弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人仲野旭、同山本健三共同作成の控訴趣意書記載のとお
りであり、これに対する答弁は、検察官八木廣二作成の答弁書記載のとおりである
から、これらを引用する。
 論旨に対する判断に先立ち、職権によつて調査すると、原判決は以下の理由によ
り破棄を免れない。
 すなわち、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人は、暴力団A組内B連
合会舎弟であるが、大阪市交通局発注の大阪市営地下鉄御堂筋線中百舌鳥(原判決
に中舌鳥とあるのは誤記と認める。)検車場建設工事を落札受注したC株式会社D
支店他四社が、同工事の施工に伴う残土処理の下請工事をE株式会社に下請けさせ
る予定にしていたところ、右予定を覆えして株式会社F(代表者G)に下請けなさ
しめようとして、右C株式会社土木管理部長Hらを脅迫しようと企て、B連合会々
長I、暴力団A組舎弟J、Kと共謀のうえ、昭和五九年三月五日ころ及び同月六日
ころの二回にわたり、大阪市a区b町c丁目d番e号fビルC株式会社D支店の四
階の応接室において、応待に出た右H及び同社総務部次長Lに対し、右矢倉におい
て、暴力団員であることを示す名刺を差し出したりしながら、こもごも『お前とこ
が圧力かけとるからわしらが来とるんじゃい。お前とこは天下のCか知らんけど、
うちも天下のAや。』『なんで地元の業者を使わんねや。地元の業者使わへんかつ
たら工事できん様になるぞ。妨害が出ても知らんぞ。』『gで仕事ができん様にな
るぞ。』『共和一本に仕事させるんやつたら、仕事ができん様になるぞ。わしら黙
つてへんぞ。毎日ここへ押しかけて来てやる。』『極道の話のわかる奴はおらんの
か。』『いつたいわしらをどない思とるんや。』『CはA組に弓を引いた。相手に
とつて不足はない。いつでも受けて立つてやるからそのつもりでおれ。』などと語
気鋭く言い、もつて暴力団A組の団体の威力を示し、かつ、数人共同して右Hらの
生命、身体及び同社の営業等に如何なる危害を加えるかも知れない旨気勢を示して
脅迫したものである。」と判示し、罰条として、暴力行為等処罰に関する法律一条
(刑法二二二条一項)、罰金等臨時措置法三条一項二号、刑法六〇条を掲げ、被告
人らの判示行為は、包括して暴力行為等処罰に関する法律一条の集団的脅迫罪にあ
たるとしている。このように原判決がその罪となるべき事実の判示において、本件
脅迫行為の加害の対象として、C株式会社D支店の土木管理部長H及び同総務部次
長L(以下、Hらという場合は、この両名を指す。)個人の生命、身体と並んで、
「同社の営業等」すなわちC株式会社の営業等をも挙げているのは、それがHら個
人の生命、身体と並記されていることや、被告人らの脅迫言辞として列挙される中
に、明らかに「同社の営業等」に向けられたものと理解されるものが含まれている
ばかりでなく、その文言を表現どおりに解する限りそれが脅迫言辞中の大半を占め
ていることからすれば、単なる事情としてではなく、本件脅迫罪を構成する事実の
一部としてであることが明白であるが、それも本件をもつぱらHら個人に対する脅
迫罪として、換言すれば、害悪の告知を受けた相手方はHら個人のみであり、ただ
その告知された害悪の内容にHら自身の生命、身体に対する加害のほか「同社の営
業等」に対する加害が含まれるものとして構成しているのではなく、本件をHら個
人に対する脅迫行為と右会社に対する脅迫行為との両者、すなわちHらに対し同人
らの生命、身体に対する加害を告知した点と右会社に対しHらを通じて「同社の営
業等」に対する加害を告知した点の両者を含むものとして構成しているものと解さ
れる。
 <要旨>ところで、刑法二二二条の脅迫罪は、刑法体系上、生命、身体に対する殺
人の罪、傷害の罪に引き続き、人身の自由に対する罪として、逮捕・監禁の
罪及び略取・誘拐の罪と並んでそれら両者の間に置かれ、人の意思活動の平穏ない
し意思決定の自由をその保護法益とするものであることにかんがみ、さらに同条各
項の文言自体をも参照すると、同条一項の脅迫罪は、自然人に対しその生命、身
体、自由、名誉又は財産に危害を加えることを告知する場合に限つて、その成立が
認められ、法人に対しその法益に危害を加えることを告知しても、それによつて法
人に対するものとしての同罪が成立するものではなく、ただ、それら法人の法益に
対する加害の告知が、ひいてその代表者、代理人等として現にその告知を受けた自
然人自身の生命、身体、自由、名誉又は財産に対する加害の告知に当たると評価さ
れ得る場合にのみ、その自然人に対する同罪の成立が肯定されるものと解される。
そして、この解釈は、同条一項を構成要件の内容として引用している暴力行為等処
罰に関する法律一条の集団的脅迫罪についても、そのまま当てはまるといわなけれ
ばならない。翻つて原判文をみるに、原判決が、上記のごとく、加害の対象として
「同社の営業等」を掲げ、Hら個人に対する脅迫行為と上記C株式会社に対する脅
迫行為とを並記し、右会社の営業等に対する加害の告知が、ひいて現にその告知を
受けたHら自身の法益に対する加害の告知に当たると評価され得ることを示すよう
な事情を全く摘示していないことからすれば、原判決は、Hらに対する脅迫罪を構
成する事実と右会社自体に対する脅迫罪を構成するものとする事実とを認定、判示
し、この両者に対し暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二二二条一項)を適用
したものと解される。そうしてみると、原判決は、上記説示から明らかなように、
罪とならない事実を犯罪事実として認定、判示して、これに刑罰法令を適用したこ
とになり、それは法令の解釈、適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼ
すことが明らかである。
 なお、かりに、原判決はもつぱらHら個人に対する脅迫罪を認定しているのであ
り、従つて原判決が加害の対象として「同社の営業等」を挙げているのは、Hら個
人に対して告知された害悪の内容としてこれを摘示したものと解し得るとしても、
刑法二二二条一項を構成要件の内容として引用する暴力行為等処罰に関する法律一
条の集団的脅迫罪において、加害の対象となる法益は害悪の告知を受ける自然人自
身の法益に限られ、第三者である法人の法益に対して危害を加えることを告知して
も、それがひいてその自然人自身の浅益に対する加害の告知に当たると評価され得
る場合でない限り同罪の成立しないことは、上記説示によつて明らかであるとこ
ろ、原判決は、上記のように、「同社の営業等」に対する加害の告知(それは原判
示脅迫言辞の大半を占めている。)がHら自身の法益に対する加害の告知に当たる
と評価され得ることを示すような事実を全く示していないのであるから、原判決が
罪とならない事実を犯罪事実として認定、判示して、これに刑罰法令を適用してい
るのは前同様であつて、原判決には法令の解釈、適用の誤りがあり、その誤りは判
決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。
 よつて、論旨について判断するまでもなく、原判決には判決に影響を及ぼすこと
が明らかな法令の解釈、適用の誤りがあるので、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇
条により原判決を破棄し、更に審理をさせるため(原判示脅迫言動のうち、いずれ
が上記会社の営業等に対する加害の告知であり、いずれがHら個人の法益に対する
加害の告知であるとみるべきか、また右会社の営業等に対する加害の告知がひいて
Hら自身の法益に対する加害の告知にあたると評価され得るような事情が存在する
か否か、などの点について更に審理を尽くす必要があるので、当裁判所による自判
は相当でない。)、同法四〇〇条本文により本件をD地方裁判所に差し戻すことと
して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 鈴木清子 裁判官 松浦繁)

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