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裁判例


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平成12年(行ケ)第468号 審決取消請求事件(平成13年8月23日口頭弁
論終結)
         判    決
   原      告      株式会社森本製作所
  訴訟代理人弁理士      鈴   江  孝   一
同             鈴   江   正   二
  被     告     ヤマトミシン製造株式会社
   訴訟代理人弁理士      河   野   登   夫
同             中   尾   真   一
   主    文
    特許庁が無効2000-35103号事件について平成12年10月24
日にした審決を取り消す。
    訴訟費用は被告の負担とする。
事    実
第1請求
  主文同旨
第2前提となる事実(争いのない事実)
1特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「ミシンの上送り装置」とする実用新案登録第2594003号
の考案(平成5年7月22日出願、平成11年2月19日設定登録。以下「本件実
用新案」という。)の実用新案権者である。
 原告は、平成12年2月22日、本件実用新案について無効審判の請求をし、特
許庁に無効2000-35103号事件として係属したところ、特許庁は、上記審
判事件について審理をした結果、平成12年10月24日、「本件審判の請求は、
成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年11月13日に原告に送達され
た。
 2 本件考案の要旨(本件考案に係る明細書の実用新案登録請求の範囲の請求項
1の記載を分節して示す。)
  A ミシンアームの内部に主軸と平行をなして送り駆動軸及び送り調整軸を架
設し、
  B 該送り調整軸を含む送り調整機構を介して前記主軸と前記送り駆動軸とを
連結してなり、
  C 主軸の回転に応じて所定の上限角度内にて生じる送り駆動軸の反復回動を
ミシンアームの先端に垂下支持された上送り歯に伝え、ミシンベッド上の縫製生地
に上部から送りを加えると共に、
  D 前記反復回動の上限角度を前記送り調整軸の回動操作により加減し、前記
上送り歯の送り動作量を調整する構成としたミシンの上送り装置において、
  E 前記送り調整軸の一部に係合し、該送り調整軸と略直交する面内にて揺動
する送り調整レバーと、
  F 該送り調整レバーの下方への延長端にその後端を連結され、前記ミシンア
ームの外側に前後方向への摺動自在に支承してある送り調整ロッドと、
  G 該送り調整ロッドに並設され、該送り調整ロッドに長手方向の相対移動を
許容して連結してあり、その操作により前記送り調整ロッドを介して送り調整レバ
ーを揺動させ、前記送り調整軸を回動操作する送り操作軸と、
  H 前記送り調整ロッドの長手方向に沿って前記上送り歯の動作位置に面して
配設され、該上送り歯の送り動作量を、前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整
ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板とを具備することを特徴と
するミシンの上送り装置。
 3 審決の理由 
 別紙の審決書の写し(以下「審決書」という。)のとおり、請求人(原告)の無
効審判請求の理由について、[主張1]ないし[主張5](審決書2頁31行ない
し3頁35行)として整理した上で、これらの主張はいずれも採用することができ
ず、請求人の主張する理由及び証拠によっては、本件実用新案の登録を無効とする
ことはできないと判断した。 
第3 原告主張の審決の取消事由の要点 
 審決の理由のうち、請求人(原告)が無効審判請求の理由として審決書記載のと
おり[主張1]ないし[主張5]の主張をしたこと、本件実用新案の登録出願に適
用される平成6年法律第116号による改正前の実用新案法(以下「法」とい
う。)5条5項が、実用新案登録出願の願書添付の明細書に記載すべき実用新案登
録請求の範囲の記載について、次の各号に適合するものでなければならないと規定
し、その1号として「実用新案登録を受けようとする考案が考案の詳細な説明に記
載したものであること」、2号として「実用新案登録を受けようとする考案の構成
に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあること」と規定している
こと(審決書4頁5行ないし13行)、主張4についての判断の部分(審決書5頁
5行ないし13行)は、認める。
 審決は、原告の[主張1]及び[主張2]について、いずれも、法5条5項2号
(以下、単に「2号」ということがある。)違反の主張であるのに、これらを法5
条5項1号(以下、単に「1号」ということがある。)の主張であると誤解したた
めに、原告の[主張1]について判断を遺脱し(取消事由1)、[主張2]につい
ても判断を遺脱した(取消事由2)ものである。また、審決は、原告の[主張3]
及び[主張5]について、いずれもその判断を誤った(取消事由3、4)ものであ
る。したがって、審決は、違法なものとして取り消されるべきである。
 1 取消事由1及び2(原告の[主張1]及び[主張2]に対する判断遺脱)
  (1) 原告の無効審判請求の理由の[主張1]は次のとおりである。
 「本件考案の要旨の分節Eの記載においては、送り調整軸5の一部に係合し、こ
れによって送り調整レバー6が送り調整軸5と略直交する面内にて揺動できるよう
にするための必須要件(上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61によ
る係合)を欠いており、法5条5項に規定する要件を満たしていない。」
 また、原告の無効審判請求の理由の[主張2]は次のとおりである。
 「本件考案の要旨の分節Gの記載においては、送り操作軸8の操作により送り調
整軸5を回動操作できるようにするための必須要件(送り調整レバー6で送り調整
ロッド7を後向きに付勢する)を欠いており、法5条5項に規定する要件を満たし
ていない。」
  (2) 審決は、原告の上記の[主張1]及び[主張2]に対して、「請求人
の、分節E及び分節Gについての主張は、それらの記載が、上記の第1号(注、法
5条5項1号)に規定する「実用新案登録を受けようとする考案が考案の詳細な説
明に記載したものでなければならない」という要件を満たしていないとするものと
解される。そこで、考案の詳細な説明の記載を検討する」として、法5条5項1号
のみを判断している(審決書4頁4行ないし32行)。
  (3) しかし、原告が無効審判請求において、その理由として主張した[主
張1]及び[主張2]は、上記(1)のとおりのものであり、構成要件E及びGに
おいて必須構成要件を欠いているという主張である([主張1]につき、甲第2号
証(審判請求書)3頁ないし4頁の(ロ)①の記載、及び甲第5号証(審判事件弁
駁書)2頁ないし3頁の(1)①の記載各参照。[主張2]につき、甲第2号証の
4頁ないし5頁の②の記載、及び甲第5号証3頁ないし4頁の②の記載各参照)。
すなわち、本件考案の要旨の分節E及びGにおいては、本件考案の目的を達成させ
るための必須構成要件、すなわち考案の構成に欠くことができない事項が欠けてい
るという主張である。
 このような無効審判請求の理由の[主張1]及び[主張2]に対しては、分節E
及びGにおいて、法5条5項2号に規定する要件を満たしていないかどうか、つま
り分節E及びGにおいて「実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことが
できない事項」が記載されていないかどうかを判断しなければならないところであ
る。
 しかるに、審決は、これを全く判断していない。
 したがって、審決は、原告の無効審判請求の理由の[主張1]及び[主張2]に
対して、実質審理を行っておらず、判断を遺脱していることが明らかであるから、
違法として取り消されるべきである。
  (4) なお、被告は、審決書の4頁25行ないし32行の記載を根拠に、審
決には、5条5項2号の判断の遺脱はない旨と主張するが、同箇所の記載は、1号
に対する判断であって、実用新案登録請求の範囲に必須構成を記載することを規定
した2号に対する判断ではない。
 また、被告は、原告が主張する本件考案の構成要件に記載した事項のみでは本件
考案の目的を達成するための動作ができるものとはなっていないから法5条5項2
号違反であるとの主張は2号の規定を曲解したものであり失当である旨主張する。
 しかし、2号は、「考案の構成に欠くことができない事項」、すなわち考案の目
的を達成するための必須の構成を記載しなければならないとしている規定であるか
ら、構成要件に記載した事項のみでは考案の目的を達成するための動作ができない
ものは、2号に違反することになるのは明らかであり、何ら曲解しているものでは
ない。
  (5) ちなみに、被告は、本件考案の要旨の分節E及びGについて、実施例
に記載した他の要素を必要とすることなく、本件考案の目的を達成することができ
るとも主張しているが、明らかに誤っている。
 本件考案では、明細書の考案の詳細な説明の段落【0019】において、「正面
側からの上送り量の調整及び調整結果の視認が可能であり、また前記調整及び視認
のための手段の配設位置を適宜に設定でき、ミシンの種類によらずに適用可能な上
送り装置を提供することを目的」としているのであるから、法5条5項2号の判断
にあたっては、この目的を達成できる必須の構成が実用新案登録請求の範囲に記載
されているかどうかを判断すべきである。
 そして、送り調整軸(5)の一部に係合する場合として記載されている図1によ
れば、送り調整軸(5)も係合ピン63も、送り調整レバー6の回転中心である枢
支ピン60と離れた位置に位置させているのであり、そうであるなら、送り調整レ
バー6に上下方向に適宜長さの係合孔61を形成しない限り、送り調整レバー6
を、枢支ピン60を中心として反復揺動させることはできないのであるから、構成
要件Eの「送り調整軸の一部に係合し、」というだけの記載では、本件考案の目的
の「上送り量の調整」を達成することはできず、本件考案の必須の構成を欠いてい
ることは明らかである。
 また、構成要件Gには、「送り操作軸8が送り調整ロッド7に長手方向の相対移
動を許容して連結してあり」としか記載されてないので、送り操作軸8は送り調整
ロッド7の長手方向に対して相対移動が自由(フリー)のままである。そうする
と、送り操作軸8を操作をしても、送り調整ロッド7を介して送り調整レバー6を
揺動させ、送り調整軸5を回動操作することはできないから、構成要件Gの記載
も、本件考案の目的を達成することはできない。
 2 取消事由3(原告の[主張3]に対する判断の誤り)
  (1) 原告の無効審判請求の理由の[主張3]は次のとおりである。
 「考案の詳細な説明及び図面において、送り調整レバー6を介して送り調整ロッ
ド7を後向きに付勢する具体的な構成が記載されていないので、当業者が容易に実
施することができる程度に考案の構成を記載しなければならない法5条4項の規定
の要件を満たしていない。」
  (2) 審決は、原告の[主張3]に対して、「請求人は、「送り調整ロッド
7は、これの後端に接続された送り調整レバー6を介して後向きに付勢されてお
り」という記載だけでは当業者は容易に実施できない旨主張しているが、上記の記
載は送り調整レバー6によって送り調整ロッド7を後方に付勢することを意味し、
そのためには送り調整レバー6の送り調整ロッド7を接続した側のアームを後方へ
付勢すればよいことは当業者が容易に理解しうるところであり、該アームの付勢手
段もばねのような周知の手段を用いることができることは当業者が容易に想到しう
る事項であるので、上記の記載が、当業者が容易にその考案を実施できる程度に考
案の構成を記載していないものということはできない。」と判断している(審決書
4頁33行ないし5頁4行)。
  (3) 確かに、考案の詳細な説明には「送り調整ロッド7は、これの後端に
接続された送り調整レバー6を介して後向きに付勢されており」と記載されている
ので、送り調整レバー6によって送り調整ロッド7を後方に付勢することを意味
し、そのためには送り調整レバー6の送り調整ロッド7を接続した側のアームを後
方へ付勢すればよいことは当業者が容易に理解し得るところであり、該アームの付
勢手段もばねのような周知の手段を用いることができることは当業者が容易に想到
し得ることである。
 しかしながら、当業者が上記記載から知り得るのは、上記事項の範囲であって、
それ以上のことは、何ら知り得るものではない。
 本件考案の場合、それ以上のこと、つまりそれ以上の具体的な構成状態を知り得
なければ、従来の問題を解決し、本件考案の目的を達成することができない。
 すなわち、本件考案に係る明細書の段落【0017】ないし【0019】の記載
によれば、本件考案は、ミシンアームの内部空間が限定され、かつ上送り装置の装
備を前提とせずに設計されたミシンにおいても、後付けで適用することが可能な上
送り装置を提供することを目的としていることは明らかであり、また、段落【00
21】の記載から、送り調整レバー6は、ミシンアームの内部に装備させるもので
あることも明らかである。
 しかし、上送り装置の装備を前提とせずに設計されたミシンに後付けで上送り装
置をセットすることができるようにするためには、内部空間の状態に制約のあるミ
シンアーム内に、送り調整レバー6と後向きに付勢させるバネを、どのように装備
させるか、また、バネを、取付部のない送り調整レバー6とミシンアーム内のどこ
に、どのように取り付けるかが重要な問題となる。
 しかるに、段落【0036】には、単に「送り調整ロッド7は、これの後端に接
続された送り調整レバー6を介して後向きに付勢されており」としか記載されてお
らず、また図面の記載もなく、実際上、後付けする場合に、内部空間の状態に制約
のあるミシンアーム内に対して、送り調整レバー6と後向きに付勢させるバネとを
どのように装備させればよいのか、そして、後向きに付勢させるバネを、取付部の
ない送り調整レバー6とミシンアーム内のどこに、どのように取り付ければよいの
か全く分からず、当業者が容易に実施することができる程度に記載されていない。
 審決は、これらの点を全く考慮せずに判断しており、誤った判断といわざるを得
ない。
 3 取消事由4(原告の[主張5]に対する判断の誤り)
  (1) 原告の無効審判請求の理由の[主張5]は次のとおりである。
 「本件考案の要旨の分節Hの「上送り歯の送り動作量を、前記送り操作軸の操作
に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板」の記
載は、不明瞭であり、法5条5項に規定する要件を満たしていない。」
  (2) 審決は、原告の[主張5]に対して、「分節Hの記載は、請求項1に
係る考案の構成要件である、上送り歯の送り動作量を表示する「目盛り板」につい
て、その設置位置と、表示の媒介手段とを記載したものであり、不明りょうなもの
とは認められない。なお、目盛り板に上送り歯の動作量を表示するための、媒介手
段である、送り調整ロッド7の摺動位置の変化を目盛り板9に表示するための具体
的構成については、考案の詳細な説明の段落【0038】及び図面に、当業者が容
易に実施できる程度に記載されていることは請求人が平成12年8月31日付けの
弁ぱく書で述べているとおりである。」と判断している(審決書5頁14行ないし
22行)
  (3) しかし、本件考案の要旨の分節Hは、「上送り歯の送り動作量を、前
記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示
する」としか記載されておらず、このような分節Hの記載では抽象的であって、目
盛り板に上送り歯の動作量を表示するための構成が全く理解することができず、不
明瞭である。
 上記上送り歯の動作量を表示するための構成は、送り調整ロッド7の長孔70、
送り操作軸8のねじ部、ナット部材81、ナット部材81の係合突起82、83、
目盛り板9の長孔90、及び長孔90の長手方向に並ぶ複数の目盛り線の各構成及
びそれらの関係を記載してはじめて理解することができるものであり、上記分節H
に記載された「媒介」という表現だけでは、上送り歯の動作量を表示するための構
成を全く理解することができない。
 すなわち、分節Hは、「媒介」という抽象的な記載をしているのみで、目盛り板
に上送り歯の動作量を表示するための構成に欠くことができない事項を何ら記載し
ておらず、不明瞭であって、法5条5項2号の規定に違反するものである。
  審決は、分節Hの記載について「表示の媒介手段を記載したものであり、不明
りょうなものとは認められない。」と判断しているが、この分節Hでは媒介手段
(構成)は記載されておらず、誤った判断といわざるを得ない。
第4 被告の反論の要点
 1 取消事由1及び2(原告の[主張1]及び[主張2]に対する判断遺脱)に
対して
  (1) 審決は、「請求人は、・・・と主張しているが、実用新案法第5条第
5項の規定は、明細書に実施例として記載された事項の全てを実用新案登録請求の
範囲に記載することを求めているものではなく、上記のように、実用新案登録を受
けようとする考案が考案の詳細な説明に記載したものであることをもって足るもの
であるので、該請求人の主張は採用できない。」(審決書4頁25行ないし32
行)と説示しており、審決には原告主張の判断遺脱はない。
 原告の[主張1]及び[主張2]は、「考案の詳細な説明」に記載された実施例
のとおりに構成要件が記載されていないことを踏まえて、構成要件に記載した事項
のみでは構成要件に記載した動作ができるものとはなっていない、というにある
が、この原告の主張は、法5条5項2号の規定を曲解するものであり失当である。
2号の規定は「考案の構成に欠くことができない事項」以外のものを記載してはな
らないことを規定しているのであり、実施例どおりの技術的事項のすべてを記載す
ることを要求するものではない。
  (2) また、本件の無効審判請求書(甲第2号証)においては、法第5条5
項違反との主張があるのみであり、何号の違反であるかは特定されていない。同請
求書における「(ロ)記載不備の理由」の①、②の見出しは、それぞれ「上記請求
項1の構成要件Eの不備」、「上記請求項1の構成要件Gの不備」と記載している
ものであるところ、2号の規定は、請求項ごとの区分記載を要求する趣旨であるか
ら、請求項を構成する個別の構成要件の記載不備は、2号とは無縁のものであると
いうべきである。しかも、①、②の記載においては、本件発明に係る明細書の実用
新案登録請求の範囲には、考案の詳細な説明に記載されていないものが存在する旨
主張しているのであり、法5条5項1号違反である旨を主張している。
 以上によれば、原告は、無効審判請求書においては、本件の無効理由が2号違反
であるとの主張を全くしていないと認定するのが妥当である。そして、審決は、無
効審判請求書において原告(請求人)が「号」を特定しないまま法5条5項違反で
あると主張すると共に、前記のように、1号違反である旨の主張をし、2号違反の
主張をしていない点に鑑み、同条同項の全文を掲げ、それらに基づく判断をしたこ
とを明示した上で、無効審判請求書において主張があった1号違反についてのみ審
決理由で言及し、主張のない2号については、格別の言及をすることなく、原告の
法5条5項違反の主張を退けたのである。
  (3) なお、構成要件Eの意味するところは、「送り調整軸と略直交する面
内にて揺動するもの(多様な構成が存在し得る)」のうち、「送り調整軸の一部に
係合するもの」を指すのである。
 そして「送り調整軸の一部に係合するもの」は、この「もの」の必要条件を記述
しており、実施例に記載した他の要素を必要とすることなく、構成要件Eに記述し
たとおりの内容で本件考案の目的は達成することができるのである。したがって、
実用新案登録請求の範囲に、実施例どおりのものの記述をするのが必要であるかの
如き構成要件Eについての原告の主張は失当である。
 また、構成要件Gの意味するところは、「その操作により前記送り調整ロッドを
介して送り調整レバーを揺動させ、前記送り調整軸を回動操作するもの(多様な構
成が存在し得る)」のうち、「送り調整ロッドに並設され、該送り調整ロッドに長
手方向の相対移動を許容して連結してあるもの」を指すのである。
「送り調整ロッドに並設され、該送り調整ロッドに長手方向の相対移動を許容して
連結してあるもの」は、前者の「もの」の必要条件を記述しており、実施例に記載
した他の要素を必要とすることなく、かかる記述どおりの要件Gで本件考案の目的
は達成することができるのである。しがたって、実用新案登録請求の範囲に実施例
どおりのものの記述をするのが必要であるかの如き構成要件Gについての原告の主
張は失当である。
 2 取消事由3(原告の[主張3]に対する判断の誤り)に対して
 本件考案に係る明細書(甲第3号証)の考案の詳細な説明の段落【0017】に
記載された従来例のものは、送り調整軸の前方に揺動アームが存在し、揺動アーム
の前端の移動域に沿う目盛り板を備えるものである。かかる構成を採用する場合
は、主軸が揺動アームの移動域で干渉するような送り調整軸の配置は不可能であ
り、極めて制約の多いものである。
 これに対し本件考案では、前記揺動アームに繋がる送り調整レバー6が下方へ退
避しているから主軸Sと干渉することがなく(同号証の図1参照)、送り調整軸
5、送り調整レバー6を配置することができるのである。また送り調整ロッド7を
アームの外側に支承してあり、ミシンアーム内の主軸Sの前方の領域を占有するこ
とがない。
 本件考案は、このような構成により上送り装置の後付けを可能としているのであ
る。そして、送り調整レバーは送り調整軸の一部に係合していることが実用新案登
録請求の範囲に記載されているほか、図1に基づいて、段落【0031】に具体的
構成が記載されている。
 原告指摘のバネは、本件考案の必須構成要件として明記されていないものである
が、念のため述べれば、枢支ピン60周りにコイルバネを設けることでスペースを
要することなく実現することができ、かかる構成は当業者であれば容易に想到し得
るところである。
 3 取消事由4(原告の[主張5]に対する判断の誤り)に対して
 原告の主張は、要するに、本件考案の構成要件Hにおいて、「上送り歯の送り動
作量を、前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介
として表示する」と記載されていることに関し、「媒介」が不明瞭であり、実施例
に記載した構成のとおりの記述が必要であるというにある。
 しかしながら、本件考案に係る明細書の考案の詳細な説明には、表示対象物理量
(上送り歯の送り動作量)を、目盛り板に表示する媒介手段を明確にしているので
あり、審決書5頁14行ないし22行に記載されたとおりの審決の判断に何らの誤
りはない。
 理    由
1 取消事由1及び2(原告の[主張1]及び[主張2]に対する判断遺脱)につ
いて
 (1) 甲第2号証(審判請求書)の3頁ないし5頁の(ロ)①、②の記載、及
び甲第5号証(審判事件弁駁書)の2頁ないし4頁の(1)①、②の記載によれ
ば、原告が無効審判請求の理由として主張した[主張1]及び[主張2]の内容
は、審決が審決書の2頁31行ないし3頁17行にそれぞれの主張の概要を記載し
たとおりのものであり、[主張1]は、本件考案の要旨の分節Eの記載において、
送り調整軸5の一部に係合し、これによって送り調整レバー6が送り調整軸5と略
直交する面内にて揺動できるようにするための必須要件(上下方向に適宜の長さを
有して形成された係合孔61による係合)を欠いていること、[主張2]は、本件
考案の要旨の分節Gの記載においては、送り操作軸8の操作により送り調整軸5を
回動操作できるようにするための必須要件(送り調整レバー6で送り調整ロッド7
を後向きに付勢する)を欠いていることを、それぞれ主張するものであることが認
められる。
 原告が無効審判手続において提出した審判請求書(甲第2号証)及び審判事件弁
駁書(甲第5号証)の記載をみると、原告は、上記の[主張1]及び[主張2]に
ついて、実用新案法5条5項違反とのみ記載して、同項の何号違反であるか特定し
た記載はしていないことが認められるものの、上記認定の各主張の内容、及び本件
考案の実用新案登録請求の範囲の請求項1の分説E及びGについて、原告は、審判
請求書(甲第2号証)に「必須要件を欠いている」旨記載し、審判事件弁駁書(甲
第5号証)に「必須構成要件を欠いている」旨明記していることからすれば、原告
の[主張1]及び[主張2]は、いずれも、願書添付の明細書の実用新案登録請求
の範囲に、実用新案登録を受けようとする「考案の構成に欠くことができない事
項」、すなわち、考案の必須構成要件を記載することを要件とする平成6年法律第
116号による改正前の実用新案法5条5項2号の規定の違反を主張していること
が明らかであるというべきである。
 (2) これに対して、審決は、「請求人の分節E及び分節Gについての主張
は、それらの記載が、上記の第1号(注、法5条5項1号)に規定する「実用新案
登録を受けようとする考案が考案の詳細な説明に記載したものでなければならな
い」という要件を満たしていないとするものと解される」(審決書4頁14行ない
し17行)と解釈した上で、この1号違反の有無という観点からのみ、原告の[主
張1]及び[主張2]の当否を判断しているにすぎないことは、審決書(甲第1号
証)の理由の記載(4頁18行ないし32行)から明らかに認められる。
 なお、法5条5項2号の規定は、明細書の考案の詳細な説明に実施例として記載
されている事項の全てを実用新案登録請求の範囲に記載することを求める趣旨では
ないところ、甲第2号証及び第5号証によれば、原告の[主張1]及び[主張2]
は、審決が指摘するように「実施例に係る【0032】及び【0036】に記載さ
れた事項が全て分節E及び分節Gに記載されていない」(審決書4頁25行、26
行)と主張するものではなく、本件考案の要旨の分節Eにつき、「上下方向に適宜
の長さを有して形成された係合孔61による係合」、分節Gにつき、「送り調整レ
バー6で送り調整ロッド7を後向きに付勢する」ことが、それぞれ実用新案登録請
求の範囲に記載されるべきことを主張しているものである。
 そして、原告主張の各点が、本件考案に係る明細書の考案の詳細な説明に実施例
として記載されていることのみを理由として、実用新案登録を受けようとする「考
案の構成に欠くことができない事項」ではないと判断することができないことは明
らかであって、審決が判断したように、本件考案の実用新案登録請求の範囲の分節
E及びGの各記載が法5条5項1号の規定の要件を充たしていたとしても、このこ
とから直ちに2号の規定の要件を充たすことにならないことは当然であるから、原
告の[主張1]及び[主張2]の2号違反の主張について、審決は実質的にも判断
を加えていないといわざるを得ない。
 (3) そうすると、審決には、原告の[主張1]及び[主張2]に関し、本件
考案の実用新案登録につき法5条5項2号の規定の違反の有無について判断を遺脱
した違法があるというべきであり、この違法は審決の結論に影響を及ぼし得るもの
である。
 原告の取消事由1及び2の主張は、理由がある。
2 結論
 以上のとおり、原告の請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判
決する。
東京高等裁判所第18民事部
     裁判長裁判官 永  井  紀  昭
    裁判官 古  城  春  実
    裁判官 橋  本  英  史
別紙 審決書の写し(省略) 
 

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