弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成24年2月23日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを5分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担と
する。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成24年2月23日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告に対し,A4用紙に12ポイントの明朝体活字で作成した別紙
1記載の謝罪文を交付せよ。
3被告は,別紙3記載の配布先に対し,A4用紙に12ポイントの明朝体活字
で作成した別紙2記載の書面を交付せよ。
4訴訟費用は被告の負担とする。
5仮執行宣言
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,社会福祉法人の顧問税理士として原告が行った業務が背任罪に該当
するとして被告が原告を刑事告発し,そのことを被告が設置するホームページ
上に掲載し,被告の主催する社会福祉法人監事等の研修会において,その事実
を記載した紙を配布するなどしたことによって名誉を毀損されたとして,被告
に対し,国家賠償法4条,民法723条に基づき,謝罪文等の交付を求めると
ともに,国家賠償法1条1項に基づき,500万円及びこれに対する平成24
年2月23日(加害行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合によ
る遅延損害金の支払を求めた事案である。
2前提事実(証拠等を掲記した事実のほかは争いのない事実)
当事者等
ア原告
原告は,中国税理士会に所属する税理士である。
イ社会福祉法人A(以下「A」という。)について
Aは,昭和55年10月に保育園の設置経営を目的として設立された
社会福祉法人であり,広島市安佐南区ab丁目c番d号に事務所を置い
ている。Aは,昭和56年4月,広島市安佐南区において,B保育園を,
平成12年4月,同区において,C保育園を,平成14年4月,広島市
佐伯区において,D保育園を,それぞれ開設した。これらの保育所の当
時の指導監督所轄庁は,広島市であった。
また,Aは,平成17年度から平成19年度まで,広島県大竹市に所
在するE保育所の指定管理者となっていたが,平成20年度以降,同保
育所はAの所管となり,F保育所となった。同保育所の指導監督所轄庁
は被告であったが,平成22年度から大竹市となった。
Aの理事長は,平成元年4月1日から平成14年7月4日まではG,
同月5日から平成23年8月25日まではHであった。なお,Gは,平
成14年7月4日,理事を辞任した。
GとHは夫婦であり,Iは両名の子である。Iは,平成10年10月
8日からAの副理事長であり,B保育園の園長であった。
原告は,昭和60年から,Aの税務処理を担当しており,平成9年以
降は,同会の顧問税理士として,税理士業務を行っていた。
ウJ(以下「J」という。)について
Jは,百貨店の従業員であり,平成12年10月8日から平成15年
10月7日まで,Aの監事を務め,理事の業務執行の状況及び法人の財
産の状況を監査するなどの職務に従事していた(甲14,乙53~5
8)。
有限会社Kは,平成15年8月27日に設立されたビルメンテナンス
業,警備業等を目的とする有限会社であり,Jは,同社の代表取締役で
あった(乙28)。
Jによる寄付
Jは,平成13年7月19日,Aに対し,2400万円の寄付をした(以
下「本件寄付」という。)(甲14,乙46,47)。
有限会社KとAの業務委託契約
平成15年9月1日,有限会社Kは,Aと業務委託契約(以下「本件業務
委託契約」という。)を締結した。業務内容は,B保育園,C保育園及びD
保育園に関する施設全般の巡回保安点検(1か月4回),施設内部及び周辺
警備(日曜日及び祝日に限る。夜間は除く。)及び施設の近隣住民からの苦
情の聞き取り・報告・対応等であり,報酬は1施設につき1か月当たり4万
5000円(合計13万5000円),支払時期は当月分を当月末日までに
支払うことが定められていた。Aは,有限会社Kに対し,本件業務委託契約
に基づき,平成15年9月1日以降,毎月13万5000円の報酬を支払っ
ていた(乙2,3,7)。
Aの不正経理問題
平成23年3月頃,被告に対し,Aで不正経理が行われている旨の投書が
された。Aは,被告からの指摘を受け,同年4月,弁護士を構成員とする第
三者委員会を設置し,調査が開始された。同委員会は,同年8月11日,A
に対し,①Gが病気のため理事の職務を遂行していないにもかかわらずAか
ら給与の支払を受けていること,②Gの子であるLは本来の業務とは無関係
なGの介護に従事していたにすぎないにも関わらずAから給与を受け取って
いること,③AにおいてG一族との間で利益相反取引が行われていること,
④Aが,本件業務委託契約に基づき,平成15年9月1日以降,毎月13万
5000円を有限会社Kに支払っているが,Aと有限会社Kとの間の取引は
全く実体のない取引であること等を報告した。
被告による原告の刑事告発
被告健康福祉局地域福祉課課長Mは,平成24年2月17日,被告を代表
して,H,I,J及び原告を背任罪で安佐南警察署長に刑事告発した。原告
に関する告発事実は,Hが,I,J及び原告と共謀して,平成19年4月1
日以降に広島市から支弁される保育所運営費及び平成20年4月1日以降に
広島市及び大竹市から支弁される保育所運営費について,事業費,人件費,
管理費に使途が限定されるにもかかわらず,Aと有限会社Kとの間で実体の
ない業務委託契約を締結し,同社の利益を図る目的で,同社に対して,少な
くとも688万5000円(平成19年4月1日から平成23年6月30日
まで月額13万5000円)を支払い,その任務に背き,もってAに財産上
の損害を加えたというものである(乙1)。
被告による公表
ア原告の刑事告発等に関する書面
被告は,原告の刑事告発等に関して,以下の内容の書面を作成した(甲
1)。
平成24年2月17日付け「社会福祉法人Aの不正経理に係る刑事告
発について」と題する書面(以下「刑事告発書面」という。)
同書面の記載内容は以下のとおりである。
a冒頭に,「本日,平成24年2月17日付けで,安佐南警察署に健
康福祉局地域福祉課長名で,社会福祉法人Aの不正な経理処理に関し
て,前理事長であるH外3名を背任罪(刑法第247条)の疑いで告
発する。」と記載されている。
b「実体のない業務委託契約による不正支出」の標題の下に,被告発
人として「前顧問税理士」という肩書きとともに「N」と原告の実名
が記載され,告発事実として,「Hは,法人への寄附者であるJが代
表を務める有限会社との間で,実体のない警備業務委託契約を締結し,
少なくとも平成19年4月1日から平成23年6月30日まで,合計
6,885,000円を支出してJへ寄附金を返金し,法人に同額の
損害を与えた。このスキームは,IとNが考案した。」との記載があ
る。
c告発理由として「顧問の弁護士とも協議し,悪質であり,明らかに
背任罪に該当すると考えられるものについて告発する。」との記載が
ある。
平成24年2月23日付け「社会福祉法人監事等研修(平成23年1
0月25,27日)の質問に対する回答」と題する書面(以下「質問回
答書面」という。)
同書面の【質問9】の「行政の責任」の質問項目における「Aの不正
経理問題について,行政側にも責任があるのではないか」との質問内容
について,「顧問税理士も不正に加わっており,不正を見抜きにくい事
情もありました。」との回答が記載されている。
イ被告の公表行為
被告は,以下のような態様で,上記アの書面を公表した(以下,これら
を「本件公表」ということがある。)。
研修会での配布
平成24年2月23日,被告は,第2回社会福祉法人監事等研修会
(以下「本件研修会」という。)において,刑事告発書面及び質問回答
書面を本件研修会の参加者に配布した。参加した社会福祉法人は258
法人,参加者は268名であった。また,被告は,本件研修会に欠席し
た者のうち,研修会の配布資料の配布を求めた社会福祉法人関係者に対
しても,刑事告発書面及び質問回答書面を送付した。
広島市に対する書面送付
被告は,広島市に対し,刑事告発書面を送付した。
被告ホームページへの掲載
被告は,平成24年2月23日から同年3月21日まで,被告が開設
するホームページ上に刑事告発書面及び質問回答書面を掲載した。
マスコミ関係者への書面配布
被告は,刑事告発の際に行われた記者会見において,刑事告
発書面を記者数名に対して配布した。
捜査結果について
被告の告発を受け,広島県警察及び広島地方検察庁が,原告を含む被告発
人に対する背任被疑事件につき,捜査を行った。平成24年12月19日,
原告は嫌疑不十分により不起訴処分とされた(甲4,5)。
3争点
本件公表が原告の社会的評価を低下させるものであるか
【原告の主張】
刑事告発書面は,一般の読者の普通の注意と読み方によれば,原告が背任
罪という重大な犯罪行為をしたという印象や,法律の専門家である弁護士が
原告の行為が背任罪に該当することが確実であると断言している以上,原告
が有罪判決を受けることは確実であるという印象を与えるものであるから,
原告の社会的評価を低下させるものである。質問回答書面も,刑事告発書面
を併せて読むと,Aの顧問税理士である原告が不正行為に関与したという事
実を摘示するものであり,原告の社会的評価を低下させるものである。被告
は,刑事告発書面及び質問回答書面を,研修会で配布するとともに被告の開
設するホームページに掲載し,刑事告発書面については広島市に送付したり
マスコミ関係者に配布したりすることにより,原告の社会的評価を低下させ
た。
なお,被告は,広島市に対する書面送付には公然性がないから,社会的評
価を低下させるものでないと主張するが,広島市が自ら監督する社会福祉法
人等に本件告発の事実を伝える可能性は高く,実際に,広島市から社会福祉
法人等に刑事告発書面が送付されているのであるから,原告の社会的評価を
低下させる程度の情報の伝播可能性が十分認められ,公然性は否定されない。
【被告の主張】
刑事告発書面及び質問回答書面のうち,原告のことが記載されている部分
は一部に過ぎず,また,これらの書面は,公表された資料の一部に過ぎない。
資料全体を念頭に置いた場合に,一般の読者の普通の注意と読み方によれば,
刑事告発書面及び質問回答書面は,社会福祉法人については適切な運営が図
られなければならず,場合によっては被告によって指導監査が実施され,そ
の結果によっては刑事告発されることもあることを,実例とともに被告が周
知しようとしているという印象を与えるものでしかない。また,刑事告発書
面に記載されているのは,単なる刑事告発の事実であり,同書面を読んだ者
が,原告が背任罪で有罪判決を受けることが確実であると理解することはな
い。
また,被告の広島市に対する書面送付は,公務所間の情報提供であり,特
定少数人への配布であるから公然性がなく,原告の社会的評価を低下させる
行為には当たらない。
本件公表につき被告に国家賠償法上の違法性及び過失が認められるか
【原告の主張】
ア公共性及び公益目的の有無について
被告がAの顧問税理士に過ぎない原告を告発したとの事実は,一般多数
人の利害に関する事実であるとはいえず,被告が主張する同種事案の再発
防止という目的は,被告が刑事告発を行った旨のみを公表することによっ
ても達成可能である。原告が法的責任を負うことが明確になっていない段
階で,原告の実名を公表する必要性はない。被告が原告の実名を公表した
ことは,被告のAに対する監査が不適切であった点への批判を回避するた
め,殊更に顧問税理士が関与したことを強調し,責任を転嫁しようとする
意図に基づくものであり,公益を図ることを目的とするものではない。
イ背任罪の成否について
本件寄付の際,当時の理事長であったGは,Aのためにすることを示
して,Jに対し,2400万円を出資してもらう代わりに,JをAが経
営する保育園の副園長として迎え,年額800万円の報酬を支払うこと,
Jの配偶者も職員として迎え入れることを約し,Jは,これらの条件を
承諾して本件寄付をした。
本件寄付は負担付贈与であり,その効果はAに帰属する。本件業務委
託契約は,AがJに対する負担を履行することが困難になったことによ
る債務不履行に基づく損害を賠償するために締結されたものである。
仮に,負担付贈与の効果がAに帰属しない場合,Jが負担付きである
ことを前提に贈与を申し込んだが,Aはそのような負担をすることを承
諾しておらず,JとAの間に贈与に関する意思の合致がないから贈与契
約は効力を有しない。そうすると,Aは,法律上の原因なくJから24
00万円の交付を受けたこととなるから,Jに対し,2400万円の不
当利得返還義務を負う。また,Gは,Aの理事長として,Jに対し,寄
付をすれば年額800万円の報酬を支払う旨を説明するとともに,寄付
金は負担を履行することができなくても返還することができない性質の
ものであるという事実を秘し,負担を履行することができなければ寄付
金を返還する旨の虚偽の説明を行い,Jをして,Aが負担を履行するこ
とができなければ寄付金が返還されるものと誤信させ,その結果,24
00万円をAに寄付させ,Jに同額の損害を与えたものであるから,社
会福祉法29条,一般社団法人及び一般社団法人に関する法律78条に
より,AはJに対して同額の損害賠償義務を負う。
いずれにしても,Aは,Jに対し,2400万円を支払う義務を負う。
Aの有限会社Kに対する本件業務委託契約に基づく報酬の支払は,上記
義務の履行として行われたものであり,Aに損害を与えるものではない
から,Aの理事長であるHの行為は任務違背行為に当たらない。
Jに対する返金は,Aの理事長であるHが決定したものであり,原告
がAのJに対する返金に際してスキームを考案したことはない。
原告は,Aから,本件寄付は負担付贈与であると聞いていた。原告は,
2400万円はAからJに返還されるべきものであると考えており,原
告には自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的はな
く,共謀も認められない。
ウ被告の調査検討について
客観的構成要件該当性について
被告は,AとJの間の副園長就任の約束に伴う本件寄付につき,Aが
約束を反故にしたためJから寄付金の返還を求められ,その返還のため
に本件業務委託契約が締結されたことを認識していた。この事実によれ
ば,本件業務委託契約に基づくAの支出は,負担の債務不履行に基づく
損害賠償義務や不当利得返還義務の履行としてされたものであるから,
Aに損害を加えるものではなく,原告に背任罪が成立するものではない
ことは,明らかであった。
被告は,文献等の調査検討をすれば原告に背任罪が成立しないことを
容易に知り得たにもかかわらず,安易に背任罪が成立すると判断して本
件公表に至っているのであり,被告には,本件公表について,国家賠償
法上の違法性及び過失が認められる。
主観的構成要件該当性について
被告は,AとJの間の副園長就任の約束に伴う本件寄付につき,Aが
約束を反故にしたためJから寄付金の返還を求められ,その返還のため
に本件業務委託契約が締結されたことを認識していた。この事実によれ
ば,被告は,原告が上記寄付金はJに返還されなければならないもので
あると考え,Aに損害を与える故意や自己若しくは第三者の利益を図り
又はAに損害を加える目的のないままに行動していた可能性があること
を十分に認識することができた。
被告は,第三者委員会の報告のみを根拠として,原告に故意や自己若
しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的があると判断した
が,第三者委員会による調査は,Aの顧問弁護士が所属しているコンサ
ルタントグループによる単独調査であり,利害関係を有する顧問弁護士
が委員に就任していることから,その中立性には疑問がある。また,第
三者委員会が作成した事情聴取書等には,発言者を特定することができ
ないものが含まれているばかりか,発言者にとって殊更に不利な内容が
発言者の確認(署名押印)を得ることもなく一方的に記載されているか
ら,その内容に信用性は認められない。
被告は,原告に対する事情聴取を行う等の慎重な調査を怠り,上記の
とおり記載内容に信用性がない書面のみに依拠して原告に故意や自己若
しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的があると判断して
本件公表に至っているのであり,十分な調査検討を尽くしたものとは認
められない。したがって,被告には,本件公表について,国家賠償法上
の違法性及び過失が認められる。
【被告の主張】
ア公共性及び公益目的について
社会福祉法人は,社会福祉事業に係る福祉サービスの供給確保を中心と
して担う高い公共性を有する特別な法人であり,税制上の優遇措置や各種
の助成が講じられ,多額の公費が投入される対象であるから,経営の透明
性を確保する必要性が特に高い。社会福祉法人における保育所運営費等の
公的負担金の目的外利用は,厳しく非難されるべきである。被告は,社会
福祉法人による不祥事があったことを受け,福祉サービスの利用者を保護
し,法的責任の所在を明確にするとともに社会福祉法人における同様の不
祥事の再発を防止するという公益上の要請から社会福祉法人関係者に対す
る資料配布,ホームページへの掲載,記者会見におけるマスコミ関係者へ
の資料配付等を行ったものであり,本件公表には公益を図る目的がある。
イ背任罪の成否について
Aの理事長であるHは,Jから本件寄付に係る寄付金の返還を求めら
れたことから,本件業務委託契約に基づく報酬の支払先である有限会社
Kを経由する形で,AからJに寄付金を返還することとしたが,同会の
運営する各保育園の警備等の業務を実際に行っていたのは,セコム株式
会社や広島綜合警備保障株式会社であり,有限会社Kではなかった。同
社は実体のない会社であって,本件業務委託契約は同社の利益を図る目
的で締結された仮装の契約である。
Aは,児童福祉法51条5号により,広島市及び大竹市から保育所運
営費を支弁されているところ,保育所運営費は,事業費,人件費,管理
費に使途が限定されている。また,社会福祉法人に寄付された寄付金は,
保育所運営費以外の使途に支出することができない。Aの理事長は,保
育所運営費を事業費,人件費,管理費以外の使途に支出してはならない
義務を負い,それは寄付金を返還する場合であっても同様であるから,
Aの理事長が法人を代表してJに対して本件寄付に係る寄付金を返還す
る行為は,Aに損害を与える行為であるといえる。
本件業務委託契約が締結された理由は,本件寄付の際にJとGの間で
交わされた,Jを新設予定の保育園の副園長にするという約束が反故に
されたため,JがAに対して寄付金の返還を求めたことにある。しかし,
本件寄付は負担付贈与ではないから,上記のとおりの約束の効果がAに
帰属することはない。仮にJが負担付贈与という真意を秘匿して本件寄
付を行ったとしても,このような心裡留保による贈与の意思表示は有効
であるから,AがJに対し,不当利得返還義務を負うことはない。さら
に,Aの監事であったJは,社会福祉法人に対する寄付が返還を求める
ことができないものであることを知っていたはずであり,また知るべき
であったから,AがJに対して不法行為による損害賠償義務を負うこと
はない。
そうすると,Aは,Jに対し,2400万円の支払義務を負うことは
ないから,Hが,本件業務委託契約に基づく報酬を支払う方法により,
有限会社Kを介してAからJに合計688万5000円を支払わせたこ
とは,Aに同額の損害を加えるものであり,任務違背行為に当たる。
Hは,税務の専門家であり,かつ顧問税理士としてAの経営に深く関
与していた原告の関与なしにこのような仕組みを実行することはできな
かったから,原告がHと共謀してこのような仕組みを考案したことは明
白である。原告は,Aから高額な報酬を得ており,上記のAのJに対す
る支払は,原告がAにおいて顧問税理士として自らの地位保全を図る意
図のもとに行われたものであるから,自己若しくは第三者の利益を図り
又はAに損害を加える目的があることも明らかである。
ウ被告の調査検討について
客観的構成要件該当性について
被告は,Aから委託を受けた第三者委員会による調査を経て作成され
た財務報告書,原告を含む関係者に対する事情聴取書,前理事長に対す
る確認調書等の資料に基づき,本件寄付に係る寄付金の返還について原
告に背任罪が成立すると判断した。
J作成の寄付申込書には,本件寄付について何ら条件は付されておら
ず,また,本件寄付の後に行われたAの理事会において,Jは本件寄付
について何ら発言していないことから,被告は,JとAの間にそもそも
負担付贈与の合意はなく,J自身も負担付贈与がAの理事会で承認され
ていないことを認識していたから,AはJに対して本件寄付に係る寄付
金について何ら返還義務を負わないと判断した上で,寄付金の返還はA
に財産上の損害を加えるものであり,原告には背任罪が成立すると判断
した。被告は十分な調査検討を行っているから,本件公表について職務
上の注意義務違反や過失はない。
主観的構成要件該当性について
第三者委員会は,少なくとも2回,原告から事情聴取をしており,そ
の内容は被告に報告されている。被告は,社会福祉法56条に基づく行
政調査として原告に事情聴取を行うことができたが,これには原告が調
査に応じない場合の罰則規定がなく,原告が不正経理への関与を否定す
ることが予想されたため,事情聴取をしなかった。原告からの事情聴取
の結果がいかなるものであっても,刑事告発書面及び質問回答書面に摘
示された事実は原告の供述以外の資料により認定することが可能であり,
被告は,原告に故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を
加える目的があるとの判断に当たっては,十分な調査検討を尽くしてい
る。
エ以上のとおり,原告には背任罪が成立するのであり,被告は,十分な調
査検討を尽くした上で原告を刑事告発し,公益を図るために本件公表を行
った。被告が本件公表をしたことについて,国家賠償法上での違法性及び
過失はない。
損害の有無及び名誉回復処分の要否
【原告の主張】
ア被告が原告を刑事告発し,そのことを公表したことによって,原告は,
有罪判決を受けることが確実な犯罪者であるとの嫌疑を受け,社会福祉法
人やNPO法人との顧問契約を解約せざるを得なくなるなど,その信用及
び名誉を著しく毀損された。また,本件公表後の被告の不誠実な対応によ
って,原告は多大な精神的苦痛を受けた。原告が受けた精神的損害に対す
る慰謝料の額は,500万円を下らない。
イ原告の名誉を回復させるためには,①被告が原告に対して謝罪文を交付
すること,②被告が刑事告発書面の配布先に対して,刑事告発処分の破棄
を依頼することを求める書面を交付することが必要である。
【被告の主張】
争う。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実に加え,証拠(甲14,15,原告本人及び後掲各証拠)及び
弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
本件寄付までの経緯
アJは,百貨店に勤務していた平成元年頃,Aの理事長であったGと知り合
い,平成5年以降,Gの外商担当を務めるようになった。Gは,Jに対し,
平成8年から平成10年頃,息子でありAの副理事長であるIを紹介した。
イG及びIは,平成10年頃から,Jに対し,「百貨店にいても将来的な展
望はないのでは。」等と言い,Aへの転職を勧誘するようになった。Gらは,
JがAに2400万円を出資すれば,その代わりに,AがJを理事及び幹部
職員(以下「理事等」という。)として採用し,Jに対して年額800万円
の報酬を支払うと提案して転職を勧誘したところ,Jは,これに応じてAに
2400万円を出資すること及びAに転職することを決意した。その際,G
及びIは,Jに対し,Aの経理処理上,2400万円の出資は,寄付金とい
う名目で受け入れるが,この出資は年額800万円の報酬の支払という条件
を伴うものであると説明し,Gは,Jに対し,2400万円の出資と引換え
に年額800万円の報酬を支払うことを約束した。
ウJは,平成12年9月30日,Aの監事に就任した(乙52)。
エJは,平成13年6月1日,広島信用金庫e支店に対し,2450万円の
借入れを申し込んだ。J作成の同日付け借入申込書(甲12)には,Jの自
宅の土地及び建物に対して抵当権を設定すること,G及びIが連帯保証人と
なることが記載されており,資金使途の欄には「Aに対する寄付金」と記載
されている。また,上記申込みに係る貸出金稟議書には,「申込人は現在
(株)そごうに勤務中ですが,今般(社福)Aに転職しD保育園の副園長に
就任すると共に運営費の一部を寄付することを決意され本申込となりました。
年収8,061千円の確約を(社福)Aより得ており返済に不安なし」との
記載があり,貸出金稟議書付表には,「資金使途D保育園への寄付金
(建設資金)24,500,000円」,「(社福)Aの年収予定額は8,
061千円であり,本件借入年間返済額2,030千円を差引後6,031
千円と安定した収入が見込まれます。後日,(社福)Aとの間で最低10年
間の雇用並びに給与保証の覚書を交わすことになっています。(平成13年
6月12日確認)」との記載がある。広島信用金庫e支店は,同年7月17
日,Jに対し,上記申込みに係る貸付けを実行し,G及びIは,連帯保証人
となった。なお,同支店は,Aのメインバンクであり,それまでにJとの間
での取引はなかった。
オAは,平成13年6月18日,広島市長に対し,D保育園の施設整備(創
設)事業のための平成13年度民間社会福祉施設整備費補助金の交付を申請
した。広島市長は,同年7月3日,Aに対し,9526万6000円の交付
を決定した(乙49)。
カAは,平成13年6月18日,広島市長に対し,D保育園の施設整備(初
度設備等)事業のための平成13年度民間社会福祉施設整備費補助金の交付
を申請した。広島市長は,同年7月3日,Aに対し,333万9000円の
交付を決定した(乙50)。
キJは,平成13年7月19日,Aに対し,本件寄付をした(乙46,4
7)。
本件寄付後の経緯
アP(以下「P」という)は,平成13年8月1日,Aに対し,同法人が新
たに経営しようとする社会福祉施設(仮称)D保育園の建設資金等として,
2250万円を寄付した(乙48)。また,Pは,同年9月3日,Aの理事
に就任し,B保育園への勤務を開始した(乙55)。
また,Jによる本件寄付とPによる上記寄付に係る各寄付金は,D保育園
を建設するための敷地の取得資金に充てられた。
イAは,D保育園の設置・設備資金として社会福祉・医療事業団に対し融資
の申込みを行い,平成13年9月14日,9400万円について審査が完了
したとの通知を受けた。
ウAは,平成14年3月27日,広島市長に対し,D保育園の保育所設置認
可を申請した。広島市長は,同日,上記保育所設置を認可した(乙61)。
エAは,平成14年4月1日,広島市佐伯区において,D保育園を開設した。
その後,Pは,D保育園の副園長となり,Pの妻も,事務職員としてD保育
園に就職した。
オ平成14年5月28日に開催されたAの理事会において,本件寄付が承認
された(乙62)。また,Jは,同理事会において,平成12年度の会計監
査について監査を行ったところ,その内容について適正であることを報告し
た。
カ原告は,Aに対し,P及びJから受領した金員の趣旨について確認したと
ころ,2400万円の拠出を受けることを条件にP及びJ並びに同人らの配
偶者を幹部職員として採用することが合意されたとの説明を受けた。
本件業務委託契約締結までの経緯
アAは,PとJを役員に迎え入れたが,保育園の拡充をすることが困難とな
ったため,Jを理事に就任させることが困難となった。そのため,本件寄付
後も,JがAの理事や,同法人が運営する保育園の幹部職員になることはな
く,同法人から報酬の支払を受けたこともなかった。平成15年夏頃,Pは,
原告に対し,Aの意思としてJに寄付金2400万円を返還したいこと,J
からも返還の要請を受けていることを伝えるとともに,Jに対する寄付金の
返還について対応を誤るとAに法的責任が生じる可能性があるから,会計上
のことなどについて相談に乗ってほしいと要請した(乙23,24)。
イ平成15年7月頃,Aの理事長であるHは,Jに対し,2400万円の出
資の代わりにJをAの理事等に就任させ,年額800万円の報酬を支払うと
の約束を解消し,2400万円を返還したいと申し入れた。その面談の際は,
理事のIと顧問税理士の原告が同席していた。面談では,一括での返還は困
難であることから,月額25万2000円を10年間支払うことによって,
Jが広島信用金庫からの借入れの際に負担する利息相当額を含めた金額の返
還を受けるということが大筋で合意された。
ウ原告は,Jが,自宅の不動産に抵当権を設定して金融機関から資金を借り
入れた上で,Aに対して2400万円を出資したにもかかわらず,AがJを
幹部職員として採用するという約束を守らなかったのであるから,同法人は,
Jに対して2400万円を返還しなければならず,Jに対して2400万円
を返還しなければ,Jから損害賠償を求める訴訟が提起される可能性がある
と考えていた。原告は,上記イの面談の際,税務面が問題にならない方法と
して,①H及びIが個人的に返済する,②AがJを非常勤職員として雇い入
れ,給料を支払う,③AがJに業務を委託して委託料を支払う,という3つ
の案を提案した。その際,②及び③の案については,業務実態が全くない状
態は避ける必要があると助言した。その後,Aは,検討の結果,③の案を選
択した。
エJは,平成15年8月,Aに対し,監事を辞任する旨の辞任届を提出した。
同年12月11日の理事会において,Jの辞任を受けて新たな監事が選任さ
れた(乙59,60)。
オJは,平成15年8月27日,有限会社Kを設立し,同社は,同年9月1
日,Aとの間で本件業務委託契約を締結した(乙7,28)。
もっとも,Aは,平成5年2月12日,セコム株式会社に対し,B保育園
の警備業務を委託していた。また,同法人は,平成12年2月24日から平
成22年4月3日までの間は,セコム株式会社に対し,平成22年4月3日
以降は,広島綜合警備保障株式会社に対し,C保育園の警備業務を委託して
いた。さらに,同法人は,平成14年2月28日,広島綜合警備保障株式会
社に対し,D保育園の警備業務を委託し,平成19年2月28日,同社との
間で警備機械設備の賃貸借契約を締結した(乙8~12)。
第三者委員会による調査等
ア第三者委員会の設置
Aは,平成23年4月14日,理事会を開催し,不正経理問題の調査のた
めに第三者委員会を設置することを可決した。第三者委員会は,Q法律事務
所,株式会社Qビジネスサポート,日比谷監査法人から構成されており,平
成23年7月1日及び同年8月11日に財務調査報告書を作成した。Aの顧
問弁護士であるR弁護士は,Q法律事務所に所属していた(甲7,乙2,3,
13)。
イ第三者委員会の調査
第三者委員会は,H,S,I,J及び原告に対する事情聴取を行った。I
に対する聴取記録(乙23,24)には,2社を経由してJに支払うスキー
ムを考えたのはIと原告である旨が記載されている。もっとも,いずれの聴
取記録についても,事情聴取を受けた者に対して記載内容を確認した旨の記
載はなく,事情聴取を受けた者の署名押印もない(乙19~26)。
また,J及び原告に対する聴取記録(乙19)及び原告に対する聴取記録
(乙26)の中には,本件寄付の経緯や,JとAとの間の約束の内容につい
ての記載はあるが,①JがAに対して寄付金の返還を求めた経緯や,この問
題についての同法人の理事又は職員からの説明内容,②AがJに対して寄付
金を返還すべきであると原告が判断した理由,③本件業務委託契約の締結へ
の原告の関与の有無,④本件業務委託契約が警備業務としての実態を有しな
い契約であることについての原告の認識の有無などについての記載はない。
第三者委員会作成の財務調査報告書(乙2,3)には,Aが有限会社Kと
の間で締結した本件業務委託契約について,①「実際に当該業務を実施した
ことはなく,成果物もないとのことである。」,②「一連の取引は,取引実
態が全くなく,N会計の話によれば,H氏,I氏,J氏,及びN会計が構築
したスキームであり」との記載があるが,広島県のHに対する事情聴取の記
録(乙14)及び第三者委員会の上記の関係者に対する事情聴取の記録(乙
19~27)には,原告が上記①の事実を認識していたことや,原告が上記
②の発言をしたことを示す記載はない。
また,上記財務調査報告書(乙2,3)には,本件寄付が負担付きのもの
であるか否か,AがJに対して本件寄付に係る寄付金の返還義務や,寄付金
と同額の損害賠償義務を負うか否かについての具体的な問題点,検討された
内容,第三者委員会の見解及びその理由などについての記載はない。
ウ被告の第三者委員会に対する質問及び同委員会からの回答
被告は,第三者委員会に対し,本件業務委託契約が架空のものであると判
断した理由等について質問し,株式会社Qビジネスサポートは,平成24年
2月9日,被告に対して回答書(乙30)を送付した。同回答書には,「J
氏のインタビューから,G氏となら一緒に仕事をしてもいいとのことでした
が,亡くなられてはAに興味がなくなったのではないかと思います。寄付し
た理由は園で働く代わりに寄付をしたのではないかと思います。当初,fの
保育所の入札で園を増やす予定もあったと聞いています。園で働くのをやめ
たので寄付金も返して欲しいのではないでしょうか。または,Aとして働く
場所がなくなったので返金に至ったのではないでしょうか。返金に至った経
緯は詳しく聞いていません。」との記載があるにとどまり,①JがAに対し
て寄付金の返還を求めたことについての理事又は職員からの説明内容,②A
がJに対して寄付金を返還すべきであると判断した理由,③本件業務委託契
約の締結への原告の関与の有無,④本件業務委託契約が警備業務としての実
態を有しない契約であることについての原告の認識の有無などについての記
載はない(乙30)。
エ被告による調査について
Aにおける不正経理問題の発覚から本件公表に至るまでの間に,被告が原
告に対して直接に事情聴取を行ったことはない。
社会福祉法人の会計基準
厚生労働省が定めた社会福祉法人の会計基準には,以下の定めがある(乙
63)。
第31条基本金には,社会福祉法人が事業活動を継続するために維持すべ
きものとして収受した次の金額を計上するものとする。
一社会福祉法人の設立並びに施設の創設及び増築等のために基本財産等
(固定資産に限る。)を取得すべきものとして指定された寄附金の額
(以下省略)
第32条社会福祉法人が社会福祉事業の一部又は全部を廃止し,かつ前条
に規定する基本金組入れの対象となった基本財産又はその他の固定資産が廃
棄され,又は売却された場合には,当該事業に関して組み入れられた基本金
の一部又は全部の額を取り崩すものとする。
2争点1(本件公表が原告の社会的評価を低下させるものであるか)について
一般読者の普通の注意と読み方を基準とすれば,刑事告発書面は,①Hが
Aの代表者として締結した実体のない警備業務委託契約を通じてJに寄付金
を返還し,これによってAに損害を与えたとの事実(以下「摘示事実①」と
いう。),②実体のない警備業務委託契約を締結するというスキームを考案
したのはAの顧問税理士である原告であるとの事実(以下「摘示事実②」と
いう。)及び③Aの不正な経理処理に関して,原告を背任罪の疑いで告発し
たとの事実(以下「摘示事実③」という。)を摘示するとともに,原告の行
為が背任罪に該当するとの法的見解を表明したものであると認めることがで
きる。そうすると,摘示事実①及び摘示事実②は,一般読者に対し,原告が
実体のない警備業務委託契約を締結するスキームを考案することを通じてA
に損害を与える行為に加担したという印象を与えるものであり,また,摘示
事実③及び法的見解の表明は,原告の上記行為が背任罪に該当するものであ
り,刑事責任を追及される可能性があるという印象を与えるものであるから,
原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。
また,刑事告発書面とともに交付された質問回答書面は,一般読者の普
通の注意と読み方を基準とすれば,顧問税理士である原告がAの不正経理
問題に関与していたために被告が不正を見抜くことが困難であったとの事
実(以下「摘示事実④」という。)を摘示するものであると認められる。
そうすると,摘示事実④は,一般読者に対し,顧問税理士である原告がA
の不正経理に加担したため,不正経理の発覚が困難になったとの印象を与
えるものであるから,原告の社会的評価を低下させるものであると認めら
れる。
そうすると,①被告が平成24年2月23日に開催した本件研修会の参
加者に対し,刑事告発書面及び質問回答書面を配布した行為,②被告が平
成24年2月23日から同年3月21日まで,被告が開設するホームペー
ジ上に刑事告発書面及び質問回答書面を掲載した行為,③被告が原告を背
任罪の疑いで刑事告発した際の記者会見において記者数名に対して刑事告
発書面を配布した行為は,いずれも原告の社会的評価を低下させる行為で
あると認められる。
原告は,広島市が自ら監督する社会福祉法人等に本件告発の事実を伝え
る可能性が高いから,広島市に対する書面送付についても,公然性があり,
名誉毀損行為に該当すると主張する。
しかし,被告が広島市に対し,刑事告発書面を広島市が監督する社会福
祉法人等に配布するように指示したり依頼したりしたことや,広島市が刑
事告発書面を広島市が監督する社会福祉法人に配布したことを認めるに足
りる証拠はないから,原告の上記主張は採用することができない。
被告は,刑事告発書面及び質問回答書面は,資料全体を念頭に置いた場
合に,社会福祉法人については適切な運営が図られなければならず,場合
によっては被告によって刑事告発されることもあることを,実例とともに
被告が周知しようとしているという印象を与えるものでしかない,刑事告
発書面に記載されているのは,単なる告発の事実であり,同書面を読んだ
者が,原告が背任罪で有罪確実であると摘示した文章であると理解するこ
とはないから,原告の社会的評価を低下させるものではないと主張する。
しかし,上記のとおり,刑事告発書面及び質問回答書面は原告の社会
的評価を低下させるものというべきであるから,被告の上記主張は採用す
ることができない。
3争点2(本件公表につき被告に国家賠償法上の違法性及び過失が認められる
か)について
行使する一環として本件公表をしたことが認められる。そうすると,本件公
表が国家賠償法1条1項の違法なものか否かの評価は,本件公表が職務上通
常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然となされたと認め得るような事
情がある場合に限り,違法であると評価されることになると解される(最高
裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863号,最高裁
平成11年1月21日第一小法廷判決・集民191号127頁参照)。
以下においては,被告が本件公表をするに当たり,職務上通常尽くすべき
注意義務を尽くさなかったかどうかについて検討する。
背任罪の客観的構成要件該当性について
ア前提事実2及び前記1オの認定事実によれば,①Aは,Jが代表取
締役を務める有限会社Kとの間で,B保育園,C保育園及びD保育園の巡
回保安点検や施設内部及び周辺の警備等を内容とする本件業務委託契約を
締結し,平成15年9月1日以降,同社に対し,月額合計13万5000
円の報酬を支払っていたこと,②ところが,Aは,B保育園,C保育園及
びD保育園のいずれについても,セコム株式会社や広島綜合警備保障株式
会社との間で警備業務委託契約を締結しており,有限会社Kは実際には警
備業務を行っていなかったことが認められる。
これらによれば,本件業務委託契約は,警備業務を委託する契約として
の実体を有していなかったということができる。Aの理事長であったHが
同法人を代表して本件業務委託契約を締結し,報酬を支払ったことは,任
務に背き,同法人に対して損害を加えたことに該当する余地があるという
べきである。
イしかし,前記1イ,エ,キ,ア,エ,アないしウ,オの認定事実
によれば,①Aの理事長であったGは,Jに対し,Aに2400万円を出
資すれば,AがJを理事及び幹部職員として採用し,Jに対して年額80
0万円の報酬を支払うことを約束したこと,②Jは,平成13年7月19
日,Aに対し,本件寄付をしたこと,③ところが,Jは,Aの理事や同法
人が運営する保育園の幹部職員になることはなかったこと,④そのため,
Jは,Aに対し,本件寄付に係る寄付金2400万円の返還を求めるよう
になったこと,⑤Aの理事長であるHは,平成15年夏頃,Jに対し,上
記①の約束を解消して2400万円の寄付金を返還したいと申し入れたこ
と,⑥その結果,HとJとの間で,AがJに対して月額25万2000円
を10年間支払うことによって,Jが広島信用金庫からの借入れの際に負
担する金利相当額を含めた金額の返還を受けることが大筋で合意されたこ
と,⑦その具体的方法として,AがJの設立した会社である有限会社Kと
の間で業務委託契約を締結し,報酬を支払うことにより,実質的に,同法
人がJに対して上記寄付金の一部を返還したことが認められる。
これらの事実関係や,JがGとの間で金融機関から借入れをしてまで2
400万円もの多額の金員を無条件で寄付するほどの人的関係を有してい
たことを窺わせる証拠はないことからすると,JとGとの間で交わされた
JがAの理事等に就任する旨の約束は,本件寄付の条件となっており,本
件寄付は負担付贈与であったものと認められる。したがって,上記負担付
きの贈与とする合意の効果がAに帰属するにもかかわらず,AがJに対し
て理事等に就任させる義務を履行しない場合には,AがJに対して債務不
履行に基づき2400万円の損害賠償義務を負う余地がある。反対に,上
記負担付きの贈与とする合意の効果がAに帰属しない場合であっても,意
思表示が合致しないために贈与契約は効力を有しないとして,同法人がJ
に対して不当利得に基づき2400万円の返還義務を負う余地や,Aの代
表者理事長であったGの勧誘行為が不法行為を構成するとして,同法人が
Jに対し,社会福祉法29条,一般社団法人及び一般社団法人に関する法
律78条により,2400万円の損害賠償義務を負う余地がある。
そうすると,AがJに対して本件寄付に係る寄付金2400万円につい
て,上記のとおりの損害賠償義務又は不当利得返還義務などの私法上の義
務を負う場合において,当該義務の履行として,Jに対し金員を支払った
場合には,その行為自体は同法人に損害を加えるものではないから,Aの
代表者理事長として当該支出をさせたH及びこれを共謀したとされる原告
に全体財産に対する罪と解される背任罪が成立しない可能性が十分に考え
られる。
ウ本件寄付の申込書(乙46)及び領収証(乙47)並びにAの平成13
年度の会計監査の報告がされた理事会の議事録(乙62)には本件寄付が
負担付贈与である旨の記載はなく,その他,被告がAに対して通常の指導
監督をしていた際に同法人からJの同法人に対する本件寄付が負担付贈与
である旨の報告を受けたことを窺わせる証拠はないから,上記イの事実関
係は,被告が本件寄付の経緯について調査しなければ把握することができ
ないものであると考えられる。
しかしながら,証拠(乙23,26)によれば,①Iは,第三者委員会
による事情聴取において,Jとの約束が反故になったから寄付金の返還を
した,有限会社Kを経由する仕組みについては自分と原告で決めたと供述
したこと,②原告は,第三者委員会による事情聴取において,有限会社K
の件については,当初の約束で,AからJに対し10年間にわたり返金す
おり,株式会社Qビジネスサポートの被告に対する回答書(乙30)には,
本件寄付の理由について,Aが設置運営する保育園で働く代わりに寄付を
したのではないかと思われるとの記載がある。これらによれば,被告は,
Aの有限会社Kに対する実体のない業務委託契約に基づく金員の支払につ
いて,JのAに対する本件寄付を端緒とするものであることを容易に把握
することができたということができる。
そうすると,被告が原告を背任罪の疑いで刑事告発し,その事実を公表
するに当たっては,本件寄付の経緯について調査検討を尽くすべきであっ
たというべきである。
エこれを本件についてみると,
委員会から本件寄付に係る寄付金の返還の経緯について関係者に対する詳
しい事情聴取をしていないとの報告を受けたが,被告が自ら又は第三者委
員会を通じて本件寄付の経緯についてAの理事,職員やJに対する事情聴

の顧問税理士である原告に対して直接に事情聴取をしたこともなかったこ
とが認められる。被告は,必要な調査をすることなく,原告には背任罪が
成立すると判断して原告を刑事告発し,本件公表に及んだことが認められ
るのであるから,被告は,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかっ
たということができる。
オこの点について,被告は,①J作成の寄付申込書には何ら条件を付され
ていないから本件寄付が負担付きのものとは認められない,②Jからの寄
付金は,社会福祉法人が社会福祉事業の一部又は全部を廃止し,かつ基本
財産が廃棄又は売却された場合にしか取り崩すことができない1号基本金
として組み入れられるものであるから,制度上,寄付金の返還は不可能で
あり,Jは,そのことを認識していたし,認識すべきであったから,負担
付贈与の合意は存在しないし,そのような合意の効果はAに帰属しない,
③Jは,Aの将来に不安を感じ,自らの意思で同法人への就職をやめたの
であり,負担付贈与の合意があったとしても,合意により解消されたもの
といえるから,同法人がJに対して損害賠償義務又は不当利得返還義務を
負うことはなく,そうである以上,寄付金の返還が同法人に損害を与える
ものであることは明らかであると主張する。
Gは,Jに対し,24
00万円の出資は経理処理上寄付金として受け入れるが,この出資は年額
800万円の報酬の支払という条件を伴うものであると説明し,出資の条
件として年額800万円の報酬を支払うことを約束したこと,②JがAの
理事等に就任することがなかったため,同法人の理事長であるHは,Jに
対し,2400万円の出資の代わりにJを同法人の理事等に就任させ,年
額800万円の報酬を支払うとの約束を解消し,2400万円を返還した
いと申し入れたことが認められる。これらによれば,Jによる本件寄付の
意思表示が負担付きのものでなかったということはできないし,Jが本件
寄付に係る寄付金の性質について返還を求めることができない性質のもの
であると認識していたとは認められない。そうすると,AがJに対して損
害賠償義務や不当利得返還義務などの法的義務を負う余地があり,寄付金
の返還が同法人の全体財産を減少させるものであることが明らかであると
いうことはできないから,被告の主張は採用することができない。
カ被告は,Hは,税務の専門家であり,かつ顧問税理士としてAの経営に
深く関与していた原告の関与なしに業務委託契約に基づく報酬の名目で寄
付金を返還する仕組みを実行することはできなかったから,原告がHと共
謀してこのような仕組みを考案したことは明白であると主張する。
HとJが面談した際,税務
面が問題にならない寄付金の返還の方法として3つの方法を提案したこと
が認められるが,原告がこれらのうちの1つを選択するよう意見を述べた
り,Hが本件業務委託契約を締結する方法を採用する旨の意思決定をする
に当たり,原告が関与したことを窺わせる証拠はない。また,原告が同法
人の理事会に書記として出席していたこと(乙31ないし43)は,顧問
税理士として通常行う範囲の業務と考えられるから,原告が理事会に出席
していたからといって,原告が同法人の経営に深く関与していたことを推
認することはできず,他に原告が同法人の経営に深く関与していたことを
認めるに足りる証拠はない。したがって,被告の上記主張は採用すること
ができない。
背任罪の主観的構成要件該当性について
アの認定事実によれば,①Aの理事長であったHのほ
か,理事のP及びI,顧問税理士の原告は,いずれも本件寄付の条件とな
っていたJの理事等への就任が実現されなかったため,同法人はJに対し
て寄付金2400万円を返還しなければならず,その返還に応じなければ
Jから法的責任を追及される可能性があると考えていたこと,②Aは,J
に対して実質的に寄付金2400万円を返還するため,Jが設立した法人
である有限会社Kとの間で本件業務委託契約を締結し,報酬の名目で金員
を支出したことが認められる。そうすると,Hと原告は,いずれも,本件
業務委託契約に基づく報酬の支出により実質的に寄付金を返還することが
Aに損害を加える行為であると認識しておらず,背任罪についての故意や
自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的を有していた
とは認められないという余地が十分にあったといえる。
イ前記において認定判断したとおり,被告は,原告を背任罪の疑いで
告発し,その事実を公表するに当たっては,本件寄付の経緯や原告が認識
していた事実関係について調査検討を尽くすべきであったというべきであ
る。
ウしかし,本件においては告は,本
件寄付の経緯について,職務上通常尽くすべき調査検討を尽くさなかった
ということができる。また,イ認定のとおり,第三者委員会の財
務調査報告書(乙2,3)及び原告に対する事情聴取記録(乙19,2
6)には,①JがAに対して寄付金の返還を求めた経緯や,この問題につ
いての同法人の理事又は職員からの説明内容,②AがJに対して寄付金を
返還すべきであると原告が判断した理由,③本件業務委託契約の締結への
原告の関与の有無,④本件業務委託契約が警備業務としての実体を有しな
い契約であることについての原告の認識の有無などは記載されていない
(なお,被告の質問に対する株式会社Qビジネスサポート作成の回答書
(乙30)には,本件業務委託契約締結に至った経緯について第三者委員
会の意見が記されているにとどまり,事実関係を調査した結果は記載され
ていない。)。さらに,被告は,原告に対して
直接の事情聴取をしなかったことが認められる。これらによれば,被告は,
原告に故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的
があったかどうかついて調査検討を尽くさなかったということができる。
エこの点について,被告は,社会福祉法56条に基づく行政調査には罰則
規定がなく,原告が関与を否定することが予想できたこと,第三者委員会
の提出資料から原告の認識について認定が可能であったことから事情聴取
を行わなかったと主張する。
しかし,前記ウで判断したとおり,第三者委員会の調査において収集さ
れた資料は,原告に背任罪の故意や自己若しくは第三者の利益を図り又は
Aに損害を加える目的があったかどうかを検討するに当たり十分なもので
あるということはできない。被告の上記主張は,前記ウの判断を左右する
ものではない。
まとめ
以上検討したところによれば,Aの理事長が同法人を代表して本件業務
委託契約を締結し,これに基づいて報酬を支出させたことは,Aに損害を
加えるものであるとは認められないという余地が十分にあり,また,原告
に背任罪の故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える
目的があったとは認められないという余地が十分にあり,被告は,原告を
背任罪の疑いで刑事告発し,その事実を公表するに当たっては,本件寄付
の経緯や原告が認識していた事実関係について調査検討を尽くすべきであ
ったにもかかわらず,被告は原告の顧問税理士としての活動が背任罪の客
観的構成要件及び主観的構成要件に該当するかどうかについて,職務上通
常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件公表を行ったというこ
とができる。公務員が職務上の告発義務を負うこと(刑事訴訟法239条
2項)は,上記の判断を左右するものではない。したがって,被告が本件
公表をしたことは,国家賠償法1条1項所定の違法なものと評価するのが
相当である。また,上記の認定判断によれば,被告には過失があると認め
られる。よって,被告は,原告に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害
賠償責任を負う。
3争点3(損害の有無及び名誉回復処分の要否)について
損害について
証拠(甲15,原告本人)によれば,原告は,本件公表により精神的苦
被告が刑事告発書面
及び質問回答書面を本件研修会で配付し,ホームページに掲載したこと,
記者会見においてマスコミ関係者に刑事告発書面を配布したことにより原
告が背任行為を行ったとの事実が相当程度流布したと考えられること,本
件公表は,原告が税理士としての職務を行うに当たり犯罪行為を行ったこ
とを内容とするものであり,原告の職業上の信用を毀損するものであると
いうことができること,その他本件に顕れた諸事情を考慮すれば,原告の
受けた精神的苦痛に対する慰謝料の額は300万円と認めるのが相当であ
る。
名誉回復処分の要否について
本件訴訟において,本件公表が違法であるとの判断を示し,被告に対し
て300万円の損害賠償を命じることにより原告の社会的評価を相当程度
回復することが可能であるということができる。したがって,上記金額の
損害賠償とともに名誉回復処分としての謝罪文等の交付を命じる必要があ
るということはできず,名誉回復処分としての謝罪文等の交付を命じるこ
とが相当であるということはできない。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,300万円及びこれに対する平成24年2月
23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由が
あるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用
の負担について民事訴訟法64条本文,61条を適用して,主文のとおり判決
する。
広島地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官龍見昇
裁判官田中佐和子
裁判官岡部絵理子は,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官龍見昇

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弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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