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裁判例


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判決
主文
1被告は,原告に対し,4217万1939円及びこれに対する平成30年2
月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求をいずれも棄却する。5
3訴訟費用はこれを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担と
する。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求10
1被告は,原告に対し,1億5305万7168円及びこれに対する平成30
年2月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告に対し,平成30年2月1日から別紙物件目録記載2の建物の
明渡し済みまで1か月162万円の割合による金員を支払え。
第2事案の概要15
本件は,原告が,被告に建物の一部(4階から6階まで)を賃貸していたとこ
ろ,被告は賃貸借契約の終了後に約定の原状回復工事をしておらず,それゆえ目
的物返還義務も履行していないと主張して,被告に対し,①約定の原状回復義務
の不履行に基づく損害賠償請求(うち一部は予備的に約定の修繕義務の不履行に
基づく損害賠償請求)として,原状回復工事費用相当の損害金1億5305万720
168円及びこれに対する平成30年2月1日(賃貸借契約終了の日の翌日)か
ら支払済みまで商事法定利率(平成29年法律第45号による改正前の商法に基
づくもの)年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,②目的物返
還義務の不履行に基づく損害賠償請求として,同日から賃借部分の明渡し済みま
で1か月162万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める事案である。25
1前提事実(証拠〔枝番号を特記しない場合は枝番号を含む。以下同じ。〕等
を掲記した事実以外については,当事者間に争いがない。)
(1)当事者
ア原告は,不動産賃貸等を業とする株式会社である。
イ被告は,スポーツジムの経営等を業とする株式会社である。
(2)本件建物5
本件建物は,昭和59年12月に建築された,地上6階・地下1階の建物
である。
本件建物の4階から6階まではスポーツジム仕様となっており,このうち
5階部分は,その新築当時から,長さ25mの屋内プール(以下「本件プー
ル」という。)及びその付属施設となっていた(甲1,12)。10
(3)昭和61年の賃貸借契約
ア株式会社O(以下「O」という。)は,昭和61年2月1日,株式会社
P(後に商号を株式会社Qに変更。以下,商号変更の前後を通じて「Q」
という。)との間で,OがQに対して本件建物のうち4階,5階,6階及
びその当該階階段室,エレベーターシャフト部分,エレベーター機械室並15
びに地下機械室の一部を以下の約定で賃貸する旨の賃貸借契約(甲5。以
下「昭和61年契約」という。)を締結した。
賃貸期間昭和61年2月1日から昭和79年(平成16年)11月3
0日まで
賃料基礎賃料月額257万2000円及び補助賃料月額84万920
700円(合計月額342万1700円)
敷金3215万円
原状回復賃借人は,造作,間仕切その他の設備及び賃借人所有の物件
を撤去する。
イ有限会社R(以下「R」という。)は,平成14年6月26日,本件建25
物を購入し,昭和61年契約に係る賃貸人の地位を承継した(甲1)。
ウQは,昭和61年契約の終了に伴い,同年8月頃,本件建物を明け渡し
た(乙7,弁論の全趣旨)。
(4)平成16年の賃貸借契約
アRは,平成16年11月12日付けで,株式会社S(以下「S」とい
う。)との間で,RがSに対して本件建物のうち別紙物件目録記載2の部5
分(4階,5階,6階及び当該階階段室。4階以上の躯体・プールの天
井・屋根を含む。以下,併せて「本件賃借部分」という。)を以下の約定
で賃貸する旨の契約(甲6。以下「平成16年契約」という。)を締結し
た。
賃貸期間平成17年3月1日から平成24年2月28日まで10
賃料月額150万円
敷金1050万円
イ平成16年契約の契約書には,以下の条項があった(甲6)。
「第14条(原状回復)
1期間満了,解約,解除等により本契約が終了したときは乙〔判決15
注:借主〕は速やかに本件建物内に設置した造作,間仕切その他の
設備及び乙所有の物件を乙の費用をもって撤去する。
2,3〔略〕
4本物件を乙が甲〔判決注:貸主〕に返還明渡す状態はスケルトンと
する。但し,甲乙間で協議・合意した場合はこの限りではない。20
5原状回復工事は甲乙協議のうえ,甲の指定業者で行なうものとす
る。」
(以下,このうち4項の規定を「本件スケルトン条項」という。)
ウ株式会社T(以下「T」という。)は,平成17年7月15日,Rから
本件建物を購入し,平成16年契約に係る賃貸人の地位を承継した(甲25
1)。
エ原告は,平成17年9月22日,Tから平成16年契約に係る賃貸人の
地位を承継した(甲7)。
(5)平成24年の賃貸借契約
ア原告とSは,平成24年2月28日,平成16年契約の期間満了に伴い,
同日付け賃貸借契約(甲2。以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し5
た。
本件賃貸借契約の内容は,賃貸借期間を新たに平成24年3月1日から
平成31年2月28日までとし,特約事項として駐車場の提供等に関する
規定を削除したほかは,本件スケルトン条項も含めて平成16年契約と同
一であった。10
イ被告は,平成25年4月30日,Sから吸収分割の方法によりスポーツ
事業を譲り受け,本件賃貸借契約に係る賃借人の地位を承継した(乙6,
弁論の全趣旨)。
(6)本件賃貸借契約の終了
被告は,平成29年7月28日,原告に対し,本件賃借部分から平成3015
年1月31日限り退去し,同日をもって本件賃貸借契約を中途解約する旨の
解約通知(甲3)をした。
これにより,本件賃貸借契約は同日限りで終了し,被告は同日,原告に対
し,本件賃借部分の鍵を返却した。
2争点20
(1)原状回復義務の不履行に基づく損害賠償請求(請求の趣旨第1項)
ア本件プール及びその配管類の撤去義務の有無
イ本件スケルトン条項の公序良俗違反の有無
ウ原状回復義務等の不履行による損害額
(2)目的物返還義務の不履行に基づく損害賠償請求(請求の趣旨第2項)25
ア目的物返還義務の不履行の有無
イ目的物返還義務の不履行による損害額
第3当事者の主張
1争点(1)ア(本件プール及びその配管類の撤去義務の有無)について
(原告の主張)
本件スケルトン条項には「返還明渡す状態はスケルトンとする」と記載され5
ていたのであるから,被告は,当該条項に基づき,本件プール及びその配管類
を全て撤去する義務を負う。このことは,以下の点からも明らかである。
(1)一般に,「スケルトン」とは,建築物の主要構造部分(基礎,柱,外壁,
屋根等)のみの状態を意味するものと理解されており,被告においてもその
意味は明らかであった。10
(2)本件スケルトン条項のない昭和61年契約と比べると,平成16年契約及
び本件賃貸借契約では賃料及び敷金が大幅に減額され,中途解約料も敷金相
当額の範囲にとどめられるなど,賃借人の初期費用及び賃料負担が軽減され
ていた。これは,当時の賃貸人であるRにおいて,将来,賃貸借契約の終了
に伴って本件賃借部分が明け渡されれば,老朽化のため次の賃借人を誘致す15
るのが極めて困難となることから,賃借人に本件プール及びその配管類の撤
去義務を負わせることとし,その反面,賃料等を減額したものに他ならない。
(3)本件賃貸借契約の終了の際,原告が本件プール及びその配管類を全て撤去
する旨の工事内容を提案したところ(甲4),被告の担当者はこれを受諾し
て協議を進めていた。20
(被告の主張)
本件スケルトン条項に基づく原状回復義務には,本件プール及びその配管類
を全て撤去することまでは含まれない。そもそも,これらは本件建物の構造物
と不可分一体となっており,その撤去は「スケルトン」工事の範囲を超える上,
平成16年契約の締結当時,退去時にこれらの撤去を要する旨の説明はなく,25
重要事項説明書(乙5)にもそのような記載はなかったのであって,これらを
撤去するとの合意は存在しなかった。
この点につき原告は種々の主張をするが,以下のとおり,いずれも失当であ
る。
(1)原告は「スケルトン」とは建築物の主要構造部分のみの状態を意味すると
主張するが,「スケルトン」とは,不動産賃貸業界においては通常は内装設5
備がない状態を意味するのであり,必ずしも原告の主張するような定義で確
立している概念ではない。
(2)原告は,平成16年契約では賃料等が減額されており,これは賃借人が本
件プール及びその配管類の撤去義務を負うためであると主張する。
しかし,昭和61年と平成16年とでは,本件建物の築年数や近隣地の地10
価の下落など,賃料額をめぐる客観的事情が大きく変化していたのであって,
賃料の減額等のみをもって原状回復義務に関する当事者の意思を推認するこ
とはできない。
(3)原告は,本件賃貸借契約の終了の際,原告が建築物の主要構造部分のみの
状態にまで回復する旨の工事内容を提案したところ,被告の担当者はこれを15
受諾して協議を進めていたと主張する。
しかし,被告の担当者は,原告側から「退去の機会に躯体のみにすること
を考えているため,作業項目を全て反映した見積書を一旦作成し,その上で
原状回復に係る項目を抜き出すこととしたい。」旨の説明を受けていたもの
であって,被告が工事費用の全て負担を受諾したことはない。20
2争点(1)イ(本件スケルトン条項の公序良俗違反の有無)について
(被告の主張)
仮に被告の原状回復義務が原告の主張どおりとなるのであれば,その根拠と
なる本件スケルトン条項は不意打ちに基づくものであり,公序良俗に反するか
ら,同条項は民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)25
90条により無効となる。
(原告の主張)
争う。被告の主張は,不意打ちに基づく合意であるから公序良俗に反すると
いうものにすぎず,理由がない。
3争点(1)ウ(原状回復義務等の不履行による損害額)について
(原告の主張)5
(1)上記1のとおり,被告の原状回復義務は本件プール及びその配管類などの
各種設備を全て撤去し,建築物の主要構造部分(基礎,柱,外壁,屋根等)
のみの状態にするというものであって,原状回復義務の不履行による原告の
損害は,以下のとおり1億5305万7168円となる。
ア原状回復工事費用1億3914万2880円(税込〔消費税8%〕)10
別紙主張整理表の「原告の主張」欄及びその右の「金額」欄記載のとお
り,原状回復工事費用として,上記金額の損害が生じた(なお,このうち
屋根板金工事及び排煙窓工事については,予備的に修繕義務の不履行に基
づく損害を主張している。)。
イ弁護士費用1391万4288円15
原告が原告訴訟代理人弁護士に委任をせずに損害の回復を図ることは困
難であり,これに要する費用のうち少なくとも損害額の1割に当たる13
91万4288円が債務不履行と相当因果関係を有する損害となる。
ウ上記ア及びイの合計1億5305万7168円
(2)仮に,被告の原状回復義務が,内装設備のない状態や借りた時の状態に復20
する義務にとどまるとしても,その場合の原状回復工事費用は,別紙主張整
理表の「予備的主張額」欄及び「予備的主張額の補足説明」欄記載のとおり,
7048万5797円(税込〔消費税10%〕)となる。
(被告の主張)
(1)原状回復費用については争う。その概要及び被告の主張する金額は,別紙25
主張整理表の「被告の主張」欄及びその右の「金額」欄記載のとおりである。
(2)弁護士費用については争う。仮に被告が債務不履行責任を負うとしても,
弁護士費用は債務不履行と相当因果関係のある損害には含まれない。
4争点(2)ア(目的物返還義務の不履行の有無)について
(原告の主張)
賃貸借契約の終了に伴う賃借人の目的物返還義務は,債務の本旨に従った履5
行を要するものであり,賃貸借契約の解釈において原状回復義務の履行が重要
な事項となっている場合や,賃貸人にとって新たな賃貸借契約の締結に支障が
生じるなど重大な原状回復義務違反が賃借人にある場合には,鍵等を返却して
退去したとしても,債務の本旨に従った履行とはいえない。
本件において,被告は本件賃借部分の鍵を返却しているものの,原状回復工10
事の実施を拒否し続けており,これにより原告は新たな賃貸借契約の締結をな
し得ず,賃料収入を断たれているのであって,被告には重大な原状回復義務違
反がある。
したがって,被告には目的物返還義務の不履行がある。
(被告の主張)15
被告は,本件賃借部分の鍵を原告に返却しているのであって,目的物返還義
務を履行している。
この点につき原告は,被告に重大な原状回復義務違反があると主張する。し
かし,被告はその原状回復義務の範囲で原状回復工事の準備を行い,原告に工
事への協力を求めるなど,履行の提供をしていたのであって,目的物返還義務20
について債務不履行責任を負ういわれはない。
5争点(2)イ(目的物返還義務の不履行による損害額)について
(原告の主張)
原告には,被告の目的物返還義務の不履行により,原状回復工事の完了まで
1か月当たり賃料相当額162万円(税込)の損害が生じている。25
(被告の主張)
否認ないし争う。被告に原状回復義務の不履行があるとしても,原状回復が
されれば直ちに新たな賃借人が現れるとは考え難いのであって,契約期間満了
日の翌日以降から直ちに賃料相当損害金が発生するとはいえない。
そもそも,①被告は中途解約金1050万円を支払っていること,②本件賃
借部分の耐用年数は31年と考えられ,その価値自体も相当程度低くなってい5
ること,③被告は鍵の返却後,本件賃借部分への立入りを禁じられていること,
④本件建物の現在の所有者はTであって,原告ではないこと(甲1),⑤原告
は退去後1年が経過しても工事に着手せず,賃借人の募集もしていないこと,
⑥原告は,何らの根拠も示さないまま,被告が到底応じられない請求をしたの
であって,それゆえ協議が不調に終わったこと,⑦本件賃借部分を借りた時の10
状態に復すだけでも新たな賃貸借契約をなし得ることなどを考慮すると,月々
162万円もの賃料相当損害金が発生するとの原告の主張は,失当というべき
である。
第4当裁判所の判断
1認定事実15
当事者間に争いのない事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の
事実が認められる。
(1)本件建物の概要
本件建物は,昭和59年の新築時から,4階から6階までがスポーツジム
仕様となっており,このうち4階はロビー,フロント,ロッカールーム及び20
複数のスポーツ練習場,5階は本件プール及びその付属施設,6階はトレー
ニング室及びロッカー室となっていた。
5階の新築当時の平面図は別紙5階平面図のとおりであり,本件建物の設
計の段階で既に屋内プール(本件プール)及びその付属施設(シャワー室,
サウナ室,機械室,事務室等)として設計されていたものであって,5階部25
分の床面の大半は当時から本件プールとなっていた。
また,本件建物においては,その新築時から,本件プールのための配管類
が地下から5階まで設置されていた(甲4,12,13〔写真番号35ない
し43〕,38)。
(2)平成16年契約及び本件賃貸借契約の各締結
アQは,平成16年8月頃,本件プール及びその配管類を残置したまま,5
本件建物の4階から6階までの賃借部分を明け渡した(乙7)。
イSは,平成16年夏頃,本件建物の4階から6階までの部分につき,本
件プール及びその配管類が設置されたままの居抜き状態になっていること
を知り,同部分の賃借を検討し,同年11月,Rとの間で平成16年契約
を締結した。10
同契約の賃貸借契約書(甲6)には本件スケルトン条項が設けられてい
たが,同条項にいう「スケルトン」が具体的に何を意味するのかを示す規
定はなく,また契約締結に際して仲介業者からSに交付された重要事項証
明書(乙5)にも,原状回復工事の内容や範囲について特段の記載はなか
った(証人V〔4頁〕,甲6,乙5,7)。15
ウ原告とSは,平成24年2月28日,平成16年契約の期間満了に伴い,
これとほぼ同内容の本件賃貸借契約を締結した(前提事実(5)ア)。
(3)平成29年7月以降のやり取り
ア被告は,平成29年7月28日,原告に対し,本件賃借部分から平成3
0年1月31日限り退去し,同日をもって本件賃貸借契約を中途解約する20
旨の解約通知(甲3)をした(前提事実(6))。
イ上記解約通知を受けて,原告及び管理業者のU株式会社(以下「U」と
いう。)は,被告に対し,平成29年8月30日,退去期限の平成30年
1月31日までに原状回復工事を行うよう求める旨の書面(甲4)を送付
した。25
上記書面には,「基本原則スケルトン渡しとする」と記載された上,原
状回復工事の内容として多数の工事が挙げられていたが,その中には本件
プール及びその配管類の撤去も含まれていた。もっとも,上記書面には,
工事費用の見積額についての記載はなかった(甲4)。
ウ原告,U及び被告は,平成29年9月から12月にかけて,原状回復工
事の費用負担等について協議をした。原告は上記イの原状回復工事の費用5
につき全て被告の負担とするよう求めたが,被告は工事の範囲や費用の相
当性を争い,結局,最終的な合意には至らないまま退去期限の平成30年
1月31日を迎えた(甲23〔2,3頁〕,24,46,乙8〔2ないし
5頁〕,11〔2,3頁〕)。
(4)本件貸借部分からの退去等10
被告は,平成30年1月31日,原告に対し,本件賃借部分の鍵を返却し
た(前提事実(6))。
被告はロッカー等の残置物は撤去したが,特段の原状回復工事は行ってお
らず,本件賃借部分には各種の造作,内装,機械設備等が残存している(甲
13)。15
2争点(1)ア(本件プール及びその配管類の撤去義務の有無)について
(1)原告は,本件スケルトン条項に基づき,賃借人たる被告には本件プール及
びその配管類を全て撤去する義務があると主張する。
(2)しかし,本件スケルトン条項は,「本物件を乙が甲に返還明渡す状態はス
ケルトンとする。」というものにすぎず,このような包括的・抽象的な条項20
のみで,長さ25mもの屋内プールである本件プールや,地下から5階にま
で及ぶ配管類につき,賃借人がその全て撤去する具体的義務を負うとの合意
をしたというのには,疑問を差し挟まざるを得ない。
そもそも,「スケルトン」という用語についてみるに,「内装工事で造作さ
れた全てのものを解体・撤去するだけでなくエアコンや電気配線,排気ダク25
トなど全ての設備も取り外し,建物の構造体以外何もない状態に戻すことを
言います。」(甲43)や「建築の場合は躯体を意味し,普通はコンクリート
躯体をいう。」(甲47)などとする例もあるものの,他方で「店舗物件を探
している場合に出てくる『スケルトン』は,店舗の内装状態が無い状態の事
をいいます。」(乙4)とする例もあるのであって,必ずしも一義的とはいい
難い。5
しかも,本件において原告が主張しているのは本件プール及びその配管類
の全ての撤去であるところ,本件プールは長さ25mというサイズのもので
あり,本件建物の設計段階から建物に組み込まれ,5階部分の床面の大半を
占めている上,また,その配管類も地下から5階にまで及ぶというものであ
る。そうすると,その賃貸人及び賃借人の双方においては,これらを全て撤10
去するには相当な規模の工事が必要となり,費用も高額となることが容易に
想定し得るというべきであって(現に原告は,本訴において,5階部分の解
体工事費用その他の設備工事費用として合計数千万円もの費用を主張してい
る。別紙主張対照表参照),仮に賃借人に撤去義務を負わせ,撤去費用を全
て負担させるという意図を有しているのであれば,後の紛争を防ぐため,賃15
貸借契約書において,端的にそのような条項,すなわち賃借人には退去時に
本件プール及びその配管類を撤去する義務があるとの個別具体的な条項を明
記するのではないかといわざるを得ない。
しかるに,平成16年契約の契約書にはそのような規定は何ら設けられて
いないばかりか,Sの担当者であるVは,平成16年契約の締結の際,退去20
時に行う工事の範囲等についての説明は特になかった旨証言し(証人V〔9,
18,19頁〕),この証言を覆すに足りる証拠はなく,他に平成16年契約
の締結の際に本件プール及びその配管類の撤去の話が出たことをうかがわせ
る証拠も見当たらない。また,平成24年の本件賃貸借契約の締結の際にも,
そのような話が出たとは証拠上うかがわれず,原告の担当者自身,原状回復25
の話は一切話題に上らなかったと陳述している(甲32〔2頁〕)。
加えて,仮に本件プールが平成16年契約の締結の際に新たに設置された
というものであれば,賃借人においてこれを撤去し,もって契約前の状態に
復する義務があると解する余地もないわけではないが,前述のとおり,本件
プールは本件建物の設計段階から建物に組み込まれており,昭和59年の本
件建物の新築時から存在していたものであって,従前の賃借人であるQも,5
本件プール及びその配管類を撤去せず,居抜きの状態にしたまま退去してい
たところである。
したがって,平成16年契約及び本件賃貸借契約の当事者において,賃借
人が退去時に本件プール及びその配管類を撤去する義務を負うとの合意をし
たものとは認め難いのであって,本件スケルトン条項による原状回復義務に10
は,これらの撤去までは含まれないものと解するのが相当である。
(3)この点につき原告は次のとおり主張するが,いずれも採用することができ
ない。
ア原告は,昭和61年契約と比べると,平成16年契約の賃料等は減額さ
れており,これは賃借人が退去時に本件プール及びその配管類を全て撤去15
するものとされていたことの証左である旨主張する。
確かに,昭和61年契約では賃料が月額342万1700円,敷金が3
215万円とされ,さらに中途解約料は解約年次に従って2375万40
00円から2億1378万6000円の間で定められていたのに対し(甲
5〔第15条〕),平成16年契約では,賃料が月額150万円,敷金が120
050万円とされ,さらに中途解約料は敷金相当額とされている(甲6
〔第12条〕)。
しかし,昭和61年契約が締結されたのは本件建物が新築されてからわ
ずか約1年後のことであるのに対し,平成16年契約が締結されたのはそ
こから18年以上も後のことであって,不動産としての本件建物の価値は25
相当低減していたものといわざるを得ない。しかも,本件建物の近傍の土
地の地価は,平成10年には28万円/㎡であったのに対し,平成16年
には13万8000円/㎡,平成17年には11万7000円/㎡にまで
下落していたところである(乙3)。加えて,昭和61年契約の賃貸人で
あるOは,自ら本件建物の建築費用を負担したものであるため(弁論の全
趣旨),これを賃料収入によって補う必要があったのに対し,平成16年5
契約の賃貸人であるRは,新築時から約18年後の平成14年に本件建物
を購入したものであって(なお,破産手続中の会社から購入している。甲
1),賃料収入によって建築費用を補う必要があったわけでもない。
この点につき原告は,平成16年契約の賃料額は本件建物内の他の物件
と比べても低い水準であるとも主張し,これに沿う書証(甲15)を提出10
する。しかし,本件建物内の他の物件は,飲食店(地下1階,1階),事
務所(2階),塾(3階)などとして利用されており(甲13〔写真番号
1ないし6〕参照),賃貸面積も約26㎡から約335㎡程度でしかない
のであって,25mもの屋内プールを備えたスポーツジムとして利用され,
その賃貸面積も約2017㎡に及ぶ本件賃借部分とは,その広さも利用目15
的も大きく異なる。
したがって,原告の上記各主張は,いずれも採用することができない。
イ原告は,本件賃貸借契約の終了の際,原告が本件プール及びその配管類
を全て撤去する旨の工事内容を提案したところ,被告の担当者はこれを受
諾して協議を進めていたと主張し,これに沿う陳述書(甲23〔2頁〕)20
を提出する。
しかし,被告の担当者は明確にこの事実を否定しているし(乙8〔2,
3頁〕),原告提出の議事録(甲24)によっても,被告の担当者の発言は,
単に「内容については,おおむね了解」というものにすぎないのであって,
本件プール及びその配管類の撤去を積極的に認めたというものではない。25
そもそも原告による工事内容の提案書(甲4の2)には,42の居室それ
ぞれにつき建築工事,電気設備工事及び機械設備工事が多数羅列されてい
る一方,その工事費用については何ら記載がないのであり,この提案書を
受領した被告の担当者の態度のみをもって,原告被告間において本件プー
ル及びその配管類の撤去に関する具体的合意が形成されたとか,被告にお
いてこれを受諾していたなどと断ずるのは困難である。5
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5)以上によれば,争点(1)イについて判断するまでもなく,被告は本件プー
ル及びその配管類の撤去義務を負わないのであって,この点に関する原告の
主張は理由がない。
3争点(1)ウ(原状回復義務等の不履行による損害額)について10
被告に本件プール及びその配管類の撤去義務まではないとしても,本件賃貸
借契約(本件スケルトン条項を含む。)に基づく原状回復義務自体はあるとこ
ろ(前提事実(4)イ〔第14条1項〕参照),被告はその履行期である平成30
年1月31日までに特段の原状回復工事を行わなかったのであるから(前記1
(4)),上記原状回復義務は,期限の徒過により,同義務の不履行に基づく損害15
賠償債務に転化したものと解される。
これによる原告の損害額は,以下のとおり認められる(別紙認容額一覧参
照)。
(1)原状回復工事費用について
ア解体工事2663万1265円20
(ア)仮設工事667万8560円
a内部棚足場仮設工事0円
上記工事は,天井及び屋根の補修を行うために本件プールの底面に
足場を組むための設置費用であるところ,後記(ウ)及び(エ)のとおり,
天井及び屋根の補修は原状回復義務の範囲に含まれないから,上記工25
事も原状回復義務の範囲に含まれない(原告も,予備的主張額は0円
としている。)。
bプール資材搬入用足場118万2810円
上記工事は,工事資材搬入のため本件プールの底面に足場を組むも
ので,後記各工事に伴って必要と認められるから,原状回復義務の範
囲に含まれるものと解される。そして,同工事については118万25
810円を要するとの見積書(甲9〔5頁〕)が提出されており,当
該記載の信用性を否定すべき事情は認められないから,工事費用とし
て同額を認めるのが相当である。
c4階外部資材搬入用84万6010円
上記工事が原状回復義務の範囲に含まれることは被告も自認してい10
るところ,同工事については84万6010円を要するとの見積書
(甲9〔6頁〕)が提出されており,これは被告が取得した見積書の
金額とも符合するから(乙2〔5頁〕),工事費用として同額を認める
のが相当である。
d正面側看板撤去用足場80万7400円15
上記工事が原状回復義務の範囲に含まれることは被告も自認してい
るところ,同工事については80万7400円を要するとの見積書
(甲9〔7頁〕)が提出されており,これは被告が取得した見積書の
金額とも符合するから(乙2〔6頁〕),工事費用として同額を認める
のが相当である。20
e南面側看板撤去用足場,北・東面側看板撤去用足場221万31
00円
原告は上記工事につき合計221万3100円を要するとの見積書
(甲9〔8,9頁〕)を提出するところ,被告は,当該工事が原状回
復義務の範囲に含まれること自体は争わないものの,これは外部看板25
撤去費用(後記(イ)b)に含まれる旨主張する。しかし,看板撤去と
足場の設置自体は別個の工事としてなされるものであるから,上記見
積書に基づき,工事費用として同額を認めるのが相当である。
f仮囲い工事94万1740円
上記工事が原状回復義務の範囲に含まれることは被告も自認してい
るところ,同工事については94万1740円を要するとの見積書5
(甲9〔10頁〕)が提出されており,これは被告が取得した見積書
の金額(87万5740円)とも大きく異ならないから(乙2〔9
頁〕),工事費用として94万1740円を認めるのが相当である。
gその他申請費68万7500円
当事者間に争いがない。10
(イ)解体工事1533万5000円
a4階解体工事,5階解体工事,6階解体工事1460万円
原告は,主位的に,本件プールの撤去が原状回復義務の範囲に含ま
れる場合の4階ないし6階の解体工事費用として合計3898万円を
主張するが,上記2で説示したとおり,本件プールの撤去は原状回復15
義務の範囲に含まれないから,上記主張はその前提を欠く。
他方,原告は,予備的に,本件プールの撤去が原状回復義務の範囲
に含まれない場合の4階ないし6階の解体工事費用として1460万
円を主張するところ,この額については被告も自認している。
したがって,これらの工事費用として1460万円を認める。20
b外部看板撤去73万5000円
上記工事が原状回復義務の範囲に含まれることは被告も自認してい
るところ,同工事については73万5000円を要するとの見積書
(甲9〔22頁〕)が提出されており,これは被告が取得した見積書
の金額とも符合するから(乙2〔21頁〕),工事費用として同額を認25
めるのが相当である。
(ウ)塗装工事221万2440円
a屋上電気配管撤去部塗装0円
上記工事は,屋上の冷暖房設備その他の設備(甲13〔写真番号1
0ないし17〕)を撤去した後に撤去部分の塗装をするというもので
あるが,単なる設備の撤去にとどまらず,撤去後の跡の部分につき塗5
装するというのは,原告の主張する「スケルトン」の定義(建築物の
主要構造部分のみの状態を意味するというもの。前記第3,1(原告
の主張)(1)参照)をも超えた,本件建物のリフォーム工事であると
いわざるを得ない。
したがって,上記工事については,原状回復義務の範囲に含まれな10
い。
b5階外周壁塗装20万4840円
上記工事は,5階の壁面にある「W」とのロゴ(甲13〔写真番号
38〕)を塗装により覆い隠すものであるところ,当該ロゴは被告の
スポーツジムの名称であり(弁論の全趣旨),平成16年契約の締結15
後に描かれたものであることが明らかであるから,原状回復義務の範
囲に含まれるとするのが相当である。そして,同工事については20
万4840円を要するとの見積書(甲9〔25頁〕)が提出されてお
り,当該記載の信用性を否定すべき事情は認められないから,工事費
用として同額を認めるのが相当である。20
c5階天井鉄骨塗装0円
上記工事はプール天井の鉄骨及びダクト(甲13〔写真番号35,
36〕)の塗装工事であり,経年劣化に係る補修というべきものであ
って,原状回復義務の範囲に含まれるとはいえない。
dA階段塗装,B階段塗装,その他塗装166万0400円25
上記工事は,A階段,B階段等の壁面に施された赤色のペイント
(甲13〔写真番号33,34,49,65〕)を塗装によって覆い
隠すものであるところ,当該ペイントはSないし被告によって施され
たものと認められるから(被告も明らかに争わない。),原状回復義務
の範囲に含まれるとするのが相当である。そして,同工事については
合計166万0400円(A階段42万2440円,B階段117万5
7960円,その他6万円)を要するとの見積書(甲9〔27ないし
29頁〕)が提出されており,このうちA階段及びB階段については
被告が取得した見積書の金額とも符合するから(乙2〔23,24
頁〕),工事費用として同額を認めるのが相当である。
e仮設費34万7200円10
見積書(甲9〔30頁〕)記載の内訳のうち,階段塗装用足場につ
き25万円全額を認め,その余の工事費用36万円につき上記aない
しdの費目に係る請求額に対する認容額の割合(1,865,420÷6,927,4
80≒27%)を乗じた額を認めるものとして,以下のとおり34万72
00円を認めるのが相当である。15
(算定式)250,000+360,000×0.27=347,200
(エ)板金工事0円
原告は,破損した屋根に金属板ないし金属製の付属物を取り付ける工
事が必要であるとして,①主位的に原状回復義務の不履行に基づき,②
予備的に賃借人の修繕義務の不履行に基づき,1128万5000円の20
損害賠償を請求している。
しかし,本件建物の屋根の破損は単なる経年劣化である可能性を否定
することができない上,そもそも上記工事は,単なる付属物の撤去とは
異なり,新たに付属物を取り付けるというものであって,原告の主張す
る「スケルトン」の定義をも超えた,本件建物のリフォーム工事である25
といわざるを得ない。したがって,上記①の主位的請求は,理由がない。
また,目的物の修繕義務は基本的には賃貸人が負うのであり(民法6
06条1項),この点につき本件賃貸借契約では「乙〔判決注:賃借
人〕の責任と負担において維持,管理,修理,保守する」との規定があ
るものの(甲2〔第10条1項〕),これは単に,賃貸人の修繕義務を免
除したものにすぎないとも解されるのであって(最一小判昭和43年15
月25日・裁判集民事90号121頁参照),本件において,経年劣化
の可能性もある上記破損につき,1128万5000円もの費用を要す
る修繕義務を賃借人に負わせるというのは,相当とはいい難い。したが
って,上記②の予備的請求は,理由がない。
(オ)その他の工事78万円10
a4階資材搬入用開口撤去,開口養生,開口復旧,復旧部取合外壁補
修,復旧部新規塗装,4階侵入防止柵取付78万円
上記各工事は,工事資材の搬入につき,内階段やエレベーターによ
ることができないため,4階北東の開口扉部分を利用することとし,
開口扉を撤去し,その後の復旧等を行うための工事であって,原状回15
復義務の範囲に含まれるとするのが相当である。そして,同工事につ
いては合計78万円を要するとの見積書(甲9〔33頁〕)が提出さ
れており,当該記載の信用性を否定すべき事情は認められないから,
工事費用として同額を認めるのが相当である。
この点につき被告は,これらの工事費用は上記(イ)の解体工事費用20
に含まれている旨主張するが,上記見積書上はこれらが区別して記載
されているのであって,被告の主張は採用することができない。
b屋上機械架台跡防水補修0円
上記工事は,エアコンの架台(甲13〔写真番号10,11〕)の
撤去に伴い,撤去部分に補修工事を行うものであるが,単なる架台の25
撤去にとどまらず,撤去後の跡の部分につき補修工事を行うというの
は,原告の主張する「スケルトン」の定義をも超えた工事であるとい
わざるを得ない。
したがって,上記工事については,原状回復義務の範囲に含まれな
い。
(カ)法定福利費162万5265円5
上記費目は,社会保険料の事業主負担分である法定福利費について,
その支払を確保するため,見積書においてもその内訳を明示することと
して記載されたものであって(甲9〔2頁〕,17),工事に必要な費用
として,被告の債務不履行と因果関係を有する損害と認められる。そし
て,法定福利費については,工事費2500万6000円(上記(ア)な10
いし(オ)の合計)に労務比率43.33%及び保険率15%(甲16
〔1枚目〕)を乗じることによって算定されるところ,本件の解体工事
に係る法定福利費は,以下のとおり,162万5265円と認められる。
(算定式)25,006,000×0.4333×0.15≒1,625,265
イ電気設備工事474万6000円15
(ア)幹線設備工事,電灯設備工事,コンセント設備工事345万900
0円
原告は,幹線設備工事につき153万円,電灯設備工事につき147
万4000円,コンセント設備工事につき45万5000円を要すると
の見積書(甲9〔35ないし39頁〕)を提出する。20
これに対し,被告は,上記各工事費用は相当ではないと主張し,幹線
設備工事につき126万1000円,電灯設備工事につき93万600
0円,コンセント設備工事につき34万3000円を要するとの見積書
(乙2〔27ないし32頁〕。甲9と同一業者)を提出する。
これらの見積書の相違は,幹線設備については既設電灯盤・動力盤,25
電灯設備については非常灯及び誘導灯,コンセント設備については一部
のコンセントの各撤去を行うか否かによるところ(乙2〔40,41
頁〕参照),被告の主張によっても「スケルトン」とは内装設備がない
状態をいうのであるから(前記第3,1(被告の主張)(1)参照),上記
各設備の撤去については原状回復義務の範囲に含まれるというべきであ
る。5
そして,他に,原告提出の見積書記載の金額につき,その信用性を否
定すべき事情は認められないから,工事費用として同見積書記載の合計
345万9000円を認めるのが相当である。
(イ)弱電設備工事45万3000円
当事者間に争いがない。10
(ウ)自火報設備工事83万4000円
上記工事が原状回復義務の範囲に含まれることは被告も自認している
ところ,同工事については83万4000円を要するとの見積書(甲9
〔42,43頁〕)が提出されており,当該記載の信用性を否定すべき
事情は認められないから,工事費用として同額を認めるのが相当である。15
ウ機械設備工事868万4000円
(ア)給水設備工事,排水設備工事,給湯設備工事,濾過循環器設備工事,
暖房設備工事(配管系統部分及びダクト系統部分),給油設備工事,換
気設備工事,屋外排水桝0円
上記工事は,本件プールの配管類その他これに関連・関係する設備等20
の撤去に係る工事であるものとうかがわれるところ,上記2で論じたと
おり,被告は本件プールの配管類の撤去義務を負わないのであって,こ
れらの工事が原状回復義務の範囲に含まれるものとはにわかに考え難い。
この点につき原告は,予備的に,被告には上記各設備が機能する状態
で返還すべき義務があるのに,いずれも使用不可の状態にあるなどと主25
張する。しかし,上記各設備が使用不可の状態にあると認めるに足りる
証拠はないし,仮に現時点において使用不可の状態にあるとしても,そ
れは単に,被告が鍵を返却して退去した平成30年1月31日から現在
に至るまでの間,原告において本件プール及びその配管類を使用せず,
またメンテナンス等をしていなかったためではないかとも疑われるとこ
ろである。5
したがって,いずれにせよ,上記工事の工事費用を被告に負担させる
ことはできない。
(イ)衛生器具設備工事90万円
上記工事は被告の設置したトイレ・シャワー室・洗面台等の撤去工事
であるから,当然に原状回復義務の範囲に含まれる。そして,同工事に10
ついては90万円を要するとの見積書(甲9〔48頁〕)が提出されて
おり,当該記載の信用性を否定すべき事情は認められないから,工事費
用として同額を認めるのが相当である。
(ウ)冷暖房設備工事261万円
当事者間に争いがない。15
(エ)運搬費10万4000円
上記費目は,機械設備工事に伴う資材等の運搬の費用であって,これ
に80万円を要する旨の見積書(甲9〔44頁〕)が提出されていると
ころ,当該記載自体の信用性を否定すべき事情は認められない。
この点につき被告は,上記費用は人件費ないし労務費として各工事代20
金費用に当然に含まれている旨主張するが,見積書(同〔44ないし6
0頁〕)においては,各工事の内訳に撤去した物の搬出工事費用が明示
されているのに対し,資材等の運搬については明示がされておらず,ま
た,産廃処理費については運搬費を含む旨の明示がされているのであっ
て(同〔45頁等〕),これらの記載内容からすると,資材等の運搬費に25
ついては各工事の内訳において記載せず,機械設備工事全体で計上する
扱いをしていることがうかがわれる。したがって,被告の上記主張は採
用することができない。
そして,見積書記載の費用80万円に,工事費用の請求額2710万
円に対する認容額351万円(上記(ア)ないし(ウ)の合計額)の割合(3,
510,000÷27,100,000≒13%)を乗じ,以下のとおり10万4000円5
を認める。
(算定式)800,000×0.13=104,000
(オ)法定福利費50万7000円
上記ア(カ)において説示したとおり,法定福利費についても工事に必
要な費用として認めるのが相当である。そして,請求額390万円(労10
務費に保険率を乗じて得られた額。甲16〔6枚目〕)に,工事費請求
額(運搬費を含む。)2790万円に対する認容額(運搬費を含む。)3
61万4000円の割合(3,614,000÷27900,000≒13%)を乗じ,以下
のとおり50万7000円を認める。
(算定式)3,900,000×0.13=50,700015
エ諸経費354万9827円
見積書(甲9〔1頁〕)においては,工事費用の約1割を工事業者の経
費として算出しているところ,これは工事に伴って通常生ずべき費用とい
うべきでものであって,また,同費用が他の工事費用等に当然に含まれて
いるものとも解されない。したがって,以下の算定式のとおり,上記アな20
いしウの合計額(3549万8265円)の1割に相当する354万98
27円を認める。
(算定式)35,498,265×0.1≒3,549,827
オアスベスト事前調査費用0円
原告は,原状回復工事の前提として,本件建物の天井,壁,床部分にア25
スベストが含有するかの調査を調査会社に依頼したのであり,その費用8
9万6400円は被告が負担すべきであると主張する(甲8参照)。
しかし,本来,建物にアスベストが含有されているか否かというのは,
原状回復工事の有無にかかわらず,建物所有者として当然に把握すべき事
柄ともいい得るのであって,それまで調査を行わないまま放置しておきな
がら,原状回復工事前になって急遽その調査を行ったからといって,その5
費用を賃借人に負担させるというのは相当とはいい難い。
この点につき原告は,上記調査費用を被告負担とすることは被告も事前
に了解していたとも主張するが,当時のメール(甲27)によっても,被
告の担当者は「社内でも内容精査いたします」としか回答しておらず,被
告負担を了解していたとの明確な文言は見当たらないのであって,他に被10
告作成の同意書その他の書面も存在しない。
したがって,原告の主張は,いずれも採用することができない。
カ排煙窓工事0円
原告は,本件賃借部分の排煙窓に不具合が生じており,被告の退去時に
おいて初めてこれを確認したとして,①主位的に原状回復義務の不履行に15
基づき,②予備的に賃借人の修繕義務の不履行に基づき,その工事費用7
6万2480円を請求している。
しかし,上記不具合は単なる経年劣化の可能性を否定することができな
いし,上記工事は単なる付属物の撤去とは異なり,新たな排煙窓の部品を
取り付けるというのであって(甲11),原告の主張する「スケルトン」20
の定義をも超えた,本件建物のリフォーム工事であるといわざるを得ない。
また,このような経年劣化で生じた部品につき,その交換義務を被告に負
わせるというのも,にわかに首肯し難い。
したがって,上記ア(エ)において説示したところにも照らし,原告の上
記請求はいずれも理由がない。25
キ上記アないしカの合計3904万8092円
ク上記キに対する消費税(8%)加算後の額4217万1939円
(2)弁護士費用について
原告は本訴に係る弁護士費用についても損害として請求しているが,そも
そも原告の請求は賃貸借契約上の原状回復義務の不履行に基づく損害賠償請
求にすぎず,その弁護士費用が当該債務不履行と相当因果関係に立つ損害で5
あるものとは,にわかに解し難い。
したがって,原告の弁護士費用相当損害金の請求は,理由がない。
(3)小括
以上によれば,被告の原状回復義務の不履行と相当因果関係のある損害の
額は,4217万1939円となる。10
4争点(2)ア(目的物返還義務の不履行の有無)について
原告は,被告は退去期限である平成20年1月31日に本件賃借部分の鍵を
返還しているものの,原状回復工事の実施を拒否し続けており,それゆえ原告
は新たな賃貸借契約の締結をなし得なかったのであるから,被告には本件賃借
部分の返還義務の不履行がある旨主張して,被告に対し,1か月162万円の15
割合による賃料相当損害金の賠償を求めている。
しかし,本件においては,原告と被告は平成29年9月から12月にかけて
原状回復工事の費用負担について協議をしたものの,最終的な合意には至らな
いまま上記退去期限を迎えたものであり(前記1(3)ウ),本訴における双方の
主張に照らせば,合意に至らなかった最大の理由は,原告が本件プール及びそ20
の配管類等の全ての撤去を求め,被告がこれを拒否したものであることが明ら
かである。しかるに,上記2において説示したとおり,被告に本件プール及び
その配管類等を撤去する義務は認められないのであって,被告がこれを拒否し
たのももっともであるといわざるを得ない。
そして,その余の原状回復工事についてみても,本件賃貸借契約上,原状回25
復工事は「甲乙協議のうえ」で「甲の指定業者で行なう」ものとされていたの
であって(前提事実(4)イ,(5)ア),被告において,原告の同意のないままに,
原告の意に反した内容の原状回復工事を断行すべきであったとするのは困難で
ある。
したがって,被告が上記退去期限までに原状回復工事を行わなかったからと
いって,そこから直ちに本件賃借部分の返還義務についても不履行があるとか,5
被告に賃料相当損害金の賠償義務が生ずるなどということはできない。
5結論
よって,原告の請求は,原状回復義務の不履行に基づく損害賠償請求として,
原状回復工事費用相当の損害金4217万1939円及びこれに対する履行期
限の翌日(賃貸借契約終了の日の翌日)である平成30年2月1日から支払済10
みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由
があるから,これを認容することとし,その余の請求はいずれも理由がないか
ら棄却することとして,主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第5部
裁判長裁判官孝
裁判官河野文彦20
裁判官佐藤克郎
(別紙)
物件目録
省略

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