弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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事実及び理由
第1 請求
   被告は、各原告らに対し、別紙請求金目録記載の各金員及びこれらに対する
平成5年8月6日から支払済みまで年
  5分の割合による金員を支払え。
第2 原告AないしDの請求の事案の概要
   本件は、平成5年8月6日に発生した水害(いわゆる8・6水害。以下「本
件水害」という。)について、当時、被告の管  理にかかる甲突川の流域におい
て居住または営業していた原告AないしD(以下第2、第3においては、単に「原
告ら」とい  う。)が、上記水害による溢水被害が発生したのは甲突川の河川管
理の瑕疵あるいは鹿児島県知事の河川管理義務違反による  ものであると主張し
て、被告に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項または同法2条
1項に基づき、損害賠  償を請求した事件である。
 1 争いのない事実等(証拠によって認定した場合には、証拠を示す。)
  (1) 当事者等
   ① 原告Aは、平成5年8月6日当時、肩書住所地の原告Bの経営にかかる
Aアパート1階に居住していた(甲6、乙12    の①ないし⑥、原告A)。
   ② 原告Cは、平成5年8月6日当時、肩書住所地の店舗兼居宅に居住して
いた(甲6、乙13の①ないし③)。
   ③ 原告Dは、平成5年8月6日当時、肩書住所地を本店として制服及び体
操服の製造及び販売等の事業を営んでいた(甲    6、乙14の①ないし
④)。
   ④ 甲突川は、鹿児島県日置郡郡山町と同薩摩郡入来町にまたがる八重山の
分水嶺に源を発し、郡山町を経て、鹿児島市の    中心部を貫流し、鹿児島湾
に注ぐ、本川流路延長約25㎞、流域面積約106平方㎞の2級河川である。同川
の管理は、    河川法10条により鹿児島県知事が行う(乙1、45)
  (2) 本件水害の発生
    平成5年8月6日、前日から降り続いた豪雨により、同日午後6時30分
頃から甲突川が溢水し、鹿児島市内の広い範囲   で浸水被害が発生した(本件
水害)。
    原告らの居宅等の浸水状況は、別紙3の①ないし④の「甲突川浸水区域
図」のとおりである(乙7の①ないし③、8ない   し10、11の①ないし
④、12の①ないし⑥、13の①ないし③、14の①ないし④、原告A)。
 2 争点
  (1) 河川管理の瑕疵の有無
  (2) 鹿児島県知事の河川管理義務違反の有無
  (3) 原告らの損害額
 3 争点に関する当事者の主張
  (1) 河川管理の瑕疵及び知事の管理義務違反について
   (原告らの主張)
   ①ア 河川の管理(河川法7条)とは、河川について洪水、高潮等による災
害発生防止、適正な利用及び流水の正常な機能     の維持を図るため、総合
的な管理を行うことである。具体的には、河川工事、河川管理施設の操作等の事実
行為、河川     区域の指定、河川使用の許可、河川に影響を及ぼす行為の制
限、費用負担命令、公用負担等の行政処分であり、公共用     物としての河
川の保全・改良、その利用の確保・増進及びこれらに付随して行われる一切の行為
を指すものである。
    イ 河川法16条は、河川管理者に河川工事実施基本計画の策定を義務づ
けている。河川工事は河川の流水によって生ず     る公利を増進しまたは公
害を除去し、若しくは軽減するために河川について行われる工事であって、公共の
安全を保持     し、かつ、公共の福祉を増進することを究極の目的として河
川について洪水、高潮等による災害の発生を防止し、その     適切な利用と
流水の正常な機能の維持を図るため、これを総合的に管理する河川管理の重要な部
分を占めるものであ      る。このことが計画策定義務を根拠付けている。
      しかし、現実には、河川法が施行された昭和40年から、本件水害ま
で工事実施基本計画が甲突川においては策定さ     れず、放置されていた。
      また、治水の基本ともいえる河川の洪水防御計画(基本高水、計画高
水流量等洪水防御に関する事項を盛り込んだ計     画)すら建設大臣、県知
事の間でも協議がなされていなかったのが現実である。
    ウ 国は、治水事業5ヶ年計画(昭和35年度開始)を策定し、治水設備
の整備を進めているが、現実には十分な推進が     図られていない。
    エ 甲突川は、河川法が施行されてから本件水害以前に、都合7回氾濫を
起こしている。昭和30年代後半から急激に市     街化が進むなか、県当局
は、昭和44年7月5日発生の氾濫を機に、昭和46年から甲突川支川の改修に、
昭和56年     度から本川の改修に着手した、と説明している。本川改修に
入る前年の昭和55年3月には、県土木部河川課と株式会     社G(以下
「G」という。)が共同で「甲突川河川改修計画検討報告書」をまとめているが、
「甲突川は鹿児島市を貫     流している都市河川であるが、現在までに抜本
的な改修が行われずに至っている。このため集中豪雨等による出水が起     
これば多大の被害を受けることが予想されている。」との認識を示している。
    オ 翌56年3月には、同課は「甲突川総合治水対策調査報告書」を、土
木部内部の「技術的検討資料」としてまとめて     いる。それによると、甲
突川の工事実施基本計画は「現在検討中」としつつ、その概要を示している。この
報告は、      「本調査は、都市河川として水害危険度の高まりつつある現
在、治水安全度の向上を速やかに図るためにいかなる置、     対策を取れば
いいか等の方向付けを行い、甲突川の治水対策を計画するものである。」とうたい
つつも、内部資料とし     てとどめ、県民に公表されることもなく、工事実
施基本計画の策定、建設大臣許可の手続も取らず、報告書の内容の具     体
化も全くといっていいほど行われなかった。
      この間、本件水害までに県が実施した甲突川の河道改修事業は、年間
1千万円余の寄州除去事業と、年間1億数千万     円程度の護岸工事が主で
あった。
    カ このように、甲突川の日常的な河川管理は、河川改修の最終整備目標
や年次的整備目標、施行方法と必要とされる財     源など、その内容は「内
部計画」として県民に知らせることも、ましてや鹿児島市や県民の要望・意見も反
映されるこ     ともなく、無計画に細々と続けられてきた。
    キ 県が唯一表明したことのある「大規模開発に伴う調整池設置基準
(案)」の策定(運用)も、未来の新たな開発に対     してその出水増を回
避するためのものであり、既往の調整池なしの開発、その他洪水増を招く水系「整
備」の影響を減     少させるものではない。
    ク それのみか、逆に県は、鹿児島市河頭地区の5.36haの既存の遊水
池帯(日通ターミナル一帯)での土盛や建築の     規制をせず、下流への洪
水抑制機能の保全を怠ってきた。この区域は、昭和45年1月8日付け建設省2局
(都市局、     河川局)長通達を受け、通常の市街化調整区域よりさらに市
街化の困難な、河川の保全区域として指定されるべきであ     った。「甲突
川総合治水対策調査報告書」で、河頭多目的遊水池公園として検討していたこの低
地5.36haに建築が     続々と許可されている実態は、上下流の洪水水位
を下げる効果を失わせ、沿川部の内水排除の条件を悪化してきた。
    ケ 河川法は、「河道管理」を中心に構成されている。したがって、総合
的治水のための流域管理については、建築基準     法や、都市計画法など他
の法律を根拠とする管理責任も問題となる。
    コ 建築基準法39条は、地方自治体は、条例で災害危険区域を指定し、
そこでの建設制限をすることができる旨定めて     いるが、鹿児島県建築基
準法施行条例(昭和46年7月19日条例33号)には、その旨の規定はない。
    サ 都市計画法は、市街化区域、市街化調整区域を区分した上で(同法7
条、13条)、「溢水、湛水、津波、高潮によ     る災害発生のおそれのあ
る土地の区域水源を涵養し、土地の流出を防備する等のため保存すべき土地の区
域」を原則と     して市街化区域に含めない(同法施行令8条2号)として
いる。
      しかし、現実には、鹿児島市においては相当広い市街化区域が設定さ
れている。
      また、開発許可に当たっては、あらかじめ関係のある公共施設管理者
の同意を得なければならないとされており(同     法32条)、同管理者に
は河川管理者も含まれると解される。
      しかし、開発許可件数は高度成長期を中心に莫大な件数、面積に及
び、鹿児島市における面積5ha以上の宅地造成だ     けでも53団地204
1.86ha、建設戸数5万9735戸にのぼっており、そのうち砂防調整池が設置
されている開     発地は19件に過ぎない。これが鹿児島市の甲突川をはじ
めとする河川の流量増大に著しい影響を与えたであろうこと     はいうまで
もない。
    シ 以上に述べた流域管理を進めるための手法となりうる根拠法律は一応
あるものの、河川管理者は現在の河川法、建築     基準法、都市計画法等を
総合治水対策や流域管理のために総合的に活用してこなかった。
    ス 結論
     河川管理者は、甲突川の河川管理、流域管理について、河川法、建築基
準法、都市計画法上の責任があり、内水対策を     含めて溢水等による住民
の被害を防止する義務があった。
      ところが、管理責任者は、甲突川下流域に溢水をもたらす危険が高い
ことを以前より認識しておりながら、その上流     に調整池など災害対策を
欠いた団地造成等を許可し、あまつさえ遊水池域にまで建築がなされるのを許可し
てきた。
      この結果、本件水害当日、甲突川流域一帯の降雨は、短時間の内に河
川に集積し、甲突川の溢水や集積過程において     土砂崩壊、山津波などの
災害をもたらすことになった。
      8・6水害は天災ではなく人災といわれる由縁であり、原告らは、河
川管理者たる県知事の災害防止義務を怠る行      為、河川の総合管理を誤
る行為により、或いは河川の営造物の設置管理に瑕疵があったために被害を被った
ものであ      る。
      したがって、被告は、国賠法1条、2条による損害賠償義務を免れな
い。
   ②ア 河川管理とは、単に流路とその周辺(河川と堤防)といった狭い範囲
を対象とするものではなく、いわば総合的な治     水対策を対象としてお
り、それは、降雨が河川に流入することを制し、河川に流入した降雨を溢水させる
ことなく海ま     で流下させうる総合的な対策である。
    イ 具体的には、降雨が河川に流入することを制する方法としては、森林
地帯の保持・増加等保水能力を維持・増強する     設備等の設置や、宅地開
発を河川の治水対策の観点から規制し、既存開発宅地からの降雨流入を規制する設
備を設置す     る等の対策があり、河川を溢水させることなく流下させる方
法としては、河川の浚渫、堤防のかさ上げ、補強、放水      路、捷水路、
迂回水路等の設置、放水池の設置、遊水能力を有する水田の保有等の対策がある。
      以上のような、総合的な治水対策に瑕疵があることが河川管理の瑕疵
である。
    ウ 甲突川のように水害常襲地にある河川については、事前に堤防を強化
する施設対策をはじめ、開発規制によって治水     緑地帯や多目的遊水池の
設置等の総合治水対策を採ることが考えられるところ、このことは、被告も十分に
認識してお     り、昭和55年度にまとめられた「甲突川総合治水対策調査
報告書」においては、甲突川の流域状況、計画降雨(既往     最大降雨、確
率雨量等)、流出係数等からみて計画高水流量を毎秒850tとし、河道処理流量
を毎秒400t、残り     の450tは、放水路、ダム、遊水池等で処理す
るとされており、当時の甲突川の流下能力が毎秒350tしかないと     い
う認識の下では、河川の安全管理のために上記総合治水対策の実施は、緊要な課題
であった。
    エ しかるに、被告が本件水害までに実施した河道改修事業は、年間1千
万円余りの寄州除去事業と、年間1億数千万円     程度の護岸工事というも
のにすぎず、河川の掘り下げ、拡幅をはじめ、放水路・分水路など甲突川の流下能
力の向上と     いう点については、拱手傍観してきた。
    オ また、調整池の義務づけ以前に被告が許可した開発行為については治
水上の対応策は採られず、上記義務づけ後も野     放しの状態であり、調整
池の設置基準ですら下流河川改修が完了するまでの期間の暫定的な施設としての基
準であり、     被告が示した設置基準(案)もこれに準ずる位置づけに過ぎ
ない。
    カ さらに、被告は、調整池のない団地等の野放し状態の改善もせず、甲
突川流域の開発行為についても、50万人都市     の中心を流下する甲突川
の治水対策の観点を持たず、無秩序に開発許可を与えてきており、それにより、甲
突川流域の     山地面積、水田面積が減少した。
    キ 甲突川及びその流域は、戦後の経済成長期を経て、調整池のない伊敷
団地等の住宅団地、産業廃棄物処分場、社会福     祉施設その他旧市街を取
り巻く土地改変がなされ、本川・支川の改修による流達時間の縮減により、甲突川
に流れ込む     降水量が増加した。そして、このことは、昭和55年度の総
合治水対策報告書及び平成元年3月の甲突川洪水解析報告     書から窺われ
るにもかかわらず、被告は、無調整池の開発による出水増や、水系の流達時間縮減
の対応を放置してき      た。
    ク すなわち、被告は、上記のように甲突川下流域に溢水をもたらす危険
性が高いことを知りながら、あるいは過失によ     りその認識を持つことが
できないまま、以下のとおり、調整池を設置せずに合計342.81haにのぼる団
地造成を許     可した。
      緑ヶ丘団地    31.5 ha(鹿児島県住宅供給公社施行、3分
の2が甲突川流域であるため、調整池を要する                
      面積は21ha) 
      原良団地    111.5 ha(上記公社施行)
      城山団地     46.3 ha
      若葉台団地     6.4 ha
      さつま台団地   22.95ha
      岡之原団地    10.13ha
      伊敷団地    101.5 ha
      永吉団地     17.83ha
      つくしの団地    5.2 ha
    ケ 調整池の不備・設備等は、別紙4「甲突川流域団地の調整池整備状況
色分け図」のとおりであり、団地造成の状況、     調整池の状況等について
は、別紙5の「団地造成一覧表」のとおりである。
      さらに、被告は、この他にも甲突川流域に甲陵高校、官公庁を設置
し、県営住宅を造営した。
    コ 甲突川流域の山林減少と宅地造成、道路舗装等によるコンクリート化
は、9支川の流量増大をもたらし、しかも短時     間で急激な流量増大をも
たらすことは誰しも容易に推測がつく。事実、被告県土木部河川課はすでに昭和5
5年2月に     は「大規模開発に伴う調整池設置基準(案)」を設定し、平
成3年4月には、「大規模開発に伴う調整池設置基準       (案)」第3
版を出している。それによると、被告は、甲突川流量増大の原因として開発行為が
あること、対策の必要     性を認識し、「一方では、近年の経済社会の発展
に伴い、河川流域内における大規模開発が急テンポで進んでおり、こ     れ
らの開発行為が下流河川に対して、流出率の増大、流入時間の減少、ピーク量の増
大という現象を引き起こし、現況     河川の洪水に対する安全度の低下につ
ながってきている。
      そのため、河川サイドからは開発行為に対して何らかの対応策を採ら
せる必要が生じてきた。」としている。
    サ 被告は、昭和55年12月の「甲突川総合治水対策調査報告書」等
で、総合治水概念による治水対策を検討し、下流     への洪水の負担を減ら
す出水抑制策として、上記報告書で、上常磐ダム、油須木ダム、川田第一ダム、川
田第二ダム、     河頭多目的遊水池計画、小山田遊水池の6件を掲げ、甲突
川の流域の都市化の進展にかんがみ、それらの目標年次を昭     和65年
(平成2年)とする旨を示し、8・6水害後に作成したパンフレット「安全な甲突
川をめざして」でも、将来     の甲突川について、「河川改修だけでなく、
流域全体を考えたダム、遊水池、放水路等を含めた総合治水対策を進めて    
 いきます。」と述べたが、被告は、8・6水害が起きるまで、上記にいう総合治
水対策を何ら執行してこなかった。
    シ 以上のように、被告は、甲突川の許容能力を認識しながら、その管理
者として治水対策の観点を持たないまま、流域     の開発許可をなし、もっ
て、甲突川の流量増大をもたらしたものであり、本件水害は、起こるべくして起こ
ったといえ     る。
      よって、被告の甲突川の管理には瑕疵があり、河川管理者として安全
確保義務違反があった。
   ③ア 公の営造物の設置、管理の瑕疵における、「瑕疵」とは、「営造物が
通常有すべき安全性を欠いていること」をい      う。
    イ 河川において「通常有すべき安全性」とは、当該河川がおかれた自然
的、社会的条件の中で合理的に予測させる洪水     を安全に流下させること
である。すなわち、当該河川は、その機能の一つとしてその流域における雨水等を
集めてこれ     を安全に下流に流下させる機能を有しているものであるか
ら、河川管理者としては上記機能に欠けることがないように     これを管理
すべきであり、災害の発生についてその定期的な予見が可能である以上、その当時
における科学的技術水準     によりかかる災害を発生させないだけの耐久性
と強度を有する営造物をつくり、かかる営造物が本来の機能を発揮でき     
るような対策を採るべき法的義務があるというべきである。
    ウ そして、河川法は、河川の安全性確保の見地から計画高水流量を工事
実施基本計画で定めることを要求しており、か     つ、計画高水流量の算出
基礎となった確率雨量については、河川管理者が定期的に予見しているものである
から、計画     高水流量は、河川の安全性の必要条件として法的意味を具有
することは明らかである。
    エ そうすると、「合理的に予見される洪水」は、上記計画高水流量とし
て算出されるので、計画高水流量を一応の安全     基準として、河川改修工
事の完成、未完成を問わずこれ以下の流量によって発生した水害については、河川
管理の瑕疵     を推定すべきである。
   ④ア 本件水害の原因は、甲突川の流下能力を超える洪水であったことは明
らかであるが、日雨量259㎜という多量の降     雨に加え、無秩序な開発
計画、調整池等の流水抑制施設が不十分であったことによる流出量の増大によるも
のである。     降雨量が急激に増大し、許容能力を超過すれば、溢水、氾濫
は必至である。しかし、異常降雨であるからといって甲突     川の許容能力
を超過しなければ、溢水、氾濫を防止できるのである。降雨量の異常さのみを強調
することでは、甲突川     の本件洪水を正しくとらえられない。
    イ 被告は、昭和55年度の時点で、甲突川の流下能力は、毎秒350t
であると把握しており、昭和55年度甲突川総     合治水対策調査報告書で
は、「甲突川の基本高水流量は毎秒850tとし、河道処理流量は毎秒400t、
残りの45     0tは放水路及びダム、遊水池等で処理する。これは降雨確
率50分の1の規模である。」としており、その目標年次     を10年後の
昭和65年(平成2年)としていた。
      本件水害時における甲突川の最大流量については、被告は毎秒700
tと計算しているところ、被告が治水対策で示     した計画を、平成2年度
までに実現していれば、高水流量毎秒850tを処理可能であったのであるから、
本件水害時     の最大流量毎秒700tは、余裕を持って処理できたはずで
ある。すなわち、計画高水流量毎秒850tを安全基準と     して、それ以
下の毎秒700tの流量によって本件水害が発生したのであるから、本件河川管理
の瑕疵を推定すること     ができる。
      甲突川の溢水、氾濫は、本件水害以前に明治31年以降、13回に及
んでおり、このこと自体からすでに甲突川の氾     濫を、被告は十分予見す
ることができた。
    ウ また、被告は、本件水害について、未曾有の降雨量であったと主張す
る。しかし、鹿児島地方気象台の鹿児島観測所     の資料だけみても、本件
水害の1日降雨量、1時間の降雨量は過去の記録を下回っており、被告の予見し得
ない降雨量     ではなかった。そして、本件水害における降雨量を予見しう
る以上、被告は、当然甲突川の許容能力を超過することも     予見可能であ
った。
   ⑤ 被告は、道路がその建設により危険性が作り出されるのに対し、河川に
は危険性が内在しているとし、その危険性の発    生縁由により管理責任を区
別しようとする立場であると思われる。しかしながら、国賠法2条は、危険責任の
法理を含む    ものと解釈されており、まさに危険であるが故に管理責任を生
じるものであるから、その危険性の発生由縁により区別す    べきいわれはな
い。さらに、河川は、一度洪水氾濫すれば、道路に比し、膨大な生命・財産を奪う
ものであるからその危    険性が大きくなるに応じて管理責任も過重されると
考えるのが自然である。
   ⑥ また、被告は、河川の改修については、膨大な予算と時間を要し、数多
い河川について同時に瑕疵を除去することは不    可能であるから種々の制約
を認めるべきであると主張する。
     しかし、国賠法2条の責任が無過失責任とされていること及び被害者救
済の見地からは、以下のように考えるべきであ    る。
     すなわち、およそ安全確保義務を負う河川管理者が、瑕疵を有する河川
を自らの管理下においた以上、管理ゆえに責任    が発生するのであるから、
改修事業が着手されておらず、あるいはその途上であっても、不可抗力によるもの
以外、設置    管理の瑕疵は否定し得ないと解すべきである。
     この場合、不可抗力として免責されるのは時間的(技術的)制約がある
場合のみであり、予算上の制約は、免責事由と    はなり得ないというべきで
ある。なぜなら、仮に、予算上の制約が免責事由となるというのであれば、河川行
政そのもの    を法的俎上にのせることになり、その適否の判断は、司法判断
としては事実上不可能なばかりか、いきおい裁判において    河川行政の姿勢
を追認する結果とならざるを得なくなり、被害者にとって過酷な結果を強いること
になるからである。
   (被告の主張)
   ①ア 甲突川は、平成5年8月6日当時、河川法16条に定める工事実施基
本計画は策定されていなかったものの、同計画     の一部を構成する「甲突
川中小河川改修工事全体計画」(以下「本件全体計画」という。)に基づいて、現
に改修途上     にある河川であった。
    イ 上記のような、改修途上にある河川にあっては、その河川管理にかか
る瑕疵の有無は、いわゆる河川管理の特殊性よ     り、以下のような基準で
判断すべきである(最高裁昭和59年1月26日大法廷判決・民集38巻2号53
頁。大東水     害訴訟判決。)。
      すなわち、河川は、もともと自然の状態で公共の用に供され、自然的
原因による災害の危険性を内包しているもので     あり、その通常備えるべ
き安全性の確保は治水事業を行うことにより達成されていくことが当初から予定さ
れているも     のである。河川の管理については、全国の河川の治水工事に
は莫大な費用を要し、国民生活上の他の諸要求との調整を     経て議会が配
分する予算の下で、必要性・緊急性の程度の高いものから逐次実施するほかないと
いう「財政的制約」、     治水事業の実施に当たっては、流域全体について
調査・検討を経て計画を立て、緊急に改修を要する箇所から段階的      
に、原則として下流から上流に向けて行うことを要するなどの「技術的な制約」、
流域の開発等による雨水の流出機構     の変化、低湿地域の宅地化及び地価
の高騰等による治水
     用地の取得困難その他の「社会的制約」があり、また、道路とは異なっ
て危険区間の一時的閉鎖等の危険回避手段を採     ることができないという
特質も有する。そうすると、改修の不十分な河川の安全性としては、治水事業によ
る河川の改     修、整備の過程に対応するいわば過渡的安全性で足りるとせ
ざるを得ない。
    ウ 河川管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生
の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流     域の地形その他の自然的
条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程
度等諸般の     事情を総合的に考慮し、河川管理における財政的、技術的及
び社会的諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一     般水準及び社
会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準とし
て判断すべきである。
    エ また、改修計画に基づいて現に改修中である河川については、その計
画が全体として、過去の水害の発生状況その他     諸般の事情を総合的に考
慮し、河川管理の一般水準及び社会通念に照らして、格別不合理なものと認められ
ないとき      は、その後の事情の変動により未改修部分につき水害発生の
危険性が特に顕著となり、早期の改修工事を施工しなけれ     ばならないと
認めるべき特段の事由が生じない限り、当該河川の管理に瑕疵があるということは
できない。
    オ 上記エの基準は、改修計画に基づき現に改修中の河川の管理の有無に
ついての具体的判断基準であり、改修計画があ     る場合には、その計画自
体の合理性を河川管理の一般水準及び社会通念に照らして判断し、計画の実施の仕
方について     事情の変更により計画を修正して早期の改修工事を実施すべ
き特段の事由がなかったかを判断すべきとするものであ      る。同基準
は、河川について計画行政における行政の裁量を認めたもので、この基準の適用に
ついては、河川の管理に     は諸制約があることを前提に考えても、水準か
ら著しく逸脱し社会通念からも是認できないような計画の策定・実行に     
限って瑕疵があると判断されるものである。
      甲突川に関しては、河川法(以下「法」という。)16条に基づく工
事実施基本計画は策定されていないが、同条及     び同法施行令(以下
「令」という。)10条の定めるところに沿って、本件全体計画及びこれを受けた
本件変更計画      は、甲突川の工事の実施について、過去の主要な水害発
生の状況、甲突川流域の気象、地形、地質、開発の状況等を総     合的に考
慮し(法16条、令10条1項1号)、計画高水流量並びにその河道及び洪水調節
ダム等への配分に関する事     項(令10条2項2号イ、ロ、3号)等を定
めている。したがって、実際の甲突川の改修も、この本件全体計画を受け    
 た本件変更計画に基づいて実施されており、甲突川の管理瑕疵の判断基準として
は、上記エの基準が適用されるべきも     のである。
    カ 甲突川は、明治31年7月5日以降主要なもので9回程度氾濫してい
るものの、藩政時代に改修が加えられており、     また、その形状(羽状流
域・堀込河川)から比較的安全性が高いと考えられ、現に、昭和24年ないし27
年以降は、     昭和44年まで氾濫を起こしていなかったのであり、このよ
うな甲突川に比べて、その流域が宅地化していたものの、     屈曲が多く、
氾濫を繰り返していた永田川、同じく宅地化が進み、川幅が狭く、河床も高く、た
びたび氾濫していた新     川などの方が河川改修の緊急性が高かったため、
限られた河川改修事業に関する予算を永田川や新川の河川改修事業に     よ
り多く配分しなければならない状況にあったが、全国的に見ても多くの河川を抱え
る被告は、限られた予算の中か      ら、他の都市河川や県内の中小河川に
比べて甲突川の河川改修事業に対しても少なくない予算を投入していた。
    キ また、甲突川が鹿児島市の中心部を流れる河川であるという重要性に
照らして、100年に1度の確率の降水に対応     できるように、1000
立方m/秒を基本高水流量とする本件全体計画を立て、甲突川流域の都市化を前提と
した検討     を加えて、河道配分流量を700立方m/秒とし、残りの300
立方m/秒を遊水池等によって処理するという変更計画     を立て、その認可
を受け、当面は甲突川の流下能力を400立方m/秒に引き上げるために、護岸の積
み替えやその根     入れ等を行い、投資効果が高い河川改修事業を昭和56
年度から行っていたのであり、河川管理の一般的水準及び社会     通念に照
らして十分な合理性を有するものである。
    ク さらに、一定規模の開発に際しては、調整池の設置の行政指導を行
い、開発行為による災害防止策も昭和48年頃か     ら行ってきており、昭
和45年以降本件水害に至るまでの間に、甲突川の未改修部分について水害発生の
危険性が特に     顕著となるような事情はなく、他の改修中の河川との優先
順位を変更して早期に河川改修を行わなければならなかった     と認められ
る特段の事情も存しない。平成5年は、まれに見る異常気象の年であり、かつてな
い多量の降雨が長期間に     わたって降ることを予測することはできなかっ
たものである。
    ケ したがって、その計画自体の合理性を河川管理の一般水準及び社会通
念に照らして、計画の実施の仕方について、事     情の変更により計画を修
正して早期の改修工事を実施すべき特段の事由があったとは到底いえないし、河川
管理には諸     制約があることを前提に考えて一般的水準から著しく逸脱
し、社会通念からも是認できないような計画の策定・実行が     あったとも
到底いえないから、被告に甲突川の河川管理の瑕疵があったとはいえないというべ
きである。
   ②ア 原告らは、河川管理の瑕疵とは、総合的な治水対策の瑕疵であると主
張し、具体的には、河道の改修や遊水池の設置     等の河川自体の改修の遅
延と、宅地開発規制等のそれ以外の降雨が河川に流入することを防ぐ方策の不備を
主張してい     る。
    イ 上記の総合治水対策のうち、前者(河川改修)の点については、前記
①のとおりこれを進めてきたものであり、①エ     の判断基準に照らして被
告の河川管理の瑕疵はない。また、調整池の設置指導についても昭和48年頃から
実施してい     るのであって、被告においても総合治水対策を実施してきて
いる。
    ウ しかしながら、原告ら主張の後者の点について、これを河川管理の瑕
疵の有無という法的責任という観点から見た場     合、前記①エの河川管理
の瑕疵の判断基準において、直接に判断の対象となるものではなく、このような総
合治水対策     を講じることを被告または鹿児島県知事に義務づけた法令は
なく、被告または鹿児島県知事が国民に対して法律上負っ     ている法的義
務とはいうことができない。河川改修の点と流域対策等の点を並立させて河川管理
の瑕疵の判断の対象と     なるとする原告らの主張は、前記①の河川管理の
判断基準に反するものとして失当である。
    エ さらに、原告らは、治水対策報告書で報告された基本高水流量を安全
基準として、それ以下の流量で発生した水害に     ついては、河川管理の瑕
疵を推定すべきであると主張するが、同主張は、河川管理の特殊性を全く考慮しな
いものであ     って、失当である。
  (2) 原告らの損害額
   (原告らの主張)
    原告らは、別紙6計算書①ないし④記載の各損害を被った。
第3 原告AないしDの請求についての当裁判所の判断
 1 河川管理の瑕疵の判断基準
  (1) 国賠法2条1項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有す
べき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険   性のある状態をいい、かかる瑕
疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の
事情を総   合考慮して個別具体的に判断すべきものである。
    そして、河川は、本来自然発生的な公共用物であって、管理者による公用
開始のための特別の行為を要することなく自然   の状態において公共の用に供
される物であるから、もともと洪水等の自然的原因による災害をもたらす危険性を
内包してい   るものである。したがって、河川管理は、道路の管理等と異な
り、本来的にかかる災害発生の危険性をはらむ河川を対象と   して開始される
のが通常であって、河川の通常備えるべき安全性の確保は、管理開始後において、
通常予想される洪水等に   よる災害に対処すべく、堤防の安全性を高め、河道
を拡幅・掘削し、流路を整え、または放水路、ダム、遊水池を設置する   など
の治水事業を行うことによって達成されていくことが当初から予定されているもの
ということができる。この治水事業   は、もとより一朝一夕にして成るもので
なく、多数存在する未改修河川及び改修の不十分な河川についてこれを実施するに
   は莫大な費用を必要とするものであるから、結局、原則として議会が国民生
活上の他の諸要求との調整を図りつつその配分   を決定する予算のもとで、各
河川につき過去に発生した水害の規模、頻度、発生原因、被害の性質等のほか、降
雨状況、流   域の自然的条件及び開発その他土地利用の状況、各河川の安全度
の均衡等の諸事情を総合勘案し、それぞれの河川について   の改修等の必要
性・緊急性を比較しつつ、その程度の高いものから逐次これを実施していくほかな
い。また、その実施に当   たっては、当該河川の河道及び流域全体についての
改修等のための調査・検討を経て計画を立て、緊急に改修を要する箇所   から
段階的に、また、原則として下流から上流に向けて行うことを要するなどの技術的
制約もあり、さらに、流域の開発等   による雨水の流出機構の変化、地盤沈
下、低湿地域の宅地化及び地価の高騰等による治水用地の取得難その他の社会的制
約   を伴うことも看過することはできない。しかも、河川管理においては、道
路の管理における危険な区間の一時閉鎖等のよう   な簡易、臨機的な危険回避
の手段を採ることもできないのである。河川の管理には以上のような諸制約が内在
するため、す   べての河川について通常予測し、かつ、回避しうるあらゆる水
害を未然に防止するに足りる治水施設を完備するには相応の   期間を必要と
し、未改修河川または改修の不十分な河川の安全性としては、上記諸制約のもとで
一般に施行されてきた治水   事業による河川の改修、整備の過程に対応するい
わば過渡的な安全性を持って足りるものとせざるを得ない。
    以上からすると、上記のような諸制約によって未だ通常予測される災害に
対応する安全性を備えるに至っていない現段階   においては、当該河川の管理
についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被
害の性質、   降雨状況、流域の地形その他の自然条件、土地の利用状況その他
の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等   諸般の事情を総合
的に考慮し、前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会
通念に照らして是認し   うる安全性を備えていると認められるかどうかを基準
として判断すべきであると解するのが相当である。そして、既に改修   計画が
定められ、これに基づいて現に改修中である河川については、同計画が全体として
上記見地からみて格別不合理なも   のと認められないときは、その後の事情変
動により当該河川の未改修部分につき水害発生の危険性が特に顕著となり、当初 
  の計画の時期を繰り上げ、又は工事の順序を変更するなどして早期の改修工事
を施工しなければならないと認めるべき特段   の事由が生じない限り、同部分
につき未だ改修が行われていないことの一事をもって河川管理に瑕疵があるとする
ことはで   きないと解すべきである(最高裁昭和59年1月26日第1小法廷
判決・民集38巻2号53頁参照)。
  (2) 原告らは、河川管理の瑕疵の有無を判断するに当たって、財政的ないし予
算上の制約を考慮に容れるべきでないと主張   するが、採用できない。
 2 河川管理について
  (1) 河川法1条は、河川管理の目的について、「河川について、洪水、高潮等
による災害の発生が防止され、河川が適正に   利用され、及び流水の正常な機
能が維持されるようにこれを総合的に管理することにより国土の保全と開発に寄与
し、もっ   て公共の安全を保持し、かつ、公共の福祉を増進する。」と規定
し、同法10条1項は、「2級河川の管理は、当該河川の   存する都道府県を
統括する都道府県知事が行う。」と規定するところ、同条にいう「河川の管理」と
は、河川の保存、利用   及び改良並びにこれに付随して行われる一切の行為を
いうものと解されている。
    そして、河川管理の主位的目的である災害発生の防止の観点からすると、
河川管理者が具体的に行うべき管理行為とは、   河川について、ダム、堤防等
の河川管理施設の設置、放水路の開削、河川区域等における工作物の設置の規制等
の洪水調節   や河道の維持、流水の流量抑制等洪水被害防止のための措置をと
ることを指すものと解される。
  (2) 原告らは、河川管理とは、総合的な治水対策を対象とすると主張し、甲突
川流域の宅地開発の規制をし、また市街化の   できない保全区域に指定すべき
であったなどと指摘する。
    しかし、これらの行為は、上記河川管理の概念に当てはまらないというべ
きである。
    のみならず、都市計画法や森林法は、土地の合理的利用(都市計画法2
条)や、国土保全、水源のかん養、自然環境の保   全(森林法2条1項)等を
基本目的とし、国や地方公共団体に憲法29条の規定する財産権の保障の範囲内に
おいて、必要   最小限度の規制を行う権限を付与したものである。また、建築
基準法は、「建物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低   の基準を定め
て、国民の生命、健康及び財産の保護を図る。」(同法1条)を目的とする。
    したがって、被告に対し、治水対策の観点から、都市計画法に基づく開発
許可権限の発動、建築基準法に基づく規制の強   化を必要最小限度の範囲を越
えて過度に求めることは当を得ないものというべきである。
    よって、原告らの上記主張は採用しない。
 3 認定事実 
  (1) 原告らは、被告の治水対策の瑕疵として、河川の浚渫、堤防の嵩上げ・補
強、放水路、捷水路、迂回路等の設置、遊水   能力を有する水田等の保有を行
わなかった瑕疵、調整池の不備の瑕疵があったと主張する。
    これらは、前記2(1)にみた河川管理行為の瑕疵を指摘するものと解される
ので、以下、その瑕疵の有無ないし被告の管   理義務違反の有無について判断
する。
  (2) 証拠(甲6[ただし、採用しない部分を除く。]乙1ないし4、5ないし
7の各①ないし③、8ないし10、11の①   ないし④、12の①ないし⑥、
13の①ないし③、14の①ないし④、15の①ないし③、16,17、18の1
ないし    ⑤、19の①ないし⑨、20の①ないし⑬、21の①ないし⑧、2
2の①、②、23、25ないし31、32の①、②、3   3ないし39、4
5、46、49、原告A[ただし、採用しない部分を除く。]、証人H)及び弁論
の全趣旨によれば、以   下の事実が認められる。
   ① 甲突川及びその流域の概況
    ア 甲突川は、鹿児島県日置郡郡山町と同薩摩郡入来町の町境を分水嶺と
する八重山南斜面に水源を発し、郡山町を経      て、鹿児島市の中心部を
貫流して鹿児島湾に注ぐ、本川流路延長約25㎞、流域面積約106平方㎞の2級
河川であ      る。同川流域は、10の支川をもって羽のような形状をなし
ているいわゆる羽状流域である。羽状流域では、各支川の     洪水到達時間
が異なり、洪水流量が重なり合わないので、洪水ピークが小さく、洪水持続時間が
長い特性を有する。
     甲突川流域を含む一帯は、シラスが広く分布しており、下流の市街地
は、シラス台地が侵食されて堆積した沖積平野が     形成されたものであ
り、かつての氾濫原でもある。
      また、甲突川は、堤防のない、いわゆる堀り込み河川であって、有堤
河川に比して、安全性が高いとされる。
    イ 甲突川流域の市街化地域と山地の割合は下記のとおりであり、年々市
街化地域は増加しているが、中流域から上流域     にかけて山地の割合は余
り減少しておらず、市街化(宅地化)が進んだのは主に下流域であった(乙3
8)。
                           記
        市街地[平方㎞](%) 山地[同] 水田[同]  畑
[同]
          昭和10年6.17(5.8)  84.6411.33
4.11
          昭和20年7.07(6.7)84.2511.09
3.84
          昭和40年15.06(14.2)80.147.33
3.72
          昭和55年22.54(21.2)74.136.10
3.48
          昭和60年25.88(24.4)71.745.60
3.03
          平成2年28.99(27.3)68.645.72
2.90
   ② 過去の水害
     甲突川において過去に発生した水害の状況は、別紙7「甲突川の過去の
水害表」のとおりであり、甲突川においては、    明治期以来本件水害に至る
まで、過去11回洪水が発生しているが、昭和27年から昭和44年までは一度も
洪水が発生    しておらず、昭和44年以降も、平成元年に至るまで洪水は発
生していない。
     昭和44年の洪水も、支川の幸加木川の氾濫によるものであり、甲突川
本川については、氾濫するまでに至らず、一部    浸水被害が発生したにとど
まっていた。
     平成元年7月28日の洪水は、台風11号による日雨量257.5㎜の
降雨によるものであったが、被害は局地的なも    のにとどまった(乙3、
4)。
   ③ 8・6水害の概要
    ア 平成5年、九州南部地方は、5月17日に梅雨入りし、鹿児島市にお
ける7月の降水量は1054.5㎜であり、7     月における30年間の月
別平均降水量の約3.5倍であり観測史上最高であった。
      7月27日に台風5号、29日には台風6号が続けて鹿児島県に上陸
あるいは接近し、27日から30日にかけての      総降水量は100㎜な
いし200㎜、多いところでは300㎜を記録した。
      さらに、7月31日から8月2日にかけても九州南部を中心に大雨と
なり、上記期間の総雨量は、鹿児島県内でも大     隅半島南部を除き各地で
200㎜を超えており、甲突川流域付近においては、300㎜から500㎜に達し
ていた(乙     7の2)。
    イ 8月5日夕方から、鹿児島地方では局地的に1時間に10㎜から20
㎜のやや強い雨が降りはじめ、同日の降水量      は、多いところで20㎜
から50㎜となった。
      8月6日、午前1時頃から弱い雨が降りはじめ、午前4時以降は、北
薩地方及び薩摩半島南部で強い雨が降り、夕方     前までに弱まったが、午
後4時以降、強雨域は日置郡を中心とする地域に南下し、雨量はさらに多くなっ
た。同日午後     6時には、局地的に強い雨が降り始め、入来峠で時間雨量
65㎜、鹿児島で同50㎜の強い雨が観測された。また、八     重山観測所
では午後6時までの1時間に92㎜という記録的な強い雨が観測された。
      同日午後7時以降は、強雨域は南東に移動し、鹿児島市と鹿屋市付近
が強雨域の中心となった。鹿児島市では、午後     5時頃から激しい雨が降
り続いており、午後7時までの1時間に56㎜という降水量が観測され、午後9時
までの3時     間降水量は、105㎜であった。また郡山町役場では、午後
7時までの1時間に99.5㎜、鹿児島市消防局伊敷分遣     隊では、同時
刻に94㎜という記録的な雨量が観測されている。
      同日午後10時以降は、強い雨雲は、さらに南東に進み、鹿児島県内
でも強雨域は見られなくなり、小康状態となっ     た。
      甲突川流域の降雨量についてみると、上流の郡山町役場では、午後3
時から時間雨量15.5㎜の雨が降り始め、以     降1時間ごとに31.5
㎜(午後4時)、40.0㎜(午後5時)、84.0㎜(午後6時)、99.5㎜
(午後7      時)、38.5㎜(午後8時)となり、午後3時から午後8
時までの総雨量は309㎜、8月6日の日雨量は384㎜     に達してい
る。また、八重山観測所においては、午後3時から時間雨量24.0㎜の雨が降り
始め、以降1時間ごとに     45.0㎜(午後4時)、40.0㎜(午後5
時)、92.0㎜(午後6時)、21.0㎜(午後7時)、26.0㎜     
(午後8時)となり、午後3時から午後8時までの総雨量は248㎜、8月6日の
日雨量は361㎜に達している。鹿     児島地方気象台では、午後3時から
時間雨量4.0㎜の雨が降り始め、以降1時間ごとに9.0㎜(午後4時)、2 
     8.0㎜(午後5時)、50.0㎜(午後6時)、56.0㎜(午後7
時)、39.0㎜(午後8時)となり、午後3     時から午後8時までの総
雨量は186㎜、8月6日の日雨量は259㎜に達している。
      8月6日の日降水量259㎜は、8月の降水量としては観測開始(1
983年)以来、第1位の記録であった(乙7     の2)。
    ウ 甲突川の鹿児島市岩崎橋における水位は、8月6日午前9時40分に
指定水位である200㎝を超え、午前11時1     0分には246㎝まで上
昇したが、その後下降し、午後2時には179㎝となった。しかし、午後3時以降
再び上昇し     はじめ、午後4時には227㎝、午後4時20分には264
㎝となり警戒水位である250㎝を超え、午後5時には危     険水位である
350㎝を超え、359㎝まで上昇した。甲突川の水位は、その後も上昇を続け、
午後6時10分には堤     防高である500㎝に達し、同50分には527
㎝に達して、以後計測不能となった。
      上記水位の経緯からすると、堤防高に達した午後6時10分ころには
溢水が始まったものと考えられる(乙45)。
    エ 本件水害により、崖(土砂)崩れで多数の死者が出たほか、甲突川流
域では鹿児島市において424ha、郡山町で1     20haが浸水し、浸水家
屋は、鹿児島市において1万1586戸、郡山町においては、約150戸に上っ
た。また、甲     突川にかかる橋梁のうち15橋が流出し、江戸時代末期に
岩永三五郎が築造したいわゆる五石橋のうち新上橋及び武之     橋も流出し
た(乙7の①、②、8ないし10)。
    オ 原告らの居宅等の浸水状況は別紙3の①ないし④の「甲突川浸水区域
図」のとおりであり、浸水水位は、いずれも      1.0m~1.5mであ
った(乙11の①ないし④、12の①ないし⑥、13の①ないし③、14の①ない
し④)。
    カ 本件水害により、甲突川の流域で多くの場所が浸食を受け、崖が崩
れ、高さ10m以上の倒木は8万6000本に及     ぶと推定され、この倒
木の一部が橋を流出させたり、橋にかかったり、川岸にかかって被害を大きくした
と考えられた     (乙3、4、10)。
      また、「1993年・鹿児島豪雨災害浸水図」(乙9)によれば、
「高麗町の浸水は、西鹿児島駅付近から南下した     流水、内水及び武之橋
(石橋)の堰上げと本川水位の上昇に伴う逆流防止のための水門閉鎖、これらの三
原因が重なり     被害を大きくしている。」とされている。
    キ 本件水害時の甲突川の流量については、甲突川流域を16の小流域に
分け、ティーセン分割法により甲突川流域全域     の平均雨量を算出したう
え、これをもとに貯留関数法により各支流での流量を算出し、岩崎橋付近での流量
を算出した     結果、同所における推定最大流量は、8月6日午後7時40
分頃の696立方m/秒であった。
      また、原良橋付近及び岩崎橋付近における甲突川に対する横断線上に
ある道路部分又は河道部分での洪水痕跡に基づ     き、上記各箇所での流速
をマニングの流速公式により算定した上で、同横断線上での流量を算定した結果、
原良橋付近     における最大流量は697.5立方m/秒であり、岩崎橋付近
でのそれは685立方m/秒であった。
      上記結果からすると、本件水害時における甲突川の最大流量は、約7
00立方m/秒であったと認められる。
      そうすると、本件水害当時の甲突川の流下能力は、約300立方m/秒
であったから、その流下能力の2倍を超える     ものであった(乙3、18
の①ないし⑤、19の①ないし⑨、45)。
   ④ 甲突川の改修状況
    ア 甲突川は、天保年間(1842年頃)に、新上橋下流の拡幅と河床浚
渫がされ、ほぼ現在の川幅(基本的に45m)     が確保されて以来、抜本
的な改修は行われず、局部的な護岸の復旧と河床の寄州除去などの維持補修が行わ
れていた      (乙16)。
    イ 被告は、昭和44年6月29日に支川幸加木川が氾濫したことを契機
として、昭和45年から甲突川に関する改修計     画を策定することとし、
被告は、「甲突川中小河川改修事業全体計画」(乙32の①、本件全体計画。)を
策定し、昭     和46年6月8日、同計画について建設大臣の認可を受け
た。
      本件全体計画においては、基本高水流量を100年に1度の確率の降
雨に対応できる1000立方m/秒とし、河床     の掘り下げを1.5~2m
程度行い、一部区間については川幅を5m程度拡幅して河積を確保することとし
た。
    ウ しかしながら、すでに甲突川沿いには多数の住宅やビルが建っていた
ことから、甲突川の川幅を拡幅し、河積を増大     させて流下能力を向上さ
せることが困難な状況であった。また、昭和52年6月に河川審議会の「総合治水
対策につい     ての中間答申」が出されたことも踏まえ、昭和54年度から
本件全体計画の変更を検討し始めた。
      そして、被告(土木部河川課)は、昭和55年3月、Gと共同で、
「昭和54年度・中小河川甲突川改修事業・甲突     川改修計画検討報告
書」(乙15の①ないし③)を作成した。
      同報告書は、甲突川の基本高水流量を850立方m/秒(確率1/5
0)と定め、甲突川の現況河道は、石造橋等が     存在するため改修が進展
せず、流下能力は350立方m/秒である。治水施設としてダム、遊水池による効果
を検討し     たが、単独による大きな効果は期待できないとしている。
      同報告書は、「総合評価」の項目で、甲突川の改修について、石造橋
である西田橋、高麗橋、武之橋の3橋を保存す     るために、分水路案(3
橋地点の両岸または片岸に水路を設け、高水時流量を分流処理する案)、放水路案
(上流から     放水路により直接鹿児島湾に注がせる案)を検討し、分水路
による計画高水流量の処理が望ましいとしている。そし      て、計画高水
流量850立方m/秒を上流から、西田橋で本川430立方m/秒、分水路420立
方m/秒、高麗橋で本     川340立方m/秒、分水路255立方m/秒×2、
武之橋で本川330立方m/秒、分水路260立方m/秒×2と配分     する
ものとしている。
      さらに、上記報告書は、分水路施設の概算工事費を算出し、武之橋5
8億0600万円、高麗橋55億1600万      円、西田橋26億940
0万円、合計140億1600万円を見積もっている。
      なお、上記報告書では、放水路案についても検討し、放水路計画流量
を450立方m/秒、放水路ルート4案のう      ち、花野川合流点付近から
北方を迂回して磯公園付近に至るルートを採用するものとし、その工事費を呑口施
設約3億     2941万円、トンネル本体約565億円、放流口施設約53
51万円、補償工事費約18億円、合計586億830     4万円と見積も
っている。
    エ 被告(土木部河川課)は、昭和55年12月、「昭和55年度・甲突
川総合治水対策調査報告書」(乙16)を作成     した。
      同報告書は、甲突川の暫定計画を立案することを目的として作成され
たものであり、河川改修断面500~520立     方m/秒、河頭遊水池60
立方m/秒、防災調整池20立方m/秒、低地氾濫0~20立方m/秒と配分処分する
ことを基     本方針としている。
       そして、流域を保水地域、低地地域、遊水地域に区分して、それぞ
れ整備計画を立案し、治水計画(工事実施基本      計画)は、基本高水流
量850立方m/秒(確率1/50)とし、堤防高及び石造橋の保存を考え、本川の
流下量を     400立方m/秒とし、残450立方m/秒について各施設(ダ
ム、遊水池、放水路、分水路)で処理する案が検討され     ているが、確実
性の高い施設は定められておらず、今後の詳細調査が望まれるとしている。
       なお、同報告書では、治水暫定計画として、基本暫定流量600立
方m/秒(確率1/10)を、本川で500立     方m/秒処理し、残100
立方m/秒を河頭多目的遊水池、防災調整池及び低地地域、遊水地域で処理する案に
ついても     言及している。
    オ 被告(鹿児島土木事務所)は、昭和58年11月、Gと共同で、「甲
突川河川計画検討業務委託報告書」(乙34)     を作成した。同報告書
は、甲突川改修について、これを段階的に行い、早急に高い治水安全度の確保に努
めることを目     的として、改修計画を策定したものである。
      同報告書においては、計画高水流量を100年に1度の確率である、
1000立方m/秒として検討され、対応施設     として、河道計画、放水
路、多目的遊水池等が挙げられている。そのうち、そのすべてを引堤(河道)に負
担させる案     については、大規模な用地買収及び移転家屋が生じるため現
実的に不可能であるとされ、実現可能な700立方m/秒     を河道で処理
し、残りの300立方m/秒については、放水路で200立方m/秒、遊水池で10
0立方m/秒を対処す     るのが妥当であるとされている。河道処理分の70
0立方m/秒については、河道の掘り下げ及び堤防のかさ上げによ     って対
処するほか、五石橋は保存するものとして、これを迂回するような分水路を設ける
こととされている。また、同     報告書においては、河道の寄州除去につい
ては、流域がシラス台地のため流出土砂量が常河川に比べて多く、その効果   
  が大きいことから引き続き継続することが望まれるとされているほか、甲突川
の治水事業は投資額からも短期間に終わ     ることはなく、10~30年の
長期にわたることは避けられないものとされている。
    カ 被告(鹿児島土木事務所)は、昭和59年2月、Gと共同で、「甲突
川水理調査業務委託報告書」(乙35)を作成     した。同報告書は、五石
橋を保存した上で流下能力を確保するための分水路について規模、形状を検討する
とともに、     水理的現象を確認し、河道改修計画における諸問題を検討
し、改修計画立案のための水理資料を得る目的でなされたも     のである。
      上記報告書によると、水理模型実験の結果、玉江橋より下流の4つの
石橋を存置した場合の流下能力は、約335      立方m/秒であるのに対
し、これを撤去した場合は約710立方m/秒であり、現状保存のための分水路を設
けることに     よって、分流効果が期待できそうであるとされているもの
の、分水路計画を実現化するについては、流下物による石橋     閉塞や分水
路内への土砂堆積等を踏まえた河川管理上の問題、景観上の問題、分水路建設のた
めの用地の補償、付帯工     事、長期的な工事期間等の様々な問題が残され
ていると指摘されていた。
    キ 被告(鹿児島土木事務所)は、Gと共同で、昭和59年12月、「甲
突川都市河川改修工事計画検討業務委託報告      書」(乙36)を作成し
た。同報告書は、それまでの各種調査を基に、「甲突川中小河川改修工事全体計
画」の見直し     を図るためになされたものである。同報告書では、河道改
修の基本方針として、五石橋を撤去したうえ、河床の掘り下     げや流量不
足箇所の引き堤をすることによって、河道の流下能力を700立方m/秒とするもの
とし、本件全体計画に     おける1000立方m/秒の残りの300立方m/
秒については、放水路、遊水池等で処理する計画に変更することとし     
た。
    ク 上記検討結果を基に、被告は、本件全体計画を変更することとし、昭
和60年6月28日、同計画変更の認可を受け     た(乙32の②)。
      なお、昭和59年頃から、五石橋を保存するかどうかについて県議会
で議論がなされるようになり、同議論は平成4     年12月まで続けられて
いた。
    ケ 被告は、上記のような調査・検討を踏まえ、昭和56年度から甲突川
の河川改修工事に着手しており、別表8「鹿児     島県河川改修工事費」表
のとおり、平成4年度まで年間5000万円から1億8000万円、総額12億5
900万円     (年平均1億円余り)の予算をかけて、当面は、河道の流下
能力を400立方m/秒に引き上げるべく、寄州の除去、     堤防のかさ上
げ、河床の掘り下げ、護岸の積み替えやその根入れ等を行い、平成4年末の時点に
おいて、左岸は武之橋     から新上橋までの間の約0.7㎞、右岸側は甲突
橋から新上橋の間の約1.2㎞の部分の改修が終了していた(乙2      
7、45)。
   ⑤ 調整池の設置等について
     被告は、昭和46年に日本河川協会から「大規模宅地開発に伴う調整池
技術基準案」が示されたことから、昭和48年    頃から宅地造成やゴルフ場
造成等、一定の面積を超える開発行為については、森林法や都市計画法に基づく開
発許可の際    に、事前に被告(河川課)と協議を行い、その機会に防災上の
観点から流出抑制のための調整池の設置を指導してきた。
     また、昭和62年からは、鹿児島市に流入する河川流域における指導対
象を、開発面積5ha以上から1ha以上に引き下    げて、調整池設置の指導を
強化した。
     このような開発行為に対する調整池設置指導により平成5年時点では、
甲突川流域の16団地等で総貯水量約28万     立方mの調整池が設置され
た。
     なお、昭和48年以前に開発が行われた団地については、調整池設置の
指導は行っていないが、そのような団地は約     3.3k㎡であり、甲突川
の流域の約3%程度であり、本件水害のピーク時の流量に与えた影響はさ程大きく
ないと考え    られる(乙17、37、45)。
   ⑥ 水防体制について
     被告は、水防体制の確立を図るため、電話応答式の水位計の設置や、昭
和58年には、テレメーターシステム(遠隔地    の観測を無線装置等を通じ
てリアルタイムで行う装置)を整備し、洪水時における水位等の情報を的確に把握
して関係機    関に伝達し、水防活動等に利用していた(乙45)。
   ⑦ 8・6水害後の治水対策
     8・6水害は、鹿児島市に壊滅的被害をもたらし、緊急かつ確実な治水
対策を実施する必要があったことから、被告     は、甲突川について、「河
川激甚災害対策特別緊急事業」(予定総工事費233億5000万円・いわゆる激
特事業)の    導入を決定した。同事業は、激甚な災害(浸水戸数2000戸
以上)が発生した場合のみ適用されるものであり、計画高    水流量を700
立方m/秒とし、河床の掘り下げ、一部区間の川幅拡幅、五石橋の撤去、橋梁架け替
え等の事業を、概ね    5年間の短期間で緊急に実施することとした。また、
上流部分については、「河川災害復旧助成事業」(河川災害緊急整    備事
業・県単激特)(予定総事業費約78億円)を実施し、平成11年度末に完了し
た。
     上記工事に要した費用は、7年間で約390億円(うち激特事業に約2
70億円)であり、鹿児島県全体の河川改修事    業費の約4年間分に相当す
る金額であった。
   ⑧ 鹿児島県内の他の河川の状況及びその改修状況
     被告は、甲突川は、鹿児島県内で同じく流域の宅地化が進んだ他の河川
に比べ、氾濫の頻度が低かったため、限られた     河川改修事業予算を他の
河川改修事業により多く配分しなければならなかったと主張するので、以下この点
につき見る     こととする。
    ア 鹿児島県内の2級河川は、平成10年4月現在で161水系311あ
り、河川延長は1761.5㎞、流域面積は4     683平方㎞であり、河
川延長は北海道、山口県について全国第3位、流域面積は北海道、青森県、岩手
県、山口県に     ついて全国第5位であり、全国的に見ても河川の多い県で
ある(乙25、39)。
    イ 鹿児島市内の都市河川は、北から稲荷川、甲突川、新川、脇田川、永
田川及び和田川の6河川ある。鹿児島市の平野     部は南北に拡がってお
り、大きく見ると甲突川・新川を中心とした鹿児島地区と永田川・和田川を中心と
する谷山地区     に分けることができ、鹿児島地区と谷山地区の境界部に脇
田川が存在している(乙28)。
    ウ 永田川は、鹿児島県日置郡松元町を源とし、山之田川、滝之下川等の
支川を合わせ、鹿児島市谷山地区で鹿児島湾に     注ぐ、流域面積36平方
㎞ 、流路延長約12㎞の河川である。
      永田川は、藩政時代にも改修が加えられていない未改修河川であり、
河川断面が狭小で屈曲が著しいため、氾濫しや     すいという特質を有して
おり、上記6つの河川の中で一番安全度が低いと考えられ、谷山地区の都市化が進
んだこと、     昭和27年及び同33年に大出水があったことから、被告
は、昭和37年度から集中的に予算を投入して改修工事に着     手し、支川
を含め、昭和63年度には改修工事を終えた(乙27、29、45)。
    エ 新川は、鹿児島市と日置郡の境界付近を源とし、数本の支流をあわせ
ながら南東方向に流れ、田上付近からJR指宿     枕崎線沿いに流下し、鹿
児島市街地を貫流する、流域面積20.6平方㎞ 、流路延長約13㎞の河川であ
る。新川      は、かつて田上付近から東方に流下していたものが、文化年
間に現在の状態に人工的に作りかえられたものであったた     め、河川の形
状は整っていたが、断面が小さく、固定堰のため河床も高かったため、溢水の生じ
やすい構造であり、宅     地等の開発により流域の約40%が市街化してい
たことから、特に中流部において例年浸水被害が発生している状況で     あ
ったにも関わらず、抜本的な改修は行われていない状況であった。
      そこで、被告は、昭和57年度から新川の改修に着手しており、同年
から平成4年までの改修事業費は、同年の15     00万円を除き、1億円
から5億3000万円であり、年平均で3億6000万円程度(昭和57年を除
く)であった     (乙27ないし29、45)。
    オ 被告は、稲荷川については平成元年度から、脇田川については平成2
年度から河川改修を開始している(乙27)。
    カ 被告は、その他の県内各河川についても、万之瀬川支川、天降川、役
勝川で河床掘削や拡幅等の河川改修を進めてい     る(乙45)。
 4 そこで、以上認定した事実をもとに、前記1(1)の判断基準に照らし、被告に
河川管理瑕疵ないし河川管理義務違反があっ  たかどうか判断する。
  (1) 被告は、前記3(2)④イないしク認定のとおり、甲突川について、昭和4
6年に甲突川中小河川改修事業全体計画(本件   全体計画)を策定し(同年6
月8日に建設大臣の認可。)、さらに種々の調査・検討を経た上、昭和56年度か
ら改修事業   に着手し、昭和59年12月には本件全体計画を見直し、計画高
水流量1000立方m/秒のうち河道の流下能力を現況の   300立方m/秒か
ら700立方m/秒に高め、残りの300立方m/秒について放水路、遊水池等で処
理する計画に変更    し、昭和60年6月28日、変更計画について建設大臣
の認可を得て、改修事業を進めていたものである。
  (2) しかるところ、上記計画高水流量及びこれを河道、放水路、遊水池等で配
分処理する計画自体は、本件水害時の最大流   量が700立方m/秒であったと
推定されるところからほぼ合理的なものであったと認めることができるが、被告が
実現可   能であるとした河道処理能力を700立方m/秒に高める改修について
は、前記3(2)④ケ認定のとおり、本件水害に至るま   で、寄州の除去及び一部
区間の堤防のかさ上げ、河床の掘り下げ等が行われたに過ぎず、上記目標達成には
ほど遠い実情で   あった。
  (3) しかしながら、甲突川河川改修工事の計画案では、昭和59年2月までは
五石橋を存置し、分水路を設置することによ   って流下能力を高めるものとさ
れたが、これを実現するには、流下物による石橋閉塞や分水路内への土砂堆積等を
踏まえた   河川管理上の問題、用地補償問題等のあい路が指摘されており、昭
和55年3月の「甲突川河川改修計画検討報告書」(乙   15の①ないし③)
では、その当時既に、武之橋、高麗橋、西田橋の分水路施工工事費だけでも合計1
40億1600万円   という多額の費用を要することが見込まれていた上、そ
の費用に見合う流下能力の向上効果が得られるかどうか疑問なしと   しない状
況であったところ、昭和59年12月の「甲突川都市河川改修工事計画検討業務委
託報告書」(乙36)では、一   転して、五石橋を撤去し、河床掘り下げや引
き堤により河道の流下能力を700立方m/秒に向上させる計画に変更された   
 が、五石橋の撤去問題については、その保存論も根強く、本件水害発生までにこ
れを撤去することに鹿児島県民の十分な   理解が得られない状態であったと認
められる。
  (4) そして、甲突川の河道の流下能力を700立方m/秒に向上させる抜本的
改修工事は、本件水害後に、浸水戸数2000   戸以上の激甚な災害が発生し
た場合にのみ適用される、いわゆる激特事業等を俟たなければならず、同事業は平
成5年から   同11年まで7年間を要し、総事業費は河川復旧助成事業費等を
含め約390億円(年平均約55億7000万円)に達し   たことが認められ
る。
    これに対し、被告鹿児島県の河川改修事業費予算は、別紙8「鹿児島県河
川改修事業費」表のとおり、昭和56年以降平   成4年まで県全体でも、63
億円ないし95億円(年平均約76億円)であったところ、前記(3)のとおり、五石
橋の撤去   問題について合意が得られない状況の下、甲突川は、戦後、昭和4
4年まで氾濫を起こすことがなく、比較的氾濫すること   の少ない河川である
とされ、同じく宅地化が進み、屈曲が多く、氾濫を繰り返していた永田川や、川幅
が狭く、度々氾濫を   繰り返していた新川などの方が河川改修の緊急性が高
く、改修効果も得られるので、限られた河川改修事業予算を、永田川   や新川
の改修事業により多く配分すべきであるとした被告の判断には、相応の合理性があ
るといわなければならない。
  (5) 上記事実に加え、前記3(2)③認定のとおり、平成5年は、6月以降、記
録的な大雨が降り、7月の月別雨量は、観測史   上最高の1054.5㎜(月
別平均雨量の3.5倍)に達し、7月末には続けて台風が来襲し、8月初めにも大
量の降雨が   あり、地盤が飽和状態にあったところに8月5日から本件水害当
日の6日にかけて集中豪雨となり、6日の日雨量は、観測   史上2位の259
㎜に達し、甲突川は、その流下能力をはるかに超える700立方m/秒の最大流量に
達し、溢水するに至   ったものであり、同年のような降雨量を予測することは
不可能ではないとしても、通常予想しうる範囲を超えるものであっ   た。
    なお、本件水害の拡大に影響を及ぼした要因として、流木等が橋にかか
る、いわゆる堰上げ現象や内水の流出があるが、   堰上げは、五石橋を存置し
た場合、これが起こり得ることは既に予測されていたことであり、内水の流出は、
甲突川が市街   地を流下する都市河川である以上、平成5年当時の技術水準で
は避けられない事態であった。
  (6) さらに、昭和59年12月の「甲突川都市河川改修工事計画検討業務委託
報告書」では、計画高水流量1000立方m/   秒のうち、河道で処理する70
0立方m/秒の残り300立方m/秒を、放水路、遊水池等で処理するものとされた
が、放水   路施設については、昭和55年3月の「甲突川河川改修計画検討報
告書」(乙15の①ないし③)で、その工事費(ただ    し、計画流量450
立方m/秒)を合計約586億8304万円と見積もっており、その実現性には予算
上の困難が予想さ   れた。
    また、遊水池の設置については、その用地確保に多大の困難が予想されて
いた。
  (7) 被告は、前記3(2)⑤のとおり、調整池の設置について、昭和48年頃か
ら一定規模の開発については、調整池の設置を   行うように指導を行ってお
り、昭和62年からは、その指導をさらに強化している。昭和48年以前に開発さ
れた団地等に   ついては、調整池の設置の指導は行われていないが、調整池の
ない団地が本件水害に与えた影響はわずかであったことが認   められる。
  (8) 以上認定判断したところを総合考慮すると、甲突川の河川改修計画に基づ
く実施状況は、本件水害当時、極めて不十分   なものであったといわざるを得
ないが、被告がその本格的改修整備に着手できなかったことについては、財政的、
技術的、   社会的制約の下、まことにやむを得なかった事情があるというべき
である。
    よって、被告に河川管理の瑕疵及び管理義務違反があったと認めることは
できない。
    この認定に反する原告らの主張は採用しない。
第4 原告Fの請求の事案の概要
   本件は、本件水害当日、裏山の土砂崩れにより自宅に損傷を受けた原告F
が、同土砂崩れは、傾斜地の上にある被告設置に   かかるの県立高校のテニス
コートの設置・管理に瑕疵があったためであると主張して、被告に対し、国賠法2
条1項に基づ  き損害賠償を求めた事案である。
 1 争いのない事実等
  (1) 当事者等
   ① 原告Fは、平成5年8月6日当時、鹿児島市に自宅(以下「原告F宅」
という。)を所有し、同所に居住し、保育園を    経営していた(原告F)。
   ② 被告は、鹿児島県立I校(鹿児島市所在、以下「I校」という。)を設
置、管理している(乙40)。
   ③ I校の敷地内には、テニスコートが設置してあり(以下「本件テニスコ
ート」という。)、その南西側は急な傾斜地     (以下「本件傾斜地」とい
う。)となっており、平成5年8月6日当時、同傾斜地を下ったところに原告F宅
が存在して    いた(乙41の①、42,48の②、原告F)。
  (2) 土砂崩れの発生
   平成5年8月6日、本件傾斜地が土砂崩れを起こし(以下「本件土砂崩れ」
という。)、原告F宅に土砂が流入した(甲    1、2、3の①ないし③、
7、8、48の②、原告F)。
 2 争点
  (1) テニスコートの設置・管理の瑕疵の有無
  (2) 原告Fの損害額
 3 争点に関する当事者の主張
  (1) テニスコートの設置・管理の瑕疵の有無について
  (原告Fの主張)
   ① 本件テニスコートは、従前果樹園だったところを整地したものである。
同テニスコートの地盤はシラスであり、シラス    土壌は一定量の雨を吸い込
むと、排水対策、土砂崩壊対策がとられていない場合、土砂の崩壊を起こすことは
よく知られ    た事実であるから、整地に当たって、排水設備を設置する等の
排水対策、土砂崩壊対策をとるべきであったのに、同対策    がとられていな
かったため、本件土砂崩れが発生したものであり、本件テニスコートの設置・管理
に関し瑕疵があった。
   ② 被告は、本件テニスコートに降った雨は、市道の側溝を通じて流れるか
ら、斜面を崩壊させない、テニスコートは地下    に浸透する水が少ないと主
張するが、一般にテニスコートは雨水をよく浸透させ、水はけをよくし、コート面
が乾きやす    くなるようにつくられているはずであり、本件テニスコートも
その例外とは思われない。本件土砂崩れは、テニスコート    の西側にあるフ
ェンスの間際から西側部分崖幅約10mが崩壊しており、テニスコートやそれに続
く斜面に降り、浸透し    た水による崩壊であることを示しており、斜面地に
おける被告所有地がわずかであったとしても、テニスコートを含む被    告所
有地に浸透した雨水による土砂崩れであることは否定し得ない。
  (被告の主張)
   ① 本件テニスコート敷地は、もとはI校園芸科実習地として使用されてき
たが、その当時、北西から南東に緩やかな下り    勾配となっていた。昭和6
3年3月に園芸科が廃止されたため、実習地としての使用は停止され、その北西側
部分にプー    ルを建設することになり、実習地跡の中ほどに土手を設けて上
段と下段の土地となるようにし、その上段北西側部分にプ    ールが建設され
た。そして、同プールの建設と並行して、上段南東側部分及び下段部分を整地し、
上段南東側部分に2面    の軟式テニスコート、下段に3面の硬式テニスコー
トを設置した。さらに平成5年6月に下段北西側部分にテニスコート    1面
を増設し、本件土砂崩れ時の状態となった。
   ② 本件テニスコートの上段2面と下段4面との間には、約1.12~1.
4mの段差があり、本件テニスコートの南西側    は傾斜地(本件傾斜地)と
なっており、その斜面の下の一部に原告F宅がある。本件テニスコートの北東側に
は市道があ    るが、同市道は北西側から南東側に向けて下り勾配で傾斜して
おり、本件テニスコートの敷地との高低差は、本件テニス    コート上段側で
最大1.53m、下段側で最大4.8mある。
     本件テニスコートは、雨水を本件傾斜地側に流出させないため、全体に
本件傾斜地とは反対側(市道側)に下り勾配が    つけられている。すなわ
ち、上段部分については、プールの南東角付近に比べ、2面のテニスコート間の中
央付近が19    ㎝程度、本件傾斜地側のテニスコートの中央付近に比べ前記
2面のテニスコート間の中央付近が7㎝程度、テニスコート    の南東側(本
件傾斜地側)に比べ、その北東側(市道側)がそれぞれ低くなっており、上段テニ
スコートに降った雨は、    北東側に位置する市道側に流れていくような勾配
となっている。また、下段部分についても、南西側付近から北東側(市    道
側)へ、北西側から南東側へ傾斜がついており、下段テニスコートに降った雨水
は、下段テニスコートの北東側に位置    する市道に流れるような勾配になっ
ている。
     さらに、上段部分については、その東隅に、市道側への排水溝が設けら
れており、下段部分については東端の一辺に排    水溝が設けられていて、本
件テニスコートに降った雨水は、これらの排水溝に流入して市道に排出されるよう
になってい    る。
     本件テニスコートの本件傾斜地側には、コンクリート製基礎を有するフ
ェンスが設置されており、そのフェンスの外の    傾斜地側には珊瑚樹が植え
られており、フェンスの下の方はつる状の雑草等が生えていて、容易には本件テニ
スコート側    から本件傾斜地側に雨水が流れていかないような状態であっ
た。
     本件テニスコートについては、業者に造成等を発注し、整地の後、砕石
砂利を厚さ5~6㎝敷いて転圧し、さらにその    上に砂と黒土を混合した混
合土を5~6センチ敷いて再度転圧し、その上に5㎜~1㎝程度の表土をかけると
いう方法で    造成された。さらに、その後の管理については、コート使用後
にローラーで転圧することを常時行っていたし、月に2、    3回程度塩化カ
ルシウムをまいて転圧し、地面を固めていた。
    I校の財産管理担当者は、雨が降ったときなどに本件テニスコート付近に
設置されていた排水溝を見回り、ゴミなどで詰    まっていた場合にはこれを
取り除く作業をしていた。
   ③ 本件土砂崩れは、本件テニスコート自体が崩壊したものではなく、本件
傾斜地の一部が崩壊したものである。本件傾斜    地は、そのほとんどが被告
所有地ではなく、被告所有地に隣接する民有地である。
   ④ 国賠法2条1項にいう、「営造物の設置または管理に瑕疵があった」場
合とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いて    いることをいい、営造物が
通常有すべき安全性を欠くか否かの判断は、当該営造物の構造、本来の用法、場所
的環境及び    利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断す
べきであり、事故発生が予測できない場合には、設置また    は管理の瑕疵は
ないと解すべきである。
     そして、雨水による土砂崩れは、崩壊した崖の表面を流れる表流水が崖
地に浸透して崖地を崩壊させる場合と、他から    浸透してきた地下水が崖地
を崩壊させる場合とがあると考えられるが、前記②のとおり、本件テニスコートに
降った雨水    は、本件土砂崩れの生じた本件斜面地側に排出されるのではな
く、その反対側にある市道の側溝を通じて排出されること    になるから、本
件テニスコートから大量の雨水が本件斜面地に表流水として流れ込んで、本件斜面
地を崩壊させたとは考    えがたい。
     また、雨水の地下への浸透という点についても、ローラー転圧による締
め固め等によって従前の果樹園の状態や、造成    前の地山の状態よりも地下
に浸透する量が少ないと考えられるから、本件テニスコートの管理が不十分である
ことにより    地下に浸透した多量の雨水が本件土砂崩れの原因となったとい
うこともできない。さらに、本件土砂崩れは、大量の雨が    長期間にわたっ
て本件崖地周辺に降ったことが最大の原因であると考えられるところ、このような
異常気象を予測するこ    とは到底できなかった。
     そうすると、本件テニスコートが、本来テニスコートとして通常有すべ
き安全性を欠いていたとは到底いえず、また、    平成5年のような異常気象
を予測することは困難であったから、被告に本件テニスコートの設置・管理の瑕疵
があったと    はいえない。
  (2) 原告Fの損害額
  (原告Fの主張)
   原告Fは、別紙6計算書⑤記載のとおり損害を被った。
第5 原告Fの請求に対する当裁判所の判断
 1 認定事実
   前記争いのない事実等、証拠(甲1、2、3の①ないし③、4、7、8、
乙、24、40、41の①ないし⑤、42ないし  44、47、48の①、②、
証人J、原告F[後記採用しない部分を除く])及び弁論の全趣旨によれば、以下
の事実が認め  られる。
  (1) 本件テニスコート敷地は、昭和63年3月までI校の園芸科の実習地(果
樹園等)として利用されており、およそ北西   から南東に縦長の長方形で、北
西から南東に緩やかな下り勾配となっていた(乙41の①、③、47、48の
①)。
  (2) 昭和63年3月に園芸科が廃止されたことから、実習地としての使用を停
止し、平成元年3月、プールとテニスコート   を設置することになり、実習地
を北西側の上段と南東側の下段に分けて整地し、上段の北西側半分にプールを、プ
ールと平   行に上段南東側半分に軟式テニスコート2面が設置され、下段部分
に硬式テニスコート3面が設置された。
    上記テニスコートの造成に当たっては、果樹園等の樹木を撤去し、砕石砂
利を5㎝から7㎝敷き詰めて転圧し、さらにそ   の上に黒土と砂を5対5で混
ぜた土を5㎝から7㎝敷き転圧して仕上げが行われた。雨水の排水のため、本件傾
斜地側から   反対にある市道側に向けて下り勾配が付くように造成が行われ
た。また、本件傾斜地側の端にはコンクリート製の基礎を有   する防球フェン
スが設置された。平成5年6月には、下段北西側部分にテニスコート1面が増設さ
れた(乙24,40、4   1の①ないし⑤、42、47、48の②)
    これに反する原告Fの供述は、採用しない。
  (3) 本件土砂崩れ当時の本件テニスコート付近の状況は、別紙9「鹿児島県立
I校テニスコート位置図」(以下「テニスコ   ート位置図」という。)のとお
りである。
    本件テニスコートの敷地の面積は、周辺の法面を含めて約5600㎡であ
り、上段2面と下段4面との間には、約1.1   2~1.4mの段差がある。
本件テニスコートの南西側は傾斜地となっており、その斜面の裾部に原告F方があ
った。
    本件テニスコートの北東側には市道があるが、この市道は、北西側から南
東側に向けて下り勾配で傾斜しており、本件テ   ニスコートの敷地との高低差
は、本件テニスコート上段側で最大1.53m(テニスコート位置図のC地点)、
下段側で最   大4.8m(同F地点)ある。本件テニスコート上段側と市道と
の間には、鹿児島市有地がある(乙24、42、43、4   7、48の②)。
  (4) 本件テニスコートは、雨水を本件傾斜地側に流出させないため、全体に本
件傾斜地とは反対側(市道側)に下り勾配が   つけられている。すなわち、上
段部分については、プールの南東角付近に比べ、2面のテニスコート間の中央付近
が19㎝   程度、本件傾斜地側のテニスコートの中央付近に比べ前記2面のテ
ニスコート間の中央付近が7㎝程度、テニスコートの南   東側(本件傾斜地
側)に比べ、その北東側(市道側)がそれぞれ低くなっており、上段テニスコート
に降った雨は、北東側   に位置する市道側に流れていくような勾配となってい
る。また、下段部分についても、南西側付近から北東側(市道側)    へ、北
西側から南東側へ傾斜がついており、下段テニスコートに降った雨水は、下段テニ
スコートの北東側に位置する市道   に流れるような勾配になっている。
    さらに、上段テニスコートについては、その東隅に、市有地を横断する排
水溝が設けられており、下段テニスコートにつ   いては、その東端の一辺に排
水溝が設けられていて、本件テニスコートに降った雨水は、これらの排水溝に流入
して、市道   の側溝に排出されるように設計されている(乙24、41の①な
いし⑤、42、43、47)。
  (5) 本件テニスコートの利用に当たっては、テニス部員がコート使用後、ロー
ラーで転圧を行っており、月に2、3回程度   塩化カルシウムをまいてローラ
ーで転圧を行い、地面を固めていた。
    また、I校の財産管理担当者は、雨が降ったときなどに前記排水溝を見回
り、ゴミなどで詰まっていた場合には、これを   取り除くなどしていた(乙4
2の③、⑤、47)。
  (6) 本件土砂崩れは、テニスコート位置図G地点から南西側にかけて幅約10
mにわたり、上記防球フェンスの根元付近か   ら生じており、防球フェンスは
本件テニスコート側に傾いていた(甲3の①ないし③、乙24、42、44)。
 2 本件テニスコートの設置・管理の瑕疵の有無について
  (1) 国賠法2条1項にいう営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常
有すべき安全性を欠いていることをいい(最   高裁昭和45年8月20日第1
小法廷判決・民集24巻9号1268頁参照)、それは、当該営造物の構造、用
法、場所的   環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に
判断すべきである(最高裁昭和53年7月4日第3小法廷   判決・民集32巻
5号809頁参照)。
  (2) そこで、これを本件テニスコートについてみると、前記1(4)認定のとお
り、本件テニスコートの敷地については、本件   傾斜地とは反対側(市道側)
に傾斜がつけられており、さらに本件傾斜地と反対側の上段及び下段のテニスコー
トの南東隅   部分には、それぞれ排水溝が設けられ、本件テニスコートに降っ
た雨は、排水溝を通じて市道側溝へと水が排出されるよう   になっているこ
と、I校の財産管理担当者は、雨天時には排水溝を見回り、ゴミを取り除く等の管
理を行っていたこと、本   件テニスコートの造成に当たり、十分に転圧・締め
固めを行っている上、通常の使用に当たってもローラーで転圧し、時々   塩化
カルシウムをまいて締め固めるという管理を行っていたこと等からすると、本件テ
ニスコートの排水対策・土砂崩壊対   策が不十分であり、これが通常有すべき
安全性を欠いていたとは認められない。
  (3) これに対し、原告Fは、本件テニスコート面に降った雨水が本件傾斜地に
浸透してきたことによって、本件土砂崩れが   生じた旨主張・供述するが、本
件全証拠によるも、その事実を認めるに足りない。
  (4) よって、本件テニスコートの設置・管理に瑕疵があったとは認められず、
原告Fの請求は、その余の点について判断す   るまでもなく、理由がない。
第6 結論
   以上のとおり、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却するこ
ととし、主文のとおり判決する。
鹿児島地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官  吉   田       肇
   裁判官  柴   田   義   明
   裁判官三   村   憲   吾
別紙
       請求金目録
1 原告A         金 142万5000円
2 原告B         金  90万5000円
3 原告C         金1014万0000円
4 原告D         金  86万1000円
5 原告E         金 977万0854円
 

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