弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1合同会社Aが被告B及び被告Cとの間でした,別紙物件目録記載の不動産に
係る平成28年9月28日付け不動産管理処分信託契約上の委託者の地位の移
転に係る契約を取り消す。
2被告Dは,前項の不動産について,札幌法務局a出張所平成28年11月85
日受付第●●●●●号をもってなされた委託者変更登記の抹消登記手続をせよ。
3合同会社Aが被告B及び被告Cとの間でした,別紙物件目録記載の不動産に
係る平成28年9月28日付け不動産管理処分委託契約上の受益権の譲渡契約
を取り消す。
4被告Dは,前項の不動産について,札幌法務局a出張所平成28年10月110
4日受付第▲▲▲▲▲号をもってなされた受益者変更登記の抹消登記手続をせ
よ。
5合同会社Aが被告Dとの間でした別紙物件目録記載の不動産に係る平成28
年9月8日付け不動産管理処分信託契約を取り消す。
6被告Dは,前項の不動産について,札幌法務局a出張所平成28年9月3015
日受付第■■■■■号をもってなされた所有権移転登記及び信託登記の各抹消
登記手続をせよ。
7訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求20
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,①合同会社A(以下「A」という。)が別紙物件目録記載の土地
(以下「本件土地」という。)を被告Dに信託した上,②その受益権をAが被
告B及び被告Cに譲渡し,③委託者の地位をAが被告B及び被告Cに移転した25
ところ,Aに対して租税債権を有する原告(札幌市)が,上記①ないし③はい
ずれも詐害行為に当たる旨主張して,次のとおり請求する事案である。
(1)受託者である被告Dに対し,信託法11条1項(平成29年法律第45号
による改正前のもの。以下同じ。)及び民法424条1項(平成29年法律
第44号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき,上記①の信託契約の
取消しを求めるとともに(請求の趣旨第5項),本件土地の所有権移転登記5
及び信託登記の各抹消登記手続を求める(同第6項)。
(2)被告B及び被告Cに対し,民法424条1項に基づき,上記②の受益権の
譲渡及び上記③の委託者の地位の移転の各取消しを求めるとともに(請求の
趣旨第3項,第1項),受託者である被告Dに対し,本件土地の委託者変更
登記及び受益者変更登記の各抹消登記手続を求める(同第4,項,第2項)。10
2前提事実(証拠〔枝番号を特記しない場合は枝番号を含む。以下同じ。〕等
を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1)当事者等
ア原告は,地方自治法252条の19第1項の指定都市たる地方公共団体
である。15
イ被告Dは,土木工事及び建築工事の企画,調査,設計施工及び管理業務
などを業とする株式会社である(甲1の1)。
被告Bは,札幌市b区c所在の「Eホテル」(以下「本件ホテル」とい
う。)の「会長」であり,平成28年9月当時,被告Dの代表取締役を務
めていた者である(甲1の1,甲18)。20
被告Cは,本件ホテルの「副会長」である(甲19)。
ウAは,宿泊施設の経営等を業とする合同会社であったが,平成29年8
月18日に解散し,現在清算中である(甲2)。
F(以下「F」という。)は,被告Bの子であり,平成28年9月当時,
Aの代表社員を務めていた者である(甲22)。25
(2)本件土地
本件土地は,本件ホテルの駐車場に隣接する,広さ1521.22㎡の土
地である(甲15,37の1,乙3,弁論の全趣旨)。
(3)Aへの所有権移転登記
Aは,本件土地を前所有者の北海道から売買により取得したとして,平成
28年9月5日,その旨の所有権移転登記手続をした(甲15)。5
(4)Aに対する事業所税の申告納付の促し及び決定予告
原告は,Aが本件ホテルにおいてホテル事業を行っていると認定し,平成
28年9月6日,Aに対して事業所税の申告納付を促し,同月16日には札
幌市長による事業所税の決定予告をした(甲11,13)。
(5)信託登記等10
ア所有権移転登記及び信託登記
被告Dは,平成28年9月8日付けでAが被告Dに本件土地を信託する
旨の信託契約(以下「本件信託契約」という。)を締結したとして,同月
30日,その旨の所有権移転登記及び信託登記の手続をした(札幌法務局
a出張所同日受付第■■■■■号)(甲15)。15
イ受益者変更登記及び委託者変更登記
被告Dは,平成28年9月28日付けでAが本件信託契約の受益権をG
有限責任事業組合(甲1の2。組合員は被告B及び被告C)に譲渡したと
して(信託法146条参照。以下「本件受益者変更」という。),同年10
月14日,受益者を被告B及び被告Cに変更する旨の登記手続をした(札20
幌法務局a出張所同日受付第▲▲▲▲▲号)(甲15)。
また,被告Dは,同年9月28日付けでAが本件信託契約の委託者の地
位をG有限責任事業組合に移転したとして(信託法93条1項参照。以下
「本件委託者変更」といい,本件信託契約及び本件受益者変更と併せて
「本件各行為」という。),同年11月8日,委託者を被告B及び被告Cに25
変更する旨の登記手続をした(札幌法務局a出張所同日受付第●●●●●
号)(甲15,16)。
(6)事業所税の決定
札幌市長は,Aの平成24年から平成27年までの各事業年度に係る事業
所税を決定し(総額2725万7400円。以下「本件事業所税」という。),
平成28年10月4日,これをAに通知した(甲14)。5
3争点
(1)本件事業所税に係る租税債権の被保全債権適格の有無
(2)本件各行為の詐害性の有無
(3)Aの詐害意思の有無
(4)詐害性についての被告B及び被告Cの善意10
4争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)(本件事業所税に係る租税債権の被保全債権適格の有無)につい

(原告の主張)
詐害行為取消請求においては,原則として詐害行為の時に被保全債権が存15
在していることを要するが,債権成立の基礎となる法律関係や事実が詐害行
為の時点で発生し,被保全債権の発生が確実なものであるときは,詐害行為
以前の時点で被保全債権が発生していることを要しないというべきであり,
当該債権を被保全債権として詐害行為取消請求をすることができるものと解
される。20
そして,本件においては,Aを納税義務者とする本件事業所税の納税義務
の基礎となる法律関係や事実関係(対象事業所の運営)が存在しており,詐
害行為の時点において,本件事業所税に係る租税債権の発生が高度の蓋然性
をもって見込まれる状態であった。
したがって,本件事業所税に係る租税債権を詐害行為取消権の被保全債権25
とすることができる。
(被告らの主張)
ア詐害行為取消請求の趣旨が債務者の責任財産の保全にあることからすれ
ば,被保全債権は詐害行為の前に成立している必要があるというべきであ
る。
しかるに,原告の主張する被保全債権は,いずれも平成28年10月45
日付けの決定通知をもって課税要件が確定し,Aの納税義務が生じたもの
であって,原告が詐害行為であると主張する本件各行為は,いずれも上記
決定通知の前になされたものである。
したがって,本件事業所税に係る租税債権を詐害行為取消権の被保全債
権とすることはできない。10
イこの点につき原告は,①被保全債権の発生が確実である場合には,詐害
行為以前の時点で被保全債権の存在を要しない,②本件の租税債権につい
ても,詐害行為の時点で発生につき高度の蓋然性があったなどと主張する。
しかし,上記①については,取引安全の見地からすれば,そのような拡
大解釈は認められるべきではない。また,上記②については,平成28年15
10月4日の決定通知より前の時点では,処分庁である原告において,納
税義務者をAではなく株式会社H(以下「H」という。)であると判断す
る可能性も十分にあったし,Aがどの時点・対象の事業所につき事業所税
を支払うべきかすら確定しておらず,給付の内容が未確定でもあったので
あるから,原告の主張するような蓋然性があったとはいえない。20
(2)争点(2)(本件各行為の詐害性の有無)について
(原告の主張)
アAは,本件信託契約当時,事業所税債権の発生により債務超過となるこ
とが明白で,他にめぼしい不動産等の資産もなかったのであって,本件信
託契約により無資力の状態となることが明らかであった。また,このよう25
な状態は,本件委託者変更及び本件受益者変更の当時においても継続して
いた。
したがって,本件各行為には,いずれも詐害性がある。
イこの点につき被告らは,そもそも本件土地の実質的な所有者は被告B及
び被告Cであって,Aの責任財産を構成しないなどと主張する。しかし,
Aは北海道から本件土地を入札により買い受けたものであり,その所有者5
であることは明らかであって,被告らの主張は失当である。
(被告らの主張)
本件土地の実質的な所有者は,被告B及び被告CであってAではない。す
なわち,被告B及び被告Cは,北海道から本件土地を入札により買い受ける
際,Aの名義を借りただけにすぎないし,現に,売買代金は全て被告B及び10
被告Cが出捐したものである。
したがって,本件土地はそもそもAの責任財産を構成するものではなく,
本件各行為はAの責任財産を減少させるものではないから,本件各行為に詐
害性はない。
(3)争点(3)(Aの詐害意思の有無)について15
(原告の主張)
Aは,原告から本件ホテルの事業者として事業所税の申告を行うよう促さ
れたり,Aに事業所税を賦課する予定であることを通告されたりしており,
本件信託契約の当時も,また本件受益者変更及び本件委託者変更の当時も,
上記各行為によって自らの責任財産が流出し,もって原告を害することを知20
っていた。
(被告らの主張)
不知。
(4)争点(4)(詐害性についての被告B及び被告Cの善意)について
(被告らの主張)25
争点(2)で主張したとおり,被告B及び被告Cは自ら本件土地を購入した
ものであって,入札の際にAの名義を借りたにすぎない。そのため,被告B
及び被告Cにおいて,本件各行為がAの責任財産を減少させるとの認識など
あるはずもない。そもそも,争点(1)で主張したとおり,本件各行為の時点
で,被保全債権たる租税債権が生じる高度の蓋然性も存在していなかったの
であるから,被告B及び被告Cにおいて,そのような認識が生じる可能性す5
らなかったものである。もしAに対する租税債権者を害するという認識があ
ったのであれば,Aの名義など借りなかったのであって,Aの名義を借りて
入札したこと自体,そのような認識のなかったことの証左である。
したがって,被告B及び被告Cは,本件受益者変更及び本件委託者変更
(平成28年9月28日)の際,本件各行為によってAの責任財産が減少し,10
Aの債権者を害することを知らなかった。
(原告の主張)
否認する。被告らは,被告B及び被告Cの善意につき,何らの合理的な立
証をしていない。そもそも被告B及び被告Cは,Aの税務調査を予期してお
り,また,Aにめぼしい財産がなく,本件土地に係る信託契約の締結や受益15
者・委託者の地位の譲渡によってAが無資力となることを理解していたもの
であって,善意であったということはできない。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件事業所税に係る租税債権の被保全債権適格の有無)について
(1)前記前提事実に加え,後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。20
アAに対する税務調査の予告
本件ホテルの事業所税については,従前,Hが納税義務者として申告書
を提出していたため,原告の市税担当者らにおいても,Hが納税義務者で
あると認識していた(証人I〔11頁〕)。
しかるに,市税担当者らは,その後,本件ホテルで事業を行っているの25
はHではなくAかもしれないと考えるようになった。そこで,市税担当者
らは,平成28年7月22日,Aの代表役員であるFに電話をして,税務
調査を行う旨伝えるとともに,同日,「税務調査の実施について」と題す
る書面をAに発送した。同書面には,Aの本店を訪れて税務調査を行うこ
と,調査目的は本件ホテルの経営実態等の確認であること,調査の対象と
なる税目として事業所税があることなどが記載されていた(甲38の1,5
2)。
上記書面は,同月25日,Aに到達した(甲38の3)。
イAの本店での税務調査等
原告の市税担当者らは,平成28年7月28日,Aの本店を訪れて税務
調査を行った(甲38の4)。10
また,原告の市税担当者は,同年8月1日,Aの代理人であるJ(以下
「J」という。)に対し,本件ホテルの事業主はAだと考えており,もし
違うのであれば分かるように説明してほしい旨伝えた(甲11の1)。
ウ税務調査の結果
原告の市税担当者らは,上記イを始めとする税務調査の結果,以下の各15
事実を把握した。
(ア)Hは,平成24年10月31日,Aとの間でホテル運営委託契約を締
結し,本件ホテルの運営に関する一切をAに委託していた。同契約にお
いては,Aが本件ホテル内の一切の動産を無償で使用し(第1条1項),
本件ホテルの従業員についてはAが新たに雇用契約を締結し(第1条220
項),本件ホテルの運営による収益の全てをAが管理し,一切の必要経
費等をAが支払う(第2条)ものとされていた(甲5)。
(イ)Aは,本件ホテルの従業員らとの間で雇用契約を締結し(甲7),従
業員らに給与を支払い(甲6),また従業員らの雇用保険に加入してい
た(甲8)。25
(ウ)本件ホテルに関する旅行代理店らとの宿泊契約その他の契約は,いず
れもA名義で締結されていた(甲9)。
エAに対する通知
原告の市税担当者らは,平成28年9月6日,「事業所税の申告につい
て」と題する書面をAに発送した。同書面には,Aが平成24年11月1
日から本件ホテルにおいて事業を行っているものと「札幌市として認定」5
したとして,事業所税の申告納付をするよう促すとともに,申告がない場
合には税額を決定する処分を行う旨が記載されていた(甲11の2)。
上記書面は,同月8日,Aに到達した(甲38の6)。
オ事業所税の決定予告通知
札幌市長は,平成28年9月16日,「事業所税の決定予告について」10
と題する書面をAに発送した。同書面には,上記エの通知と同様に,Aが
平成24年11月1日から本件ホテルにおいて事業を行っているものと
「札幌市として認定」したとして,同月30日までに申告がなければ本件
ホテルの事業所税に係る税額を決定する旨が記載されていた(甲13)。
カ事業所税の決定通知15
札幌市長は,平成28年10月4日,「事業所税決定通知書」と題する
書面をAに発送した。同書面には,「地方税法第701条の58の規定に
より,下記のとおり決定しましたので通知します。」と記載された上,A
の平成24年から平成27年までの各事業年度に係る事業所税の税額等が
記載されていた(甲14)。20
キ本件土地の登記手続
被告Dは,上記カの決定通知の直前である平成28年9月30日,Aが
被告Dに本件土地を信託した(本件信託契約)旨の所有権移転登記及び信
託登記の手続をした(前提事実(5)ア)。
また,被告Dは,上記カの決定通知の直後の平成28年10月14日,25
本件受益者変更の登記手続をし,同年11月8日には本件委託者変更の登
記手続をした(前提事実(5)イ)。
(2)被告らは,①原告の主張する被保全債権は,いずれも平成28年10月4
日付けの決定通知をもって,課税要件が確定し,納税義務が生じたものであ
る(地方税法701条の46第1項,同法701条の58第2項),②しか
るに,本件信託契約が締結されたのは平成28年9月8日であり,本件受益5
者変更及び本件委託者変更がされたのは同月28日であって,いずれも被保
全債権の成立前であった,③したがって,本件各行為(本件信託契約,本件
受益者変更及び本件委託者変更)は,いずれも詐害行為取消権の対象とはな
り得ないなどと主張する。
そこで,以下,この点について検討する。10
ア詐害行為取消権における被保全債権は,原則として,詐害行為よりも前
の時点で発生していることを要する。もっとも,詐害行為の時点で未だ発
生していない債権であっても,詐害行為の時点で債権の発生の基礎となる
事実や法律関係が存在し,その発生が高度の蓋然性をもって見込まれる場
合には,当該債権を被保全債権とすることができるものと解される。15
イところで,法人の事業所税は,当該法人が事業を行っている事業所等が
あるときに,事業年度末日における当該事業所等の床面積及び事業年度に
おける従業者給与総額に法定の税率を乗じるなどして算出される税額(地
方税法701条の32第1項,701条の40第1項)につき,各事業年
度終了の日から2か月以内に提出される申告書に基づく申告納付の方法に20
より徴収されるところ(同法701条の45,701条の46第1項),
申告書を提出すべき者が申告書を提出しなかったときは,その調査によっ
て,申告すべき課税標準額及び税額を決定し(同法701条の58第2
項),これらについて過不足があると知ったときは,その調査によってこ
れを更正する(同条3項)とされている。25
このように,法律上,事業所税に係る租税債権は,法人による一定期間
の事業の継続,事業所の存在等の事実が存在し,申告又は決定の手続が履
践されたことにより生じるものである。
ウ本件についてこれをみるに,上記(1)の各認定事実のとおり,原告の市
税担当者らは,本件ホテルで事業を行っているのはAかもしれないと考え,
平成28年7月28日にAに対する税務調査を行い,同年8月1日にはA5
の代理人であるJに対し,本件ホテルの事業主はAだと考えている旨伝え
ていたものである(上記(1)ア,イ)。
そして,市税担当者らにおいては,税務調査の結果,Aが平成24年1
1月1日から本件ホテルにおいて事業を行っているものと判断し,Aに対
し,平成28年9月8日到達の書面でこれを「札幌市として認定」したと10
伝えて,事業所税の申告納付をするよう促したものである(上記(1)ウ,
エ)。さらに,上記認定はその後も維持され,同月16日の決定予告通知
においても記載された上(上記(1)オ),この認定を前提として,同年10
月4日,事業所税の決定通知がされるに至っている(上記(1)カ)。
これらの事実関係によれば,原告は,同年9月8日までに本件ホテルの15
事業者についての認識をAに表明し,以後もこの認識を維持していたもの
であって,同日の時点で,Aが本件ホテルの事業主体であると認定してお
り,あとは,申告納付がされた場合にはこれに基づき,これがない場合に
は決定により,本件事業所税に係る租税債権を確定させるだけであったも
のである。そうすると,同日の時点で,本件事業所税に係る租税債権の発20
生に必要な事実関係が生じていて,申告納付又は決定により租税債権が確
定的に生じる高度の蓋然性があったと評価するのが相当であり,その後,
本件各行為までの間にこの蓋然性が低減したことをうかがわせる事情も見
当たらない。
したがって,仮に被告らの主張するとおり,本件信託契約が締結された25
のは平成28年9月8日であり,本件受益者変更及び本件委託者変更がさ
れたのは同月28日であったとしても,これらの各時点では,本件事業所
税に係る租税債権が生じる高度の蓋然性があったというべきである。
(3)この点につき被告らは,①平成28年10月4日の決定通知より前の時点
では,処分庁である原告において,納税義務者をAではなくHであると判断
する可能性も十分にあった,②上記決定通知より前の時点では,Aがどの時5
点・対象の事業所につき事業所税を支払うべきかすら確定しておらず,給付
の内容が未確定であったなどと主張する。
しかし,上記(2)ウにおいて認定判断したとおり,原告はAに対し,平成
28年9月6日の決定通知において,Aが平成24年11月1日から本件ホ
テルにおいて事業を行っているものと認定し,その旨を伝えた上,事業所税10
の申告納付をするよう促しているのであって,この時点において,原告が納
税義務者をAではなくHであると判断する可能性が十分にあったとか,どの
時点・対象の事業所につき事業所税を支払うべきかが確定していなかったな
どということはできない。
したがって,被告らの上記主張は,いずれも採用することができない。15
(4)以上によれば,本件事業所税に係る租税債権については,本件各行為につ
き詐害行為取消請求権を行使するための被保全債権とすることができるもの
というべきである。
2争点(2)(本件各行為の詐害性の有無)について
(1)ア証拠(甲15,37,乙4,5)によれば,本件土地は北海道により20
一般競争入札に付されていたところ,Aは代金1518万8000円でこ
れを落札し,平成28年8月16日,北海道との間で売買契約を締結し
(乙4),同月31日には代金残額を納付し,同年9月5日には所有権移
転登記を経たことが認められる。
したがって,本件土地は,平成28年9月当時,Aの責任財産を構成し25
ていたものというべきである。
イ他方,Aの決算書(甲17)によれば,Aの平成28年2月29日当時
の全資産は現金及び預貯金合計3008万4990円,全負債は借入金及
び預り金合計2845万4721円というのであり,上記アのとおり同年
8月に本件土地を購入した後も,Aの資産状況に大きな変動があったよう
には見受けられない。5
しかるに,Aに対しては,平成24年から平成27年までの各事業年度
に係る事業所税として,総額2725万7400円もの租税債権が生じる
状況にあったのであるから(前提事実(6)),これにより,Aは事実上の債
務超過となっていたものである。
そして,本件証拠上,平成28年9月当時において,本件土地の管理・10
運営により,上記債務超過の状態を解消し得るほどの利益がAにもたされ
るような状況にあったものとは認めるに足りない。
ウしたがって,本件土地を被告Dに信託する旨の本件信託契約は,事実上
の債務超過状態にあるAの責任財産を減少させるものであり,また本件受
益者変更及び本件委託者変更はその資産を更に減少させるものであって,15
いずれも詐害性があるものというべきである。
(2)この点につき被告らは,そもそも本件土地の実質的な所有者は被告B及び
被告CであってAではないから,本件土地はAの責任財産を構成しないとし,
その根拠として,①上記(1)アの入札はAの名義を借りただけにすぎず,②
その売買代金は全て被告B及び被告Cが出捐したなどと主張する。20
しかし,上記①については,なにゆえ被告B及び被告C名義で入札しなか
ったというのか,被告らの主張及び供述をみても判然としない。すなわち,
被告らは,被告Cの持分もあるのでAの名義を借りた旨主張するが(被告第
2準備書面〔3頁〕),本件土地の入札においては,その申込書の書式(甲3
7の2)からも明らかなように,共有名義での入札が当然可能であったので25
あり,被告B及び被告C名義で入札することに何らの障害もなかったところ
である。また,被告Bは,本人尋問において,Aは本件ホテルを運営してい
るから入札者の選別に際し有利になると思った旨供述するが(被告B本人
〔7,8頁〕),そもそも一般競争入札においては入札価格以外の要素で入札
者が選別されることはなく(地方自治法234条3項参照),このことを,
入札を何回も経験している被告B(被告B本人〔7頁〕)が知らなかったと5
はおよそ考え難い。
そして,上記②については,仮に被告B及び被告Cが本件土地の売買代金
を出捐していたとしても,それは単にAに資金を融通したというにとどまる
のであって,被告B及び被告Cが真の入札者であるとか,本件土地の実質的
な所有者であるということにはならない。また,この点を措くとしても,被10
告らの主張は,被告B及び被告Cが売買代金1500万円を知人のK(以下
「K」という。)の貯金口座に振り込み,Kがこれを北海道に納付したとい
うものであるが,その裏付けとして提出するKの貯金通帳の写し(乙6)は
振込人の部分が黒塗りとされているし,黒塗り部分に何が書かれていたかに
つき,Kは「分かりません。覚えないです。」とのみ証言し(証人K〔1015
頁〕),被告Bは「言いたくないです。」とのみ供述しているのであって(被
告B本人〔6頁〕),結局,被告B及び被告Cが振り込んだものと認定するこ
とは困難である。
したがって,いずれにせよ,被告らの上記主張は採用することができない。
(3)以上によれば,本件各行為にはいずれも詐害性が認められる。20
3争点(3)(Aの詐害意思の有無)について
上記2(1)イのとおり,Aの資産状況はその決算書(甲17)に記載されて
いたものであって,Aがその内容を認識していたことは明らかである。また,
上記1(1)エのとおり,Aは,平成24年以降の事業所税の申告納付をするよ
う促されるとともに,申告がない場合には税額を決定する処分を行う旨の通知25
を平成28年9月8日に受領していたものであって,Aが実質的には債務超過
の状態にあることを認識していたものというべきである。
したがって,Aは,本件各行為の当時,これらによって債権者を害すること
を知っていたものと認められる。
4争点(4)(詐害性についての被告B及び被告Cの善意)について
(1)被告らは,本件受益者変更及び本件委託者変更(被告らの主張によれば平5
成28年9月28日)の当時,被告B及び被告Cは本件各行為の詐害性につ
き善意であったとし(本件信託契約につき信託法11条1項,本件受益者変
更及び本件委託者変更につき民法424条1項ただし書参照),その根拠と
して,①被告B及び被告Cは自ら本件土地を購入したものであって,入札の
際にAの名義を借りたにすぎない,②本件各行為の時点で,被保全債権たる10
租税債権が生じる高度の蓋然性も存在していなかったと主張する。
(2)しかし,これまで認定判断したとおり,上記①及び②についてはいずれも
採用することができないのであって,被告B及び被告Cが善意であったとの
主張は,その根拠を欠くものといわざるを得ない。
そして,他に,被告B及び被告Cが善意であったことを裏付けるに足りる15
証拠も見当たらない。
(3)かえって,後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。
アまず,被告Bについてみるに,被告Bは株式会社L(以下「L」とい
う。)の代表取締役であるところ(甲23),Lの本店には,平成29年9
月20日当時,Aの印章及び印鑑カード,本件ホテルの経営に関する各種20
資料等が保管されていた(甲24,36)。
他方,Aの本店には,平成28年7月28日の税務調査の際,Aの従業
員の姿はなく,関係書類も見当たらず,居合わせたM(Lの監査役。甲2
3)は原告の市税担当者に対して「Aは形骸的な会社であり,被告Bが実
質的な経営者である」旨述べていた(甲38の4)。25
そして,Aは本件ホテルを運営しているところ,被告Bは対外的には本
件ホテルの会長として活動していた(甲18)。
イ次に,被告Cについてみるに,被告Cは平成25年7月頃に被告Bから
Hの全株式の譲渡を受けており(当事者間に争いがない。),その後も被告
Bと共にG有限責任事業組合の組合員となったり(甲1の2),本件ホテ
ルを本店所在地とする株式会社Nの代表取締役を被告Bと共に務めたりし5
ていた(甲29)。
そして,被告Cは,対外的には本件ホテルの副会長として活動しており
(甲19),本件ホテルのロビーには,被告Bとともに来賓客(O元総理
大臣)を迎えた際の写真が飾られていた(甲21)。
(4)上記各認定事実からすると,被告Bについては,Aの実質的な経営者とし10
て,また本件ホテルの会長として,Aの財務状況等を把握していた可能性が
あったというべきである。また,被告Cについてみても,本件ホテルの副会
長として,直接又は被告Bを通じてAの財務状況等を把握していた可能性が
なかったとまでは断じ難い。
したがって,被告B及び被告Cのいずれについても,本件各行為の詐害性15
を認識していた可能性を否定することはできない。
(5)以上によれば,被告B及び被告Cが本件各行為の詐害性につき善意であっ
たとの事実については,これを認めるに足りない。
したがって,争点(4)における被告らの主張は,理由がない。
5結論20
以上のとおり,本件事業所税に係る租税債権については,本件各行為につき
詐害行為取消請求権を行使するための被保全債権とすることができるところ
(争点(1)),本件各行為にはいずれも詐害性が認められ(同(2)),Aの詐害意
思も認められる上(同(3)),被告B及び被告Cが善意であったとは認めるに足
りないから(同(4)),本件各行為はいずれも詐害行為として取り消されるべき25
ものである。
よって,原告の請求はいずれも理由があるから認容することとして,主文の
とおり判決する。
札幌地方裁判所民事第5部
裁判長裁判官孝5
裁判官萩原孝基
裁判官佐藤克郎

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