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平成28年3月17日判決言渡
平成24年(行ウ)第761号関税更正処分取消請求事件
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求(請求1と請求2は選択的請求)
1取消請求
(1)別紙1「処分目録1」の各「処分行政庁」欄記載の処分行政庁が,各「処
分日」欄記載の日付けで各「通知書番号」欄記載の通知書番号により原告に
対して行った各「輸入申告書番号」欄記載の輸入申告書番号の納税申告に係
る関税についての各更正のうち,同目録の各「申告税額」欄記載の金額を超
える部分を,いずれも取り消す。
(2)別紙2「処分目録2」の各「処分行政庁」欄記載の処分行政庁が,各「処
分日」欄記載の日付けで各「通知書番号」欄記載の通知書番号により原告に
対して行った各「輸入申告書番号」欄記載の輸入申告書番号の納税申告に係
る関税についての各過少申告加算税賦課決定を,いずれも取り消す。
2無効確認請求
(1)別紙1「処分目録1」の各「処分行政庁」欄記載の処分行政庁が,各「処
分日」欄記載の日付けで各「通知書番号」欄記載の通知書番号により原告に
対して行った各「輸入申告書番号」欄記載の輸入申告書番号の納税申告に係
る関税についての各更正のうち,同目録の各「申告税額」欄記載の金額を超
える部分が無効であることを確認する。
(2)別紙2「処分目録2」の各「処分行政庁」欄記載の処分行政庁が,各「処
分日」欄記載の日付けで各「通知書番号」欄記載の通知書番号により原告に
対して行った同目録の各「輸入申告書番号」欄記載の輸入申告書番号の納税
申告に係る関税についての各過少申告加算税賦課決定が無効であることを確
認する。
第2事案の概要
本件は,食肉の輸出入,販売等を行う株式会社である原告が,平成16年1月
26日から平成17年2月7日までの間,前後823回にわたり,外国産冷凍豚
部分肉(以下「本件各輸入貨物」という。)を輸入するに当たり,東京税関大井
出張所ほか3庁において,課税価格が別紙3「更正後関税額等一覧表」(以下「別
表」という。)の⑧「当初関税課税標準額(円)」欄記載の金額(合計130億
8706万2033円)であり,関税暫定措置法(平成15年4月1日から平成
16年3月31日までに輸入されたものについては平成16年法律第15号によ
る改正前のもの。平成16年4月1日から平成17年3月31日までに輸入され
たものについては平成17年法律第22号による改正前のもの。以下,「関税暫
定措置法」という場合,特に断りのない限り,上記の輸入日に応じた改正前のも
のをいう。)2条2項,別表第1の3の規定するいわゆる豚肉の差額関税制度(以
下「本件差額関税制度」という。)を適用した関税額が別表の⑩「当初関税額(円)」
欄記載の金額(合計5億6268万4900円)であるとして輸入(納税)申告
をし,その都度,各処分行政庁から本件各輸入貨物の輸入許可を受けたところ,
各処分行政庁から,原告が輸入した本件各輸入貨物の正当な課税価格は別表の⑪
「真正関税課税標準額(円)」欄記載の金額(合計71億1427万1755円)
であり,本件差額関税制度によれば納付すべき関税額は別表の⑬「更正後関税額
(円)」欄記載の金額(合計65億2424万4300円)であったから,原告
は納付すべき関税額と申告関税額との差額である別表の⑭「納付すべき額(円)」
欄記載の関税(合計59億6155万9300円)を免れているとして,平成1
9年2月20日及び同月21日付けで各更正及び各過少申告加算税賦課決定を受
けたことから,国を被告とし,「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定」(平
成6年条約第15号。以下,附属書を含めて「WTO協定」という。また,WT
O協定のうち,前文,協定本体の部分,末文及び注釈を総称して,「WTO設立
協定」といい,附属書は,順に「附属書1」,附属書1A」,「附属書2」など
という。)の附属書1Aの一内容である「農業に関する協定」(以下「WTO農
業協定」という。)4条2項が我が国において直接適用されることを前提として,
同項に違反する本件差額関税制度が憲法98条2項により無効であると主張し,
上記各更正のうちの申告税額を超える部分及び上記各過少申告加算税賦課決定の
取消し又は無効確認を求める事案である。
1関係法令等の定め
本件の主な関係法令等の定めは,別紙4「関係法令等の定め」記載のとおり
である。
2前提事実(証拠等の掲記のないものは当事者間に争いがない。)
(1)本件差額関税制度の概要等
本件差額関税制度の概要等は,別紙5「本件差額関税制度の概要等」記載
のとおりである。(乙6の1ないし乙12)
(2)原告及びその関係者
ア原告は,平成4年9月11日に設立された株式会社であり,牛,豚,馬,
鶏等の肉及び内臓の輸出入並びに加工,販売等を目的とし,平成24年9
月18日まではP1がその代表取締役を務めていた。(乙4の1)
イP2社(以下「P2」という。)は,デンマーク王国最大の豚と畜業者
であり,日本を始め世界各国へ豚肉を供給していた。(乙5の6頁)
ウP3株式会社(以下「P3」という。)は,平成14年12月16日に,
農水産物,畜産物の輸出入及び加工販売等を目的に設立された株式会社で
ある。P3は,平成17年10月頃,原告に買収され,その後,P1がそ
の代表取締役を務めるようになり,その本店所在地も原告と同所となって
いた。(乙4の2,乙5の6頁,弁論の全趣旨)
エP4社(以下「P4」という。)は,平成13年,P1が出資して香港
を事業所所在地として設立された会社であり,当初は,P1が代表取締役
を務めていたが,平成16年中には,P1に代わってP5が代表取締役に
就任した。なお,P4の事業所所在地は香港であるが,実際の業務は,本
邦においてP5が行っていた。(乙5の6頁)
(3)本件各輸入貨物に係る輸入(納税)申告の概要等
原告は,P2から冷凍豚部分肉(関税定率法別表(関税率表)第1部第2
類0203・29・2(以下,関税率表の分類番号を表記するに当たり,4
桁の番号の場合には,「項」といい,さらに,「項」の下位の分類番号であ
る6桁の番号の場合には,「号」と表記する。関税暫定措置法においても同
様とする。)の規定する「豚の肉(生鮮のもの及び冷蔵し又は冷凍したもの
に限る。)」のうちの「冷凍したもの」のうちの「その他のもの」のうちの
「二その他のもの」に該当するもの。本件各輸入貨物。)を輸入するに当
たり,本件各輸入貨物がP2からP4に販売され,これをP4からP3が輸
入したものとして,P3名義を用いて,別表記載のとおり,平成16年1月
26日から平成17年2月7日までの間,合計823回にわたり,東京税関
大井出張所,大阪税関大手前出張所,大阪税関南港出張所及び大阪税関桜島
出張所において,冷凍豚部分肉合計2227万5090.44kg(本件各
輸入貨物)の真正な課税価格は別表の⑪「真正関税課税標準額(円)」欄記
載のとおりであり,本件差額関税制度の適用を前提とすると関税額は別表の
⑬「更正後関税額(円)」欄記載のとおりであるのに,課税価格が別表の⑧
「当初関税課税標準額(円)」欄記載のとおりであり,本件差額関税制度を
適用した関税額合計が別表の⑩「当初関税額(円)」欄記載のとおりである
旨の輸入(納税)申告(以下「本件各輸入(納税)申告」という。)をして,
各処分行政庁から輸入許可を受けた。(甲1,甲8,甲9,乙3の1ないし
3,乙5)
(4)刑事事件
ア原告及びP1は,本件各輸入(納税)申告により納付すべき関税額と申
告関税額との差額合計59億6155万9400円を免れたという関税法
違反の罪により,平成19年2月26日,千葉地方裁判所に起訴された(以
下,この起訴に係る刑事事件を「本件刑事事件」という。)。(甲1)
イ千葉地方裁判所は,本件刑事事件について,平成21年3月26日,原
告を罰金2億5000万円に,P1を懲役2年4月及び罰金1500万円
に処する旨の判決をした。(乙3の1)
ウ原告及びP1は,それぞれ,上記イの判決に対して東京高等裁判所に控
訴したが,東京高等裁判所は,平成22年8月30日,原告及びP1によ
る各控訴を棄却する旨の判決をした。(乙3の2)
エ原告及びP1は,上記ウの判決に対して上告をし,上告理由として本件
差額関税制度がWTO農業協定4条2項に違反するため憲法98条2項に
違背するという主張も新たにしたものの,最高裁判所は,平成24年9月
4日,上記上告を棄却する旨の決定をし,これにより,本件刑事事件に係
る前記イの有罪判決が確定した。(甲8,甲9,乙3の3)
(5)更正等
関税法107条,関税法施行令92条1項2号により東京税関長又は大阪
税関長からそれぞれ権限の委任を受けた各処分行政庁(東京税関大井出張所
長,大阪税関大手前出張所長,大阪税関南港出張所長及び大阪税関桜島出張
所長)は,それぞれ,同法7条の16,12条の2の各規定に基づき,原告
に対し,別紙1「処分目録1」の各「処分行政庁」欄記載の処分行政庁にお
いて,各「処分日」欄記載の日付けで,各「通知書番号」欄記載の通知書番
号の更正通知書により,各「輸入申告書番号」記載の輸入申告書番号の納税
申告に係る関税について,関税額を別表の⑬「更正後関税額(円)」欄(別
紙1「処分目録1」の各「輸入申告書番号」と同一の別表の②「申告番号」
に係るもの。以下同じ。)記載の金額,納付すべき税額を別表の⑭「納付す
べき額(円)」欄記載の金額とする各更正(以下「本件各更正処分」という。)
をするとともに,別紙2「処分目録2」の各「処分行政庁」欄記載の処分行
政庁において,各「処分日」欄記載の日付けで,各「通知書番号」欄記載の
通知書番号の過少申告加算税賦課決定通知書により,各「輸入申告書番号」
欄記載の輸入申告書番号の納税申告に係る関税について,過少申告加算税の
額を別表の⑱「加算税合計額(円)」欄(別紙2「処分目録2」の各「輸入
申告書番号」と同一の別表の②「申告番号」に係るもの。以下同じ。)記載
の金額とする各過少申告加算税賦課決定(以下「本件各賦課決定処分」とい
い,本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)をした。
(6)不服申立ての経緯
ア原告は,本件各更正処分等について,平成19年4月18日付けで東京
税関長に対し,同月19日付で大阪税関長に対し,それぞれ異議申立てを
した。
イ原告は,本件各更正処分等について,平成21年3月6日付けで財務大
臣に対し,審査請求をしたが,審査請求があった日から3箇月を経過して
も裁決はされなかった
(7)本件訴えの提起
原告は,平成24年11月2日,本件訴えを提起した。(顕著な事実)
3本件各更正処分等の根拠と適法性に関する被告の主張
本件各更正処分等の根拠と適法性に関する被告の主張は,別紙7「本件各更
正処分等の根拠及び適法性」記載のとおりである。
4争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,本件各更正処分等の適法性であり,具体的には,①WTO
農業協定4条2項の我が国における直接適用可能性の有無,②同項の我が国
における直接適用可能性がある場合における本件差額関税制度の同項違反の有
無が争われている。これらに関する当事者の主張は,別紙8「原告の主張」及
び別紙9「被告の主張」記載のとおりであり,その要旨は次のとおりである。
(1)WTO農業協定4条2項の直接適用可能性の有無
(原告)
ア関税法3条ただし書によりWTO農業協定4条2項が我が国において
直接適用されること
関税法3条は,「輸入貨物(信書を除く。)には,この法律及び関税定
率法その他関税に関する法律により,関税を課する。ただし,条約中に関
税について特別の規定があるときは,当該規定による。」と規定している
ところ,関税法基本通達(以下「基本通達」という。)3-1は「法3条
ただし書《条約による特別規定》に定める「関税についての特別の規定」
とは,関税の税率のほか関税の軽減,免除,払出しその他関税の賦課及び
徴収に関しての国内法の規定に対する特別の規定をいう。」と定めている。
そして,WTO農業協定4条2項の内容は,端的にいうと,「課税標準
及び税率を同項記載の禁止の制度に該当しないよう定めることの対外的
約束」であり,「課税標準設定及び税率設定の禁止枠組み」を定めるもの
であるから,関税法3条ただし書の「特別の規定」に該当する。
したがって,WTO農業協定4条2項は,関税法3条ただし書により,
我が国において直接適用される。
イ条約の直接適用可能性の基準
(ア)条約の直接適用可能性の有無は,主観的基準と客観的基準から判断
する必要があるところ,主観的基準については,条約締結国の総意とし
て直接適用可能性を排除しているのか否かと,当該国が直接適用を排除
する国内法制を採用する意思を有するか否かをメルクマールとすべきで
ある。
これに対し,条約の直接適用可能性が認められるための主観的要件と
して,条約締結国による私人の権利義務の創設の意思が必要であるとい
う考え方は,直接適用される場面をあまりに狭く限定しすぎるという点
と,個人の権利義務を創設していなくても直接適用されている条約が現
に存在することを説明できないという点に問題がある。
また,条約の直接適用可能性の主観的要件として,条約締結国が各国
内で直接適用することを積極的に意図したことが必要であるという考え
方も,特に多国間条約についてはそのような当事国の意思が見いだされ
ることはほとんどないため,条約の直接適用可能性が認められる余地が
なくなってしまう点に問題がある。
結局,条約の国内における完全実施の方法について各国の主権を尊重
するには,「(条約中に直接適用可能性の排除が明示されない限り)原
則として直接適用可能性は認めた上で,各々の国に,直接適用を排除す
る国内法制を採用するか否かの選択肢を与える」と解するほかはない。
(イ)また,条約の直接適用可能性の客観的基準としては,まず,当該条
約の内容が明確であることが必要となり,次に,完全であること,すな
わち,条約の執行に必要な機関や手続が定められていることが必要とな
る。
ウWTO農業協定4条2項の直接適用可能性に係る主観的基準について
(ア)WTO農業協定4条2項について,直接適用可能性についての主観
的要件を充足するかを検討するに,主観的基準のうちの直接適用可能性
を排除するという条約締結国の総意の有無については,WTO協定その
ものは,各国が国内の条約違反状態の是正を,立法機関,行政機関だけ
ではなく,司法機関によっても行うことを奨励こそすれ,排除するもの
ではないと考えられること,また,WTO協定によって設立された世界
貿易機関(以下「WTO」という。)は,1947年に締結された「関
税及び貿易に関する一般協定」(以下,「関税及び貿易に関する一般協
定」を「GATT」という。)よりも実効性の高い紛争解決制度を用意
しており,WTOはGATT以上にWTO協定を各国が遵守するように
体制強化を図っていることからすると,各国が自主的にWTO協定違反
の国内状態を是正することは,WTOの目的に合致こそすれ,反するも
のではないことなどからすると,WTO農業協定4条2項については,
直接適用可能性を排除するという条約締結国の総意は認められない。
(イ)次に,我が国は,そもそも条約全般について直接適用可能性を排除
するという法秩序は採用しておらず,また,関税に係る事項については,
むしろ積極的に直接適用可能性を認める旨の関税法3条ただし書を用意
しており,通商政策上もWTO協定の直接適用可能性を排除する国内法
制を取りにくい政策を採用している。そして,WTO農業協定4条2項
の直接適用可能性を排除する国内法制が我が国には存在しない以上,我
が国には,WTO農業協定4条2項について,その直接適用可能性を排
除する意思は存在しないというべきである。
(ウ)以上によれば,WTO農業協定4条2項は,我が国における直接適
用可能性についての主観的基準を満たしている。
エWTO農業協定4条2項の直接適用可能性に係る客観的基準について
(ア)まず,WTO農業協定4条2項の規定内容をみると,「通常の関税」
とは定率関税及び定額関税のことであり,また,「最低輸入価格」とは,
一般に輸入産品の輸入価格と特定の価格限界との差額を関税額とするも
のであって,当該特定の輸入産品が当該価格限界を下回って国内市場に
侵入することのないようにする措置をいうことは明らかである。このよ
うに,「通常の関税」「最低輸入価格」の意味内容は自明であり,疑義
をはさむ余地はないから,同項の内容が明確であることは明らかである。
(イ)次に,完全性については,条約の執行に必要な機関や手続に欠ける
か否かは各国ごとに補足的措置がとられているか否かによるところ,我
が国において適当な機関や手続が既に存在するかどうかを検討するに,
機関としては税関があり,手続については関税三法が詳細に定めている
のであるから,完全性に欠けるところはない。そもそも,関税法3条た
だし書があることそれ自体が,そのような完全性の裏付けがあることを
初めから前提としているところであるから,WTO農業協定4条2項が
完全なものであることも明らかである。
(ウ)以上のとおり,農業協定4条2項という条約条項は,明確であり,
また,完全であるから,我が国における直接適用可能性についての客観
的基準を満たしている。
オその他
(ア)日本国憲法の前文には「国際社会において名誉ある地位を占めたい」
という理念が示されていること,また,他国における条約の実施状況を
踏まえて裁判所が国際交渉における利益不利益を考慮すること自体が,
行政府及び立法府の権限に属する判断をしていることであって職域を超
えており,これこそがむしろ権力分立の理念に違背することからすると,
アメリカ合衆国(以下「米国」という。)及びヨーロッパ共同体(以下
「EU」という。)がそれぞれの国内法秩序に従ってWTO協定の国内
(域内)における直接適用を認めていないことは,我が国においてWT
O農業協定4条2項の直接適用を認めない理由とはならない。
(イ)また,三権分立,国内法制の状況等を理由にWTO農業協定4条2
項の直接適用を否定することはできない。
(ウ)さらに,国会が関税法3条ただし書を成立させ,また,WTO農業
協定4条2項を承認している以上,国会又は政府の裁量権を理由にWT
O農業協定4条2項の直接適用を否定することはできない。
カ直接適用可能性に関する結論
以上によれば,WTO農業協定4条2項は,我が国において直接適用可
能性を有している。
(被告)
ア前提
本件差額関税制度の有効性を判断するに当たり,WTO農業協定4条2
項を裁判規範として用いるためには,同項について,我が国における直接
適用可能性が認められなければならない。
イ条約の直接適用可能性の判断基準
ある条約の規定を国内裁判所において直接裁判規範として適用するため
には,①条約締結国の国内裁判所で執行可能なものにするという条約条
約締結国の具体的な意思が確認できること(主観的基準),及び,②そ
の内容を具体化する法令を待つまでもなく国内で直接適用できるだけの
具体性及び明確性があること(客観的基準)を要すると考えられる。
ウWTO農業協定4条2項は直接適用可能性に関する主観的基準を満たさ
ないこと
我が国は,WTO協定の交渉過程において,WTO農業協定4条2項の
直接適用可能性について議論されたとは認識しておらず,WTO協定の関
連規定の内容やその交渉経緯,WTO農業協定4条2項の国内実施措置等
によれば,我が国が,WTO農業協定4条2項について,私人に対し,「通
常の関税」に当たらない国境措置を適用されない権利を認めてこれを直接
に国内裁判所で執行可能にするなどという意思を有していなかったこと
は明らかである。
したがって,WTO農業協定4条2項は直接適用可能性に関する主観的
基準を満たさない。
エWTO農業協定4条2項は直接適用可能性に関する客観的基準を満たさ
ないこと
条約解釈の原則に従って解釈したとしても,WTO農業協定4条2項の
規定内容が,当該内容を具体化する法令を待つまでもなく国内で直接適用
できるだけの具体性及び明確性を有するとは認められない。
オ直接適用可能性に関する結論
以上によれば,WTO農業協定は,我が国において直接適用可能性を有
していない。
(2)本件差額関税制度のWTO農業協定4条2項違反の有無
(原告)
ア本件差額関税制度は通常の関税に該当しないこと
本件差額関税制度のうち,関税として基準輸入価格と課税価格の差額を
課すという部分は,従量税率でもなければ,従価税率でもなく,「通常の
関税」ではないから,当該部分は「通常の関税に転換することが要求され
た措置その他これに類するいかなる措置(注)も維持し,とり又は再びと
ってはならない。」と定めるWTO農業協定4条2項に違反する。
また,WTO協定の附属書1にある日本国の譲許税率表には,上記の部
分に関する記載は一切なく,現行の本件差額関税制度は,日本国の譲許表
と異なっており,外見的にも実際的にも日本国は国際的に二枚舌を使った
結果となっている。
イ本件差額関税制度は最低輸入価格に該当すること
本件差額関税制度は,課税価格と基準輸入価格の差額を関税として賦課
するというものであり,基準輸入価格は特定の価格限界としての機能を有
していることからすると,WTO農業協定4条2項(注)が,特に掲名し
て禁じている最低輸入価格に該当することは明らかである。
ウ本件差額関税制度のWTO農業協定への適合性の結論
以上によれば,本件差額関税制度は,WTO農業協定4条2項,特に同
項の(注)に違反する。
(被告)
WTO農業協定4条2項は,関税という「税」の形式で課されていたとし
ても,それが「従量税,従価税又はその組合せの形式で譲許」されていない
場合は,そもそも「通常の関税」ではないとして,これを禁止しているもの
と解される。また,「通常の」関税の形式を採るものであっても,実質的に
みて,関税化の特質である透明性及び予測可能性を著しく欠いている場合に
は,同項の趣旨目的に反し,同項に適合しないということができる。
しかるに,本件差額関税制度は,従量税と従価税の組合せで譲許された関
税であるから,「通常の関税」に当たる。また,本件差額関税制度は,実質
的にみて透明性及び予測可能性を著しく欠くものとはいえないから,WTO
農業協定4条2項の趣旨にも反しない。さらに,効果の点に着目してみても,
本件差額関税制度には輸入量規制効果や価格伝達阻害効果は認められず,第
1次及び第2次チリ価格帯事件の上級委員会が挙げたような「最低輸入価格」
としての特徴を有するものではない。したがって,本件差額関税制度は最低
輸入価格又はこれに類する措置に当たらない。
以上によれば,本件差額関税制度は,WTO農業協定4条2項に違反する
ものではない。
第3当裁判所の判断
1WTO農業協定4条2項の我が国における直接適用可能性の有無について
(1)問題の所在
ア原告は,本件各更正処分等の前提となっている我が国における豚肉の輸
入に係る本件差額関税制度について,WTO農業協定4条2項に違反する
ものであるから憲法98条2項により無効であり,それゆえ,本件各更正
処分等は違法又は無効であると主張している。
イこの点,WTO協定は,二以上の国際法主体にその効果が帰属する文書
による合意であるから,その一部であるWTO農業協定を含めて条約であ
るところ,我が国において国会による承認を経て締結し公布された条約は,
他に特段の立法措置を講ずるまでもなく当然に,憲法98条2項,7条1
号により国内的効力を有し,法律に優位するものと解される。
しかしながら,このことは,我が国の憲法体制の下において,条約が他
に特段の立法措置を講ずるまでもなく我が国の法体系に受け容れられ(す
なわち,自動的に受容され),国内的効力を有することを意味しているに
とどまるから,それ以上の措置を必要とすることなく,個々の国民が条約
を直接の法的根拠として具体的な権利ないし法的地位を主張したり,ある
いは,裁判所が法的紛争を解決するに当たり条約を直接適用して結論を導
いたりすることが可能か(条約がそのまま国内で裁判規範として適用可能
か)は別途問題となる。これが本件において検討されるべき条約の直接適
用可能性の問題である。
ウなお,条約の直接適用可能性の有無は,当該条約全体として判断される
のではなく,個々の条項について判断されるべきものであるから,条約中
の特定の条項について直接適用可能性が認められるからといって,他の条
項についても直ちに直接適用可能性が認められるということにはならない。
例えば,WTO協定の附属書1Aに含まれる1994年のGATTの譲許
表に関する規定は,我が国において直接適用可能性を有するものとされて
いるが(基本通達3-2。甲20,甲21),そうであるからといって,
同じくWTO協定に含まれるWTO農業協定4条2項についても当然に直
接適用可能性が認められることにはならない。
エこの点,原告は,関税法3条が「輸入貨物(信書を除く。)には,この
法律及び関税定率法その他関税に関する法律により,関税を課する。ただ
し,条約中に関税について特別の規定があるときは,当該規定による」と
規定しているところ,同条ただし書により,WTO農業協定4条2項が我
が国において直接適用されることは明らかであるかのような主張をしてい
る。
しかしながら,同条ただし書は,条約中の関税に関する規定全般につい
て無条件に直接適用を認めるというものではなく,当該条項が直接適用可
能性を有している場合には適用されるということを注意的に規定したも
のと解するのが相当であるから,同条ただし書の存在をもって,直ちにW
TO農業協定4条2項が我が国において直接適用可能性を有するものと
解することはできず,同項が我が国において直接適用可能性を有するか否
かは,関税法3条ただし書の存在にかかわらず,具体的に検討すべきこと
になる。
(2)条約の直接適用可能性の判断基準について
ア前記(1)イで説示したとおり,我が国では,所定の公布手続を了した条約
は,他に特段の立法措置を講ずるまでもなく,当然に国内的効力を承認し
ているものと解されるところ,国内的効力が認められた条約が国内におい
て直接適用可能か否かは,次のとおり,主観的基準と客観的基準によって
判断するのが相当である。
イまず,条約の直接適用可能性の有無の判断においては,主観的基準とし
て,条約締結国の具体的な意思如何が重要となる。
なぜなら,そもそも国家等の国際法主体は,それぞれ交渉して条約を締
結する権限を有しているのであって,当該条約の条項が条約締結国の内部
的法秩序においてどのような効力を生じるかについても,自由に合意する
ことが可能であり,それゆえに当該条約の条項の直接適用可能性の有無の
判断においては,条約締結国が当該条約の直接適用可能性についてどのよ
うな意思を有していたのかが極めて重要な要素となるからである。
そして,具体的には,条約の条項の直接適用可能性の有無は,それぞれ
の条約締結国において,当該条項につき,国内において直接適用可能性を
有するものとして当該条約を締結しているか否かによって決せられるべ
きものと解するのが相当である。
なお,上記のような条約締結国の意思は,必ずしも条約規定の文言のみ
に示されるのではなく,場合に応じて,条約締結国間の合意や条約の作成,
実施の過程の事情などをも考慮して判断されるものであるから,条約の特
定の条項についての直接適用可能性の有無は,当該条項の文言のみによっ
て判断されるべきものではなく,当該条約の全体の構成や内容,交渉経過
を踏まえて判断されるべきことになる。
ウ次に,条約の規定を国内的に直接適用するためには,客観的基準として,
当該規定の文言につき条約解釈の原則に従って解釈した上で,そのまま国
内的に適用できる程度に明確であることが必要であると解される。
なぜなら,権力分立の原則によれば,法の定立は原則として立法府の権
限であり,不明確で国家に広い裁量の余地を残している条約の規定につい
て,司法府がこれを直接適用すると,実質的に司法府が法の定立をするこ
とになり,立法府の権限を侵害し,また,法的安定性も害することとなる
ため,一般的抽象的な概念を含んでいる条約規定や,一般的抽象的原則を
定めるにすぎない条約規定が直接適用されることは許容し得ないからで
ある。
また,条約の直接適用可能性が認められるためには,当該条項が上記の
ような狭い意味で明確であることに加え,当該条項の執行に必要な機関や
手続について定められているという意味で,完全でなければならないと解
される。
なぜなら,条約は,条項の執行に必要な機関や手続については定めてい
ないことが少なくなく,このような完全ではない条約の条項は,例え狭い
意味で明確で具体的な内容をもっていても,実際上直接適用されるのは困
難だからである。
エ以上によれば,条約の直接適用可能性の有無は,それぞれの条約締結国
において,当該条約の条項につき,国内において直接適用可能性を有する
ものとして当該条約を締結しているか否かという主観的基準と,その内容
を具体化する法令を待つまでもなく国内で直接適用できるだけの明確性,
完全性があるかという客観的基準によって判断されるべきことになる。
オこれに対し,原告は,直接適用可能性の主観的要件として,直接適用可
能であるという積極的な当事国の意思を厳格に要求すると,ほとんどの条
約(規定)は直接適用可能でないことになってしまうなどとして,条約に
ついては,原則として直接適用可能性を認めた上で,条約の直接適用可能
性において問題とされる条約締結国の意思は,直接適用可能性を排除する
基準として意味を持つものと解すべきであると主張する。
しかしながら,前記イで説示したとおり,そもそも,条約は国家間の合
意であるから,条約の直接適用可能性の有無については,条約締結国の意
思が重要となることは否定することができず,また,条約は,国家と国家
の権利義務関係を定めるものであって,必ずしも個人の権利等を直接創設
するものではないことや,条約の条項を遵守するということとこれを国内
で直接適用することは別の問題であることからすると,条約の条約締結国
において,条約の条項を遵守するという意思を有しているということ以上
に,原則として条約の条項の直接適用可能性を認める意思を有しているこ
とまで推認することはできないから,条約の条項の直接適用可能性が認め
られるためには,条約締結国において条約の当該条項について直接適用可
能性を認める意思を有していることが必要であると解さざるを得ないと
いうべきである。そして,この点に関しては,条約締結国において,当該
条約の条項を「国内で直接適用する」という意思が明示的あるいは直接的
に示されているという意味で積極的な意思を確認することが困難であっ
たとしても,問題となるのは飽くまで条約締結国において当該条項を直接
適用可能であることを認めていたかどうかであり,当該条約の条項におい
て加盟国の国内における直接適用可能性の有無が明記されていなかった
としても,交渉経過や条文の規定内容等から,直接適用可能であることを
前提とした締結されたかどうかの判断は可能なことも想定され,ほとんど
の条約(規定)が直接適用可能でないということになるとまではいえない。
したがって,条約の直接適用可能性の主観的要件として,原則として直
接適用可能性が認められることを前提として,条約締結国がこれを排除す
る意思を有していたか否かを問題とすべきであるという原告の主張につ
いては,採用することはできない。
(3)WTO協定の概要
証拠(甲2,甲3,甲4,甲19,甲25,乙8,乙10の2,乙13,
乙14,乙36,乙37,乙38,乙39,乙44)及び弁論の全趣旨によ
れば,WTO協定に至る経緯及びその内容は,次のとおりであると認めるこ
とができる。
ア関税その他の貿易障害を実質的に軽減するための多国間協定としては,
1947年(昭和22年)にGATTが締結されていたものの,実際に行
われている多様な貿易に十分な規律を及ぼし多角的自由貿易体制を効果的
に維持,強化することができない状況になってきたことから,物品の貿易
のみならず,サービス,知的所有権,貿易関連投資等の新分野をも包括的
にカバーするルールの策定に向けて,1986年(昭和61年)にウルグ
アイ・ラウンド交渉が開始された。
WTO協定は,このウルグアイ・ラウンド交渉の成果として,1994
年(平成6年)4月15日にモロッコのマラケシュにおいて作成されたも
のであり,1995年(平成7年)1月1日にその効力を生じ,世界貿易
機関(WTO)が発足した。
WTO協定は,我が国において批准,承認され,平成6年12月28日,
条約第15号として公布された。我が国は,WTOの原加盟国の一つであ
る。
(以上につき,甲2,甲19,乙8の12頁以下,乙10の2の資料3,
乙13の8頁以下,13頁,乙37の908頁)
イGATTを継承したWTO協定は,前文,協定本体の部分,末文,注釈
及び附属書(大きく分けると4つ)によって構成されており,加盟国は,
WTO協定を,附属書4の複数国間貿易協定を除いて一括して受諾してい
る。そのため,附属書1,2及び3は,全てのWTO加盟国を拘束するの
に対し(WTO設立協定2条2項),附属書4の複数国間貿易協定は,そ
れぞれの協定を受諾した加盟国のみを拘束するとされている(同条3項)。
(甲4のⅶ頁,甲25の2頁,乙13の13頁以下)
ウWTO設立協定は,前文,末文,注釈のほか,WTO基本的な組織及び
手続について規定する16の条文によって構成されている。(甲4のⅶ頁,
甲17,乙13の15頁以下,乙44,弁論の全趣旨)
(ア)WTO協定前文は,「この協定の締約国は,貿易及び経済の分野に
おける締約国間の関係が,生活水準を高め,完全雇用並びに高水準の実
質所得及び有効需要並びにこれらの着実な増加を確保し並びに物品及び
サービスの生産及び貿易を拡大する方向に向けられるべきであることを
認め,他方において,経済開発の水準が異なるそれぞれの締約国のニー
ズ及び関心に沿って環境を保護し及び保全し並びにそのための手段を拡
充することに努めつつ,持続可能な開発の目的に従って世界の資源を最
も適当な形で利用することを考慮し,更に,成長する国際貿易において
開発途上国特に後発開発途上国がその経済開発のニーズに応じた貿易量
を確保することを保証するため,積極的に努力する必要があることを認
め,関税その他の貿易障害を実質的に軽減し及び国際貿易関係における
差別待遇を廃止するための相互的かつ互恵的な取極を締結することによ
り,前記の目的の達成に寄与することを希望し,よって,関税及び貿易
に関する一般協定,過去の貿易自由化の努力の結果及びウルグァイ・ラ
ウンドの多角的貿易交渉のすべての結果に立脚する統合された一層永続
性のある多角的貿易体制を発展させることを決意し,この多角的貿易体
制の基礎を成す基本原則を維持し及び同体制の基本目的を達成すること
を決意して,次のとおり協定する。」旨定めている。
(イ)WTO設立協定2条は,その2項において,附属書1,附属書2及
び附属書3に含まれている協定及び関係文書は,WTO設立協定の不可
分の一部を成し,全ての加盟国を拘束する旨,その3項において,附属
書4に含まれている協定及び関係文書は,これらを受諾した加盟国につ
いてはこの協定の一部を成し,当該加盟国を拘束するが,これらを受諾
していない加盟国の義務又は権利を創設することはない旨定めている。
(ウ)WTO設立協定11条は,WTO設立協定の効力発生の日における
1947年のGATTの締約国及び欧州共同体であって,WTO設立協
定及び多角的貿易協定を受諾し,かつ,1994年のGATTに自己の
譲許表が附属され,サービス貿易一般協定に自己の特定の約束に係る表
(約束表)が附属されているものは,WTOの原加盟国となる旨定めて
いる。
(エ)WTO設立協定16条4項は,加盟国は,自国の法令及び行政上の
手続を附属書の協定に定める義務に適合したものとすることを確保する
旨定めている。
(オ)WTO設立協定には,WTO協定の各条項について,加盟国の国内
における直接適用可能性があると定めた条項は存在しない。
エ附属書1では,貿易に関する各加盟国の規制を一定の規律の下に置く実
体的な規則及び関連する手続規則が定められており,物品の貿易に関する
多角的協定(附属書1A),サービスの貿易に関する一般協定(附属書1
B)及び知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(附属書1C)によっ
て構成されている。(甲3の218頁,甲4,甲19,甲25,乙13の
13頁,102頁以下,乙14の218頁以下,乙37,乙39,弁論の
全趣旨)
(ア)附属書1Aには,1947年のGATT(WTO協定発効前に改正
等が行われた規定を含む。),WTO協定発効前に1947年のGAT
Tの下で発効した議定書及び1947年のGATTの条文に関する了解
等から構成される1994年のGATTが含まれている。
1947年のGATTでは,「各締約国は,他の締約国の通商に対し,
この協定に附属する該当の譲許表の該当の部に定める待遇より不利でな
い待遇を許与するものとする。」と規定されており(1994年のGA
TT2条1項(a)で読み替え。),GATTと不可分一体のものとして附
属されている譲許表には(GATT2条7項),WTO加盟国のそれぞ
れの関税譲許,非関税譲許及び農業補助金に関する約束が具体的に記載
されている。なお,譲許表のうちの我が国の国別表(第38表)では,
豚肉の関税には従量税率と従価税率だけで構成されている。
(イ)附属書1Aの一部であるWTO農業協定は,ウルグアイ・ラウンド
交渉の結果作成されたものであり,農産品貿易における自由競争をゆが
めるような国内助成や輸出補助金を削減するとともに,農産品の輸入に
際して執られる通常の関税以外の措置を原則として全て通常の関税に転
換し(いわゆる関税化),全ての関税を譲許し引き下げるという約束の
実施に関する規律を定めたものである。
WTO農業協定4条2項は,「加盟国は,次条及び附属書5に別段の
定めがある場合を除くほか,通常の関税に転換することが要求された措
置その他これに類するいかなる措置(注)も維持し,とり又は再びとっ
てはならない。」と規定して,加盟国における非関税措置の関税化を義
務付けている。
また,WTO農業協定4条2項は,注として,「これらの措置(注:
本文でいう「通常の関税に転換することが要求された措置その他これに
類するいかなる措置」のこと)には,輸入数量制限(quantitativeimport
restrictions),可変輸入課徴金(variableimportlevies),最低輸
入価格(minimumimportprices),裁量的輸入許可(discretionaryimport
licensing),国家貿易企業を通じて維持される非関税措置(non-tariff
measuresmaintainedthroughstate-tradingenterprises),輸出自主
規制(voluntaryexportrestrains)その他これらに類する通常の関税
以外の国境措置(特定の国について承認された1947年のガットの規
定からの逸脱として維持されているものであるかないかを問わない。)
が含まれるが,1994年のガット又は世界貿易機関協定附属書1Aに
含まれている他の多角的貿易協定における国際収支に関する規定その他
の農業に特定されない一般的な規定に基づいて維持される措置は含まれ
ない。」と規定している。
(ウ)附属書1Bの「サービスの貿易に関する一般協定」(以下「GAT
S」という。)では,「加盟国は,この協定の対象となる措置に関し,
他の加盟国のサービス及びサービス提供者に対し,他の国の同種のサー
ビス及びサービス提供者に与える待遇よりも不利でない待遇を即時かつ
無条件に与える。」(2条1項),「加盟国は,第1条に規定するサー
ビスの提供の態様による市場アクセスに関し,他の加盟国のサービス及
びサービス提供者に対し,自国の約束表において合意し,特定した制限
及び条件に基づく待遇よりも不利でない待遇を与える」(16条1項),
「加盟国は,その約束表に記載した分野において,かつ,当該約束表に
定める条件及び制限に従い,サービスの提供に影響を及ぼすすべての措
置に関し,他の加盟国のサービス及びサービス提供者に対し,自国の同
種のサービス及びサービス提供者に与える待遇よりも不利でない待遇を
与える」(17条1項)などと規定されている。
オGATTにおける紛争解決手続は実効性に欠けるものであったのに対し,
WTO協定は,WTOは附属書2の紛争解決に係る規則及び手続に関する
了解を運用するものとした上で(WTO設立協定3条3項),附属書2の
「紛争解決に係る規則及び手続に関する了解」において,概要として次の
ような内容の紛争解決手続(以下「WTO紛争解決手続」という。)を定
めている。(甲34,乙13,乙36,乙38,乙44,弁論の全趣旨)
(ア)WTO紛争解決手続では,紛争当事者にとって相互に受け入れるこ
とが可能であり,かつ,対象協定に適合する解決が明らかに優先される
べきであるとされており,相互に合意する解決が得られない場合には,
WTO紛争解決手続の第一の目的は,通常,関係する措置がいずれかの
対象協定に適合しないと認められるときに当該措置の撤回を確保するこ
とであるとされている(3条7項)。また,問題となっている措置が対
象協定に適合しないと判断される場合,「当該措置を直ちに撤回するこ
とが実行可能でない場合に限り,かつ,対象協定に適合しない措置を撤
回するまでの間の一時的な措置としてのみ,」代償に関する規定を適用
すべきであるとされている(3条7項)。
(イ)WTO紛争解決手続において,ある加盟国が,他の加盟国が協定に
違反していることを理由として違反申立てをするに当たっては,まず,
その紛争の相手国に対して協議を要請し,相手国と協議を行うものとさ
れている(4条1項ないし6項)。
なお,WTO紛争解決手続においては,その自動性や予測可能性が高
まった結果,GATTの紛争解決手続よりも,紛争当事国間の協議によ
って解決する紛争が増えたとされている。
(ウ)紛争当事国間で協議が整わず,紛争を解決することができない場合
には,紛争解決機関による小委員会(パネル)の設置を要請することが
できる(4条7項。相手国が協議の要請に回答しない場合について4条
3項)。
小委員会(パネル)では,独立性等が確保される3名の委員が,事実
の認定,協定の適用について判断をして,紛争当事国,加盟国及び紛争
解決機関に報告するものとされているが,パネルが紛争当事国に対して
和解を促すことが奨励されており,そのための特別な仕組みも設けられ
ている。
(エ)紛争当事国は,小委員会(パネル)の報告中の法的事項に関して,
上級委員会に対し申立てをすることができる。
上級委員会は7人の専門家によって構成され,そのうちの3人で構成
される部会が審理を担当し,小委員会の報告の法的認定を支持し,修正
し又は取り消す旨の報告をする。
(オ)小委員会又は上級委員会の報告が紛争解決機関によって採択され
た場合には,被申立国は採択された報告を実施する義務を負う。
(カ)被申立国が採択された報告を実施しない場合,申立てを行った加盟
国は,代償交渉を行うことになるが,代償交渉についての合意が成立し
なかった場合,紛争解決機関の承認を得て,相手方加盟国に対し対象協
定に基づく譲許その他の義務の履行を停止することができる。
(4)WTO農業協定4条2項に係る条約の直接適用可能性の主観的基準につ
いて
ア前提
本件で問題となるWTO農業協定4条2項の我が国における直接適用可
能性の有無については,まず,主観的基準について,我が国が,同項につ
き,我が国で直接適用可能性を有するものとしてWTO協定を締結してい
るかについて検討する。
イ締約国の間でWTO協定ないしWTO協定4条2項が直接適用可能性を
有するものとして締結されているか否か
(ア)まず,前記(3)で認定したWTO協定の内容等によれば,そもそも
WTO協定は,加盟国間の国際貿易関係を規律し,多角的貿易体制の基
礎を成す基本原則を維持するとともに同体制の基本目的を達成するもの
として位置付けられており,WTO協定自体は,その基本的な性格とし
て,国家と私人との間の権利義務を規定することを直接的な目的とした
条約であるとは認められない。
(イ)また,WTO設立協定には,締約国の国内における直接適用可能性
を否定した条項は存在しないものの,直接適用を否定した条項が存在し
ないことをもって直ちに直接適用可能性を前提として締結されていると
認めることはできないし,むしろ,前記(3)エ(ウ)のとおり,GATSに
は直接適用可能性を認めるかのような個別の規定が存在するのに対し,
WTO設立協定自体には,WTO協定について,当然に加盟国の国内に
おける直接適用可能性を認めるかのような条項は存在しないことに加え,
前記(3)ウ(エ)のとおり,WTO設立協定16条4項が,加盟国は,自国
の法令及び行政上の手続を附属書の協定に定める義務に適合したものと
することを確保することを定めていることからすると,締約国の間で,
WTO協定が加盟国の国内において当然に直接適用可能性を有するもの
として締結されたものではないことがうかがわれる。
(ウ)さらに,前記(3)オのとおり,WTO協定では,信頼性の高い,包
括的な紛争解決手続であるWTO紛争解決手続が整備されているところ,
WTO協定において紛争解決制度が整備されていること自体,WTO協
定が加盟国の国内で直接適用されることを当然の前提とはしていないこ
とをうかがわせるものといえる。
また,WTO協定における紛争解決手続の内容をみても,紛争当事者
(加盟国)相互にとって受け入れることが可能であり,かつ,対象協定
に適合する解決が明らかに優先されるべきであるとされていること,W
TO紛争解決手続において,ある加盟国が,他の加盟国が協定に違反し
ていることを理由として違反申立てをするに当たっては,その紛争の相
手国に対して協議を要請するものとされており,協議によって紛争が解
決されない場合に初めて小委員会(パネル)の設置を要請できるとされ
ていることなどからすると,WTO協定における紛争解決手続において
は,加盟国相互間による協議(合意)による解決が優先されているもの
と解される。また,上記のような協議(合意)による解決が得られない
場合でも,WTOの紛争解決制度の目的は,「通常,関係する措置がい
ずれかの対象協定に適合しないと認められるときに当該措置の撤回を確
保することである」とされていることや,問題となっている措置が対象
協定に適合しないと判断される場合,「当該措置を直ちに撤回すること
が実行可能でない場合に限り,かつ,対象協定に適合しない措置を撤回
するまでの間の一時的な措置としてのみ,」代償に関する規定を適用す
べきとされていること,「最後の解決手段」として,「紛争解決機関の
承認を得て,他の加盟国に対し対象協定に基づく譲許その他の義務の履
行を差別的に停止することができる」とされていることからすると,W
TO紛争解決手続は,加盟国による対象協定に適合しない措置の撤回の
確保に向けられているものと解される。
このように,WTO協定を巡る紛争については,第一次的には加盟国
間の協議や交渉によって解決が図られることが予定されており,WTO
紛争解決手続による最終的な救済も,加盟国による対象協定に適合しな
い措置の撤回によって図られることが前提となっているものと解される。
しかるに,仮にWTO協定が加盟国の国内で当然に直接適用可能なも
のであるとすると,上記のような協議や交渉による解決の手段を結果的
に否定するという事態が生じかねず,上述したWTO紛争解決手続の内
容からすると,WTO協定は,締約国の間において加盟国の国内で当然
に直接適用可能であることを前提として締結されたものではないことが
うかがわれる。
もとより,原告が指摘するように,WTO協定の加盟国の国内におい
てWTO協定の直接適用可能性が有るものとされれば,私人において,
WTO協定自体に基づいて国内裁判所に訴えを提起し,あるいは,WT
O協定違反を主張して国内裁判所の判断を求めることが可能となるため,
WTO協定の国内的実施について私人による監視をすることが期待でき
るということになり,WTO協定の定める義務が履行される実効性がよ
り高まるということはできるものの(甲17の80頁以下,甲34の7
頁以下),そもそも,WTO協定の定める義務履行の実効性が高まると
いうこと自体から直ちに,締約国が直接適用可能性があることを前提と
してWTO協定を締結していたと推認することはできないというべきで
あるし,一方で,前記(3)オのとおり,WTO協定には実効性の高い紛争
解決手続が設けられているところ,WTO協定の国内における直接適用
可能性を認めた場合には,他国との協議や交渉による解決の途が閉ざさ
れる可能性があることからすると,WTO協定の締約国が国内における
直接適用によってWTO協定の実効性を高めることを当然の前提として
WTO協定を締結したとまで認めることはできず,結局のところ,原告
が主張するWTO協定の義務履行の実効性の向上自体は,WTO協定が
加盟国の国内で当然に直接適用可能であることを前提として締結された
ことを直ちに基礎付けるものではないというべきである。
(エ)加えて,証拠(甲15の126頁,甲17の89頁,乙45の32
頁以下)及び弁論の全趣旨によれば,WTO協定の主要条約締結国(W
TOの主要加盟国)である米国では,条約は,憲法,制定法とともに,
「国の最高法規」としての国内的効力が与えられるとともに,連邦の法
律と同等の効力を持つことが判例上確立しているとされているものの,
WTO協定を締結した際に制定したウルグアイ・ラウンド協定法(Urguay
RoundAgreementAct)において,WTO協定の直接適用可能性を否定し
ており,結局,米国は,当然に直接適用可能性があるものとしてWTO
協定を締結してはいないものと認めることができる。
また,証拠(甲17の90頁以下,乙26の265頁,乙28の訳文
10頁以下,乙29の92頁)及び弁論の全趣旨によれば,WTO協定
締結に関するEUの理事会決定94/800の前文では,「附属書を含
め,世界貿易機関設立協定は本来的に共同体又は加盟国の裁判所におい
て直接に援用され得ない」とされており(甲17の94頁,乙26の2
65頁,乙28の訳文11頁),EUでWTO協定が直接効果(直接適
用可能性)を持つかが争われた1999年のポルトガル対理事会事件
(PortugueseRepublicvCounciloftheEuropeanUnion,C-149/96)
において,欧州司法裁判所は,①WTO協定が1947年のGATT
と同様に依然として「相互かつ互恵的な取決めを締結する」ことを目的
とする交渉原則に基礎を置いていること(パラ42),②WTO紛争
解決手続も交渉による解決の余地を残していること,③EUの主要な
貿易相手国がWTO協定の直接適用可能性を否定していること(パラ4
3)等を理由として,「共同体法がWTOルールに適合するよう確保す
る役割が,共同体の司法権に直接委ねられるのを受け容れるならば,共
同体の立法機関又は執行機関は,共同体の貿易相手国の立法機関又は執
行機関が享受してきた裁量権を行使する機会を奪われることになる。」
(パラ46)と判示し,WTO協定の直接効果(直接適用可能性)を否
定したものと認めることができる。
このように,WTOの主要加盟国である米国及びEUでは,WTO協
定の締結当初から,WTO協定が国内(域内)において当然に直接適用
可能性があるものとは取り扱われていないことからすると,少なくとも,
締約国の間で,WTO協定が加盟国の国内において直接適用可能性があ
ることを当然の前提として締結されたわけではないことがうかがわれる。
(オ)WTO農業協定4条2項についてみても,同項は,前記(3)エ(イ)
のとおり,農産品の輸入に際して執られる通常の関税以外の措置を原則
として全て通常の関税に転換するという趣旨の関税に関する国家間の合
意に係る条項である。
この点,そもそも関税とは,輸入貨物に課し,原則としてその貨物を
輸入する者から徴税する租税であり,財政収入を主要な目的として課さ
れる財政関税と,国内産業の保護を主要な目的として課される保護関税
とがあるところ,我が国を含め先進国の関税は,一般には保護関税であ
るとされている(乙7の674頁,乙8の12頁)。そして,このよう
な国内産業の保護を目的とする関税の性格に加え,関税を,いかなる品
目につき,いかなる範囲で課するかという点に関しては,関係国も多大
な利害関係を有しており,国家間の交渉を経た上で決せられるべき性質
のものであることからすると,関税が関税について合意された条約の条
項に適合するかどうかに関する紛争については,本来的に国家間におい
て解決すべきものであり,国家と私人との間で解決するという性格のも
のではないと考えられ,そうすると,関税について定めるWTO農業協
定4条2項は,他のWTO協定の条項と同様,基本的には加盟国の国内
における直接適用可能性を認めることを前提として締結されたものでは
ないと考えるのが自然である(関税に関する規定であっても,例えば譲
許表等の規定について,それぞれの締約国において国内での直接適用可
能性を認めるということは,別の問題である。)。
また,WTO農業協定4条2項は,「加盟国は」と規定していること
からすると,通常の解釈によれば,同項は,加盟国に向けた規範として,
加盟国に対し,農産品貿易に係る国際的な規律を強化する目的の下,締
約国に対して特例措置を適用したものを除き通常の関税以外の国境措置
を包括的に関税化する国際法上の義務を負わせることを規定するものと
解するのが自然である(乙13の115頁)。
この点,原告は,WTO農業協定4条2項は,GATT時代になし得
なかった農業分野での完全関税化を実現したものであり,WTO農業協
定の要というべき条項であり,WTO農業協定の中でも,特に各国の遵
守が求められる規定という位置付けがされており,とりわけ,同項の(注)
で列挙された,最低輸入価格制度,可変課徴金といった個別の制度は,
WTO農業協定締結時にこれを採用する国が存在したため,各個別の制
度を厳に禁止する趣旨で,わざわざ個別に制度を列挙して掲名したもの
であるとして,加盟国の国内において直接適用可能性が認められると主
張する。しかしながら,原告が主張する点を考慮しても,関税が条約の
条項に適合するかどうかという紛争が本来的に国家間で解決されるべき
ものであるということが左右されるものではなく,同項が加盟国の国内
において直接適用可能性を有することを前提としてWTO協定が締結さ
れたものと認めることはできない。
そうすると,WTO農業協定4条2項の性格やその規定内容をみても,
同項が加盟国の国内において当然に直接適用可能性を有するものとして
WTO協定が締結されたとは認められない。
(カ)以上のとおり,①aWTO協定自体は,その基本的な性格として,
国家と私人との間の権利義務を規定することを直接的な目的としている
とは認められないこと,bWTO設立協定自体には,WTO協定につ
いて,当然に加盟国の国内における直接適用可能性を認めるかのような
条項は存在せず,一方で,WTO設立協定16条4項が,加盟国におい
て,自国の法令及び行政上の手続をWTO協定に適合したものにするよ
うに定めていること,cWTO協定では,信頼性の高い,包括的な紛
争解決手続であるWTO紛争解決手続が整備されており,その内容も,
加盟国相互間による協議(合意)による解決が優先されるものとなって
いること,dWTOの主要加盟国ではWTO協定には国内(域内)に
おける直接適用可能性がないものとして取り扱われていることなどから
すると,WTO協定自体について,WTO協定が条約締結国の国内にお
いて当然に直接適用可能性を有するものとして締結されたものとは認め
られず,また,②WTO農業協定4条2項自体についても,これが国
内産業の保護を目的とする関税について規定するものであり,当然に加
盟国の国内において直接適用されるというような規定内容になっていな
いことからすると,WTO農業協定4条2項につき,加盟国の国内にお
いて当然に直接適用可能性を有するものとしてWTO協定は締結された
ものではないと認めるのが相当である。
ただ一方で,WTO農業協定4条2項について,それが加盟国の国内
において直接適用可能性を有するものとして取り扱われることが否定さ
れているとも解されないから,WTO農業協定4条2項が我が国におい
て直接適用可能性を有するか否かについては,我が国が同項につき直接
適用可能性を有するものとしてWTO協定を締結したか否かを検討する
必要がある。
ウ我が国がWTO農業協定4条2項につき我が国で直接適用可能性を有す
るものとしてWTO協定を締結したか
(ア)証拠(乙47)及び弁論の全趣旨によれば,我が国においては,条
約の締結に当たり,一般的には,当該条約上の義務を国内的に実施し得
る体制が整っていることを締結の前提としており,そのために国内立法
措置が必要であれば,このような措置を執った上で条約を締結している
ものと認めることができる。
そうすると,条約を締結するに当たり,当該条約上の義務を実施する
ための国内立法措置が執られている場合には,一般的に,我が国におい
て,当該義務につき直接適用することは想定されていないというべきで
ある。
(イ)しかるに,証拠(甲20,乙13の110頁,乙48)及び弁論の
全趣旨によれば,我が国がWTO協定を締結するに当たっては,WTO
協定を国内的に実施するための国内措置を執ることが必要とされ,WT
O農業協定4条2項が関係する関税化については,その実施のため,関
税定率法等の改正,加工原料乳生産者補給金等暫定措置法の改正,主要
食糧の需給,価格安定法の制定等の立法措置が執られているものと認め
られる一方,同項の直接適用可能性の有無について,国会において説明
や議論が行われたと認めるべき証拠はない。
(ウ)そうすると,我が国は,WTO協定を締結するに際し,WTO農業
協定4条2項が直接適用可能性を有することを前提とした対応を行って
おらず,同項については,専ら関係する国内法の整備等によって間接的
にこれを適用することが予定されていたものと解されるから,我が国は,
同項について,直接適用可能性を有しないことを前提としてWTO協定
を締結したものと認めるのが相当である。
なお,WTO協定の附属書1Aに含まれる1994年のGATTの譲
許表に関する規定(甲2,甲19,乙10の2)は我が国において直接
適用可能性が認められるものとされているところ(基本通達3-2。甲
20,甲21),証拠(乙49)及び弁論の全趣旨によれば,この譲許
表については,WTO農業協定4条2項とは異なり,WTO協定を締結
する以前の段階で,国会において,直接適用可能性を有することを前提
とした説明がされていたものと認められ,また,譲許法の定める譲許税
率は,WTO農業協定4条2項に比べ,その内容が明確であり,直接適
用可能性を認めた場合における適用要件や効果も明確に定まるものであ
ることからすると,我が国は,WTO農業協定4条2項とは異なり,上
記の譲許表については我が国における直接適用可能性があるものとして
締結したものと解するのが相当である。
(エ)これに対し,証拠(甲31,甲32)及び弁論の全趣旨によれば,
財務省関税課長は,平成26年8月5日に開かれた関税・外国為替等審
議会関税分科会企画部会において,経済連携協定と関税関係法令との関
係について,関税法3条の規定に基づいて,輸入貨物には原則として関
税法,関税定率法,その他の関税に関する法律により関税を課するとい
うことになっているが,一方で,同条ただし書の規定に基づいて,経済
連携協定等といった条約中に関税についての特別の規定があるときは,
これら条約中の規定を直接適用して関税を課すこととされている旨発言
しており,また,財務省ホームページにおいて,関税法3条ただし書に
関する質問に対して,「WTO協定等の条約において輸入者等の権利義
務及び関税率適用のための課税要件が明確であり,国内法の規定を整備
することなくその適用が可能なものについては,関税法第3条ただし書
により条約の規定を適用されることとされております。したがいまして,
この場合の条約の規定については,同時に国内法たる性質を持つもので
あると解されます。」と回答しているものと認められるところ,原告は,
上記の財務省関税課長の発言や財務省ホームページの記載を根拠として,
WTO農業協定4条2項が我が国で直接適用可能性を有していると主張
している。
しかしながら,前記(1)エで説示したとおり,関税法3条ただし書は,
直接適用可能性を有する条約について,国内で適用されるということを
注意的に示したものであり,上記の財務省関税課長の発言も財務省ホー
ムページの記載も,直接適用可能性が認められる条約については,関税
法3条ただし書によって我が国において適用が認められるという上記の
考え方や,あるいは,前記(ウ)で説示したとおり,現にWTO協定の一
部である1994年のGATTの譲許表に関する規定が我が国において
直接適用されるということなどを前提としたものと解するのが相当であ
り,WTO協定の全ての条項が当然に関税法3条ただし書により我が国
で直接適用されるとしたものと解することはできないから,上記の財務
省関税課長の発言及び財務省ホームページの記載は,我が国がWTO農
業協定4条2項につき国内における直接適用可能性があることを前提と
してWTO協定を締結したことの根拠となるものとはいえない。
(オ)また,証拠(甲28)及び弁論の全趣旨によれば,財務省関税局(以
下「関税局」という。)は,「WTO農業協定第4条(市場アクセス)
は裁判規範性があります」とメールで回答したことがあるものと認めら
れるところ,原告は,上記の回答は,我が国がWTO協定の我が国にお
ける直接適用可能性を認めたものであると主張する。
しかしながら,証拠(乙52)及び弁論の全趣旨によれば,上記回答
は,財務省ホームページにおける「関税局・各関税へのご意見・ご要望
の受付」というサイトに寄せられた質問に対するものであるところ,こ
のサイトを通じた関税局の回答は,税関ホームページの掲載内容の更な
る充実や使い易さの利便性の向上を図るとともに,一般国民の税関行政
及び関税制度に関する理解と協力を求めることを目的として,行政サー
ビスの一環,あるいは,税務行政に関する広報サービスとして,財務省
関税局総務課広報係が,関税局及び各税関を窓口として,一般国民から
の関税局及び各税関に対する意見,要望及び質問等を受け付け,これら
に対してメールで回答を行っているというものにすぎず,上記ホームペ
ージには「免責事項」として「当ホームページに掲載されている情報の
正確性については万全を期しておりますが,財務省は利用者が当ホーム
ページの情報を用いて行う一切の行為について,何ら責任を負うもので
はありません。」との注意書きが置かれているものと認められるほか,
国際約束の解釈に関する事務は外務省の所掌とされていること(外務省
設置法4条5号)などからすると,関税局又は各税関が独自に行った上
記回答をもって,我が国の公式見解と解することはできず,WTO農業
協定4条の我が国における直接適用可能性を肯定する根拠とするのは相
当ではないというべきである。
(カ)さらに,証拠(甲30)及び弁論の全趣旨によれば,在ジュネーブ
国際機関日本政府代表部は,韓国政府からの質問に対して1996年(平
成8年)7月29日に回答文書(甲30)を提出しており,原告の訳文
によると,韓国政府から,①「国内法規に関連の規定がない場合,W
TO協定は適用されるか。」,②「現行の国内法の規定がWTO協定
に適合しない場合,WTO条約の規定は適用されるか。」という質問が
されたのに対し,我が国において,①「WTO条約を実施するために
必要な国内法の改定は行われている。」「関税法が,WTO協定の規定
が直接適用可能であることを確認している。」,②「もし国内法とW
TO協定に矛盾があれば,WTO協定が国内法に優先する。」と回答し
ているものと認められるところ,原告は,上記の回答は,我が国がWT
O協定の我が国における直接適用可能性を認めたものであると主張する。
しかしながら,上記の回答について,被告は,WTO協定が直接適用
可能性を有しているのであれば,関税法3条ただし書により,我が国に
おいて法律に優先して適用されるということを示しているだけで,WT
O協定が我が国において当然に直接適用可能性を有することを示すもの
ではないと主張しており,上記の回答のうちの①については,必ずしも
WTO協定の全ての条項が直接適用可能性を有するということを前提と
したものではなく,直接適用可能性のある条項を前提とした回答である
と解することができるし,②についても,同様に,直接適用可能性があ
る条項を前提としたものと解することができることからすると,上記の
回答をもって直ちに,我が国がWTO農業協定4条2項が直接適用され
ることを前提として同項を含むWTO協定を締結したとまでは認められ
ないというべきである。
(キ)その他,原告は,我が国において,憲法98条2項や前文が国際協
調主義を定め,条約が法律に優先するという公定解釈が存在するほか,
関税法3条ただし書により,関税に関する事項について直接適用可能性
を積極的に認めていこうとする国内法制を採っているとして,我が国が
WTO農業協定4条2項の直接適用可能性を排除する意思を有していな
いなどと主張するが,前記(1)イで説示したとおり,一般的に条約が国内
法に優位すると解されていることは,当該条約に直接適用可能性が認め
られることと論理的関連性はないというべきであるし,また,原告が言
及する関税法3条ただし書が直接適用可能性が認められる条約の規定は
直接適用するということを注意的に定めた規定(確認規定)にすぎない
ことは前記(1)エで説示したとおりであるから,原告の主張する憲法に係
る公定解釈や関税法3条ただし書の存在は,直ちに我が国がWTO農業
協定4条2項につき国内において直接適用可能性を有するものとしてW
TO協定を締結したという根拠となるものとはいえない。
また,原告は,我が国が,外国政府の施策や措置を評価する基準とし
てWTO協定や経済連携協定等の国際的に合意されたルールを用いると
いう立場に立っているとして(甲23,甲25の11頁),これもWT
O農業協定4条2項の直接適用可能性を認めるべき根拠として主張する
が,そもそも,我が国において,WTO協定4条2項につき国内におけ
る直接適用可能性がないものとしてWTO協定を締結したとしても,我
が国がWTO農業協定4条2項を遵守する意思がないことを意味するも
のではないことは明らかであり,我が国が原告の主張するような立場に
立っているとしても,そのことをもって,我が国がWTO農業協定4条
2項の国内における直接適用可能性を認めてWTO協定を締結したと認
めることはできない。
エ小括
以上によれば,我が国は,WTO協定を締結するに際し,WTO農業協
定4条2項が直接適用可能性を有することを前提としていたとは認めら
れないから,条約の直接適用可能性の有無についての主観的基準からする
と,WTO農業協定4条2項は,我が国における直接適用可能性はないも
のと認めるのが相当である。
したがって,WTO農業協定4条2項の直接適用可能性が認められるこ
とを前提として,同項に違反する本件差額関税制度が憲法98条2項によ
り無効になるという原告の主張は,その前提を誤るものであって採用する
ことができない。
2本件各更正処分等の適法性
(1)本件各更正処分の適法性
本件各輸入(納税)申告の概要等は,前提事実(3)のとおりであり,原告が
実質的な輸入者としてP2から輸入した冷凍豚部分肉に係る課税価格は,別
表の⑪「真正関税課税標準額(円)」欄記載のとおりである。そして,本件
差額関税制度がWTO農業協定4条2項に違反するものとして憲法98条2
項により無効とならないことは,前記1で説示したとおりであり,前提事実
(1)の本件差額関税制度の概要等(別紙5「本件差額関税制度の概要等」の第
2の1(2)ウ)のとおりの本件差額関税制度によれば,本件各輸入貨物に係る
関税額は,別表の⑬「更正後関税額(円)」欄記載のとおりとなる(関税法
13条の4及び国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を
切り捨てた金額)。
そして,本件各更正処分(前提事実(5))によって原告に課された本件各輸
入貨物に係る関税額は,上記の関税額と一致するから,本件各更正処分は適
法なものと認めることができる。
(2)本件各賦課決定処分の適法性
ア上記(1)のとおり,本件各更正処分はいずれも適法であるところ,原告は
本件各輸入貨物に係る関税について,納付すべき税額を過少に申告してい
たものであり,納付すべき税額を過少に申告していたことについて,関税
法12条の2第3項に規定する正当な理由を認めることはできない。
イ関税に係る過少申告加算税の税率は,原則としては更正によって増加し
た関税額(納付すべき額)の10%であるが(関税法12条の2第1項),
増差税額が過大である場合には,一定額を超える部分について,更に5%
加重される。具体的には,増差税額が当初申告税額又は50万円のいずれ
か多い金額を超える場合には,当該超える部分の5%に相当する金額が加
重される(同条2項)。
本件各輸入(納税)申告は,いずれも増差税額が当初申告税額及び50
万円を超えることから,これらのうちの多い金額の超える部分の5%に相
当する金額が加重されることとなり,本件各更正処分により新たに納付す
べきこととなった関税額を基準として過少申告加算税額を計算すると,別
表の⑱「加算税合計額(円)」欄記載のとおりとなる。
ウそして,本件各賦課決定処分(前提事実(5))によって原告に課された過
少申告加算税の額は,上記イの過少申告加算税の額と一致するから,本件
各賦課決定処分は適法なものと認めることができる。
3結論
以上によれば,本件各更正処分等の取消し又は無効確認を求める原告の請求
はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官増田稔
裁判官齊藤充洋
裁判官池本拓馬
(別紙4)
関係法令等の定め
1関税法
(1)関税法3条は,その本文において,輸入貨物には,関税法及び関税定率法そ
の他関税に関する法律により,関税を課する旨,そのただし書において,条約
中に関税についての特別の規定があるときは,当該規定による旨,それぞれ定
めている。
(2)関税法6条は,関税は,この法律又は関税定率法その他関税に関する法律に
別段の規定がある場合を除く外,貨物を輸入する者が,これを納める義務があ
る旨定めている。
(3)関税法6条の2第1項1号は,関税額の確定については同項2号に掲げる関
税以外の関税は,納付すべき税額又は当該税額がないことが納税義務者のする
申告により確定することを原則とし,その申告がない場合又はその申告に係る
税額の計算が関税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該税額
が税関長の調査したところと異なる場合に限り,税関長の処分により確定する
方式(以下「申告納税方式」という。)が適用される旨定めている。
(4)関税法7条は,その1項において,申告納税方式が適用される貨物を輸入し
ようとする者は,税関長に対し,当該貨物に係る関税の納付に関する申告をし
なければならない旨,その2項において,同条1項の申告は,政令で定めると
ころにより,同法67条(輸出又は輸入の許可)の規定に基づく輸入申告書に,
同条の規定により記載すべきこととされている当該貨物に係る課税標準その他
の事項のほか,その税額その他必要な事項を記載して,これを税関長に提出す
ることによって行なうものとする旨定めている。
(5)関税法7条の16は,その1項において,税関長は,納税申告があった場合
において,その申告に係る税額等の計算が関税に関する法律の規定に従ってい
なかったとき,その他当該税額等がその調査したところと異なるときは,その
調査により,当該申告に係る税額等を更正する旨定めている。
(6)関税法12条は,その1項本文において,納税義務者が法定納期限までに関
税(附帯税を除く。以下同じ。)を完納しない場合又は同法13条の2(過大
な払戻し等に係る関税額の徴収)の規定により過大に払戻し若しくは還付を受
けた関税額を徴収される場合には,当該納税義務者は,その未納又は徴収に係
る関税額に対し,法定納期限(当該過大に払戻し又は還付を受けた関税につい
ては,その払戻し又は還付を受けた日)の翌日から当該関税額を納付する日ま
での日数に応じ,年7.3%の割合を乗じて計算した金額に相当する延滞税を
併せて納付しなければならない旨,同項ただし書において,納期限(当該過大
に払戻し又は還付を受けた関税については,その納税告知に係る納期限)の翌
日から2月を経過する日後の延滞税の額は,その未納に係る関税額に年14.
6%の割合を乗じて計算した額とする旨,その3項において,延滞税の額の計
算の基礎となる関税額が1万円未満である場合においては,1項の規定を適用
せず,当該関税額に1万円未満の端数がある場合においては,これを切り捨て
て計算する旨,その4項において,延滞税の額が1000円未満である場合に
おいては,これを徴収せず,当該延滞税の額に100円未満の端数がある場合
においては,これを切り捨てる旨,それぞれ定めている。
(7)関税法12条の2は,その1項において,同法7条1項(申告)の規定によ
る申告(以下「当初申告」という。)があった場合において,修正申告又は更
正がされたときは,当該納税義務者に対し,当該修正申告又は更正に基づき同
法9条1項又は2項(申告納税方式による関税等の納付)の規定により納付す
べき税額に100分の10の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加
算税を課する旨,その2項において,前項の場合において,同項に規定する納
付すべき税額(同項の修正申告又は更正前に当該修正申告又は更正に係る関税
について修正申告又は更正がされたときは,その関税に係る累積増差税額を加
算した金額)がその関税に係る当初申告に係る税額に相当する金額と50万円
とのいずれか多い金額を超えるときは,同項の過少申告加算税の額は,同項の
規定にかかわらず,同項の規定により計算した金額に,当該超える部分に相当
する税額(同項に規定する納付すべき税額が当該超える部分に相当する税額に
満たないときは,当該納付すべき税額)に100分の5の割合を乗じて計算し
た金額を加算した金額とする旨,その3項において,前二項に規定する納付す
べき税額の計算の基礎となった事実のうちにその修正申告又は更正前の税額の
計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるも
のがある場合には,前二項に規定する納付すべき税額からその正当な理由があ
ると認められる事実に基づく税額として政令で定めるところにより計算した金
額を控除して,前二項の規定を適用する旨,その5項において,前条3項及び
4項(延滞税)の規定は,過少申告加算税について準用するとし,この場合に
おいて,同条3項中「関税額」とあるのは「税額」と,「第一項」とあるのは
「次条第一項及び第二項」と,同条4項中「千円」とあるのは「五千円」と読
み替えるものとする旨,それぞれ定めている。
(8)関税法13条の4は,国税通則法118条1項及び2項(国税の課税標準の
端数計算)の規定は関税の課税標準の端数計算について,同法119条1項及
び3項(国税の確定金額の端数計算)の規定は関税の額の端数計算について,
同法第120条1及び2項(還付金等の端数計算)の規定は関税に係る払い戻
し又は還付の額の端数計算について準用する旨定めている。
2関税定率法
(1)関税定率法3条は,関税は,輸入貨物の価格又は数量を課税標準として課す
旨定めている。
(2)関税定率法3条及び別表(関税率表)第1部第2類0203(以下,関税率
表の分類番号を表記するに当たり,4桁の番号の場合には,「項」といい,さ
らに,「項」の下位の分類番号である6桁の番号の場合には,「号」と表記す
る。関税暫定措置法においても同様とする。)は,豚肉の関税は,「いのしし
のもの」を除いて,価格を課税標準として税率5%とする旨定めている。
3関税暫定措置法(昭和35年法律第36号)
(1)関税暫定措置法(平成15年4月1日から平成16年3月31日までに輸入
されるものは平成16年法律第15号による改正前のもの。平成16年4月1
日から平成17年3月31日までに輸入されるものは平成17年法律第22号
による改正前のもの。)2条2項及び別表第1の3(暫定関税率表)は,豚肉
の関税について,課税価格が1kgにつき,①従量税適用限度価格(基準輸
入価格から1kg当たりの従量税額を控除した価格)以下のものについては,
貨物重量を基準として課する税率(従量税),②従量税適用限度価格を超え,
分岐点価格(基準輸入価格を③の税率に1を加えた数で除して得た価格)以下
のものについては,従量税を基準輸入価格と課税価格との差額に引き下げた額
(差額関税),③分岐点価格を超えるものについては,課税価格を基準とし
て課する税率(従価税)という3つの税率を定めているところ,「豚の肉(生
鮮のもの及び冷蔵し又は冷凍したものに限る。)」のうちの「冷凍したもの」
のうちの「その他のもの」のうちの「二その他のもの」(同表0203項2
9号2)については,上記①について,1kgにつき482円,上記②につい
て,1kgにつき部分肉に係る基準輸入価格と課税価格との差額,上記③につ
いて,4.3%と定めており,同法別表第1の3の2(基準輸入価格表)は,
上記の基準輸入価格を1kgにつき546円53銭と定めている(同表3項1
号)。
(2)関税暫定措置法(平成15年4月1日から平成16年3月31日までに輸入
されるものは平成16年法律第15号による改正前のもの。平成16年4月1
日から平成17年3月31日までに輸入されるものは平成17年法律第22号
による改正前のもの。)7条の6は,その1項において,平成7年度から平成
16年度までの各年度において,「豚の肉(生鮮のもの及び冷蔵し又は冷凍し
たものに限る。)」のうちの「冷凍したもの」のうちの「その他のもの」のう
ちの「二その他のもの」(同表0203項29号2)について,次の各号に
掲げる場合に該当する場合には,当該各号に定める期間内に輸入されるものに
課する関税の率は,別表第1の3第0203項12号2の(1)中「同表第三項第
一号」(1kgにつき546円53銭)とあるのは「同表第三項第二号」(1
kgにつき681円08銭)と読み替えて適用する同表に定める税率とする旨
定めている。
ア当該年度の初日から当該年度の第1四半期,第2四半期及び第3四半期に
属する各月の末日までの豚肉等の輸入数量が,当該年度の前年度までの過去
3年度における各年度の初日から同年度の当該各月の属する四半期の末日ま
での豚肉等の輸入数量を合計したものの3分の1に相当する数量に100分
の119を乗じて得た数量としてあらかじめ財務大臣が告示する数量を超え
た場合その超えることとなった月の属する四半期の翌四半期の初日(その
超えることとなった月が6月,9月又は12月であるときは,当該超えるこ
ととなった月の翌々月の初日。)から当該年度の末日まで。(1号)
イ当該年度中の豚肉等の輸入数量が,当該年度の前年度までの過去3年度に
おける各年度の豚肉等の輸入数量を合計したものの3分の1に相当する数量
に100分の119を乗じて得た数量としてあらかじめ財務大臣が告示する
数量を超えた場合当該年度の翌年度の初日(その超えることとなった月が
3月であるときは,同年度の5月1日。)から同年度の第一四半期の末日ま
で。(2号)
4国税通則法
国税通則法119条は,その1項において,国税(自動車重量税,印紙税及び
附帯税を除く。)の確定金額に100円未満の端数があるとき,又はその全額が
100円未満であるときは,その端数金額又はその全額を切り捨てる旨定めてい
る。
5WTO協定(平成6年条約第15号)
WTO農業協定4条2項は,「加盟国は,次条及び附属書5に別段の定めがあ
る場合を除くほか,通常の関税に転換することが要求された措置その他これに類
するいかなる措置(注)も維持し,とり又は再びとってはならない。」と定め,
その(注)として,「これらの措置には,輸入数量制限(quantitativeimport
restrictions),可変輸入課徴金(variableimportlevies),最低輸入価格(m
inimumimportprices),裁量的輸入許可(discretionaryimportlicensing),
国家貿易企業を通じて維持される非関税措置(non-tariffmeasuresmaintained
throughstate-tradingenterprises),輸出自主規制(voluntaryexportrest
rains)その他これらに類する通常の関税以外の国境措置(特定の国について承認
された1947年のガットの規定からの逸脱として維持されているものであるか
ないかを問わない。)が含まれるが,1994年のガット又は世界貿易機関協定
附属書1Aに含まれている他の多角的貿易協定における国際収支に関する規定そ
の他の農業に特定されない一般的な規定に基づいて維持される措置は含まれな
い。」と定めている。
6関税法基本通達(甲21)
(1)関税法基本通達3-1は,関税法3条ただし書(条約による特別の規定)
に定める「関税についての特別の規定」とは,関税の税率のほか関税の軽減,
免除,払戻しその他関税の賦課及び徴収に関しての国内法の規定に対する特
別の規定をいう旨定めている。
(2)関税基本通達3-2は,関税法3条ただし書に規定する条約に規定された
税率の適用については,次によるとした上,その(1)の第1文において,WT
O協定の附属書1Aの1994年の「関税及び貿易に関する一般協定」のW
TO協定に附属する譲許表の第38表の日本国の譲許表に掲げられている税
率は,関税定率法の別表の税率及び関税暫定措置法の規定に基づく税率より
低い場合に適用される旨定めている。
以上
(別紙5)
本件差額関税制度の概要等
第1我が国における輸入貨物に係る関税の概要
1関税の課税標準及び関税率について
輸入貨物には,関税法及び関税定率法その他関税に関する法律により,関税
を課することとされており,条約中に関税についての特別の規定があるときは,
当該規定によるものとされている(関税法3条)。また,関税は,輸入貨物の
価格又は数量を課税標準として課すこととされ(関税定率法3条),税率につ
いては,関税定率法,関税暫定措置法等により定められている(関税暫定措置
法1条)。
関税は,課税方法の違いにより,従価税と従量税とに分類することができる。
従価税とは,課税物件たる物品の価格を課税標準として課される租税であり,
従量税とは,課税物件たる物品の個数,重量,長さ,容積,面積等の数量を課
税標準として課される租税である。また,関税には,上記のような単純な従価
税や従量税のほかに,従価税と従量税を組み合わせた関税,選択税(一品目につ
いて従価税率と従量税率の2種を定め,そのうちいずれか税額の高い方又は低
い方を課する方式の関税)や複合税(一品目について従量税と従価税とを結合し
た関税。例えば,従量金額に従価金額を加えたものを関税としたり,従量金額
から従価金額を控除したものを関税としたりするものなど。)などもある。
2輸入貨物の課税価格の決定方法について
関税の課税標準である輸入貨物の課税価格の決定方法については,関税定率
法4条から4条の4までに規定されているところ,関税定率法4条1項は,原
則的な課税価格の決定方法を定めており,輸入貨物の課税価格は,原則として
当該輸入貨物に係る輸入取引がされた時に買手により売手に対し又は売手のた
めに,当該輸入貨物につき現実に支払われた又は支払われるべき価格(以下「現
実支払価格」という。)に,その含まれていない限度において,同項各号に掲
げる運賃等の額を加えた価格とする旨定めている。
第2本件差額関税制度の概要
1本件差額関税制度の仕組み
(1)関税関係法規
ア本件差額関税制度とは,我が国に輸入される豚肉に対し,関税暫定措置
法2条2項,別表第1の3(暫定関税率表)及び別表第1の3の2(基準
輸入価格表)によって定められた暫定税率で課される関税の組合せの制度
である。
イ関税定率法3条及び別表(関税率表)第1部第2類0203(以下,関
税率表の分類番号を表記するに当たり,4桁の番号の場合には,「項」と
いい,さらに,「項」の下位の分類番号である6桁の番号の場合には,「号」
と表記する。関税暫定措置法においても同様とする。)によれば,豚肉の
関税率は,「いのししのもの」を除いて,輸入価格に対する5%の従価税
とされている。
ウ一方,WTO協定の附属書1Aの一部である1994年の「関税及び貿
易に関する一般協定」(以下,「関税及び貿易に関する一般協定」を「G
ATT」という。)では,「各締約国は,他の締約国の通商に対し,この
協定に附属する該当の譲許表の該当の部に定める待遇より不利でない待遇
を許与するものとする。」と規定され(GATT2条1項(a)),GAT
Tに附属する譲許表は,GATTと不可分一体のものとされているところ
(GATT2条7項),関税法3条ただし書は,条約中に関税について特
別の規定があるときは,当該規定によると規定していることから,我が国
における豚肉の関税率は,GATTに附属された譲許表の定める税率を超
えることができないということになる。
エそこで,我が国は,1994年のGATTを含むWTO協定の締結に伴
う国内法的措置として,関税暫定措置法別表第1の3の関税率表0203
項において,豚肉について,上記の譲許表の定める水準の範囲内で関税定
率法及び譲許表に定める税率に代わる暫定税率を規定しており,これが平
成7年4月から施行されている現行の本件差額関税制度となっている。
(2)関税暫定措置法上の具体的な仕組み
ア本件差額関税制度は,輸入品の価格が一定の価格以下の場合には,豚肉
の重量1kg当たりの従量税(ただし,課税後の価格が一定の基準輸入価
格を超えるときには,基準輸入価格と輸入価格の差額に引き下げた額)を
課すことにより,国内養豚農家を保護する一方,輸入品の価格が一定の価
格より高いときには,一定率の従価税を課すことにより,輸入品の関税負
担を軽減し,消費者等の利益を図るという関税の組合せの制度である。
イ本件差額関税制度の仕組みについて,輸入品の輸入価格を横軸,関税を
課した課税後の価格を縦軸で表したグラフで図示すると,別紙6「図面目
録」記載①の図のとおりとなる(乙10の2の2頁)。
この図でいう「枝肉」とは,関税暫定措置法別表第1の3の関税率表0
203項11号及び0203項21号に規定している「枝肉及び半丸枝肉」
のことであり,関税局の通達(平成13年3月28日付財関225号)に
おける分類例規の一部改正後の分類例規2類0203項によると,「原則
として,畜産物の価格安定等に関する法律施行規則別表第1に定める方法
により整形した豚肉をいうものとする。具体的には,と体をはく皮又はは
く毛し,内臓,頭部その他を除去したものを『枝肉』といい,当該「枝肉」
をせきついの中央にそって半体に切断したものを『半丸枝肉』という。」
とされている(乙11)。
一方,上記の図でいう「部分肉」とは,関税暫定措置法別表第1の3の
関税率表0203項12号,0203項19号,0203項22号及び0
203項29号に規定している「部分肉」のことであり,具体的には,枝
肉から更に分割,整形し部位別に切り分けた肉のことである。
また,「基準輸入価格」とは,関税暫定措置法別表第1の3の2におい
て,豚肉の種類及び輸入期間ごとに定められている価格であり,ウルグア
イ・ラウンド交渉により譲許した従量税を引き下げ,この価格を超える部
分を関税として徴収しないこととして定められたものであり,豚肉の種類
や輸入時期によって定まる固定された価格である。
そして,「分岐点価格」とは,基準輸入価格を従価税の税率に1を加え
た数で除したものをいい,「従量税適用限度価格」とは,基準輸入価格か
ら1kg当たりの従量税額を控除した価格という。
ウ本件差額関税制度により本件各輸入貨物に適用される関税率
(ア)通常の場合における関税率について
豚肉については,関税暫定措置法2条,別表第1の3及び別表第1の
3の2に基づき,具体的には,課税価格が1kgにつき,①従量税適
用限度価格以下のものについては,貨物重量を基準として課する税率(従
量税),②従量税適用限度価格を超え,分岐点価格以下のものについ
ては,従量税を基準輸入価格と課税価格との差額に引き下げた額(差額
関税),③分岐点価格を超えるものについては,課税価格を基準とし
て課する税率(従価税)という3つの税率が定められている。
そして,本件各輸入貨物である「豚の肉(生鮮のもの及び冷蔵し又は
冷凍したものに限る。)」のうちの「冷凍したもの」のうちの「その他
のもの」のうちの「二その他のもの」(関税暫定措置法2条2項及び
別表第1の3の0203項29号2)については,通常時における基準
輸入価格は1kgにつき546円53銭とされており,税率は次のとお
りとなる。
①従量税適用限度価格(基準輸入価格546円53銭/kg-従量税
額482円/kg=64円53銭/kg)以下のもの…従量税(48
2円/kg)
②従量税適用限度価格を超え分岐点価格(基準輸入価格546円53
銭/kg÷(1+従価税率0.043)=約524円/kg)以下の
もの…基準輸入価格(546円53銭/kg)-課税価格
③分岐点価格を超えるもの…従価税(4.3%)
(イ)関税の緊急措置がとられた場合の関税率について
a豚肉の輸入数量の急増に対応するため,豚肉の輸入数量がある基準
を超えた場合には,関税暫定措置法7条の6に基づく措置がとられ,
基準輸入価格,又は,従量税及び従価税の税率が引き上げられる(以
下,同条1項に基づく措置を「第1項措置」,同条2項に基づく措置
を「第2項措置」,同条3項に基づく措置を「第3項措置」という。)。
b第1項措置は,①年度初日から各月末まで(第3四半期まで)の豚
肉等の輸入数量の累計が,直近3年度の間における,年度初日から当
該各月の属する四半期末までの平均輸入数量の119%を超えた場合
又は②年度初日から各月末までの豚肉等の輸入数量の累計が,直近3
年度の平均輸入数量の119%を超えた場合,以後,所定の期間中に
行われる輸入に対し,本件各輸入貨物である「豚の肉(生鮮のもの及
び冷蔵し又は冷凍したものに限る。)」のうちの「冷凍したもの」の
うちの「その他のもの」のうちの「二その他のもの」(関税暫定措
置法2条2項及び別表第1の3の0203項29号2)について,基
準輸入価格が1kgにつき681円08銭まで,これに基づいて計算
される分岐点価格が1kgにつき約653円(681円08銭/kg
÷1.043=約653円)まで,それぞれ引き上げられる。
要件及び発動期間を整理すると,次の表のとおりとなる。
超える月基準数量発動日終了日
4月直近3年間の4~6月の
平均輸入数量×119%
7月1日翌年
3月31日5月
6月8月1日
7月直近3年間の4~9月の
平均輸入数量×119%
10月1日
8月
9月11月1日
10月直近3年間の4~12月の
平均輸入数量×119%
1月1日
11月
12月2月1日
1月直近3年度の
平均輸入数量×119%
4月1日6月30日
2月
3月5月1日
c本件各課税処分の対象となった本件輸入(納税)申告の期間におい
ては,別表の③「第1項措置発動期間」欄のとおり,第2項措置及び
第3項措置は発動されなかったが,第1項措置が発動されていた時期
があったところ(乙6の1及び2,弁論の全趣旨),第1項措置が発
動されていた時期の冷凍豚部分肉に係る適用税率は,次のとおりとな
る。
①従量税適用限度価格(681円08銭/kg-482円/kg=
199円08銭/kg)以下のもの…従量税(482円/kg)
②従量税適用限度価格を超え分岐点価格(約653円/kg)以下
のもの…基準輸入価格(681円08銭/kg)-課税価格
③分岐点価格を超えるもの…従価税(4.3%)
2本件差額関税制度が設けられた経緯
(1)はじめに
豚肉は,夏場は豚が太りにくくなり出荷頭数が減少すること等により価格
が上昇する一方,秋から冬にかけては出荷頭数が増加すること等により価格
が下落することから,年間を通じた価格変動が激しいという特性がある一方
で,国産と輸入品との品質の差が小さい等の特徴がある。
昭和40年代前半に国内外から豚肉の輸入自由化を求める声が高まる中,
輸入数量制限が撤廃されると,安価な豚肉が大量輸入され,国内養豚の生産
基盤が縮小する懸念があった一方で,消費者に豚肉を安定供給することも期
待された。このため,昭和46年10月に豚肉の輸入が自由化された際,安
価な豚肉が大量に輸入されることによる国内需給の混乱を防止するとともに,
国内生産に影響を与えないようにする一方で,高価な豚肉を低関税で輸入す
ることができるようにして,豚肉の安定供給を図ることを目的として,かつ
ての差額関税制度(以下「旧差額関税制度」という。)が設けられた。
しかし,その後,昭和61年(1986年)から開始され,平成6年(1
994年)4月15日に世界貿易機関(以下「WTO」という。)加盟の1
20数か国が調印して妥結したウルグアイ・ラウンド交渉の最終結果を受け
て,必要な制度変更が行われ,現在の本件差額関税制度となった。具体的に
は,従量税適用と従価税適用の分岐となる輸入価格である分岐点価格が譲許
表で定められるとともに,分岐点価格以下のものに課していた関税を従量税
に置き換えて譲許した上で,更に関係国との協議の結果を踏まえて,分岐点
価格を引き下げるとともに,従量税のうち基準輸入価格を超える部分を自主
的に引き下げることとしたものであり,その経緯の詳細は,次のとおりであ
る。
(2)ウルグアイ・ラウンド交渉合意前
ウルグアイ・ラウンド交渉合意前の旧差額関税制度は,別紙6「図面目録」
記載②の図のとおり,輸入価格が分岐点価格以下のもの(上記の図のAの部
分)は,畜産物の価格安定等に関する法律(平成14年法律第126号によ
る改正前のもの)に基づく豚肉の安定基準価格と安定上位価格の合計額の2
分の1に相当する額として定められる基準輸入価格(部分肉については,は
く皮した枝肉に係る基準輸入価格を0・75で除して得た額)と輸入価格の
差額が課税され,輸入価格が分岐点価格を超えるもの(上記の図のBの部分)
は,従価税(5%)が課せられる仕組みとなっていた。また,分岐点価格も
基準輸入価格と連動して毎年度変わり得るものであった(その場合の数式は,
分岐点価格=基準輸入価格÷(1+従価税率/100)の式で求められてい
た。)。(乙10の2の3頁)
上記の「安定基準価格」と「安定上位価格」は,農林水産省が毎年,豚肉
の生産条件等を考慮し,畜産振興審議会(現食料・農業・農村政策審議会)
の意見を聴いて決定するものであったことから(平成14年法律第126号
による改正前の畜産物の価格安定等に関する法律3条1項。なお,安定基準
価格は,その額を下って指定食肉等の価格が低落することを防止することを
目的として定められ,安定上位価格は,その額を超えて指定食肉等の価格が
騰貴することを防止することを目的として定められる(同条3項)。),当
時の基準輸入価格は,毎年度変わり得るものであった。
旧差額関税制度は,前記のとおり,昭和46年10月に創設され,ウルグ
アイ・ラウンド交渉の妥結後の平成7年4月における制度変更まで実施され
ていた。
(3)ウルグアイ・ラウンド交渉による譲許(ステップ1)
豚肉の関税は,ウルグアイ・ラウンド交渉の過程において,まず,別紙6
「図面目録」記載③の図のとおり,輸入価格が分岐点価格以下のもの(上記
の図のAの部分)については,基準期間(1986年から1988年まで)
における豚肉の内外価格差(国内と外国における豚肉の価格の差のことをい
う。)の平均値に相当する関税相当量である1kgにつき425円(以下の
税率に関する具体的な数値は枝肉に係るものである。)を従量税として課し,
分岐点価格を超えるもの(上記の図のBの部分)については,5.0%の従価
税を課すこととして,従量税と従価税に置き換えて関税化した上,譲許され
た。分岐点価格は,基準期間における分岐点価格の平均である1kgにつき
553円(枝肉ベース)とされた。(乙10の2の4頁)
このように旧差額関税制度を従量税と従価税に置き換えて関税化したのは,
1991年(平成3年)12月に,その当時のGATT事務局長であったP
6がウルグアイ・ラウンド交渉の妥結を目指して示した最終合意文書案(以
下「P6・ペーパー」という。)において提案された,加盟国において国境
措置を包括的に関税化するという提案内容(乙13の105頁)に基づくも
のであった。このP6・ペーパーに示された包括的関税化の考え方に基づき,
加盟国間で具体的な交渉がなされたが,このような交渉過程における加盟国
の合意事項は,関税の具体的な削減率等を定めた加盟国に共通に適用される
基本ルールである「ModalitiesfortheEstablishmentofSpecificBindi
ngCommitmentsundertheReformProgramme:NotebytheChairmanofth
eMarketAccessGroup」(いわゆるモダリティ文書)と呼ばれる合意された
作業用文書に記載されている(乙10の2の添付資料2,乙14)。このよ
うな交渉の過程で,加盟国は,農産品の関税化を要請されたが,このモダリ
ティ文書に記載されているとおり,この関税化に当たり,加盟国は,従価税
か従量税かのいずれで譲許してもよいが,実際の内外価格差(国内と外国に
おける実際の価格差のことをいう。)といった客観的な数値を用いるべきで
あるとされていた(乙10の2の添付資料2)。豚肉についての我が国の上
記ステップにおける譲許は,このような合意にのっとったものであった。ま
た,その際,従量税と従価税との分岐点価格は,1986年から1988年
の3か年の分岐点価格の平均値として計算上求められた価格であった。(乙
10の2)
(4)ウルグアイ・ラウンド交渉による譲許(ステップ2)
次に,この関税をウルグアイ・ラウンド交渉過程において,農産品の品目
毎の最低削減率である15%を削減して譲許水準とすることとされた(19
95年度から2000年度まで段階的に引き下げた。)。このような合意事
項は,前記のモダリティ文書に記載されている。(乙10の2の添付資料2)
豚肉の場合,この15%を削減するという合意に基づき,従量税は1kg
につき425円から361円(枝肉ベース)に,従価税は5.0%から4.3%
に引き下げることとされた。また,分岐点価格についても,従量税の削減額
と同額の1kgにつき64円削減し,1kgにつき553円から489円(枝
肉ベース)に引き下げることとされた(別紙6「図面目録」記載④の図)。
(乙10の2)
この豚肉についての譲許の内容を含む譲許表は,平成6年(1994年)
4月15日に調印されたウルグアイ・ラウンド最終合意によるWTO協定の
附属書1Aの一部となり,その後必要な国内批准手続を経て,同年12月2
8日付の官報で公告(乙10の2の添付資料3・同日付け官報)されている。
前記のとおり,この譲許表は,関税法3条ただし書により我が国において直
接効力を有しており,関税の税率における上限を画するものとなっているが,
後記(5)のとおり,関税暫定措置法でこの上限の範囲内で従量税部分の税率が
修正されている(ステップ3)。
(5)ウルグアイ・ラウンド交渉における関係国との協議の結果に基づく自主的
引下げ(ステップ3)
さらに,ウルグアイ・ラウンド交渉における関係国との協議を踏まえて,ウ
ルグアイ・ラウンド交渉で譲許した範囲内で従量税部分を自主的に引き下げ
ることとされた。すなわち,別紙6「図面目録」記載⑤の図のとおり,まず,
分岐点価格について,ステップ2(前記(4)参照)において譲許した1kgに
つき489円から393円(枝肉ベース)まで更に引き下げることとされた。
このように分岐点価格を引き下げたのは,関係国からの強い要請に応じるも
のであり,平成6年10月21日の内閣の閣議決定により決定され,関係国
にその旨通報された(乙10の2の添付資料4・同日付け閣議決定案。この
閣議決定案は同報告書添付資料5におけるWTO事務局から加盟国への回付
内容と同内容であり,閣議決定案のまま閣議決定されている。)。このステ
ップにおいて,分岐点価格1kgにつき393円(枝肉ベース)及び524
円(部分肉ベース)から,逆算して,基準輸入価格409円90銭(枝肉ベ
ース,393円/kg×(1+4.3/100))及び546円53銭(部分肉ベ
ース,524円/kg×(1+4.3/100))が計算され,これが,現行の関
税暫定措置法別表第1の3の2の基準輸入価格とされている。
さらに,分岐点価格の前後で課税後の価格が逆転しないように,別紙6「図
面目録」記載⑤の図のとおり,分岐点価格ちょうどで輸入されるものの課税
後の価格1kgにつき409円90銭(枝肉ベース)を基準輸入価格とし,
分岐点価格以下で輸入されるものに課される従量税のうち基準輸入価格を超
える部分は課さない仕組みとされた。
この自主的引下げについては,1994年(平成6年)12月27日付で,
日本国政府から当時のGATT事務局に通報され,1995年(平成7年)
2月16日付でWTO事務局から加盟国に回付されている(乙10の2の添
付資料5)。
以上のとおり,豚肉の旧差額関税制度は,ウルグアイ・ラウンド交渉を経
て,従量税と従価税との組合せによる関税とされ,平成7年4月から施行さ
れている現行の本件差額関税制度となった。
以上
(別紙7)
本件各更正処分等の根拠及び適法性
1原告が納税すべき関税額について
本件各更正処分等の対象となった本件各輸入(納税)申告は,すべて,P2
製の冷凍豚部分肉(本件各輸入貨物)の輸入に係るものである。
本件各輸入貨物の価格については,P1が,P2と交渉して別表の⑥「真正
単価」欄記載の真正単価を決定し,本件各輸入貨物の代金については,上記の
真正単価に別表の⑦「合計重量(kg)」欄記載の貨物重量を乗じた金額が送
金されていたから,上記の真正単価に上記の貨物重量を乗じた別表の⑪「真正
関税課税標準額(円)」欄記載の価格が関税定率法4条1項にいう現実支払価
格となり,本件各輸入貨物の課税価格ということになる。
上記の真正単価に基づき算出された現実支払価格に基づいて本件各輸入貨物
について関税額を計算すると,別表の⑬「更正後関税額(円)」欄記載のとお
りとなる。なお,税率については,第1項措置の発動期間内か否かで異なるこ
とから,以下,それぞれ具体例を挙げて説明する。
(1)第1項措置の発動期間外(平成16年4月1日から同年7月31日までの
間)の輸入(納税)申告のもの
従量税適用限度価格は1kgにつき64.53円,基準輸入価格は1kg
につき546.53円,分岐点価格は1kgにつき524円である。
東京税関大井出張所長に対する平成16年4月1日付け輸入(納税)申告
(申告番号11494767900)を例とすると,次のとおりとなる。
ア真正単価(別表の⑥欄)300円/kg
上記金額は,P2作成の請求書(インボイス)に記載された金額である。
イ関税率(別表の⑫欄)246.5300円/kg
上記金額は,真正単価1kgにつき300円と基準輸入価格1kgにつ
き546.53円との差額である。
ウ合計重量(別表の⑦欄)2万7245.28kg
豚肉の重量である。
エ更正後関税額(別表の⑬欄)671万6700円
上記ウの合計重量に,上記イの関税率を乗じ,関税法13条の4及び国
税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた金額
である。
(2)第1項措置の発動期間(平成15年8月1日から平成16年3月31日ま
での間及び平成16年8月1日から平成17年3月31日までの間)内の輸
入(納税)申告のもの
従量税適用限度価格は1kgにつき199.08円,基準輸入価格は,1
kgにつき681.08円,分岐点価格は1kgにつき653.0009円
である。
東京税関大井出張所長に対する平成16年1月28日付け輸入(納税)申
告(申告番号11473574000)を例とすると,次のとおりとなる。
ア真正単価(別表の⑥欄)580円/kg
上記金額は,P2作成の請求書(インボイス)に記載された金額である。
イ関税率(別表の⑫欄)101.0800円/kg
上記金額は,真正単価1kgにつき580円と基準輸入価格1kgにつ
き681.08円との差額である。
ウ合計重量(別表の⑦欄)2万7041.30kg
輸入(納税)申告した豚肉の重量である
エ更正後関税額(別表の⑬欄)273万3300円
上記ウの合計重量に,上記イの関税率を乗じ,関税法13条の4及び国
税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた金額
である。
2原告が納付すべき過少申告加算税について
(1)過少申告加算税の税率は,原則としては更正によって増加した関税額(納
付すべき額)の10%である(関税法12条の2第1項)が,増差税額が過
大である場合には,一定額を超える部分について,更に5%加重される。具
体的には,増差税額が当初申告税額又は50万円のいずれか多い金額を超え
る場合には,当該超える部分の5%に相当する金額が加重される(同条2項)。
本件各輸入(納税)申告は,いずれも増差税額が当初申告税額及び50万
円を超えることから,当該超える部分の5%に相当する金額が加重されるこ
ととなる。
本件各更正処分により新たに納付すべきこととなった関税額を基準に,過
少申告加算税額を計算すると,別表の⑱「加算税合計額(円)」欄記載の金
額となる。
(2)具体的に,東京税関大井出張所長に対する平成16年4月1日付け輸入
(納税)申告(申告番号11494767900)を例とすると,次のとお
りとなる。
ア加算税10%(別表の⑮欄)61万円
上記金額は,関税法12条の2第1項の規定により,更正処分により原
告が新たに納付すべきこととなった関税額(ただし,同条5項の規定によ
り読み替えて準用する同法12条3項の規定により1万円未満の端数を切
り捨てた後のもの)に10%を乗じて計算した金額である。
イ加算税5%(別表の⑰欄)27万4000円
上記金額は,関税法12条の2第2項の規定により,更正処分により原
告が新たに納付すべきこととなった関税額のうち,当初申告税額を超える
部分に相当する金額(別表の⑮欄。ただし,同条5項の規定により読み替
えて準用する同法12条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた
後のもの)に5%を乗じて計算した金額である。
ウ加算税合計額(別表の⑱欄)88万4000円
上記金額は,上記アの金額と上記イの金額の合計額である。
3本件各更正処分等の適法性
(1)本件各更正処分の適法性
本件各輸入貨物に係る原告の納付すべき関税額は,前記1のとおり算出さ
れるものであり,この金額は,別表の⑬「更正後関税額(円)」欄記載の税
額のとおりであるところ,これらの金額は,いずれも本件各更正処分におけ
る金額と同額であるから,本件各更正処分はいずれも適法である。
(2)本件各賦課決定処分の根拠及び適法性
上記(1)のとおり,本件各更正処分はいずれも適法であるところ,原告は本
件各輸入貨物に係る関税について,納付すべき税額を過少に申告していたも
のであり,納付すべき税額を過少に申告していたことについて,関税法12
条の2第3項に規定する正当な理由は存しない。
したがって,本件各更正処分に伴って課されるべき過少申告加算税の額は,
前記2のとおり,関税法12条の2第1項,2項及び5項の規定に基づき,
関税について,本件各更正処分によって新たに納付すべきこととなった税額
にそれぞれ上記規定に定める税率を乗じて算出されるものであり,この金額
は,別表の⑱「加算税合計額(円)」欄記載の税額のとおりであるところ,
これらの金額は,いずれも本件各賦課決定処分における金額と同額であるか
ら,本件各賦課決定処分は,いずれも適法である。
以上
(別紙8)
原告の主張
第1WTO農業協定4条2項の直接適用可能性
1直接適用可能性の概念
条約の「直接適用可能性」とは,要するに,「それ以上の措置の必要性なしに
適用され得る」ということを意味する。
2関税法3条ただし書によりWTO農業協定4条2項は直接適用されること
(1)関税法3条ただし書
我が国は,関税に係る条約の直接適用に関し,国内法によって明確な規定
を設けて,大方針を明確にしている。その国内法とは,関税法3条ただし書
である。具体的には,同条は,「輸入貨物(信書を除く。)には,この法律
及び関税定率法その他関税に関する法律により,関税を課する。ただし,条
約中に関税について特別の規定があるときは,当該規定による。」と規定し
ている。
したがって,条約中に関税について特別の規定があるときは,関税法3条
ただし書により,当該特別の規定が我が国において直接適用されることにな
る。
(2)関税法3条ただし書による譲許表の直接適用
例えば,WTO協定には日本国の譲許表(端的にいうと,譲許表記載の水
準を超えないように関税率を定めることに関する対外的約束であり,譲許表
記載の関税率を「譲許税率」という。)が設けられているところ,譲許表は
「税率の所定の水準を超える税率の禁止」を定めるものであるがゆえに,税
率に係る「特別の規定」(関税法3条ただし書)に該当する。
したがって,我が国の法律の定める関税率が譲許税率を超える場合,譲許
税率が関税法3条ただし書によって直接適用されることにより,法律の定め
る関税率のうちの譲許税率を超える部分は無効となる。
(3)WTO農業協定4条2項は,関税法3条ただし書の「条約中の関税につい
ての特別の規定」に該当すること
関税法基本通達3-1は,「法3条ただし書≪条約による特別規定」に定
める「関税についての特別の規定」とは,関税の税率のほか関税の軽減,免
除,払い出しその他関税の賦課及び徴収に関しての国内法の規定に対する特
別の規定をいう。」と定めており,関税の税率のほかに,賦課及び徴収を含
めて,すべてにわたる適用があるとしている。
そして,WTO農業協定4条2項の内容は,端的にいうと「課税標準及び
税率を同項記載の禁止の制度に該当しないよう定めることの対外的約束」で
あり,「課税標準設定及び税率設定の禁止枠組み」を定めるものであるから,
関税法3条ただし書の「特別の規定」に該当する。
(4)WTO協定の関税法3条ただし書による直接適用に関する日本国政府の
見解
ア日本国政府は,これまでに,WTO協定に関する直接適用について,公
式な見解を示している。
イまず,日本国政府が示した公式な見解で最も重要なものは,アンチダン
ピング委員会におけるわが国政府の見解G/ADP/Q1/JPN/6(甲3
0)であり,これは,在ジュネーブ国際機関日本政府代表部が,1996
年7月29日,韓国が発した質問に対して提出した回答であって,「WT
O協定18条5項および32条6項に従って行う法令規則の通告」と題す
る文書である。
この文書において,「我が国の関税法は,WTO協定の規定は直接適用
可能である(canbedirectlyapplied)と確認している。仮に抵触があ
れば,WTO協定が国内法に優越する」との見解を表明している。
ウまた,財務省の関税課長は,関税・外国為替審議会関税分科会企画部会
(平成26年8月5日)において,関税法3条ただし書について,「同3
条ただし書の規定に基づきまして,経済連携協定等といった条約中に関税
についての特別の規定があるときは,これら条約中の規定を直接適用して
関税を課すこととされてございます。」と述べている。
エ財務省ホームページでは,関税法3条ただし書についての質問に対し,
「WTO協定等の条約において輸入者等の権利義務及び関税率適用のため
の課税要件が明確であり,国内法の規定を整備することなくその適用が可
能なものについては,関税法第3条ただし書により条約の規定を適用され
ることとされております。したがいまして,この場合の条約の規定につい
ては,同時に国内法たる性質を持つものであると解されます。」との返答
がされている。
オ以上によれば,WTO農業協定4条2項が関税法3条ただし書によって
我が国において直接適用されるという原告の主張は,まさに,日本国政府
が明言して公表している取扱いと全く合致する。
3条約の直接適用可能性の基準(要件)
関税法3条ただし書によって,「条約中の関税についての特別の規定」に該
当すると言っても,直接適用可能性がないような条約の規定がある場合に,そ
れもが直接適用されるわけではない。当然のことながら,直接適用するのにふ
さわしい規定でなければ直接適用することができないからである。
そして,条約の直接適用可能性は,主観的基準と客観的基準から判断する必
要がある。
4条約の直接適用可能性についての主観的基準
(1)直接適用可能性の主観的基準として,条約締結国による私人の権利義務の
創設の意思は必要ではないこと
直接適用可能性が認められるための主観的基準として,条約締結国による
私人の権利義務の創設の意思が必要であるという考え方は,直接適用される
場面をあまりに狭く限定しすぎるという点と個人の権利義務を創設していな
くても直接適用されている条約が現に存在することを説明できないという点
で問題がある。
特に後者については,譲許表による譲許税率を考えれば分かり易い。すな
わち,譲許表とは,譲許表記載の水準を超えないよう関税率を定めることの
対外的約束であって,何らかの個人の権利義務を創設するものではないから,
もし主観的要件として個人の権利義務の創設の意思が必要であるとの立場を
とってしまうと,譲許表は主観的要件を欠き直接適用可能性がないとの結論
が導かれてしまうが,実際には,譲許表については直接適用可能性が認めら
れている。
(2)直接適用可能性の主観的基準として,条約締結国が直接適用することを積
極的に意図したことは必要ではないこと
ア次に,直接適用可能性の主観的基準として,条約締結国が直接適用する
ことを積極的に意図したことは不要である。
イまず,直接適用可能性の主観的基準として,直接適用についての条約締
結国の積極的意図を要求してしまうと,このような積極的意図がない条約
は,直接適用可能性がないということになってしまうところ,例えば,特
に多国間条約については,この条約は直接適用可能であるという積極的な
当事国の意思が条約の中で明示されることはほとんどなく,条約の「準備
作業」を調べてみても,特に多数国間条約の場合は,そのような当事国の
意思が見いだされることはほとんどないし,条約の個々の規定についても,
それが直接適用可能であるという積極的な当事国の意思が出されることは
ほとんどないことから,直接適用可能であるという積極的な当事国の意思
を厳格に要求すると,ほとんどの条約(規定)は直接適用可能ではないこ
とになってしまう。
ウこのような見解に対しては,WTO協定の中でも直接適用を義務付けて
いる附属文書がある(GATSなど)という反論が予想されるものの,直
接適用を義務付けることを明示していることと,直接適用可能ではないと
いうこととの間には大きな差がある。すなわち,当事国が条約の直接適用
を排除する否定的な意思を条約の中で明示した場合について,条約の当事
国は,特定の国内的実施の方法を規定し,条約の直接適用可能性を否定す
ることもできる。条約自体が当事国の意思に基づいて成立するのであるか
ら,当事国のこのような意思も尊重される必要があり,そうでなければ,
条約が直接適用されることを望まない国家はそもそも条約を締結しないと
いうことになってしまう。
エ条約の直接適用可能性の主観的基準として,条約締結国が直接適用する
ことを積極的に意図したことが必要であるという立場に立つと,ある国が,
かかる積極的意図が認められない条約について,条約の直接適用,すなわ
ち,条約違反の国内状態について,国内司法機関が是正を行った場合,当
該国の処理は条約の使い方を誤っているとの認定を招くことになってしま
う。
しかしながら,各国の憲法秩序,国内法秩序は多様であり,条約の国内
完全実施をどのように実現するかは,各国の主権の問題である。そして,
条約締結時に,条約の国内完全実施の方法について,直接適用の方法によ
ることを明示的に排除していないのであれば,当然,条約締結国の一つが,
直接適用の方法によって国内完全実施を行うことも,主権の行使方法とし
て許されるべきものである。
したがって,直接適用可能性の主観的基準として,直接適用についての
積極的意図を要求する見解は,結果として,他国の主権行使を不当に制約
することになり,採ることができない。
(3)条約が国内において直接適用可能かを決定するのは国内法であること
ア結局のところ,各国ごとの是正方法(これはすなわち主権の行使である。)
を尊重するためには,「(条約中に直接適用可能性の排除が明示されない限
り)原則として直接適用可能性は認めた上で,各々の国に,直接適用を排
除する国内法制を採用するか否かの選択肢を与える」と解する以外に,整
合性ある解釈論を構成することはできない。
イWTO協定もそうであるが,二国間協定はいざ知らず,多国間協定の場
においては,締約当事国の関心は,条約が完全に実施されることにだけあ
る。
すなわち,各国ごとに憲法秩序,国内法秩序は異なる,ということが当
然の前提となっているため,条約が国内でどのように実施されるかという
ことについて,締約当事国には関心がないのが通常である。
つまり,条約の直接適用可能性についての主観的基準として,直接適用
についての積極的意思なるものを要求する見解は,現在の多国間条約締結
交渉の実態をそもそも無視した机上の空論という他はない。
(4)直接適用可能性についての主観的要件の総括
前記(3)アで述べたとおり,条約の国内における完全実施の方法について各
国の主権を尊重するには,「(条約中に直接適用可能性の排除が明示されな
い限り)原則として直接適用可能性は認めた上で,各々の国に,直接適用を
排除する国内法制を採用するか否かの選択肢を与える」と解する以外に,各
国それぞれの主権と整合する解釈論を構成することはできない。そして,か
かる解釈論を採用した場合,条約の直接適用可能性の主観的基準は,①条
約締結国の総意として直接適用可能性を排除しているのか否かと,②当該
国が直接適用を排除する国内法制を採用する意思を有するか否かがメルクマ
ールとなる。
すなわち,ある条約が,ある国において,直接適用可能性が認められるた
めの主観的基準を整理して述べれば,条約締結国の総意として,直接適用可
能性を排除していないこと,及び,当該国において,当該条約の直接適用可
能性を排除する国内法制採用の意思がないことの2つとなる。
(5)WTO農業協定4条2項について条約締結国の総意として直接適用可能
性を排除していないこと
アWTO農業協定4条2項につき,直接適用可能性についての主観的基準
のうち,直接適用可能性を排除するという条約締結国の総意はない。
(ア)「関税と貿易に関する一般協定」(以下「GATT」という。)及
びその発展的解消であるWTO協定は,第二次世界大戦が各国のブロッ
ク経済の採用によって起こったことの反省として生み出された自由貿易
体制を目指すものであって,WTO協定そのものには,これを各国が積
極的に遵守することを奨励こそすれ,抑圧する契機は存在し得ない。
したがって,WTO協定そのものは,各国が国内の条約違反状態の是
正を,立法機関,行政機関だけではなく,司法機関によっても行うこと
を奨励こそすれ,排除するものではないところであり,実際,WTO協
定内に,国内司法機関による是正を排除する旨の条項は存在しない。
(イ)また,WTO農業協定4条2項は,GATT時代になしえなかった
農業分野での完全関税化を実現したものであり,WTO農業協定の要と
いうべき条項であって,WTO農業協定の中でも,特に各国の遵守が求
められる規定として位置付けられる。
特にWTO農業協定4条2項の(注)で列挙された最低輸入価格制度,
可変課徴金等の個別の制度は,WTO農業協定締結時にこれを採用する
国が存在したため,各個別の制度を厳に禁止する趣旨でわざわざ個別に
制度を列挙して掲名したものであり,世界貿易機関(以下「WTO」と
いう。)体制の下では絶対的に禁止されるべきものである。
したがって,WTO農業協定4条2項は,同項違反という条約違反状
態の是正を,ある国が,立法機関,行政機関だけではなく,司法機関に
よっても行うことを奨励こそすれ,排除するものではない。
(ウ)さらに,WTOは,GATTよりも実効性の高い紛争解決制度を用
意しており,WTOはGATT以上にWTO協定を各国が遵守するため
の体制強化を図っているところである。それゆえ,各国が自主的にWT
O協定違反の国内状態を是正することは,上記のようなWTOの目的に
合致こそすれ,反するものではない。
この点については,WTOの紛争解決制度の存在(及びその前提とし
ての加盟国間での協議,交渉による解決の予定)をもって,WTO協定
違反の是正方法はこの紛争解決制度(ないし,その前提としての加盟国
間の協議,交渉)の利用に限定されるかのような考え方もある。
しかしながら,WTO協定における紛争解決制度(ないし,その前提
としての加盟国間の協議,交渉)は,WTO協定違反についての「国家
間」の紛争を解決する場というだけのことであって,それ以上でも,以
下でもない。すなわち,この紛争解決制度(ないし,その前提としての
加盟国間の協議,交渉)は,WTO協定違反を自国で自覚していても,
他国の指摘をうけるまで条約違反状態を放置することを許容するという
システムではない。
また,この紛争解決制度(ないし,その前提としての加盟国間の協議・
交渉)の存在は,ある国が,立法機関,行政機関が是正しないWTO協
定違反の国内状態を,司法機関によって自主的に是正するという主権の
行使について,何か制約をもたらすものでもない。
このように,紛争解決制度の存在は,WTO協定の直接適用可能性を
排除するという機能を持たないのである。
イ以上のとおり,WTO農業協定4条2項には,直接適用可能性を排除す
るという締約国の総意は認められない。
(6)我が国においてWTO農業協定4条2項の直接適用可能性を排除する国
内法制採用の意思がないこと
アWTO農業協定4条2項の直接適用可能性に係る主観的基準に関し,我
が国において,同項の直接適用可能性を排除する国内法制採用の意思はな
い。
イ我が国は,憲法98条2項で国際協調主義を定め,かつその前文におい
ても「国際社会において名誉ある地位を占めたい」と宣言しているように,
また,条約と法律とでは条約の方が優先するとの公定解釈が存在している
とおり,そもそも,条約についての直接適用可能性を排除するという国内
法制を採用していない。
ウまた,関税法3条ただし書にあるとおり,関税に関する特別の条約規定
を直接適用する旨の定めまであり,むしろ,関税に関する事項については,
条約についての直接適用可能性を積極的に認めていこうとする国内法制を,
我が国は採用している。
エさらに,我が国は,WTO協定の規定に適合していない各国の制度を不
公正貿易報告書として発行して国内外に訴え,各国に対しWTO協定の遵
守を求めていく,ということを通商政策の柱としており,かかる通商政策
を説得力あらしめるため,WTO協定の規定の直接適用可能性を排除する
国内法制は採り得ないという状況にもある。
オ加えて,実際問題として,我が国には,WTO農業協定4条2項の直接
適用可能性を排除する国内法制は存在しない。
カ以上のとおり,我が国は,そもそも条約全般について直接適用可能性を
排除するという法秩序は採用しておらず,また,関税に係る事項について
は,むしろ積極的に直接適用可能性を認めようとする関税法3条ただし書
を用意しているのであり,さらに,通商政策上もWTO協定の直接適用可
能性を排除する国内法制を取りにくい政策を採用しており,加えて,WT
O農業協定4条2項の直接適用可能性を排除する国内法制が我が国には存
在しない以上,我が国には,WTO農業協定4条2項について,その直接
適用可能性を排除する意思は存在しないというべきである。
(7)小括
以上のとおりであるから,WTO農業協定4条2項は,直接適用可能性に
ついての主観的基準を満たしている。
5条約の直接適用可能性についての客観的基準
(1)明確性
ア条約の規定が明確でなければ,直接適用可能性はない。例えば,一般的
抽象的な概念を含んでいる条約条項は,直接適用され得ない。
イこの点,WTO農業協定4条2項についてみるに,そこでいう「通常の
関税」とは定率関税及び定額関税のことであり,また,「最低輸入価格」と
は,一般に輸入産品の輸入価格と特定の価格限界との差額を関税額とする
ものであって,当該特定の輸入産品が当該価格限界を下回って国内市場に
侵入することのないようにする措置であるから,これらの内容は自明であ
り,疑義を挟む余地はない。その他「これに類する」の解釈については,
本件では主として最低輸入価格が問題となる以上,少なくとも本件には関
係がないし,関係があるにしても,「解釈」によって判断することは法の適
用に関する通常の手段であり,「一義的に解釈を示す」ことができないとい
うことはありえない。
(2)完全性
次に,条約が直接適用可能性を有するためには,客観的基準として,条約
条項の完全性が必要となる。条約の執行に必要な機関や手続についての定め
がなければ,実際上直接適用されることは困難であるから,ここでいう完全
性とは,条約の執行に必要な機関や手続が定められているという意味である。
そして,条約の執行に必要な機関や手続に欠けるか否かは,各国ごとに補
足的措置がとられているか否かによるから,条約の条項が完全であるか否か
は国ごとに異なることになる。
我が国について,WTO農業協定4条2項の執行に必要な機関や手続が定
められているかについてみるに,機関としては税関があり,手続は関税三法
が詳細に定めているのであるから,WTO農業協定4条2項は完全性に欠け
るところはない。そもそも,関税法3条ただし書があることそれ自体が,そ
のような完全性の裏付けがあることを初めから前提としているところである。
(3)小括
以上のとおりであるから,WTO農業協定4条2項という条約条項は,直
接適用可能性についての客観的基準を満たしている。
6被告の主張に対する反論等
(1)アメリカ合衆国(以下「米国」という。)とヨーロッパ共同体(以下「E
U」という。)がそれぞれの国内法秩序に従ってWTO協定の国内(域内)
の直接適用を認めていないことは,我が国において直接適用を認めない理由
とならないこと
ア他国の事情が影響を与えないこと
米国及びEUにおいてWTO協定は直接適用されていないから,我が国
においても裁判所がWTO協定に直接適用可能性を認めて外交交渉の手
足を縛るべきでないといういう考え方もあるが,直接適用可能性は,それ
ぞれの国の憲法秩序(米国の場合)ないし共同体法秩序(EUの場合)の
問題であって,外交交渉の手足を縛るとか縛らないとかの判断は,我が国
の憲法秩序を揺るがす理由とはなり得ない。
また,日本国憲法の前文には「国際社会において名誉ある地位を占めた
い」という理念が示されている。そうである以上は,この理念の体現を,
他国の法秩序のあり方との比較によって妨害するようなことがあっては
ならない。
さらに,事柄は,罪刑法定主義の問題であり,基本的人権に関わるもの
であるから,そもそも外交交渉の有利不利といった程度の理由により,個
人の罪責を問う,問わないなどということの判断が左右されるべきではな
い。
したがって,裁判所が,国際交渉における利益不利益を考慮すること自
体が,行政府及び立法府の権限に属する判断をしていることであって,職
域を超えており,これこそがむしろ権力分立の理念に違背するというべき
である。
イ我が国の通商政策
我が国は,諸外国に対しWTO協定や経済協定等の国際ルールの遵守を
求めるという通商政策を採用している。そして,そのことを国内外に示す
ために,我が国は,毎年,「不公正貿易報告書」を作成し,WTO協定や
経済協定等の国際ルールの遵守の確保を訴え続けている。すなわち,我が
国は,特定国との貿易に関し自国に不利な結果が生じていることだけを理
由にして,相手国が適用する政策,措置を非難するということは決して行
わず,常に,WTO協定を基本とする国際ルールに違反しているというこ
とを根拠にして,相手国が適用する政策,措置を非難するという方針を採
用してきたのである。
このように,相手国に対してルールの遵守を求めるというのが我が国の
基本スタンスなのであるから,その通商政策を実効あらしめるため,すな
わち,我が国が行う相手国に対する非難を説得力あらしめるためには,そ
の大前提として,我が国自身がその国際ルールを守るということが必要に
なる。
もし,米国やEUにおいて直接適用が否定されている以上,WTO協定
の義務履行に著しい不均衡を生じるおそれがあるので,WTO協定の直接
適用は否定するなどという上記通商政策に反する立論を示すとすると,諸
外国に,「日本政府は,他国に対しては国際ルールの遵守と言っているけ
れども,自国では,これを守らないことにお墨付きを与えているではない
か」とつけ込ませる格好の材料を与えるもので,むしろ逆に通商交渉にお
ける我が国の交渉力を大幅に削ぐということになりかねない。我が国が国
民の最善の利益に繋がるよう,高邁な理念を持って通商政策を展開してい
るにもかかわらず,それを根幹から揺るがすこととなる結果を導く結論を
裁判所が示すとすると,これこそは行政の裁量権行使に対する司法による
悪しき浸食である。三権分立の原則に鑑みても裁判所がそのような判断を
示すことはできないと言わなければならない。
ウ東京高等裁判所平成25年11月7日判決及び最高裁判所平成26年3
月28日決定の理解
(ア)上記ア及びイからすると,東京高等裁判所平成25年11月7日判
決(以下「東京高裁平成25年判決」という。)は,WTO農業協定4
条2項の直接適用可能性についての判断を誤ったものというべきである。
(イ)まず,そもそも,東京高裁平成25年判決は,関税法3条ただし書
について触れるところがなく,これは適用すべき法令について誤ったも
のではないかと考えられる。
また,東京高裁平成25年判決については,①我が国は,WTOの
アンチダンピング委員会において,「我が国の関税法は,WTO協定の
規定は直接適用可能である(canbedirectlyapplied)と確認し,仮に
抵触があれば,WTO協定が国内法に優越する」との見解を1996年
に表明していること,②関税法3条は,輸入貨物への課税に関し,「た
だし,条約中に関税について特別の規定があるときは,当該規定による」
と定めていること,③差額関税も関税法および関税定率法に基づいて
徴収されるものであることから,我が国の公的見解からすると関税法3
条によりWTO協定との抵触が問題となる可能性は残ると思われること
などを指摘され,批判されている。
(ウ)次に,東京高裁平成25年判決の上告審である最高裁判所平成26
年3月28日決定(以下「最高裁平成26年決定」という。)について
は,仮に最高裁判所が,東京高裁平成25年判決と同じく関税法3条た
だし書の存在に気が付かないまま,憲法98条2項に照らしてWTO農
業協定4条2項の直接適用について否定したとすると,本来,最高裁平
成26年決定においては,上告人の憲法98条2項違反をいう主張に対
し,「憲法98条2項違反をいう点は,……であるから,前提を欠き」
との記載がなされる性質のものであると思われるところ,最高裁平成2
6年決定は「上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令
違反の主張」とするのみである。
そうすると,最高裁平成26年決定を,「東京高裁判決が示した農業
協定4条2項は直接適用されないとの結論を支持するものである」と理
解することは誤解であるように思われる。最高裁平成26年決定は,東
京高裁平成25年判決について,「適用法条の誤りがあるに過ぎないの
であるから上告理由にはならない」と述べているだけのことであると理
解されるように思われるからである。
エ小括
以上のようなことであるから,米国とEUがそれぞれの国内法秩序に従
ってWTO協定の国内(域内)適用を認めていないことは,我が国におい
て直接適用を認めない理由となり得ない。
(2)三権分立,国内法制の状況等を理由にWTO農業協定4条2項の直接適用
を否定する主張は失当であること
被告において,「我が国の三権分立の在り方や国内法制の状況等から検討す
ると,WTOは加盟国の利益の均衡に基づいて貿易自由化を推進する多国間
条約体制であるという性格を有するものであるから,我が国国内におけるW
TO協定の実施の在り方においては,各加盟国の多様な政策判断や我が国の
国内情勢等を総合考慮する必要がある。」という主張がされることも想定され
る。
しかしながら,このような言明については,仮にそれを支持するとしても,
そうであるからといって,関税法3条ただし書において直接適用が明定され
ていることを無視する理由にはなり得ず,ましてやその帰結として個人の罪
責を問う結果となることを許すものではあり得ない。
「加盟国の利益の均衡」とか「多様な政策判断」とか「我が国の国内情勢
等」といった程度のあいまいな理由によって,罪刑法定主義を蔑ろにしたり,
個人の基本的人権が蹂躙したりされることが許されるものではない。
(3)国会又は政府の裁量権を理由に,WTO農業協定4条2項の直接適用を否
定する主張は失当であること
被告において,「どの品目についてどのような関税制度を設けるかは柔軟に
決定することが必要であり,こうした役割を最適に果たし得るのは国会又は
政府であって,その柔軟な意思決定を可能にするために国会又は政府に広範
な裁量権を与えることが相当である。」という主張がされることも想定される。
しかし,我が国は,そのような裁量権に基づいてWTO協定を締結し,国
会はこれを承認しているところ,WTO農業協定4条2項は,その重要な中
身を構成する条約条項である。そうすると,右裁量権行使の結果として,現
在のWTO農業協定4条2項があるということである。
また,我が国の政府は,WTO協定の締結前に,関税法3条ただし書を国
会に提出し,国会はこの法条を可決成立させていた。つまり,政府は,ウル
グアイ・ラウンドの交渉を続けている経過において,関税法3条ただし書が
既に長年にわたって施行されていることを十分に意識していたのであり,ま
た,この交渉中,この条項が廃止されることが想定される状況にもなかった
ということには特に注意しなければならない。
このように,我が国の政府及び国会は,その裁量権の行使により,関税法
3条ただし書を存置しつつ,WTO農業協定4条2項という条約条項の締結,
承認を行っていたのであり,我が国の憲法秩序は条約優位なのであるから,
政府,国会に裁量権があると言っても,自らが意思決定した条約条項に基づ
く義務に違背する法律を成立,施行,適用する裁量までもが,政府及び国会
に与えられているわけではないから,「柔軟に決定する必要」があるとしても,
WTO農業協定4条2項に明白に違反するような内容を法定する裁量権は,
政府にも国会にもないのである。
以上によれば,関税法3条ただし書があるにもかかわらず,WTO農業協
定4条2項の直接適用可能性を否定するということは,結局のところ,既に
国会の議決を経た条約条項であって,かつ,直接適用しなければならないこ
とが法律上も明示されているものについて,裁判所がこれを裁判規範として
使ってはならないということと同じであり,相当ではない。
7直接適用可能性に関する結論
以上によれば,WTO農業協定は,我が国において直接適用可能性を有して
おり,法律の定める関税の仕組みがWTO農業協定4条2項で禁止される制度
に該当する場合,同項が直接適用されて,当該仕組みが無効化されるのである。
第2本件差額関税制度は農業協定4条2項に違背すること
1本件差額関税制度は,通常の関税に該当しないこと
「通常の関税」とは,従量税,従価税又はその組合せをいうところ,本件差
額関税制度のうちの関税として基準輸入価格と課税価格の差額を課すという部
分は,従量税率でもなければ,従価税率でもないから,上記の部分は,「通常の
関税」ではなく,「通常の関税に転換することが要求された措置その他これに類
するいかなる措置(注)も維持し,とり又は再びとってはならない。」と定める
WTO農業協定4条2項に違背する。従量税が適用になる部分の税率の引下げ
が自主的に行われたものであったとしても,従量税であったものが従量税でな
くなったとすれば,その関税は,従量税,従価税又はその組み合わせではなく
なり,通常の関税ではないということになる。
なお,WTO協定の一部である我が国の譲許税率表には,関税として基準輸
入価格と課税価格の差額を課すという部分に関する記載は一切ないのであって,
当該部分は従量税率がそのまま適用される表現になっている。したがって,現
行の本件差額関税制度は,日本国の譲許表と異なっており,外見的にも実際的
にも我が国は国際的に二枚舌を使った結果となっている。
2本件差額関税制度は最低輸入価格又は可変輸入課徴金に該当すること
(1)WTO農業協定4条2項は,可変輸入課徴金や最低輸入価格を禁止してい
る。①可変輸入課徴金とは,基準価格(境界価格)と国際価格(輸入価格)
との差額を調整金として徴収するものであり,国際価格が変動すると調整金
の額も変動するために,可変輸入課徴金という呼称が与えられる。EU(欧
州連合)は,ウルグアイ・ラウンド合意に基づいて可変課徴金を廃止して,
一般関税に移行したことは周知のとおりである。また,②最低輸入価格と
は,一般に輸入産品の輸入価格と特定の価格限界との差額を関税額とするも
のであって,当該特定の輸入産品が当該価格限界を下回って国内市場に侵入
することのないようにする措置である。
(2)本件差額関税制度は,課税価格と基準輸入価格の差額を関税として賦課す
るというものであり,基準輸入価格が特定の価格限界としての機能を有して
いることからすると,WTO農業協定4条2項の(注)が,特に掲名して禁
じている最低輸入価格に該当することは明らかである。
すなわち,1995年にWTOが発足し,新たにWTO農業協定によって
農産物についても関税化が導入されるまでは,我が国では海外の安い豚肉の
輸入により畜産農家が損害を受けないように,国内価格を参考にして基準価
格を設け,輸入肉がこれより低い価格で輸入されるときは,基準価格との差
額を関税として徴収することによって,輸入肉が国内市場に出る時は国内産
肉と競争関係に立つように操作されていた。これが農業産品の関税化を規定
したWTO農業協定4条2項の(注)が禁止する輸入数量制限,可変輸入課
徴金,最低輸入価格,裁量的輸入許可等のうち可変輸入課徴金ないし最低輸
入価格に当たるとされることを予期して,対策として考案されたのが,従量
税による関税化による譲許を得た上,これを一方的に一定額まで免除して実
質的に従前の差額関税制度を維持するという解決策であったことは明らかで
ある。
そして,関税化に当たって従価税とするか従量税とするかはWTO加盟国
が自由に決められることであり,譲許表に記載すれば特に他の加盟国から異
議が出て交渉の対象とならない限り,そのまま承認される。我が国が提示し
た1kgにつき482円という従量税はそのままでは極端に高い国内価格を
もたらすことになるため,豚肉輸出国の反発を招くのみならず,国内的にも
実行不可能である。そこで,基準価格を超える税額を免除するということで
関係国の了承を得たとされているが,結果は従前の制度とほとんど異ならな
いこととなった。
(3)本件差額関税制度には,わずかながら従量税となっている部分はあるもの
の,部分肉の輸入価格が1kgにつき64.53円以下の豚肉などはあり得な
いことであって,輸入実績も皆無であるのであるから,従量税部分の存在を
理由として本件差額関税制度がWTO農業協定4条2項の(注)に規定され
た最低輸入価格に該当しないなどということはできない。
(4)そうすると,本件差額関税制度がWTO農業協定4条2項に違背すること
が明らかである。
これは,平成12年農林水産省文書「WTO農業交渉の課題と論点」や農
林水産省食肉鶏卵課長による「わが国における最近の食肉需給動向と今後の
見通し」という講演の講演録が収録された「自由化後の牛肉流通食肉研究
会編」において,本件差額関税制度がWTO農業協定が締結される以前の差
額関税制度を維持又は復活したものであると述べられていることからも明ら
かである。
(5)そして,我が国の実定法秩序において,条約は法律に優越するから,関税
暫定措置法の定める本件差額関税制度のうち,関税として基準価格と課税価
格の差額を課すとする部分の規定は,WTO農業協定4条2項に違背するの
であるから,無効である。
3被告の主張に対する反論等
(1)現行の本件差額関税制度がWTO協定の発効後も残存していることがW
TO協定農業協定に違反しないことを意味しないこと
アWTO農業協定4条2項に違反する本件差額関税制度が,同項の発効後
も残存できたのは,当時の農水省による国内外に対する欺罔的説明がされ
たからである。
イGATTウルグアイ・ラウンドにおいて食肉類についての交渉に当たっ
た当時の担当官である食肉鶏卵課長は,講演資料として使用された別紙6
「図面目録」記載⑥の4つの図により,自分がいかにして各国の担当者を
欺罔して,廃止したはずの豚肉の差額関税制度を復活させたかを詳しく説
明している。
(ア)上記の4つの図のうちの左上の図が,GATTウルグアイ・ラウン
ド交渉が妥結するまでに施行されていた豚肉の差額関税制度であり,1
993年当時の分岐点460円よりも低い価格で輸入された豚肉は,す
べて差額関税の下にあった。
ところが,このような差額関税制度は,1kgにつき482.5円を最
低輸入価格とする最低価格輸入制度以外の何ものでもあり得ない。これ
はGATTウルグアイ・ラウンドの合意の禁じるところである。認めら
れるものは,従価税率か,従量税率か,それらの混合でしかない。
(イ)そこで,当時の農林水産省が考えて我が国の譲許税率表として提出
したものは,前記の4つの図のうちの左下の図のような従価税率と従量
税率の組合せであった。なお,譲許税率とは,関税についてはここまで
引き下げるという国際約束のことを言う。
(ウ)我が国の譲許表もWTO協定の不可分の一部であり,従って,国際
条約であり,憲法98条2項に従って遵守する義務を負うものである。
(エ)しかしながら,前記の左下の図に見るように,譲許税率表を図に直
して見ると,不自然なぎざぎざがある税率構造になってしまう。
(オ)そこで,農林水産省は,前記の4つの図のうちの右下図のように従
量税部分の突出した部分を切り取って,なめらかな折れ線グラフにする
という説明を編み出した。切り取った部分については,譲許税率表より
は関税負担が減少しているのであるから,国際条約に違反したことには
ならないという説明がつけられている。
ウところが,上記のような説明は,単なる詭弁でしかない。すなわち,減
税であろうとなかろうと,結果として生じている折れ線グラフのフラット
な部分は,WTO農業協定4条2項の(注)が明文で禁じている最低輸入
価格となっている。あるいは少なくとも,同項本文のいう「通常の関税」
ではない。すなわち,説明の仕方をどのように工夫しようとも,本件差額
関税制度は結果としてWTO農業協定4条2項違反なのである。しかも,
同項本文の末尾には,わざわざ「又は再びとってはならない。」とまで記さ
れているところである。
エそもそも,譲許税率表に示した従量税の定め方が,あらかじめ差額関税
部分を生じてしまうような税率であって,左下図のぎざぎざを生じてしま
うようなことを仕組むから,このような減税という説明をすることが可能
になるのである。当初から,きちんとした従量税率の定め方をしておけば,
ぎざぎざを生じる必要もなく,そうすればぎざぎざを取るために減税をす
る必要もなく,減税をした結果として最低輸入価格制度を作出するという
事態にはならなかったのである。
オなお,現在では,このような差額関税制度があるのも,豚肉ただ一つに
ついてのみである。
このことは,本件差額関税制度が,いかに異常な関税であり,決して「通
常の関税」の範疇には入らないことを示す証左でもある。
(2)WTO加盟国に対する通知はWTO農業協定4条2項違反の瑕疵を治癒
するものではないこと
ア譲許表記載の関税からその一部を免除した実行税率への変更については,
我が国の政府からWTOに報告がなされ,1995年2月28日付けでW
TO加盟国に対する通知(以下「本件通知」という。)もされている。
イ本件通知は,1994年12月27日に我が国の政府代表部からGAT
T事務局に提出され,WTO協定成立後の1995年2月16日付けで一
定範囲に配布されたことが窺える「L/7621」と題されるGATTの頭書が
ある書面であると考えられるところ,そこでは,「ゲート・プライス」を将
来引き下げることが約されているとともに,そのゲート・プライスより低
い価格による輸入豚肉については,譲許関税額を超えない従量税(specifi
cduty)を課すると述べられているだけで,具体的な適用税率については
何も述べていない。実際問題として,その内容を具体的な「税率」として
表示することは不可能で,「ゲート・プライスと輸入価格の差額に相当する
関税」と言わざるとえず,これは従量税として正確に表示できない性質の
ものである。
また,本件通知のもととなったのは,P7駐米大使からP8通商代表に
提出されたとされる書簡の「附属書2:豚肉に関する措置」のようである
が,その(5)には,「1994年の関税及び貿易に関する一般協定に付属す
る日本国の譲許表に規定されている適用のある関税率よりも高くない税率
の従量税を適用する」と記載されており,WTOに提出されたとされる上
記書面はその翻訳と見て取れる。このP7大使の書面は平成6年10月2
1日閣議決定案「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定に付属される農
業に関する協定の実施に関連する我が国政府の措置等について」と題する
書面に付された別紙1とされているので,同じ頃に作成され,P8通商代
表に手交されたと推測される。
ウしかしながら,そもそも,譲許税率より低い実行税率を採用することは
日常的なことであって,「通知」しなければできないことではないから,本
件通知はWTOにおいて何ら実体法上の効果を持つことのない単なる通知
文書にすぎず,本件通知が加盟国に対してされたとしても,関税暫定措置
法2条2項及び同法別表第1の3の豚肉に係る部分がWTO違反であるこ
とは,何ら治癒されるものではない。
エまた,本件通知では,その2(5)において,「GP(=分岐点価格のこと)
の水準未満のc.i.f価格で輸入される豚肉及び豚肉加工品について,日本
国政府は,…日本国の譲許表において規定されている適用のある関税率よ
りも高くない税率の従量税を適用する」と記載されている。
しかしながら,「GP」の水準未満の現行の豚肉に係る我が国の関税制
度は,1kgにつき48.9円(WTO成立当時は1kgにつき58円)
以下の枝肉については従量税を,そして,1kgにつき48.9円からG
Pまでの枝肉については基準輸入価格と輸入価格との差額の関税を課すと
いう内容になっている。
このうち,1kgにつき48.9円(WTO成立当時は1kgにつき5
8円)以下で輸入される枝肉は現実には存在せず,取引される蓋然性もゼ
ロというほかないから,この部分の存在により,本件差額関税制度が最低
輸入価格を定めたものではないということはできない。
また,基準輸入価格と輸入価格との差額を関税として課す部分について
は,そもそも「基準輸入価格と輸入価格との差額」という形でしか,税率
を表現することはできず,これを「従量税」として表示することは不可能
である。
つまり,本件通知は,現実には「従量税」なるものを課すことはないに
もかかわらず,言葉の記載上「譲許表において規定されている…関税率よ
りも高くない税率の従量税を適用する」との欺瞞的表現を行うことで,各
国に対し,あたかも,我が国は豚肉に対して従量税を課すかのように欺罔
行為を行ったものなのである。
このような我が国の行為は,各国を欺罔するものとして,国際的に許さ
れることのない暴挙と言わざるを得ない。
(3)譲許関税額よりも低くてもWTO農業協定への適合性は別途問題とされ
るべきこと
ア譲許税率は上限を定めるものであるから,譲許税率を下回る税率を採用
することは認められる。
イしかしながら,自由競争市場というものは,品質と価格による競争が保
障されて初めて実現されるものである。これは,独占禁止法を学ぶ際の初
歩であり,同法が定められている我が国では,既に公知の事実である。裏
を返せば,品質と価格による競争が阻害されれば,自由競争市場は歪めら
れてしまうということである。
この点,無論,関税は,国内業者保護のために,輸入産品の価格にハン
ディキャップを負わせるものであるから,元来,価格競争を歪める効果を
持っている。
しかしながら,従量税,従価税の場合には,国外の業者が価格の引き下
げをすれば,「輸入価格+関税」の合計額は,原則,それに併せて何かし
らは下がり,従量税,従価税の下では,価格引き下げ努力が完全に無効化
されることは原則としてなく,国内業者は,国外業者による不断の価格引
き下げ圧力に晒されるし,また,国外業者同士も,当該域内において価格
競争を繰り広げることになるものである。このように,従価税,従量税は,
価格競争を歪ませるといっても,その歪みの程度は,そこまで大きくはな
いものである。そうであるからこそウルグアイ・ラウンドの農業交渉では
「関税化」即ち「従量税又は従価税のみを認める」という理念が掲げられ
て,例外を一切認めないこととしたのである。
これに対して,最低輸入価格制度の場合,当該最低輸入価格から価格の
引下げを行っても,その引下げ分が全て関税として賦課されるため,「輸
入価格+関税」の合計額は変わらないことになってしまう。つまり,同制
度は,国外業者の引下げ努力を,完全に無効化してしまう。その結果,国
内業者は,国外業者相互間の不断の価格引下げ圧力に晒されることがなく
なってしまい,また,国外業者同士も,差額関税制度を採用する輸出相手
国に関しては価格競争を行う意義を失うことになってしまうのである。
このように,最低輸入価格制度は,国内業者と国外業者の価格競争及び
国外業者同士の価格競争を歪ませる程度が極めて大きいことから,WTO
農業協定4条2項は,特に明示的に最低輸入価格制度を制度として採用す
ることを禁止しているのである。
ウ以上のとおり,最低輸入価格制度がWTO農業協定4条2項によって禁
止されるのは,関税額の多寡ではなく,上記イで述べたとおり,同制度自
体が内包する極度の市場歪曲性にあるから,関税額が譲許表より低いこと
は最低輸入価格制度の内包する市場歪曲性を何ら治癒するものではなく,
譲許表より低い関税額を定めている最低輸入価格制度も,市場を大きく歪
曲するものであるから,やはりWTO農業協定4条2項違反となるもので
ある。
なお,チリ・プライスバンド事件では,チリ政府が最初に採用した関税
の計算方法によれば,場合によって関税額が譲許関税額を超える場合があ
ったところ,これが違法であるとされたことから,チリ政府は法律を改正
し,関税額はどんな場合も譲許額を超えないものとすると定めたが,これ
について再び争われた事件(いわゆる21.5条事件)において,WTO上級
委員会は,関税額が譲許額を超えないとしてもWTO農業協定違反を治癒
するものではないと判断している。
第3結論
1現行関税暫定措置法の定める本件差額関税制度が無効である場合に適用され
るべき関税率
関税には,国定税率と協定税率とがある。国定税率の方が低い場合,協定税
率ではなく,国定税率が適用される(これを国際租税法の領域では,プリザベ
ーション・クローズという場合がある。)。
そして,我が国において,国定税率を定める一般法は関税定率法であり,関
税暫定措置法はその一般法に対する特別法であるから,特別法たる関税暫定措
置法が無効であるということになると,特別法の存在によって施行が封じられ
ていた一般法が適用になる。
この点,一般法である関税定率法の定める豚肉の関税率は,関税定率法3条
及び関税定率法別表によって,例えば0203項11号2について,5%と定
められており,日本国の譲許表のぎざぎざ様の協定税率と比較するとき,国定
税率である5%の従価税率は,分岐点価格以上の輸入価格を除けば,譲許税率
より低いのであるから,国定税率である5%が適用になる。
2本件の場合
そこで,本件の場合についてこれをみると,本件各更正処分における納付す
べき関税の額はすべて誤りであることが明らかである。
3結論
よって,本件各更正処分等は取り消されなければならない。
以上
(別紙9)
被告の主張
第1WTO農業協定4条2項には直接適用可能性(裁判規範性)が認められない
こと
1はじめに
(1)本件においてWTO農業協定4条2項を裁判規範として用いるためには,
同条項に直接適用可能性が認められなければならないこと
ア被告の主張
被告は,本件において,国内の司法裁判所がある事項を判断するに当た
り直接適用して結論を導き出すことができる法規範という意味で「裁判規
範」という語を用いている。また,被告は,本件において,ある条項が「直
接適用可能」であれば,同条項には上記の意味における裁判規範性が認め
られるという関係に立つことを意味するものとして「直接適用可能」とい
う語を用いている。
したがって,本件差額関税制度の有効性を判断するに当たり,WTO農
業協定4条2項を裁判規範として用いるためには,同条項に直接適用可能
性が認められなければならない。
なお,我が国において国会による承認を経て締結し公布された条約は,
憲法98条2項,7条1号により国内的効力を有し,法律に優位すると解
されている。しかし,これは,我が国の憲法体制においては,条約が他に
特段の立法措置を講ずるまでもなく我が国の法体系に受け容れられること
(すなわち自動的に受容されること)を意味しているにとどまるから(条
約の国内的効力の問題),個々の国民が条約を直接の法的根拠として具体
的な権利ないし法的地位を主張したり,あるいは,裁判所が法的紛争を解
決するに当たり条約を直接適用して結論を導いたりすることが可能かとい
う問題(条約の直接適用可能性の問題)は,条約の国内的効力の問題とは
別途検討する必要がある(東京高裁平成5年3月5日判決・判例時報14
66号40頁,東京高裁平成25年11月27日判決(以下「東京高裁平
成25年判決」という。)。
イ原告の主張に対する反論
(ア)上記アに関し,原告は,憲法は「憲法-条約-法律というハイアラ
ーキー」を定めているから,「ある条約条項が直接適用可能ではなく,
法律によって国内法化されている場合を考えて,当該条約条項を国内法
化する法律が,当該条約条項に違反した内容になっているのではないか
ということを裁判所において判断することができるか否か(すなわち,
裁判規範性)についても『直接適用可能性とイコールという理由で裁判
規範性がない』という趣旨までをも含む言明であるとすれば,それは短
絡的である」,「直接適用可能でなくとも,法律の条約適合性を判断す
る裁判規範として位置付けることは可能である」などと主張し,その実
例として,租税条約における限度税率を例に挙げる。
(イ)しかし,原告は,一般的に条約が国内法に優位すると解されている
ことを強調するが,原告が提出した証拠においても,一般的に条約が国
内法に優位すると解されていることと,当該条約に直接適用可能性が認
められることとの間には何らの論理的関連性もないことが述べられてい
る。
(ウ)したがって,原告の上記主張はいずれも理由がない。
(2)直接適用可能性の判断基準(要件)について
条約は,国際法の一形式であるが,これを締結するのは国家であって,国
家間の権利義務関係を定立することを主眼とする。このため,条約が直接国
内法上の効果を期待し,国民に権利を与え義務を課すことをも目的とする場
合には,原則として,その目的を達成するため国家機関に立法義務を課し又
は行政措置を執ることを命じ,これを受けて,立法機関が法律を制定し,ま
た,行政機関が法令に基づきその権限内にある事項について行政措置を執る
ことになる。したがって,条約の内容が私人相互間又は私人と国家間の法律
関係に適用可能なものとして裁判所等の国家機関を拘束するためには,原則
として,上記のような国内措置による補完が必要であり,現にそのような国
内法が多数制定されている。
これに対し,例外的に,条約の規定がそのままの形で国内的に直接適用し
得ると判断される場合がある。いかなる場合に条約の直接適用が可能となる
かについては,一般に,「第一に『主観的要件』として,条約の作成・実施
の過程の事情により,私人の権利義務を定め直接に国内裁判所で執行可能な
内容のものにするという,条約締結国の意思が確認できること」,「第二に
『客観的要件』として,私人の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定
められていて,その内容を具体化する法令にまつまでもなく国内的に執行可
能な条約規定であること」を考慮して判断せざるを得ないとか,内容が明確
かつ具体的で国家の裁量の余地がない条約(規定)であることを要するなど
とされている。
よって,ある条約の規定を国内裁判所において直接裁判規範として適用す
るためには,①条約締結国の国内裁判所で執行可能なものにするという条
約条約締結国の具体的な意思が確認できること(主観的基準),及び,②そ
の内容を具体化する法令を待つまでもなく国内で直接適用できるだけの具体
性及び明確性があること(客観的基準)を要すると考えられる。
2WTO農業協定4条2項は直接適用可能性に関する主観的基準を満たさない
こと
(1)被告の主張
前記1(2)で述べたとおり,条約の直接適用可能性についての主観的基準
(要件)を満たすためには,条約締結国の国内においてまで,当該条約にお
ける個人の権利義務や規制等をそのまま創設するという条約締結国の意思が
確認できることが必要である。
しかるに,我が国は,WTO協定の交渉過程において,WTO農業協定4
条2項の直接適用可能性について議論されたとは認識しておらず,WTO協
定の関連規定の内容やその交渉経緯,WTO農業協定4条2項の国内実施措
置等によれば,我が国が,WTO農業協定4条2項について,私人に対し,
「通常の関税」に当たらない国境措置を適用されない権利を認めてこれを直
接に国内裁判所で執行可能にするなどという意思を有していなかったことは
明らかである。
したがって,WTO農業協定4条2項は直接適用可能性に関する主観的基
準を満たさない。
その要点は以下のとおりである。
アWTO農業協定はWTO協定の一部であるところ,WTO協定は,加盟
国間の国際貿易関係を規律し,多角的貿易体制の基礎を成す基本原則を維
持するとともに同体制の基本目的を達成するものとして位置づけられてお
り,各加盟国に対して,自国の法令等をWTO農業協定を含む附属書の定
める義務に適合したものとすることを義務付けている。これによれば,W
TO農業協定4条2項は,私人の権利義務を定め,また,それが直接適用
されることを予定しているとはいい難い。
また,WTO協定を巡る紛争については,第一次的には加盟国間の協議
や交渉によって解決が図られることが予定されている上,WTO紛争解決
手続による救済は,加盟国による対象協定に適合しない措置の撤回によっ
て図られ,私人に対する損害賠償等は想定されていない。WTO協定にお
ける紛争解決手続は,飽くまで加盟国間の紛争解決のための場を提供する
ものであり,私人が関与することは想定されていない。
以上のとおり,WTO協定の性格やその関連規定の内容を検討すると,
WTO農業協定4条2項は加盟国に直接適用されることを予定していな
いものと考えるのが自然である。
イ世界貿易機関(以下「WTO」という。)の主要加盟国であるアメリカ
合衆国(以下「米国」という。)及びヨーロッパ共同体(以下「EU」と
いう。)では,WTO協定の締結当初から,WTO協定は国内において直
接適用可能性がないものとして取り扱われていることが認められ,主要加
盟国においては,当初から,WTO協定は原則として直接適用可能性がな
いものとして理解されていたことがうかがわれる。そして,我が国は,W
TO農業協定4条2項の交渉過程において,その直接適用可能性が加盟国
間で議論されたとも認識していない。そうすると,同規定に直接適用可能
性が認められないことは,加盟国間においても前提とされていたことがう
かがわれる。
ウまた,WTO農業協定の作成経緯を踏まえると,市場アクセスについて
定めるWTO農業協定4条2項の趣旨は,農産品貿易に係る国際的な規律
を強化する目的の下,締約国に対して特例措置を適用したものを除き通常
の関税以外の国境措置を包括的に関税化する国際法上の義務を負わせるこ
とを規定するものであり,私人の権利義務に着目したものとはいえない。
以上のとおり,WTO農業協定4条2項の性格やその規定内容から見て
も,我が国が,WTO農業協定4条2項が私人に対し「通常の関税」に当
たらない国境措置を適用されない権利を認めてこれを直接に国内裁判所
で執行可能にするなどという意思を有していたことをうかがわせる事情
は認められない。
エさらに,我が国による条約の締結に当たっては,一般的に,当該条約上
の義務を国内的に実施し得る体制が整っていることが締結の前提であり,
そのために国内立法措置が必要であれば,かかる措置を執った上で条約を
締結することとされているから,条約を締結するに当たり,当該条約上の
義務を実施するための国内立法措置が執られている場合には,一般的に,
我が国において,当該義務につき直接適用することは想定されていないと
いうべきである。
しかるに,我が国がWTO協定を締結するに当たっては,WTO協定を
国内的に実施するための国内措置を執ることが必要とされ,WTO農業協
定4条2項が関係する関税化については,その実施のため,関税定率法等
の改正,加工原料乳生産者補給金等暫定措置法の改正,主要食糧の需給・
価格安定法の制定等の立法措置が執られた。
このように,WTO協定の締結に当たっては,WTO農業協定4条2項
の実施に関連して関税定率法等の改正等の立法措置が執られたほか,同項
の直接適用可能性について国会等において議論が行われたことも確認さ
れていない。
オ以上のとおり,WTO協定の性格やその関連規定の内容,他の主要加盟
国におけるWTO農業協定を含むWTO協定の取扱い,WTO農業協定4
条2項の性格及び規定内容並びにその国内実施に関連する措置等に照らし
ても,我が国が,WTO農業協定4条2項について,私人に対し,「通常
の関税」に当たらない国境措置を適用されない権利を認めてこれを直接に
国内裁判所で執行可能にするなどという意思を有していなかったことは明
らかである。
(2)原告の主張に対する反論
ア原告は,条約の直接適用可能性が認められるための主観的基準として,
条約締結国による私人の権利義務を創設する意思が必要であるという主張
について,前近代的なものであるなどと主張する。そして,直接適用可能
性が認められていることに争いがない譲許表を例に挙げ,これは個人の権
利義務を創設するものではないから被告の主張によると直接適用可能性は
認められないはずであるから,被告は自己矛盾に陥っているなどと主張す
る。
しかしながら,前記のとおり,条約は,原則として国家間の権利義務関
係を定めるものであるから,我が国において条約の内容が私人相互間又は
私人と国家間の法律関係に適用可能なものとして裁判所等の国家機関を
拘束するためには,原則として国内措置が必要であるとされている。例外
的に,当該条約について国内措置が執られていなくとも,直接に国内裁判
所で執行可能な内容のものとする国家の意思が認められる場合には,国内
裁判所でこれを執行したとしても,立法や行政による裁量権の行使を制約
することはないとされている。
そして,被告は,上記の観点から,我が国が,WTO農業協定4条2項
について,私人に対し,「通常の関税」に当たらない国境措置を適用され
ない権利を認めてこれを直接国内裁判所で執行可能にするなどという意
思を有していたとはいえないから,同条項に直接適用可能性を認めること
はできないと主張したものである。すなわち,被告は,主観的基準(要件)
として,「条約締結国による私人の権利義務の創設の意思」が必要である
などと主張しているのではなく,「国内措置なしに国内裁判所で執行可能
にする意思」が必要であると主張したものである。そして,本件において,
国内裁判所がWTO農業協定4条2項を裁判規範として用いて本件差額
関税制度の効力を判断できるということは,実質的には,我が国が,同条
項について,私人に対し「通常の関税」に当たらない国境措置を適用され
ない権利を認め,これを国内措置なしに国内裁判所で執行可能とする意思
を有していたということができるところ,被告は,前記(1)のとおり,W
TO農業協定4条2項の性格等に鑑みると,我が国がこのような意思を有
していたとはいえないと主張したものである。
したがって,原告の上記主張は,被告の主張を正解しない誤ったもので
あって,理由がない。
イまた,原告は,直接適用可能性の主観的基準として,条約締結国の積極
的な意思を要求する見解は,結果として,他国の主権行使を不当に制約す
ることになるなどと主張する。
しかし,本件で問題となっている条約の直接適用可能性とは,条約を直
接の法的根拠として,個々の国民が具体的な権利ないし法的地位を主張し
たり,あるいは,国内の司法裁判所が法的紛争を解決するに当たり条約を
直接適用して結論を導き出したりすることができるか否かという問題で
あり,これは純粋な国内問題である。
したがって,直接適用可能性の主観的基準として,我が国の積極的な意
思を要求することは,他国の主権行使と何ら関係がなく,原告の上記主張
は理由がない。
ウさらに,原告は,条約締結国の意思は直接適用可能性を排除する基準と
してのみ機能すると主張するが,条約は原則として,国家と国家の権利義
務関係を定めるにすぎず,国民の権利等を直接創設するものではないとい
う国際法上の原則からすれば,やはり,条約が直接適用可能であるかどう
かは,厳格に考える必要があり,条約の規定を国内的に直接適用するため
には,条約締結国の国内においてまで,当該条約における国民の権利義務
や規制等をそのまま創設するという条約締結国の意思が確認できることが
必要である。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
エ以上のとおり,原告の直接適用可能性の主観的基準に係る主張は,その
前提において誤りがあるから,原告が主張するところの「直接適用可能性
についての2つの要件」及びこれに基づく本件への当てはめもまた,誤っ
ている。
オその他,原告は,我が国においてWTO農業協定4条2項の直接適用可
能性を排除する意思がないなどと主張し,その理由として,条約が法律に
優先するという公定解釈が存在し,また,我が国は,関税に関する事項に
ついて直接適用可能性を積極的に認めていこうとする国内法制を採ってい
るなどとも主張する。
しかし,前記1(1)アのとおり,一般的に条約が国内法に優位すると解さ
れていることは,当該条約に直接適用可能性が認められることと何ら論理
的関連性がない。また,原告が言及する関税法3条ただし書は,直接適用
可能性が認められる条約の規定は直接適用するということを注意的に定め
た規定(確認規定)にすぎないから,直接適用可能性を積極的に認めた規
定といえないことは明らかである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
カまた,原告は,①「直接適用がある条約条項について国内法化する立
法があったからといって,直接適用が排除されることにはならない」から,
WTO農業協定4条2項の国内法化措置が行われているのであれば,直接
適用は問題とならないとする被告の主張は失当であり,また,②同項の
国内法化措置について裁判所が同項を裁判規範として用いて条約違反との
判断をすることに何らの障害もないなどと主張する。
しかし,被告は,上記①について,我が国がWTO農業協定を含むWT
O協定を締結するに当たり,WTO農業協定4条2項に関する義務を国内
的に実施するための立法措置を執っているから,WTO農業協定4条2項
を直接適用可能とする意思があったとはいえないと主張したものであり,
WTO農業協定4条2項そのものが別途「国内法化」されたと主張してい
るものではない。そうすると,WTO農業協定4条2項そのものが別途「国
内法化」されたことを前提とする原告の上記①及び②の主張は,被告の主
張を正解しておらず,その前提において誤っており,失当である。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
3WTO農業協定4条2項は直接適用可能性に関する客観的基準(要件)を満
たさないこと
(1)被告の主張
ア権力分立の原則によれば,法の定立は原則として立法府の権限であり,
司法府が不明確で国家に広い裁量の余地を残している条約の規定を直接適
用すると,実質的に司法府が法の定立をすることになり,立法府の権限を
侵害することになるなどとされている。これによれば,一般的抽象的な概
念を含んでいる条約の規定は,一般的には国家に合理的な裁量の余地を残
していると解されることから,いわゆる客観的基準に基づけば具体性及び
明確性を欠き,国内的に直接適用できる規定であるということはできない。
すなわち,条約の規定を国内的に直接適用するためには,当該規定の文
言につき条約解釈の原則に従って解釈した上で,そのまま国内的に適用で
きる程度に明確であることが必要である。条約解釈の原則に従って解釈し
たとしても依然として規定の意味内容が不明確であるもの(一般的抽象的
な概念を含んでいる場合など,国家に裁量の余地を残す規定であると解さ
れるようなものを含む。)は,いわゆる客観的基準における明確性を欠く
ことになる。
イこの点,WTO農業協定4条2項をみると,同項は,「通常の関税に転
換することが要求された措置」を禁止しており,これに該当する措置がど
のようなものであるかについて,その(注)で,「…最低輸入価格…その
他これらに類する通常の関税以外の国境措置…が含まれる」と例示してい
る。WTO農業協定は条約であるから,前記アで述べたとおり,条約解釈
の原則に従って「文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる
用語の通常の意味に従い」解釈されなくてはならないところ(条約法条約
31条1項),WTO農業協定4条2項によって禁止される措置は,その
(注)に例示が置かれているものの,こうした措置を特定するための明確
な基準はどの条文にも含まれていないため,これらの意義は明確でないと
いわざるを得ない。
2006年の第2次チリ価格帯事件における小委員会(パネル)報告は,
上記のような条約解釈の原則を踏まえて,「最低輸入価格」の一応の定義
を示しているが,当該措置に該当するか否かを判断するための明確な基準
までも解釈により示すことは困難である。すなわち,第1次及び第2次チ
リ価格帯事件の小委員会や上級委員会において,条約法条約に規定された
解釈の原則に従って判断してもその解釈が分かれたように,WTO農業協
定4条2項の趣旨目的に照らして解釈してもなお,「通常の関税に転換す
ることが要求された措置その他これに類するいかなる措置」,さらには「…
可変輸入課徴金,最低輸入価格,…これらに類する通常の関税以外の国境
措置」について完全に具体的かつ明確な解釈を確定させることは困難であ
るといわざるを得ない。
ウまた,上記のとおり,国家に合理的な裁量の余地を残していると解され
る規定は国内的に直接適用できないと解されるところ,WTO農業協定4
条2項は,これに違反した場合の効果については何ら定めていないから,
その効果は一義的に明らかでなく,加盟国の裁量に委ねられていると解さ
れる。
エ以上によれば,条約解釈の原則に従って解釈したとしても,WTO農業
協定4条2項の規定内容が,当該内容を具体化する法令を待つまでもなく
国内で直接適用できるだけの具体性及び明確性を有するとは認められない。
(2)原告の主張に対する反論
原告は,WTO農業協定4条2項が「最低輸入価格を維持し,とり又は再
びとってはならない」と規定していることに疑義を挟む余地はない上,「最
低輸入価格」の定義についても一切争いがない,一義的に明確なものである
とし,同項は国内法として直接適用可能な程度に規定内容が明確である旨主
張する。
しかし,上記のとおり,「最低輸入価格」の意義は,WTOの紛争解決手
続における小委員会及び上級委員会による判断でも一応の定義が示されてい
るにとどまる上,第1次及び第2次チリ価格帯事件においても,チリの価格
帯制度の最低輸入価格該当性について判断するに当たり,この定義に該当す
るか否かが決め手とされていたものでもない。WTO農業協定4条2項は,
通常の関税に転換することを要求された措置等を執ってはいけないという意
味では明確であるものの,かかる措置の内容は一義的に明確ではないのであ
る。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
4まとめ
以上のとおり,WTO農業協定4条2項を裁判規範として用いるためには,
同条項に直接適用可能性が認められなければならないところ,直接適用可能性
は,主観的基準及び客観的基準を満たすか否かを踏まえて判断されるべきであ
る。
そして,主観的基準を満たすためには,条約締結国の国内においてまで,当
該条約の規定を直接適用するという条約締結国の意思が確認できる必要がある
ところ,WTO農業協定4条2項の関連規定の内容やその交渉経緯等によれば,
我が国が,WTO農業協定4条2項について,個人の権利義務や規制等をその
まま創設したり,同条項を直接適用したりする意思を有していなかったことは
明らかであるから,主観的基準を満たさないといえる。また,WTO農業協定
4条2項の規定内容は,当該内容を具体化する法令を待つまでもなく国内で直
接適用できるだけの具体性及び明確性を有するとも認められないから,客観的
基準も満たさないといえる。
したがって,WTO農業協定4条2項には直接適用可能性が認められないか
ら,これを裁判規範として用いることはできない。
第2本件差額関税制度はWTO農業協定4条2項に適合していること
1被告の主張
(1)WTO農業協定4条2項の解釈について
ア条約の解釈については条約法条約31条及び32条で定められていると
ころ,条約の規定を適用する上では,当該規定の文言につき,上記条約解
釈の原則に従って解釈する必要がある。
イまず,WTO農業協定4条2項は「通常の関税」に当たらない措置を禁
止したものであるところ,この「通常の関税」をその用語が用いられてい
た通常の意味や経緯等に従って解釈すると,「従量税,従価税又はその組
合せの形式で譲許されたもの」をいうと解される。第1次チリ価格帯事件
の上級委員会も,「通常の関税」とは「従価税又は従量税(又はその組合
せ)の形式をとるもの」であるとして,同様に解している。
したがって,関税という「税」の形式で課税されていたとしても,それ
が「従量税,従価税又はその組合せの形式で譲許」されていない措置は,
そもそも「通常の関税」に当たらないから,WTO農業協定4条2項に適
合しない。
ウ次に,WTO農業協定4条2項の趣旨目的は,加盟国において従来様々
な非関税措置によって農業貿易が阻害されてきた状況を踏まえ,農業保護
のためには専ら関税による保護だけが許されるとして,貿易障壁をより透
明にするとともに障壁の高さの測定を容易にし,農産品についての市場ア
クセスを改善しようとした点(関税化)にある。
この点について,第1次チリ価格帯事件の上級委員会は,チリの価格帯
制度がWTO農業協定4条2項に適合しているか否かを判断するに当たり,
「経験的根拠に基づくアプローチ」を行って,「注1に記載された全ての
国境措置が,通常の関税が行う方法と違った方法で,農産物輸入の量を規
制し,価格を歪曲する共通の目的と効果を持っていることに注目する。さ
らに,これら措置の全てが,また,共通して,国内価格を海外価格変動か
ら切り離し,したがって,海外価格の国内市場への伝達を妨げている。」
(パラ227)と述べ,その上で,チリの価格帯制度は,透明性や予測可
能性を著しく欠く手段を採用しており,いずれも輸入量規制効果及び価格
伝達阻害効果を持っているとして,WTO農業協定4条2項に適合しない
と判断している。そして,同上級委員会が,「…透明性の欠如及び税水準
の予測可能性の欠如は,輸入量規制をもたらす。(中略)また,海外価格
の国内市場への伝達を妨げて輸入価格の歪曲の一因となる。」と判断して
いることに鑑みると,当該措置が実質的に透明性及び予測可能性を著しく
欠いている場合には,通常であれば,輸入量規制効果及び価格伝達阻害効
果があるということができる。
したがって,上述した「通常の関税」の形式を満たす措置であっても,
実質的に見て透明性及び予測可能性を著しく欠いている場合には,WTO
農業協定4条2項の趣旨目的に反し,同条項に適合しないと考えられる。
エ以上の点をまとめると,WTO農業協定4条2項の解釈については,①
関税という「税」の形式で課税されていたとしても,それが「従量税,従
価税又はその組合せの形式で譲許」されていない措置は,そもそも「通常
の関税」ではない。また,「通常の」関税の形式を採るものであっても,
②実質的に見て,関税化の特質である透明性及び予測可能性を著しく欠
いている場合には,WTO農業協定4条2項の趣旨目的に反し,同条項に
適合しないということができる。
なお,第1次及び第2次チリ価格帯事件の上級委員会は,チリの価格帯
制度が透明性及び予測可能性を著しく欠いていることを認めた上で,その
効果にも言及しているが,これは,WTO農業協定4条が市場アクセスの
改善を志向している点を踏まえ,方法だけでなく効果の点からも,チリの
価格帯制度が同条項に反していることを明らかにするとともに,(注)に
挙げられた措置との類似性を具体的に検討したためとも考えられる。
(2)本件差額関税制度は最低輸入価格又はこれに類する「措置」に当たらな
いこと
アはじめに
本件差額関税制度は,従量税と従価税の組合せで譲許された関税である
から,「通常の関税」に当たる。また,本件差額関税制度は,実質的に見
て透明性及び予測可能性を著しく欠くものとはいえないから,WTO農業
協定4条2項の趣旨にも反しない。さらに,効果の点に着目して見ても,
本件差額関税制度には輸入量規制効果や価格伝達阻害効果は認められず,
第1次及び第2次チリ価格帯事件の上級委員会が挙げたような「最低輸入
価格」としての特徴を有するものではない。したがって,本件差額関税制
度は最低輸入価格又はこれに類する措置に当たらない。
以下,上記の点を更にふえんして述べる。
イ本件差額関税制度は「通常の関税」に当たること
本件差額関税制度は,輸入価格が分岐点価格以下の場合には,豚肉の重
量1kg当たりの従量税(ただし,課税後価格が一定の基準輸入価格を超
えるときには,基準輸入価格と輸入価格の差額に引き下げた額)を課すこ
とにより,国内養豚農家を保護する一方,輸入価格が分岐点価格より高い
ときには,一定率の従価税を課すことにより,輸入品の関税負担を軽減し,
消費者等の利益を図るという関税の組合せの制度である。これは,ウルグ
アイ・ラウンド農業交渉以前は関税譲許の対象とはなっていなかった豚肉
について,ウルグアイ・ラウンド農業交渉の結果,モダリティ文書に従っ
て譲許したものである。
したがって,同制度は「通常の関税」に当たるものである。
ウ本件差額関税制度は,透明性及び予測可能性を著しく欠く措置ではない
こと
(ア)WTO農業協定4条2項は,貿易障壁をより透明にし,障壁の高さ
の測定を容易にすることで,農産品についての市場アクセスを改善しよ
うとした規定であることから,ある措置について透明性及び予測可能性
が実質的に欠如しているか否かは,当該措置の結果として生じる課税水
準と関連づけて検討されるべきである。第1次チリ価格帯事件の上級委
員会も同様の点を検討している。
(イ)このような課税水準との関係から本件差額関税制度を見るに,本件
差額関税制度において課税額を変動させる諸要素(従量率,従価率,基
準輸入価格,分岐点価格及び従量税適用限度価格)は,いずれも,当該
数値自体又はその算出方法が法律で明確に規定されている。
したがって,第1次チリ価格帯事件の上級委員会が述べているような
事態,すなわち,「輸出者が,関税額が幾らになるかを知らず合理的に
予測することもできない」事態は,本件差額関税制度の下では生じ得な
い。チリの価格帯制度は,変動する下限価格と参照価格との差に基づい
て追加の従量税を課すものであり,下限価格と参照価格の決定過程が不
透明であったため,譲許税率の範囲内で幾らの追加税が課されるのかが
予測できないものであったが,このような特徴は本件差額関税制度には
ないのである。
(ウ)よって,本件差額関税制度は透明性及び予測可能性の欠如という特
徴的な性質を持っていないから,これが実質的にWTO農業協定4条2
項の趣旨目的に反する措置であるともいえない。
エ本件差額関税制度は,その効果の点から見ても,「最低輸入価格」とし
ての特徴を有するものではないこと
(ア)以上のとおり,本件差額関税制度は「通常の関税」の形式を有して
いる上,実質的に見て透明性及び予測可能性が欠如する措置ではないか
ら,WTO農業協定4条2項の趣旨目的には反しない。
したがって,本件差額関税制度は,WTO農業協定4条2項に適合し
た措置といえる。このことは,次に述べるとおり,本件差額関税制度の
効果等に照らしても明らかである。
(イ)第1次チリ価格帯事件の上級委員会は,(注)に列挙された措置が
いずれも輸入量規制効果及び価格伝達阻害効果を有しているとし,また,
第1次及び第2次のチリ価格帯事件において,「最低輸入価格」とは,
「本質的に,通常輸入産品の取引価格と特定の価格限界との差額に基づ
いて査定される輸入関税を賦課することによって,当該特定の輸入産品
が当該価格限界を下回って国内市場に侵入することのないようにする措
置」と定義されており,その特徴として第2次チリ価格帯事件の上級委
員会が挙げたのは,①ある船荷に適用できる参照価格が下限価格を下
回った場合,追加の従量税はそれらの数値の差に基づいて付加されるこ
と,②当該措置によって,チリ市場における産品の輸入価格が下限価
格以下に下がることは非常にありそうもないこと,③下限価格は,少
なくとも国内目標価格の代理又は代替物になる程度まで機能すること,
④下限価格と比較して参照価格が低くなればなるほど,追加従量税は
高くなり,保護貿易の効果はそれだけ大きくなること,⑤措置によっ
て国内市場への世界価格の下落の伝搬が歪められることである。
(ウ)以下,上記の各点について,本件差額関税制度と比較する。
a確かにウルグアイ・ラウンド農業交渉前の豚肉の差額関税制度では,
最低輸入価格として機能し得る基準輸入価格が存在したが,ウルグア
イ・ラウンド農業交渉合意によってこのような基準輸入価格を含む豚
肉の差額関税制度は廃止され,輸入価格と分岐点価格の高低のみによ
って従価税又は従量税が課されることとなり(関税譲許。ステップ1。
別紙6「図面目録」記載③の図),その後,国際的合意に基づいて従
価税及び従量税が引き下げられた(ステップ2。別紙6「図面目録」
記載④の図)。すなわち,ステップ1及びステップ2では,輸入され
る豚肉に課される関税は,輸入価格が分岐点価格以下であれば従量税
のみであり,輸入価格が分岐点価格を上回れば従価税のみであり,輸
入価格が下落すれば,従量税であれ従価税であれ,いずれにせよ課税
後の価格も下落するのである。
したがって,ステップ1及びステップ2を経た後の差額関税制度は,
輸入価格の下落によって保護貿易の効果が大きくなるとか(輸入量規
制効果),国内市場への世界価格の下落の伝搬が歪められる(価格伝
達阻害効果)などといった,第2次チリ価格帯事件上級委員会が挙げ
る最低輸入価格に共通する特徴(前記(イ)④及び⑤)を有していない
ことは明らかである。
bまた,関係国との協議を踏まえて,国内措置として従量税部分を自
主的に引き下げることとなったこと(ステップ3。別紙6「図面目録」
記載⑤の図)に伴い,輸入価格が分岐点価格と同額の場合の課税後の
価格を「基準輸入価格」とし,輸入価格が分岐点価格以下の場合の従
量税のうち基準輸入価格を超える部分はこれを課さない仕組みとした
が,ステップ3において新しく設定された基準輸入価格の機能を分析
すると,これは障壁を低減させる方向に働くものでしかなく,譲許さ
れた従量率に基づく課税の一部を免除して貿易を促進するものと評価
できる。
そうすると,ステップ3を経た後の差額関税制度についても,輸入
価格の下落によって保護貿易の効果が大きくなるとか,国内市場への
世界価格の下落の伝搬が歪められるなどといった,第2次チリ価格帯
事件上級委員会が挙げる最低輸入価格の共通の特徴(前記ア④及び⑤)
を有していないことは明らかである。
c以上のように,「基準輸入価格」が持つ意味は,ウルグアイ・ラウ
ンド農業交渉合意前と後とでは,180度異なるのである。
(エ)したがって,上記で述べた最低輸入価格の特徴を勘案しても,本件
差額関税制度が,性質や方法,効果の面において,最低輸入価格と十分
な「相似性又は類似性」を有するとか「同じ種類又は性質」であるとは
認められない。
(3)まとめ
以上のとおり,第1次チリ価格帯事件の上級委員会によるWTO農業協定
4条2項の解釈によれば,本件差額関税制度がWTO農業協定4条2項に適
合しているか否かを判断するに当たっては,それが「通常の関税」の形式を
採るものか否か,実質的に見て,関税化の特質である透明性及び予測可能性
を欠くものか否かという観点から検討すべきである。
そして,本件差額関税制度は,従量税及び従価税の組合せの形式で譲許さ
れたものであるから,「通常の関税」の形式を採るものであり,また,透明
性及び予測可能性が欠如するという性質も有していない。
更に付言すれば,本件差額関税制度は,WTO農業協定4条2項の(注)
に列挙された「措置」が共通して有するとされる効果(輸入量規制効果及び
価格伝達阻害効果)を有するものではなく,また,第2次チリ価格帯事件の
上級委員会が挙げた「最低輸入価格」の特徴を有するものでもない。
したがって,本件差額関税制度はWTO農業協定4条2項に適合している
というべきである。
2原告の主張に対する反論
(1)原告は,「通常の関税」とは「従価税,従量税又はその組合せ」であると
ころ,従量税を自主的に引き下げたことによって従量税であったものが従量
税でなくなったなどとし,本件差額関税制度はその定義上「通常の関税」で
はなくなったと主張する。
しかし,一般に従量税とは,課税物件たる物品の個数,重量,長さ,容積,
面積等の数量を課税標準として課される租税であって,例えば,重量を課税
標準とする場合には,「重量×○円/kg」と表せるところ,輸入価格が従量
税適用限度価格を超えて分岐点価格以下である場合には,「1キログラムに
つき枝肉(部分肉)に係る基準輸入価格と課税価格との差額」が課せられ(関
税暫定措置法別表第1の3),これは,課税物件たる物品の重量を課税標準
として課される租税である。
したがって,従量税を自主的に引き下げた部分についても,その課税の実
質が従量税であることには変わりがないから,これが従量税でなくなったこ
とを前提とする原告の上記主張は理由がない。
(2)また,原告は,本件差額関税制度において,従量税適用限度価格以下で輸
入される蓋然性はないから,基準輸入価格が価格限界としての機能を持ち,
最低輸入価格に当たる旨主張する。
しかし,平成16年に従量税適用限度価格以下で1万559kg輸入され
た実績があるから,原告の主張は前提において誤っている。また,前記1で
述べたとおり,被告は,本件差額関税制度に従量税適用限度価格帯があるこ
とのみを理由として,本件差額関税制度が最低輸入価格に当たらないと主張
しているものでもない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(3)さらに,原告は,WTO農業協定4条2項が最低輸入価格制度を禁止する
のは,これが自由競争市場を大きく歪めるからであるとした上で,本件差額
関税制度は,国外業者の引下げ努力を完全に無効化し,価格競争を歪ませる
程度が極めて大きいなどとも主張する。
しかし,WTO農業協定の作成経緯に鑑みれば,WTO農業協定4条2項
の趣旨は,農産品貿易に係る国際的な規律を強化する目的の下,それまで鉱
工業品に比べて限定的な形でのみ「関税と貿易に関する一般協定」の規律が
適用され,関税以外の貿易障壁が残っていた農産品貿易について,特例措置
を適用したものを除き通常の関税以外の国境措置を包括的に関税化する国際
法上の義務を負わせることを規定するものである。すなわち,同項は,関税
以外の措置による貿易障壁をなくすことに主眼が置かれており(第1次チリ
価格帯事件のパネル報告パラ7.57及び7.58),同項の(注)に列挙
された措置は,過去に採られてきた非関税障壁の実例を列挙したものにすぎ
ない(第1次チリ価格帯事件の上級委員会報告パラ209)。
したがって,原告の上記主張はその前提において誤っている。
(4)以上のとおり,本件差額関税制度がWTO農業協定4条2項に違反してい
るとする原告の主張はいずれも理由がない。
なお,原告は,公刊された書籍(甲24)の記述を取り上げて,本件差額
関税制度が最低輸入価格であることは所管官庁の農林水産省が認めているな
どとも主張するが,そもそも同書籍は1994年(平成6年)に刊行された
ものである。我が国は,ウルグアイ・ラウンド交渉合意を受けて,平成7年
4月に差額関税制度を従価税及び従量税の組合せの形に変更しているから,
上記書籍の記述は,WTO農業協定締結以前の差額関税制度について述べた
ものにすぎない。したがって,原告の上記主張も失当である。
以上

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職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛