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裁判例


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主          文
1 被控訴人・附帯控訴人Aの本件附帯控訴に基づき,原判決主文第1項及び
同第3項中同人に関する部分を次のとおり変更する。
(1) 控訴人・附帯被控訴人は,被控訴人・附帯控訴人Aに対し,同被控訴人・
附帯控訴人から次の履行を受けるのと引換えに,3505万8000円を支払
え。
ア 別紙物件目録(1)記載の区分所有建物の引渡し
イ 別紙抵当権目録(1)記載の抵当権設定登記の抹消登記の経由
ウ 同区分所有建物についての所有権移転登記手続
(2) 被控訴人・附帯控訴人Aのその余の各請求をいずれも棄却する。
2 控訴人・附帯被控訴人の被控訴人・附帯控訴人Aに対する本件控訴を棄却
する。
3 控訴人・附帯被控訴人の被控訴人・附帯控訴人Bに対する本件控訴に基づ
き,原判決主文第2項を取り消す。
4 被控訴人・附帯控訴人Bの各請求及び同人の本件附帯控訴をいずれも棄却
する。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じ,控訴人・附帯被控訴人に生じた費用の2分の
1と被控訴人・附帯控訴人Bに生じた費用を同人の負担とし,控訴人・附帯被
控訴人に生じたその余の費用と被控訴人・附帯控訴人Aに生じた費用を控訴
人・附帯被控訴人の負担とする。
6 この判決は第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
(以下,略語については,原則として原判決に準ずる。)
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
(1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)らの請求をいずれも棄却す
る。
(3) 本件附帯控訴をいずれも棄却する。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
(1) 原判決を次のとおり変更する(一部附帯控訴)。
ア 被控訴人Aの附帯控訴の趣旨
控訴人は,被控訴人Aに対し,同被控訴人から別紙物件目録(1)記載の区
分所有建物の引渡しを受け,かつ,同区分所有建物につき所有権移転登記
手続を受けるのと引換えに,3750万円を支払え。
イ 被控訴人Bの主位的附帯控訴の趣旨
控訴人は,被控訴人Bに対し,同被控訴人から別紙物件目録(2)記載の区
分所有建物の引渡しを受け,かつ,同区分所有建物につき所有権移転登記
手続を受けるのと引換えに,3832万円を支払え。
ウ 被控訴人Bの予備的附帯控訴の趣旨(主位的附帯控訴の趣旨に包含され
る申立てと解されるが,念のため掲記する。)
控訴人は,被控訴人Bに対し,同被控訴人から別紙物件目録(2)記載の区
分所有建物の引渡しを受け,かつ,別紙抵当権目録(2)記載の各抵当権設
定登記の抹消登記手続と同区分所有建物につき所有権移転登記手続を受
けるのと引換えに,3832万円を支払え。
(2) 本件控訴を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,控訴人の負担とする。
(4) (1)項につき,仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は,控訴人からマンションの各区分所有建物を購入した被控訴人らが,主位
的に,被控訴人らから求められたときは契約時の販売価格から手数料を控除した
価格で買取る旨の合意(以下「本件買戻しの合意」という。)があり,同合意の履行
を請求したことにより売買契約が成立したとして,控訴人に対し,それぞれその代
金(以下「買戻し代金」ともいう。)及びそれぞれに対する遅延損害金(各訴状送達
の日の翌日から商事法定利率による。)を請求し,予備的に上記マンション購入契
約が錯誤又は詐欺取消により効力がないとして,不当利得に基づき各利得金とそ
れぞれに対する遅延損害金(上記同旨)を請求したのに対し,控訴人が本件買戻し
の合意及び錯誤,詐欺等を否認すると共に同時履行の抗弁等を主張して争った事
案である(なお,本件買戻しの合意は,売買契約に付随して将来の一定の時期に
おける買主の意思表示により買主から売主への売買を成立させる合意であり,本
件マンションの売却に関して作成されたパンフレットや当事者の主張では「買戻し」
なる用語も使用されているが,双方の主張を前提としても,その合意の実質は,売
主による売買契約の解除の性格を有する「買戻し」ではなく,買主の予約完結権の
行使により売買契約を成立させる「再売買の予約」と見られ,被控訴人らからの本
件買戻しの合意の履行を求める意思表示は,予約完結権の行使と見ることができ
る。被控訴人らの主張はこれを前提としているものと解することができる。)。
原審において被控訴人らの主位的請求の一部が認容され,控訴人が,被控訴
人Aにつき3393万円,被控訴人Bにつき3440万0800円の各買戻し代金を,各
区分所有建物の引渡し及び同建物に付された抵当権設定登記を抹消の上,所有
権移転登記手続を受けるのと引換えに支払うべき旨命ぜられたところ,控訴人は,
本件買戻しの合意に関する事実誤認等を理由に控訴し,被控訴人らは,抵当権設
定登記抹消を引換給付の内容とした判断に関する法令違背や買戻し代金額に関
する事実誤認等を理由に附帯控訴に及んだ。
なお,原審における被控訴人らの当初の請求は,被控訴人Aにつき3750万
円,被控訴人Bにつき3832万円の無条件の各買戻し代金請求(予備的に各利得
金返還請求),及びこれらに対する各遅延損害金請求であったが,当審において,
各遅延損害金請求につき訴えが取り下げられた。また,各附帯控訴の趣旨は,上
記第1の2(1)のとおり一定の範囲で引換給付を許容するものであるから,上記当
初の請求と対比すれば,いずれも一部附帯控訴がなされていることとなる。
2 争いのない事実等及び争点(当事者の主張を含む。)は,次に改めるほか,原判
決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1及び2のとおりであるから,これを引用
する。
(1) 原判決の上記引用範囲の「買戻しの合意」を全て「本件買戻しの合意」と,同
範囲の「買戻保証制度」を全て「買戻し保証制度」と,3頁10行目の「甲3」を
「甲1,3」と,13行目の「3832万円」を「4144万円」と,同行の「甲3,」を「甲
3,8,」と,14行目の「買戻し」を「本件買戻しの合意の履行」とそれぞれ改め,
同行の「原告Bも」から15行目の「それぞれ」までを削り,16行目の末尾に改
行の上次のとおり加える。
「(5) 別紙物件目録(1)記載の区分所有建物(本件303号室)について,本訴提起
後,従前設定されていた抵当権設定登記が一部抹消されたものの,当審口
頭弁論終結時点において別紙抵当権目録(1)記載の抵当権設定登記が残
存し,その抹消登記は経由されていない(甲4,34)。別紙物件目録(2)記載
の区分所有建物(本件203号室)についても,本訴提起後,従前設定されて
いた抵当権設定登記が一部抹消されたものの,当審口頭弁論終結時点に
おいて別紙抵当権目録(2)記載の各抵当権設定登記が残存している(甲2
1,乙29)。」
(2) 原判決3頁19行目の「買戻しの特約の合意」を「上記買戻し保証制度による合
意(本件買戻しの合意)」と,4頁2行目を次のとおり,それぞれ改める。
「いるものであり,本件マンション購入契約に際して,控訴人と被控訴人らとの
間に,被控訴人らにおいて求めたときは,販売価格から手数料を控除した額で
控訴人において買い取ること,履行を求めることのできる期間(以下「買戻期
間」という。)は5年後から1年間とすることの合意(本件買戻しの合意)が成立
した。」
(3) 原判決5頁9行目の「買戻し」を「買戻し保証制度の利用」と,15行目の「買戻
しの特典」を「買戻し保証制度」と,25行目の「買戻し」を「買戻し保証制度」と,
6頁5行目の「買い戻す旨」を「買い受ける旨」と,21行目から24行目までを次
のとおり,それぞれ改める。
「 仮に,被控訴人ら主張の本件買戻しの合意に基づく売買契約が成立したと
しても,控訴人は,被控訴人らから本件303号室及び本件203号室(以下
「本件各室」という。)の引渡し及び本件各室に設定された抵当権設定登記を
抹消の上所有権移転登記手続のなされるまで買戻し代金の支払を拒絶す
る。」
3 争点の付加(当審における当事者の主張に鑑み,次の争点を付加する。)
被控訴人Bにつき,買戻期間内における本件買戻しの合意の履行を求める意思
表示の有無
(1) 被控訴人Bの主張
被控訴人Bは,平成9年1月ころ,控訴人に対し,本件買戻しの合意の履行
を求める意思を表示した。
(2) 控訴人の主張
被控訴人Bの上記主張事実を否認する。
仮に,本件買戻しの合意の成立が認められるとしても,上記当時,被控訴人
Bから本件買戻しの合意の履行を求める意思の表示がなされないまま,同被
控訴人の買戻期間は経過した。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,被控訴人らの各買戻し代金請求については,原判決の買戻し代金
額の算定が過小ではあるものの,本件買戻しの合意の成立を認めることができ,
抵当権設定登記の抹消登記手続の履行は代金支払と同時履行の関係に立つと
解するべきであり,被控訴人Aの請求は,本判決主文第1項(1)掲記の限度で理由
があるが,被控訴人Bの請求は,本件買戻しの合意の履行を求める意思表示が買
戻期間内になされたとは認められないから,理由がなく,それぞれの不当利得返
還請求も理由がないものと判断する。その理由は,次に改めるほか,原判決「事実
及び理由」の「第3 争点に対する判断」1及び2のとおりであるから,これを引用す
る。
(1) 原判決の上記引用範囲の「買戻しの合意」を全て「本件買戻しの合意」と,同
範囲の「買戻保証制度」を全て「買戻し保証制度」と,8頁15行目から16行目
にかけての「買戻価格を3393万円(購入価格3750万円から,」を「買戻し代
金を3505万8000円(購入価格3870万円から,」と,17行目の「237万円」
を「244万2000円」と,18行目の「合計357万円」を「364万2000円」と,9
頁26行目の「口頭の合意をしているもの」を「,すなわち,上記買戻期間内に
被控訴人Aにおいて本件買戻しの合意の履行を求める意思表示をしたときは,
上記買戻し代金による売買契約が成立する旨の合意をしていたもの」とそれぞ
れ改める。
(2) 原判決10頁2行目の「買戻約定についての合意」を「契約(予約)の成立として
の意思表示の合致」と,14行目末尾の「できない。」を「できないとともに,既に
判示の諸事実を考慮すれば,当時,販売担当者に対し,合意書を作成せずに
本件買戻しの合意をする権限が付与されていたと推認することができる。」と,
15行目の「特典利用」を「特典の利用」と,20行目の「買戻保証の合意」を「本
件買戻しの合意」とそれぞれ改める。
(3) 原判決12頁9行目の「原告Bは,」の次に「平成4年4月中旬ころから同年7月
ころまでの間に,」を加え,13行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「 本件203号室の売買の契約証書においては,売買代金中間金として平成4
年2月上旬に310万円を支払うべきこととなっていたが,被控訴人Bはこれ
を支払わずに期限を徒過し,同年8月21日に至って売買代金中間金として
510万円を支払い,また,上記契約証書上,入居可能日は同年4月末日と
されていたが,被控訴人Bはその期日を過ぎても入居せず,同年8月27日
に同室の鍵の引渡を受けて,その後入居するに至った(甲8,9,乙27の
1)。」
(4) 原判決12頁17行目から18行目にかけての「買戻価格を3440万0800円
(購入価格3832万円から,」を「買戻し代金3571万3600円(購入価格414
4万円から,」と,19行目の「241万9200円」を「260万6400円」と,同行の
「150万円」を「312万円」と,19行目から20行目にかけての「合計391万92
00円」を「合計572万6400円」とそれぞれ改め,同行の「合意」の次に「,すな
わち,上記買戻期間内に被控訴人Bにおいて本件買戻しの合意の履行を求め
る意思表示をしたときは,上記買戻し代金による売買契約が成立する旨の合
意」を加え,13頁24行目の「買戻代金」を「買戻し代金」と改める。
2 控訴人の当審における主張について
(1) 被控訴人Aについて
ア 控訴人は,被控訴人Aが,控訴人との交渉過程で買戻し特約を売買契約
の動機として表示したことはなかったこと,契約書作成時に買戻し保証制度
を利用することを確認したことはなかったこと等の記載のある契約立会人E
の陳述書(乙18)を提出し,これに沿う事実を主張する。
しかし,同人は,原審において,契約の際,買戻し保証制度が話題の1つ
として出た旨を証言しているところ,上記陳述書には,買戻し保証制度が話
題として出たのに被控訴人Aがその特約の締結を求めず,特約として合意し
なかった事情についての具体的な説明はない。
上記陳述書と対比すると,契約当時,5年後にローンの月額返済額が上
昇するため,その支払に不安があったが,控訴人担当者から買戻し保証制
度があると勧められたことから,その適用を受けられる点を確認して売買契
約に至ったとする被控訴人Aらの供述等〔甲7,原審証人C(第1回)〕の方
が,内容が合理的であり,加えて,合意の成立を否定する控訴人担当者Fの
原審証言中には,契約当時,被控訴人Aから,買戻しをしてくれるのですか
と聞かれたと思う旨を述べる部分もあることからすれば,被控訴人Aらの上
記供述は信用できるというべきであり,上記陳述書〔さらにはFの陳述書(乙
32)を含む当審で提出された各証拠〕によるも,これを覆すに足りない。
したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
イ 控訴人は,利子補給の特約については,被控訴人Aの妻で宅地建物取引
主任の資格を有するCから要求されて,甲303号室売買契約書(甲1)に記
載してあるのに,買戻しの特約については,その旨の記載がなく,別途合意
書面も作成されていないことから,この点が,買戻しの合意が成立していな
かったことの証左である旨主張する。
しかし,証拠上利子補給の特約を書面化することをCが要求したか否かは
必ずしも確定できない上,原審証人C(第1,2回)は,買戻し保証制度が適
用されるには書面を作成しなければならないとは認識していなかった旨証言
しているところ,買戻し保証制度の記載のあるパンフレット〔甲2,原審証人C
(第1回)〕においては,買戻し保証制度は,特段の合意書面を要しないはず
の手付金保証制度等と同列に紹介されている上,住宅購入資金援助制度
欄にある「この制度は住宅購入時、係員と相談の上お申し込み下さい。」とい
った注意書きも付されていないのであって,これを見たCが,買戻し保証制度
につき,書面化しない限り適用されない制度であるとまでは認識しなかったと
しても不自然ではないから,上記証言が信用性に乏しいとは言えない。
そうすると,個別に売買代金を値引きする約束である利子補給の特約と
異なり,控訴人が特典として用意した買戻し保証制度を適用することに関す
る合意が書面化されなかったという事情は,被控訴人Aとの関係では,直ち
に本件買戻しの合意の存在の認定を妨げる事情ということはできないので
あって,控訴人の主張は採用できない。
(2) 被控訴人Bについて
ア 控訴人は,平成4年3月ないし4月ころ,被控訴人Bから売買契約の解約の
申入れを受け,控訴人従業員Gが,被控訴人Bに対し,契約解約を再考する
よう依頼した事実は存しないとし,Gは,被控訴人Bから,オリエントコーポレ
ーションの住宅ローンが申込額全額の承認を得られなかったことで相談を受
けたため,同7月ころ,B宅を訪問し,被控訴人Bの状況を確認し,これを受
けて控訴人従業員Hが,同月28日,売買契約代金の特別値引き(162万
円)の稟議申請をし,控訴人がこれを認めた旨主張する。
控訴人の主張は,具体的には,被控訴人Bが当初自己資金を500万円と
し,オリエントコーポレーションから受ける融資を720万円とする資金計画を
立てていたところ,同融資が520万円しか承認されなかったため,700万円
の自己資金が必要となり,被控訴人Bにその資力がなかったことから,これ
に対応して控訴人が162万円の値引きをしたことを言うものである(乙24の
2,25の1,2,36,37,弁論の全趣旨)。しかし,前記認定及び証拠〔甲9,
21(乙区欄)〕によれば,被控訴人Bは,実際には,平成4年1月27日まで
に190万円,同年8月21日に510万円の合計700万円につき自己資金を
用いて支払っていることが認められるから,自己資金が700万円では資力
が不足する状況を平成4年7月に確認し,値引きしたという話の筋道自体,
上記の支払状況と整合せず,信用することができない。
原判示のとおり,被控訴人Bが婚姻後の新居として利用するため本件20
3号室の売買契約を締結しながら,その方針を変え,平成4年3月挙式後実
家で同居生活を開始し,その後同年8月下旬に至るまで約束した中間金の
支払いをせず,同室の引渡も受けずにいたこと,控訴人の元々の担当者
は,Hであったのに,途中から控訴人の営業課長(乙5,36,原審証人G)で
あるGが交渉に乗り出してきていることなどの事情からみても,平成4年3月
ないし4月ころ,Hに対し売買契約の解約の申入れをしたところ,Gがその再
考を促してきた旨の被控訴人Bらの供述等(甲13,16,原審証人D)は,こ
れらの事情と整合し,信用することができる。解約の申し入れに関する書面
が作成されていないこと等控訴人が指摘する事情や当審における関係者の
陳述書(乙36,39)等をもってしても上記判断を左右するに足りない。
したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
イ 控訴人は,販売の際に買戻し保証制度等の特典を設けるようになったのは
平成4年3月からであり,最も早い契約でも平成9年3月から買戻期間が始
まるのであって,被控訴人Bとの間で平成9年1月から買戻期間が開始する
合意は成立していないことを主張する。
この点,買戻期間の始期については,当事者間で明示の合意があったも
のではないものの,平成4年1月の売買契約を流用して契約関係を律するこ
ととした被控訴人Bの場合には,これに合わせて形式上の契約時を基準に
その5年後から買戻期間が開始するものと当事者が考えて合意したと解す
ることが当事者の意思に合致するというべきである。
したがって,控訴人の上記主張も採用できない。
(3) そのほかの主張について
ア 控訴人は,買戻し保証制度は極めて例外的な制度であって本件買戻しの
合意が口頭により成立するはずがないこと,口頭の合意では契約内容(買
戻期間,買戻し代金等)を確定することが不可能であり,本件買戻しの合意
に関する別途書面が存しない本件においては,本件買戻しの合意は法律的
な合意として成立していないこと,被控訴人らは本件各室を永住目的で購入
したのであって,買戻し保証制度を利用する動機,必要性がないこと等を主
張する。
しかし,各被控訴人に関する原判示の具体的事実経過に照らせば,口頭
によるにせよ買戻し保証制度適用について当事者の意思が合致したものと
認められるところ,その契約内容については,契約当事者の合理的意思を
探求して認定することが可能であるから,法律的に合意が成立しないと解す
ることはできない(なお,買戻し代金額については,控訴人と被控訴人らとの
間に明示の合意は存しないところ,本件においては,買戻し保証制度を適用
する旨の包括的な合意があったのみで,ハウスメイト代金や改装費等を考
慮したり,端数処理をすべき具体的な合意はないとみるべきであるから,購
入代金から通常の手数料額及び利子補給額を控除した額をもって買戻し代
金額と解するのが当事者の合理的意思に沿うものである。)。
また,マンションの購入者が,永住目的であったとしても,将来の住宅ロー
ン返済の不安等から買戻し保証制度の適用を求めることは十分あり得るこ
とであるから,永住目的であったことのみをもって上記認定を覆すには足り
ない。
したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
イ そのほか,控訴人は,買戻し代金請求訴訟が甲マンションに異常に集中し
ていることや原判決の一部認容の結論は不自然であることなどるる主張す
るが,これらを考慮しても本件買戻しの合意の成立に関する上記判断を覆す
には足りないものであって,採用できない。
3 被控訴人らの当審における主張について
(1) 被控訴人らは,買戻し代金額の算定につき,何らかの手数料が差し引かれ得
ることは認識していたが,差し引くべき手数料の額の説明を受けておらず,原
判示の手数料額は高額であること,被控訴人Aは自己の場合はこれがゼロで
あると考えていたことを主張する。
しかし,証拠(乙3の1ないし17,乙4の1,2,乙6の1ないし17)によれば,
控訴人は,書面により買戻し保証制度利用の合意をした場合の大半は,購入
代金額の6%に12万円を加算した額を手数料として差し引く扱いとしていたも
のと認められるから,本件の各口頭の合意においても,差し引くべき手数料の
額をこれと同様に算定した額とする意思があったものと認められる。他方,被控
訴人らが控訴人担当者らから手数料の額について具体的な説明を受けていな
いとしても,これにより買戻し代金額が確定できなくなる事態を生じさせることは
相当ではなく,むしろ,契約当事者の通常の意思からみて,被控訴人らにおい
て,他の類似事例と同様の手数料が差し引かれるべきことは甘受する意思が
あったと推認されるところであって,結局,当事者間には,上記と同様の手数料
を差し引いて買戻し代金額とする合意があったと解するのが相当である。
したがって,被控訴人らの上記主張は採用できない。
(2) 被控訴人らは,別紙抵当権目録記載の各抵当権設定登記に関し,本件買戻し
の合意において,その抹消登記手続の先履行ないし同時履行を求める合意は
なされなかったものであり,また,抵当権付不動産の売買においては,買主,
売主,抵当権者が一同に立ち会って売買代金授受をし,その金員で被担保債
権を弁済し,抵当権抹消・所有権移転登記等のための書類をやりとりするとい
う方法を用いることが事実たる慣習として確立しているところ,本件買戻しの合
意についても,当事者の意思は,上記の方法に従うものと解されなければなら
ないから,各抵当権設定登記の抹消登記手続の先履行ないし同時履行を買戻
し代金請求の条件とすべきではない旨を主張する。
しかし,本件の各買戻し代金は,負担のない区分所有権の売買の対価であ
ることは明らかである上,抵当権設定登記の抹消登記がなされるべきことを買
戻し代金請求の条件としないという被控訴人らの主張に従うと,控訴人は,対
象不動産について抵当権の負担の存する状態で買戻し代金を先履行すべきこ
ととなって,契約当事者間の各給付間における対価的公平を害することとなる
ところ,控訴人が,本件買戻しの合意をする際に,そのような不公平を甘受す
る意思があったとまで認めるに足りる具体的証拠は存しない。したがって,被控
訴人らに関する本件買戻しの合意につき,抵当権設定登記が抹消されないに
もかかわらず買戻し代金を先に履行すべき特別の合意が付加されていたとは
認められず,買戻し代金の給付と負担のない区分所有権の返還とが同時に履
行されるべき通常の契約関係が合意されていたに過ぎないものと認められる。
そうすると,本件買戻しの実行に当たり,負担のない区分所有権の返還のた
めには,抵当権設定登記を必ず事前に抹消しておくまでの必要はないとして
も,少なくとも買戻し代金の給付を受ける際に抹消できる状態にしておく必要が
存することとなるのであって,各買戻し代金請求は各抵当権設定登記の抹消
登記の経由と引換えに認容されるべきものである。被控訴人らの主張は,上記
に合致する限度で理由があるが,各抵当権設定登記の抹消登記の経由を買
戻し代金請求と引換えとせずに無条件の給付判決をすべきであるとする主張
部分は採用できない。
4 当審で付加した争点(被控訴人Bにつき,買戻期間内における本件買戻しの合意
の履行を求める意思表示の有無)について
(1) 本件買戻しの合意が1年間の買戻期間を定めたものであってその期間内に上
記履行を求める意思が表示されるべきものであることは,前記認定から明らか
である。被控訴人Bの上記意思表示に関しては,被控訴人Bが,平成9年1月
ころ,大京のセールスマンから本件マンションのIにおいて買戻しを受けた例が
あると聞いて,翌日被控訴人Bの妻Dが控訴人従業員Gに電話で買戻しを申し
入れたが,Gから念書がない客は買戻しができない旨述べて断られた旨の供
述ないし供述記載が存する(甲16,原審証人D)。これに対し,控訴人は,その
当時,被控訴人Bから本件買戻しの合意の履行を求める意思表示はなされな
かった旨主張する。
(2) ところで,被控訴人Bらの上記供述等については,これを裏づける客観的証拠
は存しない。かえって,次の事実ないし事情が存する。
ア 本件マンションの403号室を購入していたIは,控訴人との間における買戻
しの合意に基づき,控訴人に対し同室の買戻しを求め,その履行を受けた者
であるが,その買戻期間は,平成9年6月1日から開始する約束であって,
買戻しにかかる現実の不動産売買契約も同日締結され,その後に代金返還
を受けた(乙34,35)。
イ 被控訴人Bは,原審平成10年11月9日受付の訴状(原審平成10年(ワ)
第4522号事件の訴状・訂正前のもの)において,買戻しの意思を表示をし
た時期を平成10年1月と主張し,原審第6回弁論準備期日に提出された被
控訴人Bの妻Dの陳述書(甲13)では,平成10年1月のある平日に控訴人
に電話してGを呼び出してもらい,買戻しを求める意思を表示した旨の供述
記載がなされていたが,原審第7回弁論準備期日においてGが転職のため
平成10年1月5日以降控訴人に在籍していない旨の供述記載のある同人
の陳述書(乙5)が提出され,その後原審第9回弁論準備期日に提出された
被控訴人Bの陳述書(甲16)において,上記(1)の内容の供述記載がなされ
るに至った。
(3) 上記(2)によれば,上記(1)の供述等には,十分な裏付けがなく,Iの買戻しが履
行された時期より半年も前に同人の買戻しの履行を知ったという点で明らかに
他の証拠と整合しておらず,意思表示の時期に関する主張及び供述等には,
当初,訴状受付年の1月としていたものが,1年も前に遡る時期に訂正されると
いった不自然な変遷がみられるのであって,上記(1)の供述等を信用することは
困難である。
そして,本件では,他に被控訴人Bの買戻しの意思表示がなされたとの具体
的事実についての主張,立証は存せず,被控訴人Bに関しては,買戻期間経
過までに買戻しの意思表示がなされたことの立証は成功していないというほか
ない(仮に,実質的に売買契約が再度進行することとなった平成4年7月ころを
前提に,買戻しの期間を平成9年7月ころから平成10年7月ころと解したとして
も,その間に被控訴人Bが買戻しを求める意思を表示した事実の主張立証も
存しない。)。
(4) 結局,被控訴人Bについては,本件買戻しの合意の成立は認められるが,そ
の履行を求める意思表示が買戻期間内になされたことの立証が十分でないこ
とから,買戻し代金請求権の発生を認定することができないこととなる。
4 被控訴人らの予備的請求について
被控訴人ら主張の本件買戻しの合意の成立が認められ,したがって,予備的請
求原因として主張されている錯誤,詐欺の事実を認めることはできず,各不当利得
返還請求も肯定できない。
第4 結論
よって,原判決のうち,被控訴人Aについては,請求認容部分は相当であり,各
請求棄却部分の一部(買戻し代金認容額が過小である点)は相当ではないから,
控訴を棄却して同被控訴人の附帯控訴に基づいて原判決を変更し(併せて引換給
付に関する表現も改める。),被控訴人Bについては,各請求棄却部分は相当で,
請求認容部分が相当ではないから,同被控訴人に対する控訴により原判決を取り
消して各請求を棄却し,同被控訴人の附帯控訴を棄却し,訴訟費用の負担割合を
定め,請求認容部分につき仮執行宣言を付することとして,主文のとおり判決す
る。
なお,控訴人は,準備書面及び書証の写しを添えて弁論再開の申立てをする
が,その提出予定の主張及び書証を検討しても,上記結論を左右するものではな
いことを付言する。
名古屋高等裁判所民事第1部
裁判長裁判官  田   村   洋   三
裁判官  小   林   克   美
裁判官  戸   田       久
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