弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 被告人Aの弁護人吉田幸太郎、同佐佐木祿郎、被告人Bの弁護人松岡一章の各上
告趣意は後記のとおりである。
 被告人Aの弁護人吉田幸太郎の上告趣意第一点について。
 (一)薬事法四一条七号に掲げる厚生大臣の指定する医薬品を医師、歯科医師又
は獣医師の処方せんに基かず、又はその指示によらずに、登録されている薬局開設
者、医薬品販売業者、医師、歯科医師又は獣医師以外の者に販売又は授与すること
等を同法四四条七号をもつて禁止し、その違反に対し同法五六条が刑罰を科すべき
ことを規定するのは、元来医薬品であつてもそれが不適当に使用されるときは人の
生命身体等に危害を生ずる種類のものがあり、そして厚生大臣においてかような種
類のものとして指定した医薬品を一般的に自由に販売授与などをさせるときは不適
当に使用せられる虞があるから、かような指定医薬品の不適当使用により不特定多
数人の生命・身体等が危害をこうむることを防止しようとする公共の保健衛生上の
目的にでていること疑をいれない。すなわち、右薬事法四一条七号、四四条七号、
五六条の規定は本来憲法一三条の本旨に従い公共の福祉のために必要なものである
から、指定医薬品を販売授与する等の自由を制約することになつても憲法一三条に
違反するとはいえない。そしてフエニルアミノプロパン、フエニルメチルアミノプ
ロパン及び各その塩類並びにこれらのいずれかを含有する製剤は、前記危害を生ず
る種類のものであり、昭和二五年二月一七日厚生省告示四五号をもつて薬事法四一
条七号の医薬品として指定されたものであるから、原判決がかかる医薬品たる判示
物件を判示の通り販売した被告人Aの判示(一)の所為に右薬事法の各条項を適用
処断したのは正当である。
 (二)次に、昭和二六年七月三〇日施行された覚せい剤取締法にいわゆる「覚せ
い剤」は、これを濫用するときは習慣性を生じ進んで慢性中毒症となり肉体上、精
神上病的状態に陥り、遂には非行、犯罪を犯し、社会公共に危害を及ぼす虞のある
ことは明らかである。従つて覚せい剤取締法が、一方において覚せい剤の適正な使
用の途を開きつつ、法定の資格者以外の者によるその譲渡、譲受等が濫用の因をな
しやすいことに鑑み同法一七条三項をもつて法定の場合の外一般に覚せい剤を譲り
渡し又は譲り受けることを禁止し、同法四一条一項四号をもつてこれが違反に対し
罰則を定めても公共の福祉のために必要なものであるから憲法一三条に違反すると
はいえない。されば原判決が同被告人の判示(二)の所為に覚せい剤取締法の右各
条項を適用処断したのは正当である。
 所論はいずれも理由がない。
 同第二点について。
 フエニルメチルアミノプロパンは、アミノフエニルスルフアミド若くはその誘導
体、ペニシリン、ストレプトマイシン又はこれらの製剤のいずれでもなく、薬事法
四一条七号にいわゆる「その他の医薬品」に該当するものとして昭和二五年二月一
七日厚生省告示四五号をもつて指定せられたものであるから、所論判示のフエニル
メチルアミノプロパンが同条同号に該当することを判示した原判決には、所論のよ
うな理由不備又は擬律錯誤の違法はない。
 同第三点及び被告人Aの弁護人佐佐木祿郎並びに被告人Bの弁護人松岡一章の各
上告趣意について。
 所論はいずれも量刑不当の主張に過ぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
 よつて刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官栗山茂、同斎藤悠輔の被告人Aの弁護人吉田幸太郎の上告趣意
第一点についての少数意見あるほか裁判官全員一致の意見である。
 被告人Aの弁護人吉田幸太郎の上告趣意第一点に対する裁判官栗山茂の少数意見
は、次のとおりである。
 本件のように、被告人が当審で初めて適用罰条の違憲性を主張しても、それは刑
訴四〇五条にいう、高等裁判所がした判決に対し憲法の解釈に誤があることを主張
する場合には当らないこと明であるから、かゝる上告趣意は不適法として排斥せら
るべきものである。刑訴四〇五条に「憲法の違反があること」とは審判の手続が憲
法に反する場合であつて本件の場合でないことはもとよりである。
 多数意見は、原判決が本件において当該罰条を適用したのは同罰条を合憲である
と判断したものであつて、且つ、裁判所は適用法条の合憲性を職権で調査できると
いう論拠に立つている。しかしながら、憲法裁判所でない、わが司法裁判所は、立
法行為が適憲であるか否かを審査し、それを無効とする権限を本質的にはもつてい
ないのであつて、たゞ司法裁判所本来の作用として、具体的争訟事件を処理するに
当つて、当事者から違憲の主張があるのでやむを得ず違憲の審査をするのである。
このことは合衆国の司法裁判所と同じであつて、同国においては裁判所は自発的に
法令の合憲性を審査しない建前となつていて、正式に提起され主張された憲法問題
だけが審議の対象とされるのである(Corpus Juris Secundu
m 一六巻九六節参照)。そもそも違憲法令の審査ということは、極めて重大な結
果を来たすことであつて、裁判所としてはもつとも慎重に行使すべき責務があるの
である。当事者から主張もないのに、法律秩序の根底をなす法令の合憲性を裁判所
自ら進んで審査するというようなことは、裁判所自ら法律秩序の基礎を不安定の状
態におくというそしりを免れないのである。合衆国では、合憲性の判断が事案処理
上絶対に必要でなければ違憲審査権を行使しないというのがその適正な行使の条件
となつている。されば、かりに違憲性が適法に主張されていても、裁判所が他の論
点で本案を処理できる場合には違憲性について判断を与えなくてもよいとされてい
る。(Corpus Juris Secundum一六巻九四節参照)従来行わ
れている訴訟法にいう職権調査というのは憲法の範囲内における適用法令の調査に
限らるべきであつて当事者の主張もないのに、裁判所が自分のイニシヤチブで適用
罰条の合憲性を審査するというが如きは違憲法令審査権の適正な行使でないと非難
してよいであろう。わたくしは、さきにこの趣旨の意見を大法廷判決において述べ
たのである(判例集五巻八号一四二一頁以下、同七巻三号五八二頁以下参照)がこ
の機会に、かさねて適用法条合憲性の職権調査をなすべからざることについて多数
説の誤りを指摘したいのである。
 被告人Aの弁護人吉田幸太郎の上告趣意第一点に対する裁判官斎藤悠輔の少数意
見は、次のとおりである。
 所論は、違憲をいうが、原審で主張、判断がなく、従つて、原判決に刑訴四〇五
条一号後段にいわゆる憲法の解釈に誤がある場合に当るものといえないこと、並び
に、所論は、原審の審判手続が憲法に反し同号前段に規定する「憲法の違反がある
こと」を理由とするものでもないことは栗山裁判官の意見と同一である。
 しかのみならず、所論は要するに、一部の悪用者のため善良なる利用者をしてこ
れを利用することができない結果となり一般国民の自由及び幸福追及に対する権利
は著しく害されるが故に薬事法並びに覚せい剤取締法は憲法一三条に違反する法律
であるというに帰するが、薬事法は、薬事を規正し、これが適正を図ることを目的
とし、覚せい剤取締法は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため
の取締を行うことを目的とし、両法律とも何等所論のように善良な利用者をして覚
せい剤を利用することをできなくするものでないことは明白であるから、所論違憲
の主張は、その前提を欠き採るを得ないものといわなければならない。
  昭和三一年六月一三日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己

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