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平成16年2月5日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成14年(ワ)第1518号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成15年12月25日
判決
熊本県下益城郡a町bc番地d
原告   A
熊本県下益城郡a町bc番地d
原告   B
上記両名訴訟代理人弁護士   板井 優
同復代理人弁護士   寺内大介
熊本市e町f-g
被告   C
同訴訟代理人弁護士   山之内 秀 一
同              坂本秀道
主文
1 被告は,原告らに対し,各金2302万3447円及びこれに対する平成15年1月9
日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告らの負担とし,その余を被告の負担とす
る。
4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
  被告は,原告らに対し,各金3100万9888円及びこれに対する平成15年1月9
日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,原告らの長女が,その同棲相手であった被告から暴行を受けた挙げ
句,平成14年6月11日,同居していた被告のマンションの6階から落下して死亡し
たことについて,原告らから被告に対し,不法行為に基づく損害賠償及び訴状送達
の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 原告らの長女D(昭和48年2月16日生。)は,平成14年4月初旬ころから,当
時被告が居住していた熊本市h町i番j号所在のEマンション(以下「本件マンショ
ン」という。)605号室において,被告と同居していたが,平成14年6月11日午
前9時ころ,本件マンションの駐車場において,死亡しているのが発見された(甲
8)。
(2) 司法解剖の結果,Dの死因は,高所からの落下により右側胸部を高度に打撲
したことによる右肺挫傷に基づく失血性ショック死とされ,現場の状況等から,捜
査機関は,Dが本件マンションの6階の通路から飛び降りたものと判断した(甲
8,乙6)。
(3) Dの死体には,多数の陳旧性の損傷があり,捜査の結果,被告が,平成14年
5月17日から同年6月11日までの間に,Dに対し,継続して,多数回にわたり,
手拳でその顔面,左右上肢,左大腿部等を殴打するなどの暴行を加え,上記各
部位に,全治約20日間を要する皮下軟部組織間出血の傷害を負わせていたこ
とが判明した(甲8,乙1)。
(4) 被告は,同年7月3日,上記傷害の件で逮捕され,その後,同月23日に起訴
され,同年10月9日,熊本地方裁判所において,傷害罪により懲役1年・3年間
執行猶予の判決を受けた(甲2,3,乙1,6,7)。
(5) 原告らは,Dの実父母であり,全相続人である(甲6)。
2 当事者の主張
(原告)
(1) Dの死は,次のとおり,被告の不法行為によるものである。
  被告は,遅くとも平成14年3月25日までにDと婚約し,その上で同年4月初旬
ころから同居するようになったが,同年5月17日ころからDに対し,しばしば執拗
に暴行を加えて,その全身に傷害を負わせた。その態様は,まさに凄惨なリンチ
というべきものであった。
  そして,Dが死亡した同年6月11日,被告は,午前2時か3時ころまでDと一緒
に酒を飲んだ後,午前6時ころから,Dに対し,過去の異性関係を問い詰めなが
ら,執拗に暴行を繰り返した。その後,午前8時50分ころ,Dの交際相手だったF
の勤務先に電話をかけ,Fに対し,Dとの関係を問い質した上,「彼女(D)はビル
の6階から飛び降りると言いよるぞ。」などと話し,電話をDに代わって,同女から
Fに「あなたのことは許さんからね。」と話をさせ,再度電話を代わると,一方的に
話をして電話を切り,10分ないし15分後に再度電話をして,「彼女が飛び降り
たぞ。」と話した。したがって,上記電話の間にDが本件マンションの6階から地
面に落下したものと推察される。
  かかる状況からすれば,仮にDの死が自殺であるとしても,それは,被告の執
拗な暴行により,精神的に追い詰められ錯乱した結果,引き起こされたものであ
り,被告の暴行とDの死との間には,相当因果関係がある。
  また,被告は,Dと内縁関係にあり,互いに協力し扶助しあう義務を負っていた
ものであるから,保護者的立場にある者として,また,Dに対する執拗な暴行と
いう被告自身の先行行為の結果として,Dの自殺を制止すべき注意義務を負っ
ていたものであるところ,被告は,Dが本件マンションから飛び降りようとしている
のを認識し,これを制止することが可能であったにもかかわらず,Dの行動を特
に監視することもなく,放置していたものである。これは,被告が,Dが自殺する
のであればそれでも構わないとして,Dの死を認容していたか,少なくとも,重過
失で放置していたものにほかならない。
(2) 損害
① Dの損害
 慰謝料         2000万円
 逸失利益        2838万1616円
Dは,死亡する以前,洋品店店員として,年収336万5143円を得て
いた。死亡時の年齢は満29歳であり,67歳までの38年間稼働可能で
あったとみて(ライプニッツ係数16.868),生活費控除率50パーセント
で逸失利益を計算すると,上記の金額となる。
 原告らは,上記損害の各2分の1を相続した。
② 原告らの固有の慰謝料  各400万円
③ 弁護士費用       各281万9080円
    各原告の損害額の1割が相当因果関係のある損害である。
(被告)
(1) 被告が,Dと平成14年3月25日ころに婚約し,同年4月初旬ころから同居する
ようになったこと,Dに暴行を加え,傷害を負わせたこと,及び同年6月11日の
状況については,いずれも認めるが,被告の暴行とDの死との相当因果関係及
びDが飛び降りようとしていることを被告が知りながら制止しなかったことについ
ては,いずれも否認する。
(2) 損害額については,不知。
第3 当裁判所の判断
1 事実経過の認定
  証拠(甲8,9,原告A)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 被告は,平成14年3月10日ころ,客として行ったスナックでアルバイトをして
いたDと知り合い,交際するようになり,同月25日ころからは,結婚を前提とし
て,当時被告が居住していた本件マンションの605号室で同棲するようになっ
た。Dは,同年4月ころには,両親である原告らに対し,被告と結婚したい旨を告
げ,同年5月26日には,近々結婚するという理由で退職した。
(2) 同棲生活を開始後しばらくの間は,被告とDの関係は円満であったが,被告
は,女性に対する独占欲や支配欲が異常に強く,同年5月中旬ころから,Dの過
去の異性関係等を事細かに問い詰めるなどし,その内容が,自分が一方的にD
に対して抱いていた清純な女性という印象に反するものであったとして,そのこと
を理由にDを責め,暴行を加えるようになった。
 被告のDに対する暴行は,同年5月17日ころから始まったが,その態様は,数
時間にわたって,無抵抗のDの全身を,手拳や携帯電話で多数回殴るなどとい
う凄惨なものであり,そのような暴行が,同年6月11日にDが自殺する直前ま
で,断続的に続いた。
 また,被告は,猜疑心の強さから,Dの外出等についても細かく干渉し,Dが女
友達と会うことさえ嫌がるなどしたため,Dは,被告の機嫌を損ねると被告から暴
行を加えられるのではないかとの恐れから,次第に,自ら被告の意に添う行動を
取るようになった。
(3) Dは,被告から暴行を加えられるようになって以降,被告の暴力に対する恐怖
心で精神的に追い詰められていき,同年5月下旬ころには,友人や同僚に対し,
被告から暴行を受けたことを話した上,「このままでは殺されるかもしれないと思
った。こんな暴力を受けるなら飛び降りようかとも思った。」と話したり,「怖くて死
にそう。」という内容のメールを送ったりし,また,友人や被告に対し,胃けいれん
等の体調不良を訴えたりするようになった。
 しかしながら,他方で,Dは,友人らに対し,被告のことについて,「暴力を振る
った後は,怪我の手当をしてくれ,二度と暴力は振るわないと約束してくれた。暴
力は,彼の愛情の裏返しだと思う。」などと話すなどしており,被告の暴行につい
て,自ら警察に通報したり,両親である原告らに相談することはしなかった。
(4) 被告の暴行や精神的な束縛は,同年6月に入ってからも続き,精神的に追い
詰められたDは,同月3日には,発作的に自殺を図り,刃物で自分の両手首を
切ったが,傷は浅く死には至らなかった。しかるに,被告は,Dが手首を切ったこ
とを知った後も,何故Dがそのような行動に出たのかについて何ら慮ることもな
く,従前同様,Dに対して暴行を加えた。
(5) 同月10日,被告は,買い物に出ていたDと途中で合流し,午後7時30分ころ,
二人で本件マンションの6階にある605号室に帰宅し,午後9時ころから共に食
事をした後,一緒にウイスキーを飲み始めた。被告とDは,翌11日午前2時か3
時ころまで共に飲酒していたが,その間に,酒に酔ったDは,被告に対し,「どう
したら信じてくれるの。死んだら信じてくれるの。」などと話すなどしていた。
  被告は,その後,酒に酔ったDを介抱するなどしていたが,同日午前6時ころか
らは,Dに対し,かつての交際相手であったFとの関係を問い詰めはじめ,やが
て,Fに会社を辞めさせるなどと言いながら,Fの勤務先の電話番号を調べると,
その会社に何度も電話をかけたが,留守番電話であった。また,その間,被告
は,Dに対し,「お前はまだFが好きとだろうが。」などと言いながら,手拳や携帯
電話でDの顔,頭,腕,脚等を,1時間30分余りにわたって執拗に殴り続けた。
 同日午前8時50分ころ,被告が再度Fの勤務先に電話をかけたところ,Fが出
勤していたため,被告は,Fに対し,Dとの過去の交際状況等を問い質した上,
「お前のせいで彼女の婚約が破談になった」等と告げた。さらに,被告は,Fに対
し,「彼女はビルの6階から飛び降りると言いよるぞ。」などと話し,電話をDに代
わって,同女からFに「あなたのことは許さんからね。」と話をさせ,再度電話を代
わると,Fに対し,「会社を辞めろ。」などと一方的に話をしていたが,そのとき,D
は,突然,玄関から素足のまま通路に走り出て,手すりを乗り越えて,下へ飛び
降りた。
 被告は,Dが玄関を出て行ったので,電話を切り,Dの姿を探したところ,地面
に倒れているDを発見したため,119番通報し,さらにその後,Fに再度電話をし
て,「彼女が飛び降りたぞ。」と話して電話を切った。
2 相当因果関係について
  前記1の認定事実によれば,Dは,平成14年5月17日以降,被告から繰り返し暴
行を受けたことにより,次第に精神的に追い詰められていたところ,同年6月11日
にも,1時間30分余りにわたって暴行を受けたため,被告からこれ以上の暴力を
加えられることに耐えられず,発作的に自殺したものと認められる。
  そして,被告がDに加えた一連の暴行は,無抵抗のDの全身を,一方的に,手拳
や携帯電話で,長時間かつ多数回にわたり強く殴打するという凄惨なものであった
上,被告は,Dの自殺直前まで,Dに対し,上記のような暴行を執拗に加え続けて
いたものであり,しかも,Dが従前自殺未遂を図ったことや,現に「6階から飛び降り
る」と言っていることを認識していたのであるから,被告が当時認識していた上記の
各事情からすれば,被告には,Dの自殺を予見することが可能であったものであ
り,また,通常人においても予見可能というべきであるから,被告の一連の暴行とD
の自殺との間には,相当因果関係があるものと認められる。
  もっとも,本件の場合,Dの死の直接的な原因は,飛び降り自殺というD自身の行
為にあること,Dにおいて,早い段階で,被告の暴行について警察に通報したり,被
告との離別を自ら決断する等すれば,本件のような悲惨な結果に至ることは避けら
れたと思われるところ,D自身は,被告の一連の暴力について,これを畏怖する一
方で,被告の愛情の裏返しであると思い込んでいたために,上記のような行動に出
ていないこと等の事情を考慮すると,Dの自殺によって生じた損害の全額を被告に
賠償させることは,相当でない。したがって,Dの死亡による損害額については,上
記の点にかんがみて民法722条2項を類推適用し,その経済的損害につき30%
を減額し,精神的損害につき相応の減額要因として考慮するのが相当である。
3 損害額
(1) Dの損害
① 逸失利益           1986万6895円
Dは,死亡する以前,洋品店店員として,年収336万5143円を得ていた
(甲7)。
死亡時の年齢は満29歳であり,67歳までの38年間稼働可能であったと
みて(ライプニッツ係数16.8678),生活費控除率50パーセントで逸失利益
を計算すると,2838万1279円(円未満切捨て。以下同。)となる。
上記の金額について,30%を減額すると,1986万6895円となる。
② 慰謝料            1600万円
 Dは,被告との幸福な結婚を夢見て,被告と同棲生活に入ったにもかかわら
ず,被告から執拗な暴行を繰り返し加えられ,それによって全身に傷害を負っ
た上,精神的に追い詰められた結果,29歳という若さで,自ら命を絶つに至っ
たものである。被告と同棲する以前のDは,明るく快活な女性であったが,同
棲開始後わずか2ヶ月余りで,被告の一連の暴行により,死を決意する程に
精神的に追い詰められたのであって,被告の行為によりDが被った恐怖心や
精神的苦痛は,甚だしいものであったということができる。かかる事情にかん
がみれば,Dの死の直接的な原因が飛び降り自殺というD自身の行為による
ものであることを考慮しても,Dの精神的損害に対する慰謝料としては,上記
の金額が相当である。
③ 原告らの相続額       各1793万3447円
(2) 原告らの固有の慰謝料      各300万円
 原告らは,慈しんで育てた愛娘の突然の死によって,著しい衝撃を受けたのみ
ならず,その遺体にあった凄惨な傷跡から,Dが被告から度重なる暴行を受けた
ことを知り,現在でも,被告がDを殺したと信じて疑わぬ程,被告に対する強い憤
怒の念を抱いているものであるところ,かかる原告らの心情は,前記のような経
緯で娘を失った両親の気持ちとしては,無理からぬものがあるというべきであ
る。以上のような点にかんがみれば,Dの死の直接的な原因が飛び降り自殺と
いうD自身の行為によるものであることを考慮しても,原告らの精神的苦痛に対
する慰謝料としては,上記の金額が相当である。
(3) 合計の損害額((1)③+(2))   各2093万3447円
(4) 弁護士費用           各209万円
 原告らが原告ら代理人に本件訴訟の遂行を委任したことは,当裁判所に顕著
な事実である。
 そして,本件事案の内容,認容額その他一切の事情を勘案すると,弁護士費
用として,原告各自につきそれぞれ209万円を,本件事故と相当因果関係のあ
る損害として認めるのが相当である。
(5) まとめ
 以上によれば,被告は,原告らに対し,各2302万3447円を賠償すべき義務
を負う。
4 結論
以上の次第であるから,原告らの請求は,被告に対し,各2302万3447円及
びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年1月9日から各支払済みま
で民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるか
ら認容し,その余については理由がないから棄却することとする。
よって,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文
を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決す
る。
熊本地方裁判所民事第4部
裁判官   濱本章子

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