弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1被告が原告に対し昭和四一年一月二〇日付でなした昭和三八年度分および昭和三
九年度分の所得税の各更正処分をいずれも取消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
       事   実
第一、当事者の求める裁判
一、原告
主文同旨
二、被告
1、原告の請求をいずれも棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張した事実
一、原告の請求原因
1、原告は千葉市内で食肉、タバコ等の小売商を営むいわゆる白色の納税義務者
で、昭和三九年三月一六日、昭和三八年度分の所得金額を五四一、〇〇五円、税額
を一六、二〇〇円、昭和四〇年三月一五日、昭和三九年度分の所得金額を四三一、
六五〇円、税額を二二、二〇〇円とする白色の確定申告をした。ところが、被告は
昭和四一年一月二〇日昭和三八年度分の所得金額を八三一、一〇〇円、税額を六
〇、六〇〇円、昭和三九年度分の所得金額を七四五、一四九円、税額を七一、四〇
〇円とする更正処分をなし、その旨原告に通知した。(以下本件各更正処分とい
う。)
2、原告はこれを不服として、昭和四一年二月一四日被告に対し異議申立をした
が、被告は同年五月一六日これを棄却する決定をし、その旨原告に通知したので、
原告は同年六月一四日東京国税局長に右各棄却決定を不服として審査請求をなした
が、昭和四二年六月一二日いずれも棄却され、その旨通知を受けた。
3、ところで、本件各更正処分は、いずれも所得税法(昭和四〇年法律第三三号に
よる改正前のもの、以下同じ。)四五条三項のいわゆる推計(以下右規定に基づく
課税を推計課税という。)によりなされたものであるが、以下の理由により違法で
あつて取消を免れない。
(一)、(本件各更正決定の理由不備の違法)
 更正決定をなすには、更正した理由の付記を必要とすると解すべきところ、本件
各更正決定書にはいずれもその記載がない。したがつて、本件各更正処分は違法で
あるというべきである。
(二)、(推計課税をなす前提としての所得税法六三条の調査権―以下単に質問検
査権といい、同条三号のそれを反面調査ともいう。―行使の違法等と推計課税の違
法)
(1)、質問検査権は、確定申告が過少であるなどの合理的な疑い、すなわち検査
の合理的必要性がなければ行使できず、また質問検査権の行使に際しては、これを
開示すべきであるところ、被告は右合理的必要性がないにもかかわらず、質問検査
権の行使と称して、原告店舗への数度にわたる臨場調査(以下、本件質問検査権の
行使という。)をなし、かつ原告の要求にもかかわらず、右開示を拒絶した。
(2)(イ)、昭和三九年夏頃千葉税務署職員が原告宅を訪れ、原告の承諾なく机
上の書類いれのひきだしを開け、小切手帳を取り出し、これを写しとつた。
(ロ)、昭和四〇年九月四日千葉税務署職員二名が原告宅を訪れ、原告の承諾な
く、壁上にピンで留めてあつた千葉民主商工会(中小商工業者の生活と営業の権利
を守る組織体で、加入者は約七〇〇人であり、以下単に千葉民商という。)からの
総会招集の通知に関する葉書をはずして、その内容を写し、さらに「民商にはいつ
ているのか。」などと問いただした。
(ハ)、四月八日千葉税務署職員三名が原告宅を訪れたが、原告の長男Aや原告の
委任をうけて税務調査に立ち合つた千葉民商事務局員が葉書の内容を無断で写しと
つたことにつき抗議したところ、「税務職員が必要と認めたならば、納税者に関す
ることはなんでも調べることができる。葉書を写したことによつて、どんな人権が
侵害されるのか。」などと暴言をはいた。
 質問検査権は、国税犯則取締法上の調査と異り、いわゆる任意調査であるから、
これの行使には、相手方の同意を必要とするにもかかわらず、原告の同意を得るこ
となくなされた(イ)の行為、および調査の対象は所得税法六三条によれば「事業
に関する帳簿書類その他の物件」にかぎられ、事業に関係のない本件葉書などは調
査の対象とならないことが明らかであるにもかかわらず、右葉書の内容を写しとつ
た(ロ)の行為は、いずれも違法であり、また(ハ)の行為は明らかに質問検査権
の行使を逸脱したもので違法である。
(3)、もともと被告は千葉民商を破壊する目的で質問検査権を行使したのであ
る。このことは先に述べた昭和四〇年九月四日千葉税務署職員が原告の長男Aに対
し、「葉書を写しとつたのは、民商がどういうものか知りたかつたので。」と云つ
たり、税務署が納税者に対し千葉民商をあたかも反税団体であるかのように宣伝
し、あるいは税務署の玄関前に署長名で「千葉民主商工会の会員は、税務調査を拒
否したり、または引き延ばしを図つたり、税理士の資格を持たない事務員や会員の
人逹が調査に立ち合おうとしたり、妨害するなどの悪質な行為が目立つています…
…。」と記載した看板を立てかけるなどして、事実と全く相違するデマ宣伝をして
いることから明らかである。
 以上(1)、(2)、(3)で述べたとおり、推計課税の前提手続を構成する質
問検査権の行使自体が違法であるから、右違法な行為を前提としてなされた本件各
更正処分は(推計によると否とにかかわらず)違法であり取消さるべきである。
 かりに右主張が認められないとしても、原告は昭和三八年度分および昭和三九年
度分の事業に関する売上帳や仕入帳等の帳簿書類を有しており、かつ被告の正当な
税務調査には応ずる用意があつたのであるが、被告は、所得調査の合理的必要性を
開示せず、また右(ロ)で述べたように被告の違法行為に対し原告の長男Aが陳謝
を求めたのに、被告がこれに応じなかつたため、被告の質問検査権の行使を拒否し
たのであつて、右拒否は正当なものであるにかかわらず、被告が原告のこの行為を
とらえて調査拒否があつたとしそのため実額課税ができないとして直ちに推計によ
る本件各更正処分をなしたのは違法である。
(三)、(推計課税の内容の違法)
(1)、被告は当時推計の基礎となる資料を有していたわけではなく、単に見込で
本件各更正処分をなした。
 このことは、更正処分時における被告認定の昭和三八年度分および昭和三九年度
分の課税標準が、それぞれ八三一、一〇〇円、七四五、一四九円であるにもかかわ
らず、審査請求に対する棄却決定時における審査庁認定の右各課税標準が、それぞ
れ八三六、三〇〇円、九三九、四三八円となり、さらに本件訴訟において被告主張
の右各課税標準が、それぞれ一一二〇、八四七円、一一八二、二六八円であること
や、被告の主張する原告の取引先等の反面調査が、本件各更正処分後あるいは本件
訴訟が提起されてからなされたことから明らかである。
(2)、そもそも、課税処分取消訴訟の審理の対象は、処分の違法性の有無すなわ
ち右処分が適法な手続に基づいてなされたか否かということであつて、直接には課
税標準、税額等がいかほどかということではない。本件各更正処分についていえ
ば、推計による課税標準等が右処分時の資料によつて認定できるか否かということ
が審理の対象となるのである。したがつて、かりに右(1)の事実が認められない
としても、本件各更正処分の課税標準等を当時の資料によつて認定することができ
ないので、本件各更正処分は違法である。
(3)、被告は推計の基礎となる資料を収集するため、原告の取引先や取引銀行の
反面調査をなし、これにより得られた資料を利用して本件各推計課税をなした。と
ころで、反面調査の目的は取引先等の所得の調査にあるのではなく、納税者の所得
の調査にあるのであるから、反面調査は納税者の同意あるいは承諾がなければ行使
しえないと考えられる。しかし、原告は被告の反面調査につき承諾を与えていない
のであるから、右調査は違法であり、違法な反面調査により得られた資料を利用し
てなされた本件各更正処分は違法である。
(4)、以上の事実および主張が認められないとしても、推計課税の基礎資料とし
て、前記(二)(2)の(イ)で述べた小切手帳の写が使用されており、右小切手
帳の写は違法に収集されたものであるから、これを使用してなされた本件各更正処
分は違法である。
二、被告の答弁および主張
1、請求原因1、2の事実をいずれも認める。
2、(一)、請求原因3の冒頭の事実のうち、本件各更正処分が推計によりなされ
たことを認めるが、右各更正処分が違法であるとの点を争う。
(二)、請求原因3の(一)の事実のうち、本件各更正処分の通知書には理由の付
記がないことを認める。しかし税法では青色申告を更正する場合のほかは更正理由
の付記をなすべきことは要求されていない。
(三)、(1)、請求原因3の(二)(1)の事実のうち、原告店舗への臨場調査
の際、千葉税務署職員が調査の合理的必要性を原告に告知しなかつたことを認める
が、その余の事実を争う。
 質問検査権の行使には、その合理的必要性を要するとか、これの開示を必要とす
る旨の明文の規定はなく、税務署長としては、申告の内容が真実に反していると合
理的に疑うに足りる事情の存否にかかわらず、申告がはたして違法であるか否かを
確認する職責を有するというべきである。
 もつとも本件においては、被告は本件各更正処分をなすに先だち、原告提出の昭
和三八年度分および昭和三九年度分の各確定申告書を調査したところ、右申告書の
年間の所得金額の内訳欄には専従者控除金額および所得金額が記載されているのみ
で、当然記載を要すべき収入金額および必要経費の記載がなく、しかも収支計算書
の添付もなかつた。したがつて、原告の申告した所得金額がはたして所得税法の規
定に基づいて正当に算出されているか否かを確認するため、および原告が昭和三八
年一一月に家屋を増築したのでその建築資金についてもあわせて調査を行う必要が
あると認められたので、被告は所部の職員をして所得調査を行わせたのである。
(2)、(イ)、請求原因3の(二)(2)(イ)の事実のうち、小切手帳を写し
とつたことを認めるが、これは原告の承諾を得て適法になされた。
(ロ)、同(ロ)の事実のうち、原告主張の葉書の内容を写しとつたことを認め、
「民商にはいつているのか。」などと云つたことを争い、千葉民商の組織、実体等
は知らない。葉書の内容を写しとることについては原告の承諾を得ている。
(ハ)、同(ハ)の事実のうち、千葉税務署職員が原告主張の内容の暴言をはいた
ことを争うが、その余の事実を認める。
(3)、請求原因3の(二)(3)の事実のうち、税務署の玄関前に原告主張の看
板を立てかけたことを認めるが、その余の事実を争う。
 税務署が納税者に対し民商をあたかも反税団体であるかのように宣伝するとの原
告の主張は、被告が昭和四二年二月二三日付で訴外Bに送付した文書をさすと考え
られ、また看板は昭和四二年三月一〇日から同月一五日までの五日間立てかけられ
たのであつて、以上はいずれも本件各更正処分後の出来事であり、これをもつて、
税務調査が千葉民商破壊の目的をもつてなされたということはできない。
 そもそも右Bに送付した文書の内容は、納税義務者として適正な申告をなすよう
依頼したにすぎないものであり、また看板を立てかけるに至つた事情は次のとおり
であり、税務署長の正当な広報活動である。
 すなわち、昭和四二年三月一〇日午前一〇時五〇分頃千葉民商の事務局員ら六名
が千葉税務署玄関前の路上で、折から確定申告書の提出や納税相談のため来署した
納税者および一般市民に対して情報宣伝活動を開始し、宣伝ビラを配布した。右ビ
ラには「政府(税務署)は、中小業者からもつともつと重税をしぼりとろうとアノ
テコノテを使つてひどいことをしています。」などとの記載があり、ことさらに事
実に反することを宣伝し、納税意欲を阻害する行為をなした。このような不当な宣
伝がなされたのに、これをそのまま放置すると、納税者や一般市民にあたかも千葉
民商の宣伝が正当であるかのような誤解を与え、ひいては、適正、公平な課税の実
現が困難ともなりかねないので、被告は、納税者や一般市民が右宣伝に惑わされな
いようにするための措置として、やむを得ず、前記看板を署の玄関前にたてかけた
のである。
 ところで、白色申告者に対する更正処分をなすにつき、処分前に履践すべき所得
税法上の手続規定はなく、質問検査権の行使は、資料収集の一つの手段にすぎない
のであるから、質問検査権の行使と更正処分とは異る領域に属するというべきであ
る。したがつて、質問検査権行使の違法が、ただちに更正処分の違法を招来するも
のではない。なお被告が推計により本件各更正処分をなしたことについては次項3
において述べる。
(四)、(1)、請求原因3の(三)(1)および同(2)の事実のうち、原告主
張の各段階で課税標準が相違していることを認めるが、その余の事実を争う。
 課税処分取消訴訟で直接審理の対象となるのは、現にこれらの者の同意を得て行
い、これにより得られた資料を利用して本件各推計課税をなしたことおよび右反面
調査をなすに際し、原告の承諾を得ていないことを認めるが、右反面調査が違法で
あるとの原告の主張は争う。
3、(被告の質問検査権行使の適法性)
(一)、千葉税務署職員は昭和三九年夏頃、原告の昭和三八年度分の所得税の調査
のため原告宅に赴き、身分証明書、検査証を示して、同年度分の帳簿書類の呈示を
求めたが、原告は煙草と食肉の仕入金額を便箋に記載して提出したのみで、その基
礎となる帳簿書類を呈示しなかつた。それで右書類の提出を求めたところが、原告
は原始記録の保存は一切なく記帳もしていないと答え、また同職員の「食肉、煙草
以外のハム、ソーセージおよびその他の食品の仕入額は分りますか。」との質問に
対し「東金市のCさんの仕入しか分りませんから、その他はCの仕入から推計して
下さい。」と答え、その他の商品の仕入先や仕入金額などの回答をしないまま一貫
して不得要領に終始した。
 その際右職員はたまたま店舗内に原告のものと認められる千葉信用金庫の小切手
帳および売上帳があつたので、原告にその提示を求め、原告の了解のもとにその記
載内容を写した。
(二)、その後、同人は病気になり、原告の所得調査を続行することが不可能とな
つたので、調査は結論を得ないままなされた課税処分の適否であつて、実際の課税
標準税額等ではないから、課税処分についても手続上の違法を問題にしうる余地は
ある。その意味では、課税処分取消訴訟は純然たる民事上の債務不存在確認訴訟と
は異る。しかし、課税処分は客観的抽象的にすでに成立している租税債務を確認
し、それを具体的に確定するための一つの方法にすぎず、かつ先に述べたように青
色申告を更正する場合の帳簿書類の調査、理由の付記などのほかには、課税庁が課
税処分をなすに際して、一定の手続を履践すべき所得税法上の手続規定は存在しな
いから、課税庁の認定、計算した課税標準等または税額等が税法に違反しているか
どうかは、青色申告の更正の場合を除き、もつぱらそれが実際の課税標準等または
税額等を超えているかどうかによつて決せられるのである。したがつて、実際の課
税標準等または税額等の認定根拠は単なる攻撃防禦方法にすぎない。そして実際の
課税標準等または税額等が本来課税処分よりも以前にすでに一般的に決つている建
前であるかぎり、右処分の違法性の判断はこれを処分時で判断しても、それ以後の
時点において判断してもその判断内容が異るはずがないから、右判断は原告主張の
ように処分時の資料によつてのみなすべきであるということはできない。
 (2)、同(3)の事実のうち、被告は推計の基礎となる資料を収集するため、
原告の取引先や取引銀行の反面調査を一時中断される結果となつた。そして昭和四
〇年に至り、他の職員が昭和三八年度分の所得のほか、その後原告から提出されて
いた昭和三九年度分の所得税の確定申告の調査をなすため、前後七回にわたり同人
宅に臨店した。
(1)、すなわち、昭和四〇年七月二〇日千葉税務署職員が原告方に臨店したとこ
ろ、同人が在宅していたので、身分証明書と検査証を示し、昭和三八年度分および
昭和三九年度分の帳簿書類の呈示を求めたところ、原告は長男Aの不在等を理由に
調査の延期を求めたので、同職員は原告の四、五日中に必ず連絡するとの約束を得
て、退出した。
(2)、その後、原告からの連絡がなかつたので、同月二七日臨店したところ、原
告から再度長男Aが出張のため不在との理由で調査の延期を求められ、やむなく、
八月三日まで待つことを約して退出した。しかし、当日になつても連絡がないの
で、電話連絡したところ、原告は「息子が帰つたばかりで、帳面を探しているから
しばらく待つて欲しい」といい、八月六日再度電話連絡をしたが、今度は八月一八
日まで待つてもらいたいとの要望であつた。
(3)、そこで同年八月一八日原告宅に赴き、はじめて長男Aに会い、数回来店し
たが、同人に会えず、そのため調査が延期していることを告げ、両年度分の帳簿書
類の閲覧を求めたが、同人は「昭和三八年度分の資料はすでに処分したので残つて
いない。昭和三九年度分については本日調査を受けると思つていなかつたので準備
していない。」と答えたので、同職員が「三九年度分の資料は揃えられますか。」
と質問したところ、四日位で揃えられるので、その時連絡する旨の返事があつた。
(4)、ところが、右約束にもかかわらず、その後何ら連絡がないので、同年九月
原告方に臨店し、Aに面接したが、同人は、八日に揃えておく旨答え、帳簿書類の
提示をせず、また具体的な質問にはほとんど答えず、調査に応ずる気配がなかつ
た。そこで同職員は「収支計算等の明細の照会」と題する書面に所定の事項を記載
して提出するよう依頼し、退出するほかなく、同日の調査も未了となつた。
(5)、右職員が同年九月八日約束に従い原告方に臨店すると、Aは同職員が前回
の調査のさい、店舗内の壁にピンで止めてあつた葉書の内容を写しとつた(先に述
べたとおり、これはAの同意をえていた。)ことをとらえて、あらかじめ待機して
いた千葉民商会員四名とともに「先日こちらにみえたとき、民商より送付した葉書
を書き写したが、何の権限に基づいてやつたのか。越権行為ではないか。」などと
ののしり、詰問した。以上のような状態で税務調査の続行は今回も不可能となつ
た。
(6)、さらに、同年一二月一八日調査の完結を図るため、職員二名が原告方に赴
いたが、原告およびAとも不在であつた。同月二〇日あらためて臨店し、Aに面会
したところ、同人は「前回の係長の暴言(民商会員との言葉のやりとり。)は許せ
ない。係長に謝つてもらわないかぎり調査に応じられない。」と答え、全く調査に
応じる態度はみられず、調査は不能となつた。
 以上(一)、(二)で述べたとおり、原告は帳簿書類をみせるとの再三の約束に
もかかわらず、矛盾にみちた無責任な答弁をして、結局帳簿書類の提出をせず、調
査の引延ばしをはかり、葉書の問題を口実に公然と調査回避を行うに至つた。した
がつて、被告としては、これ以上原告に対する調査を続行しても、真実の所得金額
を捕捉することは不可能であると考え、推計により本件各更正処分をなした。
4、(推計課税について)
(一)、被告は原告の昭和三八年度分の事業所得を一一二〇、八四七円、昭和三九
年度分の事業所得を一一八二、二六八円と推計したのであつて、その計算関係は次
表のとおりである。
<略>
そして、右摘要欄記載の各金額の算出根拠は以下のとおりである。
(1)、仕入金額
 煙草の仕入金額は、日本専売公社千葉支局の反面調査の結果確認した額であり、
その他の仕入金額は、原告の仕入先や取引銀行の反面調査および電話照会などによ
つて知り得た資料により算出した額である。そして、その他の仕入金額につき更正
処分前と更正処分後に捕捉したものとを区分して仕入先や取引銀行ごとに明らかに
すると別表のとおりとなる。
(2)、収入金額
 煙草の収入金額は日本専売公社千葉支局の反面調査により知りえた原告の一般消
費者に対する売渡価格に基づいて算出し、その他の収入金額は「食肉小売業者(青
色申告者)の所得調査事績報告書」(以下調査事績報告書という。)の差益率を右
仕入金額に適用して推計した。右調査事績報告書は、千葉市内(旧郡部を除く。)
で食肉の小売店を営み、青色申告をなす個人事業者で、原告と同程度の事業規模を
有し(経営者を含む換算従業員数が二人以上八人未満で、売上原価が概ね二五〇万
円以上一一〇〇万円以下のもの)、昭和三八、九年とも事業を継続している者(店
舗改築や新規に青色申告をなした者を除く。)の昭和三八年度分および昭和三九年
度分の売上金額、売上原価、差益金額、所得金額ならびに差益率や所得率等を明ら
かにしたものである。
 これに基づき、差益率および所得率の加重平均を求めると次表のとおりとなる。
<略>
 そして前記収入金額は、被告が原告の取引先や取引銀行の反面調査により知り得
た昭和三八年度分の仕入金額五四五三、二四五円および昭和三九年度分の仕入金額
五〇四八、六九三円に右表の④の差益率を適用して推計したもので、この計算を表
示すると次表のとおりとなる。
<略>
(3)、必要経費
 必要経費のうち、一般経費は調査事績報告書により算出した経費率(収入金額に
対する一般的な経費金額の割合)(差益率-所得率)をその他の収入金額に乗じて
推計し、特別経費(一般経費に属しない事業の用に供する建物の減価償却費ならび
に建物の賃借料、地代、雇人費支払利子等をいう。)は被告の調査の結果知り得た
雇人費および建物の減価償却費の金額である。
(4)、事業専従者控除額
 これは原告提出の昭和三八年度分および昭和三九年度分の確定申告書記載の「専
従者控除額」欄記載の金額によつた。
(5)、そして前記収入金額から、前記仕入金額、必要経費ならびに事業専従者控
除額を控除した残額が原告の各所得金額であり、右各金額の範囲内でなされた本件
各更正処分は適法であるといわざるをえない。
三、被告の主張に対する原告の反論
(一)、昭和三九年夏頃の臨場調査の際、原告が在宅していたことおよび仕入金額
を便箋に記載して提出した事実はない。この時立ち合つたのは長男Aであり、被告
の主張する問答はしていない。また、小切手帳は三八年度分のものではなかつたの
で「見る必要はない。」と断つたにもかかわらず、勝手にその内容を写しとつたの
である。
(二)、昭和四〇年七月二〇日および同月二七日の調査の際の問答内容を争う。そ
の時原告が応待したことはあるが、臨場調査をなす理由が不明であり、また、店の
営業を実質的に担つていたAが不在であつたため、その延期を求めたのである。
(三)、同年八月一八日の調査にはAが立ち合つたが、約一年前の昭和三九年夏頃
すでに税務署職員が昭和三八年度分の売上帳を調査し、その後当日まで何らの調査
もなかつたので、同年度分の所得の調査は完了したものと考え、その理由を問いた
だしたが、返答を得られなかつたため調査を拒否したのであり、昭和三九年度分の
所得調査については、当日店が多忙で、帳簿書類を用意できず、その延期を求めた
のである。
(四)、同年九月四日の調査の際、原告は帳簿書類を用意していたが、職員の不法
行為に対しAが抗議したため調査が未了となつたのであつて、その責は被告にあ
る。
第三、証拠関係(省略)
       理   由
一、請求原因1、2の事実(本件各更正処分の存在と訴願前置等)および原告が昭
和三八年および昭和三九年当時食肉や煙草等の販売を業とする小売商を営んでいた
ことならびに本件各更正処分が推計によりなされたことは、いずれも当事者間に争
いがない。
 証人Aの証言によると、昭和三八年一〇月以前は、原告の妻が主に経営に携わつ
ていたが、同月妻が死亡してからは、店舗の名義人は原告であつたものの、原告の
長男Aが店をきりもりし、帳簿書類を作成するなどして、実質的に経営に関与して
いたことが認められ、ほかには右認定を動かすに足りる証拠はない。
二、成立に争いのない乙第一〇号証と証人A、同D、同E、同F治の各証言、同G
の証言の一部を総合すると以下の事実が認められ、証人Gの証言中右認定に反する
部分はたやすく信用できず、ほかには右認定を動かすに足りる証拠はない。
 すなわち1、Aは昭和四〇年八月一八日千葉税務署職員二名による昭和三八年度
分および昭和三九年度分の所得調査を受けたが、同人は約一年前の昭和三九年夏頃
すでに昭和三八年度分の調査を受け(その際、売上帳や小切手帳の調査がなされ
た。)、その後何らの調査もなく、その結果昭和三八年度分の所得調査はすでに完
了したと考えていたので、右調査に不審をいだき、調査の理由を問いただしたが、
何の返事もなく、また昭和三九年度分の所得の調査については、妻からAの留守中
税務調査が一度なされたことを聞かされていただけで、今回の調査の日時をあらか
じめ知らされておらず、帳簿書類を用意することができなかつたので、次回の調査
までには用意すると答え、右職員もこれを了承して、当日の調査は終了した。2、
昭和四〇年九月四日Aは二回目の調査を受け、当日両年度分の売上帳や仕入帳等を
用意していたが(もつとも後記認定のとおり、昭和三八年度分の帳簿書類は、記載
もれがあつたりして完全なものではなかつた。)、両年度分の所得調査の理由を問
いただしたところ、返答が得られず、また職員の一名と話しをしている時、他の職
員がAの承諾なく店舗内の壁にピンで留めてあつた千葉民主商工会からの総会招集
の通知に関する葉書を取りはずし、その内容を写しとつたので、これに抗議し、押
問答となり、当日の調査も未了に終つた。3、同月八日同人は三度目の税務調査を
受けたが、あらかじめ千葉民主商工会の事務局員や会員の立合を求め、三名の千葉
税務署職員に対し前回葉書の内容を無断で写しとつたことに抗議し、謝罪を求める
とともに、税務調査をなす理由を問いただしたが、右職員らは調査の理由を告げ
ず、また葉書の件と税務調査とは別問題であるから調査に協力して欲しいと答える
のみであつたので、Aはこれらの要求がいれられないかぎり、調査に応ずることは
できないと述べて、拒絶した。4、そして、昭和四〇年一二月二〇日千葉税務署職
員二名が原告宅を訪れ、Aに面会し、反面調査によりほぼ所得金額を把握したが、
経費があれば教えてもらいたいと述べたが、Aは葉書の件につき、当局の謝罪を得
るまでは調査に応ずることはできないといつて拒絶した。
 以上の事実が認められ、右各事実を全体として考察すると、Aとしては、税務署
職員が所得調査をなす、合理的に必要と認められる理由を告知し、かつ葉書の内容
を無断で写しとつた違法な行為(葉書は所得税法六三条の「事業に関する帳簿書類
その他の物件」には該当しないから、葉書の内容を写しとることは、質問検査権の
対象とはならず、後述するように純粋な任意調査のもとでのみ許さるべき性質のも
のであつて、Aの承諾なくしてなされた右行為は、明らかに違法なものというべき
である。)に対するAの抗議に誠実な態度を示せば、被告の税務調査に応じたもの
と考えられる。
 もつとも証人Gの証言によると、(一)、昭和四〇年七月二〇日と同月二七日千
葉税務署職員が、所得調査のため原告宅を訪れたが、Aが所用で不在のため同人に
面会できず、調査未了となつたこと、その後同年八月四日原告宅に電話連絡をし、
これを受けた原告は帳簿書類等を探しているから調査を二、三日待つて欲しいと答
えたので、同月八日再度電話連絡をし、同月一八日調査を行うことの同意を得、同
日はじめてAに面会し、税務調査を実施したが、同日の調査も未了に終つたこと、
そして被告は原告が税務調査のひきのばしをはかり、右調査に応ずることはないと
考え、同月二五日頃から原告の取引先や取引銀行の反面調査を開始したことが認め
られるが、(二)、証人Aの証言によると、同人はこれまで原告が一度税務調査を
受けたことを妻から聞かされていただけで、この間の具体的事情を知らなかつたこ
とが認められるので、右(一)の事実も、前記判断を左右するに足りない。
三、前掲乙第一〇号証と証人A、同D、同Eの各証言および同Gの証言の一部を総
合すると、原告は昭和三八年度分の事業に関する帳簿書類として、売上帳、仕入
帳、小切手帳を有しており(もつとも売上帳については一部記載もれがあり、昭和
三八年一〇月頃一部処分したものもあつて、完全なものではない。)、昭和三九年
度分の帳簿書類として、売上帳、仕入帳、小切手帳を有していたことが認められ、
証人Gの証言中右認定に反する部分はたやすく信用できず、ほかには、右認定を動
かすに足りる証拠はない。
四、申告納税制度のもとでは、税務署長の更正、決定による課税は例外であるうえ
に、所得課税は実額課税が原則であるから、推計による税額の確定はあくまで例外
にとどまるべきである。
 そして所得税法六三条の質問検査権は滞納処分のための調査や犯則事件の強制調
査とは異なり、いわゆる任意調査ではあるが、被調査者は調査に応ずる義務があ
り、この義務の不履行に対しては刑罰が科せられている(所得税法七〇条一〇号、
一二号)。ところで所得税法六三条は収税官吏は所得税について必要があるとき
は、納税義務がある者等に質問し、またはその者の事業に関する帳簿書類等の物件
を検査することができると規定するが、この規定を広く解すると、課税徴収権の名
のもとに税務署職員の恣意的判断により、被調査者に対しその種々の私的利益の犠
牲を強いることとなる。したがつて被調査者は合理的な理由があれば調査を拒むこ
とができ、調査を拒んだことにより刑罰を科せられることはないものと解するのが
相当である。このことは条理上当然のことであつて、推計課税についても同様のこ
とがいえる。すなわち、被調査者が、合理的な理由なく、資料提供を拒否する等協
力的態度を示さず、その結果所得の補捉が不可能となつた場合にのみ推計課税をな
しうるというべきである。
 これを本件についてみると、実質上の経営者であつたAが税務調査の合理的必要
性の開示を求めたり、税務署職員の違法行為に対する陳謝を求めたが、これらがい
れられなかつたので、税務調査を拒否したことは合理的な理由があり、正当な権利
の行使であるというべく(税の徴収確保と被調査者の私的利益の保護との調和する
ところで、質問検査権の限界を考察すると、被調査者は当該税務署職員に対し調査
の合理的必要性の開示を要求でき、右要求がいれられないかぎり、適法に質問検査
を拒むことができる。)、かつ税務署職員がAの右要求に対し、調査の合理的必要
性を開示し、陳謝の要求に対し誠意ある態度を示したならば、Aは帳簿書類を呈示
するなどして調査に応じたであろうことが認められるのである。
 したがつて被告のこの点に関する主張事実は認められず、結局、本件では推計課
税をなすことは許されないというべきである。
五、以上のとおり、被告の原告に対する本件各更正処分は違法である。よつて、そ
の余の事実を判断するまでもなく、右各更正処分の取消を求める原告の請求は理由
があるから、これらを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴
訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺桂二 川口春利 勝又護郎)
別表(省略)

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