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裁判例


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主         文
 1 被告は,原告らに対し,それぞれ,金80万円及びこれに対する平成15年5月10日
から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告らの,その余を被告の負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1請求
1 被告は,原告らに対し,それぞれ,金100万円及びこれに対する平成15年5月8日
から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告らに対し,別紙1記載の謝罪広告を同別紙記載の掲載要領により南
日本新聞朝刊に1回掲載せよ。
第2事案の概要
本件は,鹿児島県薩摩郡下甑村(現在の薩摩川内市下甑町。平成16年10月に
合併して同市の一部となったが,後述の本件発言がなされた当時は村であったた
め,以下「下甑村」という。また,他の市町村についても,本件発言当時のそれを記
載することとする。)の議会の議員であり,下甑村の広域合併に反対していた原告ら
が,当該合併に賛成していた被告に対し,合併問題に関連して,同人がテレビインタ
ビューの際に行った発言及び同人が作成・配布したビラによって,その名誉をそれぞ
れ毀損されたと主張して,不法行為に基づく慰謝料の支払い及び謝罪広告の掲載を
求めた事案である。
 1 争いのない事実等
   以下の事実は当事者間に争いがないか,括弧内掲記の証拠(証拠の枝番号につい
ては,括弧を付して表記する。)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができ
る。
  (1) 当事者
ア 原告らは,いずれも,下甑村議会議員であった者である。
イ 被告は,下甑村の元村長であり,同村の広域合併(後述の,鹿児島県本土の
各市及び町をも含めた形での川西薩地区広域合併を意味する。以下同様であ
り,「本件広域合併」という。)に賛成していた。
  (2) 合併問題に関する当初の取組み
ア 平成14年ころ,下甑村では,同村と他の市町村との合併問題が議論されてお
り,同年5月14日には,同問題を検討するため,下甑村の各区長,各団体の
長,有識者,村議会議長,同副議長,同総務委員長及び同経済建設委員長ら
を構成員として,第1回市町村合併懇話会(以下,市町村合併懇話会を「懇話
会」という。)が開催されたところ,同年7月31日開催の第2回懇話会におい
て,同年8月2日から下甑村民に対する合併についてのアンケート調査を実施
することが明らかにされ,同村内の全世帯(1460世帯)を対象として,これが
実施された(甲6,16(2),乙9)。
  上記アンケート調査の結果,合併の組み合わせにつき,2市4町4村(川内市,
串木野市,東郷町,樋脇町,入来町,市来町〔以上の各市及び町は鹿児島県
本土に存する。〕,上甑村,里村,鹿島村,下甑村〔当該各村は甑島列島に存
する。〕)の支持が28.3パーセント,2村(鹿島村及び下甑村)の支持が26.4パ
ーセント,上記各4村の支持が18.4パーセントなどとなった(甲6,16(2))。
イ 当時の下甑村長D(以下「D村長」という。)は,平成14年8月13日開催の第3
回懇話会において,前記2市4町4村により構成される任意合併協議会への参
加を表明するとともに,これとは別に鹿島村と合併勉強会を行いたい意向を示
し(甲17,乙9),同月16日には,前記2市4町4村から市来町を除いた各市町
村が,同年10月に川西薩地区任意合併協議会(平成15年1月に法定合併協
議会を発足させることを目指し,各項目の調整を行うもの。以下「本件任意協議
会」という。)を設立することに合意し,そのための準備会を発足させた一方で,
下甑村(D村長)は,鹿島村に対し,本件任意協議会とは別の合併勉強会設立
を申し入れた(甲6)。
ウ 下甑村議会は,平成14年9月24日,本件任意協議会関連経費を含む平成1
4年度下甑村一般会計補正予算(第2号)を全会一致で可決した(甲16(2)。こ
の際,D村長及び下甑村議会議員全員が本件広域合併に賛成していたか否か
については,争いがある。)。
(3) 街宣活動開始後の状況
ア 暴力団甲組(組長は下甑村出身のEであり,以下,同組を「甲組」といい,同組
長を「組長」という。)の組員又は右翼団体の構成員らは,平成14年10月17
日ころから,下甑村において,本件広域合併に反対するとの街宣活動及びビラ
の配布を開始した(乙9,10)。
イ 原告A(以下「原告A」という。)及び原告B(以下「原告B」という。)は,平成14
年10月18日,本件広域合併に反対する者を下甑村の村長室に案内し,D村
長と面談した(この際案内された者が誰であるか,また,案内された者が甲組
の組員又はその関係者であるか否かについては,争いがある。)。
ウ 甲組の組員らは,平成14年10月24日,鹿児島市内で開催された甑島議員
研修会(以下「本件研修会」という。)の会場周辺において,本件広域合併に反
対する内容のビラを配布したところ,同日,原告Bも,同会場において,本件広
域合併に反対する内容のビラ(以下「原告B配布のビラ」という。)を配布した
(原告B配布のビラが,以前甲組員らが下甑村において配布したビラと同一の
ものであるか否か,原告Bが組長に依頼されてこれを配布したのか否かについ
ては,争いがある。)。
エ(ア) 下甑村議会は,平成14年10月29日,臨時会(以下「本件臨時会1」とい
う。)を開催し,以下の内容の「市町村合併に関する意見決議書」(以下「本
件決議書」という。)を採択した(甲16(2))。
   「地理的条件を同じくし,ともに歴史を共有してきた甑4村は,市町村合併に
ついても,同一枠組の中で合併されるよう切望します。
   将来の基礎的自治体としては,甑4村合併が限度と考えます。甑島振興協議
会におかれては,『甑は一つ』の精神を再確認し,島民が望む最適の合併を
推進されるよう議決します。」
 (イ) 本件臨時会1の後,下甑村役場近くの軽食喫茶「P」(以下「P」という。)にお
いて,組長及び甲組員らは,本件決議書の解釈を巡って下甑村議会議員F
(以下「F議員」という。)と議論し,その後呼び出された同議会議長G(以下
「G議長」という。)とも議論を行った(甲17,乙10,11)。
オ D村長は,平成14年10月30日,第4回懇話会において,甑島列島4村(上
甑村,里村,鹿島村及び下甑村)の合併を甑島振興協議会において提案する
旨表明し,同年11月11日開催の同協議会においてこれを提案したが,かかる
提案は受け入れられなかった。
カ その後,D村長は,平成14年11月12日,第5回懇話会において,鹿島村と
の2村合併を臨時村議会において提案する旨表明し,同月14日開催の臨時会
(以下「本件臨時会2」という。)において,2村合併に関する経費を計上した平
成14年度一般会計補正予算(第3号)を提出したが,否決された(甲9(2)。この
際の投票結果は,賛成5票,反対7票であった。なお,本件臨時会2の際,甲組
員らによる野次のため正常な審議ができなかったか否か,警察の出動を要請し
たか否かについては,争いがある。)。
  上記補正予算の否決を受け,D村長は,同日,下甑村長を辞職した。
(4) 新議会の下での合併問題
ア 下甑村においては,平成14年11月26日,村議会議員選挙が行われ,無投
票により議席が確定した結果,本件広域合併賛成の議員が5名,反対の議員
が7名(原告ら)となった(甲12,17)。
イ その後,同年12月22日に,下甑村長選挙が行われ,本件広域合併に賛成す
るH(以下「H村長」という。)が当選した。
ウ H村長は,平成15年1月8日開催の臨時村議会に,本件広域合併関連経費
を計上した補正予算を提出したが,否決され,同年2月4日開催の臨時村議会
において,再度これを提出したが,再び否決された。
(5) 解職運動等
ア 被告を代表とする本件広域合併賛成者らは,平成15年2月6日,本件広域合
併に反対する原告らの解職を求めて署名活動を開始し,同年3月13日,選挙
管理委員会に対し,原告らの解職請求を行った(甲12)。
イ これを受け,原告らは,「下甑の未来を考える会」を結成し,平成15年4月13
日,原告Cを除く原告ら及びその支援者らが参加して,同会の事務所開き(以
下「本件事務所開き」という。)が行われた(甲4。本件事務所開きに甲組員ら又
はその関係者が参加したか否かについては,争いがある。)。
ウ 原告らの解職請求にかかる住民投票は,平成15年5月11日に行われ,その
結果,原告らはいずれも失職した。
(6) 被告のテレビでの発言及びビラ配布
ア 被告は,本件広域合併に関連して,訴外株式会社鹿児島讀賣テレビ(以下「K
YT」という。)の取材を受け,その結果,平成15年5月8日午後6時19分ころ,
KYT放送のニュース番組において,「合併問題・・・下甑村の住民側主張VS解
職請求された議員」と題した別紙2記載の内容等の報道がなされた(甲2。以
下,別紙2記載の被告の発言を「本件発言」という。)。
イ また,被告は,平成15年5月9日及び10日,下甑村民に対し,被告名義で,
別紙3記載の内容等を記載した「住民投票を勝ち取ろう」と題するビラ(甲3。以
下「本件ビラ」という。)を配布又は送付した。
 2 争点
(1) 本件発言及び本件ビラによる名誉毀損の有無
(2) 本件発言及び本件ビラ配布に関する名誉毀損の成立阻却の有無
(3) 原告の慰謝料額及び謝罪広告の必要性
第3 当事者の主張
1 本件発言及び本件ビラによる名誉毀損の有無(争点(1))について
(原告らの主張)
被告による本件発言及び本件ビラの内容は,いずれも,原告らが暴力団と親密な
関係にあるというものであり,これが原告らの名誉を毀損するものであることは明白
である。
この点に関し,被告は,自らコントロールすることのできない編集,放送について
は責任を負う前提を欠くと主張して,本件発言についての責任を否定するが,原告ら
が名誉毀損を主張する行為は,被告が自らの意思と責任で行った本件発言である
から,かかる主張は理由がない。
(被告の主張)
本件発言の内容が原告らの社会的評価を低下させ,名誉を毀損するものである
ことは認めるが,被告は,KYTからの取材に数回応じたのみであり,かかる取材を
受けた行為をもって,名誉を違法に侵害する行為があったと評価することはできな
い。
すなわち,本件において,被告は,KYTの取材先,取材内容及び編集等について
一切関与せず,知らされてもいなかった上,KYTは取材源を秘匿できたはずであり,
本件発言にかかる放送内容は全て同社の責任においてなされたものであるから,被
告は,自らコントロールすることのできない同社の編集,放送については責任を負う
前提を欠くのであり,本件発言について責任を負わないというべきである。
3 本件発言及び本件ビラ配布に関する名誉毀損の成立阻却の有無(争点(2))につい

(被告の主張)
(1) 本件発言及び本件ビラの内容は,公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を
図る目的でなされたものであって,かつ,これにより摘示された事実は真実である
から,名誉毀損は成立しない。
ア 事実の公共性及び目的の公益性
まず,本件発言及び本件ビラの内容は,本件広域合併に関する問題であっ
て,かつ,下甑村の政治に暴力団が関与・介入することを阻止しようとした事実
に関するものであるから,社会一般の関心事であり,公共の利害に関する事実
にほかならない。
また,被告は,下甑村又は同村民の将来を安泰にしたいとの政治的信念に
基づき,下甑村の政治に暴力団が関与・介入する事を阻止し,民主主義の実
現を図るべく,本件発言を行い,本件ビラを配布又は送付したものであるから,
かかる各行為が専ら公益目的でなされたことは明らかである。
イ 真実性
(ア) さらに,被告による本件発言及び本件ビラにおいて摘示された各事実 
は,以下の根拠に基づくものであり,いずれも真実である。
(イ) すなわち,①右翼団体の構成員と称する者が,平成14年10月8日から,
下甑村において,本件広域合併に反対する街宣活動及びビラ配布を始めた
こと,②本件事務所開きの際,当該事務所に,2名の暴力団組員と思われる
者がいたこと,③原告B,同A及びG議長は,平成14年10月29日,Pにお
いて,組長やその配下のI,Jらと打ち合わせをしたり,握手したりしていたこ
と,④原告B及び同Aは,甲組配下の暴力団関係者らを村長室に案内するな
どしていたこと,⑤原告Bは,組長に頼まれ,本件研修会の際,以前甲組員
が下甑村で配布していたビラと同じビラを参加議員に配布していたこと,⑥本
件臨時会2の際,組長やその配下の者らがこれを傍聴し,野次などによって
正常な審議や議会運営ができなかったため,警察に出動を要請したこと,⑦
原告Bが,組長と密接に連絡をとり,その指示に基づいて行動していたこと,
⑧原告B及び同Aは,本件訴訟において,ことさら暴力団との関係を否定し
ようとするあまり,不自然かつ不合理な供述を行っていることからすれば,原
告らが暴力団関係者と繋がりを有することは明らかである。
(2) 相当性
また,仮に,本件発言及び本件ビラの内容が真実でなかったとしても,前記の
ような原告B,同A及びG議長らと暴力団関係者との繋がりを推測させる各事実が
存する以上,被告がこれを真実であると信じたことも無理からぬところであり,真
実であると誤信したことにつき相当な理由がある。
(原告らの主張)
(1) 被告が,原告らと暴力団が関係があることの根拠として主張する事実は,事実
に反する単なる作話にすぎない。
(2) 真実性の否定
ア すなわち,まず,①右翼団体の構成員と称する者が,下甑村において,本件
広域合併に反対する街宣活動及びビラ配布を行ったこと自体は事実であるが,
原告らはこれに一切関与しておらず,②本件事務所開きの際に暴力団組員と
思われる者はいなかった。
また,③被告は,原告B及び同AらがPにおいて組長やその配下の者らと打
ち合わせをしたり,握手したりしていた旨主張するが,原告Bは,F議員が本件
決議書の解釈を巡って組長らと議論した際に同席したにすぎず,打ち合わせを
行ってはいないし,原告Aはこれに同席すらしていない。また,原告Bが組長と
握手した点についても,組長は下甑村の出身者であるから,狭い地縁・血縁社
会に住む原告らが組長と顔を合わせた際に挨拶するのは,むしろ当然である。
さらに,④原告B及び同Aが村長室に案内したのは,「下甑島を守る会」会長
のKであり,同人は暴力団組員でない上,⑤原告Bは,本件研修会において,
組長ではなくKに依頼されてビラを配布したのであり,同ビラ(原告B配布のビ
ラ)は甲組員が下甑村で配布していたビラとは異なるものであった。
加えて,⑥本件臨時会2において警察の出動を要請したとの被告主張は,原
告らと暴力団が関係があることの根拠になり得ず,⑦原告Bが組長と密接に連
絡をとり,その指示に基づいて行動していたとの事実も,全くない。
イ 以上より,被告主張の各根拠は何ら理由がないのであって,被告自身も,本
件発言の放映が行われた平成15年5月8日に,原告らに対し,本件発言が原
告らに対する名誉毀損行為であることを認め,「申し訳ない。」と述べている。
4 原告の慰謝料額及び謝罪広告の必要性(争点(3))について
(原告らの主張)
(1) 被告は,本件発言及び本件ビラの内容が虚偽であることを知りながら,原告ら
が暴力団と親交があり,金銭の授受関係があったり暴力団のロボットであるかの
ようにテレビニュースによって公言し,これによって原告らの名誉を毀損したとこ
ろ,特にテレビ取材における発言は,マスメディアの,しかも視聴率及び影響力の
高い報道番組を通じてのものであり,鹿児島県全土にわたって広く原告らの名誉
を著しく毀損した違法性の強い行為である。
(2) かかる事情に照らせば,名誉毀損による原告らの慰謝料は,各自100万円とす
るのが相当であり,また,被告の各行為によって失墜させられた原告らの名誉を
回復させるためには,民法723条に基づく謝罪広告の掲載が不可欠である。
(被告の主張)
争う。
第4 判断
 1 本件発言及び本件ビラによる名誉毀損の有無(争点(1))について 
(1) 本件発言
ア 前認定のとおり,被告は,本件広域合併に関するKYTによる取材の際,本件
発言を行い,これがKYTのニュース番組において放映されたところ,本件発言
は,原告らが本件事務所開きに暴力団組員を呼び,同組員らと杯を交わしてド
ンチャン騒ぎをし,金を配ったなどと指摘した上で,原告らを暴力団のロボットで
あるとするものである(被告は,原告らの名を直接摘示していないが,その内容
から「彼ら」が原告らを意味することは明らかであり,一般視聴者もそのように
受け取ったと解される。)から,かかる発言は,本件発言の当時下甑村議会議
員であった原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反
対運動を行っているとの事実を,テレビ放送を通じて公然と摘示したものである
といえる。
  そして,かかる発言(本件発言)が原告らの社会的評価ないし信用を低下させ
ることは明らかであるため,被告がKYT取材者らに対して本件発言を行った行
為は,原告らの名誉・信用を毀損するものと認められる。
イ なお,本件発言による名誉毀損の有無に関し,被告は,自らコントロールする
ことのできない編集,放送については責任を負う前提を欠く旨主張するが,本
件発言の際,被告は,放送会社であるKYTのインタビューに答える形で公然と
事実を摘示したのであるから,たとえ具体的な報道内容がどうなるかについて
被告が必ずしも予測できなかったとしても,被告は,いずれ自らの発言(本件発
言)が報道されることを当然認識していたものと推認され,また,KYTにより本
件発言の内容自体に大きな変更を加えられたとの事情も窺われない以上,か
かる被告の主張は理由がないというべきである。
(2) 本件ビラ
また,本件ビラ(甲3)は,前認定のとおり,解職請求の対象とされた原告らにつ
き,暴力団関係者を村長室に案内したことがあり,暴力団が配布したものと同じビ
ラを配った者もいるとするものである(被告は,ここでも原告らの名を直接摘示して
いないが,その配布時期及び内容から「私たち7名の議員」が原告らを意味するこ
とは明らかであり,下甑村民もそのように受け取ったと解される。)から,かかるビ
ラ(本件ビラ)の配布も,解職請求の対象とされた原告らが暴力団と結託し又はそ
の指示を受けて本件広域合併の反対運動を行っているという事実を,公然と摘示
したものであるといえ,原告らの社会的評価ないし信用を低下させ,その名誉・信
用を毀損するものであると認められる。
 2 本件発言及び本件ビラ配布に関する名誉毀損の成立阻却の有無(争点(2))につい

(1) 以上のとおり,本件発言及び本件ビラは,いずれも,原告らの各名誉・信用を毀
損したものといい得るところ,このような場合であっても,その摘示事実が公共の
利害に関する事実にかかり,その目的が専ら公益を図るものであって,かつ,当
該摘示事実が真実であるとの証明がなされた場合は,違法性を欠くものとして,ま
た,当該摘示事実が真実であることの証明がなされない場合であっても,その発
言者・ビラ配布者においてその事実を真実であると信じたことにつき相当の理由
があると認められるときは,故意又は過失を欠くものとして,不法行為が成立しな
いと解するのが相当である。
(2) 事実の公共性及び目的の公益性
本件発言及び本件ビラにより摘示された事実は,前記のとおり,解職請求の対
象とされた下甑村議会議員である原告らが暴力団と結託し又はその指示を受け
て本件広域合併の反対運動を行っているというものであるところ,かかる事実が
公共の利害に関する事実に当たることは明らかである。
また,前認定の本件発言及び本件ビラの配布が行われた経緯,並びにその各
内容からすれば,被告は,原告らが本件広域合併に賛成するH村長が新たに当
選したにもかかわらず本件広域合併関連経費を計上した補正予算に2度にわた
って反対し,下甑村議会においてこれが否決されたことを受け,本件広域合併に
賛成する立場から,本件広域合併の有用性を広く村民に知らしめ,これに反対す
る原告らを解職し,ひいては本件広域合併を実現することを目的として,本件発言
及び本件ビラの配布を行ったと認められるから,専ら公益を図る目的でこれらの
行為を行ったと認められる。
(3)ア そこで,前記摘示事実について,真実性又は相当性の有無を検討する。
イ 真実性
(ア) 前認定のとおり,被告は,本件発言において,原告らが本件事務所開 き
に暴力団組員を呼んだことを前提に,原告らが暴力団と結託し又はその指
示を受けて本件広域合併の反対運動を行っているとの事実を摘示している
が,本件事務所開きの目撃証人であるLは,地元住民でない短髪で派手な
服装をした若者2名が同事務所敷地内にいるのを目撃した旨証言するにと
どまり,この若者2名が暴力団組員であると認めるに足る証拠は存しない
(同証人は,暴力団が入り込んでいると聞いていたため,元警察官としての
直感から上記2名が暴力団組員であると判断した旨証言するが,かかる証
言をもって上記2名の若者が暴力団組員であると認めるに足りないことは明
らかである。)から,原告らが本件事務所開きに暴力団組員を呼んだとの事
実を認めることはできない。
したがって,そもそも本件発言における摘示事実の前提をなす事実(原告
らが本件事務所開きに暴力団組員を呼んだとの事実)を認めることができな
い以上,同摘示事実が真実であると認めることは困難であるというべきであ
る。
(イ)a また,本件において,被告は,本件発言及び本件ビラにおける摘示事実
が真実である根拠として,前記①ないし⑧の各事実を挙げるが,本件事務
所開きの際,2名の暴力団組員と思われる者がいたとの主張(前記②)に
ついては,前記のとおり,理由がない上,原告B,同A及びG議長が,平成
14年10月29日,Pにおいて組長らと打ち合わせをしたり,握手をしたりし
ていたとの主張(前記③)についても,原告らの暴力団との結託を窺わせ
る事実としては,原告Bが組長らと同席し,組長の指示を受けてG議長を
呼びに行ったことが認められるにとどまり(証人M,同G議長。なお,G議
長が組長らと握手したとの事実も認められるが,これをもって原告らの暴
力団との結託を窺わせる事実と評価することは困難である。),原告Bが
組長らと握手したとの事実,同Aが組長らと打ち合わせを行い,握手したと
の事実は,いずれも認められないから,上記認定事実をもって原告らが暴
力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行ってい
たと認めるには足りないというべきである。
b さらに,原告B及び同Aが「甲組配下の暴力団関係者ら」を村長室に案内
したとの主張(前記④)についても,原告B及び同Aは,いずれも,甲組員
であるIを村長室に案内したことはなく,Kを案内したことはあるものの同人
は暴力団関係者でないとこれを否定する供述をするところ(原告B本人,
同A本人),被告の上記主張に沿う証人F議員の「原告B及び同AがI及び
Kを村長室に案内した,Kは甲組関係者である」旨の証言,証人Nの「原告
BがIを村長室に案内し,原告B及び同Aが暴力団関係者を村長室に案内
した」旨の証言は,いずれも他人から伝え聞いたものである上,平成15年
2月8日に開催された下甑村在住の女性による「村議の皆さんと合併問題
について語る勉強会」の報告書(乙7)の記載内容(合併反対議員の「新聞
等で取り上げられた方とは認識しておらずに案内しました」との回答)に新
聞(乙6)の記載内容を併せ考えれば,原告Bが村長室に案内したと認め
た人物は,Iではなく,Oである可能性があるに止まる(ただし,そもそも真
実原告Bが当該回答をしたのか判然としない〔原告B本人,同A本人〕。)
から,上記証人F議員及び同Nの各証言をもって原告B及び同Aが村長室
にIを案内したと認めるには足りないといわざるを得ない。
  また,原告B及び同Aが村長室に案内したことを認めるKについては,同
人が本件広域合併に反対する立場から下甑村において活動を行い,組長
らとも交友関係を有するとの事実を認めることができるが(証人N,同M),
K自身は甲組員でないことに争いはないのであるから,少なくとも,かかる
人物を村長室に案内したことをもって原告らが暴力団と結託し又はその指
示を受けて本件広域合併の反対運動を行っていたと認めるには足りない
というべきである。
c 加えて,本件研修会に際し,原告Bにビラ配布を依頼した人物についても
(前記⑤参照),原告BはこれをKであると供述しており(原告B本人),原
告B配布のビラも,Kが会長を務める(甲7)「甑島を守る会」名義のもので
ある(原告B配布のビラが「村民の皆さん!!」と題する書面〔乙3〕か,
「甑島の皆さん」と題する書面〔乙4〕かについては争いがあるが,いずれ
にしても「甑島を守る会」名義のものである。)ため,原告Bが組長から配
布を依頼されたと述べていたとする証人F議員の証言を考慮してもなお,
原告Bにビラ配布を依頼した人物が組長であると認めるには足りないとい
うべきである。
(ウ) また,証人N,同F議員は,原告らが甲組と結託しているとする根拠として,
平成14年9月には一致して本件広域合併に賛成していたD村長及び下甑村
議会議員が,同年10月に甲組員らによる街宣活動が開始されてから本件
広域合併に反対し始めた旨証言するところ,D村長が,同年11月14日開催
の本件臨時会2において,鹿島村との2村合併関連経費を計上した補正予
算を提案した理由として,甑島を守る会の切なる要望と本件決議書の採択を
受け甑島4村合併を進めようとしたが上甑村等に拒否されたためである旨B
明していること(甲9(2))からすれば,D村長が本件広域合併に反対するに至
った原因の一つに甑島を守る会(K)の働きかけがあったと推認される上,前
認定のとおり,Kは組長らと交友関係を有する人物であること,原告B及び同
AがKをD村長の下に案内していることからすれば,証人Nらが結託の根拠と
して証言するところも,あながち理解し得ないではない。
しかしながら,Kは甲組員でない以上,たとえKが組長らと交友関係を有
し,本件広域合併に反対する活動を行っていた人物であるとしても,Kを村長
室に案内した原告B及び同Aにつき,甲組との直接又はKを通じた間接的な
結びつきを示す特段の事情が存しない限り,原告B及び同Aが甲組と結託し
又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行ったと認めることはで
きないのであり,本件において上記特段の事情を認めるに足る証拠は存しな
い。
(エ) 以上からすれば,被告主張のその他の各事実(前記①,⑥,⑦,⑧) を考
慮してもなお,原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合
併の反対運動を行っていたとの事実につき,真実であるとの証明はなされて
いないというべきである。
ウ相当性
 (ア) そこで,次に,被告が前記摘示事実を真実であると誤信したことにつ き相
当な理由が存するか否かにつき,検討する。
 (イ) 本件において,被告は,下甑村議会議員であったN及びF議員から種々情
報を得た上で,本件発言及び本件ビラの作成・配布を行っているところ,上
記Nらが被告に伝えた事実の多くはN自身が直接経験した事実ではなかっ
たため(証人N),かかる事実を聞いた被告は,これを直接経験した者に確認
し,当該事実が真実であるか否かを検討すべきであったといい得る上,上記
事実を直接経験した人物は,被告と同じ下甑村の住民であったと推認される
ため,そのような確認・検討を行うことが困難であったとの事情は窺われない
にもかかわらず,被告はこれを行っていない(弁論の全趣旨)。
また,前認定のとおり,本件発言がKYTによりテレビ放映されたのは平成
15年5月8日であり,原告らの議員解職請求にかかる住民投票(同月11
日)のわずか3日前であったことからすれば,被告がKYTのインタビューを受
け本件発言を行ったのも上記住民投票の数日前であると推認されるため,
かかる時期にテレビによる取材を受けた被告は,取材時における自らの発
言が住民投票の結果に及ぼす影響を十分考慮し,慎重に発言すべきことが
求められていたというべきであるが,本件において,被告は,N及びF議員か
らの情報を確認せぬまま本件発言を行い,その後も本件ビラを作成・配布し
たと認められる(弁論の全趣旨)。
(ウ) したがって,原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併
の反対運動を行っていたとの事実を真実であると被告が誤信したことについ
て,相当の理由があったとは認められない。
(4) 小括
  以上より,本件発言及び本件ビラ配布に関する原告らの名誉毀損の成立阻却
は,いずれも認められない。
 3 原告の慰謝料額及び謝罪広告の必要性(争点(3))について
(1) 慰謝料額
 前認定のとおり,本件発言の放映は,原告らの議員解職請求についての住民投
票が行われるわずか3日前に行われており,当該住民投票の結果,原告らは議
員を解職されている上,本件発言は,テレビ放送を通じて鹿児島全県下に放映さ
れており,本件ビラも相当数の下甑村民に配布されたと推認される(弁論の全趣
旨)が,一方で,被告が本件発言及び本件ビラの作成・配布を行ったのは,本件
広域合併に賛成する立場から,本件広域合併の有用性を広く村民に知らしめ,こ
れに反対する原告らを解職し,ひいては本件広域合併を実現するためであるほ
か,前認定のとおり,被告は,本件発言及び本件ビラにおいて,本件広域合併反
対派である原告らをまとめて「彼ら」などと発言又は記載して,原告らの氏名を直
接摘示しておらず,本件発言の際も,KYTの記者に対して裏付け取材を行った上
で放映するよう依頼したことが窺われる(甲18(1),(2))。
かかる各事情のほか,本件において認められる一切の事情を考慮すると,原
告らの被った精神的損害に対する慰謝料は,それぞれ金80万円が相当であると
認められる。
なお,被告による一連の名誉毀損行為が終了したのは平成15年5月10日で
あるから,各慰謝料に対する遅延損害金の起算日は平成15年5月10日となる。
(2) 謝罪広告
また,本件において,原告らは,被告に対して謝罪広告をも求めているところ,確
かに,本件発言の放映及び本件ビラの作成・配布が行われた後に,被告又はKY
Tによって何らかの原告らの名誉回復措置が採られたとの事実は認められないが
(弁論の全趣旨),原告らは,住民投票による議員解職後,村議会議員としての政
治活動を行っていないこと(弁論の全趣旨),被告による本件発言及び本件ビラの
作成・配布は,本件広域合併の賛否を巡る議論の延長線上にある行動であり,民
主主義の観点からも最大限尊重する必要のあるものであること,被告は,本件発
言及び本件ビラにおいて原告らの氏名を直接摘示していないことなどの事情を総
合考慮すると,被告による原告らの名誉毀損行為について,金銭賠償のほかに
謝罪広告をも命ずることは相当でないと解される。
 4 結論
よって,原告らの本件各請求は,上記の限度で理由があるからこれらをそれぞれ
認容し,その余は失当であるから,主文のとおり判決する。
 鹿児島地方裁判所民事第1部
         裁判長裁判官   髙  野     裕
            裁判官   山  本  善  彦
            裁判官   大  島  広  規
(別紙省略)

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