弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差戻す。
         理    由
 弁護人鵜沢総明、同花井忠上告趣意第七点について。
 原判決の認定した事実は、「被告人は昭和二二年四月三〇日施行の奈良県会議員
選挙に際し、添上郡選挙区から立候補したのであるが、これより前同年二月一五日
奈良県知事を経て、内閣総理大臣に対し昭和二二年勅令第一号第七条所定の調査表
を提出するに当つて、同一七年三月から一ケ年、添上郡b村のA支部団長に就任し
ていたに拘わらず、右事実を前記調査表に記載せず、以て調査表の重要な事項につ
いて事実をかくした記載をしたものである」というのである。そして原審が右事実
を認定した跡を顧ると、原審はまず(一)原審公判における被告人の自供によつて、
被告人が昭和二二年二月一五日奈良県会議員選挙に立候補した際内閣総理大臣に提
出した資格調査表に、同一七年三月から一個年添上郡b村A支部団長に就任してい
たことを記載しなかつた事実を認定し、次いで(二)原判決挙示の証拠を綜合して、
被告人が前記期間右b村A支部団長に就任していた事実を認定した上、更に(三)
これらの認定にかかる事実に立脚して、被告人は故意に右調査表の重要な事項につ
いて事実をかくした記載をなしたものであると推断しているのである。
 しかしながら、本件において果してかかる推断が為し得るのであろうか。
 そもそも前記勅令第一六条第一項第一号に「調査表の重要な事項について……事
実をかくした記載をした者」とあるのは、調査表に記載すべき重要な事項について、
実在する事実を、その実在することを認識しながら、記載しなかつたものという意
味である。この認識の外に特定の事実を他人に知らせたくないために、これをかく
そうとする意欲を有することは、必要としないのである。
 さて、本件において、被告人が前記調査表にA支部団長就任の事実を記載しなか
つた際に、被告人は果してその就任という事実の存在について認識があつたであろ
うか。少くとも原審が判示するように、被告人がその地位に就任していたという事
実だけから、本件調査表作成当時被告人にその認識があつたということを推断し得
るのであろうか。一般的に言えば、人は自己の為した行為に関しては、これを忘却
しない限り、常にその認識を有する。そして、人はその生涯における重大事に関し
ては、疾病その他特別の事由のない限り、これを忘却しない。だから、本件におい
ても、特別な事情がなかつたとすれば、被告人がA支部団長に就任していたという
事実が確定された以上、被告人は常に―従つて本件調査表作成当時においても―そ
の事実について認識していたものと推断し得たであろう。原判旨も亦これと軌を一
にするものの如くである、然しながら、本件においては、被告人は右A支部団長就
任の事実を否定しているのである、否、唯単に否定するに止まらず、積極的にかか
る事実なきことを確信する心境にあつたと主張するのである。記録にあらわれてい
るその主張の要旨は、「被告人は昭和一七年三月初め頃b村村長Bから被告人を同
村A団長に推薦したことを告げられ、その事後承諾を求められたことあり、その際
被告人はb村には不在勝にて、その任を果し難いとの理由でこれを辞退したのであ
るが、村長Bは既に県本部へは推薦済であり、事務は一切役場にて処理する故、唯
名義だけのこととして承諾して貰いたい、一ケ年の任期満了後は他の者に変更する
から、と申していた。其の後何事もなく、勿論被告人において団長として執務した
こともなく打過ぎていたのであるが、昭和二一年四月施行の衆議院議員選挙に立候
補した際、資格調査表を提出するに当つて前示村長の言を思い出し、万一名義上A
団長に就任せしめられ居るやも計られず、この事実を調査表に記載せずして罪責に
問われてはと考え、一方調査表提出期限に迫まられるまま、事実の調査を遂ぐるに
由なく、取り敢えず該調査表には、昭和一七年三月より一個年b村A団長に就任し
た旨の記載を為してこれを提出したのであつた。然るにその後町村A団長の地位が、
追放該当事由に拡大せられるに至つて、被告人は一身上の重大事として前記B村長
についてこれが調査を為したところ、同村長は一旦被告人を団長候補として県本部
に推薦したのであるが、被告人が明快な承諾を与えなかつたため、改めてCを団長
として推薦し直し、これにより同人がA創設以来解散に至るまで団長に就任してい
たという事実が明確にされたのである。されば被告人は本件調査表を作成するに当
つては当然右A団長就任の事実はこれを記載せず、唯、前の調査表に右の事実を記
載した関係上、その間の消息を詳述し、前に為した記載が事実に反す錯誤に基ずく
ものたることを明らかにする弁明を附記し、これに証明書を添付して提出した。」
というのである。
 元来、被告人がA支部団長に就任していたか否かの問題は、普通一般の場合にお
いては、被告人自身の行為の存否に関する問題であり、その事実の存否についての
被告人の認識の有無は、多く、その記憶の有無及び強弱に係るのであろう。しかし、
被告人が本件において主張する前記事実関係の下にあつては、村長Bが全然被告人
の関知しない間に、被告人を支部団長に推薦し就任せしめたというのであるから、
それは被告人自身の行為に関するものではなく、全く他人の行為の存否に関する問
題なのである。そして被告人は、その事実の存否を調査し、かかる事実の存在しな
かつたことを確認するに至つたと主張するのである。
 従つて若し被告人の主張が虚偽の陳述でなく、真実その主張するような事情の下
において、本件調査表が作成せられたものであるとすれば、たとい裁判所によつて、
被告人がA支部団長に就任していたという客観的な事実が認定されたということだ
けでは、直ちに被告人が主観的に右事実を認識しながら敢てこれを調査表に記載し
なかつたものであると推断することはできないのである。何となれば或る客観的事
実の不存在に関する被告人の認識は、そしてその認識に対する確信は、客観的な事
実の存在とは無関係に成立し、又無関係に保持され得るものであるからである。さ
らに又本件において、若し原審の右事実認定が真実に合致しないものとすれば(後
段説示のとおり、原審の該事実認定には採証上の違法がある)、被告人の認識乃至
確信こそ客観的にも正当なのであるから、たとい原審が誤つて支部団長就任の事実
を認定したとしても、その一事により被告人が本件調査表に該事実を記載しなかつ
たことにつき、被告人に故意があつたとは到底いい得ないのである。又若し原審の
事実認定が真実に合致するものとすれば、被告人の認識乃至確信は客観的には正当
でないこととなるのであるが、この場合と雖もなお主観的に故意の推断が許せない
ことについては既に前述したとおりである。尤も被告人がかかる誤つた認識乃至確
信を持つに至つたことについては過失あることが多いであろうけれども、その過失
なき場合は勿論過失ある場合においても、被告人は本件事案につき問責せらるべき
ものではない。蓋し前記勅令第一六条第一項第一号所定の罪については、過失犯を
所罰する特別規定が存在しないのであるから、刑法の一般原則(同法第三八条第一
項参照)に照らして当然であるばかりでなく、右勅令罰則制定の基本である連合軍
総司令部発日本政府宛昭和二一年一月四日附覚書第一七項が「故意の虚偽記載又は
此等の中に於ける充分且完全なる発表の懈怠」及び「故意の虚偽記載又は不発表」
等の文言を以て、その故意犯のみを所罰すべき趣旨を明示していることに徴しても
亦明白なのである。
 次に、若しそれ被告人の為した前掲事実関係に関する主張そのものが虚偽であつ
たとすればもはや本件において顧慮せらるべき何等の特別事情も存在しないことと
なるのであり、従つて被告人がA支部団長に就任していたか否かの問題は被告人自
身の行為の有無の問題たるに帰着するのであつて、ここにおいてはじめて原判決の
判示した故意の推断が肯定せられ得るに至るのである。されば原審は、右故意の推
断を為すに当つては、須らく右被告人主張に係る事実関係の認め得られなかつた所
以について、首肯し得べき何等かの説示をしなければならなかつたのである。しか
るに原審は唯支部団長就任の事実を認めただけで、卒然として故意の推断を下して
いるのであるから、原判決には理由不備又は審理不尽の違法があるといわざるを得
ない。論旨は結局理由あるに帰し、この点において原判決は全部破棄を免れない。
 弁護人鵜沢総明、同花井忠上告趣意第四点、同小田成就上告趣意第二点、同枇杷
田源介、同禅野佐助上告趣意第一点の(二)について。
 原審は、原判決に挙示する証拠を綜合して被告人が判示期間b村A団長に就任し
ていたとの事実を認定したのであるが、右原審引用にかかる証拠の中、Bに対する
検事の聴取書には、原判決摘録の供述に続き、論旨の指摘するような供述記載の存
することは所論の通りである。そして、これを通読すれば明らかであるように、そ
の供述全体の趣旨は、同人は一旦被告人をb村A団長として県本部に推薦したので
あるが、被告人の快諾を得なかつた為め、改めてCを推薦し直しその承諾を得たと
いうのである。換言すれば、被告人について一旦為された推薦は何等効果をも挙げ
ず取消され、全然無意義に帰したという意味に外ならないのである。証言又は聴取
書の一部を措信し他の一部を採用しないということも、証拠の取捨としてもとより
裁判所の自由裁量に委ねられているところであろう。然しそれはあくまでその供述
の趣旨を変更することなく独立して分離し得る一部でなければならない。然るに原
審は論旨の指摘する通り、首尾一貫して前説示のような趣旨に外ならない右Bの供
述記載中、恰も被告人がA支部団長に終局的に推薦せられたものの如く読了し得べ
き一部のみを摘録して有効な推薦があつたことを窺い得る資料とし、以て被告人の
支部団長就任の事実を認定する綜合証拠の一部に供しているのである。果して然り
とすれば、原審は証拠の趣旨を変更してこれを事実認定の資料としたものであり、
結局虚無の証拠によつて事実認定をしたことに帰着するのである。論旨はすべて理
由あり、この点においても亦原判決は全部破棄を免れない。
 よつて他の論旨に対する説明を省略して、刑訴第四四七条第四四八条ノ二に従い
主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員の一致した意見である。
 検察官 安平政吉関与
  昭和二三年一二月二三日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    齋   藤   悠   輔

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