弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
     本件訴を却下する。
     訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人竺原巍、同山本毅の上告理由第二点について
 原審が確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。
 (一) 昭和四七年五月ごろ、被上告人の娘Dは上告人会社(当時の商号は有限会
社E薬局)の代表取締役、被上告人は同会社の取締役であつたものであり、また、
上告人会社の社員の持分合計二二〇口のうち一〇〇口は被上告人の、九三口はDの、
一〇口は被上告人の娘Fの、一〇口は右Dの夫のGの各出資にかかり、残余の七口
も被上告人の親族の者が出資していて、上告人会社は被上告人及びDを中心とする
同族によつて経営されていた。
 (二) 上告人会社は、昭和四七年三月ごろから経営に行詰りを来したため、被上
告人、D、G、Fの夫Hらが協議した結果、被上告人、Dらはその持分を訴外I、
同J夫婦に譲渡して上告人会社の経営から手を引くことになり、同年五月二八日被
上告人の持分一〇〇口のうち四〇口をJに、六〇口をIに、Dの持分九三口のうち
九〇口及びGの持分一〇口全部をIに譲渡することがそれぞれの当事者間で合意さ
れ、右I夫婦は右各持分譲渡を受けたことの代償として上告人会社が当時負担して
いた債務の弁済等のため金五〇〇万円を出捐し、被上告人及びDは上告人会社に対
し取締役の辞任届を提出した。
 (三) ここにおいて、昭和四七年五月二八日上告人会社の社員総会において、(
イ) 前記各社員持分譲渡の承認、(ロ) I夫婦を取締役に、更にJを代表取締
役にそれぞれ選任すること、(ハ) 右(イ)、(ロ)に伴う、定款中の社員の氏
名、住所、出資口数、取締役、代表取締役に関する記載の変更を内容とする決議が
なされたとして、I夫婦が取締役に、更にJが代表取締役に就任した旨の登記がそ
のころなされ、以後右両名が事実上上告人会社の経営にあたつて今日に至つている。
 また、昭和四七年六月一一日上告人会社の社員総会においてその商号を有限会社
E薬局から有限会社A薬品に変更する旨の決議がなされたとして、そのころ右商号
変更の登記がなされている。
 (四) 被上告人が前記各社員総会決議の不存在の確認を求める本件訴を提起した
のは、前記社員持分譲渡の合意がされてから約三年を経たのちのことである。
 以上の事実関係のもとにおいて、原審は、本件社員総会決議が会社経営の実権の
移転という重大な事項にかかわるものであり、かつ、その決議に関する比較的軽微
な瑕疵の存否ではなく、決議の存在そのものが問題とされている以上、被上告人の
本件訴の提起を権利の濫用であるとして排斥することはできないとし、被上告人の
本訴請求を認容した。
 しかしながら、被上告人は、相当の代償を受けて自らその社員持分を譲渡する旨
の意思表示をし、上告人会社の社員たる地位を失うことを承諾した者であり、右譲
渡に対する社員総会の承認を受けるよう努めることは、被上告人として当然果たす
べき義務というべきところ、当時Dと共に一族の中心となつて上告人会社を支配し
ていた被上告人にとつて、社員総会を開いて前記被上告人らの持分譲渡について承
認を受けることはきわめて容易であつたと考えられる。このような事情のもとで、
被上告人が、社員総会の持分譲渡承認決議の不存在を主張し、上告人会社の経営が
事実上I夫婦の手に委ねられてから相当長年月を経たのちに右決議及びこれを前提
とする一連の社員総会の決議の不存在確認を求める本訴を提起したことは、特段の
事情のない限り、被上告人において何ら正当の事由なく上告人会社に対する支配の
回復を図る意図に出たものというべく、被上告人のこのような行為はI夫婦に対し
甚しく信義を欠き、道義上是認しえないものというべきである。ところで、株式会
社における株主総会決議不存在確認の訴は、商法二五二条所定の株主総会決議無効
確認の訴の一態様として適法であり、これを認容する判決は対世効を有するものと
解されるところ(最高裁昭和三五年(オ)第二九六号同三八年八月八日第一小法廷
判決・民集一七巻六号八二三頁、最高裁昭和四一年(オ)第八二号同四五年七月九
日第一小法廷判決・民集二四巻七号七五五頁参照)、右商法二五二条の規定は有限
会社法四一条により有限会社の社員総会に準用されているので、右社員総会の決議
の不存在確認を求める被上告人の本訴請求を認容する判決も対世効を有するものと
いうべきである。そうすると、前記のように被上告人の本訴の提起がI夫婦に対す
る著しい信義違反の行為であること及び請求認容の判決が第三者であるI夫婦に対
してもその効力を有することに鑑み、被上告人の本件訴提起は訴権の濫用にあたる
ものというべく、右訴は不適法たるを免れない。これを適法として本案につき判断
した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼす
ことが明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、その余の上告理由につ
いて判断するまでもなく原判決は破棄を免れず、更にこれと同旨の第一審判決は取
消を免れない。そして、本件訴はこれを却下すべきものである。
 よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁
判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    本   山       亨

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