弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人田代則春の上告受理申立て理由について
1本件は,上告人が,被上告人に対し,上告人が被上告人の理事長の地位にあ
ることの確認等を求める事案である。
2原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)被上告人は,社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人であり,
平成15年3月31日当時,児童養護施設,知的障害者更生施設,特別養護老人ホ
ーム,身体障害者福祉センター,老人デイサービスセンター等の合計12施設(職
員合計550名,施設定員合計704名)の設置経営又は受託経営を行う東京都内
で最大の社会福祉法人であった。
(2)平成13年3月27日当時の被上告人の定款には,次の定めがあった。
ア被上告人には理事10名を置き,そのうち1名は,理事の互選により理事長
となり,理事長のみが被上告人を代表する。
イ理事は,理事定数の3分の2以上の同意を得て,理事長が委嘱する。
ウ理事の任期は2年とする。理事長の任期は,理事として在任する期間とす
る。
エ被上告人の業務の決定は,理事をもって組織する理事会によって行う。ただ
し,日常の軽易な業務は理事長が専決し,これを理事会に報告する。
オ理事会は,理事定数の3分の2以上の出席がなければ,その議事を開き,議
決をすることができない。
カ議長及び理事会において選任した理事2名は,理事会の議事について議事の
経過の要領及びその結果を記載した議事録を作成し,これに署名又は記名押印しな
ければならない。
(3)平成13年3月27日当時,被上告人の理事は,上告人,A,B,C,
D,E,F,G,H及びIの10名であり,理事長は上告人であった。上記10名
の理事の任期は平成14年2月19日までであった。
(4)被上告人は,東京都からの指導に基づき,第191回理事会(平成13年
3月28日開催)において,理事会のほかに評議員会を設置することとし,理事の
定数を10名から6名に変更し,評議員の定数を13名にすることを内容とする定
款変更を行う旨の決議(以下「本件定款変更決議」という。)をした。
社会福祉法人の定款の変更が効力を生じるためには,所轄庁の認可を受けること
が必要である(社会福祉法43条1項)にもかかわらず,被上告人の当時の理事ら
は,本件定款変更決議によって直ちに定款変更の効力が発生し,理事定数が6名に
変更され,評議員会が設置されたものと誤解していた。
F,G,H及びIの4名(以下「Fら4名」という。)は,評議員に就任するた
め,平成13年3月27日付けで理事を辞任する旨の意思表示をしたが,この意思
表示は,上記誤解に基づくものであり,その動機も表示されていたから,要素の錯
誤により無効であった。したがって,本件定款変更決議後も,被上告人の理事定数
は10名のままであり,Fら4名も含めて前記(3)の10名が理事の地位にあり,
その任期は平成14年2月19日までであった。
(5)被上告人は,第192回理事会(平成13年5月19日開催)から第19
4回理事会(平成14年1月29日開催)まで,上記誤解に基づき,被上告人の理
事は上告人,A,B,C,D及びEの6名のみであることを前提として理事会を開
催した。
平成14年2月19日の理事の任期満了に先立ち,同年1月29日に開催された
第194回理事会及び第3回評議員会において,前記(3)の10名のうち7名の同
意及び理事長である上告人の委嘱により,上告人,A,B,C,E及びJの6名
(以下「上告人ら6名」という。)が次期理事に選任され,上告人が次期理事長に
互選された。
他方,Fら4名は,同年2月19日までに次期理事に選任されなかったため,同
日の経過により任期が満了して退任し,理事としての地位を失い,これにより,被
上告人は,4名の理事を欠く状態となった。なお,被上告人の定款には,任期満了
により退任した理事は後任者が就任するまで理事の権利義務を有する旨の規定はな
い。
(6)平成14年3月13日,被上告人は,東京都から,定款変更は所轄庁の認
可を受けなければ効力を生じないことから,所轄庁の認可を受けるまでは,従前ど
おり,理事10名による理事会を開催し,それまで理事定数が6名のみであること
を前提として開催されてきた理事会の議決内容を追認するようにとの指導を受け
た。
当時,被上告人は,同月16日に開催が予定されていた第195回理事会におい
て,平成13年度収支補正予算案の件,平成14年度収支予算書案の件,平成14
年度事業計画書案の件,定款変更案の件,授産会計基準導入の件,諸規程の一部改
正案の件,新規施設開設に伴う施設長人事の件等の重要議案の審議を予定してお
り,理事会において被上告人の意思決定を速やかに行うことが求められる状況にあ
った。
前記(5)のとおり,被上告人は,平成14年2月20日以降,4名の理事を欠く
状態にあり,被上告人の定款によれば,理事定数の3分の2に満たない6名の理事
のみでは理事会の議事を開いて議決をすることができないところ,上記状況の下
で,仮理事選任手続(社会福祉法45条,民法56条)を了するまで理事会におい
て被上告人の意思決定ができない状態が続くとすれば,被上告人はもとより,被上
告人が経営している施設の多数の利用者,職員その他の第三者にも著しい支障や不
利益が生じるおそれが顕著であった。
そこで,事務局長を兼務するE理事は,第195回理事会(平成14年3月16
日開催)と同じ日に開催された第4回評議員会において,出席した評議員に対し,
東京都から上記指導を受けたため,上告人ら6名及びFら4名の合計10名が招集
されている同評議員会を理事会とみなし,この理事会において第192回以降の理
事会における議決内容を追認し,理事が上記10名であることを前提とする理事会
議事録のみを作成する旨の説明をした。出席していた上告人,A,B,C,F及び
Gのうち,Eの説明に異議を唱えた者はおらず,第192回以降の理事会における
議決内容を追認する旨の決議が行われた。
そして,被上告人の理事が上記10名であることを前提として作成された理事会
議事録には,上告人,C及びEの3名が議事録署名人として署名押印した。
(7)その後,被上告人は,平成14年5月25日に第196回理事会及び第5
回評議員会を,同年10月5日に第197回理事会及び第6回評議員会を開催し
た。上記各理事会には上告人ら6名が理事として招集され,上記各評議員会には上
告人ら6名,Fら4名及びその他の評議員3名が招集されたが,理事会議事録は,
いずれも,被上告人の理事は上告人ら6名及びFら4名の合計10名であるとの前
提で作成され,上告人ら6名のうち上告人と他の2名が議事録署名人として署名押
印した。理事が上記10名であることを前提とする理事会議事録の作成について異
議を唱える者はいなかった。
(8)平成14年10月24日,被上告人は,東京都から,評議員会を設置する
旨の定款変更の効力はまだ生じていないので,理事10名による理事会のみを招集
し開催するようにとの指摘を受けた。
上告人は,E理事兼事務局長に対し,これまでのような理事会と評議員会の併存
はやめ,理事10名による理事会のみを開催する手続を執るように指示し,平成1
5年1月20日,上告人から各評議員に対して,東京都から上記指摘を受けたた
め,定款変更について所轄庁の認可を受けるまで評議員会を休止する旨の通知が発
せられた。
そして,第198回理事会(平成15年1月25日開催)から第199回理事会
(同年3月22日開催)までについては,上告人ら6名のほか,Fら4名も理事と
して招集され,各理事会の冒頭で理事が上告人ら6名及びFら4名の合計10名で
あることを前提として定足数を満たしていることの確認がされたが,これに対して
異議を唱える者はいなかった。また,いずれの理事会にもFら4名のうち一部の者
が出席したが,これらの者の理事会への出席,発言,議決権の行使,理事会議事録
への議事録署名人としての署名押印等について,異議を唱える者はいなかった。
上記各理事会の議事録は,上記10名が理事であることを前提として作成され,
そのうち上告人及び他の2名が議事録署名人として署名押印した。
(9)E理事兼事務局長は,臨時理事会(平成15年2月18日開催)の開催当
日,上告人に対し,「臨時理事会開催要項(案)」と題する書面を示した。そこに
は,第3号議案「役員任期の件」として,Fら4名について,理事の任期が平成1
4年2月19日まで継続しており,その後も理事に選任されたこととして,理事の
任期を同月20日から平成16年2月19日までとする委任状を交付する旨の議案
が記載されていた。ところが,上告人は,Fら4名の理事選任について改めて理事
会で決議し直す必要はないとして,Eに対し,上記議案の削除を指示した。そこ
で,Eは,上記議案を削除した「臨時理事会開催要項(正)」と題する書面を作成
した。
(10)平成15年5月13日,被上告人の臨時理事会が開催され,上告人ら6
名,G,H及びIの合計9名が出席した。
上告人は,上記臨時理事会において,現在の事務局は信用できないとして,事務
局の移転及び新しい事務局長の選任を提案したが,承認されなかったことを不服と
し,現在の事務局とは一緒にやっていけないので理事長を辞任すると発言し,その
余の議案を審議しないまま退席した。
なお,上告人は,上記臨時理事会に先立ち,Iに対しても,同人が理事であるこ
とを前提として,上記提案に賛成するよう説得を試みていたし,また,上記臨時理
事会において,欠席したFが理事の肩書きで事前に提出した意見書を読み上げるな
どした。また,上記臨時理事会において,G,H及びIは,理事として,意見を述
べたり,議決権を行使したが,これについて異議を唱える者はいなかった。
(11)平成15年5月24日,第200回理事会が開催され,上告人ら6名,
F,G及びIの合計9名が出席し,上告人の上記臨時理事会における理事長を辞任
する旨の発言を受けて,新理事長の互選が行われた。上告人は,上記発言は真意で
はないから,自分は今でも理事長であるとして,上記発言の理事会議事録からの削
除を求め,議論が行われたが,最終的には,上告人とBを立候補者として投票によ
り新理事長の互選を行うこととなった。その結果,上告人ら6名のうち3名(上告
人,A,J)が上告人に投票し,上告人ら6名のうち2名(B,E)とFら4名の
うち3名(F,G,I)の合計5名がBに投票し,上告人ら6名のうち残り1名
(C)は,議長であることから棄権した。上記投票が行われた際,Fら4名が理事
ではないと指摘する者はいなかった。
C議長は,上記投票結果に基づき,5票を獲得したBが理事長に就任したと述べ
た。
その後,次の議案の審議に入ったところ,上告人は,突如として,Fら4名は,
任期満了により理事を退任した後,理事に再任されていないので,被上告人の理事
ではないとして,上記投票結果は無効であると主張するに至った。
(12)Bが理事長として招集した第201回理事会(平成15年6月30日開
催)において,第200回理事会における互選を確認するものとして,Bを理事長
とする旨の決議がされ,平成15年7月3日,同決議に基づきBの理事就任登記が
された。
なお,第200回理事会において上告人に投票した3名は,Bが理事長として招
集した理事会は,適法に招集された理事会とは認められないとして,第201回理
事会に出席しなかった。
3上告人は,平成14年2月20日以降,被上告人の理事は上告人ら6名のみ
となったところ,被上告人の定款によれば,理事定数の3分の2に満たない6名の
理事のみでは後任理事の選任はできないから,第200回理事会当時,被上告人の
理事は上告人ら6名のままであり,したがって,同理事会における投票によって理
事長に互選されたのは,上告人ら6名のうち投票した5名の過半数の票を獲得した
上告人であるなどと主張している。
これに対し,被上告人は,任期満了によりいったん理事を退任したFら4名は,
急迫の事情があるときは,民法654条にいう「必要な処分」として,後任理事を
選任することもできたものと解されるから,第195回理事会において又は遅くと
も第198回理事会までに,Fら4名は,上告人ら6名及びFら4名の合計10名
のうち3分の2以上の黙示の同意と理事長である上告人の黙示の委嘱によって理事
に選任されたものであり,したがって,第200回理事会当時,被上告人の理事は
上記10名であったから,同理事会における投票によって理事長に互選されたの
は,上記10名のうち投票した8名の過半数の票を獲得したBであるなどと主張し
ている。
4(1)社会福祉法は,理事の退任によって定款に定めた理事の員数を欠くに至
り,かつ,定款の定めによれば,在任する理事だけでは後任理事を選任するのに必
要な員数に満たないため後任理事を選任することができない場合(理事全員が退任
して在任する理事が存在しない場合も含まれる。)について,同法45条で仮理事
の選任について定めた民法56条の規定を準用するのみで,新たに選任された取締
役が就任するまで退任した取締役が取締役としての権利義務を有する旨定めた商法
(平成17年法律第87号による改正前のもの)258条1項の規定を準用してい
なかったし,これと同旨の会社法346条1項の規定も準用していない。したがっ
て,社会福祉法は,上記のような場合については,原則として,仮理事を選任し,
在任する理事と仮理事とにおいて後任理事を選任することを予定しているものと解
される。しかし,社会福祉法人と理事との関係は,基本的には,民法の委任に関す
る規定に従うものと解されるから,仮理事の選任を待つことができないような急迫
の事情があり,かつ,退任した理事と当該社会福祉法人との間の信頼関係が維持さ
れていて,退任した理事に後任理事の選任をゆだねても選任の適正が損なわれるお
それがない場合には,受任者は委任の終了後に急迫の事情があるときは必要な処分
をしなければならない旨定めた民法654条の趣旨に照らし,退任した理事は,後
任理事の選任をすることができるものと解するのが相当である。
(2)これを本件についてみると,前記事実関係によれば,①被上告人の理事
らは,本件定款変更決議によって定款変更の効力が直ちに発生し,理事定数が6名
に変更されたものと誤解していたため,Fら4名の理事としての任期が平成14年
2月19日に満了する前に後任理事4名をあらかじめ選任しておくことができなか
ったこと,②被上告人は,平成14年3月13日に東京都から指導を受けて,定
款変更の効力がまだ生じておらず,理事定数は10名のままであり,欠員が生じて
いる理事4名を選任する必要があることを認識するに至ったが,当時,被上告人に
は理事定数の3分の2に満たない6名の理事しかいなかったため,定款の定めによ
れば,後任理事の選任に必要な同意を得ることも,被上告人の意思決定機関である
理事会を開催することもできない状態であったこと,③被上告人は,東京都から
上記指導を受けた日の3日後に開催されることになっていた第195回理事会にお
いて,平成13年度収支補正予算案や平成14年度収支予算書案等の重要議案の審
議を予定していたものであり,仮理事選任手続を了するまで理事会において被上告
人の意思決定ができない状態が続くとすれば,被上告人に著しい不利益が生じるお
それが顕著であったこと,④Fら4名は,平成14年2月19日に任期満了によ
り理事を退任した後も,評議員として活動していたことが明らかである。
以上によれば,平成14年3月16日に第195回理事会及び第4回評議員会が
開催された時点では,被上告人において仮理事の選任を待つことができないような
急迫の事情があり,かつ,Fら4名と被上告人との間には信頼関係が維持されてい
たということができるから,Fら4名は,被上告人の定款において後任理事の選任
に必要とされている同意をすることができたというべきである。
(3)前記事実関係によれば,上告人ら6名及びFら4名の合計10名が招集さ
れ,そのうち7名が出席していた第4回評議員会(平成14年3月16日開催)に
おいて,同評議員会を理事会とみなし,この理事会において第192回以降の理事
会における議決内容を追認し,理事が上記10名であることを前提として理事会議
事録を作成することとなり,それ以降,Fら4名も含めて上記10名が理事である
ことを前提とした理事会議事録が作成されるようになり,更に第198回理事会
(平成15年1月25日開催)以降は,Fら4名も理事として理事会に招集され出
席するようになったものであるところ,Fら4名が再び理事に選任されたか否かに
ついて紛争が生じたのは,上告人が,第200回理事会において自己が理事長に互
選されなかったことを不服として,Fら4名は被上告人の理事ではないと主張する
に至ってからであり,それまでは,Fら4名が再び理事に選任されたことについて
異議を唱える者は上告人を含め誰もいなかったというのであるから,Fら4名は,
前記のとおり理事会とみなされた第4回評議員会において,上記10名のうち7名
以上の黙示の同意と理事長である上告人の黙示の委嘱によって,理事に選任された
ものということができる。
そうすると,第200回理事会当時,被上告人の理事であったのは,上告人ら6
名及びFら4名の合計10名であったことになるから,同理事会における投票の結
果,新理事長に互選されたのは,Bであって,上告人ではない。したがって,同理
事会において上告人が新理事長に互選されたことを前提とする上告人の請求は,い
ずれも理由がない。
5以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用の
判例(最高裁昭和58年(行ツ)第106号同61年11月4日第三小法廷判決・
裁判集民事149号89頁)は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は採用する
ことができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官今井功裁判官滝井繁男裁判官津野修裁判官
中川了滋裁判官古田佑紀)

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