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平成11年(行ケ)第98号 審決取消請求事件
平成13年9月6日口頭弁論終結
判           決
原      告     大岡技研株式会社
訴訟代理人弁護士    鎌   田       隆
同            柴       由 美 子
訴訟代理人弁理士     石   田   喜   樹
被      告     株式会社メタルアート
訴訟代理人弁護士     小   松   陽 一 郎
同            池   下   利   男
同            村   田   秀   人
同            小   野   昌   延
訴訟代理人弁理士     森           治
主          文
特許庁が平成10年審判第35476号事件について平成11年3月5
日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,昭和61年11月7日にした特許出願(特願昭61-266257
号)の一部を分割して,平成3年9月6日に,名称を「変速用歯車」とする発明
(以下「本件発明」という。)について,特許出願(特願平3-255864号,
以下「本件分割出願」という。)をし,平成8年7月25日に特許第254230
0号(以下「本件特許」という。)として設定登録を受けた。本件特許につき,異
議申立がなされ,異議手続の過程で,被告は,平成9年12月1日付けで訂正請求
(以下「本件訂正請求」といい,その訂正を「本件訂正」という。)をした。特許
庁は,平成10年4月13日に「訂正を認める。特許第2542300号の特許を
維持する。」との決定をした。
原告は,平成10年10月2日に,本件特許を無効とすることにつき審判を
請求し,特許庁は,同請求を平成10年審判第35476号事件として審理した結
果,平成11年3月5日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,
その謄本は平成11年3月11日に原告に送達された(送達日については弁論の全
趣旨により認める。)。
2 本件特許の特許請求の範囲(別紙図面1参照)
(1) 本件訂正前
鍛造にて一体に成形した変速用歯部と,この変速用歯部より小径のボス部
とからなり,該ボス部の外周に逆テーパ状で,先端にチャンファを有するスプライ
ン歯を形成した変速用歯車であって,前記逆テーパ状のスプライン歯が,鍛造によ
りボス部の根元まで形成した歯車軸線に平行なスプライン歯間に,歯車軸線に対し
て放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心に向って強制的に摺動さ
せて押し込んだ後,前記ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向って強
制的に摺動させて引き抜くことによりボス部の根元まで形成したものであることを
特徴とする変速用歯車。
(2) 本件訂正後(下線部が訂正した個所である。)
鍛造にて一体に成形した変速用歯部と,この変速用歯部より小径のボス部
とからなり,該ボス部の外周に逆テーパ状で,先端にチャンファを有するスプライ
ン歯を形成した変速用歯車であって,前記逆テーパ状のスプライン歯が,鍛造によ
りボス部の根元まで形成した歯車軸線に平行なスプライン歯間に,歯車軸線に対し
て放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心に向って強制的に摺動さ
せて押し込んだ後,前記ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向って強
制的に摺動させて引き抜くことによりボス部の根元まで形成されるとともに,前記
ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなることを特徴とする変速用歯車。
3 審決の理由の要点
別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,①本件特許につき平成
9年12月1日になされた訂正は,訂正要件を満たす,②本件特許の出願過程
で平成7年12月22日になされた手続補正は,明細書の要旨を変更するものでは
なく,補正の要件を満たす,③本件特許は,分割要件を満たす,④本件特許は,そ
の出願前に頒布された刊行物である,国際公開第86-838号パンフレット(甲
第5号証の2の1,以下「引用例1」という。),特開昭52-61162号公報
(甲第5号証の3,以下「引用例2」という。),特開昭53-64897号公報
(甲第5号証の4,以下「引用例3」という。),特公昭49-11543号公報
(甲第5号証の5,以下「引用例4」という。),特公昭47-14696号公報
(甲第5号証の6,以下「引用例5」という。)記載の事項から容易に発明をする
ことができたものということはできないから,特許法29条2項に該当せず,特許
を無効とすることはできない,として,原告主張の無効事由の存在をすべて否定し
たものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由1(手続の経緯・本件発明の要旨)は認める。同2(請求人の主
張の要点),同3(引用例に記載された発明の認定),同4(被請求人の主張の要
点)は,いずれも争わない。同5(当審の判断),同6(むすび)は,いずれも全
体として争う(ただし,一部認めるところもある。)。
1 取消事由1(訂正請求の適否についての判断の誤り)
本件訂正請求は,特許法120条の4第2項ただし書き又は同条3項で準用
する特許法126条3項の規定に違反する訂正請求であるから,審決がこれを認容
したのは誤りである。
本件訂正請求は,特許請求の範囲に「ダイの先端の形状に従う形状」(以下
「特定構成A」という。)を付加するだけのものである。しかし,本件発明の構成
要件の中の「歯車軸線に平行なスプライン歯間に,・・・ダイを・・・強制的に摺
動させて押し込んだ後,・・・ダイを・・・強制的に摺動させて引き抜く」という
成形方法によれば,「前記ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる」ものと
なることは,単なる技術的に必然の結果であるにすぎない。このように技術的に無
意味な単なる表現上の文言の追加が,新たな構成要件の追加による特許請求の範囲
の減縮にも,既に記載されている構成要件の更なる限定による特許請求の範囲の減
縮にも該当しないことは,明らかである。
審決は,引用例2にも引用例3にも,変速用歯車が「ダイの先端の形状に従
う形状に形成されてなる」ことを明示した記載はないにもかかわらず,引用例2及
び引用例3のいずれにも「ダイを・・・強制的に摺動させて押し込んだ後,前記ダ
イを引き抜くことにより・・ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる変速用
歯車」(審決書7頁3~6行)が記載されている,と認定している(審決書6頁1
9行~7頁7行)。このことからすれば,審決は,ダイを強制的に摺動させて押し
込んだ後にダイを引き抜くという形成方法によって変速用歯車を形成すると,その
結果として,必然的に,「ダイの先端の形状に従う形状(特定構成A)」のものが
得られると理解していると解するほかはない。審決が,このように,特定構成Aに
つき,一方では他の構成要件の必然的な結果にすぎないと認定しながら,これを付
加することが特許請求の範囲の減縮に当たるとして,訂正請求を許容しているの
は,自己矛盾としかいいようのないことである。
2 取消事由2(明細書の要旨変更についての判断の誤り)
本件特許の出願過程でなされた平成7年12月22日付けの手続補正を適法
なものとした,審決の判断は,誤りである。
上記手続補正は,製造装置に関する本件分割出願の発明を,製造方法による
限定を付した変速用歯車という物の発明に変更するものであり,製造方法による限
定の部分は,「強制的に摺動させて押し込み」,「強制的に摺動させて引き抜く」
というものである。しかし,本件分割出願の原出願の願書に最初に添付した明細書
及び図面(甲第5号証の11,以下「原出願の当初明細書」という。)には,ダイ
の押込工程及びダイの引抜工程については,カムとピン(ガイドピン)及びノック
アウトピン等の組合せによる具体的な構成の記載が唯一のものとして開示されてい
るだけで,それ以外の構成については全く開示も示唆もされていない。したがっ
て,上記手続補正は,原出願の当初明細書に記載されている具体的事項の範囲を超
える事項を,抽象的かつ上位概念的に記載された特許請求の範囲に包含せしめるも
のであるから,発明の要旨を変更するものというべきである。
このように,上記手続補正は,明細書の要旨を変更するものであって不適法
であるから,本件特許は,その補正について手続補正書を提出した平成7年12月
22日に出願したものとみなされることとなり,その結果,本件発明は,本件分割
出願の原出願の公開公報(甲第5号証の11)に記載された発明と同一となって特
許性の認められないものとなるのである。
3 取消事由3(分割出願の適否についての判断の誤り)
本件分割出願を適法なものとした,審決の判断は,誤りである。
原出願の当初明細書に開示されている発明の実体は,カムとピン(ガイドピ
ン)及びノックアウトピン等の組合わせによる具体的な構成の製造装置である。こ
れに対し,本件分割出願は,本件発明の上位概念的な表現の中に,当初明細書に記
載されているとは認められない発明を包含するものであるから,特許法44条1項
に規定された要件を満たさない。
このように,本件分割出願は,特許法44条1項の分割出願の要件に違反す
る不適法なものであるから,その出願日は,現実に出願された平成3年9月6日と
なり,その結果,原出願の公開公報に記載された発明と同一となり,特許性の認め
られないものとなるのである。
4 取消事由4(進歩性の判断についての誤り)
本件発明は引用例1ないし5(甲第5号証の2の1,3ないし6)にそれぞ
れ記載された発明から当業者が容易に発明できたものである,ということはできな
い,とした審決の判断は,誤りである。
(1) 本件発明と引用例1(甲第5号証の2の1)記載の発明との対比について
審決は,引用例1記載の発明は「本件発明を特定する事項のうち「鍛造に
よりボス部の根元まで形成した歯車軸線に平行なスプライン歯間に,歯車軸線に対
して放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心に向って強制的に摺動
させて押し込んだ後,前記ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向って
強制的に摺動させて引き抜くことによりボス部の根元まで形成されるとともに,前
記ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる」構成(以下「特定構成B」とい
う)を備えていない。」点において,本件発明と異なると認定した(審決書14頁
7行~17行)。
しかし,引用例1には,逆テーパ状に形成される前段階のスプライン歯
が,鍛造によりボス部の根元まであらかじめ形成された歯車軸線に平行なスプライ
ン歯(以下「平行スプライン歯」という。)であること,も開示されているから,
上記認定のうち,引用例1記載の発明が備えていない構成の中に,「鍛造によりボ
ス部の根元まで形成した歯車軸線に平行なスプライン歯間に,」との構成をも含ま
せた審決の上記認定は,その限りでは誤っている。
そうすると,本件において進歩性の判断に当たり検討を要するのは,上記
構成を除く,「歯車軸線に対して放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯
車中心に向って強制的に摺動させて押し込んだ後,前記ダイを歯車軸線に直角方向
に歯車中心から外側に向って強制的に摺動させて引き抜くことによりボス部の根元
まで形成されるとともに,前記ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる」構
成が,引用例1には明示的に記載されていなくとも,その他の各引用例を参酌すれ
ば容易に推考し得る事項であると認め得るか否かのみである。
(2) 引用例2(甲第5号証の3)及び引用例3(甲第5号証の4)について
ア 引用例2,3には,本件発明の構成要件の中の「平行なスプライン歯間
に,歯車軸線に対して放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心に向
って強制的に摺動させて押し込」むこと,「逆テーパ状のスプライン歯が,ダイの
先端の形状に従う形状に形成されてなること」が開示されている。
引用例2,3に記載された各発明が,成形加工対象物としての歯車がそ
のボス部の根元に環状溝(ぬすみ)を有するものであることは事実である。しか
し,成形加工対象物におけるボス部の根元にたまたま環状溝が存在することは,引
用例2,3に開示されている上記技術を引用例1記載の技術に適用するについて,
何ら妨げとなるものではない。
引用例2,3には,「ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に
向って強制的に摺動させて引き抜くこと」という構成要件が開示されている。
以上によれば,引用例4,5に言及するまでもなく,審決が,引用例
2,3に開示されている技術を,引用例1に開示されている技術に適用することが
不可能又は困難であるとして,これらの各引用例により,本件特許が容易に発明を
することができたものとはいえないと認定判断したのは,誤りであることが,明ら
かである。
イ 被告は,引用例2,3における平行スプライン歯は切削加工法によるも
のである,と主張する。しかし,引用例2(以下においては,引用例2,3の両者
に言及する煩を避けるため,引用例2を例にとって論ずる。)には,そこに開示さ
れている逆テーパ状スプライン歯の形成方法が適用される前段階の平行スプライン
歯について,その形成方法が,切削加工法か鍛造加工法であるかを特に限定する記
載も,そのような限定を示唆する記載もないから,平行スプライン歯が切削加工法
によって形成されたものに限られる理由はない。また,仮に,引用例2における平
行スプライン歯の形成方法が切削加工法によるものに限定されるとしても,引用例
2記載の逆テーパ状スプライン歯の形成方法を引用例1の技術に適用することが可
能であることは明らかである。
ウ 被告は,引用例2,3記載の各発明を,引用例1に記載された歯車軸線
に平行なスプライン歯間に適用しても,引用例1記載の半製品にはぬすみがないた
め,ダイを押し込んだ後に引き抜くことができないとして,引用例2,3記載の各
発明を,引用例1記載の発明に適用することはできないと主張する。
しかし,平行スプライン歯の根元に環状溝(ぬすみ)が形成されていよ
うがいまいが,ダイを摺動させて押し込む際には相応の大きな力が必要となるのに
対し,ダイを摺動させて引き抜く際には,往路でダイを強制的に押し込むことによ
り明確に刻まれた軌跡上を,復路でそのまま後退させるだけのことであるから,ダ
イを引き抜くことができないほどの摩擦抵抗が生ずることはあり得ない。
被告は,「マニュアル・トランスミッションギヤにおける逆勾配成形後
のセグメントツール引抜力の計算」と題する書面(乙第3号証)に基づき,ダイを
強制的に摺動させて引き抜くためには,1本のダイ当たり,356kgfの引抜力
が必要であり,このような大きな力を板バネにより得るためには,長大な板バネが
必要となるから,引用例2の発明は実施不可能なものである,旨主張する。
しかし,上記計算書は,ダイの形状,寸法,ガイドからのダイの突出長
さ等の種々の条件を被告が定め,これにより被告が勝手に想定した計算式に基づ
き,被告の都合のよいように恣意的に算出したものである。例えば,上記計算書で
は,成形荷重がダイに加えられた状態におけるダイのたわみに基づいて算出されて
いるが,実際にはダイを後退復帰させるときには,成形荷重の押圧力が解除されて
いるから,ダイのたわみも元に戻った状態に復しているものである。したがって,
ダイを元の所定位置まで後退復帰させるのに必要な力としては,ダイを成形対象物
品(ワーク)から離脱させる力と,ダイとガイド(ダイの進退運動の案内溝)との
摩擦抵抗に相当する力程度のものにすぎない。この点については,引用例2,3記
載の発明の発明者も,証明書(甲第14号証)の中で,「ダイを後退復帰させる際
には,ダイを押し込む際に既に形成された同一の軌跡上をただ後退復帰させるとい
うに過ぎないわけですから,特に大きな力を必要とするものではなく,バネの弾撥
力程度の力で十分その役割を果すことが出来るのであります。」(7頁4行~8
行)と記載しているところである。
エ 被告は,引用例2,3記載の各発明は,スプライン歯を切削加工により
形成した素材を用いることを前提としたものであるから,実用に耐えるものではな
く,これらの発明が現実に実施されていないことは,原告の本件分割出願の原出願
の出願日以降の特許出願の公開公報(乙第2号証)の中で従来技術として記載され
ていないことからも明らかである,と主張する。
しかし,特許出願の明細書中でいかなる公知技術に言及するかというこ
とは,様々な理由により左右されることであるから,明細書中に従来技術として言
及されていないからといって,その公知技術が実施されていないのが明らかである
などとは,到底いうことができない。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(訂正請求の適否の判断の誤り)について
本件訂正前の明細書中には,「このダイ23の先端23Dは歯車に所定の逆
テーパ状のスプライン歯を成形できるようになっている。」(甲第2号証5欄16
行~18行),「ダイ23の先端23Dにて素材FWのスプライン歯4は所定の逆
テーパ状のスプライン歯に成形される。」(同号証同欄41行~43行)と記載さ
れているから,本件訂正請求により特定構成Aを特許請求の範囲の記載に付加する
ことは,訂正前の明細書に実質的に記載されていたことを特許請求の範囲に付加し
て,これを限定するものである。したがって,この訂正は,特許法120条の4第
2項ただし書1号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。こ
の訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,
実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでないことも明らかである。
2 取消事由2(明細書の要旨変更についての判断の誤り)について
本件発明は,その「強制的に摺動させて押し込み」,「強制的に摺動させて
引き抜く」という構成も含めて,原出願の当初明細書に実質的に記載されていたこ
とは明らかである。特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明中に開示された発
明について,出願人が特許を受けることによって保護を求めようとする発明を,自
らの判断により記載するものであるから,発明の構成をどのレベルで記載するか
は,出願人の自由裁量の範囲内の事項である。特許請求の範囲に記載された発明が
上位概念で表現されているときに,それに対応する実施例が一つしか記載されてい
なくても,その発明は実施例に裏付けられているのであるから,そのことから直ち
にその特許請求の範囲の記載を実施例レベルに限定しなければならないということ
にはならない。したがって,平成7年12月22日付けの手続補正は,明細書の要
旨を変更するものではない。
3 取消事由3(分割出願の適否についての判断の誤り)について
前記のとおり,原出願の当初明細書(甲第5号証の11参照)に本件発明が
記載されていることは,明らかである。また,特許請求の範囲に,発明の詳細な説
明中に開示された発明の構成をどのレベルで記載するかは,出願人の自由裁量の範
囲内の事項である。そうである以上,本件分割出願は,当然,適法である。
4 取消事由4(進歩性の判断についての誤り)について
(1) 本件発明と引用例1(甲第5号証の2の1)記載の発明との対比について
引用例1に記載された発明の変速用歯車は,歯の側面が逆勾配のスプライ
ン歯を圧縮据込により製造するものであるから,本件発明の「逆テーパ状のスプラ
イン歯が,鍛造によりボス部の根元まで形成した歯車軸線に平行なスプライン歯間
に,歯車軸線に対して放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心に向
って強制的に摺動させて押し込んだ後,前記ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心
から外側に向って強制的に摺動させて引き抜くことによりボス部の根元まで形成さ
れるとともに,前記ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる」構成を有さ
ず,引用例1には,この構成を示唆する記載もない。
引用例1に記載された発明の逆テーパ状のスプライン歯を圧縮据込により
製造した変速用歯車は,上記構成の本件発明の変速用歯車と比較して,精度の点で
著しく劣る。
(2) 引用例2(甲第5号証の3)及び引用例3(甲第5号証の4)について
ア 引用例2,3には,バネを使った成形加工装置が記載されているもの
の,少なくとも,本件発明の構成のうち,「ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心
から外側に向かって強制的に摺動させて引き抜く」という構成は,記載されていな
い。
引用例2,3に記載された各発明は,成形加工する素材について,スプ
ラインの機械加工のためのぬすみを設けて歯車軸線に平行なスプライン歯を切削加
工により形成したものを用いるものであり,引用例2,3には,スプライン歯がボ
ス部の根元まで形成されたものは記載されていないし,それを示唆する記載もな
い。
イ 引用例2,3記載の各発明を,引用例1に記載された圧縮据込によりボ
ス部の根元まで形成した歯車軸線に平行なスプライン歯間に適用しても,引用例1
記載の半製品にはぬすみがないから,ダイを押し込んだ後に引き抜くことができな
い。
引用例2には,成形加工工具8を遠心方向に後退移動させる板バネ10
が記載されているが,「マニュアル・トランスミッションギヤにおける逆勾配成形
後のセグメントツール引抜力の計算」と題する書面(乙第3号証)に示すように,
ダイを強制的に摺動させて引き抜くためには,1本のダイ当たり,計算上,356
kgfの引抜力が必要となり,このような大きな力を板バネにより得ようとする
と,長大な板バネが必要となり実施不可能である。
引用例2,3記載の各発明は,歯車軸線に平行なスプライン歯を切削加
工により形成した素材を用いることを前提としたものであるから,実用に耐えるも
のではなく,何ら実施されていないものである。このことは,原告が本件分割出願
の原出願の出願日の1年以上後に出願した特許出願の公開公報である特開平1-1
99062号公報(乙第2号証)の中に,上記発明が従来技術として記載されてい
ないことからも明らかであり,また,引用例2,3記載の各発明の出願人である会
社の直接の担当者の証明書(乙第4号証)からも明白である。
以上述べたとおり,引用例2,3に記載された各発明は,技術上の理由
により現実には実施されていないものであり,引用例2では,板バネによりダイを
引き抜くことは不可能であって,理論的にも成り立ち得ない内容のものしか開示し
ていないから,これらの発明は,公知技術としての地位を有さない。
(3) したがって,引用例2,3に開示されている技術を,引用例1に開示さ
れている技術に適用することは,不可能又は少なくとも困難であるというべきであ
る。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由4(進歩性の判断についての誤り)について
(1) 引用例1について
引用例1に「鍛造にて一体に成形した変速用歯部と,この変速用歯部より
小径のボス部とからなり,該ボス部の外周に逆テーパ状で,先端にチャンファを有
するスプライン歯を形成した変速用歯車であって,前記逆テーパ状のスプライン歯
が,ボス部の根元まで形成したものであることを特徴とする変速用歯車」の発明が
記載されていることについては,当事者間に争いがない。
証拠(甲第5号証の2の1,2)によれば,引用例1には,「アンダーカ
ット歯を有する短い噛合せを設けたシフトトランスミッション用の同期部品を精密
鍛造により製造するに際し,半径方向内側が共通の円筒状表面に当設しかつ基部が
共通の下部平面に位置する歯を先ず平行な歯面を設けて作成し,次いでこれを最終
クレンチ処理にかける同期部品の製造方法において,(a)予備鍛造により,短い
噛合せが仕上がり歯頂部(10)より大きい過大寸法を有する歯(7)を備えた半
製品を形成し,(b)次ぎの1回もしくはそれ以上の較正サイクルによって冷半製
品を以下のような作用にかけ,すなわち(aa)先ず最初に歯頂部(10)を予備ク
レンチ処理にかけ,その間歯の半径方向外側を鍛造用ダイ側部に支持し,(bb)予
備クレンチ操作と同時に,または他の較正サイクルにより歯面(9)に下表面
(5)まで丸味を付けて各場合に歯(7)の基部領域に冷時圧縮を生ぜし
め,(cc)最終クレンチ操作に際し歯頂部にルーフ形状を与えると共に,歯面には
そのアンダーカットに対応する傾斜を与えることを特徴とする同期部品の製造方
法。」(特許請求の範囲第1項),「第2図はこの種のセグメント8の断面を示
し,既成の成型歯7と製作工程の中間段階を示す他の2個の歯とを備える。(aa)
で示した右側の歯は,熱鍛造法により製作された半製品の歯形状を有する。この歯
はセグメント8に対し半径方向平面に沿って延在する歯面9とルーフ形状の歯頂部
10とを備え,このルーフ形状はセグメント8の上部平面より僅か上方に位置す
る。左側には,(cc)で示して仕上り歯7を示し,カップリング面を形成する歯面
の傾斜が誇張して示されている。」(甲第5号証の2の2の2頁右下欄19行~3
頁左上欄2行)との記載があることが認められる。
この記載と,甲第5号証の2の2の第2図(Fig.2,別紙図面2の引
用例1参照)とによれば,引用例1には,前記当事者間に争いのない記載事項に加
えて,逆テーパ状に形成される前段階のスプライン歯が,鍛造によりボス部の根元
まで形成された歯車軸線に平行なスプライン歯であること,が開示されていると認
めることができる。
以上を前提に,本件発明と引用例1記載の発明とを対比すると,両者は,
「鍛造にて一体に成形した変速用歯部と,この変速用歯部より小径のボス部とから
なり,該ボス部の外周に逆テーパ状で,先端にチャンファを有するスプライン歯を
形成した変速用歯車であって,前記逆テーパ状に形成される前段階のスプライン歯
が,鍛造によりボス部の根元まで予め形成された歯車軸線に平行なスプライン歯」
であることで一致し,本件発明が,「歯車軸線に対して放射状に配設したダイを歯
車軸線に直角方向に歯車中心に向って強制的に摺動させて押し込んだ後,前記ダイ
を歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向って強制的に摺動させて引き抜くこ
とによりボス部の根元まで形成されるとともに,前記ダイの先端の形状に従う形状
に形成されてなること」の構成を有しているのに対し,引用例1記載の発明はこれ
を有していない点で,相違するものと認められる。
(2) 引用例2及び引用例3について
証拠(甲第5号証の3,4)によれば,引用例2(甲第5号証の3)に
は,「本発明は歯車特に自動車用マニュアルトランスミッションギヤのボス外周に
形成されスプライン溝に歯車抜け止め用の逆テーパを塑性成形加工する装置に関す
る。」(1頁左下欄13~16行)と記載されていること,引用例3(甲第5号証
の4)には,「本発明は,トランスミッション用ギヤの歯車ボス部に形成されたス
プライン歯の歯面と歯車側の平面間の角に付着しているバリを除去し,かつ前記ス
プライン溝にギヤ抜け止め用の逆テーパを成形する加工装置に関するもので,バリ
の除去とスプライン溝に逆テーパを成形する塑性加工とを単一の加工工具,単一の
装置で連続的に行いうるバリ取り機能を備えた歯車ボス部のスプライン溝に逆テー
パを成形する加工装置を提供することを目的としている。」(1頁右下欄13行~
2頁左上欄6行)と記載されていることが認められる。上記認定事実によれば,引
用例2,3には,自動車用の変速機に使用されるトランスミッション用の歯車のス
プライン溝を塑性加工して,逆テーパ歯とする装置とその方法が記載されていると
いうことができるから,引用例2,3記載の発明が,本件発明と同じ技術分野に属
することは明らかである。
引用例2,3に,「ボス部の根元に溝を有し,歯車軸線に平行なスプライ
ン歯間に,歯車軸線に対して放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯車中
心に向って強制的に摺動させて押し込んだ後,前記ダイを引き抜くことにより前記
ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる変速用歯車」が記載されていること
は,当事者間に争いがない(別紙図面2の引用例2,3参照)。
また,甲第5号証の3によれば,引用例2には,成形加工工具の引抜工程
につき,「かかる逆テーパ成形工程を終了すると昇降駆動杆19を上昇操作すれば
押動カム部材14はスプリング15によって上動復帰し,それに伴って成形加工工
具8は板バネ10によって遠心方向に後退移動し逆テーパ刃型7はスプライン溝4
より離脱して復帰する。」(326頁右上欄6行目~11行目)との記載があるこ
とが認められる。
(3) 進歩性の判断について
ア 被告は,引用例2,3記載の変速用歯車が,いずれもスプラインの機械
加工のための環状溝(ぬすみ)を設けており,スプライン歯がボス部の根元まで形
成されたものではないから,引用例2及び引用例3記載の発明を引用例1に記載さ
れた圧縮据込によりボス部の根元まで形成した歯車軸線に平行なスプライン歯間に
適用することはできない,と主張する。
しかしながら,証拠(甲第5号証の3,4)によれば,引用例2の第3
図及び引用例3の第1図には,逆テーパ状のスプライン歯とそれに隣接する歯車の
間に環状溝(ぬすみ)が設けられている変速用歯車が記載されていることが認めら
れるものの,引用例2,3記載の歯車のボス部の根元に環状溝(ぬすみ)が存在す
ることが,引用例2,3に開示されている上記スプライン溝を塑性加工して逆テー
パ歯とする技術を引用例1記載の技術に適用することを妨げる事情は,本件全証拠
によっても見いだすことができない。
被告は,引用例2,3は,歯車軸線に平行なスプライン歯を切削加工に
より形成した素材を用いることを前提としたものであるから,引用例2及び引用例
3記載の発明を引用例1に記載された圧縮据込により形成した歯車軸線に平行なス
プライン歯間に適用することはできない旨主張する。
しかしながら,上記各号証中には,逆テーパ状のスプライン歯を形成す
る前段階の平行スプライン歯の形成方法を切削加工によるものに限定する趣旨の記
載を見いだすことはできないから,被告の上記主張は,そもそもその前提を欠くも
のである。仮に,引用例2,3に記載されたスプライン歯が,被告の主張のとおり
切削加工により形成されたものであるとしても,引用例2,3に記載された各塑性
加工方法が,切削加工で製作された半製品でないと適用できないとする技術的理由
は,本件全証拠によっても認めることができない。
被告の主張は,採用することができない。
イ 上記(2)の認定によれば,引用例2には,成形工程終了後に,板バネを使
用して成形加工工具を強制的に摺動させて引き抜く構成が記載されているものとい
うことができる。
被告は,「マニュアル・トランスミッションギヤにおける逆勾配成形後
のセグメントツール引抜力の計算」と題する書面(乙第3号証)を提出して,引用
例2では,ダイを強制的に摺動させて引き抜く手段について板バネを使用する以
上,長大な板バネが必要となるから,引用例2記載の発明は実施不可能であると主
張する。
しかし,上記計算書では,ダイの形状,寸法,ガイドからのダイの突出
長さ等の種々の条件を被告が適宜定めて,ダイの歪み量yをバリの厚みの差tより
近似的に計算し,当該歪み量yを発生させるのに必要な荷重Pを算出するものであ
り,この計算式が仮に正しいものとしても,荷重Pの算出結果は,ダイを強制的に
摺動させて押し込んだ際の荷重の大きさを示すものであって,ダイを強制的に摺動
させて引き抜く際には,押し込んだ際の荷重を解放することは技術常識であるか
ら,ダイに作用する力は主としてダイをワークから離脱させる力とダイとガイド等
の保持部材との摺動にともなう摩擦力にすぎず,上記した荷重がそのまま作用する
ものではないということができる。したがって,上記計算書の算出結果は,その前
提において誤りがあり,ダイを強制的に摺動させて引き抜く際には特に大きな外力
は必要ないものであるというべきであるから,引用例2記載の発明において,板バ
ネによりダイを強制的に摺動させて引き抜くことは,可能であると認められる。甲
第14号証によれば,引用例2,3記載の各発明の発明者が作成した証明書には,
「ダイを後退復帰させる際には,ダイを押し込む際に既に形成された同一の軌跡上
をただ後退復帰させるというに過ぎないわけですから,特に大きな力を必要とする
ものではなく,バネの弾撥力程度の力で十分その役割を果すことが出来るのであり
ます。」(甲第14号証7頁4行~8行)との記載があることが認められ,この記
載も上記認定判断を裏付けるものというべきである。
被告の主張は,採用することができない。
ウ 被告は,引用例2,3記載の各発明は,歯車軸線に平行なスプライン歯
を切削加工により形成した素材を用いることを前提としたものであるから,実用に
耐えるものではなく,上記各発明が現実に何ら実施されていないことは,原告が本
件分割出願の原出願の出願日の1年以上後に出願した特許出願の公開公報である特
開平1-199062号公報(乙第2号証)の中で従来技術として記載されていな
いことや,引用例2,3記載の発明の出願人である会社の直接の担当者の証明書
(乙第4号証)があることから明白である旨主張する。
しかし,引用例2,3記載の各発明は,歯車軸線に平行なスプライン歯
を切削加工により形成した素材を用いることを前提としたものであるとの主張に理
由がないことは,前記説示のとおりである。また,特許出願の明細書に従来技術と
して言及されていないことは,直ちにその公知技術が実施されていないことに結び
付くものでないことは明らかである。仮に,引用例2,3記載の各発明が現実には
実施されていないものであるとしても,一般に発明の実施に際しては,市場の需要
やコスト等の種々の事情が影響するものであるから,そのことをもって引用例2記
載の発明が実用に耐えるものではないとすることはできないものというべきであ
る。
被告の主張は採用することができない。
(4) 以上述べたところによれば,引用例1記載の発明に引用例2,3に記載さ
れた発明を適用して本件発明を構成することは,当業者であれば容易に推考できた
ものというべきであるから,これに反する審決の認定判断は誤りであって,これが
審決の結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
第6 以上のとおりであるから,審決は,その余の点のいかんにかかわらず,取消
しを免れない。
よって,審決を取り消すこととし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法
7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官  山   下   和   明
        
          裁判官   宍   戸       充
 
裁判官    阿   部   正   幸
別紙図面1    別紙図面2 

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