弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における未決勾留日数中二八〇日を原判決の刑に算入する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人村上昭夫及び同山口元彦共同作成名義の控訴趣意書に
記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官佐藤克作成名義の答弁書のとお
りであるから、これらを引用する。
 所論は、要するに、原判示第一の事実に関し、被害者Aの死因は「頸部への鈍的
外力により惹起された急性窒息である」とみられ、Aに対し死因となる鈍的外力が
加えられたのは、被告人が原審相被告人Bとともに加えた暴行が終了し両名の間の
共犯関係が解消し、被告人が犯行現場であるB方を立ち去つた後のことであつて、
被告人にはAの死の結果について責任を負わせることができないのに、原判決は、
証拠の評価を誤つて、被告人がB方を立ち去つた後にはAに対し暴行が加えられて
いないものと事実を誤認し、被告人に対し傷害致死の共同正犯としての責任を負わ
せているのであるから、右事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、と
いうのである。
 そこで原審記録を調査検討し、当審における事実取調の結果を合わせ考えるに、
被告人がB方を立ち去つた後にBがAに対し暴行を加えた可能性のあることは所論
指摘のとおりであり、原判決がこの点原判示第一の事実摘示において実行行為の分
担につき明示していないためいずれの認定をしたかは明確でないものの、「量刑の
理由」の項の説示からは否定的な判断をしていることが窺えるが、仮にBが被告人
の立ち去つた後にAに対し暴行を加え、その暴行が直接に同人の死の結果を惹起し
たものとしても、原判決が同じく「量刑の理由」の項で説示しているように、Bが
暴行を加えた時点において被告人とBとの間の共犯関係は解消していなかつた、い
いかえると被告人が共犯関係から離脱していなかつたと認められるので、右の点の
事実認定の誤りは判決に影響を及ぼすものではないというべきである。すなわち、
原判決挙示の各証拠によれば、原判示第一の事実は、Aに対し暴行を加えた時刻が
午前三時三〇分ころから被告人がB方を立ち去つた後を含む午前五時過ぎころまで
と認められる点を除き、原判示のとおりと認めることができ、全体として事実の認
定に誤りはないということができる。所論に鑑み、以下に補足説明をする。
 まず、被告人がB方を立ち去つた後にBがAに対し暴行を加えたかどうかみる
に、原判示第一の犯行当時B方に居合わせた者の一人であるCは、捜査段階におい
て、司法警察員に対し、同女においてはB方二階で階下の騒がしい様子を窺つてい
たが、被告人が「おれ帰る」と言つて玄関から出て行く音を聞いた後、下に降りて
一階八畳間の様子をのぞいて見たところ、Aが石油ストーブの前あたりに両足を長
く伸ばした形で座り、その前にBが白木の木刀を右手に握つて立つていたが、側に
居た同女の父DがAに話しかけ、同人がこれに対し元気のない声で「うるせえな
あ」と答えるや、Bが「この野郎、まだシメ足りないか」と怒鳴りながら木刀の先
でAの顔の辺りをドーンと突き、更にそのため後ろに引つ繰り返り頭を石油ストー
ブにぶつけた同人の腰を右足で一回蹴飛ばしていたなどと供述している(Cの司法
警察員に対する供述調書抄本)。そして、Cの右供述は、内容が具体的であるう
え、その際の全体的な状況に照らして不自然なものでないこと、供述した時期が昭
和六一年七月二〇日であつて、捜査も未だ初期の段階にあり、捜査官の方から押し
付けた内容とも窺われないこと、Cとしては被告人を特に庇い立てする必要はな
く、かえつてBの機嫌を損ねると同女やその父であるDにも危害の及ぶおそれがあ
つたこと、被告人及びBがいずれも同月一八日に勾留されたうえ接見等も禁止され
ていて、Cが右のような供述をするにあたり被告人らと打ち合わせのできる状況に
なかつたことなどに照らし、それ自体として右供述の信用性が肯定できるもののよ
うに考えられる。もつとも、B自身は、捜査段階及び原審公判廷において被告人の
立ち去つた後にAに対し暴行を加えたことはないと述べ、また、Bの愛人で本件当
時Bと同居していたEも、司法警察員に対する供述調書中及び原審公判廷における
証言中でBの供述に符合する供述をしており、更に、Dの原審公判廷における証言
も、Cの右供述と完全に一致するものではない。加えて、Cも原審公判廷において
証人として尋問を受けたが、その際はBが被告人の立ち去つた後に暴行を加えてい
たかどうかについて、「わからないです。」「よく憶えてないです。」などと述べ
るのみである。しかし、Bの供述やEの供述は、全体的にBに不利にならないよう
に述べていることが窺われ、全面的に信用できるものではない。Cの証言も、同女
の司法警察員に対する前記供述と完全に矛盾するものではないが、それはさておく
としても、Bとの前示のような関係に照らし、同人の面前で同人に不利になるよう
なことが述べられない状況にあつたことも明らかであり、その意味で右証言の信用
性には疑問がある。してみると、Cの司法警察員に対する前記供述については、こ
れが捜査段階で一回だけ同女の述べたものであり、Bを含めその場に居合わせた他
の者らにおいてはこれと相異なる供述をしている状況にあるものの、そうしたこと
からCの右供述の信用性を完全に否定することはできないというべきである。した
がつて、本件においては、同女の供述するように、被告人がB方を立ち去つた後に
BがAに対しその顔を木刀で突くなどの暴行を加えた可能性のあることが否定でき
ない。いいかえると、Bが右のような暴行を加えたことがないと認定するにはなお
合理的な疑いが残るというほかなく、その限りにおいては所論指摘のとおりであ
る。
 ところで、Aの死因については、関係各証拠によれば、頸部への鈍的外力により
惹起された窒息であると認められるが、頸部に鈍的外力が加えられてから窒息死に
至る経過としては、外力が加えられた結果喉頭粘膜や声帯に浮腫が生じ、そのため
気道を著しく狭窄ないし閉塞するに至つて一定時間経過後に窒息死する場合と、頸
部の迷走神経反射により喉頭痙攣を生じ、急激に窒息死する場合とが考えられ、本
件において、死体が死後五か月余り地中に埋められてかなり腐敗が進んでいたこと
もあつて、死体の状態からはそのいずれの場合にあたるかは不明である(なお、左
甲状軟骨左上角に骨折が見られるが、この骨折そのものが直接の死因ではなく、そ
の際折れた骨等が気管を塞いで窒息死させるに至つたりしたものでないことは明ら
かである。)。ただ、関係各証拠によると、被告人やBがAに暴行を加えることを
終えたのは遅くとも午前五時過ぎころ、すなわち、Bが被告人の立ち去つた後にA
に暴行を加えたという前提に立つてもそのころまでのことであつたと認められ、ま
た、B、D、E及びCの各供述によれば、被告人やBの暴行が終わつた後、EやC
がBの指図でAに着替えをさせてやつたり一階一〇畳間に敷いた布団に寝かせてや
つたりした際、Aはまだ生きていたことが窺われ、更に、右各供述中には午前七時
半ころにも同人が生存している様子であつた旨述べるものもある。してみると、A
が死亡したのは、被告人やBが暴行を加えてからある程度時間が経過した後であつ
た可能性が大きく、その意味で死に至る経過も、喉頭粘膜等に浮腫が生じたため気
道が狭窄ないし閉塞するに至つて窒息死したというものであつた可能性が大きいと
認められる。そして、関係各証拠によると、被告人がB方から立ち去る以前にBと
二人でこもごもAに対し加えた暴行は、一時間ないし一時間半にわたり、同人の顔
面を手拳で殴打したりしたほか、被告人らがそれぞれに竹刀を持つて、同人の背部
や顔面を滅多打ちし、また、頭部や首付近を殴り付け、更には、木刀で頭部や背部
を殴つたり、首のあたりを横に払つたり、あるいは木刀の先端部を同人の顎の辺り
に押しつけてぐいぐい突いたりし、そのため同人の顔全体を赤黒く腫れ上がらせ、
口付近から出血させるなどしたものであつたことが認められるので、このような暴
行の程度、態様などに照らし、これらの暴行のうちのいずれかが、あるいはその幾
つかが相重なつてAの頸部に鈍的な外力として作用して死の結果を惹起したものと
考えるのが最も合理的である。
 ただ、前示のように被告人が立ち去つた後にBがAに対しCの述べるような態様
の暴行、すなわちAの顔の辺りを木刀の先で一回突くという暴行を加えた可能性が
あり、右態様と前示の死因とを合わせ考えると、右暴行によつて同人に死の結果を
もたらした可能性のあることも否定することができない。すなわち、Aの死の結果
は被告人がB方を立ち去る前に被告人及びBがこもごも加えた暴行によつて生じた
ものと断定するにはなお合理的な疑いが残るのである。
 ひるがえつて、原判決挙示の各証拠によれば、被告人とBとがB方一階八畳間に
おいてAに対しこもごも暴行を加えたのは、被告人とBとの間の共謀に基づくもの
であることは、原判示第一に認定判示したとおりである。すなわち、被告人及びB
は、当夜のAとともに赴いた飲食店内における同人の態度に腹を立て、同人をB方
へ連れて来て、その反抗的な態度を難詰して謝ることを強く促したものの、Aがな
おも反抗的な態度を取つたことから、激昂し、その場において被告人とBとの間で
意思相通じて、いわゆる制裁としてAの身体に暴行を加えることの共謀を遂げたう
え、同人に対し、前示のような暴行を加えたことが明らかである。してみると、A
の死亡の結果が、被告人がB方を立ち去る前に被告人及びBがこもごも加えた暴行
によつて生じたものとすれば、その暴行が被告人及びBのいずれが加えたものであ
つても、被告人が共同正犯として傷害致死の責任を負うべきことは当然である。
 これに対し、被告人がB方を立ち去つた後にBが加えた暴行によつてAの死亡の
結果が生じたものとすると、所論は、Bが暴行を加えた際には被告人とBとの間の
共犯関係が解消しているので、被告人にAの死の<要旨第一>結果について共同正犯
としての責任を負わせることはできないと主張している。しかしながら、本件のよ
うに二人以上の者が他人に暴行を加えることを共謀し、かつ、共同して
こもごも被害者に暴行を加えたようなときに、共犯者の一人あるいは一部の者の離
脱ないし共犯関係の解消が認められるのは、離脱しようとした者がまず自己におい
て被害者に暴行を加えることを止め、かつ、自分にはもはや共謀に基づいて暴行を
加える意思がなくなつたこと、すなわち共犯関係から離脱する意思のあることを他
の共犯者らに知らせるとともに、他の共犯者らに対してもこれ以上暴行を加えない
ことを求めて、現に加えている暴行を止めさせたうえ、以後は自分を含め共犯者の
誰もが当初の共謀に基づく暴行を継続することのない状態を作り出している場合に
限られ、このような場合でなければ、仮に共犯者の一人が自分としては共犯関係か
ら離脱する意思を抱いて自ら暴行を加えることを止めたとしても、その後に他の共
犯者らのいずれかが引き続いて暴行を加え、その結果被害者が死亡するに至つたと
きには、離脱しようとした者を含め共犯者全員が傷害致死の共同正犯として責任を
負わなけ<要旨第二>ればならないものと考えられる。そして、本件の場合、関係各
証拠によれば、被告人は、B方を立ち去る少し前ころ、AとDを並ばせ
てそれぞれの頭部を木刀で軽く叩き、謝罪する趣旨のことを言わせたことは窺える
ものの、その際、Bを始めその場に居る者らに対し自分としてはAに対しこれ以上
制裁を加えることを止めるという趣旨のことを告げたりしてはおらず、また、B方
を立ち去るにあたつても、玄関先で「おれ帰る」などと言つただけで、Bに対し、
以後はAに暴行を加えることを止めるよう求めたり、同人を寝かせてやつて欲し
い、あるいは病院に連れて行つて欲しいなどと頼んだりしていないことが明らかで
ある。更に、被告人が、それまでAに暴行を加えていた場所すなわち一階八畳間か
ら出て行つた時、同室内の様子は、Aがその場に座つたままであり、Bも同室から
立ち出ず、暴行を加えるのに用いた竹刀(但し、途中で壊れている。)や木刀も同
室内に置かれているなど、それまでとほとんど変らない状況であつたことが認めら
れる。また一方、Bが被告人の立ち去つた後にAに暴行を加えたことが認められる
ものとすれば、Cの司法警察員に対する前記供述中で、Bが右暴行を加えるにあた
り、Aに向かつて、「まだシメ足りないか」などと怒鳴つていたことが述べられて
おり、したがつて、Bがその際Aに加えた暴行は、それまで被告人とともにいわゆ
る制裁として同人に加えて来ていた暴行と一体をなすものと認められるべきもので
ある。そうすると、被告人においては、B方を立ち去る際、自分の気持としてはこ
れでBとともにAに対し暴行を加えることは終わつたつもりでいたとしても、本件
の場合、前示のような共犯関係からの離脱ないし共犯関係の解消の認められる事情
が存在せず、ないしは、離脱あるいは解消したといいうるような状態に達していな
かつたものというほかなく、したがつて、被告人がB方を立ち去つた後に、Bが、
被告人とともにそれまでAに加えていた制裁をなおも引き続いて加える意思で、同
人に対し加えた暴行については、被告人も、Bと共犯関係にあるものというべきで
ある。すなわち、Aの死亡の結果が被告人の立ち去つた後にBの加えた暴行によつ
て生じたとしても、被告人は共同正犯として傷害致死の責任を負わなければならな
いと考えられるのである。
 以上のとおりであるから、被告人がB方を立ち去つた後にBがAに対し暴行を加
えた事実が所論指摘のとおり認められるという前提に立つても、被告人がBと共謀
してAに暴行を加え、その結果Aを死に至らせたものと認定判示した原判決は、結
論において正当であり、判決に影響を及ぼすような事実認定の誤りはないというべ
きである。論旨は理由がない。
 よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審に
おける未決勾留日数中二八〇日を原判決の刑に算入し、刑訴法一八一条一項本文に
より当審における訴訟費用は被告人に負担させることとし、主文のとおり判決す
る。
 (裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 松本時夫 裁判官 山田公一)

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