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平成13年(行ケ)第195号 特許取消決定取消請求事件(平成15年2月10
日口頭弁論終結)
          判           決
       原      告   三菱瓦斯化学株式会社
       訴訟代理人弁理士   佐 伯 憲 生
       被      告   特許庁長官 太 田 信一郎
       指定代理人      佐 野 整 博
       同          谷 口 浩 行
       同          森 田 ひとみ
       同          一 色 由美子
       同          宮 川 久 成
          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が異議2000-72212号事件について平成13年3月16日に
した決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,名称を「コーポリカーボネート樹脂組成物」とする特許第2985
289号発明(平成2年11月30日特許出願,平成11年10月1日設定登録,
以下「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
   本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2000-72212号事件
として特許庁に係属したところ,原告は,平成12年11月6日,願書に添付した
明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の
記載を訂正する旨の訂正請求をした(以下,この訂正請求に係る訂正を「本件訂
正」という。)。
   特許庁は,同特許異議の申立てについて審理した上,平成13年3月16
日,「訂正を認める。特許第2985289号の請求項1ないし5に係る特許を取
り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年4月6
日,原告に送達された。
 2 本件訂正後の特許請求の範囲の記載
【請求項1】下記構造式(A)及び(B)で表される構造単位を有するコーポ
リカーボネート樹脂に,チオエーテル系化合物,亜リン酸及びホスファイトからな
る群から選択された1種或いは2種以上の化合物からなる安定剤を配合してなる安
定化されたコーポリカーボネート樹脂組成物。
構造式(A);
  
構造式(B);
  
(構造式(A)のnは1~200の整数を示し,Rは炭素数2~6のアルキレ
ン基を示す。また,構造式(B)のBは炭素数1~10の直鎖,分岐鎖或いは環状
のアルキリデン基,アリール置換アルキレン基,アリール基又は-O-, -S
-,-CO-,-SO2-を示し,R1
,R2
,R3
及びR4
は水素,ハロゲン又は炭素
数1~4のアルキル基を示す。)
【請求項2】該安定剤が,亜リン酸およびホスファイトからなる群から選択さ
れた1種或いは2種以上の化合物であり,その配合量がコーポリカーボネート樹脂
100重量部に対して0.0005~0.05重量部である請求項1記載のコーポ
リカーボネート樹脂組成物。
【請求項3】離型剤として,飽和脂肪族エステルをコーポリカーボネート樹脂
100重量部に対して0.001~0.1重量部の範囲でさらに配合してなる請求
項2記載のコーポリカーボネート樹脂組成物。
【請求項4】該構造式(A)で表される構造単位が,コーポリカーボネート樹
脂中0.2~50重量%である請求項1記載のコーポリカーボネート樹脂組成物。
【請求項5】該構造式(A)中のRが,-CHR5
-CH2-(式中のR5
がベン
ゼン環側の炭素原子に結合したものであり,水素またはメチル基を表す。)である
請求項4記載のコーポリカーボネート樹脂組成物。
(以下,上記請求項1~5記載の各発明を,請求項の番号に対応して「訂正発
明1~5」という。)
 4 本件決定の理由
   本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認めた上,訂正発
明1は,昭和51年6月30日日刊工業新聞社発行の松金幹夫外2名著「プラスチ
ック材料講座〔5〕ポリカーボネート樹脂」2版(甲5,以下「刊行物1」とい
う。),特開昭54-100453号公報(甲6,以下「刊行物2」という。),
特開昭59-6233号公報(甲7,以下「刊行物3」という。),特開昭59-
78255号公報(甲8,以下「刊行物4」という。),特開平2-173061
号公報(甲9,以下「刊行物5」という。),特開昭52-92266号公報(甲
11,以下「刊行物7」という。)及び特開平1-284549号公報(甲13,
以下「刊行物9」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をす
ることができたものであり,訂正発明2は,刊行物1~5,7,9に記載された発
明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,訂正発明3は,
刊行物1~5,7,9及び米国特許第4131575号明細書(甲14,以下「刊
行物10」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものであり,訂正発明4は,刊行物1~5,7,9に記載された発明に基
づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,訂正発明5は,刊行物
1~5,7,9に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたもので
あり,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規
定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令
(平成7年政令205号)4条2項の規定により,取り消すべきものであるとし
た。
第3 原告主張の本件決定取消事由
 本件決定は,訂正発明1と刊行物5に記載された発明との一致点及び相違点
の認定を誤り(取消事由1,2),両者の相違点を看過する(取消事由3)ととも
に,相違点の判断を誤り(取消事由4),訂正発明1の顕著な効果を看過し(取消
事由5),また,訂正発明2~5の容易想到性の判断を誤った(取消事由6)もの
であるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
(1)訂正発明1の「コーポリカーボネート樹脂」と刊行物5(甲9)に記載さ
れた発明の「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体」とは「ポリオ
ルガノシロキサン部」が相違しており,「両者は,特定された構造を有するコーポ
リカーボネート樹脂を含むコーポリカーボネート樹脂組成物である点で一致し」
(決定謄本8頁第2段落)ているとする本件決定の認定は,誤りである。
(2)刊行物5(甲9)には,「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共
重合体10~90重量%,ガラス繊維10~60重量%およびポリカーボネート樹
脂0~80重量%からなり,かつ樹脂成分中のポリオルガノシロキサン量が0.5
~40重量%であることを特徴とするポリカーボネート系樹脂組成物」(1頁左欄
「特許請求の範囲」)についての発明が記載され,当該「ポリカーボネート-ポリ
オルガノシロキサン共重合体」については,「本発明において用いられるポリカー
ボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体は,次の一般式
 
・・・
で表わされる繰り返し単位を有するポリカーボネート部と,次の一般式
 
・・・
で表わされる繰り返し単位を有するポリオルガノシロキサン部からなるもの
である」(2頁左上欄~左下欄)と記載されている。そして,刊行物5に記載され
た発明において,訂正発明1の構造式(A)に相当する「ポリオルガノシロキサン
部」は,上記のとおりの一般式で表されるポリオルガノシロキサンのケイ素(S
i)の末端部分が酸素原子(O)に結合したものである。これに対して,訂正発明
1の上記「ポリオルガノシロキサン部」に相当する構造単位は,次の構造式(A)
構造式(A)
 
で表されるように,末端のケイ素(Si)がフェニル基で置換された炭素鎖
に結合するものである。このように刊行物5に記載された発明の「コーポリカーボ
ネート樹脂」(ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体)と訂正発明
1における「コーポリカーボネート樹脂」は,その「ポリオルガノシロキサン部」
において相違する。
(3)本件決定は,刊行物5(甲9)の「製造例1-4(反応性PDMSの製
造)」(7頁左上欄)などを引用しているが,その製造例に記載のものは,末端の
ケイ素(Si)がフェニル基で置換された炭素鎖に結合したものである。しかし,
このような「ポリオルガノシロキサン部」を有する「コーポリカーボネート樹脂」
が,刊行物5の特許請求の範囲の記載で定義されている「ポリカーボネート-ポリ
オルガノシロキサン共重合体」でないことは刊行物5の記載から明らかである。す
なわち,上記「製造例1-4(反応性PDMSの製造)」は,刊行物5で定義され
ている「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体」とは異なる「コー
ポリカーボネート樹脂」として,その特許出願の後に追加記載されたものであり,
刊行物5には,特許請求の範囲に記載されている「ポリカーボネート-ポリオルガ
ノシロキサン共重合体」を含有して成るポリカーボネート系樹脂組成物の発明と,
それとは「ポリオルガノシロキサン部」の化学構造が異なる「コーポリカーボネー
ト樹脂」を含有して成るポリカーボネート系樹脂組成物の発明とが記載されている
のである。
2 取消事由2(相違点の認定の誤り)
 本件決定は,刊行物5(甲9)には「安定剤」の配合は示唆されているが,
その具体的な安定剤の種類が記載されていない点で訂正発明1と相違する(決定謄
本8頁第2段落)としているが,安定剤の配合そのものについて示唆されていない
のであるから,この相違点の認定は誤りである。刊行物5には,添加剤の例とし
て,「金属繊維,無機充填剤,金属粉末,紫外線吸収剤,難燃剤,着色剤など」
(4頁右上欄)が記載されているように,そこに記載されている「添加剤」は樹脂
組成物それ自体の性質を改変するものではなく,当該樹脂組成物を特定の用途に応
用する際の添加剤が開示されているのであり,安定剤のような樹脂組成物それ自体
の性質を改変させるための添加剤の配合は示唆されていない。
3 取消事由3(相違点の看過)
 刊行物5(甲9)に記載された発明は,従来ポリカーボネート樹脂の剛性や
寸法安定性を向上させるためにガラス繊維を添加したポリカーボネート樹脂が知ら
れていたが,より高い耐衝撃性の向上が十分ではなかったという課題を解決するこ
とを目的とするものであり,公知のガラス繊維とポリカーボネート樹脂との組成物
の改良に係るものである。これに対し,訂正発明1は,低温でのポリカーボネート
樹脂の耐衝撃性を改良することをその課題とするものであり,ガラス繊維を含有す
ることを必須とするものではない。したがって,両発明のこのような相違点を実質
的に相違点ではないとした本件決定の認定は誤りである。
4 取消事由4(相違点の判断の誤り)
 本件決定は,亜リン酸やホスファイトなどの配合が刊行物1~4,7,9
(甲5~8,11,13)に記載されているとしているが(決定謄本8頁第4段
落),これらはいずれもポリカーボネート樹脂又はポリカーボネート樹脂を含有す
る樹脂類の熱安定化のために使用されるものであり,コーポリカーボネート樹脂単
独への配合を示唆するものではない。また,ポリカーボネート樹脂とコーポリカー
ボネート樹脂は樹脂として異なるものであるから,ポリカーボネート樹脂に配合さ
れることが知られている添加剤を,そのまま異なる樹脂であるコーポリカーボネー
ト樹脂に適用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。したがって,
刊行物1~4,7,9に記載されたポリカーボネート樹脂用の添加剤を,異なる樹
脂であるコーポリカーボネート樹脂に適用することは容易であるとした本件決定の
判断は,誤りである。
5 取消事由5(顕著な効果の看過)
 亜リン酸やホスファイトなどの熱安定剤の添加により滞留後のアイゾット衝
撃強度が改善されることは,いずれの刊行物にも記載及び示唆がされておらず,当
業者が容易に予測できる効果ということはできないから,本件決定は,この点にお
いて,訂正発明1の予想外の効果を看過したものである。また,コーポリカーボネ
ート樹脂は各刊行物記載のポリカーボネート樹脂とは異なる樹脂であり,当業者が
その効果を予測することもできない。したがって,ポリカーボネート樹脂の場合と
同等の効果を予測できるとした本件決定の認定は,何らの根拠もなく,誤りであ
る。
6 取消事由6(訂正発明2~5の容易想到性の判断の誤り)
 訂正発明2~5は,訂正発明1の構成を前提とするものであるところ,本件
決定は,上記のとおり訂正発明1についての判断が誤っているから,訂正発明2~
5についての判断も誤りである。
第4 被告の反論
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
 刊行物5(甲9)の「製造例1-4(反応性PDMSの製造)」の記載(7
頁)及び同製造例で得られた「反応性PDMS」を原料とし,同「製造例3-6
(PC-PDMS共重合体Fの製造)」によって得られたポリカーボネート-ポリ
オルガノシロキサン共重合体は,いずれも刊行物5中に記載された事項であり,特
許請求の範囲に記載された「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合
体」の製造例として理解されるべきものであるとともに,添加剤の配合に関する事
項も同一の刊行物に記載された事項であり,これらは一体として見られるべきもの
である。刊行物5の7頁に記載された「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサ
ン共重合体」は,刊行物5の特許請求の範囲の記載で定義された「ポリカーボネー
ト-ポリオルガノシロキサン共重合体」に含まれるものであり,訂正発明1に記載
の構造式(A)及び(B)で表される構造単位を有するコーポリカーボネート樹脂
に相当するものであるから,「両者は,特定された構造を有するコーポリカーボネ
ート樹脂を含むコーポリカーボネート組成物である点で一致し・・・刊行物5に記
載された発明では,ガラス繊維を必須成分とし,各種の添加剤を必要に応じて配合
することができるとするのみで,同刊行物には具体的な安定剤についての記載がな
い点で相違する」(決定謄本8頁第2段落)とした本件決定の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点の認定の誤り)について
 添加剤は,「それ自体の性質を改変するもの」と「特定の用途に応用する際
の添加剤」とに区別することはできないから,原告の主張は誤りというほかない。
そして,朝倉書店発行の高分子学会高分子辞典編集委員会編集「高分子辞典」(乙
2)に記載されるとおり,安定剤は,添加剤の中でも代表的なものであって,ポリ
カーボネート系樹脂においても同様であり,刊行物5(甲9)に記載された「各種
添加剤」から安定剤が排除されなければならないという理由は存在しない。
3 取消事由3(相違点の看過)について
 本件明細書において,「ガラス繊維・・・などの補強材などを適宜併用した
組成物としても当然に好適に使用されるものである」(甲2,4頁左欄)と記載さ
れているとおり,訂正発明1においてもガラス繊維の添加されたものが含まれてい
ることは明らかであり,ガラス繊維の含有の有無が実質的な相違点にならないとし
た本件決定の認定に誤りはない。
4 取消事由4(相違点の判断の誤り)について
 ホスファイトは,ポリカーボネートの熱安定剤として知られたものであると
ともに,ポリカーボネートと共にポリシロキサンが含有された組成物においても,
また,訂正発明1のコーポリカーボネートに近似する「ポリシロキサン-ポリカー
ボネートブロック共重合体」の組成物においても,同様に熱安定剤として用いられ
ている。したがって,刊行物5(甲9)に記載されたコーポリカーボネート樹脂に
おいても,熱安定性の向上を期待して,周知の熱安定剤であるホスファイトを採用
することは容易なことであり,当業者であれば容易にし得ることであるとした本件
決定の判断に誤りはない。
5 取消事由5(顕著な効果の看過)について
 耐衝撃性に優れるという性質自体は,刊行物5(甲9)にも記載されるよう
に「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体」自体が有するものであ
ることは明らかである。また,平成12年11月6日付け特許異議意見書(乙3)
3頁に記載されているように,熱安定性の効果として滞留による色相変化と共に低
温アイゾット衝撃強度変化が示されているのであり,高温度下での滞留という熱に
対する劣化を抑えることを期待して,亜リン酸やホスファイトという周知の熱安定
剤が使用されていることも明らかである。したがって,「滞留後のアイゾット衝撃
強度の変化が優れるというのも,熱安定剤としての耐熱性を示す指標でしかなく,
ポリカーボネートの優れた熱安定剤である有機ホスファイト及び亜リン酸であるな
らば,予測し得たところと言わざるを得ない」(決定謄本8頁最終段落)とした本
件決定の認定判断に誤りはない。
6 取消事由6(訂正発明2~5の容易想到性の判断の誤り)について
 上記のとおり訂正発明1についての本件決定の判断に誤りはないから,訂正
発明2~5についての判断にも誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1)刊行物5(甲9)には,その「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサ
ン共重合体」について,「本発明において用いられるポリカーボネート-ポリオル
ガノシロキサン共重合体は,次の一般式
・・・
で表わされる繰返し単位を有するポリカーボネート部と,次の一般式
・・・
で表わされる繰返し単位を有するポリオルガノシロキサン部からなるもので
ある」(2頁左上欄~左下欄)との記載,「ポリカーボネート-ポリオルガノシロ
キサン共重合体は・・・ブロック共重合体であって」(2頁左下欄~右下欄)との
記載,及び上記ブロック共重合体の製造方法について,「このようなポリカーボネ
ート-ポリオルガノシロキサン共重合体は,例えば予め製造されたポリカーボネー
ト部を構成するポリカーボネートオリゴマーと,ポリオルガノシロキサン部を構成
する,末端に反応性基を有するポリオルガノシロキサンとを,塩化メチレン,クロ
ロベンゼン,ピリジン等の溶媒に溶解させ,ビスフェノールの水酸化ナトリウム水
溶液を加え,触媒としてトリエチルアミンやトリメチルベンジルアンモニウムクロ
ライド等を用い,界面反応することにより製造することができる」(2頁右下欄)
との記載がある。
(2)そして,刊行物5(甲9)は,「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキ
サン共重合体」の「ポリオルガノシロキサン部」について,共重合体を形成する際
にその繰返し単位部分が直接ポリカーボネート部(の一般式(Ⅰ)の繰返し単位部
分)と結合していることは規定していないから,一般式(Ⅱ)で表わされる繰返し
単位を有していればその要件を満たすものであることは明らかである。また,刊行
物5の7頁に記載された製造例1-4により得られた「反応性PDMS」には,一
般式(Ⅱ)に相当する-[Me2SiO]-という繰返し単位をもつ「ポリオルガ
ノシロキサン部」が存在し,「ポリオルガノシロキサン部」は一般式(Ⅱ)で表わ
される繰返し単位を有し,その末端に反応性基を有するものであることがその製造
方法の記載から明らかであるから(製造例1-1はHO-Ar-O-型の反応性基
を持つ場合であり,製造例1-4はHO-Ar-R-型の反応性基を持つ場合であ
る。),上記「反応性PDMS」が,製造例1-1と同様に,フェノール性水酸基
を含有する反応性基を有し,それに続く製造例3-6において,「製造例3-1に
おいて,製造例1-1で得られた反応性PDMSの代わりに,製造例1-4で得ら
れた反応性PDMSを用いたこと以外は製造例3-1と同様にしてPC-PDMS
共重合体Fを得た」(7頁右欄)と記載されているとおり,同一の製造方法を採用
してPC-PDMS共重合体(ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合
体)を得るものであり,刊行物5の7頁に記載された製造例3-6で得られる「ポ
リカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体」は,その特許請求の範囲に記
載の「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体」の製造実施例である
ことが明らかである。
(3)そうすると,刊行物5(甲9)の7頁に記載された「ポリカーボネート-
ポリオルガノシロキサン共重合体」は,刊行物5の特許請求の範囲の記載で定義さ
れた「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体」に含まれるものであ
るから,刊行物5には,特許請求の範囲に記載されている「ポリカーボネート-ポ
リオルガノシロキサン共重合体」を含有して成るポリカーボネート系樹脂組成物の
発明と,それとは「ポリオルガノシロキサン部」の化学構造が異なる「コーポリカ
ーボネート樹脂」を含有して成るポリカーボネート系樹脂組成物の発明とが記載さ
れているとの原告の主張は失当である。したがって,刊行物5の7頁に記載された
「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体」は,訂正発明1に記載の
構造式(A)及び(B)で表される構造単位を有するコーポリカーボネート樹脂に
相当するものであるから,「訂正発明1と刊行物5に記載された発明を対比する
と,両者は,特定された構造を有するコーポリカーボネート樹脂を含むコーポリカ
ーボネート樹脂組成物である点で一致し」(決定謄本8頁第2段落)ているとする
本件決定の認定に誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点の認定の誤り)について
 原告は,本件決定の,刊行物5(甲9)には「安定剤」の配合は示唆されて
いるが,その具体的な安定剤の種類が記載されていない点で訂正発明1と相違する
(決定謄本8頁第2段落)との認定が誤りであると主張するが,朝倉書店発行の高
分子学会高分子辞典編集委員会編集「高分子辞典」(乙2)及び同「新版高分子辞
典」(乙8)によれば,高分子化学の分野において,添加剤はプラスチックの特性
改良のために加えられる物質の総称であり,安定剤がそれに含まれることが認めら
れる。そして,「プラスチックの特性改良」は,プラスチック,すなわち樹脂組成
物の物理的性質あるいは化学的性質等を何らかの形で変化させることであり,添加
剤を添加したにもかかわらずその樹脂組成物の持つすべての性質が維持されている
ことはあり得ないから,添加剤を,原告のいう「樹脂組成物それ自体の性質を改変
するもの」と「樹脂組成物を特定の用途に応用する際に添加するもの」とに区別す
ることはできず,また,上記「高分子辞典」によれば,刊行物5に添加剤として列
挙されているもののうち,「紫外線吸収剤」が「安定剤」の一つであることも明ら
かである。したがって,刊行物5に安定剤の配合そのものについて示唆されていな
いとする原告の取消事由2の主張は失当である。
3 取消事由3(相違点の看過)について
 原告は,刊行物5(甲9)に記載された発明がガラス繊維の含有を必須とす
るのに対し,訂正発明1はそうではないことを前提として,本件決定には両発明の
相違点を看過した誤りがある旨主張するが,本件明細書(甲2)の「ガラス繊
維・・・などの補強剤などを適宜併用した組成物としても当然に好適に使用され
る」(4頁左欄第2段落)との記載によれば,訂正発明1の組成物はガラス繊維を
配合した組成物をも含むものであり,そのコーポリカーボネート樹脂組成物はガラ
ス繊維を配合したものを除外しているものではないから,ガラス繊維の含有の有無
が刊行物5に記載された発明との相違点にならないことは明らかである。したがっ
て,この点に関する原告の取消事由3の主張も失当である。
4 取消事由4(相違点の判断の誤り)について
 原告は,刊行物1~4,7,9(甲5~8,11,13)に記載されたポリ
カーボネート樹脂用の添加剤を,異なる樹脂であるコーポリカーボネート樹脂に適
用することは容易であるとした本件決定の判断は誤りであると主張する。しかし,
朝倉書店発行の高分子学会高分子辞典編集委員会編集「高分子辞典」(乙4)によ
れば,一般に,単量体Aと単量体Bからなるブロック共重合体は重合体Aと重合体
Bの性質を兼ね備えている場合が多いことは当業者に周知であることが認められ
る。そして,刊行物5(甲9)の製造例3-6のポリカーボネートとポリオルガノ
シロキサンから成るブロック共重合体は,それぞれの重合体の性質を有すること,
刊行物5の重合体は,エンジニアリングプラスチックとして各種の工業部材に成形
され使用されるものであり,その5頁右下欄の実施例に見るとおり,成形に当たっ
ては,押出,射出等の加熱処理が避けられず,樹脂組成物の熱安定性は実用上当然
に要求されるものであるから,添加剤としての安定剤の使用は,むしろ必然的なも
のであることを当業者が理解することは容易である。また,刊行物5の「ポリカー
ボネート-ポリオルガノシロキサン共重合体10~90重量%,ガラス繊維10~
60重量%,ポリカーボネート樹脂0~80重量%」(2頁左上欄)という組成物
のうち,「樹脂成分中のポリオルガノシロキサン量が0.5~40重量%」(同)
とあり,ポリカーボネート部分の割合がポリシロキサン部分より多いのであるか
ら,刊行物1~4,7,9記載のとおりポリカーボネートに対して熱安定性効果を
有することが知られているホスファイトを,安定剤として選択し,使用を試みるこ
とは,当業者が容易に想到し得ることである。したがって,原告の取消事由4の主
張は理由がない
5 取消事由5(顕著な効果の看過)について
 原告は,本件決定が,訂正発明1の予測し得ない顕著な効果を看過した誤り
があると主張するが,刊行物5(甲9)に「ガラス繊維を添加することによりアイ
ゾット衝撃強度は,脆性破壊し低くなってしまう」(1頁右欄)とあるように,ガ
ラス繊維の添加は,衝撃強度の低下をもたらすことから,耐衝撃性の改良のため
に,刊行物5に記載された発明は,「ポリカーボネート-ポリオルガノシロキサン
共重合体,ガラス繊維およびポリカーボネート樹脂を特定割合で配合することによ
り,耐衝撃性に優れ・・・たポリカーボネート系樹脂組成物が得られることを見出
し」(2頁左上欄)たものである。このように,ポリカーボネート-ポリオルガノ
シロキサン自体が優れた耐衝撃性を有するものであるところ,成形のための加熱処
理の過程において,コーポリカーボネート樹脂自体の劣化が進み,熱安定剤を加え
なければ,本来の耐衝撃強度が多かれ少なかれ低下するのは当然のことであって,
熱安定剤によって耐衝撃強度が向上したものでないことは明らかである。そして,
熱安定剤については,ポリカーボネートの材料特性としての熱的性質に関して,刊
行物1(甲5)に「りん化合物は熱酸化防止にきわめて効果があ」(145頁)る
と記載され,通常の安定剤を適用してみた結果,そのうちのリン化合物であるホス
ファイトの効果が大きいことが確認されており,また,刊行物2~4,7,9(甲
6~8,11,13)には,ホスファイトが種々のポリカーボネート系樹脂組成物
の熱安定剤として使用されていることが記載されている。そうすると,訂正発明1
のコーポリカーボネートが,シロキサン結合を有するとしても,その主たる構造が
ポリカーボネート結合である以上,ポリカーボネートにおける熱安定剤であるホス
ファイトを使用することによる効果を当業者が予測し得ないということはできな
い。したがって,「滞留後のアイゾット衝撃強度の変化が優れるというのも,熱安
定剤としての耐熱性を示す指標でしかなく,ポリカーボネートの優れた熱安定剤で
ある有機ホスファイト及び亜リン酸であるならば,容易に予測し得たところと言わ
ざるを得ない」(決定謄本8頁最終段落)とした本件決定の認定判断に誤りはな
く,原告の取消事由5の主張も採用することができない。
6 取消事由6(訂正発明2~5の容易想到性の判断の誤り)について
 上記第2の2の特許請求の範囲の記載によれば,訂正発明2~5は,訂正発
明1の構成を前提とするものということができるが,上記説示のとおり,訂正発明
1に係る取消事由1~5は理由がないから,これを前提とする原告の取消事由6の
主張も理由がないことに帰する。
7 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を
取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 長  沢  幸  男

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