弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、検察官提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する
答弁は弁護人提出の答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これ
に対して次のとおり判断する。
 ところで、所論は要するに原判決は本件公訴事実については適法な告訴があつた
ものとは認め難いとの理由に基き本件公訴を棄却する旨の言渡をしたのであるが、
右は訴訟手続の法令に違背し、不法に公訴を棄却したものであつて到底破棄を免れ
ないものと思料する旨主張する。
 仍つて所論に基き本件記録を精査し、原判決を仔細に検討勘案するに、原判決が
本件公訴事実につき適法な告訴があつたものと認め難いとの理由に基き本件公訴を
棄却したのは洵に相当であつて、原判決にはいささかも所論の如く訴訟手続の法令
に違背し、不法に公訴を棄却した違法は存しない。今その理由を詳説する。
 ところで、本件公訴事実の要旨は、「被告人は、昭和三三年九月七日頃東京都大
田区ab丁目c番地所在A劇場内婦人便所において□□○○子(昭和二四年一月二
二日生)を、同女か一三才未満であることを知りながら、姦淫しようと決意し、同
女のズロースをはずし陰茎を同女の陰部に強く押しあて姦淫しようとしたが、射精
したためその目的を遂げなかつたものである」というにあるのであるが、かかる強
姦未遂の犯罪たるや、所謂親告罪であつて公訴提起の要件として適法な告訴を必要
とするものであること洵に明らかである(刑法第一八〇条第一七七条第一七九
条)。
 ここに告訴とは法律上告訴権を有する者が検察官若しくは司法警察員に対して犯
罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示であつて、その方法は書面若しくは
口頭によることを要するのである(刑事訴訟法第二三〇条乃至第二三四条第二四一
条)。
 そこで本件につき右の如き告訴がなされたか否かを記録により審究するに、
 先ず□□××子の司法警察員に対する昭和三三年一一月三日付告訴調書による
と、右××子が司法警察員に対し口頭で、Bという人から長女の○○子が被害を受
けた旨申し述べ、これについて厳重な処罰を求めていることが認められるけれど
も、此の調書だけでは○○子がいつ、何処で、如何なる被害を受けたか明らかでな
く、只此の調書には同日付の○○子の司法警察員に対する供述調書の内容が引用さ
れておるところから、両者を綜合すると、右××子が、Bなる者を加害者、○○子
を被害者とする強姦未遂の事実について処罰を求めていることが認められるのであ
る。そして右□□××子の昭和三三年一一月二八日付D検事に対する供述調書中の
供述記載によつても、本件につき処罰を求める趣旨の意思表示の存在することが認
められるのである。
 ところが原審証人□□△△の原審第一回公判調書中の供述記載、東京都大田区長
作成の□□△△の戸籍謄本の記載によれば、前記××子は被害者○○子の継母であ
つて親権者ではないことが明らかであつて、本件につき告訴権を有しないのであ
る。従つて右□□××子の前記意思表示はこれを以て適法な告訴とは認め難いので
ある。
 よつて進んで、本件につき被害者○○子本人若しくは○○子の実父にして親権者
たること右戸籍謄本により明らかな□□△△より本件公訴提起前に適法な告訴があ
つたか否かを検討するに、被害者たる□□○○子の司法警察員に対する昭和三三年
一一月三日付供述調書中の供述記載には、本件公訴事実に対応する記載があり而し
てその末尾に「今度からこんないやらしいことをしないようにして下さい」との記
載があるのであるが、○○子は当時一〇才未満の少女であつて完全な意思能力を有
しないものと認められるのみならず、この程度の記載を以つてしては未だ被害者た
る○○子より口頭による告訴があつたものとは到底認め難く、而して昭和三三年一
二月一日付の電話聴取書によると、その内容欄に「昭和三三年一一月三日付をもつ
て告訴致しましたBに対する強制わいせつ事件の告訴は取消致しませんから厳重な
処分をお願い致します」との記載があり、その発信者欄には「大田区ab丁目d番
地C別館内□□」との記載があり、受信者欄には「東京地方検察庁刑事部D検事」
との記載があるのであるが、これと同聴取書に引用されている前記××子の告訴調
書及び更に同調書に引用されている○○子の供述調書を綜合しても、□□××子よ
り告訴を維持する旨の意思表示のあつたものと認めるは格別、その意思表示が□□
△△よりなされたものであるとは到底認められないのである。
 ところが、原審証人D、同□□△△、同Eの原審公判調書中の各供述記載に、□
□××子の前記告訴調書及び検察官に対する供述調書の各供述記載を綜合考察する
と、原判決も説示する如く、事の経過は、本件捜査担当のD検事は、××子を○○
子の実母であると信じて当然告訴権を有するものと速断し、右××子の司法警察員
に対する告訴を有効であると考えていたが、××子が同検事に対し、告訴を維持す
るかどうかは夫と相談してきめたい旨述べていたので、たまたま同年一二月一日○
○子の父口□△△から被告人の保釈の件について問い合せて来た際、△△に告訴を
維持するかどうかを確め、同人から「告訴を取消さないから厳重に処分を願う」旨
の答を得て、その旨の電話聴取書を作成したことが認められるのである。従つて右
電話聴取書の発信欄の「□□」とあるのは実際は××子ではなく、△△であること
が認められるのである。
 そこで先ず電話による告訴が適法であるか否かを考察する。
 ところで、検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調
書を作らなければならないのであるが(刑事訴訟法第二四一条第二項)、右調書の
作成の方式について詳細な規定の設けられていないこ<要旨>とは所論のとおりであ
る。然し所論の如く刑事訴訟法上口頭とある場合には当然電話による通話を包含す
るものと解することが同法の趣旨に適合するものと解すべき根拠はこれを発
見し難いのであつて、寧ろ口頭とは本来対話者が直接相対し、その面前において行
う応対を指すものとするのが通例であり、同法或は刑事訴訟規則において、口頭と
規定する場合にも右の用例に従つているものと解せられるのであつて(刑事訴訟法
第六五条第二項、刑事訴訟規則第一二九条第一項第二〇九条第五項第二九六条第
一、二項参照)、口頭による告訴の場合に限り当然に電話による対話を包含するも
のと解すべき根拠に乏しいものと解せられるのである。しかのみならず、表意者の
辨別並にその意思表示の内容の明確を期するについて面前における対話と電話によ
る場合とは必らずしもこれを同一に論じ難いことは勿論、更に刑事訴訟法が口頭に
よる告訴の場合に調書の作成を必要としているのは、畢寛表意者を特定し、その意
思表示の内容を明確ならしめ、後に疑いを残すことのないよう配慮しているものに
外ならないのであるが、この点についても、前者の場合には調書に表意者の署名押
印を求めることにより、その内容の確実性を保障し得るに反し、後者の場合にはか
かる保障を期待し難いのである。
 従つて以上何れの点からしても電話による告訴は口頭形式の一場合として当然許
容せられるものとは遽に断じ難いのであつて、仮に口頭の一形式として許容せられ
るとしても、調書により表意者並びにその意思表示の内容が特に明確にせられてい
る場合に限るものと解するのが相当である。而して本件においては前記電話聴取書
こそ正に口頭の告訴に基き作成せられた調書であると認められるのであるが、右電
話聴取書の記載たるや前記の如く発信者欄には単に「□□」とあるのみであつて、
告訴をなした者が何人であるかその記載のみでは判明せず、内容に引用の他の告訴
調書等を以ってしても、それを□□××子と認めるは格別、本件起訴前においては
それが□□△△によつてなされたものと認めらるべき資料は全然存在しないのであ
る。
 然し親告罪における告訴は起訴についての重要な訴訟条件たるものであるから、
少くとも起訴の当時告訴した者が何人であるか、犯罪事実の如何等の如き事項は、
固より明確であることを要し、仮令それがその後の審理においてその不備の点を補
充し得るとしても、それには自ら限度の存することは原判決説示のとおりである。
然るに本件においては前段説示の如く電話聴取書における表意者の表示に明確を欠
くのみならず、原審の審理の経過に徴するも、□□△△は単に告訴を取消さないか
ら、厳重に処分を求める旨の音思を表示したに止り、何等具体的な犯罪事実を明示
していないのであつて、意思表示の内容からするも、未だ新たな告訴としての要件
を備えているものとは認め難いのである。
 以上説示の如く本件公訴事実については、本件公訴提起前において適法な告訴が
なされたものと認むべき明確な資料は存在しないのであつて(それは当審における
事実取調の結果に徴するも極めて明らかである)、原判決が、本件電話聴取書の形
式、内容の不備、該聴取書作成当時の捜査機関たるD検事及び口口△△の真意に対
する解釈上の疑問の故に、本件につき適法な告訴がないとして本件公訴を棄却した
のは洵に当然であつて、所論は総べて採用し難い。論旨はその理由がない。
 仍つて刑事訴訟法第三九六条に則り主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 目黒太郎)

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