旨の回答を受けたこと,同年6月11日までに副作用報告例3症例
(海外7症例のうちの3症例)を審査センターに報告したこと等は,前
記第5章第1の3(1)アのとおりである。【乙B3[枝番号2〔8頁・
ト−5,枝番号5〔ト−5〕〕,4[枝番号1],5〔10頁・ト−
5〕],12∼14[各枝番号],15,乙E22〔13∼14頁〕,
丙K1[枝番号5]〔48頁)】
(イ)a被告会社が審査センターに報告した間質性肺炎のデータの内容の要
点はb∼kのとおりであり,次の3種類に分けられる。
イレッサの承認当時の間質性肺炎に関する副作用症例報告例のデー
タの種類には,①評価対象臨床試験(治験)のデータ,②参考資料と
されたその他の臨床試験(参考試験)のデータ,③EAPのデータがあ
る。被告会社が報告したもののうち,①国内臨床試験1例目及び2例
目は,評価対象臨床試験(治験)のデータである。②国内臨床試験3
例目及び海外7症例中の2症例(INTACT1例目及び同2例目)
は,V1511試験に登録された患者に対する継続投与試験及び承認
当時には試験中であった臨床試験INTACTのデータであって,参
考試験データである。③海外7症例中の5症例(EAP1∼5例目)
は,EAPのデータである(なお,別紙29及び別紙30参照)。
①評価対象臨床試験(治験)のデータは,イレッサの承認審査にお
ける有用性の評価の中心となるものであり,GCPに基づき,一定の
専門性を有する実施医療機関,治験担当医師が選定されるとともに,
効果安全性検討委員会等の機関が設置される等統一的で客観的な評価
を行うための体制を採ることが予定されており,データの信頼性と評
価の適正が担保されている。
②参考試験のデータは,評価対象臨床試験(治験)のデータと同じ
く臨床試験のデータであるという点において,GCPに基づき評価の
適正が担保されているが,評価対象臨床試験(治験)のデータとは異
なり,承認時点では,未だ試験実施中で監査が実施されていない等の
点において,データの信頼性が制度的には担保されていないという特
徴がある。
③EAPのデータは,EAPが,患者等が広く医薬品にアクセスで
きるようにすることを目的とした制度であり,GCP省令に準拠して
行われるものではないことから,副作用報告の内容につきもっぱら患
者の主治医の評価に頼らざるを得ないという点において,データの信
頼性や評価の適正が制度的には担保されていないという特徴がある。
【乙E20〔27∼33頁〕,丙E49[枝番号1〔131∼132
頁〕],弁論の全趣旨】
b別紙29の表中の国内臨床試験1例目(IDEAL1)・間質性肺
炎【乙B12[枝番号3],丙B1[枝番号1,2]】
間質性肺炎,呼吸困難(生命を脅かす,入院期間の延長を要する,
医学的措置を要する事象)として報告された症例であり,イレッサ投
与(500㎎/日)開始から16日目に呼吸困難が発現し,17日目
に間質性肺炎の所見が認められ,ステロイドパルス療法が施行される
とともに,18日目から人工呼吸管理がされた。その後,胸部X線写
真での間質性肺炎像の改善及びCTでの間質影の改善が確認されたも
のの,投与開始から55日目に死亡し,担当医師により死因は原疾患
悪化による循環不全と診断され,剖検の結果,死因はがん性心のう炎
によるものと診断された。この症例については,前記第3の4(5)イ
(イ)のとおりである。
c別紙29の表中の国内臨床試験2例目(IDEAL1)・間質性肺
炎【乙B12[枝番号4]】
間質性肺炎・低酸素血症(入院を要する事象)として報告された症
例であり,イレッサ投与(500㎎/日)開始から86日目に間質性
肺炎の所見が認められ,ステロイドパルス療法が施行された。その
後,胸部X線写真での間質性肺炎像(右肺)の改善が確認されたもの
の,投与開始から約4か月後に死亡した。この症例については,前記
第3の4(5)イ(ウ)のとおりである。
d別紙29の表中の国内臨床試験3例目(V1511試験に登録され
た患者に対する継続投与試験)・間質性肺炎【乙B12[枝番号
5],丙B2[枝番号2]】
間質性肺炎(生命を脅かす事象)として報告された症例であり,イ
レッサ投与(500㎎/日)開始から374日目に呼吸困難が発現
し,間質性肺炎の所見が認められ,ステロイドパルス療法が施行され
た。その後,間質性肺炎は軽快したものの,投与開始から約1年2か
月後に死亡し,担当医師により死因は肺がんの進展によると診断さ
れ,剖検の結果,死因は右胸水と肺がんの肺転移によるものと診断さ
れた。この症例については,前記第3の4(5)イ(エ)のとおりである。
e海外1例目(EAP1例目)・間質性肺炎(別紙30の表中の海外
1例目)【乙B13[枝番号1],丙B3[枝番号157]】
急性呼吸不全・間質性肺炎(生命を脅かす,入院を要する,機能障
害に至る,医学的重要な事象)として報告された症例であり,イレッ
サ投与(250㎎/日)開始から12日目に急性呼吸不全が発現し,
両側びまん性間質性陰影が認められ,ステロイドパルス療法が施行さ
れた。その後,症状は軽快した。この症例については,前記第3の4
(5)ウ(イ)のとおりである。
f別紙30の表中の海外2例目(INTACT1例目)・肺臓炎【乙
B13[枝番号2],丙B3[枝番号156]】
肺臓炎(死に至る,生命を脅かす,障害に陥る,入院を要する,医
学的に重大な事象)等として報告された症例であり,イレッサ投与
(500㎎/日)開始から26日目に急性両側性肺臓炎が発現し,3
2日目に重度の呼吸困難が発現した。その後,投与開始から46日目
に死亡し,死因はⅣ期の非小細胞肺がんも関与しているとされた両側
性肺臓炎による急性心肺停止と診断された。この症例については,前
記第3の4(5)エ(イ)のとおりである。
g別紙30の表中の海外3例目(EAP2例目)・間質性肺炎【乙B
13[枝番号3の1・2],丙B5[枝番号51の1・2]】
間質性肺炎(入院を要する,死に至る事象)として報告された症例
であり,イレッサ投与(250㎎/日)開始から15日目に呼吸困難
が発現し,間質性肺炎の所見が認められた。その後,投与開始から2
6日目に死亡し,死因は間質性肺炎によると診断された。この症例に
ついては,前記第3の4(5)ウ(ウ)のとおりである。
h別紙30の表中の海外4例目(INTACT2例目)・両側性肺間
質浸潤【乙B13[枝番号4],丙B5[枝番号8の1・2]】
急性呼吸不全・間質性肺炎(生命を脅かす,入院を要する,機能障
害に至る,医学的重要な事象)として報告された症例であり,イレッ
サ投与(投与量不明)開始から21日目に両側性肺間質浸潤,成人呼
吸窮迫症候群が発現し,その後,投与開始から28日目に死亡した。
この症例については,前記第3の4(5)エ(ウ)のとおりである。
i別紙30の表中の海外5例目(EAP3例目)・肺臓炎NOS【乙
B14[枝番号1],丙B3[枝番号182]】
肺臓炎NOS(死亡,生命を脅かす,入院を要する,機能障害に至
る,医学的重要な事象)として報告された症例であり,イレッサ投与
(250㎎/日)開始から46日目に呼吸困難が発現し,49日目に
両肺びまん性陰影が認められ,ステロイドパルス療法が施行された。
その後,改善が認められないまま投与開始から57日目に死亡し,死
因は肺臓炎による呼吸不全と診断された。この症例については,前記
第3の4(5)ウ(エ)のとおりである。
j別紙30の表中の海外6例目(EAP4例目)・肺臓炎NOS【乙
B14[枝番号2の1],丙B3[枝番号187]】
肺炎NOS,肺臓炎NOS(入院を要する事象)として報告された
症例であり,イレッサ投与開始後(投与量,投与開始日は不明)息切
れ,咳嗽を訴え肺臓炎のために入院し,肺炎及び肺臓炎は未回復であ
るとされた。この症例については,前記第3の4(5)ウ(オ)のとおりで
ある。
k別紙30の表中の海外7例目(EAP5例目)・胞隔炎【乙B14
[枝番号3],丙B3[枝番号191の1・2]】
胞隔炎NOS(生命を脅かす,障害,入院に至る事象)として報告
された症例であり,イレッサ投与(250㎎/日)開始から60日後
に重度の呼吸困難が発現し,いったんイレッサ投与を中断した。症状
回復後にイレッサ投与を再開し,その約2か月後に両側びまん性胞隔
炎を発現し,その後症状は回復した。この症例については,前記第3
の4(5)ウ(カ)のとおりである。
(ウ)被告会社は,承認時までに,審査センターに対し,臨床試験及びEA
Pを含めて海外から報告された副作用症例として,合計196例を報告
した。
上記副作用症例196例のうち,審査センターがイレッサによる間質
性肺炎の副作用症例として添付文書に反映させたものは前記(イ)のeな
いしkの7症例である。
なお,上記副作用症例196例のうち,死亡例は,別紙32【海外か
らの副作用報告196例のうち転帰欄死亡の症例一覧】記載のとおり合
計57例であった。また,上記死亡例57例のうち,副作用名として
「呼吸」又は「肺」が含まれる症例が記載されているものは,別紙31
【急性肺障害・間質性肺炎を発症したと考えられる副作用症例】のとお
り,合計39例であった。
もっとも,上記の海外からの副作用症例報告の報告対象は,薬剤の使
用によるものと疑われる副作用等であり,薬剤投与との因果関係が完全
には否定できないものが全て報告されるため,因果関係が明確でないも
のも含まれていた。【甲P93[枝番号1,2],乙K1,2,丙K1
[枝番号2〔3頁〕,4〔3頁〕,7],丙K2[枝番号2〔1頁〕,
15]】
ウ適応範囲について
審査センターが効能・効果を「化学療法既治療の手術不能非小細胞肺
癌」のように限るべきではないかとの照会を行ったのに対し,被告会社
が,本薬の効能・効果を「非小細胞肺癌」とすることに大きな問題はない
と考えられること等を回答したこと,審査センターは,初回治療(ファー
ストライン治療)に関する注意喚起について,被告会社が提出した添付文
書の「重要な基本的注意」欄に記載されていたのを,医師の目に触れやす
くするため,「効能・効果」欄のすぐ下の「効能・効果に関する使用上の
注意」欄に「(1)本薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確
立していない。」,「(2)本薬の術後補助療法における有効性及び安全性
は確立していない。」と記載するのが相当と判断し,専門委員からも指示
されたこと等の経緯は,前記第5章第1の3(1)イのとおりである。
エ審査結果
審査の結果,審査センターが,添付文書において「重大な副作用」欄に
間質性肺炎が記載されることを前提に,「効能・効果」を,「非小細胞肺
癌(手術不能又は再発例)」とし,「効能・効果に関する使用上の注意」
として,「(1)本薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立
していない。」,「(2)本薬の術後補助療法における有効性及び安全性は
確立していない。」と付加し,「承認条件」を付加した上,承認して差し
支えないとの判断をしたこと等は,前記第5章第1の3(1)イのとおりで
ある。
(3)薬事・食品衛生審議会における審査
厚生労働大臣の薬事・食品衛生審議会に対する諮問を受けて行われた薬
事・食品衛生審議会医薬品第二部会において,審議が行われ,承認条件を
付加することとして,薬事分科会で審議することが決定され,その後開催
された薬事分科会において,効能・効果についての記載を修正した上で,
イレッサを承認するする旨が決定され,厚生労働大臣への答申が行われた
こと,同審議会医薬品第二部会及び同審議会薬事分科会における審議にお
いて,「添付文書(案)」に関して議論がされたものの,間質性肺炎を
「重大な副作用」欄に記載することの当否等については特に議論されなか
ったことは,前記第5章第1の3(2)のとおりである。
アイレッサの承認(前記第3章第6の3参照)
前記のとおりの審査を経て,厚生労働大臣は,平成14年7月5日,イ
レッサの輸入承認をするとともに,調査期間を6年として再審査の指定を
し,承認条件として,①手術不能又は再発非小細胞肺がんに対する本薬の
有効性及び安全性の更なる明確化を目的とした十分なサンプルサイズを持
つ無作為化比較試験を国内で実施すること,②本薬の作用機序の更なる明
確化を目的とした検討を行うとともに,本薬の薬理作用と臨床での有効性
及び安全性との関連性について検討すること,また,これらの検討結果に
ついて再審査申請時に報告すること,③GPMSP省令2条2項に規定す
る市販直後調査を実施することが付加された。【乙B11】
イ併せて,同日,イレッサについて,①薬事法44条所定の「劇薬」の指
定がされ(厚生労働省令第93号による改正後の薬事法施行規則別表第
3・乙D44),②薬事法49条1項所定の「要指示医薬品」の指定を受
け(平成14年7月5日付厚生労働省告示第230号・乙D49),③薬
事法29条所定の「指定医薬品」の指定を受け(丙A1[枝番号1]),
④医療用医薬品として取り扱われることとされた(「医薬品の承認申請に
ついて」平成11年4月8日医薬発第481号厚生省医薬安全局長通知,
第1の2(2)・乙D3)。
劇薬とは,毒性が強いものとして厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会
の意見を聞いて指定する医薬品であり(薬事法44条),要指示医薬品と
は,医師,歯科医師又は獣医師から処方せんの交付又は指示を受けた者以
外の者に対して販売,授受等することができないものとして,厚生労働大
臣が指定する医薬品であり(同法49条1項),指定医薬品とは,薬事法
29条所定の薬種商販売業の許可を受けた者が販売,授受等することがで
きないものとして,厚生労働大臣が同法施行規則36条において指定する
医薬品である(同法29条)。また,医療用医薬品とは,医師若しくは歯
科医師によって使用され又はこれらの者の処方せん若しくは指示によって
使用されることを目的として供給される医薬品をいう【「医薬品の承認申
請について」平成11年4月8日医薬発第481号厚生省医薬安全局長通
知,第1の2(2)・乙D3】。
5承認後の再審査制度及びその基礎となる情報収集制度
(1)再審査制度
ア新医薬品等につき,承認後にも引き続き当該医薬品等の使用成績等の調
査を行わせ,一定期間後にその安全性等を再確認する制度(再審査制度)
が設けられており,再審査制度の内容は,前記第3章第8の2(1)のとお
りである。
イイレッサは,既に製造又は輸入の承認を与えられている医薬品と有効成
分等が明らかに異なることから,承認時に,調査期間を6年として再審査
の指定を受けた。【乙B11】
(2)市販後調査制度
ア市販後調査制度の概要
再審査指定を受けた製薬企業は,再審査の対象となる医薬品について,
調査期間において,使用成績等に関する調査を行わなければならないとさ
れている(薬事法14条の4第4項,同法施行規則21条の4第1項,2
1条の4の2第1項)。そして,上記使用成績等に関する調査は,再審査
の申請書の添付資料の基礎とすることとされている【昭和55年4月10
日付け薬発第483号厚生省薬務局長通知「薬事法の一部を改正する法律
の施行について」・乙D24〔第4の1〕】。
上記使用成績等に関する調査を市販後調査といい,市販後調査とは,医
薬品の製造業者等が,その製造等をする医薬品の品質,有効性及び安全性
に関する事項その他の医薬品の適正な使用のために必要な情報(適正使用
情報)の収集及び検討を行い,その結果に基づき医薬品による保健衛生上
の危害の発生若しくは拡大の防止,又は医薬品の適正な使用の確保のため
に必要な措置(適正使用等確保措置)を講じることをいうとされている
(GPMSP省令2条1項)。
市販後調査には,市販直後調査,使用成績調査,特別調査,市販後臨床
試験があり(GPMSP省令2条),その調査の方法及び内容に関する実
務上の指針として市販後調査ガイドライン(乙D17)が定められてい
る。
イ特別調査
(ア)特別調査は,市販後調査の一つであり,製造業者等が,診療におい
て,医薬品を使用する条件が定められた患者における品質,有効性及び
安全性に関する情報その他の適正使用情報の検出又は確認を行う調査を
いう(GPMSP省令2条4項,市販後調査ガイドライン4項)。
(イ)被告会社は,間質性肺炎について市販後調査等を踏まえ今後も慎重に
検証を続ける必要があるとの審査センターの指摘を受け,平成14年5
月21日,審査センターに対し,「新医療用医薬品の市販後調査基本計
画書(変更届)」を提出し,特別調査として,腎機能障害・肝機能障害
患者及び特発性肺線維症を合併する患者を含む安全性の検討を行うこと
を明らかにするとともに,市販後臨床試験,特別調査,自発報告等で間
質性肺炎悪化症例が認められた場合は,詳細データを収集することに努
め,データを蓄積し検討することとした。【乙E22〔32頁,同別紙
9の1,2,7枚目〕】
(ウ)厚生労働省は,平成14年12月26日,被告会社に対して行政指導
を行い,これを受けて,被告会社は,平成15年4月9日,審査センタ
ーに対し,「新医療用医薬品の市販後調査基本計画書(変更届)」を提
出し,プロスペクティブ調査(特別調査)として,「平成15年6月よ
り10か月間で目標症例を3000例とし,中央登録方式で,イレッサ
の副作用発現頻度及び危険因子(発症危険因子,予後因子)について検
討する。」とし,既に実施予定であった,特発性肺線維症を合併する患
者等における安全性の検討についても,同プロスペクティブ調査の中で
行うことを明らかにした。【乙E22〔32頁〕,弁論の全趣旨(平成
18年7月6日付け被告会社回答書添付資料3〔3枚目〕】
(エ)被告会社は,平成15年6月から同年12月までに登録された332
2例につき,特別調査としてプロスペクティブ調査を行い,平成16年
8月,同調査結果報告書(イレッサ錠250プロスペクティブ調査(特
別調査)に関する結果と考察)を作成した。
これによると,イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎の発現率は
5.81%(193/3322例),同死亡率は2.5%(83/33
22例),急性肺障害・間質性肺炎からの死亡転帰は38.6%(83
/215例)であった。【丙C2,丙K3[枝番号8]〔2∼3頁〕,
乙H29〔2144頁〕】
ウ市販後臨床試験
(ア)市販後臨床試験は,市販後調査の一つであり,製造業者等が,治験,
使用成績調査若しくは特別調査の成績その他の適正使用情報に関する検
討を行った結果得られた推定等を検証し,又は診療においては得られな
い適正使用情報を収集するため,当該医薬品について薬事法14条の承
認に係る用法,用量,効能及び効果に従い行う試験をいう。(GPMS
P省令2条5項,市販後調査ガイドライン5項)
(イ)被告会社は,厚生労働省からの行政指導を受け,平成15年4月9
日,審査センターに対して提出した前記「新医療用医薬品の市販後調査
基本計画書(変更届)」の中で,市販後臨床試験として,「急性肺障
害・間質性肺炎の発症頻度及び危険因子を検討するための多施設共同,
症例対照,市販後臨床試験を実施する。」ことを明らかにした。【乙E
22〔32頁〕,弁論の全趣旨(平成18年7月6日付け被告会社回答
書添付資料3〔3枚目〕)】
(ウ)被告会社は,平成15年11月から平成18年2月までに登録された
4473例(うち急性肺障害・間質性肺炎の報告は155例)につき,
市販後臨床試験として,「非小細胞肺癌患者におけるゲフィニチブ投与
及び非投与での急性肺障害・間質性肺炎の相対リスク及び危険因子を検
討するためのコホート内ケースコントロールスタディ」を行い,平成1
8年9月4日,同調査結果報告書を作成した。
これによると,進行・再発非小細胞肺がん患者における急性肺障害・
間質性肺炎発症リスクは,イレッサは,化学療法に比べて高いとされ,
投薬開始後12週間での急性肺障害・間質性肺炎粗累積発症率は,全症
例で2.98%(94/3159例),イレッサ投与例では3.98%
(59/1482例),化学療法剤投与例では2.09%(35/16
77例)であった。また,急性肺障害・間質性肺炎による死亡例は,イ
レッサ投与例で31.6%(25/79例),化学療法剤投与例で2
7.9%(12/43例)であった。【甲C4〔22∼23頁〕,丙E
46〔3頁〕,丙E61〔1頁〕】
エ市販直後調査
(ア)市販直後調査は,市販後調査の一つであり,製造業者等が販売を開始
した後の6か月間,診療において,医薬品の適正な使用を促し,薬事法
施行規則64条の5の2第1項1号イ(1)ないし(6)まで及びロ並びに第
2号イに掲げる症例等の発生の迅速な把握のために行うものをいうとさ
れている(GPMSP省令2条2項)。
(イ)市販直後調査は,平成12年に市販後調査の一つとして新設された制
度であり,①新医薬品を対象として,②販売開始直後の6か月間におい
て,③当該医薬品の慎重な使用を繰り返し促すとともに,重篤な副作用
等が発生した場合,その情報を可能な限り網羅的に把握し,必要な安全
対策を講じるというものである。そして,市販直後調査が新設された経
緯については,新医薬品の市販後においては,承認前には予測できない
重篤な副作用等が発現したり,予測できない頻度等で発現する恐れがあ
ることから,新医薬品については,特に製造業業者等において,医療機
関に対し確実な情報提供,注意喚起等を行い,適正使用に関する理解を
促すとともに,副作用等の情報を迅速に収集し,必要な安全対策を実施
することが重要であり,医療機関においても,これらの情報をもとに副
作用等の発生に留意しながら慎重に使用することが必要であるとされて
いる。【「医薬品の市販後調査の基準に関する省令の一部を改正する省
令の施行及び医薬品の再審査に係る市販後調査の見直しについて」平成
12年12月27日医薬発第1324号厚生省医薬安全局長通知・乙D
16〔第一の1〕】
市販直後調査の主たる目的は,新医薬品の販売開始直後において,医
療機関に対し確実な情報提供,注意喚起等を行い,適正使用に関する理
解を促すとともに,重篤な副作用等の情報を迅速に収集し,必要な安全
対策を実施し,副作用等の被害を最小限にすることとされている。製造
業者等は,重篤な副作用等の発生情報を入手した場合には,速やかに薬
事法施行規則64条の5の2に基づき,副作用等症例報告をすることと
されている。(市販後調査ガイドライン2項)
イレッサは,GPMSP省令2条2項に規定する市販直後調査を実施
することが承認条件として付加され,その結果は,平成15年3月に報
告された。(前記第3章第8の2(3)ア)【乙B11,丙C5】
オ使用成績調査
(ア)使用成績調査とは,市販後調査の一つであり,製造業者等が,診療に
おいて,医薬品を使用する患者の条件を定めることなく,副作用による
疾病等の種類別の発現状況並びに品質,有効性及び安全性に関する情報
その他の適正使用情報の把握のために行うものをいう(GPMSP省令
2条3項)。
使用成績調査の方法については,「中央登録方式」,「連続調査方
式」,「全例調査方式」等作為的に症例を抽出しない方法により調査を
行うとされている(市販後調査ガイドライン3項)。
(イ)a使用成績調査の主な目的は,次の事項を把握することとされてい
る。(市販後調査ガイドライン3項)
①未知の副作用(特に重要な副作用について)
②医薬品の使用実態下における副作用の発生状況の把握
③安全性又は有効性等に影響を与えると考えられる要因
b平成12年以前の使用成績調査は,目的につき,上記3つの事項を
把握することとともに,特別調査,市販後臨床試験の必要性の有無を
検討することとされ,0.1%以上の頻度で発生する未知の副作用を
95%以上の信頼度で検出できるよう最低3000例について調査す
ることを原則として運用されており,承認当時把握できなかった可能
性のある未知の副作用に関する情報を承認後に収集しようとしたもの
であった【「医療用医薬品の使用成績調査等の実施方法に関するガイ
ドラインについて」平成9年3月27日薬安第34号厚生省薬務局安
全課長通知・乙D36】。
しかし,平成12年,市販後調査の一つとして市販直後調査が新設
され,また,副作用等に関する企業報告制度,安全性定期報告制度,
治験規模の増大,承認審査体制の強化等の安全対策上の諸制度が定着
したこと等の状況を踏まえ,使用成績調査は,特定の副作用に焦点を
当てた安全性の把握,希少疾病用医薬品等治験の症例数の収集が困難
な場合の安全性の把握等に重点を置いた仕組みに見直すことが相当と
され,調査症例数についても医薬品の特性に応じて設定することとさ
れた。【「医薬品の市販後調査の基準に関する省令の一部を改正する
省令の施行及び医薬品の再審査に係る市販後調査の見直しについて」
平成12年12月27日医薬発第1324号厚生省医薬安全局長通
知・乙D16〔第一の1,第二の3〕】
(ウ)イレッサについては,承認条件とされた市販直後調査が行われ,使用
成績調査としての全例調査は行われなかった。(争いがない)
(3)安全性定期報告制度
ア再審査指定を受けた製薬企業は,再審査の対象となる医薬品について実
施した使用成績等に関する調査の結果を厚生労働大臣に報告しなければな
らないとされている(薬事法14条の4第6項,同法施行規則21条の4
の2第1項,第2項)。
製薬企業は,再審査期間中,上記使用成績等に関する調査を行い,当該
医療用医薬品等の副作用等の種類別発現状況,当該医療用医薬品の副作用
等の発現症例一覧等の事項を,厚生労働大臣が指定する日から起算して,
承認後最初の2年間は半年ごと,それ以降は1年ごとに,その期間から2
か月以内に厚生労働大臣に報告しなければならないとされている【平成9
年3月27日付け薬発第437号厚生省薬務局長通知「新医療用医薬品に
関する安全性定期報告制度について」・乙D39】。
イ安全性定期報告制度の趣旨は,新しい医薬品は,承認時に治験における
患者数が限られているほか,少なくとも危険性のある患者が最初は除外さ
れていることや,重要な長期の治験経験が欠けていること,併用療法が制
限されていることなどから,安全性プロフィールの十分な評価を妨げてお
り,このような状況下で,稀な副作用を検出し,確認することは,不可能
ではないにしても極めて困難であることを踏まえ,個別症例を集積し,全
体的な安全性評価の機会を定期的に生み出し,製品の適正使用のために製
品情報に変更を加えるべきかどうかを明らかにすることとされている。
【平成9年3月27日付け薬安第32号厚生省薬務局安全課長通知「市販
医薬品に関する定期的安全性最新報告(PSUR)について」・乙D41
〔3,4頁〕】
ウイレッサも,安全性定期報告の対象とされており,被告会社により安全
性定期報告がされ,定期的に安全性評価が行われている。
また,上記安全性評価に加え,イレッサについては市販後の間質性肺炎
の副作用報告等を踏まえ,厚生労働省内に安全性検討会やゲフィチニブ検
討会等が設置され,上記検討会において安全性評価が行われていた。
6承認後の副作用に関する情報収集及び情報提供
(1)副作用に関する情報収集
ア副作用報告制度,医薬品等安全情報報告制度
(ア)副作用報告制度
a製薬企業等は,その製造し,若しくは輸入し,又は承認を受けた医
薬品について,当該品目の副作用によるものと疑われる疾病,障害又
は死亡の発生その他医薬品の有効性及び安全性に関する事項で厚生労
働省令で定めるものを知ったときは,これを厚生労働大臣に報告しな
ければならないこととされており(薬事法77条の4の2),その報
告期限は,副作用の重篤性等に応じて,製薬企業等が知ったときから
15日又は30日以内とされている(同法施行規則64条の5の
2)。
b厚生労働大臣は,同制度につき指針を作成し,報告対象となるもの
を具体的に定めるとともに,報告期限等について定めており,報告期
限内に調査が完了しない場合にはそれまでに得られた調査結果に調査
完了に時間を要する理由を添えて報告した上,後日追加報告を行うこ
と,15日以内に報告すべき国内死亡症例については,製薬企業がそ
の事実を知ったときにファクシミリ等により速やかに第一報を報告す
べきこと等を定めている【「薬事法等の一部を改正する法律の施行に
ついて」平成9年3月27日薬発第421号厚生省薬務局長通知・丙
D8】。
(イ)医薬品等安全情報報告制度
a医薬品等安全情報報告制度は,医薬品等の使用によって発生する副
作用情報等を国が医薬関係者から直接収集する制度であり,平成9年
7月,当時の薬事法上には規定はなかったものの,従来の各種モニタ
ー制度を統合・拡大し,すべての医療機関及び薬局を対象施設に,医
師等を報告者として発足したものである【「医薬品等安全性情報報告
制度への御協力について(お願い)」平成9年5月15日薬発第63
3号厚生省薬務局長通知・乙D68】。
上記制度では,医薬品の使用の結果認められた副作用であり,医薬
品との関連性が明確でないものを含む情報等を報告対象として,医師
等が所定の書式に記入し,郵送又はファクシミリにより厚生労働省宛
てに報告することとされており,上記所定の書式は,副作用の症状等
を簡潔に記載することが予定され,医師等からの報告も強制ではなく
任意とされていた【乙D23〔19∼26頁〕】。
b上記制度は,平成14年法律第96号による改正後の薬事法に規定
され,医療機関等の医師,薬剤師等が医薬品の副作用に関する事項を
知った場合において,保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するた
め必要があると認めるときは,その旨を厚生労働大臣に報告しなけれ
ばならないとされている(同法77条の4の2第2項)。
(ウ)イレッサ承認後平成14年10月15日までに被告国にされた副作用
報告
a被告会社による副作用報告1(平成14年9月2日まで)
被告会社から,厚生労働省に対し,イレッサ承認後にされた副作用
報告のうち,平成14年9月2日までにされた副作用報告の内容は,
以下のとおり10症例(うち死亡例6例)であり,その症例経過の詳
細は別紙38(承認後の副作用報告症例経過表(平成14年9月2日
の時点で被告国に報告されていた内容))記載のとおりである。
①承認後症例①
平成14年7月18日,イレッサの投与開始から35日目に肺臓
炎が発現した症例について,イレッサとの因果関係が否定できない
間質性肺炎として報告された。【乙L3[枝番号1の1]】
②承認後症例②
平成14年8月6日,イレッサの投与開始から8日目に急性肺障
害(間質性肺炎)が発現し,その後死亡した症例について,イレッ
サによる薬剤性間質性肺炎を最も疑っているとして報告された。
そして,同年9月2日,同患者が同年8月3日(投与開始から1
1日目)に死亡したこと及び同症例の詳細が追加報告された。【乙
L3[枝番号2の1・2],丙K1[枝番号14〔症例24〕]】
③承認後症例③
平成14年8月9日,イレッサの投与開始から8日目に呼吸困難
が発現し,がん性リンパ管症,肺炎,間質性肺炎が考えられたとこ
ろ,同月9日(投与開始から13日目)にカンジタ性肺炎のため死
亡した症例について,イレッサとの関連性が疑われるとして報告さ
れた。【乙L3[枝番号3の1]】
④承認後症例④
平成14年8月16日,イレッサの投与開始から6日目に呼吸不
全,血痰が発現した症例について,イレッサとの因果関係は不明と
して報告された。【乙L3[枝番号4の1]】
⑤承認後症例⑤
平成14年8月16日,イレッサの投与開始から約7日目に低酸
素血症,間質性肺炎が発現した症例について,イレッサとの関連性
が疑われるとして報告された。【乙L3[枝番号5]】
⑥承認後症例⑥
平成14年8月27日,イレッサの投与開始から3時間後に間質
性肺炎が発現し,同月9日(投与開始から13日目)に死亡した症
例について,ゲムシタビンによると思われるが,イレッサとの関連
性は否定できないとして報告された。【乙L3[枝番号6の1]】
⑦承認後症例⑦
平成14年8月28日,イレッサの投与開始から7日目に間質性
肺炎が発現し,同年7月30日(投与開始から22日目)に死亡し
た症例について,患者の状態は良好ではなかったがイレッサとの因
果関係は否定できないとして報告された。【乙L3[枝番号7の
1]】
⑧承認後症例⑧
平成14年8月29日,イレッサの投与開始(同年7月)から3
週間目に下痢,口内炎等が発現し,投与中止後に肺炎が発現し,同
年8月中に死亡した症例について,イレッサと肺炎との関連性は不
明で,死亡との関連性は未入手として報告された。【乙L3[枝番
号8の1]】
⑨承認後症例⑨
平成14年8月2日,イレッサの投与開始から9日目に呼吸困
難,低酸素血症が発現し,間質性肺炎と診断された症例が報告され
た(医療機関からの医薬品等安全性情報報告)。
そして,同年9月2日,被告会社から,同患者が同年8月9日
(投与開始から18日目)に死亡したこと及び同症例の詳細が追加
報告され,イレッサによる薬剤性間質性肺炎の発症,それを契機に
多臓器不全となり死亡したと考察するとされた。【乙L3[枝番号
9の1・2],丙K1[枝番号14〔症例1〕]】
⑩承認後症例⑩
平成14年9月2日,イレッサの投与後21日目に間質性肺炎が
発現したが,その後,肺野病変が消失した症例が報告された。【乙
L3[枝番号10],丙K1[枝番号14〔症例25〕]】
b被告会社による副作用報告2(平成14年9月3日以降)
被告会社から,厚生労働省に対し,イレッサ承認後にされた副作用
報告のうち,平成14年9月3日以降同年10月15日までにされた
副作用報告の内容は,以下のとおり22症例(うち死亡例11例)で
ある。
①承認後症例①
前記a①の報告内容(平成14年7月18日の報告)に加え,同
年9月17日,同患者が同年8月7日(投与開始から74日目)に
死亡し,死因は原疾患(線がん)の悪化及び間質性肺炎の関与が疑
われると診断されたこと及び同症例の詳細な症例経過が追加報告さ
れた。【乙L3[枝番号1の1・2],丙K1[枝番号14〔症例
3〕]】
②承認後症例②
前記a②の報告内容(平成14年8月6日の報告及び同年9月2
日の追加報告)に加えた報告はなかった。【乙L3[枝番号2の
1・2],丙K1[枝番号14〔症例24〕]】
③承認後症例③
前記a③の報告内容(平成14年8月9日の報告)に加え,同月
20日,同症例の詳細な症例経過が追加報告された。【乙L3[枝
番号3の1・2],丙K1[枝番号14〔症例6〕]】
④承認後症例④
前記a④の報告内容(平成14年8月16日の報告)に加え,同
年9月4日,同患者が網状線状影が軽度改善し,血痰が消失したも
のの,同年8月7日(投与開始から16日目)に死亡し,死因は病
勢進行(肺がん)と診断されたこと及び同症例の詳細な症例経過が
追加報告された。【乙L3[枝番号4の1・2],丙K1[枝番号
14〔症例26〕]】
⑤承認後症例⑤
前記a⑤の報告内容(平成14年8月16日の報告)に加えた報
告はなかった。【乙L3[枝番号5]】
⑥承認後症例⑥
前記a⑥の報告内容(平成14年8月27日の報告)に加え,同
年9月11日,同症例の詳細な症例経過が追加報告された。【乙L
3[枝番号6の1・2]】
⑦承認後症例⑦
前記a⑦の報告内容(平成14年8月28日の報告)に加え,同
年9月11日,同症例の詳細な症例経過が追加報告された。【乙L
3[枝番号7の1・2],丙K1[枝番号14〔症例2〕]】
⑧承認後症例⑧
前記a⑧の報告内容(平成14年8月29日の報告)に加え,同
年9月10日,追加報告がされたが,死因は不明のままとされた。
【乙L3[枝番号8の1・2]】
⑨承認後症例⑨
前記a⑨の報告内容(平成14年8月2日の報告)に加え,同年
9月2日,被告会社から,同症例の詳細な症例経過が追加報告され
た。【乙L3[枝番号9の1・2],丙K1[枝番号14〔症例
1〕]】
⑩承認後症例⑩
前記a⑩の報告内容(平成14年9月2日の報告)に加えた報告
はなかった。【乙L3[枝番号10],丙K1[枝番号14〔症例
25〕]】
⑪承認後症例⑪
平成14年9月13日,同年9月30日,投与開始から3日目に
低酸素状態となった症例について,その後同患者が回復したこと及
び同症例の詳細な症例経過が追加報告された。【乙L3[枝番号1
1の1・2],丙K1[枝番号14〔症例27〕]】
⑫承認後症例⑫
平成14年9月13日,イレッサの投与開始から数時間後に間質
性陰影が発現し,さらに数時間後に死亡し,死因は呼吸不全と診断
された症例が報告され,同年9月24日,同症例の詳細な症例経過
が追加報告された。【乙L3[枝番号12の1・2],丙K1[枝
番号14〔症例14〕]】
⑬承認後症例⑬
平成14年9月9日,イレッサの投与開始から8日目に間質性肺
炎が発現した症例が報告され(医療機関からの医薬品等安全性情報
報告),同年9月18日,被告会社から,同患者が未回復であるこ
と及び同症例の詳細な症例経過が追加報告された。【乙L3[枝番
号13の1・2]】
⑭承認後症例⑭
平成14年9月25日,イレッサの投与後に間質性肺炎が発現し
た症例が報告され,同年10月4日,同年9月4日(イレッサの投
与開始から約1か月後)に間質性肺炎が発現したこと,同患者が回
復したこと及び同症例の詳細な症例経過が追加報告された。【乙L
3[枝番号14の1・2]】
⑮承認後症例⑮
平成14年9月25日,イレッサの投与開始から4週目に間質性
肺炎が発現した症例が報告され,同年10月8日,同患者が同年9
月15日(投与開始から約2か月後)に死亡し,剖検所見では間質
性肺炎,肺がん,細菌性肺炎の疑いがあること及び同症例の詳細な
症例経過が追加報告された。【乙L3[枝番号15の1・2],丙
K1[枝番号14〔症例5〕]】
⑯承認後症例⑯
平成14年9月9日,イレッサの投与開始から約7週目に血尿が
発現したが,その後軽快した症例が報告され,同年9月27日,同
患者にイレッサ投与開始から約11週目に肺炎NOSが発現したが
軽快したこと及び同症例の詳細な症例経過が追加報告された。【乙
L3[枝番号16の1・2]】
⑰承認後症例⑰
平成14年9月30日,イレッサの投与開始から4か月余後に間
質性肺炎が発現し,同月25日(投与開始から5か月余後)に死亡
し,死因について間質性肺炎の関与が考えると診断された症例が報
告された。【乙L3[枝番号7],丙K1[枝番号14〔症例
4〕]】
⑱承認後症例⑱
平成14年10月3日,イレッサの投与後に間質性肺炎のような
症状が発現した症例が報告された。【乙L3[枝番号18],丙K
1[枝番号14〔症例31〕]】
⑲承認後症例⑲
平成14年10月3日,イレッサの投与開始から約10日目に間
質性肺炎が発現した症例が報告された。【乙L3[枝番号19],
丙K1[枝番号14〔症例38〕]】
⑳承認後症例⑳
平成14年10月4日,イレッサの投与開始から11日目に間質
性肺炎が発現し,同年9月18日(投与開始から12日後)に死亡
し,死因は間質性肺炎によると診断された症例が報告された。【乙
L3[枝番号20],丙K1[枝番号14〔症例19〕]】
○21承認後症例○21
平成14年10月11日,イレッサの投与開始から3日目に息苦
しいとの訴えがあり,投与開始から1週目に間質性肺炎が発現した
症例が報告された。【乙L3[枝番号21]】
○22承認後症例○22
平成14年10月11日,イレッサの投与開始から約1か月後に
間質性肺炎が発現し,その後軽快した症例が報告された。【乙L3
[枝番号22],丙K1[枝番号14〔症例28〕]】
c医療機関からの医薬品等安全性情報報告(医薬品安全性情報報告
書)
医療機関から,厚生労働省に対し,以下の4例(うち死亡2例)の
間質性肺炎を含む肺障害の報告がされた。
○23承認後症例○23
平成14年10月7日,イレッサの投与開始から19日目に間質
性肺炎が発現し,同年8月21日(投与開始から21日後)に死亡
した症例が報告された。【乙L3[枝番号23]】
○24承認後症例○24
平成14年10月7日,イレッサの投与後10日目に間質性肺炎
が発現し,同年9月25日(投与開始から13日後)に死亡した症
例が報告された。【乙L3[枝番号24]】
○25承認後症例○25
平成14年10月10日,イレッサの投与から約1か月後に急性
間質性肺炎,呼吸不全が発現し,未回復の症例が報告された。【乙
L3[枝番号25]】
○26承認後症例○26
平成14年10月11日,イレッサの投与後10日目に間質性肺
炎が発現し,その後軽快した症例が報告された。【乙L3[枝番号
26,丙K1[枝番号14〔症例33〕]】
イ市販直後調査
(ア)被告会社では,市販直後調査として,市販後調査ガイドラインに従っ
て,医療従事者が医療期間から情報収集を行い,前記ア(ウ)aの承認後
症例①ないし同bの承認後症例○22について,以下の日付で情報を入手し
た。【乙L3[枝番号1∼26〔各孫番号を含む〕],丙K1[枝番号
14]】
a平成14年7月5日,承認後症例①
b平成14年7月30日,承認後症例⑥,⑦
c平成14年8月1日,承認後症例⑨
d平成14年8月2日,承認後症例⑤
e平成14年8月5日,承認後症例②,③,④
f平成14年8月15日,承認後症例⑯
g平成14年8月16日,承認後症例⑩
h平成14年8月25日,承認後症例⑧
i平成14年8月27日,承認後症例⑭
j平成14年8月29日,承認後症例⑪
k平成14年8月31日,承認後症例⑰
l平成14年9月5日,承認後症例⑬
m平成14年9月10日,承認後症例⑱
n平成14年9月11日,承認後症例⑮,○22
o平成14年9月12日,承認後症例⑫,⑲
p平成14年9月13日,承認後症例○21
q平成14年9月19日,承認後症例⑳
(イ)被告会社は,厚生労働省に対し,前記ア(ウ)a,bのとおり,重篤な
副作用等について,薬事法施行規則64条の5の2に基づき副作用等症
例報告をした。【乙L3[枝番号1∼26〔各孫番号を含む〕],丙K
1[枝番号14]】
(2)被告会社における承認後の副作用症例に関する検討
ア被告会社は,平成14年8月12日,同日までに入手した副作用症例
(8例うち死亡例4例)に関する情報について検討するため安全性情報担
当責任者等による会議を開催し,MR等による詳細情報収集を促すこと,
各症例の詳細を検討するために画像所見等の追加調査項目を設定するこ
と,間質性肺炎の頻度調査等の実施の可能性について継続して検討するこ
と等を決め,同月19日,安全性情報担当責任者等による会議を開催し,
情報収集期限を同月末日と決めた。【甲P158】
イ被告会社は,同年9月11日,安全性情報担当責任者等による会議を開
催し,同日までに入手した副作用症例(13例うち死亡例7例)に関する
情報について検討し,間質性肺炎はイレッサとの関連性を否定することは
難しく,千数百例の使用例で十数例の発生(約1%の発現率)は,治験時
に比べて発生傾向が変化しているとの認識を持った上で,添付文書の改訂
の要否及びMRから医療機関への情報提供等について検討がされた。
そして,添付文書の改訂については,①改訂しない,②現在の「重大な
副作用」の記載を変更する(例:検査の必要性など具体的な対策を盛り込
む),③より重い注意喚起として,例えば「慎重投与」の項などにも記載
するというような選択肢が考えられるとして検討されたが,厚生労働省か
ら何らかの指示・照会が来る可能性は少なくなく,その場合に改訂しない
という回答をすることは困難であること,今回添付文書を改訂しないと回
答した場合でも厚生労働省から改訂を指示されることも考えられること,
今回は改訂しないとしても今後間質性肺炎の症例が集積された場合には何
らかの改訂をせざるを得ないこと,もっとも日本での添付文書の改訂は海
外での審査等にも影響を与えることから,本社の意向に沿った形で厚生労
働省と交渉する必要があること等が考慮され,結論として,添付文書を改
訂することとし,改定案について検討することとされた。【甲P158】
ウ被告会社では,同年9月18日,添付文書改訂作業部会を開催し,添付
文書改訂について検討を行うとともに,同月27日,安全性委員会を開催
して検討を行った。【甲P158】
(3)副作用情報等の提供
ア添付文書の改訂
(ア)使用上の注意の改訂
使用上の注意とは,薬事法52条1号の規定に基づき医薬品の適用を
受ける患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師等に対して必要
な情報を提供する目的で,当該医薬品の製造業者等が添付文書等に記載
するものであり(使用上の注意通達・乙D10〔別添第1の1〕),医
薬品等について新たな副作用等の知見が見いだされた場合,これを医療
関係者に提供するため,添付文書に記載された使用上の注意が変更され
る。【乙D23〔68頁〕】
製造業者等は,医薬品の有効性及び安全性に関する事項その他医薬品
の適正な使用のために必要な情報を収集,検討するとともに,医薬関係
者に対し,これを提供するよう努めなければならないとされているとこ
ろ(薬事法77条の3第1項),添付文書の改訂は,製造業者等が行う
上記安全性情報の提供の一つとして行われるものである。
(イ)製薬業界の自主基準
使用上の注意を改訂した場合の情報伝達の方法等について,日本製薬
団体連合会は,以下のような自主基準を作成している。【「医療用医薬
品添付文書使用上の注意等の改訂に伴う対応について」昭和62年4月
28日薬安第86号厚生省薬務局安全課長通知・乙D60】
①緊急安全性情報の作成基準に該当する場合
改訂内容を明らかにした緊急安全性情報を作成し,医療機関に可
及的速やかに伝達することとされている。
②使用上の注意事項を改訂した場合(薬安指示書あるいは企業の自
主的改訂による)
改訂内容を明らかにした文書を作成し,医療機関に速やかに伝達
徹底することとされ,一定の場合は1か月以内に,その他の場合で
あっても可能な限り1か月以内を目安に医療機関に速やかに情報伝
達することとされている。
(ウ)改訂の要否の判断(厚生労働大臣の権限等)
a行政指導による改訂
厚生労働大臣は,厚生労働省に報告された医薬品の安全性情報につ
き,薬事・食品衛生審議会の委員の意見を聴きながら評価,検討し,
その結果について,医薬品等安全対策部会の了解を得て,あるいは必
要に応じて同部会における検討結果を踏まえた上,使用上の注意の改
訂につき行政指導を行うことが予定されており,具体的には医薬局安
全対策課長指示書(指示書)又は事務連絡により通知がされている。
【乙D23〔68頁〕】
b企業の自主的改訂
製造業者等の判断により自主的に改訂する場合であり,改訂内容が
軽微なもの又は用語の整理のための改訂等については,自主的な改訂
が行われる。【乙D23〔68頁〕】
イ緊急安全性情報(ドクターレター)の配布
(ア)緊急安全性情報
緊急安全性情報は,医療関係者に対し,医薬品等の安全性に関する緊
急かつ重要な情報を伝達するものである。
製造業者等は,医薬品の有効性及び安全性に関する事項その他医薬品
の適正な使用のために必要な情報を収集,検討するとともに,医薬関係
者に対し,これを提供するよう努めなければならないとされており(薬
事法77条の3第1項),製造業者等が行う上記安全性情報の提供の一
つが緊急安全性情報である。
(イ)指針
緊急安全性情報の配布については,厚生労働大臣のガイドラインが設
けられており,緊急安全性情報は,以下の①ないし⑧の措置を講じる必
要があると判断された場合に,厚生労働省薬務局安全課長通知(指示
書)に基づき,製造業者等が作成,配布するものとされ,その作成基準
や配布方法,必要な報告,記録の保存等が定められている。【「緊急安
全性情報の配布等に関するガイドラインについて」平成元年10月2日
薬安第160号厚生省薬務局安全課長通知・乙D59】
①警告欄の新設等(警告欄の新設又は重要な改訂)
②使用上の注意の改訂(医薬品等による副作用であると疑われる死
亡,障害若しくはこれらにつながるおそれのある症例又は治癒の困
難な症例の発生に対応した緊急かつ重要な改訂)
③効能又は効果の変更等(安全性に関連した事由による効能又は効
果の重要な変更)
④用法及び用量の変更等(安全性に関連した事由による用法又は用
量の重要な変更)
⑤規制区分の変更(安全性に関連した事由による毒薬,劇薬,要指
示薬又は習慣性医薬品への指定等規制区分の変更)
⑥販売中止・回収(安全性に関連した事由による販売中止・回収)
⑦承認の取消(安全性に関連した事由による承認の取消)
⑧その他(その他安全性に関連した事由による緊急かつ重要な情報
伝達を必要とする措置)
(ウ)配布の要否の判断(厚生労働大臣の権限等)
a行政指導
厚生労働大臣は,厚生労働省に報告された医薬品の安全性情報につ
き,薬事・食品衛生審議会の委員の意見を聴きながら評価,検討し,
その結果について,医薬品等安全対策部会の了解を得て,あるいは必
要に応じて同部会における検討結果を踏まえて,緊急安全性情報の配
布等の行政指導を行うことが予定されている。
具体的には,緊急安全性情報は,薬事・食品衛生審議会における検
討を踏まえ,必要があると判断された場合に,厚生労働省薬務局安全
課長通知(指示書)に基づき,製造業者等が作成,配布するものとさ
れている。【「緊急安全性情報の配布等に関するガイドラインについ
て」平成元年10月2日薬安第160号厚生省薬務局安全課長通知・
乙D59】
b緊急命令
厚生労働大臣は,当該医薬品による保健衛生上の危害の発生又は拡
大を防止するため必要があると認めるときは,緊急命令を発し,医薬
品の販売を一時停止することその他保健衛生上の危害の発生又は拡大
を防止するための応急の措置を採るべきことを命ずることができるも
のとされている(同法69条の2)。
そして,上記応急の措置の具体的内容の一つとして緊急安全性情報
(ドクターレター)等による緊急の情報伝達の指示が予定されている
ことから,緊急安全性情報の配布は,前記(イ)のガイドラインによっ
て厚生労働大臣の行政指導により行われることが予定されているが,
厚生労働大臣の緊急命令により行うこともできる【「薬事法の一部を
改正する法律の施行について」昭和55年4月10日薬発第483号
厚生省薬務局長通知・乙D24〔第5の1(2)〕】。
ウ厚生労働省のホームページによる情報提供等
厚生労働省は,医薬品機構のホームページにおいて,医療用医薬品の添
付文書情報,医薬品の安全性に関する情報(使用上の注意の改訂指示,製
薬企業から出された安全性情報)を提供している。【乙D23〔40
頁〕】
エイレッサについての情報提供
(ア)前記(1)ア(ウ)のとおりのとおり,イレッサについては,平成14年7
月18日,同年8月2日,同月6日,同月9日,同月16日,同月20
日,同月27日ないし29日,同年9月2日,同月9日,同月11日,
同月13日,同月25日,同月30日,同年10月3日,同月4日,同
月7日,同月10日,同月11日に,被告会社から,22例(うち死亡
11例)の間質性肺炎を含む肺障害の報告(医薬品副作用・感性症例報
告書。うち2例については医療機関からの報告。),医療機関から,4
例(うち死亡2例)の同様の報告(医薬品安全性情報報告書)がされ
た。【乙L3[枝番号1∼26〔各孫番号を含む〕],丙K1[枝番号9
〔5,6枚目〕]】
(イ)審査センターは,平成14年9月30日,被告会社に対し,間質性肺
炎の全症例リストを提出するよう指示をした。【甲P158】
(ウ)厚生労働大臣は,前記(ア)及び(イ)による間質性肺炎等に関する症例報
告を受け,これらの症例には,投与開始後早期に症状が発現し,急速に
進行する症例が見られたことから,間質性肺炎について警告欄に記載す
るとともに,使用上の注意を改訂し,また緊急安全性情報を医療機関に
配布してイレッサの副作用について改めて医療関係者の注意を喚起する
ことが相当と判断し,平成14年10月15日,被告会社に対し,厚生
労働省医薬局安全対策課長通知により,医薬品の使用上の注意の改訂を
行うとともに,緊急安全性情報を配布するよう行政指導を行った。
【乙K5,丙K1[枝番号9〔5頁〕]】
(エ)前記行政指導を受け,被告会社は,平成14年10月15日,添付文
書を第3版添付文書(前記(4)ウ)のとおり改訂するとともに,医療関
係者に対し,緊急安全性情報を配布した。同日以降速やかに,被告会社
の担当MR(医療情報提供者)が各医療機関を訪問し,病院の担当者に
対して緊急安全性情報の内容を説明した。
緊急安全性情報では,平成14年7月16日の発売以降同年10月1
1日まで(推定使用患者数およそ7000人)にイレッサとの関連性を
否定できない間質性肺炎を含む肺障害が22例(うち本剤との関連性を
否定できない死亡例が11例)報告され,また,これらの症例の中には
服薬開始後早期(7日未満:5例,7∼14日:7例)に症状が発現
し,急速に進行する症例が見られたこと等から,改めて警告欄等に記載
して注意喚起を行うこととしたとの説明がされている。
【甲A13,丙K1[枝番号9]〔1頁〕,丙P59】
(オ)亡Oが治療を受けていた国立h病院に対しては,同年10月15日,
担当のMRが,同病院の薬剤部,呼吸器科,内科を訪問し,緊急安全性
情報の内容を説明した。【丙59】
7イレッサの販売開始後の投与数及び副作用報告数等
(1)平成14年7月16日以降のイレッサの推定投与数
イレッサの販売が開始された平成14年7月16日以降の推定投与数は,
同月末日までに約820人,同年8月末日までに約1960人,同年9月末
日までに約9600人,同年10月末日までに約1万5000人,同年11
月末日までに約18100人,同年12月末日までに約2万0900人,平
成15年4月22日時点では約2万8300人であった。
イレッサは,上記のとおり短期間に多数の患者に投与されており,患者の
希望により,必ずしもがん治療の専門ではない医師や医療機関においても処
方された可能性が高いと考えられている。
【甲E65〔599頁〕,甲E47〔70頁〕,丙K2[枝番号
6]〔2頁〕】
(2)平成14年7月16日から平成15年4月までの副作用報告数
平成14年7月16日以降平成15年4月までに厚生労働省に報告された
イレッサとの関連が疑われる急性肺障害・間質性肺炎の副作用報告数は,以
下のとおりであった。【丙K2の6】
ア平成14年10月15日まで
イレッサの販売が開始された平成14年7月16日以降,緊急安全性情
報が発出された同年10月15日までの間の副作用報告数は183例であ
り,うち死亡例は95例,報告例数に対する死亡例の割合は51.9%で
あった。
また,副作用報告数をイレッサの投与開始日別に集計した結果によれ
ば,平成14年7月16日以降同年10月15日までの間の副作用報告数
は344例であり,うち死亡例は162例,報告例数に対する死亡例の割
合は47.1%であった。
イ平成14年10月16日から同年12月26日まで
(ア)緊急安全性情報発出後の平成14年10月16日以降,安全性検討会
の検討に基づく行政指導(通知)により添付文書が第4版添付文書の内
容に改訂された同年12月26日までの間の副作用報告数(副作用発現
日別集計)は261例であり,うち死亡例は107例,報告例数に対す
る死亡例の割合は41.0%であった。
上記副作用報告数(副作用発現日別集計)を月別にみると,平成14
年10月の副作用報告数は,おおむね各週40件ないし50件,うち死
亡例は20件ないし30件であったのに対し,同年11月の副作用報告
数は,おおむね各週15ないし20件,うち死亡例は10件前後とな
り,同年12月の副作用報告数は,おおむね各週15ないし20件,う
ち死亡例は5件前後となった。
(イ)副作用報告数をイレッサの投与開始日別に集計した結果によれば,平
成14年10月16日以降同年12月26日までの間の副作用報告数は
102例であり,うち死亡例は38例,報告例数に対する死亡例の割合
は37.3%であった。
上記副作用報告数を月別にみると,平成14年10月1日から同月1
5日までの副作用報告数は,おおむね各週40件前後,うち死亡例は2
0件前後であったのに対し,緊急安全性情報発出後の同月16日以降の
副作用報告数は,おおむね各週10ないし20件,うち死亡例は5件前
後となり,同年11月及び12月の副作用報告数は,おおむね各週10
件前後,うち死亡例は5件前後となった。
ウ平成14年12月27日以降
平成14年12月27日以降平成15年4月22日までの間の副作用報
告数(副作用発現日別集計)は106例であり,うち死亡例は15例,報
告例数に対する死亡例の割合は27.4%であった。
また,副作用報告数をイレッサの投与開始日別に集計した結果によれ
ば,平成14年12月27日以降平成15年4月22日までの間の副作用
報告数は46例であり,うち死亡例は14例,報告例数に対する死亡例の
割合は30.4%であった。
8緊急安全性情報以降のイレッサによる間質性肺炎等についての知見及び情報提

(1)安全性検討会(ゲフィチニブ安全性問題検討会)と添付文書改訂
厚生労働省は,承認後,イレッサによる間質性肺炎等の副作用が疑われる
症例が358例(うち死亡114例)という状況にあり,平成14年10月
15日の緊急安全性情報発出後に副作用症例報告が減少したものの(平成1
4年7月の販売開始後同年10月15日以前の副作用報告数は155例うち
死亡例71例,同日以降同年12月13日までの副作用報告数は133例う
ち死亡例31例),予断を許さない状況にあるとして,今後の安全対策を検
討する目的で,同年12月25日及び平成15年5月2日に,専門家の委員
から構成される安全性検討会を開催した。【丙K1[枝番号2〔1頁〕,1
2]】
ア平成14年12月25日開催分(第1回)
平成14年12月25日開催の安全性検討会では,イレッサの承認前の
審査報告書や海外から報告された副作用症例報告一覧等の資料や,承認後
に副作用として報告された医薬品副作用・感染症症例票等の資料に基づ
き,承認時の安全性・有効性に関する評価や,市販後における安全性と安
全対策等について議論がされた。その結果,今後の対応として,①インフ
ォームド・コンセントや情報提供の徹底,②より適切な管理の下での使用
の徹底,③間質性肺炎,肺線維症,またはこれらの疾患の既往歴のある患
者への使用を慎重投与に設定,④「服用者向け情報提供資料」の作成等,⑤
企業による市販後安全対策の強化等の検討結果が取りまとめられた。
上記②については,イレッサによる間質性肺炎の特徴の一つとして,審
査のときの予想をはるかに超える市販後の間質性肺炎の発症があり,普通
の抗がん剤による肺障害とは異なり,審査時には発現していなかった投与
初期(2∼3週間目)に発現し,致死的な転帰をたどる例が多いこと等が
指摘され,議論の結果,今後の対応として,「より適切な管理の下での使
用の徹底。肺がん化学療法に十分な経験を持つ医師が使用するとともに,
投与に際して緊急時に十分措置できる医療機関で行うこと。間質性肺炎が
投与初期に発生し致死的な転帰をたどる例が多いため,少なくとも投与開
始後4週間は入院またはそれに準じる管理の下で,間質性肺炎等の重篤な
副作用発現に関する観察を十分に行うこと。」との見解が示された。【丙
K1[枝番号1,2〔12,16,18頁〕,3∼15】
イ(ア)厚生労働省は,平成14年12月26日,被告会社に対し,第1回
安全性検討会における前記取りまとめを受け,厚生労働省医薬局安全対
策課長通知により,使用上の注意事項の変更を行うこと等について行政
指導をした。【甲K5[枝番号1],丙K2[枝番号4]】
(イ)被告会社は,平成14年12月,上記行政指導を受け,前記第6の1
(4)エのとおり,添付文書の使用上の注意を第4版添付文書のとおり改
訂した。【甲A4】
ウ平成15年5月2日開催分(第2回)
平成15年5月2日開催の安全性検討会では,第1回安全性検討会の意
見に対する被告会社の取組状況や医療機関におけるイレッサ投与例の紹介
等の資料を踏まえ,医学的,薬学的知見に基づき,第1回安全性検討会で
示された今後の対応の実行状況と最近の副作用発現状況や有効性・安全性
に関する最近の知見(学会報告)等について,議論された。
同日の安全性検討会では,前回の安全性検討会の検討結果である今後の
対応以外の安全対策を採るべきとの意見は取りまとめられなかった。【丙
K2[枝番号1∼16]】
(2)専門家会議と添付文書改訂
被告会社では,平成14年7月のイレッサの発売以降同年12月までに,
約1万9000人に投与され,同月13日までに358例に急性肺障害・間
質性肺炎が発症(うち死亡114例)を深刻に受け止め,更なる安全性確保
のため,急性肺障害・間質性肺炎の早期発見・診断と処置の検討を主たる目
的とし,臨床腫瘍学専門家,呼吸器内科専門家,放射線診断専門家及び病理
診断専門家を委員とした専門家会議を組織した。専門家会議は,①平成14
年12月5日,②同月28日,③平成15年1月23日,④同年3月2日に
開催され,イレッサ服用中に急性肺障害・間質性肺炎を発症し,詳細調査情
報が得られた症例を解析,検討した。
専門家会議では,平成15年1月23日,上記①ないし③の会議における
上記検討結果を基に中間報告書を公表し,同年3月26日,上記①ないし④
の会議における検討結果を基に最終報告書を公表した。
ア平成15年1月23日付け中間報告書
専門家会議は,第1回ないし第3回までに詳細調査情報が得られたイレ
ッサ服用中に急性肺障害・間質性肺炎を発症した症例(79症例)につい
て検討を行い,中間報告書として公表した。中間報告書では,「投与開始
後4週までに発症する症例数は多い」,「投与早期にILDが発症する傾
向があり,投与開始から4週間の厳重な観察が求められている。」などと
された。【丙L1〔9,12頁〕】
イ平成15年3月26日付け最終報告書
専門家会議は,第1回ないし第4回までに詳細調査情報が得られたイレ
ッサ服用中に急性肺障害・間質性肺炎(ILD)を発症した症例(152
例)について検討を行い,最終報告書として公表した。
最終報告書では,①日本における急性肺障害・間質性肺炎(ILD)の
発症率は約1.9パーセント(死亡率約0.6%)と推定され,海外に比
べて約6倍と著しく高頻度であること,②ILDの予後を悪化させる可能
性のある因子として,性別(男性),がんの組織型(扁平上皮がん),特
発性肺線維症(IPF)等の既存(あり),PerformanceStatus(PS)
(2以上),喫煙歴(あり),ゲムシタビンによる前治療(なし),の6
項目が示唆され,うちIPF等の既存あり,男性,扁平上皮がん,の3項
目が主要な予後因子となる可能性が示唆されたこと,③ILD発症例の症
状としては,息切れ75%,発熱42.1%,ラ音32.9%,乾性咳嗽
27.0%,④画像情報のある134例中約20%が感染等の他疾患と判
断されたこと,⑤イレッサによるILDのCT所見は,斑状あるいはびま
ん性の分布を示すすりガラス陰影または浸潤影を主体とする所見が中心で
あり,従来報告された薬剤性肺障害のそれと特段の相違はないこと,⑥臨
床的にイレッサによるILDとされた死亡例の,剖検における基本的な病
理組織像は,びまん性肺胞傷害(DAD)であったことなどの解析結果が
示され,これらを踏まえた「診断・治療への提言」として,IPF等の既
存がイレッサ投与におけるILD発症の危険因子であり,死亡につながる
危険因子であることから,慎重に投与すること等が示された。【丙L2
〔6∼8頁〕】
ウ被告会社は,平成15年4月,専門家会議最終報告書を踏まえ,前記第
6の1(4)カのとおり,添付文書の使用上の注意を第6版添付文書のとお
り改訂した。【甲A6,丙K3[枝番号4]】
(3)プロスペクティブ調査結果報告書の公表と添付文書改訂
ア前記5(2)イのとおり,被告会社は,平成15年6月から同年12月ま
でに登録された3322例につき,特別調査としてプロスペクティブ調査
を行い,平成16年8月,同調査結果報告書(イレッサ錠250プロスペ
クティブ調査(特別調査)に関する結果と考察)を作成した。
プロスペクティブ調査の結果,イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎
の発現率は5.81%(193/3322例),同死亡率は2.5%(8
3/3322例),急性肺障害・間質性肺炎からの死亡転帰は38.6%
(83/215例)であった。【丙C2,丙K3[枝番号8]〔2∼3
頁〕,乙H29〔2144頁〕】
イ被告会社は,平成16年9月,プロスペクティブ調査結果報告書を踏ま
え,前記第6の1(4)キのとおり,添付文書の使用上の注意を第9版添付
文書のとおり改訂した。【甲A9,丙K3[枝番号4,12]】
(4)ゲフィチニブ検討会
厚生労働省は,イレッサの第Ⅲ相臨床試験(ISEL試験)の結果が公表
されたことを受け,①平成17年1月20日,②同年3月10日,③同月1
7日,④同月24日に,医学・薬学等の専門家等から構成されるゲフィチニ
ブ検討会を開催し,ISEL試験の詳細解析結果,EGFR遺伝子変異に関
する治験及び日本肺癌学会作成の「ゲフィチニブ使用に関するガイドライ
ン」について検討し,同年3月に改訂された日本肺癌学会の「ゲフィチニブ
使用に関するガイドライン」の周知を図り,イレッサの使用するに当たって
同ガイドラインを参考にすること等を内容とする「ゲフィチニブISEL試
験結果の評価とゲフィチニブ使用に関する当面の対応についての意見」を公
表したことは,前記第5章第2の4(3)エのとおりである。
(5)日本肺癌学会における検討
ア「ゲフィチニブ」に関する声明(平成15年10月)
日本肺癌学会は,イレッサの適正使用に関する見解をまとめることを目
的として,イレッサの適正使用検討委員会を設け,主として安全性の面か
ら臨床試験及び実地医療でのイレッサ使用に関するガイドラインをまと
め,平成15年10月,「「ゲフィチニブ」に関する声明」として公表し
た。
上記声明のうち「実地医療でのゲフィチニブ使用に関するガイドライ
ン」では,次の①∼⑦の条件を全て満たした場合に本剤の投与を行うべき
であるとされた。【甲E35,丙K5[枝番号8]〔1頁〕】
①「化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していない」,
「術後補助療法における有効性及び安全性は確立していない」ため,こ
のような例では実地医療としては使用しないこと。
②本剤と他の抗悪性腫瘍剤や放射線治療との同時併用における有効性と安
全性は証明されていないので,実地医療としては本剤を単剤で投与する
こと。
③イレッサの治験における症例の適格条件や除外条件のうち,その主要な
条件を原則として満たしていることが必要であり,その条件は,国際共
同第Ⅱ相試験(IDEAL1試験)の選択基準及び除外基準を参考と
し,それ以外の症例への投与は,未知の領域への試験的投与であり,現
時点では臨床試験以外では原則的に投与すべきではないこと。
④本剤投与により利益(症状改善,腫瘍縮小効果)が得られる可能性の高
い患者背景は,線がん,女性であることが報告されているので,症例選
択の際に考慮すべきであること。
⑤本剤のリスクファクターとされている間質性肺炎(特発性肺線維症,放
射線肺炎,薬剤性肺炎等)合併症例,じん肺,男性,扁平上皮がん,喫
煙歴を有する者等に対する本剤投与は,当該患者が本剤から得られる利
益が本剤投与による危険性を上回ると判断される場合に限定すること
⑥本剤は,肺がん化学療法に十分な経験を持つ医師が使用するとともに,
投与に際しては緊急時に十分に措置ができる医療機関で行うこと。
⑦患者に本剤投与の目的,投与法,予想される効果と副作用(重篤な間質
性肺炎,急性肺障害の発生と死亡例がみられていること含む),代替治
療法の有無と有りの場合における当該治療法の利害得失等を十分に説明
した後に,患者の自由意思による同意を文書で得ておくこと。
イゲフィチニブ使用に関するガイドライン(平成17年3月15日,同年
7月25日改訂)
(ア)平成17年3月15日初版
日本肺癌学会は,平成17年2月,厚生省から最近の知見を踏まえて
実地医療でのイレッサ使用に関するガイドライン(「ゲフィチニブ」に
関する声明)を改訂するよう依頼を受け,イレッサ使用に関するガイド
ライン作成委員会を組織し,「「ゲフィチニブ」に関する声明」をもと
にその後の知見を踏まえて,イレッサから利益を得られる可能性の高い
集団を明らかにし,イレッサの実地医療におけるベネフィット/リスク
比を高める観点から,実地医療でのイレッサ使用に関するガイドライン
を作成し,公表した。
上記ガイドラインでは,前記アに加え,イレッサ投与により利益が得
られる可能性の高い患者群(線がん,女性,非喫煙者,日本人(東洋
人),イレッサの遺伝子変異を示す症例)が明らかにされてきたので,
今後,イレッサから利益を得られやすい上記患者群に投与することが推
奨されること等が示された。【甲E16〔3∼4頁〕,丙K5[枝番号
8]〔3∼4頁〕】
(イ)平成17年7月25日改訂版
日本肺癌学会は,平成17年5月のASCO(米国臨床腫瘍学会)で
SWOG0023試験の結果が報告され,同報告において,イレッサ投
与により生存期間の向上が示されなかっただけでなく,むしろイレッサ
の生存に対する否定的な影響を除外しえないと指摘されたことを受け
て,前記(ア)のガイドラインを改訂した。
改訂版では,イレッサ投与を行うべき条件として,前記ア及
びイに加え,実地医療においては放射線化学療法同時併用療法
後にイレッサを維持療法として投与すべきではないことが追加
された。【甲E21〔4頁〕】
(以下余白)
第6被告会社の製造物責任について
1製造物責任の判断枠組みについて
(1)医薬品の欠陥の主張立証責任
ア原告らは,イレッサには,製造物責任法上の欠陥として,設計上の欠陥
(有用性の欠如),適応拡大による欠陥,指示・警告上の欠陥,広告宣伝
上の欠陥,販売上の指示に関する欠陥がある旨主張し,上記各欠陥の主張
立証責任について,被告会社と原告らとの間の,証拠の偏在,情報量や調
査能力の格差等を考慮すれば,公平の観点から,原告らにおいて,イレッ
サにより急性肺障害,間質性肺炎の副作用が発生したことを主張立証すれ
ば,上記各欠陥の存在が事実上推定され,被告会社において,イレッサに
有用性があること,指示・警告を尽くしたこと等を主張立証する責任を負
うべきである旨主張する。
イ製造物責任法は,被害者保護の観点から,被害者は,製造物に存在した
欠陥によって損害を受けたことを立証すれば,製造業者に対して損害賠償
請求をすることができ,製造業者が免責されるためには,製造業者におい
て同法4条所定の免責事由を立証する必要があるとして,民法の不法行為
に基づく損害賠償請求における立証責任を上記の限度で転換したものであ
るが,製造物責任法は,これを超えて更に被害者の立証責任を転換したも
のと解することはできない。
したがって,事実上の事実推定において,製造物責任法の立法経緯や同
法の趣旨が踏まえられるべきであるが,製造物に欠陥が存在すること及び
製造物の欠陥により損害が発生したことについての主張立証責任は,原告
らが負うものと解する。
ウイレッサは,その適応を手術不能又は再発非小細胞肺がんとする抗がん
剤であるところ,前記第2の3(2)エの認定のとおり,イレッサの適応と
なる手術不能又は再発非小細胞肺がんは,難治性で予後が悪い疾患であ
る。加えて,前記第3の2(2)アの認定のとおり,従来非小細胞肺がんに
用いられていた抗がん剤は,血液毒性,消化器毒性,肺毒性等があり,そ
れによる副作用による死亡率は1∼2%とされているなど,場合によって
死亡に至る重篤な副作用が発生する頻度も低くはない。
このように,非小細胞肺がんの治療に使用される抗がん剤は,難治性で
予後が悪い疾患を対象とするものであり,その性質上,重篤な副作用が発
生する危険性を伴う薬剤であるといわざるを得ないにもかかわらず,治療
に使用されていることを考慮すれば,副作用の程度が重篤であることから
直ちに当該抗がん剤に欠陥があるということことはできない。
したがって,その適応を手術不能又は再発非小細胞肺がんとするイレッ
サの製造物責任法上の欠陥を判断するに際し,急性肺障害や間質性肺炎の
副作用が発症し,その副作用の程度が重篤であるとの事実から,直ちに当
該抗がん剤の欠陥の存在を推認することはできない。
(2)欠陥該当性の判断の基準及びその基準時
製造物責任は,製造業者は,自らが製造して引き渡した製品に欠陥があっ
た場合,引渡時点までは,当該製品をその支配領域下に置いて自ら損害の発
生を支配し得たことを根拠とするものであり,また,製造物責任法上,「そ
の製造業者等が当該製造物を引き渡した時期」を考慮することとされている
こと(同法2条2項)からすれば,製造物の欠陥は,製造業者が当該製品を
引き渡した時点,すなわち製造業者が当該製品を最初に流通に置いた時点を
基準に判断するものとされる。そして,その判断は,その時点における安全
性の判断に影響を及ぼし得る知識のすべてを基礎として行われると解するの
が相当である。
したがって,製造物が医薬品である場合には,医薬品の欠陥の判断は,当
該医薬品が最初に流通に置かれた当時(承認時)の知見に基づいて判断する
と解するのが相当であり,その知見は,その当時における医学,薬学等の諸
学問の水準に照らして当該医薬品の有効性,安全性等(有用性)を判断する
に当たって影響を及ぼし得る知識のすべてと解するのが相当である。
この点に関連して,医薬品は,その性質上,医学的,薬学的知見の発展に
伴い,その効果,効能,副作用等(有用性)についての評価が変わり得る。
そのため,医薬品の客観的性状には変化はないが,承認後の医学的,薬学的
知見の発展により,当該医薬品が有用性を欠くことすなわち製造物としての
医薬品の欠陥が判明した場合に,現時点の医学的,薬学的知見を基準として
引渡時にも欠陥が存在したことを推認することができるかが問題となり得
る。しかし,これを肯定して医薬品製造業者に無過失責任を負わせること
は,製造者の予測可能性を害するものであるから,相当ではない。他方,医
薬品の客観的性状に変化がなく,かつ,引渡時以降現時点までの医学的,薬
学的知見を考慮しても,現時点において当該医薬品が有用性を欠くとはいえ
ないとの事情は,引渡時においても当該医薬品は客観的に有用性を欠くとは
いえなかったことを推認させる間接事実として評価することができるという
べきである。
なお,医薬品の客観的性状に変化はないが,引渡時以降に,医薬品の添付
文書等における指示・警告が追加して記載されるなどの安全性確保のための
措置が講じられた場合,そのような医薬品は,改訂後の添付文書記載の指
示・警告とともに流通に置かれた医薬品という意味において,改訂前の添付
文書記載の指示・警告とともに流通に置かれた医薬品とは性質が異なるに至
ったものというべきであるから,指示・警告上の欠陥該当性を判断するに際
しては,当該医薬品の引渡時の添付文書を基準に欠陥該当性を判断するのが
相当である。
2設計上の欠陥(有用性の欠如)について
(1)判断枠組み
ア設計上の欠陥と医薬品の有用性
薬事法の医薬品の承認及び承認拒否事由に関する規定は,第3章第6の
1記載のとおりである。そして,厚生労働大臣は,医薬品の承認をするに
当たって,その時点における医学的,薬学的知見を前提として,当該医薬
品の治療上の効能,効果と副作用とを比較考量し,それが医薬品としての
有用性を有するか否かを評価して承認の可否を決すべきであるとされる
(クロロキン判決)。
したがって,医薬品の効能,効果と副作用とを比較考量し,それが医薬
品としての有用性を有しない場合,すなわち,医薬品の有効性が認められ
ない場合又は医薬品の効能,効果ないし有効性に比して著しく有害な副作
用がある場合には,当該医薬品は,医薬品として通常有すべき安全性を有
しているということはできず,製造物責任法上の欠陥(設計上の欠陥)が
あると解すべきである
イ承認時及び現在における有用性の判断構造
(ア)承認時における有用性
前記第5章第2の2(3)の認定・判断のとおり,平成14年7月当
時,承認前には,比較臨床試験が実施されることは不可欠ではなく,腫
瘍縮小効果(抗腫瘍効果)を代替評価項目として有効性を評価すること
には合理性があったというべきである。
そうすると,イレッサが承認後に最初に流通に置かれた時点である平
成14年7月当時,旧ガイドラインのⅡ相承認の制度を前提に,当時の
医学的,薬学的知見の下で,一般臨床試験によって腫瘍縮小効果(抗腫
瘍効果)を代替評価項目として評価し,有効性がないと判断された場合
又はイレッサの効能,効果ないし有効性に比して著しく有害な副作用が
ある場合には,イレッサは有用性を欠き,医薬品としての通常有すべき
安全性を欠いていると判断される。
(イ)現時点における有用性
第Ⅲ相試験の主要評価項目について,標準的治療法に対して優越性が
証明された場合,又は標準的治療法との同等性が証明され,かつ,QO
L,症状緩和効果等の代替評価項目を総合的に考慮して,第Ⅲ相試験の
対照群とされた標準的治療法よりも治療上の利益が高いことが認められ
た場合には,当該医薬品に有効性が認められ,かつ,当該医薬品の効
能,効果ないし有効性に比して著しく有害な副作用があるとは認められ
ない場合,当該医薬品は標準的治療法に組み込まれることになる。(な
お,仮に標準的治療法を対照群とした第Ⅲ相試験において優越性ないし
同等性が統計学的に証明されなかったとしても,Ⅱ相承認の制度のもと
では承認時の有効性は既に肯定されているのであるから,そのことから
直ちに当該医薬品の有効性が遡って否定されるものではない。承認後に
判明した医学的,薬学的知見,臨床試験の試験成績や症例報告等によっ
て,承認時において認められた有効性が現時点において欠けていると認
められるような場合に,はじめて当該医薬品の有効性が否定されるとい
うべきである。)
ウ原告らは,承認時における有用性の判断について,Ⅱ相承認のもとにお
いても,消費者保護を目的とする製造物責任法の趣旨に照らせば,市販さ
れた臨床治療薬には治療薬として臨床上意味のある有用性が備わっている
との消費者の合理的な期待を重視すべきであることなどから,製造物責任
法所定の欠陥の有無の判断については,真の評価項目である延命効果を基
準に有効性が判断された上で,有用性が判断されるべきである旨主張する
ものと解される。
しかし,平成14年7月当時のイレッサの有効性,有用性を判断するた
めに,現在までに明らかになった医学的,薬学的知見等を重要な間接事実
として評価することを前提にしても,前記第2の2(4)ウの認定・判断の
とおり,現在までに行われた第Ⅲ相試験の延命効果を中心とした評価にお
いては,主要評価項目は生存率,生存期間であるとされていたが,生存期
間中央値(MST)や時点生存割合は生存期間分布を特徴付ける代表値で
生存期間を比較する場合に使用される指標であるとされており,また,慎
重な評価をすることを前提に,無増悪生存期間を適切な代替評価項目とし
て主要評価項目とすることは許容されるというべきであると解されるので
あるから,このような主要評価項目によって標準的治療法との同等性が証
明された場合には,これに付加してQOL,症状緩和効果等に対する有用
性についても評価して,当該医薬品の有効性を判断することが許容される
というべきである。
したがって,原告らが主張する判断基準は,承認当時の医学的,薬学的
知見を考慮しないものであるというほかなく,これを採用することはでき
ない。
(2)イレッサの有用性
ア現時点における有用性
前記第2の4(3),第4の3(2)ウ,第5の7の認定・判断によれば,以
下のとおり認められる。
まず,効能,効果ないし有効性についてみると,イレッサの投与による
治療は,セカンドライン治療において従来の化学療法で治療効果を得られ
なかった患者に対しても治療効果を発揮し,第Ⅲ相試験(INTERES
T試験)では,全生存期間について,イレッサのドセタキセルに対する非
劣性が証明された。また,イレッサは,多数の研究報告によりEGFR遺
伝子変異陽性の患者に対しては特に治療効果が高いとされており,第Ⅲ相
試験(IPASS試験及びNEJ002試験)では,無増悪生存期間につ
いて,ファーストライン治療においても標準的治療法である併用療法に対
する優越性が示された。これらの第Ⅲ相試験の結果は,イレッサには延命
効果があることを推測させるものであった。
次に,副作用ないし安全性についてみると,イレッサには,副作用とし
て間質性肺炎を発症する危険が十分にあり,イレッサによって発症する間
質性肺炎は,従来の抗がん剤よりも,重篤又は致死的なものであり発症頻
度も高いが,副作用死亡率自体は従来の抗がん剤と大きく異なるものでは
なかった。副作用全体でみると,従来の殺細胞性抗がん剤において多くみ
られた血液毒性などの重大な副作用がみられず,QOLを害する副作用で
ある嘔吐や下痢などの発症頻度もそれほど高くなく,その症状の程度も軽
度であるとみることができる。また,従来の殺細胞性抗がん剤による治療
が,血液毒性のうち白血球減少に対する治療の進展により比較的安全に実
施できるようになったが,イレッサによる治療も,イレッサにより発症す
る間質性肺炎の特徴(早期発症例)の発見や間質性肺炎の発症危険因子・
予後不良因子の研究の進展に伴い,慎重な投与や入院管理によりイレッサ
による間質性肺炎の副作用報告数も減少傾向にある。
以上の諸点を比較考量すれば,イレッサは,現時点において,その効
能,効果に比べて,著しく有害な副作用があるとまで認めることはできな
いから,セカンドライン治療だけでなく,ファーストライン治療において
も有用性が認められるというべきである。
イ承認時における有用性
前記第4の3(1)ウの認定・判断によれば,以下のとおり認められる。
まず,効能,効果ないし有効性についてみると,イレッサ投与によるセ
カンドライン治療においては,従来の非小細胞肺がんの抗がん剤と同程度
の治療効果があり,従来の化学療法で治療効果を得られなかった患者に対
しても治療効果を得ることができることがあった。
次に,副作用ないし安全性についてみると,イレッサには,副作用とし
て間質性肺炎を発症する危険が十分にあるところ,一般的には間質性肺炎
はその大半が投与の中止又はステロイド薬により改善されるが,死に至る
ことがありうるというものであり,イレッサにおいても間質性肺炎により
致死的な転帰をたどることがあり,従来の抗がん剤一般と比べて,特に重
篤であるとまではいえず,また発症頻度が高いとまではいえない状況にあ
った。加えて,イレッサには,従来の殺細胞性抗がん剤において多くみら
れた血液毒性などの重大な副作用がみられず,QOLを害する副作用であ
る嘔吐や下痢などの発症頻度もそれほど高いとはいえず,その程度も軽微
であり,副作用の種類が従来の抗がん剤と異なる新たな治療の選択肢とな
るものであり,ファーストライン治療においても,従来の抗がん剤単剤と
同程度の治療効果を期待できるものであった。
また,前記第6の2(2)アのとおり,現時点においてイレッサに有用性
が認められ,イレッサは,承認時から現時点までの間,医薬品の客観的性
状に変化がないのであるから,現時点におけるイレッサの有用性により承
認時におけるイレッサの有用性を推認することができる(ただし,EGF
R遺伝子変異の有無によりイレッサの治療上の効果が異なるとされている
ことが認められるが,EGFR遺伝子変異の有無による効果の差はイレッ
サの承認後に判明した知見であるから,EGFR遺伝子変異に関する前記
知見は,承認当時の有用性の判断に影響を与えるものではない。)。
したがって,イレッサは,承認時において,セカンドライン治療におい
て有用性が認められるだけでなく,ファーストライン治療においても有用
性が認められるというべきであり,イレッサには設計上の欠陥があると認
めることはできない
(3)当事者の主張について
原告らは,イレッサの第Ⅲ相試験では,日本人における延命効果を証明で
きておらず,イレッサには有用性の前提となる有効性が認められないと主張
する。
しかし,第Ⅲ相試験の目的がさらなる標準的治療法の確立ということにあ
る以上,第Ⅲ相試験の結果,標準的治療法と比較して延命効果が確認されれ
ば,有効性が再度確認されたこととなるだけでなく,標準的治療法に組み入
れられることになるが,第Ⅲ相試験の試験デザインや規模などによっては,
統計学的に適切な結果が得られないこともあり得るのであるから,第Ⅲ相試
験の結果において標準的治療法に対して優越性又は同等性を統計学的に示す
ことができなかったとしても,その事実のみをもって直ちに当該医薬品の有
効性が否定されるものではない。科学的な根拠に基づいて医薬品の有用性を
判断すべきであるということと,第Ⅲ相試験により全生存期間の延長につい
て標準的治療法に対して優越性を示すということとは同義ではないにもかか
わらず,原告らの上記主張は,その前提において両者を混同するものである
か,その両者の関係の一部のみを取り出したものであるとの疑いがある。
また,第Ⅲ相試験では,日本人患者の全生存期間の延長は確認されていな
いが,代替評価項目である無増悪生存期間から真の評価項目である延命効果
があることを推測することができ,ファーストライン治療におけるEGFR
遺伝子変異陽性の日本人を対象とした第Ⅲ相試験(IPASS試験及びNE
J002試験)では無増悪生存期間の延長が確認されたのである。したがっ
て,日本人を対象にした第Ⅲ相試験で延命効果が確認されていないという原
告らの主張の前提は認められないものである。
以上によれば,原告らの上記主張には理由がない。
3適応拡大による欠陥について
(1)放射線療法との併用療法への適応拡大
原告らは,放射線療法との併用に関するイレッサの有用性が確認されてい
ないにもかかわらず,イレッサは放射線療法との併用が制限されなかったと
して,放射線療法との併用へ適応を拡大したことをもって適応拡大の欠陥が
あると主張するようである。
しかし,本件患者らの中には,放射線療法との併用療法を受け適応拡大の
欠陥によって被害を受けた者はいないことから,原告らの主張には理由がな
い。
(2)ファーストライン治療への適応拡大
ア原告らは,治験によりファーストライン治療におけるイレッサの有用性
が確認されていないにもかかわらず,イレッサはセカンドライン治療以降
に適応が制限されなかったとして,ファーストライン治療へ適応を拡大し
たことをもって適応拡大の欠陥があるとし,原告Lは,ファーストライン
治療においてイレッサの投与を受けた旨主張する。
しかし,前記第1の4(2)ウの認定・判断のとおり,セカンドライン治
療におけるIDEAL1試験の結果(審査センター判定)における日本人
群(250mg/日)の奏功率は,ファーストライン治療において期待有効
率とされる水準(奏功率20%)を上回り,全患者群(250mg/日)の
奏効率も上記期待有効率と比較して遜色のない値を示すものと評価するこ
とができる。そして,一般に,抗がん剤は,ファーストライン治療の結
果,多剤耐性が生じることがあるほか(薬剤耐性,前記第1の3(2)
ウ),患者の体力が低下することなども重なって,セカンドライン治療は
ファーストライン治療よりも治療の効果を得にくく,治療を重ねるにつれ
て治療の効果が得られにくくなる,すなわち,一般的にはセカンドライン
治療よりもファーストライン治療における奏功率の方が高いと考えられて
いることからすれば,上記のIDEAL1試験の結果は,ファーストライ
ン治療における奏効率の高さを予測させ,当時の医学的,薬学的知見を前
提によれば,この予測は合理的なものであったということができる。
また,イレッサは,第Ⅰ相試験(V1511試験)では従来の化学療法
による治療効果を得られなかった患者に対して,非小細胞肺がんでは23
例中5例で部分奏功(PR)が認められ,IDEAL2試験では,サード
ライン治療の患者を含むものであったにもかかわらず,11.8%(25
0mg/日群)の奏効率を示したのであり,従来の化学療法により治療効果
を得られなかった患者に対しても治療効果を得られることが予測されるも
のであった。
さらに,前記第1の4(3)ウの認定・判断のとおり,イレッサは,第Ⅲ
相試験(IPASS試験及びNEJ002試験)で,無増悪生存期間に関
して,ファーストライン治療においても標準的治療法である併用療法に対
する優越性が示され,延命効果があることが推認され,現時点においてイ
レッサにはファーストライン治療での有用性が認められるところ,イレッ
サは,承認時から現時点までの間,医薬品の客観的性状に変化がないので
あるから,承認時におけるイレッサの有用性が推認されるというべきであ
る。
以上によれば,平成14年7月当時,イレッサは,ファーストライン治
療においても有効性,有用性が認められるものであったというべきである
から,原告らの上記主張には理由がない。
イ(ア)原告らは,イレッサによる治験は,セカンドライン治療以降の患者を
対象とするものであり,ファーストライン治療における効果は臨床試験
により直接検証されていない旨主張する。
しかし,イレッサ承認当時には,抗がん剤使用に関するガイドライン
などはなかったが,ファーストライン治療における標準的治療法として
プラチナ製剤と新規抗がん剤の併用療法が行われていた状況にあり,保
険適用のある標準的治療法が既に存在して一定の治療効果を期待できる
にもかかわらず,患者があえて新薬による治療を望む動機に乏しく,フ
ァーストライン治療における臨床試験の実施が困難であった(前記第2
の2(1)オ)というべきである。そうすると,原告らの主張は,当時と
しては実施困難な臨床試験を要求する前提において失当であり,ファー
ストライン治療における効果が臨床試験により直接検証されていないこ
とのみをもって,有効性が認められないというべきではない。
(イ)原告らは,仮にイレッサのファーストライン治療における有効性が合
理的に予測できたとしても,ファーストライン治療における副作用に関
する実証的なデータがないのであるから,副作用を安易に予測して適応
拡大することは許されないと主張する。この主張は,論理的に,ファー
ストライン治療とセカンドライン治療における副作用には差異があると
の見解を前提とすると解される。
しかし,ファーストライン治療とセカンドライン治療における差異
は,化学療法による治療回数,すなわち,薬剤耐性の発生等が影響し
て,ファーストラインよりもセカンドライン,サードラインと進んでい
くにつれて,治療の効果が得られにくくなる点にあるのであって,ファ
ーストライン治療とセカンドライン治療における副作用に差異があると
いうことを示す証拠はない。
したがって,原告らの上記主張は,その前提が認められないのである
から,理由がない。なお,原告らの主張は,イレッサの副作用として発
生する重篤な間質性肺炎の発生を指摘するものであったとも解される
が,前記第4の3(1)ウのとおり,従来の抗がん剤と比較して,特に重篤
であり,発症頻度が高いとまではいえないのであるから,理由がない。
4指示・警告上の欠陥について
(1)判断枠組み
ア指示・警告上の欠陥の内容
薬事法上,医薬品は,これに添附する文書又はその容器若しくは被包に
同条各号に掲げる事項が記載されていなければならないとされ(薬事法5
2条),添付文書の記載事項(用法,用量その他使用及び取扱い上の必要
な注意(同条1号)等),記載上の留意事項,(同法53条),記載禁止
事項(同法54条)がそれぞれ定められている。同法52条1号の規定に
基づき,医薬品の提供を受ける患者の安全を確保し適正使用を図るため
に,医師,歯科医師及び薬剤師に対して必要な情報を提供する目的で当該
医薬品の製造業者又は輸入販売業者が作成する文書が医療用医薬品の添付
文書である。(添付文書通達・丙D13〔第1の1〕)
製造物責任法上,当該製造物が通常有すべき安全性を欠くか否かについ
ては,「当該製造物の特性,その通常予見される使用形態,その製造業者
等が当該製造物を引き渡した時期,その他当該製造物にかかる事情を考慮
して」判断するとされている(同法2条2項)。これを医薬品についてみ
ると,医薬品は,その物理的・化学的な性質等による一定の作用を身体や
病原体に及ぼすことで,疾病や症状の改善を図ることを目的とする物質で
あって,その性質上,治療上の効能,効果とともに何らかの副作用の生ず
ることは避け難いものであり,医薬品としての有用性は,承認された用
法,用量その他使用及び取扱い上の注意が遵守される限りにおいて認めら
れるものである。すなわち,当該医薬品の安全性は,添付文書等による使
用方法や危険性等についての適切な情報が適切に提供されることと密接不
可分な関係にあり,いわば,医薬品を販売する場合には,その使用方法や
危険性等について適切な情報を医薬品と併せて販売することが予定されて
いるものである。
したがって,医薬品が,添付文書等により使用方法や危険性等の情報が
適切に提供されないまま販売された場合,すなわち指示,警告が不十分又
は不適切なまま販売された場合には,医薬品として通常有すべき安全性を
欠き,製造物責任法上の欠陥(指示・警告上の欠陥)があるものと解する
のが相当である。
イ指示・警告の対象
(ア)前記第5の4(3)の認定事実のとおり,イレッサは,医療用医薬品と
して,医師等によって使用され又はこれらの者の処方せん若しくは指示
によって使用されることを目的として供給される医薬品であり,また,
要指示医薬品として,薬事法49条1項により,医師等から処方せんの
交付又は指示を受けた者以外の者に対しては販売,授受等が禁止される
医薬品であるから,イレッサを投与するか要否・可否,投与時期,投与
期間等の医学的判断は,医学に関する専門知識を有する医師等が行うこ
とが予定されている。
また,添付文書通達(丙D13〔第1の1〕)によれば,医療用医薬
品の添付文書は,薬事法52条1号の規定に基づき医薬品の提供を受け
る患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師等に対して必要な情
報を提供する目的で作成されるものであるから,その名宛人は医師等が
予定されているものである(前記第5の1(1))。
したがって,医療用医薬品についての製造物責任法上の指示・警告上
の欠陥の判断においては,製造(輸入販売)業者等は,当該医薬品の販
売時点において,当該医薬品を安全かつ適正に使用するために必要な情
報を,医療現場で当該医薬品を使用することが想定される平均的な医師
等が理解できる程度に提供する必要があり,かつそれで足りるものと解
するのが相当である。
(イ)原告らは,医療用医薬品についての製造物責任法上の指示・警告上の
欠陥の判断においても,製薬会社は,医療関係者のみならず患者に対し
ても当該医薬品の有効性や安全性についての情報を提供する必要がある
とした上,患者に対する注意喚起は,医学的知識が十分でない者がその
危険性を十分に理解できる程度に具体的で分かりやすいものでない限
り,指示・警告上の欠陥が存在する旨主張する。
しかし,医療用医薬品や要指示医薬品に医師等による処方せんや指示
が必要とされる趣旨は,上記医薬品が使用期間中医師の診断及び指導を
必要とし,又は重篤な副作用が発現しやすい等の性質を有するものであ
って,上記医薬品を安全かつ適正に使用するためには,当該医薬品の投
与の要否・可否,投与時期,投与期間等についての医師等の専門的知識
に基づく医学的判断が必要とされるからであって,この判断には患者の
判断は介在しない。換言すれば,医療用医薬品については,製薬会社は
医師等に対して処方に必要な情報を提供し,これらの情報の提供を受け
た医師等が,自らの医学に関する専門的知識を踏まえて医学的判断を行
い,患者に対して説明することが予定されているものであるから,製造
物責任法上の指示・警告として,製薬会社が,直接患者に対して,患者
が医療用医薬品を服用するか否か等を判断するのに必要な情報を提供す
ることは予定されていない。
もちろん,医師等により処方された医薬品を服用するに際しては,患
者が当該医薬品の副作用等の危険性等についても十分に理解した上でこ
れに同意することが必要であるが,これは医師の患者に対するインフォ
ームドコンセントの問題である。患者に対するインフォームドコンセン
トは,この医師等の専門的判断を,適切に患者に伝達し,治療等に対す
る理解と同意を得ることであって,原告らの主張が,これを超える内容
を主張するものであるとすれば,これを採用する余地はない。
なお,製薬会社が作成して医師等に配布している患者向けの説明文書
(同意文書,パンフレット等)は,医師の患者に対するインフォームド
コンセントを補助する媒体であって,当該説明文書を患者に対して交付
して説明するか,口頭のみで説明するかを含めて医師の判断にゆだねら
れているものであるから,これらの記載をもって,製造物責任法上の指
示・警告上の欠陥が判断されるものでないことはいうまでもない。
ウ指示・警告上の欠陥の判断方法
(ア)判断の対象となる表示媒体
医療用医薬品については,薬事法上,当該医薬品の提供を受ける患者
の安全を確保し適正使用を図るために,医師等に対し,添付文書により
情報提供がされることが予定されていることから(薬事法52条1
号),製造物責任法上,当該医薬品を安全かつ適正に使用するために必
要な情報(指示・警告)が提供されたか否かは,添付文書に記載された
内容を中心に判断するのが相当である。加えて,製薬会社は,医師等に
対し,添付文書に記載された情報を補完するため,製品情報概要,医薬
品インタビューフォーム等により情報提供を行うことがあるから,指
示・警告上の欠陥の判断においては,添付文書の記載を中心としつつ,
副次的に当該医薬品の販売に際して製薬会社が医師等に対して提供した
上記各文書の内容をも併せ考慮するのが相当である。
原告らは,医薬品についての指示・警告上の欠陥の判断の対象となる
表示媒体には,添付文書の表示だけでなく,消費者・使用者に対して製
造物の安全性・危険性に関わる情報を与えるものであれば,製薬会社に
よって提供されるパンフレットや広告等すべての媒体が含まれる旨主張
するが,前記イのとおり,製造物責任法上,製薬会社が,医療用医薬品
を安全かつ適正に使用するために必要な指示・警告をする対象者は医師
等であって,患者はこれに含まれないことから,製造業者等が患者等を
対象として作成したパンフレットや広告等は,指示・警告上の欠陥の有
無の判断の対象となる表示媒体には含まれないというべきである。
(イ)指示・警告上の欠陥の存在時期(医学的,薬学的知見の基準時)
前記第6の1(2)の認定・判断のとおり,製造物責任法上,医薬品の
欠陥の有無の判断は,引渡時点,すなわち当該医薬品が最初に流通に置
かれた時点において欠陥が存在したことが必要であり,当該医薬品の引
渡時の医学的,薬学的知見を基準として行われるべきものであるから,
医療用医薬品の指示・警告上の欠陥の有無の判断も,当該医療用医薬品
の引渡当時の医学的,薬学的知見を基準に,前記内容の情報提供(指
示・警告)が行われたか否かを判断するのが相当である。
本件においては,前記第5の1(4)の認定事実のとおり,平成14年
7月に作成された第1版添付文書以降,添付文書の内容が順次改訂され
ている。前記第6の4(1)アのとおり,医薬品は添付文書等で提供され
る情報と不可分な形で販売されるものであるから,指示・警告上の欠陥
該当性の判断においては,改訂後の添付文書記載の指示・警告とともに
流通に置かれた医薬品と改訂前の添付文書記載の指示・警告とともに流
通に置かれた医薬品とは異なるものとして扱うべきである。したがっ
て,指示・警告上の欠陥の有無の判断は,改訂前の添付文書とともに流
通に置かれた医薬品についてはそれが流通に置かれた日,改訂後の添付
文書とともに流通に置かれた医薬品についてはそれが流通に置かれた日
をそれぞれ基準として行うべきである。したがって,事後的に添付文書
の内容すなわち指示・警告の内容が改訂されたとの事実をもって,直ち
に引渡時点における指示・警告上の欠陥の存在を推認することはでき
ず,引渡後における添付文書の改訂の経緯,医学的,薬学的知見の変化
等は,引渡時点における指示・警告上の欠陥の存在を推認する際に,他
の判断要素と併せ考慮されるべき一つの副次的な事情にとどまるものと
解するのが相当である。
したがって,本件においては,亡M,亡N,原告Lとの関係において
は,第1版添付文書とともに流通に置かれたイレッサの指示・警告上の
欠陥の存否を,平成14年7月時点における医学的,薬学的知見を基準
に判断することとなり,亡Oとの関係においては,第3版添付文書とと
もに流通に置かれたイレッサの指示・警告上の欠陥の存否を,平成14
年10月時点における医学的,薬学的知見を基準に判断することとな
る。
(ウ)判断において考慮すべき事情
製造物責任法上,当該製造物が通常有すべき安全性を欠くか否かの判
断において考慮要素として挙げられている「当該製造物の特性,その通
常予見される使用形態,その製造業者等が当該製造物を引き渡した時
期」は例示であって,その判断は,「その他当該製造物にかかる事情を
考慮して」される(同法2条2項)。
前記4(1)イの認定・判断のとおり,医療用医薬品における指示・警
告上の欠陥の有無の判断においては,当該医薬品の販売時点において,
当該医薬品を安全かつ適正に使用するために必要な情報を,医療現場に
おいて当該医薬品を使用することが想定される平均的な医師等が理解す
ることができる程度に提供(指示・警告)されたか否かが問題になる。
したがって,イレッサについて指示・警告上の欠陥があったかの判断
は,イレッサの販売時における,イレッサの副作用とされる急性肺障
害・間質性肺炎等に関する医学的,薬学的知見,医療現場の医師等に対
して提供されていた情報の内容,医療現場の医師等の認識等を総合考慮
して行うものと解するのが相当である。
(2)平成14年7月当時の分子標的治療薬の安全性に関する医師等の認識
ア平成14年7月当時の薬剤性肺障害,薬剤性間質性肺炎に関する知見
前記第3の3(3)及び(4)の認定・判断並びに前記第5の1(6)の認定事
実のとおり,平成14年7月当時,既存の殺細胞性抗がん剤には薬剤性間
質性肺炎の報告のあるものが多く,添付文書の警告欄に間質性肺炎の増悪
等について記載のある抗がん剤もあるなど,抗がん剤によっては薬剤性間
質性肺炎が発症する危険性があることについては,医療現場の医師等に認
識されていた。そして,薬剤性間質性肺炎の予後に関しては,急性間質性
肺炎(AIP/DAD)型は急激に発症し,予後が不良であるとの見方が
有力であり,また,抗がん剤による薬剤性肺障害の特徴として,急性間質
性肺炎はステロイド療法に対する反応が悪く予後が不良であることを指摘
する研究報告もあった。
もっとも,前記第3の3(3)及び(4)の認定・判断のとおり,薬剤性肺障
害は,薬剤の中止のみ,又はステロイド剤の投与により病態が改善するこ
とが多いとの考え方もあり,病変の種類によっても反応は異なり,同じ間
質性肺炎であっても,重症例で線維化を伴っていれば可逆性に欠けるが,
病変が初期や軽度であれば可逆性があるというように重症度や進行度に左
右されるとされていた。また,薬剤性間質性肺炎の予後について,治療反
応性は原因薬剤によっても異なり得るとされ,症例によっては致死的とな
るものもあるが,薬剤性間質性肺炎の疾患全体としては,その9割が全快
又は軽快しており,一般的にはステロイド療法などの治療によって重篤化
を回避できることが多いとの考え方があった。
以上によれば,平成14年7月当時,薬剤性間質性肺炎の発症頻度,発
症傾向,予後等は,薬剤の作用機序や薬効は薬剤ごとに異なり,間質性肺
炎の病態は原因に対して非特異的で,異なる病態をもたらす機序が不明で
あるというものであり,抗がん剤の種類によっては薬剤性間質性肺炎が発
現する危険性があることは知られていたが,抗がん剤一般に急性型の薬剤
性肺傷害が生じ,その予後が不良であるとの知見が存在していたとまでい
うことはできず,抗がん剤ごとに発症頻度,発症傾向,予後等については
異なるとの考え方が一般的であったものと認められる。
イ平成14年7月当時の分子標的治療薬に関する知見
分子標的治療薬は,従来の殺細胞性抗がん剤とは異なる作用機序を有す
る新しいタイプの抗がん剤であり,イレッサが承認された平成14年7月
当時,抗悪性腫瘍剤として承認されていた分子標的治療薬は,平成13年
4月に承認されたハーセプチン,同年9月に承認されたリツキサン,同年
12月に承認されたグリベックのみであり,その他の多くの分子標的治療
薬は未だ開発段階にあったもので,その作用機序についても十分に解明さ
れていない部分があったことが認められるから(甲E51〔92頁〕,甲
H18〔577頁〕),分子標的治療薬に関する理解が医療現場における
医師等の間に十分浸透していたということはできず,分子標的治療薬を用
いたがん治療にたずさわる医療現場の医師等は,分子標的治療薬に関する
医学雑誌の論文や,製薬会社が公表する情報等の限られた情報源から,分
子標的治療薬の特徴,有効性,危険性等に関する情報を収集するほかない
状況にあったということができる。
また,前記第5の3(2)の認定事実のとおり,平成14年7月当時,分
子標的治療薬は,従来の殺細胞性の抗がん剤とは異なる作用機序を有する
抗がん剤であると位置付けられており,がんの増殖や進展に特異的にかか
わる分子や,がん細胞だけに過剰発現がみられる分子を標的とし,がん細
胞に特異的な機能を選択的に抑えるため,殺細胞効果が弱いことが多く,
正常細胞に与える影響は小さいと考えられていた。そして,このような分
子標的治療薬の作用機序に関する理解からすれば,平成14年7月当時,
分子標的治療薬が従来の殺細胞性の抗がん剤と同様に薬剤性間質性肺炎を
引き起こすということは,肺がん治療にたずさわる医師等の間でも予測さ
れていなかったと認めるのが相当である。
(3)平成14年7月当時に医師等に提供されていたイレッサに関する情報
ア被告会社の関与による情報提供
(ア)プレスリリース等
前記第5の4(2)イの認定事実によれば,被告会社は,平成14年1
月25日のイレッサの承認申請時の資料である添付文書案には,間質性
肺炎について記載しておらず,また,厚生労働省の審査センターから,
「本邦での臨床試験における死亡例,及び間質性肺炎を発症した症例に
ついての詳細を示し,本剤との関連性を考察すること。」との事前照会
に対する回答についても,平成14年3月29日,国内3症例を報告し
た上,上記3症例は病勢進行に伴うもので,同時点では,イレッサが間
質性肺炎を誘導するという直接的な証拠が得られておらず,イレッサが
間質性肺炎を誘導する可能性は低いと考えるとの見解を示していたとい
うのである。
したがって,被告会社は,その後,審査センターからの助言を受け
て,第1版添付文書の「重大な副作用」欄に間質性肺炎を記載すること
を了承したが,少なくとも審査センターに対して上記回答を行った平成
14年3月下旬までは,間質性肺炎について,イレッサとの関連性が否
定できない副作用として公表する必要はないと判断していたということ
ができる。
このように,被告会社は,間質性肺炎についてイレッサとの関連性が
否定できない副作用として公表する必要はないと判断していたことか
ら,前記第5の2(2)の認定事実のとおり,被告会社が,プレスリリー
ス,ホームページ上の記事,記者会見において,平成13年5月から平
成14年7月にかけて,ZD1839(イレッサの開発コード)に関し
て公表した情報には間質性肺炎に関する記載はなく,ZD1839の特
徴として,①従来の抗がん剤とは異なる新しいタイプの分子標的治療薬
であること,②従来の肺がん治療のような重い副作用がなく,主な副作
用は発疹,乾燥皮膚あるいは掻痒のような軽度から中等度の皮膚反応や
下痢であり,重篤な副作用はまれで通常は病勢の進行に関連しているこ
と,③一日一錠経口投与であることを,その特筆すべき長所として掲げ
るものであった。
そして,前記①及び②を併せ考慮すると,イレッサは,新しいタイプ
の分子標的治療薬であるから,従来の殺細胞性の抗がん剤とは異なり重
い副作用がないもので,まれに生じる重篤な副作用は通常は病勢進行に
よるものであること,副作用は軽度から中等度の皮膚反応や下痢にとど
まることを印象付けるものであったということができる。
(イ)医療関係者を対象とした雑誌,小冊子
被告会社が費用を負担して刊行されていた医療関係者を対象とした雑
誌(SignalJapan)によれば,EGFR標的薬の副作用については,E
GFRを極めて特異的に阻害することを示唆しており,患者のEGFR
活性を99%まで阻害しても,皮膚に何らかの影響を及ぼす可能性はあ
るが,それ以上の副作用は生じないことを暗に示すものであるなどと
し,副作用の程度が軽微であることを示すものであったということがで
きる。
また,被告会社が企画した雑誌(MedicalTribune)の記事において
は,ZD1839が,従来の抗がん剤にみられる骨髄抑制をほとんど示
さず,主な副作用は,ニキビ様の皮疹であり,頻度が高くない副作用と
して下痢と肝機能障害もあるが,投与をある程度中止すれば非常に速や
かに改善しますので,臨床上あまり問題にはならないとの記載があり,
副作用の程度が軽微であることを示すものであったということができ
る。
さらに,平成14年2月及び同年3月,被告会社が費用を負担し,医
療関係者に対する分子標的治療薬,特にEGFRチロシンキナーゼ阻害
剤等に関する情報提供を目的として刊行した小冊子(よくわかる分子標
的療法(上,下)的を得た話)では,分子標的治療薬を夢のような薬と
位置付ける一方,患者らに対しては正確な情報を伝える必要性を指摘
し,副作用については,従来の抗悪性腫瘍薬と同等あるいはそれ以上の
注意を払う必要があること,特に有害事象については従来と違うことを
指摘するものの,具体的な副作用の内容については記載されておらず,
間質性肺炎に関する情報提供はされていなかった。
イ医療現場の医師等のイレッサに対する認識
(ア)前記第5の2(2)ウの認定事実によれば,イレッサの効果について
は,雑誌(MedicalTribune)の記事等において,セカンドラインの患
者を対象としたIDEAL1試験の結果が紹介され,奏効率が18.
5%,病勢コントロール率が54.4%,特に日本人に対する腫瘍縮小
効果の奏効率が27.5%と外国人に比して日本人に高い奏効率を示す
ことが示され,この結果は,従前の非小細胞肺がんの標準治療薬である
ドセタキセルのセカンドラインの奏効率が約7%であったこと等からす
れば,イレッサが日本人に対してセカンドラインで27.5%の奏効率
を示したことは驚異的な事実であるとして,医療現場の医師等に受け止
められていた。(甲E51〔93頁〕)
(イ)また,イレッサについては,従来の殺細胞性の抗がん剤とは異なる作
用機序を持つ新しい分子標的治療薬であり,従来の抗がん剤に見られた
ような重い副作用が無く,副作用は軽度から中等度の皮膚反応や下痢に
とどまるなどとして副作用の程度が軽微であることが強調され,分子標
的治療薬の作用機序に関する理解と相まって,肺がんの治療に携わる医
師等の間でも間質性肺炎が発症するリスクはほとんど考えられていない
状況にあった。
(ウ)さらに,イレッサは,従来の抗がん剤のように医療機関において長時
間の点滴を必要とするものではなく,錠剤を1日1剤経口投与するもの
であり,かつ,肺がん化学療法についての十分な知識と経験を有する医
師や,緊急時に十分に措置できる医療機関における使用が限定されたも
のではなかったから,イレッサの販売時においては,必ずしも肺がん化
学療法についての十分な知識と経験を有するとは限らない医師が処方す
ることも想定され,かつ,緊急時に十分な措置をすることができる医療
機関に限らず,患者が自宅で経口投与することが想定されていた状況に
あった。
(4)第1版添付文書における指示・警告上の欠陥について
ア第1版添付文書における指示・警告上の欠陥について
(ア)前記第5の4(2)イの認定事実によれば,イレッサの国内外での臨床
試験やEAPによる副作用報告において認められた間質性肺炎は,イレ
ッサとの関連性が否定できなかったこと,また,間質性肺炎は,他の抗
がん剤でもみられる副作用であり,いったん発症したときは死亡に至る
ことのある疾患であることが知られていたこと等からすれば,申請資料
及びその後の副作用報告等から,平成14年7月当時,イレッサによる
間質性肺炎に関し,イレッサにより症例によっては死に至ることがあり
得る間質性肺炎を発症する可能性は否定できず,少なくとも既存の抗が
ん剤と同程度の間質性肺炎が発症する可能性はあるということが判明し
ていたということができる。
そうすると,平成14年7月の第1版添付文書においては,上記のよ
うなイレッサによる間質性肺炎に関する情報について,当時の医療現場
の医師等のイレッサに対する認識を前提に,イレッサを安全かつ適正に
使用するために必要な情報を,医療現場においてイレッサを使用するこ
とが想定される平均的な医師等,すなわち必ずしも肺がん化学療法につ
いての十分な知識と経験を有するとは限らない医師等が理解することが
できる程度に提供(指示・警告)される必要があったものというべきで
ある。
(イ)そして,前記(3)アの認定・判断のとおり,被告会社の関与によるイ
レッサに関する情報提供の内容は,被告会社が少なくとも平成14年3
月下旬までは,間質性肺炎を,イレッサとの関連性が否定できない副作
用として公表する必要はないと判断していたことを反映し,プレスリリ
ースやホームページにおいても,ZD1839の副作用は軽度から中等
度の皮膚反応や下痢にとどまるなどとして,副作用が少ないということ
をイレッサの特筆すべき長所として強調する一方,間質性肺炎の発症の
危険性を公表していなかった。
また,前記(3)イの認定・判断のとおり,平成14年7月当時,分子
標的治療薬についての医療現場の医師等の理解は十分ではなく,被告会
社による情報提供や医学雑誌等から情報を得るほかない状況にあったこ
とを考えると,上記情報提供を受けた当時の医療現場の医師等のイレッ
サに対する認識は,非小細胞肺がん治療でセカンドラインの奏効率が2
7.5%と日本人に非常によく効く新しいタイプの抗がん剤であり,従
来の抗がん剤とは異なって副作用が軽微であるというものであり,加え
て患者が自宅で服用することができる経口薬であるという性質からすれ
ば,従来の抗がん剤に比して副作用に関する警戒を十分にしないまま広
く用いられる危険性があったといわざるを得ない。そして,このような
危険性は,薬事・食品衛生審議会第二部会の委員が,平成14年5月2
4日の審議において表明した危惧(第1の3(2)参照)に他ならないと
いうべきである。
加えて,前記(2)アの認定・判断のとおり,平成14年7月当時の薬
剤性間質性肺炎についての知見は,抗がん剤による薬剤性間質性肺炎の
予後が不良であって重篤で致死的な転帰をたどるとの知見が存在してい
たとまでいうことはできず,抗がん剤ごとに発症頻度,発症傾向,予後
等については異なるとの考え方が一般的であった。
さらに,前記第5の1(3)及び(4)アの認定事実によれば,使用上の注
意通達によれば,「副作用」の記載は,内容からみて重要と考えられる
事項については,記載順序として前の方に配列することとされていたと
ころ,イレッサの第1版添付文書において,間質性肺炎は,「重大な副
作用」欄の「1)重度の下痢,脱水を伴う下痢」,「2)中毒性表皮壊死融
解症,多形紅斑」,「3)肝機能障害」に続けて最後に記載されていたの
であるから,間質性肺炎は,上記4つの重大な副作用の中でも,その内
容からみて重要とは考えられられないものと解釈されるおそれがある記
載であったということができる(なお,別紙32【海外からの副作用報
告196例のうち転帰欄死亡の症例一覧】記載のとおり,下痢,中毒性
表皮壊死融解症,肝機能障害は,それぞれEAPの副作用報告で死亡例
が1例ずつ確認されているにとどまる。)。また,使用上の注意通達に
よれば,「警告」欄の記載は,「致死的又は極めて重篤かつ非可逆的な
副作用が発現する場合,又は副作用が発現する結果極めて重大な事故に
つながる可能性があって,特に注意を喚起する必要がある場合に記載す
ること。」とされているから,副作用が発現することが明らかになって
いる場合に限らず,致死的な副作用が発現する結果極めて重大な事故に
つながる可能性があると考えられる場合で,かつ特に注意喚起をする必
要がある場合であれば足りるところ,イレッサとの関連性が否定できな
い間質性肺炎は,致死的な副作用が発現する可能性が否定できない場合
であり,死亡という極めて重大な事故につながる可能性がある場合であ
るということができるから,警告欄に記載することについては,使用上
の注意通達上支障のないものであったというべきである。
(ウ)以上によれば,被告会社は,間質性肺炎を重大な副作用欄の最後に記
載するのみでは,イレッサとの関連性が否定できない間質性肺炎の発症
傾向や予後について,医療現場においてイレッサを使用することが想定
される平均的な医師等の間において,危険性の認識の程度に差が生じる
可能性があることを認識し得たものということができる。そして,承認
時までの副作用報告において,イレッサとの関連性が否定できない間質
性肺炎を発症し,致死的な転帰をたどる例が報告されていたとの事実及
び同事実から認識すべき危険性を上記医療現場の医師等に対して正確に
伝えるためには,少なくとも第1版添付文書の重大な副作用欄の最初
に,間質性肺炎を記載すべきであったというべきである。また,イレッ
サとの関連性が否定できない間質性肺炎が致死的な転帰をたどる可能性
があった以上,その点について警告欄に記載して注意喚起を図るべきで
あったというべきであるから,そのような注意喚起が図られないまま販
売されたイレッサは,抗がん剤として通常有すべき安全性を欠いていた
ものといわざるを得ず,平成14年7月当時のイレッサには指示・警告
上の欠陥があったと認めるのが相当である。
なお,前記第5の4(2)イの認定事実のとおり,被告会社が,間質
性肺炎を添付文書の「重大な副作用」欄に記載したのは,審査センター
の行政指導に従ったものであり,薬事法等の行政規制を前提とした審査
センターの行政指導に従った以上,製造物責任法上の指示・警告上の欠
陥に該当しないとの見解があり得る。しかし,行政指導に従うことは,
当該薬事行政上の関係における問題であって,製造業者とその使用者と
の法律関係とはその規制する局面が異なるものであるから,両者を同一
に論じることはできない。そして,製造物責任法は,被害者保護の観点
から,製品の欠陥を制御することができ,かつ,製品の製造販売により
利益を得ている製造業者等に対し,危険責任,報償責任として,欠陥の
ある製品を製造販売したことによる厳格な責任を負わせるという製造物
責任の考え方に基づいて解釈されるべきであるから,医薬品の添付文書
は,被害者保護の観点から,イレッサについていえば,致死的な転帰を
たどりうる重篤な間質性肺炎に罹患する危険から患者をいかにして守る
かという観点から判断されなければならない。したがって,行政指導に
従った以上製品の欠陥はないという立論は失当である。
イ当事者の主張について
(ア)原告らの主張について
a原告らは,イレッサの添付文書について,現在の第18版添付文書
の警告欄の記載の内容と同じ内容の注意書きとして,①間質性肺炎が
致死的であることについての注意喚起のみならず,②初期症状,早期
診断に必要な検査・対処方法についての注意喚起,③特発性肺線維
症,間質性肺炎等の既往症が死亡リスクを高めることについての注意
喚起,④有効性,安全性についての十分な説明と同意を求めることに
ついての注意喚起,⑤医療機関等の限定や一定期間の入院による使用
等の限定,⑥他の抗がん剤,放射線療法との併用禁止についての注意
喚起,⑦第Ⅱ相臨床試験の除外基準に該当する症例に対する投与禁止
についての注意喚起についても,いずれも第1版添付文書において記
載すべきであった旨主張する。
bしかし,前記第5の1(4)の認定事実によれば,イレッサの添付文書
の警告欄は,平成14年10月の第3版添付文書で創設され,同年1
2月の第4版添付文書及び平成15年4月の第6版添付文書において
改訂され,平成16年9月の第9版添付文書において現在の第18版
添付文書と同じ内容の記載になったものである。そして,第9版添付
文書は,平成16年9月当時の医学的,薬学的知見を前提に作成され
たものであって,以下のとおり,イレッサによる副作用は,承認後の
副作用報告や治験等によって判明した事実も多く,第1版添付文書が
作成された平成14年7月当時において,第9版添付文書が前提とし
ている医学的,薬学的知見が存在していたということはできない。
第4版添付文書の警告欄の記載が改訂された経緯についてみると,
前記第5の8の認定事実のとおり,平成14年12月に開催された第
1回安全性検討会において,承認審査時の予想をはるかに超えて市販
後に間質性肺炎の発症例があり,その特徴は,普通の抗がん剤による
肺障害とは異なり,投与初期(2∼3週間目)に発症して致死的な転
帰をたどるという承認審査時には把握されていなかった症例が多いこ
と等が指摘され,今後の対応についての見解が示され,これを受け
て,警告欄において,「本剤による治療を開始するにあたり,患者に
本剤の有効性・安全性,息切れ等の副作用の初期症状,非小細胞肺癌
の治療法,致命的となる症例があること等について十分に説明し,同
意を得た上で投与すること。」,「また,急性肺障害や間質性肺炎が
本剤の投与初期に発生し,致死的な転帰をたどる例が多いため,少な
くとも投与開始後4週間は入院またはそれに準ずる管理の下で,間質
性肺炎等の重篤な副作用発現に関する観察を十分に行うこと。」,
「本剤は,肺癌化学療法に十分な経験をもつ医師が使用するととも
に,投与に際しては緊急時に十分に措置できる医療機関で行うこ
と。」との記載が追加されたものである。なお,平成14年7月当
時,その時点までの副作用報告(10症例)によれば,イレッサ投与
開始から9日ないし21日目に間質性肺炎が発現したものは5例であ
って,その余は1か月ないし3か月後に間質性肺炎が発現したもので
あり,かつ,間質性肺炎がいったん軽快したものも5例あるなど,必
ずしも,投与初期に間質性肺炎が発症し,致死的な転帰をたどる例が
多いとの特徴があると理解されていなかったといわざるを得ないこと
は,前記第5の4(2)イの認定事実のとおりである。
第6版添付文書の警告欄の記載が改訂された経緯についてみると,
前記第5の8の認定事実のとおり,平成14年12月から平成15年
3月までに4回にわたり開催された専門家会議において,イレッサ服
用中に急性肺障害・間質性肺炎を発症し,詳細調査情報が得られた症
例を解析,検討がされ,平成15年3月に取りまとめられた最終報告
書において,イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎の予後を悪化さ
せる可能性のある因子として6項目が示唆され,うち性別(男性),
がんの組織型(扁平上皮がん),特発性肺線維症(IPF)等の既存
(あり)の3項目が主要な予後因子となる可能性が示唆され,これを
受けて,平成15年4月に第6版添付文書の警告欄において,「3.
特発性肺線維症,間質性肺炎,じん肺症,放射線肺炎,薬剤性肺炎の
合併は,本剤投与中に発現した急性肺障害,間質性肺炎発症後の転帰
において,死亡につながる重要な危険因子である。このため,本剤に
よる治療を開始するにあたり,特発性肺線維症,間質性肺炎,じん肺
症,放射線肺炎,薬剤性肺炎の合併の有無を確認し,これらの合併症
を有する患者に使用する場合には特に注意すること。」との記載が追
加されたものである。
第9版添付文書の警告欄の記載が改訂された経緯についてみると,
前記第5の8の認定事実のとおり,被告会社は,平成15年6月から
同年12月までの間,イレッサの副作用発現頻度及び危険因子(発症
危険因子,予後因子)について検討する目的で,特別調査としてプロ
スペクティブ調査を行い,平成16年8月,同調査結果報告書(イレ
ッサ錠250プロスペクティブ調査(特別調査)に関する結果と考
察)が作成されたことを受け,平成16年9月,第9版添付文書の警
告欄において,「4.急性肺障害,間質性肺炎による致死的な転帰を
たどる例は全身状態の良悪にかかわらず報告されているが,特に全身
状態の悪い患者ほど,その発現率及び死亡率が上昇する傾向がある。
本剤の投与に際しては患者の状態を慎重に観察するなど,十分に注意
すること。」との記載が追加されたものである。
c以上のとおり,イレッサの承認後における安全性会議,専門家会
議,プロスペクティブ調査等による知見の発展と添付文書の改訂の経
過の関係は,イレッサによる間質性肺炎の前記特徴が平成14年7月
時点において判明していなかったことを伺わせるものということがで
き,他にイレッサの副作用である間質性肺炎の特徴がその当時把握さ
れていたことを認めるに足りる証拠はなく,原告らの前記主張を採用
することはできない。
(イ)被告会社の主張について
a被告会社は,平成14年7月当時,第1版添付文書の重大な副作用
欄に間質性肺炎の記載があれば,「重大な副作用」とは,重篤度分類
通知におけるグレード3の重篤な副作用と考えられるもの,すなわ
ち,患者の体質や発現時の状態等によっては,死亡又は日常生活に支
障をきたす程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるものが想定さ
れるのであるから,間質性肺炎が場合によっては死亡に至るものであ
ることについて,適切に情報提供がされたということができる。した
がって,警告欄に記載する必要はないとした上,薬剤を用いる医師に
は薬剤の副作用について最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献
を参照するなどして,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最
新情報を収集すべき義務があり(最高裁平成14年11月8日・集民
208号465頁),特にイレッサは,医療用医薬品の中でも劇薬・
指定医薬品・要指示医薬品に指定されていることから,医師の医薬品
情報収集義務の程度は高くなるというべきであるところ,製薬会社
は,添付文書の記載内容及び程度については,高度の医学的,薬学的
知識を有する医師等が読んで理解し得る程度に記載し,医師等が同添
付文書を確認しつつ必要に応じて文献等を参照することにより投薬に
必要な医療上の知見を確保し得るような機能を果たせば足りる旨主張
する。
bしかし,添付文書の記載内容については,ソリブジン事件により,
使用上の注意欄に記載されていても,なお,医療現場におけるとらえ
方の違いにより,危険性の認識の程度に差が生じていたことにより副
作用被害が生じたことから,記載,表現のあり方等について見直しが
され,特に注意を喚起する必要がある場合には,警告欄等に記載する
ことにより注意喚起を図る必要があることとされた経緯がある。この
教訓を踏まえるならば(現に,イレッサの承認審査の過程において,
審査センターの指摘により,なるべく医師の目に触れる場所が望まし
いとの見地から,「(1)本薬の化学療法未治療例における有効性及び
安全性は確立していない。」との記載を,比較的後ろの位置にある
「重要な基本的注意」の部分よりも,医師の目に触れやすい場所に記
載するとの意図から,「効能・効果に関する使用上の注意」として記
載されることとなった経緯がある。[前記第5章第6の4(2)及び
(3)]),医師等が添付文書に記載された副作用の意味内容を理解する
ことができるかどうかは,当時の医学的,薬学的知見のもとにおい
て,医療現場で当該薬剤を使用することが想定される平均的な医師等
の認識を前提として行われることを踏まえて判断されると解するのが
相当である。また,医師等が当該薬剤の投与の要否・可否を判断する
に際し,副作用の発症頻度,発症傾向,その予後等という危険性とそ
の有効性とを適切に比較考量するために必要な情報が提供され,危険
性の認識の程度に差が生じることのない程度に注意喚起がされていた
か否かが判断されるべきであるから,販売時までに提供された情報と
の関係において,当時の上記医療現場の医師等の認識を前提に,重大
な副作用について危険性の認識の程度に差が生じるおそれがある場合
には,警告欄等に記載することにより注意喚起を図る必要があるもの
というべきである。
また,このように医師等の当該医薬品の危険性の認識に生じうる差
を考慮し,その差が生じないようにすべきであると考える場合には,
当時の医学的,薬学的知見のもとにおいて,添付文書の記載がどのよ
うに医師等に理解されるかを検討しなければならない。そのために
は,添付文書の記載のみから判断する(被告会社の主張を突き詰めれ
ば,このような主張に帰着するというほかはない。)だけではなく,
添付文書の記載を中心としつつ,これを閲読して理解する医師等が有
するその時点の医学的,薬学的知見はどのようなものであったかを踏
まえて判断しなければならない。
そこで,平成14年7月当時の医学的,薬学的知見について検討す
ると,その当時,従来の殺細胞性の抗がん剤の投与により間質性肺炎
を発症し得ることは,抗がん剤治療を行う医師等の間では一般に知ら
れており,必要に応じて文献等を調査すればその予後等について一般
的な傾向に関する情報を得ることはできたということができる。
しかし,他方,前記第5の3(2)認定のとおり,薬剤性間質性肺炎
の発症傾向や予後等については薬剤毎に異なるとされており,かつ,
分子標的治療薬は従来の殺細胞性の抗がん剤とは異なる作用機序を有
する新しいタイプの抗がん剤であるとして位置付けられ,がんの増殖
や進展に特異的にかかわる分子や,がん細胞だけに過剰発現がみられ
る分子を標的とし,がん細胞に特異的な機能を選択的に抑えると理解
されていたため,分子標的治療薬が従来の殺細胞性の抗がん剤と同様
に薬剤性間質性肺炎を引き起こすことは,肺がん治療にたずさわる医
師等の間でも予測されていなかった。加えて,被告会社により公表さ
れた情報やその他の医学雑誌等に掲載された情報は,分子標的治療薬
であるイレッサは,その作用機序から副作用が少ないというものであ
った。
そうすると,重大な副作用欄に間質性肺炎が記載されることによ
り,その点だけを抽象的に取り出せば,症例によっては致死的となる
可能性があるものであると医師等が理解していたといえるとしても,
前記のとおりイレッサの販売前には副作用が少ないとの情報が広く提
供されていた状況においては,その危険性の認識の程度に差が生じる
可能性があったというべきである(医薬品等について広く情報を収集
し知識を得ることは医師としての基本的な業務であるといえ,その結
果,注意深く,研究熱心な医師等ほど添付文書以外の情報を探索する
ものと推測され,そのような情報収集活動の結果,医師等は,イレッ
サの副作用は軽いとの情報に接する機会が増加するというある意味で
逆説的な状況が生じることは容易に想定することができる。)。
以上によれば,前記被告会社の主張を採用することはできない。
(5)第3版添付文書における指示・警告上の欠陥について
ア前記第5の1(4)認定のとおり,同年7月16日の発売以降同年10月
11日までに,承認後の副作用報告として,イレッサとの関連性を否定で
きない間質性肺炎を含む肺障害が22例(うちイレッサとの関連性を否定
できない死亡例が11例)報告され,上記副作用報告の症例の中には服薬
開始後早期に症状が発現し,急速に進行する症例が見られたことが判明し
た。
そして,前記第5の6(3)認定のとおり,平成14年10月15日,第
3版添付文書の内容が改訂され,「警告」欄が追加され,「本剤の投与に
より急性肺障害,間質性肺炎があらわれることがあるので,胸部X線検査
等を行うなど観察を十分に行い,異常が認められた場合には投与を中止
し,適切な処置を行うこと。なお,患者に対し副作用の発現について十分
説明すること。(「重要な基本的注意」及び「重大な副作用」の項参
照)」と記載されたことに加え,「重要な基本的注意」欄に間質性肺炎に
関する記載が追加され,また,「重大な副作用」欄の記載順序が改めら
れ,「1)急性肺障害,間質性肺炎」が最初に記載されるとともに,「急性
肺障害,間質性肺炎があらわれることがあるので,胸部X検査等を行うな
ど観察を十分に行い,異常が認められた場合には,投与を中止し,適切な
処置を行うこと。」との記載がされ,併せて,同日,医療関係者に対して
緊急安全性情報が配布されたというのである。なお,亡Oが治療を受けて
いた国立h病院に対しては,同日,担当のMRが,同病院の薬剤部,呼吸
器科,内科を訪問し,緊急安全性情報について説明した。
これらの措置により,前記現場の医師等の通常の医学的,薬学的知見を
前提とすれば,(添付文書の警告欄の記載にもかかわらず,医学雑誌等の
副作用が少ないとの情報のみを信用する根拠がなくなるという意味におい
て)前記医学雑誌等による情報は修正され得るというべきであるから,イ
レッサによって,場合によっては重篤な間質性肺炎が発症する可能性を誤
解なく理解することが可能となったと認めるのが相当である。したがっ
て,第3版添付文書の記載は,平成14年10月11日までに明らかにな
った副作用報告を踏まえ,医療現場の医師等に対して危険性の認識の程度
に齟齬が生じない程度の適切な注意喚起がされたものというべきであっ
て,第3版添付文書について,指示・警告上の欠陥があったものと認める
に足りない。
イ原告らは,第3版添付文書の記載内容についても,イレッサの指示・警
告として不十分であるとし,前記(4)イ(ア)のとおり主張する。
しかし,前記(4)イ(ア)のとおり,第4版以降の添付文書の改訂は,イレ
ッサの承認後における安全性会議,専門家会議,プロスペクティブ調査等
による知見の発展によるものであるから,原告の主張するようなイレッサ
の特徴が第3版添付文書が作成された平成14年10月時点においても判
明していたものと認めるに足りず,原告らの前記主張には理由がない。
5広告宣伝上の欠陥について
(1)薬事法所定の広告の規制との関係について
ア原告らは,被告会社が関与した,専門家を利用した雑誌の対談記事の発
表,学会発表の結果のプレスリリース,学術情報の提供,具体的には,医
師に対しては,雑誌,パンフレット,同意文書,インタビューフォームに
よる情報の提供,患者や一般人に対しては,同意文書,説明文書,インタ
ーネット上のホームページ(エルねっと,iressa.com)による情報の提供
がいずれも,薬事法所定の広告に当たるとした上,これらの広告が,①イ
レッサの副作用が少ないとして安全性を過度に強調する一方,致死的な間
質性肺炎の発症の危険性について全く触れていない点で薬事法66条1項
による虚偽・誇大広告の禁止に違反する,②同法68条による承認前の広
告の禁止に違反する,③同法67条による抗がん剤等についての一般人を
対象とする広告の規制に違反する旨主張する。
イ薬事法上,何人も,医薬品等の名称,製造方法,効能,効果又は性能に
関して,明示的であると黙示的であるとを問わず,虚偽又は誇大な広告を
し,記述し,又は流布してはならないとされ(同法66条1項),がんそ
の他の特殊疾病に使用されることが目的とされている医薬品であって,政
令で指定された医薬品については,医薬関係者以外の一般人を対象とする
広告方法を制限する等,当該医薬品の適正な使用の確保のために必要な措
置を定めることができるとされ(同法67条1項),何人も,同法14条
1項に規定する医薬品等でまだ承認を受けていないものについて,その名
称,製造方法,効能,効果又は性能に関する広告をしてはならないとされ
ている(同法68条)
薬事法66条が虚偽又は誇大な広告を禁止した趣旨は,医薬品等による
保健衛生上の危害を防止するためであると解され,同法67条が抗がん剤
等についての一般人を対象とする広告を規制した趣旨は,抗がん剤は,お
おむね副作用が強いものが多く,使用に当たっては高度の専門的知識が必
要とされることから,一般人への広告を制限することにより,当該医薬品
の適正な使用を確保するとともに,適切な医療の機会を確保することとし
たものと解される。また,同法68条で承認前の医薬品等の広告を禁止し
た趣旨は,承認前の広告は,承認内容の如何によっては虚偽又は誇大な広
告になるおそれがあることからこれを未然に防止するためであると解され
る。
そして,前記第5の2(1)認定のとおり,薬事法66条ないし68条に
いう「広告」とは,①顧客を誘引する(顧客の購入意欲を昂進させる)意
図が明確であること,②特定医薬品等の商品名が明らかにされているこ
と,③一般人が認知できる状態であることの,いずれの要件も満たすもの
であると解されている。
ウ前記第5の2の認定事実により,以下のとおり判断する。
被告会社は,イレッサの承認前のプレスリリースにおいては,ZD18
39というイレッサの開発コード(治験記号)を用いており,イレッサと
いう商品名を明らかにしていなかったことから前記②の要件を欠き,ま
た,承認後の平成14年7月8日のプレスリリース及び記者会見において
は,イレッサが承認された事実及びその特徴を明らかにするものにとどま
り前記①の要件を欠くから,いずれも薬事法66条ないし68条にいう
「広告」に当たらない。
小冊子(的を得た話上・下)についてみると,同小冊子が被告会社が費
用を負担して刊行されたものであるとしても,EGFRチロシンキナーゼ
阻害剤等の分子標的治療薬一般について記載されたものであって,前記①
及び②の要件をいずれも欠く。
SignalJapan(雑誌)の記事についてみると,同雑誌が被告会社が費用
を負担して刊行された雑誌であるとしても,平成14年7月号の記事の具
体的内容は,分子標的治療薬やEGFR標的薬一般について記載されたも
のであって,前記①及び②の要件をいずれも欠くものであり,Medical
Tribune(雑誌)の記事は,被告会社が,掲載に要する費用を負担し,対
談や記事のテーマを提示したとしても,対談や記事の具体的な内容につい
ては,それぞれ対談や記事の発表を行ったがん専門医らが自らの文責にお
いて,専門的知見に基づく医学論文として掲載するものであるから,これ
をもって被告会社が行った広告に当たるということはできない。
インタビューフォームは,添付文書等の情報を補完し,薬剤師等の医療
従事者に対して情報を提供するための総合的な医薬品解説書であり,日本
病院薬剤師会が定めた記載要領に基づいて作成される文書であるし,患者
等に対する同意文書や説明文書は,医師等が患者に対してイレッサの効
果,効能,その治療内容等について説明をする際に使用する媒体の一つに
とどまることから,いずれも前記①の要件を欠くものである。
インターネット上の患者向けホームページ(エルねっと,iressa.com)
による情報の提供についてみると,iressa.comは,被告会社がイレッサを
処方されている患者とその家族に向けた情報を提供するサイトであり,エ
ルねっとは,西日本胸部腫瘍臨床研究機構(WJTOG)と被告会社の協
力により運営されている,肺がんの啓発のためのサイトであって,いずれ
もその内容が,前記①の要件を満たすものと認めるに足りない。
なお,新聞報道については,被告会社からのプレスリリースに基づくも
のであるとはいえ,各新聞社がその責任において記事の内容を決定してい
るものであるから,新聞記事の内容そのものが,被告会社による薬事法所
定の広告に当たるものということはできない。
エ以上によれば,原告らが指摘する,専門家を利用した雑誌の対談記事の
発表,学会発表の結果のプレスリリース,学術情報の提供等については,
いずれも薬事法66条ないし68条にいう「広告」に当たるものと認める
に足りない。
(2)製造物責任法上の指示・警告上の欠陥との関係について
ア原告らの主張
原告らは,被告会社によるイレッサの広告宣伝が,薬事法66条ないし
68条所定の虚偽・誇大な広告の禁止,承認前の広告の禁止,抗がん剤等
医療用医薬品の一般人への広告の規制に違反するとした上,広告宣伝が有
する製品の品質保証機能に着目し,広告宣伝は,指示・警告上の欠陥の内
容を構成するが,広告宣伝の情報提供媒体としての影響力の大きさにかん
がみれば,広告宣伝につき,医薬品の有効性及び安全性について正確な情
報が提供されていない場合には,製造物責任法上,指示・警告上の欠陥と
は別に,広告宣伝上の欠陥にも当たる旨主張する。
イ製造物責任法上,当該製造物が通常有すべき安全性を欠くか否かについ
ては,「当該製造物の特性,その通常予見される使用形態,その製造業者
等が当該製造物を引き渡した時期,その他当該製造物にかかる事情を考慮
して」判断するとされており(同法2条2項),同条は,製造物の欠陥に
起因する事故の被害者の保護を図ることを目的とするものであるから,薬
事法の広告の規制に関する上記規定は,使用者の安全性確保を目的として
いる点において,製造物責任法の上記趣旨と共通するから,薬事法の広告
の規制に関する上記各規定に反して広告がされたことにより,副作用によ
る被害が発生したような場合には,上記薬事法に反してされた広告が,製
造物責任法上の欠陥の判断の有力な事情となるものと解することも可能で
ある。
しかし,前記(1)のとおり,原告らが指摘する専門家を利用した雑誌の
対談記事の発表,学会発表の結果のプレスリリース,学術情報の提供等
は,いずれも薬事法66条ないし68条にいう「広告」に当たるものと認
めることはできず,また,イレッサの医薬品としての品質を保証する趣旨
の表示であると解することもできないから,原告らの上記主張は,その前
提を欠き,失当である。
ウ以上によれば,被告会社による薬事法に反する広告がされたことを前提
に,製造物責任法上,指示・警告上の欠陥とは別に,広告宣伝上の欠陥に
も当たるとする原告らの上記主張は,いずれも採用することができない。
6販売上の指示に関する欠陥について
(1)全例調査を条件としなかったことについて
ア原告らは,全例調査(全例登録調査)の目的は,新たに承認された医薬
品の安全性を確保するとともに,適正使用を促すことにあるとした上,イ
レッサでは全例調査が実施されなければ安全性を確保できなかったにもか
かわらず,全例調査が指示されなかったため,早期の副作用情報の提供に
より安全性を確保し,慎重な使用を確保することができなかったから,イ
レッサは,製造物責任法上,医薬品として通常有すべき安全を欠き,販売
上の指示に関する欠陥がある旨主張する。
イ前記第5の5(2)オの認定事実のとおり,イレッサについては,承認条
件とされた市販直後調査が行われ,全例調査は行われなかった。
ウ原告らが実施すべきであったと主張する全例調査とは,市販後調査のう
ち,製造業者等が,診療において,医薬品を使用する患者の条件を定める
ことなく,副作用による疾病等の種類別の発現状況並びに品質,有効性及
び安全性に関する情報その他の適正使用情報の把握のために行う使用成績
調査の調査方法の一つである(GPMSP省令2条3項)。
使用成績調査の主な目的は,①未知の副作用(特に重要な副作用につい
て),②医薬品の使用実態下における副作用の発生状況,③安全性又は有
効性等に影響を与えると考えられる要因を把握することであるとされてい
る。(市販後調査ガイドライン3項)
エところで,イレッサについて実施された市販直後調査は,前記第5の5
(2)エの認定事実のとおり,平成12年に市販後調査の一つとして新設さ
れた制度であり(GPMSP省令2条2項),①新医薬品を対象として,
②販売開始直後の6か月間において,③当該医薬品の慎重な使用を繰り返
し促すとともに,重篤な副作用等が発生した場合,その情報を可能な限り
網羅的に把握し,必要な安全対策を講じるために実施されるものである。
市販直後調査の主たる目的は,新医薬品の販売開始直後において,医療
機関に対し確実な情報提供,注意喚起等を行い,適正使用に関する理解を
促すとともに,重篤な副作用等の情報を迅速に収集し,必要な安全対策を
実施し,副作用等の被害を最小限にすることとされている。
オこのように,医療機関に対し確実な情報提供,注意喚起等を行い,適正
使用に関する理解を促すとともに,重篤な副作用等の情報を迅速に収集
し,必要な安全対策を実施することを主たる目的とした制度は,市販後調
査のうちの市販直後調査であって,市販直後調査が承認条件の一つとさ
れ,実際に行われたのであるから,市販直後調査に加え又はこれに代えて
使用成績調査としての全例調査を行う必要性があったと認めることはでき
ない。
また,使用成績調査の主たる目的は,副作用情報等の安全性に関する情
報を中心に適正使用情報を収集するというものであって,医療機関に対す
る情報提供による適正使用の理解を促し,安全性を確保することは,その
副次的な効果にとどまるというべきであるから,使用成績調査としての全
例調査が行われなかったことにより上記のような副次的な効果が挙げられ
なかったことをもって,当該医薬品が通常有すべき安全性を欠いていたと
いうことはできない。
したがって,使用成績調査としての全例調査が義務付けられずにイレッ
サが販売されたことをもって,イレッサが,販売時において,医薬品とし
て通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
カ原告らは,第4回ゲフィニチブ検討会におけるSの説明(丙K6の13
〔15頁〕)から,全例調査が実施される基準は,①承認の前提となった
臨床試験データが基本的に海外のものであって,日本人のデータが少ない
ときに,日本人のデータを早期に収集するため実施する場合,②使用方法
が難しい場合,細胞毒性が強いときに,重篤な副作用が予測される場合に
副作用情報を早期に収集するために実施する場合であるとした上,イレッ
サは,①承認前の臨床試験における安全性に関する日本人データは133
例しかなく,②そのドラッグデザインから肺毒性が予測され,臨床試験や
EAPにおける症例では現実に間質性肺炎の症例が死亡例を含めて何例も
確認されていたこと等から重篤な副作用が予測される等の場合に該当した
から,全例調査を条件としなければならない場合に該当した旨主張する。
しかし,上記Sのゲフィニチブ検討会における説明は,過去に全例調査
がされた医薬品の事例について紹介したものというのであり(S証人主尋
問〔47頁〕),全例調査がされた医薬品の類似点を挙げたものにとどま
るというべきであって,過去において,前記①及び②のような場合に全例
調査が行われたという事実をもって,将来においても,前記①及び②のよ
うな場合には必ず全例調査がされるべきであるということはできない。ま
た,Sは,前記①の日本人のデータが少ない場合とは,承認までに国内臨
床試験で20ないし30例程度しか症例が集まらない希少疾病用医薬品
(オーファンドラッグ)を指す旨証言し(S証人反対尋問〔8∼9
頁〕),これは,前記第5の5(2)オ認定のとおり,平成12年以降,使
用成績調査が希少疾病用医薬品等で治験の症例数の収集が困難な場合の安
全性の把握等に重点を置くこととされたこととも整合する。そして,イレ
ッサについては,承認前の国内臨床試験(治験)における安全性に関する
日本人のデータが133例あったというのであるから,上記①の場合に当
たるものということはできない。さらに,上記②の使用方法が難しい場
合,細胞毒性が強いときに,重篤な副作用が予測される場合に当たるかと
いう点については,イレッサは,EGFR阻害剤という分子標的治療薬で
あって細胞毒性は少ないと考えられていたのであり,間質性肺炎の発症の
程度についても,少なくとも承認時においては,他の抗がん剤に比して特
段の注意を払う必要があることをうかがわせる情報はなかったというべき
であるから,上記②の場合に当たるものと認めるに足りない。
キ原告らは,全例調査が承認条件として義務付けられていた①イリノテカ
ン,②TS−1,③A型ボツリヌス毒素製剤・ボトックス注100,④塩
酸セレギリン錠,⑤リネゾリド錠,⑥インフリキシマブ製剤,⑦注射用キ
ヌプリスチン・ダルホプリスチン,⑧レフルノミド製剤,⑨注射用タラポ
ルフィンナトリウム,⑩三酸化ヒ素製剤,⑪ゾレドロン酸水和物注射液,
⑫静注用ベルテポルフィン,⑬オキサリプラチン注射用との比較において
も,イレッサについて,全例調査が行われるべきであった旨主張する。
しかし,上記薬剤のうち抗がん剤は,①イリノテカン,②TS−1,⑨
注射用タラポルフィンナトリウム,⑩三酸化ヒ素製剤のみであって,その
余の医薬品は,効果,効能が異なる医薬品であることが認められる(甲P
20,甲P21,甲P23ないし32〔各枝番を含む〕)。例えば,③A
型ボツリヌス毒素製剤・ボトックス注100は,平成5年に眼瞼痙攣,片
側顔面痙攣,痙性斜頸という3つの疾病で希少疾病用医薬品(オーファン
ドラッグ)の指定を受け,平成8年に上記のうち眼瞼痙攣について使用成
績調査を行うこと等を条件として承認され,平成11年に追加承認,適応
の拡大の際にも使用成績調査が条件とされた薬剤であることが認められ
(甲P30[枝番号1・2]),抗がん剤とは効果,効能が異なるもので
あることに加え,希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)であってイレ
ッサとは治験における症例数の規模が異なっていたというのである。した
がって,上記医薬品のうち抗がん剤以外の医薬品(上記③ないし⑧,⑪な
いし⑬)について使用成績調査が行われたことをもって,抗がん剤である
イレッサについても使用成績調査が行われるべきであったということはで
きない。
次に抗がん剤について検討する。
①イリノテカンは,平成6年1月に承認された抗がん剤であり,治験時
(効能追加時を含む)において1245例に投与され因果関係が否定でき
ない死亡症例が55例認められるなど骨髄機能抑制や高度の下痢などの重
篤な副作用が認められたことから,平成7年9月に承認事項の一部変更
(効能の追加)がされた際に全例調査が承認条件とされたものであること
が認められる(甲P12,甲P20[枝番号1∼3])。このように,市
販直後調査制度が導入された平成12年より前に全例調査が行われたもの
であって,市販直後調査が行われたイレッサとは前提となる市販後調査制
度の選択肢が異なっていたものである。これに加え,治験時(効能追加時
を含む)における55例の死亡症例を含む重篤な副作用の発生が問題とさ
れ,その発生機序を早期に解明する必要性があったという事情があったも
のであって,治験時における重篤な副作用の発生症例数が限定的であった
イレッサとはその前提状況が異なっていたというべきである。
②TS−1は,平成11年に承認された抗がん剤であり,同年3月から
平成12年3月までの間に全例調査が行われたものであること,フッ化ピ
リミジン系の抗癌剤であり,5−FU(フルオロウラシル)の血中濃度を
高めて作用を増強するよう設計された点においてソリブジンと類似してい
たこと,海外での臨床試験データがなかったこと等が認められる(甲F3
6,甲P81,乙I3[枝番号1〔3,4頁〕],乙I13[枝番号12
〔4,5頁〕])。このように,市販直後制度が導入された平成12年よ
り前に全例調査が行われたものであって,市販直後調査が行われたイレッ
サとは前提となる市販後調査制度の選択肢が異なっていたものである。こ
れに加え,イレッサとは治験における症例数の規模も異なっていた。
⑨注射用タラポルフィンナトリウムは,殺細胞性抗がん剤ではなく,光
線力学的療法(PDT)用剤であり,PDTが,レーザー装置を使用し治
療後の一定期間は紫外線対策が必要とされる特殊な治療方法であることに
加え,国内臨床試験の症例数は49例にとどまるものであり,承認後の使
用例数も少ないと予測されていたことが認められ(甲P27[枝番号1,
2〔44頁〕],乙H41〔114∼115頁〕,乙I9〔10∼12
頁〕),経口薬のイレッサとは異なる特殊な治療方法に用いられる薬剤で
ある上,イレッサとは治験における症例数の規模が異なっていたものであ
る。
⑩三酸化ヒ素製剤については,浜松医科大学で行われた日本人における
14症例の臨床研究があるにとどまり,国内治験が行われていなかったこ
とが認められ(甲P28[枝番号1,2〔73頁〕]),イレッサとは治
験の条件や症例数の規模が異なっていた。
以上の通りであるから,前記①②⑨⑩の抗がん剤について全例調査が行
われたこととの比較において,イレッサについても全例調査を行うべきで
あったということはできない。
(2)添付文書に使用限定を付けなかったことについて
ア原告らは,使用限定は,薬剤の使用方法や使用医師・医療機関を限定す
ることによって,可及的に副作用の危険の低減を図ることを目的とするも
のであり,イレッサについては,添付文書において,「抗がん剤について
の十分な知識と経験を持つ医師・病院による投与」,「一定期間の入院管
理」等の使用限定を指示する必要があったとした上,これがされないまま
販売されたことにより,安易に使用され,副作用被害が拡大したのである
から,イレッサは医薬品として通常有すべき安全を欠き,販売上の指示に
関する欠陥がある旨主張する。
イ前記第5の1(4)エ認定のとおり,平成14年12月に改訂されたイレ
ッサの第4版添付文書では,警告欄に,「急性肺障害や間質性肺炎が本剤
の投与初期に発生し,致死的な転帰をたどる例が多いため,少なくとも投
与開始後4週間は入院またはそれに準ずる管理の下で,間質性肺炎等の重
篤な副作用発現に関する観察を十分に行うこと。」,「本剤は,肺癌化学
療法に十分な経験をもつ医師が使用するとともに,投与に際しては緊急時
に十分に措置できる医療機関で行うこと。」との記載が追加され,使用限
定がされた。
ウこの使用限定は,前記4(4)イ(ア)の認定・判断のとおり,平成14年1
2月までの副作用報告を踏まえた安全性検討会における検討の結果,イレ
ッサによる間質性肺炎の特徴として,審査のときの予想をはるかに超える
市販後の間質性肺炎の発症があり,他の抗がん剤による肺障害とは異な
り,審査時には発現していなかった投与初期(2∼3週間目)に発現し,
致死的な転帰をたどる例が多いこと等が明らかになったことから,その必
要性が認識されたものであって,同年7月の第1版添付文書が作成された
時点においても,同年10月に改訂された第3版添付文書が作成された時
点においても,上記事情は未だ判明していなかったものといわざるを得な
い。
エ原告らは,①ビスダイン静注用15㎎,②レザフィリン・注射用レザフ
ィリン100㎎,③エピペン注射液0.3㎎・エピペン注射液0.1㎎,
④ボトックス注は,使用医を限定することが承認条件とされていたなどと
して,イレッサについても使用限定がされるべきであったし,また,非小
細胞肺がんにおいてプラチナ製剤と併用される標準的な治療薬である⑤パ
クリタキセル,⑥ゲムシタビン,⑦イリノテカン,⑧ビノレルビン,⑨ド
セタキセル,⑩アムルビシンは,各添付文書において,緊急時に十分に対
応できる医療機関での使用,がん化学療法に十分な経験を持つ医師の使用
などに限定することとされ,その全てに使用限定が付されていたなどとし
て,イレッサについても使用限定が必要であった旨主張する。
しかし,前記①ないし④の薬剤のうち,抗がん剤は②レザフィリン・注
射用レザフィリン100㎎のみであって,その余は,効果,効能が異なる
医薬品であることが認められるから(甲P48∼54),上記①,③,④
の医薬品について使用限定が承認条件とされたことをもって,イレッサに
ついても使用限定がされるべきであったということはできない。また,②
レザフィリン・注射用レザフィリン100㎎は,光線力学的療法(PD
T)用光感受性物質であり,PDTが,レーザー装置を使用することから
レーザー照射部位の適切な判断,的確な照射等,有効性及び安全性の確保
のために,内視鏡技術等に十分な知識と経験を積んだ医師による実施が必
要であったという特殊性があったことから使用医の限定がされたものと認
められるから(甲P51〔2頁〕),経口薬であるイレッサとは薬剤の使
用方法が異なるものであったというべきである。
また,上記⑤ないし⑩の抗がん剤は,前記第5の1(6)の認定事実のと
おり,いずれも国内臨床試験において,治療関連死あるいは薬剤との関係
が否定できない死亡例が複数報告されたものであり,また,重篤な骨髄機
能抑制や白血球減少に起因する重篤な副作用の発生が報告されていたこと
から,使用限定がされたものである。これに対し,イレッサは,経口薬で
あり,従前の殺細胞性の抗がん剤とは異なり,血液毒性がほとんど見られ
ないこと等,副作用は比較的軽いと認識されていたものであるから,承認
当時においては,必ずしも一定期間入院して服用する必要性はないと考え
られたものである。平成14年7月や同年10月当時の医学的,薬学的知
見を基準にすると,第1版添付文書や第3版添付文書において,上記使用
限定がされなかったことはやむを得ないものというべきである。
以上によれば,第1版添付文書や第3版添付文書において上記使用限定
がされなかったことにより,イレッサが,製造物責任法上,医薬品として
通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
(以下余白)
第7被告会社の不法行為責任について
1イレッサを販売したことによる過失責任について
(1)有用性の主張立証責任について
ア原告らは,被告会社は,有用性についての多くの情報を独占的に保有
し,原告らとの間には情報量や調査能力において格段の差があることや,
当該医薬品の輸入承認を受けている以上,本来,有用性を立証する資料を
十分に有しているべきであることなどからすれば,公平の観点から,有用
性の主張・立証責任は被告会社が負い,当該医薬品に有用性が認められる
ことが違法性阻却事由に当たる旨主張する。そして,原告らにおいて,被
告会社の安全性確保義務違反(注意義務違反)として,被告会社がイレッ
サにより重篤な間質性肺炎等の急性肺障害の発症又はそれによる死亡とい
う損害が発生することを予見し得たにもかかわらずイレッサを販売し,こ
れにより上記副作用被害が生じたことを主張立証した場合には,被告会社
において,当該医薬品に有用性があったことを主張立証した場合にのみ違
法性が阻却されると主張する。
しかし,民法の不法行為に基づく損害賠償請求権の発生原因事実につい
ては被害者が主張立証責任を負い,被害者において,損害の発生に加え,
損害の発生につき加害者に故意又は過失があることについても主張立証責
任を負うとされている。医薬品は何らかの副作用が発生する危険が不可避
的に伴うものであり,製薬会社が医薬品について副作用の発生を予見し得
た場合であっても,効果,効能と副作用とを比較考量した結果,なお有用
性を肯定し得る場合には,当該医薬品を販売してはならないとの不作為義
務を負うものではない。
したがって,本件においても,イレッサを販売したことによる被告会社
の過失責任を問うためには,原告らにおいて,イレッサが医薬品として有
用性を欠くこと及びイレッサにより副作用被害を生じさせることを,被告
会社が予見し得たにもかかわらずこれを販売したことについて,主張立証
する責任を負うものと解するのが相当であるから,原告らの前記主張を採
用することはできない。
イ原告らは,東京地方裁判所平成19年3月23日判決・判例時報197
5号52頁(C型肝炎東京訴訟判決)が,有用性の主張立証責任につき,
事実上の推定により,実質的にその主張立証責任を被告側に求める考え方
を採っているとした上,仮に,有用性がないことの立証責任を原告らが負
担するとしても,(ア)「有効性がないこと」の立証の内容は,有効性が科
学的に証明されていないことで足りるというべきであるし,また,(イ)
「有用性がないこと」の立証は,①被告の調査・研究が適切かつ十分なも
のではなかったこと,②被告の調査・研究から有効性を上回る危険性がな
いと判断することが科学的に妥当ではないことの証明で足りる旨主張す
る。
前記第6の1(1)の認定・判断のとおり,非小細胞肺がんの抗がん剤
は,その性質上,死亡を含む重篤な副作用の危険を伴う薬剤であるといわ
ざるを得ない。しかし,医薬品の有用性は,その効果,効能と副作用との
比較考量によって判断されるのであるから,副作用の発症やその程度が重
篤なものであることをもって,直ちに当該抗がん剤の有用性の欠如,すな
わち製造物の欠陥の存在を推認し得るとの経験則の存在を認めることはで
きないことには,論理上疑問の余地はない。したがって,効果,効能を手
術不能又は再発非小細胞肺がんとする抗がん剤の不法行為に基づく損害賠
償の過失の判断において,急性肺障害や間質性肺炎の副作用が発症し,そ
の副作用の程度が重篤であるとの事実から,直ちに当該抗がん剤が有用性
を欠くことを事実上推認することはできない。
また,被告会社のイレッサを販売したことによる不法行為責任を問うに
は,原告らにおいて,平成14年7月時点(イレッサの販売時)を基準
に,イレッサの有用性を欠くことを主張立証する必要があるところ,平成
14年7月時点におけるイレッサの有用性の判断は前記第6の2(1)イ(ア)
のとおりであって,平成14年7月当時の医学的,薬学的知見を基準に,
旧ガイドラインのⅡ相承認の制度を前提に,一般臨床試験によって腫瘍縮
小効果(抗腫瘍効果)を代替評価項目として有効性を評価し,著しく有害
な副作用がないかを比較考量して判断するべきものであるから,原告らの
前記主張を採用することはできない。
(2)有用性を欠く医薬品を販売したことによる過失責任について
前記(1)のとおり,被告会社のイレッサを販売したことによる過失責任に
ついては,原告らにおいて,平成14年7月当時,イレッサが医薬品として
の有用性を欠くこと及び被告会社においてイレッサが医薬品としての有用性
を欠き,副作用被害を生じさせることを予見しながら販売したことについて
主張立証する責任を負うところ,前記第6の2(2)イのとおり,平成14年
7月時点において,イレッサは,セカンドライン治療のみならずファースト
ライン治療においても有用性が認められるから,原告らの,イレッサを販売
したことによる過失責任についての主張は,その余の点について判断するま
でもなく理由がない。
2安全性確保措置を怠ったことによる過失責任について
(1)原告らは,安全性確保措置を怠ったことによる過失責任として,被告会社
に,製造物責任法上の責任として,①指示・警告上の欠陥,②適応拡大によ
る欠陥,③広告宣伝上の欠陥,④販売指示上の欠陥(使用限定を怠ったこ
と)があることを前提に,上記責任が認められる以上,当然に,不法行為と
しての,①指示・警告を怠ったことによる過失責任,②適応拡大による過失
責任,③広告宣伝による過失責任,④販売上の指示(使用限定)を怠ったこ
とによる過失責任が認められる旨主張する。
(2)指示・警告を怠ったことによる過失責任について
ア前記第6の4のとおり,第1版添付文書とともに流通におかれたイレッ
サについては,販売時において,指示・警告の内容が不十分なまま販売さ
れたことが製造物責任法上の指示・警告上の欠陥に当たるものと認められ
る。
亡M,亡N,原告Lとの関係においては,上記のとおり,イレッサが指
示・警告上の内容が不十分なまま販売されたことが製造物責任法上の指
示・警告上の欠陥に当たるものとして,被告会社に製造物責任が認められ
る以上,販売時において指示・警告を怠ったことによる不法行為責任につ
いて,判断する必要はない。
イ亡Oについてみると,前記第3章第2の3,第5章第5の6(3)のとお
り,亡Oに対してイレッサを投与することが決まったのは平成14年10
月15日であり,同日,緊急安全性情報が出されるとともに,イレッサの
第3版添付文書の内容が改訂され,同日中に,被告会社の担当のMRは,
亡Oが治療を受けていた国立h病院の薬剤部,呼吸器科,内科を訪問して
緊急安全性情報について説明し,亡Oはその後の同月23日からイレッサ
の服用を始めたというのである。したがって,亡Oとの関係においては,
第3版添付文書とともに流通におかれたイレッサの指示・警告上の欠陥の
存否が問題になるところ,前記第6の4(5)のとおり,第3版添付文書と
ともに流通におかれたイレッサは,製造物責任法上の指示・警告上の欠陥
があったものと認めるに足りない。
そして,前記第6の4(5)のとおり,第3版添付文書とともに流通にお
かれたイレッサは,同月15日時点において,医療現場の医師等が場合に
よっては重篤な間質性肺炎が発症する可能性があることを誤解なく理解す
ることが可能となっていたものと認められ,医療現場の医師等に対して危
険性の認識の程度に齟齬が生じない程度の適切な注意喚起がされたものと
いうべきであるから,被告会社が,亡Oとの関係において,第3版添付文
書とともに流通におかれたイレッサにつき必要な指示・警告を怠ったもの
と認めるに足りず,指示・警告を怠ったことによる過失があったというこ
とはできない。
(3)その他の過失責任について
前記第6の3,5,6(2)のとおり,被告会社には,製造物責任法上の責
任として,②適応拡大による欠陥,③広告宣伝上の欠陥,④販売指示上の欠
陥(使用限定を怠ったこと)はいずれも認められないから,原告らの,②適
応拡大による過失責任,③広告宣伝による過失責任,④販売上の指示(使用
限定)を怠ったことによる過失責任に関する主張は,その前提を欠き,いず
れも理由がない。
3イレッサ販売開始後の過失責任について
(1)原告らは,被告会社のイレッサ販売後の不法行為責任として,被告会社
は,医療機関等から迅速に情報を収集した上,添付文書の改訂,緊急安全性
情報の配布,その周知徹底などの安全性確保のための手段・方法を講じるべ
き義務を負っていたにもかかわらず,これに違反し,平成14年10月15
日まで緊急安全性情報を発することなく,間質性肺炎等による死亡被害を拡
大させた旨主張する。
(2)ア亡M,亡N,原告Lとの関係においては,前記第6の4のとおり,イレ
ッサが指示・警告上の内容が不十分なまま販売されたことが製造物責任法
上の指示・警告上の欠陥に当たるものとして,被告会社に製造物責任が認
められる以上,このような製造物責任とは別に,同責任に加えて,販売後
において必要な警告等を怠ったという不作為について不法行為責任を負う
ということはできない。
したがって,亡M,亡N,原告Lとの関係において,被告会社のイレッ
サ販売開始後の過失責任について,判断する必要はない。
イ亡Oとの関係においては,前記2(2)イのとおり,第3版添付文書とと
もに流通におかれたイレッサは,必要な指示・警告を怠ったものと認める
に足りない。
そして,前記2(2)イのとおり,第3版添付文書とともに流通におかれ
たイレッサは,平成14年10月15日時点において,医療現場の医師等
に対して危険性の認識の程度に齟齬が生じない程度の適切な注意喚起がさ
れたものというべきであるから,被告会社が,亡Oとの関係において,イ
レッサの販売が開始された同年7月以降,添付文書の改訂,緊急安全性情
報の配布,その周知徹底などの安全性確保のための手段・方法を講じるべ
き義務を怠ったものと認めるに足りず,イレッサ販売開始後の過失があっ
たものということはできない。
(以下余白)
第8被告国の責任について
1承認時の義務違反について
(1)承認の違法について
ア承認の違法に関する判断枠組み
(ア)有効性,有用性の主張立証責任
a原告らは,被告国が,医薬品の有効性,安全性にかかる情報を独占
するとともに,薬事法により課された責任を遂行するだけの専門的・
技術的知見を有する一方,原告らが,情報や専門性を有していないこ
とから,被告会社に対する不法行為責任において述べたのと同様に,
被告国が医薬品に有用性が存在することについて主張立証責任を負う
旨主張する。そして,その主張は,原告らにおいて,被告国の安全性
確保義務違反として,被告国がイレッサによる間質性肺炎等の急性肺
障害の発症又はそれによる死亡という損害が発生することを予見し得
たにもかかわらずイレッサを承認し,これにより上記副作用被害が生
じたことを主張立証した場合には,被告国において,当該医薬品に有
用性があったことを主張立証した場合にのみ違法性が阻却される旨の
主張であると解される。
bしかし,原告らは,厚生労働大臣がイレッサを承認した行為が国家
賠償法上違法であるとして,同法1条1項に基づく損害賠償責任を主
張するものであり,同項所定の損害賠償請求権の発生原因事実につい
ては原告らが主張立証責任を負うと解されるから,原告らにおいて,
公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他
人に損害を加えたことを主張立証する責任を負うというべきである。
そして,前記第4の1(3)のとおり,厚生労働大臣がしたイレッサの
承認行為が,医薬品の有用性を欠くという観点から国家賠償法上違法
であるというためには,厚生労働大臣が,薬事法所定の輸入承認権限
の行使において,承認をしてはならない法的義務に違反したこと,す
なわち同法14条2項1号ないし2号所定の承認拒否事由があるにも
かかわらず,これを承認したと認められることが必要である。
なお,医薬品の承認は,厚生労働大臣の高度の専門的裁量にゆだね
られており,厚生労働大臣は,同法14条2項各号以外にも承認を与
えない場合がある。通達上,そのような場合として,例えば,(1)医
薬品等の名称,形状等が他の医薬品や食品等との誤用,混同を招くお
それがあるとき,(2)有効成分を2以上含有する医薬品(配合剤)で
あって,その使用目的に照らし,配合の合理的理由が認められないと
き,(3)添付資料に不備があり,相当の期間内にその不備が補正され
ないとき又は添付資料に虚偽の記載があるときが挙げられているが
(「薬事法の一部を改正する法律の施行について」昭和55年4月1
0日薬発第483号厚生省薬務局長通知・乙D24〔第1の1〕),
これらは,市販された場合に医療現場に混乱をもたらすと考えられる
ものや,薬事法所定の承認手続を遵守する意思がないと考えられるも
のであって,医薬品の有用性の評価判断にかかわるものではない。
c以上によれば,イレッサの承認行為が,医薬品の有用性を欠くため
に国家賠償法上違法であるというためには,原告らにおいて,イレッ
サの輸入承認が,平成14年7月当時の医学的,薬学的知見の下で,
客観的に見て,①当該医薬品が効能,効果を有すると認められないこ
と,又は,②効能,効果に比して著しい有害作用があるため使用価値
がないと認められることを主張立証する責任を負うものと解するのが
相当である。
(イ)医薬品の承認審査における基準及び国の裁量
a原告らは,医薬品の承認審査における有用性の有無は,判断時にお
ける最高の学問水準に照らして客観的に定まる性質のものであり,ま
た,医薬品の有効性及び安全性を確保し,もって国民の生命及び健康
を保護するという薬事法の趣旨にかんがみても,承認行為及びその前
提となる有用性の審査につき行政裁量はない旨主張する。
b前記第3章第6の1及び2のとおり,薬事法上,厚生労働大臣は,
医薬品の承認権限を有し(同法23条,14条1項),承認拒否事由
(同法14条2項各号)が法定されているほか,承認審査資料(14
条3項前段)が法定され,これを審査する専門家によって構成される
組織(医薬品機構,審査センター)並びに厚生労働大臣の諮問機関
(薬事・食品衛生審議会)が設置され,厚生労働大臣は,これらの組
織による調査結果や,必要に応じて得る諮問機関からの答申を得た
後,承認の可否を決定するとされている(同法14条4項,6項,1
4条の2,同法施行令1条の5)。
このような薬事法の諸規定は,厚生労働大臣による医薬品の承認が
専門的裁量によるものであることを前提に,その評価方法について要
件を明示するとともに,審査資料の信頼性を確保し,審査手続に専門
性を有する組織・機関を関与させることにより,厚生労働大臣による
承認の判断の合理性を確保したものと解するのが相当である。
このように,厚生労働大臣による医薬品の承認は,専門性を有する
組織・機関による技術的な評価判断を基にしてされるものである上,
薬事法14条2項2号所定の医薬品の有用性の判断は,疾病の種類,
代替可能な他の治療薬や治療方法の存在等をも考慮し,当該医薬品の
効能,効果に比して著しい有害作用があるため使用価値がないと認め
られるか否かを判断するものであって,その効能,効果と副作用との
比較考量による専門的,総合的判断であるから,同号所定の要件の判
断は,厚生労働大臣の専門技術的裁量にゆだねられているものという
べきである。
したがって,厚生労働大臣がした薬事法14条2項所定の承認拒否
事由に当たらないとの判断の適否は,その判断に不合理な点があった
か否かという観点から評価されるべきである。すなわち,承認当時
(平成14年7月時点)における医学的,薬学的知見を前提に,審査
基準やその審査の過程に不合理な点があった場合には,これを基に行
われた厚生労働大臣の判断は,国家賠償法上違法であると判断される
と解するのが相当である。
cところで,前記第6及び第7のとおり,製造物責任法上の欠陥の有
無に係る当該医薬品の有用性,あるいは不法行為に基づく損害賠償請
求における過失の前提としての当該医薬品の有用性の判断は,平成1
4年7月時点(販売時点)における医学的,薬学的知見を基準とした
客観的な判断であり,疾病の種類,代替可能な他の治療薬や治療方法
の存在等をも考慮し,当該医薬品の有効性と安全性とを比較考量した
ものである(なお,現時点における医学的,薬学的知見を基準とした
有用性が認められることは,平成14年7月時点における有用性を推
認する間接事実になる。)。
そして,平成14年7月時点(承認時点)において,同時点におけ
る医学的,薬学的知見を基準に,当該医薬品に客観的に有用性が認め
られる場合には,厚生労働大臣がした当該医薬品が薬事法14条2項
所定の承認拒否事由に当たらないとの判断は,厚生労働大臣の専門技
術的裁量を考慮するまでもなく適法であって,当該医薬品の承認行為
が国家賠償法上違法とはいえないというべきである。
イ承認の違法(不作為義務違反)について
(ア)有用性を欠く承認の違法について
a原告らは,平成14年7月当時,旧ガイドラインにおける腫瘍縮小
効果を代替評価項目として有効性を評価することを前提とした承認制
度において,イレッサは,IDEAL各試験の結果等による有効性の
見込みと危険性とを比較すれば,有効性が欠如し又は危険性が有効性
を上回るものであり,また,イレッサ承認後の事情から平成14年7
月当時におけるイレッサの有用性を評価し,承認後における有効性及
び安全性に関する諸事情を考慮すれば,イレッサは,少なくとも「手
術不能又は再発非小細胞肺がん」という適応との関係では,有効性が
欠如し又は危険性が有効性を上回るものであるから,有用性があると
はいえない旨主張する。
しかし,前記第4の3(1)ウのとおり,イレッサは,承認時点(平成
14年7月時点)において,副作用として間質性肺炎を発症する危険
があり,症例によっては致死的となる可能性は否定できないものの,
その重篤度が従来の抗がん剤一般を超えるとはいえない状況にあった
というのであり,また,イレッサは,セカンドライン治療において
は,従来の非小細胞肺がんの抗がん剤と同等の有効性があり,従来の
化学療法で治療効果を得られなかった患者に対しても治療効果を得る
ことができることがあっただけでなく,従来の殺細胞性抗がん剤にお
いて多くみられた血液毒性などの重大な副作用がみられないこと等か
ら新たな治療の選択肢となるものであったというのである。
また,前記第4の3(2)のとおり,現時点においても,イレッサには
有用性が認められるところ,イレッサは,承認時から現時点までの
間,医薬品の客観的性状に変化がないのであるから,現時点における
イレッサの有用性により承認時におけるイレッサの有効性を推認する
ことができる。
以上によれば,イレッサは,承認時点(平成14年7月時点)にお
いて,当時の医学的,薬学的知見を基準に,客観的に有用性が認めら
れるから,厚生労働大臣がしたイレッサが薬事法14条2項所定の承
認拒否事由に当たらないとの判断は,その余の点について判断するま
でもなく,国家賠償法上違法であるということはできない。
b原告らは,イレッサの承認審査について,Ⅱ相承認の必要性の観点
から,①第Ⅲ相試験の結果が出るまでに相当の時間がかかると見込ま
れること,②承認時までに第Ⅲ相試験に関する適切な臨床試験計画が
具体的に存在し実施計画書(プロトコール)が提出されていることと
いう要件が必要であり,また,許容性の観点から,③その時点までの
諸情報を総合的に検討して,有効性が肯定される相当の見込みがあ
り,延命効果に関する否定的な情報がないこと,④当該抗がん剤に高
度の安全性が認められることという要件が必要であり,これらの要件
の1つでも欠く場合には,Ⅱ相承認は許容されないとした上,イレッ
サについては,上記①ないし④のいずれの要件も満たさないから,被
告国には,イレッサが有用性を欠く(Ⅱ相承認の要件を欠く)のに承
認した違法がある旨主張する。
しかし,前記第2の2(3)のとおり,平成14年7月当時,抗がん剤
の承認審査については,Ⅱ相承認は,その必要性が高く,その内容も
当時の医学的,薬学的知見に照らして合理性があったというべきであ
り,旧ガイドラインのⅡ相承認の考え方を基準に,当時の医学的,薬
学的知見に基づき,一般臨床試験によって腫瘍縮小効果を代替評価項
目として有効性を評価し,有効性と安全性とを比較考量して総合評価
して有用性を評価することには,合理性があったというべきである。
そうすると,原告らが主張する上記①ないし④のⅡ相承認の要件が必
要であるとする積極的理由はないから,旧ガイドラインとは異なる独
自の要件を設定する原告らの主張を採用することはできない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの上
記主張には理由がない。
(イ)適応拡大(ファーストラインにおける使用,他剤あるいは放射線治療
との併用療法)による承認の違法について
a原告らは,ファーストラインにおける使用,他剤あるいは放射線治
療との併用療法について,治験の選択基準に該当せずあるいは除外基
準に該当するから,承認時において,治験によってこれらの有用性は
確認されていなかったにもかかわらず,適応を「非小細胞肺がん(手
術不能又は再発例)」と定めて,ファーストラインでの使用や,他剤
や放射線治療との併用使用をも適用範囲としたことは,有用性を欠き
違法である旨主張する。
bしかし,放射線治療との併用使用に関する原告らの主張は,前記第
6の3(1)のとおり,本件患者らの中に放射線療法との併用療法を受
けた者はいないことなどから,その余の点について判断するまでもな
く理由がない。
また,ファーストラインでの使用については,前記第6の3(2)のと
おり,平成14年7月当時,ファーストライン治療におけるイレッサ
の有用性については臨床試験で直接検証されておらず,ファーストラ
イン治療において積極的に使用すべき状況にはなかったが,IDEA
L1試験の結果は,ファーストライン治療における奏効率の高さを予
測させるものであったこと等に加え,承認後の第Ⅲ相試験(IPAS
S試験及びNEJ002試験)において,無増悪生存期間に関して,
ファーストライン治療においても標準的治療法である併用療法に対す
る優越性が示され,延命効果があることが推認されたこと等から,承
認時においても,ファーストライン治療における有用性を推認するこ
とができる。
以上によれば,イレッサは,平成14年7月当時,ファーストライ
ン治療においても客観的に有用性はあったものというべきであるか
ら,原告らの上記主張には理由がない。
(2)安全確保義務懈怠による承認と規制権限不行使の違法について
ア判断枠組みについて
(ア)安全確保義務懈怠による承認の違法(第1次的主張・不作為義務違
反)について
a原告らは,厚生労働大臣が,イレッサの承認に際し,①添付文書の
指示・警告に関する記載内容を指導しないまま承認した行為,②市販
後全例調査(全例調査)を義務付けないまま承認した行為,③使用限
定(入院ないしそれに準じる管理下での使用,肺がん化学療法に十分
な経験を持つ医師による使用,投与に際して緊急時に十分に措置でき
る医療機関での使用等の使用限定)を付さないまま承認した行為を問
題とし,これらはいずれも薬事法14条の承認行為における有用性の
判断の誤りであって,承認行為の違法性の問題であるから,同法79
条所定の承認条件の問題や規制権限不行使の問題ではなく,裁量権の
消極的濫用論が問題になる場面ではない旨主張する。
bしかし,前記①(添付文書の指示・警告に関する記載内容を指導し
ないまま承認した行為)については,医薬品の承認審査における有用
性の評価は,薬事法上,評価方法や承認拒否事由が明示され(同法1
4条1項,2項),承認審査資料が法定されるとともに(同法14条
3項,同法施行規則18条の3第1項1号),承認審査の手続に審査
手続に専門性を有する機関を関与させること等の手続が規定されてお
り(同法14条4項,6項,14条の2,同法施行令1条の5),前
記第5の4(1)のとおり,承認審査資料には,医薬品の添付文書ある
いは添付文書(案)は含まれていない。昭和54年10月1日法律第
56号による薬事法の改正において,承認拒否事由とともに承認審査
資料が法定される際に,添付文書の記載内容が承認の対象とされなか
ったのは,添付文書の記載内容を承認の対象とすると,その改訂につ
き承認の取り直しが必要となり,新しい情報に即した機敏な対応がで
きなくなることから,添付文書の記載内容は承認の際にその内容を指
導することとしたとされている(第87回国会衆議院社会労働委員会
議事録第15号(昭和54年5月9日)・U政府委員答弁)。
そうすると,医薬品の承認における有用性の判断は,化学物質とし
ての医薬品の有効性と安全性を比較考量して判断されるものであっ
て,薬事法上,添付文書の記載内容を有用性の判断の要素として考慮
することは予定されていないというほかなく,厚生労働大臣が,添付
文書の内容の適正について関与するとしても,薬事法14条に基づく
医薬品の承認行為とは別に,承認の際に,同法52条ないし54条に
基づき行政指導を行なうことが予定されているにとどまるというべき
である。
なお,以上のような薬事法上の有用性の評価判断の枠組みは,製造
物責任法上,指示・警告上の欠陥が,医薬品そのものの有効性と安全
性との比較考量による有用性の評価に加え,添付文書に記載された指
示・警告による情報をも含めて,当該医薬品の欠陥の有無(通常有す
べき安全性を欠くか否か)を評価判断することが予定されていること
とは異なるものであるが,製造物責任法が,製造業者等の危険責任,
報償責任及び消費者保護の観点から,欠陥のある医薬品を販売した製
造業者等に厳格な第一次的責任を負わせるものであるのに対し,薬事
法は,製造業者等が医薬品の安全性確保について第一次的責任を負う
ことを前提に,国が医薬品の有効性及び安全性の確保のために薬事行
政上必要な規制を行うことを目的とするものである点において,製造
物責任法とは目的を異にするものであるから,薬事法が予定する医薬
品の承認における有用性の判断のための制度の枠組みが,製造物責任
法上の医薬品の欠陥の判断枠組みと異なることが不合理であるという
ことはできない。
また,前記②(全例調査を義務付けないまま承認した行為)につい
ては,前記第5の5(1)及び(2)の認定事実のとおり,全例調査は,市
販後調査としての使用成績調査の一つの方法であり,使用成績調査の
結果は承認後一定期間を経た後に再審査を受ける際の再審査の申請資
料となることが予定されているものであって,未知の副作用,医薬品
の使用実態下における副作用の発生状況の把握,安全性又は有効性等
に影響を与えると考えられる要因を把握することを目的として行われ
るものであるから(薬事法14条の4第4,6項,77条の3第1
項),承認後に使用成績調査を行うか否かということが,承認時にお
ける同法14条1項,2項に基づく有用性の評価の要素として予定さ
れているということはできない。なお,厚生労働大臣は,承認時に全
例調査の指示を行うことも可能であり,その場合,同法79条所定の
承認条件とすることや行政指導を行うことが考えられるが,これらは
同法14条所定の承認行為とは異なる法的根拠に基づくものである。
さらに,前記③(使用限定を付さないまま承認した行為)について
は,入院ないしそれに準じる管理下での使用,肺がん化学療法に十分
な経験を持つ医師による使用,投与に際して緊急時に十分に措置でき
る医療機関での使用等の使用限定は,薬事法上に根拠があるものでは
ない。前記(1)ア(イ)の認定・判断のとおり,医薬品の承認行為につい
ては,薬事法14条1項,2項において,評価方法や承認拒否事由が
明示され,医薬品の承認における有用性の判断は,当該医薬品の薬剤
そのものについての有効性と安全性を比較考量して判断されるもので
あるから,前記の使用限定を行うか否かは,承認時における同法14
条1項,2項に基づく有用性の評価の要素として予定されていないと
いうべきである。なお,厚生労働大臣が,これらの指示を行うとすれ
ば,同法79条所定の承認条件とすることや行政指導を行うことが考
えられるが,これらが同法14条所定の承認行為とは異なる根拠に基
づくものであることは,前記②の場合と同様である。
c以上によれば,原告らの前記主張は,いずれも採用することはでき
ない。
(イ)副作用による被害を回避するために必要な規制権限の不行使の違法
(第2次的主張・作為義務違反)について
a厚生労働大臣の規制権限を行使すべき義務について
(a)原告らは,厚生労働大臣が,医薬品の承認等に関して安全性確保
義務を負うことから,①添付文書の指示・警告に関する記載内容を
指導しなかったこと,②全例調査を義務付けなかったこと,③使用
限定(入院ないしそれに準じる管理下での使用,肺がん化学療法に
十分な経験を持つ医師による使用,投与に際して緊急時に十分に措
置できる医療機関での使用等の使用限定)を付さなかったことにつ
いて,副作用による被害を回避するために必要な規制権限を行使し
なかった違法があった旨主張する。
そして,国民の生命健康という重大な法益の保護を目的とする規
制権限については,その行使に関する裁量の幅は狭く捉えられるべ
きであるから,権限の不行使が許容限度を逸脱しているか否かは,
ⅰ)被侵害法益が重要であること,ⅱ)行政庁が危険を予見すること
が可能であること,ⅲ)当該権限の行使によって危険を回避し得るこ
と,ⅳ)当該権限の行使が国民から期待されることとの観点から総合
的に判断するのが相当であるとするとして,国民の生命健康という
重大な法益侵害を予見することができ,上記権限を行使すればその
結果を回避することが可能で,その権限を行使することが期待され
た状況であれば,その権限の不行使に合理性を認めることはでき
ず,厚生労働大臣は上記権限を行使すべき義務があり,その不行使
は国家賠償法上違法となる旨主張する。
(b)しかし,国家賠償法1条1項にいう公務員の行為の違法とは,公
務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反するこ
とをいうものと解するのが相当であるところ,公務員による規制権
限の不行使という不作為が国家賠償法上違法であるというために
は,当該規制権限の不行使によって損害を受けたと主張する個別の
国民との関係において,当該公務員に規制権限を行使すべき作為義
務が認められ,当該公務員が上記作為義務に違反したと認められる
ことが必要である。
本件において,原告らが主張する厚生労働大臣の上記規制権限に
ついてみると,厚生労働大臣は,使用限定の指示は,薬事法14
条,79条に基づき,承認条件として,又は行政指導として行うこ
とができ,全例調査の指示は,同法14条の4第4及び第6項,7
7条の3第1項,79条に基づき,承認条件として,又は行政指導
として行うことができ,添付文書の記載内容の指示は,同法52条
ないし54条に基づき行政指導として行うことができるものと解さ
れる。そして,承認条件を付すことは承認という行政処分の附款で
あり,薬事法上,一定の要件が法定されているが,裁量が認められ
るものと解され,また,行政指導についてみると,厚生労働大臣が
行政指導を行う根拠となり得る条文はあるが,具体的にどのような
場合に行政指導を行うかについては,薬事法上要件は法定されてお
らず,厚生労働大臣の広い裁量にゆだねられているものと解され
る。そうすると,上記各規制権限の存在から,直ちに,厚生労働大
臣が上記各規制権限を行使すべき作為義務が生じるということはで
きない。
(c)したがって,厚生労働大臣の裁量が認められる上記各規制権限の
不行使については,原則として,作為義務は発生せず,当時の医学
的,薬学的知見の下において,上記権限の性質等に照らし,当該規
制権限を行使しないことが許容される限度を逸脱して著しく合理性
を欠くと認められる場合には,これを行使すべき作為義務が認めら
れ,その不行使は国家賠償法上違法となるものと解される(クロロ
キン判決参照)。
(d)なお,厚生労働大臣は,薬事法1条に基づき医薬品につき安全性
確保義務を負うということはできるが,薬事法上,同法1条は目的
規定であって,厚生労働大臣が具体的な各種規制権限を行使するた
めの根拠となり得る条文は,前記(b)のとおり個別に定められている
のであるから,上記目的規定に基づく安全性確保義務は抽象的な義
務にとどまるというほかなく,このような抽象的義務から直ちに具
体的な作為義務が生ずるということはできない。
また,本件では,前記第6の1(1)のとおり,非小細胞肺がんの抗
がん剤は,その性質上,一定の死亡を含む重篤な副作用の危険を伴
う薬剤であるといわざるを得ないが,前記第8の1(1)アのとおり,
非小細胞肺がんの抗がん剤の承認等についても,薬事法上,厚生労
働大臣には専門技術的裁量が認められるのであるから,このような
性質を有する抗がん剤に係る規制権限の不行使が問題になる場面に
おいて,原告らの上記主張のように,国民の生命健康という重大な
法益の保護を目的とする規制権限が問題とされていることをもっ
て,直ちに厚生労働大臣の規制権限の行使に関する裁量が収縮する
と解することはできない。
b規制権限不行使の違法に関する主張立証の内容について
(a)原告らは,薬害事件において,国家賠償法上の違法を判断するに
際し,職務行為基準説(国家賠償法上の違法とは,公務員が個別の
国民に対して負担する職務上の法的義務違反であるとの見解)の適
用はないとし,仮に職務行為基準説の適用があるとしても,一般
に,公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然
と行為をした場合には当該行為は違法と評価されるべきであるか
ら,本件において,原告らは,厚生労働大臣がイレッサ使用の安全
性を確保するために通常尽くすべき注意義務を尽くしていなかった
こと,本来採るべき措置を採っていなかったことを主張立証すれば
足りる旨主張する。
(b)しかし,前記aのとおり,厚生労働大臣の薬事法に基づく規制権
限の不行使が問題となる国家賠償請求における国家賠償法上の違法
の解釈において,国家賠償法1条1項にいう公務員の行為の違法と
は,公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反
することをいうものと解する見解が否定されるべき理由はない。
そして,前記aのとおり,薬事法は,医薬品の安全性の確保をも
目的としているものであるから(同法1条),同法に基づく各種規
制権限の行使により国民が受ける利益は,反射的利益ではなく法的
保護に値する利益であると認められる。そうすると,厚生労働大臣
に規制権限の不行使につき作為義務違反が認められる場合には,当
該行為は国家賠償法上違法になるところ,上記作為義務の発生につ
いて厚生労働大臣の裁量が問題になり,当該規制権限を行使しない
ことが著しく合理性を欠くと認められる場合には,規制権限を行使
すべき作為義務が認められ,その不行使は国家賠償法上違法となる
ものと解すべきであって,原告らの主張する上記判断枠組みを採用
することはできない。
イ添付文書の指示・警告に関する義務違反について
(ア)原告らは,厚生労働大臣は,承認時において,致死的な間質性肺炎の
副作用が起きることを認識しており,イレッサの副作用としての間質性
肺炎は,使用上の注意通達の基準によれば,警告欄において明らかにす
べきであったにもかかわらず,イレッサの添付文書に不十分な記載しか
なかったことにつき何ら指導をしなかったことについて,規制権限の不
行使の違法がある旨主張する。
(イ)aしかし,前記ア(ア)bのとおり,薬事法上,医薬品の添付文書は承
認審査資料でもなく,医薬品の添付文書の記載内容は,承認審査の対
象とはされておらず,承認の際に必要に応じて行政指導をすることが
予定されているにとどまる。そして,医薬品の添付文書の記載内容に
関して厚生労働大臣が行う行政指導は,薬事法上,医薬品の添付文書
の記載事項,記載上の留意事項,記載禁止事項が法定されており(同
法52条ないし54条),これらの規定により厚生労働大臣に上記行
政指導を行う権限が与えられているということができるが,これらの
規定は厚生労働大臣が上記行政指導をすべき要件を具体的に定めたも
のではない。加えて,医薬品の添付文書とは,医薬品の提供を受ける
患者の安全を確保し適正使用を図るため,その時点において得られた
情報と医学的,薬学的水準に照らし,医師等に対して必要な情報を提
供するものであって,これにどのような記載をすべきかの判断には専
門的技術的判断が必要であることからすれば,厚生労働大臣が添付文
書の記載内容につき具体的な行政指導を行うべき時期,内容,程度等
は,厚生労働大臣の自由裁量にゆだねられているものというべきであ
る。
したがって,前記ア(イ)aのとおり,医薬品の添付文書の記載内容に
関して厚生労働大臣が行う行政指導につき,厚生労働大臣の作為義務
違反の問題が生ずるのは,裁量権の逸脱濫用に当たる場合,すなわち
行政指導をしなかったことが当時の医学的,薬学的知見の下におい
て,その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる
場合に限られるものと解するのが相当である。
b本件においては,前記第5の4(2)認定のとおり,被告会社が,承
認申請時に提出した添付文書案に副作用として間質性肺炎に関する記
載をしなかったのに対し,厚生労働大臣は,被告会社に対し,承認時
までに,添付文書の「重大な副作用」欄に間質性肺炎を記載するよう
実際に行政指導を行った。
したがって,本件において問題となるのは,厚生労働大臣が既に行
った行政指導の内容が,その許容される限度を逸脱して著しく合理性
を欠くと認められるといえるか,すなわち,厚生労働大臣が,承認時
において,被告会社に対し,イレッサによる間質性肺炎を「重大な副
作用」欄に記載するよう求めた行政指導が,その許容される限度を逸
脱して著しく合理性を欠くと認められる程度に不十分であり,厚生労
働大臣に,イレッサによる間質性肺炎を「警告」欄に記載するよう行
政指導すべき作為義務が生じていたといえるかである。
(ウ)a前記第5の4(2)イの認定事実によれば,承認審査の過程におい
て,被告会社は,審査センターの求めに応じて,平成14年2月8日
から同年4月4日までの間に,間質性肺炎等と診断された副作用報告
例として,国内臨床試験の3症例(国内臨床試験3症例)及び海外の
7症例(海外7症例)を報告し,審査センターは,国内臨床試験3症
例の臨床経過を確認した結果,いずれも症状が軽快した後に死亡した
症例であるものの,間質性肺炎の発症にイレッサが関与し,症例によ
っては致死的となる可能性は否定できないと判断し,また,海外7症
例については,その証拠価値をも考慮した上,承認用量(250㎎/
日)で間質性肺炎が発症し,症例によっては致死的となる可能性は否
定できず,少なくとも既存の抗がん剤と同程度の間質性肺炎が発症す
る可能性はあると判断したものと認められる。
そして,前記第1の3(1)及び第5の4(2)イの認定によれば,審査
センターは,イレッサが,その副作用が従来の抗がん剤と比べると軽
微な薬剤であり,比較的安易に用いられることが懸念される経口薬で
あると認識しており,イレッサによる間質性肺炎を副作用として添付
文書において指摘し,医師等に対して注意喚起する必要があると判断
したものと認められる。
これに対し,前記第1の3(1)及び第5の4(2)イの認定のとおり,
被告会社は,承認申請時に審査センターに提出した添付文書案には間
質性肺炎についての記載をせず,審査センターからのイレッサと間質
性肺炎との関連性に関する意見照会に対しても,国内3症例等を挙
げ,間質性肺炎の報告は病勢進行に伴うもので,イレッサが間質性肺
炎を誘導する可能性は低いとの回答を行ったもので,間質性肺炎をイ
レッサの副作用として添付文書に記載すること自体について消極的な
意見を有していたものと推認される。そして,被告会社は,承認前
に,厚生労働大臣の行政指導により間質性肺炎を「重大な副作用」欄
に記載することには応じたものの,本件訴訟においても,承認時にお
いて,イレッサによる間質性肺炎を,添付文書の「警告」欄に記載す
る必要はなかったもので,「重大な副作用」欄に記載することで十分
であった旨主張している。
また,前記第5の1(3)及び4(2)イの認定によれば,使用上の注意
通達上,医薬品の添付文書の「重大な副作用」欄に記載する副作用
は,重篤度分類通知のグレード3(患者の体質や発現時の状態等によ
っては,死亡又は日常生活に支障をきたす程度の永続的な機能不全に
陥るおそれのあるもの。)に相当する副作用が想定されていたことか
ら,厚生労働大臣は,イレッサによる間質性肺炎の上記副作用情報
は,通達に定められた添付文書の記載内容を前提とする限り,使用上
の注意通達にいう「重大な副作用」に相当するものであって,同通達
にいう「警告」(致死的又は極めて重篤かつ非可逆的な副作用が発現
する場合,又は副作用が発現する結果極めて重大な事故につながる可
能性があって,特に注意を喚起する必要がある場合)として記載する
必要はないものと判断した結果,被告会社に対し,間質性肺炎を添付
文書の「重大な副作用」欄に記載するよう行政指導をしたものと認め
られる。
なお,前記第3の2(2)イ(ウ)及び前記第5の1(6)の認定のとおり,
既存の抗がん剤であるイリノテカン,ドセタキセル,パクリタキセ
ル,ゲムシタビン,ビノレルビン,アムルビシンは,いずれも副作用
として間質性肺炎が発症することが判明しており(国内治験における
発症率は,1.0ないし4.9%),イリノテカン,ドセタキセル,
パクリタキセル等では,市販後に間質性肺炎による死亡例が報告され
ている。上記抗がん剤のうち添付文書の警告欄に間質性肺炎の記載が
あるものは,イリノテカン(第3版添付文書),ゲムシタビン(第1
版添付文書),アムルビシン(第1版添付文書)であり,ドセタキセ
ル(第6版添付文書),パクリタキセル(第1版添付文書),ビノレ
ルビン(平成11年11月改訂の添付文書)の各添付文書の警告欄に
は間質性肺炎の記載はない。
b製造物責任上の指示・警告上の欠陥の判断においては,前記第6の
4(1)のとおり,添付文書の記載内容に加え,医薬品の販売時の,間
質性肺炎に関する医学的,薬学的知見の内容,医療現場の医師等に対
して提供されていた情報の内容,医療現場の医師等の認識をも併せ考
慮し,当該医薬品を安全かつ適正に使用するために必要な情報が提供
されていたか否かが判断されるべきである。そして,これを前提にす
ると,前記第6の4(4)のとおり,承認時までの副作用報告におい
て,イレッサとの関連性が否定できない間質性肺炎を発症し,致死的
な転帰をたどる例が報告されていたとの事実や同事実から認識すべき
危険性を医療現場の医師等に対して正確に伝えるためには,イレッサ
については,間質性肺炎を第1版添付文書の重大な副作用欄に記載
し,重要なものとして最初に記載するとともに,イレッサとの関連性
が否定できない間質性肺炎が致死的な転帰をたどることについても警
告欄に記載して注意喚起を図るのが相当であり,このような注意喚起
が図られないまま販売されたことは,抗がん剤として通常有すべき安
全性を欠いていたものといわざるを得ず,指示・警告上の欠陥がある
ものと認められる。
そして,このような判断によれば,厚生労働大臣が,承認時におい
て,被告会社に対し,イレッサによる間質性肺炎を「重大な副作用」
欄に記載するよう行政指導したにとどまったことは,添付文書に関す
る行政指導という規制権限行使の内容において,必ずしも万全なもの
であったとはいい難いというべきである。
cしかし,国家賠償法上の違法性の判断においては,厚生労働大臣
に,承認時において,イレッサによる間質性肺炎を「警告」欄に記載
するよう行政指導すべき作為義務が生じていたといえるか否かを,前
記(イ)の判断枠組みから検討する必要がある。
前記aの事情,特に,イレッサによる間質性肺炎は,症例によって
は致死的となる可能性は否定できないが,少なくとも既存の抗がん剤
と同程度の間質性肺炎が発症する可能性があるにとどまると判断され
ていたこと,副作用として間質性肺炎が発症することが判明している
既存の抗がん剤の添付文書には,警告欄に間質性肺炎の記載があるも
のとないものとがあったこと,使用上の注意通達によれば,医薬品の
添付文書の「重大な副作用」欄に記載する副作用としては,患者の体
質や発現時の状態等によっては,死亡に至る副作用が想定されてお
り,これにより,医療現場の医師等の適切な配慮により副作用の被害
防止を図ることができるとの見解も存在し得たこと等からすれば,厚
生労働大臣が,イレッサによる間質性肺炎を「重大な副作用」欄に記
載しただけでは,イレッサが,医療現場の医師等により,間質性肺炎
に関する警戒がないまま広く用いられ,その結果,死亡を含む重篤な
副作用が発症するという危険が現実化するおそれがあるということ
を,高度の蓋然性をもって認識することができたとまでいうことはで
きない。
また,行政指導は,法的拘束力を有するものではなく,あくまで相
手方の任意,自発的な協力,同意を期待して行われるものであるとこ
ろ,前記aのとおりの被告会社の消極的対応に鑑みれば,承認時にお
いて,厚生労働大臣が間質性肺炎を「警告」欄に記載するよう行政指
導したとしても,被告会社が任意にはこれに応じなかったであろうこ
とを推認することができ,そうすると,厚生労働大臣が,間質性肺炎
を「警告」欄に記載するよう行政指導したとしても,イレッサが,間
質性肺炎に関する警戒がないまま広く用いられ,死亡を含む重篤な副
作用が発症するという結果を回避することができたということはでき
ない。
d前記第6の4(1)のとおり,製造物責任上の指示・警告上の欠陥の
判断においては,添付文書の記載に加え,医薬品の販売時の,間質性
肺炎に関する医学的,薬学的知見の内容,医療現場の医師等に対して
提供されていた情報の内容,医療現場の医師等の認識をも併せ考慮
し,当該医薬品を安全かつ適正に使用するために必要な情報が提供さ
れていたか否かが判断されるべきである。
これに対し,厚生労働大臣が行う添付文書の記載に関する行政指導
については,上記の製造物責任法における解釈と同様に解する考え方
もあり得る一方で,医薬品の添付文書の記載内容については製造業者
等が厳格な第一次的責任を負うことを前提に,薬事法令上の添付文書
の規定との適合性を審査し,後見的に指導を行うにとどまるものであ
るから,上記の製造物責任法上の指示・警告上の欠陥の判断方法とは
異なり,添付文書の記載内容と薬事法令及び使用上の注意通達等との
適合性のみを判断する方法を採るべきであるとの考え方もあり得るも
のというべきである。
そうすると,厚生労働大臣が後者の考え方を前提に,前記のとお
り,イレッサにより間質性肺炎を発症し,症例によっては死に至る可
能性があることを否定できず,少なくとも既存の抗がん剤と同程度の
間質性肺炎が発症する可能性はあるとの情報を提供するためには,
「警告」欄に記載する必要はなく,「重大な副作用」に記載すること
で足りると判断し,被告会社に対し,イレッサによる間質性肺炎を
「重大な副作用」欄に記載するよう行政指導をしたことは,当時の医
学的,薬学的知見の下においては,一応の合理性を有するものという
ことができ,その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとい
うことはできない。
(エ)以上によれば,承認時において,厚生労働大臣に,イレッサによる間
質性肺炎を「警告」欄に記載するよう行政指導すべき作為義務が生じて
いたものと認めるに足りないから,原告らの添付文書の指示・警告に関
する規制権限の不行使の違法の主張は,その余の点について判断するま
でもなく,理由がない。
ウ使用限定に関する義務違反について
(ア)原告らは,厚生労働大臣が,承認時において,致死性の間質性肺炎を
含む肺障害という重篤な有害事象の発生が予測されていたことや,通院
治療が可能な経口薬であったこと等からすれば,他の薬剤の例と比較し
ても,「抗がん剤についての十分な知識と経験を持つ医師・病院による
投与」,「一定期間の入院管理」等のような使用限定を付すべきであっ
たのに,これを付さなかったことについて,規制権限の不行使の違法が
ある旨主張する。
(イ)しかし,前記第6の6(2)のとおり,平成14年12月までの副作用
報告を受けて,安全性検討会における検討をした結果,承認当時の予想
をはるかに超える市販後の間質性肺炎の発症があり,イレッサによる間
質性肺炎の特徴として,普通の抗がん剤による肺障害とは異なり,審査
時には発現していなかった投与初期(2∼3週間目)に発現し,致死的
な転帰をたどる例が多いこと等が明らかになったものであって,これら
を踏まえて上記使用限定の必要性があることが判明したものと認められ
る。すなわち,同年7月の承認時においては,上記使用限定の必要性を
判断するために必要な前提事実としての上記間質性肺炎の特徴は,未だ
判明していなかったものといわざるを得ない。
(ウ)そうすると,厚生労働大臣が,承認に際し,上記使用限定を付さなか
ったことが,当時の医学的,薬学的知見の下において,その許容される
限度を逸脱して著しく合理性を欠くものと認めるに足りない。
エ全例調査に関する義務違反について
(ア)原告らは,イレッサは,①承認前の臨床試験における安全性に関する
日本人データは133例しかなかったことから,承認の前提となった臨
床試験の日本人データが少ない場合に該当し,また,②そのドラッグデ
ザインから肺毒性が予測され,非臨床試験の段階からその毒性は示さ
れ,臨床試験やEAPにおける症例では現実に間質性肺炎の症例が死亡
例までもが何例も確認されていたことに加え,日本が世界初の承認であ
って,それまでの抗がん剤と異なって先行する海外での市販後の知見も
一切なかったこと等から,重篤な副作用が予測される等の場合に該当し
たこと等からすれば,厚生労働大臣は,承認時において,イレッサの効
果と安全性を確認するため,全例調査を義務付けるべきであったにもか
かわらず,これを行わなかったことについて,規制権限の不行使の違法
がある旨主張する。
(イ)しかし,前記第6の6(1)の認定・判断のとおり,医療機関に対し確
実な情報提供,注意喚起等を行い,適正使用に関する理解を促すととも
に,重篤な副作用等の情報を迅速に収集し,必要な安全対策を実施する
ことを主たる目的とした制度は,市販後調査のうちの市販直後調査であ
って,イレッサは,市販直後調査が承認条件の一つとされ,実際に行わ
れていたのであるから,このような事情からも,市販直後調査に加え又
はこれに代えて使用成績調査としての全例調査を行う必要性があったも
のと認めるに足りない。
また,使用成績調査の主たる目的は,副作用情報等の安全性に関する
情報を中心に適正使用情報を収集するというものであって,医療機関に
対する情報提供による適正使用の理解を促し,安全性を確保すること
は,その副次的な効果にとどまるというべきであるから,厚生労働大臣
に,上記のような副次的な効果を上げることを目的として,使用成績調
査としての全例調査を行うことを義務付けるべき作為義務が発生すると
いうことはできない。
(ウ)したがって,厚生労働大臣が,承認に際し,全例調査を義務付けなか
ったことが,当時の医学的,薬学的知見の下において,その許容される
限度を逸脱して著しく合理性を欠くものと認めるに足りない。
2承認後の安全性確保義務違反(規制権限の不行使)について
(1)判断枠組みについて
ア原告らは,厚生労働大臣は,医薬品の承認後においても,医薬品の副作
用情報を収集する等して医薬品の安全性を確保するために適切な措置を講
じ,あるいは製薬業者に安全性確保のための適切な措置を講じさせるべき
職務上の義務を負っており,承認後の安全性確保義務として,副作用情報
を収集すべき義務及びこれを前提に添付文書の改訂,緊急安全性情報の配
布等の安全性確保のための手段・方法を講じる義務を負っていたにもかか
わらず,上記規制権限を行使しなかった違法がある旨主張する。
そして,国民の生命健康という重大な法益の保護を目的とする規制権限
については,その行使に関する裁量の幅は狭く捉えられるべきであるか
ら,権限の不行使が許容限度を逸脱しているか否かは,ⅰ)被侵害法益が
重要であること,ⅱ)行政庁が危険を予見することが可能であること,ⅲ)
当該権限の行使によって危険を回避し得ること,ⅳ)当該権限の行使が国
民から期待されることとの観点から総合的に判断するのが相当であるとす
るとして,国民の生命健康という重大な法益侵害を予見することができ,
上記権限を行使すればその結果を回避することが可能で,その権限を行使
することが期待された状況であれば,その権限の不行使に合理性を認める
ことはできず,厚生労働大臣は上記権限を行使すべき義務があり,その不
行使は国家賠償法上違法となる旨主張する。
イ前記1(2)ア(イ)のとおり,国家賠償法上,公務員による規制権限の不行
使という不作為が国家賠償法上違法であるというためには,当該規制権限
の不行使によって損害を受けたと主張する個別の国民との関係において,
当該公務員に規制権限を行使すべき作為義務が認められ,当該公務員が上
記作為義務に違反したと認められることが必要である。
本件において,医薬品の承認後における厚生労働大臣の規制権限として
は,前記第5の5の認定のとおり,副作用報告制度,医薬品等安全情報報
告制度,市販後調査制度等により副作用情報を収集するとともに,これら
の副作用情報を医療現場に提供するため,添付文書の改訂(使用上の注意
の改訂),緊急安全性情報の配布による情報提供等が予定されており,厚
生労働大臣は,行政指導によりこれらの方法で情報提供を行わせることが
できるほか,緊急命令によりこれを行わせることができる(薬事法69条
の2)。
しかし,このような厚生労働大臣の薬事法上の権限行使の性質を考慮す
ると,厚生労働大臣は,問題となった副作用の種類,発現率及び予防方法
等を考慮した上,随時,相当と認められる措置を講じるべきであるという
ことはできるが,その種類,時期等の判断は,性質上,高度の専門技術的
判断を伴うものであるから,厚生労働大臣の当該時点における医学的,薬
学的知見に基づく広い裁量にゆだねられているというべきである。
したがって,厚生労働大臣による上記各規制権限の不行使については,
作為義務が生じないのが原則であって,当時の医学的,薬学的知見の下に
おいて,上記権限の性質等に照らし,その許容される限度を逸脱して著し
く合理性を欠くと認められる場合に,規制権限を行使すべき作為義務が認
められ,その不行使は国家賠償法上違法となるものと解するのが相当であ
る(クロロキン判決参照)から,原告らの主張は失当である。
また,前記1(2)ア(イ)のとおり,その性質上,一定の死亡を含む重篤な
副作用の危険を伴う薬剤である抗がん剤に係る規制権限の不行使が問題に
なる場面において,原告らの上記主張のように,国民の生命健康という重
大な法益の保護を目的とする規制権限が問題とされていることをもって,
直ちに厚生労働大臣の規制権限の行使に関する裁量が収縮するものと解す
ることはできない。
(2)承認後の安全性確保義務違反について
ア平成14年8月6日の死亡例の報告に基づく安全性確保義務及びその違

(ア)原告らは,厚生労働大臣は,①平成14年8月6日にイレッサによる
急性肺障害・間質性肺炎による死亡例(症例②)の報告を受けた時点
で,直ちに添付文書の改訂,緊急安全性情報の配布,その周知徹底等の
安全性確保のための手段・措置を講ずべき義務があった,又は②同日時
点で,(ア)被告会社に他に報告されている副作用症例(特に死亡症例)
の有無等を問い合わせ,(イ)症例報告につき情報が不足していると判断
する場合には,被告会社に対して報告医療機関から追加情報を入手して
報告するよう指示し,(ウ)他の医療機関に対して同様の副作用症例(特
に死亡例)の有無等を問い合わせるなどして情報収集をした上,上記情
報を入手することができた時点において,添付文書の改訂,緊急安全性
情報の配布,その周知徹底等の安全性確保のための手段・措置を講ずべ
き義務があった旨主張する。
(イ)しかし,前記第5の5認定のとおり,厚生労働大臣が,平成14年8
月6日までに,被告会社から副作用報告を受けていた症例は,別紙38
【承認後の副作用報告症例経過表(平成14年9月2日の時点で被告国
に報告された内容)】記載の症例①ないし⑦及び⑨の合計8例(うち死
亡例は2例)であり,症例経過の詳細な追加報告がされていたものはな
かったというのである。そして,症例②については,第1報として,イ
レッサの投与を受けた患者が,投与開始から8日目に急性肺障害を発症
し,その後死亡したとの報告がされていたにとどまり,詳細な経過は不
明であり,その一定期間後には副作用報告制度が予定する追加報告が予
定されていたというのであるから,上記追加報告を待って当該症例を分
析検討するとの判断が合理性を欠いていたということはできない。ま
た,承認時には,イレッサにより症例によっては致死的となる間質性肺
炎を発症する可能性は否定できないものの,既存の抗がん剤を超えると
考える根拠はないとの知見が存在しており,また,前記第3の2(2)ア
の認定事実によれば,承認当時,既存の非小細胞肺がんの抗がん剤(ビ
ノレルビン,ドセタキセル,イリノテカン,ゲムシタビン,パクリタキ
セル,シスプラチン等)の副作用死亡率は1ないし2%前後であるとさ
れていたというのであるから,イレッサの投与後に患者が死亡したとさ
れる症例1例が生じたとの事実は,上記承認時の医学的,薬学的知見と
異なるものではなかったというべきである。
(ウ)以上によれば,厚生労働大臣が,イレッサの承認後に,イレッサの投
与後に患者が死亡したとされる症例1例(症例②)の報告を受けた平成
14年8月6日時点において,直ちに添付文書の改訂,緊急安全性情報
の配布,その周知徹底等の安全性確保のための手段・措置を講じなかっ
たことや,同日時点において原告が主張する前記情報収集をするための
措置を講じなかったことが,当時の医学的,薬学的知見の下において,
厚生労働大臣に与えられた権限の性質等に照らし,その許容される限度
を逸脱して著しく合理性を欠くものと認めるに足りない。
イ平成14年9月2日の死亡例の報告に基づく安全性確保義務及びその違反
(ア)原告らは,遅くとも,症例②の追加報告を受けた平成14年9月2日
時点では,安全性検討会においてイレッサによる死亡例と判断された症
例報告書(丙K1[枝番号14])と同じ内容の情報を得ていたのであ
るから,添付文書の改訂,緊急安全性情報の配布,その周知徹底等の安
全性確保のための手段・措置を講ずべき義務があった旨主張する。
(イ)しかし,前記第5の6(1)ア(ウ)認定のとおり,厚生労働大臣が,同日
までに,被告会社から副作用報告を受けていた症例は,別紙38【承認
後の副作用報告症例経過表(平成14年9月2日の時点で被告国に報告
された内容)】記載の症例①ないし症例⑩のとおり,合計10例(うち
死亡例は6例)で,そのうち症例経過の詳細な追加報告がされていたも
のは2例(症例②,症例⑨)のみであり,他の症例はその後一定期間内
に副作用報告制度が予定する追加報告が予定されていたというのである
から,上記追加報告を待って上記他の症例を分析検討するとの判断に
は,一応の合理性があったというべきである。なお,平成14年8月2
9日までに被告会社が入手していた症例は,別紙37【承認後の副作用
報告症例経過表(平成14年8月29日の時点で被告会社に報告された
内容)】記載のとおりであって,前記の被告会社の被告国に対する副作
用報告の内容と大きく異なるものではない。また,厚生労働大臣は,症
例の詳細な経過報告を受けた場合であっても,これらの症例を,当時の
医学的,薬学的知見に照らして分析検討する必要があるから,その検討
結果を踏まえて,安全性確保のための措置を採る必要性の有無,時期,
内容等について意思決定をするためには,一定の期間を要するものとい
うべきである。
その後,前記第5の6(3)エ認定のとおり,審査センターは,被告会
社等からの副作用報告を受け,平成14年9月30日,被告会社に対
し,間質性肺炎の全症例リストを提出するよう指示し,厚生労働大臣
は,同年10月15日,被告会社に対し,添付文書の改訂を行うととも
に,緊急安全性情報を配布するよう行政指導を行ったというのである。
(ウ)以上によれば,厚生労働大臣が,症例②の追加報告を受けた平成14
年9月2日時点において,直ちに添付文書の改訂,緊急安全性情報の配
布,その周知徹底等の安全性確保のための手段・措置を講じなかったこ
と,さらに,同年10月15日に緊急安全性情報を配布するよう被告会
社に対して行政指導を行ったことが,その時期及び内容において,厚生
労働大臣に与えられた権限の性質等に照らし,その許容される限度を逸
脱して著しく合理性を欠くものであったと認めるに足りない。
ウその他の原告らの主張
(ア)原告らは,イレッサは,承認時において,既に重篤かつ致死的な急性
肺障害・間質性肺炎の副作用が明らかになり,副作用症例も相当程度蓄
積されるなど安全性の欠如が明らかになっていたことに加え,イレッサ
は,Ⅱ相承認であって,承認時には延命効果が証明されておらず,安全
性については厳格な評価が必要であったことを併せ考慮すると,被告国
は,承認後に前記ア(ア)及びイ(ア)のとおりの間質性肺炎による死亡例の
報告を受けた場合には,承認時に既に判明していた安全性の欠如をも併
せ考慮し,直ちに緊急安全性情報等による注意喚起を行うべきであった
旨主張する。
(イ)しかし,前記第6の4(4)ア(ア)認定のとおり,イレッサについては,
承認時において,症例によっては致死的となる間質性肺炎を発症する可
能性は否定できず,少なくとも既存の抗がん剤と同程度の間質性肺炎が
発症する可能性はあるとの知見が存在していたにとどまるから,承認時
において既にイレッサの安全性の欠如が明らかになっていたとの上記主
張は採用することができない。
また,前記1(2)イ認定のとおり,厚生労働大臣は,承認時に,上記
知見に基づいて,被告会社に対し,間質性肺炎を添付文書の「重大な副
作用」欄に記載するよう行政指導しており,上記承認時における厚生労
働大臣の対応は,当時の医学的,薬学的知見の下において,厚生労働大
臣に与えられた権限の性質等に照らし,その許容される限度を逸脱して
著しく合理性を欠くものであったと認めるに足りない。
そして,前記第3の4(6)アの認定のとおり,承認後,平成14年1
0月14日までに得られた被告会社からの副作用報告及び医療機関から
の医薬品等安全性情報報告によっても,副作用報告が28例,うち死亡
例が13例であり(別紙33【承認後の副作用報告情報入手日一覧表】
参照),これらの症例を全体としてみると,投与開始後早期に症状が発
現し,発症すると比較的早期に進行してステロイド投与にも反応せず重
篤化して死亡に至るものが多いという傾向がうかがわれたというのであ
って,同日までに得られた副作用情報等を総合して初めて,イレッサに
よる副作用の傾向が,前記の承認時における医学的,薬学的知見とは異
なることを認識できる可能性が生じたというべきであり,厚生労働大臣
は,同日までに得られた副作用情報等を検討した結果,同月15日,被
告会社に対し,添付文書の改訂を行うとともに,緊急安全性情報を配布
するよう行政指導を行ったものと認められる。
したがって,平成14年10月15日時点において,厚生労働大臣
が,上記規制権限を行使したことには,その時期及び内容において,一
応の合理性があったものというべきであり,14日までの時点におい
て,厚生労働大臣が,緊急安全性情報の配布等の措置を採らなかったこ
とが,厚生労働大臣に与えられた権限の性質等に照らし,その許容され
る限度を逸脱して著しく合理性を欠くものと認めるに足りない。
(以下余白)
第9本件患者らとの関係における因果関係及び損害
1はじめに
既に述べたとおり,平成14年7月(イレッサ承認)時において,亡M,亡
N及び原告Lとの関係では,イレッサの警告表示上の欠陥が認められる。
被告会社に対する損害賠償責任が認められるためには,イレッサの警告表示
上の欠陥と本件患者らの損害との間に因果関係が認められることが必要であ
る。本件においては,被告会社が適切な警告をせずにイレッサを販売したこと
と結果(亡M及び亡Nについては間質性肺炎の発症ないし既存の肺線維症の増
悪による死亡,原告Lについては間質性肺炎の発症)との間の因果関係が問題
となることから,両者の間に因果関係があるというためには,①亡M及び亡N
については,イレッサを投与されなかったとすれば,間質性肺炎等の発症ない
し既存の特発性肺線維症の増悪が生じることはなく,これらによって死亡する
ことはなかったこと,①’原告Lについては,イレッサを投与されなかったと
すれば,間質性肺炎等を発症することはなかったこと,②被告会社による指
示・警告がなされていれば,本件患者らに対してイレッサが投与されなかった
ことという要件が満たされる必要がある。
そこで,以下では本件患者らとの関係において,①亡M及び亡Nに関して
は,イレッサを投与されたことにより,間質性肺炎等を発症した又は既存の特
発性肺線維症等の増悪が生じて,これらにより死亡したか,①’原告Lに関し
ては,イレッサを投与されたことにより,間質性肺炎等又は既存の特発性肺線
維症等の増悪が生じたか(第1要件),②被告会社による指示・警告がなされ
ていれば,イレッサが投与されなかったか(第2要件)を検討する。
2因果関係の判断枠組み
(1)第1要件の判断枠組み
ア前提事実
(ア)イレッサによる間質性肺炎発症及び既存の間質性肺炎の増悪の危険性
aイレッサによる間質性肺炎発症の危険性
前記第3の4(6)認定のとおり,プロスペクティブ調査,WJTO
G研究報告及びコホート内ケース・コントロール・スタディの結果等
を総合すると,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度は5%前後であ
ったとされており,間質性肺炎を発症した患者の30∼40%は死に
至ったとされている。
また,イレッサによる間質性肺炎は,投与後早期に発症する例が多
く,中でも投与から2週間以内に発症する早期発症例では,間質性肺
炎発症から死亡までの日数が特に短く,投与から2∼4週間までに発
症する間質性肺炎による致死率も高いとされている(コホート内ケー
ス・コントロール・スタディの結果では,イレッサにおける間質性肺
炎発症の危険性は,他の化学療法群に比べて,治療開始後4週間以内
で高かったとされており(甲C4,丙E34[枝番号9],46,6
1),また専門家会議における最終報告では,早期発症例では41例
中26例が死亡しており(63.4%),そのうち13例(50%)
は発症後1週間以内に死亡しているのに対して,イレッサ投与開始か
ら間質性肺炎発症までの期間が2週間を越える遅発例では111例中
45例が死亡し(40.5%),そのうち8例(17.8%)は発症
後1週間以内に死亡した。(丙L2〔13,14頁〕))。他方で,
イレッサによって発症しうる間質性肺炎には,急性間質性肺炎のみな
らず,器質化肺炎COP様所見,急性好酸球性肺炎AEP様所見及び
過敏性肺炎HP・過敏性反応HRパターンを呈するものがあるとされ
ており,早期発症や短期間に急激に悪化するものに限られるものでは
ないとされている。
bイレッサによる既存の間質性肺炎の増悪の危険性
前記第3の4(6)エないしキ認定のとおり,プロスペクティブ調
査,WJTOG研究報告及びコホート内ケース・コントロール・スタ
ディの結果等のいずれにおいても,イレッサによる間質性肺炎の発症
危険因子として間質性肺炎の併発や既存の間質性肺炎が挙げられてお
り,専門家会議の最終報告において,イレッサ投与以前に特発性肺線
維症等の間質性肺炎の合併の有無について発症前後の検討が可能な症
例29例のうち,イレッサ投与以前の特発性肺線維症等の間質性肺炎
がある症例17例中死亡例が3例であった(死亡率17.6%)のに
対し,イレッサ投与以前の特発性肺線維症等の間質性肺炎がなかった
症例12例中死亡例が7例であった(死亡率58.6%)(丙L2
〔19頁〕)。
(イ)他の化学療法及び放射線治療による間質性肺炎発症等の危険性
前記第3の2(2)認定のとおり,新規抗がん剤に関する間質性肺炎の
発症頻度は,実地医療においては(括弧内は,それぞれの第Ⅱ相試験に
おける間質性肺炎発症頻度),ビノレルビンで1.4∼2.5%(3.
0%),ゲムシタビンで1.2∼1.4%(2.5%),イリノテカン
で0.9%(4.9%),ドセタキセルで0.6%(1.0%),パク
リタキセルで0.5%(3.7%)とされており,コホート内ケース・
コントロール・スタディの結果では,イレッサ以外の化学療法群(様々
な抗がん剤を含むが,多かったのはタキサン系抗がん剤とプラチナ製剤
の併用療法,ゲムシタビンとビノレルビンの併用療法であった。)にお
ける間質性肺炎発症率は2.09%であり,治療法間の患者背景の偏り
を調整した上でのイレッサによる間質性肺炎発症の相対リスクはその他
の化学療法の約3.23倍であったとされている(甲C4,丙E34
[枝番号9],46,61)。
また,放射線治療を受けた患者の8%程度が自覚症状を伴う間質性肺
炎を発症するとされている(乙H20)。
(ウ)病勢進行その他の原因による間質性肺炎発症の危険性
前記第3章第4の2(2)イのとおり,間質性肺炎は,原因不明の特発
性間質性肺炎とそれ以外のもの(原因が判明している間質性肺炎)とに
分類され,後者は全体の3分の1にすぎず,原因の判明している間質性
肺炎においても薬剤性間質性肺炎のみならず,放射線性や膠原病性など
様々な原因によって生じうる。
また,既存の特発性肺線維症を有する患者は,肺がんを併発しやすく
(がんの合併は,経過で10数%に及ぶ。),肺線維症の急性増悪とし
て間質性肺炎を発症することもある(甲H32,丙Eイ2[枝番号
4],丙H12)。
イ判断枠組み
前記ア認定の事実のとおり,イレッサによる間質性肺炎の発症頻度自体
は5%前後であり,他の抗がん剤よりも高く,イレッサによる間質性肺炎
は,他の抗がん剤と比較しても,投与開始から早期に発症することが多
い。しかし,間質性肺炎は,肺がんの病勢進行やその他様々な原因によっ
ても発症する可能性があり,他の原因(病勢進行や放射線治療など)に比
して発症頻度が高いとまではいえない。よって,イレッサと間質性肺炎と
の結びつきが強固であるとまではいえず,イレッサの投与の事実のみによ
って間質性肺炎の発症との因果関係が直ちに推認されるとはいえない。
また,イレッサは,特発性肺線維症等の基礎疾患を有する患者と同疾患
を有しない患者とを比較した場合には,同疾患を有する患者に対しては,
同疾患を有しない患者よりも間質性肺炎の発症又は既存の間質性肺炎の増
悪の危険性が高いが,同疾患を有する患者に対して投与した場合を想定し
た場合には,増悪の原因がイレッサに限らず,他の増悪原因に比べて,増
悪の危険が高いとまではいえない。よって,イレッサと特発性肺線維症等
の増悪との結びつきが強固であるとまではいえず,イレッサの投与の事実
のみによって既存の特発性肺線維症の増悪との因果関係が直ちに推認され
るとはいえない。
以上により,イレッサの投与の事実によって,本件患者らが間質性肺炎
等の発症ないし既存の特発性肺線維症の増悪を生じたこととの因果関係が
直ちに推認されるものではないのであるから,イレッサの投与によって,
本件患者らが間質性肺炎等を発症した又は既存の間質性肺炎若しくは特発
性肺線維症が増悪されたといえるか否かは,上記のイレッサによる間質性
肺炎発症及び既存の間質性肺炎の増悪の危険性の程度を勘案して,イレッ
サの投与から本件患者らの間質性肺炎の発症又は既存の間質性肺炎等の増
悪の経過から,個別に判断されなければならない。
なお,原告らは,集団的観察によって,イレッサ投与と間質性肺炎等の
発症との間に疫学的因果関係が認められた場合には,そのこと自体が,イ
レッサ投与歴のある患者の間質性肺炎等の発症とイレッサ投与との因果関
係が推定され,特段の事情がない限り,本件患者らにおけるイレッサ投与
と間質性肺炎等の発症との法的因果関係が認められるべきであると主張す
る。
なるほど,疫学的手法によるデータ資料の集積とそれによって得られる
結論は少なくとも経験則による推認を基礎付ける一事実としての意義があ
ると評価を受けるものであるといえるが,前記のとおり,間質性肺炎等の
疾患はイレッサ以外の他の様々な要因によって発症しうるものであり,そ
の結びつきが強固とまではいえず,個別的に判断せざるをえないのである
から,イレッサ投与と間質性肺炎等の発症との間に疫学的手法により一定
の関連性が認められるとしても,そのことのみにより法的因果関係が推認
されるということはできない。
(2)第2要件の判断枠組み
前記第4及び第6の4の認定・判断のとおり,イレッサの販売が開始され
た平成14年7月当時においては,1970年代後半以降の化学療法の進展
に伴い,手術不能又は再発の非小細胞肺がん患者に対してもプラチナ製剤や
新規抗がん剤により一定の治療効果を得られるようになっていたが,従来の
化学療法のうち最も効果の高いプラチナ製剤と新規抗がん剤との併用療法に
よった場合でも,奏功率は30∼40%であったが,生存期間を2か月程度
延長させるにとどまるものであった。従来の化学療法の副作用の面からみて
も,殺細胞性抗がん剤の副作用のうち最も重篤とされていた白血球減少につ
いても治療薬の進展に伴い,従来の化学療法が従前に比べれば安全に実施で
きるようになってきたが,血液毒性の危険性がなくなるものではなく,その
他にも多様な副作用の併発による危険性(副作用のために治療を中止するこ
とによるがんの進行も含む。)や,副作用によっては死に至る危険性が否定
できない状況にあった。そのため,手術不能又は再発の非小細胞肺がん患者
は,従来の化学療法による治療を受けることはできたものの,多様な副作用
による危険性や副作用により死に至る危険性が一定程度伴う状況に置かれて
いた。
他方で,イレッサは,従来の化学療法における殺細胞性抗がん剤とは作用
機序が異なる分子標的治療薬とされ,その作用機序には未解明な部分があ
り,臨床試験によりファーストライン治療における有効性及び安全性が直接
確認されておらず,実際には間質性肺炎という致死的な転帰をたどりうる重
篤な副作用があったにもかかわらず,多数の研究報告等によって,医療現場
においては,殺細胞性抗がん剤と比べて副作用が少ない抗がん剤として,特
に白血球減少などの血液毒性による副作用がなく,QOLを害する消化器毒
性などの副作用も軽微であり,主な副作用が皮疹等であると認識されるに至
っており,このような期待の下で,経口投与により投与可能であることから
も広範に用いられる危険性があった。
そうすると,平成14年7月当時においては,手術不能又は再発の非小細
胞肺がんにおいては十分とはいえないまでも治療上の選択肢があり,イレッ
サの使用される症例としては,主として,従来の化学療法におけるいずれの
抗がん剤によっても治療上の効果を得ることができないと予測される症例,
従来の化学療法による治療が困難な症例(全身状態が悪化している症例及び
高齢者の症例など)などが想定されていたというべきであり,他方で,イレ
ッサの副作用たる間質性肺炎は,従来の抗がん剤と同様に,致死的な転帰を
たどりうる重篤なものであり,消化器毒性などより重篤な副作用報告が多か
ったにもかかわらず,イレッサの添付文書第1版の「重大な副作用」欄で
は,症状の程度が軽度とされていた消化器毒性などが上位に記載され,間質
性肺炎は最後に記載されたにすぎないというのであるから,このことについ
て指示・警告がなされていれば,医師は少なくとも従来の化学療法よりも優
先してイレッサの投与を勧めたりはせず,また患者もイレッサの投与を同意
することはなく,イレッサは上記のような重篤な症例以外には使用されるこ
とはなかったと推認することができる。
3個別の因果関係を判断する上での医学的,薬学的知見
(1)亡M関係の因果関係を判断する上での医学的,薬学的知見(特発性肺線維
症の急性増悪)
特発性肺線維症の急性増悪に関する医学的知見は,証拠(丙Eイ1)及び
弁論の全趣旨によれば,次のとおり認められる。
特発性肺線維症は,通常慢性に経過するが,経過中に感冒り患をはじめ手
術,放射線療法,化学療法等の様々な侵襲を契機として急激に呼吸困難を増
悪し,胸部X線画像上の陰影の増悪等が認められることがある。このうち肺
炎や心不全等の明らかな原因が除外されたものが特発性肺線維症の急性増悪
であり,この場合には,臨床検査値であるKL−6やSP−Dの上昇がみら
れることが多く,胸部CT画像上では両側びまん性に濃度上昇域の増加が認
められる。
(2)亡N関係の因果関係を判断する上での医学的,薬学的知見(気胸)
気胸に関する医学的知見は,証拠(甲E92[枝番号4,5],丙Eイ1
〔8頁〕,2[枝番号6,7])及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり認
められる。
ア気胸の症状
気胸は,胸膜腔に空気が流入した状態である。
気胸による症状は,胸部違和感から胸痛,咳,呼吸困難に至るまで症状
が多彩である。肺に基礎疾患を有する患者における気胸(続発性気胸,後
記イ)は,原発性気胸に比べて残存肺機能が不良で呼吸不全を生じやす
く,重症であり,より早急で適切な処置が要求される。
肺のう胞が破裂し大量に空気が漏れた場合,肺は急速に虚脱し呼吸不全
となる。また空気漏れが軽度であっても肺機能が低ければ呼吸不全となり
やすい。
イ気胸の原因
気胸には,明らかな外傷を伴わない自然気胸,胸部の外傷に基づく外傷
性気胸と医原性気胸(診断や治療のための鎖骨下静脈カテーテル挿入,経
皮肺生検,経気管支肺生検,人工呼吸などに伴う気胸)などがある。
自然気胸には,限局性にのう胞(ブラやブレブ)を認める他は健常な肺
の患者に発症する気胸を原発性気胸といい,肺に基礎疾患を有するものを
続発性気胸という。
続発性気胸の原因疾患としては,慢性閉塞性肺疾患(肺気腫,ぜん息,
気管支拡張症など),肺感染症(肺結核など),肺線維症(特発性肺線維
症,サルコイドーシス,リンパ管筋腫症),遺伝性疾患,月経随伴性気胸
や肺悪性腫瘍(肺がんなど)がある。イレッサ投与中に気胸を発現した症
例も報告されている。また,複数の原因が重なることにより,気胸が発現
しやすくなると考えられている。
4本件患者らに関する判断
(1)亡M
ア亡Mの症状経過等
亡Mに関する症状経過等について,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認
められる事実は次のとおりである。
(ア)亡Mは,昭和8年4月27日に生まれ,昭和37年10月6日に原告
Bと婚姻した。
亡Mは,高校卒業後,当時の甲社に入社して35年間勤務し,電気設
備を担当するα電気設備区の主席助役になり,53歳で早期退職した。
その後,亡Mは,乙社の電気設備の保守・点検を行う丙社に再就職し,
定年の60歳まで勤め,退職後は,旅行,グランドゴルフや畑仕事をす
るなどして過ごしていた。
亡Mには3人の子(原告C,原告D及び原告E)がいたが,原告C,
原告D及び原告Eはそれぞれ婚姻し,原告Dと原告Eは亡Mと同居はし
ていなかった。亡Mが肺がんと診断されてからは,原告Bは,亡Mを看
病し,また身の回りの世話をしていた。
亡Mが肺がんの治療のために入院した平成14年4月から同年7月こ
ろの間には,原告Eらは,2週間に1回くらいの割合で亡Mを見舞いに
行った。
【甲Pイ1,2[枝番号1∼10],丙Mイ3〔14頁〕,原告E本
人〔1,5,13頁〕】
(イ)亡Mは,平成13年11月末ころから咳や体調不良を訴えるようにな
り,老人健診において右下肺野に異常陰影がみられると指摘され,同年
12月に京都府舞鶴市所在のa共済病院で検査を受けたところ,肺がん
と診断された。
亡Mは,a共済病院で外科療法(手術)を受けることを拒み,m市民
病院で検査を受けたところ,肺がんではないと診断された。
【甲Pイ1,丙Mイ2〔10,15頁〕,3〔3頁〕】
(ウ)亡Mは,平成14年2月26日,京都府舞鶴市所在の医療法人社団b
医院(b医院)にて受診したところ,肺がんの疑いと診断され,b医院
の紹介で受診した京都府綾部市所在のc市立病院における生検(細胞針
検査)の結果,細胞検査士は右肺の大細胞がんと考えられるとし,同年
3月15日に亡Mは縦隔リンパ節への転移を伴う肺がん(大細胞がん)
と診断された。
亡Mは,b医院の紹介で京都市所在のd大学附属病院に入院すること
となったが,4月8日まで入院待ちの状態であり,その間にb医院にて
シスプラチンと5FU(5−フルオロウラシル)の投与を受けた。
【甲Pイ1,丙Mイ1〔2∼7,13,18,19,28,32,3
3,36,39頁〕,2〔10,53頁〕,3〔3頁〕】
(エ)亡Mは,平成14年4月9日から同年7月29日までの間,d大学附
属病院に入院し,肺がんの病期につきⅢB期(T2N3M0)と診断さ
れ,抗がん剤投与(シスプラチン40mg/㎡/2週,ドセタキセル40
mg/㎡/2週),同時放射線療法(計60Gy)などの治療を6クール受け
た結果,右上下葉区(S6)の径2㎝大のがんが1㎝弱に縮小したのを
はじめ,縦隔リンパ節についても著明な縮小が認められるなど大幅に肺
がんが縮小した(部分奏功(PR)と判定された)。上記経過中に亡M
に発症した副作用としては,骨髄抑制及び放射線療法による食道潰瘍等
があったが,いずれも重篤なものではなかった。亡Mは,同年4月25
日にはカルボプラチンとパクリタキセルの併用療法を開始して以降,倦
怠感,気分不快,食欲不振,嘔気などの副作用が生じ,同年5月5日に
は脱毛も生じ,放射線療法開始後には,咽頭痛,照射部熱感,発赤,表
皮剥離,水疱,嚥下困難や浮腫なども生じており,これらは入院中には
完全に治癒することはなく,体力に不安があったものの,同年7月5日
には外泊できるようになり,その後も外泊が許可されていた。
亡Mは,同年7月22日,担当医から,化学療法による追加の治療を
受けるよう勧められたが,翌23日には,「あと2回受けて10年生き
られるんならいいですけど。もうこれも運命ですし,いいですわ。」と
伝え,追加の治療を拒否し,同年29日にd大学附属病院を退院した。
退院時においても,亡Mには右下肺野に間質性陰影がみられており(特
発性肺線維症),入院時と比べ著しい変化はなかった(なお,同年6月
14日の血液検査の結果では,KL−6が728U/mlであった(基準
値500未満))。d大学附属病院での入院期間中の亡MのSpO2(経
皮的動脈血酸素飽和度,平常値95%)は94∼98%程度であった。
【甲E92[枝番号1],甲Mイ1[枝番号1],丙Eイ1,丙Mイ
1〔40,42頁〕,3〔3,263,429∼460,520∼52
4,533∼536頁〕】
(オ)亡Mは,d大学附属病院を退院した後はb医院で治療を継続していた
ところ,平成14年8月13日に画像所見により肺臓炎と診断された。
亡Mは,このころから,b医院にて化学療法による治療として5FUの
投与を受けた。
同月23日には,亡Mは発熱し,亡Mは,同月31日から同年9月2
日まで外来にて1日につき酸素1L(リットル)を吸入した(SpO2
は,同月31日には81%,同年9月1日には78%,同月2日には8
4%であった)。【丙Mイ1〔45∼47,52,53頁〕】
(カ)その後,亡Mは,b医院で,「肺がんに効く非常によい薬があり,9
月になれば保険がきく。」などイレッサの服用を勧められたことから,
亡Mは,平成14年9月2日以降毎日,1日1錠イレッサの服用を開始
した。なお,b医院では,イレッサに重篤な副作用があるなどの説明は
されなかった。
同日,亡Mはb医院にて呼吸困難を訴え,同月5日にb医院で受診し
て酸素1Lを吸入し(SpO2が87%であった。),同月6日にも酸
素1Lを吸入した(SpO2が77%であった。)。
亡Mは,同月7日にb医院で,呼吸困難を訴えて受診し酸素1Lを吸
入し(SpO2が74∼78%であった。),同月8日にもb医院で受
診し,呼吸困難を強く訴え,酸素1Lを吸入した。
同月9日,亡Mは,b医院の紹介により京都府舞鶴市所在の国立e病
院(当時)に入院し,原因不明又は薬剤性による間質性肺炎と診断さ
れ,担当医の指示によりイレッサの服用を中止した。
同月10日から14日までの間,亡Mは,ステロイドパルス療法(ソ
ルメドール1g/日)を受け,同日の胸部X線検査の結果,間質性陰影
のわずかな改善がみられたが,同月19日には間質性陰影が悪化した。
同月10日の血液検査の結果では,KL−6が1596U/mlであった
(基準値500未満)。
亡Mは,同日ステロイドパルス療法を再度受けたが,治療の効果が表
れず,同年10月2日に死亡した。なお,死亡診断書によると,亡Mの
直接の死因は間質性肺炎,間質性肺炎の発症から死亡までの期間は1か
月とされており,また直接には死因に関係しないが死因に関する傷病経
過に影響を及ぼした傷病等として肺がんが挙げられていた。
【甲Mイ1[枝番号2],2[枝番号1∼6],甲Pイ1,丙Mイ1〔5
3,56∼62頁〕,4〔1,6∼9,12∼18,56,86頁〕,
原告E本人〔6頁〕】
イ因果関係の判断
(ア)第1要件
aイレッサと既存の間質性肺炎又は肺線維症の増悪との因果関係につ
いて
前記3(1)及び前記ア認定の事実によれば,亡Mは,平成14年4
月9日にd大学附属病院に入院した当時から特発性肺線維症にり患し
ていた(前記ア(エ))が,同年7月29日に同病院を退院した当時に
おいても著しい変化はなく,SpO2の値も94∼98%程度であ
り,正常なものであった。
亡Mは,同年8月13日にはb医院において画像所見で肺臓炎と診
断され,同月23日に発熱,同月31日ころからSpO2が低下し始
め,低酸素血症を発現しており,SpO2は78∼87%で推移して
いたが,イレッサの投与開始後5日目である同年9月6日にはSpO2
が77%に,同月7日にはSpO2が74∼78%となり,呼吸困難
が悪化した。その後,イレッサの投与が中止され,ステロイドパルス
療法によりわずかに間質性陰影の改善がみられたものの,再度のステ
ロイドパルス療法による効果がみられず,死に至ったというのであ
り,国立e病院の担当医は,イレッサと呼吸困難との関連性があると
みていたというのである。
そうすると,亡Mは,イレッサ投与前に既存の特発性肺線維症が悪
化し始めていたと認められるものの,SpO2の値は低下しながらも
一定の値で推移していたが,イレッサ投与後にさらに低下し始め,呼
吸困難の悪化はイレッサ投与後により一層進んでいったとみることが
でき,亡Mが年齢55歳以上,喫煙歴あり(丙Mイ3〔3頁〕),既
存の間質性肺炎ありという危険因子を有する患者であったことと,イ
レッサは既存の間質性肺炎や肺線維症を増悪させることがありうるこ
とをも併せ考慮すると,イレッサと既存の特発性肺線維症の増悪との
因果関係があると推認され,前記ア(カ)のとおり国立e病院の担当医
もイレッサと呼吸困難との関連性があるとみていたのであるから,イ
レッサと既存の特発性肺線維症の増悪との因果関係があると認めるの
が相当である(国立e病院の診療録には,既存の特発性肺線維症に関
する記載がなく,担当医はb病院での臨床経過を十分に把握していな
かったことがうかがわれるが,特発性肺線維症の急性増悪と診断して
いなかったことから,直ちにイレッサと呼吸困難との関連性に関する
判断までも誤りであるということはできない。)。
なお,被告らは,イレッサ投与前に特発性肺線維症の急性増悪が生
じており,イレッサ投与開始日の食事はおかゆのみとなる程に症状が
悪化していたのであるから,イレッサとの時間的な関連性がないと主
張する。
しかし,イレッサ投与前後で特発性肺線維症の増悪の程度が異なる
と認められるのであるから,イレッサ投与前から低酸素血症や呼吸困
難を発症していることとイレッサが特発性肺線維症の増悪に影響を与
えることとは矛盾するものではない。したがって,被告らの上記主張
は採用できない。
bイレッサによる既存の間質性肺炎又は肺線維症の増悪と死亡との因
果関係について
前記ア認定の事実及び前記aの認定・判断によれば,亡Mは,平成
14年8月31日ころからSpO2が低下し始め,低酸素血症を発現
しており,既存の特発性肺線維症の増悪がみられ始めたが,イレッサ
の投与開始後5日目である同年9月6日ころからさらに悪化し,呼吸
困難も強くなってきたところ,同月9日にはイレッサの投与が中止さ
れ,ステロイドパルス療法によりわずかに間質性陰影の改善がみられ
たものの,再度のステロイドパルス療法による効果がみられず,さら
に間質性陰影が悪化し,同年10月2日に死に至ったというのであ
り,担当医も死因は間質性肺炎と述べている。
そうすると,既存の特発性肺線維症の急性増悪によって亡Mは死に
至ったと認められ,イレッサによる既存の特発性肺線維症の増悪と死
亡との因果関係を認めるのが相当である。
(イ)第2要件
前記ア認定の事実によれば,亡Mは,平成14年4月9日から同年7
月29日までシスプラチンとドセタキセルの併用療法により治療を受け
て,部分奏功(PR)と判定されており,上記併用療法による治療中に
発症した多数の副作用はいずれも重篤ではなかったが,治療期間中から
の体力の低下や今後の治療期間などを考慮して,医師から勧められた追
加治療を断っているが,同年9月2日にイレッサ投与を開始するまで
に,退院後も従来の抗がん剤(5FU)投与を受けていたというのであ
る。
そうすると,亡Mは,実際に従来の化学療法による治療で奏功を得て
おり,従来の化学療法により治療の効果が期待できないという状況では
ないといえるだけでなく,また退院後も従来の化学療法による治療を受
けており,従来の化学療法による治療が困難であるほどに全身状態が悪
化していたとまではいえないのであるから,前記2(2)のとおり,適切
な指示・警告がされていれば,医師は従来の化学療法よりも優先してイ
レッサの投与を勧めることはなく,亡Mはイレッサの服用に同意するこ
ともなかったと認めるのが相当である。
ウ損害
(ア)亡Mの損害並びに原告B,原告C,原告D及び原告Eの固有の損害
a亡Mに関しては,本件における製造物の欠陥の結果はイレッサによ
る間質性肺炎の発症又は既存の肺線維症の増悪によって死亡したこと
であり,本件における製造物の欠陥の結果により生じた損害は生命侵
害による損害である。
前記認定したすべての事情及び本件記録にあらわれた一切の事実を
総合考慮し,被告会社の義務違反の程度,亡Mと原告Bらとの関係,
亡Mのイレッサ投与に至る経緯,亡Mのイレッサ投与前の状態,症状
経過,がん患者の被る精神的苦痛は余命の長短によって軽重がないこ
と,肺がんは余命が短いとされており,肺がん患者に残された命の期
間は本人と家族にとって極めて貴重な時間であるにもかかわらず,予
想もしなかった副作用によりその期間が奪われたことにより本人及び
家族が被る精神的苦痛は大きいといえること等を総合考慮すると,亡
Mの死亡を慰謝するには,2700万円が相当である。
b以上によれば,亡Mの死亡による損害額は,合計2700万円とな
り,原告Bは,その2分の1に相当する1350万円の,原告C,原
告D及び原告Eは,それぞれ6分の1に相当する450万円の損害賠
償請求権を相続したことになる。
(イ)原告らの弁護士費用について
本件事案の性質等を考慮すると,弁護士費用として,それぞれ認容額
の1割を認めるのが相当である。
したがって,弁護士費用は,原告Bが135万円,原告C,原告D及
び原告Eが各45万円が相当である。
(2)亡N
ア亡Nの症状経過等
亡Nに関する症状経過等について,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認
められる事実は次のとおりである。
(ア)亡Nは,大正14年11月15日に生まれ,昭和24年3月29日に
原告Fと婚姻した。
亡Nは,家の側の作業場で建具,木工及び内装の仕事をし,また田畑
で農作業も行っていた。田畑の広さは,1町5反ほどで,家族も農作業
を手伝っていた。農作業は,田植えや竹の子採り,菜花摘みなどをして
いた。
亡Nには3人の子(原告G,原告H及び原告I)がいたが,原告Gは
昭和47年に,原告Hは昭和48年に,原告Iは昭和63年にそれぞれ
婚姻し,原告Gと原告Hは亡Nと同居はしておらず,原告I夫婦と亡N
夫婦は同居していた。亡Nが肺がんと診断され入院してからは,原告F
が,毎日亡Nの看病,身の回りの世話をし,原告Iは,原告Fを,毎朝
病院に送り,夜には迎えに行っていた。
【甲Pロ1,2[枝番号1∼9],丙Mロ1〔189頁〕,原告I本
人〔9頁〕】
(イ)亡Nは,平成13年5月23日に発熱及び咳を訴えて,n医院で診察
を受け,同月30日に,n医院の紹介により三重県松阪市所在の三重県
厚生農業協同組合連合会f中央総合病院で診察を受けたところ肺炎と診
断され,その際撮影したCT画像で,両肺の肺気腫及び蜂窩肺を伴う間
質性変化(特発性肺線維症)と左肺に腫瘤が認められ,右肺尖部に肺の
う胞が認められた。
亡Nは,平成14年4月5日にf中央総合病院で肺がんと診断され,
同月10日まで胸部異常陰影精査の目的で同病院に入院し,生検により
肺がん(扁平上皮がん,T3N2M0)の診断なされたが,本人には告
知されず,自覚症状がなかったために退院した。
原告Fは,同年5月10日に同病院にて亡Nの病名を告知されて,外
科療法(手術)が困難であることも伝えられ,亡Nは,同月中旬ころま
でに病名を告知されて,同月27日には再入院した。同月29日から化
学療法(パクリタキセルとカルボプラチンの併用療法)が開始され,同
年7月3日には上記化学療法2クールが終了したが,改善がみられなか
った。亡Nは,同月9日に再入院することを予定して,一旦退院した。
【甲E92[枝番号1],97,甲Mロ1,丙Eイ1,丙Mロ1
〔2,3,6,7,14∼17,96∼99,133,154頁〕,弁
論の全趣旨】
(ウ)平成14年7月9日,亡Nは化学療法の目的で再入院し,同月11日
から化学療法(ビノレルビンとネダプラチン)が開始され,同年8月2
日からも2クール目の化学療法(ビノレルビンとネダプラチン)が行わ
れ,同月28日からイリノテカン単剤の投与が行われた。
この結果,腫瘍マーカー(SCC抗原)が同年7月25日の時点で7
0.7であったものが,同年8月28日には14.1まで改善し,画像
上もがんの縮小が認められた(不変(NC)∼部分奏功(PR)と判定
された。)。
なお,上記治療中である同月1日以降,亡Nは発熱を起こし,同月5
日には閉塞性肺炎の疑いがあると診断された。
【甲Mロ1,丙Mロ1〔26,193,194,203,204,2
21,222頁〕】
(エ)平成14年9月10日,亡Nは,抗生剤を投与されても解熱しないこ
とや急に手術不能の肺がんであると告げられたことなどから,治療等に
関する不安があったため外泊届けを提出せずに帰宅した。担当医が,亡
Nの家族に,本人の納得が得られれば入院を継続し,入院を拒否される
ようであれば通院により化学療法を実施する,ただし,肺炎合併のため
危険があることを説明したところ,亡Nは家族と相談し同日の夜に帰院
した。その後も発熱は続いていたが,亡Nは同月14日には外泊をし
た。
原告Fは,医師から,「薬を変えます。これは新薬で,副作用もな
く,体調さえよければ通院が可能ですから。また飲み薬なので朝1錠で
よい。」などイレッサの服用を勧められたため,同月18日から,亡N
は,1日1錠イレッサを服用することを開始した。
【甲Mロ1,甲Pロ1,丙Mロ1〔207,208,275頁〕,原
告I〔6,7頁〕】
(オ)平成14年9月24日,亡Nの胸部レントゲン写真上で,両肺に硬化
が認められ,右下葉・左舌区のすりガラス影がびまん性に認められ,同
月28日にはイレッサの投与が中止され,同月30日には呼吸困難が発
現したため,酸素4L下で吸引が行われ,SpO2が91%となった。
CT検査による所見では,すりガラス影所見については薬剤性を含む間
質性肺炎,呼吸窮迫症候群などが,両肺の硬化については閉塞性細気管
支炎を伴う器質化肺炎(BOOP)や間質性肺炎の増悪が,それぞれ鑑
別診断として挙がることが指摘されていた。
その後,亡Nの病状は,発熱が改善せず,呼吸機能も悪化傾向とな
り,亡Nは,同年10月7日に三重県久居市所在の国立g病院へ転院さ
れ,その後酸素吸入を受けた。同月10日に胸部CT検査が行われた
が,両肺のすりガラス状の陰影が認められ,肺のう胞は従前よりも大き
くなり,増加していた。
なお,亡Nは,同病院では,肺結核症,肺がん,特発性間質性肺炎の
傷病名にて治療を受けており,同年9月28日にイレッサの投与が中止
された後には,イレッサを服用していない。
【甲E92[枝番号1]〔10頁〕,97〔4頁〕,甲Mロ1,丙M
ロ1〔10,208,209,230,257頁〕,2〔6,71,8
5∼95頁〕,弁論の全趣旨】
(カ)平成14年10月18日,同病院の担当医は,原告Fに対し,「化学
療法前のCTでは間質性肺炎を認めており,今回の間質性肺炎は以前か
らの間質性肺炎が化学療法により増悪した可能性がある。薬剤性の間質
性肺炎ならば,ステロイドにて軽快することが多いが,そうではないた
め,間質性肺炎がよくなる可能性は低く,さらに増悪すれば,数日∼2
週間程で呼吸不全で死亡する。また,間質性肺炎の増悪がなくても肺が
んがあるため,せいぜい半年程しか生きられないと考えられる。どちら
にしろ予後は非常に不良である。」と説明した。
【丙Mロ2〔7頁〕】
(キ)平成14年10月19日には,亡Nに対してステロイドパルス療法
(ソルメドール500mg/日)が行われた(同日以前にもステロイド薬
(デカドロン)の投与はされており,同月14日にはデカドロンの用量
が8錠から4錠に,同月19日には4錠から2錠に,同月26日には2
錠から1錠に減量された。)が,同月22日の胸部レントゲン写真で
は,すりガラス状陰影の範囲に変化はないが,線状陰影・粒状陰影が増
加し,線維化が進行していた。
同年11月1日の胸部X線写真ではすりガラス状陰影には改善傾向が
みられ,同月6日の胸部CT検査の所見では,含気腔の線維化像は全体
的に不明瞭となっていたが,蜂巣像や器質化像は隔壁の菲薄化と肥厚を
伴う部分の混在,器質化の吸収と亢進を伴う部分の混在が認められ,有
意な改善には至っていないとされていた。
同月19日の胸部X線写真では,すりガラス状陰影が依然としてこれ
までと同程度残存していた(当時のSpO2は98%程度で維持されて
いた。)が,気胸による陰影は認められなかった。同日の診療録には,
「状態落ち着いてきたが,排菌○+のため,来月○−となれば,
CBDCA(カルボプラチン)単剤などでchemo(化学療法)考慮すべき
か」と記載されていた。
同年10月中旬から11月中旬ころの間,亡Nは安静時には呼吸困難
がみられず,労作時には少し息苦しいと訴えていた程度であった(な
お,同年10月29日の看護記録には,「出来ればO2減量して,呼吸
リハビリ」と記載があった。)。しかし,同年11月22日に,亡Nは
強い呼吸困難を訴えた(同日のSpO2は97%で,同月30日は97
∼99%であったが,同年12月19日は91∼93%となった。同年
11月19,20,25∼28及び30日,同年12月3∼20日は,
いずれも酸素吸入が行われた。同年11月22日には,酸素吸入の酸素
量が3Lに増やされた。)。
【丙Eイ1,丙Mロ2〔7,12∼15,22,70,108,91
∼207頁〕,弁論の全趣旨】
(ク)平成14年12月4日及び同月19日の胸部レントゲン写真ではすり
ガラス状陰影,線維化変化には大きな変化はなく存在していた。同月4
日の胸部X線画像上では気胸が認められ,同月19日の画像上では気胸
の増強が認められ,その他には左肺肺がんの増悪や胸水貯留等も認めら
れた。
同月19日,亡Nに急激な呼吸困難が発現し,翌20日に亡Nは死亡
した。なお,同病院の担当医は,入院時からの通常型間質性肺炎が悪化
し,呼吸不全があり,同月19日からの通常型間質性肺炎の再増悪及び
肺がんの進行が原因と考えられる呼吸不全増悪が生じ,死亡するに至っ
たと判断していた。
【甲E92[枝番号1],甲Mロ1,丙Eイ1,弁論の全趣旨】
イ因果関係の判断
(ア)第1要件
aイレッサと間質性肺炎の発症ないし既存の肺線維症の増悪との因果
関係について
前記ア認定の事実によれば,亡Nは,平成13年5月当時から肺線
維症を発症しており(前記ア(イ)),平成14年8月5日当時におい
ても肺線維症には大きな変化がなく,同年9月18日にイレッサの投
与を開始したが,同月24日には胸部レントゲン写真により,両肺に
間質性陰影であるすりガラス陰影が認められ,同月28日にはイレッ
サの投与を中止しており,国立g病院の担当医は発症した間質性肺炎
が既存の肺線維症の増悪の可能性が高いが,薬剤性の間質性肺炎の疑
いもあるとみていた。前治療は同年5月29日から同年6月19日ま
でのカルボプラチンとパクリタキセルの併用療法,同年7月10日か
ら同月31日までのビノレルビンとネダプラチンとの併用療法,同年
8月28日からのイリノテカン単剤であった。前記2(1)アのとお
り,イレッサによる間質性肺炎は,イレッサ投与後早期に発症するこ
とが多く,すりガラス陰影がみられる急性間質性肺炎の型をとること
がある。
また,亡Nの担当医は,パクリタキセル及びデカドロンによる間質
性肺炎の増悪と考えていたことがうかがわれるが,金谷医師だけでな
く証人工藤も亡Nに関してはイレッサと間質性肺炎の発症ないし既存
の肺線維症の増悪との因果関係が否定できないと述べている(甲E9
2[枝番号1],丙Eイ1)。
そうすると,イレッサ投与以前からの特発性肺線維症は,イレッサ
投与よりも1年以上前から発症しているものの,それ自体としては線
維化に大きな変化のないままであったのであるから,既存の肺線維症
の増悪は,薬剤との関連性が強いといえる。既存の肺線維症の増悪
は,前記ア(ウ)のとおりイレッサ以外の薬剤の投与終了後からは約1
か月以上の期間が空いており,前記ア(オ)のとおりイレッサの投与か
ら約1週間後に生じているのであるから,イレッサによる間質性肺炎
の発症等の特徴(早期発症など)に鑑みれば,イレッサと既存の肺線
維症の増悪との因果関係があると推認され,また専門家の意見にも沿
うものである。したがって,イレッサと既存の肺線維症の増悪との因
果関係があると認めるのが相当である。
bイレッサによる既存の肺線維症の増悪と死亡との因果関係について
(a)国立g病院の担当医の意見によれば,亡Nの死因は通常型の間質
性肺炎の増悪及び肺がんの進行とされているが,症状経過によれ
ば,平成14年12月4日の胸部X線画像上では気胸が認められ,
同月19日の胸部X線画像上では気胸の増悪が認められているにも
かかわらず,気胸に対して何の対処もされておらず,翌20日に死
亡しており,また原告ら及び被告会社から提出された各専門家の意
見書においても,死因が気胸にあることが共通して指摘されている
ことから,死因は気胸の増悪によるものであることが認められる。
同年11月19日の胸部X線写真では気胸が認められていないこ
と及び同年12月4日の胸部X線写真では気胸が認められることに
は当事者間に争いがなく,前記ア認定の事実によれば,同年11月
22日には再び強い呼吸困難が発現し,担当医は,呼吸困難の原因
として間質性肺炎の再増悪又はがんの進行を疑っていたが,同年1
2月4日の胸部X線写真上では,気胸の所見を除いては線維化像に
は大きな変化はみられなかったというのであるから,呼吸困難の原
因は間質性肺炎の再増悪とはいえず,またがんの進行も急速な呼吸
困難につながるものとはいえないものであり(丙Eイ1〔9
頁〕),その他に呼吸困難の原因として考えられるものはない。よ
って,気胸の発現は同年11月22日ころであると推認される。
そこで,以下ではイレッサとの因果関係が認められる既存の肺線
維症の増悪と気胸の発現との間に因果関係が認められるかを検討す
る。
(b)前記ア認定の事実によれば,亡Nは,平成13年5月当時から肺
線維症を発症しており,平成14年8月5日当時においても肺線維
症には大きな変化がなく,イレッサ投与開始後である平成14年9
月24日に,胸部レントゲン写真には両肺に間質性陰影であるすり
ガラス陰影が認められ,同月28日にはイレッサの投与を中止した
が,同月30日に呼吸困難が発現し,その後,酸素吸入やステロイ
ドパルス療法などが行われ,徐々にステロイド薬の量が減量され,
同年10月29日には酸素吸入の酸素量減量により呼吸リハビリへ
の移行が検討されており,同年11月1日の胸部X線写真では間質
性陰影に従前よりは改善傾向がみられ,同月19日にはSpO2も
98%程度が維持され,化学療法の実施が検討され始めていたもの
の,同年11月6日の胸部CT画像所見では,線維化像は依然とし
て有意な改善には至っていないとされており,肺のう胞はイレッサ
投与前よりも増悪し,同月19日の胸部X線写真においても間質性
肺炎を示すすりガラス状陰影が残存していたというのである。
前記3(2)及び前記ア認定の事実によれば,気胸は,様々な原因
により発現し,肺のう胞が破裂し,大量の空気が漏れた場合には肺
が急速に虚脱し呼吸不全となる疾病であり,複数の条件が重なるこ
とで発現しやすくなるところ,亡Nは肺がん,肺線維症という気胸
発現の原因となる基礎疾患を抱えていたものである。また,工藤意
見書(丙Eイ3)では,亡Nに関して,イレッサによる間質性病変
の悪化やステロイド薬投与が気胸発現の危険性を高めた可能性まで
完全に否定するわけではないとされている。
そうすると,イレッサの投与中止,酸素吸入及びステロイドパル
ス療法により酸素化能力が改善傾向にあったものの,間質性陰影は
有意な改善には至っておらず,イレッサによる既存の肺線維症が増
悪した状態は依然として残存していたというべきであり,これに伴
いイレッサ投与後には肺のう胞の状態はイレッサ投与前に比べて増
加し大きくなっており(前記ア(イ)ないし(オ)),気胸は肺のう胞の
破裂によって生じうるものであるから,イレッサによる肺線維症の
増悪は気胸の発現に影響を与えたものとみるべきであり,イレッサ
による既存の肺線維症の増悪と気胸の発現との間に因果関係がある
と認めるのが相当である。したがって,上記のとおり,亡Nの死因
は気胸の増悪によるものといえるのであるから,イレッサによる既
存の肺線維症の増悪と死亡との因果関係があると認めるのが相当で
ある。
なお,被告らは,亡Nが,イレッサ投与前から既存の肺線維症を
発症しており,他にも肺がんという基礎疾患を有しており,気胸を
発現しやすい条件が既に整っていたのであるから,気胸の発現とイ
レッサとの関連性は見いだせない旨主張する。
しかし,イレッサ投与前に存在した肺線維症は,イレッサ投与ま
では大きな変化をすることはなく,平成13年5月当時から肺のう
胞は1年以上も存在していたのに特に変化がなく,イレッサ投与後
に,肺線維症が増悪してこれに伴い肺のう胞も増悪していったとい
うのであり,その後ステロイドパルス療法により改善傾向がみられ
たものの,改善には至っていなかったというのであるから,気胸の
発現の原因をイレッサ投与前の肺線維症に求めることは相当ではな
く,イレッサによる肺線維症の増悪の影響がなかったということは
できない。
また,亡Nには,他にも肺がんという気胸発現の要因となりうる
基礎疾患があり,平成14年12月19日の胸部X線写真によれば
肺がんの進行がうかがわれるが,気胸発現当時(同年11月22日
ころ)に肺がんの進行はうかがわれず,またその進行も急速なもの
ではなく(丙Eイ1),気胸の発現に影響を与えた要因の一つとは
なりうるにすぎないのであるから,いずれにしてもイレッサによる
肺線維症の増悪による肺のう胞の影響を排除するものではない。
したがって,被告らの上記主張は採用できない。
(イ)第2要件
前記ア認定の事実によれば,亡Nは,平成14年7月9日からの入院
中にビノレルビンとネダプラチンの併用療法,イリノテカン単剤により
治療を受けて,不変(NC)∼部分奏功(PR)と判定されており,治
療中には発熱が続き,閉塞性肺炎の疑いがあったものの,その他に重篤
な副作用はなく,同年9月18日からイレッサの投与を開始したが,開
始前には入院による従来の化学療法の実施も検討されていたというので
ある。
そうすると,亡Nは,実際に従来の化学療法による治療で奏功を得て
おり,従来の化学療法により治療の効果が期待できないという状況では
ないといえるだけでなく,また従来の化学療法による治療が困難である
ほどに全身状態が悪化していたとまではいえないのであるから,前記2
(2)のとおり,適切な指示・警告がされていれば,医師は従来の化学療
法よりも優先してイレッサの投与を勧めることはなく,亡Nはイレッサ
の投与を同意することもなかったと認めるのが相当である。
ウ損害
(ア)亡Nの損害
a亡Nに関しては,本件における製造物の欠陥の結果はイレッサによ
る既存の肺線維症の増悪が要因となって発現した気胸による死亡であ
り,本件における製造物の欠陥の結果により生じた損害は生命侵害に
よる損害である。
前記認定したすべての事情及び本件記録にあらわれた一切の事実を
総合考慮し,被告会社の義務違反の程度,亡Nと原告Fらとの関係,
亡Nのイレッサ投与に至る経緯,亡Nのイレッサ投与前の状態,症状
経過,がん患者の被る精神的苦痛は余命の長短によって軽重がないこ
と,肺がんは余命が短いとされており,肺がん患者に残された命の期
間は本人と家族にとって極めて貴重な時間であるにもかかわらず,予
想もしなかった副作用によりその期間が奪われたことにより本人及び
家族が被る精神的苦痛は大きいといえること等を考慮すると,亡Nの
死亡を慰謝するには,2700万円が相当である。
b以上によれば,亡Nの死亡による損害額は,合計2700万円とな
り,原告Fは,その2分の1に相当する1350万円の,原告G,原
告H及び原告Iはそれぞれ6分の1に相当する450万円の損害賠償
請求権を相続したことになる。
(イ)原告らの弁護士費用について
本件事案の性質等を考慮すると,弁護士費用として,それぞれ認容額
の1割を認めるのが相当である。
したがって,弁護士費用は,原告Fが135万円,原告G,原告H及
び原告Iが各45万円が相当である。
(3)原告L
ア原告Lの症状経過等
原告Lに関する症状経過等について,後掲証拠及び弁論の全趣旨により
認められる事実は次のとおりである。
(ア)原告Lは,昭和30年10月14日に生まれ,昭和49年3月に高校
を卒業し,同年4月から丁社に勤務した。
原告Lは,昭和53年11月に婚姻し,昭和55年12月に長男が,
昭和59年2月に長女が,平成6年12月には孫が生まれた。【甲Pニ
1】
(イ)原告Lは,平成13年9月に三重県四日市市所在のi内科循環器科ク
リニックにて胸部に異常陰影が認められ,同クリニックの紹介を受けて
受診した同市所在のj総合医療センターにて肺がん(大細胞がん)と診
断された。原告Lは同年11月1日から同月23日まで同医療センター
に入院し,同年11月5日に右肺上葉切除術を受け,経過は良好であっ
た。
原告Lは,平成14年7月ころ,同医療センターにて縦隔リンパ節の
がんの再発を指摘され,余命半年であると告げられた。原告Lは,i内
科循環器科クリニックにセカンドオピニオンを希望したところ,名古屋
市所在のkがんセンターを紹介され,同がんセンターで診察を受けた。
同センターの呼吸器科医からもがんの再発を告げられて,放射線治療や
イレッサの話を聞いた。その際,原告Lは,同医師から,イレッサのパ
ンフレット(甲A10)を手渡された。なお,同パンフレットには,臨
床試験では約半数の患者でがんの進行が止まるなどの効果が見られ,全
体の約20%の患者で腫瘍の縮小が見られたこと,ほとんどの副作用は
軽度又は中度で,重度の副作用が認められたのは約8%であり,重大な
副作用としては,ひどい下痢や皮膚のただれ,水疱・全身に広がる紅
斑,肝臓の障害,肺の炎症によるかぜのような症状(呼吸がしにくいな
ど)が生じることがあること,副作用は,イレッサの投与を中止した
り,他の薬剤による治療により回復すること,1日1回1錠を服用する
だけでよいことなどが記載されていた。
原告Lは,同年8月5日から9月10日までj総合医療センターに入
院して放射線治療を受けた。放射線治療の結果,約78%の腫瘍縮小と
なった。
【甲A10,甲Pニ1,丙Mニ1〔24∼38,45,46,18
0,190∼192,202,204∼206頁〕,2〔11,12
頁〕,原告L本人〔18頁〕】
(ウ)平成14年9月2日,原告Lは,退院後の治療方針を決めるにあた
り,同医療センターの担当医から,化学療法の標準的治療薬(シスプラ
チン)による治療の説明を受けたが,衰弱,幻覚,幻聴,嘔吐,食欲が
ないなどの重篤かつ多様な副作用が長期間続くことには抵抗があり,標
準的治療薬による治療を承諾しなかったため,「承認されたばかりの新
薬でイレッサという薬があります。この薬は分子標的治療薬といってが
ん細胞だけをやっつけてくれる薬で,副作用は,下痢,発疹,ごくまれ
に肺炎があるだけです。家で1日1錠飲むだけですよ。」とイレッサを
勧められた。その際には,原告Lは,医師に,向精神薬とイレッサの組
み合わせにより副作用が発症するかを尋ねたが,相互作用はないと言わ
れた。
原告Lは,同月4日にはイレッサの服用を希望するに至ったため,イ
レッサを処方された。原告Lは,同月11日,同医療センターを退院
し,医師の指示で放射線治療による体への影響を考慮して,同月26日
から1日1錠イレッサの服用を始めた。
【甲Pニ1,丙Mニ1〔196,202,220,346,489
頁〕,原告L本人〔20,34,35,38頁〕】
(エ)原告Lは,イレッサを飲み始めてから1週間が経過したころから,1
日4回ほどの軟便が生じたが,平成14年10月10日に同医療センタ
ーを受診した際,医師から異常無しと診察された。胸部CT画像上,肺
野には異常陰影は認められなかった。
原告Lは,平成14年10月20日ころから発熱が生じ,同月21日
には体温が38度9分まで上昇し,咳と激しい下痢が生じたため,同医
療センターの救急外来及びi内科循環器科クリニックで診察を受け,解
熱剤の投与や点滴を受けるなどした。
原告Lの体温は解熱剤を投与した際に一時的に下がったが,発熱は継
続したままであった。
【甲E92[枝番号1],丙Mニ1〔359,360,424頁〕,
2〔15頁〕】
(オ)原告Lは,平成14年10月23日,再度,j総合医療センターで受
診し,医師からイレッサの服用を中止するように指示されたため,イレ
ッサの服用を中止した。
同月23日以降も,原告Lの体温は38度を超え,同月25日ころか
ら喉の奥からむせ返るような重い咳が出て,原告Lは咳などのために食
事をとることができなくなり,また睡眠をとることも困難となった。翌
26日も状況は変わらず,同月27日も高熱と咳が続いた。
【甲Pニ1,丙Mニ1〔361,362,426頁〕,原告L本人
〔9∼11頁〕】
(カ)平成14年10月27日,原告Lの妻は,原告Lを車に乗せて同医療
センターに行き,診察を受けさせた。原告Lは衰弱と呼吸困難で自力で
歩くこともできない状態に陥っており,ストレッチャーで運ばれ,救急
治療を受けた後,入院となった。同日の胸部CT検査及び翌28日の胸
部X線写真では,両肺に淡いすりガラス陰影が認められ,原告Lは間質
性肺炎と診断された。同日から同年11月5日まで酸素吸入が行われ,
また同年10月28日から11月10日までステロイド剤による治療が
行われた。この間の原告LのSpO2は,同年10月27日が90∼9
1%(同日のPaO2は58.6mmHgであった。),同月28日が92
∼99%,同月29日が96∼99%,同月30日が97∼98%,同
月31日が95∼98%,同年11月1日が93∼98%,同月2日及
び3日が98%であり,同月4日には酸素吸入をはずすとSpO2が9
3%となったが,酸素吸入を装着するとSpO2が98%となり,同月
5日には酸素吸入中止後も息苦しさがなくSpO2が96%であり,そ
の後はSpO2が97%前後であった。なお,看護記録では,同年10
月29日の午後3時の欄(丙Mニ1〔384頁〕)には,「面会者あ
り,床上に坐り,談話中,表情良く」と,同年11月4日の午前10時
の欄(丙Mニ1〔398頁〕)には,「もう治ってると思うんやけどな
あ。まだたばこ吸ったらあかんか。」との記載がある。
原告Lは,同医療センターにおいて入院治療を受けていたが,平成1
4年11月15日,症状が改善して退院が許された。
【甲E92[枝番号1],甲Pニ1,丙Eイ1,丙Mニ1〔349∼
352,362∼366,375∼420,427,428頁〕,原告
L本人〔11∼13頁〕】
(キ)平成15年6月23日,原告Lは,同医療センターにて右鎖骨上又は
リンパ節にがんの再発が指摘され,同年7月3日から同年8月8日まで
放射線治療を受けた。上記治療の際に,原告Lは,担当医から放射線に
よる局所治療と化学療法(カルボプラチンとドセタキセルの併用療法)
の併用を勧められたが,化学療法による治療には同意しなかった。
原告Lは,放射線療法による治療のみを受けて,その後は免疫細胞療
法による治療を受けた。
【丙Mニ1〔489,491,498,499,501頁〕,原告L
本人〔40頁〕】
(ク)原告Lは,平成14年3月1日からo心身クリニックで受診してお
り,パニック障害及び鬱病として治療を受けていた。原告Lは,同年4
月18日から平成15年5月16日までデプロメール,ソラナックス及
びムコスタを処方されていた。平成17年12月20日当時,原告Lは
微量の向精神薬を服用し通院していたが,完治に近い状態であった。
【丙Mニ4】
イ因果関係の判断
(ア)第1要件(イレッサと間質性肺炎の発症との因果関係について)
前記ア認定の事実によれば,原告Lは,平成13年9月に胸部異常陰
影が認められた後,同年11月に大細胞肺がんと診断され,右肺上葉切
除術を受けたが,平成14年7月の胸部CT検査の結果,リンパ節転移
(縦隔リンパ節腫張)が認められたため,同年8月から縦隔リンパ節へ
の放射線療法による治療を受けた後,同年9月26日からイレッサの服
用を開始した。
ところが,同年10月20日ころから発熱が生じ,同月23日には,
原告Lは,医師から,イレッサによる副作用又は放射線による肺臓炎の
疑いがあるとして,イレッサの服用を中止するよう指示されて服用を中
止したが,同月27日には間質性肺炎と診断されて入院するに至り,同
日及び翌28日の画像所見では,両肺に淡いすりガラス陰影が認められ
たというのである。
また,金谷医師だけでなく証人工藤も原告Lに関してはイレッサによ
る間質性肺炎の発症とみて矛盾しないと述べている(甲E92[枝番号
1],丙Eイ1)。
そうすると,原告Lはイレッサ投与開始から4週間以内に間質性肺炎
を発症している早期発症例であり,画像所見においてもイレッサによる
間質性肺炎の画像と整合するものであり,専門家の意見とも合致するの
であるから,上記間質性陰影はイレッサの間質性肺炎によるものと認め
られ,イレッサと間質性肺炎の発症との間に因果関係があると認めるの
が相当である。
なお,原告Lは,重篤な間質性肺炎を発症し,臨死体験をした旨主張
し,金谷医師の意見書(甲E92[枝番号1])では,平成14年10
月27日のPaO2(動脈血酸素分圧)が58.6mmHgであったことな
どを根拠として,原告Lに発症した間質性肺炎が重篤であったことと述
べられている。これに対して,被告らは,原告Lの発症した間質性肺炎
が過敏性反応型の間質性肺炎であり,予後も良好であるため,重篤なも
のではなかった旨主張し,工藤意見書(丙Eイ1)でもこれに沿う意見
が述べられている。
なるほど,PaO2の値は,SpO2の値に換算することが可能であ
り,PaO2(58.6mmHg)はSpO2(約89%)であり,ステロイド
パルス療法により10日間ほどで概ね改善されているから,呼吸困難の
程度としては,亡Mらと比べると軽度であるとはいえる。
しかし,原告Lは,平成14年10月25日ころから咳などが出始め
て呼吸困難となり,食事も困難となっていたのであり,同月27日に病
院に連れてこられた時には,原告Lは既に歩けない状態でストレッチャ
ーにより運ばれたのであり,その当時の症状としては決して重篤な症状
ではなかったといえるものではない。
したがって,被告らの上記主張は採用できない。
(イ)第2要件
前記ア認定の事実によれば,原告Lは,平成14年8月5日から同年
9月10日まで放射線治療を受けて,約78%の腫瘍縮小効果が得ら
れ,退院後の治療方針を決めるにあたって,従来の化学療法による副作
用を懸念して,医師から勧められた従来の化学療法による治療を断り,
同月26日からイレッサの服用を開始したというのである。
そうすると,原告Lは,放射線療法により腫瘍縮小効果を得ており,
従来の化学療法による治療を受けておらず,従来の化学療法により治療
の効果が期待できないという状況ではなかったといえるだけでなく,ま
た従来の化学療法による治療が困難であるほどに全身状態が悪化してい
たとはいえないことが明らかであるから,前記2(2)のとおり,適切な
指示・警告がされていれば,医師は従来の化学療法よりも優先してイレ
ッサの投与を勧めることはなく,原告Lはイレッサの投与を同意するこ
ともなかったと認めるのが相当である。
ウ損害
(ア)原告Lの損害
原告Lに関しては,本件における製造物の欠陥の結果はイレッサによ
って間質性肺炎を発症したことであるから,本件における製造物の欠陥
の結果により生じた損害は身体侵害による損害である。
前記認定したすべての事情及び本件記録にあらわれた一切の事実を総
合考慮し,被告会社の義務違反の程度,原告Lのイレッサ投与に至る経
緯,原告Lのイレッサ投与前の状態及び症状経過等を考慮すると,原告
Lが被った精神的苦痛等を慰謝するには,100万円が相当である。
(イ)原告Lの弁護士費用について
本件事案の性質,認容額等を考慮すると,弁護士費用として,10万
円を認めるのが相当である。
(4)亡O
ア前記第5章第7の2及び3のとおり,亡Oとの関係においては,第3版
添付文書とともに流通におかれたイレッサの指示・警告上の欠陥の存否が
問題になるところ,第3版添付文書とともに流通におかれたイレッサは,
必要な指示・警告を怠ったものと認めるに足りず,被告会社に製造物責任
法上の責任があるということはできない。
また,第3版添付文書とともに流通におかれたイレッサは,平成14年
10月15日時点において,医療現場の医師等に対して危険性の認識の程
度に齟齬が生じない程度の適切な注意喚起がされたものというべきである
から,被告会社が,亡Oとの関係において,第3版添付文書とともに流通
におかれたイレッサにつき,必要な指示・警告を怠ったものと認めるに足
りず,さらに,原告らの,適応拡大による過失責任,広告宣伝による過失
責任,販売上の指示(使用限定)を怠ったことによる過失責任に関する主
張は,いずれも理由がないから,被告会社に安全性確保措置を怠った過失
による不法行為責任があるということはできない。
さらに,被告会社が,亡Oとの関係において,イレッサの販売が開始さ
れた同年7月以降,添付文書の改訂,緊急安全性情報の配布,その周知徹
底などの安全性確保のための手段・方法を講じるべき義務を怠ったものと
認めるに足りず,被告会社にイレッサ販売開始後の過失による不法行為責
任があるということはできない。
イ前記第5章第8の1及び2のとおり,被告国に関しては,承認時の義務
違反による違法(承認の違法,規制権限不行使の違法)は認められず,承
認後の安全性確保義務違反による違法(規制権限不行使の違法)も認めら
れないから,国家賠償法上の責任があるということはできない。
ウ以上によれば,亡Oとの関係につき,原告J及び原告Kの請求は,その
余の点について判断するまでもなく理由がない。
第10結語
1以上検討したところによれば,原告らの請求を認容する部分(被告会社が製
造物責任に基づき負担すべき損害賠償義務の内容)は,以下のとおりである。
(1)原告Bに対し,損害賠償金1485万円,原告C,原告D及び原告Eのそ
れぞれに対し,同495万円並びに各金員に対する平成14年10月2日
(損害発生日,すなわちMの死亡の日)から支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金
(2)原告Fに対し,損害賠償金1485万円,原告G,原告H及び原告Iのそ
れぞれに対し,同495万円並びに各金員に対する平成14年12月20日
(損害発生日,すなわち亡Nの死亡の日)から支払済みまで民法所定の年5
分の割合による遅延損害金
(3)被告会社は,原告Lに対し,損害賠償金110万円及びこれに対する損害
発生時(間質性肺炎発生時)以降の日である平成14年11月16日から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
2原告らの請求を棄却する部分は,以下のとおりである。
(1)原告J及び原告K
被告らに対する請求
(2)原告L
ア被告会社に対するその余の請求
イ被告国に対する請求
(3)その余の原告ら
ア被告会社に対するその余の請求
イ被告国に対する請求
3よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第12民事部
裁判長裁判官髙橋文淸
裁判官横田典子
裁判官神谷善英

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