弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 被告人Aの弁護人本間大吉、同被告人及び被告人Bの弁護人椢原隆一の各上告趣
意について。
 そもそも憲法二一条の規定する集会、結社および言論、出版その他一切の表現の
自由が、侵すことのできない永久の権利すなわち基本的人権に属し、その完全なる
保障が民主政治の基本原則の一つであること、とくにこれが民主主義を全体主義か
ら区別する最も重要な一特徴をなすことは、多言を要しない。しかし国民がこの種
の自由を濫用することを得ず、つねに公共の福祉のためにこれを利用する責任を負
うことも、他の種類の基本的人権とことなるところはない(憲法一二条参照)。こ
の故に日本国憲法の下において、裁判所は、個々の具体的事件に関し、表現の自由
を擁護するとともに、その濫用を防止し、これと公共の福祉との調和をはかり、自
由と公共の福祉との間に正当な限界を劃することを任務としているのである。
 本件において争われている昭和二五年広島市条例第三二号集団行進及び集団示威
運動に関する条例を改正する条例(以下「本条例」と称する)が憲法に適合するや
否やの問題の解決も、結局、本条例によつて憲法の保障する表現の自由が、憲法の
定める濫用の禁止と公共の福祉の保持の要請を越えて不当に制限されているかどう
かの判断に帰着するのである。
 本条例の規制の対象となつているものは、道路その他公共の場所における集会若
しくは集団行進、および場所のいかんにかかわりない集団示威運動(以下「集団行
動」という)である。かような集団行動が全くの自由に放任さるべきものであるか、
それとも公共の福祉――本件に関しては公共の安寧の保持――のためにこれについ
て何等かの法的規制をなし得るかどうかがまず問題となる。
 およそ集団行動は、学生、生徒等の遠足、修学旅行等および、冠婚葬祭等の行事
をのぞいては、通常一般大衆に訴えんとする、政治、経済、労働、世界観等に関す
る何等かの思想、主張、感情の表現を内包するものである。この点において集団行
動には、表現の自由として憲法によつて保障さるべき要素が存在することはもちろ
んである。ところでかような集団行動による思想等の表現は、単なる言論、出版等
によるものとはことなつて、現在する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一
種の物理的力によつて支持されていることを特徴とする。かような潜在的な力は、
あるいは予定された計画に従い、あるいは突発的に内外からの刺激、せん動等によ
つてきわめて容易に動員され得る性質のものである。この場合に平穏静粛な集団で
あつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒
と化し、勢いの赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躪し、集団行動の指揮者はも
ちろん警察力を以てしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在する
こと、群集心理の法則と現実の経験に徴して明らかである。従つて地方公共団体が、
純粋な意味における表現といえる出版等についての事前規制である検閲が憲法二一
条二項によつて禁止されているにかかわらず、集団行動による表現の自由に関する
かぎり、いわゆる「公安条例」を以て、地方的情況その他諸般の事情を十分考慮に
入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要かつ最小限度の措置を事前に
講ずることは、けだし止むを得ない次第である。
 しからば如何なる程度の措置が必要かつ最小限度のものとして是認できるであろ
うか。これについては、公安条例の定める集団行動に関して要求される条件が「許
可」を得ることまたは「届出」をすることのいずれであるかというような、概念乃
至用語のみによつて判断すべきでない。またこれが判断にあたつては条例の立法技
術上のいくらかの欠陥にも拘泥してはならない。我々はそのためにすべからく条例
全体の精神を実質的かつ有機的に考察しなければならない。
 今本条例を検討するに、集団行動に関しては、公安委員会の許可が要求されてい
る(一条)。しかし公安委員会は「周囲の情勢から合理的に判断して」その集団行
動の実施が「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場
合の外はこれを許可しなければならない」(三条)。すなわち許可が義務づけられ
ており、不許可の場合が厳格に制限されている。従つて本条例は規定の文面上では
許可制を採用していても、この許可制はその実質において届出制とことなるところ
がない。集団行動の条件が許可であれ届出であれ、要はそれによつて表現の自由が
不当に制限されることにならなければ差支えないのである。もちろん「公共の安寧
を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」には、許可が与えら
れないことになる。しかしこのことは法と秩序の維持について地方公共団体が住民
に対し責任を負担することからして止むを得ない次第である。許可または不許可の
処分をするについて、かような場合に該当する事情が存するかどうかの認定が公安
委員会の裁量に属することは、それが諸般の情況を具体的に検討、考量して判断す
べき性質の事項であることから見て当然である。我々は、とくに不許可の処分が不
当である場合を想定し、または許否の決定が保留されたまま行動実施予定日が到来
した場合の救済手段が定められていないことを理由としてただちに本条例を違憲、
無効と認めることはできない。本条例中には、公安委員会が集団行動開始日時の一
定時間前までに不許可の意思表示をしない場合に、許可があつたものとして行動す
ることができる旨の規定が存在しない。しかし、この場合に行動の実施が禁止され、
これを強行すれば主催者等は処罰されるものと解釈し、かような規定の不存在を理
由にして本条例の趣旨が、集団行動を一般的に禁止し許可制を以て表現の自由を制
限するに存するもののごとく考え、本条例全体を違憲であるとするごときは当を得
たものということができない。
 次に所論は、規制の対象となる集団行動が行われる場所に関し、本条例が集会若
しくは集団行進については「道路その他公共の場所」、集団示威運動については「
場所のいかんを問わず」というふうに規定しているのは一般的制限禁止を規定した
許可制を定めたものであると主張する。しかしいやしくも集団行動を法的に規制す
る必要があるとするなら、集団行動が行われ得るような場所をある程度包括的にか
かげ、またはその行われる場所の如何を問わないものとすることは止むを得ない次
第であり、他の条例において見受けられるような、本条例よりも幾分詳細な基準(
例えば「道路公園その他公衆の自由に交通することができる場所」というごとき)
を示していないからといつて、これを以て本条例が違憲、無効である理由とするこ
とはできない。なお集団的示威運動が「場所のいかんを問わず」として一般的に制
限されているにしても、かような運動が公衆の利用と全く無関係な場所において行
われることは、運動の性質上想像できないところであり、これを論議することは全
く実益がない。また、集団行動を規制する本条例は行動の目的、時間についての制
限基準を示さないけれども、「周囲の情勢から合理的に判断して、その集会、集団
行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危害を及ぼすと明ら
かに認められる場合の外は、これを許可しなければならない」(三条一項)と規定
している以上、これをもつて憲法二一条一項に違反するものとはいえない。
 要するに本条例の対象とする集団行動、とくに集団示威運動は、本来平穏に、秩
序を重んじてなさるべき純粋なる表現の自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱し、
暴力に発展する危険性のある物理的力を内包しているものであり、従つてこれに関
するある程度の法的規制は必要でないとはいえない。国家、社会は表現の自由を最
大限度に尊重しなければならないこともちろんであるが、表現の自由を口実にして
集団行動により平和と秩序を破壊するような行動またはさような傾向を帯びた行動
を事前に予知し、不慮の事態に備え、適切な措置を講じ得るようにすることはけだ
し止むを得ないものと認めなければならない。もつとも本条例といえども、その運
用の如何によつては憲法二一条の保障する表現の自由の保障を侵す危険を絶対に包
蔵しないとはいえない。条例の運用にあたる公安委員会が権限を濫用し、公共の安
寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力
戒心すべきこともちろんである。しかし濫用の虞れがあり得るからといつて、本条
例を憲法二一条に違反するものとはいえない。してみれば本条例が憲法一一条、一
三条に違反するといえないことも明らかである。論旨は理由がない。
 よつて刑訴四一四条、三九六条に従い、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官藤田八郎、同垂水克己の反対意見があるほか、裁判官全員一
致の意見によるものである。
 裁判官藤田八郎の反対意見は次のとおりである。
 自分は、本条例が第一条において、道路その他公共の場所で行う集会、集団行進
又は場所のいかんを問わず集団示威運動は公安委員会の許可を受けないでこれを行
つてはならないと規定し、この種行動に対し許可制を採つている点において同条例
は憲法の趣意に沿わないとするものであるが、その理由は、東京都条例に関する昭
和三五年(あ)第一一二号事件大法廷判決(同年七月二〇日言渡)における自分の
反対意見と同旨であるからここに引用する。
 裁判官垂水克己の反対意見は次のとおりである。
 本条例は集会、集団行進又は集団示威運動の自由を制限する基準が全体的に不明
確な傾向を持つているが、集団示威運動については「場所の如何を問わず、公安委
員会の許可を受けないでこれを行つてはならない」旨を規定しながら「同委員会が
示威運動開始の一定時間前迄に条件を附し又は許可を与えない旨の意思表示をしな
いときは許可のあつたものとして行動することができる」というような規定を欠く。
本条例の明文に従えば示威運動は場所の如何を問わず許可、不許可の意思表示を受
けないで行えば処罰されることになつているから、右いずれの意思表示をも受けな
い場合には、一般民衆は同運動をあきらめ、一方、警察は何の意思表示もないのに
同運動が行われた場合これを検挙する措置をとることが屡々生ずることがないとは
断じ難い。その場合警察のかような措置を職権濫用ともいえないのではないか。本
条例のような表現の自由の制限規定を多数意見の程度に合憲のように解することは
相当とは思われない。同運動の自由を制限する基準を明確なものに改めない限り、
集団示威運動に関する本条例の規定は憲法二一条に違反すると解するのが相当であ
る。原判決は破棄を免れない。(詳細は昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団
行進及び集団示威運動に関する条例違反昭和三五年(あ)第一一二号事件大法廷判
決における私の反対意見参照。)
 検察官 村上朝一、同井本台吉、同吉河光貞、同中村哲夫公判出席
  昭和三五年七月二〇日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    高   橋       潔
            裁判官    高   木   常   七
            裁判官    石   坂   修   一
 裁判官池田克は海外出張中につき、署名押印することができない。
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎

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