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平成15年5月19日判決言渡
平成13年(ワ)第618号損害賠償請求事件
判示事項の要旨1 社員の業務の過剰性と自殺による死亡との間に相当因果関
        係が認められた事例
       2 長時間及び不規則な労働時間と業務に基づく強い心理的な
        負荷を受けたことを誘因とする社員の自殺について会社に過
        失が認められた事例
主文
1 被告は,原告Aに対し金2363万9396円,原告B,同C及び同
 Dに対し各金1220万2236円並びにこれらに対する平成10年7
 月24日から各支払済まで年5分の割合による各金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
   被告は,原告Aに対し金2542万6410円,原告B,同C及び同Dに
  対し各金1246万4914円並びにこれらに対する平成10年7月24日
  から各支払済まで年5分の割合による各金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,自殺した被告従業員の遺族である原告らが,被告は,雇用主とし
  て,過剰な長時間労働により健康を害さないよう配慮すべき義務を怠り,も
  しくは,過剰な心理的肉体的負荷により健康を損なうおそれがあることを知
  り得たにもかかわらず,労働環境を改善する措置を怠ったため,自殺の結果
  を招いたと主張して,被告に対し,安全配慮義務違反又は不法行為に基づく
  損害賠償を請求した事案である。
 1 争いのない事実及び証拠(甲1ないし6,7及び8の各(1)(2),9ないし
  14,16,17の(1)ないし(3),18,21ないし30,37ないし39,
  乙1及び2の各(1)(2),3,4の(1)ないし(10),5ないし8,証人E,原
  告A本人)により認められる事実
  (1)被告は貨物自動車運送業等を業とする株式会社である。
    亡F(昭和18年8月18日生。以下「F」という)は,昭和52年8
   月,被告に雇用され,同人が自殺した平成10年7月24日当時,被告の
   南九州営業所長であった。
    原告A(以下「原告A」という)はFの妻,その余の原告らはFと原告
   Aとの子である。
  (2)Fは,被告に入社した後,鹿児島県姶良郡a町(後にb町に移転され
   た)所在の鹿児島営業所において安全管理業務に従事していたが,昭和5
   7年4月,鹿児島営業所長に就任し,以後,主として,顧客の開拓,営業
   所の管理,監督及び労働組合との交渉などの業務に従事してきた。
    平成4年8月,Fは癌のため胃を全部摘出し,以後毎年入院検査を受け
   てきたが,経過は良好であり,これ以外に健康状態には問題がなかった。
   上司や部下らは,Fの性格を,感情の起伏が激しく,機嫌がいいときと
   悪いときとが極端に違い,一本気な性格で,愛社精神が強いと感じていた。
  (3)平成5年4月,Fは鹿児島営業所,鹿児島県曽於郡c町所在のc営業
   所及び宮崎市所在の宮崎営業所の3営業所により構成される被告南九州支
   店の支店長代理(支店次長)に就任した(鹿児島営業所長と兼任)。同支
   店の支店長は,被告本社の業務部長を務めるE(以下「E部長」という)
   が兼務していたが,E部長は普段は実質的な本社機能を果たしていた佐賀
   県三養基郡d町所在の被告d支店において執務していたため,実質的には,
   Fが上記3営業所を行き来してその業務を統括するようになった。当時3
   営業所は合計120台程度のトラックを擁し,運転手は合計100名程度
   が就労していた。
    支店長代理に就任して以後,Fは仕事が忙しく自宅に帰れないことが度
   々あったため,被告が宮崎市内に借り上げたマンションを利用し,1年ほ
   どの間,宮崎営業所の業務のため鹿児島の自宅に帰れない時にこれを利用
   していたことがあった。
  (4)南九州支店は,食肉やブロイラーの冷凍輸送を主な業務としていたが,
   慢性的な赤字が続いており,厳しい経営環境にあった荷主のブロイラーや
   食肉生産会社から運賃切り下げを求められていたため,収益を改善させる
   必要に迫られ,平成8年ころ,1度目の損益改善計画が実施された。
    この損益改善計画に伴い,労働組合の要求により,午前8時に積み込み
   を開始するトラック(1名のみの乗車制となっていた)につき,従業員運
   転手の状態,免許証を確認するなど,安全確保のための点呼を取ることに
   なり,鹿児島営業所においては,所長のFが,週に1,2回の頻度で,早
   朝4時ないし5時に出勤し,午前6時ころに約10分間の点呼を行なうよ
   うになった。
    Fの出勤簿には,午前8時30分から午後5時30分まで勤務していた
   ように記載されていたが,実際の勤務時間とは全く合致しておらず,被告
   も支店長代理であるFの時間外勤務は当然のこととして承知していた。
    平成8年ころから,Fは月に1,2回の割合で本社に出張するようにな
   り,同年7月から12月にかけては,東京にも各月1,2回の頻度で出張
   していた。
  (5)平成9年10月ころ,鹿児島営業所,c営業所及び宮崎営業所を廃止
   して,その業務を当時休止していた鹿児島県曽於郡e町所在のe営業所に
   統合し,事務職員を削減して事務の効率化を図ると共に,中長距離乗務員
   から希望退職者を募集して乗務員を削減することを柱とした2度目の損益
   改善計画(以下「損益改善計画」という)が企画され,E部長の指揮のも
   とで平成10年度の実施に向けての準備が開始された。
    Fは,現場責任者として損益改善計画を実施するため,e営業所の敷地
   の整備や行政機関への届出などの諸々の事務を担当し,本社へも度々出張
   するようになり,移転前の数か月間は土曜日に休むことができないほどで
   あった。
    損益改善計画の実施について労働組合が反対したため,被告は社内に併
   存する3つの労働組合と交渉を行なう必要が生じ,社長以下被告の幹部従
   業員が各交渉に当たり,最終的には全ての労働組合が損益改善計画を受け
   入れた。Fは,現場の責任者として労働組合との交渉の席に出席し,直接
   交渉にあたることはなかったものの,従業員が解雇されることについて苦
   悩し,部下や知人,家族らに度々悩みを打ち明けていた。
   損益改善計画に基づき,事務職員は3つの営業所で合計11名から5名
   に削減されることとなり,中長距離乗務員については,合計69名の乗務
   員を52名に削減するため希望退職者を募集したところ,予定数17名を
   上回る32名が応募した。
    損益改善計画に伴い,一部の顧客との取引を打ち切ることになり,E部
   長はFを伴って取引先に対し説明や謝罪をして回ったが,その後の事務処
   理はFが一人で担当した。取引を終了した顧客の中には,F自身が営業活
   動を行なって取引を開始したブロイラーや食肉生産者があったため,Fは
   そのことでも悩んでおり,部下や知人,家族らに度々話していた。
    平成10年4月下旬ころ,e営業所を再開するため,従前の3営業所か
   ら什器や備品を移送しなければならなくなったが,この作業に労働組合の
   協力を得ることができず,運転手らがトラックの運転を拒否したため,F
   は親戚らに声をかけ,トラックを運転してもらうなどして,ようやく什器
   や備品の移送を終えた。
  (6)平成10年5月1日,従来の南九州支店は廃止され,傘下の3営業所
   はd支店に属するe町の南九州営業所に統合され,Fは南九州営業所の所
   長に就任した。
    営業所の統合移転に伴い,事務職員は削減され,1か所となった営業所
   の担当区域が拡大したため,事務職員の業務は移転前よりも繁忙になった。
    また,営業所の移転に伴って,早朝出発のトラックの点呼が午前2時ない
   し3時ころに行われるようになり,Fが週に2,3回の頻度でこれを担当
   するようになった。これにより早朝出勤の回数が以前よりも増加したこと
   もあって,Fは,鹿児島県f町にマンションを借りてe営業所に通勤し,
   自宅へは休日に時々帰るという生活を送るようになった。
    営業所移転の直後,移転に反対していた組合に加入している乗務員が鹿
   児島営業所に帰着する事態が生じ,解決に約1週間を要したことがあった。
    また,e営業所の洗車場の水が隣接している茶畑にかかっていたことで
   苦情が出たため,洗車場と茶畑の間にコンテナを設置して解決したことが
   あった。
    Fは,e営業所への移転に伴って従業員を解雇したことや自分が開拓し
   た得意先との取引が打ち切られたことを悩んでいたが,e営業所に移転し
   た後の平成10年6月ころからは,部下や知人,家族らに対し「自分の知
   らない間に取引先が切られる,会社に行ってもやることがない,会社を辞
   めたい」としきりに話すようになって,覇気もなくなり,部下の中には愚
   痴っぽくなったと感じる者もいた。
  (7)平成10年7月3日,親戚のGがFと電話で話をしたところ,Fの話
   が次第に深刻なものになってゆき,営業所を船に喩えて,船の舵が取れな
   くなったなどと話をしたので,GはFが精神的に参っているのではないか
   という印象を受けた。
    同月4日から休暇を取ったFは,交通安全協会が職員を募集しているこ
   とを知り,原告Aと相談した結果,同月6日,交通安全協会に出向いて募
   集の申込書をもらいに行った。
    同月8及び9日,Fは鹿児島市内の病院に入院して精密検査を受けたが,
   異常は発見されなかった。検査を終えて自宅に帰ってきたFは原告Aに対
   して会社を辞めたい旨話し,以後,会社に出社しなくなった。
    同月10日ころ,被告はFが入院したことを知った。
  (8)平成10年7月17日,Fは被告に対し,都合により8月15日付で
   退職する旨を記載した同年7月15日付の退職願(甲7の(1))を郵送し
   た。Fは,同日付で,長期欠勤を謝罪するとともに,責任者として失格と
   悟ったため引責辞任する趣旨を記載した被告代表者宛の文書(甲7の(2))
   を作成した。
    Fは,そのころ,交通安全協会に履歴書を提出した。
   E部長は,Fが被告に退職届を郵送してきたことを知り,退職を思いとど
   まらせるためにFと面談することにし,同月21日,Fを宮崎のホテルに
   呼び出した。FはE部長に対し,「することがなくなった」と述べ,会社
   の仕事のことや交通安全協会に就職しようとしていることを話したが,E
   部長から,辞めてもらっては困るとして退職を思いとどまるよう説得を
   受けたため,退職を取りやめる旨答えた。
    同月22日,Fはe営業所に出勤したが,従業員らはFがやつれていて
   痩せていることに気がついた。
    同月23日,Fは早朝の点呼を終え,いつものとおり勤務に就いたが,
   午後3時か4時ころ,翌日の点呼を部下に頼み,沈んだ様子で営業所を出
   ていった。
  (9)平成10年7月24日午前2時ころ,Fは会社に行くと原告Aに言っ
   て自宅を出た後,行方不明になり,家族が所在を探したところ,鹿児島営
   業所内で首を吊って死亡しているFを発見した。fのマンションには家族
   宛と会社宛の遺書が遺されており,家族宛の遺書には「船が思うように進
   まなくなった。俺が間違っているか経営陣が間違っているか分からないが
   ・・・事業所運営と会社経営は立場が違うからわからん。」「俺は航海の
   途中に船梶が壊れてコントロール出来なくなった。」などと記載されてお
   り,会社宛の遺書には「南九州が管理する荷主が加速度的に消えていく,
   しかも南九州で独自に開拓した粗利益率の良い荷主が,私に何の予告も無
   しに消えていく」「会社は規模縮小を進めて行く中で,極めて短い予告期
   間で合法的に首切りする方法を取っているが,此れは企業側の成功率だけ
   を目的とした極めて極悪非道な手段と言わざるを得ない」「真剣に上申す
   る意見を聞き入れず,厳しく食い下がればその人を抹殺し,無視して,一
   部のごうまんな意見だけを聞き,経営が維持できるのだろうか」「近日辞
   表を提出する予定だが,もう疲れた」「この場所で燃え尽きてこの道を選
   びます」などと記載されていた。
  (10)平成10年8月24日,原告Aは被告から,Fの死亡退職金806万
   0305円を受領した。
  (11)平成13年1月24日,f労働基準監督署長から依頼を受けた鹿児島
   労働局地方労災医員協議会は,Fの自殺につき,平成10年5月の営業所
   の統合移転の前後ころ以来のFの業務の過剰性,職場の人間関係や会社
   (被告)の経営方針に関する管理職としての苦悩による心理的負荷は強度
   のものであり,これにより,同年6月ころ以降,ストレス反応として,心
   身の疲労,過度の心配,集中力低下など,ICD-10(国際疾病分類第
   10改訂版)の診断ガイドラインにおける重度ストレス反応及び適応障害
   (診断分類F43)とみなすのを妥当とする症状が出現してうつ(鬱)状
   態に陥り,発作的に自殺念慮が生じたものと認定し,業務上の原因に基づ
   く自殺であるとの見解をまとめた書面を提出した。
    これに基づき,f労働基準監督署長は,Fの自殺を業務上の事由に基づ
   く労働災害と認定し,同年3月9日,原告Aに対する遺族補償年金・遺族
   特別支給金・遺族特別年金の支給を決定し,平成15年2月15日までに,
   このうち1154万1229円を原告Aに給付した。
 2 当事者の主張
  原告ら
  (1)Fは,平成5年に南九州支店支店長代理となって以来,過酷な業務
   を担当してきた上,平成8年以降は早朝出勤による不規則な長時間労働
   を恒常的に強いられ,平成9年10月ころからは,損益改善計画の実施
   に伴い,営業所の移転統合,顧客との取引中止,従業員の解雇などの仕
   事を担当するなど,精神的,肉体的に過剰な業務を強いられてきたもの
   であり,その結果,ストレス反応として心身の疲労等の症状が出現して
   うつ状態に陥り,発作的に自殺念慮が生じ,自殺に至ったものであるか
   ら,自殺と業務との間には因果関係がある。
  (2)被告は,雇用主として,従業員であるFの労働時間,労働状況を把
   握し,過剰な長時間労働により健康を害さないように配慮すべき義務を
   負っていたにもかかわらず,その義務を怠り,Fの自殺という結果を発
   生させた。よって,被告は債務不履行責任又は民法709条に基づく不
   法行為責任を負う。
    Fの上司であるE部長は,Fの上記のような異常な勤務状況を知り又
   は知り得たにもかかわらず,何らの措置も執らなかったばかりか,Fの
   自殺直前に,心身共に弱り果てていたFの精神状態を混乱に陥れるよう  
   な言動をとり,Fの自殺念慮を促進させた過失がある。したがって,E
   部長の使用者である被告は同法715条に基づく使用者責任を負う。
  (3)損害
   (ア)逸失利益          4308万9486円
      年収731万2400円,生活費控除4割,死亡当時の54歳か
     ら67歳までの就労可能年数13年に対応する新ホフマン係数9.
     8211
   (イ)慰謝料           2600万円
   (ウ)弁護士費用          570万円
   (エ)以上合計          7478万9486円
   (オ)相続
     原告A(2分の1)     3739万4743円
     その余の原告ら(各6分の1)1246万4914円
   (カ)控除            1154万1229円
      原告Aが平成15年2月15日までに受給した労働者災害補償保険
     法に基づく遺族補償年金を控除(内金請求)。
  被告
  (1)損益改善計画の実施による業務の増加は従業員全体で対応するこ
   とが可能であった。労働組合との団体交渉,地方労働委員会での紛争,
   取引先・荷主との契約中止及び従業員の異動に関するFの業務は,E
   部長を補佐するものにすぎなかった。事務所機器等の移動についても
   特別困難な事情はなかったし,早朝点呼についても,その後の早退に
   より労働時間の調整が可能であった。平成10年6月ころには事務所
   の統合作業はほぼ終了していた。
    Fの精神的負荷は,愛社精神が強かったこと,自分が開拓した荷主
   が事前の予告なしに取引中止になったことに我慢ができなかったこと,
   損益改善計画後は自分のすることがなくなったと感じていたこと,か
   つての部下が上司になるという状態を気にしていたことによるもので
   あって,勤務時間の長時間化や業務内容の増加等によるものではなく,
   個人的要因によるものである。
  (2)Fには精神障害の病歴はなく,うつ病の徴候は体重減少以外に確
   認されておらず,直前にも就職活動を行なったり,検査入院をしたり
   しており,思考停止等の状態に陥っていなかったことからすれば,F
   がうつ病に罹患していたとは考えられない。Fが自殺する前に作成し
   た文章には強度な愛社精神に基づく諫言が記されていることからして,
   自殺はFの自由な意思に基づくものとみるべきである。
   Fの上司であるE部長は,Fに対して異常な過剰勤務を指示,命令
   したことはなく,Fの勤務状況を知りながら,これを放置したもので
   はなかった。E部長がFを慰留した行為はFの精神状態を混乱させた
   行為ということはできない。
    Fは平成10年6月には損益改善計画を概ねやり遂げ,勤務も平常
   の状態に戻っており,同年7月21日にE部長が退職の慰留をするま
   で,Fから被告に対して何らの訴えもなく,Fから会社に届いていた
   のは退職願だけであって,失格であるから引責辞任する旨の文書(甲
   7の(2))は会社に届いておらず,Fの部下も自殺直前の行動に不信
   を抱いていなかったことからすれば,Fの精神障害及び自殺の危険性
   について,被告に予見可能性はなかった。
  (3)仮に業務起因性及び因果関係が認められるとしても,Fの個体的
   要因に基づく任意の選択としての自殺であるから,Fの寄与度は10
   割近く認められるべきであり,過失相殺後の損害額は労災支給額を超
   えることはない。
    遺族補償年金の全支給期間に支給される金額は損害から控除すべき
   である。
第3 判断
 1 業務の過剰性について
  (1)前認定のとおり,Fは,平成5年4月に南九州支店の支店長代理に就
   任し,実質的に3つの営業所の責任者として日常業務を担当し,平成8年
   に実施された1度目の損益改善計画以降は,週に1,2回早朝点呼を担当
   するとともに,本社や東京,大阪にも出張するようになり,平成9年10
   月以降,2度目の損益改善計画の策定に伴い,当時閉鎖されていた営業所
   を再開して3営業所の営業を統合し,事務職員や乗務員を削減し,一部得
   意先との取引を打ち切ることなどに関する具体的な事務処理を担当し,本
   社への出張も増加したものであり,この間,Fには,恒常的な不規則勤務,
   担当業務の繁忙化による肉体的疲労の蓄積があったと推認されるところ,
   平成10年5月にe営業所が南九州営業所として再開された後は,事務職
   員が削減され,営業の担当区域も広くなったことに加え,移転後の事務処
   理が加わり,さらに,午前2時から3時ころに行なう運転手の点呼を週に
   2,3回担当するようになり,早朝出勤の増加に対処するため,fにマン
   ションを借りてe営業所に通勤し,自宅へは休日に時々帰るという生活を
   送るようになったものであり,このように,Fの恒常的な長時間労働と深
   夜に及ぶ不規則勤務はさらにその程度を増し,これにより,身体の疲労が
   慢性化し,精神的なストレスも増大したことが推認される。
  (2)2度目の損益改善計画の実施は,部下である従業員の削減及びFが開 
   拓した顧客との取引の打ち切りを伴うもので,いずれもFを苦悩させるに
   足りるものであったことに加え,営業所移転の際の労働組合の非協力,移
   転後の一部の組合員や近隣とのトラブルなどによりFが受けた精神的な負
   荷は強度なものであったことが推認される。
  (3)これに対し,被告は,2度目の損益改善計画に伴う業務はE部長が遂
   行し,Fはこれを補助する業務を担当しただけであり,早朝出勤は管理職
   であれば誰でも担当しており,かつ,自己の裁量で勤務時間の調整が可能
   であり,営業所移転後は,F自身「することがなくなった」と言っていた
   ように,通常の勤務状態に戻っていたとして,業務の過重性を否定する。
    しかし,損益改善計画の指揮はE部長が執ったとしても,Fは現場の責
   任者として具体的な業務を処理したのであり,解雇される従業員や取引を
   打ち切られる顧客らとも日常的に接していたのであるから,組合交渉や得
   意先の挨拶回りなどとは別の次元において,不満や抗議を相手方から直接
   受ける立場にあったと推認され,また,管理職であれば誰でもが担当する
   からといって業務の過重性が否定されることはないのはもとより,管理職
   として自ら勤務時間の調整が可能であったとしても,営業所の移転に伴っ
   て部下の事務量が増加していた最中に,Fが自己の勤務時間を調整するの
   は困難であったと認められる。
    e営業所に移転した後にFが「することがなくなった」と口にしていた
   事実はあるものの,前認定のとおり事実はむしろ逆であり,仕事がなくな
   ったといえるような状態でなかったことは明らかであって,Fのかかる言
   動は,Fが,自分は上司に言われるまま意に副わない業務を遂行するしか
   ない存在であり,自分の意向と裁量に基づいて行なえるような業務はない
   という無力感,抑うつ感にとらわれ,これが高じてうつ状態に陥り,その
   症状が発現した結果と認められる。
 2 精神障害の発生,業務の過重性と自殺との因果関係について
  (1)前認定のとおり,Fは,2度目の損益改善計画に伴って,従業員を解
   雇し,自分が開拓した顧客との取引が打ち切られたことについて苦悩し,
   営業所移転後の平成10年6月ころ以来,部下や知人,家族らに「自分の
   知らない間に取引先が切られる,会社に行ってもやることがない,会社を
   辞めたい」としきりに話すようになり,覇気もなくなっていき,同年7月
   3日,親戚のGと電話で話をした際,次第にFの話が深刻なものになって
   ゆき,営業所を船に喩えて,船の舵が取れなくなったなどと話をし,同月
   4日から休暇を取り,同月8及び9日,鹿児島市内の病院に入院して精密
   検査を受けたが,検査を終えて自宅に帰ってきたFは,原告Aに対して会
   社を辞めたいと話をし,会社にも出社しなくなったあげく,辞表を提出し,
   E部長の説得を受けて退職を撤回し,同月22日にe営業所に出向いたF
   は,やつれて痩せた印象であり,会社宛の遺書には,荷主との取引の打ち
   切りをFに無断で決定したことや,従業員を解雇したことにつき,強い口
   調で批判し,「もう疲れた」「燃え尽きてこの道を選びます」と記載し,
   家族宛の遺書には,人生を航海に喩えて「航海の途中に船梶が壊れてコン
   トロール出来なくなった」と記載したものであり,これらの事実によれば,
   Fは営業所移転後の平成10年6月ころからうつ状態に陥り,自殺念慮が
   生じた結果,自殺に至ったものと認められる。
  (2)Fが平成10年5月の営業所の統合移転の前後ころから,恒常的な長
   時間労働及び深夜の不規則勤務を強いられ,業務に基づく心理的な負荷を
   かなり受けていたこと,従業員の解雇や荷主との取引打ち切りによるFの
   精神的苦悩は2度目の損益改善計画の実施,e営業所への移転の前後ころ
   から次第に深刻なものとなっていったと認められること,平成4年8月に
   胃ガンで胃を全部摘出し,以後毎年入院検査を受けてきたほかには,Fの
   健康状態に問題はなく,家庭など仕事以外の場面でも,特に心理的な負荷
   がかかるような環境にはなかったこと,Fには精神傷害の既往症もないこ
   とに照らし,Fがうつ状態に陥ったのは,長時間で不規則な労働時間と業
   務に基づく強い心理的な負荷を受けたことが原因であり,業務の過剰性と
   自殺との間には因果関係があると認められる。
  (3)被告は,Fは交通安全協会への就職活動や検査入院を行なうなど,思
   考停止に陥っていたとはいえず,また,会社宛の遺書の文面からして,自
   殺の動機は,Fが強度な愛社精神に基づいて被告を諫めようとしたところ
   にあり,Fの自殺はその意思に基づくものであったとして,業務の過重性
   との因果関係はないと主張する。
    しかし,うつ状態にあるからといって必ず思考停止に陥るとは限らず,
   また,会社宛の遺書の内容は被告ないしはE部長に対する憤懣を書きつら
   ねたものと解することができ,Fがうつ状態にあったことと矛盾しないの
   であり,その他,Fの自殺が覚悟の上の自殺であったと認めることはでき
   ない。
 3 安全配慮義務違反ないしは予見可能性について
  (1)一般に,使用者は,労働災害防止のため,快適な職場環境の実現と労
   働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保しなければ
   ならず(労働安全衛生法3条),かつ,労働者に従事させる業務を定めて
   これを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄
   積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う。
    被告は,営業所の統合や再編成,損益改善計画を実施するにあたり,あ
   らかじめ,具体的な業務を担当する中間管理職であるFの負担が過剰とな
   らないよう配慮し,損益改善計画が実施される中で,Fの業務が過剰とな
   って肉体的,精神的疲労の蓄積を招かないように,往々にして仕事が過酷
   であってもこれを上司に訴えることができないことがある中間管理職の立
   場に留意し,定期的にFの業務の実態を把握し,何らかの過負荷の徴候が
   見られたときは,速やかに業務を軽減し,配置を移動するなどの措置を講
   じるべき注意義務を負っていたということができる。
  (2)被告は,Fが南九州支店の支店長代理に就任して3営業所の事務を事
   実上統括していたこと,1度目の損益改善計画後,鹿児島営業所において,
   週に1,2度,早朝の4時や5時に出社して運転手の点呼を行ない,本社
   等に度々出張していたこと,2度目の損益改善計画に伴い,現場の責任者
   として,e営業所への移転や従業員の削減,得意先との取引打ち切りの直
   接の事務処理を担当しつつ,本社へ頻繁に出張し,e営業所への移転後は,
   深夜2時や3時の運転手点呼を週に2,3度行なっていたことについては,
   当然これを認識し,もしくは認識し得たと認められ,したがって,Fの業
   務が過剰であるとの認識は十分に持ち得たと認められる。また,Fは,従
   業員の解雇や自分が開拓した得意先との取引の打ち切りについて悩んでい
   たものであるが,営業所の従業員らには度々そのような話をしていたので
   あるから,被告はそのことを認識し得る機会があったと認められ,7月上
   旬から病院に入院し,その後も出勤しなかっただけでなく,唐突に辞表を
   提出したことは当然認識していたと認められるうえ,E部長は,7月21
   日にFと直接面談し,「することがなくなった」と発言するなど,Fが通
   常でない精神状態にあることを認識する機会があったのであるから,少な
   くとも,Fが過剰なストレスを受け,正常な精神状態を逸脱し,もしくは
   逸脱しつつあることを十分に認識し得たと認められる。
    然るに,被告が,営業所の統合,損益改善計画の実施にあたり,Fの業
   務が過剰とならないよう配慮し,遂行中の業務実態を把握して過剰かどう
   かを評価した形跡はないのであり,E部長も,退職を決意するまでに至っ
   たFの心身の状態を理解せず,ただ,辞めてもらっては困るとして慰留し
   たのであり,これは,Fが退職を決意した理由につき,自らを被告の組織
   には無用の人間であるのみならず,円滑な業務と収益向上の妨げとなって
   いると思い込み,落ち込んでいるものと理解し,Fが被告にとって貴重な
   人材である旨を告げて励まそうとしたものと考えられる。しかし,前記の
   とおり,上記のFの言葉は自己の業務と存在についての無力感,抑圧感か
   ら生じた抑うつ状態の現われであり,したがって,Fにとって,E部長の
   言葉は,一時的には気力を回復する作用があったとしても,結局は,自分
   を便利な存在として従前どおり負担の大きい業務を押し付けようとしてい
   るにすぎないと受け取られ,Fの抑うつ感をさらに深めるのみであったと
   推認される。
  (3)被告は,Fの勤務状況は被告が命令したものではなく,Fからも勤務
   状況の報告があがってこなかったことから,Fの勤務状況を知りようがな
   かったこと,Fから被告に対して何らの訴えもなかったことから,業務が
   過剰であるためにFがうつ状態に陥っていることを認識できず,また,こ
   れを予見することもできなかったと主張する。
    しかし,前述のとおり,被告は従業員の勤務状況を常に把握し,業務の
   遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損
   なうことがないように注意する義務を負っていたのであり,従業員から報
   告があがってこないからといって過剰な勤務状況を放置したことを正当化
   することはできないうえ,前認定のとおり,被告はFの勤務状況を知り又
   は知ることができたと認められるから,被告の主張は理由がない。
  (4)以上のとおり,被告は,Fが心身の健康を損なうことがないように注
   意する義務を怠り,その結果,うつ状態にあったFに自殺念慮が生じて自
   殺に至ったことを防止できなかったのであるから,注意義務違反によって
   生じた自殺という結果に対して責任を負わなければならず,損害を賠償す
   る義務があるというべきである。
 4 損害
  (1)逸失利益
    死亡直前のFの年収は731万2400円で,死亡当時54歳であるか
   ら就労可能年数を13年とし,中間利息を控除するための係数を9.39
   35とし,生活費として40%を控除すると,その額は4121万341
   8円となる。
    計算式731万2400円×(1-0.4)×9.3935
  (2)慰謝料
    前認定の諸事実を総合すると,Fの精神的苦痛を慰謝するために必要に
   して十分な賠償額は2600万円とするのが相当である。
  (3)過失相殺
    企業に雇用される労働者の性格は多様なものであるから,労働者の性格
   が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲
   を外れるものでない限り,その性格及びこれにもとづく業務遂行の態様等
   が,業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に
   寄与したとしても,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請
   求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれ
   にもとづく業務遂行の態様等を,心因的要因として斟酌することはできな
   いと解される(最高裁判所平成12年3月24日判決・民集54巻3号1
   155頁参照)。
    前認定のとおり,Fは,自ら営業を行なって顧客を獲得し,早朝や深夜
   に行なわれる点呼を部下に任せることなく自ら担当し,損益改善計画の実
   施に伴って解雇される従業員の再就職先の世話をし,営業所の移転に伴っ
   て得意先との取引が中止されることに心を痛めるなど,仕事に対し真面目
   にかつ真剣に取り組んでいたこと,もともと感情の起伏が激しく,一本気
   な性格であったことがうかがえるが,このような感情の起伏の激しさや生
   真面目さが個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものとは認め
   られないから,Fの性格及びこれにもとづく業務遂行の態様等を心因的要
   因として斟酌し,過失相殺の法理を類推適用ないし準用することはできな
   い。
  (4)相続
    Fの死亡により,原告Aは,上記及びの損害金合計額の2分の1に
   当たる3360万6708円を,その余の原告らは,6分の1に当たる1
   120万2236円をそれぞれ相続した。
  (5)損益相殺
    不法行為と同一の原因によって被害者又はその相続人が第三者に対する
   債権を取得した場合には,当該債権を取得したということだけから右の損
   益相殺的な調整をすることは,原則として許されず,被害者又はその相続
   人が取得した債権につき,損益相殺的な調整を図ることが許されるのは,
   当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及
   び履行が確実であるということができる場合に限られ,遺族年金の受給権
   を取得し,支給決定を受けている場合には,支給を受けることが確定した
   額に限って損害額から控除すべきである。
    労働者災害補償保険法9条1項は,年金たる保険給付の支給は,支給す
   べき事由が生じた月の翌月から始め,支給を受ける権利が消滅した月で終
   わると規定しているところ,原告Aについて遺族年金の受給権の喪失事由
   が発生した旨の主張のない本件においては,口頭弁論終結の日である平成
   15年3月3日で原告Aが同年3月分までの遺族年金の支給を受けること
   が確定していると認められる。なお,原告Aは,遺族特別年金を合計27
   3万9582円受給しているが,遺族特別年金を含む特別支給金は,損害
   をてん補する性質を有していないから,損害額から控除することはできな
   い。
    労働者災害補償保険法9条3項は,年金保険給付は,毎年2月,4月,
   6月,8月,10月及び12月の6期に,それぞれその前月分までを支払
   うと規定しているところ,原告Aは平成15年2月に平成14年12月分
   と平成15年1月分の合計42万6083円受給していることからすれば,
   同年2月分及び3月分も同額の支給を受けることが確定していると認めら
   れる。
    したがって,本件において,損害額から控除すべき遺族年金の額は,原
   告Aが口頭弁論終結時までに支給を受けた1154万1229円に,口頭
   弁論終結時において支給が確定していた平成15年2月から3月までの2
   か月分42万6083円を加えた1196万7312円と認められる。
  (6)弁護士費用
    弁護士費用は,原告Aにおいては200万円,その余の原告らにおいて
   は各100万円を認めるのが相当である。
 5 結論
   よって,原告らの本件請求は,原告Aについて2363万9396円,そ
  の余の原告らについて各1220万2236円及びこれらの各金員に対する
  遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが,その余は理由がない。
 鹿児島地方裁判所民事第1部
         裁判長裁判官 池 谷   泉
            裁判官 平 井 健一郎
裁判官市原義孝は,差し支えのため,署名押印できない。
         裁判長裁判官 池 谷   泉

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