弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人加藤雅友、同清水恵一郎、同金井清吉、同吉峯啓晴の上告理由第一点
について
 上告人らは、給与所得の金額を計算する際、収入金額から給与所得者の生活費を
必要経費として控除すべきであり、これを控除しないものとすることは憲法一四条
一項に違反する旨主張するが、その趣旨は、所得税法(昭和四七年法律第三一号に
よる改正前のもの)二八条等に定める給与所得控除額が低額にすぎ、同法が事業所
得者等に比して給与所得者を不当に差別しているというにあるところ、同法が必要
経費の控除について事業所得者等と給与所得者との間に設けた区別は、合理的なも
のであり、憲法一四条一項の規定に違反するものではないことは、当裁判所昭和五
五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決(民集三九巻二号二四七頁)
に照らして明らかである。そして、憲法三一条、八四条違反の主張は右憲法一四条
一項違反の主張を前提とするものであるから失当であり、また、憲法二五条違反の
主張が失当であることは後に上告理由第二点、第三点につき説示するところによつ
て明らかである。論旨は、いずれも採用することができない。
 同第二点について
 上告人らは、昭和四六年分の給与所得に係る課税制度が給与所得者の「健康で文
化的な最低限度の生活」を侵害すると主張する。
 ところで、憲法二五条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、き
わめて抽象的・相対的な概念であつて、その具体的内容は、その時々における文化
の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係にお
いて判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化す
るに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複
雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とす
るものである。したがつて、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのよう
な立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それ
が著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除
き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない(最高
裁昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日大法廷判決・民集三六巻七号一二
三五頁)。そうだとすると、上告人らは、前記所得税法中の給与所得に係る課税関
係規定が著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないゆえんを
具体的に主張しなければならないというべきである。
 しかるに、本件の場合、上告人らは、もつぱら、そのいうところの昭和四六年の
課税最低限がいわゆる総評理論生計費を下まわることを主張するにすぎないが、右
総評理論生計費は日本労働組合総評議会(総評)にとつての望ましい生活水準ない
しは将来の達成目標にほかならず、これをもつて「健康で文化的な最低限度の生活」
を維持するための生計費の基準とすることができないことは原判決の判示するとこ
ろであり、他に上告人らは前記諸規定が立法府の裁量の逸脱・濫用と見ざるをえな
いゆえんを何ら具体的に主張していないから、上告人らの憲法二五条、八一条違反
の主張は失当といわなければならない。所論は、理由不備、理由齟齬、審理不尽を
いうが、その実質は憲法二五条違背を主張するものにすぎず、原判決に憲法二五条
違背のないことは、右に述べたとおりである。論旨は、いずれも採用することがで
きない。
 同第三点について
 所論憲法二五条違反の主張は、上告人らに対し前記所得税法中の給与所得に係る
課税関係規定を適用することにより上告人らの「健康で文化的な最低限度の生活」
が脅かされることを前提とする。しかし、昭和四六年分の所得税の課税によつて上
告人らの「健康で文化的な最低限度の生活」が侵害されたということができないこ
とは原判決の判示するところであり、その過程に所論の違法はない。したがつて、
上告人らの右憲法二五条違反の主張は、その前提を欠き失当である。また、上告人
らの憲法一四条一項違反の主張は、前記当裁判所昭和六〇年三月二七日大法廷判決
の趣旨に徴し、採用することができない。論旨は、いずれも採用することができな
い。
 同第四点について
 源泉徴収制度を定める国税通則法及び前記所得税法の規定が憲法一四条一項に違
反するものでないことは、当裁判所昭和三一年(あ)第一〇七一号同三七年二月二
八日大法廷判決(刑集一六巻二号二一二頁)の趣旨に徴して明らかである。また、
源泉徴収制度の憲法三一条、八四条違反をいう上告人らの主張は、右憲法一四条一
項違反の主張を前提とするものであるから失当である。論旨は、いずれも採用する
ことができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意
見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   壽   夫

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