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平成13年(ワ)第22569号 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件
平成14年12月3日口頭弁論終結
判         決
原告    株式会社イビデン
原告訴訟代理人弁護士 後藤昌弘
同川岸弘樹
同補佐人弁理士広江武典
同宇野健一
被告     アイカ工業株式会社
被告訴訟代理人弁護士 三 木 浩太郎
同補佐人弁理士 足立 勉
同   石原啓策
主         文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,別紙物件目録記載の物件を製造し,譲渡し,譲渡のために展示して
はならない。
2 被告は,前項の物件を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,3億円及びこれに対する平成13年11月6日(訴状
送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,被告の負担とする。
5 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は,後記特許権を有する原告が,被告が製造・販売している製品が当該特許
発明の技術的範囲に属し,その製造・販売が当該特許権を侵害するものであるとし
て,被告に対し,当該製品の製造・販売等の差止め及び損害賠償を求めている事案
である。
1 争いのない事実
(1) 原告は,次の特許権(以下,「本件特許権」という。)を有している。
特許番号第2136276号
発明の名称金属調メラミン樹脂化粧板
出願年月日  昭和63年7月6日
出願公告年月日 平成7年1月18日
登録年月日平成10年5月15日
(2) 上記(1)の特許権に係る明細書(平成12年6月27日付け訂正請求によ
る訂正後のもの。以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の全文訂正明細書
〔以下「別紙訂正明細書」という。〕を参照)に記載された特許請求の範囲請求項
4の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層
と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹脂化粧
板であって,前記メラミン樹脂層表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されて
いると共に,前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質微粉を含
有する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板。」
(3) 上記発明の構成要件を分説すれば,次のとおりである(以下,それぞれを
「構成要件A」のようにいう。)。
A 基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層
と,
B 該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹
脂であって,
C 前記メラミン樹脂表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されている
と共に,
D 前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質粉末を含有
する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板
(4) 上記(1)の特許権に係る,別紙訂正明細書に記載された特許請求の範囲請
求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「請求項1の発明」とい
う。)。
「基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層
と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層と,該メラミン樹脂層上に形成され
たオーバーレイ層とからなる金属調メラミン樹脂化粧板であって,前記オーバーレ
イ層表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されていると共に,前記金属調化粧
紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目を有するこ
とを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板。」
(5) 本件特許発明と請求項1の発明との相違点は,下線部を付した点にあり,
本件明細書によれば,この点の作用効果は,オーバーレイ層を省略してコストダウ
ンを図ることである。
(6) 被告は,別紙物件目録記載のイ号物件及びロ号物件(以下「被告製品」と
総称する。)を,現在製造・販売し,又は製造・販売していた。
(7) ロ号物件には,オーバーレイ層に該当するものは存在しない。
2 被告製品の構成
(1) イ号物件
 ア 被告の主張するイ号物件の構成
① フェノール樹脂を含浸させたクラフト紙と
② 顔料(主として酸化チタン)をパルプに混抄した無地着色紙(通称
「チタン紙」)にメラミン樹脂を含浸乾燥したものと
③ 雲母微粉を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないベタ刷り
印刷を施した,セルロースからなる透明紙(通称「オーバーレイ紙」)にメラミン
樹脂を含浸乾燥したもの
④ を組み合わせ,
⑤ これにスウェード様の形状を有する賦型板を積載して,高圧(70~
100㎏/㎝2
),高温(120~140℃)でプレス成形した
⑥ メラミン樹脂化粧板である。
⑦ したがって,その層構造は,下から順に,クラフト紙,フェノール樹
脂層,着色紙,メラミン樹脂層,オーバーレイ紙,メラミン樹脂層として構成され
る。
 イ 原告の認否等
 ③の「ベタ刷り印刷」は,「ベタ刷りのグラビア印刷」である。「オー
バーレイ紙」は,オーバーレイ紙という種類の紙があるわけでなく,使用態様から
そのように称されるものである。④の「を組み合わせ」は,「と積層し」とされる
べきである。⑤の「スウェード様の形状を有する」の部分は,「凹凸形状を有す
る」とされるべきである。⑦の「フェノール樹脂層」は,クラフト紙に含浸されて
おり,存在しない。「オーバーレイ紙」は「透明紙」と表現されるべきである。そ
の余は認める。
(2) ロ号物件
 ア 被告の主張するロ号物件の構成
① フェノール樹脂を含浸させたクラフト紙と
② 雲母微粉又はアルミ微粉を含有するグラビアインク数種を用いて石目
様抽象柄の模様の印刷を施した,顔料(主として酸化チタン)をパルプに混抄した
無地着色紙(通称「チタン紙」)にメラミン樹脂を含浸乾燥したものと
③ を組み合わせ,
④ これに梨地様の形状を有する賦型板を積載して,高圧(70~100
㎏/㎝2
),高温(120~140℃)でプレス成形した
⑤ メラミン樹脂化粧板である。
⑥ したがって,その層構造は,下から順に,クラフト紙,フェノール樹
脂層,着色紙,メラミン樹脂層として構成される。
 イ 原告の認否等
 ②の「石目様抽象柄の模様の印刷」は,「グラビア印刷」である。③の
「を組み合わせ」は,「と積層し」とされるべきである。④「梨地様の形状を」の
部分は,「凹凸の形状」とされるべきである。⑥の「フェノール樹脂層」は,クラ
フト紙に含浸されており,存在しない。その余は認める。
3 争点
(1) 被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属し,被告製品の製造・販売が本
件特許権を侵害するか,なかでも
ア イ号物件が構成要件Bを充足するか,すなわちイ号物件にはオーバーレ
イ層が存在するか(争点1)。
イ 被告製品は構成要件C及びDを充足するか(争点2)。
(2) 本件特許権に明白な無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使を
することが権利濫用に当たるか(争点3)。
(3) 被告の先使用の抗弁が成立するか(争点4)。
(4) 原告の損害等(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(イ号物件が構成要件Bを充足するか,すなわちイ号物件にはオーバ
ーレイ層が存在するか)について
(1) 原告の主張
ア イ号及びロ号物件は,いずれも,①構成要件Aの,基材からなるベース
層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層を備えている,②構成要件Bの
該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹脂化粧板で
ある,③前記メラミン樹脂表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されている,
④前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる輝度物質粉末を含有する印刷凹
凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板である。
したがって,イ号及びロ号物件は,本件特許発明のすべての構成要件を
満たすものであり,本件特許権の技術的範囲に属する。
イ 被告は,構成要件A及びBは,「基材からなるベース層上に形成された
金属調化粧紙からなるパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層と
だけからなり,オーバーレイ層を有しない金属調メラミン樹脂化粧板」と解釈され
る,と主張する。しかし,技術用語において使用されるオーバーレイ紙とは,「パ
ターン紙の印刷模様の保護,並びに化粧板物性(耐摩耗性,耐薬品性等)向上を目
的とした紙」である(甲5の173頁,12行から13行目)。本件明細書におい
ても,請求項1の発明において「該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層と,該
メラミン樹脂層上に形成されたオーバーレイ層とからなる金属調化粧板であって」
とされ,発明の詳細な説明において,「メラミン樹脂層の上にはオーバーレイ層が
形成されている。オーバーレイ層の表面には,エンボス加工による凹凸面が形成さ
れている。」(別紙訂正明細書3頁15行~16行)とされ,さらに「含浸紙をメ
ラミン樹脂が含浸されたパターン層の上に積層して,加熱加圧プレス,例えばメラ
ミン樹脂層の場合と同様,30~80㎏/㎝2
の圧力下で130℃から170℃で熱
圧着することにより,オーバーレイ層を設けることができる。」(同4頁27行~
5頁1行)とされている。このように,本件明細書においても,印刷模様がされた
パターン層の上層に形成されているものを「オーバーレイ層」としているのであ
る。よって,本件明細書に記載された「オーバーレイ層」とは,本来の技術用語と
同様の意味である「パターン紙の印刷模様の保護,並びに化粧板物性(耐摩耗性,
耐薬品性等)向上を目的とした紙」を指すものである。この点被告は,「セルロー
スからなる透明紙」について,意図的に「通称オーバーレイ紙」と表現している
が,被告が「オーバーレイ層である」と主張する透明紙は,その上面に「雲母微粉
を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないべた刷り印刷を施し」てある以
上,印刷模様の保護や化粧板物性の向上を目的としているものではないことは明ら
かである。よって,イ号物件における「透明紙」は,本件特許発明におけるオーバ
ーレイ層には該当しないものであり,被告が主張するオーバーレイ紙は,「透明紙
に雲母微粉を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないべた刷り印刷を施
し」てある,本件特許発明における金属調化粧紙を構成するものである。したがっ
て,オーバーレイ層を有するものであるから構成要件A及びBに該当しないという
被告の主張は理由がない。
(2) 被告の主張
ア イ号物件は,構成要件A及びBの「基材からなるべ一ス層上に形成され
た金属調化粧紙からなるパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層
とからなる金属調メラミン樹脂化粧板」に該当しない。
本件特許発明は,請求項1の発明から「オーバーレイ層」を省略したも
のであり,これによって「オーバーレイ層を省略してコストダウンを図り,安価な
金属調メラミン樹脂化粧板が得られる」(別紙訂正明細書5頁15行~16行,同
6頁2行~3行)ことを課題解決及びその作用効果とするものであるところ,該
「オーバーレイ層」とは「例えば,上記メラミン樹脂層の上にオーバーレイ紙を重
ね合わせ‥‥形成される」(同3頁17行~20行)ものを指すのであるから,メ
ラミン樹脂を含浸させたオーバーレイ紙,すなわちオーバーレイ層を有するメラミ
ン樹脂化粧板が,本件特許発明の技術的範囲に含まれないことは明らかである。す
なわち,構成要件A及びBは,「基材からなるベース層上に形成された金属調化粧
紙からなるパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とだけからな
り,オーバーレイ層を有しない金属調メラミン樹脂化粧板」と解釈されるものであ
る。しかるに,イ号物件は,前記のとおり,クラフト紙にフェノール樹脂を含浸し
たものと無地着色紙(チタン紙)にメラミン樹脂を含浸乾燥させたものと,透明紙
(オーバーレイ紙)にメラミン樹脂を含浸乾燥させたものとを高圧高温で一体成形
したものであって,オーバーレイ層を有するものであるから構成要件A及びBに該
当しない。
イ また,「オーバーレイ層」の存否とは別に,イ号物件は,構成要件A,
B及びDの「金属調化粧紙」を有せず,したがって構成要件B及びDの「金属調メ
ラミン樹脂化粧板」に該当しない。構成要件A,B及びDの「金属調化粧紙」は輝
度物質微粉によって金属質感を付与された化粧紙を指すものと解される。そして
「輝度物質」については,その文言上「輝度」であることが限定されて,また別紙
訂正明細書には「本発明において,金属質感を付与する輝度物質微粉は,パール粉
末,マイカ粉末,バーミュライト粉末,金粉末,銀粉末,銅粉末,アルミ粉末等の
いずれか1種又は2種以上であることが好ましい」(同4頁2行~4行)と記載さ
れているから,金,銀,銅,アルミ等のような金属光沢を有する物質を指すもので
あり,したがって構成要件A,B及びDの「金属調化粧紙」もまた金属光沢を有す
る化粧紙と解される。しかるに,イ号物件に用いられる化粧紙は,前記のとおり,
主として酸化チタンからなる顔料をパルプに混抄して製造した無地着色紙(チタン
紙)であって,パール粉末,マイカ粉末,バーミュライト粉末,金粉末・銀粉末,
銅粉末,アルミ粉末等の輝度物質微粉を含有せず,したがって輝度物質微粉によっ
て金属質感,金属光沢を付与された「金属調化粧紙」に該当しない。イ号物件は,
現に被告商品カタログにおいて「スウェード調仕上げ」と標記され,「金属調」の
外観ではないことを強調して市場に提供されており,また消費者の間においても,
イ号物件は,光沢のない柔らかく温かい質感のメラミン樹脂化粧板として認識され
ている。
また,ロ号物件は,前述のとおり(前記第2,2参照),無地着色紙に
雲母微粉又はアルミ微粉を含有するグラビアインク数種を用いてグラビア印刷する
が,その際,石目様抽象柄の模様を形成するように印刷するものである。したがっ
て,その外観は「石目様抽象調」と評価し得るものであって,金属質感,金属光沢
を有するとはいえない。現に,ロ号物件は,非金属仕上げ,すなわちメタリック仕
上げではないことを強調して市場に提供されており,消費者の間においても,ロ号
物件は,光沢のない自然石調風合いを持つメラミン樹脂化粧板として認識されてい
る。
ウ 別紙目録記載の被告製品中,イ号物件の
PJ-5208BF71
PJ-5108BM62
PJ-5111BM62
PJ-5114BM62
PJ-5208BM62
PJ-5408BM62
PJ-5411BM62
PJ-5412BM62
PJ-5414BM62
PJ-5612BM62
PJ-5813BM62
は,現在製造・販売していない。
ロ号物件の
JN-501BT
JN-503BT
も同様である。
2争点2(被告製品が構成要件C及びDを充足するか)について
(1) 原告の主張
ア 構成要件C及びDの「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に,‥‥印刷
凹凸目を有する」とは,エンボス加工面による凹凸面と,印刷凹凸目とが,同調す
る部所が随所に存在し,この同調部分によって化粧板の表面が光反射相乗効果によ
り鮮明に見えることを指すと解すべきであり,それ以上に限定解釈すべきではな
い。本件明細書の「発明の詳細な説明」欄におけるエンボス加工による凹凸面と印
刷凹凸目との相互の関係についての記載であるとして被告の挙げる「エンボス加工
による凹凸面と印刷凹凸目が略同形であり,また,双方の凹凸の位置が相互に同
調,すなわち,一方の凸部が他方の凹部に略対応するように形成されている」との
部分は,実施例において本件特許発明の最も効果が高いと思われる場合を説明して
いるにすぎない。上記文言を根拠に被告主張のように限定解釈することは,許され
ない。
イ 被告製品は,甲7及び甲9の走査顕微鏡写真による分析結果では,明ら
かに印刷凹凸目が形成されている。そして,この分析結果によれば,被告製品に光
相乗効果を有することができる程度のエンボス加工が施されていることは,明らか
である。
ウ さらに,被告は,イ号物件は,被告商品カタログにおいて「スウェード
調仕上げ」と標記され「金属調」の外観ではないことを強調して市場に提供されて
いるとし,ロ号物件は,無地着色紙に雲母微粉又はアルミ微粉を含有するグラビア
インク数種を用いて,石目様抽象柄の模様を形成するように処理してグラビア印刷
するものであり,その外観は「石目様抽象調」と評価し得るものであるから,いず
れも金属調質感を有しないと主張する。しかし,検甲3及び検甲4の被告のカタロ
グからは,被告がイ号物件及びロ号物件をメタリック調の質感を有することを売り
物にしていることが明らかである。
したがって,被告製品はいずれも,構成要件C及びDを充足する。
(2) 被告の主張
ア イ号物件は,構成要件D「前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得ら
れる,輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目を有する」ものではない。構成要件D
は,グラビア印刷した金属調化粧紙を使用することを内容とするものであり,メラ
ミン樹脂層上またはオーバーレイ層(そもそも本件特許発明は最表面のオーバーレ
イ層がないメラミン樹脂化粧板を内容とするものであるが)その他にグラビア印刷
するものはこれに該当しない。しかるに,イ号物件は,前述のとおり着色紙上には
何らの印刷も施さず,オーバーレイ紙上に雲母微粉を含有するグラビアインク1色
を用いて模様のないベタ刷り印刷を施すものであるから,その文言上からも構成要
件Dに該当しないことは明白である。
イ イ号物件は,構成要件C及びDの「前記メラミン樹脂表面にはエンボス
加工による凹凸面が形成されていると共に,前記金属調化粧紙はグラビア印刷によ
り得られる,輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目を有する」を充足しない。同構成
要件においては,「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に印刷凹凸目を有する」と
記載されているに止まり,エンボス加工による凹凸面と印刷凹凸目がいかなる態様
において「と共に」存在するか,相互にどの様な関係にあるかについては,特許請
求の範囲の文言からだけでは一義的に明確ではない。本件明細書の「発明の詳細な
説明」欄を見ると,次のような記載がある。
「〔産業上の利用分野〕本発明は,金,銀,銅,アルミニウム等の金属
調質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美とを併有する金属調メラミン樹
脂化粧板に関する。」(別紙訂正明細書1頁27行~29行)
「〔解決しようとする課題〕本発明は,かかる従来技術の問題点に鑑み
てなされたもので,金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美とを併有
し,かつ安価な,金属調メラミン樹脂化粧板を提供しようとするものである。」
(同2頁18行~20行)
「〔課題の解決手段〕また,これにより,金属調化粧紙からなるパター
ン層の印刷凹凸目を,上記オーバーレイ層のエンボス加工面と同調させて,パター
ン層を浮き上がらせることができる。従って,該印刷凹凸目中に含有されている輝
度物質微粉は,上記浮き上がり効果により金属調メラミン樹脂化粧板の表面で鮮明
に見えることとなる。また,金属調メラミン樹脂化粧板に光照射した場合,光が上
記エンボス加工面と印刷凹凸目において同一方向に反射するため,該印刷凹凸目の
凹凸目を減少することができる」(同4頁12行~18行)
「〔作用及び効果〕本発明にかかる金属調メラミン樹脂化粧板は,グラ
ビア印刷により得られる,上記輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目が形成された,
金属調化粧紙を用いて構成されている。そのため,上記印刷凹凸目が金属質感を付
与する輝度物質微粉末によってメタリック装飾美を付与する。また,上記金属調メ
ラミン樹脂化粧板は,その表面にエンボス加工面を有する。そのため,上記エンボ
ス加工面と金属調化粧紙の印刷凹凸目において双方の凹凸が同調し,光の同一反射
による浮き上がり効果,即ち光反射相乗効果が生じて,エンボス加工美を発揮させ
ることができる。」(5頁18行~25行)
そして,実施例として,次の記載がある。
「本例の金属調メラミン樹脂化粧板は,上記のように構成されているの
で,次の作用効果を有する。即ち,透明なオーバーレイ層5の表面に形成したエン
ボス加工面4とパターン層6の表面に存在している印刷凹凸目61,62とは略同
形であり,また双方の凹凸の位置は相互に同調している。つまり,E1とE2との
2点鎖線において,金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美4の凸部
42と,印刷凹部62との位置は略対応している。そのため,光線L1が進入して
来ると,上記凸部42で反射する光線L2と,オーバーレイ層5内に進入した光線
L3及びその反射光L4とは略同一方向に反射する。これにより,上記印刷凸部6
1内に存在するアルミ粉末が表面に浮き上がって見える。したがって,本例によれ
ば,アルミ金属調の金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美を有する
金属調メラミン樹脂化粧板を提供することができる」(同7頁17行~28行)
上記の各記載によれば,本件特許発明では,グラビア印刷によって得ら
れる輝度物質微粉を含有する印刷インクで化粧紙上に形成された印刷凹凸目とメラ
ミン樹脂層表面に施されたエンボス加工による凹凸面は,互いに略同形で,かつ一
方の凸部が他方の凹部にまた一方の凹部が他方の凸部に略対応するように形成され
ることにより,光の同一反射による浮き上がり効果,すなわち光相乗効果が生じ,
本件特許発明の作用効果であるメタリック装飾美とエンボス加工美を併有する安価
な金属調メラミン樹脂化粧板を得ることができるのである。したがって,構成要件
C及びDの「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に,印刷凹凸目を有する」とは,
エンボス加工による凹凸面と印刷凹凸目とが略同形であり,また双方の凹凸の位置
が相互に同調する(すなわち一方の凸部が他方の凹部に略対応する)ように形成さ
れていることを内容とするものと解すべきこととなる。
しかるに,イ号物件においては,前述のとおり,オーバーレイ紙上には
雲母微粉を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないベタ刷り印刷が施され
ているにすぎず,その印刷表面は略水平状であって印刷凹凸目が存しない。また,
仮にグラビア印刷によって印刷凹凸目が形成されているとしても,イ号物件のメラ
ミン樹脂化粧板は,前記のような高圧,高温を加えてプレス成形するものであるた
め(前記第2,2参照),このようなプレス成形過程において該印刷凹凸目は潰
れ,若しくは印刷インクがオーバーレイ紙中に含浸し,又は印刷インクに含有され
た輝度物質微粉がオーバーレイ紙を押し下げて埋没するなどして,その印刷表面は
ほぼ水平面となり,現実的には印刷凹凸目は存しない状態となっている。さらに,
イ号物件のエンボス加工に用いる賦型板に形成された凹凸部はスウェード調のエン
ボスであり,オーバーレイ紙をグラビア印刷する際に用いる製版の凹凸部とは無関
係に形成されている。その結果,エンボス加工面の凹凸部とグラビア印刷による印
刷凹凸部の形状は一致することなく,また必ず双方の凹凸の位置が相互に同調する
(すなわち一方の凸部が他方の凹部に略対応する)という相互関係にはない。した
がって,イ号物件は,構成要件C及びDの「エンボス加工による凹凸面‥‥と共
に,印刷凹凸目を有する」を充足しない。
ロ号物件についても,エンボス加工に用いる賦型板に形成された凹凸部
が梨地状である以外はこれと同様であるから,同様に構成要件C及びDのを充足し
ない。
3 争点3(本件特許権に明白な無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利
行使をすることが権利濫用に当たるか)について
(1) 被告の主張-特許法29条2項違反及び36条4項違反
特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づ
く差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されないが,本件特許に
は,以下に述べるような明白な無効事由があり,これに基づく請求は権利の濫用に
当たり許されない。
ア 特許法29条2項違反
本件特許発明は,乙5(特開昭54-96579号公報)に記載の発明
と乙1(特開昭55-159970号公報)又は乙4(実公昭49-27765号
公報)に記載の発明に基づいて,あるいは乙5に記載の発明と乙2(特開昭63-
84936号公報)及び乙1又は乙4の各文献に記載の発明に基づいて,当業者が
容易に発明をすることができたものであり,同法29条2項の規定により特許を受
けることができないものである。
イ 特許法29条1項違反
被告は,本件特許発明の構成要件のすべてを備える被告の製品アイカラ
ビアンJI-24B(以下,「JI24B」と略称する。また,他の被告製品も同
様に略称する。),JI24C,JI44B,JI52B,JI53B,JI53
Cを,本件特許発明の出願時に販売していて公然実施しており,かつこれら製品は
公然知られていたから,本件特許発明は,特許法29条1項の規定により特許を受
けることができないものである(詳細は,平成14年3月5日付け被告準備書面(3)
参照)。
ウ 特許法36条4項違反
グラビア印刷によって形成される印刷凹凸目は,通常極めて微小であ
り,紙がもともと有する凹凸と区別できない。けだし,インクは,紙間への浸透性
に優れたものであり,しかもパターン紙の紙質は,メラミン樹脂の含浸性を確保す
るために,樹脂の浸透性を良好にしたものであるから,印刷インクは紙に印刷され
ると一部浸透してしまい,紙表面には印刷凹凸目があるとは認められないのであ
る。したがって,そのような紙がもともと有する凹凸と区別できない程に微小な印
刷凹凸目では光の同調は生じないので,本件特許発明の作用効果は生じない。ま
た,メラミン化粧板の成型は,本件明細書にも記載されているとおり,温度130
~170℃,圧力30~80㎏/㎝2
で熱圧成型されるため,たとえ印刷凹凸目が形
成されたとしても,こうした成型時の温度・圧力で印刷インキの軟化,流動化及び
硬化途中のベース層に押し付けられることによって,平坦になってしまう(印刷凹
凸目が消滅する)。つまり,本件特許発明のように「印刷凹凸目」と称する構造が
存在しても,存在しなくても,効果において差異はなく,実際に存在するかどうか
も疑わしいのであるから,本件明細書の「発明の詳細な説明」の欄は,当業者が容
易に実施可能な程度に明確かつ十分に記載されているものとは認められない。
(2) 原告の主張
本件特許に無効事由は存せず,原告の権利行使は権利の濫用とならない。
ア 本件特許発明は,乙1,乙2,乙4,乙5に記載されたどの発明とも異
なり,これらに基づいて容易に発明することができたものではない。
(ア) 本件特許発明と乙1の発明とは,本件特許発明が「金属調化粧板」
であるのに対し,乙1の発明は「天然木調化粧板」である点,本件特許発明が「エ
ンボス加工による凹凸面‥‥と共に,‥‥印刷凹凸目を有する」ものであるのに対
し,乙1の文献にはエンボス加工による凹凸面を形成し,これと共に相互作用を有
する印刷凹凸目を形成したことが記載されていない点で異なる。
(イ) 本件特許発明と乙2の発明とは,本件特許発明が「エンボス加工に
よる凹凸面‥‥と共に,‥‥印刷凹凸目を有する」ものであるのに対し,乙2には
記載も示唆もされていない点,乙2の発明の作用効果が,オーバーレイ紙の表面に
金属調光沢付与剤を含有したインクを用いて印刷され,その表面に樹脂が塗布・含
浸されているため,耐摩耗性,耐汚染性,耐熱性等に優れた品質と美観を有する化
粧板を得ることであるのに対し,本件特許発明のそれが,エンボス加工による凹凸
面と金属調化粧紙の印刷凹凸目との光反射相乗効果により,パターン層を浮き上が
らせ,金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美とを併有するものであ
る点において異なる。
(ウ) 本件特許発明と乙4の発明とは,乙4の発明が木調の化粧紙(化粧
板でなく)である点でまず異なる。また,乙4には,「エンボス加工による凹凸面
‥‥と共に,‥‥印刷凹凸目を有する」点が記載も示唆もされていない点,乙4の
発明がエンボス加工による凹凸面と金属調化粧紙の印刷凹凸目との光反射相乗効果
を利用した作用効果を有しない点で異なる。
(エ) 本件特許発明と乙5の発明とは,乙5には,「エンボス加工による
凹凸面‥‥と共に,‥‥印刷凹凸目を有する」点が記載も示唆もされていない点,
乙5の発明の作用効果が,「シート状物に施されたメタリックインク層を透明イン
ク層で被覆していることにより,樹脂含浸時の金属粉末の脱落がなく,また熱圧時
の樹脂の流動による金属粉末の脱落がないので,メタリック感にムラ及びバラツキ
が生じないこと,均一な好みの色のメタリック化粧板を得ることができるとする」
点にあるのに対し,本件特許発明のそれが,エンボス加工による凹凸面と金属調化
粧紙の印刷凹凸目との光反射相乗効果により,パターン層を浮き上がらせ,金属質
感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美とを併有するものである点において
異なる。
イ 被告の主張イに対して
被告は,被告の製品JI24B,JI24C,JI44B,JI52
B,JI53B,JI53Cが,本件特許発明の出願時公然知られていたとして,
乙6ないし32を提出するが,これら製品が「メラミン樹脂化粧板」であるとの記
載がどこにもなく,これら書証は意味不明である。仮にこれら製品が,公知であ
り,「メラミン樹脂化粧板」であったとしても,上記の各発明のように,本件特許
発明の作用効果を有するものでないから,本件特許発明に進歩性が存しないことに
はならない。
ウ 被告の主張ウに対して
被告は,グラビア印刷によって形成される印刷凹凸目は,通常極めて微
小であり,紙がもともと有する凹凸と区別できない,けだしインクは紙間への浸透
性に優れたものであり,しかもパターン紙の紙質は樹脂の浸透性を良好にしたもの
であるから,印刷インクは紙に印刷されると一部浸透してしまい紙表面には印刷凹
凸目があるとは認められない,したがって,光の同調は生ぜず,本件特許発明は実
施不能であり,特許法36条4項に違反すると主張する。しかし,紙表面に印刷凹
凸目があることは甲7及び甲9で実証済みである。したがって,被告の同主張は理
由がない。
4 争点4(被告の先使用の抗弁が成立するか)について
(1) 被告の主張
被告は,本件特許出願日である昭和63年7月6日より以前である昭和5
5年8月ころにはJI24Bの製品及びサンプル品を製造したうえ,同年9月,こ
の現品を貼付した被告製品カタログを作製して,これを販売あるいは材質見本とし
て配布した。同製品は,ロ号物件と技術的範囲を同一にするものである。
また,被告は,遅くとも,本件特許出願日である昭和63年7月6日より
以前である昭和63年6月中には,被告製品カタログにJI44B及びJI52B
の現品を自社製品として掲載し,同カタログを販売あるいは材質見本として頒布し
たうえ,販売していた。これら製品は,イ号物件と技術的範囲を同一にするもので
ある。
したがって,仮にイ号及びロ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属する
とされた場合であっても,本件特許発明出願前から被告が実施していたJI44B
と技術的範囲を同一とするイ号物件,及び,JI24Bと技術的範囲を同一とする
ロ号物件について,被告は特許法79条に基づく通常実施権を有するものである
(詳細は平成14年3月5日付け被告準備書面(2)参照)。
5 争点5(原告の損害)について
(1) 原告の主張
ア 特許法102条2項に基づく損害賠償請求
(ア) 被告は,平成10年10月15日から平成13年10月14日まで
に,イ号物件を少なくとも月間1万5000枚(年間18万枚),累計で少なくと
も54万枚製造・販売した。イ号物件の販売価格は1枚2500円であり,被告の
1枚当たりの純利益額は1000円を下らない。
(イ) 被告は平成10年10月15日から平成13年10月14日まで
に,ロ号物件を少なくとも月間3000枚(年間3万6000枚),累計で少なく
とも10万8000枚を製造・販売した。ロ号物件の販売価格は1枚2500円で
あり,被告の1枚当たりの純利益額は1000円を下らない。
(ウ) したがって,平成10年10月15日から平成13年10月14日
までの3年間に,被告がイ号物件の製造・販売により得た利益額は,
1000円×18万枚×3年=5億4000万円を下らない。
また,同期間に被告がロ号物件の製造・販売により得た利益額は,
1000円×3万6000枚×3年=1億0800万円を下らない。
そして,この被告が得た利益額の合計額,金6億4800万円は特許
法102条2項に基づき,原告の損害と推定される。
イ 不当利得返還請求
(ア) 本件特許権の出願公告日である平成7年1月18日から平成10年
10月14日までの45か月間に被告がイ号物件の製造・販売により得た売上金額
は,
2500円×1万5000枚×45か月=16億8750万円を下らな
い。
(イ) 同期間に被告がロ号物件の製造販売により得た売上金額は,
2500円×3000枚×45か月=3億3750万円を下らない。
(ウ) 被告はこのロイヤリティ相当額を不当利得として原告に支払う義務
がある。そしてこのロイヤリティ相当額は売上金額の8%を下らない。したがっ
て,被告はイ号物件及びロ号物件の販売によって得た売上金額計20億2500万
円の8%である1億6200万円を,不当利得として原告に支払う義務がある。
ウ よって,原告は被告に対し,本件特許権に基づき,不法行為に基づく損
害賠償金6億4800万円及び不当利得に基づく利得1億6200万円の合計額で
ある8億1000万円の内金3億円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日以降の
遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告の主張
原告の主張は,すべて争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(イ号物件は構成要件Bを充足するか,すなわちイ号物件にはオーバ
ーレイ層が存在するか)について
(1) 本件明細書の記載
前記争いのない事実記載のとおり,本件明細書は,請求項1の発明を掲載
しているが,本件明細書の記載は主としてこの発明について述べられている。そし
て,本件明細書には,「また,本件発明においては,最表面の上記オーバーレイ層
がない,金属調メラミン樹脂化粧板とすることもできる。該金属調メラミン樹脂化
粧板としては,例えば,基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からな
るパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラ
ミン樹脂化粧板であって,前記メラミン樹脂層表面にはエンボス加工による凹凸面
が形成されていると共に,前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度
物質微粉を含有する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧
板がある。これにより,最表面の上記オーバーレイ層を省略してコストダウンを図
り,安価な金属調メラミン樹脂化粧板が得られる。」(別紙訂正明細書5頁7行~
14行)と記載されている。したがって,本件明細書において,本件特許発明は,
請求項1の発明から派生した別個の発明として特定されており,両発明の相違点
は,オーバーレイ層の存否とそれによるコストダウンの効果にあるとされている。
オーバーレイ層が存在することは,本件特許発明にとっては単なる付加的な構成と
はいえない。
(2) オーバーレイ層について
請求項1の発明の層構造は,下から順に,①基材からなるベース層,②場
合により積層熱硬化層(別紙訂正明細書3頁下から2行目),③金属調化粧紙から
なるパターン層,④メラミン樹脂層,⑤オーバーレイ層,⑥メラミン樹脂層(別紙
訂正明細書4頁21行ないし26行),である。このうち,②及び⑥は,特許請求
の範囲には明示されていない。
これに対し,イ号物件のそれは,同様に,(一)クラフト紙,(二)フェノー
ル樹脂層,(三)着色紙,(四)メラミン樹脂層,(五)透明紙(又はオーバーレイ
紙),(六)メラミン樹脂層,である((二)フェノール樹脂層の存在を除き,当事者
間に争いがない。前記第2,2「被告製品の構成」参照)。上記によれば,イ号物
件の(五)透明紙層は,2つのメラミン樹脂層の間に存在するもので,この点では,
請求項1の発明における⑤オーバーレイ層に対応する部分に存在するということが
できる。
(3) オーバーレイ層の意味
ア 積層構造の観点から
乙3(新建材研究所編「化粧板ハンドブック」),乙37(JIS工業
用語大辞典・第2版),乙38(小川伸「英和プラスチック工業辞典」)によれ
ば,「オーバーレイ紙」の用語の意味は,「化粧紙の上に積層する,透明樹脂含浸
紙からなる層」をいうものと解される。
イ 機能の観点から
甲5(新建材研究所編「化粧板ハンドブック」),乙38(小川伸「英
和プラスチック工業辞典」)によれば,「オーバーレイ紙」とは,「印刷模様等の
表面保護及び化粧板物性(耐摩耗性,耐薬品性等)向上を目的とした紙」をいうも
のと解される。
(4) イ号物件との対比
まず,上記(3)アの観点からすると,イ号物件の「オーバーレイ紙」は,本
件特許発明における「オーバーレイ層(オーバーレイ紙)」に該当すると考えるこ
とができる。
次に,上記(3)イの観点からしても,イ号物件の「雲母微粉を含有するグラ
ビアインク1色を用いて模様のないベタ刷り印刷を施した,セルロースからなる透
明紙」は,「顔料をパルプに混抄した無地着色紙(にメラミン樹脂を含浸乾燥した
もの)」を保護しているうえ,該透明紙にはメラミン樹脂を含浸しているから,耐
摩耗性,耐汚染性,耐熱性等を損なうことなく化粧板物性を向上する機能を有して
いると推認される。したがって,「オーバーレイ層(オーバーレイ紙)」に該当す
ると考えられる。
(5) 原告の主張について
原告は,本件明細書及び甲5(新建材研究所編「化粧板ハンドブック」)
の記載に照らせば,本件明細書において,オーバーレイ層は,エンボス加工を施す
ことができる最表面の層として用いられ,パターン紙の保護及び化粧板物性(耐摩
耗性,耐薬品性等)向上を目的とした紙としての機能を持たせたものとして使用さ
れるものであるところ,イ号物件の透明紙は,その上にグラビア印刷を施すもので
あり,本件明細書の「パターン層」の一部を構成するものであって,「オーバーレ
イ層」に該当しないと主張する。
たしかに,本件明細書では,オーバーレイ層は最表面の層として用いられ
ており,オーバーレイ層上に印刷する例は示されていない。しかし,オーバーレイ
紙の表面に印刷することは乙2(昭63-84936公開特許公報)から本件特許
出願当時公知であったものと認められるし,同公報には,実施例としてオーバーレ
イ紙の表面に金属光沢付与物質を印刷したものが耐摩耗性,耐汚染性,耐熱性等に
優れていることが記載されている(第1表「物性比較表」)から,本件特許出願時
の技術水準を参酌すれば,表面に印刷を施したものをオーバーレイ層と解すること
は妨げられないというべきである。
以上により,イ号物件は,オーバーレイ層を備えるものであるから,構成
要件Bを充足せず,本件特許発明の技術的範囲に属しないものというべきである。
さらに,イ号物件は,オーバーレイ紙上にグラビア印刷を施しているから,化粧紙
にはグラビア印刷を施しておらず,構成要件Dをも充足しないことになる(なお,
イ号物件は,「パターン層」に印刷を施したものでないから,請求項1の発明の技
術的範囲に属しないこともいうまでもない。)。
2 争点3(本件特許権に無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使を
することが権利濫用に当たるか)
特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく
差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されない(最高裁平成10年
(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参
照)。そこで本件特許に無効事由が存在するか検討する。
(1) 本件公知文献の存在
特開昭54-96579号公報(乙5。以下「本件公知文献」という。)
には,「紙その他のシート状物の一面に金属微粉末を含有するメタリックインク層
および該メタリックインク層を被覆する透明インク層を順に全面に設けた後,上記
シート状物に熱硬化性樹脂を含浸乾燥せしめて樹脂含浸シートを作成し,該樹脂含
浸シートを基材上に配して熱圧一体化せしめ」て製造されたメタリック化粧板が開
示されている。
上記発明においては,紙等のシート状物に金属微粉末を含有するメタリッ
クインクで印刷し,これに熱硬化性樹脂を含浸乾燥せしめて樹脂含浸シートを作成
する。このシートは,「乾燥され溶剤等の揮発分が除去された後,基材4上に配さ
れて熱圧され,シート3と素材4とが一体化された化粧板が得られる。上記基材4
としては合板,パーティクルボード等の木質板,積層含浸紙等が用いられる。」
(本件公知文献3頁左上欄6行ないし11行)とされ,ここには本件特許発明の構
成要件Aの「基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン
層と,」が開示されている。
次に,「先ず,化粧紙等のシート状物1に対しアルミ粉末等の金属微粉末
を含有する透明インクでもって全面に印刷してメタリックインク層を形成する。」
(本件公知文献2頁左下欄15行ないし18行),「シート状物1に熱硬化性樹脂
を含浸乾燥せしめて樹脂含浸シートを作成する。」(同頁左下欄最下行ないし右下
欄2行),「含浸に使用する熱硬化性樹脂液としては,‥‥メラミン‥‥その他の
熱硬化性樹脂が用いられ‥‥る。」(同頁右下欄7行ないし10行)の部分,及び
この発明がメタリック化粧板である点には,本件特許発明の構成要件Bの「該金属
調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹脂であって,」が
開示されている。
さらに,「上記化粧板は熱圧時に鏡面板を介して熱圧されるが,鏡面板に
代えてエンボス賦型板を介して熱圧してもよい。」(同3頁右上欄14行ないし1
6行)の部分には,本件特許発明の構成要件Cの「前記メラミン樹脂表面にはエン
ボス加工による凹凸面が形成されていると共に,」が開示されている。
他方,本件特許発明の構成要件Dの「前記金属調化粧紙はグラビア印刷に
より得られる,輝度物質粉末を含有する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属
調メラミン樹脂化粧板」については,本件公知文献には開示されていない。
(2) 公知技術の存在
しかしながら,輝度物質微粉を含有するインクを用いて化粧紙にグラビア
印刷することは,本件特許の出願時に公知であったと認められる。例えば,特開昭
55-159970号公報(乙1)及び実公昭49-27765号公報(乙4)に
は,いずれも,金属粉末等の輝度物質微粉をインク中に混入しグラビアインクとし
て,化粧紙にグラビア印刷する技術が開示されている。そうして,輝度物質微粉を
含有するグラビアインクによりグラビア印刷すれば,印刷凹凸目が生ずることは,
本件特許発明においても公知技術として当然の前提としているところである。
そうすると,本件公知文献における化粧板の製造方法として,メタリック
インク層の形成に,輝度物質微粉を含有するインクを用いて化粧紙にグラビア印刷
するというこの公知技術を用いることは,当業者が容易に想到することといわなけ
ればならない。しかも,本件特許発明が,本件公知文献における化粧板の製造方法
として,メタリックインク層の形成に,輝度物質微粉を含有するインクを用いて化
粧紙にグラビア印刷するという公知技術を用いたことにより,格別顕著な技術的効
果を奏し得たものとも認められない(本件特許発明の特許請求の範囲においては,
「前記メラミン樹脂層表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されていると共
に,前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質微粉を含有する印
刷凹凸目を有する」と記載されているにとどまり,「エンボス加工による凹凸面と
輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目が同調する」点に関しては何ら記載されていな
い。そうすると,本件において原告が主張するところの光反射相乗効果なるもの
は,特許請求の範囲の記載に基づかない作用効果であり,本件特許発明が光反射相
乗効果を奏し得るものとは認められない。)。
上記によれば,本件特許発明は,本件公知文献及び公知技術に基づき,当
業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項に基づき,
特許を受けることができないものであることが明らかであるというべきである。
(3)原告の主張について
この点につき,原告は,本件特許発明の構成要件C及びDは,本件公知文
献や公知技術には開示されていないこと,本件特許発明は,エンボス加工面による
凹凸面と,印刷凹凸目とが同調しており,これによって化粧板の表面が光反射相乗
効果により鮮明に見えるという作用効果を有するが,これが本件公知文献等には記
載されていないことを主張する。
しかしながら,上記(2)に述べたように,本件公知文献及び上記(2)記載の
公知技術には,本件特許発明の構成要件C及びDも開示されているというべきであ
る。また,上記(2)において述べたとおり,原告の主張する上記作用効果は,特許請
求の範囲に基づかない作用効果の主張にすぎない。しかも,本件特許発明が「メラ
ミン樹脂化粧板」に関するものであって,極めて精密な製造方法が採られるという
ことは通常考えにくいこと,本件特許発明の課題が,「金属質感に優れたメタリッ
ク装飾美とエンボス加工美とを併有し,かつ安価な,金属調メラミン樹脂化粧板を
提供しようとするものである」ことからすれば,本件特許発明において,「エンボ
ス加工面による凹凸面と,印刷凹凸目とが,同調する部所が随所に存在」するよう
な複雑な構成が採られていて,作用効果として「光反射相乗効果」を生じるなどと
いうことはむしろ考えにくい。
したがって,原告の主張は採用できない。
3 結論
以上によれば,イ号物件は,本件特許発明の技術的範囲に属さない。また,
本件特許に無効事由が存在することは明白であるから,本件特許権に基づく権利行
使は権利濫用に当たるというべきであるから,イ号物件はもちろんのこと,ロ号物
件に対する請求もまた,許されない。
したがって,その余の争点について検討するまでもなく,原告の請求はいず
れも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官    三村量一
裁判官村越啓悦
裁判官  青木孝之
物件目録
イ号物件目録
アイカシステムパールトーン
PJ-5108BF71
PJ-5111BF71
PJ-5114BF71
PJ-5208BF71
PJ-5408BF71
PJ-5411BF71
PJ-5412BF71
PJ-5414BF71
PJ-5612BF71
PJ-5813BF71
PJ-5108BM62
PJ-5111BM62
PJ-5114BM62
PJ-5208BM62
PJ-5408BM62
PJ-5411BM62
PJ-5412BM62
PJ-5414BM62
PJ-5612BM62
PJ-5813BM62
PJ-5411ZF71
FPJ5411ZF71
PJ-5412ZF71
FPJ5412ZF71
PJ-5114ZF71
FPJ5114ZF71
PJ-5414ZF71
PJ-5414ZF71
ロ号物件目録
アイカラビアン
JN-501BT
JN-503BT
JN-504B
JN-506B
JN-507B
訂正明細書

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◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

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