弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
       原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
       前項の部分につき被上告人の控訴を棄却する。
       控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人工藤舜達,同前川紀光の上告受理申立て理由第一点,第二点について
 1 本件は,被上告人が,本件自動車の所有権に基づき,本件自動車を占有する
上告人に対し,その引渡し等を請求する訴訟である。本件自動車は,ドイツ連邦共
和国で登録され,使用されていたが,イタリア共和国で盗難の被害に遭い,我が国
に輸入された後,道路運送車両法に基づく登録を経て,最終的に上告人が販売業者
から買い受けたものである。被上告人が上告人に対して本件自動車の所有権を主張
し得るかどうかが争われている。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 本件自動車(メルセデスベンツ500SL)は,平成元年9月29日にド
イツで新規登録された。ドイツ在住のDは,本件自動車につきリース会社とリース
契約を締結し,ドイツ法人である被上告人との間で自動車保険契約を締結した。D
は,本件自動車をその生活に使用していた。
 (2) Dは,平成3年3月29日にイタリアで本件自動車の盗難被害に遭ったの
で,被上告人に保険金の支払を請求し,被上告人は,リース会社及びDに所定の保
険金を全額支払った。上記保険契約の約款には,盗難等の理由により保険契約に従
って被上告人が保険金を支払い,その支払から1箇月以内に盗難対象物が戻らない
場合には,被上告人がその所有権を取得する旨の規定がある。
 (3) 株式会社Eは,平成3年5月ころ,アラブ首長国連邦ドバイ市所在の中古
車販売業者F社から約8万米ドルで本件自動車を購入したとして,同年7月23日
,神戸税関六甲アイランド出張所に本件自動車の輸入申告をし,同月25日,自動
車通関証明書を取得し,神戸港に荷揚げして,本件自動車を我が国に輸入した。
 (4) 有限会社Gは,同月26日,Eから本件自動車を購入し,予備検査をした。
 株式会社H工業所は,同月27日,Gから本件自動車を購入した。
 (5) Iは,H工業所から本件自動車を購入し,同年10月15日に道路運送車
両法に基づく新規登録をした。
 (6) その後,本件自動車は,株式会社J及びK株式会社を経て,上告人が平成
5年10月27日に取得するに至った。K及び上告人は,本件自動車について道路
運送車両法に基づく移転登録を経由している。
 (7) 日本国内で本件自動車を購入した者らは,いずれも,輸出者が本件自動車
の所有権を有していたことを確認し得る車両証書等の書面の提示を受けていない。
 3 原審は,次のとおり判断して,上告人は本件自動車の所有権を取得していな
いとし,被上告人の請求を一部認容した。
 (1) 自動車はもともと広範囲に移動することを予定した動産であって,移動す
る時々の所在地の法を適用するものと解するのは相当でなく,登録地での長期間の
不使用,不在や権原のある者による新たな登録等により登録地への復帰可能性が事
実上消滅したとみるべき事由があるなどの特段の事情がない限り,原則としてその
自動車が本来の使用の本拠として予定している一定の中心的場所すなわち復帰地(
登録地)の法をもって法例10条2項にいう所在地法と解するのが相当である。
 本件自動車は,物理的には現在我が国に存在するが,ドイツの正当な所有者のも
とに復帰すべき可能性が消失してしまったとみるべき事由が明白であるとはいえず
,ドイツで登録され,ドイツ居住者がその生活に使用していたから,ドイツを中心
とし,そこを復帰地として利用されていたと認められる。したがって,本件自動車
の復帰地は,盗難によって物理的な所在がドイツから離脱していても,なおドイツ
にあると認めるのが相当であり,その物権変動の準拠法はドイツ法であると解すべ
きである。
 (2) ドイツ民法では登録自動車でも即時取得の対象となるが,購入者は,車両
証書原本の記載内容を確認して譲渡人の所有権を確認する義務があり,この義務を
怠れば原則として重過失があると解されており,即時取得の成立が否定される。さ
らに,ドイツ民法935条によれば,窃取された動産など所有者の意思によらずに
占有が所有者から離脱した場合は,即時取得の適用が排除されているので,盗難車
である本件自動車には即時取得による所有権取得を認める余地がない。
 (3) 本件自動車の物権変動の準拠法が日本法であるとしても,高額な外国自動
車を輸入し,我が国での登録が未了の状態で国内に販売しようとする販売業者は,
車台番号,エンジン番号及びその他の部品番号の確認並びにそれらの番号の偽造や
改ざんの有無などの技術的点検を十分にすべき取引上の注意義務があり,少なくと
も当該自動車が盗品でないことを確認しなければ,輸出者が当該自動車につき無権
利者でないと誤信したことについて無過失であるとはいえない。そうすると,我が
国内での取引における未登録の外国車の譲渡人の所有権の確認は,車両証書等外国
の製造者又は真正な前所有者による権利確認書の提示ないし写しの交付を伴う譲渡
証明書等,あるいはこれを確認した国内業者の信頼し得る証明書等によってされる
べきであり,これらの書類を欠く取引については,譲受人についても無過失である
とはいえず,即時取得が成立することはない。
 4 しかしながら,原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理
由は,次のとおりである。
 (1) 自動車の所有権取得の準拠法について
 ア 法例10条2項は,動産及び不動産に関する物権の得喪はその原因たる事実
が完成した当時における目的物の所在地法によると規定しているが,これは,物権
のように物の排他的な支配を目的とする権利の得喪はその原因事実が完成した当時
における目的物の所在地国等の利害と密接な関係を有することによるものと解され
る(最高裁昭和50年(オ)第347号同53年4月20日第一小法廷判決・民集
32巻3号616頁参照)。そうすると,目的物が有体物であるときは,同項にい
う所在地法は,その物理的な所在地を準拠法選択の連結点とすることに支障がある
などの場合を除き,その物理的な所在地の法をいうものと解するのが相当である。
イ 自動車の所有権の取得についてこれを検討する。自動車は,一たび運行の用に
供し得るようになると,国境を越えて広範囲に動き回ることができるようになると
いう特質を有する動産であり,多くの国又は地域においては権限ある当局に車両の
登録をする等所定の要件を満たすことによって初めて運行の用に供し得るようにな
るものである(道路交通に関する条約参照)。他方,自動車が国際的な取引の対象
になる場合,新車については未登録の状態で,中古車については従前の登録が抹消
された状態で,すなわちそのままでは運行の用に供し得ない状態で流通することが
ある。このように,自動車には,その性質上,運行の用に供され広範囲に移動する
ことが可能な状態のものと,そのような状態にないものの2種類があることになる。
 自動車が広範囲な運行の用に供されており,その物理的な所在地が変動している
場合に,自動車の物理的な所在地を基準として準拠法を決めようとすると,当該自
動車の移動とともに準拠法が変動することになり,また,特定の時点における当該
自動車の物理的な所在地を確定することにも困難が伴うことがあるため,準拠法の
決定が不安定になるという不都合が生ずる。このように自動車についての権利の得
喪とその所在地国等の利害との関連性が希薄になっているといえる場合には,当該
自動車が利用の過程でたまたま物理的に所在している地の法を準拠法とするよりも
,その利用の本拠地の法を当該自動車の所在地法として,これを準拠法とするほう
が妥当である。このような運行の用に供し得る自動車が取引の対象になっている場
合,買主はその自動車の登録や管理の状況など当該自動車の本拠地を知るための情
報を容易に得ることができるはずであるから,当該自動車が利用の過程でたまたま
物理的に所在している地の法を準拠法とするよりも,利用の本拠地の法を準拠法と
するほうが,買主にとっての法的透明性がより高く,取引の安全に資することにな
る。
 他方,運行の用に供し得ない状態で取引の対象とされている自動車については,
利用の本拠地がなく,権利の得喪はその原因事実が完成した当時における目的物の
所在地国等の利害と密接な関係を有する上,その時点における物理的な所在地を確
定する困難もない。また,このような自動車のうち,輸入国で新規登録をして運行
の用に供することを前提に,登録がないものとして取引の対象とされているが,実
際には他国で登録されていたという本件自動車のようなものについては,登録地法
等物理的な所在地の法以外を準拠法とすると,取引に関与する者にとっては,いか
なる地の法が準拠法になるのかを取引時には容易に知り得ないことがある。このよ
うな事態は,国際的取引に関与する者が自己の取引に影響を及ぼす可能性の大きい
準拠法選択を明確に予測し,それに応じた対応をあらかじめとることができるよう
にすべきであるという要請に反し,国際私法の観点からの取引の安全を著しく害す
るものであるといわなければならない。したがって,権利の得喪の原因事実が完成
した当時において運行の用に供し得ない状態の自動車については,一般の動産と同
様に,当該自動車が他国の仕向地への輸送の途中であり物理的な所在地の法を準拠
法とするのに支障があるなどの事情がない限りは,物理的な所在地の法を準拠法と
することが妥当である。
 ウ 以上によれば,【要旨】自動車の所有権取得の準拠法を定める基準となる法
例10条2項にいう所在地法とは,権利の得喪の原因事実が完成した当時において
,当該自動車が,運行の用に供し得る状態のものである場合にはその利用の本拠地
の法,運行の用に供し得る状態にない場合には,他国への輸送の途中であるなどの
事情がない限り,物理的な所在地の法をいうと解するのが相当である。
 (2) 本件自動車の所有権取得の準拠法について
 本件についてこれをみると,上告人は,Eから上告人に至るまでの本件自動車の
取得者の全部又はいずれかがこれを即時取得したと主張しているところ,即時取得
における所有権取得の原因事実の完成時は,買主が本件自動車の占有を取得した時
点である。そして,前記認定事実によれば,E,G,H工業所及びIの本件自動車
の所有権取得については,それらの者が本件自動車の占有を取得した時点において
,本件自動車が,ドイツにおいては形式的に登録が残っていても,運行の用に供し
得る状態になかったことは明らかであるから,本件自動車の所有権取得の準拠法は
,本件自動車の各占有取得時におけるその物理的な所在地の法である我が国の法で
あり,J,K及び上告人の所有権取得については,同人らが本件自動車の占有を取
得した時点においては,Iが既に本件自動車を道路運送車両法に基づいて新規登録
し,運行の用に供し得る状態になっていたから,その準拠法は,本件自動車の各占
有取得時におけるその利用の本拠地であることが明らかな我が国の法によるという
べきである。
 (3) 我が国の民法による本件自動車の所有権取得の成否について
 民法192条にいう善意無過失とは,動産の占有を始めた者において,取引の相
手方がその動産につき無権利者でないと誤信し,かつこのように信ずるについて過
失のなかったことを意味し,その動産が盗品である場合においてもそれ以上の要件
を必要とするものではない(最高裁昭和24年(オ)第106号同26年11月2
7日第三小法廷判決・民集5巻13号775頁参照)。また,譲受人である占有取
得者が上記のように信ずるについては,過失がないものと推定され,占有取得者自
身において過失がないことを立証することを要しない(最高裁昭和39年(オ)第
550号同41年6月9日第一小法廷判決・民集20巻5号1011頁参照)。
 原審は,未登録の外国車の取引については,譲受人が,自動車販売業者であって
も,Iのような一般の消費者であっても,車両証書等外国の製造者又は真正な前所
有者による権利確認書の提示ないし写しの交付を伴う譲渡証明書等,あるいはこれ
を確認した旨の国内業者の信頼し得る証明書等を取引時に確認しない限り,譲受人
に過失があるとしている。
 しかしながら,輸入車の取引について実務上必ずそのような書面の交付及び確認
が伴うことは記録上立証されていないし,現に輸入車について道路運送車両法に基
づく新規登録をする際には,申請者が真正の所有者であることが登録取扱い官署に
おける職権調査事項であるにもかかわらず(同法8条1号参照),そのような書類
の提出までは必要とされていないことがうかがわれる。
 そのような状況の下において,盗品を扱っている業者であるとの不審を抱かせる
ような事情が記録上何ら認められない業者であるH工業所から,個人消費者である
Iが本件自動車を購入する際に,新規登録に必要な適式の書類はすべて整っている
のに,上記のように最後の登録国(しかも,それがいずれの国又は地域であるか,
書類上及び本件自動車の外形上不明である。)における所有関係を証する書面の存
在を確認していないから同人に過失があるという判断は,中古車取引に不必要な危
険をもたらし,取引の安全を著しく阻害するものであるといわざるを得ない。さら
に,本件において,Iが無過失であることを覆すに足りるその他の事実について主
張立証がないことは,記録上明らかである。
 そうすると,Iは即時取得により本件自動車の所有権を取得し,被上告人は本件
自動車の所有権を失ったというべきであり,その後の上告人へ至る取得者は,いず
れもIが取得した本件自動車の所有権を承継取得したことになり,この間に被上告
人の所有権の回復を認めるべき事情もないから,本件自動車の所有権に基づく被上
告人の請求は理由がない。
 5 結論
 以上によれば,自動車の所有権取得に関する準拠法の選択及び即時取得の成否に
関する原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり,論旨
は理由がある。そして,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり,原判
決中上告人の敗訴部分は,破棄を免れない。また,以上説示したところによれば,
被上告人の請求を棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき被上告人
の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田
豊三)

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