弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主     文
       原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
            理     由
 上告代理人浅岡輝彦の上告受理申立て理由について
 1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 税理士である上告人は,平成7年7月27日,D連合会を保険契約者,被
上告人外1社を保険者,上告人を被保険者とする税理士職業賠償責任保険に加入し
た(以下,この保険に係る契約を「本件保険契約」という。)。本件保険契約は,
以後毎年更新された。被上告人は,本件保険契約の幹事会社として,保険金の支払
その他の対外的保険業務を担当している。
 (2) 上告人は,有限会社E(以下「訴外会社」という。)から委任を受け,平
成8年11月期及び平成9年11月期の各課税期間について,同社の消費税(地方
消費税を含む。以下同じ。)の申告(以下「本件申告」という。)に係る手続を行
った。ところで,訴外会社は,消費税法(平成13年法律第6号による改正前のも
の)37条1項の規定の適用を受ける旨を記載した届出書(簡易課税制度選択適用
届出書)を既に提出していたので,本件申告に当たっては,上記各課税期間の初日
の前日までに同条2項に規定する届出書(簡易課税制度選択不適用届出書。以下「
不適用届出書」という。)を提出しない限り,同条に定める簡易課税制度による申
告をしなければならなかった。ところが,上告人は,この不適用届出書の提出を怠
ったまま,簡易課税制度によらない課税方式(以下「一般の課税方式」という。)
で消費税額を算定し,これに基づき本件申告の手続を行った。
 (3) 訴外会社の上記各課税期間の消費税については,一般の課税方式によって
算定された消費税額の方が,簡易課税制度が適用されるものとして算定された税額
よりも低額であったため,本件申告を受けた税務署長は,訴外会社に対し,本件申
告に係る消費税額を簡易課税制度を適用して算定された額とする旨の増額の更正を
した。
 (4) 訴外会社は,上告人の上記行為により,更正により増額された消費税額相
当額等の損害を被ったとして,上告人に対し,損害賠償を請求した。
 (5) 税理士職業賠償責任保険は,被保険者である税理士が,税理士としての業
務の遂行に当たり,職業上相当な注意をしなかったことに基づき提起された損害賠
償請求について,法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する
旨の保険である。本件保険契約に適用される税理士職業賠償責任保険適用約款の「
2.税理士特約条項」の5条2項には,「当会社は,納税申告書を法定申告期限ま
でに提出せず,または納付すべき税額を期限内に納付せず,もしくはその額が過少
であった場合において,修正申告,更正または決定により納付すべきこととなる本
税(累積増差税額を含みます。)等の本来納付すべき税額の全部もしくは一部に相
当する金額につき,被保険者が被害者に対して行う支払(名目のいかんを問いませ
ん。)については,これをてん補しません。」という条項(以下「特約条項」とい
う。)があった。
2 本件は,上告人が,上告人は簡易課税制度選択適用届出書が提出されていたこ
との調査を怠り,不適用届出書の提出を怠ったために,訴外会社に損害を与えたも
のであり,その損害は本件保険契約によりてん補されるべきであると主張し,被上
告人に対し,更正額と申告額の差額に相当する保険金等の支払を求める事案であり
,特約条項が本件に適用されるか否かが争点である。
3 原審は,次のとおり判断し,本件事案に特約条項が適用されるとして,上告人
の請求を棄却すべきものとした。
 税理士が依頼者のために過少申告等を行ったところ,後にこれが発覚し,本来納
付すべき税額と過少申告等に基づき納付した税額との差額の納付を命じられ,税理
士が納付額相当額の損害賠償をした場合に,税理士がその損害賠償額について損害
を被ったものとして保険によるてん補を認めると,過少申告等が発覚した場合でも
それが発覚しない場合と同様の経済的利益を受けることとなり,過少申告等の違法
な行為を助長するおそれがある。特約条項は,そのような違法行為を防止するため
,形式的に過少申告があった場合には,その原因となった税理士の過失の内容等を
問うことなく,一律に,更正により納付すべきこととなる本税等に相当する額につ
いて,保険によりてん補しないとする規定であると解される。本件においては,不
適用届出書が所定の期限までに提出されなかったことにより,本件申告時には簡易
課税制度によるべきことが確定していたから,形式的に過少申告があった場合に該
当し,特約条項が適用される。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次の
とおりである。
 本件は,前記のとおり,消費税につき,税理士が,所定の期限までに不適用届出
書の提出を怠ったことにより,依頼者に有利な一般の課税方式の適用を受けること
ができなくなり,簡易課税制度が適用されて算定された税額が確定することとなっ
たため,この税額と一般の課税方式が適用されるものとして算定された税額との差
額が依頼者に生じた損害であるとして,依頼者からその賠償の請求を受けた事案で
ある。【要旨】このように,税理士の賠償すべき損害が不適用届出書の提出を怠っ
たという税理士の税制選択上の過誤により生じたものであるときには,依頼者に有
利な一般の課税方式が適用されないことにより,形式的にみて過少申告があったと
しても,特約条項の適用はないと解すべきである。このように解しても,不正な過
少申告等にかかわった税理士が申告に係る税額と本来納付すべき税額との差額を依
頼者に賠償し,その賠償に係る損害を税理士職業賠償責任保険によりてん補される
ことによって生じ得る納税申告に係る不正の助長を防止しようとする特約条項の趣
旨,目的に反するものではない。
 5 そうすると,本件に特約条項が適用されるとした原審の判断には,判決に影
響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとし
て理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くす必要があるか
ら,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 福田 博 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷
 玄 裁判官 滝井繁男)

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