弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告人Aを懲役4年6月に処する。
2被告人Aに対し,未決勾留日数のうち200日をその刑に算入す
る。
3訴訟費用のうち,証人B,同C及び同Dに支給した分の2分の1
並びに証人E,同F,同G,同H,同I,同J及び同Kに支給し
た分は被告人Aの負担とする。
4被告人Lは無罪。
理由
(被告人Aについての罪となるべき事実)
第1被告人Aは,札幌市●区●条●丁目●番●号に主たる事務所を置く学校
法人A学園(以下「A学園」ともいう。)の理事長であったもの,分離前
相被告人Eは,A学園が北海道江別市●○番地に設置する北海道A学園大
学及び北海道A学園大学短期大学部(以下「A学園大学及び同大学短期大
学部」という。)の事務局総務部副部長兼管財課長等であったもの,分離
前相被告人Fは,一般建築及び土木工事の請負等を業とする株式会社M建
設工業(以下「M建設工業」という。)の代表取締役であったものである
が,
1【平成18年3月22日付け公訴事実背任】
被告人Aは,A学園の理事長として,その業務全般を統括し,その予算
を適正に執行すべき任務を有していたところ,上記事務局総務部副部長兼
管財課長等として,A学園大学及び同大学短期大学部が使用する校舎の補
修等,A学園の施設の保全管理等の業務に従事し,被告人Aを補佐して上
記施設の保全管理等に係る予算を適正に執行すべき任務を有していたE,
そしてFと共謀の上,被告人AがM建設工業に施工を請け負わせた札幌市
●区●町●丁目●番地●及び同番地●所在の被告人A所有に係る居宅補修
工事の工事代金をA学園の資金から支出しようと企て,被告人Aの利益を
図る目的をもって,被告人A及びEの上記各任務に背き,平成13年8月
6日から同年10月5日までの間,前後3回にわたり,●市●町●番地●
所在の株式会社N銀行O支店に開設された「学校法人A学園理事長A」名
義の普通預金口座から札幌市●区●条●丁目●番地●所在の株式会社P銀
行Q支店に開設された「M建設工業代表取締役F」名義の普通預金口座ほ
か1口座に,上記居宅の補修工事代金合計約5252万8843円を含む
合計1億3339万6830円を,A学園がM建設工業に施工を請け負わ
せたA学園大学及び同大学短期大学部の校舎外壁補修工事の工事代金とし
て振込入金し,もってA学園に約5252万8843円の財産上の損害を
加え,
2【平成18年5月31日付け公訴事実補助金適正化法違反】
A学園並びにA学園大学及び同大学短期大学部では,文部科学省が実施
する平成13年度私立大学等防災機能等強化緊急特別推進事業に関し,平
成13年4月18日ころ,東京都千代田区霞が関3丁目2番2号所在の同
省高等教育局私学部私学助成課に対し,A学園大学及び同大学短期大学部
が共用する校舎のうち5棟の壁面合計2681.5平方メートルに炭素繊
維シートを埋め込む耐震補強工事(判示第1の1の校舎外壁補修工事をさ
す。)をM建設工業に施工させる旨の計画調書を提出していたところ,被
告人Aは,Eと共謀の上,国が上記推進事業に関し文部科学大臣所轄学校
法人に交付する平成13年度私立学校施設整備費補助金(私立学校教育研
究装置等施設整備費〔私立大学・大学院等教育研究装置施設整備費〕。以
下「私立学校施設整備費補助金」という。)を不正に受給しようと企て,
真実は上記壁面合計2681.5平方メートルのうち合計約280平方メ
ートルに炭素繊維シートを埋め込んだだけであったのに,その事情を秘し,
平成14年2月7日ころ,上記私学助成課に対し,上記計画調書のとおり,
M建設工業をして上記耐震補強工事を施工させた旨の内容虚偽の平成14
年1月31日付け「平成13年度私立学校施設整備費補助金(私立学校教
育研究装置等施設整備費〔私立大学・大学院等教育研究装置施設整備
費〕)交付申請書」を送付して提出し,さらに,同年4月4日ころ,上記
私学助成課に対し,同旨の内容虚偽の平成14年4月4日付け「平成13
年度私立学校施設整備費補助金(私立学校教育研究装置等施設整備費〔私
立大学・大学院等教育研究装置施設整備費〕)実績報告書」を送付して提
出するなどして,私立学校施設整備費補助金の交付を申請し,同月23日
ころ,同省高等教育局長Rをして,A学園に上記耐震補強工事に対する補
助金である5723万9000円を含む私立学校施設整備費補助金を交付
する旨決定させ,よって,同年5月1日,同決定に基づき,同省大臣官房
会計課長らをして,上記第1の1記載の「学校法人A学園理事長A」名義
の普通預金口座に上記補助金5723万9000円を含む6966万80
00円を振込送金させ,もって偽りその他不正の手段により補助金である
私立学校施設整備費補助金5723万9000円の交付を受け,
3【平成18年4月14日付け公訴事実自動車リースの業務上横領】
被告人Aは,当時の妻K及び知人Sに使用させるため,M建設工業をし
てT株式会社(平成13年9月1日以降はU株式会社と名称変更)ほか1
社との間で車両リース契約をそれぞれ締結させて普通乗用自動車合計2台
を借り受け,M建設工業をして平成14年1月4日から平成16年5月6
日までの間,上記自動車2台の各リース代金合計381万1605円を上
記U株式会社ほか1社に支払わせたところ,A学園の理事長として,A学
園の業務全般を統括し,A学園の資金の保管等の業務に従事していた被告
人Aは,E,F並びにA学園大学及び同大学短期大学部事務局総務部管財
課主幹のVと共謀の上,上記381万1605円の支払によりM建設工業
の資金に発生し又は発生する損失をA学園の資金によって補填しようと企
て,平成14年5月7日から平成17年1月31日までの間,前後19回
にわたり,上記N銀行O支店において,事情を知らない同支店行員をして,
同支店に開設された上記「学校法人A学園理事長A」名義の普通預金口座
に入金されていた,被告人AがA学園のために業務上預かり保管中のA学
園の預金から,上記P銀行Q支店に開設された上記「M建設工業代表取締
役F」名義の普通預金口座に合計381万0765円を振込送金させ,M
建設工業に係る損失の補填に充てて,もってこれを横領し,
第2【平成18年5月2日付け公訴事実,同年11月21日訴因変更
給与等名目での業務上横領】
被告人Aは,A学園の理事長として,その業務全般を統括していたもの
であるが,江別市●○番地に本店を置き労働者派遣事業等を業とする有限
会社W(以下「W」という。)の取締役として同社の業務全般を統括し同
社の資金の保管等の業務に従事していた分離前相被告人Bと共謀の上,被
告人Aの交際相手である,事情を知らない相被告人LをWで就労させる意
図がないのに,その給与等名下に同社の預金から金員を支出させ,それを
相被告人Lに取得させようと企て,平成15年4月25日から平成17年
1月25日までの間,前後28回にわたり,上記N銀行O支店ほか1か所
において,事情を知らない同支店行員らをして,同支店に開設された「有
限会社W代表取締役B」名義の普通預金口座に入金されていた,Bが同社
のために業務上預かり保管中の同社の預金から,札幌市●区●条●丁目●
番地所在の株式会社P銀行X支店ほか2店に開設された「L」名義の各普
通預金口座に,相被告人Lに対する給与等として合計798万6765円
を振込送金させる方法によって,これを同人に取得させ,もってこれを横
領し
たものである。
(判示第1の1及び第1の2の事実認定の補足説明)
第1前提となる事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められ,検察官,被告人Aの弁護
人の間に概ね争いはない。
1被告人らの経歴や地位等
A学園は,A学園大学,同大学短期大学部(平成12年3月までは,そ
れぞれY大学,Y大学短期大学部との名称であったが,以下では,両者を
区別せず,単に「A学園大学」,「A学園大学短期大学部」という。)及
びZ学院を設置し,大学,短期大学並びに専修学校の教育を行うことを目
的とする学校法人である。
被告人Aは,昭和54年4月から,両親が経営するA学園にて勤務し,
平成2年11月から平成17年12月4日まで,A学園の理事長を務めて
いた。その傍ら,平成7年10月7日から平成17年12月4日までは短
期大学部学長を務め,平成12年4月1日から平成17年12月4日まで
は大学学長も兼務していた。
Eは,給排水設備会社の勤務を経て,平成11年4月,A学園の職員と
なった。A学園大学及び同大学短期大学部の事務局財務部管財課主幹を経
て,平成12年4月から財務部管財課長,平成13年4月1日から同事務
局総務部副部長兼管財課長(平成13年の機構改革により,財務部管財課
が総務部管財課に移管した。)の職にあったが,平成14年4月1日,総
務部管財課長の兼職を解かれ,平成15年4月1日からは管財部長を務め
ていた。管財課(ないし管財部)は,校地,校舎並びに施設設備の保全維
持管理に関する事務を担当していた。
2校舎外壁補修工事に係る補助金申請の経緯
平成13年2月22日付けで,文部科学省高等教育局私学部私学助成課
長から「平成13年度私立大学等防災機能等強化緊急特別推進事業に係る
計画調書の提出について(通知)」と題する書面が発出され,同年3月6
日ころ,同書面がA学園内で供覧され,被告人AとEもこれを閲覧した。
被告人Aは,Eに対し,A学園に同事業の対象となる築30年未満の建
物の存否を確認するように指示し,その後,Eから,1号棟のうちのピア
ノ棟と2号棟から4号棟までの各建物が対象になるとの報告を受けた。そ
して,被告人Aは,一定の構造耐震指標を下回っていることも要件とされ
ていたことから,この要件該当性を確認するため,対象建物についての耐
震診断を株式会社構造計画研究所に依頼し,同年4月上旬ころ,概ね問題
がないとの結果報告を受けた。その際,被告人Aが,同事業による補助金
の対象となるような工事方法を尋ねると,炭素繊維シート(以下「CFシ
ート」という。)を使って建物を巻き込めば,機能強化になり美観上もよ
くなると提案された。そこで,被告人Aは,CFシートを使う工事が同事
業による補助金の対象になることを文部科学省に確認した上で,同工事
(以下「校舎外壁補修工事」という。)を行うこととし,Eに対し,工事
の見積りを取るよう指示した。
これを受けて,Eは,a株式会社,有限会社b,M建設工業の3社に見
積りを依頼し,同月中旬ころ,aから1億5330万円,bから1億55
08万5000円,M建設工業から1億3357万0500円の各見積書
の提出を受け,M建設工業に同工事を発注することとした。M建設工業の
見積書には,CFシート貼付工事は「壁補強工事」として記載され,その
合計面積は2681.5㎡であった。
A学園は,同月18日,文部科学省高等教育局私学部私学助成課長宛て
に,「平成13年度防災機能等強化緊急特別推進事業に係る計画調書」を
提出し,校舎外壁補修工事に係る補助金の申請を行った。同申請において,
事業経費は合計1億4029万0500円,工事費合計はM建設工業の見
積書どおり1億3357万0500円とされ,そのうち補助希望額は70
14万5000円とされた。
3校舎外壁補修工事の経過
校舎外壁補修工事は,平成13年7月16日に着工し,同年9月10日
ころに完工した。CFシートの貼付工事について,M建設工業の当初の見
積りによれば,貼付面積は上記のとおり合計2681.5㎡であったが,
実際には,CFシートは合計280.5㎡分しか発注されず,しかも,最
終的な貼付面積は約255㎡であった。
4校舎外壁補修工事代金の支払
上記3のとおりCFシートの貼付面積は当初の見積りから大幅に減少し
たにもかかわらず,校舎外壁補修工事代金の支払については格別の減額が
なされず,「学校法人A学園理事長A」名義の普通預金口座から「M建設
工業代表取締役F」名義の普通預金口座に,平成13年8月6日に398
9万9160円,同年9月5日に6678万4410円,同年10月5日
に2671万3260円がそれぞれ振り込まれた(いずれの金額も振込手
数料各840円を除く。)
なお,この振込金額は,当初の見積金額から3回分の振込手数料を除い
た金額よりも更に17万1150円少ないが,それは,8月6日の振込に
ついて,M建設工業が4007万1150円を請求すべきところを,39
90万円として請求したことによるものである。そして,これについては,
Eは,改めて支払はしないとの承諾をFから取り付けていた。
5補助金支払の経緯
補助希望額は,当初は7014万5000円であったが,金額の訂正を
経て,平成13年11月14日ころ,5723万9000円に確定した。
その後,判示第1の2記載の経緯で同額の補助金が交付された。
第2争点
校舎外壁補修工事に関して,CFシートが実際には当初の見積りを大幅
に下回る面積しか貼付されなかったこと,それにもかかわらず,同工事代
金は,ほぼ当初の見積りに基づいてA学園から支払われたことについては
当事者間に争いがない。
被告人Aは,自らの利益を図る目的でA学園の資金から自宅改修工事の
代金を支出しようと企てたことはないし,E,Fと共謀して自らの任務に
背くような行為をしたことは一切ないと供述する。そして,被告人Aの弁
護人も,かかる手抜き工事により浮いた分の財産的利得が被告人Aに還元
されたことはなく,被告人Aは,共謀や共同実行の過程には関与していな
いとして,無罪の主張をする。
第3E証言とその一般的信用性
1上記争点に係る本件の証拠構造においては,E証言,F証言の内容とそ
の各証言の信用性判断が重要であるところ,Eは,被告人Aが本件以前に
A学園の資金を私的流用していたこと,本件共謀状況,その後のA宅改修
工事に係る認識等について,以下のとおり証言する。
(1)本件以前の不正行為
Eは,平成11年4月ころから平成13年ころまでの間に,A学園の
工事とA宅の工事とを並行して請け負っていた業者(4社)に対して,
A学園の資金から,A宅工事の代金を支払ったことがあった。
Eは,業者から「Aの家の工事をやったんだけれども,学園のお金で
払ってくれませんか。」などと直接言われ,そのことを被告人Aに伝え
ると,被告人Aは「ああ,やってもらった。」ということを言っており,
支払方法について細かい指示や直接的な言い方はなかったが,「お前に
頼んだ。」「処理しておいてくれ。」などと言っていた。被告人AがE
に頼むということは,被告人A自身の資金で支払うということではなく,
間違いなく,A学園の資金から支払っておけという意味である。そして,
E自身,以前の勤務先にいたころ,A宅工事の代金をA学園に請求した
ことがあったことから,そのような処理が同学園で行われていることを
知っており,このときも,実際に,A宅工事の代金を,同学園の資金か
ら業者に支払った。
被告人Aは,自宅は半分公宅のように使用しているのだから,多少の
費用はA学園でもってもいいんじゃないかなどと言っていた。E自身は,
A宅は,同学園の名義になっておらず,筋が通らないと思ったが,被告
人Aの指示に従い,そういう処理をしていた。
また,平成12年の暮れから平成13年にかけてのころ,Fが,被告
人Aの飲食代や洋服の購入代等の領収書(金額は合計30万円から40
万円程度)をEのところに持ってきて,「処理してくれ。」と言ったこ
とがあった。Eがその旨を被告人Aに伝えると,被告人Aは「頼ん
だ。」と言っていた。
Eは,A学園に採用されたいきさつや同学園を被告人Aが一人で動か
しており,被告人Aの指示に従わなかったために不利益な処分を受けた
者もいたことなどを考えて,その指示を拒むことができなかった。
(2)本件共謀状況等
アA学園では,平成13年3月から4月初めころ,被告人Aの指示に
より,上記第1の2のとおり,A学園校舎外壁耐震補強工事を行い,
同工事について文部科学省に補助金受給を申請することを考えていた。
そして,Eは,当初,構造計画研究所による耐震診断とは別に,A学
園校舎の外壁補修・塗装工事につき,M建設工業,a,A学園の関連
会社であるbに見積りを依頼し,同年4月初めころ,M建設工業から
は2000万円弱,aからは約4200万円の各見積り等を入手し,
被告人Aに報告した。すると,被告人Aは,Eに対し,「Mでやれる
な。」「Mのほうをもうちょっと高い見積りに訂正させろ。」「金額
をもうちょっと上げて,aに近い金額にしよう。」「(自宅の)外装
工事等も雪がとけた後を考えているんでということで,Mに工事金額
を上げて発注しよう。」などと言った。これを聞いたEは,被告人A
が,A学園外壁補修工事を当初見積り以上の金額でM建設工業に発注
することにより,その分を同じくM建設工業に施工させる自宅工事分
に使わせるという趣旨の意図をもっていることを理解した。そこで,
Eは,Fに対し,「工事金額の見積りを4000万ぐらいに訂正して
くれ。」などと言い,その詳しい理由は伝えなかったが,「理事長が
そういうふうに言っている。」などと説明した。Fは,A学園外壁補
修工事につき,4200万円の見積書を提出したが,経費が1000
万円含まれており,それが現実的にはおかしいというEの指摘を受け
て,最終的な見積額は3780万円となった。
Eと被告人Aは,同年4月10日ころ,構造計画研究所から,A学
園校舎の耐震性は基本的には問題ない旨の回答を得たが,それととも
に,CFシートを貼れば校舎のひび割れ等を防いで外壁を保護できる
との説明を受けた。また,Eは,その日のうちに,同研究所からCF
シート貼付工事は1㎡当たり四,五万円かかると聞き,外壁合計26
00㎡にCFシートを貼るとなると,当初Eが概算として予定してい
た7000万円程度という工事費用の倍近くになってしまいそうだと
いう予測を被告人Aに伝えた。これに対し,被告人Aは,今後も長期
間使用する建物であるから,今回補助金申請ができるのであれば良い
ものにしようということで,「当初の予算7000万円を超えてもし
ょうがないんじゃないか。」「それで進めよう。」と言った。さらに,
被告人Aは,CFシート貼付工事がM建設工業でもできるかを尋ね,
Eが,aであろうとM建設工業であろうと,別の専門業者に頼むので,
工事の質としては変わらない旨を説明したところ,被告人Aは,「そ
したらMでも大丈夫だな。」などと言った。それからEは,補助金申
請手続のためには3社の見積りが必要であることから,再度,M建設
工業を含む上記3社から見積りを取ることとした。aからは1億四,
五千万円の,bからも同額程度の見積りが上がってきたものの,M建
設工業からはなかなか見積りが出されなかった。しかし,Eは,Fか
ら概算的見積りとして1億3000万円と聞いていたため,これを前
提に,同月16日までにA学園内での決裁手続を進め,申請期限であ
る同月18日までには補助金の申請を行った。この間,M建設工業は,
同日朝に,1億3300万円余りの見積書をA学園に提出したが,こ
の見積書は,先に同社から提出されていた金額3780万円の見積書
について,Eから同月17日付けのファックスにおいて指示を受けた
箇所を修正し,浄書したものであった。
イEは,平成13年のゴールデンウィーク前ころの時期に,A学園の
理事長室か被告人Aの自宅かのいずれかの場所において,被告人Aと
2人きりのときに,被告人Aから,「炭素繊維シートを貼るのを半分
にすると,要はサッシ工事も家の工事もできる。」という話を聞き,
「それをMの方に話せ。」と指示を受けた。
被告人Aは,かねてから,補助金を申請する工事では不正をするな
と言っていたことから,Eは,「補助金に手を出すなって言ってまし
たよね。」などと言ったが,被告人Aは,「家だけじゃなくて,サッ
シができるんだ。」というような言い方をし,指示を変えなかった。
Eとしては,補助金を申請しても100%通るわけではないなどと考
え,Aの指示を止めなかった。
Eは,Fに対して,「炭素繊維シートを半分にしろという指示をA
が言っている。」旨を伝えた。M側には特に驚いた様子がなかったこ
とから,Eは,自分が言う以前から既に,被告人AとFの間で話が出
ていたのかなと思った。このとき,Fとの間では,いくらお金が浮く
というような具体的な話は出ていなかった。
後日,Eは,被告人Aに対し,上記のとおりFに伝えた旨を報告す
ると,被告人Aは「ああ,そうか。」などと言っていた。
ウその後,Eは,Fから,タイル工事について「当初の約1億300
0万円の中では,タイルは貼れない。」などと言われたことから,被
告人Aにそれを伝えたところ,「Mと相談して決めろ。」と言われ,
それと同時に,CFシートの量が半分というのが多少もうちょっと減
っても仕方がないというニュアンスのことを言われた。
そこで,Eは,Fに対して,「1億3000万円の中でタイルも貼
りたい。」と言い,CFシートについて,当初の半分よりも更に減ら
すことになった(なお,E自身は,CFシートの量が半分から更に減
ったという話は聞いていたが,その結果どのくらいになったかについ
てまでの記憶はない。)。
その後も,Eは,Fから,A宅工事に関して,工事内容の追加や変
更があり,金額が足りないなどという話を聞いていた。
Eは,平成13年6月末の時点で,Fから「ものをそろそろ頼まな
ければいけない。どこに貼ったらいいか検討してほしい。」という連
絡を受けた。その後,Eは,Fと会ってCFシートの面積についての
数字を出され,最低限貼ってほしい部分を学園校舎立面図に印を付け
てFに渡した。
(3)A宅改修工事
Eは,平成12年ころに,A宅を増築する工事の話を聞いたが,同工
事は見積りが四,五千万円と高額であったことから,途中で見送られた。
しかし,平成13年になったころに,被告人A本人から,自宅改修工事
について,外壁を変えたい,既にMで検討しているという話を聞いた。
この工事については,2000万円以上という話を聞いていた(聞いた
時期ははっきりしない。)。
平成13年4月下旬ころには,被告人AやFから,A宅の内装工事の
うちクロスや塗装に関する話が出ており,Eは,被告人Aから,「炭素
繊維シートを貼るのを半分にすると,要はサッシ工事も家の工事もでき
る。」「炭素繊維シートの量が半分というのが多少減っても仕方がな
い。」という話を聞いたときには,A宅内装工事を行うという話も聞い
ていた。
その後,Eは,M建設工業から,A宅改修工事について,工事を増や
されたり,手直しをしたりということが何度かあるという話を聞いてい
たが,同改修工事にいくらかかっているという話は聞いたことはなかっ
た。Eは,被告人Aに対して,同改修工事分が増えて,お金が足りない
という話をしたが,被告人Aは,「間違った分を直しているのだから,
直した分はこちらには関係ない。」と言っていた。
Eは,同改修工事について,CFシート貼付面積削減の話が出ていた
平成13年4月下旬から5月ころの前後いずれの時期にも,被告人Aか
らもFからも,見積りを見せられたことはあったが,全体を把握してい
たわけではなく,ある程度進んだ段階からは,金額が足りるか足りない
かという話ばかりであった。被告人Aは出張が多かったことから,その
間に予定どおりに工事が進捗しているかという確認をするために,Eが
現場に行ったことはあったが,工事を細かくチェックするなどしていた
わけではない。
2上記E証言は,被告人Aから,校舎外壁補修工事につきCFシートの貼
付面積を減らし,それによって,実際の校舎外壁補修工事代金額と当初見
積りに係る同工事代金額との差額の一部を,A学園のサッシ・タイル補修
工事に充てるとともに,更に残りを,A宅改修工事代金に充てる旨の指示
があったとするものであり,Eと被告人Aの共謀があったことにつながる
重要な供述証拠である。
3そこでE証言の一般的信用性について検討するに,共犯者供述にはいわ
ゆる引っ張り込みの危険があるから,これを念頭に置きつつその信用性を
検討する必要があるところ,上記供述内容は,以前から,被告人Aにより
A学園の資金の私的流用が行われていたこと,それをA学園側としてだけ
でなく,業者側としても体験していたことなどを率直に供述しつつ,その
延長として本件の不正行為があったとするものであり,合理的かつ自然な
ものである上,本件の共謀状況等については,時期や場所につきはっきり
しないところはあるものの,被告人Aからの指示文言等に至るまで,極め
て具体的かつ詳細に,体験した者のみが語り得るような迫真性をもって述
べられている。Eは,A学園大学及び同大学短期大学部の事務局総務部副
部長兼管財課長との立場から本件に関与したものであるが,CFシートの
貼付面積を減少させることにより,A学園関係者として損失を受けこそす
れ,直接利益を享受する立場にあるわけではなく,ましてやそれを窺わせ
る証拠もない。そして,E自身,判示第1の1ないし3の各事実の共犯者
として被告人Aらと共に起訴され,自らの裁判で公訴事実を認め,既に有
罪判決(懲役3年,4年間執行猶予)を受けており,その後に上記公判証
言をしたのである。Eには,殊更事実関係を捏造したり歪曲したりしてま
で,被告人Aを陥れるような虚偽証言をするという動機や事情も見出し難
い。加えて,Eは,平成11年4月にA学園にA学園大学及び同大学短期
大学部の事務局財務部管財課主幹との立場で中途採用され,その後も本件
発覚までA学園内で上記第1の1のとおり順調に昇進していたことからす
れば,同人が,被告人Aに対して恩義を感じることこそあれ,恨みや反感
を持っていたとも考えにくい。
4この点,弁護人は,Eが,被告人Aから上記不正指示があった後,A宅
改修工事の内容や代金について正確に把握していない点を捉えて,本件が
被告人Aとの共謀に基づいて行われたのであれば,EがFとの調整役とし
て,同改修工事の内容や代金を把握した上で,被告人Aと協議を行うなど
するのが自然であると指摘する。しかし,Eは,Fからの連絡を受けて,
CFシートの貼付場所を指示するなどしており,同改修工事の途中経過を
逐一把握していなくても,調整役としての役割を一定程度は果たしている
といえる上,E自身,「家の金額がいくらになっているのかということに
ついては,中身は自分で把握できるようなものではなかったので,考えて
も無駄だ,自分の範囲の中ではないと思っていた。」と証言し,その説明
が十分に首肯できることからすれば,弁護人の上記指摘は,さほど重視す
べきものではない。
また,弁護人は,本件以前には,補助金申請事業につき,学園資金の不
正流用が行われたことはなく,E自身も「補助金を申請する工事について
は,自宅工事への流用等の不正をするなというように被告人A自身から言
われていた。」と証言しているにもかかわらず,被告人Aの上記不正指示
を受け,安易に実行に移している点で,E証言は不自然であると指摘する。
しかし,Eは,本件以前から被告人Aの個人的支出にA学園資金が充てら
れており,その中で,本件背任が行われたと証言していることからすれば,
被告人Aの指示がある以上,補助金申請事業についても学園資金の不正流
用をせざるを得ないと観念したということは十分に考えられることに加え
て,被告人AのA学園における地位,両名の同学園内での関係等にもかん
がみれば,Eが,被告人Aの指示を断れずにそのまま実行したことも,あ
ながち不自然とはいえない。
5以上からすれば,E証言の一般的信用性は高いといってよい。
第4F証言とその一般的信用性
1もう一人の重要関係者であるFは,被告人Aが本件以前にA学園の資金
を私的に流用していたこと,被告人Aの本件指示をEから聞いたことなど
の本件共謀に関連する状況,その後のA宅改修工事の進捗状況等について,
以下のとおり証言する。
(1)本件以前の不正行為
M建設工業は,平成12年ころ,A宅工事を何度か行ったが,その工
事代金の支払については,被告人Aから「請求書を出すときに学園の方
に回してくれ。」「すべてEさんと打合せをしてくれ。」「学園から払
う。」ということを言われた。そこで,Fは,Eに相談したところ,E
から,架空工事や水増し請求で支払う旨言われた。
また,平成12年ころから,Fは,被告人Aから「領収書をお金に換
えてほしい。」「学園からお金をもらって,後はその領収書と交換して
お金を戻してほしい。」と言われて封筒に入った領収書を渡されたこと
があった。
そこでEに相談すると,Eは,「困ったな。」と言っていたが,結局
その後,「請求書をこういうふうに上げてくれ。」と言って,A学園工
事代金の水増し請求を受けてくれるようになった。
入金された金は,引き出した後,「領収書のお金です。」と言って,
被告人Aに渡していた。
Fは,最初はどうしてそういうことをやるのかと思っていたが,別に
自分たちの金を出すわけでもない上,その当時,被告人Aから仕事をも
らっており,今後の仕事もあるという話であったことから,その一連の
流れで断れなかった。
(2)本件共謀状況に関連する事実
Fは,平成13年3月ころ,被告人Aから,「外壁を塗装して,破損
しているクラック,傷ついた部分を直してきれいにしたいという計画を
学園で立てている。」「Eさんと打合せをしてみてくれ。」と言われた。
その後,Eから見積りの依頼があり,Fは,c塗工部に見積りを依頼し
た。c塗工部からは,4月4日に,1900万円前後の見積りが上がっ
てきたところ,4月5日付で,M建設工業からA学園に同じ金額の見積
書を上げた。
その数日後,Eが,Fのところにaの見積りを流してきて,「それよ
りも少し安くできないか。」と言ったことから,Fは,4200万円に
見積りをし直した。
その当日か翌日に,この見積書にEから手書きで3780万円に直さ
れたものが送られてきて,Fは,それに基づいて3780万円の見積書
を作成した。
その後,4月17日に同様に項目と数字が書かれたファックスが流れ
てきて,そのとおり作ってくれという依頼があり,金額は1億3000
万円になっていた。Eは,「今問題になっている耐震補強工事の項目が
入ってきたので,これを入れて作ってくれ。」と言っていた。Fは,M
建設工業からA学園宛ての1億3300万円余りの見積書を作成した。
その後にEから,「CFシートについて,施工方法や単価などを調べて
くれ。」と言われた。
A学園校舎外壁補修工事について,CFシート貼付面積を減らすこと
になったのは,A学園の指示によるものである。平成13年5月中に,
Fは,Eから「炭素繊維シートの数量を減らすと,単価がいくらになる
んだ。」「シートの数量を減らして,金額がいくら下がるんだ。」など
と聞かれた。Eは,減らした後に貼るCFシートの量として,当初は,
最初の見積りの半分と言っていたが,具体的な量として700㎡前後の
数字を上げていた。それに対して,Fは,「金額はこのくらい差がある
んじゃないでしょうか。」という程度の話をしたが,具体的な金額まで
は話さなかった。
CFシートを減らす話は,その後もEからあり,その度に,貼付面積
はどんどん減少していった。
CFシートの貼付面積が減少する理由について,当初はEから説明が
なかったが,数量を減らす間に,A学園のサッシ工事やタイル工事も一
緒にやりたいという話が出てきたことから,Fは,それと金額を相殺す
るのかなと理解していた。M建設工業からA学園宛ての平成13年6月
6日付けの見積書には,CFシート貼付面積として640㎡という数字
が出ており,これ以前の段階で640㎡を前提にc塗工部に見積りを取
らせていることから,遅くとも6月6日ころには,Eとの間で,640
㎡という数字が出ていたと思う。Fは,遅くとも6月初めの時点では,
Eから,「理事長の家の工事代金をここで作らなきゃいけないんだ。」
ということを聞いた。Fから,被告人Aに対して直接,A学園工事代金
の中からA宅改修工事代金を出すことについての確認はしていない。
その後も,Eとのやり取りでCFシート貼付面積が変更され,7月1
0日過ぎに,Eと最終的にどの部分にどのくらいCFシートを貼るかと
いう打合せを行った(同様のやり取りは,それ以前に何度かあった。)。
Eは,校舎の図面を使って,実際にCFシートを貼付する部分に斜線を
書くなどした。
一方,別の校舎立面図は,最終打合せが終わったときにもらったと思
う。同立面図には,緑色で印が付けてあるが,現場監督が印を付けたも
のではないかと思う。
(3)A宅改修工事について
A宅改修工事のうち,外壁工事については平成12年8月ころに,内
装工事については同年12月ころに話が出てきた。外壁工事については,
同年8月の段階で,被告人Aの指示により,M建設工業において見積り
を取るなどし,最終的には1500万円程度の見積りが出ていたが,被
告人Aから金額が高いという話が出て,いったん流れた。
その後,平成13年2月ころに,被告人Aから,内装工事の打合せの
続きで外装工事の話になり,外壁工事もやるという話が出た。一度金が
なくて止めるという話であったのに,再びやるという話になった理由は
よく分からない。
今回問題になっているA宅改修工事は,同年5月ころに始まり,細か
いものも入れると同年9月ころまで続いた。始まった段階では,施工中
のものについては金額が決まっていたが,それから毎日打合せをするた
びに,新たな工事が追加されたり内容の変更ややり直しがあったりして
金額が変わっていった。具体的には,外壁について,被告人Aが雑誌を
見て装飾品を増やしたり,風呂場について,浴槽の取替えや中の石の張
替え,サッシを大きくしたことなどがあった。
Fは,同改修工事の代金が増えていることをEに伝えていたが,Eは,
極力やらないようにしてくれということばかり言っていた。6月を過ぎ
たころの打合せでは,Eとの間で,工事代金が4000万円を超えてい
るという話をしたことがあった。
被告人Aから,同改修工事をするに当たり,あらかじめ定まった金額
の提示はなかった。そのためFは,被告人Aに対し,工事内容が追加さ
れるたびに見積書を渡しており,最終的には,その見積りを全部まとめ
て持参し,合計金額は四千なにがしという話をした記憶がある。被告人
Aは,こんなにかかっているのかと驚いていたが,その後,工事を止め
てくれとか金額を減らしてくれとかいう話はなく,その後も工事内容の
追加,変更の指示があった。
2F証言は,本件以前の不正行為の点については,E証言と概ね同様の内
容を述べた上,本件の共謀について,A学園の校舎外壁補修工事における
CFシートの貼付面積を減らす旨の被告人Aの指示をEから聞き,それに
従って同工事を行い,更にEから,A学園校舎外壁補修工事代金の当初見
積額と,CFシート貼付面積削減により生ずる実際の工事代金額との差額
の中から支払うことを聞いた旨,本件共謀に係る一連の流れを証言してい
るところ,E証言と同様に,この点を立証する重要な供述証拠である。
3そこで,F証言の一般的信用性について検討する。確かに,Fは,A学
園校舎外壁補修工事とA宅改修工事とのいずれについても元請けしたM建
設工業の代表取締役であり,この二つの工事により相応の利潤を得ている
ものと推認されるところ,A学園校舎外壁補修工事におけるCFシートの
貼付面積を削減した場合,これにより浮いた差額を使い,下請業者への支
払分を含め,A宅改修工事分を拡大させること等により,更なる利得を得
られるという立場にあったことは否定できない。また,Fは,下記のとお
り,平成13年12月10日,被告人Aの前妻Kと不倫関係にあったこと
に対する慰謝料名目で1000万円を支払うなどしていることも認められ,
被告人Aに対しては,必ずしも好感情を抱いていないものとも考えられる。
そうすると,Fが本件において虚偽供述を行う動機としては,被告人Aの
与り知らないところで,CFシート削減により,A学園校舎外壁工事にか
かる費用を浮かせ,この差額を,A宅改修工事ないしはその下請業者への
支払に回すなどしていたFが,被告人Aに対して抱いていた悪感情もあっ
て,殊更,被告人Aを首謀者とするような証言を行ったということが想定
されないわけではない。もっとも,Fも,Eと同様に,判示第1の1及び
第1の3の各事実の共犯者として起訴され,自らの裁判で公訴事実をすべ
て認め,有罪判決(懲役2年6月,4年間執行猶予)を受けており,その
後に,宣誓及び偽証罪の制裁の告知の下に上記のとおり証言しており,自
らの不利益の可能性を甘受し,事実関係を捏造,歪曲してまで,被告人A
に不利益な証言をするということは,考えにくいところである。そうする
と,その証言の信用性については,各証言部分の具体的内容を踏まえ,他
の証拠との整合性等を吟味するなどしながら,相当慎重に検討する必要が
あるものの,本件の共謀状況等に関連する事実を述べる上記証言内容を見
ると,A学園側担当者であるEと,両工事の請負業者であるFとの間で,
どちらが積極的に関与していたかについて若干の食い違いはないではない
にしても,それは両者の見方ないし立場の違いから生じるものと解される
のであって,本件の共謀に係る一連の流れに関する証言については,その
重要部分においてE証言に沿うものないしは矛盾しないものであり,上記
のとおり信用性の高いE証言により,その信用性を裏付けられているとい
えるから,F証言は,少なくともそのような限度で,信用できるものと評
価できる。
第5CFシート貼付面積が減少していった経緯
1関係証拠によれば,以下の経緯が認められる。
平成13年4月下旬から5月初旬ころ,F(元請)は,A学園校舎外壁
補修工事に関連して,株式会社c塗工部(一次下請)に,CFシートを貼
付する施工面積を640㎡として見積書を作るよう依頼した。
それを受けて,c塗工部はd株式会社(二次下請)に,dはe株式会社
(三次下請)に順次依頼した。e株式会社代表取締役であるfは,株式会
社gに相談し,同社は,同年5月9日付けでe株式会社宛ての見積書を作
成した。この見積書には「見積条件」の中に「④施工面積は640㎡とし
ます。」との記載があり,明細書の中でもそれに沿った見積りがされてい
る。
この見積書は,eからd,c塗工部へと順次わたり,c塗工部はこれに
金額を上乗せしたM建設工業宛ての見積書(日付欄は空欄である。以下
「c塗工部見積書」という。)を作成し,M建設工業に渡した(c塗工部
見積書においても,「工事費」中の「CFシート貼付け工」については,
640㎡と記載されている。なお,同じころ,M建設工業からc塗工部に
対して,1号棟,2号棟,3号棟の1の通路側だけにCFシートを貼るの
で,CFシートの施工範囲を640㎡以内にして,塗装工事を含めた見積
書を作ってほしいとの指示があり,c塗工部はそれに基づく見積書(作成
年月日空欄,金額は3600万円)も作成している。)。
M建設工業は,c塗工部見積書に基づいて,同年6月6日付けで北海道
A学園大学宛ての見積書を作成した。同見積書の内容は概ねc塗工部見積
書と同じであり,金額は2199万円で,「CFシート貼付け工」は64
0㎡と記載されている。
同年7月5日付けのdからe宛てのファックス送信書では,A学園校舎
の立面図にシート貼付部分を図示され,同月6日付けのdからe宛ての注
文書においては,「CFシート工事約230㎡」と記載されている。
その後,同月12日に,M建設工業,c塗工部,d,eの関係者が集ま
った。その場で,M建設工業のh(校舎外壁補修工事に現場の責任者・管
理技師として携わった。)は,「学園の予算の都合で,全面は貼れない。
学園の意向は,壁の破片が崩れ落ちて人に当たるのを防止するため,通路
側にだけCFシートを貼って補強するということだ。」などと言い,学園
校舎の立面図を示し,緑色マーカーで囲まれた壁部分だけにCFシートを
1枚だけ貼ることを指示した。このときにCFシートの貼付面積が255
㎡とされ,eは,以上に基づいてCFシートの発注を行った。
2hの供述
この経緯について,hは,次のとおり供述している。
hは,平成13年5月中ごろに,Fから校舎外壁補修工事の施工現場監
理の依頼指示を受けた。そして,Fは,このころ既に,hに対し,「E課
長との打合せ結果で決まったことだから。」として,校舎外壁の補修・塗
装工事を施工する5棟のうち,耐震補強工事はピアノ棟,2号棟,3号棟
の1,4号棟の計4棟につき行うと伝えて,それぞれの施工範囲を指示し
た。hは,その指示に基づいて,学園校舎立面図に蛍光ペン(緑色)で指
示されたCFシートの施工箇所,範囲を図示し,さらに,その立面図に4
棟ごとの施工面積,合計面積を算出・記載して,Fに確認した(この時点
で,施工面積は約255㎡であった。ただし,この書き込んだ図面は,上
記7月12日に出てきた図面とは別のものである。)。
同年5月17日に,hは,この立面図と同じものをA学園の関連会社で
あるbのiに提出し,施工箇所,範囲,面積等の確認をした。
3検討
上記第1の2記載のとおり,平成13年4月18日付けの文部科学省に
提出された補助金申請に係る計画調書の前提となったM建設工業の見積り
では,2681.5㎡であったCFシート貼付面積について,上記1のと
おり,同年5月9日付けでは,CFシート貼付面積を640㎡とする三次
下請宛ての見積書が存在しており,これによれば,このころには既に,同
貼付面積を640㎡程度とするような話が出ていたことが認められる。
そこで,この点に関するE証言及びF証言をみるに,E証言は,被告人
Aから,ゴールデンウィーク前に,CFシートを半分にすることを持ち掛
けられ,その後,半分が更に減ってもしょうがないと言われていたこと,
それをFに伝えたこと,同年6月末くらいに,Fから「明日行くからどこ
に貼ったらいいか検討してほしい。」などと言われ,そのころ,最低限C
Fシートを貼ってほしいという部分を校舎立面図に印を付けてFに指示し
たことを証言するものであり,F証言も,Eは減らした後のCFシートの
具体的な量について当初は見積りの半分と言っていたが,その後は700
㎡前後の数字を挙げていたこと,同年7月10日ころ,Eとの打合せによ
り,CFシート貼付部分,貼付面積を定め,校舎図面に印を付けたことな
どを証言するものであるところ,この点に関する両証言は,相互に大きく
矛盾するところはない上,主として見積書等の客観的証拠により認定でき
る,上記1のとおりのCFシート貼付面積減少の経緯と対比してみても,
時期的な点も含めて十分に整合的であるから,信用できるものといえる。
この点,弁護人は,E証言によれば,被告人Aから当初CFシートの貼
付面積を半分にするという話があったにもかかわらず,半分(1300
㎡)とする見積書が作成されていないことをもって,E証言は疑わしいな
どと指摘する。しかし,同年4月12日付けの校舎外壁補修工事の見積書
には「壁補強工事」という名称で,CFシート貼付工事の単価や面積等が
記載されており,CFシートの貼付面積が減少した場合でも,この単価や
面積等により,およその見積代金は算定可能であったから,弁護人指摘の
ような見積書が作成されていないことは,それほど不自然であるとはいえ
ない。
第6A宅改修工事の経緯
1被告人Aは,平成12年当時,何年かにわたって少しずつ自宅の改修を
進めていくことを計画しており,そのころ,自宅増築工事の見積りを取っ
たことがあったが,金額が高いということもあり,取りやめになった。被
告人Aは,同年8月ころには,M建設工業に依頼して,自宅外壁工事の見
積りを取るなどした。その後,外壁工事についても一旦はなくなったが,
被告人A自身は是非やりたいという気持ちをもっていたことから,平成1
3年2月ころ,再び,被告人AからFに対し,外壁工事をやりたいという
話があり,Fは何度か見積書を提出するなどしていた。
一方,内装工事については,被告人Aの当時の妻Kがやりたいという強
い希望を持っていたことから,平成13年度に行うことになっていた。
2内装工事の打合せが行われた時期について,Fは,「平成12年12月
に,設備工事に絡むものが少しあり,それに絡んだ内装のクロス,床等の
張替の話が出ていた。」と証言する。そして,Eは,「平成13年4月下
旬ころには,内装の話を,被告人AからもFからも聞いていた。同年4月
以降,家の工事の見積書を何度か見た記憶がある。」と証言している。
一方,被告人Aは,「平成13年4月下旬ころに自宅改修工事の見積書
を見たことはなく,内装については,ゴールデンウィークのころは,Kか
ら意見は出ていたものの,全く何も決まっていない状態だった。」と供述
する。
この点,本件で問題となっているA宅改修工事は,M建設工業が請け負
い,合計23社の施工業者又は納品業者により,平成13年3月ないし4
月ころから順次行われており,時期の早いものでは,同年4月11日に,
辛コーポレーションが玄関内踊り場の足場掛け払い工事を行っているなど,
4月中に内装,外壁合わせて4社の下請業者による工事ないし納品が行わ
れていたことが証拠上明らかに認められる。
かかる状況からすれば,ゴールデンウィークのころには何も決まってい
なかったなどとする被告人Aの上記供述は,にわかには信用しがたい。
そこで,上記F,E証言により,同年4月の時点では,内装工事につい
ても,ある程度の見積りが取られていたものと推認することができる。
3これに対し,弁護人は,ゴールデンウィークころの時期というのは,A
宅改修工事につき,外壁工事を除く改修工事の計画が始まったに過ぎない
段階であることを前提に,ゴールデンウィークころには,これほど(「炭
素繊維シートを貼るのを半分にすると,要はサッシ工事も家の工事もでき
る。」旨の被告人Aの発言があるほど)金額のかかる工事とは計画されて
おらず,むしろ,内装工事の中心をなすと思われる設備工事の見積書(金
額599万円)が平成13年8月6日付けで作成されていることをも考慮
すると,ゴールデンウィークころに上記被告人A発言があったとするE証
言は不合理であると主張する。
しかし,E証言によれば,被告人AからCFシートを減らすという話が
出る前から,内装工事の見積書を被告人AやFから見せられていたとのこ
とであるし,上記のとおり,外壁工事の見積書は既に存在していた上,本
件のA宅改修工事は,平成12年以来,何年かにわたって少しずつ改修工
事を進めていく計画の中で行われたことからすれば,既におおよその工事
概算額は明らかになっていたと考えるのが合理的であるし,たとえ正規の
見積書が作成されていなくとも,おおよその金額を前提に工事の予定が進
んでいたことも十分に考えられるところである。
また,逆に,被告人Aは,「見積書記載のCFシートの単価は1㎡あた
り2万4000円であることから,CFシートを半分にした場合に,他に
充てることができる金額は約3200万円であるところ,Eは,サッシ工
事の予算を2000万円と考えていたというのであり,自宅工事の予算は
1200万円程度考えていたということになるが,実際には,CFシート
を半分にするだけでは自宅改修工事はできなかったのであり,Eの証言は
信用できない。」旨供述している。そして,弁護人は,これに補足して,
この時点においては,既に,A宅改修工事のうち外壁工事について157
5万円の見積りが出ていたことを指摘する。
しかし,Eは,被告人Aの指示に従っただけであり,上記のとおり,E
がA宅改修工事の代金とCFシートの貼付面積とを積極的に調整していた
とまでは認められないことからすれば,Eは,A宅改修工事にかかる具体
的金額までは把握していなかったものとみるのがむしろ自然である。そう
すると,Eは,具体的金額を意識することなく,被告人Aの上記指示を受
け入れ,Fに伝えたものというほかなく,このことが不自然であるとはい
えない。
したがって,弁護人や被告人が主張・指摘する上記各点は,いずれも理
由がなく採用できない。
第7被告人Aによる支払仮装の有無
1当事者の主張
(1)本件では,被告人Aが自身の出捐によりA宅改修工事の代金を支払
ったことを一応窺わせるものとして,①平成13年11月1日付けのM
建設工業が被告人Aに宛てた75万円の領収書(但書に「外壁工事内金
として」と記載されたもの。),②同年12月14日付けの,依頼人を
被告人A,受取人をM建設工業とする,1500万円の振込金(兼手数
料)受領書,③同年6月30日付けのM建設工業が被告人Aに宛てた3
700万円の領収書(但書に「H12年借り入れ金2000万円工事代
金(着手金)と相殺,H13.6.30,1700万円集金分として」
と記載されたもの。)が存在する(このうち,③の領収書が,本件背任
につき新聞報道がなされた平成17年11月13日ころの混乱の際に作
成された,支払実態のない領収書であることについては争いがない。)。
このほか,A宅改修工事に関する契約書として,④平成13年6月1
1日付けで,注文者を「A」,請負者を「株式会社M建設工業」,工事
を「A邸外壁改修工事」,請負代金額を「¥15,750,000」と
する工事請負契約書があり,①の領収書及び②の振込金受領書は,これ
に対応するものといえる。
(2)検察官は,①の領収書や②の振込金受領書,更には④の工事請負契
約書について,A宅改修工事代金の支払を仮装するために作出された内
容虚偽のものであると主張する。これに対し,弁護人は,被告人Aは,
④の工事請負契約書に基づき,実際に同金額を支払ったと主張する(よ
り具体的には,弁護人は,①の領収書や②の振込金受領書は,外壁工事
代金について被告人Aの出捐による支払を証するものであると主張し,
下記第8のとおり,事後的な調査結果や,A宅改修工事の下請業者のう
ち4社について個々の工事に不明不適があること等から,実際の同改修
工事の費用は2000万円を大きく上回るものではなく,そのうち,被
告人Aは,外壁工事については1575万円をM建設工業に支払ってお
り,その余の工事代金については,Fに対する慰謝料請求権と相殺して
いるのであるから,結局,被告人Aに利益は還元されていないと主張す
る。)。
2F証言の要旨及びその信用性
(1)この点に関するF証言の要旨は,以下のとおりである。
Fは,平成13年7月に,被告人Aの自宅の庭で,A学園職員のBか
ら「住宅の工事をかなり派手にやっているが,周りからいろいろ言われ
たらどうしよう。」との不安を打ち明けられ,相談を受けた。Bの不安
は,A宅の外壁工事をやっているので,税務署などから,被告人Aがそ
の代金を支払っていないことを何か指摘されたら困るということであっ
た。
その後,同年9月,A宅において,被告人A,E,F及びBが集まっ
た際に,今回行ったA宅改修工事の契約書を作成して,金を振り込んだ
ように見せかけるという話をし,金額を1500万円(消費税別)とす
る外壁補修工事の契約書を作ることになった。同工事請負契約書は,同
年9月から10月にかけて作成された。
そして,A学園で振込用の金員を用意できないことなどから,Fが1
500万円を用意することとなり,同年11月ころに,12月14日に
振込を行うことが決まった。
Fは,同月13日に,「M建設工業代表取締役F」名義の口座から6
00万円,「j」名義の口座から400万円,「k」名義の口座から1
00万円をそれぞれ引き出し,さらに同社金庫から400万円の現金を
出して,合計1500万円を用意し,A宅に持っていった。この際,A
宅には,被告人AのほかにEらがいた。Fは,この金を置いてそのまま
出てきた。
また,Fは,同年12月にEに対し,上記工事契約書記載の金額のう
ち消費税分75万円については,領収書を作るという話をした。そして,
M建設工業において領収書を作成し,1500万円を持っていったとき
に,一緒に被告人Aに渡した。75万円については,実際に支払われた
ことはなく,M建設工業の帳簿上は未収金として処理されている。
(2)上記F証言の信用性について検討するに,M建設工業の商業登記履
歴事項全部証明書によれば,同社は,平成13年6月27日に「札幌市
●区●条●丁目●番地●」に移転し,同年7月11日に登記をなしたこ
とが認められるところ,上記工事請負契約書におけるM建設工業の住所
が,「札幌市●区●条●丁目●番地●ビル●F」と記載されていること
からすれば,④の工事請負契約書は,同書面上の作成日付である同年6
月11日ころではなく,同月末以降に作成された可能性が高い。また,
M建設工業の領収書綴りによれば,①の領収書は,同領収書綴りのうち,
同年12月5日付けの領収書と同月20日付けの領収書との間に綴られ
ており,この間に作成されたものとみるのが合理的である。加えて,預
金元帳についての捜査報告書によれば,株式会社M建設工業代表取締役
F名義,j名義,k名義の各口座からは,それぞれ上記日時に上記金額
が引き出されている。このような客観的証拠の存在は,上記F証言を的
確に裏付けるものであり,その信用性を高めるものといえる。
さらに,この点に関しては,Eも,「平成13年7月くらいに,被告
人A,Bらといたときに,Bが,被告人Aの自宅について,外から見え
る外壁工事もやっていたことから,被告人Aの支払が一切ないというの
はおかしいのではないかという話をした。Eは,同年11月ころ,被告
人Aから,Fに1500万円を用意してもらえるという話を聞いた。そ
して,同年12月13日に,被告人Aからの電話で,翌14日に金を振
り込むという話を聞いた。Eは,被告人Aから,14日の朝にP銀行の
振込用紙を持ってくるように頼まれ,それに応じA宅にそれを持ってい
くと,Fらがいた。このとき,現金1500万円を直接確認したわけで
はないが,手提げの紙袋に現金らしきものが入っているのを見た。振込
用紙には被告人A本人が記入し,Eか,被告人Aの運転手をしていたl
かmの誰かが,実際に振込に行った。75万円の領収書についてのやり
取りは知らない。」旨証言しているところ,F証言とは,Fが1500
万円を持ってA宅を訪れた日時につき,若干の食い違いがあるものの,
振込を仮装することになった経緯や振込日等の点については,概ね一致
しており,上記F証言の信用性を裏付けるものである(なお,弁護人は,
F証言との日付の違いや証言の具体性の乏しさから,上記E証言は信用
できないと主張するが,そもそもEの役割は,振込用紙を被告人Aに持
っていったり,実際に1500万円を振り込んだかどうかという程度で
あり,事前に支払仮装を決める話合い等への積極的な関与までは認めら
れないことからすれば,特段不自然ではない。実際に振込行為をしたの
が自分であったかどうかは覚えていないとする点についても,特段被告
人Aに不利な証言内容でもなく,むしろ真摯な証言態度と評価すること
ができる。)。
(3)以上によれば,上記F証言は大筋において信用することができる。
3被告人Aの供述
(1)他方,被告人Aは,次のとおり供述する。
平成13年6月末に,Fが,被告人Aのところに自宅工事請負契約書
を持ってきて契約をした。工事開始日が同年6月11日であったことか
ら,契約書の日付を同日付けに遡らせて上記契約書を作成した。その後,
同年12月10日に,Fが被告人Aに対して,被告人Aの前妻との不倫
に対する慰謝料1000万円を支払った(後述)ことから,被告人Aは,
その後同月14日と日にちを決めて同工事代金1500万円を支払うこ
とにした。
1500万円の現金については,被告人A自身が,預金から早々に下
ろして,大学の理事長室の金庫に保管しており,同月1日には,自宅に
金を移していた。
また,75万円については,公判段階では,現金を封筒に入れて直接
Fに渡したと供述している(捜査段階では,同年11月1日に,自宅外
壁工事の内金として支払った旨供述する。)。
(2)かかる被告人Aの供述の信用性について検討するに,被告人Aは,
公判において,平成13年9月末以降11月6日まで,Fと連絡が取れ
なかった旨供述している一方,上記被告人Aの供述を総合すると,被告
人Aは同年11月1日に75万円を支払うためにFに会っていることに
なり,矛盾している。また,1500万円の現金を同年12月1日から
自宅の金庫に保管していたという点についても,同月14日にこれを支
払うまでの間に,同月10日にFから慰謝料として現金1000万円を
受け取るなどしていることなども踏まえると,その際に1500万円の
支払の話が出なかったというのは,些か不自然といわざるを得ない。加
えて,上記のとおり信用できるF証言とも,全く相反するものである。
(3)よって,被告人Aの上記供述は,信用できない。
4以上によれば,信用できるF証言等により,①の領収書,②の振込金受
領書は,いずれも被告人Aによる資金拠出の実態を伴わず,被告人Aによ
る自宅改修工事代金の振込を仮装するためのものであり,④工事請負契約
書は,内容虚偽のものであると認められる。
そして,上記F証言のとおり,被告人A自身の積極的な関与により,A
宅改修工事代金の支払を仮装していることは,被告人Aが当初から本件背
任を指示し,共謀を遂げていたことを強く推認させる事情である。
第8被告人Aが自宅改修工事代金を支払ったとする弁護人の主張
1弁護人は,被告人Aに本件背任の結果として利得が還元されていれば,
被告人Aの共謀について推定が働くところであるが,被告人Aは財産的利
得を取得しておらず,その論拠として,そもそも,被告人Aは,自宅改修
工事代金分は既にM建設工業に対し支払済みであると主張する。その主張
の詳細は,以下のとおりである。
被告人A自身は,Fから自宅改修工事代金の概算額も聞かされておらず,
同工事の見積書等さえ交付されていなかったことから,総工事費を認識し
ていなかった。平成17年11月13日に本件がマスコミに報道された後,
A学園の調査委員会が,A宅改修工事の工事費を明らかにするため民間業
者に依頼して鑑定を行った。そして,工事をした箇所の特定は,被告人A
やEの記憶や現状目視による工事箇所・内容の推定に限られるという制約
はあったものの,その鑑定結果は,改修工事費898万0598円という
ものであり,浴室と寝室のLED工事については再鑑定を実施したところ,
同工事費用は92万円というものであった。そして,具体的にみても,個
々の下請業者(下記4社)の工事関係書類をみると,不明不適な点があっ
た。これらの点からすれば,実際の工事代金の総額は,2000万円を大
きく超えるものではなかったといえる。
そして,被告人Aは,自宅改修工事代金のうち,外壁工事分については,
平成13年11月1日に75万円を,同年12月14日に1500万円を
支払っている。
さらに,被告人Aは,Fが被告人Aの当時の妻Kと不倫関係にあったこ
とから,平成13年12月に,Fから不倫の慰謝料として1000万円の
支払を受けているところ,被告人AのFに対する慰謝料請求権のうち10
00万円を超過する金額分と,M建設工業の被告人Aに対する校舎外壁補
修工事代金請求権のうち1575万円を超過する金額分については,既に
相殺している,というものである。
なお,弁護人の上記主張のうち,被告人AがM建設工業に対して,自宅
改修工事代金として既に1575万円を支払ったという主張は,上記第7
において検討済みであり排斥されている。
もっとも,A宅改修工事費の金額は,弁護人の主張に対する検討である
のはもとより,被告人Aにつき本件背任の共謀を認めるにしても,その損
害額や被告人Aの利得にも関連するものであるから,まずこれについて検
討し,その上で,慰謝料請求権との相殺の主張についても検討を進めるこ
ととする。
2個々の工事の不明不適との主張について
(1)有限会社n
ア当事者の主張
有限会社nは,主に,A宅の寝室及び浴室内のLED工事を行った
業者である。
検察官は,同社は,A宅改修工事に関して,M建設工業から合計7
68万5475円の支払(いずれも平成13年8月6日以降の支払)
を受けたと主張し,これに対応する請求書,領収書等が存在するとす
る。
弁護人は,支払関係の証拠のうち,平成13年10月16日付けの
領収書(金額170万円)(以下「170万円の領収書」という。)
の但書には「看板制作代金」と記載されていることから,170万円
は,A宅改修工事ではなく,他のパチンコ店の工事代金として支払わ
れたものではないかと指摘する。さらに,上記のとおり,LEDの工
事の金額についても,高額に過ぎるのではないかと主張する。
イ170万円の領収書について
(ア)nのJは,170万円の領収書について,「A宅改修工事の下
請代金の支払を受けたときの領収書であり,M建設工業から実際に
支払を受けている。領収書に『看板制作代金』とあるのは,通常,
nの仕事がディスプレイ関係の制作であることから,M建設工業に
対しては,指定がない場合には,看板制作代金として領収書を発行
していたことによるものである。」と証言する。そして,普通は一
番大きな項目や代表的な項目を書いたりするのではないか,という
弁護人の質問に対しては,「当時,M建設工業とは,毎月結構な金
額の取引があったので,振込で支払われる場合には,別段領収書を
発行することはしなかった。手形の場合は領収書を発行していたが,
初めてや余り取引のない関係ではないので,いつも正確に書いてい
たかというと書いていなかった。」などと証言している。
そして,Fは,「看板制作代金というのは,但書に(細かく全て
の工事を)書くのが大変だったので,多分LEDを看板に使うこと
もあるので看板制作代金としたのだと思うが,はっきりとした理由
は覚えていない。多分,お金のやり取りをするときに,M建設工業
とnとが話をして,領収書を作ったのだと思う。」と証言している。
(イ)ここで,請求書と支払との対応関係等についてみるに,平成1
3年8月31日付けの請求書のうち,金額欄の横に「見送り」と記
載されている「1A邸LED風呂場」の工事を除いた「2A邸
犬小屋シート」「3A邸親柱」「4A邸親柱追加」「5A邸
丸柱」の各工事の請求額は合計239万3475円(消費税込)で
あるところ,平成13年10月12日に69万3475円が振り込
まれ,同月16日付けとして,170万円の領収書が存在している
が,この二つの支払合計額は,上記請求額と一致している。
また,請求の締めとその支払の時期は,月末締めの翌々月10日
前後払いであったところ,上記工事について,同年8月31日付け
請求で,同年10月12日及び16日に支払われていることは,J
がM建設工業に支払を待たされることもあったと証言していること
をも勘案すれば,極めて整合的である。
170万円の領収書の但書の記載については,確かに,些か不自
然な感もないわけではないが,上記J証言から窺われるとおり,当
時,M建設工業とnとの間に多数の取引がある中で,このような記
載がされたものと見る余地もあり,上記Jの説明も一応納得できる
ものである(なお,F証言は,170万円にはLEDの代金も含ま
れるとしている点で,前提を誤ったものであるが,もともとはっき
りとは覚えていないと証言しているところであり,意図的な虚偽供
述とは言えない。)。
以上からすれば,上記領収書に係る170万円は,A宅改修工事
の支払に充てられたものと認められる。
ウLEDの金額について
(ア)Jは,寝室LEDが300万円(税別),風呂場LEDが12
6万円(税別)とされているLED工事の金額について,「寝室の
LEDは,当初は325万円でM建設工業に見積りを上げていたが,
その後配線に使う部材の量が当初見積りよりも少なくなったことか
ら,Jの方から25万円減らすように言った。風呂場のLEDは,
当初は140万円としていたが,風呂桶の中に設置した1個が切れ
てしまったことから,その分を減額した。」と証言する。
(イ)そこで検討するに,LEDについては,株式会社oからn宛て
平成13年8月10日付け「LEDicove42本設置材料及び工
料」について200万円との請求明細書があり,Jは,これがA宅
の寝室LEDだと証言した上で,100万円上乗せをして請求した
理由として,設置に当たりそれ以前にかかった附帯経費や,新しい
ものを取り入れることによるリスク等を加味して上乗せしたと説明
する。
また,同月31日締切分の株式会社oから株式会社p宛て「LE
Dicove10本他設置材料及び工料」について90万円と記載され
た請求明細書があるところ,Jは,これはnへの請求であり,A宅
の風呂場LEDだと証言する。そして,50万円を上乗せして請求
した点については,上記と同様の説明をしている。
Jの上記証言は,客観的証拠に基づいており,説得力がある。
以上からすれば,寝室及び風呂場のLED工事代金にも,特段不
自然な点は見当たらない。
エよって,n分について,検察官主張のとおりの上記工事代金が認め
られる。
(2)株式会社c塗工部
ア当事者の主張
c塗工部は,主にA宅の外壁工事を行った業者である。
検察官は,同社は,A宅改修工事に関して,M建設工業から合計1
110万9000円の支払(平成13年8月6日以降は,900万9
000円の支払)を受けたと主張し,これに対応する請求書,領収書
等が存在するとする。
一方,弁護人は,c塗工部は,同改修工事の見積書の中で,外壁に
関する工事の数量を485.0㎡と見積もっているのに,A宅建物が
新築された当時に,設計を担当したqが作成した立面図を元に算定す
ると,開口部を除いた外壁工事の対象面積は約270㎡に過ぎないか
ら,実際の約1.8倍もの面積を見積もった不当に高い請求がされて
いると主張する。
イこの点,c塗工部のGは,「見積書における485.0㎡の根拠に
ついては,Fに言われた数字ではなく,G自身が,実測したか図面で
拾ったかいずれかの数字であり,開口部を除いた面積に,10%未満
の余分を加算して数字を出した。」旨証言し,「弁護人が示した図面
では,建物に凹凸があった場合,そこの面積が反映されていない。た
だし,A宅にそれほど凹凸があったかどうかについては余り記憶にな
い。なぜ約1.8倍もの差が出るのかという点については,正直分か
らない。」と証言している。
また,同じ見積書において,足場費については,足場面積として5
23㎡との見積りがなされているところ,足場については,下請業者
の壬に見積りを依頼した結果,上記面積が出てきたという記憶であり,
c塗工部側から523という数字を指示したことはないとし,さらに,
外壁工事面積485.0㎡と足場面積523㎡の差については,塗装
面積は開口部を除くが,足場面積はそれらも含めることから,足場面
積が多いのは当然であると証言している。
ウそこで検討するに,上記G証言によれば,足場面積の523㎡は,
c塗工部から依頼を受けた下請業者が独自に算出した数字であり,信
用できるところ,485㎡との差については,開口部も含めた面積で
あると,合理的な説明がなされている。また,弁護人は,FがM建設
工業の下請業者に対する別工事代金の未払分の振替に充てていた可能
性を指摘するが,Gは,485㎡という数字は自分で算定した数字で
あるとしてFからの指示があったことを明確に否定しており,これに
ついても一定の信を措くことができる。
なお,弁護人は,上記のとおり,新築当時の設計図面を元に,外壁
塗装工事対象面積が485㎡であったこと自体に合理的な疑いがある
と指摘するが,A宅建物が建築されたのは本件改修工事のおよそ14
年前であることや,同改修工事後のA宅の写真等によれば,自宅建物
外壁のほかにも敷地外壁等,塗装工事が行われた可能性がある箇所が
窺われることをも勘案すると,弁護人の指摘は,485.0㎡という
外壁工事面積に合理的な疑いを生ぜしめるものではない。
そこで,外壁塗装工事の面積は485㎡であったと認められる。
エよって,c塗工部分について,検察官主張のとおりの上記工事代金
が認められる。
(3)株式会社s
ア当事者の主張
株式会社sは,主に給排水・衛生設備,空調・換気工事等の設備工
事を行った業者である。
検察官は,同社は,A宅改修工事に関して,M建設工業から合計1
297万2267円の支払(いずれも平成13年8月6日以降の支
払)を受けたと主張し,これに対応する請求書,領収書等が存在する
とする。
弁護人は,sが実際のところ何を請け負ったのか明らかではないが,
M建設工業に対して提出した見積書は平成13年8月6日付けのもの
1通だけであるところ,sの下請であるtが行ったとされる大工工事
(同年6月,7月,8月分)についてはそもそも見積書がないこと,
tからsに対する請求についての内訳明細書も,7月分のみが存在し
6月分と8月分は存在しないことなどから,sが担当した設備工事及
び関連する大工工事の内容は,すべて上記見積書の項目に反映されて
おり,上記請求書のうちA宅についてtが行ったとされる項目及び金
額は,A宅の工事とは全く別の工事としてなされたものが,項目を変
えて記載されている可能性が高いと主張する。
イs代表取締役Iは,「8月6日付けの見積書には,既に行われてい
る工事分についても記載されているが,tの施工分は反映されていな
い。」と証言するが,その理由については覚えていないという。
そして,8月6日付け見積書の内訳明細書に記載されている「保温
工事」「ダクト,ボックス取付費」「機器,器具類取付費」等の工事
については,「tは行っておらず,sの職員や空調機器管理など他の
下請業者が行っていた。」,「tが請け負っていた工事は,いろんな
ものの取り付けから始まる大工工事であり,給排水・衛生設備,空調
・換気設備工事に関連する大工工事だけでなく,これに加えて他の大
工工事もあった。」と証言する。
ウそこで検討するに,この点は,Fも「8月6日付け見積書は,設備
関係の見積りだけのものであり,他にも,sには,設備工事と造作工
事を下請させていた。同見積書には,tが行った大工工事の分は入っ
ていない。」と証言しているところ,上記I証言は,このF証言とほ
ぼ符合しており,内容的にも特に不自然なところは見当たらない。
なお,弁護人は,Iは,本来,孫請けであるtの工事費が6月分,
7月分と発生しているのに,8月6日付けの見積書にtの仕掛かり工
事費既発生分が反映されていないのはおかしい旨を弁護人から指摘さ
れて証言を変更しており,その証言は信用できないなどと主張するが,
上記F証言と符合していることも考えると,むしろ,自己の記憶を喚
起し追想するなどした真摯な証言態度と評価できる。
上記I証言は信用できる。
エよって,s分について,検察官主張のとおりの工事代金が認められ
る。
(4)株式会社u
ア当事者の主張
株式会社uは,主にA宅の屋上のベランダに取り付ける支柱(装飾
柱)と笠木を納品するなどした業者である。
検察官は,同社は,A宅改修工事に関して,M建設工業から合計1
039万2774円の支払(平成13年8月6日以降は,657万5
124円の支払)を受けたと主張し,これに対応する請求書,領収書
等が存在するとする。
弁護人は,uがM建設工業に宛てた平成13年7月31日付けの請
求書,請求内訳書等によれば,A邸の工事として,「ミカミME−7
13」272本,「ミカミMA−1511」50本の代金がそれぞれ
請求されているところ,実際にA宅屋上ベランダに取り付けられてい
る柱の本数は計162本に過ぎず,柱の本数を実際よりも不当に水増
しした請求がされていると主張する。
イFは,支柱の実際の本数が納品書の本数よりも少ない点について,
以下のとおり証言する。
被告人Aから,雑誌ないしカタログを示され,自宅屋上ベランダに
このようなイメージで装飾柱等を付けたいという依頼があった。支柱
等を発注する前に,現場で図面と照らし合わせながら,業者と共に各
支柱の間隔(ピッチ)を決めた。それに基づき,必要な支柱の本数を
決めて発注した。被告人Aは現場での上記作業には携わっていないが,
発注に当たり,Fは,被告人Aにこういうピッチでやるという旨を何
かに書いて伝えていた。実際にA宅屋上において支柱現物を並べると,
被告人Aから間隔が狭いと言われてしまった。そこで,間隔をより広
げて設置することになった。余った支柱は,既に返品できず,納品業
者に現場にいたどこかの工事業者の倉庫まで持ち帰ってもらったと思
うが,よく分からない。支柱を納品したuは,商品が余ったという話
を多分分かっていると思う。これらのことを被告人Aに説明したかど
うかは,覚えていない。
また,uを経営するHは,納品の経緯等について,以下のとおり証
言する。
uは,M建設工業から,A宅に設置された手すり支柱や笠木の納品
についてのみ注文を受けた。M建設工業からは,支柱等を選ぶ打合せ
のしばらく後に,本数が決定された。H自身は,支柱本数の決定には
関わっておらず,その経緯についても知らない。Hは,癸という会社
に支柱と笠木を注文したところ,A1というメーカーからA宅に支柱
と笠木が直送された。現場で本数を確認したのはM建設工業の現場監
督であり,Hは,取り付けられた後に見たが,その際に設置本数の確
認まではしていない。実際の設置本数と納品本数との間に誤差が生じ
ていることについては分からない。
ウそこで検討するに,上記F証言及びH証言によれば,上記請求内訳
書記載のとおりの数の手すり柱,笠木がA宅に現に納品されたこと,
しかしその後,被告人Aの指示により,実際には各支柱間の間隔をよ
り広げて並べることになったために,発注された手すり柱につき10
0本以上の余剰が生じてしまったことが認められる。
そして,余剰の手すり柱は,納品したuに返品されるなどした形跡
が見当たらないばかりか,余剰分の処分,代金減額等について,被告
人Aと改めて交渉が持たれたこともないことなどからすれば,施主で
ある被告人Aないし実際に発注したM建設工業としては,一旦納品さ
れた支柱と笠木については,納品どおりに代金額を支払うほかなく,
結局,当初の請求どおりにこれが支払われたものと認められる。
エよって,u分について,検察官主張のとおりの上記工事代金が認め
られる。
3本件背任の損害額(A宅改修工事代金)について
上記2の検討結果及び捜査報告書等からすれば,平成13年8月6日以
降に,下請業者に実際に支払われたA宅改修工事代金総額は,5252万
8843円となる。
かかる金額は,弁護人がA宅改修工事費の鑑定等を根拠に主張する金額
をはるかに上回るものではあるが,その主張の根拠となっている鑑定には
上記のとおり工事箇所の特定につき制約があったことなどからすれば,そ
の鑑定結果には大きな疑問があるものといわなければならない。
弁護人は,Fが主導することにより,A宅改修工事代金として支払われ
るべき財源を利用し,他の工事費への振替払をしている可能性が高いと主
張するが,上記のとおり,個々の工事代金に不明不適な点が認められない
ことからすれば,弁護人の上記主張には理由がない。
なお,仮に,個々の工事代金に若干の不明不適があるものがあったとし
ても,上記5252万8843円は,いずれもA宅改修工事の下請代金と
して,M建設工業から各下請業者に支払われており,A学園からM建設工
業に支払われた合計1億3339万6830円の中には,A宅改修工事代
金分として,少なくとも5252万8843円が含まれていることは明ら
かであるから,下記のとおり,被告人A,E,Fとの間に,A宅改修工事
代金につき,A学園から支払わせるとの本件背任の共謀が成立している以
上,被告人Aが現実的に同額の利得を得たかどうかはともかく,被告人A
が理事長としての任務を負うA学園への任務違背行為により,同学園に対
し,同額の損害を与えたことは疑いなく認められることになる。
4慰謝料請求権との相殺の主張について
(1)前提となる事実(証拠上明らかな事実)
平成13年9月末,被告人Aが出張から自宅に帰ったところ,当時の
妻Kが家出していなくなっていた。被告人Aは,以前からFとKの関係
が親密であると感じていたことから,Fを疑って興信所に調査を依頼し
たところ,FがKのマンションに出入りしていること等が判明した(な
お,Fは,実際に不倫関係にあったことについては,これを否定してい
る。)。
そこで,同年11月6日,被告人Aは,Fを自宅に呼びつけた。Fは,
被告人Aに言われて,その場で,「A様,私Fは,A様に大変失礼な事
をいたしました」「・会社名義でマンションをかりました」「・Kさん
と,体の関係がありました」「・マンションへの出入りが11回有りま
した」「・Kさんと食事に行きました」「・マンションで一緒に食事も
しました」「以上の内容で大変失礼なことをいたしました」「今後はK
さんへは近づく事も連絡を取る事もいたしません」「自分の家族にもき
ちんと話しをいたします」「慰謝料として1000万円12月10日
までにお支払いいたします」などと紙に書いた。
そして,Fは,同年12月10日,会社の金庫にあった現金で,被告
人Aに上記慰謝料として1000万円を支払った。
(2)被告人Aの供述
被告人Aは,慰謝料請求権と自宅工事代金との相殺について,以下の
とおり供述する。
平成13年11月6日,慰謝料の支払の話があり,上記書面の内容に
ついて認めていたFが,自ら1000万円という金額を申し出て,同額
を支払うことになった。
その際,被告人Aが,「私の方の住宅の支払を9月からあなたに催促
していたけれども,請求書も持ってこない。これは一体いくらだったん
だ。」という質問をすると,Fは,「これは私の会社でけつを持ちま
す。」などと言った。被告人Aが,未だに分からないのか,と言うと,
Fは,今資料がないから分からないと言い,およその金額さえも出さな
かった(そこで,相殺するということになった。)。
Fが書いた上記書面に,自宅工事代金と慰謝料との相殺という文言を
入れなかったのは,当時,金額すらも分からなかったからである。今考
えれば,自宅工事代金の残額についても書面で明確にしておけばよかっ
たと思う。
(3)Fの証言
これに対して,Fは,以下のとおり証言する。
平成13年11月6日に,被告人Aから指示されて,1000万円を
支払うという書面を書き,Kにお願いされたことなどもあって,100
0万円を支払うことにした。
同日から,慰謝料1000万円を支払った同年12月10日までの間
に,被告人Aから,慰謝料名目のお金が1000万円以上にある,それ
と自宅工事代金を相殺するという話をされたことはない。
(4)検討
そこで検討するに,被告人Aの上記供述は,Fが,A宅改修工事代金
の未払分がいくらであるかも確認しないままに,相殺することになった
とするもので,それ自体,内容的に不自然なものである上,それを書面
に残さなかった理由についてもはっきりしない。また,そもそも,Fが
個人として負う慰謝料債務と,Fが代表取締役を務めているとはいえ,
M建設工業が法人として有しているA宅改修工事代金債権とを相殺でき
るのかどうかについても,疑問なしとしない。
したがって,自宅工事代金の残額と慰謝料とを相殺したという被告人
Aの供述はにわかに信用できない。
(5)以上によれば,A宅工事代金の残額は慰謝料債権との相殺により消
滅したという弁護人の上記主張は,理由がなく採用できない。
第9結論
1以上からすれば,E証言は,一般的信用性が高い上,本件共謀に係る一
連の流れについては,F証言とも概ね符合しているし,被告人Aから指示
を受け,それをFに伝えるなどして,本件共謀が成立した状況等,本件共
謀の核心部分についての証言内容は,A学園校舎外壁補修工事代金の一部
が,A宅改修工事代金に充てられるなど,本件背任,補助金不正受給によ
り,被告人Aが現実に多大なる利得を得る一方,Eには,格別の財産的利
得が見られないという点とも整合的であり,信用性が高い。
そして,信用できるE証言等によれば,被告人AからEへの指示があり,
EがそれをFに伝えて,それに基づいて本件背任が行われていること,ま
た,それに際して,被告人AとEとの間で,補助金を不正に受給すること
になる点についても意を通じ,それに基づいて,所要の手続を経て本件補
助金不正受給が行われたことが認められる。
よって,被告人Aについて,本件背任及び補助金適正化法違反の共謀が
認定できる。
2なお,弁護人は,被告人Aは,自宅改修工事についてそれをリードする
立場にはなく,被告人Aの自宅改修工事代金の認識は,外壁工事を除いた
内装工事について,予算がせいぜい1000万円の範囲であるということ
をKに伝えていたから,その程度の金額にとどまるものであったと主張す
る。かかる主張は,Aの背任の損害額の認識に関わるものであることから,
ここで検討する。
この点,Fは,上記第4の1(3)のとおり,被告人Aに対して,A宅改
修工事の工事内容が変更されるたびに,見積書を上げており,最終的に四
千なにがしという話も伝えたと証言している。しかし,被告人Aは,A宅
改修工事が行われていたとされる平成13年4月24日から8月31日ま
での間(130日間)に合計75日間も出張で自宅を留守にしているので
あり,F証言のとおりに,自宅改修工事について毎日のように具体的な指
示を出すのはほぼ不可能な状況にあった。また,被告人Aは,Fに対し,
見積書の提出や自宅工事代金総額の見込みを再三聞いていたが,回答がな
されないままに経過していったと供述しており,A宅改修工事のうち内装
工事についてはM建設工業作成に係る見積書が見当たらないことなどから
すれば,Fが証言するような,Fが,同年6月過ぎころに,全部の見積り
を被告人Aに持参し,同改修工事の合計金額が4000万円程度(四千な
にがし)であると伝えたことがあるとの事実も疑わしいところがある。そ
して,同改修工事のうち内装工事については,事前に全体的な計画が立て
られた形跡もないことからすれば,当時頻繁に出張をしていた被告人Aが,
Fに毎日のように具体的な指示を出し,あるいはFから報告を受けて,内
装工事を把握するのは困難な状況にあったといえる。
とはいえ,c塗工部のGの証言等によれば,Kが打合せに参加するなど
同改修工事に一定程度関与していたことが認められ,被告人Aも,KがF
らと打ち合わせた上で同改修工事を行うことを容認していたものといえる。
その上,Eに対する本件指示や,M建設工業に対する発注等において,
被告人Aが自宅工事代金に一定額の制限を設けていたことは一切窺われな
い(Fは,あらかじめ自宅改修工事の金額の提示はなかったと証言してい
る。)。また,自宅工事の最中に,被告人Aにおいて,内装工事が100
0万円の範囲に収まっているかどうかを確認している形跡も全くない。こ
れらの事情からすれば,内装工事について,予算がせいぜい1000万円
の範囲であるということをKに伝えていたとする被告人の供述はにわかに
信用しがたく,かかる事実は認められない。また,仮に伝えていた事実が
あったとしても,その制限はあくまでも夫婦間における内部的なものに過
ぎず,対外的には格別の意味を持ち得ないのであり,上記事情からすれば,
被告人Aにおいて内装工事代金が1000万円程度にとどまっていると認
識していたともいえない。
そうすると,結局のところ,被告人Aは,上記のとおり,共謀の相手で
あるEにもFにも,A学園校舎外壁工事代金の一部からA宅改修工事代金
を支出するにつき,その金額に特段の制限を設けていなかったものと認め
られる。本件背任の損害額の認識に欠けるところはない。
なお,F証言のうち,上記認定に反する部分,また,見積書を示してい
たという部分は,裏付けに乏しく,信用できないといわざるを得ないが,
それは,F証言の一般的信用性はもとより,E証言の信用性にも何ら影響
を与えるものではない。
3以上によれば,判示第1の1及び第1の2のとおり,被告人Aについて,
本件背任及び補助金適正化法違反の共謀が認定できる。
(判示第1の3の事実認定の補足説明)
第1前提となる事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
1車のリース
(1)三菱ランサー関係
Fは,平成13年3月26日付けで,M建設工業がv株式会社己支店
の担当者との間で,賃借人をM建設工業,賃貸人をv株式会社として,
三菱ランサーセディアワゴン(以下「ランサー」という。)を,同年3
月26日から平成16年3月25日までの3年間,リース料総額合計2
37万0060円(税込),支払方法は,平成13年5月から平成16
年3月まで,毎月4日限り口座振替(毎月支払額は6万5835円)と
いう条件で,リースする旨の契約を交わした。
リース料は,当初の約定どおりに,株式会社M建設工業名義の普通預
金口座からv株式会社名義の普通預金口座に,口座振替で全額支払われ
た。
ランサーは,リース期間満了の同年3月25日,wにおいて,v株式
会社中古車部から手配された車両搬送業者により,引取り搬送が行われ,
これにより上記リースが終了した。
(2)クライスラーラングラー関係
Fは,平成13年5月28日付けで,x株式会社(同社はT株式会社
のリース契約事務を代行している。)の担当者との間で,賃借人をM建
設工業,賃貸人をT株式会社として,クライスラー・ラングラースポー
ツ3APハーフドア(以下「ラングラー」あるいは「ジープ」とい
う。)を,同年5月30日から平成16年5月29日までの3年間,リ
ース料総額合計252万5040円(税込),支払方法は,第1月分を
車両登録日に現金払い,第2月分以降は,毎月1日限り口座振替(毎月
支払額は7万0140円)という条件で,リースする旨の契約を交わし
た。納車は,平成13年5月31日ころ,Fが指定したZ学院にて行わ
れた。
リース料は,当初の約定どおり,株式会社M建設工業名義の普通預金
口座からT株式会社名義の口座に,口座振替で全額支払われた。
ラングラーは,リース期間満了日である平成16年5月29日の2日
前に,B1株式会社に所有者,使用者の移転登録が行われている。
2A学園からM建設工業に対する振込
平成14年4月20日から平成16年5月20日までに,M建設工業か
らA学園に対して94件の工事につき382万6725円が請求され,そ
れに対応して,平成14年5月7日から平成17年1月31日までの間,
19回にわたり,A学園からM建設工業に対して381万0765円が振
込入金された。
第2争点
1ランサーを被告人Aの知人であるSが使用していたこと,ラングラーを
被告人Aの当時の妻Kが使用していたことについては,弁護人も争わない。
また,平成14年以降,A学園がM建設工業に発注した工事はないにもか
かわらず,M建設工業からA学園宛てに上記のとおり工事代金の請求書が
上げられ,A学園からM建設工業に上記金額が支払われたという点につい
ても,特段争われてはいない。
2検察官は,被告人Aは,S,Kにそれぞれ自動車を使用させるために,
M建設工業にランサーとラングラーのリース契約を結ばせ,Eに指示して,
A学園の資金から工事代金名下に,M建設工業に対しリース代金相当額を
補填させていたのであり,被告人Aには,Eらとの間に業務上横領の共謀
が成立すると主張する。
これに対し,弁護人は,ランサーについては,bの依頼でM建設工業が
リースしたもの,ラングラーについては,FがA学園に対する便宜供与と
して,Kに貸し与えるためにリースしたものであり,被告人Aは,A学園
の資金がM建設工業に支払われるとは知らなかったのであるから,検察官
が主張するような共謀は成立しないと主張する。
第3E証言の検討
1E証言の要旨
Eは,M建設工業が支払った上記2台の自動車のリース代金がA学園の
資金から補填された経緯について,以下のとおり証言する。
(1)ランサーのリース代補填の経緯
平成13年2月の終わりころ,A学園理事長室で,被告人Aから「国
産の車を1台,M建設にリースでもってもらうように頼んでいる。」
「リース代金については,管財で払っておいてくれ。」との指示を受け
た。Eは,このとき,誰がランサーに乗るのか聞いていないが,半年く
らい経って,周囲の者から,Sさんという女性が乗っていることを聞い
て知った。Eは,同年3月の終わりか4月の初めに,Fから「理事長に
頼まれた車の。」と言われて,「お支払いのご案内」と題する書面を渡
され,車種が三菱であることや,支払方法についての話をした。
Eは,平成13年当時はまだM建設工業がA学園の各種工事を請け負
っていたので,M建設工業に対して,学園工事代金値引き分の中からラ
ンサーのリース代相当額を支払っていた。
(2)ラングラーのリース代補填の経緯
平成13年の4月になるかならないかぐらいのころ,Eは,被告人A
から「MのFにジープをリースするように言ってある。」と聞いた。同
車はKが使うという話であり,その後,Kが入院したため,納車日を退
院日に合わせたいという話も聞いた。リース代金支払はM建設工業に頼
んであるということだったので,前の車と同じだと理解した。Eは,同
年5月か6月ころ,前回と同じように,Fから「お支払明細書」と題す
る書面のコピーを渡された。
そして,ラングラーについても,三菱(ランサー)と同様の方法によ
り,A学園の資金からM建設工業にリース代相当額を支払った。
(3)平成14年以降の支払
平成13年9月か10月ころ,FとKの不倫問題が発覚した。そのと
き,被告人Aから「Mは出入禁止だ。」などと言われたことから,以後,
A学園の工事関係について,M建設工業と取引することはなくなった。
車両リース代金分の支払は,同年10月以降行われなくなっていたと
ころ,平成14年2月ころ,Fから,借りている自動車2台について,
「あと2年残ってるけどもどうする。契約をやめるのか,続けるの
か。」という連絡があった。Eが,被告人Aに確認すると,即答はなか
ったが,1週間くらいしてから「同じように続けたい。」と言われた。
Eは,Fに「今までどおり続けたいと言っている。」と被告人Aの意
向を伝え,支払方法について「工事代金として支払う。予算の関係上,
4月以降の支払になる。1年分という単位の支払はできず,1か月分と
か2か月分とかという形での処理の仕方になる。」「工事の項目を連絡
するので,見積りと請求書を上げてほしい。」と話した。被告人Aから
支払方法の話はなかったが,継続するということは管財課の予算で支払
うということであり,管財課では工事がらみの予算しかないことから,
そのような形の処理にならざるを得なかった。
A学園内部では,管財課主幹のVが,金銭を支出する手続のための書
類作成や,支払手続を担当した。EはVに,M建設工業に今後支払う金
が自動車2台のリース代金の補填分であるということを伝えていた。そ
して,Vが作成した書類をEが決裁していた。
このような支払は,平成16年3月か4月ころまで続いたが,この当
時は,A学園とM建設工業との間に,通常の工事に係る取引は一切なか
った。
2E証言の信用性
E証言は,判示第1の1及び第1の2の事実認定の補足説明で詳細に検
討したとおり,その一般的信用性は高いということができる。また,Eは,
本件業務上横領を実行することにより直接利益を得る立場にいるわけでは
なく,この点についても,Eには,殊更に事実関係を捏造,歪曲してまで
虚偽供述を行う動機が窺えない。
そして,上記証言内容についてみるに,被告人Aから当初に受けた指示
の文言等も含め,全般的に具体的かつ詳細であるし,A学園とM建設工業
との工事に係る取引がなくなっていた平成14年以降の支払について,被
告人Aが,当初は即答を避け,些か逡巡しつつも,最終的に従来どおりの
支払を依頼する点など,極めて迫真的である。また,EがFから各自動車
のリース代金の支払関係の書類を渡された時期は,いずれも,各リースの
始期などの客観的証拠とも合致する上,平成14年以降にA学園からM建
設工業に工事代金として振り込まれた金額(振込手数料を除く。)の合計
は,平成14年1月1日以降にM建設工業が支払った上記2台の自動車の
リース代金の合計額とほぼ一致している(差額は,振込手数料に相当する
840円のみである。)。さらに,E証言は,下記のとおり,F証言とも
概ね合致しており,相互にその信用性を高め合っている。
よって,E証言は信用できる。
なお,弁護人は,被告人Aから,Fにジープをリースするよう頼んであ
るなどと言われたとするE証言について,被告人Aは,Eから,判示第1
の1の背任についての新聞報道がなされた直後である平成17年12月こ
ろ,A学園内での調査委員会での事情聴取後に,M建設工業への学園サッ
シ工事立替分の後始末の金員として支払っていたとの説明を受けており,
上記証言は,この説明と異なるから,信用できないと指摘するが,上記説
明を受けたとする被告人Aの供述部分は,これを的確に裏付ける証拠がな
く信用性に乏しいから,E証言の信用性を左右しない。
第4他の関係者の証言の検討
1F証言の要旨
Fは,M建設工業が支払った2台の自動車のリース代金がA学園の資金
から補填された経緯について,以下のとおり証言する。
(1)ランサーのリース代補填の経緯
M建設工業名義で,ランサーとラングラーの2台の車のリース契約を
した。ランサーについては,平成13年初めに,被告人Aから,学園関
係者が乗る車ということで,リースの話を進められ,「お金はいつもの
ごとくEに連絡しておくから話し合ってくれ。」と言われた。Fは,同
年3月ころに,実際にランサーのリース契約をしたが,契約前にEに代
金支払のことを聞いたところ,「支払までに考えておく。」と言われた。
そして,契約後に「お支払いのご案内」と題する書面を持参したところ,
「工事があるものに関しては水増しで,ないものに関しては項目を付け
替えて請求書を上げてくれ。」という指示があり,工事代金額として請
求する方法により,同年5月ころからA学園から支払を受けるようにな
った。納車の1年後くらいに,ランサーに乗っているのは保険会社に勤
めるSさんという女性だと分かった。
(2)ラングラーのリース代補填の経緯
平成13年5月ころに,A宅に工事で行った際,被告人Aから,「K
がジープに乗りたいんだ。ジープを見に行って買ってくれ。リースの組
み方は,三菱のやつと同じように。」と言われた。Fは,ランサーと同
様に,M建設工業でリース契約を締結するものと理解し,Kと共にジー
プを見に行き,その後,M建設工業と庚との間でリース契約を結んだ。
Eは,ジープのリース代金の支払については,ランサーと同様に,工
事代金の水増しや工事項目の付け回しという話をしてきた。Fは,同年
夏の間に,Eに「お支払明細書」と題する書面を持っていき,A学園か
らリース代金の支払を受けるようになった。
(3)平成14年以降の支払
Fは,当初は,A学園関係工事の工事代金水増しという方法でA学園
から金銭を受け取っていたが,平成13年12月,Eに対し,「リース
も全部止めたいので解約してほしい。」と言ったところ,Eは「理事長
に相談するのでちょっと待ってくれ。」と言い,さらに,その後の電話
で,「終わるまでリースにしておいてくれ。項目はこちらから流すので,
そのとおり請求書と見積書を作って送ってくれれば,お金は振り込
む。」と言っていた。そこで,平成14年初めからは,A学園から流れ
てくる同学園工事に関する項目が記載されたファックスをもとに見積書
と請求書を作成し,A学園に提出していた。平成14年以降,被告人A
との付き合いは全くなく,そのころから,A学園関係の工事は一切やっ
ていない。
2F証言の信用性
F証言は,前に見たとおり,その信用性を特に慎重に吟味する必要があ
るが,Fの上記証言部分については,E証言と同様に,客観的証拠とも一
致するものである上,A学園からリース代金の補填を受けるようになった
経緯等について,E証言とよく合致しており,相互に信用性を高め合って
いるといえる。
3Kの証言
また,Kは,ラングラーを使用することになった経緯等について,「平
成13年春ころ,自宅で車の雑誌を見て,当時の夫である被告人Aに『こ
の車,かっこいいね。』と話したところ,『お前に買ってやる。』という
話になった。Kは,その日のうちに,被告人Aに言われて,自宅改修工事
のために来ていたFと共に車を見に行き,選んだ車種と色を被告人Aに報
告した。お金の関係は,被告人Aが『おれがやるから。』と言っており,
具体的な話はしなかった。車は5月末か6月初めか中くらいに手元に来て,
その後Kが使用していた。車を利用している期間内に,車検証を見て,M
建設工業がリース契約したものであることが分かった。」と証言する。
Kは,平成13年11月に被告人Aと離婚し,翌12月にM建設工業の
監査役に就任するなど,被告人Aとの関係が良好でないと窺われること,
被告人Aとの離婚原因やFとの関係等について,証言態度に消極さが見ら
れることなどからすれば,その証言の信用性については慎重に検討する必
要があるが,上記証言部分には不自然な点はなく,上記E,Fの各証言と
も基本的に一致するものであり,各証言の信用性を高めるものといえる。
4以上によれば,上記F証言は信用性が認められ,K証言についても,E
証言,F証言に一致する限度で信用できるものといえる。
第5被告人Aの供述の検討
1被告人Aは,ランサーをSが使用していた経緯等について,「当時,b
のy社長から,車のリースの保証人になるよう依頼されたが断った。その
後,Mにリースをお願いできないだろうかとの相談があり,Fに連絡を取
ったところ,Fが了承した。その後の流れで,yがランサーをSに貸した
のではないかと思う。」と供述する。
また,Kがラングラーに乗るようになった経緯等については「5月中旬
に,Kから『Fさんがラングラーのジープを貸してくれるんだけども,借
りて乗っていい。』ということを突然言い出した。『業者からの便宜供与
はよくないよ。』『そういう車に乗るべきではない。』という話をしたが,
Kは『何か問題が起きたらFさんに返すから,絶対乗りたい。』と言って
いた。」と供述する。
2しかし,被告人Aは,ランサーのリースについては,yがなぜM建設工
業にリースの依頼をしたのか,それがいかなる経緯でSが使用するように
なったのかなどの点について,合理的な説明をしておらず,被告人Aの上
記供述自体,唐突な印象を拭えない上,ラングラーのリースの経緯につい
ては,上記F,Kの各証言と大きく矛盾する。また,EがA学園の資金か
らM建設工業にリース代金を補填していた事実については,そのような指
示をしたことはなく,「『理事長の了解を得ているから払ってくれ。』と
言ってFがEをだましたのか,EとFの間に何らかの特別な関係があった
のか,この二つしか考えられない。」と供述するにとどまっており,いず
れも憶測の域を出ない。
3よって,被告人Aの上記供述は,信用できないものといわざるを得ない。
第6結論
以上によれば,信用できるE証言等により,被告人Aの指示に基づき,
M建設工業が2台の自動車のリース代金を支払っており,これについて,
A学園の資金からM建設工業に対し,学園工事代金という名目で各リース
代金が補填されたことが認められる。そして,これによれば,判示第1の
3のとおり,被告人Aについて,本件自動車リースの業務上横領に係る共
謀を優に認定することができる。
(被告人Aについての判示第2の事実に係る事実認定の補足説明及び被告人L
を無罪とした理由)
第1前提となる事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
1W設立の経緯等
平成14年3月22日に開催されたA学園の理事会において,学園の経
営合理化と財政基盤強化のために,A学園の業務に関する外部委託先とし
て,A学園の出資の下に有限会社を設立することが全員賛成により議決さ
れた。それに基づき,Wは,平成14年4月10日,労働者派遣事業等を
業とする有限会社として,A学園の全額出資により設立された。
Bは,平成3年ころ,A学園の職員となり,W設立とともに,同社の取
締役となった(同社の取締役はB一人であった。)。
平成15年4月から平成17年1月まで,Bは,A学園の総務部長兼財
務部長とWの取締役を兼任していた。
2被告人Aと被告人Lの従前の関係
被告人Aと被告人Lは,以前から交際関係にあったところ,平成13年
11月,被告人Aは当時の妻Kと離婚し,その後秋から冬にかけて,被告
人Lは,被告人Aから「簡単な身の回りの世話をしたり,精神的に支えた
りしてほしい。」と頼まれた。被告人Lは,被告人Aの提案を受け入れて,
当時内定していた就職を断り,以後,被告人Aから毎月20万円を得て生
活するようになった。
3被告人Lに対するWからの金員の支払
平成14年冬ころ,被告人Aは,BらA学園関係者に対して,被告人L
を秘書として採用したいという話をするようになった。
平成15年3月ころ,被告人AとBとの間において,同年4月1日から,
被告人LをWの直接社員(A学園への派遣社員ではないこと)として採用
する形式を取ること,Wから,被告人Lに給与として年額500万円程度
を支払うことなどが決まった(なお,このとき,Bに,被告人Lを雇用す
る意思があったか否かについて,争いがある。)。
被告人Lは,被告人Aの指示に従ってBに履歴書を送付し,Wでは,そ
れを受けて被告人Lに支払う金額の試算を行った。同年4月1日付けでW
と被告人Lとの間で雇用契約書が交わされた。被告人LのWにおける所属
は形式上「総務・会計」であったが,被告人Lは,W本店事務所で勤務す
ることはなかった。
その後,同月25日から平成17年1月25日までの間,前後28回に
わたり,「有限会社W代表取締役B」名義の普通預金口座から,「L」名
義の普通預金口座に,合計798万6765円が振り込まれた。
第2本件公訴事実の要旨及び当事者の主張
1本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨
被告人両名についての本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨は,
「被告人Aは,学校法人A学園の理事長として同学校法人の業務全般を統
括していたもの,分離前相被告人Bは,労働者派遣事業等を業とする有限
会社Wの取締役として同社の業務全般を統括し,同社の資金の保管等の業
務に従事していたもの,被告人Lは,被告人Aと内縁関係にあったもので
あるが,被告人ら3名は,真実は,被告人LがWの社員ではないのに,同
社の社員であるかのように仮装し,同社の預金から被告人Lに対し給与等
名下に金員を支出しようと企て,共謀の上,平成15年4月25日から平
成17年1月25日までの間,前後28回にわたり,N銀行O支店ほか1
か所において,事情を知らない同支店行員らをして,BがWのため業務上
預かり保管中の同支店に開設された「有限会社W代表取締役B」名義の普
通預金口座に入金されていた同社の預金からP銀行X支店に開設された
「L」名義の普通預金口座ほか2口座に,被告人Lに対する給与等として
現金合計798万6765円を振込送金させ,もってこれを横領したもの
である。」というものである。
2検察官の主張
検察官は,被告人両名は,被告人Lが行う被告人Aの身の回りの世話の
見返りをWの資金でまかなうことを決意し,Bに対し,同社から給与等の
名目で,被告人Lに年間500万円程度の金員を与えることを指示し,共
犯者Bがこれに従って本件業務上横領を実行したものであり,被告人両名
について,Bとの共謀が認められると主張する。
3被告人Aの弁護人の主張
一方,被告人Aの弁護人は,被告人Lには,A学園の理事長である被告
人Aの秘書業務としての就労実態(主に平成15年4月に開設したハワイ
のzにおける就労)が存するところ,被告人AとBは,平成15年4月に
被告人Lを雇用する際,互いに架空雇用となることを意識して手続を進め
たとはおよそ認定できず,被告人Lは,Wにおいて正規に雇用されていた
のであり,被告人Aも被告人Lは適正に雇用されていると認識していたか
ら,本件については,何ら犯罪を構成せず,被告人Aは無罪である旨主張
する。
そして,被告人Lが雇用されたのがA学園ではなくWになっている点に
ついては,同社がA学園の全額出資による子会社で,A学園への人材派遣
を目的としていること,同社設立の目的が,A学園での正雇用による就労
条件の硬直化の回避にあることからすれば,同社自体としては利益を生ま
ない雇用であっても,A学園全体の利益に適っていれば,同社の目的と齟
齬することはないと主張している。
4被告人Lの弁護人の主張
また,被告人Lの弁護人は,Bは,被告人Lに給与を支払う権限を有し
ており,この権限に基づいて被告人Lに給与を支払ったに過ぎないから,
本件では,横領行為は存在しないと主張する。
すなわち,Bと被告人Lとの間では,雇用契約についての意思表示が合
致して(通謀虚偽表示ではなく)雇用契約が成立しており,その契約にお
ける被告人Lの就労内容は,契約時までと同様の秘書業務を中心とし,z
の維持運営のために必要な雑多な事務を含むものであり,Bと被告人両名
との間では,被告人Aから被告人Lに業務命令を出すことの了解もあった。
そして,それに基づく被告人Lの就労実態も認められると主張する。また,
WはA学園が全額出資して設立した会社であるところ,本件の給与として
の金員の支出は,出資者であるA学園の理事長である被告人Aの了解の下
になされており,所有者から権限を与えられてなしたものといえることか
ら,不法領得の意思の発現に当たらないとも主張する。
そして,仮に,雇用契約が成立していないとの法的評価がなされたとし
ても,被告人Lは,上記第2の1の公訴事実の要旨記載の期間中,雇用契
約が成立しているとの認識の下,自らの就労について,Wに命じられた業
務であるとの認識により行っていたのであって,本件業務上横領の共謀な
いし故意が認められないから,被告人Lは無罪であると主張する。
5当裁判所の判断
当裁判所は,被告人Aについては,判示第2の事実のとおり業務上横領
罪につき有罪と認定したから,その事実認定につき補足して説明するとと
もに,被告人Lについては,上記公訴事実(訴因変更後のもの)につき無
罪と判断したから,その理由を説明する。
第3Bについての業務上横領罪の成否
1本件訴因は,Wの資金を保管する同社の取締役であるBを業務上の占有
者(身分者)として,同人がWの資金を横領し,それに非身分者である被
告人Aと被告人Lが加功したことにより,被告人両名に業務上横領の共同
正犯が成立するという構成をとっている。
この点について,被告人両名の弁護人は,上記のとおり,そもそもBの
業務上横領罪の成立について争っている。
そこで,まず,身分者であるBについての業務上横領罪の成否を検討す
る。
2B証言の内容とその信用性
(1)B証言の要旨
Bは,Wから被告人Lに金員を支払うことになった経緯等について,
以下のとおり証言する。
ア支払の経緯,被告人Aの指示等
被告人Aは,平成14年の冬ころから,A学園の理事会終了後など
に,「相当激務の中で癒される人はLしかいない。」ということをし
きりに言い,折あるごとに「どんな形でもいいから,法人で直接雇用
はできないのか。」などと言っており,A学園で被告人Lの面倒をみ
たり雇用したりできないかという意向を示していた。被告人Aからの
指示は,「基本的に秘書的に身の回りの世話をしてもらいたいので法
人採用できないか。」,「A学園の秘書課での採用を検討するよう
に。」というものであった(なお,被告人Lを「空雇用」したいとか,
秘書として雇用したように偽装したいとかいう明確な指示があったわ
けではなかったが,当然ながら,労務実態がないということは,それ
を言われなくても分かる話として理解していた。)。
Bは,スキャンダルは避けた方がいいと考えていたことなどから,
当初は被告人Aの提案を拒否し,「特に教育関係者のトップになると,
スキャンダル的なものはタブーでございますので,それは好まないん
じゃないんですか。」などと話した。被告人Aは「それもそうだ
な。」と言い,慎重に考えていた。
しかし,被告人Aは,その後も,「一番目立たない方法を考えると,
Wで雇用した方がいいんじゃないか。」「目立たないから(目立たな
いというのは,A学園との関係で,被告人Lの名前が表に出ないとい
うことである。),Wで直接社員として面倒をみろ。」などと言って
いた。
Bは,平成15年3月10日ころ,被告人Aからかかってきた電話
で,被告人Lについて,同年4月1日から,Wの方で,年額500万
円くらいで面倒をみるようにという内容の指示を受けた。一方で,ど
ういう仕事をさせるのかという話をされた記憶はなく,勤務場所等に
ついての指定も特になかった。被告人Aは,当時健康状態もすぐれな
かったため,「周りにだれか面倒をみてくれる人がいないと,業務と
してはなかなかやっていけない。」ということであった。Bは,被告
人Aの指示に従わざるを得ないと考えてこれを決意し,「履歴書を送
っていただかないと,試算も何もできません。」と言うと,被告人A
は「すぐ送るように言っておく。」と答えた。
イ被告人Lの雇用を装う行為
Bは,上記電話の後,被告人Lの雇用に関して,部下のC(平成1
5年4月からは同社総務課長)に「500万円くらいで面倒をみるよ
うにという指示が来ている。」と相談し,同年3月末ころに,被告人
Lの履歴書が到着してから,Cに被告人Lへの支給金額の試算をして
もらった。被告人Aの指示どおりに支給金額を500万円にするため
に,そこから逆算して,当時Wの給与規程には存在していなかった特
別調整手当を新たに創設し(同給与規程は,平成15年7月か8月こ
ろ,これに合わせるよう改正された。),毎月5万円を加給するとと
もに,教育関係の経歴がある場合には,それをA学園に勤めていた年
数に加算して号俸を定めるところを,被告人Lにはそのような経歴が
ないにもかかわらず,その経歴があるものとして号俸を定めた。
Bは,Cとともに,被告人Aに上記試算結果を報告に行ったところ,
被告人Aは「とりあえず500万円に合わせておけばいいんだ。」と
言っていた。Bが「事務的にはきちっと書類を整えるという前提があ
りますので,Cの方から説明させます。」と言い,Cが上記説明をす
ると,被告人Aは「ああ,いいじゃないか。」と言っていた。
被告人Lの雇用契約書は,Cが起案した。Bは,被告人LをWで雇
い入れるつもりはなかったが,事務的には社員が1人増えることから,
健康保険手続等も含め,形式上必要な書類をそろえた。採用に当たっ
て,Bが被告人Lの面接をしたことはなかった。
ウ被告人LのWへの出社を装う行為
平成15年4月以降,被告人Lが,W本店事務所に出社した事実は
ない(ただし,同年8月ころに,住宅ローンの手続のために,Wの本
店事務所に来たことがあった。)。しかし,被告人L名義の出勤簿は,
被告人Lではなく,Cらが印鑑を捺して作成していた。
また,平成17年2月ころ,被告人Aが,B,被告人L,Cのほか,
W事務職員等をA学園関係施設である通称「甲」に集め,被告人Lが
Wにいつ入って,どこでどういう業務をしてきたことにするかを説明
した。この際,被告人Lに対し,「あなたのことなんだからもっと真
剣に聞きなさい。」などと注意していたことが記憶に残っている。そ
の後,Cから,被告人L自身が捺印した出勤簿や被告人Lが起案した
文書を整えたという報告を受けた。
(2)B証言の信用性
B証言の信用性について検討するに,Bは,共犯者としての立場から,
自己の刑責を免れようないしは軽減しようとして,被告人Aの指示やそ
の役割について,虚偽の事実を証言するおそれ,いわゆる引っ張り込み
の危険が考えられるが,Bは,判示第2の事実に係る共犯者として被告
人Aらと共に起訴され,自らの裁判では,既に,公訴事実を認め,有罪
判決(懲役2年,3年間執行猶予)を受け,確定している。その後にお
いて,偽証罪の制裁等,自らの不利益を甘受してまで,殊更被告人Aに
不利な虚偽証言をする動機は見出し難く,虚偽証言のおそれは低い。
また,被告人Aの指示を受けて,被告人Aの交際相手である被告人L
にWから金員を支払うことになった経緯として証言した上記内容は,具
体的かつ詳細である上,関係者間における利害状況等を踏まえ,脈絡を
保った合理的な内容であり,特段不自然な点は見当たらないことなどか
らすれば,その信用性は高い。加えて,上記証言内容は,被告人Lの雇
用に係る事務手続を担当したに過ぎず,第三者的な立場にあるCの証言
内容(下記3)と一致する部分も少なくなく,相互にその信用性を高め
合うものといえる。
3C証言の内容とその信用性
(1)C証言の要旨
Cは,被告人Lの給与の試算や雇用契約書の起案等について,以下の
ように証言する。
ア被告人Lの雇用を装う行為
平成15年3月中旬ころ,Bから「A理事長から頼まれて,どうし
ても雇ってほしいと言われた人間がいるので頼むな。」「社員を雇う
場合のいろいろな採用の手続をしてほしい。」「年間500万円くら
いの支払にしたいから,それの試算をしなさい。」との指示を受けた。
Cは,後日,Bから渡された被告人Lの履歴書をもとに,A学園の
新採用者処遇検討表を作成して給与の試算を行った。通常は,職歴
(経験年数)換算に当たり,一般の会社であれば職歴を50%しかみ
ないが,それで試算したところ年額三百数十万円程度にしかならなか
ったことから,職歴を100%みて換算することとし,さらに,被告
人Lのために給与規程を見直し,特別調整手当を設けて年額500万
円に合わせた(この試算結果が,新採用者処遇検討表3通である。)。
また,Cは,被告人Lの雇用契約書も起案した。
イ被告人LのWへの出社を装う行為
Cは,職業安定所や労働基準監督署等の調査の際に,被告人Lの勤
務についてしっかりした説明ができるように,自分の判断で,事務員
に被告人L分の出勤簿も作成させて実際に印鑑も捺させていた。
(2)C証言の信用性
Cは,もともとA学園の職員であり,平成15年4月からWに出向し
て総務部長を務めていた者であるが(ただし,同年3月から,Wの業務
に従事していた。),被告人両名とそれ以上の特段の関係はなく,被告
人Lの雇用に係る事務手続を担当したことを除き,本件業務上横領自体
とも格別の利害関係を有していないことなどにかんがみれば,あえて被
告人両名,特に被告人Aにとって不利な証言をする動機はなく,そのお
それはすこぶる乏しい上,上記証言内容をみても,具体性に富んでおり,
格別不自然なところもないことからすれば,その証言の信用性は極めて
高い。
そして,上記C証言の内容は,上記B証言の内容と概ね一致するもの
であり,相互にその信用性を高め合っているといえる。
4被告人LのWにおける処遇等
(1)被告人Lに支払われる金額
ア被告人Lについての新採用者処遇検討表3通,特別調整手当を新設
した平成15年4月1日施行とされているWの給与規程は,被告人L
に支払う金額を年額500万円とし,そこから逆算して特別調整手当
等により調整したという,上記B,Cの各証言を的確に裏付けるもの
である。
そして,平成15年4月1日現在のW新規採用社員一覧からは,被
告人Lの新給与が同年代の他の社員に比して多少高額である上,特別
調整手当を受けているのは被告人Lだけであることが認められる。
イ被告人Aは,被告人Lへの支払金額を500万円とした理由につい
て,主たる勤務地が米国(ハワイ)という遠隔地であること,1日の
拘束時間が長いこと,仕事の幅が広いこと,被告人Lは,米国長期滞
在に必要なソーシャルセキュリティーカードを持っていること,在米
経験を有することなどの事情があったからである旨供述しているが,
そのような理由がBとの間で話された形跡は全くない。
また,特別調整手当について,被告人Lの弁護人は,Wでは,ある
職員を特別に優遇する場合,それまでは等級号俸を上げて対応してい
たが,それに弊害があったことから創設されたのが特別調整手当であ
り,特に被告人Lだけのために新設された手当ではないと主張し,被
告人Aも同様の供述をしている。確かに,C証言によれば,被告人L
以外の職員で特別調整手当を受給していた者(ハワイで調理師をして
いた乙)もいることが窺われる。しかし,その雇用時期は,同証言に
よっても,平成15年4月より後であり,特別調整手当がもともと被
告人Lへの支払年額を調整するために新設されたことと矛盾するもの
ではない。
(2)出勤簿が仮装されていること
W事務職員の警察官調書によれば,Wでは,出勤簿は職員が個人保管
し,出勤のたびに自分の印鑑を捺した上,月末の締め日に提出し,事務
所に来られない従業員は郵送する扱いになっていたところ,被告人Lの
出勤簿については,総務課長であるCの指示で,Wの事務職員が百円シ
ョップで買った印鑑を捺して作成しており,A学園管財課派遣の形とな
った平成16年9月21日以降は,Wの事務職員が,Cから渡された出
張に関するメモをもとに作成していたことが認められる。
かかる事実は,上記C証言の信用性を裏付けるとともに,Wにおいて
は,被告人Lの就労実態が,出張を除きほとんど把握されていなかった
ことが認められる。
(3)親睦会に入っておらず,親睦会費も支払っていないこと
W事務職員の警察官調書によれば,他の従業員については,パート勤
務者を除いて全員親睦会に加入しているが,被告人Lは親睦会に加入し
ておらず,給与台帳,支給明細書によれば,被告人Lだけが給与から親
睦会費を差し引かれていないことが認められる。
(4)W内部の書類に被告人Lの名前がないこと
Wの就業規則には,社員は健康診断を受けなければならないと規定さ
れているが,「定期健康診断個人票平成15年度平成16年度」に
は,被告人Lの名前は見当たらない(Bはこれについては知らなかった
と証言し,Cは「目立たないようにすれ。」という被告人Aの指示があ
ると聞いていたから名前を入れなかったと証言する。)。
また,W取締役社長Bが北海道A学園大学事務局長に宛てた平成17
年1月12日付けの「平成17年度当社派遣社員の処遇等について(ご
依頼)」と題する書面は,WからA学園への派遣社員の所属部署及び派
遣条件等の変更の有無を問うものであるが,その中の「W職員処遇検討
表」には,当時管財課に派遣されているはずの被告人Lの名前が見当た
らない。
かかる事実は,被告人Lが,A学園及びW内において,従業員ないし
A学園への派遣職員として取り扱われていなかったことを示すものであ
る。
(5)なお,平成17年2月に,甲において,被告人Aが,B,C,被告
人LらA学園及びW関係者を集め,被告人Lの就労について,平成15
年4月から平成16年9月まではWの本店事務所に勤務し,同月以降は,
甲で清掃作業に従事していたこととするなどの口裏合わせを行った。そ
して,これに基づき,Wにおいて,出勤簿を被告人Lが記入押印したも
のに作り直したり,被告人Lが当初本店事務所に勤務していたように装
うために被告人L名義の稟議書を作成したり,甲での清掃作業への従事
を装うために清掃作業日報を遡って作成したり,甲に作業員部屋を用意
したりすることなどが行われた。
これらは,B証言等によれば,税務調査において,被告人Aが,被告
人Lを含むW従業員数名を私的に使用しているのではないかと問題にな
ったことから行われたものであるが,同社における被告人Lの処遇の実
態を示すものといえる。
5検討
以上の事実関係,供述証拠等を踏まえて,Bにつき業務上横領罪の成否
を検討する。
なお,検討に先立ち付言するに,被告人両名の弁護人は,上記のとおり,
Bの業務上横領罪の成否に関して,「正規の雇用」ないし「雇用契約の成
立」という言葉を用いて,雇用契約が有効に成立していることを主張して
いる(これは,仮装雇用の合意との検察官の主張を,通謀虚偽表示ゆえに
契約が無効であるとの主張と捉え,雇用契約が有効であるとして,これに
反駁するものであると解される。)。しかし,Bの業務上横領罪の成否に
ついては,BがWの資金を支出し,これを被告人Lに取得させた行為が,
委託の任務に反し横領行為に当たるか否かを検討しなければならないので
あって,本件の事実関係の下では,民事上の契約の有効性は,被告人Lの
受領権限に関係するものではあっても,Bの業務上横領罪の成否と必ずし
も論理的に結びつく関係にあるわけでもないと解される。
そこで,以下では,BがWの資金を支出し,これを被告人Lに取得させ
た行為が,委託の任務に背いて,権限がないのに所有者でなければできな
い処分をする意思の発現としてなされた行為(横領行為)に当たるかを検
討することとする(なお,被告人両名の弁護人の雇用契約の成立や効力に
ついての主張は,結局のところ,関係者の契約の仮装性についての認識を
問題にするものであるが,これについて,Bの認識については本項で,被
告人Aの認識については下記第4で,被告人Lの認識については下記第5
でそれぞれ検討する。)。
(1)被告人Lの就労に対するBの認識について
アB証言の内容とその信用性
(ア)B証言の要旨
Bは,平成14年冬ころの被告人Aの提案に対しては,「身の回
りの世話をする人を法人の経費で雇うわけにはいかず,基本的には
自腹でやってもらう事柄であると考えていた。そのころC1のD1
氏のスキャンダルが週刊誌に掲載されるなどしており,スキャンダ
ルを避けるべきと考え,被告人Aの提案を拒否した。」と証言し,
平成15年3月に被告人Aから具体的な指示を受けた後の被告人L
の就労に対する認識としては,「被告人Aから,明確な言葉として
『空雇用』という指示を受けたことはないが,労務上,何の会社で
何の仕事をさせるからということで問いかけがあったわけではなく,
初めから身の回りの世話をするために被告人Lを何とか(雇いた
い)という形での議論であることから,当然ながら,労務実態がな
いということは,それを言わなくても分かっていた。」と証言して
いる。
このように,Bは,被告人Aの指示を受けて,Wから金員を支払
うことにしたものの,被告人Lが実際に就労するとは思っていなか
ったとして,被告人Lが実際に就労するという認識を明確に否定し
ている。
(イ)B証言の信用性
かかるB証言は,上記のとおり被告人Lに金員が支払われるよう
になった経緯,その後の被告人Lの雇用や出社を装う行為に関する
事実関係ともよく整合している。
また,Cは,平成15年3月の時点で,Bが被告人Lについて
「何日かは来るかもしれないけどな。」などと被告人Lが働かない
ニュアンスのことを言っていたと証言しているところ,B証言は,
これとも符合している(なお,被告人Lの弁護人は,Bの上記発言
は,Bが被告人Lが基本的にハワイ勤務になることを知っていたこ
とを表すものであると主張するが,上記B,Cの各証言内容全体,
上記証言の文脈等にかんがみれば,そのように解されないのは明ら
かである。)。
以上によれば,被告人Lが実際に就労するとは思っていなかった
というBの上記証言は,被告人Aからの指示を中心とする客観的な
事実関係を踏まえて形成された認識であり,合理的かつ自然なもの
といえ,基本的には信用できるといえる。
とはいえ,Bの上記認識が他の客観的な事実関係等に矛盾すると
ころがないか,なお以下に検討しておく。
イBと被告人Aとのやり取り
B証言や被告人Aの供述を子細にみても,Bと被告人Aとの間で,
平成15年4月以降に被告人Lの行うべき具体的就労内容について話
合いがなされた様子は認められない。このことは,被告人Lの同年4
月以降の就労実態にかかわらず,Bが,被告人Lが実際に就労すると
は思っていなかったことを推認させる重要な事情である。
なお,被告人Lの弁護人は,当時A学園が秘書人員の補充を必要と
していた状況をBも認識していたことを指摘しているが,信用できる
B証言によれば,Bと被告人Aとの間では,秘書人員の補充の必要性
についても,具体的に話し合われていた形跡はなく,さらに,被告人
LがWから金員の支払を受けるようになったのは,被告人Lが被告人
Aに対して働きたいと言ったことから,被告人AがBに指示したもの
であることや,上記第3の2(1)ア等のとおりの被告人AからBに対
する指示の内容などからすれば,A学園が秘書不足の状況にあったこ
とをもって,Bが具体的に被告人Lが就労することを認識していたと
いうこともできない。この点,被告人Aは,補充すべき秘書として被
告人Lを提案したと供述しているが,それに対して,Bが「いいんじ
ゃないですか。」と二つ返事で答えていたなど,信用できる上記B証
言と全く矛盾する供述をしていることからすれば,被告人Aの上記供
述は信用できない。そこで,弁護人の指摘は当たらない。
ウ平成15年2月のハワイ出張時にBが被告人Lに対し秘書として採
用する旨を申し向けたとする弁護人の主張について
(ア)被告人両名の弁護人は,Bは,平成15年2月にハワイに出張
した際,被告人Lに秘書として採用する旨を申し向けているのであ
って,被告人Aからの提案を断っていたとする上記B証言の内容は
不自然であり信用性がないと主張する。
(イ)この点について,被告人Lは,以下のとおり供述する。
平成15年2月下旬に,被告人両名,Bを含むA学園関係者がハ
ワイにzの物件を探しに行った。そのとき,候補物件に向かう車中
で,被告人Aから,「zがほぼ決定したのはいいけれども,この後
設立準備をどうしようか。」という話が出て,被告人Lは,Bから
「これからもA先生と一緒にハワイに来ますよね。」と言われた。
被告人Lが「はい,多分そうなるとは思います。」と答えたところ,
Bは「じゃ,手伝ってもらえませんかね。」と言った。
その後,後にzとなる建物の中で,Bは,被告人Aに「Lさんの
やっていることはまさに秘書業務ですね。」と言っており,戻った
ら秘書として手続を進めたいと言っていた。
(ウ)また,被告人Aは,以下のとおり供述する。
平成15年2月にハワイへ出張した際,z購入の最終決定に向か
う車中で,Bが,被告人Aに対して,唐突に「Lさんを雇用したい
んだけど。」と言い出した。被告人Aが「まず,本人の意思を確認
してからの方がいいよ。」と言ったところ,Bは,被告人Lに「こ
れからも理事長に同行してハワイの方に来ますか。」「それであれ
ば,学園で秘書として採用しますから手伝ってもらえますか。」と
いう質問をした。被告人Lは「私でよければお手伝いします。」と
答え,Bは,被告人Aに「学園に戻ってからすぐに採用に関する手
続をする。」と言った。Bは,被告人Lの業務については,被告人
Aを補佐する秘書業務やzの立ち上げに力を尽くしてもらいたいな
どと言っていた。
その後,後にzになる建物の中でも,Bは,被告人Lに対し,
「あなたのこの数日間の働きはまさに理事長の秘書業務ですね。」
「まさにあなたは既にそういうことをやっていたんですね。」「帰
りましたら早々に採用の手続をとらせていただきます。」と言って
いた。
(エ)これに対して,Bは,以下のとおり証言する。
Bは,平成15年2月,ハワイへ出発する1週間ほど前に,被告
人Aから,「ハワイ大学との姉妹大学とするための情報基地として
の施設(z)を購入する目的でとりあえずハワイに施設を見に行く。
資金的な面も含めて財務部長を兼任しているBも同行するよう
に。」との指示があり,zを設置する物件選びのためにハワイ出張
に行った。物件を見るに当たっては,すべて被告人Aが仕切ってい
たので,被告人Lが調整を取るようなことは特になかった,Bと被
告人Aとの間で「Lの働きというのが秘書と変わらない。」という
話をしたことはなく,Bから被告人Lに対し「これからもハワイに
来ますよね。」などと言った記憶ははっきりしない。Bとしては,
A学園の総務部長兼財務部長という立場にあり,予算編成や事業計
画を理事会で説明する立場にある者としてハワイ出張に同行したの
であるが,同行が急に決まったので,出張期間中に人的態勢や運営
業務について話合いがなされたことはない。同年3月の理事会では
この点につき説明しているが,説明不十分として流会になったこと
があった。
(オ)そこで検討するに,Bは,上記2(1)アのとおり,A学園で被告
人Lを採用することについては,スキャンダルになるからなどの理
由から一貫して拒否していた旨を証言しているところ,かかる証言
内容からすれば,あえて自ら被告人Lに雇用を申し向けるとは考え
難く,そのような記憶はないとする上記証言部分は,自然かつ合理
的であり,信用できる。
この点,被告人両名の弁護人は,BはA学園における立場上必要
があるはずなのに,ハワイ出張中にzで発生する業務内容や人的態
勢等について議論はなかったなどとする点で,上記B証言の内容は
不合理であると指摘する。しかし,A学園においてzについて把握
すべき立場にあったにせよ,証拠上,Bがzの運営等に実質的に関
与していたことないし今後関与しようとしていたことを窺わせるも
のはなく,実際に,同年3月の理事会におけるBの説明は不十分で
あり,そのために理事会での議事が流れたことや,同年2月のハワ
イ出張への同行も1週間前に突然言われたものであることをも証言
していることからすれば,弁護人指摘にかかる上記Bの証言内容は,
あながち不自然不合理なものともいえない。
他方で,被告人両名は,Bが被告人Lを秘書として採用するとい
う話をしていたと供述するが,それは,被告人Lの採用を強く反対
していたBの態度としては,あまりにも急な変化であり,不自然か
つ不合理といわざるを得ない上,実際の被告人Lの所属は,A学園
の秘書ではなく,Wの「総務,会計」となっており,客観的事実と
もそぐわない(この点,被告人Aは,Bから被告人LをW本社に在
勤させた方がいいと提案されたと供述するが,信用できる上記B証
言により認められる被告人Lの雇用に至る経緯,流れ等に照らし,
不自然であり信用できない。)。
また,被告人Lの弁護人は,平成16年4月以降にWの職員とし
てハワイのzで就労していたDが,「『Bさんから,カレッジで働
きますかといわれた記憶がある。』と被告人Lが言っていた。」と
証言しており,かかる証言が,被告人両名の上記供述と符合すると
主張するが,この点についてのD証言自体は,被告人Lから聞いた
時期や状況等につき漠然としており,必ずしも被告人両名の上記供
述を裏付けるものともいい難い。
(カ)以上によれば,平成15年2月のハワイ出張時の事柄に関する
上記B証言が信用できるのに対して,被告人両名の上記供述は信用
できないのであって,被告人両名の弁護人が主張する上記事実は認
めらない。
エ平成15年4月以前における被告人Lの活動に対するBの認識につ
いての弁護人の主張
被告人Lの弁護人は,平成15年4月1日より前の時点から,被告
人Lは事実上の労務提供をしており,本件雇用契約はかかる事実上の
労務提供状態を踏まえて,法律関係を事後的に整備するために行われ
たものである主張するので,Bが,同弁護人が主張する被告人Lによ
る事実上の労務提供を認識していたかどうかを検討する。
この点,Bは,平成14年の被告人Lの活動内容について,被告人
Aから聞いた記憶はないと証言している上,Bと被告人Lとは,普段
から直接のやり取りをする間柄でもなかったこと等からすれば,当然
に平成14年の被告人Lの活動内容を把握できたともいえない。また,
被告人AとBが平成15年2月にハワイに出張した際に,被告人Lも
同行していたが,その際の被告人Lの活動に対するBの認識は,上記
ウのとおりである。
そうすると,Bが,被告人Lによるそれまでの活動内容を認識して
いたとは認められないし,これを踏まえて,被告人Lが今後も同様の
活動を行うという認識を有していたともまた認められない。
オ以上によれば,被告人Lが実際に就労するとは思っていなかったと
いうB証言は,客観的な事実関係等に矛盾するところもなく,Bは,
自ら証言するとおり,本件雇用契約書を被告人Lと交わすに当たり,
被告人Lが実際に就労するという認識を有していなかったものと認め
られる。
(2)被告人Lに対して,何らの労務管理も行われていないこと
上記4の諸事情等,すなわち,被告人Lの出勤簿が仮装されており,
被告人Lの出勤とはほとんど無関係に捺印されていたこと,被告人Lは,
W本店事務所に出社していないこと,W従業員により構成される親睦会
に入っておらず,親睦会費も支払っていないこと,W内部書類に被告人
Lの名前がないこと,被告人Lに対する健康診断も実施されていないこ
となどからすれば,いかなる労務内容を前提としても,Wにおいて,自
社社員としても,自社からの派遣社員としても,被告人Lに対する労務
管理が行われていたとは認められない。
(3)被告人Lの就労ないし活動が,Wの利益とは無関係に行われている
こと
被告人Lは,下記のとおり,zでの就労を中心に,A学園の業務等に
関連する一定の活動を行っていることが認められる。
しかしながら,平成15年4月に本件雇用契約書を交わした際,Wと
A学園との間において,被告人Lにつき派遣契約等が結ばれた形跡はな
く,Wが被告人Lの派遣の対価を受け取っていない(なお,平成16年
9月以降は,被告人LはWに派遣される形式になったことが認められ,
被告人Aの供述によれば,それ以降は,A学園は,Wに対し,派遣の対
価を支払っていたとのことであるが,これは,あくまで,被告人Lのハ
ワイ出張の旅費をA学園から支給するための便宜として行われた形式の
変更であり,Wの利益を図ろうとの目的の下になされたものではな
い。)。
したがって,被告人Lの就労ないし活動は,この意味でWの利益とは
無関係になされていたものといわざるを得ない。
なお,この点,被告人Lの弁護人は,被告人Lに対する給与としての
金員の支払は,W取締役であるB及びWを全額出資により設立したA学
園の理事長である被告人Aが了解していることから,結局,その金員の
所有者であるWないしはA学園の了解の下になされたものといえ,不法
領得の意思の発現行為たり得ないのであるから,本件では横領の実行行
為が不存在であると主張する。
しかしながら,たとえA学園がWの全額出資者であるとしても,A学
園の業務上の意思決定は同理事会においてなされるべきであり,少なく
とも,理事長である被告人Aの独断により決められることではない。加
えて,B証言によれば,平成14年冬ころから,被告人Aが,A学園の
理事会終了後などに,A学園で被告人Lの面倒をみたいなどと言ってい
た際には,Bやほかの事務局長らは誰も返事をしていなかったというの
であり,他の理事らが被告人LをWで雇用することに賛同していたとも
考えられない。そうすると,被告人Lに対する金員の支払は,A学園理
事会の正式な意思決定手続を経ていないのはもとより,その実質的意思
に沿うものとも認められない。
よって,被告人Lの弁護人の上記主張は,理由がなく採用できない。
(4)Bについての業務上横領罪の成立
以上のとおり,Wの取締役として同社の業務全般を統括し,同社の資
金保管等の業務に従事していたBが,被告人Lが実際に就労するとは認
識しておらず,ましてや,その具体的就労内容についても認識していな
い状態で,被告人Lの就労ないし活動がWの利益とは無関係であること
を明確に認識しつつ,Wの取締役として,被告人Lと雇用契約書を交わ
し,被告人Lの労務管理も行わない上記状況の下に,判示第2のとおり,
給与等名下に,被告人Lに対し,約1年9か月間にわたって毎月金員を
支出していたことが認められる。
これらの事実関係,Bの当時の認識等を総合考慮すれば,このように
Wの金員を支出し第三者たる被告人Lに取得させる行為が,委託の任務
に背いて,権限がないのにおよそ所有者でなければできない処分をする
意思の発現としてなされた行為(横領行為)に当たることは明らかであ
る。
よって,Bに業務上横領罪が成立する。
第4被告人Aについての業務上横領罪の成否
上記のとおり,Bにつき業務上横領が成立することから,これを前提に,
被告人Aにつき,身分者たるBとの共謀により,業務上横領が成立するか
否かにつき,検討を進めることとする。
1被告人Aの本件業務上横領に対する認識等について
被告人Aが,Bに対し,被告人Lの雇用を指示し,Wにおいて被告人L
を雇うことになった経緯等については,上記のとおり信用できるB証言に
より,第3の2(1)のとおり,これを認めることができる。
これによれば,被告人Aは,平成14年冬ころから,しきりに,A学園
で被告人Lの面倒をみたり雇用したりできないかとの意向を示しつつ,そ
の流れで,Bに対し,被告人Lを「秘書として」あるいは「身の回りの世
話をするために」雇用したいと指示している。また,被告人Lの具体的就
労内容,勤務形態,勤務場所等について,被告人AとBの間で,これ以上
に何らかの話合い等がなされた形跡は認められない。それにもかかわらず,
被告人Aは,被告人Lに支払う金額は500万円と指定しており,BとC
もこれを前提として給与等の試算をしている。このことは,被告人Aが,
被告人Lに対し,いかなる就労内容,勤務形態,勤務場所等であろうと,
A学園ないしWから一定の金額を支給させるという強い意思を推認させる
ものといえる。
さらに,被告人Aは,Bに対し,被告人Lの所属について,目立たない
ようにWで直接雇用するように指示をしている。
以上の諸事情にかんがみれば,被告人Aは,Wの一人取締役であるBに
対し,「秘書として」あるいは「身の回りの世話をするために」といった
程度のほかに,具体的就労内容,勤務形態,勤務場所等が明らかでないま
ま,その如何を問わずに,支給すべき金額を相当高額に指定しつつ,被告
人Lを同社で直接に雇用する形により,同社から金員を支出させることを
指示していたものといえる。そして,Wは,A学園への人材派遣を目的と
して設立された有限会社であるが,直接雇用した職員が,派遣等の措置を
経ることなくA学園の業務等を行うことは,同社の利益とは直接には関係
しない業務に従事しているものといわざるを得ないところ,被告人AのA
学園理事長としての職務,A学園とWの関係,同社設立の経緯等にかんが
みれば,被告人Aはそれを十分に認識していたものと認められる(実際,
Wは,被告人Aも理事長として出席した同年3月22日開催のA学園理事
会において,定款等につき詳細な説明がなされた上でその設立が可決され
た,A学園全額出資の子会社である。)ことも併せ考えれば,後に検討す
る平成15年4月以前の被告人Lの活動状況を踏まえてみても,被告人A
は,Bに業務上横領が成立することを基礎付ける事実を認識し,これを指
示したものと認めることができる。
したがって,被告人Aについて,業務上横領の故意,不法領得の意思,
Bとの共謀をいずれも認めることができる。
2弁護人の主張等
(1)もっとも,被告人両名の弁護人は,WはA学園が全額出資する会社
であり,相互の人材交流が行われている関係に照らせば,Wに直接雇用
された職員がA学園の業務をしていることは,何ら不自然ではないと主
張する。しかし,Wにとって,直接雇用された職員が単にA学園の業務
に従事するのか,派遣社員として同業務に従事するのかという点は,対
価を得られるかどうかという重要な事項であって,単なる形式上の違い
とはいい難いところであり,弁護人の上記主張は,両者が別の法人格を
有することを不当に軽視したものといわざるを得ず,採用できない。
(2)また,被告人Lの弁護人は,被告人Lが働かないというのは,Bの
勝手な思い込みに過ぎないと主張するところ,これは,被告人Aの当時
の認識にも関連するからここで検討する。
確かに,被告人Aは,「空雇用」という言葉を使ってBに指示をした
とは認められず,このような言葉が明確に用いられたわけではないこと
は,指示を受けたBも認めるところである。
しかしながら,被告人Aの上記指示内容は,これまでもみてきたとお
り,具体的就労内容,勤務形態,勤務場所等を明確にしないものであり,
被告人AとBとの間で,この点に関する具体的な話合いがなされた形跡
はないこと,その他,上記指示に至る経緯,指示後にされた支給金額の
試算に関するやり取り等にかんがみれば,Wにおける雇用の根拠が存在
しない雇用,すなわち,明示的に「空雇用」という言葉は使わないまで
も,実質的にはこれに等しいような雇用を指示するものといえる。そし
て,このような指示をした被告人Aとしては,Bが,被告人Lの就労内
容等を把握しておらず,むしろ,被告人Lが実際に就労するとは思って
いないことを認識していたものというほかないから,この点がBの勝手
な思い込みに過ぎないとする被告人Lの弁護人の上記主張もまた採用で
きない。
(3)さらに,被告人Aの弁護人は,被告人Lには,平成14年以降,判
示第2の期間中を含め,被告人Aの秘書としての就労実態が存すると主
張する。
確かに,被告人Lには,下記に詳細に検討するが,端的にいえば,全
体としてみて,同年4月以降,A学園理事長としての被告人Aの秘書と
同視し得るだけの活動ないし就労実態があったとするかどうかには些か
疑問が残るものの,この一部,すなわち,ハワイを中心とする海外にお
ける活動には,秘書業務に類するものも含まれており,他のzにおける
職員と遜色のない実態があったことは否定できない。
しかしながら,上記被告人AからBに対する指示内容,それに至る経
緯,上記にみた被告人Aの本件業務上横領に対する当時の認識等に照ら
せば,このような被告人Lの活動ないし就労実態等を踏まえてみても,
結局のところ,平成15年4月以降の被告人Lの就労については,本件
業務上横領の共謀成立後の事後的な事情に過ぎないものといわざるを得
ないのであって,平成14年4月以降平成15年3月までの被告人Lの
活動実態の点を含め,被告人Aの指示内容から推認される本件業務上横
領の故意,不法領得の意思,Bとの共謀の成立をくつがえすものではな
い。
(4)また,本件業務上横領の公訴事実は,被告人両名とBが共謀の上,
被告人LにWから給与等名下に金員を取得させたというものであるとこ
ろ,下記の理由で被告人Lは無罪であることからすれば,被告人A,B
にとっては,第三者たる被告人Lに金員を取得させたという構成になる
が,被告人Lは第三者とはいえ被告人Aの交際相手であり,全く無関係
の第三者ではなく,被告人Aがそれまで月20万円を支払っていたのに
代わってWの資金を支出させ,これを被告人Lに取得させるようになっ
たものである上,被告人Lにつき無罪となるのは,あくまで業務上横領
の故意ないし共謀という被告人Lの主観につきなお合理的な疑いが残る
とするものであるから,この点が,被告人A,Bの業務上横領罪の成否
に影響を及ぼすところはない。また,この点が,被告人Lの金員の受領
権限に関係し得るものではあっても,被告人AやBの業務上横領罪の成
否に影響がないことは,上記第3の5冒頭部分に記載したとおりである。
3以上によれば,被告人Aについて,業務上横領の故意,不法領得の意思,
Bとの共謀をいずれも認めることができる。
第5被告人Lについての業務上横領罪の成否
1当事者の主張
検察官は,被告人Lについて,自己がWから給与等を受ける事実上の原
因も法律上の原因もないことを知悉した上で自己の口座に振り込まれる金
員を取得していた事実が認められるから,本件業務上横領に係る共謀が認
められると主張する。
これに対し,被告人Lの弁護人は,上記のとおり,被告人Lは,上記第
2の1の公訴事実の要旨記載の期間中,自らの就労について,Wに命じら
れた業務であるとの認識により行っていたのであって,本件業務上横領の
共謀ないし故意が認められないから,被告人Lは無罪であると主張する。
2被告人Lに対し金員が支払われるようになった経緯について
(1)信用できる上記B証言,被告人Lの供述等によれば,以下の事実が
認められる。
ア平成15年4月以前における被告人Lの活動
被告人Lは,上記第1の2の経緯により,平成13年秋ころから,
被告人Aから月額20万円を得て生活するようになった。被告人Lは,
平成14年1月ころから,被告人Aのハワイ出張に同行し,その際,
会議出席時の衣類,書類の用意やファクシミリの整理等を行っていた。
さらに,衣類の洗濯,丙(当時のA学園のハワイでの活動拠点)の清
掃や備品管理,被告人Aが他の職員に指示したことの手伝い等をして
いた。一方で,被告人Aが日本にいるときは,被告人Lは,A学園の
業務に関連する秘書的業務を行っていたわけではなかった。
被告人Lは,当初は,被告人Aからの指示を断ることができたが,
その後,徐々に指示,依頼が増えると同時に,頼み方も命令口調にな
り,断ることができなくなっていった。
イ被告人Lと被告人Aとのやり取り
被告人Lは,職員でもないのに他の職員と同じようなことをさせら
れていたこと,特に海外出張時は拘束時間が長かったこと,自身の年
齢が既に30歳を超えており就職先が見つかりにくくなってきたこと
などから不満を抱き,平成14年12月ころから,被告人Aに対して,
きちんと就職したいと申し出るようになった。
平成15年3月ころ,被告人Aから「うちで雇ってあげる。もっと
しっかり身の回りのこと,掃除のこと,頑張ってくれればいいんだか
ら。ただ,これからはもっと大変になるから,遊びの感覚ではできな
いよ。」と言われ,被告人Lは,A学園で正式に採用されると思うと
ともに,自分がさせられてきたことはA学園の業務として職員がすべ
きことだったのかと考えた。
そして,被告人Lは,被告人Aに正式採用時の就労内容を尋ねたと
ころ,被告人Aから,「今までやっていたことプラスアルファで,も
っとそれを細かくやるのが仕事だ。」「あとは,zの設立に関するこ
と。」と言われ,具体的就労内容として,zの設立に関わる業務すべ
てと,清掃,洗濯,被告人Aの打合せへの同行等を考えた。
被告人Lは,それまで,上記のとおり不満を抱いていたが,仕事と
して認められることで,不満を切り替えることができた。また,以前
はホステスをしていた自分が,A学園という大きな組織で正式に採用
してもらえて,今後の生活が安定することや,自分の年齢なども考え
て,被告人Aから言われたことを受け入れることに決めた。
ウ被告人LとBとのやり取り
Bは,被告人Lとの採用面接をしていない。
なお,被告人Lは,平成15年4月より前の段階における就労内容,
勤務条件等に関するBとのやり取りについて,「勤務条件については,
直接話したことはなかった。」「どういうことをするかっていうか,
秘書業務だとかそういう話は,先ほど話したようなこと(平成15年
2月のハワイでのやり取り)はあった。それ以外はなかったと思
う。」と供述しているが,そもそも,被告人両名が供述する同年2月
のハワイでのやり取りの事実が認められないことは,既に上記第3の
5(1)ウにおいて詳細に検討したとおりである。
(2)検討
以上のとおり,被告人Lは,当時の認識について,被告人Aに対し,
仕事に就きたいとの希望をもらしていたところ,被告人Aから「うちで
雇ってあげる。」などと採用の打診を受け,自分のそれまでの活動が仕
事として評価されたと考え,これを受け入れることに決めた旨供述して
いる。
そこで検討するに,被告人Lは,被告人Aが日本にいるときには,A
宅の掃除や洗濯等,私人たる被告人Aの簡単な身の回りの世話を行って
いたに過ぎず,平成15年4月より前の被告人Lの活動は,A学園理事
長としての被告人Aの秘書業務と同視し得るまでの実態があったとは到
底認められない。とはいえ,その一方で,被告人Lの活動を個別的にみ
れば,その一部,特に,ハワイにおける活動の中には,秘書業務に類す
るものが含まれていなかったとはいい難い。また,上記のとおり,被告
人LとBとの間に,採用面接はなされておらず,就労内容,勤務条件等
について具体的なやり取りもなされていないのであり,被告人Lが採用
に当たってこれらの点を聞かされていた相手は被告人A以外には見当た
らない。そうだとすれば,被告人Lが,A学園において理事長として大
きな権限,影響力を有する被告人Aの言動等を信頼し,自らのそれまで
の活動が評価されて,Wから給与を支給されることになったと考えたと
いうことも,あながち不自然ないし不合理ともいえない。
3Wから金員の支払を受けるための手続等
また,被告人Lは,Wから金員の支払を受けるに当たり,被告人Aの指
示で,Bの下に履歴書を送付した。また,平成15年4月1日付けでWと
雇用契約書を交わし,辞令の交付を受けている。これらは,一般に職員採
用のための通常の経過であり,このことにより,被告人Lには,Bないし
はそれと意を通じていた被告人Aの犯罪的意図や認識を知ることが困難な
状況にあったといわざるを得ない。
確かに,被告人Lは,Bはもとより,W採用担当者の面接を受けたよう
な形跡はない。また,履歴書には通勤時間を45分と記載し,通勤手当申
出書も提出しているほか,雇用契約書の就業場所欄には「江別市●○番地
北海道A学園大学内」との記載があるなど,一定の場所に勤務することを
前提とした証拠も存在するのに,そのような事実はないなど,被告人Lに
ついても,この採用に不審な点があるとの認識を喚起し得るような事情が
ないわけではない。
しかしながら,Wは,被告人Aが理事長を務めるA学園が全額出資する
会社であること,そして,被告人Lは,被告人Aに言われるままに履歴書
を送付するなどしていることからすれば,被告人Aの指示に従っている以
上,被告人Lが採用面接を受けなかったことや就業場所に関する記載等に
疑問を持たなかったことも不自然とまではいえない(なお,主にハワイの
zで勤務していたW職員のDらについても,採用に当たり,Wでの面接は
行われておらず,また,雇用契約書の就業場所欄には被告人Lと同様に記
載されている。)。
4平成15年4月以降の被告人Lの就労
(1)被告人Lの就労内容
被告人両名の各供述,D,丁(平成15年ころから,A学園グループ
内の調理師専門学校校長)の各証言等によれば,平成15年4月にzが
開設した後に,被告人Lは,A学園ないし被告人Aに関連して,被告人
Aの指示の下,以下のようなことを主に行っていたものと認められる。
アzでの就労
平成15年4月以降,被告人Lは,被告人Aと共に頻繁にハワイ等
を訪れており,平成17年2月までの約1年11か月の間に,およそ
270日間,海外渡航している。
その中で,被告人Lは,zにおいて,被告人Aや他の従業員のスケ
ジュール管理を行い,予定が重ならないようにチェックしていた。被
告人Aが打合せや会議に出席する際には,会議に合わせた書類を用意
し,時間,場所等を被告人Aに伝えていた。さらに,他の職員(lや
m)と協力して,被告人A宛てのファクシミリ,電話やメールの処理
等をしていた。
また,zの清掃,洗濯を行っており,平成16年4月からはDが行
う清掃を手伝うなどしていた。
zではいわゆるビジネスパーティーがたびたび開かれたが,その際,
被告人Lは,招待客への連絡や献立の買い出しをするなどし,終了後
は,後片づけも手伝っていた。同年4月にW職員のDと庚がzに来て
からは,パーティーに同席するようになったが,その際も,食事の進
み具合をみながら料理を出すタイミングを指示するなど,調理作業以
外のほとんどに携わっていた。また,戊の調理には衛生面に不安があ
ったため,他の従業員らと共にバックアップするなどしていた。
さらに,上記専門学校生がハワイに研修に来た際には,丁を車で案
内したり,研修で作る料理を提案したり,簡単な通訳をするなどした。
イz以外への被告人Aの出張時
被告人Lは,被告人Aの指示に従って,その出張の多くに帯同し,
メモ取りをしたり,入手したパンフレットを整理したりするなどして
いた。
A学園の東京事務所では,お茶出し等の来客対応を行っていた。旭
川では,戊の採用面接に立ち会ったこともあった。上記専門学校によ
るパン屋の設立時には,打合せに参加したり,被告人Aの指示で看板
デザインの選定を行ったり,販売に関する提案を行うなどしていた。
ウ上記以外のとき
被告人Aが自宅やA学園にいるときは,被告人Lは基本的に自宅に
いた。そして,自宅でファックスを受け取るなどして,被告人Aのス
ケジュール管理を行っていた。そのほか,被告人Aから指示があった
ときは,A宅での打合せに同席したりしていた。頻度は月に数回であ
り,週に1回も行かないこともある程度であった。
(2)他の職員の就労実態
平成16年4月以降は,被告人両名がハワイのzに行った際,Wから
A学園に派遣されたl,D,戊らが同所で就労していた。同人らの就労
実態は以下のとおりであった。
アlの就労実態
平成15年4月に,Wに入社し,A学園の秘書課に派遣されていた
lは,平成14年7月末から,断続的に被告人Aに同行してハワイに
行くようになった。ハワイでは,被告人Aが乗車する自動車の運転手
や同車の整備,大学との連絡等を行っていた。また,パーティーでは,
客に飲み物を配ったりしていた。
イDの就労実態
平成16年3月にWの嘱託職員として採用され,A学園管財課に派
遣されていたDは,同年4月からハワイに行くようになった。Dは,
zの掃除や洗濯等を行い,たまに,戊の料理の手伝いなどもしていた。
ビジネス・パーティーの際には,飲み物を用意したり,買い出しをし
たりしたこともあった。
ウ戊の就労実態
平成16年4月にWの嘱託職員として採用され,A学園管財課に派
遣されていた戊は,約2年間で7回ハワイに行き,ビジネス・パーテ
ィー等において調理を担当していた。
(3)そこで検討するに,上記のとおり,平成15年4月以降,被告人L
は,被告人Aが日本国内にいる間は,被告人Aの出張等に多く同行する
などしていたが,出張同行時以外は,基本的に自宅にいただけであり,
その間にしていたという被告人Aのスケジュール管理も,実態は,自ら
主体的にスケジュールを管理,調整するものというよりは,既にA学園
において定められた被告人Aのスケジュールを手帳に転記するなどとい
った二次的なものに過ぎず,これ自体,秘書業務との評価に値する実質
を有していたのかにはなお疑問が残る。しかしながら他方,出張同行時,
特にハワイでの活動に目を転じると,被告人Lは,被告人Aと共に,相
当長期間,多数回にわたり渡航しており,そこでは,上記のような一定
の活動を行っていた。その実態は,W職員(嘱託職員を含む。)である
がA学園に派遣され,主にzで稼働していたl,D,戊の就労実態と対
比してみても,必ずしも遜色のあるものとはいい難い。また,被告人L
は,W職員である上記3名と協力して就労し,同人らの就労実態を直接
に見ていたのであるから,被告人L自身が,給与として受け取っていた
金員の支給元がWであることを理解しつつも,自らのハワイでの就労内
容と上記3名の就労実態とがさほど変わらないことから,自らも同様に,
Wに正式に雇用されており,A学園に派遣されているなどと認識してい
たとしても,あながち不自然ではない。
そして,被告人Lが行っていたかかる就労は,その所属するW自体の
業務の範囲内には含まれないと解されるが,被告人Lは,被告人Aとは
異なり,W自体の業務,目的等について認識していたような事情は窺わ
れない(なお,被告人Lは,上記のとおり,平成17年2月に甲におい
てなされた,被告人Lの具体的就労状況についての口裏合わせ,関連書
類の仮装には同席していたが,被告人Lがこれに積極的に関与したわけ
ではない上,仮にここで,被告人Lが,Wと雇用契約書を交わしたこと
が仮装ないしそれに類するものであると認識したとしても,本件業務上
横領の期間以降の事柄であって,被告人Lの本件業務上横領当時の認識
を補うものではない。)。また,被告人Lについては,本件業務上横領
の開始前において,その身分者であるBとは,普段から直接のやり取り
をする間柄でもなく,上記のようなBと被告人Aとのやり取りを,Bや
被告人Aらから何らかの形で見聞きしたことを窺わせる証拠もない。加
えて,Bと被告人Aとのやり取りを,被告人Aから聞かされるなどして
認識していたとすれば,被告人Lは,格別の活動をしなくても給与名下
に金員を得られるのであるから,上記のとおりの就労実態であえて活動
するまでの理由につき,合理的な説明が付かない。
そうすると,被告人Lは,Wに正式に雇用され,A学園理事長である
被告人Aの指示に従って,同社ないしはA学園に関連する就労を行うこ
とにより,その就労の正当な対価として,Wから給与を受けられるもの
と考えて,上記就労を行っていたということの合理的な疑いを否定でき
ない。
5結論
以上に検討してきた諸点を総合的に考察すれば,被告人Lは,Wに正式
に雇用され,被告人Aの指示に従い,同社ないしA学園に関連する就労を
行うことにより,同社からその就労の対価として給与等の支給を受けてい
るものと認識して,金員を受け取っていたという合理的な疑いを否定でき
ず,Wからの金員の支払は,自らの就労の対価としての給与等ではなく,
業務上横領に加功して得た金員であるということを認識していたと認める
には,なお合理的な疑いが残るというべきであるから,刑事訴訟法336
条により,当該公訴事実について,被告人Lに対しては,無罪の言渡しを
することとする。
(被告人Aについての量刑の理由)
1本件は,学校法人A学園理事長の職にあった被告人Aが,学園が経営する
A学園大学等の職員,学園出入りの建設業者の代表取締役,学園が全額出資
する有限会社の取締役らと共謀の上,自らの主体的関与の下に,学園ないし
上記有限会社の資金から,自宅改修工事費,当時の妻等が使う自動車のリー
ス代金,交際相手に支給する金員を支出させたなどという,背任1件,これ
に関連する補助金適正化法違反1件,業務上横領2件からなる事案である。
2背任及び補助金適正化法違反(判示第1の1及び第1の2)について
判示第1の1の背任は,A学園理事長である被告人Aが,学園が経営する
A学園大学等の管財課長等であるE及び学園施設の工事や被告人A宅の改修
工事等を請け負っていたM建設工業代表取締役のFと共謀の上,A宅改修工
事代金5252万円余を,A学園大学等の校舎外壁補修工事代金に含めて,
その支払として学園資金からM建設工業に支出し,学園に同額の損害を与え
たというものである。
また,判示第1の2の補助金適正化法違反は,被告人Aが,Eと共謀の上,
文部科学省による私立学校施設整備費補助金の対象となるA学園大学等の校
舎耐震補強工事(上記校舎外壁補修工事と同一)について,実際に行った工
事が耐震補強のために貼付するCFシート(炭素繊維シート)を同省に提出
した計画調書よりも大幅に減らしたものであったのに,計画調書のとおり工
事を実施した旨の虚偽の報告をするなどして,上記補助金5723万円余を
不正に受給したというものである。
被告人Aは,かねて考えていた自宅改修工事を学園の資金で行うことを企
て,学園理事長という自らの立場を悪用して,部下であるEに対し,M建設
工業のFと協議して,公的性格を有する補助金の対象事業である校舎外壁補
修工事について,CFシート貼付面積を減少させる手抜き工事を行わせ,そ
れにより生じる実際の工事代金との差額を,自宅改修工事代金に充てるよう
に指示し,これにより,学園資金を私的に流用し,補助金を不正に受給した
ものである。その動機は,極めて利欲的かつ自己中心的であって,酌量の余
地はない。
A学園では,校舎外壁工事について,見積りを依頼した3社のうち,M建
設工業の見積りが最も安価になるように,事前に金額を指示した上で同社を
選定し,その後は,A宅工事代金額の増額などに合わせて,それをまかなう
べくCFシート貼付面積を減少させている。そして,CFシート貼付面積は,
最終的には見積りの10分の1までに減少したが,それにもかかわらず当初
の計画どおりに施工されたものとして学園からM建設工業に代金が支払われ,
それに基づいて補助金の申請まで行われているところ,その過程では,国の
補助金制度を欺き,工事関係者等多数の関係者を巻き込むなどしている。そ
の犯行は,極めて計画的であり,巧妙かつ狡猾な手口によるもので,大胆か
つ悪質な態様である。
背任により学園に与えた損害は5252万円余に上り,被告人Aは,自宅
改修工事代金として,その全額分の利益を一人で得ている。また,学園が不
正に受給した補助金の額も5723万円余と高額である。校舎外壁補修工事
は,貼付面積が減少した結果,当初の目的である耐震補強には全く効果のな
いものとなっている一方で,かかる学園の損害を顧みずになされたA宅改修
工事の内容は極めて贅沢なものであった。
加えて,犯行後においても,被告人Aは,自宅改修工事代金として157
5万円をM建設工業に支払ったかのような隠蔽工作をするなどしており,犯
行後の情状も悪い。
3自動車のリース代金補填の業務上横領(判示第1の3)について
判示第1の3の業務上横領は,被告人Aが,当時の妻らに個人的に使用さ
せる自動車2台につき,Fに指示して,M建設工業をしてリースを引き受け
させてリース代金を支払わせていたところ,E及びFらと共謀の上,リース
代金相当額合計381万円余を,A学園の資金からM建設工業に支払って補
填し,これを横領したという事案である。
被告人Aは,当時の妻らが使用する自動車のリース代金という極めて私的
な費用を,一旦M建設工業に支払わせ,その分を架空の工事代金として学園
の資金で補填したものであり,動機は,身勝手かつ利欲的でこれまた酌量の
余地がない。その態様は,学園から工事の発注を行ったように仮装するなど,
極めて巧妙で大胆な手口を用いており悪質である。横領行為は,約2年8か
月間で19回と長期間かつ多数回にわたっており,被害額も合計381万円
余と多額である。
4交際相手に対する給与等名目での支払の業務上横領(判示第2)について
判示第2の業務上横領は,被告人Aが,A学園の全額出資により設立され
たWの取締役Bと共謀の上,被告人Aの交際相手で事情を知らない相被告人
Lに,Wの資金から給与等名下に798万円余を取得させ,これを横領した
という事案であり,被告人Aは,業務上占有者のBに加功した身分のない共
犯としての責任を負うものである。
被告人Aは,それまで交際相手であるLに対して月20万円の生活費を渡
していたところ,Lから働きたいとの申し出を受けたことから,Bに指示し
て,Wの資金から給与等名下にLに年額約500万円もの金員を支払わせた
ものであり,その経緯は,あまりに適切さを欠くものであり,酌量できない。
横領行為は,約1年9か月間で28回と長期間かつ多数回にわたっており,
被害額も合計798万円余と多額である。Wにおいては,被告人Aの意向に
沿ってLに金員を支払うことの形式を整えるために,架空書類の作成や関係
規程の変更まで行われており,計画的かつ巧妙な犯行である。また,被告人
Aは,犯行後に,LがWで実際に働いていたように装うために,同社従業員
らを巻き込んで,書類の虚偽記載や口裏合わせなどの工作を行うなどしてい
る。たとえその主目的が被告人Aが供述するような税務対策であったとして
も,本件犯行の隠蔽につながり得るものであって,犯行後の情状も芳しくな
い。
5以上にみた本件の一連の犯行が,A学園の経営基盤を損ない,教育機関を
運営する学校法人にとって極めて重要であるその社会的評価や名誉が傷つけ
られたこと,そして,学生,職員ら多くの学園関係者に大きな衝撃を与え,
その信頼を裏切ったものであることはいうまでもなく,また,学校法人や国
の補助金制度に対する社会の信頼を大きく揺るがすものであることも看過で
きない。それにもかかわらず,被告人Aから,学園及びWに対する被害回復
は,一切行われていない。
被告人Aは,長期間にわたり複数の教育機関を運営する学校法人の理事長
の職にあり,大学学長も兼務するという教育者でもあったところ,このよう
な高い倫理と識見が求められる職にありながら,多大なる権限と影響力を有
していたことを悪用し,私利私欲のために,格別の抵抗感や罪悪感を感じる
様子もないまま,長期間にわたり犯罪を行っていたものであり,まさに学園
を私物化したものと指摘されてもやむを得ない。規範意識の鈍麻や倫理感の
乏しさが窺われる。
以上によれば,本件の犯情は非常に悪く,被告人Aの刑事責任は相当に重
い。本件に共犯者として加担した者らの責任に比して格段に重いことはいう
までもない。
6他方,背任(判示第1の1)については,被告人Aは,自宅工事代金を学
園資金から支払うように指示しているものの,当時頻繁に出張に出掛けてい
たことなどからすれば,被告人Aが,自宅工事代金額の詳細を把握していた
とは認められず,上記損害額について確定的に認識していたとまではいえな
い。また,給与等名目の業務上横領(判示第2)については,Lは,その期
間中,主に被告人Aの出張同行時,特にハワイにおいて,実態として一定の
秘書的業務にも携わっていたことが認められ,Wが,A学園の全額出資によ
り学園に人材を派遣する等の目的で設立されたことからすれば,同事件の被
害者であるWそれ自体として利益を生むものではないが,A学園グループ全
体としては,それなりにその利益に適う活動が行われていたといえなくもな
い。なお,本件補助金(判示第1の2)については,既に学園から文部科学
省に返還されたことにより,被害者である国の財産的被害が回復されたこと
が窺える。
さらに,被告人Aは,本件発覚まで約15年間にわたり,A学園の理事長
を務めてきた上,その業績として,学園発展のために多大な貢献をしたこと
も認められる。自業自得とはいえ,本件が報道されたことで,既に学園理事
長等の職を辞しており,一定の社会的制裁を受けている。
そこで,これら諸般の情状のほか,前科がないことやその健康状態などを
も総合勘案した結果,被告人Aを主文の刑に処することとした。
よって,主文のとおり判決する。
(出席検察官橋本ひろみ
被告人Aにつき
私選弁護人橋場弘之(主任),田村智幸求刑懲役7年
被告人Lにつき
私選弁護人佐藤真吾(主任),中島正博,坂口唯彦求刑懲役2年)
平成20年1月21日
札幌地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官嶋原文雄
裁判官坂田威一郎
裁判官網田圭亮

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激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
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ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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