弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成13年4月7日から支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
  本件は,車上狙いの被害に遭い,盗まれたキャッシュカードで預金等を引き出された
原告が,栃木県警(宇都宮東署)に被害申告したにもかかわらず,県警が重要な証拠
である銀行のキャッシュコーナーに備え付けてある監視カメラのビデオテープを取り寄
せるのを失念するという重大な捜査上のミスを行い,これにより被害回復ができず回復
し難い精神的な苦痛を被ったと主張して,被告に対し,国家賠償法に基づいて,200
万円の損害賠償を請求した事案である。
 1 争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実を含む。)
(1) 原告は,平成11年12月16日午後6時過ぎ以降,自宅駐車場に自己所有の普
通乗用自動車を駐車し,財布を入れたジャンパーを車内に置いたままにしていた
ところ,車上狙いの被害に遭い,財布の中に入れていたキャッシュカード3枚(足
利銀行,宇都宮信用金庫,郵便局発行のもの,以下「本件カード」という。)及び運
転免許証を盗まれた(以下「本件盗難事件」という。)(原告本人)。
  そして,同月17日午前8時22分から同日午前8時24分の間に,何者かが本件
カードを使い,原告の足利銀行及び宇都宮信用金庫の各預金口座並びに郵便貯
金口座から合計158万9000円を引き出した。
(2) 原告は,同月18日午後2時ころ,宇都宮東警察署(以下「東署」という。)に赴
き,本件盗難事件について被害届を提出した。この時点では,原告は,宇都宮信
用金庫発行のキャッシュカードが盗難されたことについて気付いていなかったた
めに,被害届の被害金品欄にはキャッシュカード2枚,運転免許証1通と記載した
(乙2,原告本人)。
  その際,東署では,当直勤務であった訴外A巡査長が原告に応対した。
(3) さらに,原告は,宇都宮信用金庫発行のキャッシュカードも盗まれていることに
気付いたので,同月20日,キャッシュカード1枚を被害品に追加した追加被害届
を提出した(乙3)。
  その際,原告は,応対したA巡査長に対し,本件カードが使用された場所が東海
銀行新小岩支店であり,時間は同月17日午前8時22分から同日午前8時24分
の間であることを告げた(証人A,原告本人)。
(4) A巡査長から被害届等の引継を受けた東署の担当者は,その後,東海銀行新
小岩支店のキャッシュコーナーに備え付けてある監視カメラのビデオテープ(以下
「本件ビデオテープ」という。)の取寄せを失念し,東海銀行のビデオテープの保存
期間が3か月であったことから,本件盗難事件の捜査として本件ビデオテープを
取り寄せることはもはや不可能となった。
2 争点
 (1) 本件ビデオテープの取寄せを失念したことは,国家賠償法に基づく本件請求に
関して違法といえるか。
 (2) 本件ビデオテープの取寄せを失念したことと損害との間に因果関係はあるか。
 (3) 損害
3 争点に対する当事者の主張
 (1) 原告の主張
  ア 争点(1)について
    原告は,本件カードにより預金等が引き出された翌日に,東署に被害申告し,そ
の後,A巡査長の依頼により,引き出された場所及び時間を調査し,申告して
いる。そして,A巡査長は,原告の前で,東海銀行新小岩支店に架電し,本件ビ
デオテープの存在を確かめた。原告が本件ビデオテープを取寄せた際には見
たい旨を申し向けると,「他の被害者と一緒に見てもらう。」と回答している。した
がって,原告と警察官であるA巡査長との間には,本件盗難事件の捜査とし
て,ビデオテープを取り寄せることの合意が成立したというべきである。
    東署の担当者は,かかる合意に反し,本件ビデオテープの取寄せを失念してい
たのであるから,その不作為は違法の評価を受けるものである。
    この点,被告は,犯罪捜査の主たる目的は犯人の検挙と処罰であり,捜査に瑕
疵があったとしても国家賠償法1条1項における違法の評価は受けないと主張
する。確かに,犯罪捜査が国家や社会の秩序維持のための権力行為であるこ
とは疑問の余地はない。しかし,現在では,「犯罪被害者等の保護を図るため
の刑事手続に付随する措置に関する法律」等が制定されており,犯罪被害者
の保護も刑事手続において特別な位置を占めるようになっている上に,警察の
職責は,個人の生命,身体及び財産の保護に任ずると,警察法に規定されて
いるのであるから,警察がかかる職責を怠り,個人に損害を与えたときは,国
家賠償法1条1項の責めを負うものである。
    また,被告は,捜査活動について警察に広範な裁量権が認められるべきである
とも主張する。しかし,銀行のキャッシュコーナーに備え付けてある監視カメラ
のビデオテープの取寄せは捜査の常道であり,これを失念したことは捜査の瑕
疵である。原告は,A巡査長に指示され,預金等が引き出された場所及び時間
を調査し,それをA巡査長に申告しているのであるから,東署には「捜査をしな
い」裁量はないというべきである。
    したがって,被告の主張はいずれも失当であり,本件ビデオテープの取寄せを
失念したことは国家賠償法上違法の評価を受ける。
  イ 争点(2)について
    東署の担当者は,本件ビデオテープの取寄せを失念することにより,本件盗難
事件において最大唯一ともいえる証拠を喪失し,被害回復を永久に不可能とし
ており,原告に精神的損害を与えた。
    この点,被告は,本件ビデオテープを取寄せても犯人検挙に至ったということは
できず,また,犯人が検挙されても被害回復には多くの障礙があるとして,因果
関係がないと主張する。しかし,ビデオテープによる犯人の特定は,性別,体
形,年齢等の身体的特徴によってもなされうるのであり,東署が原告の申告に
基づき迅速な捜査に着手していたならば,早期の犯人逮捕と被害回復の可能
性が十分にあったというべきである。
    したがって,被告の主張は失当であり,本件ビデオテープの取寄せを失念したこ
とと損害との間には相当因果関係が認められる。
  ウ 争点(3)について
    本訴における損害は,東署が本件ビデオテープの取寄せを失念したことにより
原告が被った精神的,経済的損失に対する慰謝料であり,原告がA巡査長に
対し,預金等が引き出された場所,時間を申告し,本件ビデオテープの取寄せ
を依頼したほか,その後4回にわたり東署に赴き,同じく本件ビデオテープの取
寄せを依頼したにもかかわらず,その取寄せを怠ったこと,平成12年12月18
日ころ,本件ビデオテープの取寄せを怠ったことが判明した後も東署は無責任
かつ不誠実な態度をとり続け,原告の警察に対する信頼が著しく害されたこと,
原告にとって引き出された預金等は多額であり,被害の回復が絶望的になって
しまったことなどから,その精神的損害を金銭に換算した場合,200万円が相
当である。
  エ よって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条に基づく損害金200万円及びこ
れに対する訴状送達の日の翌日である平成13年4月7日から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 (2) 被告の主張
  ア 争点(1)について
    犯罪捜査の主たる目的は犯人の検挙と処罰であり,捜査に瑕疵があったからと
いって,それが直ちに被害者の財産上の利益あるいは精神的損害との関係に
おいて国家賠償法1条1項の違法の評価を受けるものではない。そして,犯罪
捜査として具体的にどのような活動を行うかは刑事訴訟法その他の関係法令
が許容する限度内において,捜査機関がその裁量により決めていくものであ
り,被害者その他特定の者に対して,捜査の手法に関する具体的な作為又は
不作為の法的義務を負うものではない。
    したがって,盗難被害者である原告が何らかの捜査方法を期待したからといっ
て,その期待が法律上保護された利益であるということはできないのであって,
本件ビデオテープの取寄せが行われなかったことについて精神的損害がある
として慰謝料の支払を求める原告の請求は,明らかに失当である。
  イ 争点(2)について
    金融機関のキャッシュコーナーに監視カメラ等が設置されていることは衆知のこ
とであり,窃盗犯人等はサングラス等を使用して顔が写らないようにしている場
合が大半である。顔が写っていてもそれにより犯人が割り出されるという事例
は少ない。本件盗難事件においても,本件ビデオテープを取寄せていれば犯人
検挙に至ったということはできない。また,犯人が検挙されたとしても被害回復
がなされるには多くの障礙がある。
    したがって,東署の担当者が本件ビデオテープの取寄せを失念したことと原告
の被害が回復されないこととの間に相当因果関係は認められない。そして,原
告が被害回復の有無と無関係に200万円に相当するほどの精神的損害を受
けたとは到底考えられないのであるから,被害回復との間に相当因果関係が
認められない以上,慰謝料についても因果関係を認めることはできないという
べきである。
ウ 争点(3)について
争う。
第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)について
(1) 犯罪捜査は,国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるもので
あって,一義的には,犯罪による被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的と
するものではなく,犯罪被害者が警察の捜査により受ける利益は,公益上の見地
に立って行われる捜査によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず,法
律上保護された利益ではないというべきである。また,犯罪捜査は,犯人の検挙
等を目的とする合目的的行為であり,専門性が高く,その目的を達成するために
は個々の捜査手法の採否について広範な裁量権が認められるべきものである。
  したがって,個々の捜査が適正でなく,これにより犯人の検挙ができなかったり,
被害の回復等ができず,犯罪被害者の利益が侵害されたとしても,警察による個
々の捜査あるいは捜査手法の不当,不適正は,犯罪被害者との関係において,
原則として,国家賠償法上違法の評価を受けることはないものと解される。
  しかし,警察法が,「警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の
予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維
持に当ることをもってその責務とする」(2条1項)とし,警察の責務として犯罪の捜
査,被疑者の逮捕等を掲げていること,また,刑事訴訟法が,「警察官は・・・司法
警察職員として職務を行う」(189条1項)とし,「犯罪があると思料するときは,犯
人及び証拠を捜査する」(同条2項)と規定して,捜査を行う第一次的な責任を司
法警察職員に負わせ,その結果,国家権力の発動としての犯罪捜査は,警察が
ほぼ独占していることからすれば,如何なる場合においても,警察の捜査が犯罪
被害者との関係で違法の評価を受けないと解するのは相当でない。犯罪行為が
現に継続しあるいは被害が拡大し,犯罪被害者が緊急の救済又は捜査を要望
し,警察がこの事実を知り容易に犯人検挙や被害防止の措置を取り得るにもか
かわらず,これを放置したり適正な捜査方法を採らなかった場合や,事後的な捜
査においても,警察が故意又はある意図の下に特定の捜査方法を採用せず,こ
とさら証拠の収集又は犯人検挙を怠ったと認められる場合には,例外的に,警察
による個々の捜査が,犯罪被害者との関係においても,国家賠償法上の違法の
評価を受けることがあるというべきである。
(2) 本件についてみると,前記「争いのない事実等」に,証拠(乙2,3,証人A,証人
B,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,A巡査長は,原告が本件盗難事
件について被害申告を行った際,車上狙いの被害に遭った原告所有の自動車の
見分を行い,指紋の採取を行ったこと,A巡査長は,当時,強盗,強姦,殺人等の
凶悪犯の捜査を行う強行係であり,窃盗の捜査を行う盗犯係ではなかったことか
ら,盗犯係の担当者に事件を引継いだこと,事件を引継ぐ際,原告から申告のあ
った本件カードが使用された金融機関名等も伝え,本件ビデオテープの取寄せを
勧めたこと,担当者は,他の事件に忙殺されるなどして,本件ビデオテープの取
寄せを失念してしまったこと,本件盗難事件については,同種の犯行が短期間に
同じ地域で発生しており,東署は手口捜査及び前科者の捜査などを行っていたこ
とが認められる。
  以上の事実に照らせば,本件は,原告との関係において,被害の拡大など緊急
な事態ではなく,純粋に事後的捜査に関する問題であり,東署は,本件ビデオテ
ープの取寄せという通常行われる捜査方法を失念したものの,他の証拠収集等
の捜査は行っていたのであり,故意に特定の捜査手法を採用せずに放置すると
いった前記の例外事由が認められないことは明らかであって,本件において,東
署の前記失念が原告との関係で国家賠償法上違法の評価を受けるものとは到底
認めることはできない。
(3) この点,原告は,A巡査長との間で本件ビデオテープを取り寄せる旨の合意が
できていたのであるから,その取寄せを失念することは違法である旨主張する
が,本件において,主張の合意が成立したと認めるに足りる証拠はなく,仮に,こ
れが認められるとしても,前記認定の事情の下では,これが違法性の判断に影響
を及ぼすものとはいえず,その主張は採用できない。
2 したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告に対する国家賠
償法に基づく損害賠償の請求は認められない。
第4 結語
  よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について民訴法
61条を適用して,主文のとおり判決する。
(平成14年2月28日 口頭弁論終結)
宇都宮地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官   永田誠一 
裁判官   宮田祥次
裁判官林 正宏は転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官   永田誠一

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