弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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              主       文
    被告人を禁錮3年に処する。
    この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
              理       由 
(罪となるべき事実)
 被告人は,かねて熊本市の自宅において,インターネット上に「X」の名称でホームペ
ージを開設し,登山ツアーなどの参加者を募集するとともに,山岳等において同人らを
引率するなどの山岳ガイド業に従事していたものであるが,平成16年5月2日から同月
5日までの3泊4日の行程により,「屋久島・沢登り」ツアーを実施し,同ツアーに応募し
たA(当時53歳),B(当時55歳),C(当時39歳)及びD(当時53歳)を引率し,鹿児島
県熊毛郡a町所在のE川沢登りのガイドを行った際,同月4日午前6時30分ころ,同町
所在のF滝上流約2.5キロメートル地点のE川流域において,折からの降雨により前記
河川が増水し,短時間のうちにいわゆる鉄砲水等の急激な水位の上昇が発生すると予
想されたのであるから,このような場合,山岳ガイドとしては,前記河川の渡渉を行うこと
なく,前記河川右岸の水面から約7.1メートル上方にあるテント設営地に待機し,前記
Aら4名の生命及び身体の安全を確保すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠
り,鉄砲水等が発生する前に前記河川の渡渉を完了できるものと軽信し,Aら4名をし
て,ザイル等を使用して前記河川右岸から同左岸への渡渉を開始させた過失により,同
日午前7時15分ころ,渡渉中に足を滑らせたB及びAを増水した前記河川に順次転落・
水没させるとともに,同日午前8時ころ発生した急激な水位の上昇によりC及びDを前記
河川に没入・漂流させ,よって,そのころ,前記河川流域において,A,B及びCの3名を
溺死させるとともに,Dに加療約1か月間を要する尾骨骨折等の傷害を負わせたもので
ある。
(量刑の理由)
1 本件は,山岳ガイドである被告人が,自ら企画した屋久島の沢登りツアーに参加した
ツアー客3名を死亡させ,1名を負傷させた業務上過失致死傷の事案である。
  本件の経過を敷衍して説明すると次のとおりである。すなわち,被告人は,山岳ガイ
ドとして,被害者ら4名を引率し,3泊4日の行程で屋久島にあるE川の沢登りツアー
を実施したところ,行程の3日目にあたる平成16年5月4日の朝,折からの降雨によ
り河川が増水しており,短時間のうちにいわゆる鉄砲水等による急激な水位の上昇
が発生することが予想された。にもかかわらず,被告人は,鉄砲水等が発生するまで
には,なお2時間程度の余裕があり,被害者らの沢登りの力量から見て,20分ないし
30分程度あれば,河川の渡渉を完了することは可能であると軽信し,河川右岸から
左岸への渡渉を開始した。しかし,渡渉の途中で,Bが足を滑らせて河川に転落した
ため,被告人が,Bを引き上げ,意識を失っていたBに対し,中州にある岩場の上で
人工呼吸を行った。その後,被告人は,意識を回復したものの朦朧としていたBをAに
委ね,自らは,河川左岸に渡り,立木にザイルを結びつけるなど,渡渉を完了させる
ための準備に取り掛かっていた。ところが,再び,AとBが河川に転落したため,2人
の救出を試みたが,既に増水が始まっている中で,ザイルにつながれた2人を引き上
げることができず,やむなくザイルを切断し,岸に漂着することに一縷の望みを託した
が,かなわず,2人は溺死した。そうしているうちに,河川の水位が急激に上昇し,中
州にある岩場に残されたC及びDが,河川に流され,その結果,Cが溺死し,Dは,一
命を取りとめたものの,全治1か月の重傷を負った。
2 前記事実を前提に被告人の量刑について判断する。
 被告人は,山岳ガイドとして,被害者らから参加費を徴収した上で,E川の沢登りツ
アーを実施したものであるが,折からの降雨により,本件当日の朝には,河川が増水
していることに気付いていたにもかかわらず,鉄砲水や急激な水位の上昇が生じるま
でに河川を渡渉することは可能であると軽信し,右岸から左岸への渡渉を決行したも
のである。確かに,前記のとおり,渡渉中に,Bが足を滑らせて河川に転落するなど
のトラブルが重なったことが,本件において最悪の結果を招く一因となったことは否め
ない。しかし,そもそも,山岳ガイドとして,ツアーに参加する者の生命を預かる立場
にある被告人としては,渡渉の最中に,何らかのトラブルが発生し,渡渉に通常より
時間がかかっても,最悪の事態だけは避けられるように,安全かつ慎重な方策を採る
べきである。屋久島は峡谷が急峻であり,降った雨が岩盤質の地盤に染み込むこと
なく一気に河川に流入し,短時間のうちに鉄砲水が発生することで知られているか
ら,特に慎重さが求められる。被告人は,鉄砲水の予兆を察知しながら,まだ2時間
程度の余裕があると考えたのであるが,そのような予測も確実なものであったとはい
えない。以上からすれば,増水した河川の渡渉を決行した被告人の判断は,山岳ガイ
ドとしての注意義務に違反する軽率なものであったといわざるを得ない。本件におい
て,B,A及びCら3名は,濁流に飲み込まれて数十メートルも押し流され,岩石等に
全身を打ち付けるなどした挙句,溺死したものであり,奇跡的に一命を取りとめたD
も,同様に濁流に飲み込まれるなどした結果,尾骨を骨折するなど全治1か月の重傷
を負ったものであり,その際に,被害者らが感じたであろう苦痛,恐怖,驚愕が計り知
れず,本件の結果は,誠に甚大であるといわねばならない。死亡した被害者らの遺族
らは,何の前触れもなく,突然,家族を失ったことにより,精神的,経済的に深刻な打
撃を受けており,その悲嘆は非常に深い。Aの遺族についてみると,その妻は,夫を
亡くしたショックにより重度のうつ病にかかり,教師を休職しており,大学生の長男は
進路変更を余儀なくされている。Cの遺族についてみると,その夫は,共働きの妻を
失い,生活費に困窮するようになったほか,不慣れな家事にも追われ,疲労困憊して
いる。Bの遺族についてみると,その子や兄弟が憔悴しきっている状態である。以上
に鑑みれば,遺族らの被告人に対する処罰感情が相当に厳しいのも至極当然であ
る。また,被告人の事件後の遺族に対する対応が,遺族らの心情を害したことも否定
できない。さらに,被告人は,被害者らに対する賠償責任保険に加入しておらず,そ
の結果,十分な賠償もされていない状態である。
 以上からすれば,被告人の刑事責任は重いというべきである。
 しかしながら,他方において,本件では,前記のとおり,河川の渡渉を開始した直後
に,Bが足を滑らして河川に転落するアクシデントが発生し,その後,様々な不運が重な
って大惨事につながったものであり,生じた結果について,被告人に重い刑事責任を負
わせるのは酷であること,被告人は,河川に転落し,又は河川に没入しかかっている被
害者らを助けようと,自らの危険を顧みず懸命の救出活動を行っていたこと,死亡した
被害者の遺族らに,それぞれ160万円の死亡保険金が支払われていること,被害者ら
のうち,唯一,命を取りとめたDが,被告人に対して寛大な処分を望んでいること,被告
人にこれまで罰金以外の前科がないこと,被告人自身が本件犯行を反省・悔悟している
旨述べており,被害者らの遺族に対し,必ずしも十分とはいえないものの,香典を持参
の上葬儀に参列し謝罪するなど,被告人なりに慰謝の措置に努めていること,その他被
告人の刑事責任を軽くする方向に働く諸事情も認められる。
そこで,これらの諸情状を総合勘案し,主文の刑を量定した上で,本件については,
被告人に社会内における自力更生の機会を与えるのが相当と考え,その刑の執行を猶
予することとした。
(検察官内田耕平,国選弁護人増田博各出席)
(求刑 禁錮3年)
  平成18年2月8日
   鹿児島地方裁判所刑事部
         裁判長裁判官   大  原   英  雄
             裁判官   渡  部   市  郎
             裁判官   藪      崇  司

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