弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人足立修一作成の控訴趣意書記載のとおりであるか
ら,これを引用する。
1訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は,①被害者は,器物損壊罪として告訴しているのに,検察官は,告
,,訴事実の一部を建造物損壊罪として本件公訴を提起しているところこれは
被害者が,器物損壊罪として罰金刑もあり得る刑罰での処罰を求めたにもか
かわらず,罰金刑のない建造物損壊罪で起訴したものであり,②原判決は,
損壊行為として,公訴事実中の「緑色の塗料を吹き付けて汚損させ,もって
他人の建造物を損壊し」という部分について,訴因変更の手続を経ないで,
「容易に除去することができない緑色の合成樹脂塗料を吹き付けて,美観を
著しく害し,もって他人の建造物を損壊し」と認定して,被告人に不利な不
意打ちの認定をしたものであるところ,これら原審の訴訟手続は法令に違反
しており,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
(1)告訴罪名と起訴罪名との違いについて
本件の告訴状(原審検察官請求証拠番号甲1)と起訴状とを対比し,原審
,,,第1回公判期日における検察官の釈明も合わせると被害者は被告人が
被害者方のタイル塀および車庫のシャッター,門灯,防犯カメラに緑色の
塗料をスプレーで吹き付けて落書きし,もって被害者所有の器物を損壊し
,,,,たという事実で告訴したのに対し検察官は被告人が被害者方の外壁
シャッター,門灯および防犯カメラに緑色の塗料を吹き付けて汚損させた
という事実で公訴を提起し,このうち外壁およびシャッターについては建
造物損壊罪に,門灯および防犯カメラについては器物損壊罪にそれぞれ当
たる旨主張しており,所論指摘のとおり,器物損壊罪の告訴を受けて,そ
の一部については建造物損壊罪として起訴したものである。
しかし,捜査の結果等を踏まえて,告訴状に示された罪名と起訴する際
の罪名とが異なることは,当然あり得ることであって,実務上もしばしば
経験するところである。本件において,器物損壊罪と建造物損壊罪のいず
れで起訴するかの判断は,告訴事実と同一の事実関係を前提として,損壊
の客体が「建造物」であるのか「器物」であるのかという法的評価の判断
,,,に委ねられる問題であるから検察官が器物損壊罪の告訴事実について
,。建造物損壊罪と器物損壊罪とで起訴したことに何ら違法不当な点はない
(2)訴因変更を経なかったことについて
原判決が,本件公訴事実の「外壁,シャッターに緑色の塗料を吹き付け
て汚損させ,もって他人の建造物を損壊し」という部分を「外壁およびシ
ャッターに容易に除去することができない緑色の合成樹脂塗料を吹き付け
て,その美観を著しく害し,もって他人の建造物を損壊し」と認定してお
り,訴因変更手続を経ないで,被害者方の外壁およびシャッターに対する
損壊行為の態様について,訴因と異なる事実を認定したことは,所論指摘
のとおりである。
しかし,原判決が説示するとおり「美観を著しく害する」とは,本件,
における基本的な事実関係に照らし「汚損する」という訴因について,,
より具体的かつ明確に摘示したと解することができる上「緑色の塗料を,
吹き付けて」という訴因に対して「容易に除去することができない緑色,
の合成樹脂塗料を吹き付けて」という事実を認定したことは,訴因に掲げ
られた塗料の性質や種類を,より具体的に認定したに過ぎないというべき
,,ものであって実質的には訴因と異なる事実を認定したものではないから
このような場合,訴因を変更することを要しないというべきである。
(3)原審の訴訟手続に所論の法令違反はない。論旨は理由がない。
2事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について
論旨は,原判決が認定した罪となるべき事実のうち,原判示の被害者所有
の木造セメント瓦葺2階建居宅兼車庫(以下「本件建物」ともいう)の外壁お
よびシャッターに容易に除去することができない緑色の合成樹脂塗料を吹き
付けてその美観を著しく害し,もって他人の建造物を損壊した旨認定した部
分について,①(ア)本件建物の玄関に至る門扉東側の外壁(原判決の見取図
中のX2の部分),門扉西側の外壁(同X5の部分)およびシャッター(同X6
の部分)は,刑法260条前段にいう「建造物」に当たらない(以下「X2部
分」のようにいうことがある),(イ)緑色の合成樹脂塗料を吹き付ける行為
は,刑法260条前段にいう「損壊」に当たらないにもかかわらず,建造物
損壊罪の成立を認めた原判決には,事実の誤認ひいては刑法260条前段の
解釈適用を誤った法令適用の誤りがある,②本件については,軽犯罪法1条
33号の規定によって処罰すべきであり,建造物損壊罪で処罰するのは,刑
の均衡の観点から明らかに不当であり,許されないにもかかわらず,建造物
損壊罪の成立を認めて刑法260条前段を適用した原判決には,法令適用の
誤りがあり,これらの事実の誤認ないし法令適用の誤りが判決に影響を及ぼ
すことが明らかであるというのである。
所論にかんがみ記録を調査して検討するに,原判決の事実認定は,その補
足説明の項において認定説示するところも含めて,おおむね正当として是認
できる。原判決に所論の事実誤認ないし法令適用の誤りはない。以下,所論
に即して補足する。
(1)原判決挙示の関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア本件建物は,昭和63年6月に新築された木造セメント瓦葺2階建の
,,「」居宅兼車庫であり北側および東側は市道(以下それぞれ北側市道
「東側市道」という)に面している。本件建物は,その東側,西側およ
び南側が塀で囲まれているところ,北側は,塀等の構造物がなく,直接
市道に面している。本件建物は,閑静な住宅街の中にある。
本件建物の正面である北側外壁は,薄茶色のタイル張りである。そし
て,本件建物の北東角に玄関があり,玄関と北側市道との間には,奥行
きが3メートル程度の玄関ポーチ,鉄製両開きの門扉および階段3段か
らなる玄関アプローチが設けられている。門扉の西側には,門扉より少
し高い外壁(以下「門扉西側外壁」という)が,北側外壁から北側市道に
向けて伸びている。また,門扉の東側には,門扉西側外壁と平行してこ
れと同じくらいの長さと高さを持つ外壁が設けられ,その外壁は,その
南端で東側に折れ曲がった後,再度南側に直角に折れ曲がり(以下,こ
のクランク状の外壁を「門扉東側外壁」という),玄関ポーチの屋根を
支える支柱状の外壁(以下「支柱状の外壁」という)とつながっている。
,「」門扉西側外壁および門扉東側外壁(以下これらを合わせて本件外壁
ともいう)は,北側外壁と同一の薄茶色のタイル張りであり,それぞれ
の南端は,北側外壁ないし支柱状の外壁と全面的に接合して一体となっ
ている。
本件建物の北側1階部分は,玄関があるほか車庫になっており,その
出入口には,高さ約220センチメートル,幅約257センチメートル
の自動開閉式の白色金属製シャッターが2枚設置されている(以下「本
件シャッター」という)。本件シャッターは,北側外壁と車庫の内壁と
の間に埋め込まれたシャッターレールをスライドして開閉する構造とな
っており,北側外壁のすぐ内側の車庫の天井には,シャッターを巻き上
げた際の収納部および本件シャッターが上下する開口部がある。本件シ
ャッターの収納部および開口部は,北側外壁の内側に密着しており,北
側外壁と一体の構造になっている。車庫の南側奥には,本件建物の屋内
に通じる出入口があり,本件シャッターを閉めると,北側市道と車庫お
よび屋内とは遮蔽される。
イ門扉東側外壁のうち,支柱状の外壁から北側に伸びている部分の東側
の面の直角に折れ曲がる手前の真ん中付近(地上からの高さが約1.3
メートルから約1.6メートル)において,縦約30センチメートル,
横約20センチメートルの範囲に(X2部分),緑色の塗料でアルファベ
ットの「P」の字型をした落書きがされている。門扉西側外壁の西側の
面の中央よりもやや上付近(地上からの高さが約1メートルから約1.
5メートル)において,縦約50センチメートル,横約35センチメー
トルの範囲に(X5部分),緑色の塗料で数字の「6」の字型の落書きが
されている。本件シャッターのうちの西側のシャッターの西端の真ん中
よりやや上付近(地上からの高さが約50センチメートルから約185
センチメートル)において,縦約135センチメートル,横約65セン
チメートルの範囲に(X6部分),緑色の塗料で数字の「8」およびアル
ファベットの「S」の字型がつながったような形,カタカナの「ツ」の
字型の落書きがされている。
これらの落書き(以下「本件落書き」ともいう)は,有機溶剤の成分が
入った緑色のスプレー式合成樹脂塗料が吹き付けられたものであり,本
件外壁および本件シャッターの色が,薄茶色ないし白色であることもあ
って,くっきりと目立っており,北側市道ないし東側市道からよく見え
る状態である。
ウ被害者らは,本件当日午前零時15分ころ,本件落書きに気づいて警
察に被害申告した後,家族4名で,同日午前2時ころから午前3時半こ
ろまでかかって,本件落書きを消す作業を行った。本件落書きは,水を
かけて消すことができないため,市販の落書き落としのスプレーおよび
除光液を丹念にかけ,雑巾でこすってふき取り,約1時間半かかって,
ようやくおおまかに消すことができたものである。
しかし,被害者およびその妻は,塀のタイルの目地などには,今でも
塗料が染み込んで残っており,消すことができない旨供述している。
,,被害者は本件落書きの消去作業を業者に依頼することも検討したが
早期の復旧を優先して,業者に依頼しないで上記作業をした。被害者の
妻は,その際の心情について,こんなひどい落書きをされた自宅を,近
所の人に見せるのは恥ずかしいし,変な噂が近所に流れたら大変だ,一
刻も早く消して,他人の目に触れないようにしなければいけないと思っ
た旨供述している。
エ本件落書きを写真で確認した建設業者によれば,外壁および塀につい
ては,落書き部分だけを溶剤で落とす作業が必要であり,シャッターに
ついては,溶剤により元の塗装が剥げてしまうため全塗装が最低限必要
であるとして,その費用を合計7万円と見積もった。また,この作業に
,,,ついて上記業者は作業後の外観を度外視した最小限度のものであり
見栄えが悪く,通常必要な作業としては,タイル素材の目地に染み込ん
だ塗料を完全に落とすのは困難であるため,タイルを張り替える必要が
あり,その場合の費用は合計10万円強であるという見積もりもした。
(2)刑法260条前段にいう「建造物」該当性について
ア建造物に取り付けられた物が建造物損壊罪の客体に当たるか否かは,
当該物と建造物との接合の程度のほか,当該物の建造物における機能上
の重要性をも総合考慮して決すべきものである(最高裁平成18年(あ)
第2197号平成19年3月20日第一小法廷決定・刑集61巻2号6
6頁)。
これを本件についてみると,2(1)で認定したとおり,本件外壁は,
門扉西側外壁も門扉東側外壁も,その南端において本件建物の一部であ
る北側外壁ないし支柱状の外壁と全面的に接合しており,その接合部分
を取り壊さない限り,本件外壁を分離させることは困難である上,支柱
状の外壁および北側外壁と材質も全く同一であることに照らすと,本件
外壁は,構造上も外観上も,本件建物と一体化しているというべきであ
る。そして,本件外壁は,玄関ポーチを外界から遮断し,玄関ポーチお
よび玄関アプローチの防犯,防風等の機能を果たしているのみならず,
本件建物の出入口として,本件建物の顔ともいうべき玄関の構えの一部
を構成して,外観ないし美観の点からも一定の機能を有している。
したがって,門扉東側外壁および門扉西側外壁は,構造上も外観上も
本件建物と一体化しており,その接合の程度は極めて強く,上記のとお
り,本件建物において一定程度の重要な機能を果たしていると評価すべ
きであるから,刑法260条前段にいう「建造物」の一部であると認め
るのが相当である。
また,2(1)の認定事実によれば,本件シャッターは,本件建物の北
側外壁に密着して取り付けられており,その構造に照らし,容易に取り
外すことができず,本件建物との接合の程度は強いと認められること,
本件シャッターは,居宅兼車庫として建築された本件建物の1階部分に
,,,設けられた車庫の出入口であり居宅ないし車庫と外界との遮断防犯
防風,防音等の重要な機能を果たしていると認められることなどを総合
すると,刑法260条前段にいう「建造物」の一部であると認めるのが
相当である。
,,,,イ所論は①本件外壁は本件建物の構造上建物本体の外壁ではなく
建物本体の外壁から外側に突出している構造物であり,当該部分のみを
はつる作業をしても,建物本体の強度に何ら影響を与えるとは考えられ
ず,原判決が「建造物」と認定しなかった北東側外壁(X1部分)に匹敵
するものである,②本件シャッターは,建物を完全に破壊しなければ取
り外せないということはなく,ビス等を外せば,建物に損傷を与えるこ
となく,取り外すことが可能であるから「建造物」に当たらない旨主,
張する。
所論①については,たしかに,本件外壁は,建物本体の外壁ではない
し,建物本体の強度を補強する機能を有してもいない。しかし,既に説
示したとおり,本件外壁は,構造上も機能上も本件建物と一体化してい
る上,防犯,防風の機能に加え,外観の点からも玄関の構えの一部を構
成して一定の機能を有しているから,所論指摘の点を考慮しても,上記
認定は左右されない。また,関係証拠によれば,北東側外壁(X1部分)
,,はその根元から3分の1程度が支柱状の外壁と接合しているに過ぎず
本件建物との接合の程度が強いとはいえない上,本件建物の東側に設置
された塀と一体となって塀としての機能を有するに過ぎないから,本件
外壁とは,本件建物との接合の程度や機能の重要性が大きく異なり,同
一に論ずることはできない。
,,所論②については2(1)アで認定した本件シャッターの構造に加え
本件シャッターを撮影した写真(実況見分調書原審検察官請求証拠番号〔
甲13に添付された第2号ないし第5号の各写真)を精査してみても,所〕
論のいうように,本件建物に損傷を与えることなく,本件シャッターを
取り外すことができるとは認め難い上,本件シャッターが,防犯,防風
等の重要な機能を果たしていることに照らせば,所論を採用することは
できない。また,所論は,近所への体面を考慮して,本件シャッターを
,,一時的に巻き上げて汚損された部分を隠しておき修繕するときにのみ
これを下に降ろすことができるから,汚損されたのは侵害性が高い部位
とは評価できない旨主張するが,防犯,防風等の本件シャッターの重要
な機能を無視した見解であり,到底受け容れることはできない。
(3)刑法260条前段にいう「損壊」該当性について
ア刑法260条前段にいう「損壊」とは,建造物の本来の効用を滅却あ
るいは減損させる一切の行為をいい,物理的に建造物の全部または一部
を毀損する場合だけではなく,その外観ないし美観を著しく汚損し,か
つ,原状回復に相当の困難を生じさせ,建造物の効用を滅却ないし減損
させたといえる場合には,そのような行為は「損壊」に当たると解する
のが相当である(最高裁平成16年(あ)第2154号平成18年1月1
7日第三小法廷決定・刑集60巻1号29頁参照)。
これを本件についてみると,本件建物は,一般住宅が集った閑静な住
宅街にある居宅兼車庫であるから,人の住居にふさわしい外観ないし美
観を備えているべきものとして建築されたと考えられる。しかも,捜査
状況報告書(原審検察官請求証拠番号甲5)および実況見分調書(同甲13)
によれば,本件建物は,一定の風格のある堂々とした外観を有している
ことが認められ,関係証拠によれば,本件建物は注文建築であり,その
価格も相当高額であったことが認められることにも照らすと,本件建物
は,外観ないし美観にある程度こだわって建築されたことが窺われる。
本件落書きは,このような建物に緑色のスプレー式塗料を吹き付けたも
ので,本件外壁および本件シャッターの色が淡い色であるため,くっき
りと目立っており,北側市道および東側市道からよく見える状態であっ
たこと,本件落書きをした箇所は,本件建物の正面であり,しかも,外
観ないし美観の観点から,最も重要な場所ともいうべき玄関に近い門扉
付近であること,被害者らは,2(1)ウのとおり,ひどい落書きがされ
た自宅を近所の人に見られるのが恥ずかしく,変な噂が近所に流れたら
大変だなどと思い,深夜であるにもかかわらず,家族総出で約1時間半
もかけて本件落書きを消す作業をしたものであり,本件落書きが,本件
建物の居住者である被害者らにとって,そのまま放置して居住すること
が心理的に耐えられない程度のものであったと認められることなどを総
合すると,本件落書きは,その範囲自体はそれほど大きいとはいえない
ものの,本件落書きによって,住居である本件建物が本来備えていた外
観ないし美観が著しく損なわれたと評価するのが相当である。そして,
本件落書きは,水洗いなどで落とすことはできないものであり,落書き
落としのスプレー,除光液,雑巾等を使い,4人がかりで約1時間半も
,,の作業を要したのにそれでも完全に落書きを落とし切ることができず
目地に染み込んだ塗料を全部落として完全に原状回復するためには,タ
イルを張り替えることなどが必要であることなどに照らすと,原状回復
に相当の困難を生じさせたものであると認めるのが相当である。
以上により,被告人が本件落書きをした行為は,本件建物の外観ない
し美観を著しく汚損し,かつ,原状回復に相当の困難を生じさせたもの
であると認められ,本件落書きは,本件建物の効用を減損させたものと
いうべきであるから,刑法260条前段にいう「損壊」に当たると解す
るのが相当である。
イ所論は,いわゆるビラ貼り行為について建造物損壊罪の成否が争われ
た事件に関する最高裁判例を引用し,刑法260条前段にいう「損壊」
とは,建造物の全部または一部の物理的毀損行為と,その他の方法によ
って建造物を全体として評価して,その本来の用法に従った利用を著し
く困難な状態に至らしめる行為をいうと解すべきである旨主張し,さら
に,落書きがされたという理由だけで,住宅を使用できないとは考えら
れないなどとして,外観ないし美観を汚損することによって建造物の効
用を実質的に滅却ないし減損することによって「損壊」とされる場合と
は,物理的な損壊による本質的機能(雨露をしのぎ,その中で生活でき
る構造物であること)の侵害と価値的に同視し得るような性質の行為に
限られる旨主張する。
しかしながら「損壊」の意義については,既に説示したとおりに解,
するのが相当であり,所論の見解は,住居としての建物の備えるべき外
観ないし美観を軽視し「損壊」に当たる行為を過度に限定するもので,
あって,賛同し難い。
また,所論は,③本件落書きが,それなりに大きいものであったとし
ても,美観を損ねたかどうかは主観的なものであり,一義的に美観が損
なわれたと万人が理解するものといえるものではない,④原状回復の困
難性に関し,それほど高価ではない「グラフティーキラー」という落書
き消去剤を使用するならば,再塗装は全く必要なく,本件落書きもすべ
て簡単にきれいに消去し修復できる旨主張する。
しかし,所論③については,2(1)の認定事実によれば,本件落書き
は,被害者とその家族のみならず,通常人の感覚においても,本件落書
きを放置したまま居住を続けることが心理的に耐え難いものであったと
いうことができ,美観を著しく汚損するものであったと評価すべきもの
であって,所論には賛同し難い。
所論④については,既に説示したとおり,本件落書きは,水をかけて
簡単に消去できないことから,被害者とその家族は,本件当時,実際に
入手することができ使用可能であった市販の落書き落としのスプレーお
よび除光液を丹念にかけ,雑巾でこすってふき取り,家族総出で約1時
間半かかって,ようやくおおまかに消すことができたものであり,本件
落書きを完全に消去するには,本件外壁のタイルの張り替えが必要であ
るとされていることに照らし,所論は採用できない。
(4)以上検討したところによれば,被告人が本件外壁および本件シャッタ
ーに緑色の合成樹脂塗料を吹き付けた行為については,建造物損壊罪が成
立するというべきである。
所論は,軽犯罪法1条33号は,他人の家屋その他の工作物を汚した者
を拘留または科料に処する旨規定しているところ,被告人が本件落書きを
した行為は,通常の言葉の意味においては,上記規定に該当すると解する
のが極めて自然であり,建造物を損壊したとは解されない上,懲役5年以
下という重罰の建造物損壊罪で処罰するのは,刑の均衡の観点からいって
も明らかに不当であり,許されない旨主張する。
しかし,既に説示したとおり,被告人が本件落書きをした行為は,刑法
260条前段にいう「損壊」に該当し,建造物損壊罪の成立が認められ,
後述する本件の犯情等に照らすと,同罪と軽犯罪法1条33号とでは罰則
が大きく異なることを考慮しても,被告人を建造物損壊罪で処罰すること
が不当であり許されないなどとはいえない。
(5)そのほか,所論が種々指摘するところを検討しても,原判決に所論の
事実誤認ないし法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
3量刑不当の主張について
論旨は,被告人を懲役9月に処し,その刑の執行を3年間猶予した原判決
の量刑は,重過ぎて不当であるというのである。
所論にかんがみ記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せ検
討する。
本件は,被告人が,他人の住居の外壁,車庫のシャッター,外塀,門灯お
よび防犯カメラに緑色の合成樹脂塗料を吹き付けて,他人の建造物ないし器
物を損壊したという事案である。
被告人は,本件の約3年前に被害者の娘から交際を断られたことや,その
後の対応に腹を立てて,本件以前にも被害者方に落書きをしたことが4回あ
ったところ,大学の夏休みで帰省した際に,腹立ちの感情を思い出し,本件
犯行に及んだものである。その動機は短絡的かつ自己中心的であり,陰湿な
犯行である。被害者とその家族は,深夜に落書きを消す作業を余儀なくされ
ており,被害者らの受けた精神的苦痛は軽視し難く,その処罰感情には厳し
いものがある。たとえ,被告人からみて被害者側の対応に不愉快な点があっ
たとしても,本件犯行を正当化する理由とは到底いえないことは,多言を要
しない。
,,,したがって被告人の刑事責任を軽くみることはできないから被告人が
被害者に対し被害弁償金50万円を支払ったこと,本件を反省し,2度と同
様の行為をしないと誓っていること,被告人の父親が,原審公判で,今後の
被告人の指導監督を誓っていること,原判決後,在籍している大学において
停学処分を受けており,一定の社会的制裁を受けていること,まだ若く前科
前歴がないことなど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,原判
決の量刑は重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のと
おり判決する。
平成19年9月11日
広島高等裁判所第1部
裁判長裁判官楢崎康英
裁判官森脇淳一
裁判官友重雅裕

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