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平成31年(受)第596号損害賠償請求事件
令和3年5月17日第一小法廷判決
主文
原判決中,別紙一覧表1から19までの各1項記載の上
告人らの各2項記載の被上告人らに対する請求に関する
部分を破棄し,同部分につき本件を東京高等裁判所に差
し戻す。
理由
上告代理人小野寺利孝ほかの上告受理申立て理由第2編第2章第2の1から3ま
でについて
1上告人らは,建設作業に従事し,石綿(アスベスト)粉じんにばく露したこ
とにより,石綿肺,肺がん,中皮腫等の石綿関連疾患にり患したと主張する者(原
判決別紙3-2「認容額等一覧表」の「被災者名」欄記載の305名のうち,原告
番号1-17,1-60,1-67,1-102,1-119,1-122,1-
129,1-208,1-209,1-218,1-303,2-5,2-38,
2-49,2-74,2-80,2-102,2-110及び2-204の19名
を除く286名。以下,それぞれを「本件被災者」といい,全体を「本件被災者
ら」という。)又はその承継人である。本件は,上告人らが,被上告人らに対し,
被上告人らが石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患す
る危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造販売したことにより本
件被災者らが上記疾患にり患したと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める
事案である。
2上告人らは,本件被災者らが長期間にわたり多数の建設現場において作業に
従事して累積的に被上告人らの製造販売した石綿含有建材から生ずる石綿粉じんに
ばく露したものであり,被上告人らは民法719条1項後段の適用又は類推適用に
より連帯して損害賠償責任を負うと主張するところ,記録によれば,上告人らは,
特定の被上告人の製造販売した石綿含有建材が特定の本件被災者の作業する建設現
場に相当回数にわたり到達していたとの事実(以下「建材現場到達事実」とい
う。)を立証するため,次のからまでの手順による立証手法(以下「本件立証
手法」という。)の下に,証拠を提出していることが明らかである。
国土交通省及び経済産業省(以下,それぞれ「国交省」及び「経産省」とい
う。)により,過去に製造販売された石綿含有建材の名称,製造者,製造期間等を
調査した結果として公表されている「石綿(アスベスト)含有建材データベース」
(以下「国交省データベース」という。)の平成25年2月版に掲載された215
3の石綿含有建材を42の種別に分類する。他に,これに掲載されていない石綿含
有建材である混和剤の種別を設け,上告人ら代理人弁護士の調査により同種別に属
する建材の名称,製造者,製造期間等を特定する。そして,上記の合計43の種別
のうち,本件被災者らの職種ごとに,通常の作業内容等を踏まえて,直接取り扱う
頻度が高く,取り扱う時間も長く,取り扱う際に多量の石綿粉じんにばく露すると
いえる石綿含有建材の種別を選定する。
上記のとおり選定された種別に属する石綿含有建材のうち,本件被災者らが
建設作業に従事していた地域での販売量が僅かであるもの,使用目的が建物以外の
設備等であるもの,特定の施工代理店等により使用されるもの等を本件被災者らの
作業する建設現場に到達した可能性が低いものとして除外し,さらに,本件被災者
ごとに,建設作業に従事した期間とその建材の製造期間との重なりが1年未満であ
る可能性のあるもの,建設作業に従事した主な建物の種類とその建材が用いられる
建物の種類との重なりの程度が低いもの等を同様に除外する。
上記及びにより本件被災者ごとに特定した石綿含有建材のうち,同種の
建材の中での市場占有率(以下,市場占有率を「シェア」という。)がおおむね1
0%以上であるものは,そのシェアを用いた次のような確率計算を考慮して,その
本件被災者の作業する建設現場に到達した蓋然性が高いものとする。すなわち,特
定の石綿含有建材のシェアに照らし,その建材が各建設現場で用いられる確率が1
0%である場合,特定の本件被災者が20箇所の建設現場で作業をするときに,そ
の建材がその本件被災者の作業する建設現場に1回でも到達する確率は約88%
(計算式は,1-(1-0.1)20
)となり,30箇所の建設現場で作業をする
ときのその確率は約96%(計算式は,1-(1-0.1)30
)となるところ,
本件被災者らは,それぞれが建設作業に従事した期間と上記及びにより特定し
た石綿含有建材の製造期間とが重なる期間において,おおむね数十箇所以上,多い
場合で1000箇所以上の建設現場で作業をしてきたから,おおむね10%以上の
シェアを有する石綿含有建材であれば,本件被災者らの作業する建設現場に到達し
た蓋然性が高いということができる。
本件被災者がその取り扱った石綿含有建材の名称,製造者等につき具体的な
記憶に基づいて供述等をする場合には,その供述等により本件被災者の作業する建
設現場に到達した石綿含有建材を特定することを検討する。
被上告人らから,自社の石綿含有建材につき販売量が上告人らの主張するも
のより少なかったことや販売経路が限定されていたこと等が具体的な根拠に基づい
て指摘された場合には,その建材を上記からまでにより特定したものから除外
することを検討する。上告人らの特定した石綿含有建材について,そのような指摘
がされていない場合には,その建材は本件被災者らの作業する建設現場に到達した
ということができる。
3原審は,次のとおり判断して,上告人らの請求を棄却すべきものとした。
被上告人らが民法719条1項後段の適用又は類推適用により責任を負うと
いうためには,建材現場到達事実が立証されることが必要であると解される。
しかし,次のアからオまでの事情を考慮すれば,本件立証手法により建材現
場到達事実が立証され得るとはいえないから,被上告人らが民法719条1項後段
の適用又は類推適用により責任を負うことはない。
ア国交省データベースは,建築物等の解体工事等に際し,使用されている建材
の石綿含有状況に関する情報を簡便に把握し得るようにすることを目的として作成
されたものであり,また,注意事項として,内容の正確性について国交省及び経産
省が保証するものではない旨等が記載されていることからすれば,その掲載情報は
信用性が低いというべきであり,これにより現在までに製造販売された石綿含有建
材の名称,製造者,製造期間等を認定することはできない。
イ上告人らの提出する建材のシェアに関する各調査報告書(以下「本件シェア
資料」と総称する。)は,民間の市場調査会社や業界団体等により,業界関係者が
市場の動向を探るための参照の便宜に供することを目的として作成されたものであ
り,また,建材の販売期間を通じて同一の資料から継続的に作成されたものではな
いこと等からすれば,信用性が低いというべきであり,本件シェア資料により建材
のシェアを認定することはできない。
ウある石綿含有建材について,そのシェアを用いた確率計算を考慮して本件被
災者の作業する建設現場に到達した事実を推認するためには,その建材が各建設現
場に到達するか否かが偶然的要素により決定され,シェアどおりの確率で各建設現
場に到達することが前提となるが,ある建材が各建設現場に到達するか否かは,建
材の流通経路,請負業者や下請業者等の取引関係,建材の出荷場所と建設現場との
距離,建築物の性質,用途及び建築費用等の個別的要因に左右され,上記の前提が
満たされていないから,上記の推認をすることはできない。
エ本件被災者らの中には,その取り扱った石綿含有建材の名称,製造者等につ
き記憶に基づいて供述等をする者もいるが,裏付け証拠があるわけではないから,
その供述等によりそれらの事実を認定することはできない。
オ被上告人らが昭和40年代や昭和50年代という古い時期の自社の石綿含有
建材に係る資料を保管していなくても一概に不自然であるとはいえないから,被上
告人らが本件立証手法による認定を妨げる立証活動をしないからといって,そのこ
とを建材現場到達事実の立証に関して考慮すべきではない。
4しかしながら,原審の上記3の判断は是認することができない。その理由
は,次のとおりである。
原審は,国交省データベースの掲載情報は信用性が低いとするが,原審の認
定事実によれば,国交省データベースの作成目的は前記3アで指摘するとおりで
あるというのであり,そうであれば,その掲載情報は,建築物等の解体作業者が石
綿粉じんにばく露することを防止することなどのために重要なものであるから,そ
の確度を高めるための措置がとられてしかるべきである。そして,原審の認定事実
によれば,国交省データベースは,官公庁,業界団体,建材メーカー等が公表して
いたデータを収集し,また,それらから保有するデータの提供を受けるなどの協力
を得て構築され,平成18年度に初めて公表されたものであり,公表以降,おおむ
ね1年に1回,追加,修正,削除等の更新がされており,その掲載情報は,石綿含
有建材のメーカーの従業員,国交省及び経産省の担当部局の職員,大学の研究者等
により構成される石綿(アスベスト)含有建材データベース構築委員会で審議さ
れ,決定されているというのである。これらによれば,国交省データベースは,官
公庁,業界団体,建材メーカー等が公表又は保有していたデータ等を収集して構築
された後,相当期間にわたり専門家らにより逐次更新がされてきたものであって,
少なくとも石綿含有建材の名称,製造者,製造期間等に係る掲載情報については相
応の信用性があるということができる。
そうすると,国交省データベースの掲載情報により,現在までに製造販売された
石綿含有建材の名称,製造者,製造期間等を認定することは可能であると考えら
れ,原審が,前記3アで指摘する事情をもって直ちに上記掲載情報により上記の
認定をすることができないとしたことは,著しく合理性を欠くというべきである。
原審は,本件シェア資料は信用性が低いとするが,原審の認定事実によれ
ば,本件シェア資料の作成目的は前記3イで指摘するとおりであるというのであ
り,そうであれば,本件シェア資料は,その作成目的に沿った相応の確度を有する
ことが期待されていたということができる。そして,記録によれば,本件シェア資
料には,その作成時期に近い年度のシェアが記載されていることがうかがわれるか
ら,その作成者らは,当時,報道,公刊等がされていたデータを収集し,業界団
体,建材メーカー等から聞き取りをするなどの調査によって,相応の根拠を有する
建材のシェアを算出することが可能であったということができる。
そうすると,本件シェア資料それぞれの具体的な記載内容を検討した上,被上告
人らから本件シェア資料に記載された自社の建材に係る情報に誤りがあることにつ
いて具体的な根拠に基づく指摘がされていない場合にはそのことも踏まえて,本件
シェア資料により建材のシェアを認定することは可能であると考えられ,原審が,
前記3イで指摘する事情をもって直ちに本件シェア資料により上記の認定をする
ことができないとしたことは,著しく合理性を欠くというべきである。
原審は,建材のシェアを用いた確率計算により建材現場到達事実を推認する
ことができない理由として,ある石綿含有建材が各建設現場に到達するか否かは,
偶然的要素により決定されるのではなく,前記3ウで指摘する個別的要因に左右
されるという。
しかし,上告人らの本件立証手法においては,前記2及びにより建材現場到
達事実が認められ得る石綿含有建材を特定する過程で,前記3ウで指摘された個
別的要因の影響の相当部分は考慮されているということができる。そのことを前提
とすると,特定された石綿含有建材の同種の建材の中でのシェアが高ければ高いほ
ど,また,特定の本件被災者がその建材の製造期間において作業をした建設現場の
数が多ければ多いほど,建材現場到達事実が認められる蓋然性が高くなることは経
験則上明らかである。そして,被上告人らから他に考慮すべき個別的要因が具体的
に指摘されていないときには,上記のシェア及び上記の建設現場の数を踏まえた確
率計算を考慮して建材現場到達事実を推認することは可能であるというべきであ
る。
したがって,原審が,前記3ウで指摘する個別的要因の影響があることを理由
として直ちに建材のシェアを用いた確率計算を考慮して建材現場到達事実を推認す
ることができないとしたことは,著しく合理性を欠くというべきである。
原審は,取り扱った石綿含有建材の名称,製造者等に関する本件被災者らの
記憶に基づく供述等について,裏付け証拠があるわけではないから,その供述等に
よりそれらの事実を認定することはできないとするが,上記供述等については,そ
の内容の具体性,それらの事実を記憶している理由,他の事情との整合性等の諸事
情を踏まえて,その信用性を検討すれば,これによりそれらの事実を認定すること
ができる場合もあると考えられるから,原審が,裏付け証拠がないことのみをもっ
て直ちに上記供述等により上記の認定をすることができないとしたことは,著しく
合理性を欠くというべきである。
原審は,前記3オのとおり,被上告人らが本件立証手法による認定を妨げ
る立証活動をしないことを建材現場到達事実の立証に関して考慮すべきではないと
するが,記録によれば,被上告人らの中には自社の石綿含有建材の販売量等に係る
資料を証拠として提出した者があることがうかがわれ,また,前記の国交省データ
ベースの作成経緯によれば,被上告人らの中にはその構築時やその後の更新の過程
においてそれに掲載された自社の石綿含有建材に関して情報を提供した者があるこ
とがうかがわれる。さらに,被上告人らが,本件立証手法において認定される自社
の石綿含有建材に係る事実に誤りがあるというのであれば,自社の資料を保管して
いなかったとしても,建材メーカーとして入手可能な様々な資料を提出してその誤
りを指摘することは必ずしも困難ではないと考えられる。
そうすると,被上告人らが本件立証手法による認定を妨げる立証活動をしない場
合にはそのことも踏まえて,建材現場到達事実を推認することは可能であるという
べきであり,原審が,被上告人らが上記立証活動をしないことについて,昭和40
年代や昭和50年代の自社の石綿含有建材に係る資料を保管していないことが一概
に不自然であるとはいえないという理由をもって直ちに建材現場到達事実の立証に
関して考慮することができないとしたことは,著しく合理性を欠くというべきであ
る。
5以上によれば,本件立証手法は相応の合理性を有し,これにより特定の石綿
含有建材について建材現場到達事実が立証されることはあり得るというべきであ
る。
したがって,本件立証手法により建材現場到達事実が立証され得ることを一律に
否定した原審の判断には,経験則又は採証法則に反する違法がある。この違法が判
決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れな
い。
6以上のとおりであるから,原判決中,別紙一覧表1から19までの各1項記
載の上告人らの各2項記載の被上告人らに対する請求に関する部分を破棄し,更に
審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官深山卓也裁判官池上政幸裁判官小池裕裁判官
木澤克之裁判官山口厚)
(別紙省略)

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