弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役15年に処する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,A株式会社熊本支店を介して先物取引を行っていたものであるが,同支店
従業員のB(当時22歳)を殺害し,先物取引に係る委託証拠金預り証1通(額面913万
5000円)及び同人所有又は管理に係る金員を強取しようと企て,平成12年1月4日午
後10時30分ころ,大分県東国東郡a町大字bcd番地のe所在のC株式会社大分事業
部第2工場社員駐車場西側町道において,携帯電話で電話をかけようとして被告人に
背を向けたBに対し,殺意をもって,その頭部を目掛けて所携の金属バット(平成12年
押第22号の1)を振り下ろし,その一撃は外れたものの,同人が再び電話を掛けようと
して被告人に背を向けた際,すかさず自車のトランクからロープ(前同押号の2,3はそ
の一部)を取り出し,これを両手で持ち,Bの背後からその頸部に巻き付け,同人の体を
同ロープで引っ張り上げるようにして背負い,同ロープでその頸部を強く締め付けた上,
同人をうつ伏せにさせ,同人の手足が動いているのを見て,同人にとどめを刺すため,
さらに,殺意をもって,同人の頸部に巻き付けたロープを同人の背部で交差させ,その
両端を両手で強く引っ張って頸部を締め付けるなどし,よって,そのころ,同所におい
て,同人を頸部絞搾による気道圧迫閉鎖などにより窒息させて殺害し,同人管理に係る
前記委託証拠金預り証1通及び同人所有又は管理に係る現金約41万8000円を強取
したものである。
(弁護人の主張に対する判断)
 弁護人は,被告人は被害者の殺害後に初めて財物奪取の意思を有するに至ったもの
であるから,強盗殺人罪は成立せず,殺人罪と窃盗罪が成立するにとどまる旨主張し,
被告人も,当時はBを大変恨んでおり,恨みを晴らす目的で事件を起こしたもので,持ち
物を奪う目的でやったわけではない旨述べて財物奪取の目的を否認している。しかし,
財物奪取の目的を認めた捜査段階における被告人の供述は信用性が高く,同供述及
び関係証拠によれば,判示のとおり強盗殺人罪の成立が認められるので,この点につ
いて補足して説明する。
1 被告人の捜査段階における供述調書を中心とする関係各証拠によれば,以下の事
実が認められる。
 (犯行に至る経緯)
 ■ 被告人は,大分県内の高校を卒業後,平成4年4月に同県内のC株式会社大分
事業部に就職し,船体のエンジン備付け作業に従事するようになり,以後,同社の
寮で一人暮らしをしていた。
 ■ 被告人は,平成11年11月3日,商品先物取引の受託を業とするA株式会社熊本
支店(以下「A」という。)の営業員から電話で先物取引の勧誘を受け,簡単に利益
が上がる取引があるのであれば,それで新車購入資金や将来の結婚資金を稼ごう
と考え,日が変わった翌4日の深夜,前記営業員及び同社営業部主任のB(以下
「被害者」という。)と会って,約3時間にわたり,危険性もあるが心配ない,今買え
ばすぐに2倍になるなどと説明を受けてAとの間で先物取引委託契約を締結し,同
日,現金90万円を同社に預託した。
   被告人は,被告人の担当者となった被害者の助言を受けて同月17日にまずガソリ
ンの取引を始め,その次に行った鶏卵の取引とあわせて80万円程度の利益が出
た。そこで,被告人は,同年12月8日,被害者に勧められるまま,その利益分も全
額注ぎ込んで関西生糸の「売り」取引を行った。しかし,予想に反して関西生糸の
価格が上昇し続け,損失が膨らんでいった。
 ■ 被告人は,被害者に不安を訴え続けたが,「下がります。」,「大丈夫です。」などと
言われ続けた。ところが,同月13日,被害者から電話があり,すぐにAのD課長に
代わり,同人から「追証にかかるから,それを回避するために両建した方がいいで
すよ。追証はまずいですよ。損が出ますよ。どうにかお金が出せませんか。」旨,追
証回避のために,関西生糸の値と比例して値動きをする中部乾繭に,関西生糸と
同額の170万円を,関西生糸とは逆の「買い」に掛けた方がいいと説明され,更に
「170万円を今日払わないといけない。関西生糸はこれ以上上がることはないです
よ。下がりますよ。」旨言われた。被告人は,先のとおり,被害者らが言っていたよう
に利益が出ていたので,完全にAの人の言うことを信じ,170万円を用意すること
にして,罪悪感を感じながらも,自動車の修理費用と偽って母親から150万円を借
りることにしたが,手違いで母からの送金が遅れ,D課長から「お金があると言って
払えないのなら詐欺ですよ。」などと言われたりしたものの,同日夜,被害者に通
帳,印鑑等を渡し,翌日被害者に現金を引き下ろして貰い,同人を介して171万5
000円を同社に預託した。
   被告人は,これ以上は金を借りるところはないと思い,その後,関西生糸の値動き
が気になり,毎日夕方,Aに電話し,どういう訳か電話に出ない被害者の代わりに
応対に出てくるD課長に関西生糸の値動きを確認していた。同課長は,いつも,「大
丈夫ですよ,Eの心配するようなことはないですね。」旨自信を持って言っていた
が,被告人には,素人目にもこのまま上がり続けるように見え,同課長にしつこく
「このまま関西生糸は上がり続けるんじゃないの。ここで関西生糸をやめて,損金
が出ても良いからやめようえ。またちびちびやればいいやん。」旨言ったが,同課長
に「大丈夫ですよ。そんな心配なんか必要ないですよ。こんな上がることはないん
ですから,いつ下がってもおかしくないんですよ。もったいないでしょ,今放すのは。
建てた中部乾繭が利ぶり出てますから全く問題ないですよ。」旨言われた。そして,
被告人が関西生糸を止めるように言うと,それまでどうでも良いような適当な言い
方をしていたのに,力を入れて被告人を説得して関西生糸を止めさせないようにす
るので,被告人は,自信たっぷりな同課長の話しぶりを聞いているうちに,それまで
関西生糸を止めようと思っていた気持ちが催眠術にでもかかったように,関西生糸
を続けた方がいいと思ってしまった。
 ■ しかし,実際には毎日その後も関西生糸の値は上がり続けて損害が拡大し,同月
16日夜,同社営業員のF係長から電話で「関西生糸で追証がかかったんで,155
万円くらい必要ですが,取り敢えず100万円どうにかなりませんかね。」旨言われ,
被告人が借金するところもない旨言うと,「コマーシャルとかでやっているでしょ。」
旨サラ金から借りるように暗示されたため,サラ金会社2社から合計80万円を借り
入れ,自分の保険からもカードで下ろした(借入金)上,F係長に「(サラ金を)2軒回
った。」旨連絡すると,「じゃあもう1軒回って満額借りた方が良いですよ。」旨言わ
れ,更に別のサラ金から20万円を借り,同月17日,合計170万円を同社に預託
した。被告人は,親に嘘をついてまで追加投資をしたのに,更に,それまで最低だ
と思っていたサラ金にまで手を出すことになったことから激しい自己嫌悪に陥り,再
び追証を請求された場合には強盗をするしかない,色々考えるとスーパーかパチ
ンコの景品交換所を襲う強盗が一番だなどと思い,同時に,自分をこのような羽目
に追いやったのはAであると考え,同社に対し激しい怒りを感じるようになった。
 ■ 被告人は,同月20日ころ,途中から電話を代わったG支店長から,「初めてのお
客でしかも多額の損金が出ているので,救済措置をしたいんですよ。年末の荒れ
相場の時に1日のうちで利ぶりを取れる取引がある。しかし,そのためには最低20
0万円いるんですよ。」,「Eが思っているような追証とかのお金じゃないんですよ。
この機会しかないですよ。追証とはまったく関係ないお金だから直ぐに返すことがで
き,絶対に利ぶりが出るんですよ。大口のお客さんを知っているから絶対間違いな
いんですよ。」などと,損失を一気に挽回するための資金として200万円を用意し
てほしい旨言われた。被告人は,支店長の言葉を信じて取引を行うことが自分を救
う唯一の方法のように思え,父親に借金を頼もうと思ったが,断られた場合にはス
ーパーに強盗に入るしかないなどとも考えた。
   被告人は,新車購入費用と偽って父親から200万円を借りることができたので,同
月21日,これを同社に預託したところ,支店長が約束したとおり,一時的にはある
程度の利益を出してくれた。
 ■ しかし,被告人は,同月24日,G支店長から「200万円の一部が食われるんです
よ。その食われる分をどうにか用意できませんか。」旨再び入金が必要になったと
言われ,そのころ,同社が会社ぐるみで自分を騙したと思い,同社の社員に対する
言葉には言い尽くせないほどの怒り,憎しみがこみ上げてきて,「Aの奴は『大丈夫
ですよ。』と決まり文句のように言って信用させといて,すぐに掌を返したように『追
証ですわ。』と軽く金を要求してくる。Aの奴は俺の金をゲーム感覚,遊び感覚でや
っているんではないんか。」,「Aの人間は,私のお金を集める大変さ,苦労さが全
然分かっていない,こうなったら,Aの人間を殺して,預り証やお金を奪うしかな
い。」,「一生懸命お金を集めた苦労をAの連中にも分からせてやろう。」,「追加の
お金を払うつもりがないのに払うと嘘をついて預り証を持ってこさせて,殺して預り
証を奪えば,Aはその分のお金を工面する必要がある。そうやってAにも私と同じ目
に遭わせてやろう。そうすれば取引を続けることもできるし丁度良い。」などと,今度
追加の金の話が出てきたら,現金を預託する旨嘘をついて同社の社員に預り証を
持参させ,同社の社員を殺害して委託証拠金預り証や現金を奪い,同社に対する
恨みを晴らすとともに先物取引を続けようと考えるようになった。
 ■ 被告人は,同月27日,D課長から電話を貰い,「今,東京綿糸が良いんですよ。
建てましょうよ。」,「200万円の残りと利ぶりがあるからお金の心配はいりませ
ん。」,「建てなきゃ建てないでもいいけれど,絶対に建てた方がいいですよ。追証
の幅も広がっていいですよ。」旨言われ,さんざん騙されていると思いながらも,同
人の話を聞いて,どうにか損失を取り戻したいという気持ちで続けるしかないと思
い,東京綿糸にかけることにした。
   また,同日午後6時過ぎころ,年内最後の値動きを聞こうとAに電話し,応対に出た
D課長に関西生糸の価格変動の見込みについて問い合わせたところ,「そりゃ下が
りますよ。」,「大丈夫,大丈夫」などと同人が被告人の心配を軽くかわすような返事
をしたため,自己のことを真剣に考えてくれず,馬鹿にしていると感じて,より激しい
怒りを感じ,また,自分が損失を被り多額の借金をする切っ掛けとなった取引を勧
めたのは被害者なのに,同人は,損失が発生してからはD課長らに電話を代わる
ことが増え,自己の責任を回避しようとしていると感じ,被害者に対して激しい憎悪
を抱くようになった。
 ■ 被告人は,同月末ころ,Aから約77万円の追証請求書を受け取ったため,年明け
にはこれを払わなければならないと考え,資金捻出のためにサラ金会社で借入の
申込みをしたが,その一方で,Aの社員を殺害して預り証や現金を奪い,これによ
って取引を継続するという計画を実行するため,殺害や死体の遺棄に使用する金
属バット,ロープ,金属製スコップ,手袋,ナイフなどを用意し,死体を運ぶために自
車のトランクを整理するなどした。
 ■ 被告人は,平成12年1月4日朝,D課長から,「追証が出た。」,「1日で抜けます
から,すぐに戻りますよ。」,「(たった)77万円(くらい)」旨,軽い口調で金額を言わ
れ,追証を支払うよう求められ,また,これを支払わずに全ての取引をやめれば今
まで入れた分の500万円くらいがなくなるが,追証を支払って取引を継続すればそ
れまでの損失を挽回できると言われた。そこで,被告人は,前年末に申込手続を行
ったサラ金会社から借入をして追証を準備しようとしたが,手続上の問題で同日中
には借入が不可能であるとわかり,損失を確定させず,取引を継続するためには,
同社に対し,現金の用意ができたと偽り,同社の社員に預り証を持って集金に来さ
せ,同社員を殺害して預り証とその所持金を奪うしかないと決意した。さらに,被告
人は,このままでは,預り証を奪ったとしても,またすぐに同社から追証を要求され
るかもしれないと思い,同社員を殺害して預り証を奪うのであれば,より多額の現
金が準備できたように装い,委託証拠金額を増額させた預り証を奪った方が良いと
考え,D課長に対し,必要な追証額の約2倍に当たる150万円を準備するので夜
に集金に来てほしいと連絡し,同日午後9時30分から午後10時までの間にH店で
現金の受渡しを行うことになった。
 ■ 被告人は,本件犯行を決意した後,出勤予定を取りやめ,自車で同県東国東郡f
町方面に赴き,殺害や死体の遺棄に適した場所を探し回った結果,自己の勤務先
の社員駐車場(以下「本件駐車場」という。)の南側にある窪地であれば死体が発
見されにくいと考え,同所付近の脇道で殺害を行い,前記窪地に死体を遺棄するこ
とに決め,いったん帰宅した。しかし,被告人は,知人と世間話などをしているうち
に,本件犯行の実行にためらいを感じるようになったため,まず,集金にきた社員
に対し,一部の取引を決済し,手持ちの現金12万円だけで取引を継続するように
説得し,説得が失敗したときには当初の計画どおり同社員を殺害して預り証や所
持金を奪おうと考えた。その後,被告人は,被害者から電話を受け,同人が集金に
来ることを知り,説得に失敗した場合にも同人であれば恨みがあり殺しやすいから
良かったと思うと同時に,同人であればもしかしたら説得に応じてくれるかもしれな
いという期待を抱いてH店に向かった。
 ■ 被告人は,同日午後9時30分ころ,H店の駐車場で被害者と会い,同人を自車の
助手席に乗せ,同人に対し,持参した現金12万円を渡し,これで取引を継続する
ように求めたが,同人から難色を示された。そこで,被告人は,被害者を乗せたま
ま,同所を出て本件駐車場方面に向かい,場所を移動しながら,再度同人の説得
を試みたものの,同人は,被告人が自分自身の意見を聞かせてほしいと言っても,
会社に電話させてほしいと言うのみで被告人の説得に応じようとしなかったため,
被害者のそのような態度に怒りを感じるとともに最早同人を説得するのは無理だと
考えるに至った。被告人は,それでもなお被害者を殺害することにためらいを感じ
ていたが,被告人が目を離したすきに被害者が携帯電話で誰かと楽しそうに話をし
ているのを目撃し,被害者は被告人のことを全く真剣に考えていないと感じ,更に
被害者が被告人に対し,再度会社に電話をかけさせてほしいと言ったため,同人
がまた責任逃れをしようとしていると思って激怒し,「罪となるべき事実」記載のとお
り被害者を殺害した。
 (殺害後の行動)
 ■ 被告人は,被害者殺害後も,被害者が生き返ってくるのではないかとの恐怖心が
あったため,被害者の首に巻き付けていたロープの一端をナイフで切り取り,被害
者の両手首,両足首を緊縛した。そして,被害者の死体を隠蔽するため,被害者の
首に巻き付けていたロープを掴んで同人の身体を引きずり,遺棄場所として選定し
ていた本件駐車場南側の小川方向に運んだ。
   被告人は,その途中,被害者の着衣のポケット等を探り,その財布や自動車の鍵
を抜き取って奪い,さらに,同人の死体を同駐車場南東隅まで運び,斜面の下の小
川の所まで引きずり下ろした。
   被告人は,小川の窪地に死体が入りきらなかったので,スコップで窪地を掘り広
げ,その穴に被害者の死体を入れ,上から土砂を掛けて死体を遺棄した。
 ■ 被告人は,付近に同スコップを投棄した上,殺害現場に戻って,バットやロープを
自車トランク内に積み込み,車を発進させ,H店に向かったが,その途中,g橋手前
の空き地に自動車を停車させ,被害者から奪った財布の中から現金のみを抜き取
り,さらに,被害者が被告人車両内においていた鞄の中から現金41万円及び新た
に150万円を預託した結果になっている委託証拠金預り証1通(額面913万500
0円)を取り出して奪った。
   そして,被告人は,奪い取ったもの以外のもの(封筒や携帯電話等)は,g橋の上か
らg川に投棄した。
 ■ 被告人は,その後H店に戻り,被害者が同所から連れ去られたように偽装するた
め,被害者が乗って来ていた自動車のドアを奪った鍵で開け,同車のライトを点灯
させて放置し,その後g橋まで戻って自動車の鍵も投棄した。
 ■ 被告人は,犯行翌日である平成12年1月5日以降,警察やAのD課長らから被害
者の所在について何度も事情を聞かれたため,被害者が生きていると偽装しようと
考え,同月6日と16日の2回にわたり,被害者が第三者に依頼して発送したとする
内容の手紙を作成し,A宛に郵送した。また,犯行当日のアリバイがないので,知
人の女性に依頼し,一緒にドライブをしていた旨話してくれるようアリバイ工作をす
るなどもしていた。
   また被告人は,被害者から奪った委託証拠金預り証を前提に,同月11日にはサラ
金からさらに100万円を借金して(うち30万円は実質的には被害者から奪った現
金分)Aに預託し,同月12日にも先物取引を行ったが,同月14日に全ての決済を
して先物取引を終了した。最終的に被告人の手元に戻ったのは14万円余であっ
た。
 (自白に至る経緯)
 ■ 被告人は,被害者が行方不明になる前に最後に会った顧客であったため,平成1
2年1月5日及び同月12日に参考人として警察の事情聴取を受けたが,その際に
は,被害者とは同月4日夜に会って150万円を支払い,預り証を受け取った後にH
店で別れた旨虚偽の事実を話していた。その後,被告人が被害者を殺害したという
嫌疑が高まり,被告人は,同月22日朝,被疑者として任意同行の上取調べを受け
たものの,従前の供述を繰り返し,事件との関わりを否定したまま同日夜に帰宅し
た。しかし,被告人は,翌23日朝から行われた取調べにおいて,被害者の殺害及
び死体遺棄を認める供述を始め,同供述に基づく捜索の結果,被害者の遺体が発
見されたことから,翌24日午前1時15分,殺人及び死体遺棄の容疑で逮捕され
た。被告人は,当初,殺人の動機及び財物奪取に及んだ理由について,被害者を
衝動的に殺し,その後に所持品等を発見したのでこれを奪取した旨供述し,その後
も犯行の計画性等について追及を受けながらも同様の供述を続けていたが,翌25
日の勾留質問後の取調べにおいて,被害者が持参した預り証を奪取するために計
画的に被害者を殺した旨供述するに至り,供述を変遷させた理由について,「今日
までどうして本当の話をすることができなかったかというとやはり,この事をいうと計
画的な殺人であり,裁判で重たい判決を受けるのではないかという不安と恐怖があ
ったからです。」,「私が本当のことを話す様に踏ん切りがついたのは自分より若い
Bを殺しておいて,事実を一部隠して自分が軽い罪で許されては,BやBの両親,
また自分の両親に対しても申し訳ないと思った」からである旨供述した(乙3第3
項)。そして,以後の取調べにおいては,前記■ないし■で認定した内容と概ね同
旨の供述を維持していた。
2 ところで,被告人の自白以外で,被害者殺害の目的が,被害者の持っていた預り証
や現金等を奪うことにもあったことを推測させる事実としては,①被告人は,先物取引
を始めてから,1か月半ほどの短期間に,自己資金約180万円及び両親やサラ金か
ら借りた合計450万円の総合計約630万円をAに注ぎ込んだが,それらをすべて失
いそうな状態に陥っており,金銭に窮していた,②当時Aから請求されていた追証額
は約77万円であったのに,犯行当日の朝,D課長に「150万円用意できた。」旨嘘を
告げている,③被告人は,犯行後に現に現金や預り証等を奪っている。なお,財布と
自動車の鍵は,被害者が身につけていたと考えられるから,犯行直後(死体遺棄前)
に奪っていると推測できる,④奪った委託証拠金預り証を根拠に,その後も1月14日
まで先物取引を継続した,というような点が指摘できる。
  以上の客観的な事実に照らすと,被告人が被害者を殺害したのは,被害者に恨みが
あり,それを晴らす意味があったという点はそれとして,同時に財物奪取の目的があ
ったと考えるのがごく自然であるところ,被告人のこの点に関する捜査段階における
各供述調書の内容は具体的詳細で,不自然な点もなく,また,前記■のとおり,捜査
段階の初期の段階から既に強盗の目的を認めていること,強盗を考えたという点につ
いては,取調官が知るはずもないスーパーやパチンコ店を襲う話についても具体的に
供述しており,そのようなことを考えたことについては公判廷でも否定していないこと
などに照らせば,本件が強盗目的を伴う殺人であることは疑う余地がない。
  これに対して弁護人は,被告人の殺意と経済的問題は断絶しているとして,
 ■ 150万円用意できたと嘘を述べた点については,以前金が用意できないと言った
ら詐欺呼ばわりされた(前記1■)ので,その場は嘘を言ってでも電話を切って,集
金に来て貰った際にいろいろ話をしようとしたものである,150万円という数字は,
被告人はこれまで追証は150万円を入れるものであるとの認識を持っていたから
であるなどと主張し(弁論要旨10頁以下),被告人も公判廷において同様の供述を
する(第10回公判調書93項以下)。
   しかし,当時請求されていた追証額が約77万円であることは,前年末に届いてい
た請求書及び当日朝のD課長からの電話で被告人ははっきり認識していたはずで
あるから,「77万円を用意できた。」と嘘を言ったのであればともかく,「150万円」
と金額を増やした合理的理由の説明にはならない。また,これまでに追証額が15
0万円であったこともないのであって,150万円と誤解していたという弁解も信用で
きない。
 ■ 被告人は預り証が確実に持参されて来るという確信は持てようはずはなかったか
ら,被告人に預り証を奪う目的はなかったと主張するようであり(弁論要旨12頁),
被告人も,被害者を殺害した時点で被害者が預り証を持参していたかどうか分から
なかった(第11回公判調書277,278項),(死体遺棄後,車に戻ってH店に向か
う途中)大分走ってからコンポの音がうるさいのに気づいてコンポのボリュームを下
げようと思い,直接本体のボタンを押すのにその助手席側に体を傾けた時に助手
席の足元に被害者のバッグがあるのに気付き,鞄を逆さまにして中身を出してお金
と預り証を取った旨供述する(第10回公判調書259項ないし266項)。
   しかし,Aが追証等の預託金を現金で集金する際には,預り証を準備し,現金と引
き替えに預り証を交付することは当然のことであって,被告人は,委託契約時に,
取引資金を現金で集金した場合にはその場で預り証を交付し,振込みの場合は後
日預り証を郵送する旨の説明を受け,実際初めに90万円を預託した際にもその場
で預り証を受け取ったのであり(乙5第3項),本件犯行当日のD課長との会話でも
預り証のことが話題になっていたのであるから(甲180,弁18第11頁以下),被害
者が集金の際に預り証を持参するのは当然のことと考えていたものというべきであ
って,被害者が預り証を持参してくることを分からなかったはずはない。また,車内
で鞄に気付いた直後に鞄の中から預り証と現金のみを探し出しているというのであ
るから,このことからしても,被告人の弁解は説得力に欠けるというほかはなく,被
告人の預り証奪取の意思の存在を疑うべき理由はない。
 ■ 被告人は,被害者の責任ある態度を期待していたのに,またも上司や会社の意見
を電話で聞こうという話が出たことに逆上し殺害に及んだもので,このときに財物奪
取の意思は持っていなかったと主張し(弁論要旨4頁),被告人も,「ただ,殺してや
るというような考えしかなかった。」旨供述している(第10回公判調書239項)。
   確かに,被告人が最終的に殺害行為に出た切っ掛けは被害者の電話している姿を
見たことなどにあるようであり,殺害の瞬間には預り証を奪うということが意識の上
から消えていたことは十分考えられるが,そうであるからといって,事前の周到な計
画,事後の現実の行動に照らすと,それは単に意識の表面から消えたように見え
るだけにすぎないといえ,被告人の殺害行為が財物奪取に向けられたものである
ことを否定する理由にはならない。
 ■ 捜査段階における財物奪取に関する被告人の供述は,当時の被告人の自分を責
める心情と犯行後に財物が奪取されている以上強盗殺人であると確信してしまっ
た警察官の勘違いに基づく真摯な説得から作られた供述であって信用性がないと
主張し(弁論要旨14頁),被告人も,現金,預り証を取る目的というように複雑なこ
とまでは考えたことがないと言っていたら,取調官からそれではつじつまが合わな
いと言われたので,やっぱり,ああ,そうですねとしか答えようがなかった,調書の
読み聞かせは早口で,あのときは全然聞き取れなかったが,署名指印してくれと言
われてそうするものなんだと思って署名指印した旨供述する(第10回公判調書27
4項ないし281項)。
   しかし,前記のとおり,被告人が強盗目的を認めたのは1月25日と殺害を認めて
から3日目の,まだ犯行の詳細も不明なときであって,特に強盗の目的の有無ばか
りを追及していたような段階ではないこと,預り証を奪うために被害者を殺害すると
いう内容の記載は多くの調書中にあるのであるから,読み聞けが早くて聞き取れな
かった,調書の中身については弁護士に「調書の写しを差し入れて貰って,読んで
そのときに分かった。」(第10回公判調書269項)などといえる状態とは思われな
いこと,しかも,警察官Iの証言によれば,調書作成の際には,読み聞かせを行う刑
事が被告人の隣に座って供述調書の用紙を机の上の被告人の前に置いて調書の
内容を読み上げ,被告人は供述調書を一緒に目で追いながら誤字を指摘すること
もあったというのであり(I証人第12回公判調書99項以下),被告人が逮捕直後か
ら弁護人と接見し,公訴提起前から強盗殺人罪の量刑についても説明を受けてい
た(乙14第5項)ことなども考え併せれば,被告人が調書の内容や意味を理解して
いなかったとは到底考えられない。
  以上のとおり,捜査段階における被告人の供述の信用性に疑問の余地はなく,公判
廷における被告人の供述のうち,これと相容れない部分は信用できず,被告人は,被
害者に対し,強い憎悪の念を抱き,同人に対する恨みを晴らすとともに,預り証や所
持金を奪うために同人を殺害したものと認められるから,弁護人の主張は採用できな
い。
(法令の適用)
罰      条 刑法240条後段
刑種の選択 無期懲役刑
酌量減軽 刑法66条,71条,68条2号
訴訟費用 刑訴法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が先物取引で多額の損失を被り,取引の継続に必要な金銭を準備
できなくなったため,集金に訪れた被害者を殺害して同人が所持していた被告人名義
の預り証1通及び現金約40万円を強取したという強盗殺人の事案である。
2 本件犯行の動機となった被告人の先物取引について,弁護人は,Aによる違法な客
殺し商法のもとでなされたものであり,被告人が同社の悪質な商法により多額の損失
を被った過程を量刑上酌むべき事情として考慮すべきである旨主張し,他方,検察官
は,被告人は自由な意思及び判断により先物取引を開始・継続したものであり,被告
人の被った損失は自分の未熟な甘えた考えがもたらした自業自得の結果に他なら
ず,同社の商法に何ら違法な点はない,被害者にも落ち度はない旨主張する。
  この点,関係証拠によれば,同社の内部規定では26歳以上のものでなければ取引
をしないようにとされている(甲84。なお,J証人第9回公判調書29項以下)ところ,前
記のとおり,被害者らは,平成11年11月3日から4日にかけて,短期間で簡単に儲
かる話がある,今ガソリンを買えば1か月で2倍になるなどと言って当時まだ25歳で
あった被告人を勧誘し,株式取引等の経験すらなく,資産状況も保険も含めて預貯金
等合計約180万円,収入も名目でも月18ないし19万円(甲120)といった程度であ
った被告人に,同日直ちに90万円を預託させ,被告人が26歳の誕生日を迎えるの
を待って同月17日から取引を開始し,多少の利益が出た段階で,被害者が被告人に
対し,利益分も注ぎ込んだ方が少ない値動きで儲けが出るなどと説明し,利益分も含
めて委託金全額を鶏卵の取引の証拠金に振り替えさせ,同様に鶏卵の取引による利
益もほぼ全額を関西生糸の証拠金に振り替えさせ,被告人が損失の拡大について不
安を訴え,取引をやめたいと申し出ると,D課長が今やめても投入したお金がゼロに
なるかマイナスが出る,生糸と同様の値動きをする乾繭の取引をすれば追証を回避
できるなどと説明し,被告人に対し,翌月13日に約170万円を入金させ,被告人が
親にまで借金しているので借りるところがない旨述べると,F係長がサラ金会社の利
用を示唆し,同月17日にも合計170万円を入金させて中部乾繭を買い増し,同月2
1日にはG支店長が被告人にすぐに返ってくる救済資金であるなどと説明して200万
円を入金させ,一時的に利益を上げたが,すぐに同額の損を生じさせ,結局手数料約
30万円を出させただけになるゴム(指数)の売買などを行い,同月27日には追証の
幅が広がるなどと説明して新たに東京綿糸の取引を始めさせ,結局,1か月余りの間
に約630万円(利益分の上乗せも含めると763万5000円)を証拠金として預託させ
る一方,全く利益を還元しておらず,結果的に,被告人は,先物取引の開始後わずか
1か月余りの間にこれらの金員を失いそうな状態に追い込まれ,多額の借金を負うこ
とになったことが認められる。
  このような事実関係からすると,被告人に対するAの勧誘は,先物取引における適合
性の原則に違反している疑いが濃く,また,前記各取引についてはいずれも被告人
の承諾・確認がなされてはいるものの,被告人が一部取引の内容や利益の額を完全
に勘違いしていることや,被害者の上司らが取引をやめれば多額の損失が確定する
などと言葉巧みに申し向けて被告人の不安をあおった状況が窺われることからする
と,被告人は,個々の取引の内容を十分に理解できないまま,ほぼ同社の社員のい
うがままに取引を行っていたものと考えられ,同社が被告人の自己資金が底をついた
後もサラ金会社まで利用させて新たな資金を用意させ,他方,被告人にとってさして
利益の残らない取引を繰り返して合計約260万円もの手数料を稼いでいた(弁20の
資料5)ことも合わせて考えると,かかる同社の取引の進め方は,全体として組織的な
違法行為であった可能性が極めて高いというべきである。無論,もとはといえば,先
物取引の危険性をある程度認識しながら,安易に多額の利益を得ようとした被告人
の判断の甘さがかかる事態を招いたのであって,借金までして取引を継続したのも結
局のところ損害を被りたくないという被告人自身の損得勘定によるものである以上,
前記損失については被告人にも相応の責任があると考えられる。ただ,被告人の損
失が短期間でかかる規模まで拡大した過程には,前記のとおりAの不法行為が介在
した可能性が高いのであり,被告人は,先物取引による典型的な「被害者像」(弁10
の86頁)にほぼ重なることからしても,その結果を「自業自得だ。」としてすべて被告
人の自己責任として片づけるのはいささか酷というべきである。そして,被害者自身に
ついても,末端の従業員であったとはいえ,既に約2年間同社に勤務しており,前記
のような本件各取引の問題性について理解できるだけの経験を積んでいたにもかか
わらず(弁7号証24頁ないし30頁によれば,営業員を1,2年経験すれば,大多数の
客が損をする結果になることは分かると認められる。),被告人を危険な取引に引き
込むなどしてその一端を担った点において落ち度がないとはいえず,被告人が先物
取引に手を染めるまでは堅実な生活を送っていたことも考慮すると,被告人が本件犯
行に至った経緯には同情すべき余地があるといえる。
3 もっとも,Aの民事・刑事責任の有無・程度については各種の司法制度の利用によっ
て判断を受け,あるいは被害の救済を求めるべき事項であるのに,被告人が,かかる
法的手段を取ることなく,損失の全責任が同社や被害者にあるかのように断罪して一
方的な恨みを抱き,その責任は死にも値すると考えたのは,あまりにも独善的な思考
であり,被害者を惨殺した被告人の行為自体は,到底許されるべきものではない。被
告人は,自分が犯罪を犯すことを考えるところまでAが追い込んだ旨供述するが,当
時の被告人の生活状況,経済状態をみれば,未だ肉体的・精神的に激しく追いつめ
られた状態に至っていたとまでは言い難く,被告人は,結局のところ人命よりも自己の
経済的利害を優先させたのであるから,動機の悪質性についても弁解の余地はな
い。
  被告人は,本件犯行を実行するに当たり,予め証拠金額を増額させた預り証を被害
者に持参させ,同人の頸部にロープを巻き付けて絞殺し,その遺体を人目につかな
い場所に埋め,その後も極めて冷静に偽装工作を行い,警察関係者等を欺き,素知
らぬふりで取引を継続していたもので,その犯情は極めて悪質である。
  被害者は,前途洋々の身でありながら22歳の若さで生命を絶たれたのであり,その
無念さは図りしれず,本件犯行の結果は重大である。愛すべき者を失った遺族や婚
約者の悲しみや憤りは筆舌に尽くしがたいものといえ,自己の刑責を軽くするため,
財物奪取の目的を否認するなど,真摯な反省の態度を見せない被告人に対し,遺族
らが極刑を望むのももっともなことと思われる。
4 以上の諸点にかんがみれば,被告人の刑事責任は極めて重いというべきであるが,
他方,前記のとおり,本件犯行に至る経緯には同情すべき余地があり,本件犯行は,
自己の金銭的利益のためだけに無関係な第三者の命を奪うといった典型的な強盗殺
人とはいささか異なる側面を有するものであること,被告人は動機の点はともかくとし
て殺害行為自体については逮捕後一貫して反省の情を示しており,遺族に対する慰
謝の措置についても,被告人の両親が300万円の被害弁償を申し出ているほか,被
告人がAに対して請求している損害賠償金が得られた場合にはそれを全額被害弁償
に当てる旨誓約しており,将来的にはある程度の被害弁償がなされる見込みがある
こと,被告人には前科前歴がなく,未だ若年であって更生の可能性があることなど被
告人にとって酌むべき事情も認められる。これら被告人に酌むべき事情にかんがみる
と,被告人を平均的な強盗殺人の事案と同一の量刑に処するのはいささか躊躇せざ
るを得ない。
  よって,被告人に対しては,無期懲役刑を選択し,酌量減軽した上で,その上限であ
る懲役15年に処することとするが,犯行の悪質性にかんがみると,今日までの2年余
の未決勾留日数については,これを算入しないのが相当と判断し,主文のとおり判決
する。
(求刑 無期懲役)
平成14年2月14日
大分地方裁判所刑事部
裁判長裁判官   久我泰博
裁判官   鈴木幸男
裁判官   餘多分 亜 紀

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