弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差戻す。
         理    由
 弁護人芳井俊輔上告趣意第一点について。
 本件犯行当時の食糧管理法施行規則第一条によれば、市町村長は米の生産者にそ
の供米割当を通知すると共にこれを公示すべきことは、所論のいうとおりである。
そして、論旨は、この通知は村長自らがなすべきものであつて、部落会長をして代
行せしめることはできないものであると主張するのである。しかしながら、その通
知の方法については、法令において別段要式的な制限が設けられているのでもなく、
又特にこの場合について制限を認めなければならぬ実質上の理由が存するわけでも
ないのであるから、それは書面でなされても、口頭でなされても、また村長自らが
行つても、村長が他人を通じて行つても、等しく通知たるの効力を有すると共に、
村長は適宜通知の方法を選択する権限をもつことは、まことに明白である。ただ供
出義務を具体的に確定するために何等かの方法によりその数量を通知すれば事足る
のである。だから、本件において村長が、部落会長を代行せしめてした通知は、も
とより適法であり有効であると言わなければならぬ。次に、論旨は、村長が前記公
示をしなかつたのは違法でありこの違法について審理をしなかつた原判決は、違法
であると主張するのである。しかし、ここに問題となつている公示は、供米割当が
秘密裡に扉の蔭で行われるのでは、ともすれば依怙と偏倚に流れ易く公明を欠くに
至る虞れがあるから、これを一般に公表して広く第三者にも知らしめることによつ
て、割当の公正に行われることを保障することを主眼とする制度たるに過ぎない。
従つて、本件のごとくすでに通知がなされている以上、公示は、特定の生産者の供
出義務を具体化せしめるために必要な要件ではなく、かかる要件は前記通知のみに
よつて充足されるものと解すべきである。されば、原判決が公示の点について審理
しなかつたことは当然である。論旨は、それ故に理由なきものである。
 同第二点について。
 食糧管理法による米穀供出の割当数量が、実収高以上である場合には、この実収
高を超える分については、供出が不可能であることは自明の理であるから、この部
分については供出違反罪の成立を阻却するものと解すべきことは大法廷の判例とす
るところである(昭和二三年(れ)第一七二四号、同二六年七月一八日言渡判例集
五巻八号一四六五頁以下)。原審において被告人は昭和二一年度産米穀の実収牧高
は三七俵であつて供出割当が四十一俵であつたことを主張抗争しているが、それは
結局旧刑訴三六〇条二項の法律上犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張が
あつたと認むべきを相当とする。それ故、原審は、これに対する判断を示すことを
要するにかかわらず原判決にはこれを示していない。従つて、この点において論旨
は理由があり原判決は破棄さるべきである。
 よつて、旧刑訴四四七条、四四八条の二により主文のとおり判決する。この判決
は第二点に対する裁判官斎藤悠輔の後記反対意見を除き、その余は全裁判官の一致
した意見である。
 裁判官斎藤悠輔の論旨第二点に対する反対意見は、次のとおりである。
 食糧管理法による米穀供出の割当数量が実収高以上である場合には、この実収高
を超える分については供出が不可能であることは自明の理であるから、この部分に
ついては供出違反罪の成立を阻却するものと解すべきことは大法廷の判例とすると
ころであることは、多数説のいうとおりである。そして、この大法廷の判決は、一
見頗る常識に富んだ尤もな議論のように見える、しかし、それは、飽くまで目先だ
けのことであつて、その実極めて浅薄な謬論であると考える。第一に、わが刑法上
犯罪の一部の成立を阻却するに過ぎない事由などは、どこにも認めていない。第二
に、犯罪の一部の成立を阻却するに過ぎない事由という観念は、言葉を換えていえ
ば、犯罪全体としてはその成立を阻却しないということであつて、犯罪の成否から
見ればそれ自体意味を成さない観念である。だから本件でいえば、割当数量四一俵
のところ被告人は実収高が三七俵であるというのであり、従つて、被告人の供出義
務は、その主張だけによつても、四俵を除いた少くとも三七俵であり、その内供出
したのが僅かに一〇俵であるというのであるから、誰れが見ても犯罪の成立するこ
とは一点の疑もない訳である。第三に、供出割当の当、不当を刑事裁判手続の段階
で判断し、一旦決定した供出義務の範囲を刑事裁判で変更することは、わかり易く
いえば、司法権の行政権に対する干犯である。その上刑事裁判所は、かかる判断を
するにふさわしい機関ではない。第四にかかる争を上告理由として認めることは、
被告人にとつて、必ずしも利益ではない。本件についていえば、被告人は原判決で
は、懲役六月及び罰金五千円に処され、三年間右懲役刑の執行を猶予されている。
原判決を破棄して、これを原審に差し戻すと、被告人は、また再び審理判決を受け
なければならぬ。その費用だけでも罰金額に相当する金高で済むかどうかわからな
い。のみならず、被告人の犯罪が結局阻却されず有罪たるを免れないことは、その
主張自体で明らかであるから、若しも原審の検察官が附帯控訴の申立をするときは、
執行猶予の言渡をされないかも知れない危険に曝らされる。だから、結局馬鹿を見
るのは被告人だけである。以上の理由で、わたくしは、前記大法廷の判決には声を
大にして反対する。最高裁判所の裁判というものは、もつと大所、高所からすべく、
より毅然たるべきであると信ずるからである。(なお前記大法廷判決中わたくしの
反対意見判例集五巻八号一四七〇頁以下参照)
 検察官茂見義勝関与
  昭和二六年一二月二七日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    真   野       毅
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    岩   松   三   郎

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