弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告らに対し,それぞれ60万円及びこれに対する平成19年1月
26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告の設置・運営する保育所に入所し保育を受けてきた児童の保護
者である原告らが,被告が当該保育所の運営を社会福祉法人に委託したこと等
が国家賠償法上の違法行為又は契約上の債務不履行に該当すると主張して,被
告に対し,慰謝料等及び遅延損害金(起算日は訴状送達日の翌日)の支払を求
めている事案である。
1児童福祉法の定め
(1)児童福祉施設の設置
保育所は,児童福祉法(以下「法」という。)7条1項に規定する児童福
祉施設であり,法35条3項は,市町村は,厚生労働省令の定めるところに
より,あらかじめ,同省令で定める事項を都道府県知事に届け出て,その設
置をすることができる旨規定している。
(2)乳児・幼児等の保育
平成9年法律第74号による改正前の法24条本文は,「市町村は,政令
で定める基準に従い条例で定めるところにより,保護者の労働又は疾病等の
事由により,その監護すべき乳児,幼児又は第39条第2項に規定する児童
の保育に欠けるところがあると認めるときは,それらの児童を保育所に入所
させて保育する措置を採らなければならない。」と規定していた。
これに対し,上記改正後の法24条は,同条1項本文において,「市町村
は,保護者の労働又は疾病その他の政令で定める基準に従い条例で定める事
由により,その監護すべき乳児,幼児又は第39条第2項に規定する児童の
保育に欠けるところがある場合において,保護者から申込みがあったときは,
それらの児童を保育所において保育しなければならない。」と規定した上,
新たに追加された法24条2項から5項までにおいて,同条1項に規定する
児童について保育所における保育を行うこと(以下「保育の実施」とい
う。)を希望する保護者は,入所を希望する保育所その他厚生労働省令の定
める事項を記載した申込書を市町村に提出しなければならない旨(同条2
項)を,市町村は,一の保育所について,当該保育所への入所を希望する旨
を記載した上記申込書に係る児童のすべてが入所する場合には当該保育所に
おける適切な保育の実施が困難となることその他のやむを得ない事由がある
場合においては,当該保育所に入所する児童を公正な方法で選考することが
できる旨(同条3項)を,市町村は,同条1項に規定する児童の保護者の保
育所の選択及び保育所の適正な運営の確保に資するため,その区域内におけ
る保育所の設置者,設備及び運営の状況その他の同省令の定める事項に関し
情報の提供を行わなければならない旨(同条5項)を,それぞれ規定してい
る。
(3)保育の実施の解除
法33条の4本文は,保育の実施を解除する場合においては,市町村長は,
あらかじめ,当該保育の実施に係る児童の保護者に対し,当該保育の実施の
解除の理由について説明するとともに,その意見を聴かなければならない旨
規定している。
2前提事実(争いのない事実及び証拠(書証番号は特記しない限り枝番を含む。
以下同じ。)により容易に認められる事実)
(1)被告は,法35条3項の規定に基づき,大阪市立児童福祉施設条例(昭
和39年3月19日条例第36号)を制定し,大阪市a区bc丁目にA保育所
(以下「本件保育所」という。)を設置して保育に欠ける児童の保育を実施
していた(甲1)。
(2)原告らは,本件保育所で保育を受けていた別紙「児童目録」記載の各児
童(以下「本件児童」という。)の保護者であり,いずれも大阪市児童福祉
法施行細則(昭和31年11月1日規則第64号)2条2項(1)に基づき市
長の委任を受けたa区保健福祉センター所長(旧名称は「a区福祉事務所長」
である。)から本件児童について本件保育所への入所承諾等の決定を受け,
それぞれその入所承諾時に上記目録記載のとおり保育の実施期間の指定を受
けていた(甲3,4)。
(3)本件保育所の運営は,平成18年度から社会福祉法人B福祉会(以下
「B福祉会」という。)に委託することとされ,同年4月1日から委託が実
施された(以下,本件保育所のB福祉会に対する運営委託を「本件運営委
託」という。)。
3本件の争点及びこれに関する当事者の主張は,以下のとおりである。
(1)本件運営委託の違法性1(保護者の保育所選択権の侵害,被告の裁量違
反による違法)
(原告らの主張)
ア法の定める保育所入所に係る申込み及び承諾の仕組みからすると,法
24条は,保護者に対し,その監護する乳幼児にどの保育所で保育の実
施を受けさせるかを選択する機会を与え,市町村はその選択を可能な限
り尊重すべきものとしていると解される。また,法について平成9年に
された改正は,保護者に対して保育所の選択権を認めるために行われた
ものであった。さらに,児童が保護者の選択した特定の保育所で現に保
育の実施を受け,将来も保育期間中にわたって保育の実施を受け得ると
いう利益は,子どもに固有に保障された法的権利であるということがで
きる。これらのことからすると,保護者にはどの保育所で保育の実施を
受けるかを選択する法的権利が認められる。そして,入所時における保
育所の選択はその後一定期間にわたる継続的な保育の実施を当然に予定
するものであるところ,市町村が入所後に転所や退所を自由に求めるこ
とができるとすれば,入所時の保育所選択は無意味なものとなるから,
保護者には,選択し入所した保育所で継続的に保育の実施を受けること
を求める法的権利も認められる。そうすると,市町村が承諾した「保育
の実施期間」中に保護者の選択に係る保育所を廃止したり,保育の運営
主体を変更したりすることは,前述の保護者の保育所選択権を侵害する
ものであるというべきである。
イ本件運営委託によって本件保育所が廃止されたわけではないが,保育
所における保育は,一定の保育方針の下における人的又は物的な設備を
前提に行われるものであるところ,保育の質を考える上で最も重視すべ
き点は,日常,保育の実施に当たる保育士の活動であるから,物的設備
が大阪市設置のままであったとしても,実際に運営に当たる主体が他の
民間団体に変わってしまった場合には,従前の公設公営の保育所と同じ
であるとは到底いえない。そうすると,本件運営委託によって本件保育
所は実質的に廃止されたものということができる。
ウよって,本件運営委託は,原告らが大阪市の設置し運営する本件保育
所への入所を選択したにもかかわらず,保育の実施期間中に保育の運営
主体を変更する点において,原告らの保育所選択権を侵害するもので,
違法というべきである。
エ保育所の運営主体の変更に係る判断が一定の範囲で市町村の裁量にゆ
だねられているとしても,その判断には,目的,必要性並びに利用者の
被る不利益の内容,性質及び程度等の諸事情を総合的に考慮して合理的
なものであることが要求される。仮に,保育所を民間委託するに当たり,
保護者らの同意が得られない場合には,その利益侵害を正当化できるだ
けの合理的な理由を必要とするし,市町村は児童への影響を最小限にと
どめるために必要な措置を講ずる義務を負っているというべきところ,
本件運営委託には合理的な理由が欠けており,必要な措置も講じられて
いないから,被告には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があり,違法と
いうべきである。
(被告の主張)
本件運営委託によって原告らの保育所選択権が侵害された旨をいう原告
らの主張は争う。
ア平成9年の法改正後の法24条においても,市町村長には保育所入所
の申込みがされた児童について入所要件を充足しているか否かの判断や
同条3項に基づく選考を行うべき権限と義務があることとされ,保護者
の希望に添った保育所への入所が認められない場合のあることも予定さ
れており,保護者が保育所を選択して申込みをしさえすれば,当該保育
所への入所が認められるという仕組みにはなっていない。このように,
改正後の法24条の文言や仕組みによっても保護者に保育所選択権が認
められたとは解されないし,仮に児童自身に保育所において保育を受け
る具体的権利ないし法的利益が認められるとしても,そのことが,児童
とは異なる法主体である保護者について,保育を受ける権利とは内容の
異なる保育所選択権を認めるべき理由になるとも考えられない。
イ保育所利用関係については,平成9年の法改正によっても,介護契約
とは異なり,保護者と市町村とが直接契約を締結する方式は採用されて
いない上,市町村長による保育所入所の承諾,保育料の決定及び保育の
実施の解除については,審査請求及び処分の取消しの訴えを提起するこ
とができるとされ,行政庁の処分であると解されることや,法56条3
項が保育料について「徴収する」という文言を用いており,保育料を契
約の対価であるとは理解しにくいことからすれば,その法的性質を契約
ととらえることはできない。このように,保育所利用関係の法的性質が,
契約ではなく,市町村がその責任と権限の下に行う行政処分であること
にかんがみても,保護者に保育所選択権という法的権利が認められると
は解されない。
ウ本件保育所は現在も地方公共団体である被告が設置する公の施設であ
り,設置者及び運営委託者としての責任を有する被告が,本件運営委託
の後にも一定期間職員を派遣するなどして同一の場所,同一の施設にお
いて,同一水準の保育を実施しており,いかなる意味においても廃止等
されていないから,この点でも,原告の主張は理由がない。
エ仮に本件運営委託が実質的な保育の廃止に当たるとしても,その目的
や手続に不合理・不相当なところはなく,その引継ぎに際しても児童及
び保護者に対して可能な限りの配慮を行っているから,被告に認められ
た裁量の範囲内で行われた適法なものというべきである。
(2)本件運営委託の違法性2(保護者に対する説明義務,意見聴取義務及び
配慮義務の各違反による違法)
(原告らの主張)
ア被告は,法33条の4の規定に基づき,また,保育所利用契約に基づく
付随義務として,保護者に対する説明及び意見聴取の義務を負っており,
保育所の運営を民間に委託する場合には,保育所利用契約に基づく配慮
義務も負っている。
すなわち,法33条の4本文は,保育の実施を解除する場合,市町村
長は,あらかじめ,当該保育の実施に係る児童の保護者に対し,当該保
育の実施の解除の理由について説明するとともに,その意見を聴かなけ
ればならない旨規定しているところ,本件運営委託は,実質的に,本件
保育所を廃止するものであって,保育の実施を解除する場合に当たると
いうことができるから,被告には,本件運営委託に際し,あらかじめ,
本件保育所に入所する児童の保護者に対し,運営委託を行う理由につい
て説明するとともに,その意見を聴くべき義務があった。
また,法の定める保育所入所に係る申込み及び承諾の仕組みからする
と,保護者と被告との間においては保育所利用契約が締結されており,
保護者は,同契約に基づき,その監護する児童が就学するまでの間当該
保育所において保育を受ける権利を有し,被告は,契約の内容を変更す
る場合には,あらかじめ,当該保育の実施に係る児童の保護者に対し,
変更の理由について説明するとともに,その意見を聴かなければならな
いものと解される。とりわけ,保育所の運営委託のように保育の内容に
大きな影響を及ぼす変更を行う場合には,一般に保育所は入所児童にと
って第二の家庭ともいうべき生活の場であること,保育の実施が保育士
と児童との人間的な結びつきや信頼関係に支えられていること,保育所
の利用は小学校入学まで長期間継続することが予定されていること等,
保育所という施設特有の性格にかんがみ,特に詳細かつ具体的に説明を
行い,きめ細かく意見聴取を行うことが要求されるものというべきであ
る。
さらに,保育所の運営を民間に委託する場合には,児童が心理的に不
安定になることを防止し,保護者の懸念や不安を軽減するために,説明
や意見聴取に加え,その引継期間を適切に設定し,従前の保育士に保育
に当たらせるなど,適切な措置を講じるべき配慮義務を負っていたとい
うべきである。
イところが,本件運営委託の経緯についてみると,平成18年度から本
件保育所の運営委託を行う旨の計画が保護者に初めて示されたのは平成
17年6月9日であり,その後開催された保護者説明会での被告からの
説明もあいまいで,保護者からの質問にも十分答えるものではなかった。
同年12月には本件運営委託に向けた人事異動が実施され,平成18年
3月6日には保護者会の役員らの意向と異なる形で保護者説明会が強行
され,かつ,保護者の質問が終了しないにもかかわらず,警察官を導入
して当該説明会が打ち切られた。このように,被告が本件運営委託につ
き保護者に対して行った説明は,運営委託が既に決定された事項である
ことを前提とした不十分なもので,意見聴取も含めごく形式的に行われ
たにすぎない。また,被告は,本件運営委託の実施に際し,保育環境に
生ずる影響を最小限にとどめる適切な措置をとっておらず,配慮義務を
怠ったものというべきである。
ウ以上のとおり,被告は,本件運営委託において必要となる説明義務,
意見聴取義務及び配慮義務に違反しており,違法というべきである。
(被告の主張)
本件運営委託に際し原告らの説明を受ける権利等が侵害され,義務違反が
あった旨をいう原告らの主張は争う。
ア原告らの説明義務違反等に係る主張は,本件運営委託が法33条の4
にいう保育の実施の解除に当たることを前提にするものであるが,法は,
「保育所における保育を実施すること」をもって「保育の実施」として
おり(24条2項),法33条の4にいう保育の実施の解除も,保育に
欠けること等の要件を欠くことを理由として市町村が保育所における保
育を行うことを解除する場合をいうものと解されるから,本件運営委託
が同条にいう保育の実施の解除に当たることはない。また,法が保育の
実施を解除する場合に保護者への事前の説明や保護者からの意見聴取を
義務付けたのは,不利益処分を受ける者に対する手続保障を図る趣旨で
あると解されるところ,本件においては,本件保育所は廃止されておら
ず,同一の場所,同一の施設において,同一水準の保育を受けることが
可能であるから,保育の実施を解除する場合に準じた手続保障を図るべ
き必要性は認められない。よって,法33条の4ないしその趣旨の類推
に基づく説明義務及び意見聴取義務の違反をいう原告らの主張にはそも
そも理由がない。
イ被告は,本件運営委託に際し,なし得る限り十分に説明を尽くして意
見聴取の機会を設け,さらには,引継ぎに際しても可能な限りの配慮を
行っているから,この点に係る原告らの非難は当たらない。すなわち,
被告は,保護者の不安を解消しながら円滑に運営委託を実施するため,
保護者説明会を開催し,適宜保護者らとの話合いの場を設けるなどして,
本件運営委託に関して保護者らの理解を繰り返し求めてきた。被告は,
平成18年度に運営委託を行った他の3か所の保育所と同様に,保護者
説明会を合計5回程度開催する予定であったが,一部保護者からの強硬
な反対に遭い,第3回保護者説明会の開催時期が遅れるなどしたため,
結局3回の開催にとどまったものであり,第3回保護者説明会の開催前
に多数回にわたり,保護者らとの話合いの場を設けたのみならず,実際
の保育現場において保護者らから運営委託に関する意見があれば,可能
な限り話合いの場を設け,電話応対及び文書による質疑応答も多数回行
うなど,運営委託に関する保護者らの理解を求めるべく十分な説明を行
い,意見聴取の機会を設けてきた。また,配属される保育士に対しては,
事前研修を実施して保育方針等を周知したほか,段階をふんで実際に本
件保育所での保育に当たらせて,児童や保護者との信頼関係の形成に努
めるとともに,従前の保育士を引き続き留任させるなど人事面でも配慮
を行い,引継ぎに際して可能な限りの措置を講じた。
ウ原告らは,本件運営委託により契約内容が変更されるにもかかわらず,
被告が保護者の同意を得ず,説明を十分に尽くさず,児童への影響を最
小限にとどめる措置を講じなかったから,保育所利用契約から生じる付
随的義務としての説明義務,意見聴取義務及び配慮義務の違反に該当す
るとも主張する。しかし,保育所利用関係の法的性質が行政処分であっ
て契約でないことは前記(1)(被告の主張)イのとおりであり,被告が保
育所利用契約から生じる付随的義務を負うことはない。仮に,保育所利
用関係が保護者と市町村との間の契約に基づくものであるとしても,当
該契約に基づいて市町村が保護者との間で義務を負うのは,市町村が契
約当事者であるということ及び当該保育所が法45条に定められている
基準を満たしていることに尽きるところ,本件運営委託後も本件保育所
の設置者が大阪市であることに変わりはなく,法45条に定める基準も
満たしているのであるから,被告に義務違反はない。
(3)原告らの損害について
(原告らの主張)
ア原告らは,本件運営委託の実施及び不十分な説明等の被告の一連の行
為によって,保育所を選択する権利及び説明を受ける権利等を侵害され,
精神的苦痛を被った。本件運営委託の後,本件保育所の保育条件は悪化
して児童事故が多発しており,このことは,原告らの被った上記精神的
苦痛が内容のあるものであったことを示している。原告らの被った上記
精神的苦痛を慰謝するのに必要な慰謝料の額はそれぞれ50万円を下ら
ず,被告は,国家賠償法1条1項又は債務不履行に基づき,これを賠償
すべきである。
イ原告らは,本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人らに委任したと
ころ,その弁護士費用のうちそれぞれ10万円については,被告の違法
な行為との間に相当因果関係があるから,被告はこれも賠償すべきであ
る。
(被告の主張)
原告らの損害に係る主張はいずれも争う。
第3争点に対する判断
1判断の枠組みについて
(1)市町村は,保護者の労働又は疾病等の事由により,児童の保育に欠ける
ところがある場合において,その保護者から入所を希望する保育所等を記
載した申込書を提出して申込みがあったときは,希望児童のすべてが入所
すると適切な保育の実施が困難になるなどのやむを得ない事由がある場合
に入所児童を選考することができること等を除けば,その児童を当該保育
所において保育しなければならないとされている(法24条1項から3項
まで)。平成9年法律第74号による法の改正がこうした仕組みを採用し
たのは,女性の社会進出や就労形態の多様化に伴って,乳児保育や保育時
間の延長を始めとする多様なサービスの提供が必要となった状況を踏まえ,
その保育所に受入能力がある限り,希望どおりの入所を図らなければなら
ないこととして,保護者の選択を制度上保障したものと解される。そして,
前記前提事実(第2の2)(2)のとおり,被告においては,保育所への入所
承諾の際に,保育の実施期間が指定されることになっており,その利用関
係は,保護者の選択に基づき,保育所及び保育の実施期間を定めて設定さ
れるものであって,保育の実施の解除がされない限り(法33条の4参
照),保育の実施期間が満了するまで継続するものである。そうすると,
特定の保育所で現に保育を受けている児童及びその保護者は,保育の実施
期間が満了するまでの間は当該保育所における保育を受けることを期待し
得る法的地位を有するものということができる。(以上につき最高裁平成
21年11月26日第一小法廷判決・民集63巻9号2124頁参照)
(2)原告らが本件児童の保護者であり,いずれも本件保育所への入所承諾等
の決定を受け,それぞれその入所承諾時に別紙「児童目録」記載のとおり
保育の実施期間の指定を受けていたものであることは,前記前提事実(第
1の2(2))のとおりであるから,原告らは,保育の実施期間が満了するま
での間は本件保育所における保育を受けることを期待し得る法的地位を有
していたものということができ,原告らのいう保育所選択権もこのような
法的地位ないし利益という意味で理解する限りにおいてこれを認めること
ができる。
また,ここでいう「保育の実施期間が満了するまでの間は当該保育所にお
ける保育を受けることを期待し得る」ことの意味する内容には,保育所で
の保育自体を終了させられないことや現に保育を受けている保育所から別
の保育所に移籍させられないことに対する期待が含まれることはもとより,
保育所の運営主体をみだりに変更されないことに対する期待も含まれるも
のと解するのが相当であり,このことは市町村が当該保育所の設置主体で
あり続けるか否かによって区別されないというべきである。けだし,保護
者による保育所の選択は,当該保育所で行われる保育の具体的内容を踏ま
えて行われるのが通常であり,その際に抱いていた期待も一定の限度で法
的保護に値するものとみるべきところ,保育所の運営主体の変更は,一般
に,当該保育所で行われる保育の具体的内容の変更に結び付き得るものと
いえるからである。
そして,法によって保育に係る責務を負っている市町村が具体的な保育所
の設置や運営をどのように行うかについては,その運営を自ら行うか,民
間法人等に委託するかの選択も含めて,保育に対するニーズのほか財政的
制約その他諸般の事情を考慮した上での政策的な裁量判断にゆだねられて
いるというべきであるが,民間法人等に運営を委託することの目的やそこ
から得られるメリットと,それによって生じる保育内容の変更,児童及び
保護者に与えた影響とを対比して,その判断が合理性を欠くような場合に
は,児童及びその保護者の保育を受けることを期待し得る法的地位が違法
に侵害されたものとして裁量違反となり,国家賠償法上も違法と評価すべ
きである。また,民間法人等への運営委託が裁量違反に当たるか否かを判
断するに当たっては,児童の保育を受けることを期待し得る法的地位とい
う被侵害利益の性質にかんがみ,運営委託の実施過程における手続・方法
の妥当性もしんしゃくする必要があるというべきである。
(3)さらに,保護者が保育の実施期間が満了するまでの間は当該保育所にお
ける保育を受けることを期待し得る法的地位を有することからすれば,法
33条の4が規定する保育の実施を解除する場合のみならず,当該保育所
の保育内容において重要な変更がされる場合にも,当該変更の適否の問題
とは別に,あらかじめ,変更の理由について説明を受け,その意見を述べ
ることが,上記法的地位の一内容として法的保護に値するものと解される。
そして,ここでいう保育内容の重要な変更には,上記(2)で述べたところか
ら,保育所の運営主体の変更も含まれ,このことは市町村が当該保育所の
設置主体であり続けるか否かによって区別されないというべきである。
もっとも,市町村が設置する保育所の設置又は運営をいかに行うかが市町
村の裁量判断にゆだねられていることは上記(2)で述べたとおりであり,民
間法人等への運営の委託を含め,当該保育所の入所児童やその保護者の同
意がない限りそれをなし得ないものと解することはできないから,保育内
容に係る変更の理由についての説明や意見聴取をどのような形で行うかに
ついても,結局は市町村の裁量判断にゆだねられるべき事柄であり,それ
が国家賠償法上違法と評価されるのは,虚偽の事実を述べ又は重要な事実
を隠ぺいした場合や,意見を述べる機会を一切与えない場合又はこれと同
視すべき場合等,保護者の法的地位に対する配慮を著しく欠いた,明らか
に不合理な措置がとられた場合に限られるというべきである。
(4)なお,原告らは,保育所利用関係の法的性質が公法上の契約であること
を前提に,被告が保育所利用契約から生じる付随的義務として,民間法人
等へ運営を委託するに際し,保護者に対して説明や意見聴取を行うべき義
務,児童が不安定な状態になることを回避し,保護者の懸念や不安を軽減
するための適切な措置を講じるべき配慮義務を負っているとして,その義
務違反をも問題にしている。
しかし,仮に,保育所利用関係が入所児童の保護者と市町村との間の契約
に基づくものであると解する立場に立ったとしても,保育所の設置及び運
営をどのように行うかが市町村の裁量判断にゆだねられていることは前記
(2)のとおりであり,いかなる者を運営主体とし,保育内容をどのように定
めるか,保育内容の変更に際し保護者に対してどのような方法で説明や意
見聴取を行うか,さらには,運営委託を行う場合に,具体的にいかなる態
様でこれを実施するかについて,法令の規定や入所に係る意思表示(申込
みと承諾・承認)において具体的に定められているわけではなく,市町村
が保護者に対して負うべき義務の内容や市町村の特定の行為が契約上の債
務不履行に当たるか否かを一義的に判断することもできないのであるから,
市町村の行為が違法であるか否かを判断する枠組みとしては,上記(2)及び
(3)で述べたところに尽きるものというべきである(換言すれば,上記(2)
及び(3)の枠組みに従い裁量違反の違法があると判断される場合に限って,
債務不履行を問題にする余地があるというべきである。)。
2認定事実
上記1で述べた枠組みを踏まえて,本件運営委託に裁量違反があったか,原
告らの法的地位を違法に侵害したかについて検討するに,前記前提事実に証
拠(甲7から10まで,12,14,15,34から36まで,38から4
1まで,43,44,46,48から54まで,乙4から16まで,19か
ら22まで,25から43まで,証人C,証人D,証人E,原告F本人)及
び弁論の全趣旨を総合すると,本件運営委託の決定及び実施等に係る経緯と
して,以下の事実を認めることができる。
(1)本件運営委託の決定に至る経緯
ア被告においては,保育の充実を図ろうとする国の施策を受け,平成10
年に「大阪市児童育成計画(なにわっ子すくすくプラン)」を策定し,
低年齢児保育,延長保育,一時保育,地域子育てセンターの開設等,保
育サービスの拡充に努めて市民の多様な保育ニーズに対応するための施
策を進めてきたほか,保育所への入所を希望し,入所の要件を充足して
いるにもかかわらず,保育所の定員に空きがないために入所できない児
童(以下「待機児童」という。)が他の政令指定都市と比較して多数に
上るという問題については,主に民間活力の利用を図り,低年齢児枠の
拡大のための施設整備を行うこと等により,その解消に努めていた。
具体的には,平成9年4月1日時点では,大阪市の保育所設置数325
か所,保育所入所児童数3万0879名であったものが,平成14年4
月1日時点では,保育所設置数333か所,保育所入所児童数3万71
30名まで増加しており,同様に,延長保育実施保育所数は80か所か
ら169か所へ,一時保育実施保育所数は32か所から42か所へ,地
域子育て支援センター開設保育所数は4か所から20か所へ,それぞれ
増加していた。その一方,待機児童の解消は容易でなく,平成14年4
月1日時点でその数は1337名に及んでいたが,待機児童を減少させ
るために新たな保育所を設置するにせよ,既に設置されている保育所の
定員を増加させるにせよ,施設建設等に充てることのできる予算には制
約があり,一時保育等の保育サービスの拡充と並行して保育士を増員す
ることも容易でないという問題があった。
ちなみに,被告の財政状況に関しては,平成9年度から4年連続で市税
収入が減少し,特別債や地方交付税で財源補填を得ることで収支の均衡
を図っていたこと等を踏まえ,平成13年10月には,被告財政局長が,
平成14年度の予算編成に向け,3年を目途にいわゆるプライマリーバ
ランス(公債に係る収支等を除いた収支)の均衡を図ることを目指して,
市民ニーズの的確な把握と行財政運営の効率化等の基本的な視点を示し
た上で,財政構造改革への取組を求める各所属長あての通知を発してお
り,平成14年11月には,被告市長が,同年度の当初予算に歳入不足
や歳出増加が生ずる見通しであることを踏まえ,市議会において財政非
常事態宣言を行うに至っていた。
イ上記アのような状況を踏まえ,被告健康福祉局(以下「健康福祉局」
という。)は,平成15年度に向けて,公立保育所のうち一部の保育所
の運営を民間に委託して入所定員の拡大を図るとともに,運営委託によ
って生まれる人的資源の余裕を新たな保育サービスを実施する保育所で
活用すること等を柱とした,保育所等の再編整備計画(「公立保育所の
再編整備について(骨子)」)を策定した。そこでは,職員の採用や備
品の購入等において柔軟な対応が可能になるなどの民間保育所の特性を
生かすことができる点,被告に設置者として権限と責任は残ることから,
民間保育所では経営効率の面から消極的になりがちな障害児保育等を引
き続き行うことができる点や,被告が運営を行う場合と同一水準の保育
サービスも維持できる点にメリットがあることを理由に,民間委託の施
策を採用するものとし,平成15年度中の準備期間を経た上,平成16
年度以降,順次対象となる保育所を選定してこれを実施に移すものとさ
れた。
健康福祉局においては,上記骨子に沿って,平成16年度には3か所の
公立保育所についてその入所定員を拡大した上でその運営を民間に委託
するとともに,運営委託された保育所の保育士を別の3か所の公立保育
所に配転した上で一時保育の実施等の新たな保育サービスを開始し,平
成17年度には4か所の公立保育所についてその入所定員を拡大した上
でその運営を民間に委託し,新たに5か所の公立保育所において同様の
新たな保育サービスを開始するなど,民間委託に係る実績を重ねていた
ところ,平成18年度にも引き続き公立保育所の再編整備を推進するこ
ととし,5か所の公立保育所につき民間法人への運営委託を行うことと
した。
ウ被告は,運営委託の対象となる保育所を選定する際,①待機児童の解
消に資するよう,待機児童数が継続的に多い地区にあり,かつ,物理的
に施設を増改築することにより入所定員の拡大が可能な保育所であるこ
と,②委託後も委託先による安定した経営が確保できるよう,利便性が
高く入所児童の多い保育所であること,③既存の民間保育園との競合を
避けるため,付近に民間保育園がなく,近い将来開設される予定もない
ことを選定の条件としていた。平成18年度に運営委託を行うべき5か
所の公立保育所についても,上記の条件を満たすものから選定作業を行
っており,本件保育所については,①その所在するa区は継続的に待機児
童が存在する地区であり,かつ,入所枠拡大のための増築が物理的に可
能であり,それによって20名程度の入所定員の増員が可能になると見
込まれたこと,②地下鉄d駅から徒歩7分,大阪市営バスe停留所から徒
歩3分と利便性が高く,実際に平成15年度から平成17年度の保育所
入所児童数は認可定員を約20名上回っており,今後も保育ニーズが高
いと見込まれること,③最も近い民間保育園まで950メートルの距離
があり,今後も新たな民間保育所が開設される予定がなかったこと等か
ら上記条件を満たすとして,平成17年6月上旬ころ,平成18年度の
運営委託対象に選定された。
エ本件保育所の運営を委託する委託先については,平成17年6月に開
催された健康福祉局の局議において,公立保育所の運営につき受託実績
を有する社会福祉法人であり,それまでにトラブル等もなかったことか
ら,B福祉会が選定された。
(2)増築工事に係る経過
ア前記(1)ウのとおり,本件保育所が運営委託の対象に選定された理由の
一つに,増築によって20名程度の入所定員の増員が可能であることがあ
ったが,平成17年6月に改正建築基準法が施行されたことにより,建物
の増改築の際の耐震強度に関する規制が強化され,予定していた増築工事
(屋上部分への増築)についても,当初想定されていた以上に経費と時間
を要することが同年7月上旬ころまでに明らかになった。
イ健康福祉局では,関係部局との間で協議を行ったものの,平成17年7
月下旬ころまでに,予定していた予算と工期では増築工事を実施するのは
困難であるという判断に至ったが,更に検討を重ねた結果,増築を伴わな
い改修工事を行うことによって5名程度の入所定員の増員が可能であった
ことから,同年9月ころ,その限度の増員を行った上で本件保育所の運営
委託を実施するとの方針を立てた。
ウその後,本件保育所建物にアスベスト建材が使用されている可能性があ
り,その安全対策を含め,工期や工法を巡る協議が保護者との間で調わな
かったこと(後記(3)エ)から,被告では,平成18年1月ころまでに,
本件運営委託の時期に合わせて改修工事を実施することを断念しており,
その後も当該工事は行われないままとなった。
(3)保護者に対する説明及び意見聴取の経過
ア被告は,平成17年6月9日,本件保育所の入所児童の保護者に対し
て,本件運営委託の方針を発表し,同月16日ころ,同月22日に保護
者説明会を開催する旨の通知文書を配付した。
イ上記通知に係る保護者説明会は,平成17年6月22日午後4時30
分から6時30分までの約2時間にわたって開催され,61世帯64人
の保護者が出席し,被告の担当者から運営委託の趣旨・目的,委託後の
保育所運営,保育内容の引継ぎ等についての説明と質疑応答がされた。
出席した保護者からは,本件保育所が選定された理由についての質問や
できるだけ多くの保育士を留任させてほしい旨の要望が出された。また,
被告の担当者からは,本件保育所建物の屋上に増築工事を行うことを検
討している旨の説明がされた。
ウ被告は,本件保育所の保護者会からの求めに応じ,保護者説明会とは
別に,保護者会の役員との間で,平成17年8月4日,同年9月26日
及び同年10月11日に話合いの機会を持った。同年9月26日の話合
いでは,前記(2)イの検討状況を踏まえ,被告の担当者から,図面(乙1
6)を示すなどして,屋上の増築工事に代えて改修工事を実施すること
で5名程度の入所定員の増員を予定している旨が説明された。この間,
同月27日には,被告の方針に反対する活動を続けることに消極的な保
護者会の役員が辞任し,新たな役員が就任した。
エ被告は,平成17年10月7日ころ,同月15日に第2回保護者説明
会を開する旨の通知文書を配付した。同日開催された説明会には,37
世帯42人の保護者が出席し,被告の担当者から,改装工事について上
記9月26日の話合いの際と同旨の説明,委託先法人における保育士の
採用方針及び準備の進捗状況についての説明や質疑応答がされた。保護
者からは,建物にアスベストが使用されているのではないかなどの質問
のほか,使用されている建材の調査を行いその結果が明らかになるまで
工事に着手しないことを求める要望や運営委託自体に反対する意見等が
述べられ,説明会は午後5時から12時までの7時間にも及んだ。
オ上記第2回保護者説明会の後も,被告の担当者と保護者会の役員との
間で調整が続けられたが,保護者会の役員からは,説明会を開催する場
合,健康福祉局長を参加させることや,運営委託の実施自体を延期する
こと,運営委託を実施するのであれば,各クラス最低1名の保育士を留
任させること等の要求があったほか,被告が平成17年12月に実施し
た保育士の異動(後記4ア(ア))を巡り,異動を撤回すること,当該保
育士を保育に就かせないことや謝罪を求めること等の要求もあり,保護
者説明会の開催についても保護者会の役員から了解が得られない状態が
続いた。このため,第3回保護者説明会の開催は,平成18年4月1日
の運営委託の実施に向けて準備を進めていた被告の当初の予定よりも大
幅に遅れる結果となった。
カ被告は,平成18年2月15日ころ,同月20日に第3回保護者説明
会を開催する旨の通知文書を配付したが,保護者から告知期間が短いな
どの意見が出て,同日の説明会も延期され,結局,同月24日ころ,同
年3月4日(土曜日)と同月6日(月曜日)の2回に分けて開催する旨
の通知文書を配付した。被告は,これらの説明会で,引継ぎの計画や新
年度の保育所運営について説明することにしており,併せて引継ぎのた
め実際の保育現場に入る新職員の紹介を行うことも予定していたことか
ら,できる限り多くの保護者に参加してもらうことを意図して,説明会
を2回開催するものとした。
キ平成18年3月4日の説明会には,本件保育所に児童が在籍する全9
2世帯のうち17世帯24人の保護者のほか,入所児童の保護者でない
者約20名も来場し,被告の担当者が制止したにもかかわらず,会場に
入場した。午後5時45分に開始された説明会では,被告の担当者から,
前年10月15日に開催された第2回保護者説明会開催時以降の経過報
告,引継ぎの計画,新年度の保育所運営等について説明が行われ,改修
工事については平成17年度中の実施を見送る旨が明らかにされた。さ
らに,4月から配属が予定されていた保育士が自己紹介を始めたが,出
席者からの抗議によって中断され,運営委託の延期や撤回を求める発言
が相次いだ。午後9時ころになって,被告の担当者が会の終了を告げる
と,一部の出席者が被告の担当者を取り囲み,午後10時過ぎまで会場
を出ることができなくなるなどの混乱が生じた。
ク平成18年3月6日の説明会には,7世帯8人の保護者が出席したが,
このときも入所児童の保護者でない者約10名が来場し,被告の職員の
制止を振り切って会場に入場した。午後6時40分に開始された説明会
では,同月4日の説明会と同様の説明がされたが,混乱を避けるため配
属予定の保育士の自己紹介は行われず,これに代わる書面が配付された。
この日も出席者から運営委託の延期や撤回を求める発言が相次ぎ,午後
9時ころになって,被告の担当者が会の終了を告げたものの,一部の出
席者が被告の担当者が取り囲み会場を出ることができなくなった。そこ
で,被告の担当者は,警察官の派遣を要請し,その援助によって午後1
0時過ぎにようやく会場を出ることができた。
(4)引継ぎ,運営委託の実施等
ア被告は,本件保育所における保育内容の継続性確保及び保育水準の維持
を図るため,本件運営委託に係る引継ぎ計画を立てた上,以下のとおり
引継ぎ等を行った。
(ア)委託先であるB福祉会と協議を行い,運営委託後に本件保育所に
配置される予定の保育士14名のうち9名については,被告の所管す
る市立保育所での保育経験を有する保育士(以下「市立保育所経験
者」という。)を充てることとし,そのうち3名については,個々の
児童の特性を事前に把握できるよう,運営委託実施前の平成17年1
2月に2名,平成18年2月に1名を順次本件保育所に異動させて前
倒しで配置した。
(イ)平成17年12月7日には,市立保育所経験者を対象とする事前
研修を行い,本件保育所における保護者説明会の状況等これまでの経
過説明を行い,現場引継ぎに入るに当たっての心構えを身につけさせ
るとともに,市立保育所に共通する保育方針等の周知徹底を図るべく
各保育所に備え付けてある保育計画等を十分に理解しておくよう指示
した。B福祉会においても,平成18年1月28日及び同年3月26
日の2回にわたり,本件保育所に配置される予定の保育士(以下「新
規配置予定保育士」という。)14名全員を対象に事前研修を実施し,
被告の保育計画,本件保育所における年間保育計画,年間指導計画及
び年間行事予定等に関する資料の配付と説明を行ってその周知を図っ
ており。同研修には,の職員も参加して研修内容の確認を行った。
(ウ)保育現場での引継ぎについては,①新規配置予定保育士のうち,
市立保育所経験者を週1回程度,民間保育所における保育経験を有す
る保育士(以下「民間保育所経験者」という。)を月1回程度,新卒
採用者は主として行事等の見学の形で,それぞれ保育現場に入らせ,
児童や保護者に顔見せを行うとともに,クラスを特定することなくそ
の時点で勤務している保育士(以下「旧保育士」という。)の保育業
務の補助を務めることによって,本件保育所の児童らの一般的な保育
状況を広く把握させる(第1段階・1月),②新規配置予定保育士の
うち市立保育所経験者を週1回から3回程度,新卒採用者を週1回程
度,民間保育所経験者を月2回程度,それぞれ運営委託後に担任する
予定のクラスを中心に保育現場に入らせ,旧保育士の保育業務の補助
を務めることによって,担任予定の児童らの状況を把握させる(第2
段階・2月),③新規配置予定保育士のうち市立保育所経験者及び新
卒採用者を週2,3回程度,民間保育所経験者を月2回程度,それぞ
れ運営委託後に担任する予定のクラスに入らせ,旧保育士らと協働し
て保育業務に当たらせることによって,同年4月以降の本件保育所に
おける保育の実施に備える(第3段階・3月)など,3か月の期間を
設け,手順をふんで進めていくことを計画していた。
(エ)しかし,前記(3)オのとおり,保護者の一部から本件運営委託に対
する強い反対があって,被告と保護者会の役員との調整がつかなかっ
たこともあり,平成17年中に保護者説明会を開催して新規配置予定
保育士を保護者に紹介することができず,保育現場での引継ぎを実際
に始めることができたのは,平成18年3月4日及び6日に第3回保
護者説明会が開催された後の同月9日からとなった。
そこで,新規配置予定保育士14名は,保育現場に入る前に,本件
保育所に備え置いてある児童票や引継表を確認しながら,個々の児童
の特性や留意事項等の把握に努めたほか,勤務時間を延長することで
児童や送迎のために保育所を訪れる保護者と顔を合わせる時間を長く
確保できるようにしており,本件保育所でも,入所児童全員の顔写真,
当該児童の様子,アレルギー症の有無等について記載したアルバムを
作成して,新規配置予定保育士に対し,保育現場に入る前に当該アル
バムを確認するよう指導した。
さらに,旧保育士のうち当初から本件保育所に留任する予定であっ
た者は2名(うち1名は所長)であったが,被告では,これに加えて
5名を留任させることとし,全体で7名の旧保育士が運営委託後も本
件保育所にとどまることになった。
イ本件保育所については,平成18年4月1日付けでB福祉会にその運
営が委託され,以後,同福祉会によって運営されている。本件保育所は,
平成18年4月1日時点で法45条に基づく児童福祉施設最低基準(以下,
単に「児童福祉施設最低基準」という。)に定める要件をすべて満たしてい
た。
ウ本件保育所における平成17年度中の児童1人当たりの年間運営経費
(人件費及び物件費の合計額)は約134万1000円であったのに対
し,平成18年度中のそれ(委託料及び補助金の合計額)は約111万
6000円となっており,その額に大小はあるものの,同様の経費節減
効果は,それまでに被告が民間法人への運営委託を実施した他の市営保
育所においても例外なく生じていた。
エ本件保育所においては,保護者からの要望を容れ,運営委託後も大阪
市,B福祉会,保育所及び保護者代表からなる四者会談という会が組織
され,継続的に本件保育所の運営についての意見交換が行われている。
3本件運営委託に係る裁量違反の有無について
(1)公立保育所についてその運営のみを民間の法人等に委託することについ
ても,そこに裁量違反がある場合には,児童の保育を受けることを期待し
得る保護者の法的地位を違法に侵害したものと評価すべきことは前記1(2)
で述べたとおりであり,上記認定事実に即して裁量違反の有無につき検討
を加える。
(2)まず,前記認定事実(1)ア,イのとおり,本件運営委託の目的は,公立保
育所の再編整備の一環として一部の保育所の運営を民間に委託し,その際,
入所定員の拡大を図るとともに,保育所の運営を委託することによって生
まれる人的資源を新たな保育サービスを実施する保育所において活用する
ことにあり,その目的が不合理なものであるとはいえないし,社会福祉法
人に対する運営の委託も上記目的を達成するための手段として合理性を欠
いているとはいえない。そして,運営委託の対象として本件保育所が選定
された理由は前記認定事実(1)ウのとおりであって,その選定過程が不合理
なものであったとも認められない。
もっとも,本件保育所建物の増築工事は断念され,当初予定していた20
名程度の入所定員の増員が不可能になり,5名程度の増員につながる改修
工事も結局実施されなかったなどの事情が生じている。確かに,増築・改
修工事が取りやめになった経緯(前記認定事実(2))をみると,平成18年
4月の本件運営委託の実施に合わせて入所定員の増員を確実に実現すると
いう観点からすれば,被告における事前の調査は十分なものでなく,その
準備もいささかずさんなものであったことは否定し難いところである。し
かし,本件運営委託の目的は上でみたとおりであり,大阪市全体の保育所
の設置・運営の在り方に由来するものであって,本件保育所の入所定員の
増員に尽きるものではないこと,本件運営委託を実行に移した場合,運営
経費の削減効果もある程度確実に見込めたこと(前記2(4)ウ)からすれば,
本件保育所がいったん運営委託の対象に選定されてその準備を進めていた
以上,入所定員の増員が困難になったからといって,本件運営委託自体を
見直し,これを取りやめなければならないものということはできず,増員
を伴わない形で本件運営委託を実施することとした被告の対応を一概に不
合理なものと断じることはできない。
また,本件保育所の近隣に民間保育所がなく,将来その設置予定がなかっ
たという点に関し,実際には,本件保育所の近隣の市有地を利用して,別
の民間保育所を設置・運営する法人の募集が行われており,現在までに新
たな民間保育所が開設された事実が認められる(甲38,39,証人D,
原告F本人)。しかし,その募集は平成20年5月になって行われたもの
で,本件運営委託が検討されていた平成17年当時にそのような計画があ
ったと認めるに足りる証拠はないから,上記民間保育所の設置の事実をも
って,本件保育所を平成18年度の運営委託の対象に選定したことが合理
性を欠くということはできない。
(3)次に,本件運営委託によって生じた保育内容の変更や入所児童及びその
保護者に与えた影響についてみると,本件保育所において実施されたのは,
その運営のみの委託であり,設置者として引き続き被告が関与する点にお
いて,公立保育所を廃止した上で民間法人等に移管するような方法と比べ
れば,入所児童に対する影響を緩和することが可能であると考えられると
ころ,実際にも,保育士の配置を含めた引継ぎの手続において,児童の保
育環境に急激な変化が生じないよう相当な配慮がされており(前記認定事
実(4)),平成18年12月に実施されたアンケート調査の結果において,
本件運営委託後保育サービスが向上したと述べる保護者が相当数存在する
一方,サービスの低下について述べるのは保育士が交代したこと等を指摘
する一部の保護者にとどまること(乙4)をみても,本件運営委託によっ
て保育サービスの質が低下したと認めることはできない。本件運営委託が
実施された平成18年4月1日時点で本件保育所が児童福祉施設最低基準
の要件が満たされていたことも前記認定事実(4)イのとおりである(原告ら
は,平成17年度中,3歳児室が必要とされる面積の最低基準を下回って
いたことを指摘するが,この点は本件運営委託の適否と直接結び付かない
事柄である。)。
原告らは,本件運営委託後,入所児童の事故件数の増加,薬(総合感冒
薬)を投与する児童の取り違えが生じており(甲41,証人E,原告F本
人),その原因は引継ぎが不十分であったことにあり,保育内容の悪化を
示すものであると主張するが,事故件数の増加が本件運営委託やこれに伴
う引継ぎの不備によって生じたとまでは認め難い上,児童の取り違えの問
題にしても,運営委託の場合に限らず,保育士が異動した場合一般に起こ
り得ることであり,発生した事故も幸い大事には至らなかったことも考慮
に入れれば,これをもって保育内容が悪化し,入所児童やその保護者が不
利益を被ったものとみるのは相当でない。
さらに,本件運営委託について入所児童の保護者に対する発表がされたの
は,平成17年6月9日のことであり,運営委託の実施まで1年にも満たな
い時期にそのような事実を知るところとなった保護者が動揺や不安を感じた
ことは理解できないではないが,被告において既に平成16年度から複数の
運営委託の実績があり,それらの先例に照らしても本件運営委託の実施に向
けたスケジュールが異例のものであったとは認められない。新規配置予定保
育士に対する保育現場での引継ぎの開始が平成18年3月9日までずれこみ,
被告の当初の計画よりも引継期間が短いものになっている点についても,保
護者会の役員との調整がつかず,保護者説明会の開催が遷延したことが原因
であって,その責任のすべてを被告に負わせることはできない一方,引継期
間の短縮を踏まえ,これを補うための工夫を凝らすなどして対処しているこ
とは,前記認定事実(4)ア(エ)のとおりである。したがって,本件運営委託
が発表された時期や実際の引継期間が短かったことが入所児童や保護者に与
えた影響も限定的なものにとどまるとみるべきである。
(4)以上のとおり,本件運営委託の目的やそこから得られるメリット,その
実施過程における手続・方法を踏まえた上で,保育内容の変更,児童及び保
護者に与えた影響といった諸点をみる限り,本件運営委託を実施したことが
合理性を欠いていたとはいえず,そこに裁量違反はないというべきであり,
被告が保育実施期間満了まで当該保育所における保育を受けることを期待し
得る原告らの法的地位を違法に侵害したと評価することもできない。
4保護者に対する説明義務違反及び意見聴取義務違反の有無について
(1)前記1(3)で述べたところに従い,説明義務違反及び意見聴取義務違反の
有無について検討する。
(2)被告は,保護者の不安を解消しながら円滑に運営委託を実施するという
目的の下,保護者説明会を複数回開催して保護者らとの話合いの場を設け
ており,そこでの説明内容や質疑応答の経緯は前記認定事実(3)のとおりで
ある。被告は,このほかにも,連絡調整の担当者を置いて,電話したり,
来庁したりして意見・疑問を寄せる保護者にも個別に対応していた(乙5,
証人D)というのであり,運営主体の変更に伴う保育環境の変化に不安を
覚える保護者に一定の配慮をした説明及び意見聴取の措置を講じていたも
のといえる。
被告では,平成18年度に運営委託を行った他の3か所の保育所と同様に,
保護者説明会を合計5回程度開催することを予定していた(乙5,証人
D)ところ,実際に開催された保護者説明会は3回にとどまったが,これ
は,第3回保護者説明会の開催を保護者会の役員らが了承せず,その開催
が遅れたという事情によるものであり,このことをもって説明や意見聴取
の措置が不十分であったとみるのは相当でない。
このほか,保護者説明会等における被告の担当者の説明内容をみると,
本件保育所の建材にアスベストが使用されている可能性の指摘や工事実施
の方法等に係る質問に対する回答に明快さを欠くものがあったことは否定
できず,アスベストの飛散にさらされて入所児童に健康被害が生じること
を懸念する保護者が不安を抱いたという指摘もうなずけるところはあるが,
保護者らの納得を得ないまま改修工事を強行したなどの事実はなく,協議
が調わなかった結果,改修工事の実施は断念されたというのであるから,
保護者に対する説明や意見聴取という手続としてその全体をみた場合,不
相当なものであったとまではいい難い。
もとより,被告において,虚偽の事実を述べたり,重要な事実を隠ぺい
したりしたなどの事情は見当たらず,意見を述べる機会を一切与えない場
合と同視できるような場合に当たらないことも前記認定事実(3)から明らか
であるから,被告が保護者らに対して実施した説明及び意見聴取において,
その法的地位に対する配慮を著しく欠いた,明らかに不合理な措置をとっ
たとはいえない。
(3)以上によれば,被告が本件運営委託に際して行った説明や意見聴取を違
法なものと評価することはできない。
5以上の次第で,被告による本件運営委託の実施並びにそこでの説明及び意見
聴取に違法はなく,その余の点について判断するまでもなく原告らの請求は
理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部
裁判長裁判官吉田徹
裁判官小林康彦
裁判官金森陽介

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