弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人林川毅の上告趣意第一について
 憲法三八条一項の規定によるいわゆる供述拒否権の保障は、純然たる刑事手続に
おいてばかりでなく、それ以外の手続においても、対象となる者が自己の刑事上の
責任を問われるおそれのある事項について供述を求めることになるもので、実質上
刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続に
はひとしく及ぶものと解される(最高裁昭和四四年(あ)第七三四号同四七年一一
月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四頁。なお、同昭和二七年(あ)第八三
八号同三二年二月二〇日大法廷判決・刑集一一巻二号八〇二頁参照)。
 ところで、国税犯則取締法は、収税官吏に対し、犯則事件の調査のため、犯則嫌
疑者等に対する質問のほか、検査、領置、臨検、捜索又は差押等をすること(以下
これらを総称して「調査手続」という。)を認めている。しかして、右調査手続は、
国税の公平確実な賦課徴収という行政目的を実現するためのものであり、その性質
は、一種の行政手続であつて、刑事手続ではないと解されるが(最高裁昭和四二年
(し)第七八号同四四年一二月三日大法廷決定・刑集二三巻一二号一五二五頁)、
その手続自体が捜査手続と類似し、これと共通するところがあるばかりでなく、右
調査の対象となる犯則事件は、間接国税以外の国税については同法一二条ノ二又は
同法一七条各所定の告発により被疑事件となつて刑事手続に移行し、告発前の右調
査手続において得られた質問顛末書等の資料も、右被疑事件についての捜査及び訴
追の証拠資料として利用されることが予定されているのである。このような諸点に
かんがみると、右調査手続は、実質的には租税犯の捜査としての機能を営むもので
あつて、租税犯捜査の特殊性、技術性等から専門的知識経験を有する収税官吏に認
められた特別の捜査手続としての性質を帯有するものと認められる。したがつて、国
税犯則取締法上の質問調査の手続は、犯則嫌疑者については、自己の刑事上の責任
を問われるおそれのある事項についても供述を求めることになるもので、「実質上
刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する」もの
というべきであつて、前記昭和四七年等の当審大法廷判例及びその趣旨に照らし、
憲法三八条一項の規定による供述拒否権の保障が及ぶものと解するのが相当である。
 しかしながら、憲法三八条一項は供述拒否権の告知を義務づけるものではなく、
右規定による保障の及ぶ手続について供述拒否権の告知を要するものとすべきかど
うかは、その手続の趣旨・目的等により決められるべき立法政策の問題と解される
ところから、国税犯則取締法に供述拒否権告知の規定を欠き、収税官吏が犯則嫌疑
者に対し同法一条の規定に基づく質問をするにあたりあらかじめ右の告知をしなか
つたからといつて、その質問手続が憲法三八条一項に違反することとなるものでな
いことは、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)第一〇一号同年七月一四日大法廷判
決・刑集二巻八号八四六頁、昭和二三年(れ)第一〇一〇号同二四年二月九日大法
廷判決・刑集三巻二号一四六頁)の趣旨に徴して明らかであるから(最高裁昭和三
七年(あ)第一四九五号同三九年八月二〇日第一小法廷判決・裁判集刑事一五二号
四九九頁、同昭和四八年(あ)第一八七二号同年一二月二〇日第一小法廷判決・裁
判集刑事一九〇号九八九頁、同昭和五七年(あ)第六六六号同五八年三月三一日第
一小法廷判決・裁判集刑事二三〇号六九七頁参照)、憲法三八条一項の解釈の誤り
をいう所論は理由がない。
 同第二について
 所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 なお、原判決は、第一審判決を破棄し自判するにあたり、昭和五六年法律第五四
号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律が施行
された同年五月二七日より前の行為である被告人の原判示所為につき、同法附則五
条を引いて同法による改正前の所得税法二三八条一項を適用しているところ、右附
則五条は、罰則の適用についての経過措置を規定したものではなく、同附則には右
の点についての経過規定が置かれていないのであるから、刑法六条、一〇条の規定
により軽い行為時法たる右改正前の所得税法二三八条一項を適用すべきものであつ
て、原判決には右の点で法令の解釈適用を誤つた違法があるが、原判決も結局右改
正前の所得税法の規定を適用しているのであるから、右違法は判決に影響を及ぼさ
ない。
 よつて、刑訴法四〇八条により、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官横井大三の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるも
のである。
 裁判官横井大三の意見は、次のとおりである。
 私は、上告趣意第一についての法廷意見に対し、若干見解を異にする点があるの
で、それを述べておきたい。
 かつて、外国人登録法違反被告事件の判決(最高裁昭和五五年(あ)第一一二二
号同五七年三月三〇日第三小法廷判決、刑集三六巻三号四七八頁)において、私は、
同法三条一項、一八条一項の規定を本邦に不法に入国した外国人にも適用すること
が憲法上是認されるのは、外国人登録申請手続が、刑事責任の追及を目的とする手
続でも、そのための資料の収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもない
うえ、同法一条所定の行政目的を達成するために必要かつ合理的な制度と考えられ
るからであつて、その限度をこえて入国の秘密の開示を求め、その開示がないと申
請を受理しないという取扱いがされると、憲法三八条一項の保障を実質的に害する
おそれがあり、いわゆる適用違憲の問題を生ずる余地があるとの補足意見を述べた
ことがある。
 この意見は、外国人登録法による登録申請手続は行政目的達成のため定められた
ものであるから、形式的には憲法三八条一項にいわゆる供述拒否権の保障はないが、
実質的にはその適用があるとするもので、問題を後に残すものであつたといえなく
はない。
 本件は、国税犯則取締法による犯則調査手続に憲法三八条一項の供述拒否権の保
障が及ぶかどうかが問題とされた事件であるが、焦点は、収税官吏が犯則事件につ
き犯則嫌疑者に質問をする場合憲法上供述拒否権の告知を要するかどうかというこ
とであつて、刑事事件では、被疑者を取り調べる際あらかじめ供述拒否権のあるこ
とを告げなければならないとされてはいるものの(刑訴法一九八条二項)、その義
務は憲法三八条一項に由来するものではないとされており、この点は法廷意見も認
めるところなので、国税犯則取締法による収税官吏の犯則嫌疑者取調の場合にも、
憲法上供述拒否権の告知を要しないこととなるのはいうまでもないといえよう。し
かし、供述拒否権の保障はあるがこれを告知することまで必要はないと考えるか、
供述拒否権の保障はないのでその告知も必要でないと考えるかは、結論は同じであ
つても、思考の過程が異る。そこに、法廷意見が国税犯則取締法による収税官吏の
犯則嫌疑者に対する調査手続の性質まで踏み込んで判示した理由があるのであろう。
 しかし、私は、この点になると、法廷意見と見解を異にし、前述した外国人登録
法違反被告事件の判決における私の意見を一歩進め、憲法三八条一項にいわゆる供
述拒否権の保障は、要するに、自己が刑事責任を問われることとなるような事項に
ついて供述を強要されないことを保障するものであるから、そのような事項につい
て供述を強要することになるものである限り、刑事手続はもちろん刑事手続に準ず
るものとされる国税犯則取締法による調査手続のみならず、私が前に若干のためら
いを示した外国人登録法による登録手続のような行政手続にも及ぶものと考えるこ
ととしたいのである。そうすれば、形式的には及ばないが実質的には及ぶというよ
うなためらいの議論をする必要もなくなるし、法廷意見のように、国税犯則取締法
の刑事手続との直結性を強調する必要もなくなるであろう。
 憲法三八条一項にいわゆる供述拒否権の保障は、刑事手続にのみ適用があるとか、
法廷意見のように準刑事手続には適用があるという意見は、憲法の右規定が憲法の
刑事に関する諸規定の中に置かれているとか、アメリカ合衆国憲法修正五条が刑事
事件においては何人も自己に不利益な供述を強要されないという趣旨の規定を置い
ていることに由来するものと思われる。これは、それなりに十分理由のある見解で
あり、私もこれまでその意見に耳を傾けて来たのであつた。しかし、考えてみると、
何れも決定的な理由とはいえないように思う。現に、外国人登録法による登録申請
義務ばかりでなく、道路交通法による交通事故申告義務、税法による納税申告義務、
麻薬取締法による麻薬営業者の記帳義務などについて、憲法三八条一項の供述拒否
権の保障との関係が裁判例上問題として取り上げられているのも、これら行政手続
にも憲法上の供述拒否権の保障が及ぶという意見が強く主張されたからであつて、
必ずしも当を得ない問題提起とは思われない。民訴法では証人に刑訴法と同様の証
言拒否権を与えてあやしまないのも、憲法三八条一項の保障が刑事手続以外にも及
ぶことを示す最も典型的な例ではなかろうか。
 このように、一般の行政手続にまで憲法三八条一項の供述拒否権の保障が及ぶと
すると、行政の運営に支障を来たすことにならないかとの危倶がある。もつともな
面もあるが、供述拒否権の保障は、黙秘権の保障と異り(その異同の詳細は、ここ
では触れない)、「自己が刑事責任を問われることとなるような供述」の強要が禁
ぜられるのであるから、一般の行政手続の過程に問題として現われることは少ない
であろう。しかも、憲法上保障される供述拒否権は、放棄又は不行使の許される権
利であるから、行政上特別に許可された者のみが行うことのできる業務などでは、
特別許可に付随する義務としてある程度罰則をもつて供述を強要することも可能と
考えられるので、右に述べたような危惧も少ないと思われる。もし、右のような特
別な事由もないのに、行政上の必要があるという理由だけで、一般国民に、自己が
刑事責任を問われるような供述を罰則をもつて強制するような手続があれば、それ
は刑事手続に準ずるものでなくても、憲法三八条一項に違反するというべきであろ
う。
  昭和五九年三月二七日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    木 戸 口   久   治
            裁判官    安   岡   滿   彦

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛