弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成27年4月17日判決言渡
平成25年(行ウ)第472号処分取消請求事件
主文
1厚生労働大臣が原告に対して平成24年2月8日付けでした障
害基礎年金及び障害厚生年金の裁定請求を却下する旨の処分を取
り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1原告は,平成14年9月25日,社会保険庁長官に対し,網膜色素変性症
(以下「本件傷病」という。)を対象とし,初診日を昭和45年6月頃とし,
事後重症による請求として(国民年金法(以下「国年法」という。)30条の
2第1項,厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)47条の2第1項),
障害基礎年金及び障害厚生年金の裁定請求をしたが(以下「平成14年裁定請
求」という。),平成15年3月13日,平成14年裁定請求を,初診日を昭和
36年夏頃とする,国年法30条の4第2項に基づく障害基礎年金の裁定請求
(以下「平成15年裁定請求」という。)に差し替え,同年6月12日,社会
保険庁長官から国年法施行令別表及び厚年法施行令別表第一に定める障害等級
(以下「障害等級」という。)2級の障害基礎年金を支給する旨の裁定を受け
た。
本件は,原告が,平成23年11月4日,厚生労働大臣に対し,本件傷病を
対象とし,初診日を昭和45年6月とし,事後重症による請求として,障害基
礎年金及び障害厚生年金の裁定請求をしたところ(以下「本件裁定請求」とい
う。),厚生労働大臣が,本件裁定請求は平成15年裁定請求と重複請求に当た
り不適法であるとして,平成24年2月8日付けで本件裁定請求を却下する旨
の処分(以下「本件却下処分」という。)をしたことから,原告が,被告に対
し,本件却下処分の取消しを求める事案である。
2関係法令等の定め
(1)障害基礎年金・障害厚生年金の受給要件
障害基礎年金・障害厚生年金の受給要件は,原則として,①疾病にかかり,
又は負傷し,かつ,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(傷病)に
つき初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日(初診日)において国民年
金・厚生年金保険の被保険者であること,②障害認定日,すなわち当該初診
日から起算して1年6か月を経過した日,又はその期間内にその傷病が治っ
た場合は,その傷病が治った日(その症状が固定し治療の効果が期待できな
い状態に至った日を含む。)において,その傷病により一定の障害の状態
(障害厚生年金については障害等級1級ないし3級,障害基礎年金について
は1級又は2級。)にあること,③当該傷病に係る初診日の前日において,
当該初診日の属する月の前々月までに国民年金の被保険者期間があり,かつ,
当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期
間が当該被保険者期間の3分の2以上であることである旨規定されている
(国年法30条1項,2項,厚年法47条1項,2項,国年法施行令4条の
6,同別表,厚年法施行令3条の8,同別表第一)。
(2)事後重症による障害基礎年金・障害厚生年金
事後重症による障害基礎年金・障害厚生年金については,上記(1)①及び
③の要件を満たすものの,障害認定日において上記(1)②の障害等級に該当
する程度の障害の状態になかった者が,同日後65歳に達する日の前日まで
の間において,その傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に該当
するに至ったときは,その者は,その期間内に障害基礎年金・障害厚生年金
の支給を請求することができる旨規定されている(国年法30条の2第1項
ないし3項,厚年法47条の2第1項ないし3項)。
(3)20歳前障害基礎年金
20歳前障害基礎年金は,傷病の初診日において20歳未満であった者が,
障害認定日以降の20歳に達した日において障害等級に該当する程度の障害
の状態にあるときは,その者に障害基礎年金を支給する旨規定されている
(国年法30条の4)。
(4)裁定の請求
平成19年法律第109号による改正前の国年法16条及び厚年法33条
では,国年法・厚年法に基づく年金給付を受ける権利は,その権利を有する
者(受給権者)の請求に基づいて,社会保険庁長官が裁定する旨規定されて
いたが,平成19年法律第109号による改正後の国年法16条及び厚年法
33条(平成22年1月1日施行)では,厚生労働大臣が裁定する旨規定さ
れている。
そして,上記の裁定を受けようとする者は,請求書の添付資料として,障
害の原因となった疾病又は負傷に係る初診日を明らかにすることができる書
類を提出しなければならない旨規定されている(国年法施行規則31条2項
6号,厚年法施行規則44条2項6号)。
3前提事実(当事者間に争いがないか,文中記載の証拠及び弁論の全趣旨によ
り容易に認定することができる事実)
(1)平成14年裁定請求及び平成15年裁定請求
ア原告(昭和22年▲月▲日生まれ)は,平成14年9月25日,社会
保険庁長官に対し,本件傷病(網膜色素変性症)を対象とし,初診日を昭
和45年6月頃とし,事後重症による請求として,障害基礎年金及び障害
厚生年金の裁定請求をした(平成14年裁定請求)。(甲8・1枚目)
イ平成14年裁定請求に係る裁定請求書(以下「平成14年裁定請求書」
という。)を受領した u 社会保険事務所(平成22年1月以降は,u
年金事務所。以下「  u  事務所」という。)は,平成14年裁定請
求書を,社会保険庁社会保険業務センター(以下「社会保険業務センター」
という。)に進達した。
社会保険業務センターは,その後, u 事務所に対し,平成14年裁
定請求に係る医証(診療記録等に基づいて初診日を明らかにする医学的な
証明)等の追完を求めたため, u 事務所は,原告に対して書類の追完
を求め,社会保険業務センターに対し,数回にわたり,原告から追加提出
された書類を送付したが,社会保険業務センター所長は,平成15年2月
27日, u 事務所長に対し,「傷病名(両眼網膜色素変性症)につい
ては,初診日が昭和37年3月24日前であり,20歳前障害となるので,
国民年金において取り扱われたい。」として,平成14年裁定請求書を返
戻した。(甲8・17枚目,乙1)
ウ u 事務所は,平成15年3月13日,原告に対し,平成14年裁定
請求を差し替え,障害基礎年金のみの裁定請求をするよう指導したところ,
原告は,同日,社会保険庁長官に対し,本件傷病を対象とし,初診日を昭
和36年夏頃とし,国年法30条の4第2項に基づく請求として,障害基
礎年金の裁定請求をした(平成15年裁定請求。以下,同裁定請求に係る
請求書を「平成15年裁定請求書」という。)。(甲10・1ないし4枚目)
エ社会保険庁長官は,平成15年6月12日,原告に対し,本件傷病の初
診日を昭和36年7月1日,障害認定日を原告が20歳に到達した日であ
る昭和42年▲月▲日,受給権発生日を平成14年裁定請求の日である
平成14年9月25日とし,障害等級2級の障害基礎年金を支給する旨の
裁定(以下「本件支給処分」という。)をした。(甲7,乙2)
オその後,原告の障害等級が2級から3級に変更されたことに伴い,社会
保険庁長官は,平成16年12月15日,障害基礎年金の支給停止処分を
した。(乙3)
(2)本件裁定請求
ア原告は,平成23年11月4日,厚生労働大臣に対し,本件傷病を対象
とし,その初診日を昭和45年6月とし,事後重症による請求(国年法3
0条の2第1項,厚年法47条の2第1項)として,障害基礎年金及び障
害厚生年金の裁定請求をした(本件裁定請求)。(甲1,乙4)
イ厚生労働大臣は,平成24年2月8日,原告に対し,本件裁定請求は本
件支給処分に係る傷病と同一傷病に係るものであり,重複請求であるとし
て,本件裁定請求を却下する旨の処分(本件却下処分)をした。(甲3)
ウ原告は,平成24年4月13日,四国厚生支局社会保険審査官(以下
「審査官」という。)に対し,本件却下処分の取消しを求めて審査請求を
したが,審査官は,同年5月25日,審査請求を却下する旨の決定をした。
(甲4・2ないし6枚目,甲5)
エ原告は,平成24年7月18日,社会保険審査会(以下「審査会」とい
う。)に対し,本件却下処分の取消しを求めて再審査請求をしたが,審査
会は,平成25年1月31日,再審査請求を却下する旨の裁決をした。
(甲6,7)
(3)本件訴訟の提起
原告は,平成25年7月29日,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)
4争点及び争点についての当事者の主張
本件の争点は,①本件裁定請求は重複請求に当たり不適法か(争点1),②
本件傷病の初診日(争点2)である。
(1)争点1(本件裁定請求は重複請求に当たり不適法か)について
(被告の主張の要旨)
ア本件裁定請求は平成15年裁定請求との関係で重複請求に当たり,不適
法であること
本件傷病については,当初,初診日を「昭和45年6月頃」とする平成
14年裁定請求がされたが,その後,初診日を「昭和36年夏頃」とする
平成15年裁定請求に差し替えられ,平成15年6月12日,初診日を昭
和36年夏頃とする本件支給処分がされた。
本件支給処分に当たり,本件傷病の初診日は,昭和36年夏頃と認定さ
れ,原告は,この初診日において20歳未満であったため,国年法30条
の4に基づき,無拠出制の障害基礎年金の受給権を取得した。その後,原
告については,障害状態確認届に基づいて障害等級が2級から3級に変更
されたことに伴い,平成16年12月15日,障害基礎年金の支給停止処
分がされたが,その支給が停止されたにすぎず,原告は,現在もなお,初
診日を昭和36年夏頃とする障害基礎年金の受給権を有している。
本件裁定請求は,既に初診日を昭和36年夏頃とする障害基礎年金の受
給権の基礎となった本件傷病と同一傷病について,初診日をこれと異なる
昭和45年6月として,重ねて障害基礎年金及び障害厚生年金の支給を求
めるものであるところ,一つの傷病に複数の初診日が認定されることはな
いから,本件裁定請求は重複請求であり,不適法である。
イ平成15年裁定請求に対する本件支給決定は無効であるから,本件裁定
請求は重複請求には当たらない旨の原告の主張について
(ア)内容上の瑕疵(本件傷病の初診日の認定の誤り)の主張について
原告は,本件傷病の初診日は昭和45年6月である旨主張するが,後
記(2)(被告の主張の要旨)のとおり,本件傷病の初診日は昭和45年
6月であるとは認められないから,本件傷病の初診日を昭和36年夏頃
とした本件支給決定に瑕疵はない。
(イ)手続上の瑕疵(説明義務違反)の主張について
原告は,平成14年裁定請求書の平成15年裁定請求書への差替えは,
原告への説明やその同意がないままされたものである旨主張する。
しかし,初診日において厚生年金保険の被保険者であったとして,事
後重症による障害基礎年金及び障害厚生年金の裁定請求がされた場合に
おいて,初診日が厚生年金の受給要件を満たさないが,初診日が国民年
金の被保険者期間中であるか,あるいは20歳前であり,障害基礎年金
については受給要件を満たすと認められたときは,当該裁定請求を却下
した後に改めて障害基礎年金の裁定請求をさせるのではなく,当該裁定
請求を障害基礎年金の裁定請求に差し替えるよう求める取扱いがされて
いる。これは,当初の裁定請求を却下した後に改めて障害基礎年金の裁
定請求をさせるよりも,裁定請求そのものを差し替え,当初の裁定請求
をもって受給権を発生させた方が,支給開始時期の点において請求者に
有利だからである。 u 事務所は,上記取扱いに従い,原告に対し,
障害基礎年金のみの裁定請求に差し替えるか否かを確認し,同意を得た
上で,平成15年裁定請求書の作成を求め,その他添付書類の追記等を
させた。原告は,表題部に「国民年金障害基礎年金裁定請求書」と明示
された請求書に必要事項を記入の上,自ら署名して提出し,その後も本
件支給処分に基づき特に異議を述べることなく平成14年10月分ない
し平成16年12月分(支給停止処分がされた同月15日まで)の障害
基礎年金を受給していたから,原告が,上記差し替えの趣旨を理解した
上で,平成15年裁定請求を行ったことは明らかである。
したがって,平成14年裁定請求を平成15年裁定請求に差し替えた
ことにつき,原告に対する説明義務違反はない。
(原告の主張の要旨)
ア本件裁定請求は平成15年裁定請求との関係で重複請求には当たらない
こと
本件裁定請求のうち障害基礎年金の裁定請求については,平成15年裁
定請求と同じく障害基礎年金の裁定請求ではあるものの,新たな資料を添
付してしたものであるから,重複請求には当たらない。
また,本件裁定請求のうち障害厚生年金の裁定請求については,障害基
礎年金の裁定請求である平成15年裁定請求とは,受給要件が明らかに異
なる上,請求者が同年金の受給を継続できる障害等級も異なるから,重複
請求には当たらない。
したがって,本件裁定請求は平成15年裁定請求との関係で重複請求に
は当たらず,適法である。
なお,原告は,現在,障害基礎年金の受給を受けていないから,この点
においても,本件裁定請求は平成15年裁定請求との関係で重複請求には
当たらない。
イ平成15年裁定請求に対する本件支給決定は無効であるから,本件裁定
請求は重複請求には当たらないこと
(ア)内容上の瑕疵(本件傷病の初診日の認定の誤り)について
後記(2)(原告の主張の要旨)のとおり,本件傷病の初診日は昭和4
5年6月であるから,本件支給決定が初診日を昭和36年夏頃と認定し
たことには内容上の瑕疵がある。
(イ)手続上の瑕疵(説明義務違反)について
平成14年裁定請求書の平成15年裁定請求書への差替えは,原告に
対する説明はなく,原告の同意がないままされたものである。
原告は,自ら平成15年裁定請求書を作成した外観は存在するものの,
障害厚生年金と障害基礎年金との具体的な差異に関し,受給する金額や
障害等級の認定の変更による支給の打切りの可能性等の重要な事項につ
いても,何ら説明を受けないまま,言われるままに平成15年裁定請求
書を提出したにすぎない。処分行政庁は,障害厚生年金の請求書を障害
基礎年金の請求書に差し替えるに際し,当事者に対して状況を説明し,
起こり得る不利益を可能な限り明確に説明した上,かかる不利益を甘受
する旨の同意を得る必要があるところ,本件において,処分行政庁は,
上記の説明が容易であったにもかかわらず,これをしなかった。原告は,
上記の障害厚生年金と障害基礎年金との具体的な差異について説明を受
けていれば,障害厚生年金の受給に必要な立証を行うために努力したは
ずであるから,処分行政庁が上記の説明をしなかったことにより,原告
は,自らの年金を選択する決定権の行使を妨げられたもので,本件支給
決定には手続上の瑕疵がある。
(ウ)瑕疵の程度について
原告は,本件支給決定の後,障害等級が2級から3級に変更されたこ
とに伴い障害基礎年金の支給停止処分がされ,障害年金を受給できない
時期が発生したもので,具体的な損害も発生しているから,上記(ア)
及び(イ)の瑕疵の程度は重大である。
(エ)小括
以上のとおり,平成15年裁定請求に対する本件支給決定は,重大か
つ明白な瑕疵があり無効であるから,本件裁定請求は平成15年裁定請
求との関係で重複請求には当たらない。
(2)争点2(本件傷病の初診日)について
(原告の主張の要旨)
ア本件傷病の初診日は昭和45年6月であること
平成15年裁定請求書に添付されたa眼科・内科(以下「a眼科」とい
う。)のb医師の平成14年9月10日付け診断書(甲14)には,原告
が昭和45年6月に網膜色素変性症と診断されたことが明記されている。
そして,原告は,昭和45年6月当時,縁談の話があり,夜眼が見えな
いという自覚症状があったため,何らかの疾病があっては配偶者に不意の
負担をかけると考え,視力等の検査のために医師の診断を受けて初めて網
膜色素変性症と診断された旨供述しているところ,かかる原告の記憶は,
網膜色素変性症と診断されたことが原因で縁談が解消されたという忘れ難
いものである上,網膜色素変性症は,視野狭窄,夜盲,視力低下の進行等
実生活に重大な障害をもたらす深刻な疾病であり,このような疾病の診断
を受けたことの記憶が正確である蓋然性は高いことや,上記縁談を持ちか
けた原告のいとこのcが,当時,原告が視力検査により網膜色素変性症に
罹患していることが判明した旨供述していること(甲18)等とも整合す
るから,上記原告の供述には信用性がある。
したがって,本件傷病の初診日は昭和45年6月である。
イ本件傷病の初診日は,昭和36年夏頃ではないこと
原告は,小学校の頃から夜に眼がよく見えないという症状はあったもの
の,平成8年ころに症状が悪化するまでは,就学や日常生活に支障はなく,
夜勤をこなすなど就労にも支障はなかったもので,夜に眼がよく見えない
という症状だけでは,他の疾病の可能性もあるから,昭和36年頃に網膜
色素変性症を発症していたとはいえない。
また,網膜色素変性症は,一定の検査を経て診断されるものであるとこ
ろ,原告は,中学生であった昭和36年4月頃,カタル性結膜炎にかかり,
眼科に数回通院し,仮性近視とも診断されたが,通常,結膜炎や仮性近視
の治療において網膜色素変性症の検査は行われないから,当時,網膜色素
変性症と診断された事実はない。
ウ小括
以上によれば,本件傷病の初診日は昭和45年6月であり,原告は,当
時厚生年金保険の被保険者であり,障害厚生年金の受給要件を満たしてい
たから,本件裁定請求を却下した本件却下処分は違法であり,取り消され
るべきである。
(被告の主張の要旨)
ア初診日の認定について
初診日とは,障害の原因となった請求傷病について,初めて医師又は歯
科医師(以下「医師等」という。)の診療を受けた日をいう。初診日は,
具体的には,請求傷病により症状が出現し受診した日であり,初めて請求
傷病に係る病名について医師等の確定診断を受けた日をいうものではない。
障害厚生年金の裁定請求に当たっては,初診日の認定を客観的かつ医学
的な資料に基づいて行うため,裁定請求書の添付資料として,医証の提出
を求めることとされている。ただし,診療録の保存期間経過等の理由から
医証を入手することができないといった場合は,医証に代えて,身体障害
者手帳や身体障害者手帳作成時の診断書,交通事故証明書,労災の事故証
明書,健康保険の給付記録等の資料の提出を求め,これと請求傷病の特性
等を総合的に検討して,初診日の認定を行うこととされている。そして,
請求人が提出した医証等の資料によっても裁定請求書に記載された初診日
を認定することができない場合には,当該裁定請求は,受給要件を満たさ
ないものとして,却下されることになる。
イ本件傷病の初診日について
(ア)本件傷病の初診日は昭和45年6月とは認められないこと
原告は,a眼科のb医師作成の平成14年9月10日付け診断書(甲
14)の「②傷病の発生年月日」欄等に「昭和45年6月」と記載され
ていることをもって,本件傷病に係る初診日が昭和45年6月であるこ
とにつき,客観的かつ医学的な資料が存在する旨主張するが,上記診断
書の「昭和45年6月」という記載は,本人の申立てによるものか,診
療録に基づくものかは明らかではなく,初診時の所見も記載されていな
いことや,b医師が作成した受診状況等証明書(甲9・9枚目)には,
本件傷病の発病年月日及び初診年月日が「昭和45年6月頃」と記載さ
れているが,これらの記載は,「平成14年9月10日の本人申立によ
るもの」であるとされていることからすれば,b医師は原告の申立てに
よって本件傷病の初診日を認定したものと考えられるから,上記診断書
は,本件傷病の初診日が昭和45年6月であることを明らかにする医証
とは認められない。そして,本件傷病の初診日に係る原告の申立てに沿
って作成された上記診断書を裏付ける客観的な資料は何ら提出されてい
ない。
(イ)本件傷病の初診日は,昭和36年夏頃である可能性が否定できないこ

20歳前障害基礎年金は,国民年金の被保険者資格を取得する年齢で
ある20歳に達する前に疾病にかかり又は負傷し,これによって重い障
害の状態にあることとなった者については,その後の稼得能力の回復が
ほとんど期待できず,所得保障の必要性が高いが,保険原則の下では,
このような者は,原則として給付を受けることができない。20歳前障
害基礎年金は,このような者にも一定の範囲で国民年金制度の保障する
利益を享受させるべく,同制度が基本とする拠出制の年金を補完する趣
旨で設けられた無拠出制の年金給付である(最高裁平成19年9月28
日判決・民集61巻6号2345頁)。このような制度創設の趣旨に鑑
み,20歳前障害基礎年金については,国民年金や厚生年金保険の被保
険者に給付する保険料負担を前提とした拠出制の年金給付に比して,初
診日を緩やかに認める運用がされてきた。
本件傷病は遺伝性の疾患であるところ,原告が提出した「厚生年金保
険障害給付裁定請求にかかる照会事項について」(甲16)には,昭和
32年頃に「この頃から症状が出始めたような気がする。夜は外に1人
で出て歩くことができなかった」と記載され,また,「病歴・日常生活
状況等申立書」(甲15)には,「小学校6年頃に夜盲があり夜は外に
出られなかった。道が見えずに田んぼの中に入っていった事がある。い
つ頃かがはっきりはわからないし原因もわからない。」,「子供の頃とり
目にきくという事でかん油を学校から買って飲んでいた。中学校の1年
か2年の頃学校の検査で仮性近視といわれて眼科へ通った事がある。夜
は見えなくても昼間は不自由を感じなかった。」と記載がされているこ
とからすれば,原告は,小学生当時既に本件傷病の典型症状の一つであ
る夜盲の症状が出現していたことがうかがわれる。そして,「厚生年金
保険障害給付裁定請求にかかる照会事項について」(甲16)には,
「昭和36年夏,d病院眼科(中学生の頃健康診断で仮性近視と言われ
数回通う。)」と記載され,本件裁定請求で提出された「先天性障害(網
膜色素変性症等):眼用」と題する書面(甲1・8枚目)にも,昭和3
6年夏頃,d病院眼科を受診したことが記載されていることなどから,
原告が,視力等の異常について,眼科医の診察を受け,通院を指示され
ていたことが推測され,その際に,既に出現していた本件傷病の症状に
ついても診療を受けていた可能性は否定できない。
ウ小括
以上によれば,本件傷病の初診日が昭和45年6月であるとは認められ
ない。よって,本件裁定請求は,本件傷病の初診日において,厚生年金保
険の被保険者であるとの障害厚生年金の受給要件を満たしていないから,
同裁定請求を却下した本件却下処分は結論において正当であり,取り消さ
れるべきものではない。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前提事実,争いのない事実,文中記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以
下の事実が認められる。
(1)小中学校当時の視力の状態及び病院の受診状況等
ア原告(昭和22年▲月▲日生まれ)は,小学校5,6年生の頃から夜
盲の症状(暗い場所で,物が見えにくくなる症状)があり,夜は外に出ら
れず,道が見えずに暗い田んぼ道で田んぼの中に入っていくなどしたこと
があったが,日中の生活には支障はなかった。原告は,子供の頃,とり目
(夜盲症)に効くということで,かん油を学校から買って飲んでいたこと
があった。(甲1・11枚目,甲8・3枚目,甲15,16)
イ原告は,昭和36年4月11日,中学校3年生時の学校の健康診断でカ
タル性結膜炎(細菌の感染によっておこる結膜炎)を指摘され,同年夏頃,
その治療のために高知県○○市所在のd病院に2,3回通院し,同病院の
医師から仮性近視(一時的に近視のような状態になること)と言われたこ
とがあった。(甲1・8枚目,甲16,甲17)
(2)厚生年金保険受給資格の取得と稼働状況
ア原告は,中学校を卒業後,集団就職で○○に行き,昭和37年3月24
日から昭和44年8月31日まで,○○市t所在の紡績会社であるe株式
会社に勤務し,上記期間中,厚生年金保険に加入していた。原告は,同社
の工場で,麻糸を紡ぐ作業を,午前5時から午後1時30分までと,午後
1時30分から午後10時までの2交代制で行っていた。(甲1・5,1
1枚目,甲9・3枚目,甲23,原告本人2頁)
イ原告は,その後帰郷し,昭和45年6月2日から同年9月26日まで,
高知県○○郡所在のf医院において,   ▲   として勤務しており,
上記期間中,厚生年金保険に加入していた。
原告は,帰郷後の同年6月頃から順次2人の見合相手を紹介され,1人
からは縁談を断られたが,同年▲月▲日,もう1人の見合相手のgと
婚姻した。(甲1・5,11,22枚目,甲9・3枚目,甲20,23)
ウ原告は,昭和58年3月1日から昭和59年8月9日まで,鳥取県○○
市所在のh相互会社において, ▲ として勤務しており,上記期間中,
厚生年金保険に加入していた。原告は,他に      ▲
   でパートタイムとして勤務していた。(甲1・5,11枚目,甲
9・3枚目)
(3)中学校卒業後の視力の状態及び病院の受診状況等
ア原告は,その裸眼視力が,中学校卒業時から昭和45年頃までは,左右
ともに1.2であったが,平成8年頃から視力の低下を自覚するようにな
った。その後の原告の視力は,平成14年9月10日時点で,裸眼視力が
左右ともに0.2(矯正視力は右眼0.4,左眼0.5),平成15年5
月6日時点で,裸眼視力が右眼0.15,左眼0.2(矯正視力は右眼0.
3,左眼0.2),平成23年9月12日時点では,裸眼視力は右眼0.
05,左眼0.04(矯正視力は左右ともに0.15)であった。(甲
1・8,17,26枚目,甲10・8枚目,甲16)
イ原告は,平成11,12年頃から夜に見えないだけでなく,昼も見えに
くいと感じるようになり,段差が見えなくて転ぶ,人とぶつかる,車止め
によくつまづく等の症状がみられるようになった。
原告は,平成12年11月20日,大阪府○○市所在のi医院を受診し,
網膜色素変性症と診断され,同月24日,大阪府○○市所在のj病院眼科
を受診し,両眼網膜色素変性症と診断された。
同病院眼科のk医師作成の平成12年12月7日付け身体障害者診断
書・意見書(甲1・21枚目)には,障害名「視野障害」,原因となった
疾病・外傷名「両眼網膜色素変性症」,「先天性」,参考となる経過・現
症「30年程前夜盲を自覚,高知県の眼科医に網膜色素変性症を指摘され
たが,その後,眼科受診なし。」等の記載があり,原告は,平成12年1
2月,身体障害者手帳を取得した。(甲1・9,19,21枚目)
ウ原告は,平成14年8月,○○市に転居し,同年9月10日,同市所在
のa眼科を受診し,両眼網膜色素変性症と診断された。a眼科は,その後,
平成15年12月15日に廃院になった。(甲1・9,17,24枚目,
甲4・17枚目,甲14)
エ原告は,平成15年5月6日,○○市所在のl病院を受診し,網膜色素
変性症と診断された。(甲10・8枚目)
(4)網膜色素変性症の症状及び診断等
ア網膜色素変性症は,夜盲,視野狭窄などの症状を呈する遺伝性の疾患で
ある。一般的には,20歳ないし40歳代に気付くことが多く,初期には
夜盲を自覚し,進行とともに周辺部の視野異常を呈する。やがて,視野狭
窄は中心部約10°を残してほとんど変化しなくなるが,次第に視力の低
下が始まる。進行は多くの症例で非常に遅く,何十年もかけて症状が進む。
(乙6)
イ診断については,眼底所見により,骨小体様色素沈着を網膜広範囲に認
めた場合に網膜色素変性症を疑い,視野検査,暗順応検査などを行う。骨
小体様色素沈着は炎症性網膜疾患でも生じることがあるため,血清梅毒検
査,アミノ酸分析,βリボ蛋白などの検査を行い,他の疾患を除外する必
要があるとされている。現時点では,病気の進行を止めるような有効な治
療法はないため,薬物による対症療法等が行われている。(乙6)
(5)平成14年裁定請求及び平成15年裁定請求
ア原告は,平成14年9月25日,障害基礎年金及び障害厚生年金の裁定
請求(平成14年裁定請求)をし,「病歴・日常生活状況等申立書」に,
初診日を「昭和45年6月頃」とし,「45年10月に結婚を前に相手に
隠しておけないので診察を受け網膜色素変性症と診断される」と記載した。
(甲8・1,3枚目,甲10・5枚目)
イ原告は,平成14年裁定請求の添付資料として,①a眼科のb医師作成
の平成14年9月10日付け診断書(甲14),②同医師及びm医師作成
の同日付け受診状況等証明書(甲8・9枚目)を提出した。
上記①の診断書には,傷病の原因又は誘因は「先天性」,傷病の発生年
月日及び傷病のため初めて医師の診療を受けた日はいずれも「昭和45年
6月」,現在までの治療の内容,期間,経過,その他の参考となる事項と
して,「S45年6月当科にて網膜色素変性症と診断されたが自ら放置し
ていた」との記載がある。
上記②の受診状況等証明書には,発病年月日「昭和45年6月頃」,初
診年月日「昭和45年6月頃」,上記記載については「平成14年9月1
0日の本人の申立によるもの」であるとの記載がある。(甲8・1,7,
9枚目,甲14)
ウ社会保険業務センターは,平成14年11月7日, u 事務所に対し,
平成14年裁定請求につき不備事由があるとして,医証が取れる医療機関
のうち最も過去に受診した医療機関のものを添付し,医証が取れた医療機
関よりも前に受診した医療機関がある場合は,医証が取れない旨の理由書
を添付するよう指示し,平成14年裁定請求書を返戻した。(甲8・13,
14枚目)
エ u 事務所は,原告に対して書類の追完を求め,平成14年11月2
5日,社会保険業務センターに対し,原告から提出された,③昭和36年
夏頃受診したd病院についてはカルテがないため医証が取れない旨が記載
された「理由書」(甲8・8枚目),④「厚生年金保険障害給付裁定請求
にかかる照会事項について」(甲16)を添付し,平成14年裁定請求書
を再進達した。(甲4・14ないし16枚目,甲8・1,8枚目,甲9・
1枚目,甲16)
オ社会保険業務センターは,平成14年12月5日, u 事務所に対し,
平成14年裁定請求につき不備事由があるとして,a眼科の受診後に治療
を受けたとするi医院の受診状況等証明書を添付するよう指示し,平成1
4年裁定請求書を再度返戻した。(甲8・15,16枚目)
カ u 事務所は,原告に対して書類の追完を求め,平成14年12月,
社会保険業務センターに対し,原告から提出された,⑤i医院のn医師作
成の平成14年12月13日付け受診状況等証明書(甲9・10枚目)を
添付して,平成14年裁定請求書を再々進達した。上記⑤の受診状況等証
明書には,傷病名は「両進行性網膜色素変性症,両白内障」,発病年月日
は「不明」,傷病の原因又は誘因は「不詳」,初診年月日は「平成12年
11月20日」と記載されている。(甲8・1,10枚目,甲9・1,1
0枚目)
キ社会保険業務センター所長は,平成15年2月27日, u 事務所長
に対し,再々進達された平成14年裁定請求につき,「傷病名(両眼網膜
色素変性症)については,初診日が昭和37年3月24日前であり,20
歳前障害となるので,国民年金において取り扱われたい。」として,返戻
した。(甲8・17枚目,乙1)
ク原告は,平成15年3月13日,障害基礎年金の裁定請求(平成15年
裁定請求)をし,その資料として,⑥l病院のo医師作成の平成15年5
月6日付け診断書(甲10・8枚目)を提出した。
上記⑥の診断書には,傷病の発生年月日「昭和45年6月,診療録で確
認」,傷病のため初めて医師の診療を受けた日「昭和45年6月,本人の
申立て」,現在までの治療の内容,期間,経過,その他の参考となる事項
「小学校の5,6年頃より見えにくくなるも,どこのHPにもかからず,
初めて,S45.6月,a眼科にかかる。…H15.5.6当院来院す
る。」と記載されている。(甲10・1,8枚目)
ケ原告は,平成15年5月30日,両眼網膜色素変性症により,障害等級
2級17号(身体の機能の障害若しくは病状又は精神の障害が重複する場
合であって,その状態が前各号と同程度以上と認められる程度のもの)に
当たる旨の国民年金障害認定を受けた。(甲11)
コ社会保険庁長官は,平成15年6月12日,原告に対し,本件傷病の初
診日を昭和36年7月1日,受給権発生日を平成14年裁定請求の日であ
る平成14年9月25日とし,障害等級2級の障害基礎年金を平成14年
10月から支給する旨の裁定(本件支給処分)をした。(乙2)
(6)障害基礎年金の支給停止処分
ア原告は,平成16年8月27日,網膜色素変性症について,国年法30
条2項所定の障害等級に該当する程度の障害の状態に該当しないとの認定
を受けた。(甲12)
イ原告の障害等級が2級から3級に変更されたことに伴い,社会保険庁長
官は,平成16年12月15日,障害基礎年金の支給停止処分をした。
(乙3)
ウ原告は,平成14年10月分から平成16年12月分(同月15日まで)
までの間,異議なく障害基礎年金を受給した。(乙3,原告本人13ない
し15頁)
(7)本件裁定請求
ア原告は,平成23年11月4日,障害基礎年金及び障害厚生年金の裁定
請求(本件裁定請求)をし,「病歴・就労状況等申立書」に,初診日「昭
和45年6月頃」,「結婚相手に夜盲の事を隠しておけないので健康保険
証が出来てからa眼科に受診する。網膜変性症と診断され,治療法もなく
進行すれば失明するといわれる。」と記載した。(甲1・11枚目)
イ原告は,本件裁定請求の添付資料として,①a眼科につき受診状況等証
明書が添付できない理由書(甲1・16枚目。a眼科のb医師作成の平成
14年9月10日付け診断書(甲14)添付),②i医院につき受診状況
等証明書が添付できない理由書(甲1・18枚目。i医院のn医師作成の
平成14年12月13日付け受診状況等証明書(甲9・10枚目)添付),
③p病院眼科のq医師作成の平成23年9月16日付け受診状況等証明書
(甲1・20枚目),④j病院眼科のk医師作成の平成12年12月7日
付け身体障害者診断書・意見書(甲1・21枚目),⑤l病院のr医師作
成の平成23年9月12日付け診断書(甲1・26枚目)等を提出した。
上記①の理由書には,a眼科が廃業していること,上記②の理由書には,
平成18年に代替わりをしているのでカルテ等の診療録が残っていないこ
とが記載されている。
上記③の受診状況等証明書には,傷病名「両網膜色素変性」,発病年月
日「不詳」,傷病の原因又は誘因「不明」,初診年月日「平成12年11
月24日」,上記の記載は「当時の診療記録より記載したもの。」との記
載がある。
そして,上記の「当時の診療記録」の一部と考えられる,上記④の平成
12年12月7日付け身体障害者診断書・意見書には,障害名「視野障
害」,原因となった疾病・外傷名「両眼網膜色素変性症」,「先天性」,
疾病・外傷発生年月日「約30年前」,参考となる経過・現症「30年程
前夜盲を自覚,高知県の眼科医に網膜色素変性症を指摘されたが,その後,
眼科受診なし。」,障害固定又は障害確定(推定)「昭和40年」,総合所
見「両眼網膜色素変性症にて視野障害が生ず。回復の見込みはない。」,身
体障害者福祉法第15条第3項の意見「障害の程度は,身体障害者福祉法
別表に掲げる障害に該当する(2級相当)」との記載がある。
上記⑤の診断書には,傷病の原因又は誘因「生来」,傷病の発生年月日
及び傷病のため初めて医師の診断を受けた日「昭和45年6月,診療録で
確認」,現在までの治療の内容,期間,経過,その他の参考となる事項
「小学校5~6年生頃より夜見えにくい。S45年眼科にかかり上記病名
と診断される。」との記載がある。(甲1・17ないし21,26枚目)
ウ厚生労働大臣は,平成24年2月8日,原告に対し,本件裁定請求を却
下する旨の処分(本件却下処分)をした。(甲3)
エ原告は,平成24年4月13日,審査官に対し,本件却下処分の取消し
を求めて審査請求をした。原告は,審査請求において,新たな資料として,
原告のいとこのcの供述を記載した「申立書」(甲18)を提出した。同
「申立書」には,cが原告に見合相手を紹介したこと,原告が昭和45年
6月に見合相手に同行してもらってa眼科を受診し,網膜色素変性症と診
断され,進行すれば失明するなどと言われたため,見合相手から縁談を断
られたこと等が記載されている。審査官は,同年5月25日,審査請求を
却下する旨の決定をした。(甲4・2ないし6,19枚目,甲5,甲18)
オ原告は,平成24年7月18日,審査会に対し,本件却下処分の取消しを
求めて再審査請求をしたが,審査会は,平成25年1月31日,再審査請求
を却下する旨の裁決をした。(甲6,7)
2争点1(本件裁定請求は重複請求に当たり不適法か)について
(1)本件裁定請求のうち障害厚生年金の裁定請求が,平成15年裁定請求との
関係で重複請求に当たるか
障害基礎年金と障害厚生年金は,障害厚生年金が障害基礎年金の上乗せ給
付として位置付けられるなどその目的等において共通する部分があるものの,
受給要件は各別に規定され(国年法30条ないし30条の4,厚年法47条
ないし47条の3),その裁定請求も各別に行うこととされ(国年法16条,
厚年法33条),障害厚生年金についてのみ3級の障害厚生年金を受給する
ことができるなど(厚年法47条2項,同法施行令3条の8,別表第一),
障害基礎年金の裁定請求と障害厚生年金の裁定請求とは,その請求権の発生
根拠を異にする別個の請求であるというべきである。
上記前提事実(1)及び上記1(5)の認定事実によれば,本件においては,
平成14年裁定請求(障害基礎年金及び障害厚生年金の裁定請求)が, u
事務所の指導により,平成15年裁定請求(障害基礎年金の裁定請求)に
差し替えられた上で,本件支給処分(障害基礎年金の支給処分)がされた経
過があり,平成15年裁定請求において,障害厚生年金の裁定請求はされて
おらず,障害厚生年金の裁定請求に対する判断もされていないものと認めら
れるから,本件裁定請求のうち障害厚生年金の裁定請求は,平成15年裁定
請求との関係で重複請求に当たるということはできない。
(2)本件裁定請求のうち障害基礎年金の裁定請求が,平成15年裁定請求との
関係で重複請求に当たるか
被告は,本件裁定請求は,既に初診日を昭和36年夏頃とする障害基礎年
金の受給権の基礎となった本件傷病と同一傷病について,初診日をこれと異
なる昭和45年6月として,重ねて障害基礎年金の支給を求めるものである
ところ,一つの傷病に複数の初診日が認定されることはないから,本件裁定
請求は平成15年裁定請求との関係で重複請求であり,不適法である旨主張
する。
この点,障害基礎年金の裁定請求がされ,それを認める処分がされた後に,
当該裁定請求の内容とは両立しない(より有利な)内容の処分を求めるため
に再度の裁定請求がされた場合については,それが申請権の濫用に当たるも
のとして許容されず,再度の裁定請求自体が不適法となる場合があり得ると
しても,再度の裁定請求の手続において,当初の裁定請求の手続においては
提出されなかった新たな資料が提出され,当該資料に相応の価値があること
が認められるなど,証拠資料に関して事情の変更があるような場合において
は,上記処分が受益処分であることに鑑みると,再度の裁定請求自体が直ち
に不適法となるということはできず,行政庁は,再度の裁定請求の内容の当
否について判断しなければならないと解されるところである。
これを本件についてみるに,上記1(5)及び(7)の認定事実によれば,①
原告は,もともと,平成14年裁定請求において,初診日を昭和45年6月
頃として申請しており,その根拠の一つとして,当時,結婚を考えており,
結婚相手に夜盲のことを隠しておけなかったため,a眼科を受診して検査を
した結果,網膜色素変性症という診断を受けたことがあるとの主張をしてい
たところ,それが容易に受け入れられなかったことから,平成15年裁定請
求に差し替え,これが認められて本件支給処分がされたという経緯があるこ
と,②その後,原告は,本件裁定請求を行い,その審査請求時に,上記の主
張を裏付ける新たな証拠として,当時,原告に見合相手を紹介し,原告がそ
の見合相手と共にa眼科を受診したが,網膜色素変性症と診断されたために
縁談を断られた旨の,原告のいとこのcの申立書(甲18)を提出している
ところ,上記申立書はその内容に照らして資料としての相応の価値があるこ
とが認められる。以上のような経緯と事情に照らすと,本件においては,も
ともとの原告の主張に沿い,かつ,先行する平成15年裁定請求に係る手続
では提出されていなかった新たな資料で相応の価値があるものが,本件裁定
請求に係る審査請求の手続中に提出されたという事情があるから,本件裁定
請求のうち障害基礎年金の裁定請求が直ちに不適法であると解することは相
当ではないというべきである。したがって,当該裁定請求が,平成15年裁
定請求との関係において重複請求に当たり不適法であるということはできな
い。
(3)小括
以上によれば,本件裁定請求は,障害基礎年金及び障害厚生年金の裁定請
求のいずれについても,平成15年裁定請求との関係で,重複請求に当たり,
不適法であるということはできない。
3争点2(本件傷病の初診日)について
(1)初診日の認定について
国年法30条1項及び厚年法47条1項は,「初診日」とは,疾病又は負
傷及びこれらに起因する疾病(傷病)について初めて医師又は歯科医師の診
療を受けた日をいうと規定している。
国年法及び厚年法が,傷病の発症日ではなく初診日を基準として障害基礎
年金あるいは障害厚生年金の支給要件を定めている趣旨は,国民年金事業あ
るいは厚生年金保険事業を管掌する政府において個々の傷病につき発症日を
的確に認定するに足りる資料を有しないことにかんがみ,医学的見地から裁
定機関の認定判断の客観性を担保するとともに,その認定判断が画一的かつ
公平なものとなるよう,当該傷病につき医師等の診療を受けた日をもって障
害基礎年金あるいは障害厚生年金の支給に係る規定の適用範囲を画すること
としたものであると解される(最高裁平成20年10月10日第二小法廷判
決・裁判集民事229号75頁参照)。
そうすると,国年法30条1項及び厚年法47条1項にいう「初診日」と
は,当該傷病について,初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日をいい,
初診日の判断は,原則として,客観的かつ医学的な資料に基づいて行う必要
があるというべきである。もっとも,初診日から長期間が経過しているなど
の事情により客観的かつ医学的な資料を十分に整えることが困難な場合も想
定されるところ,国年法施行規則31条2項6号及び厚年法施行規則44条
2項6号は,初診日を明らかにすることができる書類の提出を求めるにとど
まり,客観的かつ医学的な資料のみによって初診日を認定することを要求す
るものではないことをも考慮すると,客観的かつ医学的な資料を十分に整え
ることができないことにつき合理的な理由がある場合には,可能な限りの客
観的かつ医学的な資料に加え,請求人や第三者の供述内容,請求傷病の特性
等を総合的に検討して初診日の認定を行うことができるものと解するのが相
当である。
(2)本件傷病の初診日について
ア本件傷病の初診日は昭和45年6月か
(ア)原告は,本件傷病の初診日は昭和45年6月であり,当時夜盲の自覚
症状があり,a眼科を受診し,網膜色素変性症との診断を受けた旨主張
する。そして,a眼科のb医師作成の平成14年9月10日付け診断書
(甲14),l病院のr医師作成の平成23年9月12日付け診断書
(甲1・26枚目)には,いずれも本件傷病の発生年月日及び傷病につ
いて初めて医師の診断を受けた日として「昭和45年6月」と記載され
ている。
(イ)上記1(4),(5)イ,(7)イの認定事実によれば,a眼科のb医師作
成の平成14年9月10日付け診断書(甲14)の上記記載は,同医師
及びm医師作成の同日付け受診状況等証明書(甲8・9枚目)の記載を
併せ考慮すると,原告の申告に基づき記載されたものと認められる。ま
た,a眼科の診断書の記載が上記のとおりである以上,l病院のr医師
作成の平成23年9月12日付け診断書(甲1・26枚目)の本件傷病
の発生年月日が「昭和45年6月」とされていることについても,同様
に原告の申告に基づき記載されたものと認められるから,本件傷病の初
診日が昭和45年6月であることにつき客観的かつ医学的な資料が十分
であるとはいい難い。
もっとも,網膜色素変性症は,初期症状として夜盲がみられるものの,
その進行は非常に遅く,何十年もかけて症状が進む性質の傷病であるこ
と,原告が昭和45年6月に診察を受けたとするa眼科は平成15年1
2月15日に廃院しており,現時点において診療記録等を確認すること
はできないことからすれば,本件裁定請求において客観的かつ医学的な
資料を十分に整えることができないことにつき合理的な理由があるとい
うべきである。
(ウ)そこで,昭和45年6月,a眼科において網膜色素変性症と診断され
た旨の原告の申告内容上の合理性について検討するに,上記1(5)ア,
(7)ア,イの認定事実によれば,原告は,昭和45年6月当時結婚を考
えており,夜盲の自覚症状があったことから,何か疾病があれば結婚相
手に迷惑をかけると考えてa眼科を受診した旨を,平成14年裁定請求,
本件裁定請求,本件訴訟において一貫して主張している(甲20,23,
原告本人2頁)。そして,j病院眼科のk医師作成の平成12年12月
7日付け身体障害者診断書・意見書(甲1・21枚目)にも「30年程
前夜盲を自覚,高知県の眼科医に網膜色素変性症を指摘されたが,その
後,眼科受診なし。」と記載されており,原告は,平成14年裁定請求
より前の平成12年時点においても,上記医師に対し,昭和45年頃に
高知県の眼科医に網膜色素変性症を指摘された旨を申告していたことが
認められる。
また,上記1(2)ア,イの認定事実によれば,集団就職で地元を離れ
た原告が帰郷し,   ▲   として稼働し始めた昭和45年6月頃,
当時23歳という年齢にあった原告が,順次2人の見合相手を紹介され
たというのは自然な経過であると認められるところ,原告が昭和45年
6月にa眼科を受診した動機についても,当時見合相手との結婚を考え
ていたが,夜盲の自覚症状があったため,何か疾病があれば結婚相手に
迷惑をかけると考えたという合理性のあるものであるし,原告が昭和4
5年6月に網膜色素変性症との診断を受けたとの記憶は,網膜色素変性
症との診断を受けたために,そのうちの1人であるsから縁談を断られ
たという忘れ難い出来事に基づくものである。
加えて,c及びsの申立書(甲18,19)には,原告のいとこのc
が,原告に対し,見合相手としてsを紹介し,原告は,夜に目が見えな
いという自覚症状があったことから,結婚相手であるsに迷惑をかけて
はいけないと考え,昭和45年6月にsと共にa眼科を受診したが,網
膜色素変性症と診断され,進行すれば失明するなどと言われたため,s
から縁談を断られた旨記載されており,原告の夫のgの申立書(甲21)
には,昭和46年▲月に婚姻する前に,原告から網膜色素変性症であ
ることを告げられていた旨記載されており,これらは上記の原告の申告
内容とも整合する。
(エ)これに対し,被告は,平成15年裁定請求書の記載内容や筆跡等に照
らせば,原告が,原告本人尋問において,同裁定請求書を作成したのは
明らかであるにもかかわらず,同裁定請求書を作成した記憶がないと述
べたり,作成日付が「平成23年11月2日」と記載されている「先天
性障害(網膜色素変性症):眼用」と題する書面(甲1・8枚目)を平
成15年に提出した旨述べる(原告本人15ないし16頁)など客観的
な証拠関係と整合しない供述内容が見受けられるから,原告の供述は信
用性がない旨主張する。
しかしながら,原告の本件訴訟における供述のうち,平成15年裁定
請求書の作成及び提出の経過に関する部分については,上記のとおり一
部客観的な証拠関係と整合しない供述内容が見受けられるものの,これ
は,上記第2の4(1)(原告の主張の要旨)イ(イ)のとおり,原告が
平成14年裁定請求書を平成15年裁定請求書に差し替えた経緯につき
強い不満を持っていること等に起因する記憶違いによるものとも考えら
れるから,上記部分の供述内容が一部客観的な証拠関係と整合しないこ
とをもって,原告の供述のその他の部分,すなわち昭和45年6月にa
眼科において網膜色素変性症と診断された旨の原告の申告内容に関する
供述の信用性までもが減殺されると評価することはできない。
(オ)以上によれば,昭和45年6月にa眼科において網膜色素変性症と診
断された旨の原告の申告内容には信用性があるというべきである。
イ初診日が昭和36年夏頃である旨の被告の主張について
被告は,本件傷病は遺伝性の疾患であり,原告は,昭和32年頃から夜
盲の症状が出現していたこと,「厚生年金保険障害給付裁定請求にかかる
照会事項について」(甲16)には,「昭和36年夏,d病院眼科(中学
生の頃健康診断で仮性近視と言われ数回通う。)」と記載されていることな
どから,原告が,昭和36年夏頃,視力等の異常について眼科医の診察を
受け,その際に,既に出現していた本件傷病の症状についても診療を受け
ていた可能性は否定できないから,本件傷病の初診日は,昭和36年夏頃
である可能性が否定できない旨主張する。
そして,上記1(1),(4)の認定事実によれば,網膜色素変性症は,夜
盲,視野狭窄などの症状を呈する遺伝性の疾患であり,初期には夜盲を自
覚するとされているところ,原告は,小学校5,6年生頃すなわち昭和3
2年頃から夜盲の症状があり,夜は外に出られないという状況にあったこ
とからすれば,当時既に網膜色素変性症の初期症状としての夜盲の症状が
出現していた可能性があるものと認められる。
しかしながら,原告は,日中の生活には特に支障を感じておらず,昭和
36年夏頃にd病院に2,3回通院したのは,中学校の健康診断でカタル
性結膜炎(細菌の感染によっておこる結膜炎)を指摘され,その治療のた
めであったというのであるから,その治療の過程において,医師から仮性
近視(一時的に近視のような状態になること)の指摘を受けたとしても,
これをもって,カタル性結膜炎や仮性近視の治療の過程において,これら
とは病状を異にする夜盲の症状について,医師の診療を受けていたことを
推認することはできず,他に,原告が,昭和36年夏頃にd病院において
夜盲の症状について医師の診療を受けたものと認めるに足りる証拠はない。
したがって,上記被告の主張を採用することはできない。
ウ小括
以上によれば,昭和45年6月にa眼科において網膜色素変性症と診断
された旨の原告の申告内容は信用性のあるものであり,このような原告の
申告に基づき,j病院眼科のk医師作成の平成12年12月7日付け身体
障害者診断書・意見書(甲1・21枚目)に「30年程前夜盲を自覚,高
知県の眼科医に網膜色素変性症を指摘されたが,その後,眼科受診なし。」
との記載がされていること,a眼科のb医師作成の平成14年9月10日
付け診断書(甲14)に,本件傷病の発生年月日は「昭和45年6月」と
記載されていること等を総合的に考慮すると,本件傷病の初診日は,昭和
45年6月であると認められる。
(3)小括
以上によれば,上記2のとおり本件裁定請求は重複請求には当たらない適
法な請求であり,また,本件傷病の初診日は昭和45年6月であり,上記1
(2)イの認定事実によれば,原告は本件傷病の初診日において厚生年金保険
の被保険者であったものと認められるから,本件裁定請求に対し,障害厚生
年金あるいは障害基礎年金の受給要件について判断することなく,重複請求
に当たり不適法であるとしてした本件却下処分は,不適法であり,取り消す
べき違法があるというべきである。
4結論
よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,訴訟費用の負担に
つき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官谷口豊
裁判官横田典子
裁判官中野雄壱

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛