弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告人Aの代理人阿部正一の上告理由は後記書面のとおりである。
 上告理由について。
 所論は、原判決は、被上告人がなんら主張もせず争つてもいないのに、本件小切
手の遡及権保全の要件である支払拒絶宣言につき、適法の形式を具えていないから
その効力がなく、従つて上告人の請求自体失当であるとして、これを排斥したのは、
民事訴訟の当事者主義の原則に違反し且つ大審院の判例に違反するというのである。
記録を調べて見ると、上告人は原審の口頭弁論(記録一八丁)において、本件小切
手金の請求は、「小切手法三九条二号による請求で此の条件を満して遡及権を行使
するものである右事実は甲第一号証の小切手の存在及右小切手に添附の昭和二四年
一月一一日株式会社D銀行E支店長Fの支払拒絶の符箋によりこれを証明する」と
釈明したのであつて、この釈明自体は、本件小切手の支払拒絶宣言は、右附箋にな
されたものであるとの事実上の主張を含むものであるこというを俟たないそれ故原
審は上告人の右主張に基き遡及権行使の要件を具備していないものと判断したので
あつて当事者の主張しない事実を認定したのではないそして被上告人が右事実を認
めたとしても原審はその事実によつて上告人に上告人主張の権利が法律上存在しな
いと判断したときはその旨判示して請求を棄却することは少しも差支ない処である。
されば原判決には所論のような違法もなく、亦所論判例に反する処もない。論旨は
理由がない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官小林俊三の反対意見を除
き、全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。
 裁判官小林俊三の意見は次のとおりである。
 多数意見は、上告理由が、原判決の示した小切手遡及権行使の要件に関する見解
について、攻撃するところなく、単に訴訟法上の違背を主張しているに過ぎないの
で、その主張理由のみによつて、原判決には、所論のような訴訟法上の違法はない
として上告を棄却したのであるが、この訴訟法上の論旨に関する判断については、
私も意見を異にするものではない、しかし、多数意見は、原判決の示した小切手遡
及権行使の要件に関する判断について、これを是認したものであるか否かが明らか
でない。これを是認したものとすれば、次に述べるように反対の意見をもつ。また、
これを是認するしないにかかわらず、上告人が上告理由において、直接この点に関
する主張をしていないかぎり、最高裁判所は、原判決の実体法の解釈に立ち入るべ
きでないという趣旨であるならば、これについても同意することはできない。
 原判決が、小切手の遡及権行使の要件について示した法律解釈は改めらるべきも
のと考える。原判決に、実体法の解釈につき誤りがあつて、それが判決の主文に影
響がある場合は、上告審は、当事者の主張の有無にかかわらず、職権をもつてこれ
を調査し判断する責務があり、このことは、「最高裁判所における上告事件の審判
の特例に関する法律」においても、なんら制限されたものではないと考える。従つ
て本件においては、結局次のような理由により、原判決を破棄して差戻すを相当す
る。
 小切手の遡及権行使の要件として、小切手法三九条二号に定める形式は、附箋で
なく小切手自体にしなければならないという解釈は、主として小切手法に附箋によ
りてなすことを認めた明文がないということであつて、なお小切手の要式の厳格性
ということもその基礎にあるであろう。なお遡れば、小切手法の規定は、小切手に
関し統一法を制定する条約第一附属書に由来するところに根拠をもつと考えられる。
しかし単に文字が、小切手とあるからといつて附箋によることを禁じた明文もない
のであるから、文理上の理由はさして有力であるとはいえない。文理上の理由より、
むしろ、附箋にすることが、何故不適法とされなければならないかの理由が解明さ
れることが必要である。従来取引上、小切手の支払拒絶宣言を附箋に記載すること
がなお行われている理由は、取引上の現実の必要から生じていると認められる。こ
とさらにこの現実を無視して、特に厳格に紙面の狭い小切手自体に記載しなければ
ならないとする格段の理由は認められない。或は附箋は、小切手自体から離れる危
険があるとか、汚損し易いという理由があろうが、それは取引上の必要とか便宜と
かいうことを犠牲にするほどに、事実上有力な根拠であるとは考えられない。要式
の厳格性といえども、要するに小切手の遡及権を確保すること自体が目的であるか
ら、小切手自体に記載しなければ、なんらかこの関係を危くするというような理由
がなければならない。本来商取引に関する法規の解釈は、つとめて取引上のしきた
りを尊重し、特に必要な理由のないかぎり、これを犠牲にすることは避けなければ
ならない。大審院の判例には、小切手自体にすることを必要とする趣旨を示したも
のが、すでに相当以前からあるが(その有力な例として昭和一二年二月一三日判決、
大審院民事判例集一六巻一一二頁)、それでもなお付箋に支払拒絶宣言をする例が
行われているのは、現実の根強い理由を語るものである。本件もその一例に外なら
ない。格段な重要な理由のないのに、形式上の厳格な要件を求めることは、かえつ
て小切手の取引上の利用性を減じ、また安全性を害することになるであろう。すな
わち、小切手法三九条二号の支払拒絶宣言は、小切手の附箋に記載しても、遡及権
行使の要件を具備すると解するを相当とすると考える。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎

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